自分としては限定的な体罰肯定派として話します。
66:サビぬき。◆ps:2019/03/31(日) 00:03 ID:a92
つか高校受験の段階で“質的な選別”はそれなりに果たされていると思うんだが。
いじめは教師が体罰しても問題にならない時代にもあったでしょ
体罰でなんか矯正させるとかは戦争時代の軍事的な影響が繋がっているって話を聞いて
戦争以前の教育では体罰なんてない教育たという話も聞いた
>>65
その時だけしのげればいいとか、一方向性だけできればいいとかの短期的利益を最適化すればいいってなら体罰は極めて有効なんだ。
だけど長期的にみたら不利益の方が遥かに上回る。
結局使い捨て前提だろう。
>>65
>今の保護者達の世代が義務教育を受けてた当時は…
いや違う、それは“今の保護者(=ゆとり)”のもう一つ上の世代だったと思う。
体罰には関与しない。ってなら便利なんだけどな。
71:無論:2019/03/31(日) 00:10 ID:9xkまぁ、俺の考えは>>65で示した通りで、体罰問題は教育の質の向上とか…そんなカンタンな問題じゃないんだと思うけどね
72:カレー:2019/03/31(日) 00:14 ID:.BA >>71
人間とか動物の根元的な問題だとは思う。
個人的に思うのは、こういう武力を教育として使いこなせるだけの知恵や英知を持ってる人がどれだけいるかってとこ。
ただ武力で決着をつけるならそこら辺の猫でもできるからな。
>>71
イジメ問題を改善して行く上では2つの選択肢が存在するのだとオレは思う。
@「いじめっ子を減らすか?」
A「いじめられない子を増やすか?」
ところでキミはどっちが実現可能だと思う?
国家とは集団である。これは軍隊のことだが、訓練の不十分な兵士が多くいると戦術単位で行動に支障を来す。そして、軍隊とは集団である。
国家も集団であるのでクズは少ない方がいい。そのクズを減らす、クズの度合いをましにする事で集団としての能力を向上する。
1匹の虎と200匹の羊より200匹のアレクサンドル・カレリンの方が強いのよ。
>>74
集団とかの話は興味深いんだけど、現状は個人の能力を最適化した内容の方が指示されてしまてんだよなー。偽の情報でも掴まされたかのようにさ。不安材料だよ。
>>73
イジメの話を持ち出すなら、たぶん数をコントロールするより、いじめの対象の方がコントロールしやすいと思うぞ。
反対派です
体罰と称していますが、結局は暴力とやっている事は
変わりません。どんな理由があれども、暴力は暴力です。
正義と法律に反する行為だと自分は考えております。
(これは一つの意見です。質問・反論あればどうぞ)
一時期『叱らない子育て』が流行ったけれど成功した例がほぼ無いのと同じ
今の学校は生徒に甘すぎる。増長し『教えて貰っている』という立場を弁えない生徒が多すぎる
『毒を以て毒を制す』『良薬は口に苦し』生徒側に問題があるなら『適度』な体罰は必要。