B
「…イタダキマァァー……」
俺は食われたーーそのはずだった。
その出来事はほんの僅かな瞬間に起きたことである。悪魔の開かれた口が俺の体を、カラスのようについばむほんの手前に迫ったその時、突如、真横からまばゆい糸筋の光が閃光したのだった。
スパリ。そして悪魔の頭が滑らかに落下し、首の断面を見せた。
「 …あ?」
あまりにも予想外な出来事に理解が追いつかず、光が放たれた方を見ると、銀の剣を構えた男がいた。その男は、黒い制服を着て、何やら同じ悪魔狩りのように見えた。長身で、表情一つ変えず、片目の瞳には歯車の模様が浮かんだ奇妙な様相だった。そして、静まった空間の中で、その男はこちらに視線をやった。
「 ……お前、人間か?」
「…えっ?」
仲間が殺された。そして自分の番になると、あんなに強かった高位の悪魔はあっけなく、ほんの一太刀で討伐された。感情の起伏に、加え肉体の苦痛で、頭の中がただでさえ混乱しているのに、その男の発言は、俺の脳内をさらにかき乱した。
「 ……どういうこと…ですか?」
「 だから、お前は人間なのかと聞いている。そんなに惨状にあってなぜ生きている?そんなに負傷していてなぜ普通に話せる?あまりにもおかしいと思うのだが」
そうだ、そうだよ、あまりにもおかしい。オレは下半身を失って、臓器は地面にぶちまけている。なのになぜ痛みが消えていく?なぜ息をしている?
「 お前は悪魔だな?」
「…い、いえ…オレは人間……のはずです」
男は、歯車の浮かんだ片目を含め、左右の瞳でこちらを睨んだ。そして、炎を淡く反射する銀剣を握り手に僅かに力みが入るのが分かった。
「嘘だ。悪魔という生き物は嘘つきだ。人間を欺くものだ。況してや、自分が殺されそうな死際においては尚のこと、嘘をつくだろう」
「……そう…ですか」
オレはめり込んだ身体を精一杯、前のめりにして、相手に斬首を促すようにうなじを見せた。
「 …オレの仲間はみんな死んだ。悪魔に殺された。オレは守られるばかりで守れなかった。何もできなかった。オレは無力で、無価値で、無意味で、何の成果も挙げられなかった…。……オレの人生なんて仲間に迷惑をかけるばかりで、百害あって一利無しだったんだ。…どうか…どうか、お願いします。オレを殺してください。……ただし、オレを人間として殺していただけませんか?」
炎に照らされた地面。そこに映る男の影から、うんともすんとも反応することなく、静かに刃を振り上げたのを確認した。オレは下を向いて、うなじを相手に見せていたため、彼の表情は分からなかったが、無表情のまま軽蔑しているに違いない。
オレは目を閉じた。
「ごめんなぁ、母さん……。オレぇ、何もできなかったよ。仲間を無駄に殺してばっかで…こりゃあ地獄行きだなァ…」
片目が歯車の男は、振り上げた剣で斜めから斬る。静寂の中で、バキバキという歪な音が聞こえた。気づけば、オレの中途半端な身体は地面に倒れていた。男は、オレの首を斬ったのではなく、巨大なドラム缶を斬ったのだ。
「…あれ、どうしてオレ……」
「 お前が人間か否かは、俺が判断できる立場にはない。それにもしかするとお前は、学問的に価値のある存在なのかもしれないからな。サンプルとして持って帰るのも悪くない」
男は剣を腰に戻しながら、オレの反応を待つことなく言葉を続けた。
「 お前を協会に運ぶ。話はそれからだ」
こうして、仲間との別れと彼との新たな邂逅が、
終わりの始まりであることをオレは知る由もなかった。