❮地獄編❯
「さあ、掛けたまえ。」
わたしは、天使に促されるまま、応接室のふんわりとした心地の良いソファに腰掛けた。
天使はまるで、人間がそうしているかのように、お湯の入ったポットに茶葉の入ったティーパックを沈めて運んできた。
お供に香ばしく焼き上がったクッキーまで添えられている。
「客人をもてなすことも忘れてはならない神の教えだ。」
そう言って、
「主よ、ここに用意されたものを感謝とともに···わたしたちの主の御名によって。アーメン。」と祈りを唱えた。
天使は、紅茶を注いだカップとクッキーをわたしの前に並べると、「どうぞ」とわたしに勧めて話を始めた。
「さきほどの玉座は、いかがでしたか?」
え?
「"神がいない"というのが、あなたの感想でしたが?」
ああ、、
天使はにっこりとして
「ふふっ。"いない"のではなく、神の業が深淵なため、あなたに"見えなかった"のです。」
天使はおもしろ可笑しそうに笑っている···
どういうことなのだろう?
「神のお姿は「神聖そのもの」で、罪人がその姿を目にするなら「死ななければならない」のです。
それで、神は"隠れられた"···あなたが死ぬことのないように。」
天使はひとくちお茶を含むと、話を続けた。
「神は至高の守護者なのです。
ところで、「神のいない玉座」をあなたは見た。❮地獄❯と呼ばれる場所も、実はあのような場所なのです。
神を神として認めず、悪徳を積んで生きた者の辿る道です。彼らは「神はいない」、「神など観ているだけ(で何もしない)」、
「神に何ができる?」とたかをくくり、自ら破滅の穴に陥ったのです。
彼らは自分たちの富や権力を頼りにし、至高の守護者である方を侮り、その御手に陥ったのです。
···しかし、神は被造物を憎んではおられない。
むしろ全き愛を以て見守っていてくださる。人が一人でも滅ぶことは御心ではない、むしろ悲しみそのものなのだ。
人がその愛に気付き、神の愛を行うことこそが、神が人間をお造りになった理由なのだ。」
では、ルシファーがアダムとイヴに知恵の実を食べるさせることは?
「···ご承知のことであったに決まっている。ルシファーがアダムとイヴに知恵の実を食べるよう唆そうと唆すまいと、神のご算段
に狂いはなかったのだよ。知恵の天使と呼ばれたルシファーでも神の純真な御旨を凌ぐことは敵わなかった。
···神を出し抜こうなど愚かなことを考えるものではない。
しかし、ルシファーにも、神を畏れる心があったなら、神の御手に陥ることはなかったであろうに。」
天使はクッキーを食べる手を止め、ため息を吐いた。
「だから、われわれ天使にとって、「人間」というのは「友」なのだ。道を行くとき倒れても助け起こすために付き従っている「共」
なのだよ。ルシファーは、「ただの人殺し」だが、彼も神の指す「駒」の一つに過ぎない。
神を畏れて生活していれば、何も悲しい目に遭うことはない。神を信じなさい。そうすれば救われる。
悪徳からも善を引き出される至高の賢者である神の御旨に従っていれば、どんな出来事も恐れることはないのです。
恐るべきは神おひとりで十分なのです。」
わたしは紅茶を啜った。
紅茶は地上のそれと同じに見えるが、砂糖を加えなくても、ほどよく甘味を含んでおり芳醇な香りが楽しめ、とても美味しかった。
「人の"欲望"というものは、いつのときも争いの火種となる。人は、その欲望のままに神を求めたとしても、そこに神はおられない。
···そして、そこで人はその罪のために死ぬことになる。
あなたは"神"という方は、どのような方であると思いますか?」
えーと、、、
「いつも怒っている厳しい御方か、はたまた何でも願いを叶えてくれる優しくて気前の良いおじいちゃんか。」
うーん、、分かりません。