貴女に沈丁花を

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1:水色瞳◆hJgorQc:2020/05/14(木) 21:11

>見切り発車の小説<
>わずかな百合<
>表現能力の欠如<
>失踪しないようにがんばる<
>感想だけなら乱入どうぞ<



私より皆、儚い。
儚いから、美しい。
人って、そういうもの。
なら、私はーー、人じゃないね。

私はいつから存在していたんだろう。
老いもせず、死にもしない、存在。
あの人を見送ったのは、大体20億年前だったかな。
ーーーー最後の、人。

本当に、儚いね。
ああ、
良いな。

また、愛に触れられたらな。
なんて。私より長生きする人は、居ないのに。



少女は誰も居ない広野を歩く。
誰も居ない大陸を走る。
誰も居ない地球を眺める。
誰も居ない、この星系を。

そのまま、何年も、何年も。

83:水色瞳◆hJgorQc:2020/08/21(金) 08:25

[久々の百合。注意です。]




「······少し聞きたいんだが」
「何でしょうか?私に答えられることなら」
「あの時何故大臣を消し飛ばした?」
「え、駄目でした?」
「そうじゃない。理由を聞きたい。まさか私怨とか私が心配だからとかでは······いや、だけではあるまい?」
「············そうですね。前々から言おうと思ってたんですけど、大臣に魔王の魔素が組み込まれてました」
「はあ?」
「魔素には善と悪があるって習いませんでしたかね」
「それは馬鹿にしてるだろ。仮にも王が習っていなかったらその国は終わりだ」
「ですね。失礼しました。とにかく、このままでは新しい魔王になる可能性があったので消させていただきました。」
「なるほどな············所でだ、············絵に入るのか?」
「私に聞かないでください、と言えれば良かったのですが図星です。さあ、大聖堂ですよ」










「····································」
日が完全に暮れた。それでもなおネアはやり続ける。一秒でも時間が惜しい、という風に。
試して、試して、試し続けて············月も傾き始めた頃。

ついに魔力が練れなくなったネアは肩で息をする。
数秒考えた後、周りに誰も居ないことを悟り、そそくさと家の中へ。
念の為に取っておいた魔力結晶(魔力が封じ込めてある。恐ろしく高い)の欠片を砕き、お湯を温めて1人で入浴する。
スミレに教わったこの入浴という行為はとてもリラックス出来るものだった。
しかし今はスミレが居ない。
ぶくぶく、とやって頭の中の考えを大体排除し、そのまま出る。お湯は収納魔法に収めておく。どうやら何かに使えるらしいから。

そして風呂場から出た所でネアの記憶は途切れている。




次に彼女が目を覚ましたのは部屋だった。
ぱっ、と飛び起きるとすぐ側にはスミレがいた。苦しそうだが、しかしどこか安心したような顔をして、眠っている。
何故か一週間以上会っていないような感覚がして、思わず愛しい彼女の額を撫でていたネアだった。


しばらくした後で、もしかしたら自分をここまで運んできたのはスミレかもしれない、とネアは考えた。とても申し訳ない気分になる。
せめて彼女の額に、冷たい氷の入った袋を当てて感謝する。



空が明るくなっていく。時間だ、とネアは家を飛び出し、また練習を始める。


「············まけないで」
そんな声は、誰の声だっただろうか。

84:水色瞳◆hJgorQc:2020/08/21(金) 21:05

[はい、本日三つ目。相変わらず意味不明ですが興味無ければスルーしてください。]




「────『神殺し』」


そうネアが唱えると、彼女の杖が変化していく。棒状から縮まり、持ち手が曲がり。······カルトナよりも変形時間はかなり長いが、しばらくすると、その手には拳銃が握られていた。
練習時間はたったの二日半、予定よりも半日早かった。


「······マジか」
カルトナは、もはや絶句するしかなかった。
それでも気を持ち直し、軽く息を吐いて、
「······よし。少し貸してみろ」
「どうするんです?」
「撃てるかどうか確かめる」銃を受け取りながら彼は言った。
先を持ち、軽く振ってみて、
「撃てるな。ほい」
と一瞬で返す。重さの問題だったようだ。


「お疲れさん。多分これで俺が教えることは······本当に無くなった。······安心して逝けるぜ」
「こちらこそ、今までありがとうございました」
ネアもそれを了解し、お辞儀と型通りの謝礼を返す。
と、その時。彼女の重心が軽く揺らぎ、倒れそうになる。近くに来ていたアヤメが慌てて支えたため倒れなかった。だが、

「やっぱり負担がかかるか······仕方ないな。ネア、時間まで休んでろよ」


ネアは反論しようとした。が、こうなった以上外で時間まで待つ理由もない。
ありがたく休ませてもらうことにしたようだ。




「······さてと。」
カルトナは、大陸にある大聖堂を思い浮かべていた。それは懐古ではない。あくまでも彼らしく────
「あいつらは、果たしてあの絵に気付くのだろうかね?」









「ここですよ」
「これか。······あー、予想はしてたがね、やっぱり浮いてた城が着水してるなぁ!」
大聖堂の中だと言うのに叫ぶユノグ。だがここには、案内してきたコトミと数名のシスター、そして何故かついてきた侍女しか居ない。徹底的に人払いがされている。それは、この後起こることを秘匿するためである。
そして、ユノグも絵の中に飛び込むことになるのだが────ここで問題がある。王の不在中、国政をどうするか?


「異変解決に時間がかかった場合······そうだな、側近、······ヴァンスに頼むか。あいつ今頃は起き上がってきて何食わぬ顔で仕事しているだろうよ」
「分かりました。ええとアニー、そのようにヴァンス様に伝えてください」
コトミは近くにいた三つ編みのシスターに言伝する。と、ここでユノグが気付く。


「待て?シスター・コトミ、貴女もなのか?」
「そうですよ?何ですか、私にはおねえさまの仲間と友達を見捨てることなんて出来ませんよ」
「はっ?」

ユノグは混乱した。コトミがおねえさまと呼ぶのは、『聖女』リリーのみだ。そしてその仲間というと、勇者達しか居ない。つまりはネアのことである。そして友達とは?────スミレだ!


「····························································」


何となく、何があったのか察する。彼のため息は深い。
そして、瞳に炎を宿した。

「了解。行くか。············はっ?いやいやいや、アリシア!?」
······侍女がユノグの後ろに着いてきて離れない。このまま一緒に行きます、という覚悟が伝わってくる。
「······えーと」
言葉もない。ユノグは軽く頭を掻く。
そして、死ぬんじゃないぞと念を押して、絵に飛び込んだ。
水の中に居るような感覚────しかしそれは長続きしない。後ろから着いてくる、アリシアを含めた何人かが見えた頃。蒼い城に一番近い陸地に、道が繋がった。つまり、そこは············島だった。

85:百夜◆4HqLjik 水色さんですよ:2020/08/30(日) 11:00

「························································································································」
長い時が過ぎた。そう言っても気が立っている状態のカルトナの感覚なので実際は6時間程度である。
だが状況から言って少々まずい状態であることには変わりなく────そろそろ、スミレの精神力次第では衰弱するリスクがあるレベルまで到達する。その先は············言わなくても分かるはずだ。
だから余計に気が立つ。待たなければどうしようもないと考えつつも。




突如、彼の視線の先で、空間が歪んだ。
ぐにゃりという音はしない。
水が跳ねる音が聞こえる。
その直後、ちょうど蒼の城が一番大きく見える場所に、水色の板が現れる。
ちょうど、空気とコップの水が触れ合う場所をそのまま切り取ったような────そんな板が。


「······来たな。気付いたらしい。············ふぅ、賭けは成功か」カルトナは大きく息を吐いた。
その数秒後、板から男が出てくる。······彼の名はユノグ=レイヴン。王国の当代王である。




「来たかユノグ。よし、わけは後で話すから少し作戦を練ろうや」他の何人かが出てくるのを眺めながら、カルトナは手を叩く。
「それは後で良いんですかね?············何なんですか一体?」「単刀直入に言う、あの城を攻めて管理者を降伏させろ」「すいません、わけも話しやがれください」


スミレが不死生を失い流行病のピンチ、という内容を大体把握したユノグは、いくつか引っ掛かりを感じたのでカルトナに質問する。


「早計過ぎないか、という事だな。······まあ、気持ちは分かる。だがな、普通考えてみろ?この島は他の大陸から隔絶されている。病気など入ってくるわけが無い」
「お出かけはどうでしょう」
「ちょっと過去の記録を調べてみたんだが、感染から症状の発現までは一週間弱······確かアヤメが、最後に行ったのは三週間前と言ってたな?」
「······ふむ。」
「あ、一応ですが全員清めておきましたよ。」コトミが横から入ってきた。
「それはありがたい」




夜が迫ってくる。
────夜は、目が利かなくなり一見不利なのだが、実は魔法が見やすくなるという利点もある。そこに高度暗視魔法をかければ、完璧と言っても良いほどになるのだ。
日が落ちて────コトミの光魔法が周囲を淡く照らす。


嵐の前の静けさ、と言うべきなのだろうか······今少し、安寧が訪れた。

86:百夜◆4HqLjik 水色です。:2020/08/31(月) 06:38

[ご都合主義が嫌いな方は見ないようにお願いします。]
[百合があります。]



スミレが目を覚ましたのは、周囲が薄暗くなってからだった。
外は夜の抱擁が迫りつつある。そして、スミレには死の抱擁が。────まだ精神力で回避できる。だがそれもいつ折れるか分からない。ネアが近くに居なければ折れてしまいそうだった。


倦怠感と筋肉痛、頭痛と息苦しさ、そして寒気と疲労感。······つまりは、この病気は完全に心を折りに来ている。今現在でも少しずつ大きくなっていくそれに、抵抗も風前の灯火に······




────じゃあ、何故スミレは折れない?
簡単だ。『大切な人が頑張っているから』。


「······ん」
混濁した意識を無理やり戻す。体の芯から倦怠感が襲ってきて力が抜けそうになる。手を突こうとするがその手もふにゃり。がくがく震える手で何とか起こした上半身を支えた。
気が付けば、涙が出てきていた。もはや昔のように無感情などではないのだ。············それも逆効果になりつつあるが。


ゆっくりと体を動かして、全体的に力が抜けていく。筋肉痛で様々な場所が痛い。そして何する気力も無くなって、ぽすっと横になるのがいつもの流れだ。
何故か今日は下半身が重い。つまりは動けないという事だ。




はー、とため息をついて、毛布を被ろうとした時、気付く。感覚も失われているのだろうか、今まで分からなかった······ネアが腰の辺りに抱きついたまま、眠っていた。


びっくりした。いや、それよりもネアの足がベッドから出ている。姿勢を調整して、また毛布を掛ける。
少し元気が出てきたので、まじまじと彼女の寝顔を見詰める。世界でも有数クラスの魔法使いとは思えないような、可愛く、無防備な表情────スミレにしか見せない顔だった。






外にはなぜだか光球が浮かんでいる。どっぷりと日が落ちても、そのまま緩やかに時間が過ぎていった。

87:百夜◆4HqLjik hoge注意:2020/09/01(火) 05:32

[ゴミ文章注意。]
[百合が苦手な人はブラウザバックしてください。]



無限に続くと思えた時間は、しかし数分で終わった。ネアが目を覚ましたのだ。彼女は寝起きでぼんやりとしながら自分の位置を慎重に把握して、


数秒間ぽかんとしていて、······
「······わーっ!?ごめん、本当にごめん!」
ぱっとベッドから離れようとして、

「待って」スミレの手に、その動きが止まる。
「いかないで」
「······うん」
ネアは微笑み、スミレの隣にもぞもぞとたどり着く。
ここで彼女はちらりと外を見た。次第に薄暗くなってきている。それは光球があっても、空を見ればわかる事だ。······まだ、大丈夫。真っ黒になるまでは、ここにいられる。
それまでは。どうかお願いだから、この時間がゆっくり流れますように。





気付けば二人は眠っていたようだった。いつの間にか手が繋ぎ合わされていた。
今度は早く起きたのはネアの方だった。スミレの愛しい手を握りつつ、顔色を見る。
やや青ざめているが、······ネアがいるからか、流行り病に抵抗できているらしい。その顔色は重病とはとても思えないほどだった。
────だが、一時的だろう。根本を絶たなければ、どんどん悪くなるだけなのだ。


スミレの髪を撫でつつ、ネアの心は静かに燃えていた。冷たい炎、熱い氷。矛盾しているが、暴発はしない。人は誰でも矛盾を抱えているからだ。
······だから、不死者の恋人の命が助かることも、許容されると思うのだ。


実の所、ネアは頭が良いとは言えない。だから考えも安定せず、正しいことを選べない可能性が大いにある。
これも本当は間違っているかも知れない。············けれど。
反論されようと、もう止まらない。彼女を救うまでは。




「············ん」
スミレが目を覚ます。決していい目覚めとは言えないたろうが、あっという間に霧散したらしかった。
「おはよー、スミレ」
「ん、おはよう······どのくらい寝てたのかな」
「うーん······」空を見てみると、ほとんど黒であった。「結構寝てたかもねー」

そろそろ起きなくちゃ、とネアがベッドから離れる。スミレは追わなかった。なんやかんやでもう、タイムリミットが近いのだ。自分の体で痛いほどわかる。
ネアが休んでいたのは数時間だったが体は固くなるし疲れは取れる。いくらか体を伸ばしつつもあちこち歩き回る。名残惜しそうに。


丁度その時、アヤメが入ってきた。
「なにか食べます?」
「ごめん食欲無い······」
「失礼しました······」
入ってきたと思ったら直ぐに出ていく。案外一番の苦労人はこのアヤメかも知れなかった。




アヤメは色々と考える。ギリギリで決められる構成のこと、相手のこと、そして······恐らく、今までに出会った何人かのベルを提げた少女たちが相手になるであろうことも。その中に、黄色髪の、あの大人びた少女もいる。


時間はあと30分程度。それまでに各々やるべき事をして、······皆は一人のために動く。一見奇妙だが、······それだけの価値はあるのだ。

88:百夜◆4HqLjik:2020/09/14(月) 00:25

[お久しぶりです、作者の百夜です。]
[今回は多分過去最大の百合なので、ご注意ください。]




日は完全に落ちた。だが辺りは白く、明るい。
少し窓から外の景色を覗くと、それはまあ光の反射などでモノクロに染まっていた。······ネアは普段のカラフルで綺麗な感じも好きだったが、このような白黒も逆に趣があってなかなかいい。
······それはスミレも感じている事らしく、ベッドから上半身を起こしながら外を見つめる。······命の危機が迫ると急に自然が美しく見えるらしく、半ば陶然としていた。
······病気はそうそうかかるものでは無いが、思わずその姿に見とれてしまうネアだった。


「スミレ」
「······なに?」
振り向く暇を与えずに、後ろから抱き着く。
当然ながらスミレは耐えられなかったので一緒にベッドに倒れ込む。つまりは押し倒す格好になった。


「··················」「··················」


双方どうしたものかと固まる。
少しの間抱き合った後、ネアはスミレを起こす。そのついでにひょいとお姫様抱っこで抱える。······軽い。


「······遊んでない?」
「ないよー。」
「本当に?」
と、スミレがややジト目になる。まあ一連の動作で体力は消耗するので当然のことだろう。いくら愛があっても僅かに辛いものがあった。


すると、ネアの動きが止まった。
「······ごめんやりすぎた」素直に頭を下げる。
「············えーと」
正直なところ少しの意地悪のつもりで行ったのだが、結構重く捉えられていた事に微妙な気分になるスミレ。その時、身体のことは一時的に思考から追い出されていた。




考えるより先に心と体が動く。
出会ったばかりの時の心で、ますます強くなる愛の心で。
大丈夫、あなたは私の大切な人だから。私、絶対恨まないからね。




その場でネアに突進し、頬に唇を押し付ける。




────矛盾のようだが、数秒間だけ時が止まった。




廊下から足音がする。それを聞き、お互い慌てて我に帰って離れる。
頭がふわふわして働かない。多幸感に満ち溢れる。


「姐さん、そろそろ」
アヤメがノックもせずに現れ、久しぶりに姐さん呼びをしてくる。······何か察したのだろうか?ほとんど呆けたまま動いているネアにはわからない。
頭を振って無理矢理働かせる。だがその代わり謎の感情に満たされて、またもやふわふわと、ともすれば浮かびそうになる。


「······行ってきます」
「······うん、いってらっしゃい。気をつけてね」


扉が閉められた直後、スミレは勢いをつけて思いっきりベッドに倒れ込み、ネアは意味もなく階段を数段飛ばしで駆け下りた。

彼女らが我に返ったとき、一体何を思うのだろうか。

89:百夜◆4HqLjik:2020/09/14(月) 07:26

[寝ぼけながら書いたのでおかしい部分が多々あります。]


ネアが家から出ると、見慣れたようで見慣れない面々が勢揃いしていた。
アヤメ、カルトナ、ユノグとその侍女、コトミとシスター六名。合計ネア含めて十二人────人数に僅かに不安があるが、全員戦闘は出来るだろう。······ただ、不安なのがユノグの侍女、アリシアである。


「アリシア?申し訳ないが······」
「いや行きますよ、人数は多い方がいいでしょう?」
「死ぬぞ?軽く」
「やってみないと分からないでしょう。······一応私結界魔法と回復魔法マスターしてますし!それに剣技だって、ユノグ様のおかげで上手くなってる事も実感してます!······それに」
ここでアリシアは言葉を切って俯く。
「······それに、もし貴方が居なくなってしまった時······知らない事が怖いのです」


その言葉に対して、ユノグは答えを持っている。
「悪いな、私は有能な部下······つまりお前の方が大切なんだ。······死んで欲しくないのはお互い様だ」
このような台詞を恥ずかしげもなく言えるところがまた半端ではない、とネアはまだぼんやりとしている頭で思う。
······だがアリシアも引かないようだ。······自滅しそうな事など眼中にない。そして、その事を的確に突いてくるカルトナの存在も。


やはりというか、カルトナの柏手が素晴らしいタイミングで決まる。
「はいはい、お前らの主張はよく分かった。······だがアリシア、考えてみろ?······ユノグは今何て言った?」
それを聞いたユノグは思わず頭を抑えた。
······まあ、アリシアがきょとんとしていたのは救いだっただろう。······もう少し思考を戻せば言質を取れるレベルだったのだから。


「······?えーーと······」口を開けば疑問符だけのアリシアに、ユノグは向き直る。
「··················これ以上言わせるなよ、王族命令出さなきゃいけなくなる」
彼の雰囲気が変わったことを何とか把握したアリシアは頷くしかない。そしてようやく思考が追い付いたのかここで顔を赤くする。


その景色を無心で見ていたシスター達は戒律で禁止されている、そのようなことについて自分たちの将来を考えてしまった。神が居ないと助かりますね、と聖職者の立場はどこへやら。
それをこれまた無心で見ていたコトミが聞き、······教皇になった時は独断で戒律をねじ曲げてやろうと思ったのだった。


想いはどうであれ、時間である。大分小さくした光球はアリシアに手渡され、残りは全員闇に紛れつつ城を目指す。舟は使わず、風魔法の応用で飛ぶか、または水上を走るか。
······その点でユノグはアリシアを護れるか心配だったので、そっと息をついた。


一面は魔法でも使ったかのような闇。
後ろにある光を見失わないようにして、城へと急ぐ。

90:百夜◆4HqLjik:2020/09/15(火) 06:11

[ゴミ文章]




「────来るぞ」
上位暗視魔法と索敵魔法をかけていたカルトナが真っ先に気付く。
「どこから?」「正面、『範囲暗視』────ほら、アレだ」
カルトナの警戒は一瞬。その数秒の間に、飛んできた。


「ベルシリーズ一番槍ぃ、オレンジベル!いっくよーー!」


────オレンジの少女が単身、突っ込んでくる。
「うわきた」
その勢いを使った剣の一撃はユノグに止められる。だが、なかなか重い。しかも動きが早い。
「まだまだこれから!『縦回転』!」


そう唱えたオレンジベルの四肢の先が刃に変化し、······そのまま前に、空中で回転する。············刃の車輪である。
「目が回るーっ!でも、ここでお前らには消えてもらうんだよー!」
一瞬スカートが危なかったがもはや気にしていられる回転ではなかった。油断すれば細切れにされる。


だが、ユノグは落ち着き払っている。策でもあるのだろうか。
「(······回転は一方向。なら楽だ。)······さて。それで終いか?」
必殺級の回転斬撃を全ていなしつつも喋る事ができる彼に、オレンジベルは僅かに戦慄した。······
「······でも押されてるよね?ここから何ができるの?」
それは確認と挑発を兼ねる呟きだった。······実は無意識のうちに気休めの要素も入っていたが。


ユノグはそれには取り合わず、魔法を発動させる。

「『マジックパリィ』」


ガキンッ!という音がして、オレンジベルの回転がぶれ────左に弾かれていった。
その一瞬の隙を見逃すユノグではない。大剣を持ち替え、剣の腹を叩きつける。

「はぐっ······ぁ············」
オレンジベルの肋骨が嫌な音を立てた。その細身に衝撃が余すことなく伝播し、耐えられずに気絶する。······そしてそのまま、海へと真っ逆さまに倒れていった。




「······こんなものか」
落としたオレンジの少女が浮いてきたこと、そして気絶していることを確認し一同は軽く息をつく。
「······水飲んでるかもしれませんよ?いいのですか?」
「いや、そこまでは。いちいち時間取られる上に相手が相手だ。······せめて峰打ち程度にするのが精一杯だろう」


もはや戦闘と言っていいのか分からないほど短時間で決着がついた。
だが、これは前戯も前戯。本番は、蒼の城にたどり着いてからである。

91:百夜◆4HqLjik hoge:2020/09/17(木) 03:00

蒼の城内部。薄暗いが、数名を除いて集まるベルシリーズの全員がよく見える場所に、他とは明らかに雰囲気が違う少女が二人立っていた。


方や青のロングヘア、やや鋭い目、青のノースリーブ······そして首のベルに僅かな光沢と、服装もやや違う。彼女こそ、これまで話題にも出ていた、戦闘のブルーベルだった。どうやら間にあったらしい。

そしてもう1人、その隣にいる少女······こちらはさらに異色だった。水色の髪、服は他の少女の場合と大して変わらないが······深めの帽子を被り、そして本来なら首元にあるはずのベルが、持っている杖の先にあり······丁度羊飼いの杖のようになっている。
こん、と床を突くとちりん、と鳴る。その目は瞑想だろうか、薄く閉じられている。
······眺めていると、どこか幽玄とした風を感じる。彼女の名前はアクアベル。後衛向きなのだろうか?


そんなアクアベルが目と口を開く。
「オレンジベルがやられたよ」
交信か、千里眼でもしているのだろうかという的確さである。そして隣のブルーベルに視線を送る。
「まあ 仕方ないね。······さてと······城に入ってきたらよろしく そこからは分断して······1対1ならいけるよね。カルトナは私がなんとかする」このやや特徴的な話し方はブルーベルだった。

『了解ー』

全員が思い思いの配置につく。ブルーベルは遊撃にまわるようだ。······アクアベルは全員にこんな声をかける。
「皆、私たちはコズミック様の手駒だよ。だけど具体的には指示されてない。皆なんでもいいから戦って、危なくなったら逃げてもいいんだよ。······あと、自分の良心には従うこと」
「お母さんかな」ブルーベルが茶々を入れる。それに対して彼女は意味ありげなほほ笑みでこう言うのだ。「だってお母さんだもん」片目を閉じる。
「······そう」
それきりブルーベルは駆け出していく。それを見送ったアクアベルは、「············ね」と一息ついてから、また目を閉じる。
鈴の音と、杖が床を叩く音が響いた。


─────────────────────


城に向かう者たちの中で、一番後ろにいたコトミは目撃した。遥か後ろで浮いていたオレンジベルが突然の波に攫われたこと。······そして、城の入口に着いた時······突然出口がなくなり、部下のシスター以外の者、全員が消える瞬間を。


「────────······っ、警戒!」
たった一秒で我に返り号令。その間に、どこかで轟音が響く。まだ遠いが、いずれこちらにも同じような事態が起こるだろう。部下のシスターたちが我に返ったことを確認して、落ち着くように、と言い聞かせる。自分も戦闘経験はさほど無かったが、年長者、聖女の跡継ぎ(これはコトミが勝手に自負しているだけである)たる者はそう何度も狼狽するものではない、と。




覚悟に関係なく、声は響く。
『さて。私たちにどこまで戦えるか、見せてもらおうか?』

92:百夜◆4HqLjik hoge:2020/09/17(木) 22:17

「············やあ」


「······黄色······貴女は」
アヤメが邂逅したのは────いつしか刀を自分に作ってくれた、黄色の少女だった。

「······まあ見た目で分かるだろうけど。私はイエローベル。······巡り合わせは不思議なものだね」悠然と、ほほ笑みつつ彼女は言葉を発する。
「························」
アヤメは軽く額を押さえた。というのも、目の前の少女から、敵意はあれど害意は感じなかったから。······と言うよりは、彼女自身は口調から気付いていないだろうが────揺れている。


刀のせいか、とも考えたが、あの時の彼女の態度からそれは考えられない。物に愛着がないような軽さだったのだ。
······なら何だ?

そんなアヤメの内心を見てとったか、彼女は目を閉じる。そして口を開けばこんなことを。
「············実はアクアベルに良心に従えと言われててね。······君は知らない人じゃないし、丁度私の刀も持ってる。······出来れば退いてもらえないかな?」

アヤメは言いたいことがいくつかあったのだが、まず今浮かんだことを自然と口に出していた。
「いや出口わかりませんし、他のベルシリーズが見逃すとも限りませんよ」意地悪である。
「······君、変わったね。······じゃあ、ちょっと心苦しいけど、やろうか?」
「見逃すと言ってもその程度なんですか。······いいですよ。言っておきますが、私あまり弱くないですよ?」






イエローベルが微笑んだ、と思った直後、鼻先に殺気を感じたので後ろに跳ぶ。一秒おいて、上からギロチンが落ちてきた。
「(······殺気大ありじゃないですか!)」
心の中で毒づくと、今度は前方から、もしくは後ろから、左右から刃物が飛んでくる。




数分が経った。飛んでくる刃物やギロチンを避けつつ、アヤメはイエローベルの能力について考える。
「(······全部刃物ですね······なら、刃物を召喚する魔法······能力、でしょうか)」
この世界は魔法の世界だが、相手が管理者の部下?である以上魔法ではない可能性もある、とはカルトナの言である。ならば魔力切れは狙えないだろうし、そもそもこの相手に時間をかけていたら色々と怖い。


また、もう一つ分かったことがある。一回刃物を出現させると、それはもう操作できない。ただ出したらそのまま飛んでいったっきりだ。そこにどうにか活路を見出せないだろうか?


「『リフレクト』」
目の前に中くらいの大きさの、のっぺりした板を出す。これは物理攻撃を反射するものだ。
予想通り、前から飛んできた斧がそのまま跳ね返されてあらぬ方向に飛んでいく。が、その代わり背後から槍が飛んできて────間一髪、避けた。
その時、ありえないような跳ね返り方をした槍が、それを出したらしい魔法陣に吸い込まれるのをアヤメは見た。そして、イエローベルが体勢を崩したところも。


[ちょっとあとがき]
投稿量多いって出たので断腸の思いで分けます。

93:百夜◆4HqLjik hoge:2020/09/17(木) 22:18

瞬間、アヤメは彼女の前に飛び込む。
刀と慌てて出したらしいダガーがぶつかる。────力の差は分からないが、そもそも刀とダガーの鍔迫り合いなど成立するはずがない。

イエローベルは何をしてくるのだろうとアヤメは警戒する。
次の瞬間、後ろから何かが飛んできた。それはまあ確実に刃物、当たると刺さる。なので離脱しようとした────────イエローベルが刀を掴んで離さない。

一瞬思考が止まる。
刀はびくともしない。



「(······まずっ············────ならっ!)」


この時アヤメには刀を手放してでも避けるという、ほぼ一つしかない選択肢があった。だが、アヤメはあえて選ばない。

背中に大型のナイフが三本刺さり────そして、『体内に出しておいた』リフレクターが、ナイフの向きと勢いをひっくり返す。
もう一度身体が抉られるが、それは問題ではない。むしろ体内のリフレクターで内蔵が圧迫、もしくは傷つく方が問題だった。

だが、イエローベルにも三本のナイフが刺さる。
────そう、魔法陣にそのまま返せば、それは相手にも影響を及ぼすという弱点を、アヤメは一瞬で見抜いたのだ。


血を吐きそうになりながら、ふらつくイエローベルを渾身の力で投げ、そして喉元に刀を突きつける。何故か彼女は抵抗しなかった。


「······負けたよ。油断してたね。······さ、やっちゃっていいよ」
半ば諦めた彼女の言に、しかしアヤメは首を振る。
「············できません」
「どうして?」イエローベルは本当に、本当に不思議そうに聞く。
「······だって貴女は恩人なんですから」
「············それだけなら、」
「いいえ。とにかくなんでもいい、貴女は斬りたくないんですよ······」
刀を鞘に収める。
「············後悔するよ」
「とか言って、もう殺気ないじゃないですか」
またもや意地悪が炸裂した。······今度こそ、イエローベルは天を仰ぐ。
「························あぁ、もう······」
両手で起き上がり、散乱した刃物を魔法陣に収めていく。当然ながら、アヤメの刀はそのまま。
そしてあらかた終わった時、
「いや、もうさ。······恥ずかしくないの?あと、疑わないの?」
「······目を見れば分かりますよ」前者の質問は完全無視。スミレやネアと接するような暖かさで、金の瞳と黄の瞳を合わせる。
顔を背けるのはイエローベルである。
「······天然怖い······」
「ふふふ······」
アヤメの微笑みは止まらない。イエローベルは心臓が動くのを感じて、そそくさと立ち去っていく。
「······じゃあね、今度は敵じゃないといいね。」




それを見送ったアヤメは、最後まで後悔はしなかった。
その代わり、色々あって傷ついた体の治療を始めた。

94:百夜◆4HqLjik hoge:2020/09/30(水) 22:06

所変わって。


カルトナは伝説の魔法使いである。彼を超えるような存在は、不死身でもない限り現れないだろう············丁度、ネアのように。
だが彼にも脅威は存在するのだ。

「おい出て来い。見てるのは分かっているんだ」そう、今のように。
彼は全神経を索敵に集中させる。その位置からは見えない、上の死角に誰かがいる。まあ間違いなく敵だろう。それも、かなり有能な。
軽く左に跳ぶと、丁度そのゼロコンマ数秒後にカルトナがいた場所へと、寸分違わずに青髪の少女のドロップキックが炸裂する。亀裂が走った。


「ブルーベルか。面倒な」
「それはこっちの台詞 ······すっごく面倒」




決戦のゴングは鳴らない。その代わり、城中余すことなく轟音が響いた。

ブルーベルの全力の蹴りを、カルトナは岩を出して防御する。しかしそれは一瞬で砕け散った。だが、カルトナには当たらない。ブルーベル共々涼しい顔である。
そのまま飛び蹴りが放たれるが、カルトナとて黙ってはおらず、相手の顔面が通るルートに火球を放ち爆発させる。


······下をくぐり抜けるか上半身を反らすかして避けられたら串刺しにする予定だったのだが、しかしブルーベルは上に跳ぶ。
常人を遥かに乖離した反応である。······が、それでは終わらず、あろう事か魔法陣からもう一人のブルーベルを生成した。
一人、二人、四人────カルトナを包囲しようと、浮いたままじりじりと距離を詰めようとして────


一瞬後、本体を残して、噴き上がる炎により彼女の分身が全て、消し炭になった。

また、それは一本などでは無い。彼女の逃げ道、もしくは攻撃の手を塞ぐようにして、何本も、何本も。




だが、彼女は笑っていた。
「────あまり見くびってもらっても困る」

95:百夜◆4HqLjik hoge:2020/10/02(金) 07:27

「(······まあそうだよな。せいぜい時間稼ぎか)」

カルトナは心の中でため息をつき、次の魔法の準備にかかる。いや、正確にはかかろうとしていた。······丁度そこに、炎を裂いてブルーベルが飛んできた。
────その手にはいつの間にか斧が握られている。


「くたばれぇぇぇぇぇぇぇぇっっ!」
「想像以上だまったく!『身体強化』!」


砲弾のようになったブルーベルが飛び込んでくる。首を落とすつもりだったらしい斧の軌跡は、しかしとっさに身を引いたカルトナの肩を抉る。
肉が裂かれ、血が噴き出すが、斧は骨を通らない。十分な威力があったはずなのに。

「身体強化······ そういうことか」
ブルーベルに大きな隙ができたその瞬間、彼女の体が竜巻に呑み込まれる。
数秒間耐えたが······『竜巻が』敗北した。


廊下を埋めていた風の奔流が、刹那の声無き悲鳴の後に消え去った。
······そのまま向かってくる姿に、流石に余裕が崩れ始めるカルトナだった。
「(······怪物だな······相変わらず············)」


······だが、全ての実行者たる彼女もかなり傷を負っている。全身に軽い火傷、切り傷。わずかにふらつく。
だが、決して倒れなさそうな芯がその大して筋肉質でも大きくもない体に宿っていた。

さて······傍目から見たらどちらが悪役に見えるだろうか······?······そもそも『絶対善と絶対悪の戦い』が存在しない以上、この現象は時たま起こりうるものなのだ。


今度の彼女は魔法陣から衝撃波を出してくるようだ。身体強化をかけているカルトナにはあまり効果がないが、それが解かれると軽く吹き飛ばされそうな威力があった。······しかも、見えない。
しかし、まだ彼には手が無数に近いくらい残されている。
「(この場合は読心だ。これでどこに来るのか見えるぞ!)」
人の心を読むのは僅かに残っていた良心が痛むが、やむを得ない。


······次第に状況が悪くなってきたことを察したブルーベルは、一度カルトナから距離をとる。そして気付いた────彼女の戦闘に特化した感性で無ければまず気付くことのないような、読心魔法特有の不快感に。

「························」

そのまま慎重に距離を計るブルーベルに向けて、大分余裕を持ち直したカルトナは一歩踏み出す。その身に伝説の魔力を宿しながら。

「さて、相手が悪かったな············!」




鈴の音が響く。




彼が我に返ったとき、そこにブルーベルの姿はなかった。




【ちょっとあとがき】
ベルシリーズの裏話書きたくなってきた

96:百夜◆4HqLjik hoge:2020/10/05(月) 05:46

【軽いグロ注意】


······血が、散らばっている。
ネアがその長い長い廊下に出た時には、大軍と大軍がぶつかったのだろうかと思うほどの有様だった。······何故だか死体や臓器はないが。
先程味わった、この城は何が待っているか分からないという教訓を胸に進む。血を避けながら。

「························痛っ」
その時だった。左手の子指が小さく切れていたことに気付く。
強く押せば血が出てくる程度の、軽い傷だった。それこそ日常でいくらでもあることのような。


実際ネアは一瞬立ち止まったくらいで気にも留めない。
そのまま歩いて行こうとして、
────索敵魔法に強烈な反応があった。どこ、と一瞬の時間の中、その方へ目を向けると。
いつの間にか立っていた赤黒い見た目の少女が、血溜まりだったものを、ネアに向けて伸ばした所だった。軽く、早く。
咄嗟に避けようとしたが、指を押さえていたためか、左手の動きが一瞬遅れた。
そのままそれは小指の傷に到達し、




【記録削除済み】




「(────············っ!?)」
ネアには今の一瞬で何があったのかは分からない。······だが、思わず両手を交互に見てしまう。······それは元のようにしっかりとしていた。


────だが、一つ確かなのは。
どこかから聞こえる鼓動が、恐ろしい音を奏でているということだ。
ドグン、という焦燥感を誘う音に責め立てられ、一瞬で決断する。
あの少女の色は赤黒────つまりは血の色だった。なら先程、一瞬見えた光景のように血に関係した魔法か能力が大体だろう。

それなら、炎で血を焼き尽くせば解決だ。




【投稿量が大きいと出たので断腸の思いで切ります】

97:百夜◆4HqLjik:2020/10/05(月) 05:47

【続きです】


先程ネアに最高威力の攻撃────自らの血を接続させ、その血に乗り移り『破裂』させる────をお見舞いした血の少女は、まだ相手が動けることに驚いていた。
肉体面では不死があるのでまあ再生されるだろうとは思っていたが、その攻撃がが精神に与える影響は計り知れないであろうと思い込んでいた。
それが蓋を開けてみると、まだまだ動けるように見える。ともかく、今度はどうしてやろうと血を先程の攻撃で出来たもう少し大きな傷に向ける。一瞬でも血液が混じればこちらの勝ちである。

『炎陣』

突然焼き払われた。
ネアを中心として、恐るべき範囲が。
思わず血の少女は足元の血の中に逃げ込もうとするが、焼かれるということで思いとどまる。そして血溜まりがない場所まで下がる。
その目の前で全てが焼かれていった。相手が撒き散らしたものも、苦労して撒き散らした己の血も、全部。




焼いた張本人であるネアは知る由もない。今焼いた有機物の中に、自らの記憶を自らの手で操作した証拠があったことを。
······そうだ。そうなのだ。あれだけのことがあって、普通なら無心では居られないだろう。
··················だが、もしどこかで自分がした事を知ったとしたら、彼女はどう思うのだろうか。




烈火と煙が晴れた時、そこには血の少女はいなかった。燃え尽きたか、逃げたか。血溜まりはほぼ燃やしたので、あるとすればその二択だろう。
だがともかく、さしあたっての恐怖は消えた。
やや安心したネアは大切な人のことを思い出して士気を上げようとして、頭痛を感じた。
別にスミレを思い出したからでは無い、事実他のことを考えていても痛みは浮き上がる。

······だったら多少痛くても大切な人の事を考えてれば良いよね、との思考でいろいろと思い返す。
············あれはどういうつもりだったのだろうか?そう考えると頬が熱くなる。




立ち上がってまた歩き出す彼女の姿は、当然のようにアクアベルの知るところだった。だが、様子がおかしい。
「······いくら不死身でもあんなことできる人って限られてると思うんだけどなぁ············」
その呟きには畏怖が含まれていた。丁度そこに『戻されてきた』血の少女────ブラッドベルも、それに同意の頷きを見せた。




ネアは無意識だったが、大切な、平和な毎日の為にはなんでもするという心があったのかもしれない。

98:百夜◆hJgorQc hoge:2020/10/11(日) 13:43

「······ふむ?············三人か」


ユノグは煙の中に居た。と言っても何かが燃えた煙ではなく、視界を奪う目的らしい。灰色に染まる。
······だがここは魔法の世界。索敵魔法が使える以上、敵の位置は明白である。

「(······左)」

おおよその気配から、左の敵は細剣を持っているらしい。······タイミングを読んで避け、相手の手を掴んでその勢いで投げる。············スミレはこれを見て合気道みたいだと思うかも知れない、そんな立ち回りだった。


数秒、煙が晴れる。
ユノグの視界に映ったのは、無表情でこちらを眺めている灰色、受け身に失敗して今まさに顔面から床に落ちた桃色、そして好戦的な笑みを浮かべる肌色。
────────の、少女たち。
最早そのはっきりと分かる色がトレードマークである。

灰色のグレーベルと目が合った瞬間、また煙が周囲を包み込む。······その時、彼女が微笑んだような気がした。




「(······索敵魔法が使える以上、マシか············なら、グレーベルから潰す······)」
色合い的に、おそらくグレーベルを倒せば鬱陶しい煙も晴れるはずだ。······だが、そのためにはピンクベルとパールベルの攻撃を受けないようにしなければならない。まあユノグは躱すなら気配だけでできる境地まで達しているのだが。

「せいっ!」
「声だけは可愛らしいなぁ!わざわざアリシアに合わせやがって!」
再びのレイピアを躱した直後、ピンクベルの腕を蹴り上げる。腕が棒のように伸びきっている。ユノグにとっては格好の的であった······が。


第六感のおかげで避けた彼が一瞬前までいた場所に、パールベルが何かを投げていた。······何かが焼けるような音。酸だろうか?


再び煙が晴れる。
そのまま消えていく。······と思っていたら、グレーベルが翳した手から、いくつかの灰色の玉が出てきた。
「死煙球。······包み込んだ相手は窒息して死んでいくんだよ」無言、無表情を貫く彼女の代わりに、予想通り床を溶かしたパールベルが言う。
······その彼女も、周囲を酸で埋める準備は出来ているらしい。
そしてまた立ち上がったピンクベルもそれに倣う。


「(お遊びは終わりか。······なら、私も本気でいくか」
自身の体に身体強化の魔法をかけようとする。······すると、ピンクベルが顔に満面の笑みを浮かべて、


「『ハートキャンセル』」


······途端、魔法が使えなくなった。

99:麗花◆hJgorQc hoge:2020/10/18(日) 10:20

「······························」
ユノグは思わず一歩下がっていた。体がわずかに重くなってる。


「······なるほど、こんな感じなのか············」
飛んで来た灰色の球を走って避ける。······普段から身体強化魔法をかけていたツケで、跳んで避けるということに慣れてしまっていたのだが、ここは冷静に判断できるあたりユノグだった。
もし跳んでいたら、確実に先読みして投げられていた酸の球にぶち当たっていただろう。


じゅっ、という音が響く。


「(······さて、どうしたものか······流石に全員を一度に相手するのは無理がある······)」

避け続けながら思考を進めていく。······息が少しずつ上がる。スタミナも人間離れしているユノグだが、あまり時間はかけられないようだ。


「(────まずは)」

左で様子を伺っていたピンクベルを強襲する。彼女の気配を感じて今思い付いたので、本当に付け焼き刃の作戦である。

だが効果はあったらしい、驚いた彼女は防御もままならずユノグの近くから跳んで離れる。
······だが、スイッチだと言わんばかりに他の二人も突撃してきた。

「(······まあそうだろうな。······その展開は読めてた)」





真っ先に懸念要素のパールベルを狙う。突撃してきてもグレーとピンクからは一歩下がったところに居たので、格闘は苦手らしい。
それでも持っていた剣で鍔迫り合いしようとするが、ユノグが持つ剣は大剣の宝剣である。······そもそも、身体強化がかかっていなくとも彼は強い。
パールベルが体勢を崩し、隙と時間が出来た瞬間に、頭に回し蹴りを食らわせる。容赦などなかった。


その時、脇腹に激痛が走る。
······追いついてきたピンクベルのレイピアが炸裂したらしい。
わずかに顔を歪めつつ、吹っ飛んで行ったパールベルの行き先を一瞬見て、


「そこは心臓狙えよ!」


返す刀で、背後にいた少女に肘打ちを食らわせる。······と、その時、正面から灰色の球が飛んできたのでわざと屈む。

······当たった。


ピンクベルが悶え苦しんでいるのを見て、グレーベルも流石に無表情を崩す。やったのは自分であるが、原因はユノグなので、ちょうど刺さったレイピアを抜いた彼に向けて今までにない密度の煙を放つ。


「······黒雲煙。帯電してるよ」
「雷雲、って所か」
「逃げても意味ないよ、まとわりつくから」
「············へぇー······」


煙で視界が消える寸前、グレーベルの正面にたどり着き、······そこで『金属』らしき何かに止められる。
「あって良かった盾······!」
「············阿呆か」




その時、雷が生まれた。
「えっ?」
グレーベルに炸裂した。
彼女は、消えていく視界の中で何を思ったのだろうか?




「············」
ゆっくりと煙が晴れていく。
周囲には、倒れて動かない、もしくは動けない少女三人が転がっていた。

100:麗花◆hJgorQc:2020/10/23(金) 00:05

100レス!
(100話ではないですが)
ありがとうございます!マイペースですが、これからも更新していくのでよろしくお願いします!
───────────────────


アヤメは身震いする。
······それは悪寒だった。
先程の傷を抉られるような────そんな、激烈な悪寒だった。
強者からの圧迫感、······カルトナや、ユノグの比ではない。いや、彼らは味方だ。
なら、この感じる視線は?簡単だ、敵だ!強い!




「『マッハスピード』!『タイタンパワー』!」
「っ、ブルー······!!」
ベル、までは言わない。
咄嗟に刀を地面に着け、そのまま力を込めて跳ね上がる────瞬きしないうちに、地面が抉り取られていった。
アヤメの数十センチ下だった。間一髪······というか、もはや別の何かを感じる。
ブルーベルのオーラが消えたのを確認したと同時に、空中で一回転······そして、下に回ってきて迎撃しようとする彼女に向かって刀を投げる。
切っ先は下に。つまり彼女の顔に。
まさか投げてくるとは思いもよらなかったらしい、反射的に避ける。······その隙に着地、刀を掴んだ。
······やや乱暴な使い方をしているが、刀は決して折れない。アヤメのように。······また、作者の願いのように。
そして跳んで距離を取り、


「······やるね。 ······さて、本気出そうかな······」
ブルーベルはまだ本気ではない。
魔力が凝縮される。
ぴょん、とそこで一回跳ねる······そして、両手に剣を持ち、アヤメに殺到した。
連撃、······鉄と鉄、元より材質は互角······ならば、速く、多い方が勝つ事は目に見えている!
しかし、それをするには相手も黙っていない。
ちょうどアヤメが、連撃に辟易して一歩下がる。
それを追おうとしたブルーベルは反射的に身を引いた。······一瞬前まで彼女がいた場所に、リフレクターのギロチンがあったのだ。


「······っ!」
リフレクターを避けてブルーベルが突っ込んでくる。障害はもはや何も無かった。
アヤメもここは正々堂々と受けようとして、······二十秒。······それだけで、体幹が崩れ、姿勢がガタガタになった。
その一撃は体の芯を壊す。


「『身体強化』」


容赦などなかった。




「(············これは、きついですかね······)」


一瞬、アヤメの意識が浮上した。向かってくるブルーベルには勝てる気がしない。······なら、自分の出来ること······すなわち、やるべき事とは?

101:麗花◆hJgorQc hoge(´・ω・)ネアー:2020/10/23(金) 22:25

今でも城の各地で戦いが起こっているだろう。
······信じたくはないが、もしかしたら負けてしまった者も居るかもしれない。
······それに、今アヤメの目の前に立つ少女────ブルーベル。アヤメは知らなかったが、カルトナと戦って、決着つかずになったほどの強者だ。
······しかもそれでいて、まだ力の全貌ははっきりしない、とは。


「『身体強化』······いくよ !」
「(二段目っ!?)」
先程の攻撃は防ぎきったものの、体幹はほぼ無くなってしまった。······それでも動かなければ、粉砕される。

「上っ············!」
「······なるほどね ······けど」

一旦上に逃げて体制を立て直そうとするも、衝撃波がアヤメを襲う。······全身を捉える魔法陣。
「っ、ぐぅ······!」
全身が痺れ、口の中を鉄の味が支配する。そうして吹き飛ばされた着地点に、既にブルーベルは回り込んでいた。
「······はっ!」
左手を突き出して突風を起こし減速、ついでにブルーベルの位置をずらす。
そうしてできた一瞬の時間のうちに回復魔法を構築し、それを自身にかけながら着地、そして本能に突き動かされ回避······アヤメの眼前を、岩砕きの蹴りが通り過ぎていった。


······ここまで十秒足らず。
戦況はさらに加速する────

「まだまだ」
アヤメの目には、相手が瞬間移動でもしたかのように見えた。······明らかな不利。追いつかない。
しかし······彼女の父は······?
「(············最期になるにつれて強くなってましたよね)」
最期────単身魔王と渡り合うほどの底力。······彼はその時まで無傷で、なおも誰かを守ろうとしていた。
············そうだ。
諦めるな。
とっくに傷は負っている。
もう、もはや止まれない。
······こんな言い方をすればあの二人は悲しむかも知れないが······、
『命を懸ける。』
死んだら終わりであるが······だからこそ!
命を懸ける価値、というより意味がある!!


「······っ!」
全てを破壊するはずの拳が、刀によって留められる。血が噴き出た。
衝撃波はリフレクターによって受け止められ、跳ね返される。······それでも一部はアヤメに吸い込まれるが、ずっとよかった。
分身は放たれた光球により浄化された。············聖女の血。

世にも珍しい刀と拳の鍔迫り合い。
······それは、ブルーベルが根負けする形で終わりを迎えた。······骨まで達したらしく、その手はぶら下がっていた。
アヤメも、もはや意思によって練られる魔力によって立っているといった形だった。




······また、残った拳と刀とが激突した。
────次の瞬間、刀は上に舞って、
拳は腹に突き刺さった。


周囲が血の泥濘に埋まる────────勝敗は決した。

102:麗花◆hJgorQc:2020/10/31(土) 00:27

さて、カルトナは先ほどの戦闘でやや消耗していた。コズミックを除けば、敵の中でも最強であろうブルーベルと戦ったのだ。
有利だったとはいえ、向こうは身体強化を使っていなかった上での互角であった。
出来れば仕留めたかったのだが、逃げられた以上どうしようもない。早目に裏で糸を引いているアクアベルを倒してしまいたいな、と思うのだった。


······と、思考に没頭していた彼は、そこで部屋に突き当たる。
今まで見てきた限りでは廊下だけで到底部屋などなさそうなのだが、と思いつつ通り過ぎようとしたその時。
────宝物庫らしく、そこそこの金が見えていた。······それが熔けて、一つになった気がした。 思わずそちらを見る。

何もなかった。

······その代わり。部屋の壁を破り、金色の波が押し寄せた。




常人ならまず右往左往、立ち往生するだけになりそうなその恐ろしい波に、生ける伝説たるカルトナは立ち向かう。
目が眩みそうになりながら、
「『キングダムアクア』」魔法を唱える。
その水は全てを呑み込む。

「『アクアランス』!」
続いて射出。金の波の各所に次々と穴が空いた。······数秒。不思議な水と、大量の金がせめぎ合う。

「『シャットダウン』」
金の流動性が、一時的に消える。 ······その時、全てが金色で、輝く少女が現れた。

「ゴールドベル。······金のお風呂はいかが?」
「遠慮する。······金の融点······分かって言ってるんだろうな?」
「······じゃあいくよ。背中流してあげるね?『溶融』······そいっ!」

熔けた金が上から降ってくる。灼熱は溶岩にも勝るとも劣らない。
身体強化を施し、横に跳ぶ。

「······そうだ。ゴシゴシしなくちゃね!」

────その方向から、(幸いにも)『固体』の金が迫る。
丁度、カルトナを殴りつけるような勢いで。


「痛っ············!」
自らの勢いを殺せず、また水が間に合わず、したたかに打たれた。
······が、それでは終わらない。




「············呑み込め、『黄金狂』」






【ちょっとあとがき】
Googleレンズの試験運用です。
見苦しい文章、おゆるしください。

103:麗花◆hJgorQc:2020/10/31(土) 21:01

「············呑み込め、『黄金狂』」


「······ははっ」
カルトナは薄く笑う。
不思議な水が間に合った。······『黄金狂』の圧倒的な波に対し、数秒拮抗する。
それでも金に包み込まれていく方が早い、だが。

その間にカルトナは体勢を整えた。


「どうした?そんなものか?」挑発する。······手段はまだまだ豊富だ。その上での挑発。
「······へぇ?」
······ゴールドベルはそれに乗ってしまった。さらに金の量を増やす。······もしかしたら、ここの宝物庫はこの為にあったのかも知れない。


慢心、余裕、焦り────彼女の心に、三つの不純物。
読心魔法が入り込むには十分過ぎた。

さあ、反撃が始まる。




ゴールドベルの真後ろから爆音がした。前方を固めた上で彼女が見ると、炎が今にも触れんとしていた。······金の鎧で受け止める。
その間にもカルトナは走る。
相手の心を読み、然るべき場所に攻撃を叩き込み、相手の攻撃を避け、気付かれないままに一手ずつ追い詰めていく。
······読心のお陰と思うなかれ。むしろ、脳で大量の情報を処理しなければならない以上、平常時より数倍負担が増す。
カルトナの他には、到底出来ないようなことだった。


そんなカルトナの動きに、金を操作することで夢中なゴールドベルは気づかない。
······ただ、「よく避けられるようになったなぁ」とか「攻撃が届くようになってきたなぁ」······そんな程度であった。

だが相手の動きを制限する所までは思考が割かれたらしい。
溶融した金を地面に流す。
······だが。
その時すでに、カルトナは用意を終えている。



反撃────そして逆襲。


突然、廊下を埋め尽くす程の洪水が彼の背後に生まれる。色は何故か透明に近い────深い、碧。
その色に、恐怖を感じてしまうほどに。
水と金がぶつかる。
一瞬で蒸発する────が!それよりも押し寄せる水の方が多い!


金が凝固し、ゴールドベルは手段を失う。······と思われたが、······固められたままで、それを浮遊させた。

そして、息が切れぬうちにそれを極限まで細く············。水を切って、カルトナまで届くような。······そう、銛。


ゴールドベルに泳ぐ力はない。······それでも金に押されて、洪水の中をカルトナ目掛けて突進してくる────!

······カルトナはそれに応えた。自らの杖で銛を、払おうとして────
······その前に、ゴールドベルが力尽きた。水を飲み、息が消え、······浮いていく。
意識が消えたことを確認した上で、カルトナは洪水を引かせる。


後には、歪な形の金が、点々と残っていた。

104:麗花◆hJgorQc ハロウィン!:2020/10/31(土) 21:05

【ハロウィンハロウィン!
間に合いました、番外編です!】




────もし、文明がもう一度崩壊したとして。
それでも貴女は、隣に居てくれるのだろう。

······管理者がやけを起こして、ゾンビウイルスをばら蒔いても。
············それでも、貴女と私は生き残って······変わらず、平和に生きていくのだろう。


そんな夢を見て、······目を覚ます。
············確か今日はハロウィン。文明が変わっても、管理者が変わらなければ、これも変わらないのだ。

あぁ、何か不思議な夢を見た気がする。······そうだ。猫耳でもつけて、ネアが起きるのを待っていようかな。

────────────────

起きたら天使がいた。
······私の錯覚だっていうことは理解してる。············いや、本当に。
猫耳のスミレ······


何かあったっけと脳内を探ってみれば、今日はハロウィン。仮装してお菓子を貰うんだっけ、確か。
······スミレは霊魂が何だとか言ってたけど、······どうでもいいや······
えいっ、ぎゅー!


────────────────


この世界にもお菓子というものは存在するのであった。
いっそ二足歩行の怪物の街という様相を呈している王都を二人はゆく。猫耳スミレと、普段着ない典型的魔女の格好をするネア。


······魔女と、使い魔の猫?それとも、猫を可愛がり振り回される魔女?

どちらでもよかった。
共に寄り添って生きていけるなら。
共に平和を謳歌できるなら。


城の窓からお茶目なユノグと付き合わされたアリシア、ヴァンスが、魔王の仮装をしたカルトナの協力で大量の飴を降らせている。
修道女達は鎮魂にあちらこちらと駆け回り。
アヤメはさらに和服少女の趣を強くし、のんびり喧騒を眺めている。

······そんな、様々な様相を眺めていた色とりどりの少女達は············どこか、寂しそうに街を歩いていた。カボチャに扮した、楽しそうなオレンジベルは例外だが。




「イエローベルさん」
「············あれ、······え?」
他のベルシリーズから離れた路地を歩いていたイエローベルの前に、降り立つ和服少女。
「······あー。そういうことですか······行きましょう」
「······え?いや、アヤメ······私は、別に」
「本当に?············あれだけ寂しそうにしていて、ですか······?」
······アヤメの声に僅かに悲しみが混じる。まるで本当に心配しているかのような。······いや、本当に心配して、来てくれたのだ。


────祭なんですよ。仮装?そんなの二の次です!一緒に行きましょう!
······イエローベルの性格を考慮した一言だった。


「······ありがとね、」
その一言は、ハロウィンの喧騒に紛れて、············温かく、消えていった。

105:◆hJgorQc:2020/12/17(木) 06:57

ネアは方角を測っていた。城の中心に近いのはどこだろうか、という考えだがなかなかそのような廊下が見えてこない。
急がねばならないのだ。
城の各地から戦闘音が響いてくる。それでも、大規模策敵魔法を使うとまだ敵は半分以上いることがわかる。
――――もちろん敵を皆殺しにする必要はない(はずだ)。気絶に追い込めば心が痛まないで済む。相手もそのようなことを思ってるとは限らないのでこちらの命も危ないのだが。
ただ、ネアは死なない。まだ不死が残ってる時点で信じられないのだが、もう利用し尽くすしかないだろう。
スミレは利用の仕方に少し快く思わないだろうが、ネアとしては彼女を助けるならある程度は無茶をするつもりである。
強力な魔法使いの無茶。でなくとも、この城の構成物質が違ったら既に半分消し飛んでいるレベルの戦闘が起こっている。
……人間は、どこまでやれるのだろうか。




「……痛、い?」
突然だった。
ネアの全身を痛みが襲う。
物理ではない。音はしない。
どのような方法で、どんな攻撃をされているかはわからない。しかし、一つ確かなことは、
策敵魔法。今自分がいる廊下の先に、誰か――――敵が立っている。
廊下を塞ぐ大きさの火球をそちらに放つ。気絶に追い込むとは一体。

―――が、次の瞬間、ネアの心臓が 止まった。


胸に突然起こった灼痛に思わず蹲る。
意識が遠くなる――――しかし次の瞬間拍動は正常に戻っていた。
冷や汗を感じる。今まで経験したことのない感覚だった。
よろつきながら立ち上がる。
視線の先には、不思議な色をした少女が歩いてくるところ。


「……さすが不死。すごいねぇ……心臓止めたくらいじゃ堪えないか」
「……何を……何をしたの」一言目がそれだった。もはや間抜けなようである。
予想外に遭遇すると人は思考を止めてしまう。それが長いか一瞬かが、素人とプロの違いであるのだろう。
「心臓を止めたんだよ。……ん、そう言うことじゃない?いいよ教えたげる。ただし、私に勝てたらね!」
よく喋るがさすがに相手に対策されそうなことは言わないようだった。




「私はパドマベル。地獄で裂け、咲け――――蓮の花!」

106:◆hJgorQc:2020/12/21(月) 21:07

紅蓮。
それは地獄の名前である。……そこに落ちた罪人はあまりの寒さに体が折れ裂け、紅い蓮の花のようになるという。
そして、サンスクリット語では紅蓮を――パドマと言うのであった。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


パドマベル。まさしく髪、服の色は蓮の花のようだった。
ネアはまだ彼女の能力が何かということはわからない。
彼女には仏教の知識はない――そもそもこの世界に存在するのだろうか。

もう一度不可視の攻撃が来る。
再び心臓が止まる、が、今度は一瞬だけ見えた。
――空気が一瞬にして冷やされ、液体となることで見える、霧が。
つまり、急激な温度変化によってネアの心臓を止めたのである。
だが、彼女の思考は先程より早く戻ってきた。


常人なら既に二回死んでいる。
なので本来ならこのようなことは起こらない。
しかし――人間とは順応する生き物である。
そして、彼女は簡単に死ぬ常人ではなく――不死身の人間だ。
すぐに立ち上がる。血流が悪くふらつく。
しかし三度目はないとばかりに、先程より大きい火球を連発した。

だがパドマベルも常識外れである。
なんと彼女は炎を凍らせて消した。
もちろんこれは比喩であり、単純に周囲の空気の温度を零下二百五十度程度、つまり酸素すら凍る温度まで下げただけなのだが。
空気すら固体になる。
そして――大抵の衝撃は楽に受け止める壁が、みし、と悲鳴をあげた。
――――異様な空間だった。
まるで時が止まっているかのように――だが、確かに。
その絶望的な冷気は、少しずつネアの方へ迫ってきていた。




ネアも気配から察する。何かがおかしい。
なら、こちらは、

つい、とパドマベルの上の空間に指を向ける。
……次の瞬間、大量の水――否、『凍りすぎた』氷が出現し、上から落ちてくる。
現れた瞬間凍り、そしてすぐ下の氷と結合し――大きさと質量は膨れ上がってゆく!
その間にネアは何かの準備をしているようだった。

パドマベルは急いで氷の範囲から脱出しなければならない。
実際全力で逃げ出す準備はできていた――が。
さすがに無茶だったらしい。その場で倒れ込む。

「……氷に潰されるとは……これじゃあこっちが蓮の花だよ……」
「……いや、潰さない」ここでネアが口を開く。
「えっ?それはどういう――」
「ただし。ちょっと熱くなってもらうよ」


氷の真上から、どうしようもなく朱色の半固体が降り注ぐ。
……あぁ、これこそが普通考えるであろう『地獄』の色だ。熱さだ。

溶岩が、氷に触れた。
秒を数えぬうちに空気は温まり、氷を一瞬で水蒸気に変える――爆発的な体積の増加。
文字通り、爆発が辺りを席巻した。



逃げ切れなかったネアは少し飛ばされた。だが、中心部のパドマベルが意識を保っている筈がなかった。


息を整え、また城を歩いていく。

107:◆hJgorQc:2020/12/21(月) 21:47


【番外編時空:冬至
百合注意】


「さむーい」
「ねー……そろそろ中はいろっかー」

島はちょうど冬真っ只中であった。
薄暗く厳しい寒の中、スミレとネアは震えながら家へと入る。

「最近日が落ちるのすごく早いですよね」
アヤメが二人を出迎えながら言う。
リビングにある暖炉は既に火がつき部屋を暖めていた。

「だね。もうそろそろ長くなり始めると思うんだけ……ん」
そこでスミレは窓を開けて、沈みつつある太陽を眺めた。
数秒何かを考える。
そして、

「あ、今日冬至だ」
「「……冬至」ー?」
ネアとアヤメは同時に首を傾げる。

「えっと。一年の中でも一番日が短い日なんだけど……私のいた時代だと、健康を願ってカボチャとか食べたりゆず湯に入ったりするんだよ」
「……いいねー」
「スミレ姐さんの料理食べたいだけじゃ……まぁいいですけど」
即答したネアをアヤメはジト目で見るが、……その気持ちは凄くわかったのであった。




「いとこ煮とゆずの絞ったやつを薄めた飲み物だよ。お好みではちみつをどうぞ」
晩御飯はサンドイッチだったのだが、同時にこれも出た。見事な和洋折衷である。
ちなみにカボチャを切るとき、手伝ったネアが手を切ってしまいスミレに絆創膏を貼ってもらうという一幕があったが割愛。
この世界にも絆創膏はあるようだ。

「……甘い、おいしいー」「ほんとだ……」「どんどん食べてね。来年も健康に過ごせるように」「ありがとねーほんとに……もぐもぐ」「食べてる途中は……いや、いいや」



お風呂回。
二人ではやや手狭だったが……スミレとネアは柚子湯を一緒に堪能していた。

「私を作った人たちの一人がね、年中行事にすごく熱心だったんだよ」
「……うんー。それ、すごくいいと思うよー」
「うーん……ちょっと文化違かったけど」
「ううん全然ー。……というか正直言って文化なんてどうでもいいかもー……。スミレとこうやって、美味しいものを作ってもらってさ……本当に、幸せだな、って」

えへへー、と心から幸せそうな顔をする。
スミレの中で何かが切れる音がした。

「…背中流すよ」
「ほんと?ありが……ひゃっ」

ネアの背中に、抱きつく。
……言葉はない。
ただ、愛しい人の火照った温度を感じていたかった。


「……スミレ、あの」「……ネア」「はい」

「もう少し、このままでいても、いい?」
「…………うん」


冬至なんて関係なかった。
今日も、星が瞬いている。

108:◆hJgorQc:2020/12/22(火) 07:24

城に入った六人のシスターとコトミはある部屋に入っていた。
大量のベッドが壁に固定されていて、全体的な碧という色、薄暗さも相まって、なんとも表現し難い光景の空間だった。
……で、おそらくそこは保健室のようなところなのだろう。
――すでに十人近い、色も怪我も十人十色な少女がベッドに横たわっていた。
当然ながら味方はこの中に一人もいない。
……そしてこの中には、どう考えても命の危機が迫っている少女もいた。
それを見て、どうしようもなく立ち止まってしまう。




その時だった。

突然、まるで最初からそこに無かったかのように、部屋が霧散した。
……そして、天井近く、あまりに高すぎて見上げても見えないようなシャンデリア――その上に誰かが立ってこちらを見つめていた。
というか、嫌でもわかる。
あんな能力を持つのは、城でただ一人。
アクアベルだ。


「……うんうん。見せちゃいけなかったかな――」彼女はいきなり言葉を発した。
その声はやや低い。複雑な感情が見え隠れしていた。
「でも、もういいや。……ところで団体さん。純白と一番『組み合わせてはいけない』色って、何だと思う?」
――――これは罠だ。
そう理解しつつもコトミは考える。やはり黒だろうか?
「正解はね」


「あっ……全員こっちへ!」
「……血の色」

どこからそんなものを持ってきたのか――はたまた生成したのか。
数秒前までシスター達が居た場所に、血の色をした――大剣が、降ってきた。




「みーんな、染まっちゃえ」
その顔に凄惨な笑みを浮かべながら、出てきたのはブラッドベル。
全部血の色だった。


――だが、シスター達の視線は、天井の半分ほどある大剣に集中する。
当然持ち運びはできない。どうやって使うのだろうか、と疑問に思ったところだった。
こうするんだよ、と言わんばかりに――――一部が破片となって外れて浮き、まるでクナイだかのように鋭く変化する。
そして、その破片は一個二個程度ではない。
無数。
その破片が――一気に。
こちらへ向かって飛んでくる!


「「「「「「『セイントプロテクト』」」」」」」
「『祝福の光』!」

シスター達の展開した光の壁が、飛んできた破片たちの威力をかなり削いでゆく。
撃墜はできなかったが、致命傷となる体の芯に当たる前に余裕で回避できる。
その間コトミは後ろで光を浴びていた。
……そして、すぐ近くのシスターの傷を癒してゆく。


とはいえ、このままではジリ貧である。
なので、彼女は考えて――といっても策という程のものではないが。
……それは間違いなく成長だった。

「(見ててくださいね)――皆さん、少し耳を貸してください」

109:◆hJgorQc:2020/12/23(水) 19:19

「サリヴァン、ヒナ……お願いできますか?」コトミが二人のシスターの方を向く。
「「はいっ」」
「……では、ヒバリ、ムギ、ルリ、アイサは牽制しつつ私と二人を守ってください。……私は」
彼女はちらと手に握る杖を見て、
「別で詠唱します……。さあ、いきましょう」


天の光に照らされるコトミの足元から、負けないくらい純白な魔方陣が展開する。
……救済を詠う詠唱と共に、魔法使いのそれとは性質が違う魔力が凝縮していく。
しかし、その後ろの二人も、荘厳を超えていっそ神聖な魔力を練って――それは紛れもなく必殺に足る技である。

その少し前のところ。
牽制と言われたがどうしようかと思って止まっていたムギの頸動脈を、他のそれより大きく速い刃がかすっていった。
タイミングは完璧だった。

「〜〜〜〜〜っっ!?」
痛みと違和感に突き動かされ、光の網を乱射する。
もはや牽制ではなく、傷が塞がるまでの間に大量の刃がそれに絡め取られて消えていった。


……シスター達からは見えない位置、そこの血の池にブラッドベルはいた。
相性がとことん悪く、刃が消えると血も残らない――つまり、少しずつ彼女の力は弱くなっていく。
シスター達に接近して切り傷を負わせられれば勝ったようなものだが、そう易々と近付けない。
……瞬殺の技も対処されれば無用の長物となる。

……突撃して血を撒き散らすという考えに至ったのはすぐだった。
まだまだ巨大な血剣の裏側にまわり、一割程を切り離して大剣を形成する。
そしてそれを、棒でも扱うような気軽さで手に持ち、突撃する。


アイサが放つ光剣が突っ込んでくる少女に命中する。
止まらないのでもう一発。
……血が飛び散る――が、それでも動きは止まらない。
血を操る……というかむしろ体が変化する血であるブラッドベルに、生半可な攻撃は効かない。
そして彼女は大量の刃で標的を抹殺しようとして、


「『聖版バニッシュメント』」


……コトミが間に合った。

ブラッドベルは振り出しに戻らされる。
まだ巨大な血剣の裏、そこには血の池が残っていた。
……戻された以上仕方ない。
残った部分すべてを刃に変換する。
そして、その勢いで全てを呑み込もうとしt




「間に合った」「いきますよ」
――――閃光。圧倒的な質量を持った光の柱が、落ちて――――




「「大規模光審判魔法、『裁き』!」」




天井は無力だった。
一瞬にして血の少女が呑み込まれる。咄嗟に創った盾ごと。


光が消えて――サリヴァンとヒナは互いに手を合わせて、笑みを交わす。
二人でもあれほどの威力。
血剣は跡形もなく消滅し、できたクレーターの中心には、横たわって土気色の顔をしたブラッドベル。


息を吐いて、全員がその場所を後にしようとする。
しかし、あれほどの超攻撃。気取られていないはずがない。

「…あれま。ほいほいブラッドちゃーん、おきておきて」

闘いは、まだ終わっていない。

110:◆hJgorQc:2020/12/24(木) 07:25

【番外編次元:クリスマス前編(イブ)】
(今回はメインキャラクターが違います)


「今年もこの時期ですね……クリスマス」
「……あの、聖女様」
「なんでしょう。遠慮なく聞いてください」
「……クリスマスって、……何と言うか、なんで起こったのでしょうか。」

リリーは考え込んでしまった。
……そう、王国ではクリスマスを盛大に祝うのだが――聖女リリー、つまり神の申し子ですら、起源は知らない。

「……やっぱりあれですか、管理者様の誕生日とか……」「いやそれはわかりません」「……では、創造主s「それは15日に終わりましたよ。盛大にやったじゃないですか」
リリーも可能性を潰す有機生命体と化してしまう。
……こんな時は、どうすればいいのだろう。


「……誰かに聞いてみましょうか。総大司教さまは……」
「現在遠征中です。……アレですか、カルトナ様とか知ってそうじゃないです?」
「……その手がありましたか。ありがとうございますクリス」

そう言うなりリリーは駆け出して行った。
……護衛もつけないとはこれいかに。
クリスというシスターは慌てて彼女の後を追いかけた。




「……そういえば、だな……」
カルトナも考え込む。
「……カルトナ様の人生経験であれば、何か知っていることがあるかと思って参ったのですが」
「……えっ、それだけで?」「えぇ」
……ここは山の頂上である。
生半可な覚悟では登れない、との評判なのだが――だからカルトナはここにいたのだが。


「……すまん、俺もよく知らん」
「……そうですか」
「何なら今日明日の礼拝で聞いてみたらどうだ?」
「……それも視野に入れておきます」
それじゃ、とカルトナはリリーを見送る。
……そこで彼は、向こう側に微かに見える海を眺めた。そして、
「……お前のことだ、何か意図があるんだろ?……コズミック」

一瞬。
一瞬だけ、反射で煌めく蒼が見えた、気がした。




「……無駄足でしたか」
大聖堂に帰ってきたリリーは一つ伸びをする。
……経緯を知らない者達からは相変わらず畏敬の念を、知っている者達から苦笑を向けられる聖女。

鐘が鳴る――重く、綺麗な。




「おねえさま、どうしたんですか?」

はっとした。
……考えに沈んでいる所、気付けばコトミがすぐ傍に来ていたのだ。

「え、ええと……どうしましたか」
「いや、それはこっちの台詞なんですけど……」

首を傾げるコトミ相手に経緯をざっくりと説明する。
そしたらコトミも難しい顔をした。

「……確かにそうですね……おねえさまの知り合い全員そう言ったんですか?」
「……全員ではないです」
「……なら全員行きましょう。前おねえさま言ってたじゃないですか……ダンジョン探索の時に不思議な少女と出会いました、って。案外その人とか知ってたりするかもですよ?」

「…………」


確かにそうだ。
今は魔王も鳴りを潜めている。心置きなく行けそうである。

「ありがとうございます、コトミ。明日にでも皆さん連れて行ってきますね」
「えっ、礼拝は――」
「……代わりに、すごいニュースを持って帰ってきますからね」

111:◆hJgorQc 意味不明:2020/12/25(金) 18:45

【番外編次元:クリスマス(後編)
前回の続き】




「……で、あの時聞きに行った結果がこれですか……」
とあるシスターが大聖堂の周りを歩く。


……前々代の聖女リリーは、クリスマスの起源を明らかにした。
その経緯を知っている聖職者はもうほとんど居なくなっている。
なので、今は――神様の教えを世界に広めた者が降臨した日という、内容のみが残っている。
たった十数年の間に、それは王国の常識として広まっていた。


「……まぁ、意味がある行事というものは大切ですよね」
彼女は当時の状況を知るシスターの一人――というかクリスだった。
今でも思い出す、あの時のリリーの顔を。


「クリス様ー。次の大規模礼拝の準備ができましたよ」
「あ、ありがとうございます。今行きますね……って、コトミさん……貴女も担当でしょう」
クリスはまだ年若いシスターに呼ばれて大聖堂の中に戻ろうとしたが、そこでコトミと行き逢った。眉をひそめるが、……
「……ああ、来てますね……よかったです」……彼女は、心の底から楽しそうな顔をしていた。
「えっと、……」
「あ、すいません、こっちの話です。……さぁ、頑張りましょうね」

そう言って踵を返したコトミが今まで見ていた方向を、興味が湧いたクリスは眺めてみた。
……若葉色の髪が見えた気がした。




━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━




「綺麗だねぇ……」
「……ねー。スミレもだけど」
「あの、こっちが恥ずかしくなるので二人の時にやってください」

いつもの三人が王国の城下町を歩く。
街路樹の葉はほとんど落ちているが、生き残った木やモミの木などに色とりどりの飾り付けがされている。
常緑の木は、雪と闇に閉ざされる真冬に陽光を願う強い期待感が込められている。
まさしく道には雪が降り、固められ、空は曇りである。
ただ――そんな絶望の中でも救いを見出だすのは、人間自身だ。


「えっと、礼拝終わったから……ご飯食べようか」
「うんー。たまにはいいよね!」
「あ、あの店空いてますよ!行きませんか?」

彼女達にとっての救いは、お互いの存在だ。
……きっと、分かっているのだろう。




「ネア、プレゼント……どうぞ」

「……スミレ、これ……あげる」






……メリークリスマス。
今を生きる人達に、祝福を。

112:◆hJgorQc:2020/12/26(土) 20:01

「ねーこちゃーん!!」
「ニャーっ!??」


時系列は正常です。
ともかく、今の状況を説明しよう。
アクアベルが黒猫を追いかけている。説明おわり。




「つっかまえたー!さあおとなしくモフモフされるがよいさー!」

そして彼女は黒猫を捕まえた。
布団干しの体勢にされた黒猫はひたすら暴れる。
……引っ掻かれてもおかしくないが、そんなことには欠片も頓着せずひたすらモフる。撫でる。
じたばたじたばた。

「もふもふなでなで」
「フシャー!…………にゃー」


暴れる黒猫は次第に疲れてきたらしい。
諦めた様子で、もうどうにでもしてくれと言っているかのように力を抜く。
それを見たアクアベルは猫を地面に下ろす。
……しばらくして、黒猫は口を開いた。


「……にゃあ、この乱暴者……」


……――――世界には色々な人族がいる。
身体や性格、または言語の違いこそあれ――それらは全て『人』だ。
『人』と動物の違いの一つに、言葉を話せるか否か、というものがある。
言語はともかく、言葉を話せる動物は人もしくはそれに近い生物――逆に言えばそれ以外はすべて動物である。
そこまで重要な要素なのだが……ともかく。

猫が喋った。
四足歩行の黒い、長い尻尾がついたもふもふが。
……首に、まるで闇夜のように真っ黒な鈴をつけている。


「しょうがないでしょ、癒しだよ癒し。……え、そんな目で睨まないで撫でたくなるから」
……今起こった衝撃的な事象にも一切頓着せずにアクアベルは喋る――いや、話しかける。黒猫へと。
「にゃー……疲れたぁ……」
「というかさ、そんなに嫌ならさっきみたいにしてればいいと思うんだけど」
「名案思い付いた、みたいに言わないで……まぁ、私のために変わるけどにゃー」ふあぁ、とやりながら黒猫が起き上がる。


一瞬、視界が消失する。
直後――猫がいた場所と一切変わらない所に、少女が立っていた。
真っ黒な猫耳がこれまた黒い髪から覗き、そして首には闇夜のような鈴。
その小柄な少女の名は、ベルシリーズの一席。
ブラックベルだった。




「でさ、ブラックベル」
「何だにゃ?というか何で変身しても撫でるのやめないの?」
「ちっちゃくて可愛いから」
さらりと言い放つアクアベル。
「それはともかくとしてそろそろ危なくなってきたよ」
「……それはそれは。大丈夫だよ、って始まる前言ってなかったかにゃー?」
「うーん。さっきブラッドベルやられちゃったし……その時の攻撃で二対一をつくれてた上の階のうち一人が落とされてた」
だからそろそろブラックベルにも動いてもらいたいな――と、撫での手は止めずにそう言う。

「……だったら素直に言えばよかったんだにゃ」
「いやいや、これは幸福追求権だから」
それを聞いて、私の幸福って……と呟くブラックベル。
……その時だった。
殺意を感知し、猫耳が跳ねる。

「……了解だにゃー。それじゃ私はここで」
猫特有の素早さでどこかに行ってしまう。
「あっ、ブラックちゃ――「アクアベル?」――え」


アクアベルが震えながら振り向くと――そこには。
怖い顔をしたブルーベルが立っていた。

113:水色◆hJgorQc:2020/12/31(木) 23:19

【番外編次元:年末】




この世界に年の瀬がやってきた。
一年の歓喜。一年の葛藤。一年の反省。一年の追憶――
全てを押し流し、また次の年を迎えるための。


普段バカ騒ぎをしている悪ガキが、神妙な面持ちで大聖堂にて話を聴いている。
ユノグも執務を止め、外に出て遠くを眺めている。
その目線の先には時計台。
謎の力で――魔法でも説明がつかない――動く時計台は、毎年の終わり――始まり――に鐘を打つ。
いつから存在しているのかは知られていないが、一年の終わり始まりを知り、決意を新たにするために昔から利用されてきた。

思えば今年は様々なことが起きた。
数える気力も無くすほどの。
幸せであれ、不幸であれ……それらは紛れもない今年の出来事だ。
しかし、つまりは終わったことである。
今の自分達に必要なのは、過去ではなく未来だ。
終わったことは、最悪気にしなくても生きていける。
だから、鐘の音で、気持ちを新たにするのだ。




「……で。また外出ですか」アヤメがジト目で周囲を見回す。「新年くらい家で過ごしましょうよ」
その声にスミレは苦笑する。
「……確かにね。でもこういうのも良くない?」
その目の先には広場があった。
ちょうど年の瀬ということで、様々な人がパフォーマンスを披露している。その中にはネアの姿も。
「……ネア姐さん見たいだけなのでは?」「うん」「即答ですか。まぁいいですけど……」
数時間前、ネアはカルトナから依頼されてここに行かされたのだった。


「ネア、本当に格好いいよ……」
「スミレ来てたんだ……確かに、そんな気はしたけどねー」
魔法早撃ちで完璧な技能を見せたネアが出てくると、顔を紅潮させたスミレがすぐさま駆け寄る。
「……あ、さっき屋台でこれもらったんだけど食べるー?」
「食べる!」
公衆の面前であーんとかやらないでくださいね!?とのアヤメの念が通じたらしく容器を手渡すだけだった。
「(……まぁ、それはそれで……いいんですけど)」

邪魔したら悪いだろう、ということでアヤメは脇道に入る。
いつぞやかの鍛冶屋のある通りだった。
「にゃー」「……ん、アヤメ……?奇遇」「イエローベルさん……えっとこんばんは……その手の黒猫はなんですか?」
「いる?」
「……うちの二人がいいかどうか」
真面目に答えたアヤメに、イエローベルは「冗談だよ」と呟き残して去っていこうとする。
だがアヤメはその背中を両手で押さえる。
「……ちょっと待ってください、どうせだから一緒に年越ししません?」
「なんで」真顔でイエローベルは反問する。
「……いや、ちょっと……言いたいことがあるので。あ、そっちの事じゃないですけど」

114:サンシャイン様:2021/01/01(金) 17:57

サンシャイン様ぉぁがめるしょぉせつぉかきなさぃ

115:◆hJgorQc あばばばば(^q^) :2021/01/03(日) 07:35

その時だった。
高いとも低いとも言えず、大きいとも小さいとも言えない――そんな鐘の音が鳴り響いた。
人々は一斉に時計台の方を眺める。
白っぽい光が靄のようにかかっていた。


「……新年ですね。おめでとうございます」
アヤメが清楚な笑みを浮かべて対面のイエローベルへと話しかける。
「……あ、うん……と、それだけ?」「ふにゃっ」
やや困惑しながらイエローベルが首を傾げる。
同時にその腕の黒猫が不意に絞められ悲鳴をあげる。




「いいえ、……
今年も――これからも、よろしくお願いします」
起こったことには頓着せず。
微笑んで一礼しながら、アヤメは告げる。

「……うん、よろしく」

イエローベルも、今度こそ真剣に呟き返したのだった。
「……ところでさ、これからもって……」
「あっ、すいません、言葉の綾です……だけじゃないかも知れませんが」
想定外の方向から攻撃を受けてわたわたしながら口走るアヤメ。
そんな彼女を見て、今の言葉を吟味することも忘れて――――
しばし、心が洗われるような思いを味わったイエローベルだった。




━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━




「ネア、また今年も……ううん、いつまでも。よろしくね。」
「こちらこそー。ずっと一緒だからね。」
初挨拶と初いちゃいちゃを済ませたスミレとネア。
そして、アヤメはどこだという話になる。
「……まぁ、そんなに遠くには行ってないよね」
とはいえ、年明けであちらこちらに光魔法による色とりどりの明かりが浮かんでいる通りでも、深夜、つまり今は相当暗い。
アヤメの瞳の色は両親譲りの輝く金と、このような時ではなかなか目立つのだが、反対に髪色は闇に溶け込む漆黒である。
そのため見つけにくいこと請け合い……と思われていたが。


「……ん?あれって……」
ふと横の道を眺めると、色とりどりの少女達が集まって何かを話していた。
何気なさを装ってその横を通る。
「あーー!」とか「うーん、どうして……」とか「まだまだだね」とか「いっちゃえばよかったのに」……のような声が聞こえてきた。
それに首を傾げつつ角を曲がる。
……と、丁度アヤメが向こうから走ってきた。

「あっ、明けましておめでとうございます」
ぺこりと一礼。
それを見た二人も慌てて頭を下げる。
「今年もよろしくね」「おめでとうー」


空はひたすら真っ暗だったが――数時間後の日の出を予感させる空気が流れていた。



【ちょっとあとがき】
3日遅れですが明けましておめでとうございます。
今年も、貴女に沈丁花を――この小説を、よろしくお願いします。

116:◆hJgorQc:2021/01/05(火) 00:56

イエローベルの心は揺れていた。
自分でも理由はわからない。
しかも――心が揺れるだけではなく、そこには熱い炎が燃えていた。
顔が火照る、胸が痛くなる。
どうしてこんなことになったのか、彼女は自分なりの答えを見つけていた。


「(……そんなのあり得ない。あり得ないんだ)」
ただし、答えを見つけるのと納得するかは別問題である――例えそれがどれだけ魅力的であろうとも。
彼女の心が、その想いを拒絶していた。




ふらふらと、城のどこかを、どこへと言うともなく歩いていた。
彼女はベルシリーズの第一線、つまりは強い存在なのだが、この様では見つかったら簡単に撃破されそうである。
しかし運良くアクアベル以外誰にも会わなかった。
そのアクアベル自身、やや焦っていたのでイエローベルの状態を口に出すことができなかったのだ。
ただ一言、「忘れないでね」と。


……何を?
それすら考えられずにいた。




「……落ち着け、私」そう自分に言い聞かせる。

が、その直後である。
前の壁際に血溜まりを発見した。

ブラッドベルのものかと無意識に判断して視線を切りかける。
……が、どうやら違うらしい。
よーーーーく見てみると……


アヤメである。
金瞳。黒髪。……で、血の泥寧。


……思考停止






「……いや、これはおちちゅ……落ち着いちゃ駄目……!」

急いで駆けつけ脈を確認する。
腹部に大きな穴が空いているが、微かに脈はあるようである。
間違いなく常人なら死亡している出血と深い傷だが、それにここまでアヤメは耐えていたのだ。

……拙い回復魔法で傷の治療を始める。
平行してメスを作り出して軽い手術を行う。
感染症が怖いが回復魔法でなんとかなると信じたい。


「これは……ブルーベルかな」
描写不能なほど、内蔵がグチャグチャにされていた。
人体にこんなことをできるのはブルーベルの一撃くらいである。
イエローベルも匙を投げかけた。
……が、なぜかは知らないが、諦めない。
人命がかかっているというだけなら彼女は捨てていただろう。
……無論それはない。つまりは彼女はアヤメに何かがあるということである。




その時、近くから轟音が響いた。

ゆっくりとそちらを向く。

ここから数十メートルの距離を挟んで、ネアとブルーベルが対峙していた。

117:◆hJgorQc えぴっく:2021/01/06(水) 17:43


「不死身ね …… 殴り甲斐がありそうだよ」

アヤメとイエローベルから十数メートル。
そこで対峙しているのはブルーベルとネア。……言うなれば、大将同士の一騎討ちとでも言うのだろうか。
その二人はこちらに気付かない。
だが、アヤメに回復をかけつつも、イエローベルの視線はその二人の戦闘に固定されてしまった――――実力行使の前に戦闘は始まっている。


二人の距離は約ニメートル。
不審者に襲われそうな時でも安心な距離感だ。
が、その二人には数メートルの距離などあってないようなものである。
……ましてや、彼女らは二重の意味で不審者などではないのだ。

先に動いたのはブルーベルだった。
瞬間的に近づき、常人の目では追えない速度で足を振るう。
ネアもそれに対して反応してのけた。……が、間に合わない。
蹴りが命中した脇腹が、抉られる。
…………いや、別に特殊な武器を使った訳ではなく、蹴り用の靴を履いていたという訳でもない。
ただただ純粋な力。
それがネアの体を襲う。

痛みに耐えつつ後ろに跳ぶ。
直後に、一瞬前まで彼女の首があった場所へとラリアットが入る。
もしそれに当たっていたら、首がへし折れるどころか下手したらもぎ取られていたかも知れない。
その勢いのまま突っ込んでくるブルーベルの体を、彼女のそれとは比較にもならない威力の蹴りで制止させ、その瞬間に距離をとる。
脇腹は既に再生している。
ブルーベルは魔法を警戒して体勢を下げる。
戦況は一種の膠着状態に陥っていた。
その隙に、ネアは周囲を見渡して――ある一点へと視線を送った。




そここそが、イエローベルのいる場所だった。

「……っ?」

ネアも驚いていたようだがイエローベルも固まった。
偶然とは恐ろしいものである。
ただ一人、この状況を作った元凶であるブルーベルのみが首を傾げて――その姿勢のまま岩砕きの拳を、動きを止めたネアへと振るう。
血を撒き散らしつつ吹っ飛ぶネア。
何を思ったのかはわからないが――――イエローベルを見逃したあたり、何かを感じたのかも知れない。

手元を見れば、手術は終わりかけていた。

118:水色◆hJgorQc:2021/01/17(日) 12:47

床も天井も自分も、目の前にいる少女も――――すべてが赤熱し、燃えていた。
手段が乱暴すぎる――ユノグは致死クラスまで上がる体温を感じながら考えた。……まさか床を熱するとは。

「さっさと骨になってくれないかなぁ……ホワイトベルも気になるし」
「……」

駄目だ、相性が悪すぎる。
レッドベル――今ユノグの前で、細長い城の破片を手に持つ、真っ赤な少女だ。その能力はシンプルに発火、もしくは発熱。
何回か鍔迫り合いを演じてみたものの――こちらが手に持つ大剣が熔けかけた。それほどの熱を持っても赤熱するだけで溶けもしない城の構造物質もおかしいのだが。


ともかくこのままではユノグは死ぬ。掛け値なしに。
ワープ魔法で緊急脱出しようかとも考えたが今は国全域がその魔法を使えなくなっている。

「まだ耐えるの?ここサウナじゃないよ?」
煽られている。
「…………クソが」




なんとか手を動かして背中に回っていた鞘を掴む。そしてそれを腕の力だけで、レッドベルの方向に投げた。

「……何のつもり?」

簡単に避けられるがそれが狙いではない。


「『バーニングオブジェクト』」


丁度真横を通った瞬間に起爆させる。……一応命中し、レッドベルがその煙の中から出てくる。やはりそこまで応えていないようだった。が、それも狙いではない。






その時、大量の水が唐突にその広間を席巻した。

119:水色◆Qc:2021/01/23(土) 00:35

唐突に周囲が水で満たされる。ユノグもレッドベルもお構い無しに飲み込まれ溺れてゆく。
特にユノグは体の内部まで焼けている。その分死に近かった。
……が、丁度良いタイミングで水が引いていく。
ユノグが首だけ動かして周囲を見回すと、意識を失ったレッドベルが倒れていた。
……そして仕掛人――カルトナが魔力で精製したロープを抱えて彼女に近づく。


「…………」

喉が、肺が焼けて声が出ない。
……だがこれだけはどうしても言いたい。……あっけなさすぎる。
と、カルトナが倒れたままのユノグに気付き声をかけてくる。

「よう、無事か」
「……」
「……なるほどな、無事じゃないか」

そして片手間で回復魔法を操り、彼に軽い治療を施し始めた。
全身重傷者にいきなり水をぶっかけてはならない。
…………で。

「よく思い出したじゃないか、鞘に危害が及んだ時の救援要請」




種明かしの時間です。
カルトナは今まで百人近い人間を教育してきた。もちろんその中にネアもユノグも含まれている。
……ユノグ。忘れているかも知れないが王族である。もちろんカルトナはユノグ以前にも何人かの王族を教育している。
……そしてそのうちの一人の王が、カルトナに向けてこんな依頼をした。
「緊急事態の時、教育係が助けに行けるような細工を施してくれ」――大きな宝剣をカルトナに手渡しながら、そう言ったのだ。

その剣は数世代を経た今でも現存し、効力を失っていない。その効果は、魔力の伝達強化……そして、一部部位の一定条件下での破損で、カルトナを呼び寄せる。
ユノグはそれを鞘の起爆という形で再現し、カルトナを呼んだという訳であった。




「……助かりました」やっとユノグは声を出すことができた。
「あー気にすんな。むしろお前の先祖何人かはまともに使わなかったんでうんざりしてたところだ」
片手を振りつつ軽い調子でカルトナは喋る。
……そして、そのすぐ側で縛られたレッドベルを眺めて、
「ま、無理はすんなよ。じゃあ俺は行く」
「そういうのも無理って言うと思いますがね?」

彼は空いている大穴を見逃さなかった。索敵魔法に反応がある。

「知るかよ。老い先短いんだから勝手にさせろ」


そう言って薄く笑い、ローブをはためかせて飛び降りていった。
視線の先には、無数の白い光線が煌めいていた。






【ちょっとあとがき】
酷使されるカルトナ

120:水色瞳◆hJgorQc:2021/02/13(土) 18:40

【番外編時空
バレンタイン 前編】




バレンタインデー。女性が親しい男性にチョコレートやお菓子などをプレゼントする行事と化しているその日────前日、『彼女ら』は。




「······アリシア様?」
「ふぁっ、はいっ!?······あ、ヴァンスさん」

場所は王城。所在なげにしていたアリシアへとヴァンスが声をかける。
······ユノグの侍女と側近。立場関係は微妙だった。

「······今年はどうなんですか、」
「えっ?······え、なんの事です?」
「明日ですよ」
シラを切ったアリシアにやや強めの口調で詰め寄るヴァンス。······これは反感などではなく、応援の気持ちの表れだった。


「······そうですね。······大丈夫です。もう私もそろそろいい歳ですから······」
「大丈夫ですかね······?早くしないと世継ぎ生m···」
その時、セクハラまがいの発言をしたヴァンスの口に超小型結界が突っ込まれる。
「黙っててください」
「············(はい)」


──────────────────


「······困った」

クールな口調で困っていたのはイエローベルだった。その隣にはブルーベルがいる。······どういう状況なのかと言えば、城の皆のための買い出しであった。ジャンケンで負けたエリート二人。

「······困った って?」
「······バレンタイン、明日でしょ?」
「大体 察したよ······ああ、 ······うーん······」
二人してため息をつく。······片方は面倒臭さゆえ、もう片方は方法の難解さゆえであった。


──────────────────


「明日だねぇ」
「そうだねー」

「あの二人と······あの二人。どうなるかな?」
「······うーん。出来ればいい結果になってほしいなー」

「······」
「······」

「······ネア」
「······んー」
「楽しみにしててね」
「······うん。無理はしないでね」






【ちょっとあとがき】
久々の更新がこれという

121:水色◆hJgorQc ああああああhogeああああああああああああああああああああああああああああああ:2021/02/14(日) 21:35

【番外編次元
バレンタイン後編】
【百合注意】




王城には大量の荷物が届いていた。天井に達する程の量のその内容は、チョコレートをはじめとしたお菓子······その一言だった。

「···全く、何が悲しくて自分宛のチョコレート掘り出さなきゃいけないんですか」
愚痴るヴァンス。···すると、
「······おや、これは」
山の中から何かを見つけ、眺める。···決して小さくない麻袋の中には、手のひらサイズのチョコレートがぎっしり詰まっていた。
それに付属するカードには、
『お疲れ様です。皆さんでどうぞ』

······シスター達の気遣いによって、大部分の兵士は救われた。




「ユノグ様ー」
「どうしたアリシアー」
「あの、······ふふっ」

なるべく心を無にして話しかけようとしたアリシアだったがユノグの返事で笑ってしまい、そこで色々と心の準備が崩れていった。
···頭が真っ白になる。

「······あ、えっと、あの······今日、」
後手に回したチョコレート。
震える手で、差し出す。···
「感謝の気持ちです。······受け取ってください」


「······ありがとう」
ユノグは目を丸くしたが、大きな手でそれを受け取る。

「···っ、それでは!」
「あっ、おいアリシ······」
······逃げていった。
ユノグは手元に視線を落とす。ハート形のチョコレートが、そこにはあった。




「ブルーベル。どうだった?」
「渡してきたよ ······いつも通りの反応だった」
黄色と青が並んで座る。······門の上。そこからの景色は絶景だった。······色々な意味で。
「で······ そっちはどうなの?」
「どうって······」
「多分皆知ってるよ、 イエローベルが好······」


喉に短剣を突き刺され悶絶するブルーベルを後目に、黄色が門から飛び降りる。
そして、大通りを走り抜けて、パン屋を物色していたアヤメの横にたどり着く。

「やあ、アヤメ」
「······イエローベルさん。こんにちは······」
よく見たら彼女は小脇に小包みを抱えている。どこかで軽食でも買ったのだろうか、と思いつつ小包みを渡す。

「はいこれバレンタインのチョコレート。······頑張って作ったから」

顔を逸らしつつ言う。
······受け取った方のアヤメはしばらくぽかんとしていたが、笑顔になって、「ありがとうございます······」と言う。······そして、
「こっちからも、これ、どうぞ」
もう片方の手で、抱えていた小包みを渡した。
「······えっ、······あ、ありがとう···」




「······皆渡せたかなぁ」
「だといいねー。······スミレ、これ、私から」
「······えっと、これ······ゆび、わ?」


「······うん。······スミレ、
············私と、結婚してください」

「えっ······
······え
······
っ······

よろ、こんで!」







 

122:水色◆hJgorQc ああああああああ:2021/02/14(日) 21:56

天井に空く大穴。
······そこからカルトナが下に降り立った時、勝負は既に決していた。······倒れ伏す七人のシスターの中心で、ホワイトベルが退屈そうに立っていたのだ。

「············」

さすがに動きが止まる。
······そんなカルトナの気配を見て取って、ホワイトベルは顔を上げる。そして周囲を見回し、笑った。
「······死んでないよぉ?······けど貴方が何かしたら、巻き添え食らって止めになるかもね」

彼女は、くすくすと楽しそうに笑う。······格好はそのまま聖衣······もしくはそれに近い代物だが、······悪い意味でその力が発揮されていた。
カルトナは動けない。······相手を確実に打ち負かす威力の魔法を撃ったら相手の思う壷である。
そんな彼を眺めて、ホワイトベルはもう一つ笑う。······そして、いつの間にか手に握っていた、白の光を放つ棒を相手に向けて、


「『バニッシュメント』」

······容赦なく、消滅魔法を放った。




「『アンチバニッシュ』!」


────しかし、だ。
カルトナ特製の迎撃魔法が、それを止める。······目に見えない嵐が吹き荒れ、『バニッシュメント』は不発に終わった。

「······流石は伝説だね?」
「うるせぇ······さて。圧倒させて貰おうか」



二人は同時に動いた。
カルトナの周囲に無数の魔法陣が浮かび上がり、そこから放たれた炎の魔法が、消えて、······寸前で身を躱したホワイトベルの残像で小規模の爆発を起こす。


「あはははははははっ!!!!!!」


彼女はシスター達を踏みつけつつ、真の不可視攻撃を避けていく。白い衣服が、赤黒く染まってゆく。
そして────それを吸い取って、中央からゾンビが立ち上がる。······ブラッドベル。
その目は虚ろだった。······生きてるとしても、おおよそ正気ではない。······何故ここまでするのか?カルトナはついに重力魔法までもを持ち出しつつ、背筋を凍らせた。

123:水色◆hJgorQc:2021/03/08(月) 21:58

一旦重力魔法でブラッドベルを天井の染みにしつつ、カルトナは考える。······潰されているシスター達はもう行動出来ないだろう。なら、独力でホワイトベルを排除しなければならない。それも、できるだけ早く。
今撃ってる魔法はむしろ相手の動作的な意味で駄目なので、別の魔法に切り替える。

いや、切り替えようとした時────相手はレーザーを放ってきた。······正に光の一撃······それが数十発。
最初の一光が足に突き刺さり、カルトナの動きを鈍くする。
しかし彼も、その後のレーザーはリフレクターを駆使して別の方向に逸らした。


一進一退、千日手。どちらかが動けば他方は確実に防ぎ、逆もまた然り。膠着する二人の間で不確定要素は倒れ伏すシスター達だけだった。
······逆に言えば、彼女らが動けば形成は大いに変わるが、カルトナは治療する暇がない。彼の限界も少しずつ、だが確実に近づいていた。




────その時────
『神を騙る者に裁きを』『聖女の御許に集うのだ』との囁き声。······そして、
「······ここで終わりですか?」

厳かな声が聴こえた。
「······は······?」
カルトナは驚き、声の主を探す······も、その位置は掴めなかった。······しかし、声には聞き覚えがあった。

「リリー「おねえさま」······?」

カルトナとコトミの声が重なる。思わずそちらを見ると、まるで幽霊かのように、コトミが立ち上がっていた。


「何をしてるのかなぁ?」
それを見たホワイトベルはレーザーの照準をそちらに向ける。リリーの声は聞こえていないようだった。
「······何が何だかは知らないが······邪魔するな」
今度のカルトナは、膨大な魔力でレーザーの軌道を曲げる。そして復活して、天井から落下して彼を刺そうとしたブラッドベルにそのレーザーを数発当てる。
······その間にも対話は進んでいた。カルトナには聞こえなかったが、コトミは数回頷く。目に光が戻ってくる。そして────


「『ジャッジメント』」

光の剣を握り────すぐ側にいたホワイトベルの胸を、貫いた。


「······は?」

傷口から血が垂れる。
そしてそれは次々に、純白の光へと変換されていく。その光は次第にホワイトベルを呑み込み、······その欠片は一点に集まり、どこかへと飛んでいった。
二つの相反する『聖』。······その終わりは呆気ないものだった。




唐突に訪れた決着、もう動かないブラッドベル、恍惚とした表情で崩れ落ちるコトミ────全てを眺めて、カルトナはしばらく動くことができなかった。




【ちょっとあとがき】
更新が遅すぎて申し訳ありませんでした。

124:水色◆Qc:2021/03/10(水) 00:48

─────────────────


今までベッドで死んだような状態でいたスミレは、ふと身体が軽くなっていることに気が付いた。···一瞬、とうとう死んだかと思ったが────どうやら少し違うらしい。頬をつねってもしっかり感覚があった。
掛かっていた布団を払い除けて起き上がる。そして、庭···島を見下ろすと、アリシアが腰を抜かして座り込んでいた。

身体の不調は未だに続く。······というより、感覚的に『一時的に抑え込まれている』といった感じであった。階段を降りる足が震える。一歩ずつ、慎重に。
玄関のドアを開けた。
突然開いたドアを見てアリシアが飛び上がるが、出てきたのがスミレだということを知ると落ち着く。······いや、そこから『スミレ』だと脳が認識した時、再び彼女は飛び上がった。その顔は「なんで」と言っているようであった。
スミレはアリシアの元に近づく。その歩みはやはり遅い。

「何があったんですか?」
到着してすぐに質問を投げかける。
「······光が···墓地から、光が」
アリシアは途切れ途切れに話す。どうやら攻撃を受けたのではなく、単純に起こった現象に驚いたかららしかった。これで直接攻撃を受けるような危機は迫っていないと理解したスミレは、念の為アリシアに警戒するように言って、一人墓地に向かう。



墓地と言ってもかなり小規模────そこに眠るのはたった四人だが、スミレにとってはある意味世界の中でも最も大きい墓地だった。
その中で、一つ······聖女にして英雄の一員、リリーの墓が光り輝いていた。······スミレはそこに近付く。すると、どこからか声が聞こえてきた。

『お久しぶりですね』
「······リリーさん」
思わず辺りを見渡すも、あの四人の面影はどこにも見えなかった。ただ、一つの墓に宿る光だけが存在を認めていた。
『······こういう形になってしまったこと······まずは謝らなくてはいけませんね。単刀直入に申しますが······ごめんなさい。貴女が生きているということは······やはりそういう事だったのですね』
リリーは勝手に話し始める。どこか彼女は予感していたらしい、というところまではスミレでも分かった。しかし、なぜリリーがここに居るのか?
『······はい、どうして私がここに居るのかというと······貴女はコトミというシスターを知っていますか?』
「はい。貴女の事を慕っている様子でした」
それを聞いたリリーはどこか微笑んだようだった。
『私がエインさん達と魔王を倒しに行く時······コトミにですね、ペンダントを渡したのです。私の魔力を込めたペンダントを』
つまり、今リリーがここにいるのはペンダントの魔力故だという。封じ込められていた魔力が何かの拍子で解放されたらしい。······そして、今のリリーはコトミ達の手助けをして、もう存在を保てない状態らしかった。


『······ネアは元気でしょうか?』
「はい!···えっと、その」
『分かっていますよ。世界の誰でも、幸せになる権利はあるのですから────では、どうか···』
祈りを捧げるような気配を残して、光が消えた。


スミレの身体は再び重くなる。······しかし彼女は、その目に強い意志の光を宿し、真っ黒な空を見上げた。

125:水色◆Qc:2021/03/11(木) 08:01

蒼の城。残った数名のベルシリーズは顔を見合わせて会議をしていた。議長はアクアベル。欠席は戦っているブルーベルと、不明のイエローベル。

「······まずは。カルトナどうする?」
銀色の格好をした少女────シルバーベルは辺りを見回して尋ねる。······そう、彼女たちにとって、目下最大の懸念は伝説の魔法使い、カルトナにあった。既に彼によって主力級はほぼ壊滅させられていたのだ。
「どうするって言われても、何とかするしかないよね?」
不敵な笑みを浮かべたアクアベルに視線が集中する。


「別に倒さなくてもいいんだ、無力化できればね」
それならやりようがあるでしょ、と彼女は続ける。
「とどのつまり······封印するとか、ね」
「封印って······確か、魔王が······」
ブラックベルが呟く。それに「よく覚えてたね。その通り」と返すのはやはりアクアベルだった。
「でも問題は手段な訳だけど······あ」
再びブラックベルが呟くが────何を思ったのか、その目はシルバーベルの方に向いた。彼女は、······鋭くもどこか鈍い光沢を発する瞳を瞬かせた。
「······アクアベル」
銀色の髪を軽く振って、彼女はここに居る中心人物へと主語がない問いを投げかける。そして、その意味が分からないアクアベルでもない。
「···コズミック様はこの世界でも銀に魔封の力を与えたんだよ。だから」
特効だよ、と付け加える。

その一言で方針は決まった。再び少女達は城のあちこちへと散っていく。
それを眺めていたアクアベルはため息をついた。一つ彼女が床を鳴らすと、その目の前にはどこかに繋がっているらしき穴が現れる。······ワープ魔法の一つ、『ゲート』だった。······そう、『ワープ魔法』。
「······気付かれないうちにできるかな」
彼女も、その一言だけを残して、遥か上にあったシャンデリアに着地した。

126:水色◆hJgorQc:2021/03/18(木) 02:43

「あれか······」
カルトナはとある場所を目指していた。······そこは今、城の中で最も熾烈な戦いが続いている場所────つまりは、ネアとブルーベルが戦っている場所だった。
いくらネアが不死身だと言っても、相手が相手なだけに心配が残る。そのためさっさと加勢しなければ────そう思っていた彼の元に、一つの弾が飛んできた。

身を翻してそれを避ける。······溢れ出る魔力が彼に一瞬遅れて続いたが、······魔力は弾を避けられず、貫かれ────かなりの魔力が封じられた。
カルトナの思考が一瞬止まる。


「······誰だ」
「ふふん、私──シルバーベルだよ」

その声が聞こえてきた方向へ、もはや小さな太陽のような火球を飛ばし一気に決着をつけようとするカルトナ。······だが、彼がそちらへ向いた時、銀色の壁以外には何も残っていなかった。······そして、彼は理解する。『これは勝負にならない』。
魔封じの銀────カルトナとは相性が悪いどころの話ではない。最悪······災厄レベルである。



「ほんとだったら、強さで言えば私は多分貴方に敵わないんだけどね?」
弾を撃ち、銀の壁を創りながらシルバーベルは言う。
「でも······実力差でのゴリ押しはね、しばしば相性で無効化されるんだ」
炎を消し、水を引かせ、光を反射し、闇を祓う。雷は銀が金故に伝わり、また熱も次第に伝導されるが、その頃には既にその銀は引っ込んでいる。

「(······やれやれ)」
カルトナは心の中でため息をついた。
「(思ったよりも苦戦しそうだ······なら、折角だから俺が持ってる魔法全てを受けてもらおうか?)」
······果たしてそこまでの時間があるのか、と思ったが、まずは罠魔法の構築を始める。座標は自分に指定······そしてそれが終わると、今度は重力をかけてシルバーベルを押し潰そうとする。

「っ、これはダメなの······?」
顔をしかめて彼女は一歩下がる。重力の範囲から脱し、鈍りかけていた動きが元に戻る。
その間にも今度は周囲の景色が歪み始める。······幻術。敵に幻を見せ、狂気に落としたりする、魔法の一種である······が、脳に直接作用するので、銀の壁では防げなかったようだ。
次第に幻術は強くなっていく。
流石に決まったか、とカルトナは思い、周囲に無数の雷弾を浮かべる。警戒は絶対に怠らない。数十年前、魔王カースモルグに不覚を取って封印されたあの日から、彼はそう決めていたのだ。




しかし。
「······『銀の足枷』」
床から、銀の蔦が這い出て、彼の足に巻き付く。それは切断魔法により一瞬で消滅するが────前方からはシルバーベルが迫っていた。
重力魔法で一気に決める、と魔力を移動させたカルトナだったが、

背後に突然現れた黒い猫耳の少女が、
カルトナが移動させた魔力を銀に変換して、
そして、
シルバーベルは持っていた盾を突き出して。


············彼を中心にして、牢獄のような魔法陣が展開される。

127:匿名:2021/03/18(木) 13:06

小松雅弘は市にましたとさ

めでたしめでたし

128:水色◆hJgorQc:2021/03/31(水) 21:49



「――――――――」

時間の流れが鈍化した。カルトナの意識は急速に落ちていく。
彼はこの感覚を覚えている。……封印だ。
昔、魔王カースモルグが王国の城下町へ侵攻してきた時……彼は一瞬の隙を突かれ、封印されたのだ。

抗おうとしても叶わない。猛烈な勢いで魔力が封じられていく。
体は微塵も動かない。
ただ自分を取り囲む銀の魔法陣を、呆然と眺めることしか出来なかった。


――――しかし。呆然とする時間が終われば、まだ彼は諦めない。
意識は薄れていくが、抵抗する意識と魔力が残されている以上、体は封印されず残り続けるのだ。

「(……くそ。考えろ……せめてこいつらだけでも、道連れに……)」
考える。
もはや大魔法を構築するほどの時間と魔力、集中力は残されていない。だが生半可な魔法だと封印が進行しているので吸収される恐れがある。八方塞がりだった。


「(……いや、待てよ)」
自身の身体の中心部を意識する。……そういえば、罠魔法を仕掛けておいたはずだ。……今から魔力を最大限に注ぎ発動させれば、道連れはできる。
……魔力を集める。最後の足掻きだった。




━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━




シルバーベルは、まだ完了しない封印に驚嘆していた。単純に魔力が膨大すぎるのだ。加えて相手のプライドというものもある。
しかし、それでも感じる魔力は少なくなっていき、ついには消える。
彼女は満足したように、封印されていくカルトナの方を見た。……
その時、相手が一瞬笑ったような気がした。

封印は成就し、カルトナの姿は消える。地面に銀色の小さな魔法陣が浮かぶ。
――――しかし、直後……それとは比べ物にならない大きさの、紫色をした魔法陣が周囲を包み込む。
シルバーベルは息を呑んだ。真下――――防御ができるか怪しいところである。
しかし次の瞬間彼女は、咄嗟の出来事に反応できなかったブラックベルの姿を目に留める。
……考えるよりも先に体が動いていた。全力で疾走し、ブラックベルの小さな体を突き飛ばす。紫の外へと。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


「……げほっ」
咳き込むと血が飛び出てきた。……さらに、重度の目眩が起こり、思わず地面に倒れ込んだ。
立ち上がろうとするが、手に力が入らない。
その間にも意識が翻弄され、身体中を激烈な痛みが襲う。
動けなくなった彼女の傍で、いつの間にか猫の姿になっていたブラックベルが泣きそうな声を漏らす。

「……大、丈夫……だよ……」
手を伸ばして頭を撫でる。弱々しく、優しい手つきだった。
「……私が耐えるだけ……封印は伸びる……だから、ブラック…ベルは、自分が…やるべきことを…やって……」
「でも……」
「いいから」
最後の口調は、やや強かった。



座り込んでいたブラックベルは、尻尾を伸ばして立ち上がる。
彼女には、全てを見る義務があるのだ。

129:水色◆hJgorQc:2021/04/01(木) 01:29

【百合注意】


イエローベルの手術の成果もあり、アヤメの傷はほとんど治っていた。······しかし、腹部を貫通されて、一時は瀕死だったこともあり、まだ意識は戻らない。
イエローベルはそんな彼女の手を握り、顔を見つめている。その顔は敵対しているとは思えないほど真剣だった。······もう彼女はその想いを自覚している。
これが『正しい』想いなのかは分からない。そもそも同性への恋······これこそこの世界ではまだ異常に近い。しかし、アヤメを見ていると、そんなことはもうどうでも良くなってくるのだ。

相手と一緒に居たいという気持ち······これこそが愛だろう?




「······ん······」アヤメはゆっくりと目を覚ます。
自分の腹部に手を当てる······そこで傷が癒えている事に気づいた。そして混乱する前に、今度は目の前にいるイエローベルに気付いた。
本当に驚いたらしく、数回口をぱくぱくさせる。
「······えっと」
それを見たイエローベルは、心からの笑みを浮かべた。
「······おはよう」
良かった、と呟く。胸に手を当てて、熱い吐息を吐く。······目には軽く涙が溜まっていた。
それを見たアヤメは軽く驚く。······自分が今まで見てきたこのクールな少女は、こんな顔が出来たのか、と。そして、······ああ、もう我慢が出来ない。
実は······まあ、そうだろう。アヤメもイエローベルの事を好きになっていたのだ。あれだけ関わる事が多かったのだから······。


「イエローベルさん」「······どうしたの?」「私を治療したのって······貴女ですか?」「······うん、そうだけど······」
もしかして失敗しただろうか、などと一瞬焦るイエローベル。······しかし────

アヤメの唇が、彼女の唇を奪う。

唐突だった。
思考が溶かされてゆく。
言おうとしていた言葉も、取ろうとしていた態度も、この後の考えも。全部、流されていく。
後には抜け殻となった黄色の少女と、顔を赤くする黒髪金瞳の少女が残された。

「······ありがとう、ございます」
「な······に?」
声が震える。
「······だって······だって、貴女は······傍に居てくれたんですよ······?」
アヤメは涙を拭う。······それを見て、イエローベルも胸がいっぱいになった。
「···気付いてたんだね、······私が君を想ってるってこと······」
そうでなければキスは出来ない。
「······はい!気付いた時は、本当に······本当に、嬉しかった、です」
顔を真っ赤にさせながら、アヤメは思いの丈をぶつける。


そしてしばらく二人は抱き合っていた。どちらからともなく。

「······アヤメ、私は······まだやり残した事があるんだけど······」
イエローベルはばつが悪そうに告げる。
「······何ですか?」
「ちょっとね」
そう言って、魔法陣を展開させる。······周囲にはいつの間にか誰も居ない。······が、進めば居るだろう。
そうだ、······倒さなければならない。愛する人を苦しめた者を。

「······頑張ってください」
「大丈夫。アヤメがいるから」


そう言って、次の一歩を踏み出す。
これは『違う』戦い······それでも。

130:◆hJgorQc:2021/04/04(日) 00:28

「……まだやるの?」
「まだ…諦められないからねー……!」


ブルーベルとネアの戦いは何にも変化がなかった。……近接最強のブルーベルが一方的に相手に攻撃を加え続けているが、ネアはずっと折れていない。頭をかち割られようとも、腹を貫かれようとも。
いくら不死身であっても、心は不死身ではないのに。……さらに、もともとネアは精神が強い方ではないのだが――――
こうして立っている理由は、彼女ですら知らない。

……ふと、ブルーベルの攻撃の手が止まる。
何があったのだろう、と振り向くと、そこにはこちらに向かって歩いてくるイエローベルの姿があった。……彼女の周囲には魔法陣が大量に浮かんでいる。紛れもなく最高火力を出せる態態勢だった。
……しかし、彼女は近くに寄ってきたきり動かない。目を閉じて、胸に手を当てている。

「……イエローベル ?」
その様子を数秒眺めていたブルーベルは、思わず声をかけていた。……それが地雷だとも知らずに。
イエローベルは軽く顔を上げる。あまり反射しないその目に、青の厄災の姿を映す。
厄災……ブルーベルと目が合った瞬間、彼女は小さく微笑む。
そして、
大量のナイフが降り注いだ。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


それはもはや雨を超えて滝のようだった。
辛うじて滝から脱出したネアはブルーベルが居ないことに気付き、刺さった数本のナイフを抜いてナイフの滝を凝視する。
……滝が止まる。その中央にはブルーベル。……軽い切り傷がその顔に刻み込まれていた。……「やってくれたね」という表情をしていた。……しかし。問題は別のところにある。……何故イエローベルがブルーベルを攻撃する?


「……よくわからないという顔をしているね。……一応言うと、これは裏切りでも何でもない……個人的な戦いだよ」

ネアの表情を見て察したらしきイエローベルは笑ってみせる。
……どうもよくわからなかった。……相変わらず。……しかし、敵が一時的にせよ一人減った……そう思ったネアは、足がいつの間にか魔法で動かなくなっていることに気付く。

131:水色◆Qc hoge:2021/04/04(日) 10:35

「…………………………え、」
ネアの足はどう足掻いても動かない。……途中でバランスを崩し、前のめりに転んでしまう。……それでも足は動かない。骨が折れる音がして、慌てて姿勢を元に戻す。


……その間に、イエローベルとブルーベルの戦いは始まっている。
ギロチンを召喚して四肢を切断しようとすればそれを常人離れした速度で回避し、懐に蹴りを叩き込む。
そのコースを刃物を飛ばす勢いでずらし、血を飛び散らせる。

「……あぁ 、大変だなぁ ……これは」

心から忌々しそうにブルーベルは呟く。……そして、彼女も魔法陣を展開させる。
……衝撃波魔法。それだけで追撃の刃物が全部急停止して落ちてしまう。
二発目、今度は飛び退いたイエローベルの左腕があり得ないような角度に曲がる。……欠損は免れたが、回復魔法を使わない限りその腕はもう使い物にならない。……そして、そんな時間は与えられる筈もなかった。
分身を召喚、三人のブルーベルが戦闘能力の低下したイエローベルに攻撃を仕掛ける。……そして、動けないネアのことも忘れていない。今度は不死身の効果で治療されないギリギリのダメージを与えようと本体が彼女の真後ろから近付く。

あっという間に不利に追い込まれていた。
……油断はなかった。これもブルーベルが強すぎるせいであった。
ネアは近づいてくる本体を狙って火柱や闇魔法を使って攻撃するが、後ろが見えないためそもそも当たらないか簡単に回避される。
イエローベルは三者三様の攻撃をしてくる分身に向かって横殴りの刃の雨を降らせる。……しかし、怯まない。ついには雨をくぐり抜けた分身が彼女の細身を蹴りで吹っ飛ばす。




その時だった。

「うおりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!!!」

遠くから気合いの入った叫びが聞こえた、と思うと――――分身のうち一つに、大剣が突き刺さった。
完全に想定外な方向からの攻撃に、分身は呆気なく消える。

……その場にいた全員は、乱入者の方向へと目を向ける。
廊下の奥―――そこに、ユノグが立っていた。







【ちょっとあとがき】
実質最終決戦はじまるよー。

132:水色◆hJgorQc:2021/04/04(日) 11:47

「……ふむ、タイミングは完璧か……さて、反撃の時間だな?」

ユノグはふてぶてしく呟き、魔法で大剣を手元に戻す。
再び時間が動き出した。残った分身のうち一人が彼に向けて飛びかかる。
蹴りが炸裂する寸前で剣を立てて防ぐ。……剣が軋むが、それでも防いだ。
本体のブルーベルは一瞬の隙を突かれ火球によって吹き飛ぶ。
そしてイエローベルは、1対1の状況に持ち込んだことで先ほどより動きに違いが見えた。吹き飛ばされた体は悲鳴をあげているが、分身の攻撃を避け、防ぎ、いなしている。
状況は膠着していた。……そして、ブルーベル側は実質一人である。どちらが優位かはほどなくして決まるだろう。




しかし、

「……もういいよね?」

彼女はそう呟いた。すると、……次第に空気が変わる。
青い少女は瞑想する。……その間に、分身が二体とも撃破された。
……瞬間、彼女は目を見開き、

「『身体強化』――――『タイタンパワー』『ソニックスピード』!!」

一気に三段。……彼女がアヤメに放った攻撃よりも強く速い攻撃が、三人に向かって押し寄せる。
見切りなど不可能。
ユノグは横っ飛びで一撃を回避するが、余波でダメージを食らってしまう。
……ネアは避けられる筈もなく、一撃を食らって肉片へと化した。……再生には時間がかかる。

イエローベルは?




「……」

彼女の正面、20cmほど。……息がかかる程の距離に、ブルーベルが現れる。
「…… イエローベル? 一体どうしたの ?」
いつでも一撃を叩き込める位置に来た彼女の顔は、それはもう楽しそうであった。……血に染まり、サディズムを感じられるような表情を浮かべている。
イエローベルはそれを機械のような無機質さで眺めている。
「別に……貴女に恨みがあったから」
「ふぅん…… もしかしてあの子のことかな?」
後ろを振り向く。……しかしアヤメの姿は見えない。
「……どうだっていいでしょ、そんな事は」
「いや ?駄目だよ。 駄目でしょ ?だって、私達は 世界の管理者の部下なんだから」その口調は諭すようだった。
一歩、迫る。
「だからさ。 どっちか選ばせてあげる。 あの子を貴女の手で殺めるか …… それとも、私が今ここで貴女とコズミック様の繋がりを消去して、 貴女を鮫の餌にするか 」

丁度その時、波の音が響いた。
月が瞬く。



【ちょっとあとがき】
【急募】青鈴さんの倒し方

133:水色◆hJgorQc:2021/04/04(日) 13:00

「……じゃあ」
いつでも殺し殺される距離にいるブルーベルへと、イエローベルは指を立てる。
「第三の選択肢……私が貴女を倒す」


直後、拳が彼女の腹部に突き刺さる。
「うん―――― やれるものならやってみてよ」
血が飛び散った。貫かれた場所から……そして、口から。
……しかし、イエローベルは笑っていた。
「(……私の考えが正しかったら……接続は途切れない)」

霞む視界、痛みと出血で薄れゆく意識。
……その中で、彼女は自分の能力に意識を集中させる。
ブルーベルの後ろ、そして自身の後ろに魔法陣を浮かべ――――大剣を飛ばす。……決して避けられることがないように。


「ぐっ、」「がっ……」

貫いた。
……驚き、苦悶に満ちた表情をするブルーベルに、もはや意識を手放しかけているイエローベルは一方的に種明かしをする。
「……コズミック様は、……面倒臭がりなんだ。……いくら、貴女が強くても……すぐには、接続解除は……されない、よ」
3つの物に貫かれた彼女は、程なくして目を閉じた。
ブルーベルは痛みと出血に耐えながら、背中と腹に刺さった剣を抜こうとした。……が、相当長く大きい剣であるらしく、柄が見えなかった。剣身を掴んで強引に抜こうとしたが……それは、気味が悪いほどに手を滑らせる。
やがて彼女も抵抗をやめる。……「 負けたよ 」と呟き、意識を空に委ねた。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


ようやくネアは自分が再生したことを悟る。なぜか服まで再生していた。……胸に悔しさが溢れるが、足が封じられていた以上どうにもならなかったと自分に言い聞かせる。
……そして周囲を見渡すと、何故かイエローベルとブルーベルが串刺しになって倒れていて、ユノグは血を流しながら床に倒れていた。
いつの間にか足が動く。急に静かになった空間を見渡し、しばらくネアは呆然としていた。


「……ユノグ、大丈夫ー?」
倒れているユノグの側にきて声をかける。……すると、うめき声が聞こえてきた。
ひとまず安心したネアは、今度はカルトナを呼ぶ。
…………反応はどこにもない。音もしなかった。
彼女は嫌な予感がして立ち上がる。……すると、向こうの方から黒猫がやってくるのが見えた。

「にゃー」
ネアはそれを見なかった事にしようとした。……が、しかし……どこかその猫に見覚えがあるような気がして、目を留める。
「……これ、あの時の……大聖堂にいた……」
「にゃー」

猫が鳴いた。


すると突然、猫の傍にアクアベルが現れた。

134:◆hJgorQc:2021/05/02(日) 12:18

【登場人物の性格を完全に忘れてしまったため閲覧注意です】


アクアベル。ベルシリーズの保護者を自認する者。······彼女がここに出てきた以上、もはやこの蒼の城には戦力はほぼ存在していないことをネアは理解した。鈴を付けている黒猫にも注意を払いながら、ゆっくりと言葉を選ぶ。

「······何しに来たの?」

それを聞いたアクアベルは苦笑する。
「そう言われても返答に困るんだけど······」
そして彼女は辺りを見渡した。······静かだ。倒れているイエローベル、ブルーベル、ユノグ······それ以外に動きはない。
「······まあ、楽にしていいよ。貴女に危害を加えるつもりはないから」




「······」
楽にしていい、とは言われたがどうすればいいのか分からないネアだった。話すことは殆ど無いし、そもそも時間もかなり押してきている。なのですぐに本題に入ることにした。
「······私を管理者の所まで案内して」
「······おやおや」
そう言ってアクアベルは肩を竦めかけて、────やめた。ここで返答を間違えたら双方にとって最悪な結末になる。
「······そっちは?······貴女以外、全員戦闘不能になってる?」
「············」
そう尋ねられると、ネアはしばらく索敵魔法で城を走査する。
······ユノグはいつの間にか意識を失っているようだった。
今居る場所の向こうには生命力が9割程失われたアヤメが座り込んでいる。彼女はもう戦えないだろう。
シスター達は全員倒れていた。しかし死んではいない。
······カルトナは······反応がない。ネアの背筋に冷たいものが走った。

「にゃー」
その時、黒猫がネアに擦り寄ってきた。
「······?」
彼女は一瞬よく分からないという顔をしたが、


眩い光が周囲を包む。
次の瞬間、黒猫は猫耳の少女、ブラックベルの姿になった。そして、
「にゃー。カルトナはシルバーベルが封印したにゃ。······シルバーベルが力尽きるまで、そのまま」と、起こった事を語る。
ネアは思わず空を見上げる。······恐ろしく高い位置に天井が見えた。


ともかく、これで······こちらはネア一人である。

「一人っぽいね。······じゃ、いきますか。······『オープン』」
アクアベルが杖を振る。鈴が揺れ、澄んだ音が響く。
そして────ネアの目の前に、光の道が開かれた。




「さあ、私はこれ以上何もしないよ。······さて、貴女はどんな未来を掴み取るのかな?」

アクアベルは微笑みながら告げる。その目には敵意はなかった。······なら、ネアにもこれ以上ここに留まる理由はない。
そして、光の道に足を踏み入れ────


「······間に合った」


その寸前。
彼女は視界の隅に、ワープ魔法『ゲート』によって穿たれた穴を見つけた。······そこから聞こえてくる声は────

135:◆hJgorQc:2021/05/06(木) 00:03

······声と共に『ゲート』から出てきた者は、

「······おまたせ」
既に満身創痍、立つどころか目を開けていることでさえ辛そうなスミレと、
「······はぁ」
慣れていない魔法を行使したからか、自分が行った事の異常さを理解したからか······冷や汗をかいているアリシアだった。


ネアの思考は止まった。
······それでも、思考ではなく身体が動いた。春風のようにスミレの方に駆け寄り、肩を貸す。同時に残り少ない魔力を振り絞り、少しでも病の進行を遅らせようと回復魔法を彼女に掛ける。

「······ありがと······ネア」
スミレの顔色がほんの少しだけ良くなった。······それでも、根本的解決にはならない。······ここでネアは気付く。彼女は、世界の『管理者』との取引でこちらが有利になるように、との想いでここまでやって来たのか······と。
アリシアの方を見る。······彼女は、倒れているユノグの傍に座り込んでいた。どうやら目を覚ますまで付き合うつもりらしい。
······なら。


なら······


「······行こうかー。大丈夫、歩かせないから······」
ネアはスミレに向かって微笑む。
「······いや、自分で歩ける、よ······」
スミレは拒否しようとしたが、既に足が震えている。全身の衰弱が既に相当進んでいるらしい。······ネアはそれを見てため息をつく。······そして、

「よっこいせー」
······軽い掛け声と共に、スミレの身体を抱えて、背負った。
「ふぇっ?」
背負われたスミレはそんな声と共に時を止めた。
「······我慢しててね?なるべく揺らさないようにするからさー」
「いや、そうじゃなくて······って、あれ」
顔を発熱以外の理由で赤くした彼女は辺りを見回すが、気付けばアクアベルやブラックベルは居なくなっていた。自分が来た時にはまだ居たのに────と思うが、······察する。······自分も耐えて、応えなければならない······
スミレは愛しい人の背中で改めて覚悟を決めた。




「いくよ」
ネアは短く言って、光の道に足を踏み入れる。
そして、······光の先へと駆け出していった。背には救いたい者。その事も気にしながら、彼女は自身に何度も身体強化を掛けてゆく。


 

136:◆hJgorQc:2021/05/06(木) 07:59

色々な要素が絡み合い、ネアに背負われていた間の時間の記憶がほとんどないスミレだったが、······開けた空間に出た時、我を取り戻した。

······開けた空間────そこには、誰かが居た。

高い背、それでも床に着くほどの長い黒髪の端の部分が、まるで星空のような紫色。
立ち振る舞いは気だるげだが······それでも圧倒的な存在感を醸し出している。スミレとネアは同時に結論付けた。······この人が、『世界』の管理者、コズミック······その人だ、と。


不意にコズミックが二人の方を向く。それはそれは、振り向くタイミングを伺っていたかのような雰囲気で。
「ふぅん?来れたのか······これは驚きだなぁ」
そして、その端正な顔に微笑みを浮かべた。その笑みには、驚いたという感じは全くなかった。······純粋な興味がそこにはあった。
「蒼の城からここまでは徒歩で数日かかる······まあ、アクアベルが近道を作ってたとしても、三日はかかるだろう······そういう場所なんだけどなぁ······ここ」
そう言って、コズミックは困ったように笑った。

「······私達から貴女に求めたい事は、たった一つだけです」
言葉を発することさえ辛そうなスミレの意志を念話魔法で受け取り、ネアはコズミックを見つめる。
「······一応聞こうか?」
「スミレに不死性を返してください」
簡潔明瞭にして、至上の願い。
······だったが、コズミックは拍子抜けしたようだった。

「···軽いなぁ······簒奪とかじゃないのね。······························でも、無理だなぁ」
「············」
ネアは身構えた。戦いになると不利は確定している。······『神殺し』を使っても、当たらなければ意味は無い。······だから慎重に、言葉を選ぶ。
「もし仮に、返しても良いとしたら······どういう条件の時ですか?」
「ふぅん?」
相手は僅かに考える。······と言うより、もはや余興のようであったが────やがて答えは出た。管理者にしか分からないだろう、答えが。
「まず不死はね、単純に魂の量が多いんだ。あたしでも管理出来るのは数個······これはあたしの性格もあるけれど。だから、······出来るとしたら、ネア······君が死なないと」
微笑みながらえげつないことを言うな、と相対峙するネアは思う。······念話魔法で繋がるスミレからは、死なないでと全力の想いが流れてきている。
······活路を探す。今まで見てきたものの中から────引っかかったものを。



見つけた。
「······ベルシリーズ······彼女らも不死身ですけど、あれは一体?」
それを聞いたコズミックは苦笑いする。
「ああ、あれは私と魂を共有しているんだ。まあ、共有と言っても、魂を分けていると言う方が────」一文目······それだけ聞いたネアは、

「なら」
「んん?」
「私の不死身の魂を······スミレと共有する、というのは?」




 

137:水色◆hJgorQc:2021/05/28(金) 23:25

「······························」
コズミックは完全に黙ってしまった。······彼女でも反論を見つけるのはかなり厳しい······つまるところ、それは盲点だった。


「なるほど······それなら······」
数分の沈黙の後、彼女は首肯した。
「······でも、それにはかなりの覚悟がいる。あたし達みたいに、部下と上司の関係ならまだしも······そっちは、伴侶としてでしょ?」
······つまり、対等な二人の間で魂を共有するということは、その永い年月を共に過ごすという覚悟がある必要だ、ということらしい。
だが、その言葉は、ネア(そしてスミレ)の頷きを誘っただけだった。


「······決意は固いみたいだなぁ。はぁ、面倒臭い············あ、そうだ」
コズミックは何かを操作している途中、ふと手を止める。
「もし仮に、あたしがスミレの病を癒さなかったら······ネア、君はどうするのかな?」
「撃ちます」
返答に秒もかからなかった。顔を青くしたコズミックは即座に作業に取り掛かる。

変化は直ぐに現れた。

ネアの背中でもはや石のようになっていたスミレの身体が、少しずつ柔らかさを取り戻してゆく。熱は次第に冷め、程よい体温にまで低下する。低下は再生となり、柔化は復活となる。
失われかけていた命が、再び戻ってくる。······それは、もう二度と手放せられないものであろう。


スミレは、自身の思考が完全にクリアになっていることを実感して思わず震える。······本当にどうにかなった、と歓喜と呆然が入り交じった呟きを発する。
······しかし、それも一瞬だった。
ネアの背中から舞い降りる、天使。死にかけの少女は生を得て天使のようになったのだった。

「······うん。完璧」
コズミックはそれを見て頷いた。そして、
「とは言ったものの、魂の同化はまだ済ませていない。なら······どうせなら、然る場所でやりたいと思わない?」
二人は後半の言葉の意味が分からずに首を傾げた。
「分からないかぁ」コズミックは苦笑する。
······しかし、その目に宿る光は、まるで子を見る親のようだった。
「結婚式、挙げちゃいなよ。そこであたしに誓ってもらう。······生涯────永遠の生涯を共に過ごすことを誓います······ってね。」









【貴女に沈丁花を
S2最終話まであと 2話】

138:水色◆hJgorQc:2021/05/30(日) 00:38

そこから先の展開は速かった。
蒼の城に戻り、コズミックが手を叩く。それだけで、今まで起こったことが全て無かったように、元に戻っていく。
少女たちに刻まれた無数の傷も、崩されたり穴を空けられたりした城の構造も。
気づけばベルシリーズの全員が、今まで戦ってきた者たちが大広間に集結していた。······彼女らは起き上がると、呆然としたり、歩き回ったり、何やら話をしたりと思い思いの行動をしている。とはいえそれも仕方ないだろう。いくら主たるコズミックが居るとはいえ、今まで戦ってきた相手もその近くに集結しているのだから。
そしてその相手も半ば呆然としていたが────封印が解けたカルトナがネアの方に近寄る。

「······その様子だと、成功したみたいだな」微笑を向けて弟子を称える。
「師匠······」ネアも彼の方を振り返るが、「あの、『神殺し』使わなかったんですけどー·····」
折角教わったのに何たることだ、と言う意味で、半ば嘆きつつ報告をする。······しかし、
「いや。言っただろ、痛めつけてこいと。つまりは使うに越したことはないということだ、よくやったな」
聞いたネアはさらに、コズミックには何のダメージも与えてないということを言おうとしたが、······やめた。あまりにも無益である。


カルトナが引き下がり、次に目が合ったのはユノグだった。傍にはアリシアが居る。
「······お疲れさん。まぁ、何とかなったみたいだな。私はついていけなかったよ」
「······ユノグ。それは言っちゃいけないよ────生きてるんだから」
そのネアの言葉を聞いた彼は目を瞬かせる。そして、
「はは、そうだな······ま、これからは平穏な余生を過ごすことにするさ────」「私と一緒に、ですよ」
語尾にアリシアの言葉が重なる。
いたたまれなくなったネアはそこから離れることにした。


次に会ったのはシスター達であった。
彼女らは未だに恍惚とした表情を浮かべていた。ネアが訳を尋ねてみると、
「リリー様の御加護のおかげですよ」
とよく分からない返答が返ってきた。······しかし、何かに納得する。ある程度の超常現象には慣れている。······それに、『これ』なら大歓迎である。


アヤメはイエローベルと一緒にいた。戦いの後、間違いなく一番幸せなのは彼女らであろう。具体的には言えないが、その距離感が全てを物語っていた。
「姐さん、お疲れ様です」
アヤメの声にネアは微妙な顔をする。
「······どうでもいいけど、距離感近くないー?」
「本当にどうでもいいですね······ほら、スミレ姐さんが待ってますよ。早めに行ってあげてくださいね」


その声が消えた時、ネアは後ろを振り向く。······大広間の中央部······そこにスミレが立っていた。
彼女はネアを認めて駆け寄ってくる。その足取りは、まるで夜明けの春風のようだった。




気づけば、外は白み始めていた。

139:水色◆hJgorQc 結婚百合ですブラウザバック推奨:2021/06/08(火) 00:58

「······とは言ったものの、やっぱり面倒だねぇ!」

そうコズミックは愚痴るものの、言った以上もはや逃げることは出来ない。
実の所彼女はまだ悩んでいた。······最大限に譲歩されたのはわかる。それでも、無限の命────それにより少しずつ肥大を続ける魂は、いつかこの星の許容範囲を超えてしまうだろう。
ため息をつく。

「······おや、随分と陰気だな······管理者さんよ」

気づけば後ろにカルトナが立っていた。······彼こそこの事態の仕掛け人と言っても過言ではない。
ネアに神殺しを教え、そして自らも蒼の城に乗り込みこちらに多大な被害を与えた男。

「まあそんな顔をするな。別にいいだろ······今すぐどうこうとかいう事じゃないし」
それを聞いたコズミックは思わずキレそうになった。
「あぁ?管理者以外の人に······神ならぬ者にどうしてあたしの苦しみが理解できるって?」
「ははは、すまん。······そら、出番だぞ。投げてこい、誓いの言葉を」
カルトナの笑いを見て、もう一度彼女は深めのため息をついた。······そして、花園をかき分けながら、中央へと進み出ていく。


────────────────────────


スミレとネア。
二人はいつもと変わらない服装で、二人で語り合っていた。
「ネア、私思ったんだけどさ、」
「なにー?」
「結婚しても、私達の毎日に変化って······多分ないよね」
「だねー。···まぁ、それでも······意味はあると思うよ」

そうネアが強く言った直後、「ほい、二人ともいいかな?」とコズミックが出てきた。
「誓いの言葉を······いっていきましょうか!それと同時に魂の共有を始めるよ。準備できてる?」

返答は簡潔をきわめた······「「もちろん」」。




『貴女二人は、お互いを妻とし······病める時も健やかなる時も、喜びの時も悲しみの時も、最後まで愛と忠実を尽くすことを────ここにおわす神と出席者の前で誓いますか?』
コトミはそう言葉を紡ぐ。
「「誓います」」との返答があった直後、その隣に居たコズミックが二人に向けて手をかざす。

白に染まった、表現のしようも無いものが二人の胸から出てくる。
······そして、コズミックの手に包まれて、一つ盛大な光を発したかと思うと、
「······それでは、永遠を······改めて」
────二つに分裂して、お互いの胸の中へと入っていった。


こうして二人は幸せになった。
ようやく、······ようやくである。
集まった少ない者から祝福されて、同じようで少しだけ特別な日々······その一歩目を踏み出す。
その結末を私たちが見る日は恐らく来ないであろう。それでも、魂には刻んで欲しい。
未来のために。




【ちょっとあとがき】

······はぁ。エピローグに続きます。S2あとがきはその後です。疲れました。

140:水色◆hJgorQc エピローグ:2021/06/08(火) 02:04

蒼の城。

「······よし。これから200年くらいはこのまま下げておくことにするよ」

アクアベルが杖で床を叩きながら言う。
偶然その近くにたくさんの少女達が集まっている所だったので言おうと思ったらしい。
当然それに対して疑問が殺到する。···それに対する返答は、

「まず第一に、この時代結構良いでしょ。ね、イエローベル?」
彼女は唐突に黄色の少女へと話を振った。
話を振られた方の少女はその意味を瞬時に理解して顔を赤らめつつ、
「······うん、そうだね。私たちみたいに変な格好してても何も無いっていうのは···結構やりやすいかな」


「うん。二つ目は······まだ終わっていないことがある」

先程とは打って変わって、アクアベルは真剣な顔をする。それを見た周囲の少女は聞き漏らすまいと耳を傾ける。
「魔王カースモルグっていたでしょ。そいつの子供が魔王だったんだ」淡々と喋るその声は不思議な響きを以て耳に入ってゆく。
「······って、···おかしくない?魔王って少なくとも周期は聖女の二倍だったはず···」
誰かが言った。
「うん、その通り。······その通りだったんだけど······」
「変異でも起きたのかにゃ···?」
壁に寄りかかっていたブラックベルが核心を突く。
「そう。それも、結構ヤバい方の変異なんだ。······ありえないんだよ、二世代連続で魔王が出ることなんて」




周囲は完全に押し黙ってしまった。────当然だ、下手したら世界滅亡のピンチなのだから。


「まあ、多分あと100年は大丈夫。封印してブルーベルに見張りをさせてるから。封印が解けてもブルーベルなら鎮圧できる」
「100年を過ぎたら?」
「それは後で考える。···まあ、ともかく。私たちは······あれを守るために居るんだよ。さあ、イエローベル、時間取ってごめん。行っていいよ」




「平和だねー」
「そうだね······ネア、これで良かったの?」
スミレの抽象的な問いかけにネアは片目を閉じる。
「スミレとの日々に勝るもの無し、ってね。······愛してるよ」
そう言って彼女はスミレの頬にキスを落とした。
「······っ、」
まだ慣れないらしく、明確に顔を赤くするスミレだった。




外で素振りをしていたアヤメのもとにイエローベルがやってくる。それを見たアヤメは素振りの手を止めて目を輝かせた。
「イエローベルさん!」
そのままの勢いで飛びつく。
「っとと······うん、来たよ」
辛うじて受け止めて微笑むイエローベルの体を離し、「何します?」と尋ねる。
「アヤメといっしょにいる」




「···ふむ、お前らは式を挙げないで良かったのか?シスター・コトミとかすごいやる気だったんだが」
カルトナの苦笑にユノグも苦笑を返す。
「別にいいだろ。王は式を挙げなければならないとかいう法律はない」
「···はい。それに式なんかなくても······私はずっと愛せます」
アリシアの目付きが本当だったのでカルトナとしては引き下がるしかない。
呆れのため息をつきつつも、彼の口許は緩んでいた。


······さて。
ハッピーエンド、と言ったところかな?
では────






貴女に沈丁花を、
シーズン2、
おしまい。

141:水色◆hJgorQc あとがき:2021/06/08(火) 02:15

【シーズン2あとがき】

まずは謝辞を。
この小説を見てくださっている方々、本当にありがとうございます。あなた方のおかげで水色は生きています。これからもできることなら沈丁花をよろしくお願いします。


思えばS2は本当に思いつきで始まりました。前にこの小説のテーマを聞かれた事があるのですが、僕は何も答えられませんでした。強いて言うなら『戦闘、たまに百合』ですかね。
多分こういうのに詳しい人が見るともっと色々言ってくれると思うのですが、そこまで凄い人はこのような小説を読むことはないと思いますのでこの話題はここまでにします。


······さて、次はいよいよシーズン3です。シーズン1のあとがきではこれが最後と言いましたが、唐突に構想が浮かんできたためもうひとつ伸ばす運びとなりました。
正直大風呂敷を広げすぎた観はありますが、どうにかしたいと思います。

それでは、みんなの益々の幸せを願って!
しばらく後のS3をお待ちください!

142:水色◆hJgorQc:2021/06/27(日) 20:00

光があれば闇もある。······その例に漏れず、王国の地下には大きな牢屋があるという噂である。······あくまで噂だ、誰もそれを知る者は居ない。······そう、そこは王国の中で最も重い刑罰、終身刑に処された者のみが入る暗黒の場所である。
1000年以上昔に造られたと言われているそれは、今までの王国の闇を種族問わず全てそこに内包して、世間から隔離してきた。大量殺人、国王に対する謀反未遂、違法薬物の闇取引······
その中で、一人、計略を巡らせる者がいた。種族は魔人族······と言ってもまだ年齢は20代に届くかどうかである。一体何をしたのだろうか、彼はこれから寿命が尽きるまで────最低でも300年以上生き続けなければならないのだ。石の壁、所々にランプが置かれているとはいえ、ようやく手元が見えるくらいの薄暗さである。この暗さでは誰でも摩滅する······そんな場所で。そんな場所を逃れ得ようと、彼はまだ若い頭を働かせているのだ。······ただし、やろうとしていることは若さ故の希望ではなく、世間から見ると絶望寄りの行為だろう。

「······仲間、集めないとか······」

彼はそう呟くとおもむろに鉄格子に触れた。······直後、それが······細く、だが確固とした武器に······細剣になった。
彼はその鉄格子だったもの────細剣の持ち手を掴む。それは簡単に抜けて······鉄格子が二つ、脱落した。


看守が慌てて駆けつけた時、既にその魔人の姿はなかった。······またそれと前後して、数名の罪人が謎の失踪を遂げたのだった。




【説明】
魔人族・・・小人族を寿命と魔力以外の面で真人族に寄せたような種族。
【ちょっとあとがき】
オフシーズン。S3に向けての準備とか日常とか。

143:水色◆hJgorQc:2021/06/27(日) 23:14

某日、王国城下町、大聖堂。その日のそこはやけに人で賑わっていた。
普段なら荘厳な沈黙が支配するその空間は、一種の熱気で満ちていた。······何があるのかと言うと、本日は······

「さて────皆様。近日中などとは言いましたが、ここまで伸びてしまった事······お詫び申し上げます」
初老のシスターが群衆の前に進み出て一礼する。それだけで賑わいは消滅した。······後に残るのは、張り詰めた緊張の空気である。
「本日は勇者の遺品にお祈りを捧げます。本来であれば身体を用いるのですが······神の意思ゆえ。······では、シスター・コトミ。シスター・アリサ。モンク・ライツ。モンク・スティン。四つの武具を、ここに」
「「「「はい、ネム枢機卿様。ここに、捧げます」」」」
ネムという初老のシスター······枢機卿の前に、コトミを含めた四人の聖職者が進み出た。その手には剣、長杖、ダガー、盾。5つ目の杖はない。持ち主は······
「············」
その様子を、無言で見守っていた。


とあるシスターが水で満たされた盥を運んできた。一つの動揺もないそれは、まるで鏡のように見える。ネムはその鏡面を眺めて、······そして、いつの間にかその近くに居た老人へと目を向ける。

「教皇様」

教皇と呼ばれた聖職者。その姿は一見他の者と変わらないように見える。······実際その通りである。その通りであるのだが······その場に居た全員は、息が詰まる思いがした。実際何人かは自分でも知らないうちにひれ伏していた。······神聖、ここに極まれり────等と言っている場合ではない。
教皇は無言で剣を取り上げ、一礼······そして、それを水が満ちた盥へと静かに入れる。
波は立たなかった。······その代わり、剣も消えていた。······まるで呑み込まれたかのようだった。······そして、それを確認した教皇は、同じような手順で長杖、ダガー、盾と、それぞれ水の中へ落とし込んだ。
彼が一歩下がる、······次の瞬間、盥から水柱が上がった。────渦巻きながら、大聖堂の天井へと······届く。そしてそれは4つに分かれて、最初に武具を持ってきた四人の元へと殺到した。
直後、眩いばかりの光が周囲を席巻した。


────全員が目を開いた時、四人はそれぞれ宝玉を掲げていた。······これにて祈りは完遂された。
その様子を見守っていた群衆は緊張の糸を解き、ただ、天に捧げられた勇者たちの為に祈った。




「······ふぅ······終わった······終わったんだ、なー」
群衆の中に混じってスミレ、ネア、アヤメの三人もいた。ただし今回は誰も気づかれなかったようである。
「皆······これで、いなくなったんだ······」
「······お父さん、お母さん······もう一回くらい、呼んで起きたかった······」

想いはどうであれ······これで、一つの区切りとなったことは紛れもない事実であった。

144:水色◆hJgorQc:2021/07/05(月) 22:28

王国の裏山。そこに名前は付けられていない。別段珍しい物もない。······そして、入れもしない。王妃にして、結界魔法の第一人者でもあるアリシア自ら張った結界が、そこへの万物の侵入を拒んでいた。
······今や要塞の様相を呈しつつあるその場所に、二人の少女がやってくる。青と銀······ブルーベルとシルバーベルだった。

「······ ちょっと空けたけど 大丈夫かな」
「まあまあ。私がいるよ。······じゃ」

そう言ってシルバーベルは銀でできた拳銃のようなものを懐から取り出した。当然王国の技術力ではまだ作られていないものである。能力と、世界の管理者の部下である以上、銀で作れる物であれば何でも出来るのだが······ほんの少しだけ違和感を感じる二人であった。
それはともかくとして、彼女は拳銃を結界に向けて······一発、撃つ。
銀の弾丸が放たれた。
この世界でも銀は吸血鬼に効くものとして有名であるが、シルバーベルの場合······それは魔力を封じるものとなり得る。弾丸は結界を貫いた。······そしてそこを中心として、半径1メートルほどの部分に穴が空いた。

「ありがと。 ······じゃ、行ってきます」
「ほーい」

そしてそこに入るや否や、入口だった穴が完全に閉じた。······ブルーベルは試しに結界を蹴ってみる。
ずがぁん、という盛大な音と共に衝撃波が発生した。······周囲の木が簡単に薙ぎ倒されていく。······しかし結界には傷一つついていなかった。

「······ここまでいくと もはや怖いかも」

そう呟きつつも、彼女は背を向けて歩き出す。向かっているのは、『魔王』の封印場所である。緩い勾配をひたすら登っていく。魔王はおおよそ中央に封印されているが、ブルーベルの足でもかなりかかる距離である。
そして数分。彼女は紫色をした等身のガラス玉のようなものを木立の向こうに見出した。近づくと、封印されている魔王だということが分かった。
······どう見ても少年にしか見えないのだが······ブルーベルは覚えている。封印されるまでの間、邪悪な魔力がこの少年から発せられていた事を。


······退屈だ、と彼女は空を見上げた。そこには青空の影もなかった。

145:水色◆Fase/Q:2021/07/18(日) 21:59

王国某所。そこでは広大な王国の土地々々を担っている貴族達が一同に会していた。……憲法によって定められた貴族会議。参加者の数は500人を超える。もちろん半円形の座席の正面側にユノグが座り、貴族からの質問を受けたりしている。権力があるとは言えども所詮は立憲君主制、どんな無能の意見も一応耳に入れる必要があるのだ。
これだったらいっそ貴族を整理してやろうか、とユノグは考える。流行り病が王国に蔓延したのも元はと言えば『流行り病など大したことではない』などと唱える一部貴族のせいだったのだ。

「……して、こちらから提案することは以上だ。だいぶ譲歩はした……受け入れぬとは言わせぬぞ」
「アホかお前ら……」

かなり苦々しい顔で貴族の代表が提案を締めくくる。それを見てユノグは頭を抱えた。……到底とまではいかないが、容認できる提案ではない。貴族の財力から見ても余裕はかなりあるのだ。……それを無視して私腹を肥やそうとするのは、彼の父が遺した数少ない負の遺産だろう。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


その後なんとか説得し、渋々ではあるがユノグの意見が通された。……一部、彼の目から見ても悪くない提案があったのだが、それを採用すると手が回らなくなる恐れがあったためまとめて却下した。
「大臣を選任せよ、」との声もある。至極その通りだった。……ただ、探し回ってもそのような地位に容れるに値する人物はなかなか現れない。
いっそもう……と執務室に戻った彼はとある人の姿を思い浮かべるが、頭を振ってその考えを追い出す。
ゆっくりと、非常に緩慢に……だが確実に、滅びの予兆は鮮明な物となりつつある。ユノグはゆっくりとため息をついた。……その横顔を、たった今紅茶を運んできたアリシアが不安そうに見つめる。


夕暮れの近い城下町。……そこに灯りが灯される。次第に増えていくそれが、今日はいつにも増して暗く見えた。

146:水色◆Fase/Q:2021/07/19(月) 07:41

「魔法を教えてください」

ある日のこと。縁側で日向ぼっこしていたネアの正面に立ち、アヤメは教えを乞う。……乞われた方のネアは溶けかけていた表情を慌てて引き締めて、

「……それは……どうしてー?」
そう尋ねた。そしてその返答はこうである。
「いざというときのために……もっと強くなりたいんです」
魔法という得意分野で、本来ネアは嬉々として教えるべきだったが、どうもその内心は複雑なようである。……まぁつまり、アヤメがどこか遠いところに行ってしまうような――――スミレの次に重要な人が居なくなる――――そんな感覚を覚えていたのだ。
しかしまあ、その感覚は分からなくもない。ネアの場合は料理だったが、アヤメの場合は戦闘というだけのことである。
ちょっとだけ考えた末、彼女は頷いた。




魔法の基礎となる知識についてはアヤメが幼い時から叩き込んでいる。そのため、今回は使える魔法を増やしたり、効果を調整する目的のようだった。なかなか地味な作業である。……しかし、ネアが眺めていると……なんと、アヤメの持つ刀に炎魔法が付与されたことに気付く。しかも本人は気付いていない。
後からやって来たスミレもその様子を視認した。

「アヤメー。ちょっとその刀、魔力をちょっとずつ通わせながら振ってみて」
「……こう、ですか?」
ネアの言葉通りに刀を振る。……刀の軌跡に一瞬だけ遅れて、炎の筋がその後を追った。
アヤメは驚く驚かないの騒ぎではない。つい数分前までは炎魔法の練習をしていたのだが……こうして刀にいくつかの魔法を宿らせる実験が始まってしまった。


丁度用事があったらしく、イエローベルまでもがその様子を見ていた。ついてきたグリーンベルも同様である。……そんな彼女らは遠くでこんなことを喋った。
「……ねえイエローベル、あれ作ったのイエローベルだよね?何したの?」
「……まだこの世界では発見されてない鉱石を地下深層から採ってきただけ。……まさか魔力をよく通すなんて、思いもよらなかったけど」
そして彼女はアヤメの方を眩しそうに眺めた。どうやら、成長はどこまでも続くようだった。

147:水色◆Fase/Q:2021/08/09(月) 00:00

本日のスミレとネア(そしてアヤメ)はお出かけ中である。と言ってもお出かけ先は王国、それも大体は市場ぐらいしかない。······まあ、市場は買い物デートするには絶好の場所ではあるのだ。
その中で、市場へお忍びで────側近の話を聞くといつもの事らしい────視察に訪れていたユノグと偶然鉢合わせた。デジャヴを感じつつも三人は十数年前に訪れた店にやってくる。

「この辺も結構変わったね······」
「·····んー、そのセリフ、結構効くねー······」
「······ははは。まあ変わらないものなどないさ」
「························」

スミレが黙り込んでしまった。それを見て、やってしまったかと思ったネアは無理やり話題を変えることにする。

「······ところで。ユノグさ、最近何かあったー?顔つきが変わったようなー」
「老けたって言いたいのか?まあそうだろうな、昔からネア姉はのんびりと毒を吐く」
「いやそうじゃなくて」
「······?」
そこで少し黙っていたスミレも何かに気付いたらしく、「······もしかして」と口を開いた。······アヤメだけが気付かない。まあ、これは······二人の人生経験が為せる物だろう。

「「······アリシアさん······おめでた」ですか?」
息ピッタリだった。
それを受けたユノグは意味ありげな微笑を顔に貼り付けつつ、
「······ははは。まあ、······シスター・コトミの言い分なら······ってとこだ。······それよりも······良く気づいたな?」
その場にいた女子三人は一瞬歓喜に包まれそうになった。······しかし今回は前のようにユノグもやらかしていないのですぐに沈静化する。
「まあねー······なんか、『父親』みたいな雰囲気が漂ってるよー」
「分かるもんなのか、それ······?」
彼の問いにスミレは首肯を返した。


······ユノグの懐を痛めるのもほどほどに。三人はその後表現しがたい感情に包まれて家路についたのであった。

148:水色◆Fase/Q:2021/08/10(火) 09:25

【おしらせ】






_人人人人人人人人人人人人人_
> 小説家になろう様へ掲載 <
 ̄Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y ̄

https://ncode.syosetu.com/n3562hd/


※だいぶリメイクしてます。あとここの投稿をやめる訳ではありません。

149:水色◆Fase/Q:2021/08/24(火) 07:42

「…………………………ひま」

ブルーベルは薄紫の天井を見つめて無気力な呟きを漏らした。
暇というのは地味だが、人――――いや、すべての命あるものにとって、実はかなりの難敵である。流石に暇が原因で憤死したという話は聞かないが、何もすることがないという状況はもどかしさを育てるには十分である。
そしてブルーベルほどの者でもその難敵を倒す術はなかなかない。ましてや、今のように完全に外界から隔絶された空間の中とあっては。

「……これも あの子たちの おかげなのかな」
ブルーベルは前まではあらゆる任務を無感情でこなす少女だった。無感情、つまりは感情がほぼないので、体内時計、つまり時間感覚が壊れていた。そう、いつぞやかの誰かのように。
しかし……最近になって、どうもそれが元通りになりつつあることを否定できない。これは実際由々しき事態であった。理由は前述の通り暇が増えるからである。
彼女としてはもっと仲間を派遣してほしいところである。想い人は絶対不可能だからともかくとして、あまり当たり障りのないメンバーを。グリーンベルとか。


……と、そんなことを考えていると、外側から叩く音。……そのパターンから仲間ではないことを察知した彼女は、緊急時権限を用いて結界の外側にワープする。……そこにはいかにも悪ガキですという風貌の少年がやはり結界を叩いていた。
ブルーベルはそれを視認して、威力を全力で抑えた攻撃を放つ。
……少年が紙切れのように吹き飛んだ。

「……アクアベル」

そのまま空に手を掲げるようにして、報告する。

「認識阻害フィルターを 、もう一段強くして」
返答はすぐだった。
『わかったよ。……やっぱり『漏れてる』感じかな?』
「多分 。あとは…… 何人か派遣してほしい かな」
『はーい。でも少し待ってて』
……と、そのような会話を10分程度。今のブルーベルにはそれだけでもありがたかった。
『……それじゃあまたね。……何かあったらまた連絡するように』
アクアベルはそれだけ言い残して通信を切った。


ブルーベルが結界の中に戻ると、それだけで中に溜まっていた禍々しい魔力が霧散する。……それを今の今まで産み出していたのは、明らかに封印対象しかいない。
彼女はゆるりとため息をつく。

「……………ひま」

150:水色◆Fase/Q:2021/08/30(月) 08:06

リーベライヒ。
その魔人族の若者が逮捕された回数は20を下らないと言われている。······その容疑の殆どは武器の密売であった。
彼が持つ、魔法とは少し違った能力は『触れたものを武器へと変換する』というものである。これにより彼はいとも容易く金を稼ぎ、犯罪を犯すことができた。······そして牢屋に入れられた後も、主には鉄格子を細剣に変換し、幾度となく、しかも容易に脱走してのけた。

そんな彼はついに王国の地下牢······永遠に出ることは許されないという絶望の牢屋に収容される。······しかし、彼はそこすらも脱走した。しかも二度も。
一度目は単独で脱走したため、地上に出てからおよそ3時間で確保された。······しかし二度目は、自分一人ではなく、他の凶悪な犯罪者達も共に脱走させたのだ。
そして、脱走から一ヶ月近く経つ今も、目撃されたという情報はどこにもない。




「ちょっろ······」
そして、闇に紛れる路地裏。そこには人相が悪い者が何人かたむろしていた。······その中にはリーベライヒの姿もある。
「なるほど······前のは下見というわけか。よくやったな······若造もたまにはやるじゃないか」
「······くれぐれも油断はするなよ。見付かって捕まったら元も子もない。······この中で念話魔法使えない奴居たら手を挙げろ」
その声を聞いて、手を挙げた者は一人もいない。凶悪犯罪者は高位の魔法使いであることが多い────というか、使える魔法の幅が広くないと凶悪犯罪は起こせない。まるでそれを象徴したかのような結果だった。


「······よし。全員俺を中心として繋ぐんだ······いいか?主導したのは俺だ。よって俺が指揮を執る」
リーベライヒは静かに言った。その手には細剣が握られている。
······周囲の犯罪者達は彼に従った。細剣が怖いからでは無い。どちらかと言うと、彼の手によって文字通り武器にされる方が怖いので従うのであった。
「······よし。最初の命令だ。全員王国中をくまなく探せ。使えそうなものがあったら何でもいいから報告しろ。見つかった場合はこの集団のことは一言も話すなよ······そうなったら俺が直々に出向いて『使って』やるから」




闇が、動き出す。

151:水色◆Fase/Q:2021/09/05(日) 23:38

ドラム公爵領。
世にも珍しい「当主の名前がついている」公爵家が支配する、王国北側の大地である。
王都の人間は滅多に訪れることのない土地だが、シスター・コトミはその場所へと足を踏み入れた。彼女も王都の人間なので自主的ではない。もはや彼女唯一の直属の上司と言っても過言ではない、枢機卿ネムからの指示であった。
というのも、ここには先の儀式に参加したシスター、アリサがいる教会が存在しているのだ。儀式が終わった後、数日は本物の宝玉が大聖堂に置かれるが、そこから先は二つを除いてレプリカになる。そして、本物は地方の教会に送られる――――これが決まりであった。
神聖な宝玉を運んでいるためワープ系の魔法を使うのは禁止されている。一応付き人としてシスターのクリスもいるのだが、最近歳を感じるコトミにとってはなかなか大変な旅となった。


さて、コトミの苦難ばかり語っていてもつまらないだろう。
ここからは公爵家の話をしよう。
先ほど「当主の名前がついている」と書いたが、実のところこの表現は正しくない。矛盾しているのだ。……正確に言えば、『当主自体が「家」である』。
その当主こそ、ドラム・ドラゴンである。龍人族――――戦闘能力では随一の種族――――であり、ここの人口比のうち龍人族は30%を占めている。王国に存在する種族は20を超えていること、また人口比は真人族が75%を超えていることを考えるとなかなかの数字である。
……それだけならまだ普通だ。ドラムが特別な理由――――それは、そこに混じったもうひとつの「血」にある。
単刀直入に言おう、彼は『吸血鬼』だ。大方飢えた吸血鬼にでも襲われたのだろう(無理もない。龍人族の血を吸えば並の吸血鬼は1ヶ月何も食べなくても生きていけるのだ)、今でも首筋にはその時の傷痕が残っている。
……吸血鬼の特性の一つとして、直接吸血した対象を吸血鬼にしてしまうというものがある。それが嫌な者のために王国では「献血」というシステムを導入しているのだが、その話は置いておこう。
ドラムから血を吸った吸血鬼は見事なまでの返り討ちに遭った。即死である。吸血鬼は不死性からくるゴキブリのような生命力をその身に宿している、のにも関わらずである。……さあ、その特性は今や彼のものとなった。吸血鬼を瞬殺できるほどの力と不死性が交わる時――――生まれた場所が違えば、英雄、または怪物と呼ばれていたであろう生命が爆誕した。
そんな彼の生きてきた年月は王国の歴史よりも古いと噂されている――――超然的な彼の性格と相まって。

152:水色◆Fase/Q:2021/09/06(月) 00:22

さて、コトミはそんな領主の治める土地へとやって来た。と言っても今回領主に用があるという訳ではなく、教会である。
領主館の横を通り抜け、石畳の上を歩く。だいぶ足元が楽になった。

「……クリス、大丈夫ですか?休憩しましょうか?」
「私はまだ平気です。……が――――あれ、気になりません?」
クリスが指差した先を目で追うと、そこには酒場……いや、食堂があった。
「……せめて用事が終わってからにしましょう。全く、神様が寛容で本当によかったですね」
コトミは表面上そう言った。……しかし彼女も疲労で空腹になっていたので、その提案が有り難かった。
クリスはわずかに微笑みつつ、彼女の隣にいる人を見上げた。


歩くこと数分。教会へと二人は到着する。……慌てて奥の部屋に通された。どうやら向こうはもっと大規模に来ると思っていたらしく、多少遅れるだろうと見当をつけていたらしい。
シスター・アリサはしばらくしたら来るとのことだった。待たされることになった二人は会話を始める。
「ところでコトミさん。あの人達についてなのですが……」
「……スミレさんたちですか?」
「流石ご明察です。少々小耳に挟んだのですが、なにやらアルファ枢機卿が彼女らを崇拝対象にするべく教皇に働きかけているそうですよ」
それを聞くなりコトミは腕を組んだ。
「……それ、当人達からしたら迷惑なのでは?」
「ですよね。コズミック様――――神様は別として、あの方々はまだ生きてます」
「別に生死が崇拝に関係する訳ではありませんが……それでも道行く人々が全員、突然ひざまずくと考えたら不気味なものがあるでしょうね……」
どうしましょうか、と顎に手を添える。
スミレとネア、アヤメとイエローベル。彼女らは全員デートで王都にやってくることがある。そんな中崇拝されたらやりづらい筈だ。
「……クリス、もう少し情報を集められませんか?何とかしてみましょう。最悪の場合、私が直接あの人たちのところに行って説明しなければなりません」
「はい」
こくり、とクリスは若々しい顔を縦に振った。

「(……それにしても、デート、ですか……)」
コトミは心の中で呟く。少し前に、教皇になったら恋愛関係の戒律を改めようと誓った。……その目標まで、近いようで遠い。達成する頃には自分ももはやデートとか言っていられる年齢ではなくなっているだろう。……聖職者、という身分上仕方のないことだということは理解している……が、どうしても彼女は諦められない。
……すると、その思考を知ってか知らずかクリスが突然爆弾を投下してきた。
「早めに終わったらデートと洒落込みません?」
「はい?」
コトミの目が点になった。
「いや、流石にこのままじゃ寂しいので」
「そうですか……そうですよね」
「あれ?まさか期待してました……?」
クリスが少しずつ暴走する。
「い、いえ、そんなのでは……というか、もう私は……」
「それでも、……って言ったら?」




……と、そこまで進んだ時。少しだけ開いた扉から、一人のシスターが顔を出した。

153:水色◆Fase/Q:2021/09/08(水) 22:08

「…お待たせしました」


……扉から、顔だけ出してシスターが言った。……彼女こそ、シスター・アリサ――――先日の儀式に参加した四人のうちの一人である。
彼女の外見的特徴を言葉で具体的に表現するのは難しい。……簡単に言えば、「虚弱そうな」出で立ちとでも言った方がわかりやすいだろうか。……とは言っても、神経質そうな雰囲気ではなく、どちらかというと可愛い部類には入りそうである。
コトミとクリスはあわててそちらに向き直る。

「……こんにちは」
挨拶。何気ない一言だが、「気にしてないですよ」という意味が言下に含まれているのだ。アリサの方もそれを理解した上ですぐに本来の用件の方へと話を進めていく。
「……ええと、本日はお越しいただきありがとうございます。本来であれば私自らドラム公爵領の案内をしたかったのですが……そのような場合ではありませんね」
こちらにどうぞ、と彼女は扉の向こうへと姿を消した。
残された二人も立ち上がり、その後に続く。


教会の廊下は長い。コトミとクリスは体が弱いアリサにすぐに追い付いた。……しかし、抜かしたり並ぶようなことはしない。……宗教の教えがその体に染み付いていた。
やがて奧の部屋に到着する。……コトミは肩から下げた鞄より、綿で包まれた物を取り出す。……そう、それこそが宝玉だった。
包みを解いてゆくと、次第に灰色の輝きが綿の隙間から漏れ出す。……灰色の「輝き」。変な表現だが、改めてそれを目にした彼女からでも、その表現以外に適当なものが見当たらなかった。
アリサに案内された先、奥の部屋のさらに奥。そこには台座が置かれていた。……それは質素だったが――――そのことが逆に、この宝玉には相応しく思える。
落とさないように、慎重に、台座に載せる。コトミはその時間こそまさに今までに生きてきた生の半分を象徴するかのような錯覚を覚えた。
アリサが何かを唱えている。入り口の方まで下がったクリスの姿も見えた。……やがて、宝玉が一瞬光り――――不思議と、もう動かないような感覚を周囲に味わわせる。
超強力な保護魔法の定点照射。やはりアリサの腕も素晴らしいようだった。




その後は特にすることもなく、再び挨拶をして別れるだけである。……のだが、その一瞬前、アリサはコトミに耳打ちした。
「……大丈夫なんですか、あの人……かなり高位の呪いがかけられてますよ」
言ってくださればおそらく解除はできます、とも彼女は言った。……だが、
「分かってます……大丈夫です。……第一、そんな事をしたら……私が破門されますよ」
と、コトミは呟く。その瞳には、欠伸をしているクリスの姿が映っていた。

154:水色◆hJgorQc:2021/09/10(金) 22:56

「……ここは……」


聖女も死んだ。
盗賊も死んだ。
盾使いも死んだ。
そして魔法使いだけが生き残り、幸せになり――――勇者は死んだ。

おとぎ話にすらならない、残酷な現実だ。
ネアは常にその事を気に病んできた。それは並大抵のものではない――――『一人だけ』生き残った時の悲哀。自分もあのとき死んでいった仲間と共に逝きたかった。そんな思考を、スミレには見せまいと思って一心に隠してきた。
しかし、死んでいった者たちは、それを望まないだろう。……死人に口なし、とも言うが――――少なくとも、ここにおいてはそうだった。なぜなら、


「……ここは……」
勇者――――エインは目を覚ます。そこは草原だった。青々とした、丁度よい高さに切り揃えられた草がそよ風に吹かれて揺れる。……それはやがて波となり、水平線の向こうへと消えていく。
そんな雄大なる自然の中に、彼はいた。
……いや、彼だけではない。聖女リリー、盗賊ブロウ、盾使いアルストも、そこにいた。


「…………………………」
今、目覚めているのはエインだけである。……しかし彼には自分が殺された時の記憶が残っていた。なので、目覚める、というよりかは――――復活した。
「お目覚めかな?」
エインの横に、突然とある女性が現れた。……不思議な髪の色をしている。紫のグラデーション……まるで宇宙の煌めきのようだった。
……しかし、エインはそのような女性の容姿も気にせず、即座に質問を投げかける。

「……この際あなたが誰だとかいう問いは野暮だろう……単刀直入に言う。ここはどこだ」
「ここ?英霊の世界。……つまりだ。現世で助けを求めている奴らがお前らを呼ぶまで……ここが住む世界となる」
……どうやら復活という訳でもないらしい。
やはり死は絶対だ、と改めて――――死んでから、ようやく――――認識したエインだった。

155:水色◆Fase/Q:2021/09/11(土) 10:42

「······はぁ。僕達は······そこまでこの世界に功績を残せたのか?」
まだ周囲の勇者達は起きない。横に居る女性が全く動かないので、退屈しのぎにエインは色々な事を質問してみる。

「まあ、だろうね。見せようか?」
「あー············」
······このやり取りでようやく相手の正体に気付いたエインだった。······流石の彼でも世界の管理者にして神に等しい存在であるコズミックを前にしてはいつもの態度はとれない。
「······いや。お断りさせて頂く······」
「おやおや。······かつてのお仲間が幸せになってる様子を見たくないと?」
「············」
この神、絶対一部の人から嫌悪と言ってもいい程には嫌われてるだろ、と思ったエインだった。




「それよりも······英霊?どういう事だ?」
ここで彼は疑問を素直に口にする。
「おや知らない?······まあそうか。そうだろうな。あたしが創った勇者の中で非業の死を遂げた奴らはこれが初めてだから······」
コズミックは一瞬目を伏せる。······が、エインがそれと気付く前にはすぐに調子を元のように戻していた。
「まあ······もう一度だけ、勇者達に『誰かを救う権利』をやる、っていう話だ」
今度はエインでも何となく分かった。コズミックの言を聞いて軽く頷く。
「タイミングはこちらに一任させてもらう。まあそれ以前に宝玉は各地に散らしてある。······見てろよ」
コズミックがそう言った直後、······エインの目の前で、転がっていたブロウの姿が少しずつ薄れていく。まるで砂嵐のように······その身体にノイズが走る。それはアルストも同じだった。
「丁度儀式が始まったみたいだな······」
事情を全く知らない者からすれば軽く悪夢を見そうな光景だった。────しかし、
「······いつか再び集う時が来るんだな?」
「······現世の奴らが望めば」
「ならいい。······っはは······」


エインが笑った直後────ブロウとアルストの姿は草原から掻き消えた。見れば、いつの間にかコズミックの姿もない。その場に残されたのはエインとリリー、ただ二人だけだった。
温かな風が二人の頬を撫でてゆく。

156:水色◆Fase/Q:2021/09/11(土) 10:59

「······やあブルーベル。終わったよ」
結界に綺麗な穴が空いた。······シルバーベルの来訪である。
「宝玉 ······ もう 大丈夫なの?」
「まだ1年半も経ってないんだけど。······はぁ、まあだいぶ短縮されそうなのは事実かな?······いや、それはいいとして。休暇の時間だよ」
彼女がそう言うと、入れ替わりにグレーベルが入ってきた。
「······························」
相変わらず喋ってくれない。表情もほぼ無である。しかし、だからこそこの任務には向いている、とアクアベルに判断されたのだろう。
彼女が結界の中に入った直後、ブルーベルは空いた穴が塞がれないうちに地面を踏み込み、大跳躍────脱出する。
「······んじゃ グレーベル、しばらくよろしく」
その直後に穴が塞がれたため、その言葉が向こうに聞こえているのか不安はあったが······確かに、彼女は頷いたグレーベルを目視したのであった。


「今回の休暇は どのくらい?」
即座に王都中心部に到達し、鈴の音を鳴らしながら屋根を蹴る二人組。ものすごいスピード────まるで飛ぶようになりながらも会話を進める。
「1ヶ月くらいかなぁ······タイミングが良ければ王子の誕生も見られるかも?」
「そんなのに 興味なんかないよ······」
ブルーベルは心底面倒くさそうに言う。······しかし、彼女の記憶にはユノグの治世ほど強烈な印象(いい意味でも悪い意味でも)を残した時代はこれまでに記録されていなかった。
······もし本当に何の印象も持たなければ、「何それ」で終わっていただろう。それどころかグレーベルが話を振ったかどうかすら怪しい。
グレーベルは軽く笑っただけで何も言わなかった。······王都を抜け、平原に出る。今日は二人とも、ワープを使わない。······そういう気分だった。

157:水色◆Fase/Q:2021/09/12(日) 06:11

やべえやらかした。
真ん中あたりの改行からの『グレーベル』は『シルバーベル』です。

158:水色◆Fase/Q:2021/09/19(日) 14:36

「恋人みたいなことがしたいです」
「······························」

市場。アヤメとイエローベルは二人で買い物をしていた。······そんな中唐突に落とされた爆弾が上記の台詞である。傍から聞いている分には衝撃的な言葉だった。······何せ、彼女達は既に手を繋いでいたからだ。
間一髪のところで噎せるのを我慢したイエローベルがアヤメの手を握る力を少しだけ強める。
······それにしても、少し前まではスミレとネアの関係で頭を押さえていたはずの彼女が一体どうしてこうなったのだろうか。まさに『恋は盲目』である。

「······急にどうしたの」
ようやく立ち直ったイエローベルが隣にいる恋人に声をかける。その恋人はというと、
「あ······いや、何と言いますか······こうやって手を繋いでいるだけでも幸せなんですけど······」そう言って顔を赤らめながら、「でも、もっと色々なこと······したいなって」
「············(まずい可愛い)」
イエローベルの心拍数が上がる。······でも、それを隠さないでも良いのが今の彼女の立場なのだ。
「······で、具体的に何か案はあるの?」ほんの少しだけうきうきしながら恋人に問う。
「······そうですね、······屋台で何か買って······分け合って食べる、とか」
先程のやり取りからは想像出来ないほど具体的な答えが返ってきた。······だが、確かに。恋人らしい────と思ってしまうのは、イエローベルも皺が伸びたということだろうか。
「(······いやいや、皺伸ばしって老人の気晴らしだよね?)」
とセルフ突っ込みを入れる。
そんな彼女をアヤメは不思議そうに見ていた。······そして微笑む。「行きましょう、イエローベルさん」




······きっと彼女らの繋がりは、永遠に続くだろう。

159:水色◆Fase/Q:2021/09/25(土) 11:16

『······おい。おい、リーベライヒ!聞いてるのか?』
「うっせえ。そんなに大声出さなくても聞こえてるわ。念話魔法だぞ?」
『すまん。······いや、それより······凄い物を発見したぞ!』
「どうせつまらないものだろ?こないだなんか市場の安売りに反応してたしな」
『······いや、今度のはこれまでとは格が違う。とにかく裏山に来い、今すぐに』
「あ?おい······クソが」




商店街の建物の屋根に座っていたリーベライヒは念話魔法による通信を受けた。······反応すると言った以上彼にはどんなつまらないことでもその場所に行かなければならないのだ。

「裏山に一体何があるんだよ······」

そう言いつつも、認識阻害魔法を自分にかけるところを見るとまだ期待を捨てていないらしい。そのまま立ち上がり、屋根を伝って走り出す。
魔法と王子誕生間近の二重奏によって誰も彼に気付く者は居ない。易々と商店街を脱出し、そのまま裏山へ駆けてゆく。




「これだ、これ······いや、あれだと言った方がいいのか?」

仲間によって裏山に呼び出されたリーベライヒは、確かに期待感を擽るものを見た。どう考えても中にいる何かを封印しているとしか思えない厳重な結界である。試しにレイピアで一突きしてみたが、傷すらつかなかった。

「マジか······よくやったな。さっさとずらかるぞ」
「逃げるのか?」
嘲笑うような口調でそう言われたが、リーベライヒにはまったく応えなかった。
「いやそうじゃない。こうまでして封印したい物が中にあるんだ······おそらくこれ以上ここに居たら殺られるぞ」
と言って仲間を待たずに走り出す。


「······チキン野郎め」
残された者はその場でいくつかの魔法を構築して結界へと一斉に放つ。
光が飛散した。まるで金属を加工する時に出る火花のようである。
······金属加工。その名の通り――――むしろ傷は付かない。むしろ結界の輝きが増していくように思えた。
「······」
流石に気味が悪くなった彼は攻撃を諦めて戻ることにした。――――その直後、彼の背中めがけて、灰色の少女が出現する。








『あらら、一人取り逃がしちゃったかぁ······』
もはや赤い塊となった煙の弾を見つめるグレーベルの耳に、アクアベルからの通信が入る。
『······うん、私のミスだね······明後日あたりにでもオレンジベル送るよ』


通信を切ったグレーベルは煙の弾を地面に打ちつけた。
······瞬く間に、周囲が血の海になった。

160:水色◆Fase/Q:2021/10/12(火) 23:49

「「············」」


スミレとネアは息を殺していた。······と言っても別にどこかに潜入した訳では無い。······現在の状況が彼女達を緊張させていた。
ここは王城······二人の目の前にはとても建物の中とは思えないほど重厚な扉がある。その扉に付与されている結界魔法は、今や王国屈指の結界魔法使いであり王妃のアリシアによって創られたものである。もはや扉ではなく壁に近い。
······そして、その扉の内部には······アリシアがいる。スミレの予想では、本日が出産予定日の。


「······時間が経つのって早いね」
「だねー。······歳を取ると体感時間が早くなるって聞いてたけど······もうアリシアさんもかー」
スミレがしみじみと言うのに対してネアも相槌をうつ。そして感慨深そうな様子を見て、スミレはやや興味をそそられたようである。
「ねぇネア、アリシアさんって、ユノグさんの侍女だったんだよね?」
「そうだねー。まあ今もだけど······王妃兼侍女、って言ってたよ」
「あはは。······アリシアさんの出自って何か知ってない?」
それを聞いて、ネアは少しだけ考え込んだ。······やがて、昔話をするような調子で語る。


「······アリシアさんは、産まれてすぐの頃、路地裏に捨てられてたんだって。そこをユノグが見つけて拾ってきたんだよー。······私も勇者のメンバーになる前だったからよく覚えてる。まあ、その時は王国が混乱してたから······『魔王』のせいで。もしかしたら、アリシアさんもそのせいで捨てられたのかもしれない」
「············」
スミレは唇を噛んだ。蘇生に成功したとはいえ、ネアを殺した魔王に良い思い出は全く無い。しかし、その思考を察してか無意識かどうかは知れないが、ネアはこんなことを言った。
「······もしあの『魔王』が生きてたらさ、今の状況をどう思うんだろうねー?」
「今の······?」
「絶望に叩き落とした筈の人々が生き延びて、恋をして、結ばれて······子供を作った人もいる。『魔王』には理解できないことだと思うよー」
「······!······」
「······だからね、」


その時である。今まで沈黙を保っていた扉が突如として開いた。······ユノグが立っていた。
彼は一瞬面食らったようだが、2人に向けてとても嬉しそうに手招きをする。······口元に人差し指を当てた。
彼の大きな背中の横から二人は部屋に入る。······すると、






【ちょっとあとがき】
あと数話でS3に突入します

161:水色◆Fase/Q:2021/10/18(月) 08:05

「······おい爺さん。あんた某エルフの貴族家から土最高位魔法の技術を盗んだんだって?」
「······そうじゃ。······直ぐに取り返されたがな。まだいくつかの土魔法は使えるぞい。······『メテオ』とかな」
「ふむ。······じゃあ爺さん、あんたを今ここで幹部に任命する。俺の計画では、一番強い魔法を使えるのはあんただ」
「······何をするんじゃ?」
「まあちょっと聞いてくれや。計画をな」


暗澹とした路地裏、相変わらずそこには数人の男が集まっていた。もはや軽い拠点のようになっているそこは、あらゆる犯罪者が集まると言っても過言ではない。
そして今日は老年の犯罪者がその集まりに合流した。······早速リーベライヒは彼を利用することに決めたようである。


「······勝算はあるのかね?」
「正直言って五分五分だな。まだ俺らはあの中に何があるのかを知らない」
「なるほど······まあよい。もしあれが貫けなければ王城に落とせばいいだけのこと」
「うわ。容赦ねえな爺さん」
どこかから飛んだ野次に周囲の雰囲気がやや弛緩した。それを見てリーベライヒは士気を高めるような情報を落とす。
「そう言えばこの間、あの結界を張った王妃が王子を出産したらしい。しばらくは魔力が戻らないだろう······つまり結界はいくらか脆くなっている筈だ」
同時に彼は前にあの結界を細剣で突いた時のことを思い出していた。······あの頃は攻撃の性能も悪かった事もあるのだが、時期が悪かったのだ。
「マジか?」
「マジだ。······まあ聞いた話なんだがな。そいつらはどうやら王家に関わりがあるらしい」
そう言って独り頷く。······犯罪者達は顔を見合わせた。
「実際に聞いたのか?」
「いや。盗み聞きだ」
つまり罠である確率はかなり低い。


「······さて、今から計画を練ることにする。使えそうな技術を持ってる奴は俺に言ってくれ」

162:水色◆Fase/Q:2021/11/22(月) 07:56

ある日のことである。スミレとネアは珍しくユノグに呼び出されていた。
いつもの店ではない······王城である。しかも奥の部屋。何やら他の者には聞かれたくないような物事を話すらしい。


「······さて、何処から話したものか······」
「理由もー?」
「あぁ、そうだ。······二人呼ぶ必要はなかったかもしれん」
そう言いながらユノグは微妙な表情を浮かべたが、実のところ二人とも呼ぶのは悪くない選択であった。······というより、スミレとネアはもはやセットである。
「まあそれはいいとしよう。······言いたくなければ結構だが······貯蓄はあるか?」
「······えっと、スミレ?」
スミレは家事能力が高い。なので家の経済も一手に引き受けている。そんな彼女の答えは、
「収入がネアの勇者補助金だけなので······あんまり芳しくないです」
であった。
その途端ユノグは苦虫を噛み潰したような顔をした。······これには二人も驚く。そしてどちらも聡明である以上、答えは直ぐに出た。
「「まさか······」」


ゆっくりと口を開く。
「そう、そのまさかだ······この度の臨時貴族会議で、勇者補助金の廃止が決定された」


僅かながら心の準備が為されていたからであろうか、彼が予想していたよりは二人の反応は重々しくなかった。
「···何とかならなかったのー?」
面倒臭いことになった、と言わんばかりのネアの声である。
「いくら賢王でも多数決には勝てない」
「憲法停止したら?」
「ネア姉ってそういうキャラだったか···?」
···よくわからない言い合いが始まってしまったので少々割愛する。

「まさか、そのままという訳じゃないですよね······?」
「ああ。これに関しては二つほどカルトナ様から助力を頂いた。······まあ、ネア姉がどちらも無理だと言ったら、駄目なんだが」
確認するかのようなスミレの問いに対して、ユノグの返答は安心感のあるものだった。
「ネア、」
「うんー?よっぽどじゃなければ大丈夫ー。それに師匠は倫理観の消えてる仕事持って来ないしね」
伝説の魔法使いに対する圧倒的な信頼である。弟子が二人、そして一見無関係だが何度も助けて貰っている一人によりスムーズにやり取りが進む。······そして、
「······で、その仕事って?」
とうとう説明のお時間です。

「簡単に言うと、魔法学校の講師をやってもらいたい、という話だ」
「魔法学校って······」
「そうだ。カルトナ様が名誉校長やってる所だな。というより、優秀な魔法使いは大体そこから輩出されるから······ネア姉も確か通ってたよな?」
「そうだねー。······なるほど、魔法学校かー······一日待っててくれる?ちょっと考えるから」
ネアの反応はそこまで悪くない。ユノグは多少安心したのかため息をついた。
「二人でゆっくり考えてくれ」

163:水色◆Fase/Q:2021/12/11(土) 09:20

さて、二人が家に戻ってきてからすぐのこと。ちなみにアヤメはまだ帰ってきていない。どうやら今夜は長くなりそうである。
ほぼ無に近い荷物を下ろしながらネアはスミレに話しかける。

「スミレ、どう思······」
「良いと思うよ!!」
即答だった。
思わず面食らう彼女が目にしたのは、目を輝かせる大切な人の姿だった。久々に見るそんな顔に再び恋に陥りつつ、ネアは何とか思考を動かす。
······確かに、ネアも魔法学校の教員には憧れていた。ただ、それとスミレとでは方向性が違う。
何故だろう、と少しだけ考えて、分かった。前に彼女から少しだけ聞かされていた、気の遠くなるような過去の話。
スミレは『造られた』存在である。だから知識は専門の機関で学ばなくとも、元々入れられている。······それだから、新鮮な『教育』というものに、惹かれるのであろうか。


「(······)」
ただ、ネアにも一点だけ不安な所があった。本来ならスミレが全力推奨した時点で即行動なのだが──仕事時間の間は、スミレと会えない。当たり前といえば当たり前なのだが。
それでも、この生活を始めてから、このようなことは初めてだった。まだ100年と生きていない以上、当然なのだが······
未経験の事象を前にしては、尋常の人物は誰しも混乱するものである。何も物騒な場だけではない。日常でもしょっちゅう起こりうる。

「ネア?」
「ひゃっ!?」
ネアが考え込んでいた所にいきなりスミレの声が降ってきた。思わず可愛らしい声と共に顔を上げる。
「えっと······大丈夫?」
「······うん。ちょっとあんまり即答だったから、びっくりしただけー」
深呼吸をし、体勢を整える。
大丈夫。スミレに認めてもらえば、きっと上手くいく。
「ちゃんと毎日帰ってくるよー」「それで、何があったか報告するから!」「だから、スミレも、大丈夫だよ?」


「······ありがとう、ネア。頑張ってね」
そう言って微笑む彼女は、まるで聖母のように美しかった。
「じゃあ、決まりー。明日辺りにでも言っておくよ」
「うん。お土産話、いっぱい聞かせてね?」
「気が早い。······元々そのつもりだよー」


彼女らの歴史に、また一枚の紙が浮かび上がる。そこに何が記されるのかは──さあ、この後のお楽しみだ。

164:水色◆Fase/Q:2021/12/31(金) 20:02

久々に家にネアがいない日がやってきた。ひたすら手持ち無沙汰になったスミレは島を歩き回る。······家からでも見えるのだが、端の方まで行くと蒼の城が見えた。······それも、少しだけ鮮明に。
あそこにいる人々は、今は何をしているのだろうか。外見も性格もカラフルで、知れば知るほど憎めなくなる者たちは──。
少し場所を変えて、別の島の端······それも大陸がある方に足を向ける。当然だが靄がかかっていて見えない。舟で2時間はかかる距離は伊達ではないが、それにしては靄が濃すぎると思った。······どうやら雨が近づいているらしい。
あそこにいる人々にも、随分と助けてもらった。これからも助けてもらう予定だが······それでも一人になると感傷に浸らざるを得ない。


そして、今まで長く付き合ってくれた二人······ネアとアヤメ。
あの二人は、自分と関わって幸せだっただろうか、と考える。······分からない。それどころか、個人的には厄災しか呼んでいないような気がする。


でも。
それでも。
逆に言えば、スミレ。
彼女が中心になる事で、あの二人は幸せになれる。




そして、この物語も、いつまでも続いていく。
人の入れ替わりはあるものの、無限の平和と共に。

······と、なる筈だったのに────




【S3 On the verge of opening】

165:水色◆Fase/Q:2022/01/13(木) 23:18

【ご注意】

これよりS3の執筆を開始します。それに伴い、いくつかご留意して頂きたい点があります。
・S3は、今までのS1、S2とは本当に別物(悪い意味で)です。
・一応伏線は張ったつもりですが、恐らく、いや確実に読者を置いてけぼりにすると思います。
・それでも良い、という方は、のんびりお付き合いください。


・わずかな百合
・わずかなご都合主義
・アドリブ故の意味不明展開
・わずかなチート
上記を許容できる方以外はブラウザバックを推奨します。

166:水色◆Fase/Q:2022/01/13(木) 23:57

ネアが魔法学校の非常勤講師となってから早数ヶ月。まるで嘘のような、平和な日々が流れていた。······でも、これが当たり前なのかも知れない。
今日はネアが家にいる。そしてアヤメは買い出しに行った。······つまり、久々に水入らずで過ごす事ができるのだ。

「寒くなってきたね」
「ねー。······もう冬かぁ」
このような会話が交わされるのも、なかなかない事である。そんな生活に大分慣れてしまったことを思うと、少し寂しい物を感じる二人ではあったが······そんな気持ちも一緒に過ごしていると霧散してしまう。



「(窓にもガラスみたいなの嵌めようかなぁ······)」
スミレはそんな事を考えつつ窓の外を見た。······大陸は相変わらず遠すぎるせいでよく見えない。

だが、その日は少しだけ違った。

光の柱のようなものが見えた、気がした。

「······?」
二人同時に窓の傍に近付く。······その頃には、柱は跡形もなかった。
「何だったんだろ······」
「流れ星······じゃないよねー」
彼女らは今見た景色について見解を語り合う。······昼でも見える程の光。まるで王都に突き刺さるようだった。
だが、そこから数分過ぎても何も起きない。結局二人は見間違えと判断し、昼食の用意に取り掛かった。




昼食を食べ終わり、片付けも終わりかかった頃、突如としてアヤメからの念話魔法が飛んできた。
『······さん······姐さん達、聴こえますか!?』
「······アヤメ?」
『すいません、緊急事態です!いいですか、今からイエローベルさんからの伝言をお伝えし············』
────恐るべき轟音が二人の耳を貫いた。
······そして、慌てて大陸の方を見れば······再び、光が迸るのが見えた。
『······っ······すいません切ります!とにかく、大陸には来ないでください······絶対に。······大丈夫です、私は大丈夫です!!』

僅かに動転しているような、叫びに似た声を残して念話魔法は途切れた。
スミレとネアは顔を見合わせる。······そして、もう一度大陸の方を見た。






二人の意識は、そこで途切れた。








【ちょっとあとがき】
今まで全然書く気が起きなかったんですが、書き始めたら止まりませんでした。はい。

167:水色◆Fase/Q:2022/01/15(土) 20:12

どんな物事にも終わりはやってくる。
日々が途切れたのも、これもまた偶然ではないだろう。






頭の中で、何かが解けた気がした。
その感覚で意識が覚醒し、ぱっと飛び起き────ようとした。
その瞬間、スミレの身体を異様な倦怠感が襲った。······この雰囲気は······あの時とよく似ている。
筋肉が固まってしまい、ほとんど動けない。······しかし、今は動かねばならない。
幸いにもここはベッドである。なので、下りるときに工夫をすれば立ち上がることも出来る。······だが、スミレに気力を与えたのはその事実ではない。
今、彼女はベッドに一人だ。でも、その横は······明らかに数分前まで使われていたようで、暖かかった。


それから少しばかりの時間を要した。筆舌に尽くし難い苦労をして、どうにか壁に取り付く。そして身体を支えて、歩き出す。
まずは部屋から出るところだ。
その間にもスミレは様々な事を考える。······目覚める前、最後の記憶は······ネアと謎の光を見た所で終わっている。
あの時何が起こったのだろうか。これからどうなるのだろうか。
ふとそこにあった窓を見ると、蜘蛛の巣がかかっていた。

やっとの思いでリビングに到着する。軽く見回すと、ネアがいる。それしか目に入らなかった。
飛びつこうとしたが、それをすると軽く死にそうなので自重する。
そのうち、向こうの方が気付いた。······しかしそのネアもどうやらスミレと同じような状態らしく、冷や汗を浮かべている。
焦らずに、ゆっくりと近付いていく。体力もかなり減っているのが悩ましかった。あぁ、こんなにも会いたい人が居るのに······近付くにつれて苦しくなってくる。

スミレはふらつきながらネアの元にたどり着いた。その瞬間、二人を淡い光が包む。
「ネア······」
「うん、スミレ······おはよう。とりあえず、ちょっと休憩しようか」
その一言で、今の光は回復魔法系統だとわかる。そして、ゆっくりと湧いてくる力······身体強化魔法も掛けられたようだ。
要するに、この事態を解決するために動く気満々である。
スミレはそんな彼女の横顔を見る。色々な思考が渦巻いている、その表情に引き込まれる。
それは、絶望を希望に変える、勇者の心境が蘇ったかのようで。




全てが動き出す。世界の命運を載せて。

168:水色◆Fase/Q:2022/02/22(火) 00:04

【???】【phese1】




衝撃は唐突だった。結界に隕石が直撃し、砂塵が舞う。
ブルーベルは何とか堪えたものの、傷だらけになった彼女の眼には今まさに吹き飛ばされているグレーベルの姿が映った。
「······!」
だが、様子がおかしい。砂塵の隙間に見えた灰色の相貌は、何かに怯えるように歪んでいる――
直後、彼女の姿が空中に縫い付けられた。
その胸から、形容し難い暗黒の煙のような刃が生えていた。
ブルーベルはそれを視認するや否や地面を蹴り、砲弾のごとき迅速さで仲間の救出を試みる。

ちょうどその時、砂塵が晴れた。
暗黒の根元、そこには一人の少年が鎮座している。···彼こそが、今までブルーベル達が封じ込めてきた存在――――次期魔王だった。
彼は突撃してくるブルーベルを認めると即座に立ち上がり、横っ飛びをして回避する。
どうやら彼は未だ不完全のようだ、とブルーベルは判断した。
そのまま衝撃波魔法で追い討ちをかけようとした刹那、グレーベルの姿が目に映った。
何かを言っている。叫んでいる。
聞こえなかった。
――――二発目の隕石が直撃した。


「(······ これ程の威力 どうして ······?)」
薄れていく意識の中、彼女は必死に思考を回す。
あのカルトナの魔法ですら意識を刈り取るのには届かない耐久性を以てしても、二発。
不思議だった。しかし、
「(··· 鉄片 ?)」
スローモーになっていく景色は、崩れた隕石がもたらした舞う破片。その中には、金属が含まれていた。
それについて彼女の脳が合理的な回答を導き出そうとした時、再び衝撃が襲った。
今度はかなり軽かったが――ある意味では隕石より致命的な衝撃であった。
胸に暗黒の刃が刺さり、貫かれる。煙のような材質ゆえだろうか、貫通しても痛くはなかった。
むしろそれによって意識が活性化し、起き上がろうとする。···ベルシリーズに死の概念はない。

しかし、だ。
ブルーベルは起てなかった。
力が抜けていく。吸われていく。意識が再び消えていく。
グレーベルが何かを言った理由が、少しだけわかった気がした。
『······アクアベル!』
無理やり念話魔法を起動させ、アクアベルに知った情報をありったけ流す。
『············』
相手はそれを黙って聞いていた。その沈黙の意味は計り知れない。
ブルーベルはもう限界が訪れたことに気付いた。思考以外、何も動かせない。
それもすぐに停止するだろう。
だから、最悪な一言を残しておくことにした。

『ごめんね 、アクアベル ······ 大好き』


奈落へと、落ちていく。

169:水色◆Fase/Q:2022/03/19(土) 18:06

【???】【phase2】


裏山に直撃した隕石は、王都に二重の意味で激震をもたらした。
「······よりにもよって、今日ですか······!」
病み上がりのアリシアは痛切な悲鳴をあげる。そう、今日――長らく放置していた結界の張り直しを行おうとしていたところであった。
だがまだそこにいた、ユノグを含めた人々は事態を本当のところまでは理解できていなかった。
何せそこには『管理者』配下の一番手であるブルーベルが駐屯しているのだ。楽観視していたのも無理はなかった。
そんな幻想が微塵になったのはすぐのことだった。部屋に駆け込んできたヴァンスが、
「ユ、ユノグ様!!新魔王が······復活しました」
との報告をもたらした。

「······脱獄者が何かやっている、とは思っていたが···これは予想外だな。使われた魔法は『メテオ』か···後であの貴族を処分しないとな」
ユノグの顔はかなり苦りきっていたが、声は案外冷静だった。結論がずれているのは置いておくとして。
「だが復活したとして何かできるとも思えないが······」
「違います!物見によると既に『管理者』配下二人が倒されてますよ!」
途端に場の空気が変貌した。
「それを早く言え!それでどうした、何か変化は···」
「···そういえば、彼女ら、何かに突き刺されていたような···と」
ユノグもヴァンスも首を傾げた。
だがここはやはり王である。
「···まさか、力を吸収している···?」
結論は簡潔にして明瞭であった。
「だとすれば···無闇な鎮圧は危険なのでは?」
「······」
場が静まり返る。居合わせた貴族の何人かを見ると、大方ヴァンスと似たような意見らしかった。ユノグは独り呟く。
「······そこまで悠長にしていられるものかな?」


直後――念話魔法で報告を受けたらしきヴァンスの間抜けな声が響いた。
「···何だって?」

170:水色◆Fase/Q:2022/03/19(土) 19:23

【???】【phase3】


カルトナは街を悠々と歩いていた。裏山から逃げていく人々とは、反対方向へ。
隕石が裏山に直撃して結界が吹き飛んだところは見ていたのだった。
そんな彼の耳へ、ユノグからの念話魔法が飛んでくる。

『カルトナ様!』
「おう。どうした?魔王でも復活したか?」
分かりきっていることを軽く返すカルトナ。やはり余裕である。
「そんなに心配しなくてもいい。もう向かってる」
『管理者の手下が捕まり、力を吸収されていると言っても?』
「······ふむ」
流石の伝説も足が一瞬止まった。だが、彼は再び足を進める。
ブルーベルの力――つまるところ管理者の力――が吸収されているとは言っても、カルトナを超えるほどの力はすぐには集まらない。
だが、そこで思わぬ妨害があった。
前方から、不思議な鎧を着けた、人型のなにかがやってくる。

「なっ······」
流石のカルトナも驚いた。
見たこともない敵である――索敵魔法にかからなかったのも当然だった。
なぜ敵だと理解したかというと、その『なにか』は、家を壊し···逃げる人々を殺傷、あるいは捕らえ始めたからだ。
即座に正確無比な炎球がそれを射抜くが、犠牲は少なくない。······それどころか、さらに『なにか』が向こうから走ってくる。
「こいつらは···ユノグ!」
『先程報告があった!知ってます!』
「そうじゃない!兵士を出せ。魔王は無理だがこいつらなら一般兵士でも戦える!」
俺は――大元を叩きに行く、と言って、カルトナは走り出した。


老いつつある彼の足でも、裏山には程なくして到着した。
巨大なクレーターの中心部は、当然だが何もなかった。
「逃げたか」
と言ってさらに奥へと進もうとした時である。真横から短槍を携えた男が、カルトナを串刺しにすべく飛び出す。
しかし同時に展開された結界が槍の一撃を阻んだ。
「っ···!」
そのままカルトナは氷の刃を瞬時に生成、襲ってきた男を貫こうとしたが、···方針を変えた。
腹部に衝撃魔法を食らわせ、男が地面に投げ出された瞬間、その四肢を落ちてきた氷柱が固定する。
「がっ···は···」
「残念だったな。···いくつか質問がある。全て吐け」
そう、捕虜(と言うのかは微妙であるが)にして、情報を聞き出すのである。
「···言うと思ってるのか、この老いぼれめ」
「まあ読心すればいい話なんだがな。なるほど···お前らの幹部は10人。名付けて黒旗十手か」
「くっ······!?」
「案外抵抗しない方が幸せだぞ?」

そんなこんなで、彼は情報を一通り吐いてしまったのだった。
···だが、根本的解決には、至らない。至る筈もなかった。

171:水色◆Fase/Q:2022/03/20(日) 18:32

【???】【phase4】


ところどころに不思議な色の物体がちらつく。人型のその『なにか』は、恐怖に立ちすくむ、あるいは逃げ惑う人々を斬り伏せ、叩き潰し、また捕らえていった。
感情など微塵も存在していなさそうな動きだった。
初めは王国の危機だとばかりに士気に満ちていた兵たちは、その敵の特性に愕然とした。――硬いのだ。剣も、並大抵の魔法も通らない。
そして分断され各個撃破、というまさに最悪のパターンへと繋げられていく。
そんな中で、兵士の増援と共にこんな声が響いた。
「敵の身体をよく観察しろ!関節部分、特に首元···あそこには装甲がないぞ!」
ヴァンスの声だった。
「具体的にどうやって狙えば···」
即座に返ってきた悲鳴に、彼は答える。
「三人ずつで固まれ。二人が引き付け、その間にもう一人が後ろから攻撃するんだ!相手はあまり頭はよくないぞ!」
そんな具合で、ヴァンスの指揮によりしばらく一進一退、膠着状態が続いた。

そして別の場所、もう一つの戦場と化した住宅街では、またご存知の人物が戦っている。
最初は敵の観察に徹していたが、兵士が次々と無力化されるのを目の当たりにしたアヤメだった。
「『フレイムボルト』」
爆発する炎弾を飛ばし、敵の一体を数メートル吹き飛ばす。
その場にいた数体の敵が、一斉にアヤメを睨んだ。いや、目はないのだが、そのような感覚を彼女は覚えたのだ。
そして敵は、その背中から兵器を『生やした』。
もしスミレがそれを見たら、まるで砲のようだと思うかもしれない。そして、敵――『何か』も、機械兵のようだ、と。だからここから先、敵の名称を『機械』と記すことにする。

ともかく、アヤメはそれを目にすると高く跳んだ。
一瞬後には、大量の細かい石が彼女のいた場所へと放たれ、殺到する。――たかが石と思うなかれ。高速で放たれれば、その威力は銃弾にも匹敵する。
ただ彼女は察して避けていたので、最初の斉射は空気を撃ち抜くだけだった。
そして近くの建物の陰に入り、隙を窺う。石弾はその周囲に音を立てて命中するが、流石に地面はびくともしない。
敵の姿を一時的に見失った機械の群れはそこで一旦動きを止めた。
ただ、いつの間にか上へと回っていたアヤメはその隙を見逃さなかった。
風の刃を複数同時に生成し、首を狙わせると共に、自らも飛び降り、刀を振る。

そうしてできた切れ目を彼女は力ずくで広げ、中を見ようとした。
だが、中身は空だった。念のため殻の中心で光を発する妖しい部分を砕いて、他の機械も調べる。しかしどれも、
「······無人······?」
人が入れるほどのスペースは空いていた。だが、無人だった。
誰が、何のためにこんなものを作ったのか。念のためにあの二人に警告した方がいいだろうか――――そこまで考えて、アヤメは立ち上がる。だが、その右から








±

172:水色◆Ec/.87s:2022/04/28(木) 08:01

「······」
瓦礫が一面に転がっている。帽子を被った少女は、その中心部に自若として突っ立っていた。まるで眠っているかのように目は閉じられ、羊飼いがよく使うような杖に両手を添え、口元をやや綻ばせながら、そこにいた。
何があったのだろうか?この瓦礫の山である。感情に届いた希望と絶望の順序が逆になったのか?

────そうではない。
彼女の名前は、アクアベル。瓦礫に囲まれた中でも、『ベルシリーズの母』と(勝手に)渾名された程の頭脳は鮮明である。

「······来たね。待ちくたびれたよ」
ふと、そんな呟きを彼方に投げる。そして手に持った杖で地面を突いた。
鈴の音が鳴り響いた瞬間、スミレとネアの姿がアクアベルの前に現れた。相変わらずではあるが、突然すぎた。
二人は驚いている────だが、その表情には別の成分も入っていた。

「「アクアベル······!」さん······!?」


「どこから説明しようかな······聞きたいことはある?」
「「······」」
一面の瓦礫、更地の中で、テーブルが一つ、椅子が三つ並べられた。その一つに座り、何でもないような調子でアクアベルは口を開く。
二人はなにも言えない。そんな状況を見て看って、アクアベルは説明の方向を変えた。
「いや冗談······まずは状況把握からだよね。単刀直入に言うと······二代目魔王が復活した」
「······!?」「······えぇ······?」
単刀直入過ぎて今度は二人が絶句してしまった。だがアクアベルはこれ以上端的に説明できないと言って、
「まあまあ。二人ともあの光は見たよね?」
「あの光って······柱みたいな物は見えましたけど······」
「······あれってあんな感じに見えてたんだ。まあいいや。······とりあえず、経緯を簡単に説明するね」

アクアベルの説明によると、こんな感じのことがあったという。
結界が二発の隕石によって完全崩壊したこと。ブルーベルとグレーベルがその時無力化されて力を吸収されていること。その後謎の機械兵が大量に生産され、王国を蹂躙したこと。二代目魔王は王都に巨大な魔戦車を作り、魔族以外に圧政を敷いていること。王都にいる生存者は『レジスタンス』として、ドラム公爵領に逃げた生存者と連携を取っていること。
······ここまで説明したアクアベルは、その表情に憂いを湛えてこう付け加えた。
「······途中、ここにも襲撃が来た。既にベルシリーズのほとんどが捕まってた。······だから、コズミック様は······」
────『世界』の管理者故の、無限に近い膨大な魔力。それが全て敵の手に落ちた。
「待ってください······権限は、」
「大丈夫。だいたい危ないところで私が引き継いだから」
聞くに、もう敵はここを殲滅したものと見なして攻撃はしてこない模様。······そんな時に、二人が起きたのは僥倖に近いという。
蒼い瞳が、二人を熱心に見つめた。

173:水色◆Ec/.87s:2022/04/28(木) 21:09

【???】【phase5】


次第に王都は包囲され始めた。南でヴァンスの指揮により善戦を続けている軍隊、南東で単身敵の本陣を指して進軍しているカルトナ、それらを回り込むようにして機械兵達は動き始めた。
「······」
その様子を王城の天辺から眺めていたユノグは眉を曇らせる。その腕には、歴戦の相棒である宝剣が握られていた。
既に城まで届く戦禍の声、彼の肺腑を衝くには十分すぎたのだ。────しかし、王子が生まれてからまだ1年も経っていない。ここで生命を捨てるには早すぎる、とも思っていた。容易には動けない。そうしているうちに、民衆は次々と死に、捕らえられていく。
次第に心痛に堪えきれなくなったのか、そこを飛び降りてバルコニーに着地する。そして廊下に向けて歩き出す、その時。そこに、誰かがいた。

「······小僧。随分と優柔不断ではないか?」
────ユノグを小僧などと呼べる者は王国でも限られている。カルトナは稀に戯れで言うこともあるが、それよりも、この世界の誰しもを『小僧』と呼べる人物がそこにいた。
ドラム・ドラゴン。
ドラム公爵領、領主である。
「······随分と出し抜けな訪問ですね?」
ユノグはこの、龍人族にして吸血鬼でもある男に常々経緯を払っていた。自分の50倍は軽く超えるであろう相手の年齢のこともあるが、並み居る貴族連中の中でもドラムは、数少ない『まとも』な人物であるのだ。······それ故にやり込められる事も数度ではないのだが。
だが、今は貴方と話している場合ではない──というように、言い足す。
「貴方に構っている暇はないのだが······」
とだけ言っておいて、その右側を通り過ぎようとした。······のだが、直後。信じられないような言葉が左側から落ちてくる。
「王都の民を、我が領地に避難させてもいい······と言えば?」
「······は?」

「ワシは本気だぞ?······安心しろ、人口密度が低すぎて退屈してたところだ······小僧さえ良ければ何万人でも受け入れるさ」
足は止まっていた。······ユノグは少しだけ考えようとした。
その瞬間、外から一際大きい爆発音が聞こえてきた。──決断は早かった。

174:水色◆Ec/.87s:2022/04/29(金) 11:49

「そこで二人に頼みがある。······大陸に散らばっている『宝玉』······それを私たちに代わって集めてきて欲しいんだ」
その瞳のままで、二人に向けて真剣な頼みを向ける。
蒼の城跡地はしばし無音だった。


「でも──······私達······いや、私に出来ることって······」
スミレは迷っていた。自分が戦闘能力を持っているならいさ知らず、いくらネアが常にそばにいるとは言え、今や敵地と化した王都に行くなど無理がある。ましてや、まだ身体機能は完全に回復していないのだ。
だがアクアベルには備えがあった。即ち、生き残ったベルシリーズをダンジョンに避難させていたのだという。
「それに······多分、レジスタンスの皆もまさか協力しないとは言えないよ」
分が悪い賭けでもないんだよ、と彼女は続ける。現在、宝玉の在処は全て判明している。避難していたベルシリーズも、ダンジョンで経験を積んで前とは比べ物にならない程成長している。そして、もう一つ打っておいた手が、そろそろ芽吹く頃だという。
力説するアクアベルを目にして、スミレはまさか嫌とは言えなかった。隣にいるネアをちらと見ると、「スミレに任せるよ」という意味の視線を送ってくる。······覚悟は決まった。だが、
「いくつか、聞きたいことがあります」

紫色の目に真剣な光を宿らせて、スミレは姿勢を整えた。
「まず1つ目。私たちは、どのくらい眠ってたんですか?」
彼女は見ていた。木の家の各所に蜘蛛の巣がかかっていたことを。花の島の植物が、まるで無人島かのように、野放図に成長していたことを。数十年ではきかないだろう。
「······ショック、受けたりしない?······200年以上」
「「······!」」
二人に軽い衝撃が走った。当然ながら、ネアの方がショックを受けている様子だった。
「······ということは、ユノグとかは······」
「残念ながら。······でも、死因はそっちじゃないよ」
またもや跡地を沈黙が覆った。多少重苦しさが増しただけで、先程から全く明るい方向に進まない。


その時である。
アクアベルが突然立ち上がり、地面に杖の先端を打ち付けた。

175:水色◆Ec/.87s:2022/05/03(火) 22:17

「「······!?」」
スミレとネアは、恐らくその『本気を出した』アクアベルを見るのは初めてだっただろう。
「姿勢を低くして」
との声に、何も考えずに揃って伏せる。座っていた椅子は放り出されていた。
そのまま、数分。······何が起こっているのかはわからなかったが、妙に時間が長く感じられたことだろう。

「······ふぅ。もういいよ。······勘付かれたかな?」
気楽な調子でアクアベルは呟いた。その声に僅かな諦観を感じたので、ネアは慌てて割り込む。
「······今のは?」
「大規模索敵魔法。······実はあれ、常人どころか、魔力感度が高い人でも感じる事はできないんだよね。ちょっと反応遅れたけど······多分防げたと思う」
索敵魔法を防ぐ方法なんであるのか、と一瞬感嘆したが、気を取り直したスミレの質問は続く。

「······アヤメは?」
ただ、その返答は曖昧なものだった。
「わからない」
とだけ短く答えるアクアベル。嘘を言っているようには見えない。だがそれだけではさらに不安を煽る事になるかもしれないと思ったらしく、少しだけ付け加える。
「······少なくとも、新魔王の復活から数ヶ月の間は反応があった。······けど、気付いたら反応が無くなってた。捕まったのか、殺されたのか、生きているのか······わからない」
「······でも、あの子が簡単にやられるとは思えないよー」
ネアは憂いを湛えた表情に、僅かな希望を込めて呟いた。アクアベルもそれには賛成のようで、
「まあそうだね。······イエローベルの反応がまだ王都に残ってる。だいぶ弱ってるみたいだけど······捕まった訳じゃないみたい」
と言って、テーブルに何かを投影する。それは、地図へと整理された現状を記入したようなものであった。見れば、今まで王城があった位置には謎の巨大建造物が鎮座している。裏山にはクレーター。······そして、数多くある地区のうち一つ、一際人間の密度が高い場所に、『レジスタンス奪還』と書かれたものがあった。その中に宝玉の反応がある。
そしてさらに遠くに目を向けると、『ドラム公爵領』に大量の人間が居ることが分かる。そしてそこにも宝玉が一つ。

────そして今、スミレとネアに協力して宝玉を集める『ベルシリーズ』は、······オレンジベル、レッドベル、シルバーベルの3人である。

176:水色◆Ec/.87s:2022/05/03(火) 22:56

「······!」
その三人について、二人は知っている。あの騒動の後、ベルシリーズのほぼ全員と会話を交わしたのだが、今でも印象に残っている数人の中に彼女達は入っていた。
オレンジベル。ユノグに速攻で落とされたが、そのスピードと『大回転』の攻撃力は侮れない。
レッドベル。これまたユノグの機知によりカルトナによって倒されたが、物体を遠くから熱する力はどんな相手にも通用するだろう。
そして、シルバーベル。魔法を無効化する銀を自在に操り、あのカルトナと相打ちになった程の魔法キラーである。
ブルーベルが既に敗北して力を吸収されているのはかなりの懸念事項だったが、これでもこちらには頼りになる者がまだ居る。少しだけ元気を取り戻したスミレは、最後の質問に移る。

「······そういえば、宝玉って確か4つあったような······この地図を見ていると、2つしかないように見えますが」
それを聞いたアクアベルは少し思案していた。どう説明しようか、と言ったような表情である。
「あぁ、それは私が持ってる。······けど、今すぐどうこうはできないんだよね······」
「······どうしてですか?」
「宝玉を『起動』すると面白い事が起こるんだよ。······けど、宝玉は1つより2つ、2つより3つ、3つより4つ、みたいな感じで一緒に起動すると安定するんだよね」
滔々と説明していくアクアベル。
「······でも、宝玉はすごい魔力が凝縮されてるから······4つを一緒に保管していると、魔力が暴発する」
それを聞いてスミレは思い当たることがあるらしく、手を叩いて呟いた。
「······あ、だからあの後······」
「そういうこと。······まあ、2つでも起動出来なくはないんだけど。出来れば4つ集めてもらえれば助かるかな······って」
そう言ってアクアベルは説明を締めた。······付け加えて、仮に起動できたとしても、それが現状を打破できるかは五分だ、とも。
······『起動』することで何が起こるのかに疑問は残ったが、先程の索敵魔法のこともあり、これ以上ここに居られないことは分かりきっていた。

「今頃花の島にあの3人が着いている頃だと思う。システム的妨害結界はまだ残ってるから······今のうちに情報を共有しておくのもいいかもね」
彼女の言葉にも早く行けという意味が言下に含まれている。······もう行くしかない。
こうして、再び戦いが始まった。

177:水色◆Ec/.87s:2022/05/05(木) 19:36

【???】【phase6】


ゆっくりと、だが着実に、王都は暗黒に染まりつつあった。
しかしその中心というと────新魔王の配下、黒旗十手。いきなり一人を失った彼らは、カルトナ一人によって壊滅寸前にまで追い込まれていた。
「あいつ······」
「······『伝説』か。噂には聞いていたが」
リーベライヒの呟きに対して魔王は飄然たるものである。
「······魔王。ここは退いた方が良いんじゃないか······?」
危機感を感じてか、リーベライヒは先程迎えたばかりの魔王に向けてやや急いた様子で進言する。
だが、彼は相変わらず落ち着き払っていた。まだ幼い外見とその態度がアンバランスである。
「よく見ろ。私があそこに敷いておいた大量の瘴気······今も尚吸い取っている力で強くなってゆく瘴気。奴はそれを吸って歩いてきている」
「······!」
「······とはいえ気づいているだろうな。だから速攻をかけてきたのか」
そう言う彼が眺める先でたった今、隕石を落としたあの老人が電撃、氷柱、火炎球に射抜かれるのが見えた。


「こんなものか······」
澱んでいく瘴気と魔力の中心近くにまで立ち入りながら、カルトナはなお悠々と歩みを進める。その後ろには、幾人もの魔王の協力者······犯罪者達が倒れていた。
まだ彼は魔王、そして最後の中心人物であるリーベライヒを見つけることができなかった。その理由は、敵の周辺は一際瘴気が濃くなっているということもあるが、
「(······索敵魔法まで弱まるか。急がないとな)」
体を蝕む瘴気が、カルトナの魔法を少しずつ、だが存分に阻害していたのだ。ただ、それでも。荒れ狂った魔力の残りカスは、未だ盛大に空間を震わせている。
一際濃く、まるで濃霧のようになっている瘴気の向こうへと足を進める。すると、空気を切り裂く音を響かせながら、いきなり砲弾が飛んできた。
人体に向けるにはやや殺意が有り余るようなそれを横っ飛びで回避しながら、カルトナはそちらへと一瞬で狙いを定める。────まだ着地しないうちに、全身の魔力を込めたかのような火球を、撃った。


そして、全身を、
真後ろから、貫かれた。

178:水色◆Ec/.87s:2022/05/05(木) 22:59

【???】【phase7】


王城から、拡声魔法で住民に向けてのアナウンス。
『住民の皆さん!!!······王都に安全地帯はありません!ドラム公爵領に逃げてください!ワープ魔法が使える方で、まだ行ったことがない者はビーコンを貸しますので至急王城に来てください!その他の方々は紅林の並木道入口まで来てください!そちらは安全です!
繰り返します、······』
そんな内容の事が爆音で流されていた。しかも大規模拡散念話魔法により、耳が聞こえない者、寝ている者にまでその内容は伝わった。街が動き出した。────考えている暇などない。

「······あんな爆音で。大丈夫なんですかね?」
「どうなんでしょう······」
大聖堂にて、若いシスター達が不安そうに話している。彼女達は後方で、担ぎ込まれてくる重傷者達に対して前線では出来ないような回復魔法を施す担当だった。
元々重傷者の数に辟易していたところへこの騒ぎである。こんな空気になるのも仕方がなかった。だが、
「大丈夫ですよ。あの魔法には聖属性が付与されています。······魔王、そしてその魔力の下に入っている者達には聞こえません」
シスター達の後ろからそんな声。彼女らは振り向くと同時に、飛び上がった。
「ネ、ネム枢機卿······」
「はい。もう一度説明が必要ですか?」
大聖堂内でもかなりの地位を誇るネムの言葉である。シスター達はひれ伏さんばかりの勢いで頭を下げた。
『も、申し訳ござ······』
「謝罪の前に、貴女達に伝達事項があります。今すぐ礼拝場へ来てください」
そう言ってネムはぷいと背を向けて別の場所に行ってしまった。シスター達の予想に反して、彼女は別に怒らなかった。ただ、その目に映ったのは、
「······枢機卿、ご様子がいつもとは違うような······」
「何があったのでしょう?」
「ひとまず行きましょうか。遅れると今度こそ怒られそうです」


[王国に迫る危機に対して、王は住民の避難という決断を下されました。つきましては、住民の護衛にと我々の助力を所望されております。次に命じる者には、住民達に······]

[······第7班。サリヴァン、ヒナ、ヒバリ、ムギ、ルリ、アイサ、そしてクリス。引率として、シスター・コトミ。第8班······]

そこに掲示されていた名前に、ネムという文字はなかった。

179:水色◆Ec/.87s:2022/05/06(金) 06:35

>>176

行きはアクアベルの力でカットされたが、帰りは自力で帰らなければならないスミレとネアだった。······索敵魔法が飛んできた場合の対処はしてくれるらしいが。
まだ身体が思うように動かないので、必然的に優れた身体強化魔法を扱えるネアがスミレを背負って帰ることになる。水の上を歩いて。
「スミレ、姿勢なるべく崩さないでねー?······走れたら安定したし早いんだけど······まだ走れないやー」
申し訳なさそうに言うネアに対して、スミレは首を振る。
「ううん。こっちの方が······あったかい」
「······そっかー。私も、この方がいいかな······」

そんなこんなで花の島まで戻ってくると、アクアベルの地図の通りベルシリーズの3人が集まっていた。
「はーい!オレンジベルだよ!2人とも、今回はよろしくね!」
「レッドベル。······まあ、がんばろうか。」
「シルバーベルだよ。ふふん、魔法対処なら任せて」
そんな感じで、普段とは何ら変わらない様子で彼女らは名乗る。しかしよくよく観察してみると、その瞳には様々な感情が蠢いているのがわかる。
「······」
その内心を察したスミレは何も言えなくなってしまった。────仲間の敗北、捕囚に対する怒り、悔しさ、絶望。『最後のチャンス』に向けた、投げやりともとれる熱情、希望、そして向け先を失った愛情が渦巻いていた。
ただ、戦場に出る前から意気消沈しているよりはマシである。ネアは頃合を見計らって先程の地図の写しを開いた。

「多分3人はアクアベルから聞いてると思うけど······まずはどんな感じで大陸に行くか決めようかー」
「そうだね。正面から行っても見つかって撃墜されるのがオチだから······オレンジベル」
「······き、聞いてるよ?」
無策に突っ込むのは言語道断である。この中で一番それをしでかしそうなオレンジベルに釘を刺したレッドベルだった。
「魔法対策では一番頼りになりそうなのがシルバーベルさんですよね。その銀ってどのくらいまで展開できるんですか?」
スミレの質問に対してシルバーベルは少しだけ考えていたが、
「うーん、あんまり広がらなきゃこの5人は守れるけど······」
と、どこか煮え切らない回答だった。見かねたレッドベルが何かしらの活路を見出そうと乗り出す。
「······シルバーベル。あれから銀を結構改良してたよね。そろそろその性能を教えてほしいな」

「······うーん······いいや。背に腹はかえられないからね」
シルバーベルの説明によると、色々と試行錯誤した結果、彼女が操る魔封の銀には様々な改良が施されたらしい。特に顕著なのは、もはやそれを近付けない程まで成長を遂げた、読心魔法や幻術などといった目に見えない『魔法の波』への耐性である。
ただ、如何せん一度に出せる量は変わらなかった、というが。······だが、ここにおいては関係なかった。
「······それ!シルバーベルさん、銀って切り離しても効力は続きますか?」
「え?うん、2時間くらいなら」
スミレはその答えを聞いて、
「近付けさせないくらいでしたら······小分けにして、5人がそれぞれその銀の欠片を持っていれば······読心魔法や索敵魔法を防げるのでは?」

180:水色◆Ec/.87s:2022/05/06(金) 23:48

「あ、そっか。なるほど······移動時間中はこれでどうにかこうにかして······」
動力があるとはいえ、花の島から大陸までは舟で1時間程度あれば着く。ならば水上を身体強化魔法をかけて走れば、効果時間内に大陸に着くことも可能な筈だ。
早速5人は準備にかかった。······その前に。
「オレンジベルさん、ちょっと頼まれてくれますか?」
ネアがスミレを背負って移動するということで、準備に少しだけ時間がかかっている、ちょっとした時間。
「なに?」
オレンジベルは怪訝な顔をしながら振り向いた。そんな彼女に対してスミレは単刀直入に言う。
「ちょっと、この辺りの草刈りを手伝ってくれませんか?」

数分後。
体を最大限まで沈め、人間の邪魔をするためだけに生まれてきたかのような高さの雑草を、回し蹴りで刈り取るオレンジベルの姿がそこにはあった。右足のみを刃に変形させることで最大効率での草刈りが実現している。
「······いっそこの辺全部焼いちゃう?」
「それだと地中に引っ込んでる花······不死身の花も燃えそうなのでちょっと······」
途中から様子を見ていたレッドベルがやや過激な呟きを漏らすも、スミレは苦笑して首を振る。
いつしかネアも準備そっちのけでこちらにやって来ていた。

また数分後。
「準備はいい?」
4人全員に銀の欠片を渡しながら、シルバーベルは一同に向けて訊ねる。
「大丈夫です!」「はーい」「おっけーだよ!」「いつでもどうぞ」
それぞれ、準備出来た由の返答をする。
前口上はなかった。オレンジベルが真っ先に「いっくよー!」と飛び出していき、それをシルバーベルが「ちょ、待って!」と追いかける。やれやれといったような感じでレッドベルも海の上へと足を進めた。
スミレはネアの背中へと抱きつき、その耳元に口を寄せる。
「がんばろうね」
「······うん。······じゃあ、いくよ。掴まっててねー



風はなかった。海は平穏に、凪いでいた。

181:水色◆Ec/.87s:2022/05/09(月) 17:56

初っ端から全速力で走り、後半にバテて歩いていたオレンジベルと、歩きだがスミレを背負って身体強化を三重にかけたネアはほぼ同時に大陸へと到達した。
見れば周囲は、薄く赤黒い瘴気に覆われている。
「これでも昔よりは薄くなったんだよ。······」
シルバーベルの言葉によると、一時期はカルトナですら長時間活動出来ないほどの瘴気で大陸が覆われていたというが────それだと奴隷が即死してしまう、ということでこの濃度になったという。

「······とりあえずは周囲の安全を確保しておく。正面は私がやるから、オレンジベルは左、レッドベルは右を。ネアはスミレを守ってて。二人とも捕まったら世界が終わっちゃう」
では来なければ良かったのではないか、とは行かないらしい。
三人は規律のとれた動きで駆け出していった。




「······200年かー」
自らの杖を取り出しながら、ネアはゆっくりと呟く。
「とりあえず今のうちに体ほぐしておく?」
「······どっちの意味で?」
「え?」
「え?」
そのまま微妙な時間が過ぎていく、······と思われたが、
ちょうど左前方にあった廃墟────あの三人の捜索から逸れたらしい────から、人型の、鎧を着けた『何か』が現れて、場が殺気立った。

向こうはこちらに明確な敵意を向けている。一歩下がるスミレと、それを守るように前に出るネア。
「······あれが『機械』なんだねー······」
弱い炎魔法を放つが、その鎧に容易に阻まれてしまう。
「もっと強い魔法撃つか、関節狙わないと······」
敵の弱点を一瞬で見抜いたスミレのアドバイスに、ネアは首を振る。
「······火力とか、精密さとか············衰えてる」
じりじりと彼我の距離が縮められていく。
この状況を打破するには、スミレの存在や衰えなどを無視して大魔法を撃つかなどだが、ネアにはそれは出来なかった。


────しかし、現状打破は想像もしない方向からやってきた。

182:水色◆Ec/.87s:2022/06/17(金) 20:52

キン、とやけに軽快な音を立てて、機械の首が落ちた。
一瞬。ネアですら辛うじて認識できた程の、早業である。
倒れ伏す機械の向こう側には一つの人影があった。······漆黒の髪を揺らした、金瞳に眼帯をつけた女性だった。

「······大丈夫でした?」
スローモーになっていた空気を強いて戻すようにして彼女は二人に呼びかける。言葉の雰囲気が明確に気さくな様子だったので、スミレとネアはほっと息をついた。
「「ありがとうございます······」」
「いえいえ」
女性はここで刀を鞘に納めた。······刀。もしや、と思ってネアは彼女に質問する。
「えっと······私たちに見覚えは?」
先程もそうであるが、敬語になったのは、女性の雰囲気が、明らかに自分たちの知らないものだったという理由がある。
そしてそれを裏付けるように、女性は小首を傾げた。
「······ありませんが。······あ、ひょっとして刀ですか?それならレジスタンスは皆持っていますので······それで誤解したのではないでしょうか?」
「······いや、わかりました。······ありがとうございます」
これで女性がレジスタンス側の人間だということ、そしてイエローベルがまだ生き残っていることが分かった。ただ、アヤメの行方は知れない。

と、そこで三方に散っていたベルシリーズの3人が戻ってくる。そして女性を見るなり、
「あ、イリス······ラッキー!」とオレンジベルが叫ぶ。
「ちょ、オレンジベル······こほん。ええと、イリス······どうしてここに居るのかはともかくとして、レジスタンス奪還地区に案内してくれる?」
シルバーベルがオレンジベルを窘めると同時に、彼女────イリスに用事があることを告げた。どうやらレジスタンスの中心人物であるらしい。
「この人達が機械に襲われそうだったので······と、用事ですか。最近機械の攻勢が激しいので······あまり歓待はできませんが」
「そのことなんだよ。この二人が、魔王軍を破る鍵になるんだ。······いつまでも防衛戦はしたくないよね?」
どうやら謙譲するらしいイリスに対してシルバーベルは詰め寄る。攻勢が激しいと聞いて、もはやのんびりしてはいられないという感じであろうか。
その勢いに押されたのだろうか────ともかく、6人に増えた一行は、レジスタンス奪還地区を目指すことになった。


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