四月。程々に暖かく、優しい風の吹くこの季節は本を読むのにはとても適した気候なのではないだろうか。湯島貴結(ゆしま きゆ)はこの季節になるといつも広い庭にでて、優しい風を楽しみながら木陰で本を読む。そこに紅茶があるとなお良い。
彼女がこの場所を好むことにはいくつか理由があった。一つは部屋にいると同居人たちがうるさいからだ。今日もまた、部屋でゲームの対戦しているらしく、部屋の中は賑やかだ。彼女自身賑やかすぎるのはあまり好きではないのである。無論、賑やかすぎるのが苦手なのであって、ほどほどに賑やかなのは彼女も好きだ。
そしてもう一つは単純にこの風景が好きなのだ。本を読み終わって目の前に広がる世界が室内なのか、外の風景なのか。貴結にとっては後者の方が喜ばしいことなのである。
「おお、今日は天気がいいなぁ。お前が外にいるかいないかで天気の良し悪しがわかるからいいよ」
最年長の粟滝要(あわたき かなめ)が庭に出てきてこちらに歩いてくる。読書中の貴結は世界に入り込んでいる故に何を喋っているのかということどころか、誰が来たかすら気づいていない。ただ声がする程度の認識だ。
ちょうど本を読み終わったらしく、貴結は頭を上げた。
「で、なんで言ったの?」
「めんどくさい奴だなぁ…どうでもいいことだよ、とりあえず天気もいいから外で昼飯食おうよって思って。朝陽と彩夏も呼んでさ」
あっそ、と少しぶっきらぼうなのは読書後に
顔を上げたら広がる世界を十分堪能できなかったからなのだろう。要は少し申し訳ない気持ちになって、紅茶のおかわり淹れるよ、と紅茶のティーポットを持った。ポットが傾けられると、こぽこぽと音を立てて紅茶がコップに注がれていく。貴結のいつも以上に鋭く、悪い目つきは少しばかり柔らかくなって、なんなら目を輝かせている。貴結は要の淹れる紅茶が誰の淹れる紅茶よりも好きなのだ。
「じゃ、俺は昼の支度をしてくるよ」
そう言って要は家の中へと戻って行った。中からはまだ賑やかな声がする。よく飽きないものだ。
まあそれはお互い様、ということだろう。貴結は要の淹れた紅茶をそっと口に含んで、二冊目の本を手に取る。
>>2の今更な誤字
「で、なんで言ったの?」→「で、なんて言ったの?」
「さ、休んだろ。帰るぞ」
要はえー、とうなだれる朝陽の手を引いて無理やり家の方へと連れて行く。朝陽はそれが楽なのか、彼に身を任せて、一切歩こうとしない。
「お前に自分の足はないのか」
「もっと俺を頼ってくれよ、みたいなこと言うキャラだろ?」
「お前は頼るというよりめんどくさい事を押し付けてるだけだろ…」
そうはいいながらも面倒見のいい要は身を委ねる朝陽を力一杯引いていく。小走りで引くと喜ぶ朝陽がなんだか可愛らしくなって、思わず何度も走ってしまう。朝陽も要の面倒見の良さを知ってそんな事をするのだ。
一方、貴結たちも家に帰ろうと歩いていた。
信号で貴結がはっと何か思いつく。
「そうだ、これ彩夏の頭にさしてみたら?」
「あたしはすぐ落としちゃうわよ…」
貴結は平然とまあその時はその時よ、と笑って言った。いつもは起伏の薄い感情が大きく動いているのが彩夏にも分かった。
四人が家に帰ってきたのはほぼ同じタイミングだった。家の敷地内に踏み込んだ瞬間、四人とも顔を見合わせた。朝陽の手を走りながら引く要、それに身を委ねる朝陽、黒に近い茶色に桜をさした彩夏、唯一違和感のない傍観者の貴結。あたかも自分は関係ないかのように花をさした張本人の貴結は鍵を開け、玄関でさっさと靴を脱ぐ。気持ちは本の続きへと向かったようだ。