発達障害はわれわれが共同体を営むうえで生まれた障害だから、IQテストはあくまで補助的な役割しか果たさないんだよね。
昔は発達障害への理解がまだまだ乏しくて、発達障害を疑われる子を持つ母親のことを、
「refrigerator mother」(冷たい母親)と呼んでその愛情の不足によって引き起こされる障害だと信じられてきた。こういった刑罰的な考えが父親でなく主に母親にのみ適応されるのも、文化的な文脈が汲み取れるところだと思う。
私の知ってる子にも会話すると「ん?」ってなるけれど、数学とプログラミングですごい才能ある子がいたなぁ。今どうしてるんだろうね。
才能というか、たぶん関心のある事柄に対して惜しみなく時間的なリソースを注げるからメキメキ上達していくんだろうね。ふつうの人間はネット環境が揃ってたってプログラムを組んだり数学系のウェブサイトでひたすら問題を解いたりしない。
発達障害という名称が広く知れるようになって、弊害もあったものの、そういう人材への対応がある程度マニュアル化されて、また本人も自分がどういった状態にあってどうすればよいのかが研究の蓄積によって整理され、その人本来の恩恵をそのまま受けられるような社会にもっとなればいいね。私も、もっともっと勉強を続けようと思う。
懲罰的といった方が正しいネ。
村上春樹の「1Q84」が平成の30冊に選ばれたみたい。
私は比喩表現がキザったらしいし、無味乾燥な主人公がすぐ性行為するからエッセイしか好きじゃないけど、海外でたくさん読まれるのは翻訳との相性がいいのかなとも思ったり。
英語がもっと読めるとそこらへんの読み比べみたいなのもできるんだろうけどね。