>>93 【白い海青い砂浜赤い僕ら】
携帯のバイブレーションで、目が覚める。
友人と二人と旅行をしていた僕がその日見た最初の色は、ピンクだった。
もちろん、ベッドで眠っていたのだから、そこには天井があるはずだった。その部屋で眠りにつく前を思い出してみても、天井の色はピンクなどではなかった。
もしかして、これは夢なのかも知れない。そう思い自分の頬を抓るけれど、痛覚が現実を突きつけてきた。
目に前に広がる、異様な光景。全ての色が、恐らく、全く別の色になっていた。
「……どういうことだよ」
思いきり勢いを付けて立ち上がり、カーテンを開けた。窓から見える景色は、昨日見た景色とは違った景色。
昨日まではそこから覗く事の出来た雄大な海や、あまり人がいない綺麗な砂浜。それらすべて、変化していた。
海が白く、砂浜が青い。空も、白い。雲は、緑色だ。
宿泊していた部屋の室内だけでなく、世界中全てがそうなっているようだ。
けれど、目覚めても何の反応も見せない友人から見れば、この世界はいつも通りなのだろう。
自分の目が、おかしくなってしまったのか。
変わったのが世界ではなく、自分の視界だという事を認識した時、医者という文字が頭を過った。
けれどこの旅行は、なけなしの金をはたいて訪れた初の海外なのだ。しかも今日で、日本へ帰るはずったのだ。
所持金は、帰国する為に必要な分だけしか、残っていなかった。
そんな中、海外の医者にかかることなんて、出来ない。どれだけお金があっても、不安だ。
「ボーっとしてる」、と声をかけてきた友人に悟らせないように、僕はなんでもない、と答えた。
いつも通り過ごそうと、観光へ行こうという友人の言葉に乗った。
……観光を終えて最終的にたどり着いたのは、またその海だったけれど。
色が変化した世界で、俺は半日を過ごした。
白かった空は茶色へと変わり、そこだけは夕方を感じさせた。
「赤くて綺麗な夕日だな」と呟く友人。僕の目には、青い球体にしか見えなかった。
色が変化した世界は、予想外に残酷だ。
今まで認識してきたものを、そのものとして認識が出来ないのだから。
白い海を眺める。本当なら、この海は青いはずなのに。白い。白い、白い。
これは本当に海なのか?これは、海なんかじゃなくて、別の何かなんじゃないか?
俺が見ているこれは海じゃなくて、俺が見ている世界は間違ってなくて、俺は、俺が。
気が狂ってしまいそうなほど混乱して、僕はその白へと走り出した。
途中、青い砂浜で滑ってこけて、膝をすりむく。それでもおかまいなしに、走る。
驚いた様子で俺を追いかけてくる友人など知らない。僕はその白へ、飛びこんだ。
口に、塩辛い味が広がる。鼻もツンと痛い。
この白い液体達は、海だった。知っていたけれど、これは海だった。
「ああああああああああ」と叫んで、海から出る。友達は、何が起こったのか分からないという顔をした。
「色が、色が違う……俺の知っている色が、どこにもない」
海が白くて、砂浜が青くて、夕日も青くて、あぁ、なにがなんだか分からない。
不意に感じた膝への痛みで目を向けると、先程転んだ時に出来たのだろう。傷が出来ていた。
白い海水が、傷口に染みたのだ。
泣き叫びそうになって、けれどその衝動は、すぐに止まった。
ギョッとした。目を疑った。膝から流れる血が、青かった。
その青は白に流れ落ちて、本当に少し青に染まって、流れていく。
「は、っはは」
海が、青くなった。
そうだ、そうだ。おかしくなったのなら、もとに戻せばいい。
僕の知っている色に、変えてしまえばいいのだ。
急に笑い出した俺を、友人が心配したように覗きこむ。
僕は友人を見て、微笑んだ。
その日、僕らは青に染まった。
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