誰もいない満員電車
>>17【誰もいない満員電車】
あんな部活、やめてやる。むしゃくじゃした気持ちで、終電に駆け込んだ。
高校に入学してから入部したバスケ部は、イメージ通りの、青春!恋愛!なんてものはなかった。
毎日つらい練習。失敗すると、ぺナルティが待っている。
今日も午後7時には帰るはずだったのに、こんな時間になってしまった。
静かに動き出した電車のなかで、スマホを開く。
画面に表示される時刻に、溜息を吐いた。時刻は、午後二十三時半。今乗ったこの電車が、家へ帰れる、最後の電車だ。
携帯をポケットへしまい顔をあげると、その車両には誰も居なかった。下を向いていたから気付かなかったのか、それとも他の車両には人がいるのか。
疑問に思ったが、他の車両を見に行く気力もなく椅子に座った。
そりゃあこんな時間なのだから、人がいないのは不思議ではない。それにこんな田舎だ。
満員電車なんて経験した事にないほどの、小さな町。人が多いと感じるのは、座る席がなかった時ぐらいだった。
俺が下りる駅までは、あと三駅ほど。携帯でも触っていれば、すぐに時間は過ぎるだろう。
スマホのメッセージアプリを開いて、返信をする。
けれどそのメッセージはいつまでも送信されず、「送信できませんでした」という通知だけが溜まる。
イライラとしてきた。今は、何事にも腹が立ってしまう気がする。
「……つっまんねー」
色々な意味をこめて、人がいないのをいいことに声を出しす。電車が、少し揺れた。
電車が止まり、扉が開く。駅からは、誰も乗ってこない。
妙に静かな空気を気持ち悪いと思ったが、そのことよりも苛立ちの方が強かった。
扉が閉まる音がする。
そういえば今日は、アナウンスをしないのだろうか?
この電車に乗ってから、車掌さんの声を聞いていない。
いつもなら、「次は○○駅、次は○○駅」という声が聞こえるはずなのに。
深夜だからか、と俺の中の想像で決定づけて、納得した。電車が、先ほどよりも短い時間で止まった。
また扉がひらく。
また、誰も乗ってこない。
深夜だからと言って、こんなにも人が少ないものなのだろうか?
段々と浮かんできた疑問に、俺は少し不安を抱えていた。
もしかして、乗った電車を間違えたのか?でも、この電車は動いている。方向も同じだ。
でも、何かが違うような気がするのは何故だ?いつもの記憶と、今の景色が一致しない。
ざわざわと、心を揺すられた気がした。
嫌な汗を、背中にべっちょりとかいている気がする。
俺は立ち上がり、一号車へと歩き出した。
多少の揺れに耐えながら、ぐんぐんと車両を渡り歩いていく。
最後のドアを開けたとき、俺は息を飲んだ。
「な、なんで」
そこに、車掌の姿はなかった。
そして、電車が止まることもなかった。
息が荒くなるのを感じる。この電車は、どう動いている?だれが動かしている?
そこには誰もいない。けれど、今までの駅両方に、停車している。その部分を、俺は少し楽観視していた。
けれどそれを考えてしまえば、すぐ目の前には誰かがいる、という事になってしまう。
ぞくり、と悪寒が走った。
はやく、はやく出たい。ここから早く出たい。
なんだこの電車。俺は、とんでもないことに巻き込まれてしまったような気がする。
あと、一分ほどだろうか。見慣れた景色が、暗闇の中うっすらと見える。
駅が近づいてくる。もし、ここで停まらなかったらどうしよう。俺はずっと、このままなのか?
「……あけ……あけっ!!」
バクバクとなっている心臓。心配とは裏腹に、駅に着いた時扉は開いた。
転ぶように下りて、這うようにして力が抜けた足を引きずった。
外は涼しく、汗が自分の体温を冷ます。
あの恐怖から解き放たれたのだ、と思ったとき、扉が閉まった。
そして、見てしまった。
ホームから見た電車の中に見える、何者か達を。
一人ではない。車両ひとつひとつすべてに、何者か達はいる
。
それは人間のように見えて、人間などではない。何故なら車両を移動するときも、携帯を触っている時でも、周りには誰もいなかったのだから。
あぁ、そうか。ソレは、ずっと居たのだ。俺がその電車にのる、ずっと前から。
ずっと、俺の隣に。周りに、あいつらは居たんだ。
俺が乗ったのは、誰もいない満員電車だったんだ。