誰もその幼い少年に期待していなかった。その姿をみた瞬間、満足だった。また、別の者は顔だけだと思った。また、別の者は話題性で使われた、気の毒にと思った。しかし彼は、裏切った。勝手な憶測を、勝手な上限、勝手な同情を、全て裏切った。それはもう潔く。やはり彼は、桜のようだと思った。音もなく息をすい、次に音が発されたときには会場の空気が変わっていた。否、変わった、などというものではなかった。そこはもう彼の支配する世界であった。流れてくるのは彼の音だけ。耳の悪い彼が、選択したアカペラという手段。あぁ、神はなんて無慈悲なのでしょう。それはその美貌だけでは飽き足らず、美声までをも手にした彼を妬む気持ちからのものなのか……。はたまた、ここまで美しい彼が他の人よりもハンデを背負っていることを惜しむ気持ちからのものなのか……。気持ちいいまでに潔く、全ての人を裏切った彼は、どこか寂しげで哀しげで。夏の桜を思い出す。