『〜……♪』
爆音で流れる大好きなバンドの曲で目が覚める。
そのまま画面を開いて、大量のインスタとLINEの通知をスワイプする。Twitterを開いて、推しの自撮りツイにいいねとリツイート。
これが私の一日の始まりだ。
私の名前は首藤(すどう)りんね。女子校に通う高校一年生。
周りには男勝りって言われるけど、オシャレすることは誰よりも好きだし、自分では結構女の子らしいところもあるって思ってる。
根元が伸びてきたアッシュのショートヘアを無造作に掻き上げて階段を降りる。寝癖が酷いんで毎朝セットするのに三十分かかる。面倒だしそろそろ伸ばそうかなぁ。
「おはよー」
リビングで食パンを齧りながらスマホを弄る妹に無視されながら洗面所に入る。
眠気と浮腫で開かない目を擦りながら鏡を見ると、
「……?」
何か、今日は顔の調子が良い気がするぞ?
私ってこんなに目でかかったっけ?こんなにまつ毛ばっちりだったっけ?あ、この前買った韓国のまつ毛美容液の効果かな。最近お風呂入る時マッサージしてるし。
「今日は顔のコンディション良いな〜っと」
適当にツイートして、私は学校の支度を始めた。
電車を乗り継いで学校に着くと、友達のしみずを見付けた。
「しみず!」
名前を呼ぶとしみずは気が付いて振り返った。
「りんね!おはよー」
大きなたれ目を更に垂れさせて笑うしみず。私達は肩を並べて歩き出した。
するとしみずはじろじろと私の顔を覗き込み始めた。
「何だよ?顔になんかついてる?」
私が尋ねると、しみずはんーんと首を横に振った。
「りんね、メイク変えた?」
「え、やっぱ思う?今日は何か顔のコンディション良いんだよね〜」
自慢げにスマホの画面で自分の顔を見ていると、誰かに肩をぶつけられた。
「痛った……」
ぶつかってきたそいつを見ると、肩の下で綺麗に揃えられたさらさらの黒髪が目に入った。しみずがふと呟く。
「同じクラスの……」
「ちょっと、ぶつかってきた癖にごめんも無しなの?」
振り返りもせずにそのまま歩いていくそいつの肩を掴むと、そいつは不機嫌そうな顔で私の顔を見上げた。伏し目勝ちの切れ長の瞳に、朝日に照らされて白っぽく見える豊富なまつ毛。向こうが透けて見えそうなほど透明な陶器のような肌。
「……道の真ん中で自分の顔眺めてる方が悪いと思うけど」
そいつはそう言って私の手を払った。そして私の目をじっと見上げた後、歩いて行ってしまった。
「何あいつ」
「同じクラスの弓槻さんじゃない?ほら、出席番号一番最後の……」
しみずはそう言うけど、あんな奴クラスに居たっけ?そう言えばあの黒髪には見覚えあるような気がするけど、いつどこで見たかはよく思い出せない。
「弓槻さんが来るなんて珍しいね……」
しみずは不思議そうな顔をしながら弓槻さんとやらの後ろ姿を眺めている。
「あ、そろそろ行かないと遅れるよ」
スマホの画面を見るともう一時間目が始まりそうだった。私達は慌てて校舎に駆け込んだ。
一時間目は英語だった。一番嫌いな科目だ、最悪。
当たりませんように、当たりませんように、と心の中で唱えていると、運悪く先生と目が合ってしまった。
「答えたそうにしてるね、首藤?」
嫌味ったらしい笑顔で私を見る教師。私が英語苦手なの知っててわざと当ててんな?
「分かりませーん」
答えたところで合ってる訳ないし恥かくだけだから私は適当にそう言った。
「ちょっとは真面目に考えなさいよ?」
教師は呆れながらもそれ以上は何も言ってこなかった。
「じゃあ、……弓槻。分かる?」
私の代わりに答えることになった可哀想なクラスメイトは、どうやら今朝ぶつかってきた嫌味女らしい。
私はちらりと弓槻を見る。
文句一つ言わずに立ち上がって、
「私たちは十年の間友達です。」
どうやら和訳らしき文を答えて、涼しい顔で座った。
「すごい、完璧。首藤もちょっとは見習いなさい?」
うるさいなぁ、余計なお世話だよ。
周りがくすくす笑う中、一瞬だけ弓槻と目が合う。慌てて前を向くけど、弓槻はまるで虫けらでも見るような目で私を見ていた。
やっぱ嫌な奴だな、あいつ。