階段の先に広がっていたのは、異様な空間だった。
山積みになった布団と、それに埋もれた女の死体。それから、大型の予備電源装置。本当にこの家の持ち主は、一体何者だったのだろうか。
ここに来た奴らも、恐らくこれを持っていくことは出来ないと踏んでそのままにしておいたのだろう。だが、解体や修繕の知識があれば、この中に入っているものをうまく活用して金に換えることはできる。こいつを持ちだしたら、一体いくらになるのだろうか。とりあえずここにいる間だけはこいつを利用して、出るころに少しずつパーツを持ち出せばいい。
はやる気持ちを抑え、俺は改めて布団と女に向き直る。まだ死んで数日ぐらいなのだろうか。死体特有の悪臭はなく、有機物の腐ったようなににおいが鼻についた。
俺は深くため息を吐く。そして、酷く気の毒に思った。
女は大体、俺より年下ぐらいだろうか。顔立ちははっきりしていて、薄汚れた顔ながらも生前はきっと美人の内に入っただろう。これはこの現代に生きるどの女たちにも言えた事だが、こんな情勢じゃなければ、何不自由なく穏やかに、こんなところで発見されることもなく生きていたのかもしれない。
「……せめて、楽に眠れるといいんだけどな」
なんて、ここを塒に増して盗みまで働こうとしている俺が言っても、何のありがたみもないだろうが。
唐突に開けっ放しの階段の扉の先から、無線放送のチャイムが聞こえてきた。人のいなくなったこの場所で、これを流すことに一体何の意味があるのだろうか——などと非難めいたことを考えながらも、そのチャイムの音に、俺は聞き覚えがあった。
「フルサト、か」
栄養失調で倒れた、あの行商人が教えてくれた歌だった。フルサト、生まれ育った場所を想起する歌だと言っていたはずだ。俺は物心ついた時から、一所にとどまったことがないから彼の心境を理解することはできなかったし、たぶんこの先も理解することは出来ないと思う。
ゆっくりとしたテンポで再生されるチャイムは、不協和音の余韻を残しながら、狭い地下室にも響いている。
「うさぎ おいしい あの やま」
ほんの出来心で、チャイムに合わせて詩をそらんじる。
ふと、頬に何かが伝った。別にあの詩を理解したわけでもない。この曲を好んでいたわけでもない。ただ一つ確かなことは、俺はあの行商人と長くいたことで、彼に対する思い入れのようなものがあって、それがずっと喪われてしまったことが、ここに来て唐突に実感として沸いてしまったのだと気が付いたのである。
袖で頬を拭うと、そのころにはチャイムは鳴り終わっていた。
あまり、ここには長居しないほうがいいかもしれない。精神衛生上、良くないような気がする。
そんなことを考えながら、ぼうっとしていた頭を何度か振って、無理やり正気に戻すと、俺は階段を登ろうと立ち上がろうとして——視界の隅に、それを捉えた。
「あ……?」
黒い皮脂汚れに塗れた、布団を頭から被るようにして。
先ほどまで死んでいたはずのその女が、そこに座っていた。