すまん、美波……志希が」
「はい! 行きます!」
プロデューサーが申し訳なさそうな顔でそう言いかけると、美波はすぐに察してそう言った。すっかり美波は志希のお目付け役だ。
「ったくもう……」
美波は事務所から出て、ため息をつく。
内心、「これ何度目だろ……」と思いながら。
だが、美波自身はこの事を嫌だとは思っていない。
……だから、何度も何度も引き受けてしまうのだが。
そう考えているうちに、美波は志希のラボの前に立っていた。
一ヶ月程前に志希本人から渡された合鍵を回して、家の鍵を開ける。
「志希ちゃん、いる?」
美波は家の中なら十分に響き渡ると言える声のトーンで、志希を呼んだ。
しかし、返事は返ってこなかった。
「志希ちゃん!?」
美波は悪い予感がして、部屋のあちこちを探し始める。
リビングだったはずのスペース、寝室だったはずのスペース。いつもは居るはずの場所にも、志希は居なかった。
「やっぱり、あそこかな……」
残る場所は、実験室のみ。
危険な薬品なども置いてあるのであまり入りたくなかったが、美波は仕方ないと思い、重くてがっちりとしたドアを慎重に開ける。
「ふぁー……」
……居た。
美波が必死で探していた志希は、実験室で呑気に欠伸をしていたのだ。
美波はその様子に少し呆れつつ、志希の元へ向かう。
「んにゃー……美波ちゃんなんでいるの?」
「『なんでいるの?』じゃありません。今日はレッスンでしょう?」
「あれー、そうだっけ」
とぼけたように答える志希に、美波は更に呆れる。
だが、こうしている時間もない。
レッスンまで、残り一時間程度。志希のラボから事務所まではそう遠くないから急いでいけば間に合うはずだが……
「志希ちゃん、着替えて」
「えー、めんどくさーい。美波ちゃん着替えさせてー」
「はあ……」
見ての通り、志希は全く動きたがらないのだ。
美波は仕方なく、志希の持っている服の中で一番健全なものを選んで、着せる。
当の本人が「ばんざーい」などと言いながら着せられることに抵抗を持っていないのが問題だ。
「朝ごはんは?」
「あ、冷蔵庫の中空っぽだった」
「はあ……」
本日何度目のため息だろうか。
だが、美波は呆れつつもこの回答をなんとなく予想していた。
「これでも食べてなさい」
「はーい」
バックの中から菓子パンを取り出して、志希に押し付ける。
数分経って、志希がパンを食べ終えたので、歯磨きをさせて事務所へ行く準備をする。
「志希ちゃん、行くよ」
「美波ちゃん手繋いで〜」
……全く、この子は。
美波は志希の言葉に対し、そう思う。
いつもは小生意気なくせに、甘えてくる時はたっぷり甘えてくるのがずるい。
美波は志希のラボの戸締りを終えて、志希の手を引きながら事務所へと向かった。
「美波ちゃんの手、あったかーい♪」
「……そう」
「うわ、美波ちゃんがまた保護者してる」
「流石ね」
事務所に着き、プロデューサーの元へ向かう途中に、周子と奏からからかわれる美波。
勿論、これももう何度目か分からないほど経験しているので、慣れている。
「プロデューサーさん、志希ちゃん連れてきました!」
「お、おう……お疲れ様」
必死に志希を押し付ける美波の様子に、プロデューサーは戸惑い気味にそう答えた。
「キミー、乱暴だよー」
「うっさい。何度も何度も美波を困らせんな」
志希はプロデューサーに引っ張られながらレッスン室に向かう。
……これでひと仕事終えた。
美波はソファに座って脱力する。
志希がプロデューサーに引っ張られてレッスン室に向かってから、少し経った。
美波が今度主演で出るドラマの台本を捲っていると、携帯が振動する。
美波は携帯の電源を入れて、確認する。そこには……
『美波ちゃん、また今度もよろしくね〜♪』
と、手のかかる猫からのメッセージが来ていた。
>>1 城ヶ崎莉嘉
>>2 一ノ瀬志希誕生日記念
>>3 しきみなみ(百合注意)
>>9 しきみなみ2本目(百合注意)
まとめておきます