真の暗闇が支配する道。
「そうか」
少年は初めて声をあげた。
「私が生きた意味は、これだったんだ」
狭い空間に響いた自分の声を聞きながら、彼は這う速度を上げた。
少年は道を這って進んでいる。
そうするしかないほどに狭いのだ。四方に壁が迫り、一切の光が遮断されている道である。勿論音もない。
何も見えない。
何も聴こえない。
目的地までの距離も分からないまま、ただ狭く真っ暗な道を這っている。
こんな状況下で平静を保つにはどうすればよいか。
考えあぐねた少年は遂に結論に達した。
ひたすら独り言を言い続けること。
何でも良いから静寂を作らないこと。
一度方法を思いついてしまえば案外簡単なもので、後は自然と言葉が口をついて出てきてしまう。
「イザークだったら、もっとましな方法を思い付くのだろうね」
少年は友人の名を挙げ、自嘲気味に笑った。
そして出来る限り詳細にその姿を思い浮かべる。
幼い頃からずっと一緒に過ごした友人だ。すぐに思い描くことが出来た。想像上の友人は笑顔で立っている。
すると少年の気持ちも少し落ち着いてきた。
「私はね、教皇になんかなれなくたってもう構わないんだよ」
大きく息を吸い込み、「だって」と続ける。
「私は真実を求めてこの道を進んでいる、これだけでもう十分じゃないか」
友人を頭に思い浮かべたまま、まるで彼に同意を求めるかのように少年は言った。
自分の息が徐々に荒くなってくるのを感じる。だが身体の疲労とは対照的に、少年は言葉を止めることが出来なかった。
「ねえイザーク、君も今こうして道を這っているのだろう?」
無論その問いかけへの答えは無い。
「皆んなも唖然としていたね。まさか『コンクレンツァ』の内容がこんなことだっただなんて」
数時間前のことを思い返し、少年は大きく息を吐いた。
あの時。
自らの後継候補である、齢15になる35人の少年達を前にして、年老いた教皇は言った。
「そして覚えておきなさい」
彼らは口を固く結んだまま次の言葉を待った。これから行われることへの緊張からか、誰もが顔を青ざめさせている。
教皇はそんな少年達一人一人と目を合わせてから、静かにこう告げた。
「コンクレンツァに敗れた者は魂を失うのです」
誰も声をあげなかった。
声を上げることすら出来なかったと言う方が正しい。
負けた者は魂を奪われる。
彼らはそれを今まで一度も教えられたことがなかった。
しばらくしてようやく、少年らの内の1人が絞り出すように言葉を発した。
「失う?」
全員が彼の方に視線を移す。
「魂を?」
その顔にははっきり悲痛の色が浮かんでいる。
少年はそこから先が続かないようだった。言葉を探すように黙ってしまう。
少しの間が空いた。
他の少年らは皆んな俯き、先程の仲間の声を待った。
「それはつまり」
とうとう彼は口を開いた。自分の目の前に立つ老教皇を見据え、今度ははっきりした口調で言う。
「教皇になることができなかったら、本当に、私達が生きた意味は無いと?」
再び沈黙が訪れた。
誰も何も言わない。
だが少年達が考えていることは同じであった。
「生きた意味がない」。
彼ら全員にとって、生まれた時からずっと聞かされ続けてきた言葉である。
全員が、今日この日のコンクレンツァを勝ち抜くために生きてきた。
「コンクレンツァ」という言葉は「競争」を意味する。
それはつまり、「教皇の後継者を決めるための競争」のことだ。
少年達は人々に知られることなく、「cler」ーー聖職者居住区の奥深くで共に育てられてきた。
だから読んでいる書物の中で登場することはあったにせよ、彼らは実際に仲間の34人以外の子供達を見たことがない。
大人も、上聖職者達と今ここにいる教皇以外には会ったことがない。
自らの両親にさえも。
少年達にとって「家族」や「友人」と呼べる存在はこの34人であって、様々な物事を教えてくれる「親」と言うべき存在は聖職者達であった。
もし自分がコンクレンツァに勝利することができたとしても、他の仲間達は全員魂を奪われてしまう。
15年間共に暮らし勉強に励んできた、家族同然の仲間がである。
他の仲間全員の命を犠牲にして、後継権を勝ち取れと言われているようなものではないか。
少年達にはまだ信じることができなかった。
しかもそれを「親」とも「師」とも仰いできた教皇本人が言ったのである。
信じろと言う方が無理なのかもしれない。
そうであるから、誰もが教皇の間違いであることを望んだ。
これは教皇の言い間違いで、彼は今すぐ先程の言葉を訂正してくれるのだろうと。
「生きた意味がない」などと言い続つづけてきたのはただの脅しであって、コンクレンツァに負け教皇になれなかったからといって、魂を奪われることなど間違ってもないのだと。
少年達の中には抜きん出た者など一人もいなかった。
35人それぞれが「選ばれた者」として幼少期から高等な教育を受けてきたのである。
全員が膨大な知識を我が物にし、生まれ持った「力」をこれ以上ないほどまでに高めてきた。
そして一人一人が、もう10年もすれば優れた上聖職者になり得る能力を持っているのだ。
因みに上聖職者に昇格出来る人間の平均年齢は65歳である。
これらを言い換えれば、少年達にとっては仲間の全員が強力な競争相手であるということだった。
勝者となった1人以外は全員魂を失うだって?
それでは私達が今日まで学んで得た知識や技術はどうなる?
教皇になれなかったという理由で、全てが無駄になってしまうのか?
34人の逸材が無駄死にすることになると?
そんなの、あまりにも無慈悲じゃないか。
あまりにも残酷じゃないか。
様々な思いが少年達の頭を駆け巡った。
いや、教皇はきっとすぐにでも先の仲間の言葉を否定してくれる。
そうに決まっている。
少年達は教皇の方に顔を向けた。 彼の口から全てを訂正する言葉が発せられるのを待ちながら。
教皇は無言のまま少年らの正面にある教壇へ向かった。
深く被った冠のために、その表情は分からない。
古い壇である。
彼が一歩一歩踏み出す度に、ぎしぎしという音があたりに響き渡った。
教壇に登った教皇は、そこに立てかけてあった長い樫の杖を掴むと、ゆっくりと少年達の不安げな顔を見渡した。
すっかり白くなった濃い眉に埋もれた、2つの薄緑色の目が再び彼ら一人一人の視線を捉える。
不気味なほど落ち着いた動作だった。
そして遂に教皇は答えた。
「その通りですよ、テオロード」
先程声を上げた少年がびくっと肩を震わせた。
食い入るように教皇の目を見つめ、今の言葉が本当のものであると悟る。
「そんな...」
少年、テオロードの薄紅色の唇は、恐怖のあまりわなわなと震えていた。
「教皇、一体どういうことですか?!」
「そんなこと、私達は今日びまで一度も聞いたことがなかった!」
「なぜ、後継候補に生まれついた私達が...魂を失わなくてはならないのですか?」
「そんなの、あ、あまりに無慈悲です!」
堰を切ったように他の少年達も声を上げ始めた。
途端にその場が騒然となる。
誰もが混乱していた。
誰もが平常心を失っていた。
そんな彼らを見つめる、教皇ただ一人を除いては。
「信じるのです」
不意に発せられた教皇の言葉で、ぴたりと少年達は話すことを止めた。
「信じなさい。これまで修練に励んできた自分自身を」
両手を広げてそう言うと、教皇は握っていた杖の先を正面の少年達の方向へ向けた。
それから大きく真横に振る。
突如強風が巻き起こった。
風はすぐに竜巻に変わり、少年達を呑み込む
ように拡大していく。
「!?」
自らの「力」を以ってしても抗いがたいほどに強い力が、彼らをぐわっと空中に持ち上げた。
いくつもの悲鳴があげられたが、そのほとんどが轟々と唸る風にかき消されてしまう。
彼らが思わず天井を見上げると、そこには大きな穴が開いていた。
穴は漆黒の暗闇に包まれていて、その中からはなにも見いだすことが出来ない。
何か未知の、恐ろしく巨大なものが渦を巻いて自分達を待ち構えている。
彼らは本能でそう感じた。
「全ての闇に打ち勝ちなさい!」
竜巻の合間から教皇が上げた叫び声は、はっきりと少年達に伝わってきた。
「闇に打ち勝ち、地平線の神ホランディーナの元へ辿り着いた者こそが、コンクレンツァの勝者です!」
天井がぐんぐん近付いてくる。
巨大な穴からは、彼らを奥へ吸い込もうとするかのような強風が吹いていた。
死にたくない。
生まれた時から信じてきた教皇によって、少年達の思考は完全に惑乱させられていたが、この思いだけは全員に共通していた。
「クッ、クソッ!!」
「嫌だ、嫌だあ!!」
誰もが持っている限りの「力」を出し切って抵抗する。
けれど無駄であった。
暗闇は簡単に少年達を呑み込んでしまった。
一瞬感じた激しい身体の回転。
少年達は意識を失った。
※このレスは本編とは無関係です。
荒らし、誹謗中傷はご遠慮下さい。
この「天空七百年」は、別作「揺天涯」で書けなかったファンタジー要素を大いに取り入れたものです。
ずっとファンタジーに憧れていたので、遂に手を出してしまいました!
ただ初挑戦のため、稚拙な部分や見苦しい部分も多数あると思います(~_~;)
そこで、どなたでも結構ですので、お気軽にここまでのご指摘・感想を下さい!!
私の文章能力向上のため、どうかよろしくお願いしますm(_ _)m
(アクション描写上手くなりたい)
以上がこの少年が持つ、こうして道を這うまでに至った記憶の全てである。
彼も例外なく巨大な穴に吸い込まれ、意識を失った。
そうして目を覚まし気が付いたのだ。
自分がこの暗く狭い道に倒れていることを。
あの時本当は何が起こったのか、彼には分からなかった。
あれからどれくらいの間道を這っているのかも、なぜ自分がこの道を進んでいるのかも分からない。
ただ1つだけ分かっていることはーーこの道の先には真実がある、ということだけである。
「はあっ...はあっ...」
少年は懸命に前へ前へと進んでいた。
回想をしている内に、いつのまにか自分の独り言が止まっていることにも気が付かないほど無我夢中で。
「っ、うわっ!?」
激しい呼吸を繰り返しながら這っていた彼であったが、突然何かに後ろから引っ張られ、思い切り地面にあごを打ち付けてしまった。
ゴンッと鈍い音が響く。
「...痛い」
うつ伏せになったまま、彼は口の中で呟いた。
手探りで自らの腰の辺りを調べる。
どうやら、トゥニカの緩みを締めている腰紐を自身の手のひらで押し付けてしまったらしい。
邪魔だ。
少年は舌打ちした。
この修道服を煩わしいと感じたのは、生まれて初めてかもしれない。
この空間には音というものが無い。
こうして自分があげた声や物音以外、何も聴こえない。
未だに消えないあごの痛みを感じながら、少年はゆっくりと顔を上げた。
不意に眼に涙がにじんだ。
「なぜこんなことになってしまったんだろうね、イザーク」
頭の中に思い浮かべていたはずの友人の姿も、いつの間にか消えていた。
すごく文がお上手だな、と思います。
読ませるのが上手く内容のしっかりと入ってくる、文学的な文体ですね。
ささやかながら応援してます!
>>10
お褒めの言葉、ありがとうございます!
自分はまだまだ動作描写が不十分ですので、これからもっと精進していきたいです( ̄▽ ̄;)
とても励みになりました、頑張ります!
ーー思えば、何故自分はこんなふうに懸命に暗闇を這っているのだろう。
少年は力無く、上げかけていた額をもう一度地面に押し付けた。
生まれた時からずっと、教皇の言いつけを守って修練に励んできたのに、一体なぜ?
他の皆んなだって同じだ。
私達は、神に愛されたはずの「選ばれた者」ではなかったのか。
70年間に一度、cler内部で秘かに取り行われるコンクレンツァ。
その内容はコンクレンツァのその日まで、いかなる身分の聖職者にも、参加者の少年達にすらも一切明かされない。
それを知っている人間はただ一人。
つまり現教皇であった。
コンクレンツァの年に丁度15歳になる男子にのみ 、その参加資格は与えられる。
当然のことながら条件はこれだけではない。
もう1つの条件は、神から与えられた「力」を持つ「選ばれた者」であるということだ。
この「力」というのは本来、神に仕える聖職者として数十年間clerで祈り、働いて初めて神から授けられるものだとされている。
それを「選ばれたもの」は生まれながらにして既に会得しているのだ。
そういう赤子は、産み落とされた後すぐに母親から引き離され、上聖職者達に引き取られることになる。
35人の少年達は正にこの「選ばれた者」であった。
そして彼らに求められたのは、全く未知のものであるコンクレンツァを勝ち抜けるだけの、より洗練された「力」と精神力、そして何よりも知識を身に付けることだった。
それがすなわち修練である。
設定おもしろい。
でも、ちょっと設定説明文っぽくなってる気もします。
主人公、ずっと1人で通路を這ってるし、
34人のキャラクターの個性が今の所不明なので仕方ない部分あると思いますけど
ファンタジーなので、もう少し展開にメリハリとか
勢いとかあって良い気もします。
>>13
ご指摘本当にありがとうございます。
もう一度読み返してみたらその通りでした...設定説明は、やはり一度に詰め込み過ぎない方がいいのでしょうか。
場面場面で出せばもうちょっとすっきりして見えますかね?´д` ;
そうですよね、同じような場面がつづくと読み手も飽きてしまいますものね(-_-;)
もっと思い切って展開を進めることを意識して練り直そうと思います。
『あなた方35名は既にして時運を味方に付けているのですよ』
少年達を初めて見た上聖職者らは、そろってこう言い溜息を吐いたものだ。
『コンクレンツァの年に丁度15歳になるようにこの世に生を受けた。これを幸運と言わずして、一体何と言いましょうか』
暗闇の中、少年はぎりっと固く拳を握った。
何が「時運を味方にしている」だ。
生まれた時からずっと、狭いclerの奥で俗世から隔離され続けてきたことがか?
それも「力」を持っていたがために。
何が「幸運」だ。
仲間や自らの魂を貶めるような競争を強いられていることがか?
ふざけるなよ。
おまけに自分の一生の意味を見出そうとしていたその競争の内容までもが、こんな訳のわからないものだっただなんて...
コンクレンツァに敗れたら魂を失うだって?
嫌だ。そんなの絶対に嫌だ。
私はまだ死にたくない。
まだ真実も知らないまま魂を奪われるだなんてあんまりじゃないか。
そもそも、この何もない暗闇に打ち勝つことで他の34人と競い、コンクレンツァに勝利するなんて私などには到底無理だ。
そうだ、絶対に不可能なのだ。
だって私は仲間の誰よりも...
その時だった。
『おい、この弱虫!しっかりしろ!』
「あつっ?!」
頭の中に声が響き渡った。目を覚ますような怒鳴り声。
それと同時に突如、焼け付くような痛みが少年の左胸を駆け巡った。
呻くよりも先に反射的にそこに手を当てる。
途端指先に強烈な熱が伝わってきた。
左胸の部分、肌着とトゥニカの間に何か角ばったものが挟まっている。
これが熱を生み出しているようだ。
「なっ、何だこれは?」
少年は慌ててそれを取り出し、地面の上に放り投げた。
あまりにも熱いので持っていられない。
先程の激痛もこの熱によるものだった。
謎の物体をつかんだ指先がじんじんと痛む。
きっと軽い火傷を負ってしまったに違いない。
突然の出来事にまだ動悸が治まらなかったが、少年の意識はすでに指先の痛みよりも、今しがた自分が放った物体の方に向けられていた。
無意識に身を起こす。
どの辺りに投げてしまったかな...
少年は怖々と地面を撫でて、あの物体を探し始めた。
あんなもの絶対に今まで無かった。
とは思うものの、事実それは自分の服の中に入っていたのだ。
コンクレンツァではいかなる道具の持ち込みも禁止されている。
だから穴に吸い込まれるまで身一つでいたはずなのである。
どう考えてみても、修道服の中で形作られたものとしか思えなかった。
駄目だ、これ以上なぜあの物体があったのか考えても仕方がない。
それでも思考を続けようとする自らを遮るように、少年は激しく首を横に振った。
「いや...そんなことよりも、あの声は」
不意に彼はそこで言葉を止めた。手に何かが触れたのだ。何か、角ばったものが。
恐る恐るその表面を人差し指でなぞる。
ほんのりと熱を感じた。
これだ。
間違いないという直感があった。
しかし先ほどの物体のような強烈な熱ではない。
まるで人肌に触れているような心地よい温かさである。
>>16訂正
×身を起こす
○顔を上げる
文才が素晴らしいですね
19:のん◆Qg:2018/12/05(水) 19:03 >>18
お褒めの言葉ありがとうございます!m(_ _)m
ですが自分の文章能力はまだまだなので、これからもっと語彙を増やして向上させていきたいです。
これからも読んで感想やご指摘などいただければ嬉しいです(^^)
ほう、と溜息を一つ吐くと、少年は両手でそっとそれをつかんだ。
大きさは、彼の片方の手のひらと同じくらい。
物体は想像以上に小さかった。
つるつるとした手触り。八つの角。
どうやらこれは直方体であるらしい。
何気なく側面に触れる。
瞬間、少年は息を飲んだ。
柔らかい紙束の感触。
「本?」
声が震えた。
どくん、どくんと心臓が高鳴っていくのを感じる。
そういえば、表面のこの手触りにも覚えがある。
もしかすると、これは...
ゆっくりと物体を裏返した。
「あっ!?」
直後、彼は叫び声をあげた。
物体の表面に記された、金色に輝く地上文字。
少年がこの暗闇で初めて目にした「光」だった。
夢中で文字に視線を走らせる。
『私の大切な友人に、地神の御加護あれ。 イザーク・ロシュ』
だった一行の短い文。
けれど彼はそれを読み返した。息もつかずに、何度も何度も。
「イザーク」
噛みしめるように友人の名を呟く。
そして物体を抱え込み、ぎゅっと胸に押しあてた。
物体はまだ心地良い熱を持っている。
温かい。こんなにも、安心するほどに...
「間違いない」
少年は目を閉じた。
「これは、私の日記だ」
この日記は、少年が今よりずっと幼い頃に友人のイザークから譲り受けたものである。
いつのことだったかは忘れてしまったが、「日記をつけたいけれど書巻がない」と彼にこぼしたことがあった。
するとその翌日にイザークは、白紙のページが延々と折り込まれているこの小さな冊子を手に入れてきたのだ。
「一体どこから持ってきたの?」
薄っすらと埃がこびり付ている冊子の表紙を凝視しながら、少年が驚いて尋ねると、イザークは「教皇室」と事もなげに答えた。
イザーク・ロシュは滅多に表情を動かさない子どもだった。
物心ついて以来、彼とずっと共に過ごしてきた少年から見ても、友人のその特徴はほとんど変わっていないように思える。
遂にTwitterで小説垢を作りました!
(@NonQghaten)
>>22
すみません、ユーザー名の記入ミスでした。
そしてこの時も例外なく、彼は無表情だった。
教皇室に立ち入ることはclerの戒律で禁じられている。
しかし目の前のイザークは、そんな決まりごとなど気にも留めていないらしい。
しかしそれは決して彼だけではない。
「選ばれた者」と呼ばれている他の仲間達も皆んな同様であった。
当然のことだ。
およそ七百年も続くこのclerの、古ぼけた戒律を今でも馬鹿正直に遵守しているのは、上聖職者達だけである。
それもほとんどが60を過ぎた年寄りばかりだった。
教皇室には大抵誰もいなかったから、仲間達は大人の目を盗んでよく出入りしていた。
そこにはとにかく沢山の本棚が並んでいるらしい。
どれもこれも天井まで届く高さだという。
一体何万冊の本が蔵されているのか、少年は知らなかった。
ともあれ他の仲間達は、専らそれらの書物を目当てに忍び込んでいる。
というのも、少年達を見下ろすようにそびえ立つその本棚には、大人達から直接教えてもらえなかった真理や物語が数多く綴られていたからだ。
「お前はどうして行かないんだ?」
不意にイザークがこう尋ねてきた。
「ど、どうしてだって?」
勢い、少年は視線を冊子の表紙から相手の顔に移す。
思わず聞き返してしまったのは、彼の質問への答えは、少年がもう何度も皆んなに公言していることだったからだ。
イザークはしっかりこちらの両目を見据えていた。
彼の赤橙の瞳は、少しも動かずにその目の真ん中で静止している。
その射抜くような視線に半ば気圧されながらも、少年は少々忌々しく思った。
そんなことを今更言わせて、一体なんだって言うんだ。
イザーク・ロシュ。
彼の目は不思議だった。
彼を除く、clerの少年達の瞳は薄い緑色をしている。
しかしイザークのものは異色だ。
少年達がいつも窓から眺めている夕日のような赤橙色。
彼の瞳を見つめていると、少年達はどこか懐かしいような気持ちになるのである。
赤みのかかった空に悠然と浮かぶ夕日は、彼らの憧れの象徴だ。
だから好まれこそすれど、その違いのためにイザークが仲間はずれにされることなどなかった。
そしてもう1つだけ、イザークには他の仲間と事情を異にすることがあった。
姓を持っていた、ということである。
さらに正確に言えば、姓が分かっていた、となる。
clerの少年達は自分の姓を知らなかった。
というよりも、大人達が頑として教えてくれなかったのだ。
これもまた戒律による縛りであったわけだが、少年ら当人達はあまり気にしていなかった。
だがイザークは違う。
彼だけは自分の姓を名乗ることができた。
なぜならば、その身体に刻まれていたからである。
『Roșu』
これが彼の右肩に小さく入れられていた、入れ墨の文字だ。
イザーク自身がこの違いのことを、聖職者達に秘密にしてきたというわけではない。
誰もが知っていたことである。
しかし何故か、大人達は彼の姓について何も言及しなかった。
彼らは名簿を読み上げる時も、ごく自然な口調でイザークを姓名で読んだ。
少年達の瞳にはそんな聖職者らが、まるでイザークの違いに見て見ぬ振りをしているかのように映った。
これら2つの違いに、彼自身が寡黙で常に表情を固めていたことが相まって、イザーク・ロシュはどこか神秘めいた少年というのが、「選ばれた者」の仲間達が共通して持つ、彼への印象だった。
文章力、発想ともに素晴らしいですね。
応援しています
>>26
読んで下さり、ありがとうございます(*´∇`*)
最近「カクヨム」という投稿サイトやTwitterに、この「天空七百年」を上げたりしていて、周りのレベルの高さに驚きやや気後れしていたので、大変励みになりました(T_T)
これからも至らない点のご指摘や、感想などを教えて下さるとありがたいです。
>>27
どのサイトにも天才がいますからね。私はハーメルンに色々と投稿しているのですが、そこでも惚れ惚れとするような作品が沢山ありました。
小説の道というのは鳥道ですからね。
私が駑鈍をつくして雅言を並べても到底追いつくことができませんでした。あなたの作品もその一つです。
状況や心情が美しく表現されています。
そこで、質問ですが、あなたは何処で小説を学んだのですか? 宜しければご教示いただけないでしょうか?
>>28
見に余るお褒めの言葉、ありがとうございます。
ご教示だなんて...とてもじゃないです。
正しい書き方という意味でしたら、私はきちんと小説を学んだことはありません。
ただ色々なジャンルの小説を読んで、それらの良い所だと思った書き方を参考にしているに過ぎない素人ですので...
のんびり再開させます!
31:のん◆Qg age:2019/04/14(日) 23:51 そのイザークが、じっと少年の答えを待っている。
いつものように、感情の読み取りにくい固まった表情で。
少年はとうとう堪え切れず、その強い眼差しから逃れるように瞳を伏せてしまった。
すぐさまそれを取り繕おうと、少し困ったような笑顔を作る。
彼はそのまま相手の反応も見ずに、「これは何回も皆んなに言っていることだけど」と前置きしてからこう言った。
「私は罰が怖いんだよ。もしも司祭様達に見つかってしまった時の。ほら、だってあそこは一応立ち入り禁止だろう?」
そして相手の同意を求めるように、ね?と付け加える。
しかし、イザークの受け答えは少年が期待していたようなものではなかった。
「そうだな。けれどお前以外の皆んなが、大人に見つからないようにやっていることだ」
重たくて動かせない、冷たい大理石のような声。
一体どうやったらこんな声が出せるのだろう。
少年は不思議に思うと同時に、不意に目の前の友人にそこはかとない畏れを感じた。
「で、でも見つからないようにだなんて私なんかには」
「『なんか』なんて言うなよ!」
突然イザークが大声をあげた。
その続きを遮るように。
先程とは打って変わった、激しい怒気を含む声だった。
当たり障りのない受け答えに徹しようと思っていたのに、咄嗟に出てきた言葉が友人を刺激してしまったらしい。
少年は驚きと焦りで何も言えずにいた。
何しろこの友人は、普段全く感情を表に出さないのだ。
イザークが声を荒げるなんて一年に一度あるかどうか。
一体今の何がいけなかったのだろう。
ちらりとイザークの顔に目をやる。
あの刺すような眼差しがまたこちらに向けられていた。
威圧を感じて少年は肩をすくめる。
彼と目が合うと、イザークは手を伸ばしてその両肩を掴んだ。
「お前はどうしていつもそうなんだ?」
鬼気迫った2度目の問いかけ。
その声音からまだ怒りが抜けていない。
「いつもだ。力は私達と同じくらい持っているくせに。お前はどうしてそう...」
「分かっているよ。弱虫だ」
立て続けに言葉をぶつける友人の声に重ねて、少年は独り言のように言った。
同時にイザークが目を細めて黙る。
「私はいつだって臆病で、誰よりも弱虫なんだ...ふふっ」
今度は自分に言い聞かせるように繰り返すと、自然に少年の口から自嘲気味な笑いが漏れた。
畏れる、皆んななどの漢字は平仮名で書くことがオススメです。テンポが良くなります。
34:のん◆Qg age:2019/08/03(土) 23:50 「弱虫」というのは少年が仲間達からもらい受けた、不名誉極まりない呼び名である。
いつから誰が呼び出したのか、彼自身も忘れてしまうほど昔からそう呼ばれていた。
それは決して、少年の能力が他の仲間達と比べて劣っていたからだとか、彼が修練を疎かにしてきたからだといった理由から付けられたものではない。
彼自体に何か原因があるわけではなく__少なくとも少年自身はそう思っている__彼だけが聞いているらしい「声」こそが全ての真因なのだ。
少年は昔から不思議な気配を感じていた。
途方もない力で彼を包み込んでしまうような得体の知れない気配。
今日に至るまで、少年は何かとその気配に付きまとわれてきた。
例えば修練の途中に度々挟まれる、「力」を測るための実践試験。
ああ今回は調子が良い、どこまでもやれそうだ。
彼がそう思って胸を踊らせる度に、必ずと言ってよいほど毎回突然足に力が入らなくなる。
抗いようもないほど強力な何かに押さえ込まれているようで、少年自身の力ではどうしようもなかった。
そして大抵その後は地面にぺたんと座り込んでしまい、自力では立ち上がれなくなるのだ。
事あるごとにそんな醜態を晒す少年の姿は、他の仲間達の目にはどう映ったか。
本番ではてんで駄目な「弱虫」だという烙印を押されてしまうのも仕方がないと、彼自身も思う。
>>33
今更ながら見落としておりました!
返信が遅れて本当に申し訳ありませんありません🙏
分かりました、次からはいくつか漢字を持つ読み方はなるべく平仮名表記に、「皆んな」は正しくは「みんな」ですね、ご指摘ありがとうございます!
>>36
どうも。お久しぶりです。
勝手なことを言うようで悪いのですが、貴方の文章は今のままの方が良いと僕は思います。下手に文体を変えると苦しいですから。
のんさん、こんにちは。猫又です。
天空七百年、ここまで読ませていただきました。
読んだ感想としては、はっきり言ってしまいますと「設定に文才がコロされている」と言った感じでした。
よほど混乱というか、迷走しているんだなというのがひしひし伝わりました。
分かりやすい例としては、あっちに書いていただいたあらすじ。
「太古、全ての人間はどこまでも続く広大な大地で暮らしていた。だが…」という設定は最初に読者に知らせるべき舞台設定だと思うのですが、今の所、本文では示されていないというのが、まず大きな問題だと思います。
洞窟で少年が這っている図から始まるのは読者の興味を引いていいのですが、本編でずっと少年は這っていて、舞台設定やキャラ設定を伝えるエピソードが、這ってる最中の回想というのは……ちょっと場面と時間が飛び飛びになって読みにくいと感じました。
せっかくの設定がかなり分かりにくい状態になりますし、
本編が今の所少年が洞窟を這っているだけという停滞感を与えるだけでなく、
なによりこの無理やり回想で設定を盛り込む方法では、書けなくなるのも仕方ありません。
何度も場面転換したり回想に持っていくのはかなり大変だからです。
一度、話を整理したほうがいいと思います。
まず設計図となるプロットを打ちましょう。
プロットとはあらすじ。というより、
誰が(何が)何をして(どうして)どうなったか。という感じで作品をザッ、と【最後まで】書く方法です。
本編を最後まで書くことで迷うことも少なくなります。
話の大筋、絶対に伝えなければいけないことが分かれば、それに沿って話を盛り付けていけばいいからです。
信じられない話かもしれませんが、どんな作品でも200文字で最後まで書けます。その次に大切な要素を盛り込んで400文字、さらに盛り込んで800文字。ここまで行けば、立派な設計図になります。
もし200文字が書けない場合は、さらに小さく1行で表してみましょう。
【一体、『天空七百年』とは誰が、何をして、どうなるお話なのでしょうか。】
それを一行で書けば、あとはそこに足していって200文字にすれば完成します。
そうして800文字のプロットを打った後、それをそのまま膨らますと、たしかに説明文のような文章になってしまう可能性があります。
ではどうすればいいかというと、感情描写を入れ込むことなのですが伊藤整一様の言う通り、下手に文体を変えると混乱してしまいます。
(のんさんは情景描写の才能が素晴らしい方なので、それが潰れてしまうのは惜しいです)
なので、変えるとすれば【キャラ設定】です。ある本によればキャラクターは【目的】【行動】【心理】【変化】【容姿】の5つの要素があるとされています。それを固めてみましょう。
【目的】
プロットを書いたり、広げたりする上で一番大切なのは【目的】です。
キャラクタ一人一人の目的をはっきり定めましょう。
モブでなければ目的のないキャラクターを出すのはNGです。
(目的がないと、背景化してしまうからです)
【行動】
そして行動。これは目的から来る行動です。
何を目的に行動しているのかを考えつつ。
その積極度(どのくらいそのために行動するのか)も考えてみましょう。
【心理】
ネガティブかポジティブか中間か、試練が立ちふさがった時などの反応に関わる部分です。
【容姿】
いわゆるチャームポイント。特徴があるとキャラの個性が出るので、決めておくと書きやすくなります。
【変化】
ストーリーが進むにつれ、上4つに変化が現れることがあります。
ここは目的の次に大切な部分で、特に目的の変化はかなり重要です。
例:復讐のため→仲間のため などなど。
これら5つを決めると、自然とキャラ達に感情と行動が生まれ、無理ない文体でそれを書くことができるようになります。
長くなったので、自分の考えた手順を簡単にまとめると、
1 キャラクターの【目的】【行動】【心理】【変化】【容姿】の5つを決める。
2 物語を1行でまとめる(誰が、何をして、どうなるお話なのか)
3 物語を200文字でまとめる。
4 次に400文字、さらに800文字でまとめる。
5 それを見ながら本編を書く。
といった感じです。
なかなか手間のかかる作業ですが、地の文が堅苦しい、書き進みにくい、といった問題を解消できる一つの方法だと思います。
あくまで私の意見ですが何か参考にしていただければ幸いです。
長文失礼しました。それでは〜。
>>37
その言葉で少し気が楽になりましたm(__)m
ありがとうございます、無理のない範囲でゆっくり改善していきたいです
>>38
>>39
猫又様はいつもすっと腑に落ちる助言を下さるので本当に有難いです。
上のレスを参考に、まずは「プロット」というものを自分なりに作ってみます
とても丁寧に説明して下さりありがとうございますm(_ _)m!!