どうも、all-Aです。こちらでも小説を書かせていただきます。
今回は、タイムトリップ物の小説です。まあ、ほとんど私利私欲のための小説ですが……
まあ、よろしくお願い致します!
コメント、受け付けています。
あ、荒しやなりすましはお帰りくださいな。
では…………
>>2 キャラクター紹介
>>3 プロローグ
卯宇治 白亜(うさうじハクア)
ピアニストを夢見る中学三年生。
ヨーロッパに興味があり、将来ヨーロッパ旅行に行くために『ヨーロッパ語テキスト』なるものを常時所持している。
フランツ=リストとモーツァルトに興味を抱いている。
フランツ=リスト
中世ヨーロッパを代表?する音楽家。ナルシストで自分をかっこよく見せるための『超絶技巧』なるものを編み出す。
白亜を「黄色い白ウサギ」とバカにするが……?
リストから貰った楽譜……この世でたった一枚のリストとのツーショット。
そう、これこそ…私がリストに会ったという証拠。
学校中に響きわたるピアノの音色。
今、このシーズンにはピッタリの曲であろう曲が風と共に流れるように聴こえてくる。
フランツ=リスト『超絶技巧練習曲第12番ロ短調「雪あらし」』
切なくも、雪の冷たさと鋭さが表されている曲。どこか素早い音や鋭く強い音が混じっているのはいかにもリストらしいと言える。
12/24
ああ。あの人は何をしているだろう。
一ヶ月ぐらい前かな…?今と同じようにここでピアノを弾いていた。
……その時はリストという名前をやっと知ったときだった。
でも大して興味はなかった。強いて言うなら……リストを気に入った理由は、リストのあの綺麗な顔と彼の代表曲『ラ・カンパネッラ』だけだった。
言ってみれば、その時はリストの『にわかファン』っていうやつだったな……
なんたって私はここまでリストが好きになったのか…?気になった人はいるよね?
いいよ、今から教えてあげる。
〜練習〜
11/24
合唱コンクールのサブイベントとして、ソロコンサートが幾つか開催されることになった。
私は、歌に自信がなかった代わりに、ピアノが得意で大好きだったので、ピアノ部門でコンサートに参戦することにした。
私がやる曲は三曲。
一曲目は『FINALFANTASY 5』の『ビックブリッジの死闘』
これは、ピアノではなくエレクトーンで弾くつもりだ。ほら、ユーチューブでたまにあるでしょ?『エレクトーンで弾いてみた』っていう動画。あれをやるんだ。
これで皆を熱気付けて盛り上げる作戦なんだ。
次は『ウォルフガング=アマデウス=モーツァルト』の「2台のピアノのためのソナタ ニ長調 K.448:第1楽章」をクラスの『天才肌のピアノの達人』である男の子と一緒に弾くつもり。
最後に『フランツ=リスト』の『パガニーニによる大練習曲第3番嬰[エイ]ト短調 ラ・カンパネッラ(鐘)』を弾く予定なんだ。
本当は初代を弾きたかった。先日放送していたある音楽番組でリストの存在を知った。同時に、ラ・カンパネッラの存在も知った。それを初めて聴いたとき、凄すぎて感動した。
「演奏を聴くというよりも見るといった感じ」
という表現はドンピシャだったな。
だから、私も弾いてみたいと思った。
しかし、残念なことに…楽譜がなかったのだ。どこを探しても。
だから、弾ける弾けないの実力の問題以前のことだった………
仕方なく、今現在の『4代目ラ・カンパネッラ』を弾くことにした。
今はその曲の練習中である。
さて、ラ・カンパネッラは充分に練習した。
次は……
「おーい、いい加減帰らないと真っ暗になっちまうぞ!」
ああ、時間切れか……仕方ない。帰ろうか。
〜きっかけ〜
急いで階段をかけ降りる私。
「おい、慌てて階段を降りると事故るよ?」
『“天才肌“のピアノの達人』が話をかけてきた。どうやら彼もピアノの練習をしていたらしい。腕には楽譜がつまった手提げ袋がある。
「どうなんだよ、ピアノの調子は」
「いまいちかな…ラ・カンパネラ。上手く弾けないよ」
ほとんどはピアノの話題…特に合唱コンクールの話題で終わったが…
「なあ、前から言いたかったんだけど……」
「何?言いたいことがあるなら早く言って」
日暮れ前だから、ついつい慌ててしまう私。いつまでも用件を言わない天才肌が腹立つ。
「お前、ユーロピアンから気に入られそうな顔をしてるよな?」
「…え?どゆこと?」
一瞬、告白の言葉かと思った。だが、恋愛下手のこいつに限ってそんなことはあり得ない。
意味を聞こうとしたが、あいつはとっくに一回へと歩みを進めていた。
「あ!待ってよ……」
そう言いながら後を追いかけ階段をかけ降りる…が。
「きゃあああああ!!!」
焦りからか、足を滑らせてしまったのだ。
「おい、大丈夫か?……おい!待ってろ、先生呼んでくる!」
……絶対ヤバイ…頭がズキズキするし、目の前くらくらしてる……
ヤ………バイ……
〜いきなり…〜
目が覚めたのは、ベッドの上であった。ふかふかのベッドの上…保健室では絶対にあり得ない極上のベッドだった。
それもそのはず。起き上がって辺りを見渡すと、全く見覚えがないところだった。
小綺麗に整った部屋、ピアノが一台あるのがとても目立つ。明らかに他人の家であった。
しかし、ピアノ……
勝手に触ってはいけないことは百も承知である。それでも触りたい、今は無性に弾いてみたいんだ。
弾く曲は『ラ・カンパネラ』なぜかこの曲を弾いてみたくなった。理由もなく、ただただ……
軽快なリズムで二つの音程が交互に響く。
僅か数秒足らずで終わるイントロを後にして、サビが流れる。
流れるように、ただ川の流れのように静かに弾く。
いいね、楽しくなってきたよ。
〜出会う〜
「それは私の曲を盗作した曲かね?」
曲を遮るように響く男性の声、振り向くとそこには男性が立っている。
美しいという言葉だけでは足りないほどのイケメンである。
「…………」
「…私の曲の、盗作かと聞いているんだ。」
今はまだ夜であり、月明かりだけが差す部屋はまだ薄暗い。
そのせいか、そのおかげか、その男が余計に美しく見えてしまう。
質問にいつまでも答えない私にしびれを切らせたのか、男は近づく。私の目の前まで。
ギリギリまで近づいたからか、男はやっと私が女性だと気がついた。
「……お前、女か?…ずいぶんと綺麗なピアノの音色だな」
ああ、なんて良い匂いだ。…じゃなくて、待て待て…
男は「私の曲の盗作か?」と聞いてきた…
ということは、目の前にいる男はリストか?
では、ここは中世ヨーロッパ?
…………変だろ。
「……まあ、いい。どきなさい。」
私の腕を引いて私を椅子から降ろす。
「さて、聴いていなさい」
リストと思わしき男が首をぐるりと回してピアノに手をおく。
〜お誘い〜
聴こえてきたのは、『ラ・カンパネラ』の初代だった。
5ページ分もあるそのイントロは、鐘を連想させるには難しいものだった。
しかし、すごい。さすが本人、テレビの初代よりもま遥かに迫力がある。そして、やはり美しい。
耳でも、目でも楽しめる音楽。
「……よし、これでお前は私が教えたことになるな」
「………え?」
と、つい声に出してしまった。
「君は私の前で曲を弾いた。そして私の演奏を聴いた。それで充分じゃないか」
「いや、そうじゃなくて…あなたに教わった自覚は無いんですけど…」
「…何?もしかして、君も私のファンかな?」
……なんだろう、話が通じない気がしてきた。私はただ勝手にここに動かされた(?)だけなのに……
「ということは…私が目的か?」
「違います、ただの不可抗力です」
「訳のわからないことは言わなくていい……素直になりなさい」
と、顔を近づけてくる男。
この男……ただの変態か?
楽曲名といい、リストの人柄といい。
なんたる音楽知識……面白いです。
(というか冒頭の学校で雪あらし弾いてるのは誰なんだろw
指が吹き飛ばないといいけど……)
続き楽しみしてます。では〜
>>10
恐縮です(ー△ー☆)\
では、続きに〜……
〜興味〜
……パシンッ!!!
危機を感じた。私の初めてを奪われそうだという危機を…
部屋に鋭い音が響いたと思ったら、男の頬には赤い手形が付けられていた。
「痛いじゃないか、何てことを…」
「女性の尊厳を守るための正当防衛です!」
男は、私のはっきりとした意思が伝わったのか、残念そうに近づけた顔を引っ込めた。
「残念だよ、私の挑発に抵抗したのは君が初めてだ…あーあ、こんなに目立つ傷をつけてしまったな…」
ため息をつきながら鏡を見て頬を擦る男は言う。
「……君はどこから来たんだい?なぜこの部屋に入っている?」
「私は日本から来ました、21世紀から来ました。この部屋にいる理由はわかりません!」
「おやおや、遠いところからわざわざ足を運びましたね……ん?21世紀?今は19世紀だが…変なことを言う人だな…」
「私にもさっぱりです!」
男は何かを考え込むように歩き回る。
「なるほど…きっと記憶喪失でしょう。しばらく私の家にいなさい。ちょうど一人きりで寂しかったところなのだ」
「女の人をとっかえひっかえにしてるのに?もしかして、私はその女の一人?」
…男は、否定の意味を表すように人差し指を右左に動かす。
「私は子供に手を出したりしませんよ。『黄色い白ウサギ』さん」
「……あ、お世話になります…」
『黄色い白ウサギ』……?
黄色……日本人…黄色人種…?
差別用語じゃないか!?
「失礼な呼び方をしないでください!そんな呼び方をするなら、『白く細い子豚』って呼びますよ!」
「おやおや、『白いペンキを塗り忘れた黄色いウサギ』と呼ばれるよりは幾分もいいでしょうに……」
どっちの呼び方にもムカついた私は思わず叫んでしまった。
「名前ぐらいありますよ!私はハクア!『宇治卯白亜(うじうさハクア)』です!」
「………」
男が踵(きびす)を返して速足で近づいてくる。
そして私の顎を乱暴に掴み、自分の唇を私の唇に付けてきた。
今回はゆっくりとした動きではなかったため、抵抗も何もできなかった。
「…私はリスト、『フランツ=リスト』と申します。明日、再びピアノを聴かせてください。楽しみにしてますよ?
ハ ク ア さ ん」
嘲笑うように「フフッ」と鼻を鳴らして部屋から出ようとする……
「ついて来なさい、何か食べないと倒れてしまいますよ?」
………ああ、お腹空いてたんだっけな…
〜混乱〜
Side of LISZT
私が差し出したスープとパンを前に眉間に皺を寄せるハクア。
その視線は私に降り注がれている。
「……私の顔がそんなに美しいかね?」
「…子供のファーストキスを奪うなんて、なんて無礼な男なの?」
どうやら、さっきのキスが大分傷ついていたようだ。
「子供というが、ハクアは何歳なんだ?」
「私?まだ15歳よ!しかも恋愛経験も無いのに……ひどいわ!」
何!?ハクアはまだそんなに幼いのか?私は思わず椅子から転げ落ちそうになった。
……ああ、私はなんて気の毒なことをしてしまったんだ。
「…すまなかった。知らなかったとは言え、乱暴なことをしてしまったな」
私の言葉に驚きを隠しきれない様子だった。
さあ、どうしたんだ。純粋であることは間違いないようだ……
さて、どうしたものか…
〜困惑〜
Side of Hakua
目の前に差し出された温かなスープとパン。
差し出してきた本人は私のすぐ隣で同じ物を食べている。
『さっきのこと』など無かったかのように優雅にスープを口へ運ぶリスト。女慣れしている…っていうことだよね?
苛立ちと怪訝しかない私は彼を睨み付けることしかできないようだ。
「私の顔がそんなに美しいかね?」などと聞いてきたのがまた気にくわない。史実通りのナルシスト…いや、それ以上かもしれない。
「子供のファーストキスを奪うなんて、なんて無礼な男なの?」
再び鼻を鳴らすように笑うリストはこんな質問をしてきた。
「子供というが、ハクアは何歳なんだ?」
「私?……まだ15歳よ!しかも恋愛経験もないのに……」
彼は「えっ……」と小さく驚きながら椅子から滑り落ちかけるという大きなリアクションをしてみせた。
「…ひどいわ!」
彼は、まだ私を見つめている。
私から目を離したと思ったら、次は腕を組み、考え込む仕草をみせた。
イラつく、行動のひとつひとつがイケメン過ぎて腹立つ。
「…すまなかった。知らなかったとは言え、乱暴なことをしてしまったな」
唐突に言われたそれ。私には想像もできなかった。まさかリストがそんなことをいうなんて……
〜困惑 弐〜
場にいづらくなった私は、スープとパンをいち早く食べ終えて先程の部屋へと戻った。
さて、戻ってきたけどどうしよう。またピアノの練習をする?
でも、勝手にさわっていいのかな…?いいよ、『キスのお返しだ』とでも言えばいいかな。
まず弾きたいのは、『ビッグブリッジの死闘』。エレクトーンなどあるわけがないこの時代。場合によってはコンクールでもピアノに変更されるかもしれないから、練習ぐらいはしよう。
序盤から、ハイスピードで指がとれそうなほどの連打が始まる。
もしかしたら、リストの曲に一番近いゲームミュージックかもしれない、そう思ったからこの曲を選んだんだ。これから慣れていこうと思ったんだ。
鍵盤の早打ちは間違いやすい。しかも、右手はしばらくの間ずっと同じ動きをしている。低い音から高い音に、高い音から低い音に、それが少しの間続く。
FFのBGMでは最も有名であろうこのBGM、いかに力強く、かっこよく弾けるか、それが試される。
あの、マヌケだけどかっこいいギルガメッシュのテーマとも言える。泥はつけられない……
「…聴いたことがない曲だな。どんな曲ですか?」
「うわっ!ビックリした……ノックぐらいしてくださいよ…」
「バカを言うな、元々は私の部屋だぞ?」
ああ、同じ部屋か…嫌だな。何かされそうでおちおち寝てられない…
「そういえば、その曲はどんな曲だ?題名だけでも教えてほしいな…」
楽譜を取り上げてそれを見る。
「……?悪い、なんて書いてあるのだ?生憎、日本語は学んでいないのでな…」
……あ、そーいえば。私はなんで普通に話ができるか?
私はヨーロッパの言葉を学んでるからね!言葉はわかるんだ!
「なあ。ボーッとしないで、教えてくれな?」
「……『ビックブリッジの死闘』です」
「…ほう、聴いたことがないが、なかなかカッコいいぞ?」
え?それって誉め言葉……?嬉しい。
「私の腕がなる。かっこいい曲だ!」
……ああ、曲そのもの?
楽譜を見ているからそういうことだろうな…喜んで損した。
「…まあ、君もなかなかの腕前じゃないかな?期待しているよ」
私の気持ちが聞こえていたかのように、私を慰めてくれるリスト……
なんだろう、女たらしは天性なのかな?現代に来たらホストになりそうだな。
〜就寝〜
「……そろそろ寝るよ。おやすみ」
「うん?さっきまで寝ていたのにか?……疲れているのか」
うーん……あながち間違いではない。そう言えば、ずっとピアノに集中してた日が続いてたな…
などということを考えながらソファに向かう。さすがにベッドは失礼だろうしね。
「…ベッドで寝なさい。ソファで寝ても寝付きが悪くなるだけですよ」
そういうところに気を使うということは、ただの女たらしではないようだ。
「でも…あなたが寝付きが悪くなるんじゃない?いいよ、遠慮しておくよ」
「何をバカな。私もベッドで寝るつもりだが…」
………はい?まさか、夜の営みをするわけではないよね??
「…だったら余計に遠慮しておきます!」
「…勘違いしているようなら言っておくが、私は子供を相手にするほど飢えてはいない、安心しなさい」
「そーやって言って私のファーストキスを奪ったのはどこの誰ですか!?」
私の反論に言葉を詰まらせたリスト。
どうしてもベッドで寝たいようだが…
「わかった、私の手をベッドの柱に繋げなさい。そうすれば私もあなたには手を出せない…違いますでしょうか?」
……まあ、それならいいけど…
〜雑談〜
ベッドの上、一人唸ってくる男が一人。
「……だからと言ってこんなに過剰な縛りにする必要はない気がするが…」
腕ごと手を柱に縛り付けられたリスト。まあ、寝づらいかもしれないね。
「これだったら普通にソファの方がマシな気がしてきた……」
そう呟きながら、縄に手をかけるリスト。縄をほどくつもりだ。
「…そういえば、未来ではどんな音楽が流行っているのだ?参考までに聴かせてくれないか?」
……音楽…か。
19世紀とは大きく違う音楽にどんな反応をみせるだろうか。
スマホを見て驚くぐらいだからね。きっと度肝を抜かれるだろう!
椎名林檎と東京事変が好きな私はその音楽を聴かせまくった。そーいえば、ロック系が多かったな…
リストはそれが気にくわなかったらしく、一通り聴き終わったら顔をしかめながら言った。
「うん…なかなか派手な音楽が多かったな…21世紀はピアノがなくなっているのかい?」
「ううん、普通にあるよ。ピアノの技術を競う大会だってあるんだから!」
次はこまつのピアノを聴かせた。
耳コピでピアノを弾く上に、彼はとても上手だからね。
好きだよ、こまつのピアノは。
これにはリストも感心を寄せていた。
「ほう、なかなか面白い……彼はプロではないのか?」
「うーん…ピアノ専門のプロではない。普通にいうと、パフォーマーか音楽芸人かな…」
「素晴らしい芸を持っているな」
「すごいでしょ?21世紀だってバカにできないんだから!」
私が興奮ぎみに喋ると、リストはため息をついた。
「当たり前だろ、今よりもずっと未来だ。すごくない方がおかしいだろ」
まあ、その通り。何も反論はできなかった。
「ひとつ、いいかい?君が私を知っているということは、私は未来でも有名かな?」
「うん、世界的に有名よ!『音楽家史上、一番の美形ピアニスト』だってね!」
「美形…ピアニストか…ふふ、悪くないな」
と、薄ら笑いを浮かべるリスト。そーいうところには敏感なんだな……
〜騒動〜
……もう、朝か。今は何時ぐらいかな…?っていうか、肩が異様に重く感じる。横たわっているのに、寝返りがうてない……
「………スー……」
耳元から寝息が聴こえる……背中が妙に熱い…まさか…!
「ひっ……リスト…さん!?」
大声は可哀想かな、そう思った。だから声を潜めて彼を起こそうと考えた。
「……リストさぁん…なんで縄がとれちゃってるんですか…?」
「……」
声をかけても起きないリストさん。なんだろう、この複雑な心は……起こしたいけど、なんか可哀想。だけど、いつまでもくっつかれるとさすがに照れる。昨日のキスもあるから…なんか、怖いよ………
「………」
彼は、寝息を立てながら静かに、僅かながら手を動かしてきた。
敏感に敏感を極めた私は、つい、大声をあげてしまった。悲鳴ともとれる大声を………
「ぎゃああぁぁぁああああ!!」
「うわあぁぁぁぁぁああああ!!」
…あ、ごめんなさい。最悪のパターンで起こしてしまった…
「どうしたんだい……ああ!申し訳ない!」
私の体に絡み付いた己の手を離し、私に謝る。
つくづく意外だ……ふんぞりかえるのかと思ったら素直に謝るのだから…
「…あの、私こそ、朝から大声をあげてしまって…スミマセン!」
……お互いに自分の胸に手を当てながら肩で息をしている……
〜癒し〜
朝の騒動はなんだかんだでおさまった。あんな騒ぎがあったのに、朝食は平然と食べられる…なんか、肝が座っているのかな……
「どうしました、朝はしっかり食べなきゃいけませんよ?」
「まだ胸がドキドキしてるんです。色々とあったから……」
「いや…あんなに窮屈に縛られていたら、ほどきたくなりますよ」
うん、今度からは縛るのはやめてあげよう、そうしよう。
朝食をとり終えて、再びあの部屋に戻った私。やはりピアノが目に止まる…
朝だったら、どんな曲を弾くだろう…
そんなことを考えながら楽譜を漁っていた…
「一曲、弾いてくださりますか?」
例の男が、いつの間にか背後に……
「ちょっと、静かな曲を弾きたくなって……」
「題名はなんだい?教えてくれたまえ」
「プレリュードです。前奏曲っていう意味じゃなくて、そういう題名なんです」
そういいながら、ピアノの鍵盤に手をかける私。
FINALFANTASYメインテーマ、通常『プレリュード』
序盤から、終盤まで、途絶えることのないアルペジオが永遠と続くこの曲。一見簡単そうにも見えるが、とても繊細な曲である。
心を落ち着かせるには、ピッタリだと思う。
〜死闘のデュエット 前 〜
プレリュードを弾き終わり、静かにリストさんの方へと顔を向けると……
「……ふぁ…失礼…」
あくびをしていた……
「こらっ!もっと興味深そうに聴けぇ!!」
さすがに凹んだ。なんか、バカにされた気分に………
「いや…悪くないんだけど…静か過ぎて退屈だな…って…」
ハッキリとした物言いにカチンっと頭の中で何かを切らせた私は、つい、リストさんへ叫んでみた。
「じゃあ、リストさんはどんな曲がいいんですか!?」
やれやれと言うように首を横に振ったリストさん。……と、思ったら、両腕を捕らえられた。
「……なんですか?」
一気に顔が熱くなって、弱気になってしまうのがよく分かった。
「一緒に弾きましょうか?ピアノ…」
彼がこんな提案をしてくれた。これで
『退屈しない上に君の実力がよくわかる』
とのことだった。
『ウォルフガング=アマデウス=モーツァルト』の「2台のピアノのためのソナタ ニ長調K.448:第1楽章」
「のだめカンタービレ最終楽章 後編」の終盤にて、千秋とのだめが一緒にピアノを弾くシーンのあの音楽が、これである。
急ぎ足で軽快な音楽であり、しかし、聴き飽きることがない。これを天才肌のピアノ達人とやるのだから、とても大変である。まして相手は『フランツ=リスト』
ああ、きっと疲労で死ぬだろうな……
「さあ、早く弾きましょうか!」
俄然、やる気だ……さて、やってみるしかないか。
このとき、少しでも想像をしたかい?
まさかあんなことになるとはね……
〜死闘のデュエット 中〜
と、言うことで、私達でモーツァルトの『2台のピアノのためのソナタ ニ長調』。
と、言いたいところだけど……
「ここでは、ピアノが一台しかありません。場所を移動致しましょうか」
正論だ…しかし、これまた意外だった。ピアノの弦を何本も切るリストさんでも、ピアノは一台だけだった。
さて、どうなるのかな…?
〜番外 人気者は辛い〜
2台のピアノを求めてやって来たのは、大きなホールだった。
後ろには、リストさんのファンと思わしき人々。特に、前には女性の軍団という軍団が集結していた。
熱い視線は、リストさんに。冷たく怪訝な視線は私に少しだけ降り注いできた。
「リスト様ぁ〜!こっちを向いて!」
「今日はコンサートの予定はあったのかしら…楽しみだわ!」
「ねぇ、あの小娘は誰?随分とリスト様と距離が近いけど…」
「新しい彼女かしら?とても小さな彼女ね…」
「どうでも良いわよ、そんなことは。リスト様ぁ〜!!」
そんな声が後を絶たなかった。顔を見られないためにフードを被っていたけど、私が女性だとばれた。
「うわぁ……リストさんのファンって多いんですね…」
「ホールの入り口までは止まるな。人の波に呑まれるぞ…」
そう言われて、手を引かれた。そして、彼の腕の中へと吸い込まれた。
…と、思ったら……
「……うわ!!」
ホールの中へと突き飛ばすように押し込まれた。
「皆さん、今日はあるピアニストを売り出す為にコンサートを開きます!突然のコンサートであるため、今日は無料での鑑賞で構いません。では、コンサートで会いましょう!」
そう、私は皆の前でピアノを弾かなければいけなくなった。
それはどうでもいいのだが……
「リスト様ぁ〜〜!!!お待ちください!!」
黄色い歓声がよりいっそう大きくなって聞こえる。リストさんがホール内に現れたのは、数分後の出来事だった。しかも、彼の髪の毛がグシャグシャになってしまって……
「熱狂的なファンですね……」
「熱狂的すぎる……色んな意味で殺されそうだ……」
彼は髪を正しながら、肩で息をしていた。よくよく見ると、服も若干グシャグシャになっていた……
「もしかして、私を突き飛ばしてホールに入れたのって……」
「あのまま君も一緒にいたら、私と共にこうなっていたかもしれませんよ?」
……怖いです。ただ単に怖いです。
〜死闘のデュエット 後〜
手が震える………いきなりコンサートだなんて……
なんか、意地悪なリストさんが隣でずっと私を横目にみて微笑んでいますけど…?
「安心しなさい。あなたぐらいなら、きっとおおうけしますよ」
「そういう問題じゃないですよ。私はただこっちの音楽を聴かせてあげたかったのに…実力を知りたいだの、なんか面倒臭くて……
とどめでいきなりコンサートですからね?手も震えますよ!!」
「しっ!もうすぐ始まりますよ。入場はお静かに………」
と、言いながら…私の手をつかんで舞台に引っ張り出すリストさん。
彼は、相変わらずの余裕そうな表情だ。
私はすかさず一礼をした。そして、ピアノの椅子に座ったのだが…
肝心のリストさんは………
「きゃあぁぁーーー!!!」
「ちょっと、寄越しなさいよ!」
「うるさいわね。私が手袋を握ってるんだから、私の物よ!」
自分がはめていた白い手袋を観客の方へと投げた。そのせいで、観客席は喧嘩祭りのようで……
また、怖くなった。
いやいやいや…そうじゃなくて、ピアノ。
(ハクアさん、よろしくお願いします)
(……お手柔らかに)
お互い、アイコンタクトで言葉を交わした。初対面と言っても過言ではない私達……なんでアイコンタクトなんてできるか、私に理解できたのは大分先になるはずだ……
モーツァルトの『2台のピアノのためのソナタ ニ長調K.448:第1楽章』最初から力強い音が響く。かと思ったら、一旦収まる音。しかし、どんな場面になっても、軽快な弾みは消えない。いたずらっ子なモーツァルトらしい楽曲のように思える。
しかし、ホールへと響いているのは、私のピアノの音色ではない。リストさんの強く荒々しく、しかし綺麗な音が、私のピアノの音色を掻き消していく…
『2台のピアノのためのソナタ』であるはずなのに、リストさんの独壇場である。
もう飲み込まれる…いや、既に飲み込まれてしまった。
でも、私の意地は消えない。負けじと、強く弾いてみる。鍵盤を壊すような勢いで、強く、強く……
ブチンッ!
彼が演奏をいきなり止めた。
止めざるを得ないと、なったのか……
「……さて……」
彼はまた別のピアノの椅子に座った。
……あれ?向こう側にあと二台もピアノがある……
なんてことを考えたら、またいきなり演奏が始まった。
ああ、完全に出遅れた……お陰で、私がマトモに演奏した部分はごくわずか。
……悔しい。ピアニストを目指す私には屈辱的である……
終わった…会場がざわめく。悲鳴すら上がっている……
『凡才のピアノ少女現れる』……なんていう新聞を書かれるのかと思うと、もっと怖くなった。
しかし……
「……え?リストさん?」
向こう側のピアノ付近から現れたのは、気絶したリストさんを担いだ二人組の男だった。
「……チャンス?」
リストさんを見て、ふと、こう思った。
『私の名誉挽回のチャンスが…来た!』
と。
〜チャンス〜
リストさんがいなくなった今、私を皆にアピールするチャンスである。
なぜか気絶したリストさんを強く感謝した。私、頑張れるかも!
「……よし!」
ピアノの椅子に座って、ぐるりと首を回す。そして、ピアノの鍵盤に手を添えた。
「…あり磯の木陰に苔蒸した地蔵が………」
今弾いている曲は『親知らず子知らず』。私たちのクラスの合唱曲であり、私が好きな曲の中で一、二を、争うほどの曲である。
堕ちてしまった兵士であった夫に会うため、親不知が荒れる海へと旅に出た妻子が迎える哀しい結末………
哀しい曲である。しかし、上品で美しい。きっと、妻の愛は本物だったのだろう……荒れる波の旋律でも、愛の音が聴こえそう……これは錯覚だろうか?それとも、最後には静かな波の彼方へと吸い込まれたのだろうか……
最初、静かな波を思わせる旋律。
不安を募らせる妻の心情を描いたような音。
親不知の荒々しき旋律。
そして…『その話も過去のこと』と思わせられる最初の静かな波の旋律。
コロコロと変わる音に、正直驚かれていた。事実、私が初めてこの曲を聴いたときも驚いた。
『こんな合唱曲があるんだ!』と、面白い物を見つけた気分になった。
「……すごいぞ、誰なんだ!あの少女は!」
「ああ、もう!頭の布のせいで見えない!」
……私にしては、図に乗りすぎたかな…?コンサートが終わった今、すごく恥ずかしい。
たまらず、袖へと退いたが…そこには…
「…リストさん!!?」
「…中々、素晴らしいかったです。いいでしょう、認めますよ。貴方は素晴らしいピアニストの卵であると!」
いきなり言われたそれ…
でも、もう不思議に思わない。今は、ただただ嬉しい。
〜人気ってのは〜
あのコンサートを終え、その日はすぐに家に帰った。
すぐに…と言っても、途中で人の大群にあって、もみくちゃにされた。
リストさんも私も、家に戻ったときには服も髪形もぐしゃぐしゃにされていた。リストさんはもっと酷くて、髪の毛を抜かれたり、靴が片方なくなったりしていた。
ああ、これでは『熱狂的なファン』ではないぞ。『“狂気的”なファン』という表現の方が分かりやすい……
『素晴らしいピアニストの卵』というリストさんの誉め言葉は嬉しいけど、周りからのこんな好かれ方はされたくない……
「…そういえば…リストさん、あのとき、実は気絶してなかったでしょう?」
昨日の気絶事故が気になって、こんな質問をしてみた。
「…私にも分かりません。気づいたら舞台袖の椅子に座らされてることがたまにあるんですよ。今回は、あなたのあの不思議なピアノの音楽に起こされました…綺麗でしたよ」
「綺麗なのは、私の演奏ではありません。あの楽曲です」
まあ、とりあえず謙遜はしてみよう。ナルシストだとは思われたくない。
「いや、楽曲ばかりではありません。あなたも充分いい腕をしてました……まあ、私ほどではありませんが」
さすがナルシスト。自分を上げるのは怠らない。
「…あなたの実力を素晴らしいと讃えるのは、私ばかりではないのですが……」
と、新聞を渡された。そこには……
「才能に花を咲かせたピアニスト少女が現れる。彼女はリスト氏の弟子か?新たな恋人か?どちらにせよ、『あの謎の曲は美しかった』と、絶賛の嵐である」
ついに有名になってしまった……私の空想の中で………
…未だにこれが現実だと受け入れられない。たまに思う。ただの夢ではないか、と。
しかし、これは夢ではない。夢であってほしくない。
「私の特訓は厳しいとは思いますが、ついてきてくれるでしょうか?」
「…ぜひ、お願い致します」
リストさんの微笑みを見ていると、そう思っていくのだ……
〜恋煩い ハクアの場合〜
「……ふぅ……」
さっきから、リストさんはため息しか出していない。
今はもう夜だけど…今日は疲れるようなことをしたっけ?確かに昨日のコンサートは大盛況だったけど、それだけじゃないはず……
気になる。
「何かあったんですか?私で良かったら、話を聞きますけど……」
「ん?いや……君を差別した私が言えることではないだろうけど……差別ってよくないな、て思い知らされてしまったよ……」
ん〜?よくわかりませんぞ?ごめん、力になれません。
〜二日後〜
リストさんの言ったレッスンが始まることはなく、二日過ぎてしまった……
それどころか、朝に起きても、目覚めがすっきりしていなさそうな顔だった。どこかやつれているというか……
彼はずっと椅子に座っていた。食料が無くなってきたらしく、私に買い出しを頼む始末。そういえば……あの日の帰り、リストさんは手紙を読んでいたな……それからだ!リストさんの元気がなくなったのは。
「……あ!あなたは確か……ピアニスト少女の?素敵なピアノでした!また、是非お聴かせくださいな!」
買い出しの最中、ある一人の老人が私に話をかけてきた。
戸惑いはしたが、嬉しかった。
私の『顔』はあまり知られていなかったため、話をかけてきたのはほんの僅かだった。でも、今はこれぐらいで良かった。
なんだか、今はリストさんが気がかりでしょうがない。
少しのファンサービスもほどほどに、私は走ってリストさんの家へと駆けていった。食料はしっかり抱えながら。
「リストさん!……あぁ!!」
リストさんは、倒れていた。
手紙を握りしめながら、息を荒くして、苦しそうに。
その瞬間、とても怖くなった。
リストさんが死んじゃう!!って思ってしまったから。
結局、私は医者を呼んで、リストさんの意識不明の理由を聞いた。
「どうやらストレスが溜まっていたのだろう。安心しなさい、休めば治る!」
という言葉をもらった。でも、心に引っ掛かるのがただひとつ。
「ストレスの原因が私だったら……どうしよう……」
そう考えたら、涙が溢れて止まらなかった。
『私が原因で』っていうのも嫌だけど……『リストさんに捨てられるのが嫌だ』という心の方が強かった。
私も、それからはあまり食欲とか、そういうのが湧かなくなった。
〜恋煩い リストの場合〜
コンサートから帰ってきた際に確かめたポストの中には一通の手紙が……
「はあ……ついにこの時が来たのか……」
相手は私の初恋の相手、カロリーヌのご両親。
私は心底彼女に……カロリーヌ惚れていた。このまま結ばれても良いとすら思っていた。
……って、あの白ウサギちゃんにキスした私が言っても説得力の欠片もありませんが……
ご両親からの手紙にはこう綴られていた。
『この前言った通り、私はカロリーヌとお前が付き合うことに反対する。そもそも、カロリーヌには既に決められた相手がいるのだ。カロリーヌたちの仲を引き裂こうとするな!貴族でも何でもない分際のクセに。』
……貴族でも何でもない分際……ですか。滑稽です。
ハクアさんを日本人だからと言ってバカにした私自身も、誰かにとっては格下の存在でしかなかった……滑稽であり皮肉です。
「……ふぅ……」
つい、大きなため息をついてしまいました。それをハクアさんが見逃す訳がなく……
「何かあったんですか?私で良かったら、話を聞きますけど……」
「ん?いや……君を差別した私が言えることではないだろうけど……差別ってよくないな、て思い知らされてしまったよ……」
とてもじゃないけど、私より年下の女性に恋愛相談なんてできない……ここは放ってもらうことにしよう。
それからは、彼女とは恋愛話をすることもなく2日が過ぎていった。ピアノの稽古を一回もつけてやれなかったのは申し訳なく思う。
しかし、そんな気分ではないのだ。そんな気分では……
なんだろうか、女っていう生き物はなぜそんなにも敏感なのだ。私の悩みが、彼女にも伝わっている気がしてならない。ここは、一旦出ていってもらおうか。
「ハクアさん、食料がなくなってきているので買い出しを頼めませんか?買ってきてほしいものはここに書き上げますから……」
「ああ、はい……」
彼女はなんと素直な子なのだ。彼女が素直なばかりに、私は罪悪感でいっぱいになるよ……彼女を欺いているような気がしてしまうのだ……
「……あ、新しい手紙が……」
彼女が買い出しに行った後、私はポストを確認した。カロリーヌからの言葉が欲しいあまりに……
さて、私の願いは叶ったのだが、更に皮肉な現実が待ち構えていた……
『私、同じ貴族の人と結婚いたしました。あなたを切り捨ててしまったことは本当にごめんなさい。私のことは早く忘れてね。きっと辛くなってしまうから……
ありがとう、リスト。
byカロリーヌ』
ああ、ご両親が言っていた許嫁は本当のことだったのか……
カロリーヌ、私はまだ貴方を愛しています……カロリーヌ……
ああ、愛しのカロリーヌ……
カロ……リ……ヌ…………
「……ト……ん?……リストさん!!」
誰かが私を読んでいる……
放っといてくれ……私は、今、世界で一番不幸な人間として転落した。
顔ばかり美しいだけで身分の低い、ピアニストというだけの哀れな私を……
どうか今は放っておいてくれ……
〜新たな愛〜
「カロリーヌ、どこへ行くのだ……私をかごの中に閉じ込めてどうしようとするのだ……?」
私は、閉じ込められていた。カロリーヌという愛しの人が目の前にいながらも……彼女へと手を伸ばせない、名前を呼んでも振り向きさえしてくれない……
「カロリーヌ、どうしたというのだ?私の顔を忘れたのか……?カロリーヌ……カロリーヌ!!」
名前をずっと叫んで、私の声が掠れゆくなか、ずっと立っていたカロリーヌが僅かに声を出した。
『…………さようなら』
と、たった一言を残して……
彼女は言葉を残して、私に背を向けて遠ざかっていく……かごの中の私を置いていき……
「カロリーヌ!!」
唐突にその悪夢は覚めた。体が跳ね起きそうにもなった。
ああ、なんで離れてしまったのか……カロリーヌ。行ってほしくなかった。
「…ん?リストさん……?」
ベッドの脇にはハクアさんがもたれかかっていた。
私が起きたことに気がついたのか、目を擦りながら顔をあげてきた。
「……リストさん…気が付いたんですね。驚きましたよ、家に帰ったら気絶してるんだもの!2日間丸々寝ていたんですよ!?おかげで『リスト死亡』だなんてガセネタも出回っちゃって……」
ああ、申し訳のないことをした。
しかし、いっそのこそ本当に死にたかった。カロリーヌがいなくなった今、私に生き甲斐は残らない。
「……そうだリストさん。少しいいですか?」
「ん、何かね?」
いきなり立ち上がって私の顔を覗きこんできたハクアさん。その顔はいつもよりも険しく見えた。
「……リストさんのバカ!!」
と、叫びながら私の頬をひっ叩いてきた彼女。
そういえば、頬を殴られたのは2回目だな。いずれも、ハクアさんによるものですが……彼女の平手打ちはいつ喰らっても痛い。過不足なく、痛い。
今回は、私に平手打ちを喰らわせてすぐに泣き出した。
「リストさん……私に相談してって言いましたよね!?なんでずっと隠すんですか!?私、リストさんのこと少し大切に思っているんですから、少しぐらい心配をかけてくださいよ!」
私に捲し立てて、泣きじゃくる……
なんだ、大体はばれてたのか……だったら、もう隠すのはやめましょうか。
そう決めた私は、一切をハクアさんに打ち明けた。
「……付き合いを反対?」
「はい、私は貴族ではないので、カロリーヌとの付き合いが認められず……身分の差って、つまらないのに影響がでかくて……嫌なものです」
……と、愚痴を吐くように話す私への視線を外して、彼女はおもむろに立ち上がった。
「…ああ、ロミオ、なぜあなたはロミオなの?私の敵は、あなたの名前……モンタギューでなくても、あなたはあなた……」
これは……ロミオとジュリエット……?
何が言いたいのかさっぱり伝わってこない……彼女は目一杯の大根演技を披露してくれた。そして……
「身分の差はすごく大きなものです。でも、彼女たちは死んででもなお、結ばれたんだと思いますよ?身分や家がややこしいことになっても、愛する心さえあれば何でもできるんですよ!今回のカロリーヌさんのことは気の毒だとしか言えませんけど……希望を持って、頑張ってください!」
そんなことで済むならいいのだけどね……って言いたかったけど、言う気にならなかった。
純粋だから、そんな輝いた考え方ができるんだよ。その純粋さは………
私が守り抜きたい……
ああ、私は心変わりが早すぎる最低の女たらしです。でも……
『カロリーヌ、聞いてくれ。私は新たに気に入った女性を見つけたよ。私より年下だけど、楽しくて、素直で純粋なんだ。
俺は彼女を守っていくよ。君に注げなかった愛情も、無駄にせずに彼女に注いでいきたいんだ。異論はないよね?カロリーヌ』
そう、心の中でカロリーヌに問う。彼女は……振り向いて微かに笑ってくれた気がする……
〜番外編 リストの鬱〜
【これは、リストが失恋からすぐには立ち直れなかった場合のお話です。本編とは関係無いので、悪しからず…】
「……リストさんのバカ!!」
と、リストの頬をひっ叩くハクア。よほどリストのことが心配だっただろう……
「リストさん……私に相談してって言いましたよね!?なんでずっと隠しているんですか!?私、リストさんのこと少し大切に思っているんですから、少しぐらい心配かけてくださいよ!」
彼女が泣きながらリストに捲し立てる……しかし、リストの顔はいつもと違って悲しそうな…そして、苛立ちを感じさせる顔だった。
「……ふられたんですよ。初恋の大切な人に……」
「そうなんですか……失恋を言い渡す手紙を読んでしまったんですね……」
彼女は、言葉をつまらせた。どういう返事を返せばいいのか、迷ったのだ。
「なんで、この私をふったのか……この、天才ピアニストというブランドである私を……」
「……あの、人生そう上手くいくことばかりじゃないですよ。それに、人には個性があるんだし、あなたが必ずしもイケメンの頂点に立つ訳ではないから……」
「うるさい!お前に何がわかる!?」
リストは怒りを露にして、彼女は怒鳴るリストに肩を震わせる。いつものリストではなかった。
その理不尽な怒りは、リストのナルシスト故の怒りだった。『自分は最高に美しい』というプライドが、失恋という形で崩れたとき、ナルシストは怒り狂う。リストは、『天才ピアニスト』というブランドも背負っているため、その怒りは更に重く苦しいものに変わる。
「リストさん……仕方ないことなんじゃ……」
「……ああ、お前にとってはその程度の傷なのだろうね……だが、私は……心臓を取られた気分なんだ。お前は、私が心臓を取られても仕方がないと言えるのか?」
ハクアは、リストのナルシストが充分理解できていない。それは同時に、リストの心中を理解していないことにもなる。
「……そんな極端なこと言われても理解できませんよ!」
「……じゃあ、なんで私を大切などと言ったんだ。そんなに私を大切に思うのなら……」
リストはベッドから立ち上がり、ハクアに少しずつ迫る。ハクアはもう泣く寸前だった。
「この失恋の傷をお前が癒してみなさい」
そう言い、ハクアを抱きすくめる。強く、強く、そして、怒り任せにハクアを壁に押し付けた。
「痛い……!痛いですよ!」
「私が大切なのだろう!?だったら自身の身で私を癒してみなさい!!」
肩を強く掴まれ、大きく揺さぶられる。
そして、飽きたとでも言うように肩から手を離した。ハクアが膝から崩れ落ちた。
「再度聞くが……お前に、私の気持ちが分かるのか?」
冷たくハクアを見下すリスト。そしてついに……
「恐い……恐いですよ……」
泣き出してしまった。ただ、リストの迫力に耐えきれなくなってしまった……。リストは、それに気がついてハクアから一歩下がってしまった。
「なんで……?
私は、リストさんを大切に思ってますよ?だって……リストさんは優しいじゃないですか。見ず知らずの私を引き留めたり、私のピアノの腕を誉めちぎってくれたり……たったの1週間で、すごく楽しい思いをしましたよ。来たことのない場所で、ここまでいい思いができたのは、リストさんのおかげですよ……だから、私は色んな意味でリストさんを大切に思ってますよ……」
……それは、リストがハクアの慈悲深さと、純粋さに気がついた瞬間。
リストは己の甘さに気付いた。そして、ハクアを慰めるように、そっと再び慰めた。
「……すみません、私はこれで恋愛が初めてだったのです。それ故に、周りが見えてなかった。
……ありがとう、君が私の殻を破ってくれた気がする……」
ハクアは、更に涙を流し、リストの胸に顔を深く埋めた。
「私も、あなたのことを大切に思っていますよ?……色んな意味で」
気がつけば、彼は、いつものイタズラで温かな気持ちを取り戻していた。ハクアに向かって軽くウィンクをしながらハクアに言った瞬間が、それを物語っている。
〜天才の寛大さとは〜
有名になれば、いい思いをする。女の子にモテたり……まあ、色々。
それなりに成功すればお金に困ることもほとんど無くなる。
リストさんはすぐに使ったり、寄付したりするけど。
それはともかく、有名になっていい思いをした分、快く思えないことが起こることもある。
彼には、私の他にも弟子が何人かいる。私の場合はすごく特殊で、家がないからここに泊まりがけでレッスンを受ける。
「……そこ!君はすぐにクセを出してしまう。そのクセはなんなんだい?」
「そのクセってなんですか?」
「肝心なところで馬力が無くなってしまう所だよ。君はとても正確に弾ける。色気もある。なのに、致命的に馬力が無いんだ!だから、あのコンサートでも私とうまく合わせられなかったのだろう?」
口調は鋭いが、言ってることは正しい気がする。事実、リストさんの指摘のおかげで、私の『鍵盤を押す力が弱くなる』という欠点を見つけ出すことができた。
ピアノだけじゃない、作曲ばかりでもない、リストさんは他人の音に耳を傾ける力があるのだ。
本当にすごい。ただのナルシストじゃない、さすがは『ピアノの魔術師』と畏れられた男だ。
でも、他人を育て上げる力があるが故にこんな馬鹿も出てくる。
「俺、リストの弟子だったんだ!だからピアノが弾けるんだ」
リストさんと外食をしていたときに事件は起きた。店に飾ってあるピアノを勝手に弾いていた奴が、調子に乗ったようだ。
その男は、私が見た数人の弟子の中にはいなかった顔だった。
リストさんを見たが、彼も首を横に振った。どうやら偽弟子のようだ。
にしても……ふと、小耳に挟んだ言葉がこんなにも不快に感じるとは。
いや、そいつのピアノが上手かったら文句は言えない。まだ許せた。でも、そいつは下手なんだ。ただピアノが弾けるだけで、上手くもなんともない。こんな緩い演奏で皆熱くなるなんて……
ああ、文句を言いたい。
「リストさんに習ってたら、絶対にもっと上手いはずなのに……」
あ、つい口から溢れてしまった。しかもそこそこの声量で……リストさんも目を丸くしていたし、周りの人はすぐにこちらを向いた。
当然、男も私に気付く。そいつの取り巻きも同じく私の方へと振り向く。
でも、言ったことは聞き取れなかったらしい。
「俺のピアノが下手だとでも言いたいのかよ、黄色人種のクセに!」
……人種は関係無いでしょ?黄色人種、いや……日本人をなめるな。
「……私は、その人よりも上手く弾ける自信はあります」
やつらは、挑戦するように、私をピアノの椅子へと座らせた。そのとき、リストさんは私もやつらも止めずにただ、見守っていた。
私が披露したのは、やはり『4代目ラ・カンパネラ』である。まだ、初代を弾く勇気が出なかった。そんな実力も無かったから。
そのときは、結構怒ってたからどんな演奏だったかははっきりと覚えていなかった。きっと、ハチャメチャだっただろう……
「……ふう……」
演奏を終わらせ、一つ息を吐き出す。
奴らはすごい顔をしていた、しばらく沈黙が続いた。
ダメかな……と思ったときに、ちらほらと拍手が聞こえてきた。最終的に大歓声が沸き起こり、奴らさえも拍手を送ってくれた。リストさんも、小さく拍手をしてくれていたように見えた。
演奏前までのざわめきを取り戻した時、やつらは口を開いた。
「すげえよ、アンタ。悪かったね。しかし……師匠は誰だ?教えてくれ」
私は、黙ってリストさんを指差した。
彼は、それに合わせて席を立った。
「……リストさんです」
リストさんがやつらの近くまで来たら、もうやつらは腰を抜かしていた。
まさか、本当にリストさんがいるとは思わないからね。
さて、嘘の代償はどうなるだろうか……
「……弾いてみなさい、この場で」
彼は、偽弟子にそう促した。
やつの演奏が終わり、彼は偽弟子にこう言った。
「さて、これであなたは私の弟子だって胸を張って言えますよ」
と。偽弟子……いや、新たな弟子は安心したのか、感激したのか泣き出してしまった。
そのときの彼は、他人を元気付けるように微笑んでいた。
彼は、とにかく『許す』ということを率先していたんだ。弟子を名乗るバカが現れようとも、許す。むしろ、『私の弟子だ』と励ましてくれる。
それが、リストの大物としてのやり方なのだろうね。彼は嫌な顔を見せもしなかった。
こんにちはー青蓮です。
一通り読ませていただきましたが、かなりストーリーが作り込まれていますね〜!
音楽知識もそうですが天才音楽家リストを忠実にリスペクトしていて、歴史の大舞台に立ち会っている臨場感がありました。
ただ主人公が「〇〇だよね」等々、ただの解説役に収まっているのが少し残念でした。登場人物というよりナレーターになっているので、客観視ではなくその場のいる1人の人間としてリアクションを返すことを意識すればこの作品、さらに良くなると思います!
それではー
>>30
私のこの小説にもそんな良き所があるとは……我ながら感激でございます。
そこは減点になるものですね。まだまだ表現力が無いもので……
これから意識しながら書いていこうと思います。
ありがとうございました!
〜波乱の使者 パガニーニ登場〜
リストさんのピアノレッスンの後、私はさらにピアノを弾く。課題でも何でもないこの曲、ボカロの曲である。『千本桜』を始め、フレッシュで弾き応えがあるこれらの曲はどうしても弾きたくなってしまう。定期的に、その衝動が私を疼かせる。ちなみに、今は三曲目で、『六兆年と一夜物語』を弾いている。
「熱心ですね……しかし、さすがにそろそろ休むべきでは?というよりも、休みなさい」
と、後ろから優しく声をかけてくるリストさん。
「嫌だ、もう少しだけ弾いてたい」
「その言葉、もう十回ぐらい聞きましたよ。本当にそろそろやめた方が……」
そう、最近はずっとこんな調子である。暇さえあればすぐにピアノを弾く。
……でも、YouTuberであるエレクトーンの怪獣の『maruさん』はもっとすごかった。足でも……いや、足だけでも演奏ができる。それに比べれば、どうってことはない。
話がそれたけど、暇さえあればピアノを弾いているため、正直に言うと睡眠時間も短い。それをリストさんは不安に思っているらしい。それに最近、指も少し痛くなってしまっている。
リストさんにそれを話してみたら……
「もう炎症を起こしている証拠です。私は治療の類いはできないので、すぐに病院へ行きましょう」
「えー、でも……」
「師匠の命令です。さあ、悪化しないうちに!」
はーい、と渋々コートを着てリストさんについていく。
お医者さんをたずねてみたけど……
「確かに、少し炎症を起こしているようです。しかし、それだけではないでしょ?あなた、暫く…………
……ん?あれ?どうしたんだろ。さっきまで病院の先生の前で何か言われていた気がするけど……
「起きましたね?やはり、睡眠時間を削るのは間違いですよ。しっかり寝ないと……暫くは休みなさい。大丈夫、あなたならすぐに取り返せますから、それに私が師匠ならもっと大丈夫です」
あーあ、お預け喰らっちゃった。まあいいか。それよりも……後ろの人は誰だろう……
「その子が君のお気に入りかい?」
「言い方が悪いですよ。まだ、その関係には至っていません」
なんて、会話をリストさんとその人(男性)はしていた。
その人は立ち上がり、近づいてきた。立ち上がったらならばリストさんよりも高い身長を誇るその人は、私を見下して、そこそこの大きな声で言った。
「もったいない、私ならすぐにせめるのに……」
「悪いですけど、いくらニコロさんでもこの弟子は渡しませんよ」
ニコロ……ニコロ=パガニーニ!?
出た……バイオリンの悪魔……
〜修羅場寸前〜
ニコロ=パガニーニ……既に何か訳あり……という予感しかしません。
「ところで、あなたのお名前は?」
と、ニコロさんが聞いてきた。リストさん……私の名前を教えなかったのか……と思いながらリストさんをみると、彼は何やら苦い顔をしていた。
あれ?ニコロさんはリストさんにとっては憧れの人だったはずだけど……尊敬の念が伝わってこない。どうしてだろう。
「お名前は?……もしかして、緊張して喋れないとか?」
「あ、ごめんなさい。……ハクアです。卯宇治白亜」
美しいとは言えないが、魔力を感じるニコロさんの顔が疑問の色に染まった。私の名前はこっちの人たちには珍しいのか……そうかそうか。
「……あの、ハクアさんは日本人ですから。彼女にとっては、その名前で正解です。私たちには不思議でも……」
「日本、それは遠くから来ましたね?ニコロ=パガニーニです。」
「知ってますよ!とても有名ですから。」
うん……と、ため息をつきながら「そうですか」と答えるニコロさん。何が気に入らないのかな。ああ!ベッドに入ったままだったからか!
そう気づいて布団から出ようとしたとき……
「きゃ!……ニコロさん、何のつもりですか!?」
急にベッドドンをするような形で私に迫ってきた彼は、じっと顔を見てきた。うん、私にとってはかっこよくはないけど……やっぱり魅力は感じる。けど……
「ニコロさん……!ハクアさんが困ってるじゃないですか。」
若干、怒気をまとったリストさんがニコロさんに言い放つ。
「固いことを言わなくてもいいじゃないか。」
「そんなことばっかり言ったら、匿ってあげませんよ」
厳しい相手は誰だろうと手を緩めない……リストさん。怖いです。
「……ん、匿う?ニコロさんを?誰から?」
「ああ。気にしないでください。少し訳あって……」
「今日からしばらくの間、よろしくお願いします」
と、笑顔で握手の手をさしのべてきた……ええー、こんな変なやつと同じ屋根の下で……
ええ〜………
〜魔性のニコロとリスト〜
Side of Liszt
今日、野暮用があったがために町へと歩いていったときにその人はいた。
最初は嬉しさと疑問が半々だった。憧れの大スターが目の前にいる、でも……状況があまりにも怪しすぎた。誰かから隠れているような雰囲気が漂っていた。
「あの……ニコロ・パガニーニさんですよね?」
思いきって聞いてみたりした。もしかしたら何か良いことでも起きそうだったからである。
「ん、そうだが……君は、確かピアニストの……」
一瞬だけ肩を跳ね上がらせて、恐怖におののくように眉間に皺を寄せた男が振り向く。私の顔を見た瞬間、ほっとしたように肩の力を抜いた男は、名を訪ねてきた。どうやら、本当にニコロさんであるようだ。
「フランツ・リストと申します」
お互いの簡単すぎる自己紹介が終わっても、彼は険しい顔のままである。『誰かに追われている』という状況は言わずもがな読み取れた。ここで恩を売っておけば、何か得なことが起きそうだ。
「良かったら、私の家に来ましょうか?」
「おお、本当ですか!助かりますよ、しばらく居候することになりますがそれでもいいでしょうか?」
と、大袈裟に嬉しさを爆発させるニコロさん。いち早く用事を済ませたため、すぐに家へと連れ帰った。
だが。
ただひとつ問題がある。居候がもう一人いる。
ハクアと何もなければいいのだが……
家へと向かうときも、ニコロさんは怯えていた。しかし、家に入るやいなや、安心したようにその場にへたれこんだ。
が、しかし……
「……そちらの方は?」
やはり気がついた。私にとっての居間はここしかないから、気がつかない方がおかしいが……
「その人も居候です。悪い人ではないので仲良くできると思いますが……」
「…………」
ニコロさんが動かない。ハクアの顔を見たきり、動かない。
「どうかしましたか?」
「……いや、あなたにこんな可愛らしい方がいたとは……」
うん?何が言いたいのか……
「おや?違うとでも言いたそうな顔ですね。攻めるタイミングを逃すと……さて、この子はどうなるのでしょうか」
ニコロさんから、奇妙な覇気を感じた。嫌な予感がした。
「……な!ニコロさん……まさか?」
「……ふふ。まあ、私の気分次第ですが……」
絶対に、嘘だ。ニコロさんはハクアを我が物にしようと企んだ。少しでもそう思ったはずだ。分かるんだ、この人は私と同じような人間なのだから。
〜妬ましや〜
ニコロさんがこの家に来てからというもの、ハクアの笑顔が増えた気がする。
ニコロさんは、女性を喜ばせる術に長けている。バイオリン然り、手先も器用であり、手品などを披露していた。趣味程度でやっているとは思えないほどクオリティの高いものだった。私はそんなようなことは一切したことがないため、手品を見ているだけで新鮮な気持ちになった。
そして彼は、言葉選びのひとつひとつも非常に上手かった。詩人の如く、確実に心を仕留めにきている。私が女性だったら惚れている……かもしれない。
しかし、そんな気持ちの裏でこんな感情が動いた。
「このままではハクアは私を見てくれなくなるかも」
いけないものだ。私は、ハクアを『女性』と見るようになっている。ハクアはあくまでも私の『弟子』である。ピアノの極意を教えるためには、雑念を捨てなければならない。カロリーヌのこともある。きっと未だに恋愛中毒になっているのだろう。
ああ、妬ましい。ハクアを平気な顔であんなにも喜ばせることのできるニコロさんが。彼は、本当にハクアを狙っているのか?
「そんなこと、あるわけが無いじゃないか」
実際に質問して、返ってきた答えはこれだった。
「ひとつ言うが、あのお嬢は俺のことは好いてないみたいだぜ?エンターテイナーとしては気に入ってくれたみたいだが、近寄ってくれないもんでな。俺も鈍ったもんだぜ」
……この人は、何を考えているのかがよくわからない。
「リスト君、お嬢はお前の大切な弟子だろう。女として見ようが見るまいが、俺には関係無い。だが、お嬢を本物にしたいなら、今は我慢することだ」
ニコロさんは、目線を彼方から外して私にこう言った。
「分かっています。だけど……」
だけど、私はその我慢ができるか分からない。そもそも、私は最初にハクアにキスをしてしまった。それから少しの間、ハクアに色仕掛けを……
私ではなく、ハクアに恋愛感情が募っているのかもしれない。
「……ふん、お前も青いものだな」
ニコロさんは、私の言いたいことを悟り、そう言って床に入った。
〜恨めしや〜(IF...)
【鬱リスト様が再び降臨しました。ここでは、リスト様のハクアちゃんへの気持ちがむき出しになり、暴走するのでリスト様のイメージを大きく壊します。】
ニコロさんが居候になり始めた。それからだ、私がピアノに没頭する時間が増えたのは。
ハクアの稽古にも不思議と力が入り、いつの間にか日が暮れていたということもしばしば……
「リストさん、最近またやつれてますよ。目の下に隈ができたり……」
ハクアに言われ、慌てて鏡を覗く。確かに、私の目の下にはうっすらと隈ができ始めている。寝る間も惜しんでピアノを弾くようになったものだ、明らかなる寝不足だろう。
「リストさん?私には『しっかり休みを取れ』って言ってるのに、自分のことは知らんぷりですか」
図星を突かれた。そうだ、私は自分の休養時間を設けるのが下手なのだ。とにかくピアノと向かい合いたい、そんな私であった。だから演奏の途中でも、食事のときでも、誰かと話をしているときも、たまに記憶が飛んでいるときがあるんだ。ハクア曰く
「いつも驚かさないでくださいよ!いきなり気絶するみたいに寝ちゃうんですから……ベッドまで運ぶの、どれだけ大変なのか分かります?身長高いんだし……」
とのこと。確かに、飛んだ記憶の先は必ずベッドの上だ。
私がここまで乱れる理由はただひとつ。ニコロさんへの嫉妬である。私よりもハクアとの関わった時間は少ないのに、私よりもハクアに気軽に話を掛けている……明らかにハクアを狙っているようにしか見えない。
「そんなこと、あるわけが無いじゃないか」
即答だった。彼の眼中にはハクアはいないということだが……
「エンターテイナーとしては気に入ってくれたみたいだが、近寄ってくれないもんでな。俺も鈍ったもんだぜ」
俺も鈍った……言わずものがな女を落とす技術である。憤りしかなかった。
興味のない女をもてあそぼうとしているように感じた。
私のいとおしい弟子にそんな軽率な態度……気にくわない。