ファンタジー系の小説やイラスト、キャラや世界観の設定を見せ合うアンソロジースレ!
ファンタジーと見なされるものであれば設定はなんでもOK!
また、他の人の設定を使用するのは自由なのでシェアワールドも作れます!
なお、完成した作品はこのスレに投稿してください。
【ルール】
・荒しは無視
・サイトポリシーを守って書き込む
・雑談はこのスレでは控える(雑談は一日一回スレか専用スレを立ててしてください)
・次スレは>>980が立てる、スレを立てる人はテーマを変えてもよい。
(没設定を適当に軽率に投げていく)
────ここは魔法の世界。
××××年のこと。
どこかの大地が唐突に隆起し始めました。そこは1日におよそ2mの高さで上昇していたため、興味をそそられた人々は競ってその大地に登りました。
そしてその1週間後、既にその土地は地面と切り離されていました。······そこにはおよそ1000人程が取り残されたといいます。
彼らは嘆き悲しみました。······するとどうしたことでしょう、天から光が降り注ぎ、人々に『能力』が宿ったのです。一転して彼らは歓喜の渦の中に放り込まれました。
『これで生きていける』『幸い資源も潤沢だ』『自給自足は不可能じゃない』。
しかし、数ヶ月して、地上から1000mのあたりで上昇が止まった時には、
地上は真っ暗に染まっていました。
訳の分からない生き物に完全に占拠されていました。
生きている人は誰もいませんでした。
空島となったこの大地に住む人々は、それを見て何を思ったのでしょうか。······ここを要塞化した程ですから、相当に恐怖を煽られたのでしょう。
人々はその生き物を『アナザー』と呼び、恐れました。
そしてそこから時代は流れます。
地上を占拠した謎の生き物は飛行能力を携えて、ついにここ『アステリオス』の侵略を始めました。
ですが彼らは弱く、空島の防御の前には手も足も出ませんでした。
······それよりも問題なのは、治安の悪化により『犯罪組織』────ルシフェル────と名乗る者らが現れたことです。
彼らがなぜアステリオスに歯向かうのか、その理由は分かりません。アナザーとコミュニケーションがとれる為か、それとも単純に封鎖された環境に対する叛逆か。
ともかく、アステリオスは今や内外の脅威に悩まされています。
内の脅威に加担するか、鎮圧するか、
······それとも、いつか現れるであろう、高度な知能を携えた外からの侵略者となるか、
······どれを選択するかは、あなた次第です。
────さあ、終わらない地獄の始まりだ
愛するなんてロクでもない。血に染まった花束を両手に抱えながら、真夜中に走る列車の一座席で小さく呟いた。一時間半。ずいぶんと遠い片道の距離だって、文通で交わしたペン先のやり取りに比べればなんでもない。あの頃、私が、私たちが、まっさらな紙面に幾数も文字を綴っては、互いに気持ちを伝えあっていたことは紛れもない事実だ。……事実、そう。ただひたすらに事実だけが積み重なっていく。実った結果などありもしないのに。列車が立てる音を耳元へ、小刻みに体を揺らしながら深く目を閉ざす。私の「4人目の恋人」は死んでしまった。
「ねえ……ずっと私の傍にいてくれる?」
「どうして?」
「ううん、なんでもないの。ただ、いなくならないでほしいから」
愛の言葉を囁くと、それは訪れる。愛しい人の声を聞く前に、蹂躙して、跡形もなく消し去って、すべて壊してしまう。潮風の吹き通る街、贈り物の花束を手に持ちながら歩く私の背後で悲鳴は上がった。踵まで広がる血溜まり。理由も原因も知らない、けれども人生を脅かす。「私が愛した人は死んでしまう」決して誰かを愛してはいけない。分かっているのに、運命が愛と死を呼び寄せる。
──きっと、死に愛されているんだ。
ひとり嗚咽を漏らして泣いた。震える私の肩に、黒い禍津がまとわりついて生ぬるい温もりを伝える。
例えるならば、不敗の王者、幸運の持主、世界一の富豪。或いは勝利、或いは運、或いは金、世を導き変えるのは、いずれも愛される者。人はそれを祝福と、時に呪いと呼ぶ。
「賭けをしようか」
男はテーブルに並ぶビールジョッキと変わらない丈のコインを積み上げた。周りから飛ばされる野次や歓声に応えるが如く、自信に満ちた眼差しでこう告げる。
「勝負は一回。オレが勝てば全財産をくれてやる。その代わり、オレの負けならお前さんの有り金を貰うぜ」
「必敗」に愛された彼は、敗北の宣言通りに幾度目か分からぬ連敗記録を重ねた。
この世に潜む、とうの昔に埋もれてしまった祝福者を……人々は知らない。
概念に愛された祝福者。世を変えた数多の祝福の中に、まだ誰も知らない最悪が混じっている。とある話によると、およそ千年周期で現れる「神に愛された者」を崇拝し待ち続ける集団が、最悪の祝福を忌み嫌い「粛清」と称し捉えているのだとか…
知るかボケナスビ!^q^
(マリン自身の設定に少しにてるw)
14:山田:2021/12/04(土) 16:21そかぁw
15:◆XA:2021/12/11(土) 23:42 (ファンタジー系のキャラなのでこっちに置いときます)
「ボクは通りすがりの“旅人(ボイジャー)”さ」
「星に願いを、人に希望を、そして世界に救済を」
名前:十七夜月 スフィア(kanou sphere)
所属組織:無し
二つ名:星辰の支配者
年齢:???(永遠の15歳)
性別:無し
身長・体重:151cm/37kg
【容姿】
左眼を眼帯で隠した中性的な顔立ちの美少女、外見は15歳ほどに見える、但し性別と言う概念を持たないため厳密に言えば少女ではない。
髪型はシルバーアッシュのストレートロングで眼はペールブルー。
服装は襟が黒い白の長袖セーラー服に黒のミニスカート、セーラー服のリボンは赤色。
濃紺のロングブーツを履き白い水兵帽子を被る。
【性格】
超マイペースかつ好奇心旺盛で面白いこと楽しいことが大好き、事あるごとに面白そうなことに首を突っ込みめちゃくちゃにする。
またかなりの気分屋で何を考えているか読めない、今日は味方でも翌日には敵に回っていることもしばしば、ただ根は善人なため世界に致命的な破滅をもたらすことはしない。
【能力】
『占星術』
暗黒空間を生成しその内部に疑似太陽系を構築して行うスフィアの占星術は未来予知、因果改編の領域に達している。
『星辰の魔眼(ディアスティマ)』
眼帯に隠された左目は星々が煌めく宇宙となっている、この眼で見つめられると自分が眼に吸い込まれてしまうような錯覚に陥るという。
スフィア曰く“この眼は何処か別の宇宙に繋がっている”とのこと。
しかしこの眼の真実についてスフィアは多くを語らない。
【武器】
『星々流転の魔杖セレスティア』
先端部分が天球儀の形状をした杖。
時空を超えるほどの力を宿したアーティファクトであり、人の手によって生み出された物でありながら人知の及ばない領域にあるモノ。
その全力は天体の配置すら書き換えるという。
これさえあれば大体なんでも出来てしまう。
【備考】
ジョバンニとカムパネルラという名前の使い魔がいる。
>>7
続き書いてください。
>>16
忘れちゃったよ、、
名子さんに筆あげます つ✏︎
>>17
ありがとう ( '༥' )ŧ‹”ŧ‹”
続き思い出したら書いてください。
設定考え中
20:◆RI:2022/01/23(日) 16:32 名前:マレ・ラ・クヴェレ
二つ名:最後の海
性別:無性
年齢:不明
身長/体重:不定
容姿:https://i.imgur.com/EKcO3jU.jpg
性格:陸の常識が一切通じない、純粋無垢な子ども、いつもぽやぽやとしながらどこかを見ていて、何を考えているか分からないが、実際特に何も考えていない、海の中であらゆるものに愛されて育った為、危機感、危機察知能力が鈍い、最後の海の子と言うだけあり甘えん坊だが、全ての母と言われる海の性質もきちんと持ち合わせているため、甘やかし上手でもある、包容力カンスト
異能:『深淵にて浮かぶ月(アビスタイプ:ムーン)』
直径1mほどの水面に浮かぶ波紋のような円を複数、自身の背後に浮かべ、そこからタコ足のような禍々しいナニカを召喚する、波紋は海に繋がる異空間ゲートとなっており、ナニカ以外にも海に直接移動できたり海のものを取り出したりできる
武器:トライデント
備考:
・『海』に関するあらゆる概念達が神秘を失いつつある人間世界に干渉するために生み出された楔であり、海から生まれた全てのものの最後の子ども、海に関する全てのものを「まま」「ぱぱ」と呼び慕っている、周りに浮いているクラゲたちは水、もしくは泡でできた形だけのものであるが、それを通じて『海』たちは彼のことを見守っている、彼が望めばクラゲだけでなくイルカやサメなど様々な形に移り変わる
・体が水でできている、血、内臓等はなく、そのため物理攻撃は一切効かない、が、水であるが故に熱に弱く、あまり暑いところにいると蒸発しかけたり人の形が保てず溶けかけたりする、そもそも陸にいるだけでスリップダメージのように体力などを消耗し続けるため、高頻度の水分補給、そして定期的に水の中に入らないといけない。
逆に寒すぎるのも苦手であり、寒さで水が凍るように、彼も凍ってしまう、環境適応能力が皆無な海の王子様
・海に愛された命、能力とは関係なく海そのものや、海に由来する神、生き物たちは無条件に彼の味方をし、力を与える、彼の武器は海の神から、彼の能力は海底に眠る邪神からの加護を借り受けたものであり、海辺・水中戦にて彼に勝てるものはいない
・なぜか陸でも話す度にこぽこぽと吐き出す空気が泡のように口から出てくる、声を出すのが苦手で幼児のように舌っ足らずにはなす
・かの人魚姫のように陸に対して強い好奇心と憧れを持っており、無理を言って陸に上がってきた、普段は空中をぷかぷかと浮いて移動しているが、一応地に足をつけて歩くことも出来る、ただし歩きなれていないため産まれたての子鹿のような状態
・海は知り尽くした、陸には上がった、後は─────
『神秘(ミステリオン)』
魔術、異能力のリソースとなるもの、魔力とも言う。
古来より魔術師はこの神秘を用いて魔術を行使していた。
「神秘の氾濫」以前は魔術師達が神秘を管理しており人目に触れることがなかったが「神秘の氾濫」以降は神秘が地上に満ちて異能者が出現するようになりミステリオンの存在も周知のものとなった。
『異能者』
ミステリオン能力を行使する者。
神秘の氾濫によって誕生した新時代の魔術師とも呼べる存在、但しその異能は魔術とは大きく異なるという。
政府の異能者はトランセンダー、それ以外の異能者は害虫を意味するヴァーミンと呼ばれている。
ヴァーミンはケージと名付けられた異能隔離区域に隔離されている。
『魔人』
世界に存在する七人の規格外。
異能者や魔術師を神秘を使う者とするなら魔人は神秘そのもの。
七人の魔人は能力の性質こそ違いはあるが例外なく世界を滅ぼすほど強大な力を有している。
■■の魔人:
■■の魔人:
■■の魔人:
■■の魔人:
■■の魔人:
■■の魔人:
星辰の魔人:十七夜月スフィア
「僕のことをルー君と呼んで良いのはシェリルだけだ」
「君を幸せにすること、それが僕の贖罪だ」
名前:ルイス・パーシアス(Lewis Perseus)
愛称:ルー(Lou)
二つ名:無し
年齢:17歳
性別:男性
身長・体重:172cm/55kg
所属組織:無し
【容姿】
https://i.imgur.com/d3HT9Pm.png
まいよめーかで作成
口元まで隠れるハイネックのアウターを着たダークレッドの髪の少年。
人前で笑顔を見せることはない。
【性格】
過去の出来事から他人と関わることを避けており握手などで触れられることを嫌う。そのため他人に対して素っ気ない態度を取る、当然口数も少ない。
そんなルイスだが唯一シェリルにだけは積極的に頭を撫でたりハグをしたり添い寝をする、いわゆるクーデレ。
なお、根は優しいため周囲に冷たい態度を取りながらも冷淡に成りきれず何だかんだ周りを気にかけている。そんな性格故にルイスのことが好きだという人間も少なからず存在し、当人はその事に頭を悩ませている。
元々一人でいることが好きなので、ビジネスパートナーとしてならまだしも馴れ馴れしく話し掛けてくる相手には露骨に嫌そうな顔をする。
シェリルを幸せにすることが自らの存在理由、生きる意味と考えており、シェリルのことを第一に考えて行動している。
ルイスが唯一甘えられる相手なだけあってシェリルに対する独占欲は強いが自己評価が低いため自分よりもシェリルに相応しい相手が現れた時はその相手に潔くシェリルを譲ろうと考えている。
【能力】
『狂禍銀狼(ジャガーノート・リュカントロポス)』
高濃度の神秘を纏い狼と人間の中間めいた姿に変貌する異能。
発動中は全身が神秘で編まれた白銀の体毛に覆われメインウェポンである鋭い爪が生成される。
人狼化に伴い身体能力が超強化され瞬間移動めいた高速戦闘が可能に、一瞬で敵の背後に回り込むなどのスピードを活かした戦い方を得意とする。
さらに全身の感覚が研ぎ澄まされるがその代償に正常な理性が失われ殺戮装置と化す、そのためルイスはこの異能を忌み嫌っており使いたがらない。
また、高濃度の神秘で編まれた体毛は物理攻撃のみならず相手の異能さえも威力を減衰、あるいは弾くほどの防御性能を発揮する。
【備考】
BOUQUET(自警団)の管理するボロアパートでシェリルと同棲している、BOUQUETには恩があるためジャンク屋で働く傍らBOUQUETの手伝いもしている。
ただ、ジャンク屋の仕事は好きだが自警団の仕事はあまり乗り気ではない。
好きなことは自分で修理したコーヒーメーカーで淹れたコーヒーを飲むこと、それと甘いお菓子があれば何も言うことはないらしい。
その他にはフライドチキンが好物。
【過去】
14歳の夏のある日、両親が政府側の異能者だったため異能解放戦線に両親を殺される。
その後半年ほど孤児として路上生活をしていたルイスは政府の極秘研究所の職員に拾われ異能獲得のための手術を受け、政府の異能改造兵士となる。
異能解放戦線との戦闘中に異能が暴走しシェリルの両親を含む多くの無辜の人々を虐殺してしまったと言う過去があり、惨劇を繰り返すことを恐れて他人と関わることを避けている。
シェリルの幸せを何もかも奪ったことに強い罪悪感を感じており、残りの人生の全てをシェリルのために使おうと心に決めている。しかしシェリルを幸せに出来なくなることを恐れてシェリルには両親の死の真実と自身が異能者であるということを打ち明けられずにいる。
全てを打ち明けた時、彼女はいつもと変わらず僕に微笑みかけてくれるだろうか?
@
悪魔帝国。人々はそう呼ぶ。どこからともなく奴らが現れたのは随分昔のことだった。人の世に、そしてこの国に顕現した悪魔達はこう言った。「命を捧げれば勝利を誓おう」と。
「この悪魔野郎め!」
すぐそこの角で子供の声が聞こえる。帰路を歩く内に、声は段々と大きくなってくる。角の先には、複数人の子供と、その子らに蹴られうずくまる小さな悪魔がいた。悪魔は抵抗もせず、「ごめんなさい」そう謝罪を口にしながら自分の身を庇っていた。視界に入ってしまったものだから、引き返すにも、無視をするわけにもいかない。
「やあ、どうも」
私が声をかけると、子供達は驚いて一斉に振り向いた。悪魔への攻撃の手が止まる。
「こんな夜遅くに、どうしたんだい。坊やはねんねの時間だろう?」
なんだお前、と食ってかかろうとした子供を、もう一人が止める。夜の暗闇ですらこの帝国印は目立つようだ。月光を反射しちかちかと光るそれを目にして、流石に気付いたのだろう。相手にするには分が悪い。国に選ばれた国の為の騎士。所謂、帝国軍人。この国では王に近い権力を持っている。
「帰りなさい。このことは秘密だ。何せ、仕事帰りなのでね」
はい、ごめんなさい。子供らは機械的に謝罪を述べ、ひとりが頭を下げるとつられて全員が頭を下げ、上げるや否や返事も聞かずに一目散に去っていく。まるで蜘蛛の子を散らすようだ。不揃いな足音が街の奥へ消えていくのを目で、耳で確認した後、まさに先程まで攻撃の対象だった悪魔へと歩み寄る。
「……大丈夫?」
悪魔はゆっくりと顔を上げる。やがて、その目線も胸元の帝国印へ向いたようだ。人間の少年が驚いたのと同じように、いや、それ以上に尊敬の念を込めてか、やや明るい眼差しで悪魔は私を見つめた。
「ありがとう、軍人さん」
「よかった。無事なようだね」
悪魔の子は少し笑う。はにかむといった方が正しいだろうか。先程まで殴られていたとは到底思えないような顔つきで、胸いっぱいにしまい込んだ喜びがつい漏れてしまうような、そんな微笑みを浮かべたまま話し出す。
「軍人さんは、ぼくらを守ってくれると聞いたんだ。ぼくらがどれだけ人間から毛嫌いされたとしても、この国は、軍人さんはぼくらが好きなんだって」
私もまた微笑みを返す。見た目は違えど中身は普通の少年と変わらない。それどころか、元来この国に生まれ住む少年よりもずっと純真だ。しかし、単に微笑ましいわけではない。何も知りえないことが幸なのか不幸なのか、私には決められない。
「それがこの国の正義ならそうするだけだよ」
「私の目は万能ではない。身近な失くしものですら数日は見つからないというのに、国で失くしてしまえば探すのは無謀だ。君は、この国の、街のほんの一角にいて、そこにたまたま私がいた。ただそれだけにすぎない」
「信仰はいい。しかし、信じることは時に盲目という名の毒を回らせる」
少年は黙って聞いていた。
「覚えておくんだよ」
それだけ言って、目線を合わせる為に屈ませていた膝を立てて踵を返す。少年は最後まで言葉を発さなかった。今度は、私の足音がどこかへ消え去るのを、見つめていた。
A
「勝利こそ正義!」
「勝利万歳! 勝利万歳!」
周りの同志が皆口々に叫ぶ。まるで宗教のようだ。そして、それはあながち間違いでもない。この国は元々宗教国家。神を信じ、神に準ずる人々。それが今や、悪魔帝国と名だたる、神とは程遠い存在へと成り果てたのは皮肉だろうか。
「ほら。君も『勝利万歳』だ」
隣にいたグーテンベルクが私に声をかける。
「言わなきなゃ、大佐になんて言われるか。僕らはまだ普通かもしれない。けど、この国の中枢は皆あんなだ。分かるだろう」
我々軍人は向かい合うように縦に二つの列を作り、その間の先にいる大佐はふてぶてしく足をおっぴろげにして椅子に座っている。目で指差した口ひげの彼らはしきりに勝利万歳、と口にしていた。グーテンベルクが誰にも気付かれないよう息を潜めながら喋るのと同じように、私も小さく答えた。
「十分、目の当たりにしてきたよ」
「だからこそ、勝利万歳だ。敬虔な信徒として思う。これは間違ってる。早くこの戦争が終わってほしいと思うよ」
「では、勝ってほしいか? それとも、負けてほしい?」
「……」
「勝つまで続けるだろう。勝って、勝って、この世から負けが消えるまで。勝利を証明するまで終わらないさ。もうとっくにこの国は魂を売った。そうは思わないかね?」
「思うさ。思うから……せめて、ぼくだけは抗ってみせる。少なくとも悪魔なんかに忠誠を誓ったりはしない」
昨晩、悪魔の少年を助けたことを思い出し、グーテンベルクへの返答に滞る。勝利万歳、小さく呟いた。
「大佐だ。大佐が話す」
勝利万歳、その声が小さくなった。大佐が咳払いをしたからだった。その結果に満足したのか、大佐は不敵な笑みを浮かべて話し出す。
「知っての通り、我が国は悪魔帝国などと呼ばれている。しかし、これは神の意思であり、神のご意向なのだ。我々は天に選ばれた。選ばれた者としての使命を果たさねばならぬ」
「この愚かな戦いの勝者として正義を掲げるのだ。その為の大義だ。ああ、素晴らしき我が国に乾杯。そして勝利を誓わん。勝利万歳!」
大佐が言った。勝利万歳!勝利万歳!小さくなった声は再び勢いを取り戻し大きくなる。この光景は何度目か。もうすっかり聞き慣れてしまった。もはや洗脳だ。言わずもがなこの国は悪魔に魂を売った。王が脳、我々軍人が手足だとするなら、国民とは国の命であり心臓だ。「命を捧げよ」戦争に勝たねばならなかった。攻めあぐね、陥落しかけたこの国は、脳は腐敗していた。そうなれば手足も動かなくなっていく。最後の砦である心臓が停止するのも、あと少し。悪魔は唯一の救いの手であった筈だ。ある意味では命の恩人でもある。だが、それと同時に弱みに付け込まれた我々は完全に魂を失った。神の為の御魂を、国の為の命を、勝利の為に悪魔に捧げた。それが正しいことなのかは分からない。だが、勝てば正義だ。勝者こそが正義になりうる。それだけは揺るがないのだ。
B
城から出ると、既視感のある少年がいた。少年の背には黒い羽根が、頭からは小さな角が二本生えている。悪魔だ。どこからどう見ても。そして、本当は人間が見る筈のない存在なのだ。少年は私を見つけると笑顔で頭を下げた。昨晩の少年だと分かった。
「何か用でも?」
歩み寄り、用を尋ねる。少年は嬉々としながらもたじろぎ、尋ねられた言葉に返す言葉を探していた。特に理由はないようだった。こちらを見上げた後、また地面に目線をやる。これを何度か繰り返し、ようやく口を開いた。
「昨日のお礼を、もう一度、ちゃんとしたくて。ここにいたら会えるかと」
「ありがとう、と。昨晩、確かに聞いたがね」
「それは…夜だったから」
「顔を見ていないと、思って。お礼をする時、謝る時は、その人の顔をしっかり見ないといけないから」
つい、微笑みが零れてしまった。随分と健気だ。話をする気になって、私は膝を屈ませる。昨日と同じように。
「でも、君は昨晩、殴っていた子らの顔を見ずに『ごめんなさい』と」
「あっ…!」
少し意地が悪かった。少年の頬が羞恥にほんのりと赤くなり、羽根が小さくなる。どうやらこの子はいつも自信がないらしい。そして、素直だ。
「ごめんなさい、その…」
「偶然、じゃないなら。ううん、偶然にしたくなかった。あの夜じゃなくて、また、ぼくは…信じていれば、あなたに会えると、そう思っていましたから」
「…悪魔は信仰の毒などお構いなしかい?」
「…いいえ。軍人さんは、少しからかうのが好きですね」
肩をすくめて笑う。少年は、依然として赤い顔のまま。まるで自分の考えを誰かに話すことが初めてとでも言うように。ゆっくり、ゆっくりと言葉を紡ぐ。誰よりも真剣に。
「みんな神を信じています。けれど、ぼくには信じるものがありません。他の悪魔のことも、自分自身のことさえも」
「だからこの国を信じたのです。ぼくに生きる場所を与えてくれた、この国を。どれだけ虐げられても『国は救ってくれるだろう』と。そう、信じたかった」
「ぼくは、ぼくは…もっと、信じてみたいのです。ぼくにも、神のような存在が…ほしいのです、軍人さん」
少年は言い終えると俯いた。きっと主張は支離滅裂だ。だけど、こんな子供が精一杯に、信仰を願っている。願いを、口にしている。無下にする筈がなかった。悪魔は人を支配し、人は悪魔に縋る。ただそれだけだ。虐げられる悪魔を救うのも、今ある力を失わない為。自分達の為。お互いがお互いの利益を失わない為。信仰するには不相応な、利己的にすぎないこの歪な関係性。神などではない。そんなことも知らず、目の前の純真な少年は国に、信仰に想いを寄せている。信じれば信じるだけ、その代償として失望の種は膨らんでいくのに。
「よく伝えてくれたね」
「君の名前は?」
シトロ。少年は答える。遠くの教会では今日も抗議活動が行われている。悪魔反対、神への冒涜だ。悪魔の力を借りて争うなど神への裏切り行為も甚だしい。悪魔帝国は滅びろ。悪魔帝国は今すぐ白旗を上げるべき。私は今から、そんな声を抑圧しなければならない。それがこの国の正義だ。だが、彼らの声もまた正義だ。不義を倒さねば大義も掲げられないこの国で、今や戦だけが権力を象徴するようになったこの世で、勝者だけが正義を謳う。私はそんな不動里の上に立っている。少年は真実を知らない。
「シトロ、君の願いはそれだけか?」
「はい、はい…それだけで十分です」
「では、明日もこうして私を待つのかい」
シトロは首を縦に振る。
「軍人さん、ぼくはあなたのことをもっと知りたいです。だから毎日こうやって、少しの間だけでも話せれば十分なのです」
まるで恋でもしているかのように。この表情をよく知っている。悪魔帝国になる前、皆が教会で神に向けていた顔だ。少し懐かしかった。
「もっと話せると言ったら、どうしたい?」
シトロが顔を上げる。私はにやりと笑った。何に触発されたのか、少年の無垢な笑顔に絆されたか、理由は定かではない。ただ、彼は昔の私に少しだけ似ていた。だから、放っておけなかったのかもしれない。
C
「正義とはなんですか」
シトロは尋ねる。路地裏外の悪魔酒場は賑わっていた。ここでは人も悪魔も混じって、皆盃を交わしながら話のネタを肴に語り明かす。私達は周りの熱気に触れながら、やや高揚した頬で向き合った。シトロは己の足が地につかないことを気にしていない。小さな体の傍らにはジュース、その反対にはワイン。我々は対極をなして異質な空気を纏っていた。そのことを自覚しながら、難しい話をしていてもやはり子供は子供だと、昨晩から今までのことを思い出しては絶えず微笑みが浮かぶ。そうしている間に、シトロは己の問いが抽象的だと思ったのか顎に手を当て考える素振りを見せ、先程の問いに付け加えて再度尋ねる。
「軍人さん。あなたがぼくを助けてくださった時、『これは国の正義だ』と、そう仰っていました」
「正義とはなにか、ぼくには分かりません。だから…」
「シトロ」
真剣な子供の視界に入るように、一枚のコインを取り出して差し出す。シトロは訝しげな顔をして聞いた。
「これは…なんですか?」
「コインだよ」
「知っています、コインだというのは…」
「賭けをしよう」
シトロの目が見開かれる。賭け、という言葉を初めて聞いたのか、それとも知っているのかは分からない。その真意を聞き出す前に話を続ける。これは回答の前触れにすぎない。
「表が出たら君の勝ち、裏が出たら私の負けだ」
「待ってください、賭けなんてできません。ぼくは、知りたいだけです。話がしたいだけです」
お構いなしにコインを指で弾いた。頭上より高く舞い上がったコインは、くるくる舞いながら下へ落ちてくる。落ちながら、シトロの話を遮って、そして、また私の手に戻る。捕まえたコインからゆっくりと手をどける。
「表だ」
シトロが不意に呟いた。私は微笑む。
「争いとは、勝利と敗北、双方を望むものだ」
「私は敗北の味方で、勝利の味方でもある。まるで因果関係だ。裏と表、背中合わせのコインのようにね」
表を向いたコインを、シトロに差し出して、語る。語り続ける。
「私は全てを天に委ねている。コインとなんら変わらない。この国の王が悪魔を皆殺しにしろと命じるのなら、私はそうするだろう。私の正義とはそんなものだ」
「正義という概念は存在しない。正義は常に勝者の味方だ。だから私は、言うなれば正義の味方なのさ」
「賭けは君の勝ちだね。私は今、この場で。君の味方をすることだってできる。それだけだよ」
シトロはしばらく黙っていた。そんな姿を見ながら、私はグラスを傾けてワインをぐっと飲み込む。グラス越しに映るシトロの顔色は、存外悪くなかった。それどころか更に高揚して、赤い瞳を知識欲で染めているように見えた。
D
「私はね、シトロ君。正義よりも真実が好きなんだ」
「私には上に四人の兄がいてね。私の家は普通の家庭とは違っていた。何よりも成績が大事だ。成績だけに留まらず、素行や優等、あらゆる面での完璧さが求められた」
「私は一番年下ながらも家族の中では最上位だったのさ。父はこぞって私を褒めた。しかし、兄達はそんな私が気に食わなかった」
「ある日のことだが、学校で兄が不正に試験問題の答案を抜き出したようでね、私は事実を知るとすぐに問いただしたよ」
「しかし、あろうことか問いただした私に濡れ衣を着せられてしまった。おかげで私は家族の最上位から一変、家族どころか、学校ですらも居心地が悪くなったものだ」
「尊敬していた父は言った。お前は恥だ、秀を欠いた人間には価値がないと」
「信じていたよ。愛されているとも思った。私に向けられる眼差しの暖かさは、『父』という存在の心から生まれる愛そのものなんだと、信じて疑わなかった」
「信仰は常に一方通行だ。だが、真実は違う。真実は事実として、不変であり続ける。信じる余地もない。だから、好きなんだ」
「…私はあの日から、この国の正義を信じたつもりでいるよ」
私のくだらない身の上話をシトロはきらきらとした目で聞いていた。正義、正義、正義。この国を牛耳る、都合のいい皮を被った終わりのない欲望。信じることには責任が伴う。責任を負えないなら、信じなければいい。正義は不正義で隠蔽される。魂を売ったのはこの国だけではない。私もまた、人間でいることをやめたのだ。そんな存在が語る正義などに意味や価値があるものか。そう思って、考えるのをやめて、また思うのを繰り返しながら、酒が回ってふらふらとした重たい頭を上げた先の、興味に満ち溢れたシトロの顔を見れば何もかもが許されるような気がした。
E
悪魔に魂を売った以上、失った魂が戻ることはないと知っている。悪魔が現れたあの日、城に集められた我々軍人という手足を前にして、王は既に覚悟を決めた様子だった。奴らは人間に手を貸すだけの存在ではない。この国に救いの糸を垂らしたこと、この国の命を等価交換の対象としたこと、これらは、対等のようで対等ではない。今も前線で数多くの人間を殲滅する悪魔の力は、一度死にかけた国を支配下に置くなど容易いことだ。悪魔がいるかぎり、戦いが終わらないのなら、平和が訪れることがないのなら。いっそのこと、悪魔に支配されたままの世で新たなる秩序を創り出してしまえばいい。独り言のように話していた王の顔に、あの頃のような、どこまでも広く慈悲に満ちた瞳の面影はなかった。すっかり腐りきっていた。我々帝国軍人の活動ですら、後世へ向けたせめてもの鎮圧処置なのだとしたら、それはもはや脳の司令で自在に動く手足ではなく、単なる脊髄反射の成れの果てにすぎない。
「この世は終わりですよ」
神父が言う。神父は教会の外で懸命に土を掘っていた。肘まで捲りあげた袖の下の両手には、爪の間まで土が入り込んでおり、まるで探掘でもしているかのようだった。神父らしからぬ泥まみれの格好に行動。極めつけには、悲観的な言葉と態度。教会の外でなければ農夫と勘違いするところだ。私の足元で神父はせっせと土掘りに励みながら、途切れた言葉を続かせる。
「あいつらは馬鹿だ、揃いも揃って大馬鹿野郎共ですよ」
「勝利こそ正義、勝者こそ栄光。まるで皮肉だ。奴らは悪魔に魂を売らなければ負けていた。そのくせ、当然のように正義を語るんだ」
「神と共にあの世へ行けばよかったのです。それが正しい神のご意向だ。悪魔に魂を売り、この国と世を見捨ててまで争わねばならない理由とはどこにある? 国中、下手したら世界中、いいや、海や天のどこを探したって答えなんて見つかるもんか」
「馬鹿げてる。こんな国は滅ぶべきです。そう思いませんか、シュヴァルツさん」
神父がようやく立ち上がると、私の目を見てそう言った。息を切らし、肩を上下させる神父の瞳には怒りが沸沸と浮かんでいる。とても正気とは思えない。私は国の人間だ。神を信仰する者が、憎んでやまない悪魔の味方でもある私の目の前で「こんな国は滅ぶべき」だとか、言い放つどころか同意を求め、怒り心頭で震えているのに、並々ならぬ激情を感じる。何とも言えなかった。私はひたすら黙っていた。神父は怒りが収まらないのか喋る口を止めない。
F
「ある日のことです。私は教会の窓から白いベッドシーツを垂らしました。なんだと思いますか? そうです、白旗の代わりです」
「少し誇らしかったのです。神の信徒として、悪魔を祀り上げる国に抗ったことが」
「そうしていたら、帝国の軍人が突然やってきて『あれはなんだ』と」
「『白旗』です。そう答えたら、あれです」
神父は背後の教会を親指で差す。見上げると窓の一部分が割れていた。
「『次は暴発して、お前を撃っちまうかもな!』奴らは笑って、『お前は神を見たことがあるのか? 俺は悪魔ならあるけどな』そんなことを吐き捨てながら出ていったよ」
「もう我慢ならない。もうウンザリだ。こんな国、滅んでしまえばいい」
ふと、あることに気がつく。抗議活動の取り締まりをする最中、教会の中ではいつも悪魔が熱心に祈りを捧げていた。教会はどこも反悪魔主義だというのに、随分と命知らずな奴だなと思いながら、祈りを欠かさない姿勢に感服すら覚えた。そんな悪魔の姿が、なかった。
「神父さん」
「あの悪魔がいないなんて珍しいですね」
今から埋めるところですから。神父の言葉に振り向く。目に見える抗議は抑圧された。ならば、目に見えない抗議を。だが、これを抗議と呼ぶにはあまりに乏しい結果だった。神を信じ、悪魔と生きる帝国を嫌い、何度も蓋をされた憎悪の上に憎悪を重ね、そうして出来た取り返しのつかない憎しみの連鎖。
「悪魔殺しは神の教えですか」
「捕まえるなら捕まえてください。罪を問うならどうか私めに同じ目を遭わせてください」
「私は神と共にあればいい。この腐った世界から抜け出せるのなら本望だ。君には分からないだろう、帝国の犬風情よ」
この国では、全てが人間以下に成り下がった。従順な顔をして悪魔の力を搾取する人間も、憎しみに堕ち悪魔と国の死を希う人間も、傍から見れば皆悪魔。だからこそ、この国が悪魔帝国などという蔑称で呼ばれていることを、中の人間は知らないのである。
G
人に虐げられる悪魔が暮らすのは、路地裏街の更に深く奥、地下街だった。そこでは大小、年齢関係なく様々な悪魔が身を寄せあって生きている。中には人間の少年と変わらない幼子もいた。人間は馬鹿だとか、誰のおかげで戦争に勝てたんだとか、うちの息子もいずれは帝国に徴兵されるのかと思えば身震いするだとか、見た目通り十人十色な声が飛び交う中、そのような声の山の一切合切も寄せ付けず、すぐ傍で異臭を放つ下水の横で、積み重なった分厚い本の山にまるで似つかわしくない少年は、辞書の如く重厚な本を両手で抱えながら真剣に文字を追っていた。シトロは学ぶことが好きだ。なぜそうするのか、なぜそう思ったのか、人々の行動に無意識として表れるほつれた思考の糸が好きだった。彼は物語を一冊読み終えるのに、長い時間をかける。ようやく読み終えた時、物語の登場人物も、また、作者の気持ちですらも理解したような気になって、ひとり満足するのだ。彼にはまだ理解しがたいことがある。かの晩の軍人、ジョージ・シュヴァルツのことだ。
「シトロの坊や、今日も地上か」
内容半ばの本を閉じると、酒場屋の店主が声をかけた。シトロの羽根が小さくなる。驚いた時に現れる癖であった。直さないと、格好悪い。心の中で呟き、自分の羽根が小さく折りたたまれたのを自覚して、シトロは自責に赤くなる。名を知る者は皆、この一連の仕草を知っていた。シトロは悪魔ながらも分かりやすい少年だ。目線を逸らさないよう、けれども赤い顔を見られないように、俯いた格好のまま上目を遣って返事する。
「はい、店主さん」
店の外で「店主さん」はやめてくれ、店主は大袈裟に肩をすくめる。こうするとこう反応する、というのは、地下街に住む悪魔にとってのアイデンティティでもあり、名と共に知られることでもあった。彼らは無意識下で仲間という意識を知らずのうちに繋ぐ。くすりと笑って、ごめんなさい、と一礼した後、店主は目を糸のように細めて笑った。
「軍人だろ?」
シトロはまた驚いてしまった。
「どうして知っているんですか?」
「そりゃあお前、そうだろう。軍人好きのシトロ、物好きのシトロ。ここじゃお前さんの癖の次に、皆が知ってるのさ。だってお前は、何度も軍人に助けてもらったろ」
「街に出れば必ず頬に痣をつくって帰ってくる。地上で遊ぶ人間のダチなんざいないだろう。そんなお前が、ついこないだ、ひとつも痣をつくらず帰ってきた時には驚いたよ。一体何があったのかと噂したもんさ」
「そうたらもっと驚いた。あの晩、俺の酒場にいた悪魔のガキはお前さんだった。傍に軍人がいたろ。まるで本でも読む時みたいに、目ん玉キラキラさせてな、こんな風に」
店主は、懐から取り出した飾り玉を片目にかざして微笑んだ。地下街に灯るわずかな光に緑色が透き通り、照らされた埃がちらちらと舞いながら、宝石のように輝いている。シトロはあの晩のことを思い出して、ポケットの上から中のコインをぎゅっと握りしめた。あの軍人の瞳には、諦念すら宿っているのに、ずっと見ていたくなるほど綺麗だった。
「ぼくは本よりも人が好きかもしれません。いいえ、本を書いたのが人であるなら、ぼくは人が好きです」
「そして、あの酒場も同じくらいに大好きです」
「これからも、お邪魔していいですか、店主さん」
店主は少しばかり照れくさそうに笑った。人間を恐れ、恨むばかりが地下街ではない。ここでは地上に、世界に、人に想いを寄せる悪魔も存在する。人間と同じように享楽に浸る様も、誰かを慮る心も、この腐った国では人間よりも人間らしく輝く。人と悪魔、決して隔たりの境界線を埋めることができない者同士であるからこそ、理解しようと思うのだ。今現在のこの国では、人と人でさえ分かり合えていない。
H
国内派閥の二極化は激化していた。今日もどこかで白旗が上げられる。今日もどこかで悪魔が虐げられ、殺される。国民の鬱憤を権力で鎮圧してきたのは帝国軍だ。王は近々、悪魔殺しの刑罰を正式に重く繰り上げようと目論んでいるらしい。国が完全に神を捨てた瞬間となる。裏切ったという方が正しいだろうか。国と悪魔への反発、悪魔という禁じ手を用いた戦争、終わりなく渦巻いた絶望を薪にして、燃えて、燃え続け、我々は更なる分断化に立ち会おうとしている。終わりはなく、負けの札もない。勝利だけを貪って生きるこの国に、果たして未来などあるのだろうかと、街外れの工場で働く中年親父も、一切れのパンを紙袋に入れて歩く貴婦人も、皆薄らと疑問に思っていた。だが、地下街の階段を上る悪魔少年はそんなことも露知らず、頬いっぱいの緩んだ笑顔で今日も街を歩く。
「悪魔だ!」
ひとりの少年がシトロを指差して言った。この手の呼び名には慣れていて、それに、この声はもっと聞き慣れている。振り向くと、あの晩どころか、街で角と羽根を見かけるたびに全員で囲み、殴ったり蹴ったりと、暴力のかぎりを尽くす少年たちがいた。しかし、変わったことに、いつもなら四人組の筈の彼らが今日は三人組になっていた。悪魔だ、悪魔だ、少年らは駆け寄る。
「コイツのせいだぞ、ぜーんぶコイツが悪いんだって、そいつとそいつと、おれの父さんだって言ってるんだ」
中心格の少年が、横並びの仲間の頭を順に指差し、最後に自分に指先を向けて叫ぶ。
「どうして、三人しかいないの?」
シトロは、恐る恐る聞いてみた。少年の叫び声はもっと大きくなった。
「お前のせいなんだよ。あいつの家はばーっと燃えた!」
「『悪魔は滅するべき』あいつの父さんと母さんが言うのを真似て、ある日あいつも同じことを街中でぽろりと、何気なくこぼした」
「たまたま軍人野郎が聞いてたわけだよ。そしたらあいつんちと、あいつと親は反悪魔主義者ってばれたわけなんだ」
「どうしてお前が、街を普通に歩けるんだ。あいつは今頃、寒い場所で臭い飯を食ってる。お前らのせいなのさ、お前らがいたらロクなことないね!」
悪魔なんて死んじまえ!悪魔なんて死んじまえ!少年たちは口々に唱える。唱えた言葉は呪文のように、深く、深くシトロの心に刻まれる。どうしていいのか分からなかった。謝るべきなのか、それとも元の道を引き返すべきなのか。シトロはこういう時に、自分はなぜ生まれてきたのか考える。考えて、やっぱり人間に辿り着く。肯定してくれるのは国だけだ。在り方を教えてくれるのも。シトロはまた、ポケットの中のコインを握りしめた。
バン。銃声が響く。街は喧騒から一転、恐怖の叫びで満ちた。「早撃ちだ」銃声に遮られて、すぐそこまで出かけた何度目か分からない反悪魔的言動も、流石に喉の奥へと引っ込んだ様子で少年は言う。撃たれた煉瓦がぱらぱらと崩れ落ちていた。
「やあ、こんにちは。まったく平和じゃないね」
マイヤー。『早撃ちのマイヤー』だ。どこからともなく現れた男に向かって、隣で少年が呟く。マイヤーと呼ばれた男は帝国軍の制服を身にまとい、引き金を引いたばかりで黒煙の漂う拳銃を片手に、煙たそうな表情で空気を払った。
「それより、気にならなかったか? 焦げたパンの匂いがした。誰かが仕事を怠ったのか、それとも、今もどこかで家が燃えているのかな?」
この野郎、『早撃ち』に畏怖していた少年が飛び出しそうになるのを、もうひとりが必死に抑える。今もどこかで燃えている家、少年らの友人を指していることは一目瞭然だった。マイヤーは軍服がよく似合う美形であったが、反悪魔主義者を根絶するべく彼の手にかけられた引き金は他のものよりも軽かった。軍部の過激な悪魔崇拝者は彼を尊敬するが、グーテンベルクのような神の信徒は毛嫌いする。たとえ帝国軍でなくても、ゴスペル・マイヤーが正義の皮を被った悪趣味な悪魔であることは変わらない。
I
「この引き金は正義だ。そして、弾は鉄槌だ。私には引き金を引く義務があるのだよ」
「それに比べて、君らはどうだろう。正義と違って、罪は重ねていいものではない。私は巨悪を見過ごしはしないのさ」
「愚か者は一度間違えると二度間違える。そうだ、ミシェルもそうだった。私はずっと君達に銃口を向けていた筈だよ。きちんと前を見なければね。忠告に気付かず家を燃やしたミシェルのようになりたくはないだろう? 彼はね、自業自得さ。報いを受けた。そう思わない?」
マイヤーは自己的な正義を宣い、少年たちの心に燻る反抗心に火をつける。それでもかまわない、寧ろ興が乗ると、笑う瞳に享楽を浮かべる様はまさしく悪魔そのものだ。シトロは、この瞳を知っていた。今この瞬間を引き金にして、ある記憶が溢れ出した。
「クロム」
かつての友の名を呼ぶ。同時に、足音が聞こえた。
「元気だね、早撃ちさん」
シトロにはこの声も聞き覚えがあった。あの晩の、ジョージ・シュヴァルツ。自分を救ってくれた、二人目の軍人だった。
J
「驚いたよ。君の正義が罪そのものだとはね」
マイヤーは、声のした方向に爪先を向ける。未だ黒煙が上がり漂う銃口付近に、ふっと息を吹きかけて、重い銃の頭を二、三度振ったあと元に戻し、いつもの狂気じみた微笑みの仮面を被る。シュヴァルツ、ご機嫌いかが?と。
「民は王の命だ。命を守るのが私達の役目だろう」
「マイヤー将軍、君はたった今、守るべき命に銃口を向けたんだぜ」
「君は何度間違えた? 一度と言わず、二度も、三度も間違えた。愚か者の鏡は君かもしれないね。早撃ちさん、そう思わない?」
マイヤーの正義と対を成すように、国の正義を盾に切り返す。マイヤーは非人道的な男だ。この国を分裂させる火種であり、今もどこかで芽を出し育んでいる反悪魔勢力を許しはしない。敬虔な信徒は尚のこと、善良な市民が悪魔帝国に疑問を呈すことすら粛清対象になりえた。ある意味では、現帝国の一番の尽力者といっても過言ではない。影の尽力者は笑う。
「シュヴァルツくん。私は君が気に食わないんだよ」
「君は、この国を脅かす神の狂信者共とは違う。かといって、私のような帝国主義者でもない」
「いつだって中立の立場で誰とでも仲良しこよしだ。グーテンベルクに、そこの悪魔に、ああ、それから私への態度もナンセンスだ。君は一体誰の味方で、誰を守っているのやら。平和主義なんて、笑わせてくれるわけじゃないよね? なんてね、でも、君は帝国犬だからなあ。『国の正義』だなんて言うけれど、私の正義とどう違う?」
シュヴァルツとマイヤーの背丈には頭一つ分の差があった。マイヤーは意地悪い微笑みに嘲りを混ぜながら、同胞であり、この場では敵である相手を見下して尋ねる。見下された軍人は、諦念の中に捨てた筈の自己を宿し、向かい合った。怯まなかった。
「君と話をするつもりはないが、ひとつだけ返そう」
「いつからこの国は悪魔の国になった。いつから、悪魔のための国へと変わったのだ」
「君の正義とは、もはや人道ではないのだよ。私には国の正義の前に、人徳がある。ただそれだけだ」
生きる意味を、在り方を示してくれる帝国。ここに生きていいんだと、守ってれる帝国。その一方で、同じ種族同士がお互いを傷付けあっている。人という種を理解したいシトロにとって、争いは最も理解しがたいことだが、少しだけ腑に落ちたような気がした。人間は悪魔と同じで、それぞれが異なる。異なるから、排除しようと、争うのだと、眼前にいる二人の救世主を眺めながらそう思う。同時に、人間が傷つくのは自分のせいでもある。悪魔という種を憎み、叫び、家を燃やされた少年のことを思い浮かべ、「ごめんなさい」生まれて初めて、罪悪感を自覚した。あの晩にした謝罪の真意だった。
K シトロという少年
シトロには家族がいなかった。この世に産み落とされて以来、ひとりぼっちだった。悪魔は出ていけ、人間が言う。ここで生きなさい、人間が言う。当時、シトロの頭の中には、数えきれないほどのクエスチョンが浮かんでいた。そんな中、唯一の友達は本だった。しかし、本以外にも友達と呼べる、いや、家族と呼べるかもしれない存在がいたことを、悪魔はたしかに記憶する。
図書館が好きだ。本をめくる音と、時折聞こえてくる誰かの寝息。ある人は文字の海に、ある人は夢の中に浸り、皆それぞれの世界で時間も気にせず過ごす空間が、何よりも好きだった。その時だけは、街で起こる恐ろしいことを忘れられた。隣の白魔は幸せそうに眠っている。どんな夢を見ているのかな、なんて、本をめくる手を、文字を追う目を休ませて、静かな寝息を立てるクロムをぼんやりと見つめながら、本の世界と、夢の世界、どちらが面白いか比べたくなった。彼が起きたら、夢の話を覚えているか聞いてみよう。そう思って、「忘れちゃったよ」と笑顔で頭に手をやり不戦勝になるのはいつものことだ。だから、いつからか期待しなくなってしまったけど、それでもこの空間だけは愛していた。
「グンジンの夢を見たよ」
夢の輪郭をわずかながらも捉えていたのは、多分これが初めてだった。それはあまりにも珍しいことだったから、シトロは興味津々になって、食い入るように話を聞き出そうとする。
「グンジンって?」
「ぼくらを守ってくれる人間のことだよ。でっかいお城の、テイコクグンジンだ!」
「かっこいいんだよ、グンジンはね、夢の中でもぼくの元へすぐ駆けつけて、帝国印をちらっと見せたらみんな逃げてくんだ。そして、『怪我はないか?』って」
「英雄なんて生き物がいるんだとしたら、それはグンジンのことだ。ほら、覚えてる? ぼくら、パンをもらったろ、二人分も」
「ああ、叶うならもう一度、いや、何度だってあの夢を見たいな」
夢心地に踊らされ、うっとりとしながら願望を口にする。あれは、あの時の人間は軍人というのか。悪魔と名の付くものであれば無作為に石を投げつけ、この世から出ていけと憎悪の塊みたいなものをぶつける彼ら人間。夢の中ですら恐怖に追われるこの国の実態を咎めるべきなのか、それとも、夢の中でさえ救いの手を差し伸べてくれるこの国に敬意を払うべきなのか、誰にも分からない。というよりも、答える前に許可がいるような情勢だ。しかし、人間の中にも別の種族がいるというのは、嬉嬉として語る友を見れば分かる。
「こんにちは、シトロ」
ある教会の一人娘は二人の悪魔に挨拶する。彼女はよく図書館に足を運んでいた。彼女は悪魔を毛嫌いしなくて、そして本が好きだった。そんなところが好きだったのかもしれない。いつも隣に並んで本を読んだ。相変わらずクロムは夢の中だったけど、気にしなかった。藁葺き屋根の馬小屋主人は寝床に使えと藁をくれる。花屋の女店主は好きな子にあげなさいと綺麗な花を一輪くれる。人と悪魔は分かり合える、そう綴った本の作者を尊敬していた。街の人々がそれなりに好きだった。
「やめてよね、悪魔なんて好きなわけないじゃない。みんな、滅べばいいのよ」
あの子の本音を聞いたのは、花屋がくれた花をあげようとした時だった。本音の相手は人間の男の子。頭に角なんて生えてなくて、尻尾も、羽根もない、普通の男の子。人と悪魔は分かり合える。先生、やはり、本という空想の塊が、机上から浮かび上がる日は来ないのでしょうかと、シトロは心の中で問いかけた。地下街に持って帰った花は、下水のせいか、負の感情をぐんぐんと吸って育ったせいか、その両方か今となっては知る由もないが、立派に枯れてしまったのだった。そんなある日に、友は言った。
L
「初めて列車に乗るんだ」
「どうして?」
「ぼくの魔力が認められた。グンジンはぼくの力がほしいんだよ。ああ、ようやく海がなにか分かるんだ」
「ぼくにも帝国印をくれるかな。あんな英雄になりたいよ」
「ねえシトロ、海は空と同じで青いかな」
別れ際、クロムは車窓から身を乗り出して、ずっと手を振っていた。その姿が見えなくなるまで、車輪の音が消えるまで、シトロも手を振り返す。憧れの列車、軍人、未知なる海。人間が母と呼ぶ海と、悪魔が本能的に親しみを覚える空は同じ青色だ。地上という境界線によって交わらず隔てられていることを、奇妙な運命のようだと語っていた彼が帰ってくることはなかった。友は海を見たでしょうか。あの日から、空に投げかけた問いの答えを探している。
ある夜に街の一角は燃えた。シトロの好きな、人と悪魔の共存を描いた著書の作者は、反悪魔主義者によって更なる抗議活動の火種にされた。悪魔反対、悪魔反対。焚書を中心に囲んで、もっと燃えろ、燃やし尽くせと、次々に燃料となる言葉を投げ入れる。酷い光景だった。それどころか、呆然と立ち尽くすシトロをとっ捕まえて「悪魔がいるぞ」と晒し上げ、悪魔は滅びろ!悪魔は滅びろ!悪魔は滅びろ!大勢の反悪魔主義者はたったひとりの悪魔を口々に罵った。空想は燃やされていく。願望は薄れ消えていく。
「ごめんなさい」
せめてもの謝罪は群衆の雄叫びにかき消されて届かなかった。好きな子へ告白する時も、帰らない友人の無事を尋ねる時も、いつもいつもシトロの声は届かない。それは、周りの声が、音が大きいからだと気付いた。自分が他人の何倍も無力だということも。地下街に生まれ住んでいつからか、自分と仲間のことを多数派だと思い込んでいたのかもしれない。だけど、それは間違いだ。少数派で、小さくて、無力な悪魔。おかしいのは誰だなんて聞かれれば、誰だって人間だと答えない。角や羽根のない人間の男の子へ寄せた憧憬が蘇り、どうしようもなく涙がこぼれ落ちそうになったのを、シトロはいつまでも覚えている。そして、それから先のことも、ずっと。
「少年」
肩にぽん、と手を置かれた。暖かい、大人の大きな手だ。見上げた先で、帝国印が目に入る。肩に置かれた手を、するりと懐へ滑り込ませ、四角形の分厚い何かを取り出す男の顔は、やけに綺麗で優しかった。
「私も好きなんだ。本棚に何冊も置いてある」
「君にあげよう」
気付けば、群衆の声は止んでいた。皆、胸元の帝国印を見てざわめいている。人と悪魔の共存。万人から望まれない大義の行方は、再び少年の手の中へ戻ってきた。男は依然として微笑みを浮かべ、片方の手の指先に回した引き金を、焚書へと向かって躊躇いもなく引いた。乾いた音がして、ばらばらばら、本の山が崩れる。抗議活動の終わりに等しい。
「国民よ。君らがこの書を『罪だ』と糾弾するのなら、私もまた咎めよう」
「この国では、罪の根源を燃やすそうなのでね」
「次はどこに向くかな」
たとえ、何百と連なる死体の山であろうと、崩れた本の山だと嘘を真実に変えてしまえる、圧倒的な権利の力。鉄砲玉ひとつで群衆を推し黙らせるそれを目の当たりにして、かつての友が彼らのことを「英雄」だと敬したのが、その気持ちが、分かったような気がした。
M
針を落としたレコード盤から荘厳なクラシックが流れる。硝子の机を挟んで、客と自分用の座椅子が二席設けられている以外には、部屋のほとんどが本棚と、その中に隙間なく詰め並べられた本でできていた。一切の無駄も排除した、ある意味では殺風景とも言えるこの部屋は「弾薬庫」と呼ばれていて、まるで弾薬の補充でもするように、本を目当てに軍人が頻繁に出入りする。国が国を守るため、自国に銃口を向けている状況下では、悪魔思想は容易く武器と化す。権力という鉛と、正義と名乗る引き金を兼ねた武器。彼の引き金は国に改革をもたらした。
「シュヴァルツ君。今年の聖夜は中止にすることになった」
理由は分かるだろう、マイヤーは笑う。昼間に街中であったことなど頭から抜け落ちたように。本棚から一冊ずつ本を取り出し、適当にぺらぺらとめくっては中身を確認し、確認が済んだら半歩横にずれて、また本の背表紙に手をかける。「悪魔という神」そう書かれた本の横には「悪魔解剖書」何も言わずに連れられた私を背後に、マイヤーはひたすら武器の手入れをする。
「聖夜というと、いい思い出なんてなかったものだ」
「幸せで裕福な家族がごちそうを囲んでいる。ツリーからは今日のための特別な木の匂い。暖炉からは身も心も包む暖かさ」
「家もなく、藁を噛み、サンタクロースへのお願いに引っ下げる靴下すらない少年だった」
「毎日裸足の裏を向けて大人の靴を磨いた。たったコイン一枚分の稼ぎだよ」
「その頃の私の楽しみはなんだと思う?」
悪魔解剖書、その隣の、狂信者。マイヤーはよく尋ねるくせに、答えに可も不可もつけたがらなかった。語りの独壇場が好きだった。私はそれを知っていて、彼の独り舞台の観客になったつもりで黙りを決め込む。
「靴の裏にこっそりと犬の糞を」
「愉快だった。奴らは、自分が踏みつけにした小さな汚れも、その匂いにも気づかない」
「私のように裸足でなければ、靴を履いていても裏に目をやることすらない。皆、上面の綺麗が好きなのさ」
本を閉じる音がして、微笑みの仮面が振り返る。上面の清純に囚われている人間を嘲るのは、皮肉のように思えた。だが、其奴らと同様に、マイヤーは己が被る仮面の裏側に気づかない。黙る私に道化が靴音を立てて歩み寄る。
「この国も同じだ。民衆は表の顔を信じ込む。信じて、自分の愚かさも忘れる」
「表裏一体だよ。神と悪魔、私はね、悪魔こそ神で、神こそ悪魔だと思っている。そして、信じている。君の好きなコインと同じだ」
「嘘と真実も。互いが互いになければ存在しない。だから、見つけるのは簡単なんだ」
「君のお兄さんが捕まったと聞いてね」
兄。心臓が、大きく脈打ったのが分かった。するりと、頬に伸ばされた手の冷たさに震える。やはり綺麗だ、マイヤーはそう呟いて、頬の次に髪を撫でつけた。
「いい瞳だ。つくづく思うよ。完全に支配されきった老犬とは違う、だが、馬鹿な駄犬とも違う。君はなぜ自分がここにいて、どうしてここにいなければいけないのかを知っている」
真っ白になった頭が、銃口を向けろと囁く。髪を撫でつける手を振り払って、銃を取り出して、奥で鉛が眠る暗い空洞を向けようとして、殴られた。君の武器は手入れ不足だと、倒れた私にマイヤーが言う。
「無理やりのほうが好きかな?」
床に倒れて、やっとの思いで向けた銃口の引き金から、ゆっくりと指先を剥がされる。この部屋に入ってから一度も言葉を発さなかったが、「糞野郎」とたった一言、恨み言のように吐き捨てると、瞳の中の喜色が色濃く浮かび上がるのが分かった。
N
「馬鹿は嫌いだ。しかし、愚直は好きだ。骨を反対に折り曲げるように、痛みをもって従わせるのは心地がいい」
クラシック音楽が流れる。ひたすら、うるさいほど流れる。
「君の兄は真実で、君は嘘だ。言ったろう、見つけるのは簡単だと。裏と表は切り離すことができないともね」
「やはり私は君が好きだ。ジョージ・シュヴァルツ……いいや」
「ジェイス」
靴の裏が、コインの裏が、見えた。無理やり、運命を捻じ曲げられたのだ。ゴスペル・マイヤーは、不条理に生きて、不条理を与える。彼の独壇場はまだ終幕ではない。裏で流れるクラシックもそうだ。次第に、絶望ばかりが波となり押し寄せてくる。四人の兄のうちの、「ジョージ・シュヴァルツ」は反逆罪で捕まったのだろうか。そうすれば、私の罪も芋づる式に公になる。そのことを、止められない。
「私をどうするつもりだ」
どうもしない。私の上でマイヤーは微笑む。
「人々は帝国を悪魔と呼ぶ。そうかもしれない、そしてね、真の悪魔とはこの国に住む命だ」
「君も人間でいることをやめた。全てをコインに委ねて、国の正義に首輪を巻かれる犬になった」
「勝者こそ正義。君は正義の味方なんだろう? 嘘つきのジェイス」
「それなら、いっそ悪魔の犬になりたまえ」
その晩、私は、悪魔に抱かれた。
『贖罪の序章/1』
「……戦いたくない」
ルイス・パーシアスは薬で朦朧とする意識の中、譫言のように呟いた。
この薬の効果が切れたら、左腕に装着された投薬装置が起動したら、きっとまた沢山の生命を奪うのだろう。誰かの幸せを踏みにじるのはもう充分だ、これ以上罪を背負うのはもう嫌だ。
出来るのなら今すぐこの場から駆け出して誰も居ない所へ行きたい、けれど麻痺薬が効いている、身体を動かす事はできない、辛うじて目と口だけが動かせる。
遠く聞こえる都市の喧騒、それがまもなく悲鳴と慟哭に変わるのだ、脳裏に浮かぶ“あの日”の光景、あの惨劇を繰り返すことになる。
「あぁ、もう誰も殺したくないなぁ……」
左腕の投薬装置さえ外せれば惨劇は回避出来る、けれど現実はあまりにも残酷だ、麻痺薬の効果が切れるよりも早く投薬装置が起動し忌まわしき異能を強制励起させる、今のルイスに逃れる術はなかった。加えて此処は人通りの無い路地裏だ、誰かに助けを求める事も望めないだろう。
出来る事はただ力なく壁に背を預け凭れかかるだけ、その事実を前にルイスの瞳から涙が零れ落ちる。
どうして自分はこれほどまでに無力なのだろう、と思ったその時、ルイスの左腕にチクリと痛み。
「嫌だ、嫌だ、殺したくない……」
――まもなく心優しい少年は殺戮の獣へと変貌を遂げる。
O
「やあ、ジョージ」
両手で掴んだ檻の間から兄が顔を出す。檻の外側にあるのは、明かりと暖を補うには不十分なたった一本の松明と、毎朝早くに運ばれる残飯だけだった。寒い場所と臭い飯、既に国民全体の共通認識、あるいは隠語として根付き始めたこの場所に、血を分け合った実の兄はいる。ここでは当然のように、毎日誰かひとりがいなくなる。そして、下にも上にも、二度と帰ることはなかった。明日は、明後日は兄の番になるかもしれない。けれども、兄は能天気なのか、気づいていないだけなのか、それとも、気づかないフリをして笑っているのか、昔と変わらずお気楽で、それでいて純粋な悪に染まった顔でこちらを見ていた。
「俺の名前を借りるなら、俺の罪にも責任を負えばよかった、そうだろ?」
ジョージは悪魔の売買で捕まった。別段、金に困っているわけではないのに、臓器や角を高値で売りつけた。そして、その金で思いつくかぎりの豪遊をした。毎晩歓楽街をほっつき歩き、通りすがりの道端の悪魔に唾を吐いて、隣に連れた女の尻に手を回す。仮にも公爵家の息子であった筈の男が、どうしたらここまで落ちぶれられるのかと、呆れ半分、軽蔑すらした。そうしたら、それが気に食わなかったのか「なんだその目は」と睨まれた。
「お前が俺になりたかったのは分かるよ。罪までは背負えなくてもな」
「昔のことだが、お前、試験問題の答案を盗んだことがあっただろ。俺と、他の兄さんと同じで優秀だって、父さんに褒められたかったんだってな」
「そうだよ、俺は優秀だもんなぁ。父さんはいつも俺を褒めた。でもお前は、今の俺みたいに、寒いところでまずい飯を食ってた」
「何かの間違いじゃないか? どうして俺がこんなところにいるんだろうな」
「代弁してやっただけさ。頭ん中では文句ばかり垂れてるくせに、国が怖くて口すら開けない臆病者のジジイやババアの心の声を、俺が代わりにぶちまけてやったんだ、悪魔の体がばらばらになって、せいせいしたはずだ。俺だってな、愉快だった。俺は優秀だからなんだってできる、できたんだよ。英雄だ、俺は英雄なんだ」
「悪魔どもの角を切るのは大変だった、首も、胴体も、岩みたいに硬かったんだ。あいつらの血の色を知ってるか? 青だ、青だよ。俺たちのおかげで生きてる、半分俺たちの血だ。それなのに、『助けてくれ』と暴れて困ったよ」
「そうだ! ジェイス、今からでも遅くない。お前が兄さんを尊敬してるのはよく分かる。だから、これを冤罪ってことにして、お前が牢に入らないか?」
兄の姿はあまりに醜悪で見るに耐えない。正義が不正義で隠蔽されるその瞬間を、この目で見たのは兄が最初だった。だが、今となっては不正義を通り越して、ただの巨悪になった。嘘も重ねれば真実になる。言葉通り、この国では、嘘を権力で塗り重ねて、偶像的な真実を作り上げてきた。ひた隠しにしてきた。燃やされる本の山と、死体の山は同じ数だけ減っていく。兄は、正当さという嘘をついて、つき続けて、しまいには信じて、歪な真実に洗脳されてしまった。そして、悪魔のおかげで今日まで嘘を背負って生きる私の罪も、同じ血を分け合った兄とそう変わらないのだと自覚する。罪を咎めたくとも咎められない私には、この男を見下ろす資格すらないのだ。
「さようなら、兄さん」
目を合わせるのは苦だった。だから、いいかげん黙って背を向けた。牢の主は焦ったのか、出口へと向かう私の背後で檻を揺らし、いくな、いくなと必死に呼び止める。ここは寒いんだ、ほら、氷に立っているようだ。腹も減った。暗い、寒い、怖くて、寂しい。ジェイス、いかないでくれ、いかないでくれ、ここから出してくれ。兄の悲痛な叫びと、殺された悪魔の最期が重なる。きっとこんな風に、お願いだからと叫んだ筈だ。兄は命乞いに耳を貸さなかった。そして、私も同じことをした。当然のことだと言い聞かせても、しばらく胸苦しさは晴れないでいた。
P
「やあ、お勤めご苦労様」
地下牢から出ると、グーテンベルクがにこやかな笑みをたたえて小さく敬礼していた。彼の笑顔を見ると、心のどこかで安堵する。それでも、今日ばかりは笑い返せなかった。グーテンベルクも察していたのか、気を紛らわせようとたたえていた微笑みに悲哀を浮かばせて目を逸らす。
「いくら悪魔主義者と相容れなくても、あんな惨いことをするのは同じ人間とは思えない。地下牢の彼らこそ、悪魔のような気がしてならないくらいさ」
「そんな時、僕は、自分の立っている場所が分からなくなるんだ。軍人である以上、避けようのない性なのかもしれないけどね」
「とにかく、お疲れ様。シュヴァルツ」
あの罪人と、私の体には同じ血が流れていると知っても、彼は同じことを言うだろうか。暖かい筈の言葉が、ちくりと、冷えて刺さった。
「君も、お疲れ様」
「私を迎えに?」
「うん、まあね。南の教会を訪ねる前に、君と寄り道でもしようかと思ってさ」
グーテンベルクは、私の横をいつもよりゆっくりと歩く。彼は誰かと相対する時、常に相手のことを考えた。考えて、一語ずつを慎重に選んだ。今だって、そうだ。
「今度、クリスマスパーティーをするんだ」
「クリスマスパーティー?」
うん、彼は頷く。聖夜の禁止令は既に発令されている。家に橙色の明かりが灯っていれば、神などおかまいなしに国の悪魔がやってくる。そして彼は、信徒である前に軍人だ。国で暮らす民よりも内部の圧力はずっと強い。でも、気にしていないようだった。悪魔殺し。抗議活動。過度な反抗の抑圧。周りで起こる事柄に葛藤して気を揉ませながらも、彼の信じることは不変で、彼の日常はそのままだった。寧ろ、信じなくては自分までもが悪魔に魂を売ってしまうのだと、恐れていた。そして、信じていた。どうしてかと聞くと、彼は困ったように笑うのだった。
「家族も呼ばない、ひっそりとしたお祈りだよ。でも、ひとりだと、ツリーもごちそうも寂しそうでね」
「君にきてほしいんだ」
すぐ傍では冷たい雪が降り始めていた。パーティーではなく、お祈りなら許してくれるだろう。パイを持っていくよ、私は二つ返事で頷いた。
「メリークリスマス」
ツリーに、暖炉に、テーブルの上のごちそうたち。普段となんら変わらない、悪魔がこの世に現れる前の聖夜と遜色のない光景がそこにあった。ある信徒は情熱的に踊り、ある信徒は今日の日だけはと酒を交わし、近所の若者から神父まで皆交わって、教会の中ではできない賑やかな世間話で場を溢れさせる。そのような活気は今、失われている。聞こえてくるのは静かに暖炉が燃える音だった。
「あまり、炭鉱や薪も使えないよね。でも、今日だけは特別だ」
さあ、楽しんでいってくれ。グーテンベルクは席につく。片手に提げたアップルパイの箱をテーブルの上に置き、私も反対に座る。グーテンベルクの言う通り、今日だけは何もかも忘れられる気がした。あの晩のことも、地下牢のことも。暖炉と、銀食器と、それから友人の話す声だけが響く。楽しげな声色ではなかったものの、聖夜の空間と雰囲気は、心にひとたびの安寧をもたらした。彼と話す時に感じる安堵によく似ている。
Q
「僕の知り合いの、レコード盤ショップの店員は不当に解雇されたと泣きついてきた。聞いてみると、代わりに悪魔が働くためだと。今月の給料も貰えず、炭鉱も買えない。このままだと凍え死にそうだから、助けてくれとね」
「悪魔のためなら店を持たせてやるし、税金も使ってやれる。いつからか、人間が蔑ろにされているんだ」
「僕の母も、自分がいつ牢屋に入れられるか分からないと怯えている。教会だけは守ろうと他の信徒を言い宥めているみたいだけど」
「それにしても、悪魔と人が一緒になって平然と暮らしているなんて、随分とおかしな世界になったよ」
それでも、まだまだ悪魔の地位は低い。彼らは毎晩を下水の隣で過ごす。そして、人に虐げられる夢を見る。悪魔を見かけると、軍人はよくパンとチップを渡し、首輪つきの恩を売る。悪魔の店は国民の金で成り立ち、得た収入は倍になって懐に入る。国と民とで、完全に食い違っているのがよく分かる。それが悪魔帝国の現状だ。グーテンベルクはそんな世間を、憂いている。
「今はね、教会自体がタブーだ。聖夜と同じで禁止されているから、結婚式も軍基地でする」
「まったく、おかしいよね。僕らは信仰しているだけだ。地下牢の男のように、悪魔を虐げるのは間違っている、そう思うけど、信仰を抑圧するのも間違いだ」
「シュヴァルツ、君はいつか僕に聞いたよね。この戦争に勝ってほしいか、負けてほしいかと」
「僕は、悪魔に縋るだけのこの国に、悪魔さえ生かしておけば勝利は絶対だと宣言するこの国に、負けてほしいと思ってる」
「でも、負けたらどうなるか。僕が信仰しているものと、この国もろともが滅ぶ。大切な友人も、神父たちも。それが神のご意向だと述べる人はいる。でもね、僕は失いたくないんだ。だから、そういう意味では勝ちたい」
「僕は今、自分に負けたくないよ。そして、勝ちたい。信じて、また。賑やかな聖夜を過ごしたいんだ」
暖炉は燃える。暖炉の周りの空気が熱で歪んでいるように、グーテンベルクの瞳もたしかな熱を帯びて揺らいだ。悪魔を排除せよと結託する信者、悪魔こそ神だと謳う国の中で、二極の槍の矛先が向く悪魔と、信仰と狂信の間で葛藤する彼のような人間が、救われないと思った。やはり彼はまだ人間だ。自分だけは悪魔になるまいと、悪魔の犬に成り下がった私に向かって決意を誓う。この国が勝ってしまった時も、彼はまだ人間でいられるのだろうか。コインの表を見る日がくるのだろうか。ますます、穢れた自分が忌々しい。
R
「シュヴァルツ君」
ある日、マイヤーが私の家の戸を叩いた。出ると、「ジェイス」本当の名を呼んで、ハグをする。一体いつの間に、恋人のような扱いを受けるようになったのだろう。たった一晩の関係が、早撃ちの頭の中で大きく恋の炎を燃え上がらせ、ここに至るまでのストーリーを都合よく補完したに違いない。マイヤーは私の髪を撫でるのが好きだった。この日も私の頭を撫でて、微笑みながら誘いを告げる。
「映画を見にいこう」
マイヤーは可も不可も問わず、選択肢も与えない。いつも自分が中心に世界を回っている。何かと無鉄砲な彼が落とした火種の鎮火をするのはいつも私で、引き金にはストッパーが必要だった。彼はそんな私を煙たがりながら、惹かれていた。しかし、恋愛的な感情ではない。躾けるのに丁度よかったからだ。マイヤーが人を躾けて悦に浸るのを知っている。だから、私を屈服させたがるのも知っていた。見下すのが大好きな視線を見れば犬でも分かる。
「ジェイス、どうだい?」
マイヤーは私の手の上に、自分の手を重ねて尋ねる。目の前のスクリーンでは、大きな翼を広げた悪魔と人間の女が抱き合っていた。勧悪の政策。この国の法において、反悪魔的思想を描いた書物や映画などは全面的に禁止している。悪魔は滅ぶべきだとか、一文でもあれば街中から薪をかっさらう。人と悪魔は分かり合える。分断が進む他ないこの国で、誰もが鼻で笑い飛ばすような絵空事を宣う映画がマイヤーは好きだった。
「まるで空き箱のようだね」
スクリーンを見つめながら吐き捨てる。
「どこもかしこもまばらだ。私と君以外に、人の頭は数えるほどしか見当たらないよ」
「本当にこんなものを、何ヶ月も上映するんだね。上映費の方が上回りそうだ」
「戦争に勝てば、満員になる」
マイヤーは当然のように返す。スクリーンでは悪魔と人がキスをした。
「ひとつ欠点がある」
「それはね、この女優が反悪魔主義者なことだ」
「戦争が、上映が終わるまでの間は野犬のままでいさせてやる。きっと、この女には嫌がる演技をさせた方が儲かるね」
「君がスクリーンにいたらいいのに、ジェイス」
マイヤーはいつの間にかスクリーンから目を離して、私の髪を撫でつけたあとにキスをした。『愛してる』スクリーンとマイヤーの声が重なる。こんなにちっぽけな、形のない愛や支配にさえ抗えない。世界を敵に回してでも抗おうとしているグーテンベルクのことを思い出して、首輪を繋がれたままの自分がひどく惨めになった。
S
その日の悪魔酒場は、映画館のように客足がまばらだった。いつもは周りを渦巻く熱気も、わずかな温さに変わっている。近い戦争のために、大勢の人や悪魔が徴兵されたのだと話すと、シトロはジュースに手もつけないで食い気味になって聞いた。
「みんな、列車に?」
首を下に落とすと、列車に覚えでもあったのか、どことなく心配そうに質問を連ねる。
「列車に乗った人は、いつ帰ってくるんですか?」
「それに、帰ってこなくても生きている人は? 人だけじゃなく、悪魔も」
分からない。そう答えるとシトロは肩を落とした。
「戦争はいつ終わるんですか」
そして、最後に、せめてもの希望の薪を会話に投げ入れた。辺りの空気は相変わらず生温かった。分からないと、また無造作に同じ答えを返す。
「勝っても、負けても、いずれ滅びが待っている。近頃、私にはそんな気がする」
「悪魔に抑圧された人間が悪魔になって、皆人間をやめていく。そうして、怪物同士の争いへと変わった時に」
「悪魔帝国として、滅ぶ」
誰も止められない。今もまだ抗おうとしている信徒のことも、正義の引き金で断罪し続ける悪魔のことも。いずれ、悪魔に悪魔は殺される。いいや、殺し合う。いつしか、深く目を閉ざしていたのだろうか。そっと手に添えられた、小さな温もりに気がつかなかった。傍でワインの水面が波紋となって揺れる。シトロは、私の手の中に何かを握らせた。見ると、それはコインだった。あの日の、あの晩の。賭けをした表のコイン。
「投げてください」
「何度でも、投げてください」
「表が出るまで」
「ぼくはあなたに在り方を教えてもらった。だから、ぼくもあなたに生きてほしい」
「軍人さん、ぼくはあなたが、人間が好きなのです」
軍人。軍人。軍人。果たして、今の私にはそう呼ばれる価値があるのかと、少年に敬われるほどの身であるのかと、問いたくなる。コインを投げる私の手はずっと、国にお手と阻まれる。私は、すべてが分からなくなってしまった。なぜ、兄の名を騙ってまで軍人になったのかも。
「とある少女の話をしよう」
それは、最初で最後の、少女としての記憶。
21
落ちこぼれの優等生。ずる賢い劣等生。彼女は様々な呼び名で呼ばれた。街角のおもちゃ屋に売ってある飛行機、あの子が遠くの街へ引っ越した。周りでは同い年の子らが話す声。今回の試験の点数はよかったか、クラスで何番目だったか。家では食卓に成績の話が並ぶ。年相応の少女としての流行り廃りを知らない彼女は、自分の世界だけが他の世界と断絶されているような気がした。齢一桁の頃から孤独だけを知っていた。家に帰れば、暗く寒い部屋が待っている。次に待つのは残飯だ。人間の人間らしい生活に飢え、いつからか「いただきます」も「ただいま」も忘れ去り、犬のように見上げる日々。自分が声を大にして張り上げた正義よりも、嘘を盾に並べた不正義を信じる世界に、不信感を抱かずにはいられなかった。少女はおもちゃ屋を知らない。飛行機と聞けば空を見る。少女にとっての遠くとは、自宅からすぐそこの郵便局を差す言葉だった。少女は何も知らない。自分が間違っていた理由も、級友が花を咲かせる話題の広さも。ただ知りたかった。あるいは、逃げたかったのかもしれない。ある夏の暑い日に窓を開け放ち、遥か下の地面を見つめて「裸足で駆けられるのか」と興味一粒の固唾を飲んだのが、最初の一歩だった。部屋のカーテンを裂いて、結んでを繰り返し、自分の体よりもずっと長い紐へと変貌したそれは、まさしく新世界の架け橋で、少女は文字通り新世界を見た。感動のあまり、裸足でいることすら忘れていた。おもちゃ屋のショーウィンドウの中では、吊り下げられた飛行機がくるくると回っている。青色の硝子玉を目のくぼみに嵌め込んだ金髪の人形、毛布の中身を全部詰め込んだのかと見紛うくらい柔らかなテディベア。これらに「はじめまして」と話しかけて、己の一問だけがガラス越しに残っても、少女は気にしなかった。まさに夢のような夜の間に、少女は知る。裸足で地面は駆けられたと。
ある日、少女の靴が隠された。心当たりのある人は先生に。棚の隙間に落っことしたペンの持ち主でも尋ねるように、緩みきった教鞭の主は伝令する。結局、心当たりのある者など教室の中にはいなかったが、少女は気にしなかった。裸足でも駆けられることを知っている。昼の街より、夜の街の方がうんと楽しいことを知っている。酔い潰れた大人の足元でゴミ箱に潜る虫、灰色の灯、鮮やかな腐りに一点の色をつける、夜の街の異物と呼ばれる子ども。人の家の煙突に忍び込み、野菜やらパンやらを盗んでは窓から逃げていく、傍迷惑なサンタクロース。札付きの不良少年、ペンキ屋のユミルは少女の足の裏を見て笑った。同じように別世界を知る友は、後にも先にも彼だけだった。
「やあ、落ちこぼれさん」
「犬みたいな足だな」
ユミルは片手に赤い靴を引っさげてやってきた。
「おれの足も煤だらけ。毎晩、煙突を降りるのもなれたもんだよ」
「この靴を履いて帰って、ごしごし洗って売ってやりたいところだけど、勘弁しといてやる」
投げられた赤い靴が宙を舞って、少女の手元に戻ってくる。よく見ると、ユミルの体は煤や埃で汚れていた。靴はもっとぼろぼろで、底が剥がれている。病で寝込む母親を心配させまいと、煙突の下から食糧を盗んだ帰りには冷たい川で身を洗う少年が、隠された失くしものを泥だらけになって真剣に探してくれた。ありがとう、頭を下げると、「そいつが勝手に出てきたんだよ」靴を指して照れくさそうにおどける。
「落ちこぼれ、おまえは、答案を盗んでなんかいないよ」
「おまえの足は、犬の足だ。靴磨きのガキと同じ。盗人ってのはな、おれみたいに足の爪も切らないもんさ」
22
この日を皮切りに、二人は毎晩のように街へ繰り出した。時には馬小屋の藁の上で眠り、時には冷たい川の傍で星空を眺め、時には二人きりの学校で一晩中語り明かしたこともあった。少年の足が煤だらけにならないよう、少女は食棚からこっそりと豚や魚を持ち出し、赤い靴を履いて歩いた。ある晩、母親の病気が悪くなった、申し訳なさそうに木扉から顔を出す少年は、まもなくしてペンキを持って現れた。何に使うのかと聞けば、「未来のために」と、手足の爪を切った少年は歯を見せて笑う。戦争反対。貧民層のスローガンを街壁に塗りたくる最中、ユミルは珍しく自身の生い立ちを語った。夢を見る少年のような、煌めいた顔だった。
「金はみんな、みーんな、戦争に使われちまう」
「俺も、母さんも腹ぺこだ。卵を産む鶏も、肉を焼く薪もなけりゃ、薬を買う金だってない」
「今のおれが、過去のおれになったら、未来は変わったんだって自慢したいんだ。なあ、ほら、見えるよ」
「飛行船や、戦闘機の上の人間にだって」
未来への希望論を聞くのが好きだった。好きで、叶ってほしいとも思った。いつかこの街壁と、ペンキ屋の息子の勇気ある行いが、讃えられる日を心待ちにしていた。
乾いた夜だった。空から爆弾の雨が降って、街がどんどん穿たれる。おもちゃ屋も、学校も。知るかぎりの世界が破壊されていく。少女と家族、他の近隣住民は地下壕に逃げ込んだ。近くで赤子の泣き声がする。腕を失ったと叫ぶ人がいる。もっと詰めろ、軍人に先導されて、溢れかえる人の波に奥へ奥へと流されたあと、赤い靴のかかとがやっと地下壕の壁についた。わずかに生まれた余裕の中で辺りを見渡すと、同じように流された少年少女は数えきれないほどいたが、友の姿だけが見つからなかった。また近くで轟音が鳴って、地下壕が揺れる。ユミルの背を必死になって探した。身動きが取れなくても、目が探した。「入れてください」入口で、誰かが咳き込んだ。「お願いします」少年の声も聞こえた。ユミルだ。ユミルの声だ。早く中へと母の背中を押す彼を、軍人が押しのける。病気をうつすな。反戦争主義者だって、薬があっても国がなければ生きていけないくせに。気に食わないなら、そこの泥棒が薬でも盗めばいい。散々な罵倒と悶着のあと、ついに扉が閉められた。中に入れてくれ、叩く扉の外からくぐもった友の声が響く。開けてくれ、開けてくれと、助けを求めるうちにすぐそこで爆弾が落ちた。時々、爆弾にかき消される少年の声が痛いくらい頭に響いた。爆撃の音が止むのと、少年の声が消え去るのと、どちらが早いだろうか。命の砂時計が、ひたすら落ちていく。その子は私の友人だから開けてくれと、人波をかき分けて頼もうとするのを父が止めた。兄が、周りが止めた。長い長い夜だった。眠れない夜のどれにも勝らないほどの、長い夜。爆撃の音が止んで、夜が明けたその日に、赤いペンキで塗った街壁は跡形もなく崩れ去っていた。ただただ、崩れた希望の向こうから残骸に差し込む太陽の光を浴びて、呆然としていた。
「今でも私は、私の心は、あの地下壕の中に。扉の前に取り残されている」
「贖罪だった、救いたかった。今度こそ、空から文字が見えるようにと」
ジェイス。マイヤーが呼ぶ。シュヴァルツ。グーテンベルクが呼ぶ。私はどちらにもなれない。正義はただの物差しで、剣にはなれなかった。あの日に枯らした涙が頬を伝う。シトロは、洗いざらい話した私の傍らで、一緒に泣いてくれた。
23 とある少年の話
夢を見た。まだ、鉛の黒が夜空の色と同じだった頃の夢。沈むと二度と戻れない、泥沼のような暗闇で見る夢の最後はいつも変わらない。ハッピーエンドのその先が、必ずしも幸せだとはかぎらない、まるで童話みたいなおしまいを何度でも見る。憧れの列車に乗って遠い場所へ行く自分に、寂しそうな顔で手を振る友人。その姿が石ころみたいに小さくなるまで、列車はぐんぐん前へと進んで、あの街も、友人も、何もかも見えなくなってしまったら夢が終わる。友は本が好きで、夢の話が好きだった。「どんな夢を見たのか」目が覚めるたびに聞かれても、「覚えてないよ」と嘘をついた。大人や、自分たちと同じ少年に殴られる夢の話なんて、本の中身と比べようがないからだ。優しい少年の心がどこかで傷つくのが怖かったし、傷つけるのも怖かった。彼は、元気だろうか。今も変わらず空想に生きているだろうか。その方がいい。皆、生きながら夢を見ている。瞼の裏側の暗闇だけを知っている。見つめ返される深淵と会ったことなんてない、空の青さと雲の白さが当たり前だった。たった二色の世界で生きているのが、なんて幸せだったんだろう。あの頃を思い描いては苦しくなる胸の奥で、灰色の息を飲む。
「悪魔だ! 悪魔がいるぞ!」
茂みの向こうで声がした。こする間もなく寝ぼけ眼が縦に開く。どうやら、誰かに見つかったらしい。逃げなければ。捕まったら殺される。ギイギイと、嫌な金属音の鳴る壊れたブリキの人形みたいに、棒きれになった両足を踏ん張らせて走った。砂利だらけの斜面を転ぶ。転ぶ。転んで、また走る。視界の先で顔を出す何本もの枝木が肌を裂いた。走って、走って、半分の半分くらい形をなくした翼を広げて、ありったけの力で奮い飛んだ足が空に浮く。木々のざわめきと共に、満身創痍の翼も揺れる。鳥よりも、戦闘機よりも中途半端で不安定な低空飛行。どれだけ不格好で、ゼロに等しい命の灯火だろうとかまわない。かまわないから、逃げなければいけない。友が待つあの国に帰りたい。夢を見た日は泣いていた。眠ることをやめたのに、起きても同じ夢を見た。逃げるうちに地続きの大地が途切れて、真下に広い海が見えた。もうじき生夢の最後のページも終わる。いいや、終わらせなくては。瞼という天球が涙の膜を張って、溺れる。どぼん、海に溶けていく。誰かはもうぼくを追わなかった。代わりに、何百、何千という人間の船が、空を泳いで夢を追った。
24
何粒目かの涙のあとに、酒場の外で何かが落ちた。嬌声は恐声に変わり、音は衝撃を乗せて、絶望を降らせる。爆弾の音。命が死んでいく音。抗えない生存本能が、鼓動になって、荒波のように脈打つ。
「戦争だ」
窓ガラスの向こうから映る赤色が、中に差し込んで、ワイングラスを、戸棚を、同じ色で染める。人が源となって点す熱気とは別の、身を焦がす激情がやってくる。人と人の争い。そして、人と悪魔の戦い。理解しがたい交わりは、案の定、ぼくの理解を振り切った。まっさきに、地下街の悪魔や図書館に眠るたくさんの本、そして、友のことが走馬灯のように頭に浮かぶ。床が、壁が、憎しみの渦に震える。「シトロの坊や」店主の声にはっとした。声が火蓋を切って、ぼくの地につかない足が地についたのは、軍人が手を引いたからだった。ジョージ・シュヴァルツ。いいや、ジェイス将軍が赤裸々に語ってくれた真実と同じ、あの長い夜が再び訪れようとしている。外では屍が横たわり、生きる骨が逃げまどう。煙突の煙じゃない、爆弾が点てた炎が、煙が、天高く街を貫いて渦巻いている。渦巻いた憎しみや悲しみが届きそうな空を見上げて、一瞬、何秒ともいえる長い一瞬の中で、唖然とした。
「ああ」
クロム、君は、こんな空を見ていたのかな。たった一色、赤に染まった空を。
落とされた爆弾の雨から立ち上る煙雲が、空を赤い海へと変える。海からは、破壊の雫がしきりに振り落ちる。傘の中を探して走った。いつかの街角も、映画館も、教会も、軍基地も、雨粒に飲まれて燃えていた。苦しそうに息を上げる悪魔の手を引いて、走る、走る。どれだけ走っても、目に映る景色は変わらない。走り去る横では歴史の産物が破壊されて、剥き出しになった命が恐怖を叫んだ。この街が、この国が積み上げた時間も、育んだ命も、瓦解していく、跡形もなく消えていく。あの夜の外側ではこんな惨状が起きていた。怖い、辛いと、誰よりも叫びたかったはずだ。救う余地のある命を、薬漬けの軍人は見殺しにした。どれほどの屈辱を抱いて、どれだけ赤壁の未来を願って朽ちたのか。箱の中にしまいこんで、溢れないようにした思いが、とめどなく溢れ出す。溢れて、こぼれて、最後に残った罪だけが沈む。箱の隅に上がった火の手に追い込まれるように、行先の四方八方は炎で囲まれていた。
25
「軍人さん」
シトロが袖を引っ張る。今にも焼け落ちそうなレコード店の看板の隣に伸びる、路地裏街への一本道をもう片方で指差していた。「あっちだよ」街の間を縫って、道じゃなくなった道を歩いて、走る。獣が形作る獣道のような、足跡に近いものではない。人が破壊のために作り上げた滅びの道を、一歩ずつ、一歩ずつ。焼けつく肺で煙を吸いながら、死の宣告を数えてようやく辿り着いたのは、地下街だった。地下街の入口は沈静としていた。不意に安堵の息がこぼれ落ちた矢先、下り階段に爪先を下ろしたシトロの体が何者かにはねのけられる。見ると、地下街の中はすぐそこの階段まで人の頭で埋まっていた。
「中に入れてくれ」
ダメだ、一人分の隙間もない。誰にも安全地帯は譲るものかと、先頭の男は尖った刃物のように鋭く言い捨てる。一睨みに顔を上げると、胸元の帝国印に気付いたが、かまわず睨んだあと鼻で笑った。
「帝国印がなんだ。ただのお飾りの言い訳だ」
「お前らが何をしてきたのか、崇高な頭で考えてみればいい」
「自然淘汰。悪魔のためなら手を貸して、人を足で蹴落とした。お前たちがしてきたことさ、正義に託けたお決まりの文句が大好きなんだ」
「俺は国の命だ。国がしたことに従って、今ここにいる。悪魔がいれば勝てるんだってな、そりゃあいい」
「人のために戦い、人のために勝って、今度こそ滅べばいい。どうせそのつもりなんだ。この国も、王も」
最後にもう一度、力いっぱい押し返された。静寂が熱いのに、心は冷えていた。不当、理不尽、不条理、不正義、不道理。私が今まで立ち会って、私以外の誰かに立ち会わせてきたものたちが、束になって襲いかかる。あの時の報いだと思った。無力で、何もできない、失くしたものすら自分で探せない。大切な人を大勢と一緒に見殺しにした、覆されることのない不正義へ宛てた罰。背後で罪が消える音がする。背後で、どこかで、すべてが燃やし尽くされる音がする。私の心は、どんどん熱を失って、氷のように冷えていった。するりと、離した手のひらから何かが落ちる音がする。見ると、それは涙や爆弾でもなくて、一枚のコインだった。
『君の好きなコインと同じだ』
『投げてください』
『何度でも』
私は。
『自分に負けたくないんだ』
『君がスクリーンにいたらいいのに』
私は、どんな正義を信じていたのだろう。どんな正義に飼われていたのだろう。何を信じて、生きていたのかな。燃えた。燃えた。燃えた。何も知らない子供も、知らないふりをする大人も、知ったかぶりをする人間も、何もかも巻き込んで。シトロは、無言でコインを手に取ると、表を見つめた。
「軍人さん」
「もしも、裏と表が選べたら」
「どちらかが出るまで、何度でも投げられたら。どんなにいいですか?」
軍人さん、お願いです。悪魔は懇願の末に、両目を閉ざす。無知が知に変わる瞬間、愚かさの意味を知ったシトロは、たった一筋、希望の糸を見つけた。
「こんな世界を、未来を、変えてください。あの赤壁のように、信じてほしいのです」
「ぼくと契約してください、ジェイスさん」
「そして、もう一度」
表が出るまで。コインが高く投げられる。投げられて、落ちてくる。時空を引き裂くように、たった一枚、運命を委ねたコインが。
爆弾と共に落ちた時、世界は吹き飛んだ。
26
悪魔帝国。人々はそう呼ぶ。どこからともなく奴らが現れたのは、つい先日のことだった。人の世に、そしてこの国に顕現した悪魔達はこう言った。
「命を捧げれば勝利を誓おう」
賽を降る前に、コインを投げる前に、世界が滅ぶ前に。時が、戻る。
第一話 了
第一話…
戦死、犬死END
やっと終わっ…た…orz
これは帝国×悪魔×タイムリープのあれだ…
ほんとの独にサンタさんはこないんですよね(´>∂`)テヘッ☆
お疲れ様
52:ヤマーダ:2022/02/11(金) 18:48 マーリンくん
ありがとうございます
わいは力尽きもした
┏┛墓┗┓‐ω‐)っ
@恋夢羊
「ごめん、今日で抜けさせてほしい」
……え
「ケンタくんやめちゃうの…?」
「なんで…一緒に文化祭出ようねって言ったじゃんっ!!」
「めっちゃ練習したじゃん!」
「タピオカ飲んだりタピオカ食べたりタピオカ吸ったりしたじゃんかぁぁ!!」
「どうして鈍足ハゲの馬面が抜けないの!? パートまで被ってくるくせしてケンタくんよりいいとこ一つもないじゃんか! お前抜けろよ!!」
馬面はそこまで複雑な心境でもないのか、落ち着いた面持ちで肩をすくめた。ケンタくんは黙ってた。
「猫が干支に入れないから、って」
「羊はいいけど馬が二匹もいるのがいやだって」
「猫がヒスるから抜けたいんだってさ」
────
「進路? 第一希望は夢枕で……」
「本当はピアニストになりたいんだけど」
「でもほら、アタシってさ、統率とれないじゃん。体育とか苦手だしドジだし、はい羊が二匹〜て言われても行けない、アタシ大縄も無理」
「なんでピアニストかってさ、それはさ…」
「好きな人に聴いてもらえたら嬉しいじゃん」
「あと、なるべく一緒だといいから」
────
「やっぱ猫と同じくらいヒスだよお前も」
「黙れ馬面!!」
ふざけんな、ふざけんな!!
ばきっピアノを叩き割る。
ずっと優しくてもいいじゃん?
アタシほんとは、初めて会ったとき、ケンタウロスじゃなくてケンタロウスだと思ってた。
メガ進展したかった、好きになっちゃったから。
馬面ハゲと違って足速くてイケメンでかっこいいんだもん、四足歩行だけどかっこいいんだもん。
羊数えなきゃ眠れない奴のことなんてどうでもいい、アタシが夢を見ちゃダメなの?
「もう許せない」
神様、おばあちゃん、どうかこの時だけは許して。
アタシは、八つ当たりしにいく。
A 🦄💭💗
「あ〜〜眠れないな」
「こんな時は羊を数えよう」
「羊がいっぴ〜き、あ、きたきた、羊きた」
「にひ〜き」
「おや二匹目が出てこないな」
「に、ひ、き!」
「羊がにーひーきー」
……
「こりゃまいった、羊のやつ隠れてやがるな…」
「まあおけ、大丈夫、ぼくは美少女を数えて眠る」
「美少女がひとーり」
「…ひとり」
「ひと」
「はーい美少女でーす!」
「うわきた」
「アタシこそが、絶世の美少女もとい美羊女、な・ん・つ・っ・て」
「ぼくの安眠妨害をするのはいいかげんやめてほしいんだ」
「寝る気ないくせに人のせい、いや、羊のせいにするのはやめてほしいわ」
「ところでおまえは、なにしにきた」
「安眠妨害に決まってるじゃん?」
「はあ〜〜〜」
「ねえ漠ってば、そんなイヤそうな顔しないでよ、ちょっとアタシの夢を食べてほしいの。砂糖たっぷりにしておくから楽しみにしててよ、それまで寝たらダメだからね、寝たらひっぱたくからね」
お化粧台に頬杖をつく女の子みたいに、枕元に肘ついて、きらきら笑顔で見てやった。でも、眠れない夜の犠牲者はため息ひとつ数えて、呆れた顔に毛布をかぶる。呆れはしても、驚いてはいないようだった。
「なあんだ、またフラれたか…」
「フラれた、ですって…? 違うのよ、今回は泥棒猫のせいなの! 猫がいなけりゃ脈アリどころか不死身の恋だったのよ!」
「そうか、乙、じゃあな」
「じゃあなってなによ? ねー、ねーってば、あげるっていってるじゃん、アタシの夢だよ、ほしくないの?」
「甘ったるすぎて胃もたれするから」
「だったら塩でも入れとくからぁあ!」
「入れ方知らんやろ、ぼくもう寝たいんや、愚痴と憂さ晴らしと出会い系目的なら他当たって……ぐぅ」
「寝るな! 寝るな! ひっぱたくよ!!」
「おまえさあ」
「ぼくのこと、そーいうサービスと勘違いしてるやろ」
「便利屋じゃないんだから。もういい年なのにひとりで寝れない〜とか現抜かすなよ、寝言は夢の中だけにしろって」
「そうじゃないと、今度から、ババアって、呼ぶからな!」
ぐはぁ。
小さな指につんつんおでこを小突かれて、ちょっと大袈裟に背中からひっくり返る。
「クソガキが…」
幼い夢食いはまたため息をついた。
「ラメルさ、そんなにぼくが好きなんだったらさ、他の夢持ってきてよ」
「ぼく辛いの食べたいからよろしくね!」
……
B
「辛いのって、どうやってつくるの」
「唐辛子でも持ってこようか?」
げ、とか聞こえたから見ると、あからさまにイヤな態度のガキだった。
「しまった。そーだそーだ、配達員は山羊さんじゃないか」
「羊なんてせいぜい眠らせることしかできないのに職務放棄してるもんな〜」
「なにが言いたいわけよ?」
「ばか、おまえ、ラブレター書いたことないのかよ」
「はー? ある…」
「……あるし」
「なあ、絶対なさそうなのやめてくれ」
「だってさあ…」
「だっては幼稚園までな」
「でもでも!」
「でもも一緒だから!」
「…あのね、アタシ、こう見えてもすごーくピュアなの」
「猪突猛進って思うでしょ!?」
「でも残念、アタシはかよわくってかわゆい羊だから…そう、羊は寂しいと死んじゃうの」
「よーするに、告るまえにフラれたって?」
「フラれて、ない、から!」
「ふ〜ん」
今度はメルトが枕に頬杖をついて、短い足を宙ぶらり、半目で見下ろす。
「ま、どうでもいいんだよ」
「そんなことより大事なのは、甘いのだけが恋じゃないってこと」
「悲しいとか、怒りとか、そういうのぜーんぶひっくるめて恋っていうの」
「ぼくは便利屋でもなんでもないからね、ほんと。こっちは…砂糖漬けで飽き飽きしてる」
「だからさラメル、ラブレターの配達員になってよ」
「たくさん恋を見つけて、あと、なんか美味しそうなのがあったらぼくによこしてくれたらいい」
「分かった?」
「…う」
「ほら、返事」
ぐいぐい、尻尾で額を押される。
「うううう…」
「…」
「そんなだったら、もう十分よ!」
「あたしひとりで、この恋、解決してみせるから!」
「ばかメルト! 見てなさいよ! 生意気叩いたことぜったい、ぜーったい謝らせてやるから!」
『贖罪の序章/2』
異能励起薬、政府の研究所における研究成果の一つ、異能者の意思に関係なく異能を発動させる薬だ、特筆すべきはその即効性、効果が表れるのは投薬と同時、抗う間もなく眠っていた神秘が目覚め全身を駆け巡る。
身体が燃えるように熱い、熱い、熱い――!
並々と水を注がれたコップから側面を伝って水が流れ出るように、ルイスの身体から神秘が溢れだす、止め処なく流れ出るそれはもはや神秘の奔流。
「ぐぁぁ……あぁ……『狂禍銀狼(ジャガーノート・リュカントロポス)』――」
口を衝いて飛び出したのは忌まわしき異能の名、その言葉が無形の神秘にカタチを与える、ルイスの身から流れ出るそれは神々しさすら感じる白銀の毛並みとなり、鋭く湾曲した爪となり、お伽噺の中の存在でしかなかったモノ――人狼へと変貌した。
人狼の強化された身体機能の前に麻痺薬はもはや意味を成さない、ルイスは四肢に力を込めた。
動く、いつもと変わりなく動かせる、感情の無い目でルイスは自らの手足を見つめている。
「……」
人狼は緩慢な動作で立ち上がる、研ぎ澄まされた獣の五感はすぐさま獲物の匂いを感じとった。
殲滅対象――異能解放戦線の拠点はこの近辺と言うことだ、迷いなく人狼は歩を進める。
不思議だ、さっきまであんなに嫌で嫌で仕方なかったのに、もう誰も殺したくないと思っていたのに、そんなことはもうどうでもよくなった。
今はただ戦いたい、その衝動がルイスの身体を突き動かす。
「だ、誰だ! お前、政府の異能者か!」
突然、張り上げられた声が狭い裏路地に響く、声の主は二十代ほどの男性、服装は軽装、武器の類いは所持していない。
男は人狼に驚きはしているが怯えてはいない、しっかりとこちらを見据え冷静にルイスを観察している、こういった類いのモノは見慣れているのだろう、彼もまた異能者か。
ならばここで彼には死んでもらわなければ。
「……大丈夫、泣いてないよ、ルー君」
「ルー君、………………大好き♡」
名前:シェリル・ロックチェイン
性別:女性
年齢:15
身長・体重:150cm/44kg(成長中)
【容姿】
https://i.imgur.com/OMe14PP.png
快活な笑みを浮かべ周りを明るくさせる、けれどどこかアンニュイな雰囲気を感じさせる紫髪の美少女。
【性格】
ぐーたらで寂しがり屋で甘えん坊それでいて少し人間不信、そんな自分がちょっと嫌い、しっかり者だと思われたくて人前では明るく元気に振る舞っている。でもルイスの前でだけは素直になれる。
こんな自分のことを大好きと言ってくれて、いつも側に居てくれるルイスの事が大好きで、ルー君と呼ぶくらいには信頼している。
異能嫌いであるため異能者に対しては無意識の内に冷たい態度を取る。
【異能】
無し
【備考】
一人称はシェリル、あたし。
BOUQUET(自警団)の管理するボロアパートでシルイスと同棲している、結婚はしていないが本人はルイスのお嫁さんという認識。
BOUQUETには恩があるため喫茶店でアルバイトをする傍らBOUQUETの手伝いもしている。
寝るときはルイスと手を繋いで寝る。そうすると悪夢をあまり見ない。
【過去】
神秘の氾濫後も異能とは縁遠い生活を送っていたが、1ヶ月前のルイスと異能者達の戦いに巻き込まれ両親を亡くしている、この事がきっかけで異能嫌いと人間不信になった、ぐーたらは元々。
その後、ルイスと出会い行動を共にするようになる。
……ルー君、あたし達ずっと一緒にいれるよね?
「いけっ! 電撃!」
ウォォォォォォォォ!!
とかいう雄叫びをあげ、トレーナーが片足を半歩前へ上体を斜めに人差し指をびしっと突き出した先のパチモンが電撃を放った。
パチモンの電撃は、己の臨界である内側と外側を隔てた白い境界線を悠々と越えて、数十メートルくらい先の相対する敵へと飛んでいく。
グァァァァァァァ!!
パチモンの電撃がコンマ何秒かで相手に届き、相手は雄叫びというか断末魔をあげ、まるでアニメの実験失敗の時みたいに頭をアフロ丸焦げ風にさせ、レントゲンみたいに骨まで見え、ファンタジーもしくはフィクションのような倒れ方をした。バタッとかオノマトペが聞こえてきそうなくらいだった。つまりはクソアフロのHPは0であり、相手の目の前が真っ暗になることと同義であった。
「うぉぉぉ!! すっげぇぇEEEE!!」
わぁぁぁぁ!
熱狂的に渦巻く、何百何千と連なる歓声の中のひとりである少年は目をキラキラ胸をワクワクとさせ、子供っぽく両の手の握りこぶしなんて掲げながらその様を見ていた。
少年にとっては夢であり、そして近く遠い光景であった…いつかは自分があそこに立ち、いつかは誰かが自分の場所に座る、そして、新たなる夢を与える……のだとか、闇雲、いや、光雲であろう幼い希望たっぷりな理想を胸に馳せる。
「俺もいつかあんなすげえトレーナーになるんだ!」
そう、夢はパチモンマスターになること。だが…この時、こんな風に夢を追っていた彼も、まさかあんなことになるとは…というより、彼がかなりクズであるとは、誰も予知することが叶わなかったのである。
「クソがよぉ、お前個体値ザコじゃねえか何しにきたんだよ、いい加減にしろよおめーーみたいなのをおんぶに抱っこにしてる俺の負担考えろよてめーよ、抱っこ紐でそのまま木に首くくりつけたらええやんけ聞いてんのか?」
キュィィィィィ、といった感じにモンスターは鳴いた…少年はハイテクで近代的な図鑑片手に嫌味ったらしい顔で早口で喋る。
「クソが、ふざけんな!!おめーはカスだ!クソガンモが!!」
違うぞ!待て!少年!よく見るがいい…
いつからパチモンがモンスターだと錯覚していたのだ…少年は肩で息をする…
「はあ、はあ……」
クリストファー、落ち着け。
よく目を凝らしてごらん、床に落ちた黒いものを埃か虫かどうか観察するように。
少年はゆっくり見て、ゆっくり見続けて、やがて自分の視界がぼやけたのが分かった。それは、眼球のピントがズレたとか、目を開きっ放しにしていたせいで涙目になったからとかではなくて、夢から覚める時のような感覚に似ていた。
目の前の小さくて愛らしく虐げるには丁度良いパチモンの姿が変わっていく、変貌を遂げていく。
いくら妖怪でもここまで酷くはならない。短い手足は太く長く伸び、ぼてっとして腹は更に広がり垂れ、さらさらとした毛並みはざらざらとした剃り毛やうっすらと見える産毛、あとはほんの少しの毛に変わった。やがて少年の視界に映し出されたものがパチモンからハゲデブになった時、世界は完全に崩壊し、何もかもがひたすら歪んでいった。
「キュィィィィィ」
ハゲデブが鳴く。うっ、おえええEEE、少年は吐いた。
「ーー博士、C027****が狂いました」
どこかで白衣を着た研究者が、大きな町を模した小さなジオラマの一角を指差して言った。あーまたか、ではもう一度やり直すように。博士は、面倒くさそうに頭を掻いて、ジオラマの近くまでは寄らずすぐに向こうへ消えた。
「あのハゲいっつも人任せにしやがって…」
やれやれ、と眉間に皺を寄せつつ溜息を吐き、言われた通りにジオラマに佇む少年をつまんで元に戻す。テープを巻き戻し、いつもの席に座らせたらこれで元通り。
「いけっ! 電撃!」
『贖罪の序章/3』
「……!」
ルイスは地面を強く蹴って疾走、強弓から放たれた矢の如き速度で男との距離を一瞬で詰める、男は猛然と突撃するルイスを見据えたまま地に片膝を突き、地面に手を当て。
「グラウンドランス――!」
液体のように波打つ地面、飛び出す円錐形の槍の穂先。どうやら彼の異能は地面に対して作用するらしい。
一つ目の槍は横に飛んで躱す、直線的な攻撃である以上、槍を上回る速度があれば躱すのは容易。
続く二撃、三撃目も同様に躱し男との距離を詰める、しかしここは狭い裏路地、逃げ場は多くない。
「ほう、お前なかなか動けるな――だがこれならどうだ!」
行く手を阻むように生成される地面の槍、それが同時に二十本、古代ギリシャのファランクスを思わせる密集陣形を前にして、なおもルイスは止まらない、スピードは落とさない、むしろ加速する――!
正面突破は不可能、スピードでどうにか出来る数ではない、このまま突っ込んでも待っているのは串刺しの末路。
ならば、残された道はただ一つ、ルイスは接触する刹那、地面を蹴って高く跳んだ。そのまま何度か壁を蹴り男の頭上へ。
「速い……!」
男の驚愕の表情など最早ルイスの視界には入らない、ルイスは男の背後に背中合わせに降り立つ。
「――ッ!」
そして、間髪入れずルイスは回し蹴りを放つ、それと同時、男もまた人狼を貫かんと異能を行使する。
しかし、男の攻撃は届かない、槍はルイスに触れる直前、砂と化して崩れ落ちる。
ルイスの蹴りが僅かに早かった。男の首が音を立ててへし折られる、致命傷だった。
男の身体が崩れ落ちるのを見届けてルイスは次の獲物を探し始めた。
□■□■□
それから一時間もの間ルイスは戦い続けた、次々と現れる異能者を屠り続け、気付けばルイスに立ち向かう者はもう誰も居なくなった。
それからさらに三十分後、ルイスはようやく正気を取り戻した。
ほんの十分前の記憶ですらおぼろ気で不確か、けれど視界に映る光景はルイスに自らの行いを理解させるのに充分だった。
紅く血に染まった街並みと辺り一面に散らばる死体死体死体、そのあまりにも凄惨な光景にルイスは自らの犯した罪の重さに耐えかねて地面に膝をついた。
「――違う、僕はこんな事がしたかったんじゃない……!」
目に涙を滲ませ血に濡れた地面に拳を叩き付ける、筆舌に尽くしがたい罪悪感が体を駆け巡る。
一体どれ程の命をこの手で奪ったのだろう、
「あと何回、僕はこんな思いをすればいい……?」
平和の為の戦いと言えば聞こえは良いけれど、実際にしている事はただの殺戮だ、
自分は政府の異能者として平和のために戦うのだと信じていた、疑ったことなど一度もなかった。
ああ、いっそ此処で死んでしまおうか、そうすれば苦しむこともない。ルイスは散乱していたガラス片の一つを手に取る、これで喉を切れば死.ねるだろう、だけど本当にそれで良いのか? 最後に一つくらい誰かの役に立つことをしてからでも良いんじゃないか?
「……そうだ、まだ早い。僕はまだ終われない」