わたしの性癖パックです。
0円です。
『生意気な弟×姉』
わたしには弟がいる。
といっても、血の繋がりはない。
彼はわたしがまだ幼い頃、お父さんに連れられてこの屋敷へやってきた。言葉を紡ぐことさえままならない小さな小さな男の子。それに愛着を覚えるのに時間などかからなっただろう。
いい姉であるように。常に弟の先を行って導いてあげられるように。毎日努力してきたつもりだった。けれどわたしは気づかなかったのだ。──弟の狡猾さに。
『生意気な弟×姉 part2』
「おい、オリビア」
褐色の肌に、成長途中の小さな体。彼はそんな見た目に似つかわしくない言葉をわたしに投げかけた。
目をやると、そこにはいつも通りわたしを見下す弟がいる。
「……アーノルド、姉さんのことを呼び捨てるのが教え?」
「俺より無能なやつに敬意を払う必要があるのかい?」
「敬意を払えとは言ってないわ。ただね、姉さんにたいして悪い態度をとるのはやめなさいよ」
「だったらお前が俺より優秀になるんだね」
「…………この、あんたねぇ」
頭にきてアーノルドに寄ろうと試みたその間際まで、彼は笑みを崩さなかった。
──ガチャリ
「!」
扉が開いて、外から心配そうな母親が顔を出した。
母はわたしとアーノルドを交互に一瞥したあと、尋ねる。
「……どうしたの? 勉強中なのに声がするから、おかしいと思ったの」
「か、母さん、あのね──」
「お母さん」
説明しようとしたわたしの言葉を、幼い声が遮る。
「姉さんが分からない問題があると、ぼくに聞いたんです」
「は?」
「まぁ……そうだったの。ほんとうにアーノルドは賢いのね」
「ち、ちがっ──」
否定の言葉が途切れた。アーノルドは笑っていた。それは幼い少年のものではなく、下卑た蛇人間のような、……狡猾な笑みだった。
『──オリビアが馬鹿だから悪いんだよ』
『アーノルドとオリビア』
『お母さん、できました!』
『あら、満点! すごいわねえ』
満面の笑み、赤い丸だけの答案。
もう慣れた作り物の表情。それに気づきもしない母親の後ろに、姉≠ェいる。
ここからだとよく見えるんだよ。
『……』
ああ、『俺に嫉妬してるんだな』って。
なんであの子ばかり褒められるの、わたしだって頑張ってるのに、でもそんなこと言えない、だってわたしは姉さんなんだから。
……っていうさ、そういう声がいやってくらい聞こえてくる。
そうだよね、オリビア。
本当の子じゃない♂エばかり可愛がられてちゃしかたないよね。
「オリビア」
「……なによ」
「嫉妬してる?」
そう悪戯に聞いてみれば、オリビアのつり目がちな瞳が動揺で見開かれた。
「……ばっかじゃないの」
見開いたあと、すぐに細めた双眸には淡い涙が浮かんでいる。
──ああ、ほんとうに。
俺に嫉妬してしまうくらい、泣いてしまうくらい、自分を責めてしまうくらい、オリビアって馬鹿だな。
「大丈夫だよ」
泣いている彼女≠フ手をするりと取った。
「可哀想にね、無能だと誰にも見向きされなくて」
でもさ、
「俺だけがオリビアを見てやるから安心しなよ」
そういうところが、心の底から好きだって。
……気づいてる?
(>>2->>3の兄弟。こういうのが性癖すぎる)
『悪女ちゃんと一途な寡黙男』
「今日は楽しかったぁ♡」
「そうですか……私もです」
「かれぴと一緒ならどこでもたのしーよぉ」
「あなたに楽しんでいただけるなら、それが私の本望ですよ」
「えへへ♪︎」
──あー、つまんない。
細い腕に抱かれながら、心の中でそっと毒を吐く。
もう言い慣れた薄っぺらい愛の言葉も、機械的な温もりも、そのすべてがあたしに退屈を感じさせる。
彼≠ヘ大学で出会ったあたしの恋人。
喋らないし、暗くて、一緒にしてつまんない男。
え? 彼氏なのにひどい言い様だって?
……だって彼、あたしに貢いでくれるんだもん♡
財布は長持ちさせなくちゃね?
『悪女ちゃんと一途な寡黙男 part2』
──ピコン
『次の日取りを考えておきたいのですが、あなたの希望を聞かせてくれませんか?』
「……」
──うざ。
なんでいっつもこんなに堅苦しいかなぁ。
あたしは別にあんたのことなんて好きじゃないっての。
……利用されてるって気づかないから便利なんだけどね。
ぼふっ
返信せずにスマホをベッドに投げ置く。
「……」
そろそろ飽きちゃったなぁ、今の彼氏≠焉B
次の彼氏でも探そうかな?
あたしは投げ置いたスマホを手に取り、出会い系サイトに指を滑らせた。
『悪女ちゃんと一途な寡黙男 part3』
「あっ、ユウキくん!」
「かれんちゃん?」
たたた、小走りで彼に駆け寄る。
彼は出会い系サイトで出会った、あたしの次の彼氏=B
貢いでもらうためにもちゃんと落としとかないとね。
「うん、かれんだよ〜! ユウキくんって写真で見るよりかっこいーんだね、ビックリしちゃった」
「え、そんなことないよ……かれんちゃんこそめっちゃ可愛い」
「え〜、やだ〜! 嘘でも嬉しいなぁ♡」
距離を詰めて、シャンプーの匂いをふわりと香らせた。指先は彼の肩に、笑顔は常にあざとく。細かく細かく計算して、男を落とすための算段を練る。
悪い女? ううん、賢い女の子よ。
騙される方が悪いんじゃない。
『花恋さん』
……あの彼みたいにね。
『悪女ちゃんと一途な寡黙男 part4』
「花恋さん」
「ん?」
背後に声がかかった。振り返り、無意識に目線を上げる。すらりと伸びた背丈は見慣れた彼≠フものだった。
あたしは笑いかけて、彼の体に触れる。
「かれぴ〜、どうしたのぉ?」
「……」
話しかけても答えない。彼はいつにも増して寡黙を貫いていた。
……なによ、せっかくあたしが聞いてあげて──
「昨日」
突然、思考を遮るように語り始めた。
「?」
「知らない男といましたね」
ひやり、背筋が氷ったような感覚になる。
それでも笑顔は崩さずに、そう、いつものように。
「ああ、あれはね? 友達だよ?」
「友人にしてはやけに距離が近いように思えましたが」
「だから、えっと……」
いつもの、ように──
「……お、怒らないでよ。えへ、許してくれるよね? かれぴ優しいから」
「──許しませんよ」
「……え?」
信じられなかった。
目の前の彼は、困惑するあたしの手をとり、髪を梳き、抱き寄せる。
「あなたの匂いや温もりを他の男が感じたなんて、私が許すとでも? あなたは私のものなのに」
「いや──」
もう遅かった。
「そうですか、ふふ……あなたは簡単に私の腕から逃げてしまうんですね。それなら……閉じ込めておけばいい。もう逃げないように、捕まえておけばいい」
「──」
「……愛していますよ」
(こういう悪女ちゃんとヤンデレ一途な男、という組み合わせが非常に好きなのですよ、、、)
10:cmねる。:2021/05/24(月) 23:57 『復讐者×悪女+純愛者』
──
最近、彼が冷たい。
「ねえ……今度の予定いつにする?」
「んー……またあとで連絡していい?」
「……ええ」
あなたが見つめる視線の先に、私じゃない、他の女がいることも分かっていた。
ねえ、最後に写真を撮ったのはいつ?
(──私ばかり必死で馬鹿みたいね)
そう思う心さえ乾ききって、
カチン
垂直に力を込めたフォークが皿の間で音を立てた。
……いつからこんなふうになってしまったの?
『part2』
いつからか愛は冷えきって執着と化していた。
始まりは分からない。けれど、もう終わりは見えている。
彼と私の思い出を乗せた香りをまとって、時々思い出すだろう。
熱く愛し合ったあの日々のことを。
(……そう、そうよね)
(分かってる。あなたが私に飽きたことくらい)
(だってあなた飽き性だもの、ずっと傍にいたから分かるの)
(未練がましいことはなしにしようって?)
(ううん、分かってるの、でも、私……)
(…………)
「──あんなちゃん可愛いね」
(……)
(ねえ、私……)
(これでも愛していたのよ)
見知らぬ女と交わされる言葉、それに孕んだ温もり。
全部私にはない。彼はもう私に笑いかけてもくれない。
……私のことを、あんなふうに呼んでくれない。
(分かってる)
(だってあなた、素敵だもの)
諦念はすでにあった。
小さく小さく、積もって。それが今、私の心に押し寄せている。
塞き止める術を持たない。きっと全ては瓦解してしまう。
あなたを引き止めることもできなかった。
「どうして……」
ぽつり
零した言葉を、誰かが拾い上げた。
「──おねえさん、大丈夫?」
「へ──」
幼い少女だった。
「悲しいの?」
「……」
よく見ると、少女の手からハンカチが差し出されていた。
百合の花の刺繍が入った、きれいなハンカチ。受け取ろうして、でも躊躇して、結局視線を上に向けた。少女はベンチに座る私を心配そうに見つめている。
一つにまとめた長い髪、前髪からのぞく大きな瞳。あまりに綺麗で、思わずまた視線を下に向けてしまった。
「ええと……」
「大丈夫だよ、これ、おねえさんにあげるから」
ぎゅう、ハンカチを空っぽの私の手に握らせた。
そして、隣に腰掛けて。
「──ぁ、あの」
「えんりょしないで、おねえさん。なにか辛いことがあったんでしょ?」
「……」
見たところ少女は、13か15ほどの年端もいかない子どものようだ。だというのに、私を見つめる金色の瞳はどこか大人びていて、えもいえぬ雰囲気を感じさせた。
……指先が触れ合う。呼吸が詰まった。
それでも必死に声を絞り出す。
「──その、……ねえ、大丈夫よ。あなたみたいな女の子に話せることじゃないわ」
「──」
少女の双眸が細められた。かと思うと、弧を描き、三日月のようになった瞳を私迫らせて。息が触れ合うほどの距離。
少女は言った。
「──おれ、男だよ」
(まだ途中なんですけど、なんていうか、、、一途が好きなのか浮気性が好きなのか自分でもよく分かりません笑笑 多分どっちも好きだと思いますけど。ていうか、あきらかにショタおね性癖です、はい。)
15:cmねる。:2021/07/12(月) 13:25(私の性癖刺さりまくりの女の子でギャルゲーしたいみたいな欲望があります。ので、何人か。めっちゃ適当な設定ぽい文だけ書きます。)
16:cmねる。:2021/07/12(月) 13:34 『芸術になりたい女の子』
──白いキャンバスをなぞる筆に、窓の外からもれだす夕暮れが色をつける。
静まり返った美術室に響くのは、筆がこすれる音と、絵の具を水に落とす ぽちゃん という音だけ。
彼女はまっすぐ前だけを見つめていた。
これから映し出される芸術に、期待と興奮を孕んで。
─
──やがて筆が止まった。
かつて白色だった想像図に映されたのは、とある少女の姿だった。
目がくらむほどの星の中、宇宙を迂回する銀河の中でさえ、ひときわ強い輝きを放つ星がある。
神崎創は、この学園では一等星に値する存在だ。
「神崎さんほんとかわいいよなぁ。」
「勉強もできてスポーツ万能。」
「おまけに誰にでも優しくて、非の打ち所がない。」
はぁ……と3人がいっせいにため息をついた。
「でもさぁ、誰とも付き合ってないってマジ?」
「マジらしいぜ。これまで受けた告白全部断ったとか。」
「とかいって……どうせ他校のイケメンと付き合ってんだろ!」
「普通はそうだよな。だってあんなに可愛いんだもん。」
だよなぁ…3人の声が揃った。
「……」
その会話を物陰から聞く男が一人。
学園では知られた金持ちの息子、いわゆるボンボンである。
彼の形のいい唇は自信げに弧を描いていた。
「──神崎創くん。」
「……どうしたの?」
放課後、踊り場。
オレンジが、影の先から2人の全身を覆う。
……神崎創。
絹糸のような金髪は腰まで流れるように伸び、桜色で染まった双眸は大きく開かれている。目の前には例のボンボン。
相も変わらず彼は笑みを崩さない。
かと思えば薄く唇を開き、まるで最初から決められていた二言目を紡ぐ。
「僕と付き合ってほしい。」
その言葉を聞いた神崎創の瞳が、淡く揺らいだのを見逃さなかった。
彼は続ける。
「君は芸術だ。なによりも美しく完璧な。」
「──」
「僕の父さんは芸術家でね。家には数億の値が着く絵画がこれみよがしに飾られているよ。……でも君は、そんなものよりも美しい。だから欲しいんだ。僕のもの≠ノ、いや……僕だけの絵になってくれ。」
「……」
戸惑い。ではない。
神崎創はなにか考えているような素振りを見せて、衝撃的な告白の言葉から少ししたあと、ようやく顔を上げた。
その顔には笑みが隠れていた。
「……ありがとう。明日、返事させて。」
──美術室で。
彼女はそういって笑った。
翌日。
放課後が待ち遠しくてしかたなかったよ。
既に台詞を頭に浮かべて、橙に染まる廊下を歩く。
行先には美術室が続いている。
……はにかんだ笑顔の彼女が待つ。
1歩、2歩、3歩。
近づくたびに心が逸る。
ようやく神崎創が手に入るのだ。
これほど焦がれた至極の芸術が、この手に。
「──神崎くん」
ガラリ
辿り着いた美術室の扉を開けた。
きっと、彼女の金髪に夕暮れが溶け込んだ様はどこを切り取っても美しいに違いない。その様を早く見たい。目に焼き付けたい。
眩しい陽光。
その先に──
「……こんにちは」
「──」
絶句した。きっと僕の目は宙をさ迷っているだろう。
なぜなら、そこにいたのは、
「…………君は誰だい?」
神崎創ではなかったからだ。
キャンバスの前で丸椅子に腰掛ける、茶色のおさげに眼鏡をかけた地味な女。
彼女はどこに?
僕の足は自然と女に向かっていた。
がしっ
両肩を掴む。
「神崎創くんは来ていないのか? 教えてくれ。……いや、でもそんなはずは。昨日あんなに嬉しそうに──」
「……」
女の冷めた桜色の目がこちらを見ていた。
思わず掴んでいた手を離す。
困惑する僕に畳み掛けるように、女は椅子から立ち上がると僕に歩を向け、
こう言った。
「──私が神崎創よ」
「…………なに? 今なんて言った?」
不意に視線が外れて後ろのキャンバスに目をやる。
描かれていたのは、「神崎創」の姿だった。
喉の奥で声が掠れた。再び女に視線を捉えられる。
くすりとも笑わない、色をなくした表情のままで同じ言葉を繰り返す。
「聞こえなかった? 私が神崎創なの。」
「……タチの悪い冗談は、…………君はなんなんだ? 彼女のストーカーか? 一体この絵はなんだというんだ。」
神崎創≠ェ描かれたキャンバスを指差した。
けれども桜色の瞳は動かず。
「神崎創≠ヘ私の芸術。全部私が創り出した、虚構の存在。」
「ふざけるのもいいかげんに……彼女はどこだと聞いて」
「あなた目がついていないの?」
「なにを──」
後ずさりする僕に詰め寄り、
……いつの間にか瞳は狂気を孕んでいる。
「あなたは芸術がなにか分かる? ねえ、芸術家の息子さん。……私は神崎創を創り出した時、なにかが欠けている気がしたの。芸術は時が風化させる価値でもない、人々の主観で彩られる抽象的なものでもないのよ。」
「──」
「芸術は感情そのものなの。私には、神崎創≠ノはそれが足りなかった。だから……私は芸術として生きることにしたのよ。感情を知り、永遠に損なわれることのない至極の存在として。」
「君はなにを言って……」
「買い手を探していたわ。……あなたのような肥えた目の持ち主に、いつか私の価値を見出してくれることを願って。」
心臓が握られたように鼓動が早い。
それは単に恐怖のみで象られたものではない。不思議なことに、僕は今、こんな状況で──
「返事は受け取らせてもらう。代償は、私を買うこと。」
彼女に惹かれてしまっている自分がいる。
(絵を描いている女の子と神崎創ちゃんは同一人物で、芸術を追及するあまり自身が生きた芸術になろうと決めた。みたいな感じです。こういう女の子が性癖です。)
22:cmねる。:2021/07/12(月) 15:31 『メンヘラ魔法少女ちゃん』
『みんなに笑顔と夢を届けるよ! ハッピー☆ドリーム!』
「わぁ〜!」
お馴染みの台詞がテレビの向こうから流れた。
日曜日の朝、幼い少女はだれでもお茶の間で目を輝かせる。
『魔法少女ハッピー☆ドリーム』は、約20年ほど前から放送されている大人気子供向けアニメだ。内容はいたって簡単、8時半から30分間、少女たちの日常と怪物退治が流れるだけ。
その愛らしさと同時に垣間見えるたくましさに幼女らは惹かれ、憧れを抱きながら大人になっていく──
「…………だってさ」
荒廃した街、灰色に渦巻く暗雲の下に、まるで1つの異物のように彼女は存在した。
フリルやリボンでデコレーションされた衣装に、ふわふわピンクのツインテール。
右手人差し指には、煙草。
厚底の靴は怪物の死骸を踏みつけている。
吹かれた煙が空と同化してすぐに消えた。
「なあにが魔法、夢。そんなもんあるわけないじゃん」
ぐしゃり
死骸を踏みにじる。
ぽとりと落とした煙草が腐って溶けた。
──2×××年、日本。
世界は既に瓦解していた。
今から40年ほど前の話。
宇宙から突如現れた怪物≠ノよって、世界は崩壊の危機に瀕した。
当時、その数はおよそ6000体。
ある国は宇宙と交信を試み、ある国は軍事力で迎撃し、そしてある国──
日本は、『夢の国』という名のシェルターを全土に展開させた。
国家機密の防衛兵器と呼ばれていたそれは、怪物から日本を守り、擬似的な世界を作り出した。
当時の惨劇を知る日本人は今やなにも言わない。
各国がもろとも怪物に滅ぼされ、こうして世界が終わりを迎えた今でも。
日本だけはまるで本当の夢のように生き続けている。
彼女らは日本の安寧のためだけにあった。
増え続ける怪物から『夢の国』を守るため、あるいは、悪く言えば犠牲を厭わない鉄砲玉として。
政府機関に特殊な改造を施された人間──
『ハッピー☆ドリーム』に登場する魔法少女は、そんな存在だ。
──プルルル
少女の左手を包む装飾から着信音が鳴る。
指で触れると空間映像が宙に映し出された。
ブレる映像には男が一人。
『──』
「……はい、はい。あ、あの子死んじゃったんですか、さっきの傷で。やー、あれはやったかなって思ったんですけど……」
『────』
「新しいクローンね、はい……」
『───』
「あっ私が指導するんですね、ハイ、分かりました、ありがとうございます」
……ピッ
「…………」
しばらく、怪物の死骸を見つめたまま少女は無言でいた。
目が死んでいる。
「……もう」
震える声、きしむ奥歯。
「…………もう、死のうかな」
「意味分かんないじゃん、なんなんだよこれ」
ぽつり
呟いた言葉が消えていく。
ぽっかりあいた心の奥が冷たさで満たされるのを感じた。
「私が死んでも代わりはいるし……なんでこんな、毎週こんなことしてんだろ、マジで。なんか手から魔法出るし研究所はおっさんだらけだし飯まずいし。」
ぐしゃり
踏んだ死体に穴が空く。
「こんなんに夢もクソもあるわけねえじゃん、ふふ、あーーーお茶の間の子あたしがヤニ吸ってるの見たら泣きそ、つら。」
2本目の煙草に火をつける。
解析不明の期待が漂っているため、火の扱いには気をつけるよう厳重に注意がされていたが、関係ない。
じじ、と煙草の先端にライターの火がともった。
煙はすぐに消えていく。
「……いいよね、みんなは。なにも気にしなくていいんだから。」
でも、
「あたしはただのキャラクターなのに。本当の自分なんてどこにもない、画面の中にも。」
呼吸が詰まる。
「誰かあたしの代わりにやってよ、あたしも普通に生きたいの、優しい家族ほしいの。友達と出かけたりして……」
肺がいやな空気で満たされた。
消えていく煙が、自分自身の底にたまって戸愚呂をまく重責のように感じた。
……あたし、今まで何回死んだんだろう。
カチ、3本目の火をつけて──
「───あ」
瞬間、紫色のモヤが目の前に広がって、炎が弾けて飛んだ。
悪性のガスに煙草の火が引火して少女の体は吹っ飛ばされた。
『小人族×魔女』
ギルドとは。
各地の王都に設けられている魔物討伐機関である。
功績に応じてランクが上がり、クエストに則った報酬が手に入る。
SSランクともなれば勝ち組で、報酬の価値が莫大に跳ね上がる上に、王都からの名声すら得られる。
だからこそ人はみなギルドに熱き情熱を馳せるのだ。
「くそ、今度こそ……」
──偏に、どんな種族でも。
城壁が囲む王都の中、都下でひときわ大きな建物、ギルドの中では冒険帰りの冒険者たちが群れをなして盃を交わしていた。
その中には、獣人族、竜鱗族、魔人族など、多種多様な種族が入り交じっている。
されど彼らは笑い合い、肩を組む。
……1人の男をのぞいては。
「なんで倒せねえんだよ!」
ダンッ!
男は傷だらけの拳をテーブルに叩きつけた。
椅子に腰掛ける彼の足は床についていない。
背を縮こめて歯を鳴らしていると、1人の巨人族の男が泥酔した様子で現れた。
「ようよう、フラムさん。またCランクの雑魚的1匹倒せずじまいかい?」
「っ……」
男──フラムは、竜鱗族に丸い目をきっと向けた。
後ろで短く結んだ茶色の髪が揺れる。
「うるせえやつだな……武器の練度が足りなかったんだよ!」
「へえ、ほー? そりゃあひのきのぼうでも持っていったのか? 傑作だな」
「てめえ……」
「ハッハ、冗談さ、怖い顔するなよ。それに……」
すっ
男がフラムを指差す。
「お前がいつまでたってもDランクハンターなのは、小人族だからだろ?」
「──っ」
『小人族』
その言葉を皮切りに、フラムの顔は赤く染まった。
ガシャン!
酒の入ったグラスが地面に叩きつけられる。
じわじわと床に染みていく酒を横目に、フラムは身を乗り出して男に殴りかからんとしていた。
「ぐっ……」
3本指に首をおさえつけられ、その手を必死にはがそうと地面の上でもがく。
竜鱗族は、フラムに睨まれながらも呆れた様子で溜め息をついた。
酒場は水を打ったように静まり返っている。
「姿だけじゃなく頭もガキってか。お前がいったいいくつだよ」
「……だまれ」
「いや、黙らない。いいかげんお前にもうんざりさ。実力がねえのを認めてそろそろ故郷に帰んな」
「…………」
──小人族は、西の大陸を拠点とした移動民族だ。
雪の降りしきる冬には南へ、太陽が大地を照りつける夏は北へ。小人族が飼育する特別な動物、マヤに乗って1年かけ大陸を移動する。
なぜ彼らは群で移動しながら生きるのか?
理由はひとつ、個々の生存力が著しく低いからである。
平均寿命は112歳。しかし、その姿は少年期から変わらない。小柄な肉体には、魔物を倒すために十分な力が宿っていない。だから彼らは集団で生きるのだ。生き残るために。
……だが、フラムだけは違った。
フラムは民族のはぐれ者として、今でもギルドで底辺のハンターをやっている。
「……逃げるだけの民族なんて俺はゴメンだ」
「それがお前らの生き方だろ」
「俺は俺だ。自分の生き方で生きることのなにが悪い」
「……ハァ」
指を首から離した。3つの赤い痕が残っていることには目もくれず、竜鱗族の男はフラムに背を向けると諦めたように手を振った。
「もういーわ、お前にゃなに言ってもムダだった」
「勝手にしろ、カス」
「あ? お前人が黙ってりゃ──」
──カランカラン
ドアベルの音がした。
目を奪われた。
──どこにいても浮いてしまうような、一点を現す混じり気のない白髪を、赤い花が高く結びあげている。くわえて、花と同じ色をした派手な令嬢服。
浮世離れした女の様が深く目に焼き付いて離れない。
酒場の皆が同じようにして見つめていた。
1歩ずつ、靴の裏をコツコツと響かせ、やがて……
女は倒れるフラムのもとへ歩み寄ると、屈んで端正な顔を寄せた。
「ねえ君、どうしたの?」
「──」
惚けていたことを自覚して、ふと我に帰る。
「……な、なんでもない」
「ほんとに?」
ちらり、伏せた目で女の相貌を一瞥した。
それと同時に湧き上がる疑問。なぜこのような女が、ギルドに現れたのかということ。フラムは湧き上がった疑問をそのまま口にする。
「あんた、なんでここにいんだ」
「え?」
フラムの言葉に女は一瞬目を見開き、そして、「あっ」と声を上げて立ち上がった。くるり。全身を酒場に向け、にこりと微笑んでみせた。
「申し遅れました。わたし、カリド王都のギルド出身SSランクハンター<求[ジュですわ♡」
酒場が湧いた。
先程までの静かさがまるで嘘かのように、冒険者たちは一斉に『ルージュ』に向かって声を浴びせる。
「オイオイ! 嘘だろ姉ちゃん!」
「こんな綺麗な女がハンターなんてありえねえって!」
「悪戯もほどほどにしろい!」
ボウ!
酒場の壁際を一周して、全体を囲むように炎のドームがギルド内を包み込んだ。
「もう♡ 本当ですよお♡」
恥ずかしげに頬に寄せる指から、赤い炎がチチ…と燃えた。
再び辺りがシンとする。
「……」
フラムは絶句していた。
「……まあ、そういうこと。いつまでも飲んだくれてちゃあたしが報酬ぜーんぶかっさらっていっちゃうよ? ……なんて。ふふ、よろしくお願いしますわ♡」
この女が、本物のSSランクハンターかもしれないことに。
「……君、行こ」
「え?」
フラムの頭上から小さく声がかかった。
思わず間抜けな面をすると、ルージュはおかしく笑って輝を伸ばした。
「いくつ?」
「……」
街の端、海辺に隣接した石畳の上。
夜凪を月がてらてらと照らして、紫やら黄緑やらを作り出しては何度も波打ち際まで波を寄せる。
その漣の音を聞きながら、フラムは視線を石畳に落としていた。ルージュの問に答えようにも心臓の鼓動が邪魔をするのだ。
「ねえ、どうして君みたいな坊やがギルドにいたの?」
ルージュはフラムに同じことを尋ねた。
それを聞いたフラムの顔がかっと赤くなり、顔を隣へ向ける。目が合った。
「……ぁ、お、俺はガキじゃねえぞ」
「うそつき」
「嘘なんか……!」
くす、ルージュが耐えきれずに笑みを漏らす。
「っふふ、冗談、冗談だよ。小人族だよね?
知ってる。知っててからかったのよ」
「……っ」
顔がもっと赤くなった。
そして、本能的に理解する。『この女は嫌いなタイプだ』と。それがましてや、SSランクハンターなのである。フラムは世の理不尽さを感じると同時に、ルージュに対して嫉妬のような感情が押し寄せた。
「何者かは知らないが、あんまり調子に乗るな。俺のような底辺をとっつかまえて楽しいのか?」
「楽しいよ、君と話してると」
「なにが……」
「だって、すぐ赤くなっちゃって面白いんだもん♡」
「……っ」
ふい、顔を逸らす。それでもまだ、かぁ、と熱くなっていく己の体を止められない。横からニヤニヤと笑うルージュの顔が容易く想像できて、更に複雑な感情が募った。
「怒ってる? ふふ、ごめんこめん。……ねえ、なんていうの?」
「お前には教えない」
「教えとくとこの先役に立つかもよ? お姉さんがパーティーに入れてくれちゃったりさ」
「そんなものいるか。俺は自分で強くなってやるんだ」
「小人族(ホビット)には向いていないんじゃなくて?」
「……」
(段々と性癖が露呈しているような気がしますが、、多分、裏表のある女の子とかがすごく好きなんだと思います。小人族と魔女のやつは、憎々しいけど好き、みたいになってほしいと思っています。)
33:cmねる。:2021/07/19(月) 12:36 ある日、私の家にロボットがやってきた。
『今日から、あなたを管理します』
「……え?」
──
────
「ピ、ピ、もう寝てください」
「ええー、まだいいじゃん」
「ダメです。睡眠時間が3分減ります」
「あっ、こら!」
スラリとした機械仕掛けのロボットは、私を担いで寝室まで運ぶ。
なんでこいつが突然私の前に現れたのかは分からない。
台風のごとくやってきて、私の生活を掻き回していく……そんな存在。
「マスター」
「なに」
「人間はどのようにして個体を増やすのですか?」
「え……」
機械が逆に質問してきた。
「それは……あれ、はい」
保険の教科書を棚からゴソゴソ漁って手渡す。機械は訝しげに首をかしげてページをめくり出した。
「ふむ、フム……」
しばらく読んで、機械のくせにどこか理解したような顔つきになるとふいに本を閉じた。
そして、私に向き直る。
「あなたは数十億の人類から選ばれました」
「なんの話よ急に……」
「しかし、あなたの他にも選ばれた個体は存在します。私たちは、個体増殖に不向きな人間を管理し、繁栄をうながすプログラムなのです」
「……」
唐突にべらべらと喋り出した。
それと同時に困惑していた。
固体増殖? 繁栄? ていうか……
「あたしまだJKなんだけど」
「JK?」
機械は鉄の首をもたげた。
「だから、JKに子孫繁栄させるのそれ犯罪だからね?」
「犯罪?」
「……もうっ! 質問ばっかでウザイな! 教科書あげるから勉強しなよ」
奥の部屋に行って、ありったけの教科書を手に取り機械のもとにドサッと置いた。
「公民、道徳、理科! これでじゅーぶんでしょ」
──
────
「マスター」
「なに」
「教科書のプログラムを全て理解しました」
「……はい?」
翌日、機械は私にそう言った。
まさか本当に理解するとは。
驚いたけど、尺に触れる。
「ふ、ふーん、それで?」
「私のデータによると、あなたの学習適正率は非常に低いです」
「は?」
「ですので、今日から適正の向上のために更なる管理を開始します」
「いやいらんて」
──
────
「その問いは誤っています」
「うっさいなぁ……勉強なんかしたくないのに」
「学習適正率の低さは繁栄率の低下に繋がります」
「だからなんだってのよ……」
「あなたの個体を尊重しています」
「このポンコツ」
「──、……ポンコツ?」
「だめだめってこと」
「だめだめ?」
「……もーっ! あんたマジでうざい!」
「うざいとは?」
「それよ! ……くそ、もう、パソコンあげるから。それで調べといて!」
押し入れの奥をガサガサあさって古いパソコンを取り出す。
「同じ機械なんだから使い方分かるでしょ!」
「緻密度の低下が見られます」
「そりゃよかったね、そんじゃ。あたし友達と遊ぶから」
「ピ、ピ、不可能です。あと一時間ほど適正率の向上を行なう必要があります」
「そんなの知らないわよ」
バッグに荷物を詰め込んでさっさと行ってしまう。
一人残された機械は相変わらず規則正しい動作音を鳴らしていた。
──
────
「マスター」
「……ん?」
「あなたが命令した通り、プログラムで調査を行いました」
「あっそ」
「パフォーマンスの向上が見込めます。より精度の高い管理ができるでしょう」
「別にあたしはいらないけど」
「マスター」
「なによ」
「今日の活動を教えてください」
「?」
「接近した個体、場所などです」
「……なんでそんなこと教えなきゃなんないの」
「私はあなたのプログラムだからです」
「あたしはあんたのこと自分のプログラムなんて思ったことないけど」
「……」
突如機械が沈黙した。
かと思えば、すぐにまた電子音を鳴らす。
「ピ、ピ、ハッキング中」
「……は?」
(春頃にメモ機能で書いてたやつですが投下しておきます。ヤンデレなロボット、ってよくないですか。)
35:六号:2021/07/21(水) 18:12( 通過失礼します!ヤンロボめちゃくちゃ面白いです!通過失礼しました〜 )
36:cmねる。:2021/07/25(日) 15:22(あっ、めっちゃ嬉しいです〜!ありがとうございます!!)
37:cmねる。:2021/08/15(日) 17:12
「ガリ勉女」
あの子はずっとそう陰口を叩かれていた。なにを考えているか分からない、体育はビリで、頭のいい子。休み時間、あの子は常にノートを開いていて、勉強をするか絵を描くか、その2択だけ。私はその様子を横で眺める。それだけだった。でも、
「あんたらやめなよ」
いつの日か、あの子のノートを破いた奴らと喧嘩して。
「私が守ってあげるから」
クラスからの孤立の代償に、あの子との奇妙な関係を手に入れた。別に、友達のことなんてどうでもよかった。
「絵うまいよね」
きっと、
「今回のテストも一番だったんでしょ? すごいなぁ〜」
きっとさ、私は正義に憧れていたんだと思う。でも実際は違って。いい人になりたいが為に、正義なんてかっこつけた言い訳をして堂々と生きていたの。本当は全部が偽善だったのに。そんなだから、あの子は私と一言も話さなかった。
それでも時間だけは流れていって、毎日通るあぜ道の草丈が高くなったとか、鈴虫が昔より鳴かなくなったとか、どうでもいい話のバリエーションは増えた。相手がそれに答えることはなくても構わなかった。
そういう関係が数年くらい続いた日。小さな車に私と家族が運ばれて、あの子と過ごしたこの街とはお別れ。随分と呆気ない去り際だと子供ながらに思った。
大人になっても、夏の時期になるとそのことを思い出す。映画や小説みたくはならない一方通行の友情の思い出。
あの子は今なにをしているんだろう。
ふと気になってしまって、私はここにきた。
あの街に。
見慣れたあぜ道、昔より数が増えた電信柱、老けた店主の駄菓子屋、ずっと変わらない遊具が佇む校庭。前に住んでいた私の家には別の誰かが住んで、あの子の家には、……あの子の家には
扉をノックする。ミーンミーンと、蝉の声がやかましく耳に張り付いた。
あの子は亡くなったらしい。持病だった。居間の奥の仏壇には遺影が飾られてある。写真なんていつ撮ったのかなぁ、なんてまた考えてしまう。私にとってあの子の存在はこんなにも薄れてしまったんだと、ほんの少しだけ自分に失望した。
見せたいものがある。そう言われて、私はあの子の部屋に案内された。錆びかけのドアノブを回して、内に開く。うっすら見えた部屋の壁にはたくさんの紙が貼られていた。中に足を踏み入れて全貌を見渡せば、貼り付けられた何枚もの紙にはある少女だけが描かれていて、その正体に気付く前に背後にいるあの子のお母さんが言った。
「これ全部、あなたなんだよ」
私はいつか死んでしまうから、友達がいたらきっと悲しむ。あの子の声が聞こえた。それでも私に感謝を伝えられなかったことを後悔していたと聞いた。私は壁の絵を眺めたまま振り返ることはなかった。
『ナンバーワン』
魔法学校、それは庶民の憧れ。
才を持たざる者が目指すことさえ叶わない、ほんのひと握りの天才の世界。誰もが夢に描き語るほどの狭き門である。
そんな魔法学校に、あたしはいる。
否、名を轟かせている真っ最中なのだ。
「あたしと勝負するヤツはいないか!? もちろん、挑んできたって返り討ちにするまでだがな! ハーハッハッハ!」
小さな杖を振りかざして、お決まりの「超かっこいいポージング」を披露してやったあとに満足気に腕を組む。ここではあたしがナンバーワン、天才が集う魔法学校ですらも頂点は夢ではない。
「またユニが騒いでる」
「むしろ、自分が挑む方だろ」
「筆記テスト最下位だったらしいけど…」
「ほっとけほっとけ」
などと、負け戦からしっぽを巻いて逃げる弱者共の声が聞こえる。まあしかたあるまい、この天才ユニ様の威厳に恐れをなしてあることないこと吹き込むしか脳がなくなったのだろう。筆記テストなどとくだらない、あたしの本気を見せるには紙面なんかじゃ物足りないってわけさ!
「…こうなったら、校内を駆け回るしかあるまーい!」
杖を片手に廊下を駆け出す。ふふふ、待っていろ、未来の敗北者…このあたしが伝説の魔法使いとして名を刻まれるのも近い──
「うわぁぁ!!」
ドン!
曲がり角、前方から突如現れたのは大きな魔力の塊。思わずついてしまった尻餅と、ぶつかった鼻先の痛みに悶えていると、うっすら開いた瞼の先に魔力の正体が見えた。
「…大丈夫?」
褐色の手が差し伸べられる。目線の先には、見覚えのない…平凡な男の姿があった。
──これは、「自称天才魔法使い」の少女と「超天才」の少年の物語。
「な、な…あんた、誰でい! このあたしに尻餅をつかせるなんざ相当な実力者と見た!」
「え?」
ビシッ!
杖を掲げて角度をつける。毎日鏡の前で編み出した「超かっこいいポージング27選」の内のひとつだ。この圧倒的に輝かしい姿を見て気圧されたのか、目の前の男は困惑を浮かべている。
「ちっちっち…察しが悪いね、つまり…あたしと勝負する権利を与えてやるってことさ!」
「えっと…」
「だーっ! いつまで呆けた顔してんだぁ! ユニが勝負するっていったら、杖を構えるのがここのじょーしきなの!」
「そうなんだ…初めて知ったよ。あ、僕転校生で…」
「テンコーセー?」
「推薦があって、この学校にこないかって学長に言われたんだ」
スイセン、推薦…というのは、がくちょーみたいな偉い人がすごい人にするものではなかったか…つまり、このチョコレート色したもっさり頭の男は凄腕の魔法使いってことか?
「……ううむ、あたしの相手には事足りるな!」
「あの、さっきから勝負とか相手とか…どういうことなの?」
「…あんた、わざとボケてるんじゃないだろうなぁ。魔法学校で杖を向けられたら一体一の魔法勝負の始まりに決まっておろう!」
「それも初めて聞いた…」
もっさり男はもさもさ頭を掻きながら申し訳なさそうに笑った。
「ふふん、よいぞよいぞ、この学校の常識と…それから超重要、あたしの天才さアンド素晴らしさを教えてやるから覚悟の準備をすることだ!」
「うん…? わ、分かった」
「では、いざ尋常に勝負としよう!」
再度杖をかざす。もっさり男も懐から杖を取り出した。さあ、まずは特大でスペシャルな魔法をお見舞いしてやる──!
「スーパーダイナミックシャイニング──」
「『ファイア』」
瞬間、杖の先から放たれた豪炎に廊下一面が包まれた。
「あ、わ、ごめんね…!!」
朦朧とする意識の中で、唯一聞こえたのはもっさり男の声だった。
いったいなにが…あたしが特大魔法の詠唱を始めた瞬間に炎が溢れて…そ、そうか、この天才的な魔力が暴走したの、か……
──
────
「学長から推薦を受けて参りました、レーシュです。皆さんよろしくお願いします」
「……」
机に頬杖をついて窓の外へ視線を向ける。自慢の金髪がいまだプスプス焦げてることや、周りの席から聞こえる「ユニが転校生に負けたんだってな」「廊下で火あぶりの刑にあったらしいな」とかいう趣味の悪すぎる陰口の原因であるテンコーセーから目を逸らしたいからだ。
別に、あんな魔法どうってことない。ちょーっとテンコーセーに花を持たせてやっただけだし、本気を出してればよゆうで勝てたし。
「この学園では、『ユニ様』が杖を構えたら魔法勝負をすると聞きました。あの…教えてくれてありがとう、でも少し危ないと思う…」
「…………」
もっさり頭のレーシュがあたしの顔を見てはにかむ。
「おいユニ様、なんか答えてやれよ」
「大天才の身を案じてくれてるぞ?」
「そっぽ向いてないでこっち見ろー!」
…
……
ガタッ!
思いきり席を立つ。
「……あたしは、あたしは負けてない! この学園のナンバーワンはあたしなんだからな!」
驚いたのかレーシュは目を丸くした。
この雪辱は、雪辱は必ず……!
「今日の昼休み、もっかい勝負だ! その時にぜっったい分からせてやる!!」
「う、うん…」
「──いざ、尋常に勝負!」
昼休み。噂を聞きつけて集まった大勢の観客に囲まれて、あたしとテンコーセーは杖を構えた。今度こそ必ず打ち負かしてやる、超超すごい魔法で…!
「『スターライトビックバンブラックホール』!」
闇の魔力が輪となって飛んでいく。この魔法攻撃をまともにくらえば、三時間は動きが鈍くなること間違いなしだ。その強大な効果の制約として飛ぶ速度がめちゃくちゃ遅いが大した問題はない。さあ、どう出るもっさりテンコーセー!
「……」
テンコーセーはなんとなくドキマギして、前方から迫り来る闇魔法に抗うでもなく杖を下げた。なるほど、あたしのスーパーな魔力が動きすらも止めたというわけか…これぞまさしくブラックホール。
勝利を確信してポージング19をキメる。
その間、魔法がテンコーセーに命中した。
闇の輪はもくもくと広がり、霧となって四肢に纏わりつけば自由を奪い…完璧なシミュレーションだ!
「…決まった」
「ちょっと効いた、かな」
「へっ」
「『ファイア』」
またしても、視界が豪炎で染まった。
「…ご、ごめんね、ユニちゃん」
「ばかたれ、あたしのことは経緯を込めてユニ様と呼ばんかい」
放課後、帰路にて。
頭も体も全身コゲコゲになったあたしに「申し訳ないから」と無理やり付き添うテンコーセーが隣を歩く。ガタイだけは無駄にでかいのに、ずーっとオドオドしたまんま目をちらちら伏せたり。
「様、って、なんかおかしいと思って…」
「…あたしがいったらそうするの! ばーかばーか、テンコーセーのもじゃもじゃ!」
「……やっぱり、怒ってる?」
「怒ってないし」
「でも、やっぱり危な…」
「大天才ユニ様を見くびりすぎだっちゅーの! 今はあんたの実力を確かめてる最中なんだからさ、だからさ…」
「…」
「明日もぜーったい勝負だかんな!」
あっかんべをして、一目散に走り去ってやる。
背後であいつがどんな顔をしていたかなんて知らない。
見るのは雪辱を晴らした先の、敗北に塗れた顔だけだ。この天才ユニ様に成し遂げられないことなどない!断じて!
──
────
「テンコーセー! 今日も勝負だぁ!」
ある時は勝負早々豪炎に焼かれ、
「いーか、手加減なんてするんじゃないぞ!」
ある時は魔力がカラカラになるまで特大魔法をお見舞いしてやったあとにカウンターで屠られ、
「今日は対テンコーセー用の超スペシャルな作戦を考えてきてやった。このユニ様が直々に編み出した作戦に翻弄されることを光栄に思うがいい!」
ある時は作戦を遂行する前に真っ向からへし折られた。
何度杖を交えても、テンコーセーには勝てなかった。
「どうしてそこまで僕との勝負にこだわるの?」
ある日、負けた日。
テンコーセーはあたしに聞いた。
「負けたらいつも…クラスの皆にからかわれるのに」
「なぁに、あいつらは醜い嫉妬の渦をハリケーンみたいにぐるぐるさせてるだけだ」
焦げた金髪が風になびく。
「…それから、勘違いするなよ! あたしはあんたにこだわってるワケじゃない、いつかぎゃふんと言わせてやるために…あたしが超天才だって分からせるために勝負してるだけなんだからな!」
「──」
その時、なんだか少しだけ、救われたような顔をした。
──
────
『レーシュは魔法の天才だ』
『この子なら魔法学校も夢じゃない』
『いいよ、どうせあいつには勝てないもん』
『だって天才だから』
人は皆、僕を天賦の才と賞賛した。時に敬われ、畏怖され、敬遠される人生は実に孤独だった。たとえ稀有な才能の持ち主が集う魔法学校でも同じこと。望まずに持って生まれた才は、僕にとって価値などない。だから、今回も──
…そう決めつけるのは、間違いだったのかな。
決して僕を天才だと一線引かない彼女は、引くどころか「自分こそが天才だ」と張り合う人間で、毎日の勝負も距離感も、何故だか心地いいと思ってしまう。こんな風に、僕と真っ向から向き合ってくれる人なんて…いなかった、彼女と出会わなければきっとこれからも。
…
……
「テンコーセー! 勝負だ!」
「……」
正門前で、いつものように杖を構える。
恐らく自信に満ちているであろうあたしの完璧な笑顔とは正反対に、テンコーセーの顔は珍しく沈んでいた。
「ちょっと、なんだよう、ビョーキか? それとも魔力でも枯渇したか?」
「ち、ちがうよ…」
「じゃーさっさと杖を取り出したまえテンコーセー」
「…ごめん!」
「あ!」
テンコーセーはあたしの横を走り抜けて去っていった。
…いったい、なんだってんだよ。やっぱしちょーしが悪いんじゃないのか、それとも…勝負に嫌気が差したとか…
「…もしそうだったら……」
──
────
「テンコーセー!」
「!」
人通りの少ない廊下にヤツはいた。
驚いた表情に一歩、二歩、近付いて──
「…今日、ずっとあたしのこと避けてるだろ」
「……う」
「勝負がいやになったんなら、しょーじきに言えばいいじゃんか!」
「そういうわけじゃ、ないけど…」
「じゃあ…」
「ユニちゃんに傷ついてほしくなくて…」
「……はあ?」
呆気に取られたのも束の間、照れたように頬を赤く染めたテンコーセーがぽつぽつと呟く。
「ユニちゃんの髪、綺麗なのにいつも焦がしちゃってごめん…」
「な、な…んか、へんだぞ」
じりじりと、気付けば廊下の壁に追いやられて。
顔がすぐ近くなる。
「いつも痛いよね、熱いよね…僕と勝負するせいで皆からからかわれるのも見てられなくて、辛くて…」
「テンコーセー…おい、レーシュ、なんだってそんなこと…誰が気にしろって」
「だって、ユニちゃんのこと好きになっちゃったんだもん……」
「え」
あ、
「ユニちゃんは、あの、僕を好きにさせる天才だよね…だから、もう負けだよ……」
──これは、「自称天才魔法使い」の少女が「超天才」の少年のナンバーワンになる物語。
『金になる子』
「チャンネル登録よろしくね!」
いつもと同じ、カメラの前で両手を振る。これで今日の撮影は終わり。
「パパはさっそく動画の編集をするからな」
「ママはファンの方から新しいお洋服を貰ったのよ」
「今回もたくさんの人が見てくれるだろう」
「化粧品宣伝のご依頼があるの、次の動画はこのお洋服を着ましょうね」
そんな言葉が次々と投げかけられて、言葉を発さずとも私はママの着せ替え人形になる。
今や国内最大の登録者数を誇る動画配信者。私が生まれた頃から今に至るまで、十年以上の月日をかけて達成した数字。文字通り私の「人生そのもの」だ。
私は動画の中でしか生きられない。両親から敷かれたレールを踏み外さずに歩き続けるだけ。それが私の人生。不自由はない、でも…
「あの子は金になる子」
「そのために産んだの」
──
────
未明、男女の死体が発見された。犯人は一家の娘とされており──全国に指名手配され、有力情報の証言者には大金が与えられることになった。
女は文字通り、金になる子になった。