「っちか!」その場で未だ蹲る彼の小さな背に手をあて擦る。項垂れていた顔をあげ、うまく息の吸えていない小さな口に紙袋をあてる。が、良くなるどころか呼吸はどんどん荒くなる。ついには、もうすっかり治ったと思われていた喘息のような症状まで出始めた。心配して皆が彼を取り囲む中、握りしめられた携帯に目敏く気づいたのは頭のキレるかとうだった。そっと、もう力の入っていない手から携帯を抜き取り、耳にあてる。流れてくるのは、知っている声ではなかった。彼の母にも兄にも会ったことはあるうえに、よく世話になっている。間違えるはずがない。かといって、面識のない同好会のメンバーかと言われればそうではない気がする。耳から携帯を離し画面をみるとそこには「母さん」の文字。しかし、そこから流れてくるのは男の声。気持ちの悪い反吐が出そうな、そんな声。あの少し抜けているけれど、とても優しい彼の母とは違う。「おい、何してんだ。もうこっちは終わったよ♪帰ってくるのが楽しみだね。きいてるのかな?」何の話をしているのか分からない。だが、遠くから赤ん坊の泣き声が聞こえる気がする。只事ではない。何かが起こっている。皆から少し離れ、携帯の通話録音ボタンをタップする。そして、再び耳にあてる。彼のことは大丈夫。皆がついている。鞄の中には薬も入っているし、医務室の設備は非常に良いはず。だから、流れてくる声に集中した。「あぁ、なんだ。嬉しさのあまり泣いてるの?鬱陶しい奴らが消えて。それともあれかな?責めてるんだ。自分が悪いんだって。そうだよ。ぜーんぶ君が悪い。そうだよね。分かってるでしょ?かしこ〜い君なら。あ、そうだ。一人残しといたよ。可哀想に。君のせいでこの子は一生苦しみながら生きるよ?優しい君は自分も後を追う?それか、この子のことも消して全てなかったことにする?」