【???】【phase10】
王城の窓から、一塊となって駆けてゆくシスター達の姿が見えた。ユノグはそれを見送って、深いため息をつく。
「······アリシア」
「······お茶ですか?」
彼は王妃であるアリシアを呼ぶ。勿論、すぐ側にいる。
「そうじゃない。······本当にいいのか?」
「はい。死ぬ時は一緒と。誓いを立てた通り······です」
「······そうか。ありがとうな」
ユノグの問いには主語が欠けていた。しかしアリシアは、その意味を完璧に理解している。
微笑んだユノグは軽くアリシアの頭を撫でると、王座から飛び降りた。────そして、背にした壁に飾られている大宝剣を手に取り、勢いよく、引き抜いた。
その少し前。シスター達が王都へ繰り出すと、既に機械が街への侵入を始めていた。
「······!」
「ちょっと強引に通り抜ける必要がありそうですね······!」
彼女らはそれぞれ思い思いに魔法を放つ。────7人もいると流石に強い。あっという間に機械の一塊を粉砕し、敗走してきた王国兵達と合流する。
「ぐぅ······申し訳ない······」
兵士達のリーダーはヴァンスだった。所々に深手を負っているが、まだ魔法で回復できる範囲である。
「いいのです。ここまで食い止めて下さり誠にありがとうございます······」
他の兵士と同じくシスター達の介抱を受けるヴァンスの、悲鳴にも似た声にコトミは応える。軽く周囲を見回して、
「それより······住民の避難は終わりました?」
「······やれる範囲は。でもまだ······」
明らかにヴァンスはまだやる気である。コトミはそれを止めて、
「後はユノグ様が何とかしてくれると仰りました。私たちは······この子を護りながら逃げなければなりません。それに、貴方には······配偶者がいるでしょう」
「······」
「さあ、······もう走れるでしょう。行きますよ!」
その頃になると、大聖堂にも機械が侵入し始める。
「窓を厳重な結界で覆いなさい!右、火力集中!そこに機械が固まってます!」
もはやこうなっては残った者も逃げ遅れた者も構わず指揮系統に組み込むしかない。······元々指揮官向きとは言えないネムには頭の痛い作業である。
「うっ、中に人が入ってる機械もいますよ······!?」
「······今は目の前のことに集中してください!第1波を凌いだら丁重に弔いましょう!」
ぞっとしない報告を受けたものの、ネムの声はまだ鋭さを保っている。今は大聖堂中の全てが彼女の双肩にかかっていると言っても過言では無い状況である。我を失う暇など皆無だった。
しかし、そんな彼女にも気がかりな物がある。
「(······どこか、タイミングを見つけて······宝玉を······)」
そう、大聖堂に安置されている二つの宝玉である。
機械がそれらを狙うかどうかは分からない。が、もし破壊されたら、どのような結末をもたらすか。およそ今の絶望が数倍にまで増幅されることだろう、と彼女は読んでいた。
この状況を打開するにはどうすれば良いのか。いや打開とまでは行かなくても、宝玉を安全な場所まで運ぶのはどうすればよいだろうか。······ネムの脳内で、それらの声がネズミのように増え始めている。
────大聖堂は今や包囲されつつあった。
【???】【phase11】
その時だった。
「······えーいっ!!!」
状況に見合わないほど元気な掛け声と共に、大聖堂の壁が一部吹き飛んだ。すわ突破されたか、とネムは一瞬固まったものの、その隙間から入ってくる少女達を見て軽く息を吐いた。
「······貴女達は······」
「ギリギリ間に合ったみたいでよかった。私はシルバーベル」
シルバーベル。······彼女を先頭にして、数人のベルシリーズが大聖堂の中に入ってきた。その色合いは十人十色である。文字通り十人いるかは不明だが、ともかく下手したら目に染みるほどの色彩の豊かさであった。
「はーい、ゴールドベルだよ。空けた穴は今塞ぐから待っててね」
最後尾で入ってきたゴールドベルが、金で空いた穴を塞ぐ。それだけでほとんど元通りになった。
「······その首元の鈴······聞いた事があります。神の遣いだとか······」
状況をどうにか呑み込もうと、色とりどりの少女達を見回しながらネムは呟く。
「神の遣いって言うと大袈裟だけど······まぁそんなものかな。それより!私達はただこの大聖堂を救いに来た訳じゃない。宝玉あるでしょ?」
シルバーベルの早口に、周囲のシスターのみならず他のベルシリーズも目を瞠った。
「ありますね。······もしかして、」
「うん。危なそうだから回収しに来た」
ネムは若干の期待を込めて問い掛ける。それに応じるのは冷淡なレッドベルであった。
「あぁ······ええどうぞ、こちらに!」
ネム自ら大聖堂の奥へと駆け出して行く。その姿をブラックベルや他2人が慌てて追いかける。
······後に残された面々が口を開かぬうちに、再び轟音が大聖堂の残ったガラスを震わせる。
「また来た······!援護、頼めますか?」
一人のシスターが背筋を伸ばし、レッドベルに問い掛ける。
「宝玉を回収できるまでは。ところで······ここ、人少なくないですか?」
「そうでしょう。シスターもモンクも関わらず王国中に駆り出されていますので」
もはや言うことはない、とばかりに彼女は魔法陣を展開し、そこから光線を撃ち出した。そしてまさにガラスを破って飛び込まんとした機械兵の胸元に寸分違わず命中させた。被害者はというと、撃たれた鳥のように墜落していった。
「······!」
戦いはまだ始まったばかりである。それを証明するように、数多の機械兵が大聖堂を取り囲む。それを見てレッドベルも、拾った棒を力強く握り締めた。