>見切り発車の小説<
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私より皆、儚い。
儚いから、美しい。
人って、そういうもの。
なら、私はーー、人じゃないね。
私はいつから存在していたんだろう。
老いもせず、死にもしない、存在。
あの人を見送ったのは、大体20億年前だったかな。
ーーーー最後の、人。
本当に、儚いね。
ああ、
良いな。
また、愛に触れられたらな。
なんて。私より長生きする人は、居ないのに。
少女は誰も居ない広野を歩く。
誰も居ない大陸を走る。
誰も居ない地球を眺める。
誰も居ない、この星系を。
そのまま、何年も、何年も。
今でも城の各地で戦いが起こっているだろう。
······信じたくはないが、もしかしたら負けてしまった者も居るかもしれない。
······それに、今アヤメの目の前に立つ少女────ブルーベル。アヤメは知らなかったが、カルトナと戦って、決着つかずになったほどの強者だ。
······しかもそれでいて、まだ力の全貌ははっきりしない、とは。
「『身体強化』······いくよ !」
「(二段目っ!?)」
先程の攻撃は防ぎきったものの、体幹はほぼ無くなってしまった。······それでも動かなければ、粉砕される。
「上っ············!」
「······なるほどね ······けど」
一旦上に逃げて体制を立て直そうとするも、衝撃波がアヤメを襲う。······全身を捉える魔法陣。
「っ、ぐぅ······!」
全身が痺れ、口の中を鉄の味が支配する。そうして吹き飛ばされた着地点に、既にブルーベルは回り込んでいた。
「······はっ!」
左手を突き出して突風を起こし減速、ついでにブルーベルの位置をずらす。
そうしてできた一瞬の時間のうちに回復魔法を構築し、それを自身にかけながら着地、そして本能に突き動かされ回避······アヤメの眼前を、岩砕きの蹴りが通り過ぎていった。
······ここまで十秒足らず。
戦況はさらに加速する────
「まだまだ」
アヤメの目には、相手が瞬間移動でもしたかのように見えた。······明らかな不利。追いつかない。
しかし······彼女の父は······?
「(············最期になるにつれて強くなってましたよね)」
最期────単身魔王と渡り合うほどの底力。······彼はその時まで無傷で、なおも誰かを守ろうとしていた。
············そうだ。
諦めるな。
とっくに傷は負っている。
もう、もはや止まれない。
······こんな言い方をすればあの二人は悲しむかも知れないが······、
『命を懸ける。』
死んだら終わりであるが······だからこそ!
命を懸ける価値、というより意味がある!!
「······っ!」
全てを破壊するはずの拳が、刀によって留められる。血が噴き出た。
衝撃波はリフレクターによって受け止められ、跳ね返される。······それでも一部はアヤメに吸い込まれるが、ずっとよかった。
分身は放たれた光球により浄化された。············聖女の血。
世にも珍しい刀と拳の鍔迫り合い。
······それは、ブルーベルが根負けする形で終わりを迎えた。······骨まで達したらしく、その手はぶら下がっていた。
アヤメも、もはや意思によって練られる魔力によって立っているといった形だった。
······また、残った拳と刀とが激突した。
────次の瞬間、刀は上に舞って、
拳は腹に突き刺さった。
周囲が血の泥濘に埋まる────────勝敗は決した。
さて、カルトナは先ほどの戦闘でやや消耗していた。コズミックを除けば、敵の中でも最強であろうブルーベルと戦ったのだ。
有利だったとはいえ、向こうは身体強化を使っていなかった上での互角であった。
出来れば仕留めたかったのだが、逃げられた以上どうしようもない。早目に裏で糸を引いているアクアベルを倒してしまいたいな、と思うのだった。
······と、思考に没頭していた彼は、そこで部屋に突き当たる。
今まで見てきた限りでは廊下だけで到底部屋などなさそうなのだが、と思いつつ通り過ぎようとしたその時。
────宝物庫らしく、そこそこの金が見えていた。······それが熔けて、一つになった気がした。 思わずそちらを見る。
何もなかった。
······その代わり。部屋の壁を破り、金色の波が押し寄せた。
常人ならまず右往左往、立ち往生するだけになりそうなその恐ろしい波に、生ける伝説たるカルトナは立ち向かう。
目が眩みそうになりながら、
「『キングダムアクア』」魔法を唱える。
その水は全てを呑み込む。
「『アクアランス』!」
続いて射出。金の波の各所に次々と穴が空いた。······数秒。不思議な水と、大量の金がせめぎ合う。
「『シャットダウン』」
金の流動性が、一時的に消える。 ······その時、全てが金色で、輝く少女が現れた。
「ゴールドベル。······金のお風呂はいかが?」
「遠慮する。······金の融点······分かって言ってるんだろうな?」
「······じゃあいくよ。背中流してあげるね?『溶融』······そいっ!」
熔けた金が上から降ってくる。灼熱は溶岩にも勝るとも劣らない。
身体強化を施し、横に跳ぶ。
「······そうだ。ゴシゴシしなくちゃね!」
────その方向から、(幸いにも)『固体』の金が迫る。
丁度、カルトナを殴りつけるような勢いで。
「痛っ············!」
自らの勢いを殺せず、また水が間に合わず、したたかに打たれた。
······が、それでは終わらない。
「············呑み込め、『黄金狂』」
【ちょっとあとがき】
Googleレンズの試験運用です。
見苦しい文章、おゆるしください。
「············呑み込め、『黄金狂』」
「······ははっ」
カルトナは薄く笑う。
不思議な水が間に合った。······『黄金狂』の圧倒的な波に対し、数秒拮抗する。
それでも金に包み込まれていく方が早い、だが。
その間にカルトナは体勢を整えた。
「どうした?そんなものか?」挑発する。······手段はまだまだ豊富だ。その上での挑発。
「······へぇ?」
······ゴールドベルはそれに乗ってしまった。さらに金の量を増やす。······もしかしたら、ここの宝物庫はこの為にあったのかも知れない。
慢心、余裕、焦り────彼女の心に、三つの不純物。
読心魔法が入り込むには十分過ぎた。
さあ、反撃が始まる。
ゴールドベルの真後ろから爆音がした。前方を固めた上で彼女が見ると、炎が今にも触れんとしていた。······金の鎧で受け止める。
その間にもカルトナは走る。
相手の心を読み、然るべき場所に攻撃を叩き込み、相手の攻撃を避け、気付かれないままに一手ずつ追い詰めていく。
······読心のお陰と思うなかれ。むしろ、脳で大量の情報を処理しなければならない以上、平常時より数倍負担が増す。
カルトナの他には、到底出来ないようなことだった。
そんなカルトナの動きに、金を操作することで夢中なゴールドベルは気づかない。
······ただ、「よく避けられるようになったなぁ」とか「攻撃が届くようになってきたなぁ」······そんな程度であった。
だが相手の動きを制限する所までは思考が割かれたらしい。
溶融した金を地面に流す。
······だが。
その時すでに、カルトナは用意を終えている。
反撃────そして逆襲。
突然、廊下を埋め尽くす程の洪水が彼の背後に生まれる。色は何故か透明に近い────深い、碧。
その色に、恐怖を感じてしまうほどに。
水と金がぶつかる。
一瞬で蒸発する────が!それよりも押し寄せる水の方が多い!
金が凝固し、ゴールドベルは手段を失う。······と思われたが、······固められたままで、それを浮遊させた。
そして、息が切れぬうちにそれを極限まで細く············。水を切って、カルトナまで届くような。······そう、銛。
ゴールドベルに泳ぐ力はない。······それでも金に押されて、洪水の中をカルトナ目掛けて突進してくる────!
······カルトナはそれに応えた。自らの杖で銛を、払おうとして────
······その前に、ゴールドベルが力尽きた。水を飲み、息が消え、······浮いていく。
意識が消えたことを確認した上で、カルトナは洪水を引かせる。
後には、歪な形の金が、点々と残っていた。
【ハロウィンハロウィン!
間に合いました、番外編です!】
────もし、文明がもう一度崩壊したとして。
それでも貴女は、隣に居てくれるのだろう。
······管理者がやけを起こして、ゾンビウイルスをばら蒔いても。
············それでも、貴女と私は生き残って······変わらず、平和に生きていくのだろう。
そんな夢を見て、······目を覚ます。
············確か今日はハロウィン。文明が変わっても、管理者が変わらなければ、これも変わらないのだ。
あぁ、何か不思議な夢を見た気がする。······そうだ。猫耳でもつけて、ネアが起きるのを待っていようかな。
────────────────
起きたら天使がいた。
······私の錯覚だっていうことは理解してる。············いや、本当に。
猫耳のスミレ······
何かあったっけと脳内を探ってみれば、今日はハロウィン。仮装してお菓子を貰うんだっけ、確か。
······スミレは霊魂が何だとか言ってたけど、······どうでもいいや······
えいっ、ぎゅー!
────────────────
この世界にもお菓子というものは存在するのであった。
いっそ二足歩行の怪物の街という様相を呈している王都を二人はゆく。猫耳スミレと、普段着ない典型的魔女の格好をするネア。
······魔女と、使い魔の猫?それとも、猫を可愛がり振り回される魔女?
どちらでもよかった。
共に寄り添って生きていけるなら。
共に平和を謳歌できるなら。
城の窓からお茶目なユノグと付き合わされたアリシア、ヴァンスが、魔王の仮装をしたカルトナの協力で大量の飴を降らせている。
修道女達は鎮魂にあちらこちらと駆け回り。
アヤメはさらに和服少女の趣を強くし、のんびり喧騒を眺めている。
······そんな、様々な様相を眺めていた色とりどりの少女達は············どこか、寂しそうに街を歩いていた。カボチャに扮した、楽しそうなオレンジベルは例外だが。
「イエローベルさん」
「············あれ、······え?」
他のベルシリーズから離れた路地を歩いていたイエローベルの前に、降り立つ和服少女。
「······あー。そういうことですか······行きましょう」
「······え?いや、アヤメ······私は、別に」
「本当に?············あれだけ寂しそうにしていて、ですか······?」
······アヤメの声に僅かに悲しみが混じる。まるで本当に心配しているかのような。······いや、本当に心配して、来てくれたのだ。
────祭なんですよ。仮装?そんなの二の次です!一緒に行きましょう!
······イエローベルの性格を考慮した一言だった。
「······ありがとね、」
その一言は、ハロウィンの喧騒に紛れて、············温かく、消えていった。
ネアは方角を測っていた。城の中心に近いのはどこだろうか、という考えだがなかなかそのような廊下が見えてこない。
急がねばならないのだ。
城の各地から戦闘音が響いてくる。それでも、大規模策敵魔法を使うとまだ敵は半分以上いることがわかる。
――――もちろん敵を皆殺しにする必要はない(はずだ)。気絶に追い込めば心が痛まないで済む。相手もそのようなことを思ってるとは限らないのでこちらの命も危ないのだが。
ただ、ネアは死なない。まだ不死が残ってる時点で信じられないのだが、もう利用し尽くすしかないだろう。
スミレは利用の仕方に少し快く思わないだろうが、ネアとしては彼女を助けるならある程度は無茶をするつもりである。
強力な魔法使いの無茶。でなくとも、この城の構成物質が違ったら既に半分消し飛んでいるレベルの戦闘が起こっている。
……人間は、どこまでやれるのだろうか。
「……痛、い?」
突然だった。
ネアの全身を痛みが襲う。
物理ではない。音はしない。
どのような方法で、どんな攻撃をされているかはわからない。しかし、一つ確かなことは、
策敵魔法。今自分がいる廊下の先に、誰か――――敵が立っている。
廊下を塞ぐ大きさの火球をそちらに放つ。気絶に追い込むとは一体。
―――が、次の瞬間、ネアの心臓が 止まった。
胸に突然起こった灼痛に思わず蹲る。
意識が遠くなる――――しかし次の瞬間拍動は正常に戻っていた。
冷や汗を感じる。今まで経験したことのない感覚だった。
よろつきながら立ち上がる。
視線の先には、不思議な色をした少女が歩いてくるところ。
「……さすが不死。すごいねぇ……心臓止めたくらいじゃ堪えないか」
「……何を……何をしたの」一言目がそれだった。もはや間抜けなようである。
予想外に遭遇すると人は思考を止めてしまう。それが長いか一瞬かが、素人とプロの違いであるのだろう。
「心臓を止めたんだよ。……ん、そう言うことじゃない?いいよ教えたげる。ただし、私に勝てたらね!」
よく喋るがさすがに相手に対策されそうなことは言わないようだった。
「私はパドマベル。地獄で裂け、咲け――――蓮の花!」
紅蓮。
それは地獄の名前である。……そこに落ちた罪人はあまりの寒さに体が折れ裂け、紅い蓮の花のようになるという。
そして、サンスクリット語では紅蓮を――パドマと言うのであった。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
パドマベル。まさしく髪、服の色は蓮の花のようだった。
ネアはまだ彼女の能力が何かということはわからない。
彼女には仏教の知識はない――そもそもこの世界に存在するのだろうか。
もう一度不可視の攻撃が来る。
再び心臓が止まる、が、今度は一瞬だけ見えた。
――空気が一瞬にして冷やされ、液体となることで見える、霧が。
つまり、急激な温度変化によってネアの心臓を止めたのである。
だが、彼女の思考は先程より早く戻ってきた。
常人なら既に二回死んでいる。
なので本来ならこのようなことは起こらない。
しかし――人間とは順応する生き物である。
そして、彼女は簡単に死ぬ常人ではなく――不死身の人間だ。
すぐに立ち上がる。血流が悪くふらつく。
しかし三度目はないとばかりに、先程より大きい火球を連発した。
だがパドマベルも常識外れである。
なんと彼女は炎を凍らせて消した。
もちろんこれは比喩であり、単純に周囲の空気の温度を零下二百五十度程度、つまり酸素すら凍る温度まで下げただけなのだが。
空気すら固体になる。
そして――大抵の衝撃は楽に受け止める壁が、みし、と悲鳴をあげた。
――――異様な空間だった。
まるで時が止まっているかのように――だが、確かに。
その絶望的な冷気は、少しずつネアの方へ迫ってきていた。
ネアも気配から察する。何かがおかしい。
なら、こちらは、
つい、とパドマベルの上の空間に指を向ける。
……次の瞬間、大量の水――否、『凍りすぎた』氷が出現し、上から落ちてくる。
現れた瞬間凍り、そしてすぐ下の氷と結合し――大きさと質量は膨れ上がってゆく!
その間にネアは何かの準備をしているようだった。
パドマベルは急いで氷の範囲から脱出しなければならない。
実際全力で逃げ出す準備はできていた――が。
さすがに無茶だったらしい。その場で倒れ込む。
「……氷に潰されるとは……これじゃあこっちが蓮の花だよ……」
「……いや、潰さない」ここでネアが口を開く。
「えっ?それはどういう――」
「ただし。ちょっと熱くなってもらうよ」
氷の真上から、どうしようもなく朱色の半固体が降り注ぐ。
……あぁ、これこそが普通考えるであろう『地獄』の色だ。熱さだ。
溶岩が、氷に触れた。
秒を数えぬうちに空気は温まり、氷を一瞬で水蒸気に変える――爆発的な体積の増加。
文字通り、爆発が辺りを席巻した。
逃げ切れなかったネアは少し飛ばされた。だが、中心部のパドマベルが意識を保っている筈がなかった。
息を整え、また城を歩いていく。
【番外編時空:冬至
百合注意】
「さむーい」
「ねー……そろそろ中はいろっかー」
島はちょうど冬真っ只中であった。
薄暗く厳しい寒の中、スミレとネアは震えながら家へと入る。
「最近日が落ちるのすごく早いですよね」
アヤメが二人を出迎えながら言う。
リビングにある暖炉は既に火がつき部屋を暖めていた。
「だね。もうそろそろ長くなり始めると思うんだけ……ん」
そこでスミレは窓を開けて、沈みつつある太陽を眺めた。
数秒何かを考える。
そして、
「あ、今日冬至だ」
「「……冬至」ー?」
ネアとアヤメは同時に首を傾げる。
「えっと。一年の中でも一番日が短い日なんだけど……私のいた時代だと、健康を願ってカボチャとか食べたりゆず湯に入ったりするんだよ」
「……いいねー」
「スミレ姐さんの料理食べたいだけじゃ……まぁいいですけど」
即答したネアをアヤメはジト目で見るが、……その気持ちは凄くわかったのであった。
「いとこ煮とゆずの絞ったやつを薄めた飲み物だよ。お好みではちみつをどうぞ」
晩御飯はサンドイッチだったのだが、同時にこれも出た。見事な和洋折衷である。
ちなみにカボチャを切るとき、手伝ったネアが手を切ってしまいスミレに絆創膏を貼ってもらうという一幕があったが割愛。
この世界にも絆創膏はあるようだ。
「……甘い、おいしいー」「ほんとだ……」「どんどん食べてね。来年も健康に過ごせるように」「ありがとねーほんとに……もぐもぐ」「食べてる途中は……いや、いいや」
お風呂回。
二人ではやや手狭だったが……スミレとネアは柚子湯を一緒に堪能していた。
「私を作った人たちの一人がね、年中行事にすごく熱心だったんだよ」
「……うんー。それ、すごくいいと思うよー」
「うーん……ちょっと文化違かったけど」
「ううん全然ー。……というか正直言って文化なんてどうでもいいかもー……。スミレとこうやって、美味しいものを作ってもらってさ……本当に、幸せだな、って」
えへへー、と心から幸せそうな顔をする。
スミレの中で何かが切れる音がした。
「…背中流すよ」
「ほんと?ありが……ひゃっ」
ネアの背中に、抱きつく。
……言葉はない。
ただ、愛しい人の火照った温度を感じていたかった。
「……スミレ、あの」「……ネア」「はい」
「もう少し、このままでいても、いい?」
「…………うん」
冬至なんて関係なかった。
今日も、星が瞬いている。
城に入った六人のシスターとコトミはある部屋に入っていた。
大量のベッドが壁に固定されていて、全体的な碧という色、薄暗さも相まって、なんとも表現し難い光景の空間だった。
……で、おそらくそこは保健室のようなところなのだろう。
――すでに十人近い、色も怪我も十人十色な少女がベッドに横たわっていた。
当然ながら味方はこの中に一人もいない。
……そしてこの中には、どう考えても命の危機が迫っている少女もいた。
それを見て、どうしようもなく立ち止まってしまう。
その時だった。
突然、まるで最初からそこに無かったかのように、部屋が霧散した。
……そして、天井近く、あまりに高すぎて見上げても見えないようなシャンデリア――その上に誰かが立ってこちらを見つめていた。
というか、嫌でもわかる。
あんな能力を持つのは、城でただ一人。
アクアベルだ。
「……うんうん。見せちゃいけなかったかな――」彼女はいきなり言葉を発した。
その声はやや低い。複雑な感情が見え隠れしていた。
「でも、もういいや。……ところで団体さん。純白と一番『組み合わせてはいけない』色って、何だと思う?」
――――これは罠だ。
そう理解しつつもコトミは考える。やはり黒だろうか?
「正解はね」
「あっ……全員こっちへ!」
「……血の色」
どこからそんなものを持ってきたのか――はたまた生成したのか。
数秒前までシスター達が居た場所に、血の色をした――大剣が、降ってきた。
「みーんな、染まっちゃえ」
その顔に凄惨な笑みを浮かべながら、出てきたのはブラッドベル。
全部血の色だった。
――だが、シスター達の視線は、天井の半分ほどある大剣に集中する。
当然持ち運びはできない。どうやって使うのだろうか、と疑問に思ったところだった。
こうするんだよ、と言わんばかりに――――一部が破片となって外れて浮き、まるでクナイだかのように鋭く変化する。
そして、その破片は一個二個程度ではない。
無数。
その破片が――一気に。
こちらへ向かって飛んでくる!
「「「「「「『セイントプロテクト』」」」」」」
「『祝福の光』!」
シスター達の展開した光の壁が、飛んできた破片たちの威力をかなり削いでゆく。
撃墜はできなかったが、致命傷となる体の芯に当たる前に余裕で回避できる。
その間コトミは後ろで光を浴びていた。
……そして、すぐ近くのシスターの傷を癒してゆく。
とはいえ、このままではジリ貧である。
なので、彼女は考えて――といっても策という程のものではないが。
……それは間違いなく成長だった。
「(見ててくださいね)――皆さん、少し耳を貸してください」
「サリヴァン、ヒナ……お願いできますか?」コトミが二人のシスターの方を向く。
「「はいっ」」
「……では、ヒバリ、ムギ、ルリ、アイサは牽制しつつ私と二人を守ってください。……私は」
彼女はちらと手に握る杖を見て、
「別で詠唱します……。さあ、いきましょう」
天の光に照らされるコトミの足元から、負けないくらい純白な魔方陣が展開する。
……救済を詠う詠唱と共に、魔法使いのそれとは性質が違う魔力が凝縮していく。
しかし、その後ろの二人も、荘厳を超えていっそ神聖な魔力を練って――それは紛れもなく必殺に足る技である。
その少し前のところ。
牽制と言われたがどうしようかと思って止まっていたムギの頸動脈を、他のそれより大きく速い刃がかすっていった。
タイミングは完璧だった。
「〜〜〜〜〜っっ!?」
痛みと違和感に突き動かされ、光の網を乱射する。
もはや牽制ではなく、傷が塞がるまでの間に大量の刃がそれに絡め取られて消えていった。
……シスター達からは見えない位置、そこの血の池にブラッドベルはいた。
相性がとことん悪く、刃が消えると血も残らない――つまり、少しずつ彼女の力は弱くなっていく。
シスター達に接近して切り傷を負わせられれば勝ったようなものだが、そう易々と近付けない。
……瞬殺の技も対処されれば無用の長物となる。
……突撃して血を撒き散らすという考えに至ったのはすぐだった。
まだまだ巨大な血剣の裏側にまわり、一割程を切り離して大剣を形成する。
そしてそれを、棒でも扱うような気軽さで手に持ち、突撃する。
アイサが放つ光剣が突っ込んでくる少女に命中する。
止まらないのでもう一発。
……血が飛び散る――が、それでも動きは止まらない。
血を操る……というかむしろ体が変化する血であるブラッドベルに、生半可な攻撃は効かない。
そして彼女は大量の刃で標的を抹殺しようとして、
「『聖版バニッシュメント』」
……コトミが間に合った。
ブラッドベルは振り出しに戻らされる。
まだ巨大な血剣の裏、そこには血の池が残っていた。
……戻された以上仕方ない。
残った部分すべてを刃に変換する。
そして、その勢いで全てを呑み込もうとしt
「間に合った」「いきますよ」
――――閃光。圧倒的な質量を持った光の柱が、落ちて――――
「「大規模光審判魔法、『裁き』!」」
天井は無力だった。
一瞬にして血の少女が呑み込まれる。咄嗟に創った盾ごと。
光が消えて――サリヴァンとヒナは互いに手を合わせて、笑みを交わす。
二人でもあれほどの威力。
血剣は跡形もなく消滅し、できたクレーターの中心には、横たわって土気色の顔をしたブラッドベル。
息を吐いて、全員がその場所を後にしようとする。
しかし、あれほどの超攻撃。気取られていないはずがない。
「…あれま。ほいほいブラッドちゃーん、おきておきて」
闘いは、まだ終わっていない。
【番外編次元:クリスマス前編(イブ)】
(今回はメインキャラクターが違います)
「今年もこの時期ですね……クリスマス」
「……あの、聖女様」
「なんでしょう。遠慮なく聞いてください」
「……クリスマスって、……何と言うか、なんで起こったのでしょうか。」
リリーは考え込んでしまった。
……そう、王国ではクリスマスを盛大に祝うのだが――聖女リリー、つまり神の申し子ですら、起源は知らない。
「……やっぱりあれですか、管理者様の誕生日とか……」「いやそれはわかりません」「……では、創造主s「それは15日に終わりましたよ。盛大にやったじゃないですか」
リリーも可能性を潰す有機生命体と化してしまう。
……こんな時は、どうすればいいのだろう。
「……誰かに聞いてみましょうか。総大司教さまは……」
「現在遠征中です。……アレですか、カルトナ様とか知ってそうじゃないです?」
「……その手がありましたか。ありがとうございますクリス」
そう言うなりリリーは駆け出して行った。
……護衛もつけないとはこれいかに。
クリスというシスターは慌てて彼女の後を追いかけた。
「……そういえば、だな……」
カルトナも考え込む。
「……カルトナ様の人生経験であれば、何か知っていることがあるかと思って参ったのですが」
「……えっ、それだけで?」「えぇ」
……ここは山の頂上である。
生半可な覚悟では登れない、との評判なのだが――だからカルトナはここにいたのだが。
「……すまん、俺もよく知らん」
「……そうですか」
「何なら今日明日の礼拝で聞いてみたらどうだ?」
「……それも視野に入れておきます」
それじゃ、とカルトナはリリーを見送る。
……そこで彼は、向こう側に微かに見える海を眺めた。そして、
「……お前のことだ、何か意図があるんだろ?……コズミック」
一瞬。
一瞬だけ、反射で煌めく蒼が見えた、気がした。
「……無駄足でしたか」
大聖堂に帰ってきたリリーは一つ伸びをする。
……経緯を知らない者達からは相変わらず畏敬の念を、知っている者達から苦笑を向けられる聖女。
鐘が鳴る――重く、綺麗な。
「おねえさま、どうしたんですか?」
はっとした。
……考えに沈んでいる所、気付けばコトミがすぐ傍に来ていたのだ。
「え、ええと……どうしましたか」
「いや、それはこっちの台詞なんですけど……」
首を傾げるコトミ相手に経緯をざっくりと説明する。
そしたらコトミも難しい顔をした。
「……確かにそうですね……おねえさまの知り合い全員そう言ったんですか?」
「……全員ではないです」
「……なら全員行きましょう。前おねえさま言ってたじゃないですか……ダンジョン探索の時に不思議な少女と出会いました、って。案外その人とか知ってたりするかもですよ?」
「…………」
確かにそうだ。
今は魔王も鳴りを潜めている。心置きなく行けそうである。
「ありがとうございます、コトミ。明日にでも皆さん連れて行ってきますね」
「えっ、礼拝は――」
「……代わりに、すごいニュースを持って帰ってきますからね」
【番外編次元:クリスマス(後編)
前回の続き】
「……で、あの時聞きに行った結果がこれですか……」
とあるシスターが大聖堂の周りを歩く。
……前々代の聖女リリーは、クリスマスの起源を明らかにした。
その経緯を知っている聖職者はもうほとんど居なくなっている。
なので、今は――神様の教えを世界に広めた者が降臨した日という、内容のみが残っている。
たった十数年の間に、それは王国の常識として広まっていた。
「……まぁ、意味がある行事というものは大切ですよね」
彼女は当時の状況を知るシスターの一人――というかクリスだった。
今でも思い出す、あの時のリリーの顔を。
「クリス様ー。次の大規模礼拝の準備ができましたよ」
「あ、ありがとうございます。今行きますね……って、コトミさん……貴女も担当でしょう」
クリスはまだ年若いシスターに呼ばれて大聖堂の中に戻ろうとしたが、そこでコトミと行き逢った。眉をひそめるが、……
「……ああ、来てますね……よかったです」……彼女は、心の底から楽しそうな顔をしていた。
「えっと、……」
「あ、すいません、こっちの話です。……さぁ、頑張りましょうね」
そう言って踵を返したコトミが今まで見ていた方向を、興味が湧いたクリスは眺めてみた。
……若葉色の髪が見えた気がした。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
「綺麗だねぇ……」
「……ねー。スミレもだけど」
「あの、こっちが恥ずかしくなるので二人の時にやってください」
いつもの三人が王国の城下町を歩く。
街路樹の葉はほとんど落ちているが、生き残った木やモミの木などに色とりどりの飾り付けがされている。
常緑の木は、雪と闇に閉ざされる真冬に陽光を願う強い期待感が込められている。
まさしく道には雪が降り、固められ、空は曇りである。
ただ――そんな絶望の中でも救いを見出だすのは、人間自身だ。
「えっと、礼拝終わったから……ご飯食べようか」
「うんー。たまにはいいよね!」
「あ、あの店空いてますよ!行きませんか?」
彼女達にとっての救いは、お互いの存在だ。
……きっと、分かっているのだろう。
「ネア、プレゼント……どうぞ」
「……スミレ、これ……あげる」
……メリークリスマス。
今を生きる人達に、祝福を。
「ねーこちゃーん!!」
「ニャーっ!??」
時系列は正常です。
ともかく、今の状況を説明しよう。
アクアベルが黒猫を追いかけている。説明おわり。
「つっかまえたー!さあおとなしくモフモフされるがよいさー!」
そして彼女は黒猫を捕まえた。
布団干しの体勢にされた黒猫はひたすら暴れる。
……引っ掻かれてもおかしくないが、そんなことには欠片も頓着せずひたすらモフる。撫でる。
じたばたじたばた。
「もふもふなでなで」
「フシャー!…………にゃー」
暴れる黒猫は次第に疲れてきたらしい。
諦めた様子で、もうどうにでもしてくれと言っているかのように力を抜く。
それを見たアクアベルは猫を地面に下ろす。
……しばらくして、黒猫は口を開いた。
「……にゃあ、この乱暴者……」
……――――世界には色々な人族がいる。
身体や性格、または言語の違いこそあれ――それらは全て『人』だ。
『人』と動物の違いの一つに、言葉を話せるか否か、というものがある。
言語はともかく、言葉を話せる動物は人もしくはそれに近い生物――逆に言えばそれ以外はすべて動物である。
そこまで重要な要素なのだが……ともかく。
猫が喋った。
四足歩行の黒い、長い尻尾がついたもふもふが。
……首に、まるで闇夜のように真っ黒な鈴をつけている。
「しょうがないでしょ、癒しだよ癒し。……え、そんな目で睨まないで撫でたくなるから」
……今起こった衝撃的な事象にも一切頓着せずにアクアベルは喋る――いや、話しかける。黒猫へと。
「にゃー……疲れたぁ……」
「というかさ、そんなに嫌ならさっきみたいにしてればいいと思うんだけど」
「名案思い付いた、みたいに言わないで……まぁ、私のために変わるけどにゃー」ふあぁ、とやりながら黒猫が起き上がる。
一瞬、視界が消失する。
直後――猫がいた場所と一切変わらない所に、少女が立っていた。
真っ黒な猫耳がこれまた黒い髪から覗き、そして首には闇夜のような鈴。
その小柄な少女の名は、ベルシリーズの一席。
ブラックベルだった。
「でさ、ブラックベル」
「何だにゃ?というか何で変身しても撫でるのやめないの?」
「ちっちゃくて可愛いから」
さらりと言い放つアクアベル。
「それはともかくとしてそろそろ危なくなってきたよ」
「……それはそれは。大丈夫だよ、って始まる前言ってなかったかにゃー?」
「うーん。さっきブラッドベルやられちゃったし……その時の攻撃で二対一をつくれてた上の階のうち一人が落とされてた」
だからそろそろブラックベルにも動いてもらいたいな――と、撫での手は止めずにそう言う。
「……だったら素直に言えばよかったんだにゃ」
「いやいや、これは幸福追求権だから」
それを聞いて、私の幸福って……と呟くブラックベル。
……その時だった。
殺意を感知し、猫耳が跳ねる。
「……了解だにゃー。それじゃ私はここで」
猫特有の素早さでどこかに行ってしまう。
「あっ、ブラックちゃ――「アクアベル?」――え」
アクアベルが震えながら振り向くと――そこには。
怖い顔をしたブルーベルが立っていた。
【番外編次元:年末】
この世界に年の瀬がやってきた。
一年の歓喜。一年の葛藤。一年の反省。一年の追憶――
全てを押し流し、また次の年を迎えるための。
普段バカ騒ぎをしている悪ガキが、神妙な面持ちで大聖堂にて話を聴いている。
ユノグも執務を止め、外に出て遠くを眺めている。
その目線の先には時計台。
謎の力で――魔法でも説明がつかない――動く時計台は、毎年の終わり――始まり――に鐘を打つ。
いつから存在しているのかは知られていないが、一年の終わり始まりを知り、決意を新たにするために昔から利用されてきた。
思えば今年は様々なことが起きた。
数える気力も無くすほどの。
幸せであれ、不幸であれ……それらは紛れもない今年の出来事だ。
しかし、つまりは終わったことである。
今の自分達に必要なのは、過去ではなく未来だ。
終わったことは、最悪気にしなくても生きていける。
だから、鐘の音で、気持ちを新たにするのだ。
「……で。また外出ですか」アヤメがジト目で周囲を見回す。「新年くらい家で過ごしましょうよ」
その声にスミレは苦笑する。
「……確かにね。でもこういうのも良くない?」
その目の先には広場があった。
ちょうど年の瀬ということで、様々な人がパフォーマンスを披露している。その中にはネアの姿も。
「……ネア姐さん見たいだけなのでは?」「うん」「即答ですか。まぁいいですけど……」
数時間前、ネアはカルトナから依頼されてここに行かされたのだった。
「ネア、本当に格好いいよ……」
「スミレ来てたんだ……確かに、そんな気はしたけどねー」
魔法早撃ちで完璧な技能を見せたネアが出てくると、顔を紅潮させたスミレがすぐさま駆け寄る。
「……あ、さっき屋台でこれもらったんだけど食べるー?」
「食べる!」
公衆の面前であーんとかやらないでくださいね!?とのアヤメの念が通じたらしく容器を手渡すだけだった。
「(……まぁ、それはそれで……いいんですけど)」
邪魔したら悪いだろう、ということでアヤメは脇道に入る。
いつぞやかの鍛冶屋のある通りだった。
「にゃー」「……ん、アヤメ……?奇遇」「イエローベルさん……えっとこんばんは……その手の黒猫はなんですか?」
「いる?」
「……うちの二人がいいかどうか」
真面目に答えたアヤメに、イエローベルは「冗談だよ」と呟き残して去っていこうとする。
だがアヤメはその背中を両手で押さえる。
「……ちょっと待ってください、どうせだから一緒に年越ししません?」
「なんで」真顔でイエローベルは反問する。
「……いや、ちょっと……言いたいことがあるので。あ、そっちの事じゃないですけど」
サンシャイン様ぉぁがめるしょぉせつぉかきなさぃ
115:◆hJgorQc あばばばば(^q^) :2021/01/03(日) 07:35 その時だった。
高いとも低いとも言えず、大きいとも小さいとも言えない――そんな鐘の音が鳴り響いた。
人々は一斉に時計台の方を眺める。
白っぽい光が靄のようにかかっていた。
「……新年ですね。おめでとうございます」
アヤメが清楚な笑みを浮かべて対面のイエローベルへと話しかける。
「……あ、うん……と、それだけ?」「ふにゃっ」
やや困惑しながらイエローベルが首を傾げる。
同時にその腕の黒猫が不意に絞められ悲鳴をあげる。
「いいえ、……
今年も――これからも、よろしくお願いします」
起こったことには頓着せず。
微笑んで一礼しながら、アヤメは告げる。
「……うん、よろしく」
イエローベルも、今度こそ真剣に呟き返したのだった。
「……ところでさ、これからもって……」
「あっ、すいません、言葉の綾です……だけじゃないかも知れませんが」
想定外の方向から攻撃を受けてわたわたしながら口走るアヤメ。
そんな彼女を見て、今の言葉を吟味することも忘れて――――
しばし、心が洗われるような思いを味わったイエローベルだった。
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「ネア、また今年も……ううん、いつまでも。よろしくね。」
「こちらこそー。ずっと一緒だからね。」
初挨拶と初いちゃいちゃを済ませたスミレとネア。
そして、アヤメはどこだという話になる。
「……まぁ、そんなに遠くには行ってないよね」
とはいえ、年明けであちらこちらに光魔法による色とりどりの明かりが浮かんでいる通りでも、深夜、つまり今は相当暗い。
アヤメの瞳の色は両親譲りの輝く金と、このような時ではなかなか目立つのだが、反対に髪色は闇に溶け込む漆黒である。
そのため見つけにくいこと請け合い……と思われていたが。
「……ん?あれって……」
ふと横の道を眺めると、色とりどりの少女達が集まって何かを話していた。
何気なさを装ってその横を通る。
「あーー!」とか「うーん、どうして……」とか「まだまだだね」とか「いっちゃえばよかったのに」……のような声が聞こえてきた。
それに首を傾げつつ角を曲がる。
……と、丁度アヤメが向こうから走ってきた。
「あっ、明けましておめでとうございます」
ぺこりと一礼。
それを見た二人も慌てて頭を下げる。
「今年もよろしくね」「おめでとうー」
空はひたすら真っ暗だったが――数時間後の日の出を予感させる空気が流れていた。
【ちょっとあとがき】
3日遅れですが明けましておめでとうございます。
今年も、貴女に沈丁花を――この小説を、よろしくお願いします。
イエローベルの心は揺れていた。
自分でも理由はわからない。
しかも――心が揺れるだけではなく、そこには熱い炎が燃えていた。
顔が火照る、胸が痛くなる。
どうしてこんなことになったのか、彼女は自分なりの答えを見つけていた。
「(……そんなのあり得ない。あり得ないんだ)」
ただし、答えを見つけるのと納得するかは別問題である――例えそれがどれだけ魅力的であろうとも。
彼女の心が、その想いを拒絶していた。
ふらふらと、城のどこかを、どこへと言うともなく歩いていた。
彼女はベルシリーズの第一線、つまりは強い存在なのだが、この様では見つかったら簡単に撃破されそうである。
しかし運良くアクアベル以外誰にも会わなかった。
そのアクアベル自身、やや焦っていたのでイエローベルの状態を口に出すことができなかったのだ。
ただ一言、「忘れないでね」と。
……何を?
それすら考えられずにいた。
「……落ち着け、私」そう自分に言い聞かせる。
が、その直後である。
前の壁際に血溜まりを発見した。
ブラッドベルのものかと無意識に判断して視線を切りかける。
……が、どうやら違うらしい。
よーーーーく見てみると……
アヤメである。
金瞳。黒髪。……で、血の泥寧。
……思考停止
「……いや、これはおちちゅ……落ち着いちゃ駄目……!」
急いで駆けつけ脈を確認する。
腹部に大きな穴が空いているが、微かに脈はあるようである。
間違いなく常人なら死亡している出血と深い傷だが、それにここまでアヤメは耐えていたのだ。
……拙い回復魔法で傷の治療を始める。
平行してメスを作り出して軽い手術を行う。
感染症が怖いが回復魔法でなんとかなると信じたい。
「これは……ブルーベルかな」
描写不能なほど、内蔵がグチャグチャにされていた。
人体にこんなことをできるのはブルーベルの一撃くらいである。
イエローベルも匙を投げかけた。
……が、なぜかは知らないが、諦めない。
人命がかかっているというだけなら彼女は捨てていただろう。
……無論それはない。つまりは彼女はアヤメに何かがあるということである。
その時、近くから轟音が響いた。
ゆっくりとそちらを向く。
ここから数十メートルの距離を挟んで、ネアとブルーベルが対峙していた。
「不死身ね …… 殴り甲斐がありそうだよ」
アヤメとイエローベルから十数メートル。
そこで対峙しているのはブルーベルとネア。……言うなれば、大将同士の一騎討ちとでも言うのだろうか。
その二人はこちらに気付かない。
だが、アヤメに回復をかけつつも、イエローベルの視線はその二人の戦闘に固定されてしまった――――実力行使の前に戦闘は始まっている。
二人の距離は約ニメートル。
不審者に襲われそうな時でも安心な距離感だ。
が、その二人には数メートルの距離などあってないようなものである。
……ましてや、彼女らは二重の意味で不審者などではないのだ。
先に動いたのはブルーベルだった。
瞬間的に近づき、常人の目では追えない速度で足を振るう。
ネアもそれに対して反応してのけた。……が、間に合わない。
蹴りが命中した脇腹が、抉られる。
…………いや、別に特殊な武器を使った訳ではなく、蹴り用の靴を履いていたという訳でもない。
ただただ純粋な力。
それがネアの体を襲う。
痛みに耐えつつ後ろに跳ぶ。
直後に、一瞬前まで彼女の首があった場所へとラリアットが入る。
もしそれに当たっていたら、首がへし折れるどころか下手したらもぎ取られていたかも知れない。
その勢いのまま突っ込んでくるブルーベルの体を、彼女のそれとは比較にもならない威力の蹴りで制止させ、その瞬間に距離をとる。
脇腹は既に再生している。
ブルーベルは魔法を警戒して体勢を下げる。
戦況は一種の膠着状態に陥っていた。
その隙に、ネアは周囲を見渡して――ある一点へと視線を送った。
そここそが、イエローベルのいる場所だった。
「……っ?」
ネアも驚いていたようだがイエローベルも固まった。
偶然とは恐ろしいものである。
ただ一人、この状況を作った元凶であるブルーベルのみが首を傾げて――その姿勢のまま岩砕きの拳を、動きを止めたネアへと振るう。
血を撒き散らしつつ吹っ飛ぶネア。
何を思ったのかはわからないが――――イエローベルを見逃したあたり、何かを感じたのかも知れない。
手元を見れば、手術は終わりかけていた。
床も天井も自分も、目の前にいる少女も――――すべてが赤熱し、燃えていた。
手段が乱暴すぎる――ユノグは致死クラスまで上がる体温を感じながら考えた。……まさか床を熱するとは。
「さっさと骨になってくれないかなぁ……ホワイトベルも気になるし」
「……」
駄目だ、相性が悪すぎる。
レッドベル――今ユノグの前で、細長い城の破片を手に持つ、真っ赤な少女だ。その能力はシンプルに発火、もしくは発熱。
何回か鍔迫り合いを演じてみたものの――こちらが手に持つ大剣が熔けかけた。それほどの熱を持っても赤熱するだけで溶けもしない城の構造物質もおかしいのだが。
ともかくこのままではユノグは死ぬ。掛け値なしに。
ワープ魔法で緊急脱出しようかとも考えたが今は国全域がその魔法を使えなくなっている。
「まだ耐えるの?ここサウナじゃないよ?」
煽られている。
「…………クソが」
なんとか手を動かして背中に回っていた鞘を掴む。そしてそれを腕の力だけで、レッドベルの方向に投げた。
「……何のつもり?」
簡単に避けられるがそれが狙いではない。
「『バーニングオブジェクト』」
丁度真横を通った瞬間に起爆させる。……一応命中し、レッドベルがその煙の中から出てくる。やはりそこまで応えていないようだった。が、それも狙いではない。
その時、大量の水が唐突にその広間を席巻した。
唐突に周囲が水で満たされる。ユノグもレッドベルもお構い無しに飲み込まれ溺れてゆく。
特にユノグは体の内部まで焼けている。その分死に近かった。
……が、丁度良いタイミングで水が引いていく。
ユノグが首だけ動かして周囲を見回すと、意識を失ったレッドベルが倒れていた。
……そして仕掛人――カルトナが魔力で精製したロープを抱えて彼女に近づく。
「…………」
喉が、肺が焼けて声が出ない。
……だがこれだけはどうしても言いたい。……あっけなさすぎる。
と、カルトナが倒れたままのユノグに気付き声をかけてくる。
「よう、無事か」
「……」
「……なるほどな、無事じゃないか」
そして片手間で回復魔法を操り、彼に軽い治療を施し始めた。
全身重傷者にいきなり水をぶっかけてはならない。
…………で。
「よく思い出したじゃないか、鞘に危害が及んだ時の救援要請」
種明かしの時間です。
カルトナは今まで百人近い人間を教育してきた。もちろんその中にネアもユノグも含まれている。
……ユノグ。忘れているかも知れないが王族である。もちろんカルトナはユノグ以前にも何人かの王族を教育している。
……そしてそのうちの一人の王が、カルトナに向けてこんな依頼をした。
「緊急事態の時、教育係が助けに行けるような細工を施してくれ」――大きな宝剣をカルトナに手渡しながら、そう言ったのだ。
その剣は数世代を経た今でも現存し、効力を失っていない。その効果は、魔力の伝達強化……そして、一部部位の一定条件下での破損で、カルトナを呼び寄せる。
ユノグはそれを鞘の起爆という形で再現し、カルトナを呼んだという訳であった。
「……助かりました」やっとユノグは声を出すことができた。
「あー気にすんな。むしろお前の先祖何人かはまともに使わなかったんでうんざりしてたところだ」
片手を振りつつ軽い調子でカルトナは喋る。
……そして、そのすぐ側で縛られたレッドベルを眺めて、
「ま、無理はすんなよ。じゃあ俺は行く」
「そういうのも無理って言うと思いますがね?」
彼は空いている大穴を見逃さなかった。索敵魔法に反応がある。
「知るかよ。老い先短いんだから勝手にさせろ」
そう言って薄く笑い、ローブをはためかせて飛び降りていった。
視線の先には、無数の白い光線が煌めいていた。
【ちょっとあとがき】
酷使されるカルトナ
【番外編時空
バレンタイン 前編】
バレンタインデー。女性が親しい男性にチョコレートやお菓子などをプレゼントする行事と化しているその日────前日、『彼女ら』は。
「······アリシア様?」
「ふぁっ、はいっ!?······あ、ヴァンスさん」
場所は王城。所在なげにしていたアリシアへとヴァンスが声をかける。
······ユノグの侍女と側近。立場関係は微妙だった。
「······今年はどうなんですか、」
「えっ?······え、なんの事です?」
「明日ですよ」
シラを切ったアリシアにやや強めの口調で詰め寄るヴァンス。······これは反感などではなく、応援の気持ちの表れだった。
「······そうですね。······大丈夫です。もう私もそろそろいい歳ですから······」
「大丈夫ですかね······?早くしないと世継ぎ生m···」
その時、セクハラまがいの発言をしたヴァンスの口に超小型結界が突っ込まれる。
「黙っててください」
「············(はい)」
──────────────────
「······困った」
クールな口調で困っていたのはイエローベルだった。その隣にはブルーベルがいる。······どういう状況なのかと言えば、城の皆のための買い出しであった。ジャンケンで負けたエリート二人。
「······困った って?」
「······バレンタイン、明日でしょ?」
「大体 察したよ······ああ、 ······うーん······」
二人してため息をつく。······片方は面倒臭さゆえ、もう片方は方法の難解さゆえであった。
──────────────────
「明日だねぇ」
「そうだねー」
「あの二人と······あの二人。どうなるかな?」
「······うーん。出来ればいい結果になってほしいなー」
「······」
「······」
「······ネア」
「······んー」
「楽しみにしててね」
「······うん。無理はしないでね」
【ちょっとあとがき】
久々の更新がこれという
【番外編次元
バレンタイン後編】
【百合注意】
王城には大量の荷物が届いていた。天井に達する程の量のその内容は、チョコレートをはじめとしたお菓子······その一言だった。
「···全く、何が悲しくて自分宛のチョコレート掘り出さなきゃいけないんですか」
愚痴るヴァンス。···すると、
「······おや、これは」
山の中から何かを見つけ、眺める。···決して小さくない麻袋の中には、手のひらサイズのチョコレートがぎっしり詰まっていた。
それに付属するカードには、
『お疲れ様です。皆さんでどうぞ』
······シスター達の気遣いによって、大部分の兵士は救われた。
「ユノグ様ー」
「どうしたアリシアー」
「あの、······ふふっ」
なるべく心を無にして話しかけようとしたアリシアだったがユノグの返事で笑ってしまい、そこで色々と心の準備が崩れていった。
···頭が真っ白になる。
「······あ、えっと、あの······今日、」
後手に回したチョコレート。
震える手で、差し出す。···
「感謝の気持ちです。······受け取ってください」
「······ありがとう」
ユノグは目を丸くしたが、大きな手でそれを受け取る。
「···っ、それでは!」
「あっ、おいアリシ······」
······逃げていった。
ユノグは手元に視線を落とす。ハート形のチョコレートが、そこにはあった。
「ブルーベル。どうだった?」
「渡してきたよ ······いつも通りの反応だった」
黄色と青が並んで座る。······門の上。そこからの景色は絶景だった。······色々な意味で。
「で······ そっちはどうなの?」
「どうって······」
「多分皆知ってるよ、 イエローベルが好······」
喉に短剣を突き刺され悶絶するブルーベルを後目に、黄色が門から飛び降りる。
そして、大通りを走り抜けて、パン屋を物色していたアヤメの横にたどり着く。
「やあ、アヤメ」
「······イエローベルさん。こんにちは······」
よく見たら彼女は小脇に小包みを抱えている。どこかで軽食でも買ったのだろうか、と思いつつ小包みを渡す。
「はいこれバレンタインのチョコレート。······頑張って作ったから」
顔を逸らしつつ言う。
······受け取った方のアヤメはしばらくぽかんとしていたが、笑顔になって、「ありがとうございます······」と言う。······そして、
「こっちからも、これ、どうぞ」
もう片方の手で、抱えていた小包みを渡した。
「······えっ、······あ、ありがとう···」
「······皆渡せたかなぁ」
「だといいねー。······スミレ、これ、私から」
「······えっと、これ······ゆび、わ?」
「······うん。······スミレ、
············私と、結婚してください」
「えっ······
······え
······
っ······
よろ、こんで!」
天井に空く大穴。
······そこからカルトナが下に降り立った時、勝負は既に決していた。······倒れ伏す七人のシスターの中心で、ホワイトベルが退屈そうに立っていたのだ。
「············」
さすがに動きが止まる。
······そんなカルトナの気配を見て取って、ホワイトベルは顔を上げる。そして周囲を見回し、笑った。
「······死んでないよぉ?······けど貴方が何かしたら、巻き添え食らって止めになるかもね」
彼女は、くすくすと楽しそうに笑う。······格好はそのまま聖衣······もしくはそれに近い代物だが、······悪い意味でその力が発揮されていた。
カルトナは動けない。······相手を確実に打ち負かす威力の魔法を撃ったら相手の思う壷である。
そんな彼を眺めて、ホワイトベルはもう一つ笑う。······そして、いつの間にか手に握っていた、白の光を放つ棒を相手に向けて、
「『バニッシュメント』」
······容赦なく、消滅魔法を放った。
「『アンチバニッシュ』!」
────しかし、だ。
カルトナ特製の迎撃魔法が、それを止める。······目に見えない嵐が吹き荒れ、『バニッシュメント』は不発に終わった。
「······流石は伝説だね?」
「うるせぇ······さて。圧倒させて貰おうか」
二人は同時に動いた。
カルトナの周囲に無数の魔法陣が浮かび上がり、そこから放たれた炎の魔法が、消えて、······寸前で身を躱したホワイトベルの残像で小規模の爆発を起こす。
「あはははははははっ!!!!!!」
彼女はシスター達を踏みつけつつ、真の不可視攻撃を避けていく。白い衣服が、赤黒く染まってゆく。
そして────それを吸い取って、中央からゾンビが立ち上がる。······ブラッドベル。
その目は虚ろだった。······生きてるとしても、おおよそ正気ではない。······何故ここまでするのか?カルトナはついに重力魔法までもを持ち出しつつ、背筋を凍らせた。
一旦重力魔法でブラッドベルを天井の染みにしつつ、カルトナは考える。······潰されているシスター達はもう行動出来ないだろう。なら、独力でホワイトベルを排除しなければならない。それも、できるだけ早く。
今撃ってる魔法はむしろ相手の動作的な意味で駄目なので、別の魔法に切り替える。
いや、切り替えようとした時────相手はレーザーを放ってきた。······正に光の一撃······それが数十発。
最初の一光が足に突き刺さり、カルトナの動きを鈍くする。
しかし彼も、その後のレーザーはリフレクターを駆使して別の方向に逸らした。
一進一退、千日手。どちらかが動けば他方は確実に防ぎ、逆もまた然り。膠着する二人の間で不確定要素は倒れ伏すシスター達だけだった。
······逆に言えば、彼女らが動けば形成は大いに変わるが、カルトナは治療する暇がない。彼の限界も少しずつ、だが確実に近づいていた。
────その時────
『神を騙る者に裁きを』『聖女の御許に集うのだ』との囁き声。······そして、
「······ここで終わりですか?」
厳かな声が聴こえた。
「······は······?」
カルトナは驚き、声の主を探す······も、その位置は掴めなかった。······しかし、声には聞き覚えがあった。
「リリー「おねえさま」······?」
カルトナとコトミの声が重なる。思わずそちらを見ると、まるで幽霊かのように、コトミが立ち上がっていた。
「何をしてるのかなぁ?」
それを見たホワイトベルはレーザーの照準をそちらに向ける。リリーの声は聞こえていないようだった。
「······何が何だかは知らないが······邪魔するな」
今度のカルトナは、膨大な魔力でレーザーの軌道を曲げる。そして復活して、天井から落下して彼を刺そうとしたブラッドベルにそのレーザーを数発当てる。
······その間にも対話は進んでいた。カルトナには聞こえなかったが、コトミは数回頷く。目に光が戻ってくる。そして────
「『ジャッジメント』」
光の剣を握り────すぐ側にいたホワイトベルの胸を、貫いた。
「······は?」
傷口から血が垂れる。
そしてそれは次々に、純白の光へと変換されていく。その光は次第にホワイトベルを呑み込み、······その欠片は一点に集まり、どこかへと飛んでいった。
二つの相反する『聖』。······その終わりは呆気ないものだった。
唐突に訪れた決着、もう動かないブラッドベル、恍惚とした表情で崩れ落ちるコトミ────全てを眺めて、カルトナはしばらく動くことができなかった。
【ちょっとあとがき】
更新が遅すぎて申し訳ありませんでした。
─────────────────
今までベッドで死んだような状態でいたスミレは、ふと身体が軽くなっていることに気が付いた。···一瞬、とうとう死んだかと思ったが────どうやら少し違うらしい。頬をつねってもしっかり感覚があった。
掛かっていた布団を払い除けて起き上がる。そして、庭···島を見下ろすと、アリシアが腰を抜かして座り込んでいた。
身体の不調は未だに続く。······というより、感覚的に『一時的に抑え込まれている』といった感じであった。階段を降りる足が震える。一歩ずつ、慎重に。
玄関のドアを開けた。
突然開いたドアを見てアリシアが飛び上がるが、出てきたのがスミレだということを知ると落ち着く。······いや、そこから『スミレ』だと脳が認識した時、再び彼女は飛び上がった。その顔は「なんで」と言っているようであった。
スミレはアリシアの元に近づく。その歩みはやはり遅い。
「何があったんですか?」
到着してすぐに質問を投げかける。
「······光が···墓地から、光が」
アリシアは途切れ途切れに話す。どうやら攻撃を受けたのではなく、単純に起こった現象に驚いたかららしかった。これで直接攻撃を受けるような危機は迫っていないと理解したスミレは、念の為アリシアに警戒するように言って、一人墓地に向かう。
墓地と言ってもかなり小規模────そこに眠るのはたった四人だが、スミレにとってはある意味世界の中でも最も大きい墓地だった。
その中で、一つ······聖女にして英雄の一員、リリーの墓が光り輝いていた。······スミレはそこに近付く。すると、どこからか声が聞こえてきた。
『お久しぶりですね』
「······リリーさん」
思わず辺りを見渡すも、あの四人の面影はどこにも見えなかった。ただ、一つの墓に宿る光だけが存在を認めていた。
『······こういう形になってしまったこと······まずは謝らなくてはいけませんね。単刀直入に申しますが······ごめんなさい。貴女が生きているということは······やはりそういう事だったのですね』
リリーは勝手に話し始める。どこか彼女は予感していたらしい、というところまではスミレでも分かった。しかし、なぜリリーがここに居るのか?
『······はい、どうして私がここに居るのかというと······貴女はコトミというシスターを知っていますか?』
「はい。貴女の事を慕っている様子でした」
それを聞いたリリーはどこか微笑んだようだった。
『私がエインさん達と魔王を倒しに行く時······コトミにですね、ペンダントを渡したのです。私の魔力を込めたペンダントを』
つまり、今リリーがここにいるのはペンダントの魔力故だという。封じ込められていた魔力が何かの拍子で解放されたらしい。······そして、今のリリーはコトミ達の手助けをして、もう存在を保てない状態らしかった。
『······ネアは元気でしょうか?』
「はい!···えっと、その」
『分かっていますよ。世界の誰でも、幸せになる権利はあるのですから────では、どうか···』
祈りを捧げるような気配を残して、光が消えた。
スミレの身体は再び重くなる。······しかし彼女は、その目に強い意志の光を宿し、真っ黒な空を見上げた。
蒼の城。残った数名のベルシリーズは顔を見合わせて会議をしていた。議長はアクアベル。欠席は戦っているブルーベルと、不明のイエローベル。
「······まずは。カルトナどうする?」
銀色の格好をした少女────シルバーベルは辺りを見回して尋ねる。······そう、彼女たちにとって、目下最大の懸念は伝説の魔法使い、カルトナにあった。既に彼によって主力級はほぼ壊滅させられていたのだ。
「どうするって言われても、何とかするしかないよね?」
不敵な笑みを浮かべたアクアベルに視線が集中する。
「別に倒さなくてもいいんだ、無力化できればね」
それならやりようがあるでしょ、と彼女は続ける。
「とどのつまり······封印するとか、ね」
「封印って······確か、魔王が······」
ブラックベルが呟く。それに「よく覚えてたね。その通り」と返すのはやはりアクアベルだった。
「でも問題は手段な訳だけど······あ」
再びブラックベルが呟くが────何を思ったのか、その目はシルバーベルの方に向いた。彼女は、······鋭くもどこか鈍い光沢を発する瞳を瞬かせた。
「······アクアベル」
銀色の髪を軽く振って、彼女はここに居る中心人物へと主語がない問いを投げかける。そして、その意味が分からないアクアベルでもない。
「···コズミック様はこの世界でも銀に魔封の力を与えたんだよ。だから」
特効だよ、と付け加える。
その一言で方針は決まった。再び少女達は城のあちこちへと散っていく。
それを眺めていたアクアベルはため息をついた。一つ彼女が床を鳴らすと、その目の前にはどこかに繋がっているらしき穴が現れる。······ワープ魔法の一つ、『ゲート』だった。······そう、『ワープ魔法』。
「······気付かれないうちにできるかな」
彼女も、その一言だけを残して、遥か上にあったシャンデリアに着地した。
「あれか······」
カルトナはとある場所を目指していた。······そこは今、城の中で最も熾烈な戦いが続いている場所────つまりは、ネアとブルーベルが戦っている場所だった。
いくらネアが不死身だと言っても、相手が相手なだけに心配が残る。そのためさっさと加勢しなければ────そう思っていた彼の元に、一つの弾が飛んできた。
身を翻してそれを避ける。······溢れ出る魔力が彼に一瞬遅れて続いたが、······魔力は弾を避けられず、貫かれ────かなりの魔力が封じられた。
カルトナの思考が一瞬止まる。
「······誰だ」
「ふふん、私──シルバーベルだよ」
その声が聞こえてきた方向へ、もはや小さな太陽のような火球を飛ばし一気に決着をつけようとするカルトナ。······だが、彼がそちらへ向いた時、銀色の壁以外には何も残っていなかった。······そして、彼は理解する。『これは勝負にならない』。
魔封じの銀────カルトナとは相性が悪いどころの話ではない。最悪······災厄レベルである。
「ほんとだったら、強さで言えば私は多分貴方に敵わないんだけどね?」
弾を撃ち、銀の壁を創りながらシルバーベルは言う。
「でも······実力差でのゴリ押しはね、しばしば相性で無効化されるんだ」
炎を消し、水を引かせ、光を反射し、闇を祓う。雷は銀が金故に伝わり、また熱も次第に伝導されるが、その頃には既にその銀は引っ込んでいる。
「(······やれやれ)」
カルトナは心の中でため息をついた。
「(思ったよりも苦戦しそうだ······なら、折角だから俺が持ってる魔法全てを受けてもらおうか?)」
······果たしてそこまでの時間があるのか、と思ったが、まずは罠魔法の構築を始める。座標は自分に指定······そしてそれが終わると、今度は重力をかけてシルバーベルを押し潰そうとする。
「っ、これはダメなの······?」
顔をしかめて彼女は一歩下がる。重力の範囲から脱し、鈍りかけていた動きが元に戻る。
その間にも今度は周囲の景色が歪み始める。······幻術。敵に幻を見せ、狂気に落としたりする、魔法の一種である······が、脳に直接作用するので、銀の壁では防げなかったようだ。
次第に幻術は強くなっていく。
流石に決まったか、とカルトナは思い、周囲に無数の雷弾を浮かべる。警戒は絶対に怠らない。数十年前、魔王カースモルグに不覚を取って封印されたあの日から、彼はそう決めていたのだ。
しかし。
「······『銀の足枷』」
床から、銀の蔦が這い出て、彼の足に巻き付く。それは切断魔法により一瞬で消滅するが────前方からはシルバーベルが迫っていた。
重力魔法で一気に決める、と魔力を移動させたカルトナだったが、
背後に突然現れた黒い猫耳の少女が、
カルトナが移動させた魔力を銀に変換して、
そして、
シルバーベルは持っていた盾を突き出して。
············彼を中心にして、牢獄のような魔法陣が展開される。
小松雅弘は市にましたとさ
めでたしめでたし
「――――――――」
時間の流れが鈍化した。カルトナの意識は急速に落ちていく。
彼はこの感覚を覚えている。……封印だ。
昔、魔王カースモルグが王国の城下町へ侵攻してきた時……彼は一瞬の隙を突かれ、封印されたのだ。
抗おうとしても叶わない。猛烈な勢いで魔力が封じられていく。
体は微塵も動かない。
ただ自分を取り囲む銀の魔法陣を、呆然と眺めることしか出来なかった。
――――しかし。呆然とする時間が終われば、まだ彼は諦めない。
意識は薄れていくが、抵抗する意識と魔力が残されている以上、体は封印されず残り続けるのだ。
「(……くそ。考えろ……せめてこいつらだけでも、道連れに……)」
考える。
もはや大魔法を構築するほどの時間と魔力、集中力は残されていない。だが生半可な魔法だと封印が進行しているので吸収される恐れがある。八方塞がりだった。
「(……いや、待てよ)」
自身の身体の中心部を意識する。……そういえば、罠魔法を仕掛けておいたはずだ。……今から魔力を最大限に注ぎ発動させれば、道連れはできる。
……魔力を集める。最後の足掻きだった。
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シルバーベルは、まだ完了しない封印に驚嘆していた。単純に魔力が膨大すぎるのだ。加えて相手のプライドというものもある。
しかし、それでも感じる魔力は少なくなっていき、ついには消える。
彼女は満足したように、封印されていくカルトナの方を見た。……
その時、相手が一瞬笑ったような気がした。
封印は成就し、カルトナの姿は消える。地面に銀色の小さな魔法陣が浮かぶ。
――――しかし、直後……それとは比べ物にならない大きさの、紫色をした魔法陣が周囲を包み込む。
シルバーベルは息を呑んだ。真下――――防御ができるか怪しいところである。
しかし次の瞬間彼女は、咄嗟の出来事に反応できなかったブラックベルの姿を目に留める。
……考えるよりも先に体が動いていた。全力で疾走し、ブラックベルの小さな体を突き飛ばす。紫の外へと。
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「……げほっ」
咳き込むと血が飛び出てきた。……さらに、重度の目眩が起こり、思わず地面に倒れ込んだ。
立ち上がろうとするが、手に力が入らない。
その間にも意識が翻弄され、身体中を激烈な痛みが襲う。
動けなくなった彼女の傍で、いつの間にか猫の姿になっていたブラックベルが泣きそうな声を漏らす。
「……大、丈夫……だよ……」
手を伸ばして頭を撫でる。弱々しく、優しい手つきだった。
「……私が耐えるだけ……封印は伸びる……だから、ブラック…ベルは、自分が…やるべきことを…やって……」
「でも……」
「いいから」
最後の口調は、やや強かった。
座り込んでいたブラックベルは、尻尾を伸ばして立ち上がる。
彼女には、全てを見る義務があるのだ。
【百合注意】
イエローベルの手術の成果もあり、アヤメの傷はほとんど治っていた。······しかし、腹部を貫通されて、一時は瀕死だったこともあり、まだ意識は戻らない。
イエローベルはそんな彼女の手を握り、顔を見つめている。その顔は敵対しているとは思えないほど真剣だった。······もう彼女はその想いを自覚している。
これが『正しい』想いなのかは分からない。そもそも同性への恋······これこそこの世界ではまだ異常に近い。しかし、アヤメを見ていると、そんなことはもうどうでも良くなってくるのだ。
相手と一緒に居たいという気持ち······これこそが愛だろう?
「······ん······」アヤメはゆっくりと目を覚ます。
自分の腹部に手を当てる······そこで傷が癒えている事に気づいた。そして混乱する前に、今度は目の前にいるイエローベルに気付いた。
本当に驚いたらしく、数回口をぱくぱくさせる。
「······えっと」
それを見たイエローベルは、心からの笑みを浮かべた。
「······おはよう」
良かった、と呟く。胸に手を当てて、熱い吐息を吐く。······目には軽く涙が溜まっていた。
それを見たアヤメは軽く驚く。······自分が今まで見てきたこのクールな少女は、こんな顔が出来たのか、と。そして、······ああ、もう我慢が出来ない。
実は······まあ、そうだろう。アヤメもイエローベルの事を好きになっていたのだ。あれだけ関わる事が多かったのだから······。
「イエローベルさん」「······どうしたの?」「私を治療したのって······貴女ですか?」「······うん、そうだけど······」
もしかして失敗しただろうか、などと一瞬焦るイエローベル。······しかし────
アヤメの唇が、彼女の唇を奪う。
唐突だった。
思考が溶かされてゆく。
言おうとしていた言葉も、取ろうとしていた態度も、この後の考えも。全部、流されていく。
後には抜け殻となった黄色の少女と、顔を赤くする黒髪金瞳の少女が残された。
「······ありがとう、ございます」
「な······に?」
声が震える。
「······だって······だって、貴女は······傍に居てくれたんですよ······?」
アヤメは涙を拭う。······それを見て、イエローベルも胸がいっぱいになった。
「···気付いてたんだね、······私が君を想ってるってこと······」
そうでなければキスは出来ない。
「······はい!気付いた時は、本当に······本当に、嬉しかった、です」
顔を真っ赤にさせながら、アヤメは思いの丈をぶつける。
そしてしばらく二人は抱き合っていた。どちらからともなく。
「······アヤメ、私は······まだやり残した事があるんだけど······」
イエローベルはばつが悪そうに告げる。
「······何ですか?」
「ちょっとね」
そう言って、魔法陣を展開させる。······周囲にはいつの間にか誰も居ない。······が、進めば居るだろう。
そうだ、······倒さなければならない。愛する人を苦しめた者を。
「······頑張ってください」
「大丈夫。アヤメがいるから」
そう言って、次の一歩を踏み出す。
これは『違う』戦い······それでも。
「……まだやるの?」
「まだ…諦められないからねー……!」
ブルーベルとネアの戦いは何にも変化がなかった。……近接最強のブルーベルが一方的に相手に攻撃を加え続けているが、ネアはずっと折れていない。頭をかち割られようとも、腹を貫かれようとも。
いくら不死身であっても、心は不死身ではないのに。……さらに、もともとネアは精神が強い方ではないのだが――――
こうして立っている理由は、彼女ですら知らない。
……ふと、ブルーベルの攻撃の手が止まる。
何があったのだろう、と振り向くと、そこにはこちらに向かって歩いてくるイエローベルの姿があった。……彼女の周囲には魔法陣が大量に浮かんでいる。紛れもなく最高火力を出せる態態勢だった。
……しかし、彼女は近くに寄ってきたきり動かない。目を閉じて、胸に手を当てている。
「……イエローベル ?」
その様子を数秒眺めていたブルーベルは、思わず声をかけていた。……それが地雷だとも知らずに。
イエローベルは軽く顔を上げる。あまり反射しないその目に、青の厄災の姿を映す。
厄災……ブルーベルと目が合った瞬間、彼女は小さく微笑む。
そして、
大量のナイフが降り注いだ。
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それはもはや雨を超えて滝のようだった。
辛うじて滝から脱出したネアはブルーベルが居ないことに気付き、刺さった数本のナイフを抜いてナイフの滝を凝視する。
……滝が止まる。その中央にはブルーベル。……軽い切り傷がその顔に刻み込まれていた。……「やってくれたね」という表情をしていた。……しかし。問題は別のところにある。……何故イエローベルがブルーベルを攻撃する?
「……よくわからないという顔をしているね。……一応言うと、これは裏切りでも何でもない……個人的な戦いだよ」
ネアの表情を見て察したらしきイエローベルは笑ってみせる。
……どうもよくわからなかった。……相変わらず。……しかし、敵が一時的にせよ一人減った……そう思ったネアは、足がいつの間にか魔法で動かなくなっていることに気付く。
「…………………………え、」
ネアの足はどう足掻いても動かない。……途中でバランスを崩し、前のめりに転んでしまう。……それでも足は動かない。骨が折れる音がして、慌てて姿勢を元に戻す。
……その間に、イエローベルとブルーベルの戦いは始まっている。
ギロチンを召喚して四肢を切断しようとすればそれを常人離れした速度で回避し、懐に蹴りを叩き込む。
そのコースを刃物を飛ばす勢いでずらし、血を飛び散らせる。
「……あぁ 、大変だなぁ ……これは」
心から忌々しそうにブルーベルは呟く。……そして、彼女も魔法陣を展開させる。
……衝撃波魔法。それだけで追撃の刃物が全部急停止して落ちてしまう。
二発目、今度は飛び退いたイエローベルの左腕があり得ないような角度に曲がる。……欠損は免れたが、回復魔法を使わない限りその腕はもう使い物にならない。……そして、そんな時間は与えられる筈もなかった。
分身を召喚、三人のブルーベルが戦闘能力の低下したイエローベルに攻撃を仕掛ける。……そして、動けないネアのことも忘れていない。今度は不死身の効果で治療されないギリギリのダメージを与えようと本体が彼女の真後ろから近付く。
あっという間に不利に追い込まれていた。
……油断はなかった。これもブルーベルが強すぎるせいであった。
ネアは近づいてくる本体を狙って火柱や闇魔法を使って攻撃するが、後ろが見えないためそもそも当たらないか簡単に回避される。
イエローベルは三者三様の攻撃をしてくる分身に向かって横殴りの刃の雨を降らせる。……しかし、怯まない。ついには雨をくぐり抜けた分身が彼女の細身を蹴りで吹っ飛ばす。
その時だった。
「うおりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!!!」
遠くから気合いの入った叫びが聞こえた、と思うと――――分身のうち一つに、大剣が突き刺さった。
完全に想定外な方向からの攻撃に、分身は呆気なく消える。
……その場にいた全員は、乱入者の方向へと目を向ける。
廊下の奥―――そこに、ユノグが立っていた。
【ちょっとあとがき】
実質最終決戦はじまるよー。
「……ふむ、タイミングは完璧か……さて、反撃の時間だな?」
ユノグはふてぶてしく呟き、魔法で大剣を手元に戻す。
再び時間が動き出した。残った分身のうち一人が彼に向けて飛びかかる。
蹴りが炸裂する寸前で剣を立てて防ぐ。……剣が軋むが、それでも防いだ。
本体のブルーベルは一瞬の隙を突かれ火球によって吹き飛ぶ。
そしてイエローベルは、1対1の状況に持ち込んだことで先ほどより動きに違いが見えた。吹き飛ばされた体は悲鳴をあげているが、分身の攻撃を避け、防ぎ、いなしている。
状況は膠着していた。……そして、ブルーベル側は実質一人である。どちらが優位かはほどなくして決まるだろう。
しかし、
「……もういいよね?」
彼女はそう呟いた。すると、……次第に空気が変わる。
青い少女は瞑想する。……その間に、分身が二体とも撃破された。
……瞬間、彼女は目を見開き、
「『身体強化』――――『タイタンパワー』『ソニックスピード』!!」
一気に三段。……彼女がアヤメに放った攻撃よりも強く速い攻撃が、三人に向かって押し寄せる。
見切りなど不可能。
ユノグは横っ飛びで一撃を回避するが、余波でダメージを食らってしまう。
……ネアは避けられる筈もなく、一撃を食らって肉片へと化した。……再生には時間がかかる。
イエローベルは?
「……」
彼女の正面、20cmほど。……息がかかる程の距離に、ブルーベルが現れる。
「…… イエローベル? 一体どうしたの ?」
いつでも一撃を叩き込める位置に来た彼女の顔は、それはもう楽しそうであった。……血に染まり、サディズムを感じられるような表情を浮かべている。
イエローベルはそれを機械のような無機質さで眺めている。
「別に……貴女に恨みがあったから」
「ふぅん…… もしかしてあの子のことかな?」
後ろを振り向く。……しかしアヤメの姿は見えない。
「……どうだっていいでしょ、そんな事は」
「いや ?駄目だよ。 駄目でしょ ?だって、私達は 世界の管理者の部下なんだから」その口調は諭すようだった。
一歩、迫る。
「だからさ。 どっちか選ばせてあげる。 あの子を貴女の手で殺めるか …… それとも、私が今ここで貴女とコズミック様の繋がりを消去して、 貴女を鮫の餌にするか 」
丁度その時、波の音が響いた。
月が瞬く。
【ちょっとあとがき】
【急募】青鈴さんの倒し方
「……じゃあ」
いつでも殺し殺される距離にいるブルーベルへと、イエローベルは指を立てる。
「第三の選択肢……私が貴女を倒す」
直後、拳が彼女の腹部に突き刺さる。
「うん―――― やれるものならやってみてよ」
血が飛び散った。貫かれた場所から……そして、口から。
……しかし、イエローベルは笑っていた。
「(……私の考えが正しかったら……接続は途切れない)」
霞む視界、痛みと出血で薄れゆく意識。
……その中で、彼女は自分の能力に意識を集中させる。
ブルーベルの後ろ、そして自身の後ろに魔法陣を浮かべ――――大剣を飛ばす。……決して避けられることがないように。
「ぐっ、」「がっ……」
貫いた。
……驚き、苦悶に満ちた表情をするブルーベルに、もはや意識を手放しかけているイエローベルは一方的に種明かしをする。
「……コズミック様は、……面倒臭がりなんだ。……いくら、貴女が強くても……すぐには、接続解除は……されない、よ」
3つの物に貫かれた彼女は、程なくして目を閉じた。
ブルーベルは痛みと出血に耐えながら、背中と腹に刺さった剣を抜こうとした。……が、相当長く大きい剣であるらしく、柄が見えなかった。剣身を掴んで強引に抜こうとしたが……それは、気味が悪いほどに手を滑らせる。
やがて彼女も抵抗をやめる。……「 負けたよ 」と呟き、意識を空に委ねた。
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ようやくネアは自分が再生したことを悟る。なぜか服まで再生していた。……胸に悔しさが溢れるが、足が封じられていた以上どうにもならなかったと自分に言い聞かせる。
……そして周囲を見渡すと、何故かイエローベルとブルーベルが串刺しになって倒れていて、ユノグは血を流しながら床に倒れていた。
いつの間にか足が動く。急に静かになった空間を見渡し、しばらくネアは呆然としていた。
「……ユノグ、大丈夫ー?」
倒れているユノグの側にきて声をかける。……すると、うめき声が聞こえてきた。
ひとまず安心したネアは、今度はカルトナを呼ぶ。
…………反応はどこにもない。音もしなかった。
彼女は嫌な予感がして立ち上がる。……すると、向こうの方から黒猫がやってくるのが見えた。
「にゃー」
ネアはそれを見なかった事にしようとした。……が、しかし……どこかその猫に見覚えがあるような気がして、目を留める。
「……これ、あの時の……大聖堂にいた……」
「にゃー」
猫が鳴いた。
すると突然、猫の傍にアクアベルが現れた。
【登場人物の性格を完全に忘れてしまったため閲覧注意です】
アクアベル。ベルシリーズの保護者を自認する者。······彼女がここに出てきた以上、もはやこの蒼の城には戦力はほぼ存在していないことをネアは理解した。鈴を付けている黒猫にも注意を払いながら、ゆっくりと言葉を選ぶ。
「······何しに来たの?」
それを聞いたアクアベルは苦笑する。
「そう言われても返答に困るんだけど······」
そして彼女は辺りを見渡した。······静かだ。倒れているイエローベル、ブルーベル、ユノグ······それ以外に動きはない。
「······まあ、楽にしていいよ。貴女に危害を加えるつもりはないから」
「······」
楽にしていい、とは言われたがどうすればいいのか分からないネアだった。話すことは殆ど無いし、そもそも時間もかなり押してきている。なのですぐに本題に入ることにした。
「······私を管理者の所まで案内して」
「······おやおや」
そう言ってアクアベルは肩を竦めかけて、────やめた。ここで返答を間違えたら双方にとって最悪な結末になる。
「······そっちは?······貴女以外、全員戦闘不能になってる?」
「············」
そう尋ねられると、ネアはしばらく索敵魔法で城を走査する。
······ユノグはいつの間にか意識を失っているようだった。
今居る場所の向こうには生命力が9割程失われたアヤメが座り込んでいる。彼女はもう戦えないだろう。
シスター達は全員倒れていた。しかし死んではいない。
······カルトナは······反応がない。ネアの背筋に冷たいものが走った。
「にゃー」
その時、黒猫がネアに擦り寄ってきた。
「······?」
彼女は一瞬よく分からないという顔をしたが、
眩い光が周囲を包む。
次の瞬間、黒猫は猫耳の少女、ブラックベルの姿になった。そして、
「にゃー。カルトナはシルバーベルが封印したにゃ。······シルバーベルが力尽きるまで、そのまま」と、起こった事を語る。
ネアは思わず空を見上げる。······恐ろしく高い位置に天井が見えた。
ともかく、これで······こちらはネア一人である。
「一人っぽいね。······じゃ、いきますか。······『オープン』」
アクアベルが杖を振る。鈴が揺れ、澄んだ音が響く。
そして────ネアの目の前に、光の道が開かれた。
「さあ、私はこれ以上何もしないよ。······さて、貴女はどんな未来を掴み取るのかな?」
アクアベルは微笑みながら告げる。その目には敵意はなかった。······なら、ネアにもこれ以上ここに留まる理由はない。
そして、光の道に足を踏み入れ────
「······間に合った」
その寸前。
彼女は視界の隅に、ワープ魔法『ゲート』によって穿たれた穴を見つけた。······そこから聞こえてくる声は────
······声と共に『ゲート』から出てきた者は、
「······おまたせ」
既に満身創痍、立つどころか目を開けていることでさえ辛そうなスミレと、
「······はぁ」
慣れていない魔法を行使したからか、自分が行った事の異常さを理解したからか······冷や汗をかいているアリシアだった。
ネアの思考は止まった。
······それでも、思考ではなく身体が動いた。春風のようにスミレの方に駆け寄り、肩を貸す。同時に残り少ない魔力を振り絞り、少しでも病の進行を遅らせようと回復魔法を彼女に掛ける。
「······ありがと······ネア」
スミレの顔色がほんの少しだけ良くなった。······それでも、根本的解決にはならない。······ここでネアは気付く。彼女は、世界の『管理者』との取引でこちらが有利になるように、との想いでここまでやって来たのか······と。
アリシアの方を見る。······彼女は、倒れているユノグの傍に座り込んでいた。どうやら目を覚ますまで付き合うつもりらしい。
······なら。
なら······
「······行こうかー。大丈夫、歩かせないから······」
ネアはスミレに向かって微笑む。
「······いや、自分で歩ける、よ······」
スミレは拒否しようとしたが、既に足が震えている。全身の衰弱が既に相当進んでいるらしい。······ネアはそれを見てため息をつく。······そして、
「よっこいせー」
······軽い掛け声と共に、スミレの身体を抱えて、背負った。
「ふぇっ?」
背負われたスミレはそんな声と共に時を止めた。
「······我慢しててね?なるべく揺らさないようにするからさー」
「いや、そうじゃなくて······って、あれ」
顔を発熱以外の理由で赤くした彼女は辺りを見回すが、気付けばアクアベルやブラックベルは居なくなっていた。自分が来た時にはまだ居たのに────と思うが、······察する。······自分も耐えて、応えなければならない······
スミレは愛しい人の背中で改めて覚悟を決めた。
「いくよ」
ネアは短く言って、光の道に足を踏み入れる。
そして、······光の先へと駆け出していった。背には救いたい者。その事も気にしながら、彼女は自身に何度も身体強化を掛けてゆく。
色々な要素が絡み合い、ネアに背負われていた間の時間の記憶がほとんどないスミレだったが、······開けた空間に出た時、我を取り戻した。
······開けた空間────そこには、誰かが居た。
高い背、それでも床に着くほどの長い黒髪の端の部分が、まるで星空のような紫色。
立ち振る舞いは気だるげだが······それでも圧倒的な存在感を醸し出している。スミレとネアは同時に結論付けた。······この人が、『世界』の管理者、コズミック······その人だ、と。
不意にコズミックが二人の方を向く。それはそれは、振り向くタイミングを伺っていたかのような雰囲気で。
「ふぅん?来れたのか······これは驚きだなぁ」
そして、その端正な顔に微笑みを浮かべた。その笑みには、驚いたという感じは全くなかった。······純粋な興味がそこにはあった。
「蒼の城からここまでは徒歩で数日かかる······まあ、アクアベルが近道を作ってたとしても、三日はかかるだろう······そういう場所なんだけどなぁ······ここ」
そう言って、コズミックは困ったように笑った。
「······私達から貴女に求めたい事は、たった一つだけです」
言葉を発することさえ辛そうなスミレの意志を念話魔法で受け取り、ネアはコズミックを見つめる。
「······一応聞こうか?」
「スミレに不死性を返してください」
簡潔明瞭にして、至上の願い。
······だったが、コズミックは拍子抜けしたようだった。
「···軽いなぁ······簒奪とかじゃないのね。······························でも、無理だなぁ」
「············」
ネアは身構えた。戦いになると不利は確定している。······『神殺し』を使っても、当たらなければ意味は無い。······だから慎重に、言葉を選ぶ。
「もし仮に、返しても良いとしたら······どういう条件の時ですか?」
「ふぅん?」
相手は僅かに考える。······と言うより、もはや余興のようであったが────やがて答えは出た。管理者にしか分からないだろう、答えが。
「まず不死はね、単純に魂の量が多いんだ。あたしでも管理出来るのは数個······これはあたしの性格もあるけれど。だから、······出来るとしたら、ネア······君が死なないと」
微笑みながらえげつないことを言うな、と相対峙するネアは思う。······念話魔法で繋がるスミレからは、死なないでと全力の想いが流れてきている。
······活路を探す。今まで見てきたものの中から────引っかかったものを。
見つけた。
「······ベルシリーズ······彼女らも不死身ですけど、あれは一体?」
それを聞いたコズミックは苦笑いする。
「ああ、あれは私と魂を共有しているんだ。まあ、共有と言っても、魂を分けていると言う方が────」一文目······それだけ聞いたネアは、
「なら」
「んん?」
「私の不死身の魂を······スミレと共有する、というのは?」
「······························」
コズミックは完全に黙ってしまった。······彼女でも反論を見つけるのはかなり厳しい······つまるところ、それは盲点だった。
「なるほど······それなら······」
数分の沈黙の後、彼女は首肯した。
「······でも、それにはかなりの覚悟がいる。あたし達みたいに、部下と上司の関係ならまだしも······そっちは、伴侶としてでしょ?」
······つまり、対等な二人の間で魂を共有するということは、その永い年月を共に過ごすという覚悟がある必要だ、ということらしい。
だが、その言葉は、ネア(そしてスミレ)の頷きを誘っただけだった。
「······決意は固いみたいだなぁ。はぁ、面倒臭い············あ、そうだ」
コズミックは何かを操作している途中、ふと手を止める。
「もし仮に、あたしがスミレの病を癒さなかったら······ネア、君はどうするのかな?」
「撃ちます」
返答に秒もかからなかった。顔を青くしたコズミックは即座に作業に取り掛かる。
変化は直ぐに現れた。
ネアの背中でもはや石のようになっていたスミレの身体が、少しずつ柔らかさを取り戻してゆく。熱は次第に冷め、程よい体温にまで低下する。低下は再生となり、柔化は復活となる。
失われかけていた命が、再び戻ってくる。······それは、もう二度と手放せられないものであろう。
スミレは、自身の思考が完全にクリアになっていることを実感して思わず震える。······本当にどうにかなった、と歓喜と呆然が入り交じった呟きを発する。
······しかし、それも一瞬だった。
ネアの背中から舞い降りる、天使。死にかけの少女は生を得て天使のようになったのだった。
「······うん。完璧」
コズミックはそれを見て頷いた。そして、
「とは言ったものの、魂の同化はまだ済ませていない。なら······どうせなら、然る場所でやりたいと思わない?」
二人は後半の言葉の意味が分からずに首を傾げた。
「分からないかぁ」コズミックは苦笑する。
······しかし、その目に宿る光は、まるで子を見る親のようだった。
「結婚式、挙げちゃいなよ。そこであたしに誓ってもらう。······生涯────永遠の生涯を共に過ごすことを誓います······ってね。」
【貴女に沈丁花を
S2最終話まであと 2話】
そこから先の展開は速かった。
蒼の城に戻り、コズミックが手を叩く。それだけで、今まで起こったことが全て無かったように、元に戻っていく。
少女たちに刻まれた無数の傷も、崩されたり穴を空けられたりした城の構造も。
気づけばベルシリーズの全員が、今まで戦ってきた者たちが大広間に集結していた。······彼女らは起き上がると、呆然としたり、歩き回ったり、何やら話をしたりと思い思いの行動をしている。とはいえそれも仕方ないだろう。いくら主たるコズミックが居るとはいえ、今まで戦ってきた相手もその近くに集結しているのだから。
そしてその相手も半ば呆然としていたが────封印が解けたカルトナがネアの方に近寄る。
「······その様子だと、成功したみたいだな」微笑を向けて弟子を称える。
「師匠······」ネアも彼の方を振り返るが、「あの、『神殺し』使わなかったんですけどー·····」
折角教わったのに何たることだ、と言う意味で、半ば嘆きつつ報告をする。······しかし、
「いや。言っただろ、痛めつけてこいと。つまりは使うに越したことはないということだ、よくやったな」
聞いたネアはさらに、コズミックには何のダメージも与えてないということを言おうとしたが、······やめた。あまりにも無益である。
カルトナが引き下がり、次に目が合ったのはユノグだった。傍にはアリシアが居る。
「······お疲れさん。まぁ、何とかなったみたいだな。私はついていけなかったよ」
「······ユノグ。それは言っちゃいけないよ────生きてるんだから」
そのネアの言葉を聞いた彼は目を瞬かせる。そして、
「はは、そうだな······ま、これからは平穏な余生を過ごすことにするさ────」「私と一緒に、ですよ」
語尾にアリシアの言葉が重なる。
いたたまれなくなったネアはそこから離れることにした。
次に会ったのはシスター達であった。
彼女らは未だに恍惚とした表情を浮かべていた。ネアが訳を尋ねてみると、
「リリー様の御加護のおかげですよ」
とよく分からない返答が返ってきた。······しかし、何かに納得する。ある程度の超常現象には慣れている。······それに、『これ』なら大歓迎である。
アヤメはイエローベルと一緒にいた。戦いの後、間違いなく一番幸せなのは彼女らであろう。具体的には言えないが、その距離感が全てを物語っていた。
「姐さん、お疲れ様です」
アヤメの声にネアは微妙な顔をする。
「······どうでもいいけど、距離感近くないー?」
「本当にどうでもいいですね······ほら、スミレ姐さんが待ってますよ。早めに行ってあげてくださいね」
その声が消えた時、ネアは後ろを振り向く。······大広間の中央部······そこにスミレが立っていた。
彼女はネアを認めて駆け寄ってくる。その足取りは、まるで夜明けの春風のようだった。
気づけば、外は白み始めていた。
「······とは言ったものの、やっぱり面倒だねぇ!」
そうコズミックは愚痴るものの、言った以上もはや逃げることは出来ない。
実の所彼女はまだ悩んでいた。······最大限に譲歩されたのはわかる。それでも、無限の命────それにより少しずつ肥大を続ける魂は、いつかこの星の許容範囲を超えてしまうだろう。
ため息をつく。
「······おや、随分と陰気だな······管理者さんよ」
気づけば後ろにカルトナが立っていた。······彼こそこの事態の仕掛け人と言っても過言ではない。
ネアに神殺しを教え、そして自らも蒼の城に乗り込みこちらに多大な被害を与えた男。
「まあそんな顔をするな。別にいいだろ······今すぐどうこうとかいう事じゃないし」
それを聞いたコズミックは思わずキレそうになった。
「あぁ?管理者以外の人に······神ならぬ者にどうしてあたしの苦しみが理解できるって?」
「ははは、すまん。······そら、出番だぞ。投げてこい、誓いの言葉を」
カルトナの笑いを見て、もう一度彼女は深めのため息をついた。······そして、花園をかき分けながら、中央へと進み出ていく。
────────────────────────
スミレとネア。
二人はいつもと変わらない服装で、二人で語り合っていた。
「ネア、私思ったんだけどさ、」
「なにー?」
「結婚しても、私達の毎日に変化って······多分ないよね」
「だねー。···まぁ、それでも······意味はあると思うよ」
そうネアが強く言った直後、「ほい、二人ともいいかな?」とコズミックが出てきた。
「誓いの言葉を······いっていきましょうか!それと同時に魂の共有を始めるよ。準備できてる?」
返答は簡潔をきわめた······「「もちろん」」。
『貴女二人は、お互いを妻とし······病める時も健やかなる時も、喜びの時も悲しみの時も、最後まで愛と忠実を尽くすことを────ここにおわす神と出席者の前で誓いますか?』
コトミはそう言葉を紡ぐ。
「「誓います」」との返答があった直後、その隣に居たコズミックが二人に向けて手をかざす。
白に染まった、表現のしようも無いものが二人の胸から出てくる。
······そして、コズミックの手に包まれて、一つ盛大な光を発したかと思うと、
「······それでは、永遠を······改めて」
────二つに分裂して、お互いの胸の中へと入っていった。
こうして二人は幸せになった。
ようやく、······ようやくである。
集まった少ない者から祝福されて、同じようで少しだけ特別な日々······その一歩目を踏み出す。
その結末を私たちが見る日は恐らく来ないであろう。それでも、魂には刻んで欲しい。
未来のために。
【ちょっとあとがき】
······はぁ。エピローグに続きます。S2あとがきはその後です。疲れました。
蒼の城。
「······よし。これから200年くらいはこのまま下げておくことにするよ」
アクアベルが杖で床を叩きながら言う。
偶然その近くにたくさんの少女達が集まっている所だったので言おうと思ったらしい。
当然それに対して疑問が殺到する。···それに対する返答は、
「まず第一に、この時代結構良いでしょ。ね、イエローベル?」
彼女は唐突に黄色の少女へと話を振った。
話を振られた方の少女はその意味を瞬時に理解して顔を赤らめつつ、
「······うん、そうだね。私たちみたいに変な格好してても何も無いっていうのは···結構やりやすいかな」
「うん。二つ目は······まだ終わっていないことがある」
先程とは打って変わって、アクアベルは真剣な顔をする。それを見た周囲の少女は聞き漏らすまいと耳を傾ける。
「魔王カースモルグっていたでしょ。そいつの子供が魔王だったんだ」淡々と喋るその声は不思議な響きを以て耳に入ってゆく。
「······って、···おかしくない?魔王って少なくとも周期は聖女の二倍だったはず···」
誰かが言った。
「うん、その通り。······その通りだったんだけど······」
「変異でも起きたのかにゃ···?」
壁に寄りかかっていたブラックベルが核心を突く。
「そう。それも、結構ヤバい方の変異なんだ。······ありえないんだよ、二世代連続で魔王が出ることなんて」
周囲は完全に押し黙ってしまった。────当然だ、下手したら世界滅亡のピンチなのだから。
「まあ、多分あと100年は大丈夫。封印してブルーベルに見張りをさせてるから。封印が解けてもブルーベルなら鎮圧できる」
「100年を過ぎたら?」
「それは後で考える。···まあ、ともかく。私たちは······あれを守るために居るんだよ。さあ、イエローベル、時間取ってごめん。行っていいよ」
「平和だねー」
「そうだね······ネア、これで良かったの?」
スミレの抽象的な問いかけにネアは片目を閉じる。
「スミレとの日々に勝るもの無し、ってね。······愛してるよ」
そう言って彼女はスミレの頬にキスを落とした。
「······っ、」
まだ慣れないらしく、明確に顔を赤くするスミレだった。
外で素振りをしていたアヤメのもとにイエローベルがやってくる。それを見たアヤメは素振りの手を止めて目を輝かせた。
「イエローベルさん!」
そのままの勢いで飛びつく。
「っとと······うん、来たよ」
辛うじて受け止めて微笑むイエローベルの体を離し、「何します?」と尋ねる。
「アヤメといっしょにいる」
「···ふむ、お前らは式を挙げないで良かったのか?シスター・コトミとかすごいやる気だったんだが」
カルトナの苦笑にユノグも苦笑を返す。
「別にいいだろ。王は式を挙げなければならないとかいう法律はない」
「···はい。それに式なんかなくても······私はずっと愛せます」
アリシアの目付きが本当だったのでカルトナとしては引き下がるしかない。
呆れのため息をつきつつも、彼の口許は緩んでいた。
······さて。
ハッピーエンド、と言ったところかな?
では────
貴女に沈丁花を、
シーズン2、
おしまい。
【シーズン2あとがき】
まずは謝辞を。
この小説を見てくださっている方々、本当にありがとうございます。あなた方のおかげで水色は生きています。これからもできることなら沈丁花をよろしくお願いします。
思えばS2は本当に思いつきで始まりました。前にこの小説のテーマを聞かれた事があるのですが、僕は何も答えられませんでした。強いて言うなら『戦闘、たまに百合』ですかね。
多分こういうのに詳しい人が見るともっと色々言ってくれると思うのですが、そこまで凄い人はこのような小説を読むことはないと思いますのでこの話題はここまでにします。
······さて、次はいよいよシーズン3です。シーズン1のあとがきではこれが最後と言いましたが、唐突に構想が浮かんできたためもうひとつ伸ばす運びとなりました。
正直大風呂敷を広げすぎた観はありますが、どうにかしたいと思います。
それでは、みんなの益々の幸せを願って!
しばらく後のS3をお待ちください!
光があれば闇もある。······その例に漏れず、王国の地下には大きな牢屋があるという噂である。······あくまで噂だ、誰もそれを知る者は居ない。······そう、そこは王国の中で最も重い刑罰、終身刑に処された者のみが入る暗黒の場所である。
1000年以上昔に造られたと言われているそれは、今までの王国の闇を種族問わず全てそこに内包して、世間から隔離してきた。大量殺人、国王に対する謀反未遂、違法薬物の闇取引······
その中で、一人、計略を巡らせる者がいた。種族は魔人族······と言ってもまだ年齢は20代に届くかどうかである。一体何をしたのだろうか、彼はこれから寿命が尽きるまで────最低でも300年以上生き続けなければならないのだ。石の壁、所々にランプが置かれているとはいえ、ようやく手元が見えるくらいの薄暗さである。この暗さでは誰でも摩滅する······そんな場所で。そんな場所を逃れ得ようと、彼はまだ若い頭を働かせているのだ。······ただし、やろうとしていることは若さ故の希望ではなく、世間から見ると絶望寄りの行為だろう。
「······仲間、集めないとか······」
彼はそう呟くとおもむろに鉄格子に触れた。······直後、それが······細く、だが確固とした武器に······細剣になった。
彼はその鉄格子だったもの────細剣の持ち手を掴む。それは簡単に抜けて······鉄格子が二つ、脱落した。
看守が慌てて駆けつけた時、既にその魔人の姿はなかった。······またそれと前後して、数名の罪人が謎の失踪を遂げたのだった。
【説明】
魔人族・・・小人族を寿命と魔力以外の面で真人族に寄せたような種族。
【ちょっとあとがき】
オフシーズン。S3に向けての準備とか日常とか。
某日、王国城下町、大聖堂。その日のそこはやけに人で賑わっていた。
普段なら荘厳な沈黙が支配するその空間は、一種の熱気で満ちていた。······何があるのかと言うと、本日は······
「さて────皆様。近日中などとは言いましたが、ここまで伸びてしまった事······お詫び申し上げます」
初老のシスターが群衆の前に進み出て一礼する。それだけで賑わいは消滅した。······後に残るのは、張り詰めた緊張の空気である。
「本日は勇者の遺品にお祈りを捧げます。本来であれば身体を用いるのですが······神の意思ゆえ。······では、シスター・コトミ。シスター・アリサ。モンク・ライツ。モンク・スティン。四つの武具を、ここに」
「「「「はい、ネム枢機卿様。ここに、捧げます」」」」
ネムという初老のシスター······枢機卿の前に、コトミを含めた四人の聖職者が進み出た。その手には剣、長杖、ダガー、盾。5つ目の杖はない。持ち主は······
「············」
その様子を、無言で見守っていた。
とあるシスターが水で満たされた盥を運んできた。一つの動揺もないそれは、まるで鏡のように見える。ネムはその鏡面を眺めて、······そして、いつの間にかその近くに居た老人へと目を向ける。
「教皇様」
教皇と呼ばれた聖職者。その姿は一見他の者と変わらないように見える。······実際その通りである。その通りであるのだが······その場に居た全員は、息が詰まる思いがした。実際何人かは自分でも知らないうちにひれ伏していた。······神聖、ここに極まれり────等と言っている場合ではない。
教皇は無言で剣を取り上げ、一礼······そして、それを水が満ちた盥へと静かに入れる。
波は立たなかった。······その代わり、剣も消えていた。······まるで呑み込まれたかのようだった。······そして、それを確認した教皇は、同じような手順で長杖、ダガー、盾と、それぞれ水の中へ落とし込んだ。
彼が一歩下がる、······次の瞬間、盥から水柱が上がった。────渦巻きながら、大聖堂の天井へと······届く。そしてそれは4つに分かれて、最初に武具を持ってきた四人の元へと殺到した。
直後、眩いばかりの光が周囲を席巻した。
────全員が目を開いた時、四人はそれぞれ宝玉を掲げていた。······これにて祈りは完遂された。
その様子を見守っていた群衆は緊張の糸を解き、ただ、天に捧げられた勇者たちの為に祈った。
「······ふぅ······終わった······終わったんだ、なー」
群衆の中に混じってスミレ、ネア、アヤメの三人もいた。ただし今回は誰も気づかれなかったようである。
「皆······これで、いなくなったんだ······」
「······お父さん、お母さん······もう一回くらい、呼んで起きたかった······」
想いはどうであれ······これで、一つの区切りとなったことは紛れもない事実であった。
王国の裏山。そこに名前は付けられていない。別段珍しい物もない。······そして、入れもしない。王妃にして、結界魔法の第一人者でもあるアリシア自ら張った結界が、そこへの万物の侵入を拒んでいた。
······今や要塞の様相を呈しつつあるその場所に、二人の少女がやってくる。青と銀······ブルーベルとシルバーベルだった。
「······ ちょっと空けたけど 大丈夫かな」
「まあまあ。私がいるよ。······じゃ」
そう言ってシルバーベルは銀でできた拳銃のようなものを懐から取り出した。当然王国の技術力ではまだ作られていないものである。能力と、世界の管理者の部下である以上、銀で作れる物であれば何でも出来るのだが······ほんの少しだけ違和感を感じる二人であった。
それはともかくとして、彼女は拳銃を結界に向けて······一発、撃つ。
銀の弾丸が放たれた。
この世界でも銀は吸血鬼に効くものとして有名であるが、シルバーベルの場合······それは魔力を封じるものとなり得る。弾丸は結界を貫いた。······そしてそこを中心として、半径1メートルほどの部分に穴が空いた。
「ありがと。 ······じゃ、行ってきます」
「ほーい」
そしてそこに入るや否や、入口だった穴が完全に閉じた。······ブルーベルは試しに結界を蹴ってみる。
ずがぁん、という盛大な音と共に衝撃波が発生した。······周囲の木が簡単に薙ぎ倒されていく。······しかし結界には傷一つついていなかった。
「······ここまでいくと もはや怖いかも」
そう呟きつつも、彼女は背を向けて歩き出す。向かっているのは、『魔王』の封印場所である。緩い勾配をひたすら登っていく。魔王はおおよそ中央に封印されているが、ブルーベルの足でもかなりかかる距離である。
そして数分。彼女は紫色をした等身のガラス玉のようなものを木立の向こうに見出した。近づくと、封印されている魔王だということが分かった。
······どう見ても少年にしか見えないのだが······ブルーベルは覚えている。封印されるまでの間、邪悪な魔力がこの少年から発せられていた事を。
······退屈だ、と彼女は空を見上げた。そこには青空の影もなかった。
王国某所。そこでは広大な王国の土地々々を担っている貴族達が一同に会していた。……憲法によって定められた貴族会議。参加者の数は500人を超える。もちろん半円形の座席の正面側にユノグが座り、貴族からの質問を受けたりしている。権力があるとは言えども所詮は立憲君主制、どんな無能の意見も一応耳に入れる必要があるのだ。
これだったらいっそ貴族を整理してやろうか、とユノグは考える。流行り病が王国に蔓延したのも元はと言えば『流行り病など大したことではない』などと唱える一部貴族のせいだったのだ。
「……して、こちらから提案することは以上だ。だいぶ譲歩はした……受け入れぬとは言わせぬぞ」
「アホかお前ら……」
かなり苦々しい顔で貴族の代表が提案を締めくくる。それを見てユノグは頭を抱えた。……到底とまではいかないが、容認できる提案ではない。貴族の財力から見ても余裕はかなりあるのだ。……それを無視して私腹を肥やそうとするのは、彼の父が遺した数少ない負の遺産だろう。
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その後なんとか説得し、渋々ではあるがユノグの意見が通された。……一部、彼の目から見ても悪くない提案があったのだが、それを採用すると手が回らなくなる恐れがあったためまとめて却下した。
「大臣を選任せよ、」との声もある。至極その通りだった。……ただ、探し回ってもそのような地位に容れるに値する人物はなかなか現れない。
いっそもう……と執務室に戻った彼はとある人の姿を思い浮かべるが、頭を振ってその考えを追い出す。
ゆっくりと、非常に緩慢に……だが確実に、滅びの予兆は鮮明な物となりつつある。ユノグはゆっくりとため息をついた。……その横顔を、たった今紅茶を運んできたアリシアが不安そうに見つめる。
夕暮れの近い城下町。……そこに灯りが灯される。次第に増えていくそれが、今日はいつにも増して暗く見えた。
「魔法を教えてください」
ある日のこと。縁側で日向ぼっこしていたネアの正面に立ち、アヤメは教えを乞う。……乞われた方のネアは溶けかけていた表情を慌てて引き締めて、
「……それは……どうしてー?」
そう尋ねた。そしてその返答はこうである。
「いざというときのために……もっと強くなりたいんです」
魔法という得意分野で、本来ネアは嬉々として教えるべきだったが、どうもその内心は複雑なようである。……まぁつまり、アヤメがどこか遠いところに行ってしまうような――――スミレの次に重要な人が居なくなる――――そんな感覚を覚えていたのだ。
しかしまあ、その感覚は分からなくもない。ネアの場合は料理だったが、アヤメの場合は戦闘というだけのことである。
ちょっとだけ考えた末、彼女は頷いた。
魔法の基礎となる知識についてはアヤメが幼い時から叩き込んでいる。そのため、今回は使える魔法を増やしたり、効果を調整する目的のようだった。なかなか地味な作業である。……しかし、ネアが眺めていると……なんと、アヤメの持つ刀に炎魔法が付与されたことに気付く。しかも本人は気付いていない。
後からやって来たスミレもその様子を視認した。
「アヤメー。ちょっとその刀、魔力をちょっとずつ通わせながら振ってみて」
「……こう、ですか?」
ネアの言葉通りに刀を振る。……刀の軌跡に一瞬だけ遅れて、炎の筋がその後を追った。
アヤメは驚く驚かないの騒ぎではない。つい数分前までは炎魔法の練習をしていたのだが……こうして刀にいくつかの魔法を宿らせる実験が始まってしまった。
丁度用事があったらしく、イエローベルまでもがその様子を見ていた。ついてきたグリーンベルも同様である。……そんな彼女らは遠くでこんなことを喋った。
「……ねえイエローベル、あれ作ったのイエローベルだよね?何したの?」
「……まだこの世界では発見されてない鉱石を地下深層から採ってきただけ。……まさか魔力をよく通すなんて、思いもよらなかったけど」
そして彼女はアヤメの方を眩しそうに眺めた。どうやら、成長はどこまでも続くようだった。
本日のスミレとネア(そしてアヤメ)はお出かけ中である。と言ってもお出かけ先は王国、それも大体は市場ぐらいしかない。······まあ、市場は買い物デートするには絶好の場所ではあるのだ。
その中で、市場へお忍びで────側近の話を聞くといつもの事らしい────視察に訪れていたユノグと偶然鉢合わせた。デジャヴを感じつつも三人は十数年前に訪れた店にやってくる。
「この辺も結構変わったね······」
「·····んー、そのセリフ、結構効くねー······」
「······ははは。まあ変わらないものなどないさ」
「························」
スミレが黙り込んでしまった。それを見て、やってしまったかと思ったネアは無理やり話題を変えることにする。
「······ところで。ユノグさ、最近何かあったー?顔つきが変わったようなー」
「老けたって言いたいのか?まあそうだろうな、昔からネア姉はのんびりと毒を吐く」
「いやそうじゃなくて」
「······?」
そこで少し黙っていたスミレも何かに気付いたらしく、「······もしかして」と口を開いた。······アヤメだけが気付かない。まあ、これは······二人の人生経験が為せる物だろう。
「「······アリシアさん······おめでた」ですか?」
息ピッタリだった。
それを受けたユノグは意味ありげな微笑を顔に貼り付けつつ、
「······ははは。まあ、······シスター・コトミの言い分なら······ってとこだ。······それよりも······良く気づいたな?」
その場にいた女子三人は一瞬歓喜に包まれそうになった。······しかし今回は前のようにユノグもやらかしていないのですぐに沈静化する。
「まあねー······なんか、『父親』みたいな雰囲気が漂ってるよー」
「分かるもんなのか、それ······?」
彼の問いにスミレは首肯を返した。
······ユノグの懐を痛めるのもほどほどに。三人はその後表現しがたい感情に包まれて家路についたのであった。
【おしらせ】
_人人人人人人人人人人人人人_
> 小説家になろう様へ掲載 <
 ̄Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y ̄
https://ncode.syosetu.com/n3562hd/
※だいぶリメイクしてます。あとここの投稿をやめる訳ではありません。
「…………………………ひま」
ブルーベルは薄紫の天井を見つめて無気力な呟きを漏らした。
暇というのは地味だが、人――――いや、すべての命あるものにとって、実はかなりの難敵である。流石に暇が原因で憤死したという話は聞かないが、何もすることがないという状況はもどかしさを育てるには十分である。
そしてブルーベルほどの者でもその難敵を倒す術はなかなかない。ましてや、今のように完全に外界から隔絶された空間の中とあっては。
「……これも あの子たちの おかげなのかな」
ブルーベルは前まではあらゆる任務を無感情でこなす少女だった。無感情、つまりは感情がほぼないので、体内時計、つまり時間感覚が壊れていた。そう、いつぞやかの誰かのように。
しかし……最近になって、どうもそれが元通りになりつつあることを否定できない。これは実際由々しき事態であった。理由は前述の通り暇が増えるからである。
彼女としてはもっと仲間を派遣してほしいところである。想い人は絶対不可能だからともかくとして、あまり当たり障りのないメンバーを。グリーンベルとか。
……と、そんなことを考えていると、外側から叩く音。……そのパターンから仲間ではないことを察知した彼女は、緊急時権限を用いて結界の外側にワープする。……そこにはいかにも悪ガキですという風貌の少年がやはり結界を叩いていた。
ブルーベルはそれを視認して、威力を全力で抑えた攻撃を放つ。
……少年が紙切れのように吹き飛んだ。
「……アクアベル」
そのまま空に手を掲げるようにして、報告する。
「認識阻害フィルターを 、もう一段強くして」
返答はすぐだった。
『わかったよ。……やっぱり『漏れてる』感じかな?』
「多分 。あとは…… 何人か派遣してほしい かな」
『はーい。でも少し待ってて』
……と、そのような会話を10分程度。今のブルーベルにはそれだけでもありがたかった。
『……それじゃあまたね。……何かあったらまた連絡するように』
アクアベルはそれだけ言い残して通信を切った。
ブルーベルが結界の中に戻ると、それだけで中に溜まっていた禍々しい魔力が霧散する。……それを今の今まで産み出していたのは、明らかに封印対象しかいない。
彼女はゆるりとため息をつく。
「……………ひま」
リーベライヒ。
その魔人族の若者が逮捕された回数は20を下らないと言われている。······その容疑の殆どは武器の密売であった。
彼が持つ、魔法とは少し違った能力は『触れたものを武器へと変換する』というものである。これにより彼はいとも容易く金を稼ぎ、犯罪を犯すことができた。······そして牢屋に入れられた後も、主には鉄格子を細剣に変換し、幾度となく、しかも容易に脱走してのけた。
そんな彼はついに王国の地下牢······永遠に出ることは許されないという絶望の牢屋に収容される。······しかし、彼はそこすらも脱走した。しかも二度も。
一度目は単独で脱走したため、地上に出てからおよそ3時間で確保された。······しかし二度目は、自分一人ではなく、他の凶悪な犯罪者達も共に脱走させたのだ。
そして、脱走から一ヶ月近く経つ今も、目撃されたという情報はどこにもない。
「ちょっろ······」
そして、闇に紛れる路地裏。そこには人相が悪い者が何人かたむろしていた。······その中にはリーベライヒの姿もある。
「なるほど······前のは下見というわけか。よくやったな······若造もたまにはやるじゃないか」
「······くれぐれも油断はするなよ。見付かって捕まったら元も子もない。······この中で念話魔法使えない奴居たら手を挙げろ」
その声を聞いて、手を挙げた者は一人もいない。凶悪犯罪者は高位の魔法使いであることが多い────というか、使える魔法の幅が広くないと凶悪犯罪は起こせない。まるでそれを象徴したかのような結果だった。
「······よし。全員俺を中心として繋ぐんだ······いいか?主導したのは俺だ。よって俺が指揮を執る」
リーベライヒは静かに言った。その手には細剣が握られている。
······周囲の犯罪者達は彼に従った。細剣が怖いからでは無い。どちらかと言うと、彼の手によって文字通り武器にされる方が怖いので従うのであった。
「······よし。最初の命令だ。全員王国中をくまなく探せ。使えそうなものがあったら何でもいいから報告しろ。見つかった場合はこの集団のことは一言も話すなよ······そうなったら俺が直々に出向いて『使って』やるから」
闇が、動き出す。
ドラム公爵領。
世にも珍しい「当主の名前がついている」公爵家が支配する、王国北側の大地である。
王都の人間は滅多に訪れることのない土地だが、シスター・コトミはその場所へと足を踏み入れた。彼女も王都の人間なので自主的ではない。もはや彼女唯一の直属の上司と言っても過言ではない、枢機卿ネムからの指示であった。
というのも、ここには先の儀式に参加したシスター、アリサがいる教会が存在しているのだ。儀式が終わった後、数日は本物の宝玉が大聖堂に置かれるが、そこから先は二つを除いてレプリカになる。そして、本物は地方の教会に送られる――――これが決まりであった。
神聖な宝玉を運んでいるためワープ系の魔法を使うのは禁止されている。一応付き人としてシスターのクリスもいるのだが、最近歳を感じるコトミにとってはなかなか大変な旅となった。
さて、コトミの苦難ばかり語っていてもつまらないだろう。
ここからは公爵家の話をしよう。
先ほど「当主の名前がついている」と書いたが、実のところこの表現は正しくない。矛盾しているのだ。……正確に言えば、『当主自体が「家」である』。
その当主こそ、ドラム・ドラゴンである。龍人族――――戦闘能力では随一の種族――――であり、ここの人口比のうち龍人族は30%を占めている。王国に存在する種族は20を超えていること、また人口比は真人族が75%を超えていることを考えるとなかなかの数字である。
……それだけならまだ普通だ。ドラムが特別な理由――――それは、そこに混じったもうひとつの「血」にある。
単刀直入に言おう、彼は『吸血鬼』だ。大方飢えた吸血鬼にでも襲われたのだろう(無理もない。龍人族の血を吸えば並の吸血鬼は1ヶ月何も食べなくても生きていけるのだ)、今でも首筋にはその時の傷痕が残っている。
……吸血鬼の特性の一つとして、直接吸血した対象を吸血鬼にしてしまうというものがある。それが嫌な者のために王国では「献血」というシステムを導入しているのだが、その話は置いておこう。
ドラムから血を吸った吸血鬼は見事なまでの返り討ちに遭った。即死である。吸血鬼は不死性からくるゴキブリのような生命力をその身に宿している、のにも関わらずである。……さあ、その特性は今や彼のものとなった。吸血鬼を瞬殺できるほどの力と不死性が交わる時――――生まれた場所が違えば、英雄、または怪物と呼ばれていたであろう生命が爆誕した。
そんな彼の生きてきた年月は王国の歴史よりも古いと噂されている――――超然的な彼の性格と相まって。
さて、コトミはそんな領主の治める土地へとやって来た。と言っても今回領主に用があるという訳ではなく、教会である。
領主館の横を通り抜け、石畳の上を歩く。だいぶ足元が楽になった。
「……クリス、大丈夫ですか?休憩しましょうか?」
「私はまだ平気です。……が――――あれ、気になりません?」
クリスが指差した先を目で追うと、そこには酒場……いや、食堂があった。
「……せめて用事が終わってからにしましょう。全く、神様が寛容で本当によかったですね」
コトミは表面上そう言った。……しかし彼女も疲労で空腹になっていたので、その提案が有り難かった。
クリスはわずかに微笑みつつ、彼女の隣にいる人を見上げた。
歩くこと数分。教会へと二人は到着する。……慌てて奥の部屋に通された。どうやら向こうはもっと大規模に来ると思っていたらしく、多少遅れるだろうと見当をつけていたらしい。
シスター・アリサはしばらくしたら来るとのことだった。待たされることになった二人は会話を始める。
「ところでコトミさん。あの人達についてなのですが……」
「……スミレさんたちですか?」
「流石ご明察です。少々小耳に挟んだのですが、なにやらアルファ枢機卿が彼女らを崇拝対象にするべく教皇に働きかけているそうですよ」
それを聞くなりコトミは腕を組んだ。
「……それ、当人達からしたら迷惑なのでは?」
「ですよね。コズミック様――――神様は別として、あの方々はまだ生きてます」
「別に生死が崇拝に関係する訳ではありませんが……それでも道行く人々が全員、突然ひざまずくと考えたら不気味なものがあるでしょうね……」
どうしましょうか、と顎に手を添える。
スミレとネア、アヤメとイエローベル。彼女らは全員デートで王都にやってくることがある。そんな中崇拝されたらやりづらい筈だ。
「……クリス、もう少し情報を集められませんか?何とかしてみましょう。最悪の場合、私が直接あの人たちのところに行って説明しなければなりません」
「はい」
こくり、とクリスは若々しい顔を縦に振った。
「(……それにしても、デート、ですか……)」
コトミは心の中で呟く。少し前に、教皇になったら恋愛関係の戒律を改めようと誓った。……その目標まで、近いようで遠い。達成する頃には自分ももはやデートとか言っていられる年齢ではなくなっているだろう。……聖職者、という身分上仕方のないことだということは理解している……が、どうしても彼女は諦められない。
……すると、その思考を知ってか知らずかクリスが突然爆弾を投下してきた。
「早めに終わったらデートと洒落込みません?」
「はい?」
コトミの目が点になった。
「いや、流石にこのままじゃ寂しいので」
「そうですか……そうですよね」
「あれ?まさか期待してました……?」
クリスが少しずつ暴走する。
「い、いえ、そんなのでは……というか、もう私は……」
「それでも、……って言ったら?」
……と、そこまで進んだ時。少しだけ開いた扉から、一人のシスターが顔を出した。
「…お待たせしました」
……扉から、顔だけ出してシスターが言った。……彼女こそ、シスター・アリサ――――先日の儀式に参加した四人のうちの一人である。
彼女の外見的特徴を言葉で具体的に表現するのは難しい。……簡単に言えば、「虚弱そうな」出で立ちとでも言った方がわかりやすいだろうか。……とは言っても、神経質そうな雰囲気ではなく、どちらかというと可愛い部類には入りそうである。
コトミとクリスはあわててそちらに向き直る。
「……こんにちは」
挨拶。何気ない一言だが、「気にしてないですよ」という意味が言下に含まれているのだ。アリサの方もそれを理解した上ですぐに本来の用件の方へと話を進めていく。
「……ええと、本日はお越しいただきありがとうございます。本来であれば私自らドラム公爵領の案内をしたかったのですが……そのような場合ではありませんね」
こちらにどうぞ、と彼女は扉の向こうへと姿を消した。
残された二人も立ち上がり、その後に続く。
教会の廊下は長い。コトミとクリスは体が弱いアリサにすぐに追い付いた。……しかし、抜かしたり並ぶようなことはしない。……宗教の教えがその体に染み付いていた。
やがて奧の部屋に到着する。……コトミは肩から下げた鞄より、綿で包まれた物を取り出す。……そう、それこそが宝玉だった。
包みを解いてゆくと、次第に灰色の輝きが綿の隙間から漏れ出す。……灰色の「輝き」。変な表現だが、改めてそれを目にした彼女からでも、その表現以外に適当なものが見当たらなかった。
アリサに案内された先、奥の部屋のさらに奥。そこには台座が置かれていた。……それは質素だったが――――そのことが逆に、この宝玉には相応しく思える。
落とさないように、慎重に、台座に載せる。コトミはその時間こそまさに今までに生きてきた生の半分を象徴するかのような錯覚を覚えた。
アリサが何かを唱えている。入り口の方まで下がったクリスの姿も見えた。……やがて、宝玉が一瞬光り――――不思議と、もう動かないような感覚を周囲に味わわせる。
超強力な保護魔法の定点照射。やはりアリサの腕も素晴らしいようだった。
その後は特にすることもなく、再び挨拶をして別れるだけである。……のだが、その一瞬前、アリサはコトミに耳打ちした。
「……大丈夫なんですか、あの人……かなり高位の呪いがかけられてますよ」
言ってくださればおそらく解除はできます、とも彼女は言った。……だが、
「分かってます……大丈夫です。……第一、そんな事をしたら……私が破門されますよ」
と、コトミは呟く。その瞳には、欠伸をしているクリスの姿が映っていた。
「……ここは……」
聖女も死んだ。
盗賊も死んだ。
盾使いも死んだ。
そして魔法使いだけが生き残り、幸せになり――――勇者は死んだ。
おとぎ話にすらならない、残酷な現実だ。
ネアは常にその事を気に病んできた。それは並大抵のものではない――――『一人だけ』生き残った時の悲哀。自分もあのとき死んでいった仲間と共に逝きたかった。そんな思考を、スミレには見せまいと思って一心に隠してきた。
しかし、死んでいった者たちは、それを望まないだろう。……死人に口なし、とも言うが――――少なくとも、ここにおいてはそうだった。なぜなら、
「……ここは……」
勇者――――エインは目を覚ます。そこは草原だった。青々とした、丁度よい高さに切り揃えられた草がそよ風に吹かれて揺れる。……それはやがて波となり、水平線の向こうへと消えていく。
そんな雄大なる自然の中に、彼はいた。
……いや、彼だけではない。聖女リリー、盗賊ブロウ、盾使いアルストも、そこにいた。
「…………………………」
今、目覚めているのはエインだけである。……しかし彼には自分が殺された時の記憶が残っていた。なので、目覚める、というよりかは――――復活した。
「お目覚めかな?」
エインの横に、突然とある女性が現れた。……不思議な髪の色をしている。紫のグラデーション……まるで宇宙の煌めきのようだった。
……しかし、エインはそのような女性の容姿も気にせず、即座に質問を投げかける。
「……この際あなたが誰だとかいう問いは野暮だろう……単刀直入に言う。ここはどこだ」
「ここ?英霊の世界。……つまりだ。現世で助けを求めている奴らがお前らを呼ぶまで……ここが住む世界となる」
……どうやら復活という訳でもないらしい。
やはり死は絶対だ、と改めて――――死んでから、ようやく――――認識したエインだった。
「······はぁ。僕達は······そこまでこの世界に功績を残せたのか?」
まだ周囲の勇者達は起きない。横に居る女性が全く動かないので、退屈しのぎにエインは色々な事を質問してみる。
「まあ、だろうね。見せようか?」
「あー············」
······このやり取りでようやく相手の正体に気付いたエインだった。······流石の彼でも世界の管理者にして神に等しい存在であるコズミックを前にしてはいつもの態度はとれない。
「······いや。お断りさせて頂く······」
「おやおや。······かつてのお仲間が幸せになってる様子を見たくないと?」
「············」
この神、絶対一部の人から嫌悪と言ってもいい程には嫌われてるだろ、と思ったエインだった。
「それよりも······英霊?どういう事だ?」
ここで彼は疑問を素直に口にする。
「おや知らない?······まあそうか。そうだろうな。あたしが創った勇者の中で非業の死を遂げた奴らはこれが初めてだから······」
コズミックは一瞬目を伏せる。······が、エインがそれと気付く前にはすぐに調子を元のように戻していた。
「まあ······もう一度だけ、勇者達に『誰かを救う権利』をやる、っていう話だ」
今度はエインでも何となく分かった。コズミックの言を聞いて軽く頷く。
「タイミングはこちらに一任させてもらう。まあそれ以前に宝玉は各地に散らしてある。······見てろよ」
コズミックがそう言った直後、······エインの目の前で、転がっていたブロウの姿が少しずつ薄れていく。まるで砂嵐のように······その身体にノイズが走る。それはアルストも同じだった。
「丁度儀式が始まったみたいだな······」
事情を全く知らない者からすれば軽く悪夢を見そうな光景だった。────しかし、
「······いつか再び集う時が来るんだな?」
「······現世の奴らが望めば」
「ならいい。······っはは······」
エインが笑った直後────ブロウとアルストの姿は草原から掻き消えた。見れば、いつの間にかコズミックの姿もない。その場に残されたのはエインとリリー、ただ二人だけだった。
温かな風が二人の頬を撫でてゆく。
「······やあブルーベル。終わったよ」
結界に綺麗な穴が空いた。······シルバーベルの来訪である。
「宝玉 ······ もう 大丈夫なの?」
「まだ1年半も経ってないんだけど。······はぁ、まあだいぶ短縮されそうなのは事実かな?······いや、それはいいとして。休暇の時間だよ」
彼女がそう言うと、入れ替わりにグレーベルが入ってきた。
「······························」
相変わらず喋ってくれない。表情もほぼ無である。しかし、だからこそこの任務には向いている、とアクアベルに判断されたのだろう。
彼女が結界の中に入った直後、ブルーベルは空いた穴が塞がれないうちに地面を踏み込み、大跳躍────脱出する。
「······んじゃ グレーベル、しばらくよろしく」
その直後に穴が塞がれたため、その言葉が向こうに聞こえているのか不安はあったが······確かに、彼女は頷いたグレーベルを目視したのであった。
「今回の休暇は どのくらい?」
即座に王都中心部に到達し、鈴の音を鳴らしながら屋根を蹴る二人組。ものすごいスピード────まるで飛ぶようになりながらも会話を進める。
「1ヶ月くらいかなぁ······タイミングが良ければ王子の誕生も見られるかも?」
「そんなのに 興味なんかないよ······」
ブルーベルは心底面倒くさそうに言う。······しかし、彼女の記憶にはユノグの治世ほど強烈な印象(いい意味でも悪い意味でも)を残した時代はこれまでに記録されていなかった。
······もし本当に何の印象も持たなければ、「何それ」で終わっていただろう。それどころかグレーベルが話を振ったかどうかすら怪しい。
グレーベルは軽く笑っただけで何も言わなかった。······王都を抜け、平原に出る。今日は二人とも、ワープを使わない。······そういう気分だった。
やべえやらかした。
真ん中あたりの改行からの『グレーベル』は『シルバーベル』です。
「恋人みたいなことがしたいです」
「······························」
市場。アヤメとイエローベルは二人で買い物をしていた。······そんな中唐突に落とされた爆弾が上記の台詞である。傍から聞いている分には衝撃的な言葉だった。······何せ、彼女達は既に手を繋いでいたからだ。
間一髪のところで噎せるのを我慢したイエローベルがアヤメの手を握る力を少しだけ強める。
······それにしても、少し前まではスミレとネアの関係で頭を押さえていたはずの彼女が一体どうしてこうなったのだろうか。まさに『恋は盲目』である。
「······急にどうしたの」
ようやく立ち直ったイエローベルが隣にいる恋人に声をかける。その恋人はというと、
「あ······いや、何と言いますか······こうやって手を繋いでいるだけでも幸せなんですけど······」そう言って顔を赤らめながら、「でも、もっと色々なこと······したいなって」
「············(まずい可愛い)」
イエローベルの心拍数が上がる。······でも、それを隠さないでも良いのが今の彼女の立場なのだ。
「······で、具体的に何か案はあるの?」ほんの少しだけうきうきしながら恋人に問う。
「······そうですね、······屋台で何か買って······分け合って食べる、とか」
先程のやり取りからは想像出来ないほど具体的な答えが返ってきた。······だが、確かに。恋人らしい────と思ってしまうのは、イエローベルも皺が伸びたということだろうか。
「(······いやいや、皺伸ばしって老人の気晴らしだよね?)」
とセルフ突っ込みを入れる。
そんな彼女をアヤメは不思議そうに見ていた。······そして微笑む。「行きましょう、イエローベルさん」
······きっと彼女らの繋がりは、永遠に続くだろう。
『······おい。おい、リーベライヒ!聞いてるのか?』
「うっせえ。そんなに大声出さなくても聞こえてるわ。念話魔法だぞ?」
『すまん。······いや、それより······凄い物を発見したぞ!』
「どうせつまらないものだろ?こないだなんか市場の安売りに反応してたしな」
『······いや、今度のはこれまでとは格が違う。とにかく裏山に来い、今すぐに』
「あ?おい······クソが」
商店街の建物の屋根に座っていたリーベライヒは念話魔法による通信を受けた。······反応すると言った以上彼にはどんなつまらないことでもその場所に行かなければならないのだ。
「裏山に一体何があるんだよ······」
そう言いつつも、認識阻害魔法を自分にかけるところを見るとまだ期待を捨てていないらしい。そのまま立ち上がり、屋根を伝って走り出す。
魔法と王子誕生間近の二重奏によって誰も彼に気付く者は居ない。易々と商店街を脱出し、そのまま裏山へ駆けてゆく。
「これだ、これ······いや、あれだと言った方がいいのか?」
仲間によって裏山に呼び出されたリーベライヒは、確かに期待感を擽るものを見た。どう考えても中にいる何かを封印しているとしか思えない厳重な結界である。試しにレイピアで一突きしてみたが、傷すらつかなかった。
「マジか······よくやったな。さっさとずらかるぞ」
「逃げるのか?」
嘲笑うような口調でそう言われたが、リーベライヒにはまったく応えなかった。
「いやそうじゃない。こうまでして封印したい物が中にあるんだ······おそらくこれ以上ここに居たら殺られるぞ」
と言って仲間を待たずに走り出す。
「······チキン野郎め」
残された者はその場でいくつかの魔法を構築して結界へと一斉に放つ。
光が飛散した。まるで金属を加工する時に出る火花のようである。
······金属加工。その名の通り――――むしろ傷は付かない。むしろ結界の輝きが増していくように思えた。
「······」
流石に気味が悪くなった彼は攻撃を諦めて戻ることにした。――――その直後、彼の背中めがけて、灰色の少女が出現する。
『あらら、一人取り逃がしちゃったかぁ······』
もはや赤い塊となった煙の弾を見つめるグレーベルの耳に、アクアベルからの通信が入る。
『······うん、私のミスだね······明後日あたりにでもオレンジベル送るよ』
通信を切ったグレーベルは煙の弾を地面に打ちつけた。
······瞬く間に、周囲が血の海になった。
「「············」」
スミレとネアは息を殺していた。······と言っても別にどこかに潜入した訳では無い。······現在の状況が彼女達を緊張させていた。
ここは王城······二人の目の前にはとても建物の中とは思えないほど重厚な扉がある。その扉に付与されている結界魔法は、今や王国屈指の結界魔法使いであり王妃のアリシアによって創られたものである。もはや扉ではなく壁に近い。
······そして、その扉の内部には······アリシアがいる。スミレの予想では、本日が出産予定日の。
「······時間が経つのって早いね」
「だねー。······歳を取ると体感時間が早くなるって聞いてたけど······もうアリシアさんもかー」
スミレがしみじみと言うのに対してネアも相槌をうつ。そして感慨深そうな様子を見て、スミレはやや興味をそそられたようである。
「ねぇネア、アリシアさんって、ユノグさんの侍女だったんだよね?」
「そうだねー。まあ今もだけど······王妃兼侍女、って言ってたよ」
「あはは。······アリシアさんの出自って何か知ってない?」
それを聞いて、ネアは少しだけ考え込んだ。······やがて、昔話をするような調子で語る。
「······アリシアさんは、産まれてすぐの頃、路地裏に捨てられてたんだって。そこをユノグが見つけて拾ってきたんだよー。······私も勇者のメンバーになる前だったからよく覚えてる。まあ、その時は王国が混乱してたから······『魔王』のせいで。もしかしたら、アリシアさんもそのせいで捨てられたのかもしれない」
「············」
スミレは唇を噛んだ。蘇生に成功したとはいえ、ネアを殺した魔王に良い思い出は全く無い。しかし、その思考を察してか無意識かどうかは知れないが、ネアはこんなことを言った。
「······もしあの『魔王』が生きてたらさ、今の状況をどう思うんだろうねー?」
「今の······?」
「絶望に叩き落とした筈の人々が生き延びて、恋をして、結ばれて······子供を作った人もいる。『魔王』には理解できないことだと思うよー」
「······!······」
「······だからね、」
その時である。今まで沈黙を保っていた扉が突如として開いた。······ユノグが立っていた。
彼は一瞬面食らったようだが、2人に向けてとても嬉しそうに手招きをする。······口元に人差し指を当てた。
彼の大きな背中の横から二人は部屋に入る。······すると、
【ちょっとあとがき】
あと数話でS3に突入します
「······おい爺さん。あんた某エルフの貴族家から土最高位魔法の技術を盗んだんだって?」
「······そうじゃ。······直ぐに取り返されたがな。まだいくつかの土魔法は使えるぞい。······『メテオ』とかな」
「ふむ。······じゃあ爺さん、あんたを今ここで幹部に任命する。俺の計画では、一番強い魔法を使えるのはあんただ」
「······何をするんじゃ?」
「まあちょっと聞いてくれや。計画をな」
暗澹とした路地裏、相変わらずそこには数人の男が集まっていた。もはや軽い拠点のようになっているそこは、あらゆる犯罪者が集まると言っても過言ではない。
そして今日は老年の犯罪者がその集まりに合流した。······早速リーベライヒは彼を利用することに決めたようである。
「······勝算はあるのかね?」
「正直言って五分五分だな。まだ俺らはあの中に何があるのかを知らない」
「なるほど······まあよい。もしあれが貫けなければ王城に落とせばいいだけのこと」
「うわ。容赦ねえな爺さん」
どこかから飛んだ野次に周囲の雰囲気がやや弛緩した。それを見てリーベライヒは士気を高めるような情報を落とす。
「そう言えばこの間、あの結界を張った王妃が王子を出産したらしい。しばらくは魔力が戻らないだろう······つまり結界はいくらか脆くなっている筈だ」
同時に彼は前にあの結界を細剣で突いた時のことを思い出していた。······あの頃は攻撃の性能も悪かった事もあるのだが、時期が悪かったのだ。
「マジか?」
「マジだ。······まあ聞いた話なんだがな。そいつらはどうやら王家に関わりがあるらしい」
そう言って独り頷く。······犯罪者達は顔を見合わせた。
「実際に聞いたのか?」
「いや。盗み聞きだ」
つまり罠である確率はかなり低い。
「······さて、今から計画を練ることにする。使えそうな技術を持ってる奴は俺に言ってくれ」
ある日のことである。スミレとネアは珍しくユノグに呼び出されていた。
いつもの店ではない······王城である。しかも奥の部屋。何やら他の者には聞かれたくないような物事を話すらしい。
「······さて、何処から話したものか······」
「理由もー?」
「あぁ、そうだ。······二人呼ぶ必要はなかったかもしれん」
そう言いながらユノグは微妙な表情を浮かべたが、実のところ二人とも呼ぶのは悪くない選択であった。······というより、スミレとネアはもはやセットである。
「まあそれはいいとしよう。······言いたくなければ結構だが······貯蓄はあるか?」
「······えっと、スミレ?」
スミレは家事能力が高い。なので家の経済も一手に引き受けている。そんな彼女の答えは、
「収入がネアの勇者補助金だけなので······あんまり芳しくないです」
であった。
その途端ユノグは苦虫を噛み潰したような顔をした。······これには二人も驚く。そしてどちらも聡明である以上、答えは直ぐに出た。
「「まさか······」」
ゆっくりと口を開く。
「そう、そのまさかだ······この度の臨時貴族会議で、勇者補助金の廃止が決定された」
僅かながら心の準備が為されていたからであろうか、彼が予想していたよりは二人の反応は重々しくなかった。
「···何とかならなかったのー?」
面倒臭いことになった、と言わんばかりのネアの声である。
「いくら賢王でも多数決には勝てない」
「憲法停止したら?」
「ネア姉ってそういうキャラだったか···?」
···よくわからない言い合いが始まってしまったので少々割愛する。
「まさか、そのままという訳じゃないですよね······?」
「ああ。これに関しては二つほどカルトナ様から助力を頂いた。······まあ、ネア姉がどちらも無理だと言ったら、駄目なんだが」
確認するかのようなスミレの問いに対して、ユノグの返答は安心感のあるものだった。
「ネア、」
「うんー?よっぽどじゃなければ大丈夫ー。それに師匠は倫理観の消えてる仕事持って来ないしね」
伝説の魔法使いに対する圧倒的な信頼である。弟子が二人、そして一見無関係だが何度も助けて貰っている一人によりスムーズにやり取りが進む。······そして、
「······で、その仕事って?」
とうとう説明のお時間です。
「簡単に言うと、魔法学校の講師をやってもらいたい、という話だ」
「魔法学校って······」
「そうだ。カルトナ様が名誉校長やってる所だな。というより、優秀な魔法使いは大体そこから輩出されるから······ネア姉も確か通ってたよな?」
「そうだねー。······なるほど、魔法学校かー······一日待っててくれる?ちょっと考えるから」
ネアの反応はそこまで悪くない。ユノグは多少安心したのかため息をついた。
「二人でゆっくり考えてくれ」
さて、二人が家に戻ってきてからすぐのこと。ちなみにアヤメはまだ帰ってきていない。どうやら今夜は長くなりそうである。
ほぼ無に近い荷物を下ろしながらネアはスミレに話しかける。
「スミレ、どう思······」
「良いと思うよ!!」
即答だった。
思わず面食らう彼女が目にしたのは、目を輝かせる大切な人の姿だった。久々に見るそんな顔に再び恋に陥りつつ、ネアは何とか思考を動かす。
······確かに、ネアも魔法学校の教員には憧れていた。ただ、それとスミレとでは方向性が違う。
何故だろう、と少しだけ考えて、分かった。前に彼女から少しだけ聞かされていた、気の遠くなるような過去の話。
スミレは『造られた』存在である。だから知識は専門の機関で学ばなくとも、元々入れられている。······それだから、新鮮な『教育』というものに、惹かれるのであろうか。
「(······)」
ただ、ネアにも一点だけ不安な所があった。本来ならスミレが全力推奨した時点で即行動なのだが──仕事時間の間は、スミレと会えない。当たり前といえば当たり前なのだが。
それでも、この生活を始めてから、このようなことは初めてだった。まだ100年と生きていない以上、当然なのだが······
未経験の事象を前にしては、尋常の人物は誰しも混乱するものである。何も物騒な場だけではない。日常でもしょっちゅう起こりうる。
「ネア?」
「ひゃっ!?」
ネアが考え込んでいた所にいきなりスミレの声が降ってきた。思わず可愛らしい声と共に顔を上げる。
「えっと······大丈夫?」
「······うん。ちょっとあんまり即答だったから、びっくりしただけー」
深呼吸をし、体勢を整える。
大丈夫。スミレに認めてもらえば、きっと上手くいく。
「ちゃんと毎日帰ってくるよー」「それで、何があったか報告するから!」「だから、スミレも、大丈夫だよ?」
「······ありがとう、ネア。頑張ってね」
そう言って微笑む彼女は、まるで聖母のように美しかった。
「じゃあ、決まりー。明日辺りにでも言っておくよ」
「うん。お土産話、いっぱい聞かせてね?」
「気が早い。······元々そのつもりだよー」
彼女らの歴史に、また一枚の紙が浮かび上がる。そこに何が記されるのかは──さあ、この後のお楽しみだ。
久々に家にネアがいない日がやってきた。ひたすら手持ち無沙汰になったスミレは島を歩き回る。······家からでも見えるのだが、端の方まで行くと蒼の城が見えた。······それも、少しだけ鮮明に。
あそこにいる人々は、今は何をしているのだろうか。外見も性格もカラフルで、知れば知るほど憎めなくなる者たちは──。
少し場所を変えて、別の島の端······それも大陸がある方に足を向ける。当然だが靄がかかっていて見えない。舟で2時間はかかる距離は伊達ではないが、それにしては靄が濃すぎると思った。······どうやら雨が近づいているらしい。
あそこにいる人々にも、随分と助けてもらった。これからも助けてもらう予定だが······それでも一人になると感傷に浸らざるを得ない。
そして、今まで長く付き合ってくれた二人······ネアとアヤメ。
あの二人は、自分と関わって幸せだっただろうか、と考える。······分からない。それどころか、個人的には厄災しか呼んでいないような気がする。
でも。
それでも。
逆に言えば、スミレ。
彼女が中心になる事で、あの二人は幸せになれる。
そして、この物語も、いつまでも続いていく。
人の入れ替わりはあるものの、無限の平和と共に。
······と、なる筈だったのに────
【S3 On the verge of opening】
【ご注意】
これよりS3の執筆を開始します。それに伴い、いくつかご留意して頂きたい点があります。
・S3は、今までのS1、S2とは本当に別物(悪い意味で)です。
・一応伏線は張ったつもりですが、恐らく、いや確実に読者を置いてけぼりにすると思います。
・それでも良い、という方は、のんびりお付き合いください。
・わずかな百合
・わずかなご都合主義
・アドリブ故の意味不明展開
・わずかなチート
上記を許容できる方以外はブラウザバックを推奨します。
ネアが魔法学校の非常勤講師となってから早数ヶ月。まるで嘘のような、平和な日々が流れていた。······でも、これが当たり前なのかも知れない。
今日はネアが家にいる。そしてアヤメは買い出しに行った。······つまり、久々に水入らずで過ごす事ができるのだ。
「寒くなってきたね」
「ねー。······もう冬かぁ」
このような会話が交わされるのも、なかなかない事である。そんな生活に大分慣れてしまったことを思うと、少し寂しい物を感じる二人ではあったが······そんな気持ちも一緒に過ごしていると霧散してしまう。
「(窓にもガラスみたいなの嵌めようかなぁ······)」
スミレはそんな事を考えつつ窓の外を見た。······大陸は相変わらず遠すぎるせいでよく見えない。
だが、その日は少しだけ違った。
光の柱のようなものが見えた、気がした。
「······?」
二人同時に窓の傍に近付く。······その頃には、柱は跡形もなかった。
「何だったんだろ······」
「流れ星······じゃないよねー」
彼女らは今見た景色について見解を語り合う。······昼でも見える程の光。まるで王都に突き刺さるようだった。
だが、そこから数分過ぎても何も起きない。結局二人は見間違えと判断し、昼食の用意に取り掛かった。
昼食を食べ終わり、片付けも終わりかかった頃、突如としてアヤメからの念話魔法が飛んできた。
『······さん······姐さん達、聴こえますか!?』
「······アヤメ?」
『すいません、緊急事態です!いいですか、今からイエローベルさんからの伝言をお伝えし············』
────恐るべき轟音が二人の耳を貫いた。
······そして、慌てて大陸の方を見れば······再び、光が迸るのが見えた。
『······っ······すいません切ります!とにかく、大陸には来ないでください······絶対に。······大丈夫です、私は大丈夫です!!』
僅かに動転しているような、叫びに似た声を残して念話魔法は途切れた。
スミレとネアは顔を見合わせる。······そして、もう一度大陸の方を見た。
二人の意識は、そこで途切れた。
【ちょっとあとがき】
今まで全然書く気が起きなかったんですが、書き始めたら止まりませんでした。はい。
どんな物事にも終わりはやってくる。
日々が途切れたのも、これもまた偶然ではないだろう。
頭の中で、何かが解けた気がした。
その感覚で意識が覚醒し、ぱっと飛び起き────ようとした。
その瞬間、スミレの身体を異様な倦怠感が襲った。······この雰囲気は······あの時とよく似ている。
筋肉が固まってしまい、ほとんど動けない。······しかし、今は動かねばならない。
幸いにもここはベッドである。なので、下りるときに工夫をすれば立ち上がることも出来る。······だが、スミレに気力を与えたのはその事実ではない。
今、彼女はベッドに一人だ。でも、その横は······明らかに数分前まで使われていたようで、暖かかった。
それから少しばかりの時間を要した。筆舌に尽くし難い苦労をして、どうにか壁に取り付く。そして身体を支えて、歩き出す。
まずは部屋から出るところだ。
その間にもスミレは様々な事を考える。······目覚める前、最後の記憶は······ネアと謎の光を見た所で終わっている。
あの時何が起こったのだろうか。これからどうなるのだろうか。
ふとそこにあった窓を見ると、蜘蛛の巣がかかっていた。
やっとの思いでリビングに到着する。軽く見回すと、ネアがいる。それしか目に入らなかった。
飛びつこうとしたが、それをすると軽く死にそうなので自重する。
そのうち、向こうの方が気付いた。······しかしそのネアもどうやらスミレと同じような状態らしく、冷や汗を浮かべている。
焦らずに、ゆっくりと近付いていく。体力もかなり減っているのが悩ましかった。あぁ、こんなにも会いたい人が居るのに······近付くにつれて苦しくなってくる。
スミレはふらつきながらネアの元にたどり着いた。その瞬間、二人を淡い光が包む。
「ネア······」
「うん、スミレ······おはよう。とりあえず、ちょっと休憩しようか」
その一言で、今の光は回復魔法系統だとわかる。そして、ゆっくりと湧いてくる力······身体強化魔法も掛けられたようだ。
要するに、この事態を解決するために動く気満々である。
スミレはそんな彼女の横顔を見る。色々な思考が渦巻いている、その表情に引き込まれる。
それは、絶望を希望に変える、勇者の心境が蘇ったかのようで。
全てが動き出す。世界の命運を載せて。
【???】【phese1】
衝撃は唐突だった。結界に隕石が直撃し、砂塵が舞う。
ブルーベルは何とか堪えたものの、傷だらけになった彼女の眼には今まさに吹き飛ばされているグレーベルの姿が映った。
「······!」
だが、様子がおかしい。砂塵の隙間に見えた灰色の相貌は、何かに怯えるように歪んでいる――
直後、彼女の姿が空中に縫い付けられた。
その胸から、形容し難い暗黒の煙のような刃が生えていた。
ブルーベルはそれを視認するや否や地面を蹴り、砲弾のごとき迅速さで仲間の救出を試みる。
ちょうどその時、砂塵が晴れた。
暗黒の根元、そこには一人の少年が鎮座している。···彼こそが、今までブルーベル達が封じ込めてきた存在――――次期魔王だった。
彼は突撃してくるブルーベルを認めると即座に立ち上がり、横っ飛びをして回避する。
どうやら彼は未だ不完全のようだ、とブルーベルは判断した。
そのまま衝撃波魔法で追い討ちをかけようとした刹那、グレーベルの姿が目に映った。
何かを言っている。叫んでいる。
聞こえなかった。
――――二発目の隕石が直撃した。
「(······ これ程の威力 どうして ······?)」
薄れていく意識の中、彼女は必死に思考を回す。
あのカルトナの魔法ですら意識を刈り取るのには届かない耐久性を以てしても、二発。
不思議だった。しかし、
「(··· 鉄片 ?)」
スローモーになっていく景色は、崩れた隕石がもたらした舞う破片。その中には、金属が含まれていた。
それについて彼女の脳が合理的な回答を導き出そうとした時、再び衝撃が襲った。
今度はかなり軽かったが――ある意味では隕石より致命的な衝撃であった。
胸に暗黒の刃が刺さり、貫かれる。煙のような材質ゆえだろうか、貫通しても痛くはなかった。
むしろそれによって意識が活性化し、起き上がろうとする。···ベルシリーズに死の概念はない。
しかし、だ。
ブルーベルは起てなかった。
力が抜けていく。吸われていく。意識が再び消えていく。
グレーベルが何かを言った理由が、少しだけわかった気がした。
『······アクアベル!』
無理やり念話魔法を起動させ、アクアベルに知った情報をありったけ流す。
『············』
相手はそれを黙って聞いていた。その沈黙の意味は計り知れない。
ブルーベルはもう限界が訪れたことに気付いた。思考以外、何も動かせない。
それもすぐに停止するだろう。
だから、最悪な一言を残しておくことにした。
『ごめんね 、アクアベル ······ 大好き』
奈落へと、落ちていく。
【???】【phase2】
裏山に直撃した隕石は、王都に二重の意味で激震をもたらした。
「······よりにもよって、今日ですか······!」
病み上がりのアリシアは痛切な悲鳴をあげる。そう、今日――長らく放置していた結界の張り直しを行おうとしていたところであった。
だがまだそこにいた、ユノグを含めた人々は事態を本当のところまでは理解できていなかった。
何せそこには『管理者』配下の一番手であるブルーベルが駐屯しているのだ。楽観視していたのも無理はなかった。
そんな幻想が微塵になったのはすぐのことだった。部屋に駆け込んできたヴァンスが、
「ユ、ユノグ様!!新魔王が······復活しました」
との報告をもたらした。
「······脱獄者が何かやっている、とは思っていたが···これは予想外だな。使われた魔法は『メテオ』か···後であの貴族を処分しないとな」
ユノグの顔はかなり苦りきっていたが、声は案外冷静だった。結論がずれているのは置いておくとして。
「だが復活したとして何かできるとも思えないが······」
「違います!物見によると既に『管理者』配下二人が倒されてますよ!」
途端に場の空気が変貌した。
「それを早く言え!それでどうした、何か変化は···」
「···そういえば、彼女ら、何かに突き刺されていたような···と」
ユノグもヴァンスも首を傾げた。
だがここはやはり王である。
「···まさか、力を吸収している···?」
結論は簡潔にして明瞭であった。
「だとすれば···無闇な鎮圧は危険なのでは?」
「······」
場が静まり返る。居合わせた貴族の何人かを見ると、大方ヴァンスと似たような意見らしかった。ユノグは独り呟く。
「······そこまで悠長にしていられるものかな?」
直後――念話魔法で報告を受けたらしきヴァンスの間抜けな声が響いた。
「···何だって?」
【???】【phase3】
カルトナは街を悠々と歩いていた。裏山から逃げていく人々とは、反対方向へ。
隕石が裏山に直撃して結界が吹き飛んだところは見ていたのだった。
そんな彼の耳へ、ユノグからの念話魔法が飛んでくる。
『カルトナ様!』
「おう。どうした?魔王でも復活したか?」
分かりきっていることを軽く返すカルトナ。やはり余裕である。
「そんなに心配しなくてもいい。もう向かってる」
『管理者の手下が捕まり、力を吸収されていると言っても?』
「······ふむ」
流石の伝説も足が一瞬止まった。だが、彼は再び足を進める。
ブルーベルの力――つまるところ管理者の力――が吸収されているとは言っても、カルトナを超えるほどの力はすぐには集まらない。
だが、そこで思わぬ妨害があった。
前方から、不思議な鎧を着けた、人型のなにかがやってくる。
「なっ······」
流石のカルトナも驚いた。
見たこともない敵である――索敵魔法にかからなかったのも当然だった。
なぜ敵だと理解したかというと、その『なにか』は、家を壊し···逃げる人々を殺傷、あるいは捕らえ始めたからだ。
即座に正確無比な炎球がそれを射抜くが、犠牲は少なくない。······それどころか、さらに『なにか』が向こうから走ってくる。
「こいつらは···ユノグ!」
『先程報告があった!知ってます!』
「そうじゃない!兵士を出せ。魔王は無理だがこいつらなら一般兵士でも戦える!」
俺は――大元を叩きに行く、と言って、カルトナは走り出した。
老いつつある彼の足でも、裏山には程なくして到着した。
巨大なクレーターの中心部は、当然だが何もなかった。
「逃げたか」
と言ってさらに奥へと進もうとした時である。真横から短槍を携えた男が、カルトナを串刺しにすべく飛び出す。
しかし同時に展開された結界が槍の一撃を阻んだ。
「っ···!」
そのままカルトナは氷の刃を瞬時に生成、襲ってきた男を貫こうとしたが、···方針を変えた。
腹部に衝撃魔法を食らわせ、男が地面に投げ出された瞬間、その四肢を落ちてきた氷柱が固定する。
「がっ···は···」
「残念だったな。···いくつか質問がある。全て吐け」
そう、捕虜(と言うのかは微妙であるが)にして、情報を聞き出すのである。
「···言うと思ってるのか、この老いぼれめ」
「まあ読心すればいい話なんだがな。なるほど···お前らの幹部は10人。名付けて黒旗十手か」
「くっ······!?」
「案外抵抗しない方が幸せだぞ?」
そんなこんなで、彼は情報を一通り吐いてしまったのだった。
···だが、根本的解決には、至らない。至る筈もなかった。
【???】【phase4】
ところどころに不思議な色の物体がちらつく。人型のその『なにか』は、恐怖に立ちすくむ、あるいは逃げ惑う人々を斬り伏せ、叩き潰し、また捕らえていった。
感情など微塵も存在していなさそうな動きだった。
初めは王国の危機だとばかりに士気に満ちていた兵たちは、その敵の特性に愕然とした。――硬いのだ。剣も、並大抵の魔法も通らない。
そして分断され各個撃破、というまさに最悪のパターンへと繋げられていく。
そんな中で、兵士の増援と共にこんな声が響いた。
「敵の身体をよく観察しろ!関節部分、特に首元···あそこには装甲がないぞ!」
ヴァンスの声だった。
「具体的にどうやって狙えば···」
即座に返ってきた悲鳴に、彼は答える。
「三人ずつで固まれ。二人が引き付け、その間にもう一人が後ろから攻撃するんだ!相手はあまり頭はよくないぞ!」
そんな具合で、ヴァンスの指揮によりしばらく一進一退、膠着状態が続いた。
そして別の場所、もう一つの戦場と化した住宅街では、またご存知の人物が戦っている。
最初は敵の観察に徹していたが、兵士が次々と無力化されるのを目の当たりにしたアヤメだった。
「『フレイムボルト』」
爆発する炎弾を飛ばし、敵の一体を数メートル吹き飛ばす。
その場にいた数体の敵が、一斉にアヤメを睨んだ。いや、目はないのだが、そのような感覚を彼女は覚えたのだ。
そして敵は、その背中から兵器を『生やした』。
もしスミレがそれを見たら、まるで砲のようだと思うかもしれない。そして、敵――『何か』も、機械兵のようだ、と。だからここから先、敵の名称を『機械』と記すことにする。
ともかく、アヤメはそれを目にすると高く跳んだ。
一瞬後には、大量の細かい石が彼女のいた場所へと放たれ、殺到する。――たかが石と思うなかれ。高速で放たれれば、その威力は銃弾にも匹敵する。
ただ彼女は察して避けていたので、最初の斉射は空気を撃ち抜くだけだった。
そして近くの建物の陰に入り、隙を窺う。石弾はその周囲に音を立てて命中するが、流石に地面はびくともしない。
敵の姿を一時的に見失った機械の群れはそこで一旦動きを止めた。
ただ、いつの間にか上へと回っていたアヤメはその隙を見逃さなかった。
風の刃を複数同時に生成し、首を狙わせると共に、自らも飛び降り、刀を振る。
そうしてできた切れ目を彼女は力ずくで広げ、中を見ようとした。
だが、中身は空だった。念のため殻の中心で光を発する妖しい部分を砕いて、他の機械も調べる。しかしどれも、
「······無人······?」
人が入れるほどのスペースは空いていた。だが、無人だった。
誰が、何のためにこんなものを作ったのか。念のためにあの二人に警告した方がいいだろうか――――そこまで考えて、アヤメは立ち上がる。だが、その右から
±
「······」
瓦礫が一面に転がっている。帽子を被った少女は、その中心部に自若として突っ立っていた。まるで眠っているかのように目は閉じられ、羊飼いがよく使うような杖に両手を添え、口元をやや綻ばせながら、そこにいた。
何があったのだろうか?この瓦礫の山である。感情に届いた希望と絶望の順序が逆になったのか?
────そうではない。
彼女の名前は、アクアベル。瓦礫に囲まれた中でも、『ベルシリーズの母』と(勝手に)渾名された程の頭脳は鮮明である。
「······来たね。待ちくたびれたよ」
ふと、そんな呟きを彼方に投げる。そして手に持った杖で地面を突いた。
鈴の音が鳴り響いた瞬間、スミレとネアの姿がアクアベルの前に現れた。相変わらずではあるが、突然すぎた。
二人は驚いている────だが、その表情には別の成分も入っていた。
「「アクアベル······!」さん······!?」
「どこから説明しようかな······聞きたいことはある?」
「「······」」
一面の瓦礫、更地の中で、テーブルが一つ、椅子が三つ並べられた。その一つに座り、何でもないような調子でアクアベルは口を開く。
二人はなにも言えない。そんな状況を見て看って、アクアベルは説明の方向を変えた。
「いや冗談······まずは状況把握からだよね。単刀直入に言うと······二代目魔王が復活した」
「······!?」「······えぇ······?」
単刀直入過ぎて今度は二人が絶句してしまった。だがアクアベルはこれ以上端的に説明できないと言って、
「まあまあ。二人ともあの光は見たよね?」
「あの光って······柱みたいな物は見えましたけど······」
「······あれってあんな感じに見えてたんだ。まあいいや。······とりあえず、経緯を簡単に説明するね」
アクアベルの説明によると、こんな感じのことがあったという。
結界が二発の隕石によって完全崩壊したこと。ブルーベルとグレーベルがその時無力化されて力を吸収されていること。その後謎の機械兵が大量に生産され、王国を蹂躙したこと。二代目魔王は王都に巨大な魔戦車を作り、魔族以外に圧政を敷いていること。王都にいる生存者は『レジスタンス』として、ドラム公爵領に逃げた生存者と連携を取っていること。
······ここまで説明したアクアベルは、その表情に憂いを湛えてこう付け加えた。
「······途中、ここにも襲撃が来た。既にベルシリーズのほとんどが捕まってた。······だから、コズミック様は······」
────『世界』の管理者故の、無限に近い膨大な魔力。それが全て敵の手に落ちた。
「待ってください······権限は、」
「大丈夫。だいたい危ないところで私が引き継いだから」
聞くに、もう敵はここを殲滅したものと見なして攻撃はしてこない模様。······そんな時に、二人が起きたのは僥倖に近いという。
蒼い瞳が、二人を熱心に見つめた。
【???】【phase5】
次第に王都は包囲され始めた。南でヴァンスの指揮により善戦を続けている軍隊、南東で単身敵の本陣を指して進軍しているカルトナ、それらを回り込むようにして機械兵達は動き始めた。
「······」
その様子を王城の天辺から眺めていたユノグは眉を曇らせる。その腕には、歴戦の相棒である宝剣が握られていた。
既に城まで届く戦禍の声、彼の肺腑を衝くには十分すぎたのだ。────しかし、王子が生まれてからまだ1年も経っていない。ここで生命を捨てるには早すぎる、とも思っていた。容易には動けない。そうしているうちに、民衆は次々と死に、捕らえられていく。
次第に心痛に堪えきれなくなったのか、そこを飛び降りてバルコニーに着地する。そして廊下に向けて歩き出す、その時。そこに、誰かがいた。
「······小僧。随分と優柔不断ではないか?」
────ユノグを小僧などと呼べる者は王国でも限られている。カルトナは稀に戯れで言うこともあるが、それよりも、この世界の誰しもを『小僧』と呼べる人物がそこにいた。
ドラム・ドラゴン。
ドラム公爵領、領主である。
「······随分と出し抜けな訪問ですね?」
ユノグはこの、龍人族にして吸血鬼でもある男に常々経緯を払っていた。自分の50倍は軽く超えるであろう相手の年齢のこともあるが、並み居る貴族連中の中でもドラムは、数少ない『まとも』な人物であるのだ。······それ故にやり込められる事も数度ではないのだが。
だが、今は貴方と話している場合ではない──というように、言い足す。
「貴方に構っている暇はないのだが······」
とだけ言っておいて、その右側を通り過ぎようとした。······のだが、直後。信じられないような言葉が左側から落ちてくる。
「王都の民を、我が領地に避難させてもいい······と言えば?」
「······は?」
「ワシは本気だぞ?······安心しろ、人口密度が低すぎて退屈してたところだ······小僧さえ良ければ何万人でも受け入れるさ」
足は止まっていた。······ユノグは少しだけ考えようとした。
その瞬間、外から一際大きい爆発音が聞こえてきた。──決断は早かった。
「そこで二人に頼みがある。······大陸に散らばっている『宝玉』······それを私たちに代わって集めてきて欲しいんだ」
その瞳のままで、二人に向けて真剣な頼みを向ける。
蒼の城跡地はしばし無音だった。
「でも──······私達······いや、私に出来ることって······」
スミレは迷っていた。自分が戦闘能力を持っているならいさ知らず、いくらネアが常にそばにいるとは言え、今や敵地と化した王都に行くなど無理がある。ましてや、まだ身体機能は完全に回復していないのだ。
だがアクアベルには備えがあった。即ち、生き残ったベルシリーズをダンジョンに避難させていたのだという。
「それに······多分、レジスタンスの皆もまさか協力しないとは言えないよ」
分が悪い賭けでもないんだよ、と彼女は続ける。現在、宝玉の在処は全て判明している。避難していたベルシリーズも、ダンジョンで経験を積んで前とは比べ物にならない程成長している。そして、もう一つ打っておいた手が、そろそろ芽吹く頃だという。
力説するアクアベルを目にして、スミレはまさか嫌とは言えなかった。隣にいるネアをちらと見ると、「スミレに任せるよ」という意味の視線を送ってくる。······覚悟は決まった。だが、
「いくつか、聞きたいことがあります」
紫色の目に真剣な光を宿らせて、スミレは姿勢を整えた。
「まず1つ目。私たちは、どのくらい眠ってたんですか?」
彼女は見ていた。木の家の各所に蜘蛛の巣がかかっていたことを。花の島の植物が、まるで無人島かのように、野放図に成長していたことを。数十年ではきかないだろう。
「······ショック、受けたりしない?······200年以上」
「「······!」」
二人に軽い衝撃が走った。当然ながら、ネアの方がショックを受けている様子だった。
「······ということは、ユノグとかは······」
「残念ながら。······でも、死因はそっちじゃないよ」
またもや跡地を沈黙が覆った。多少重苦しさが増しただけで、先程から全く明るい方向に進まない。
その時である。
アクアベルが突然立ち上がり、地面に杖の先端を打ち付けた。
「「······!?」」
スミレとネアは、恐らくその『本気を出した』アクアベルを見るのは初めてだっただろう。
「姿勢を低くして」
との声に、何も考えずに揃って伏せる。座っていた椅子は放り出されていた。
そのまま、数分。······何が起こっているのかはわからなかったが、妙に時間が長く感じられたことだろう。
「······ふぅ。もういいよ。······勘付かれたかな?」
気楽な調子でアクアベルは呟いた。その声に僅かな諦観を感じたので、ネアは慌てて割り込む。
「······今のは?」
「大規模索敵魔法。······実はあれ、常人どころか、魔力感度が高い人でも感じる事はできないんだよね。ちょっと反応遅れたけど······多分防げたと思う」
索敵魔法を防ぐ方法なんであるのか、と一瞬感嘆したが、気を取り直したスミレの質問は続く。
「······アヤメは?」
ただ、その返答は曖昧なものだった。
「わからない」
とだけ短く答えるアクアベル。嘘を言っているようには見えない。だがそれだけではさらに不安を煽る事になるかもしれないと思ったらしく、少しだけ付け加える。
「······少なくとも、新魔王の復活から数ヶ月の間は反応があった。······けど、気付いたら反応が無くなってた。捕まったのか、殺されたのか、生きているのか······わからない」
「······でも、あの子が簡単にやられるとは思えないよー」
ネアは憂いを湛えた表情に、僅かな希望を込めて呟いた。アクアベルもそれには賛成のようで、
「まあそうだね。······イエローベルの反応がまだ王都に残ってる。だいぶ弱ってるみたいだけど······捕まった訳じゃないみたい」
と言って、テーブルに何かを投影する。それは、地図へと整理された現状を記入したようなものであった。見れば、今まで王城があった位置には謎の巨大建造物が鎮座している。裏山にはクレーター。······そして、数多くある地区のうち一つ、一際人間の密度が高い場所に、『レジスタンス奪還』と書かれたものがあった。その中に宝玉の反応がある。
そしてさらに遠くに目を向けると、『ドラム公爵領』に大量の人間が居ることが分かる。そしてそこにも宝玉が一つ。
────そして今、スミレとネアに協力して宝玉を集める『ベルシリーズ』は、······オレンジベル、レッドベル、シルバーベルの3人である。
「······!」
その三人について、二人は知っている。あの騒動の後、ベルシリーズのほぼ全員と会話を交わしたのだが、今でも印象に残っている数人の中に彼女達は入っていた。
オレンジベル。ユノグに速攻で落とされたが、そのスピードと『大回転』の攻撃力は侮れない。
レッドベル。これまたユノグの機知によりカルトナによって倒されたが、物体を遠くから熱する力はどんな相手にも通用するだろう。
そして、シルバーベル。魔法を無効化する銀を自在に操り、あのカルトナと相打ちになった程の魔法キラーである。
ブルーベルが既に敗北して力を吸収されているのはかなりの懸念事項だったが、これでもこちらには頼りになる者がまだ居る。少しだけ元気を取り戻したスミレは、最後の質問に移る。
「······そういえば、宝玉って確か4つあったような······この地図を見ていると、2つしかないように見えますが」
それを聞いたアクアベルは少し思案していた。どう説明しようか、と言ったような表情である。
「あぁ、それは私が持ってる。······けど、今すぐどうこうはできないんだよね······」
「······どうしてですか?」
「宝玉を『起動』すると面白い事が起こるんだよ。······けど、宝玉は1つより2つ、2つより3つ、3つより4つ、みたいな感じで一緒に起動すると安定するんだよね」
滔々と説明していくアクアベル。
「······でも、宝玉はすごい魔力が凝縮されてるから······4つを一緒に保管していると、魔力が暴発する」
それを聞いてスミレは思い当たることがあるらしく、手を叩いて呟いた。
「······あ、だからあの後······」
「そういうこと。······まあ、2つでも起動出来なくはないんだけど。出来れば4つ集めてもらえれば助かるかな······って」
そう言ってアクアベルは説明を締めた。······付け加えて、仮に起動できたとしても、それが現状を打破できるかは五分だ、とも。
······『起動』することで何が起こるのかに疑問は残ったが、先程の索敵魔法のこともあり、これ以上ここに居られないことは分かりきっていた。
「今頃花の島にあの3人が着いている頃だと思う。システム的妨害結界はまだ残ってるから······今のうちに情報を共有しておくのもいいかもね」
彼女の言葉にも早く行けという意味が言下に含まれている。······もう行くしかない。
こうして、再び戦いが始まった。
【???】【phase6】
ゆっくりと、だが着実に、王都は暗黒に染まりつつあった。
しかしその中心というと────新魔王の配下、黒旗十手。いきなり一人を失った彼らは、カルトナ一人によって壊滅寸前にまで追い込まれていた。
「あいつ······」
「······『伝説』か。噂には聞いていたが」
リーベライヒの呟きに対して魔王は飄然たるものである。
「······魔王。ここは退いた方が良いんじゃないか······?」
危機感を感じてか、リーベライヒは先程迎えたばかりの魔王に向けてやや急いた様子で進言する。
だが、彼は相変わらず落ち着き払っていた。まだ幼い外見とその態度がアンバランスである。
「よく見ろ。私があそこに敷いておいた大量の瘴気······今も尚吸い取っている力で強くなってゆく瘴気。奴はそれを吸って歩いてきている」
「······!」
「······とはいえ気づいているだろうな。だから速攻をかけてきたのか」
そう言う彼が眺める先でたった今、隕石を落としたあの老人が電撃、氷柱、火炎球に射抜かれるのが見えた。
「こんなものか······」
澱んでいく瘴気と魔力の中心近くにまで立ち入りながら、カルトナはなお悠々と歩みを進める。その後ろには、幾人もの魔王の協力者······犯罪者達が倒れていた。
まだ彼は魔王、そして最後の中心人物であるリーベライヒを見つけることができなかった。その理由は、敵の周辺は一際瘴気が濃くなっているということもあるが、
「(······索敵魔法まで弱まるか。急がないとな)」
体を蝕む瘴気が、カルトナの魔法を少しずつ、だが存分に阻害していたのだ。ただ、それでも。荒れ狂った魔力の残りカスは、未だ盛大に空間を震わせている。
一際濃く、まるで濃霧のようになっている瘴気の向こうへと足を進める。すると、空気を切り裂く音を響かせながら、いきなり砲弾が飛んできた。
人体に向けるにはやや殺意が有り余るようなそれを横っ飛びで回避しながら、カルトナはそちらへと一瞬で狙いを定める。────まだ着地しないうちに、全身の魔力を込めたかのような火球を、撃った。
そして、全身を、
真後ろから、貫かれた。
【???】【phase7】
王城から、拡声魔法で住民に向けてのアナウンス。
『住民の皆さん!!!······王都に安全地帯はありません!ドラム公爵領に逃げてください!ワープ魔法が使える方で、まだ行ったことがない者はビーコンを貸しますので至急王城に来てください!その他の方々は紅林の並木道入口まで来てください!そちらは安全です!
繰り返します、······』
そんな内容の事が爆音で流されていた。しかも大規模拡散念話魔法により、耳が聞こえない者、寝ている者にまでその内容は伝わった。街が動き出した。────考えている暇などない。
「······あんな爆音で。大丈夫なんですかね?」
「どうなんでしょう······」
大聖堂にて、若いシスター達が不安そうに話している。彼女達は後方で、担ぎ込まれてくる重傷者達に対して前線では出来ないような回復魔法を施す担当だった。
元々重傷者の数に辟易していたところへこの騒ぎである。こんな空気になるのも仕方がなかった。だが、
「大丈夫ですよ。あの魔法には聖属性が付与されています。······魔王、そしてその魔力の下に入っている者達には聞こえません」
シスター達の後ろからそんな声。彼女らは振り向くと同時に、飛び上がった。
「ネ、ネム枢機卿······」
「はい。もう一度説明が必要ですか?」
大聖堂内でもかなりの地位を誇るネムの言葉である。シスター達はひれ伏さんばかりの勢いで頭を下げた。
『も、申し訳ござ······』
「謝罪の前に、貴女達に伝達事項があります。今すぐ礼拝場へ来てください」
そう言ってネムはぷいと背を向けて別の場所に行ってしまった。シスター達の予想に反して、彼女は別に怒らなかった。ただ、その目に映ったのは、
「······枢機卿、ご様子がいつもとは違うような······」
「何があったのでしょう?」
「ひとまず行きましょうか。遅れると今度こそ怒られそうです」
[王国に迫る危機に対して、王は住民の避難という決断を下されました。つきましては、住民の護衛にと我々の助力を所望されております。次に命じる者には、住民達に······]
[······第7班。サリヴァン、ヒナ、ヒバリ、ムギ、ルリ、アイサ、そしてクリス。引率として、シスター・コトミ。第8班······]
そこに掲示されていた名前に、ネムという文字はなかった。
>>176
行きはアクアベルの力でカットされたが、帰りは自力で帰らなければならないスミレとネアだった。······索敵魔法が飛んできた場合の対処はしてくれるらしいが。
まだ身体が思うように動かないので、必然的に優れた身体強化魔法を扱えるネアがスミレを背負って帰ることになる。水の上を歩いて。
「スミレ、姿勢なるべく崩さないでねー?······走れたら安定したし早いんだけど······まだ走れないやー」
申し訳なさそうに言うネアに対して、スミレは首を振る。
「ううん。こっちの方が······あったかい」
「······そっかー。私も、この方がいいかな······」
そんなこんなで花の島まで戻ってくると、アクアベルの地図の通りベルシリーズの3人が集まっていた。
「はーい!オレンジベルだよ!2人とも、今回はよろしくね!」
「レッドベル。······まあ、がんばろうか。」
「シルバーベルだよ。ふふん、魔法対処なら任せて」
そんな感じで、普段とは何ら変わらない様子で彼女らは名乗る。しかしよくよく観察してみると、その瞳には様々な感情が蠢いているのがわかる。
「······」
その内心を察したスミレは何も言えなくなってしまった。────仲間の敗北、捕囚に対する怒り、悔しさ、絶望。『最後のチャンス』に向けた、投げやりともとれる熱情、希望、そして向け先を失った愛情が渦巻いていた。
ただ、戦場に出る前から意気消沈しているよりはマシである。ネアは頃合を見計らって先程の地図の写しを開いた。
「多分3人はアクアベルから聞いてると思うけど······まずはどんな感じで大陸に行くか決めようかー」
「そうだね。正面から行っても見つかって撃墜されるのがオチだから······オレンジベル」
「······き、聞いてるよ?」
無策に突っ込むのは言語道断である。この中で一番それをしでかしそうなオレンジベルに釘を刺したレッドベルだった。
「魔法対策では一番頼りになりそうなのがシルバーベルさんですよね。その銀ってどのくらいまで展開できるんですか?」
スミレの質問に対してシルバーベルは少しだけ考えていたが、
「うーん、あんまり広がらなきゃこの5人は守れるけど······」
と、どこか煮え切らない回答だった。見かねたレッドベルが何かしらの活路を見出そうと乗り出す。
「······シルバーベル。あれから銀を結構改良してたよね。そろそろその性能を教えてほしいな」
「······うーん······いいや。背に腹はかえられないからね」
シルバーベルの説明によると、色々と試行錯誤した結果、彼女が操る魔封の銀には様々な改良が施されたらしい。特に顕著なのは、もはやそれを近付けない程まで成長を遂げた、読心魔法や幻術などといった目に見えない『魔法の波』への耐性である。
ただ、如何せん一度に出せる量は変わらなかった、というが。······だが、ここにおいては関係なかった。
「······それ!シルバーベルさん、銀って切り離しても効力は続きますか?」
「え?うん、2時間くらいなら」
スミレはその答えを聞いて、
「近付けさせないくらいでしたら······小分けにして、5人がそれぞれその銀の欠片を持っていれば······読心魔法や索敵魔法を防げるのでは?」
「あ、そっか。なるほど······移動時間中はこれでどうにかこうにかして······」
動力があるとはいえ、花の島から大陸までは舟で1時間程度あれば着く。ならば水上を身体強化魔法をかけて走れば、効果時間内に大陸に着くことも可能な筈だ。
早速5人は準備にかかった。······その前に。
「オレンジベルさん、ちょっと頼まれてくれますか?」
ネアがスミレを背負って移動するということで、準備に少しだけ時間がかかっている、ちょっとした時間。
「なに?」
オレンジベルは怪訝な顔をしながら振り向いた。そんな彼女に対してスミレは単刀直入に言う。
「ちょっと、この辺りの草刈りを手伝ってくれませんか?」
数分後。
体を最大限まで沈め、人間の邪魔をするためだけに生まれてきたかのような高さの雑草を、回し蹴りで刈り取るオレンジベルの姿がそこにはあった。右足のみを刃に変形させることで最大効率での草刈りが実現している。
「······いっそこの辺全部焼いちゃう?」
「それだと地中に引っ込んでる花······不死身の花も燃えそうなのでちょっと······」
途中から様子を見ていたレッドベルがやや過激な呟きを漏らすも、スミレは苦笑して首を振る。
いつしかネアも準備そっちのけでこちらにやって来ていた。
また数分後。
「準備はいい?」
4人全員に銀の欠片を渡しながら、シルバーベルは一同に向けて訊ねる。
「大丈夫です!」「はーい」「おっけーだよ!」「いつでもどうぞ」
それぞれ、準備出来た由の返答をする。
前口上はなかった。オレンジベルが真っ先に「いっくよー!」と飛び出していき、それをシルバーベルが「ちょ、待って!」と追いかける。やれやれといったような感じでレッドベルも海の上へと足を進めた。
スミレはネアの背中へと抱きつき、その耳元に口を寄せる。
「がんばろうね」
「······うん。······じゃあ、いくよ。掴まっててねー
」
風はなかった。海は平穏に、凪いでいた。
初っ端から全速力で走り、後半にバテて歩いていたオレンジベルと、歩きだがスミレを背負って身体強化を三重にかけたネアはほぼ同時に大陸へと到達した。
見れば周囲は、薄く赤黒い瘴気に覆われている。
「これでも昔よりは薄くなったんだよ。······」
シルバーベルの言葉によると、一時期はカルトナですら長時間活動出来ないほどの瘴気で大陸が覆われていたというが────それだと奴隷が即死してしまう、ということでこの濃度になったという。
「······とりあえずは周囲の安全を確保しておく。正面は私がやるから、オレンジベルは左、レッドベルは右を。ネアはスミレを守ってて。二人とも捕まったら世界が終わっちゃう」
では来なければ良かったのではないか、とは行かないらしい。
三人は規律のとれた動きで駆け出していった。
「······200年かー」
自らの杖を取り出しながら、ネアはゆっくりと呟く。
「とりあえず今のうちに体ほぐしておく?」
「······どっちの意味で?」
「え?」
「え?」
そのまま微妙な時間が過ぎていく、······と思われたが、
ちょうど左前方にあった廃墟────あの三人の捜索から逸れたらしい────から、人型の、鎧を着けた『何か』が現れて、場が殺気立った。
向こうはこちらに明確な敵意を向けている。一歩下がるスミレと、それを守るように前に出るネア。
「······あれが『機械』なんだねー······」
弱い炎魔法を放つが、その鎧に容易に阻まれてしまう。
「もっと強い魔法撃つか、関節狙わないと······」
敵の弱点を一瞬で見抜いたスミレのアドバイスに、ネアは首を振る。
「······火力とか、精密さとか············衰えてる」
じりじりと彼我の距離が縮められていく。
この状況を打破するには、スミレの存在や衰えなどを無視して大魔法を撃つかなどだが、ネアにはそれは出来なかった。
────しかし、現状打破は想像もしない方向からやってきた。
キン、とやけに軽快な音を立てて、機械の首が落ちた。
一瞬。ネアですら辛うじて認識できた程の、早業である。
倒れ伏す機械の向こう側には一つの人影があった。······漆黒の髪を揺らした、金瞳に眼帯をつけた女性だった。
「······大丈夫でした?」
スローモーになっていた空気を強いて戻すようにして彼女は二人に呼びかける。言葉の雰囲気が明確に気さくな様子だったので、スミレとネアはほっと息をついた。
「「ありがとうございます······」」
「いえいえ」
女性はここで刀を鞘に納めた。······刀。もしや、と思ってネアは彼女に質問する。
「えっと······私たちに見覚えは?」
先程もそうであるが、敬語になったのは、女性の雰囲気が、明らかに自分たちの知らないものだったという理由がある。
そしてそれを裏付けるように、女性は小首を傾げた。
「······ありませんが。······あ、ひょっとして刀ですか?それならレジスタンスは皆持っていますので······それで誤解したのではないでしょうか?」
「······いや、わかりました。······ありがとうございます」
これで女性がレジスタンス側の人間だということ、そしてイエローベルがまだ生き残っていることが分かった。ただ、アヤメの行方は知れない。
と、そこで三方に散っていたベルシリーズの3人が戻ってくる。そして女性を見るなり、
「あ、イリス······ラッキー!」とオレンジベルが叫ぶ。
「ちょ、オレンジベル······こほん。ええと、イリス······どうしてここに居るのかはともかくとして、レジスタンス奪還地区に案内してくれる?」
シルバーベルがオレンジベルを窘めると同時に、彼女────イリスに用事があることを告げた。どうやらレジスタンスの中心人物であるらしい。
「この人達が機械に襲われそうだったので······と、用事ですか。最近機械の攻勢が激しいので······あまり歓待はできませんが」
「そのことなんだよ。この二人が、魔王軍を破る鍵になるんだ。······いつまでも防衛戦はしたくないよね?」
どうやら謙譲するらしいイリスに対してシルバーベルは詰め寄る。攻勢が激しいと聞いて、もはやのんびりしてはいられないという感じであろうか。
その勢いに押されたのだろうか────ともかく、6人に増えた一行は、レジスタンス奪還地区を目指すことになった。
道中ばらばらと機械が襲ってきたが、4人、そして「リハビリ」としたネアの活躍で特に何事もなく目的地へと近付く。
すると遠くに見える、巨大な物体。かつて王城があった位置の筈だが、それとは似ても似つかない、漆黒の要塞のようなものが鎮座している。
「あれですか?······要塞だったら、まだ良かったのですけど······」
そう言うイリスの口調は苦い。────恐らく、あれが『魔王』の本拠地なのだろう。
「「······」」
スミレとネアは何とも言えないような顔でそれを見ていた。
裏路地をいくつか曲がると、ふと開けた場所に出た。広場らしく、中央には枯れた噴水が取って付けたように置いてある。
人は数える程しか居ない。周囲の、分厚い壁も兼ねている住居に籠っているのだろうか。
ひとまず、広場に面した建物に5人は案内された。会議室を兼ねているのだろうか、椅子と机が綺麗に並ぶ建物だった。
「······早速本題に入りましょうか。どういうご用件で?」
全員が椅子に座ったところでイリスは口を開く。だいぶ真剣な口調である。······当然だ。レジスタンスは、既に全域が手に落ちた王都で唯一組織的な抵抗を行う集団である。今でもこの地区の外はかなりの激戦が繰り広げられている事は想像に難くない。
ひび割れた天井を一瞥したスミレはそのような感想を抱いた。
「まずは単刀直入に言うんだけど······宝玉をこっちに渡してくれるかな」
「······ほう?」
何のために、と問わんばかりなイリスの口調だった。とはいえそれは興味故のものであり、頼まれたなら仕方ない、という雰囲気である。
「詳しくはこっちも分からないけど······」
とシルバーベル。······アクアベルの目的は誰にも知らされていないようである。
それを見てイリスは少しだけ考えていたが、
「······はい、分かりました。元々何に使うかも分からなかった物です。······生かせるのでしたら、差し上げましょう」
話は一瞬でまとまった。
「少し待っててくださいね、」
そう言ってイリスは出て行った。······花の島を出発して以来、5人がのんびりできる時間がやってくる。しかし、
「······ごめん」
シルバーベルは真っ先に頭を下げた。そう、先程は偶然イリスに救われたものの────一歩でも間違えれば、スミレとネアはここに居なかっただろう。
「あっ······ごめんなさい」「こっちも。ごめんね」
オレンジベルとレッドベルも同じように頭を下げる。······実際、言い訳しようとすれば出来ただろう。今までこの三人は、誰かを守るように行動することを知らなかったに違いない。だが、それをしなかった。
スミレとネアは一瞬だけ目を丸くしたが、やがて顔を見合わせて微笑む。
「良いんですよ。······これから気をつけて頂ければ」
「······でもあのままだと捕まってたのでは······」
「いや、捕まらなかったとは思うよー。何せ私達だから、ねー」
謎理論である。······だがそれだけで二人には十分だった。この世界では、平気な顔をして奇跡が起こる。
そのまま数分が経ち、ふと足音が聞こえてきた。イリスか、と思ったが違った。ひょっこりと入口から顔を出したのは、少年であった。
「······?」
「······?」
入口から5人を眺めてくる少年と5人の間で、しばらく微妙な空気が流れた。遠くから爆音が響く中ではあるが────この瞬間は、ここは確かに無音だった。
やがて沈黙に耐えられなくなったのか、少年がこの部屋に入ってくる。そして開口一番、こんなことを言った。
「鈴のお姉さん······?」
鈴のお姉さん。······というと、間違いなくこの場にいるベルシリーズの3人のことだろう。
「······何で知ってるの?」
レッドベルは胸に抱いた疑問をそのままぶつけた。······要するに、その少年の態度が、自分達を初めて視たにしては、どこか違和感を感じるものだったのだ。
「知ってる、というか······色が違うね。黄色のお姉さんの友達······というか、仲間?」
少年は疑問に答えた。巨大な爆弾という形で。
たちまちシルバーベルが少年に詰め寄る。
······その様子を、いつの間にか帰ってきていたイリスが目を丸くして見ていた。
とりあえず少年は質問攻めにされた。······アクアベルの千里眼でも見えないものはあるらしい。ベルシリーズの中でもそこそこの地位である筈のシルバーベルの反応を見て、スミレはそう思った。
蚊帳の外に置かれたスミレとネアの二人は、丁度同じような様子で突っ立っているイリスを見つけてそちらへと寄っていった。
「······あの男の子は?」
「あの子は······ティケッツといいます。一週間前に両親が殺されたんですが······気丈な子ですよ」
「······」
迂闊な質問をした、とスミレは一瞬だけ絶句する。イリスの答える口調が何でもないような調子であったのも、それを深刻なものにしていた。
慣れているのだろう。王都にいる人々の殆どが隷属階級に落とされた中、抵抗を続けるレジスタンスのリーダーとしては······こんなことでいちいち動揺してはいられないのだ。
「そういえば、さっきあの子が『黄色のお姉さん』って言ってたけど······何か知ってるのー?」
こういう時ネアの性格は役に立つ。イリスですら救われたかのような顔をした。
「はい······そうですね。だいたい······いや、何年前かは忘れましたけど······肌以外ほとんど黄色な、妙な格好をした人が、この地区に迷い込んできたんです。首に鈴を付けていたので、不思議だなとは思ったんですが······」
そこでイリスは未だにわちゃわちゃしている方を見て、
「······そこに居る方達の仲間だったんですね。······良いでしょう。丁度その方は······宝玉を安置してある方向にいるのですよ。ついでに案内しましょうか」
話は一瞬でまとまった。今度はティケッツ少年に群がっていた三人が、事の急展開に目を丸くしていた。
建物から出た瞬間であった。風切り音が聞こえたと思えば、正面にある広場へと、砲弾が直撃している。石畳が割れ裂け、剥き出しの地面が隙間から見え隠れしていた。
「こ、これは······?」
ここにいるメンバーの中で、唯一王国の技術しか知らないネアは思わず飛び退いた。
「······見た通りですよ。これを食らえば人体どころか最悪建物が吹き飛ばされます」
前を見つめつつ、唾棄するかのようにイリスが答える。
「とりあえず急ぎましょう」
その言葉に頷いたスミレではあったが、もう少し砲弾をよく見ておきたいという気持ちもあった。······この時代にしては、その球形がやけに綺麗に見えたのだ。
しかし、今はそのような場合ではない。身体強化の魔法が全員にかけられ、一行は地区の深部へと向かう。
いくつかの路地裏を駆け抜け、やがて一行は地区の奥へ足を踏み入れる。
そこには緑があった。半ば崩れかけた建物に囲まれ、まるで木漏れ日のように陽の光が射し込む。苔や低木、蔦、雑草と取り合わせは決して良くはなかったが······それでも、この空間がもたらした影響は馬鹿に出来ないだろう。
まだ道は続いていたが、ここで一旦足を止めた。そして、
「······」
一体何時から居たのだろうか。スミレがふと辺りを見回した時────黄色の少女が、壁に寄りかかって立っていた。
勿論。彼女こそ、ティケッツ少年が言っていた者······イエローベルであった。
再びイリスが「ちょっと待っててくださいね」と言ってこの場から離れる。空気を読んでいるのか、それとも他に何かがあるのか。そこまで考える余裕はなかった。
スミレとネアは元より────ベルシリーズの三人も、久々の再会を喜んだ。
「うん······みんな、久しぶり」
そう呟いたイエローベルの口調には覇気がない。怪我をしているらしい、と直ぐに見抜いたのはネアだった。
「とりあえず言いたいことは色々あるけど······何から聞きたい?」
ネアの目には頓着せずにイエローベルは言葉を繋げる。あくまで事務的なところが彼女らしい。
「······アヤメの居場所について······何か知ってる?」
ネアの質問はいきなり深刻であった。聞かれた方が一瞬表情を消す程に。
「············結論から先に言うと、わからない。······でも、多分······あの子は生きてるし、捕まってないと思うよ」
そして、それの回答もだいぶ深刻なものであった。付け加えられた言葉も、主観的な希望的観測に過ぎないものである。
結局アヤメの事については分からなかったが、イエローベルが語ったのは次のような事だった。
即ち、怪我をしたアヤメを助けて行動しているうちに、自分も戦闘の最中で何度も怪我をしたこと。
コズミックが捕らえられたことにより、傷の回復も死亡した時の復活もだいぶ遅くなったこと。
それでも100年は何とか耐えていたが、ついに二人とも動けなくなったその時、イリスによって助けられたこと。
自分は武器を作り出してイリス率いるレジスタンスを支え、そして動けないアヤメの治療にも専念していたこと。
やがてアヤメが回復して、一緒に戦闘に参加できるようになったこと。
······だが、彼女は、いつか「ドラム公爵領の支援に行く」と称して内緒で抜け出し、それから行方が知れないこと。
そして、既にこの大陸全体は、下手な念話魔法や読心魔法は使えなくなっていること······
花の島を出て以来、何度目かもわからない沈黙が訪れた。
「ちょうど皆も宝玉探してるんでしょ?······だから······ドラム公爵領、行ってみたらどうかな?」
場に流れる沈黙を見かねるかのように、イエローベルは言った。と言うより、呟いた。
まるで自ら言い聞かせているかのような調子に、嫌でも動かなければ行けないのは五人である。
「そっか······分かった。情報ありがとねー」とはネアの声である。
沈んだ空気を無理やり浮上させようと語尾をいつも通り伸ばした。······のだが、それが僅かに上ずっている事にスミレは気付いた。
ひょっとしたら、ネアは何かに勘づいたのだろうか。大事な時に鈍であるスミレには、隣にいる彼女の手を握ることしか出来なかった。
「······では、皆さんはドラム公爵領に行く、ということで宜しいのですね?······」
いつの間にかイリスがやって来ていた。僅かに寂寥感のある言葉と共に。
「イリス。······」
オレンジベルはその様子を見て何かを感じたようで再び黙る。彼女らしくもない、と思った者も居たが、それを口には出せなかった。
「あぁいや、すいません······もうここもほとんど人が居ないもので······数時間とはいえ、皆さんにお会いすることができて、楽しかったですよ······」
レジスタンスの現状をそのまま反映したかのような悲痛な口調であった。それで、今までイリスが何度も席を外す理由も分かった。······魔王の攻勢に押されているのだ。
確かにイリスは戦闘が上手いようではあるが、それでも指導者として、何度も最前線に出るようではここもそう長くはないだろう。見たところ傷は目以外にはないものの······今の言葉といい、いつか戦いで倒れそうな程の危機感を感じる。
かと言って、それをどうにか出来る状態では······
「じゃあ私が残るよ。······イエローベルはどうする?」
その時、そう口を挟んだのは、レッドベルであった。
レッドベルの言葉が、全員の動きを止めた。
イエローベルはしばらく面食らっていたようだが、それでも顔を上げて抗弁を試みる。
「······ちょっと待って。レッドベルって確かスミレ達の護衛に派遣されたんだよね······?」
「そうだけど?」
「······じゃあ駄目だよ。代理とは言っても······今はアクアベルが『管理者』なんだから。従わないと······」
「まあそうだね。······でも、その時の判断である程度自由に行動してもいい······とも言われたんだよ」
冷静なのはレッドベルの方であった。普段はイエローベルがその立場に立っているが────焦燥からか、簡単に論破出来そうにも見える。
勿論論破と言っても、する方は口だけではない。行動を伴う保証が確実にあるのだ。
「······判断、かぁ。どの辺にそれを感じたの?」
軽く息を吐いてイエローベルが尋ねる。どちらにせよ、会話は早目に終わらせるべきだと判断したのかもしれない。
「ここに来るまでに分かったんだけど······ネアの調子がどんどん上がってきてる。スミレも身体強化は必要だけど十分動けるようになってきた。ドラム公爵領に到着するまでにやられるとは思えない」
「······信じていいのかな?」
「うん。······で、イエローべルはどうするの?」
レッドベルはそこで黙らずに続けて質問をした。対する相手は、少しだけ口を閉じて考え込んだ。
このままここに留まることの危険、怪我、恩義、貢献······様々な事柄が脳裏に閃く。
「······いや、私はここに残るよ。恩義もあるし······皆に武器を供給しないとだから」
それを聞いてレッドベルは笑った。
「よし、······じゃあ決まりだね」
ほとんど捕まるも同然の決断をしても、彼女達の表情は晴れやかであった。
「······じゃあ二人を頼んだよ、シルバーベル、オレンジベル」
「こっちこそ。もし危なくなったら何時でもドラム公爵領に来てね。······イリスも」
シルバーベルは既に切り替えていた。今までまじまじと一同を見つめていたイリスにも声を掛ける。
「······え、っと······はい、分かりました」
彼女はこくこくと何度も頷く。そして辺りを見回して、
「あ、そうそう。案内としてティケッツ少年を付けましょう」
とおもむろに言う。
······何でも、彼だけが知る抜け道があるのだと言う。無論その方向には機械が殆ど居ない。
「······分かりました。ありがとうございます。······どうか、ご無事で」
「こちらこそ」
スミレとイリスは互いに手を握って無事を祈った。
それから約1分後、一行は既に森の中に居た。
「······お姉さん達、着いてこれてる?」
「勿論。······それにしても随分慣れてるね······」
「まあね。ここは何度も通ってきてるから」
抜け道を先導するティケッツの足には迷いがなかった。シルバーベルの質問に対してもさらりと答える。
······イリスから聞いた出来事の余韻など、全くと言っていいほど感じられなかった。
「······」
スミレは一行のおおよそ真ん中で早歩きをしていたが、ふと右手を見る。それは、丁度イリスと握手をした方の手だった。
「······どうしたのー?」
それを見つけてネアが声を掛けてくる。はっとしたかのようにスミレは首を振った。
「······いや、何でもない。······でも、何か······」
「······だよねぇ······」
不思議な感覚を下手な言葉で訴えたのだが、何故かネアには伝わった。愛故の以心伝心、という以前に、恐らくネアもイリスから何かを感じていたのだろう。
「それに今考えてみれば、どうしてイエローベルが動かなかったんだろう······とか」
「確かにあの子は義理とかそういうタイプじゃ無さそうだし······何かありそうだねー······」
「あ、ちょっと」
次第に二人が考察の深みに陥りかけていたところ、それを切る声があった。シルバーベルである。
「······どうしたのー?」
「そろそろ外に出るって。······で、ティケッツをどうしようかの相談なんだけど······」
どうするか、と言っても取って食う訳ではない。彼をドラム公爵領に連れて行くかどうかの話らしい。······他の三人の会話は聞いていなかった二人であった。
「······ティケッツ君はどうしたいって言ってました?」
「一応戻りたいとは言ってるけど······」
「······」
少し不安げな様子で顔を見合わせた。
······小休止。一行は静かな小道の広場にて休憩をとる。
「もうここから先曲がり道はないよ。抜け道から出ても······そのまま直進すればドラム公爵領に着けるから」
今すぐにでも戻りたいような雰囲気を漂わせているティケッツの言葉だった。
「······で、ここから先ティケッツ君はどうするの?」
「帰るよ。レジスタンスの地区に戻ってこれまで通り過ごしていくんだ」
そこへネアが口を挟む。
「······イリスには何か言われたの?」
「いや?別に何も······それが?」
まだ若いティケッツには、その意味が理解できなかったらしい。
「······じゃあ、帰ってこいとは言われてない訳だ」
「······!?」
恐らくイリスは、ティケッツを送り出す際にわざと何も言わなかったのだろう。それをこうしてネア達が利用する事も分かっていたかも知れない。
「······でも、行けとも言われてないけど」
ティケッツは抗弁を試みた。······無言は解釈しだいでは雄弁になり得るのだ。しかし、
「いや、帰ってこさせない方が良いって言ってたよ」
そこで久々に口を開いたのはオレンジベルだった。彼女は続ける。
「若い人達には未来がある。だから一人でも避難させたいんだ······って。両親の形見も持たせてるから、そこは大丈夫······だって」
「············」
ティケッツはその言葉を無視出来るほど勇敢でも無謀でもない。······ついには、折れてしまった。
「······分かった。分かったよ。······生きるよ······」
彼もまた迷っていたのだろう。その決断の後は、心做しか足取りがしっかりしているように見えた。
「······じゃあわかった。抜け道道出るまでは僕が先頭になるよ。そこからは危険だからお姉さんのうち誰かが先頭になって欲しい。どうせ真っ直ぐだから······」
「大丈夫。私が先頭やるよ!」
ティケッツの声に意気込みを返したのはオレンジベルであった。······確かにペースは乱されそうではあるが、先頭には適任だろう。
そして一行は方針が決まると直ぐに出発した。
「······でオレンジベル。さっきのイリス云々は本当なの?」
「いや?」
ふと横に来たシルバーベルの問いを、オレンジベルは明快に否定してみせた。
「全部私が適当に作って言った。······形見のところはそれとなくイリスから聞いたんだけどね」
「······」
シルバーベルは息を呑んだ。一見馬鹿のように見えるこの少女は、ひょっとしたら特定の場面で頭脳が覚醒するのかも知れない。しかも返答もしっかり小声である。
······ベルシリーズの一員として、誰よりも知っていた筈の仲間達が······このような状況に置かれて、それぞれの能力をより高めているのだ。もしコズミックがこれを見ていたら······きっとあのよく分からない笑みではなく、本心から笑って見守るのだろう。
よく分からない感情が芽生えるのを実感しつつ、彼女はオレンジベルの顔を見つめた。
────やがて、左右を覆っていた建物や木々が少しづつ少なくなっていくと同時に、二人はゆっくりと警戒を強めていく。その距離は、普段より近いように見えた。
「ここから外だよ。······機械どもにバレたらまずいから、急いで越えよう」
「りょうかーい!」
ティケッツの声が終わるか終わらないかのうちにオレンジベルが先頭に躍り出た。
途端に早くなるペースに、全員は必死になって追いついていく。それでも追いつけるペースにしている······とは、やや好意的すぎる見方かもしれない。
────そのまま数分走った時だった。
「······ちょっと皆いいー?」
突然ネアが呟き、全員に何かしらの魔法をかける。
「これは······認識阻害魔法······?」
魔法に伴う光の粒の色から使われた魔法を判別したスミレだった。
「うん。······誰か······いや、何か来る。敵意はないけど······今のところは」
「えっと······こんな荒原に、人が······?」
オレンジベルを呼び止めつつ、シルバーベルが呟いた。
「さあ······。どうするー?やり過ごす?それとも······」
とのネアの声に首を振ったのはシルバーベルだった。
「いや、もう遅い。······気付かれてる。とりあえず、機械ではないんでしょ?······魔力吸収か、洗脳されてない人は奴隷化されてるんだって。······なら、もしかしたら話は通じるかもよ······?」
はっと周囲を見回すと、遠くから二つの人影がこちらに近付いてくるのが見えた。
······もう採る手段は少ない。全力で警戒しつつ、一行はやってくる者を瞳に捉えるのだった。
「誰だ!」
やってきた者は青年と、全身をフード付きのローブで覆った女性だった。
「······」
こちらの台詞だ、と言いたくなるのを抑えて、シルバーベルは相手の観察に努める。
青年の方は精悍であり、腰に無造作に差している剣も相まって中々強そうに見える。······恐らくは、機械と遭遇しても苦もなく倒していったに違いない。
女性の方は······というと、これがよく分からない。フードを被っているというのもあるが、何か······『知る事を拒否されている』としか言いようのない雰囲気が、彼女の周辺を覆っているのだ。
「誰だと聞いている!言わなければ······」
シルバーベルの思考は青年の大声で中断された。
「······うるさいなぁ。そんなに高圧的な態度だと、教えてもらえるものももらえないよ?」
と、適当に言うシルバーベル。それを受けて青年は黙ってしまった。
「っ······」
······この青年は一体誰なのだろうか?
言葉を交わすまでは特に何とも思わなかったが、今や全員がその事に注目していた。態度といい、服装といい、どうも一般人のようには見えないのだ。
「まぁまぁ。こんな荒原で偶然誰かと会えたんだし······口論してても始まらないよー」
仲裁に入ったのはネアである。のんびりした、だが確実に冷静な口調が、下手をすれば一触即発になりそうだった場に春風を吹き入れる。
「そう······だな。すまない」
「こっちこそ。······でも、まずはそっちから名乗ってもらいたいんだけど······」
「······あぁ。俺の名前はアレク。真人族で······世界を救うために旅をしているところだ」
世界を救う。······随分と大言壮語を吐くものだ、とはこの場の中で何人が思ったのだろうか。
「······で、こっちはペレア。何でも、ホワイト······サキュパス?って言うらしい。人間には害を与えないらしいから安心しろってさ」
アレクの紹介に従って、ペレアと言うらしい女性はぺこりと頭を下げる。······よく見れば、フードの合間から悪魔的な耳が覗いている。
「うん。······で、世界を救うって言ったよね?······誰かから言われたの?」
シルバーベルの隣に進み出てきたオレンジベルはそう問いをぶつけた。正直言って不謹慎である。
「いや、自分の意思······でもないな。神の声が聞こえたんだ······『世界を救え、君は勇者だよ』ってな」
「「「······」」」
これを実際に聞いた一同の心境は分からない。ジャンヌ・ダルクのようだと思ったスミレや、変なのと思ったネアとティケッツもいる。
······しかしいつか、その言葉の意味を知ることになる時がやって来るのだ。
アレクとペレアへの自己紹介は極めて簡素なものだった。急いでいる、ということもあるが、あまり個人情報を露出してしまっては何が起こるか分からないのである。特にシルバーベルとオレンジベルは、お互い全員と示し合わせて偽名を使うという徹底ぶりであった。
「······そうか。これからドラム公爵領に······」
「うん。そっちは?」
「俺らはレジスタンスの所に行くつもりだ。用事もあるしな」
「······あそこ、そろそろ危ないらしいですよ。用事があるなら急いだ方がいいと思います······」
アレクはどうやらレジスタンス本部に行くらしい。スミレは一応それについて注意喚起した。
「ああ。······さて、引き止めて悪かったな。無事を祈る」
「こっちこそ。また会えるといいね」
アレクは豪快に手を振り、ペレアは軽く会釈をして去っていく。
後には、今まで通りの荒原が残されていた。
「······何だったんだろう」
「味方······なのかなー」
スミレとネアは、去っていく二人を見送りつつ互いに呟いた。どうも再び波乱が加わりそうだ、と言いたげである。
「まあアレクの方には多分敵対心はないと思うよ。······でも、連れてたもう一人がちょっと怪しいなぁ······」
シルバーベルがそこにやって来てそう話す。訝しがっている、と言うほどでは無いものの、どうも引っかかる、という様子である。
「······まあ、今から考えてても始まらないよ!······それより!」
と元気のいい言葉を発したのはオレンジベルである。······確かに彼女の言葉は一旦全員を鼓舞することにはなった。しかし、それに続いた発言が問題である。
「話してる間に方向忘れた!ドラム公爵領って······どっちだったっけ?」
「······はぁ!?」
思わず乱暴な口調になってしまうシルバーベル。
「えっと、いや、その······ごめん!」
何かを言おうとしていたようだが、悲しいことに語彙が足りなかった。それでこの状況はどうにもならないが、ひとまず謝罪をする。
「ごめんって······このままここで立ち往生してるといつか機械に囲まれるんだよ!どうしよう······」
「ま、まぁまぁ落ち着いて、お姉さん達」
見かねて間に入ったのはティケッツであった。
「念の為僕が目印を付けておいたんだ。ほら、この石を見て」
彼が下を指差すと、そこには2つの石が並んでいた。
「えっと······こっち側から来たから······うん、あっち側!まっすぐ進んで!」
それで二人は黙って顔を見合わせる。
「······シルバーベル、ごめん。あとティケッツ君、ありがとう」
「私もちょっと熱くなっちゃった······。私からも。ティケッツ君にありがとう、だね······」
連続する厄介事を乗り越え、一行はドラム公爵領へとひた走る。
このまま荒原が続くのか、と思われたが、いつの間にか草がまばらに生え始めていた。その草もやがて芝生のように一面に広がり、草原を形成する。
また数分間進めば、木がまばらに生えるのが目に映ってきた。その木もやがて集まって林を形成し、林は次第に森へと変貌する。一行はいつしか森の中を歩いていたのだ。
今までは視界の端に機械が映ることも多かったが、ここに来れば木々で遮られていることもあり、殺気というものはほとんど感じられなくなった。······機械が皆無、という訳ではないだろうが。
『真っ直ぐの道』は不思議なことに前を遮る木がほとんどなかった。分かりやすいものである。
「そろそろ見えてくるかな?」
シルバーベルが列の中程で呟いた。
「何か標識とかあるんですか?」
ふと呟きを耳にしたスミレはそう尋ねる。
「いや······標識というか。まあ行けばわかると思うよ」
返ってきたのはそんな曖昧な答えだった。何か奇抜な建物でもあるのだろうか?などと考える彼女だった。
「······でもまさか結界くらいは張ってるよね?流石にこの状況じゃ······結界なしでは守れないよ」
「うん、その通り。······まあ行けばわかるよ」
『行けばわかる』との台詞を繰り返すシルバーベル。とはいえ知りたいものは仕方がないので、少しだけ教えてくれた。
「ドラム公爵領には、ものすごい結界が張られてるんだよ。誰が張ったのかは私にも分からないけど······多分凄腕の結界魔法使いでもいるんじゃないかな?」
結界魔法使い、と言えば即座に思い浮かぶのはアリシアである。······だが、彼女は、恐らく······
と、先頭を行くオレンジベルが突然振り返って声をかける。
「見えてきたよー!······ほら!あの結界が覆ってるところ······あそこからがドラム公爵領!」
彼女に追いついて眺めてみると、確かに巨大な、そして頑丈そうな結界が見えてきた。······いよいよ、物語が進むのである。
程なくして一行は結界の前に辿り着いた。半透明なので内部は一応見えるものの、分厚いことと僅かに青い色合いのせいで極めて見えにくくなっている。
「ここ······入るにはどうすれば?」
たった今オレンジベルが手を触れたところ、思いっきり弾き飛ばされたのを目撃したスミレがシルバーベルに質問する。
「ベルシリーズはこのままじゃ入れないんだよ。······でも、三人はそのままでも多分入れると思うよ。試しに手を入れてみて」
半信半疑な様子でネアは結界に手を触れてみた。······すると、ぬるっと手が吸い込まれる。
「ひえっ」
軽く悲鳴をあげてしまう彼女を見て、一体どんな感覚なのだろうと少し躊躇するスミレ。
しかしもたもたしていては後ろから機械が来るかもしれない······と思い手を差し入れてみると、まるでゼリーに手を入れているかのような感触である。声こそ出さなかったものの、一瞬背筋がぞわっとしたようだ。
「そうなってるんだ······」
とのオレンジベルの呟きには耳を貸さず、ネアは一旦シルバーベルを見やる。その口から出た指示は次の通りだった。
「······とりあえずそのまま入っちゃって。私達が入るまでは動かないでね」
「はーい」
そう返事をすると、躊躇なく結界の内側へと入っていくネアだった。最初の方に上げた悲鳴は何だったのだろうか。
······ただ、ネアが迷わず結界の内側へと入っていったのは、スミレにとって逆に救いでもあった。そのお陰で、勇気が出せたのだから。
およそ1メートルに及ぶゼリーを通り、すぽんと結界の内側へ抜ける。この時スミレは少し勢いをつけすぎたのか、出た瞬間にバランスを崩して前のめりになる。
ただ、丁度そこにネアがいた。
「うわっとと······」
二人して倒れ込む、ということはなかったが、受け止めたネアもスミレと一緒によろめいてしまった。
「······えへへー」
まあ、これなら大丈夫だろう。
そのうちティケッツも真顔で入って来、後はベルシリーズの二人を残すのみとなる。
内側から外は、その逆と同じように極めて見えにくい。ぼんやりと人影のようなものは見えたが、何をしているのかまでは分からなかった。
しかし。結界が円形に抉れたのを見た瞬間、内側の三人はシルバーベルが何をしたのかを瞬時に理解した。
その手には銀の銃。······かつてカルトナや、新魔王を封印していた結界に向けて使用した、魔封じの銃である。それを使って、結界に穴を空けたのである。
「乱暴だなぁ······」
オレンジベルが苦笑した。······だがその直後、彼女もシルバーベルに手を掴まれ、引っ張られるように結界の中へと入っていた。
······さて、ここで一行は結界の内側へと意識を向ける。
そこは、集落だった。
林と民家が共存し、数世代にも渡って受け継がれてきた建物があちらこちらに存在する、歴史ある町だった。
······ドラム公爵領。今や人類最後の町とも言える、箱の中の世界である。
「ここが······」
ティケッツが呟いた。
恐らく、人類最後の町と聞いて、もっと深刻な様子を想像していたのだろう。
「······ドラム公爵領。······ここならやっと落ち着けるかな······」
珍しくシルバーベルがそんなことを口にする。それだけここは安全だという認識があるのだろう。だが、スミレとネアはそう簡単に止まる訳にはいかなかった。
「······「まず、どうすればいいのか教えて」ください」
見事に声が揃った。シルバーベルは面食らった体で頬を掻く。
「って言われてもね······」
と呟いた所で、お腹が鳴った。
······そう、忘れているかも知れないが、ベルシリーズにも不死者にも空腹の概念はある。今まで張り詰めていた空気が急に弛緩したので、これも仕方ないことなのである。
その音を聞いてオレンジベルはまたも苦笑を浮かべた。······だが、スミレとネアは顔を見合わせる。
「······まあ、すぐに行動するとしても、ここに来た以上、色々と話さないといけないこともあるし······まずはみんなでご飯食べようよ。そのくらいなら、レジスタンスも結界も持ちこたえてくれるよ」
シルバーベルは取り繕うようにして言った。······しかし、それは十二分に健全な提案であった。
今日は何かの行事があるらしく、露店があちらこちらに出ている。
その喧騒の中でも、俊敏なティケッツが席を確保したお陰で、五人全員が久々にまともな食事にありつくことができた。
『いただきます』
「えっと······いただき、ます?」
ティケッツは見よう見まねで四人の仕草を真似する。······実際のところ、これはスミレが決めたマナーであり、シルバーベルとオレンジベルはそれに乗っかっているのに過ぎないのだが。
ピザとチーズたっぷりなサラダを一通り食べ終わったら、五人は再び真剣な顔に戻る。
そして話し合いを再開しようとした、その時だった。ふとスミレが顔を上げたかと思うと、
「あれ······?」
人混みの向こうの方に、誰か居るのを認めたらしい。······ネアもそれに釣られて顔をそちらに向けたかと思うと、
「あ、あの人は······」
と驚きを込めて呟く。
それについていけないのはベルシリーズの二人とティケッツだった。
「······え?······どこ?」
「あの人がどうかしたの?」
「······?」
この場の過半数が混乱している中で、ネアは声を張り上げた。向こうに届くように。
「アリサさーん!······シスター・アリサ!!」
シスター・アリサ。
そう呼ばれた彼女も、ここに居る五人を驚きの表情で見詰めていた。
「······で······」
困惑と感激と衝撃が混ざり合った表情を浮かべながら、アリサが五人の所へやって来る。
最初に現状整理の意味を込めた呟きを放つも、それから二の句が継げない。ただ五人を均等に見詰めて、目を白黒させているだけである。
「何でここに······ですか?」
スミレが彼女の台詞を代弁すると、彼女はこくこくと頷いた。
「何でここに······って言われても、どこから説明すればいいんだろー······」
「えっと、」
ネアが率直な感想を浮かべると、アリサは食い気味にそこへ割り込んだ。
「えっと、ですね······ひとまず、貴女二人がそういう存在なのは存じています。そちらの鈴を付けた二人も、神の使い······ですよね。この男の子は······まあ、保護した······と解釈しています。私が聞きたいのは······どんな目的を持ってここに来たか······です」
彼女は時々つっかえながら早口で言った。
······さて、記憶にないという方も多かろう。シスター・アリサについて、おさらいをしよう。
彼女はここ、ドラム公爵領のシスターであり、ここにある教会を実質まとめている存在である。
彼女は勇者の遺品に祈りを捧げた四人の聖職者の一人であり、またドラム公爵領に到着した宝玉を保護する者でもあった。そう、あの時コトミとクリスが長い道を歩いて運んできた、灰色の輝きを放つ、宝玉。
あの時から虚弱そうに見えたが、何故か今でもそのままの姿を留めている。スミレとネアは祈りの現場ではっきりと目視したため、今ここで、彼女の姿があの時からほとんど変わらないということをすぐに認めたのだった。
それでも特に何も思わないところを見ると······最早慣れてしまったのだろうか。
さて、宝玉を集めているという話と、それに付随する形でここまでの経緯を軽く聞いたアリサは、軽くため息を吐いた。
「はぁ······お疲れ様です。······良くぞここまで······」
「いえいえ······色々な人の助力があったので······」
スミレは心からそう言った。勿論微妙な表情を浮かべるベルシリーズの様子も知った上で、である。
「······では、とりあえずティケッツくん······ですよね?······は、こちらで預からせて頂きます。仕来りがありますので一応領主に諮りますが、······まあ大丈夫です。······で、宝玉についてですが······一日待ってください」
ティケッツの問題が解決して胸を撫で下ろす一行だったが、その次に言われた事には首を傾げる。というのも、説得しようとはしたが、アリサの様子から、どうしてもすぐの引渡しは不可能だということが察せられたからだ。
「······この祭りに宝玉がそれなりに関係しているのです。······明日になればお渡しできますので······」
その説明を聞いて、納得した。······確かに、このような状況下においては、祭りをするにはそれだけの理由が必要なのである。
ついでにアリサは町を案内して回ることを約束してくれた。······どうやら、つかの間の安息はまだ続きそうである。
「······さて、どこからどうしましょうか······」
アリサは二人に向けてのんびりと言う。······二人というのは、スミレとネアのことである。何せ安全さが今までとは天と地ほども違う。そのためベルシリーズの二人とは、明日は教会の前で落ち合うとの約束を交わし別れたのだった。
「とりあえず······何か質問はありますか?ほとんど聞いた話ですけど······答えられるものには答えますよ」
ゆっくりと歩きながらアリサは言った。
ネアはそれに敏感に反応する。
「うんー······聞きたいこと、いくつかあるんだけど······まずは、ここの結界について。······誰が張ったの?」
結界。町を守る、あの青色の分厚い膜。あれほどの大きさ、あれほどの分厚さ······生半可な結界魔法ではとても間に合わない規模の結界である。
それを誰が張ったのか······ネアだけでなく、スミレも気になっていたことである。
「あー、あれは······誰、というか。王都から逃げてきた六人のシスターが、王子と一緒に持ってきた魔石······そこに込められていた結界魔法によるものです。誰が付与したのかは分かりませんが······相当な能力を持っていたようですよ、その人······」
アリサは滔々と述べる。しかしそれを聞いた二人の反応は、いずれも驚天動地と言っても相違なかった。
「王子······?六人のシスター······?あと······」
やっぱりアリシアさんだ、との声は出てこなかった。······だが、魔石に付与してシスターに手渡したのだとしたら······彼女は、あえて······
そこから先は考えないことにした。それにしても、
「シスター、というとー······」
「······はい。もう200年も前のことになりますので······申し訳ありません、名前は忘れてしまいました。ですが、今でも当時のことは······鮮明に覚えておりますよ」
アリサは瞑目した。
【!!!】【phase1】
とある場所。
黒、と言うより褐色や灰色、濃緑色を基調とした風景が広がる廊下。そこをピンク髪の女性がのんびりと歩いていた。
禍々しい雰囲気の空間ではあるが、彼女は気にも留めない。······何故なら、そここそが彼女達の居場所なのである。
新魔王の居城、『魔戦車』────それがここの名前だった。
そんな彼女は前方に何かを発見し、足を早める。
「あ、魔王様。ちょっと報告が」
というか、魔王だった。このピンク髪の女性は魔王の配下なのであろう。
「どうした?」
「ちょっとオーバースコープで遠くを眺めてたら大発見が」
「······?」
オーバースコープ。スコープというくらいだから遠くを見られるものであろう。それで発見となると、
「鈴の少女の残党を確認しました。二人······です。」
「レジスタンスにも一人入っただろ。······これで全部か······」
「鈴は全部ですね。」
「何処へ行った?」
「二人はドラム公爵領に向かいました。また、別の人間を3人ほど連れてましたが」
「あそこか······」
魔王は心底厄介そうな顔をした。ドラム公爵領の結界の効力は確かなようである。
「あそこはまだいい。今まで通り適当な機械に散発的な攻撃をさせてやれ」
「承知しました。······というよりなんで私に?御前会議で言えばいい話ですよ」
「······」
めんどくさいなこいつ、と言わんばかりの魔王の表情である。正論ではあるがロマンが足りない、との意味も込められているだろう。
「それより問題は連れていた3人です。一人はただの男の子でしたが······もう二人が問題なんですよね······」
「何だ?簡潔に言ってみろ」
「はい。片方はあの魔法使いに匹敵する程の力を持っています。もう片方は······わかりません」
「ほう······そいつを捕らえたらもう終わりだな。······で、分からないというのは何だ?」
魔王はまず前者の方に興味を示した。······あの魔法使いというのは、おそらく······
しかし、もう一人が分からない。彼はその詳細を聞きたがった。
「分かりません。詳細が確認できないんです。······なぜか」
「······は?」
「捕まえてみるしかないと思います。オーバースコープで解析ができないなら······」
「············」
ピンク髪の女性が至極当然の帰結をしたところで、魔王は黙った。採る方針を考えているようである。
そして口を開いて出てきたのは、
「よし。まずはレジスタンスに総攻撃をかける。数波くらいは耐えるだろうが物量で推し潰す。洗脳機械の投入も認めることにするか」
「ですからそれは······いや。まあ確かにレジスタンスが落ちれば色々と楽になりますね。鈴の少女が二人に首領······そいつらを捕らえて力を吸収すればもう勝ったものですね」
「まだ油断するな。そもそもあの魔法使いがかけた厳重なロックがまだ解除できていない。中から何が出てくるか見ものだが······」
「はいはい。では報告は以上です」
ピンク髪の女性は話を適当なところで切り上げ、再び廊下を歩き出す。······不気味な薄笑いを浮かべながら。
【???】【phase8】>>178
「······っ······どういうことなんですか!?」
大聖堂にいるあらゆるシスターは声を上げた。いや、それどころではない。普段から影のように働いているモンク、また声には出さないものの、一部の枢機卿さえ色めき立った。
「王はどうなさると······?」
「いや、その前にネム枢機卿は······」
「いやいや、それより負傷者の看護を優先すべき────」
等の声が飛び交う。混乱状態だった。
その中では、第7班と呼ばれた8人は、比較的冷静であった。······というのも、彼女らは経験が違う。クリスを除き、かつて神の化身とも戦ったことがある上、引率はコトミである。
しかし、彼女らはこの後とんでもない任務を頼まれることになるのである。
「さて······と。あなた方の任務は、ワープ魔法が使えない住民をドラム公爵領まで送り届けることです。ドラム公爵領に着いたらあとはその地で過ごしてください。王都に戻ってはなりません」
ネムは礼拝場にシスターやモンクをあらかた集め演説する。······どことなく早口なその様子が、皆が事態の緊急さを理解するのに一役買っていた。王都に戻るな、という異様な命令もあり、一気に全員の表情が引き締まる。
「さて、伝えたいことは以上です。既に結構集まっていますので······1班から順に向かってください。あと7班は別に伝えることがありますので残っててください。解散」
解散、との命を受けて、集まった全員は整然と散っていった。かなり早い終わりだったがそういうことも言っていられないのである。
そして、7班。コトミを筆頭とした8人は、それから数分後、前の祭壇の所に集まっていた。当然ながらネムもいる。
まず彼女が口を開いた。回りくどい質問など許さないといった様子である。
「7班には······その実力を見込んで、特別な任務を与えたいと思います。あぁ、ちなみに······申し訳ありませんが拒否権はありません」
これまた異様な言葉だった。ここに居る全員が訳が分からないというような表情をする。······コトミ以外。
「7班には······王子の護送を頼みたいのです」
······そして告げられる、あまりにも重大な任務。シスター達の表情が、衝撃で一気に染められた。
>>197
「······歩きながらする話じゃないですね。この話はまたの機会にしましょう」
ゆっくりと目を開きながらアリサは言った。······果たしてその『またの機会』は来るのだろうか。不満というより不安である。
「······もう少し見ていきますか?」
その代わりとでも言うかのように、アリサは後ろの方を指差す。
「もうあんまりお腹空いてないんだけどー······スミレはどうする?」
「私もいいかな。······アリサさんが行きたいならついていきますけど······」
元々アリサは一人で屋台や露店を回っていた。自分たちが現れたことでそれが中断されたのではないか、ということをスミレは考えていたのである。
いや、それよりも深い所まで見ていたのかもしれない。
「······着いてこなくていいです。ちょっと一分ほど待ってください」
そう言い置いて人混みの中に消えていくアリサ。虚弱そうな外見で、いや実際そうなのだが、驚く程の俊敏さであった。
「ふぅ。お待たせしました」
戻ってきたアリサの手には小さめの瓶が握られていた。一体何を買ってきたのだろうか。
「いえいえ。······もう大丈夫ですか?」
「はい。······って、駄目ですね、案内する側なのに······」
彼女はその顔に軽い苦笑を浮かべた。少しだけ申し訳なさそうな成分も混じっている。
そしてスミレ達が何か言う前に先程までのような調子に戻り、
「そういえば、ここ······ドラム公爵領には城が建てられてるんですよ。勿論王都にあったものより規模は劣りますが······逃げてきた当時の王子の為に建てられたものでして······見ていきますか?」
そう言った。
公爵領の中心と言えば領主館であるが、その隣に建てられたのが話題に上った城であるらしい。
「城、かぁー······」
城があるということは、王家は未だに続いているのであろう。呟いたネアの表情には複雑なものがあった。しかし、
「まあ無理にとは言いませんが······」
「······うん、行くよ。出来ればだけどー······王家の人にも会いたいしねー」
アリサの言葉が決め手となった。この辺りは話術なのだろうか。
······ともかく、三人はドラム公爵領の中央へと足を向ける。
【ちょっとあとがき】
200レス(話ではない)!?200レスですよ!?
ここまでずっと見てくださった方、本当にありがとうございます。これからもだらだらと広げた風呂敷を畳んでいきますので、のんびりとお付き合いくださいませ。