( 所在なさげに勢いを増す雨に目をやって、ああこのままじゃ風邪をひくかもしれないな、なんてぼんやり考える。関心のない振りは得意だ。どうでもいいような顔をして、なにも聞かなかったことにしていればいいだけだ。けれど。相手の言葉をきちんと吸い込んで、噛み砕くようにして、頭で考える。雨宿りなんて抽象的な表現で、相手の事情を図り知ることなんてできない。かちあった視線で問いただしても、きっと答えてはくれないはずだ。それを知る必要なんて、ないから。ただ、相手が自分を必要としているという事実だけ。承諾する根拠なんて、それだけなのかもしれない。彼女に対する同情や罪悪感なんてまるで感じないで、それだけ。少し言葉を探して、けれどそれは形にならないまま、小さく顎だけ引いて。扉の鍵を開ける音が軽やかに響き、それからすぐに雨音の中に消えた。扉を開き、靴を脱ぐ。なにも言わなくたって、相手はそれをイエスと受け取るはずだ。ボロくなった天井を見上げては、含めるように言葉を漏らして。自分はいつからこんな柔軟性のある人間になったのだ、と呆れたが、それは他の感情と混ざって滲んで、原型を無くしてしまった。 )
雨漏りしない保証があるわけじゃないけど、
>>9 莉緒
うーん、それはやだなあ
( 勝手に閉じて行く彼の家のドアを手で押さえると、少しの力がかかって止まった。まだ踏み込まないで、壁に手をついて覗き込むようにだけして、すこし冗談めかして言って。入っていった後ろ姿を眺めて、ああ、よかったと安堵の息が漏れる。まだ中に踏み込まなかったのは、やっぱりこの人は自分のストーカーだってわかっていたからだと思った。ドアから見た世界だけから推測するに、ストーカーの家だと言ってもあまりにも平々凡々としているように感じる。もっとなんか、写真がばーって貼られてたりとか、そういうイメージなのだけれど。気づけば玄関に踏み込んで、足だけ使って器用に靴を脱いでいた。スニーカーはぐっしょりで、水を含んでいつもより色が濃くなっていた。靴下になって玄関に立って、スニーカーを乾かすのはここでいいのか、濡れた靴下で踏み込んでいいのかと気にした。でも、私がこの家にとって新人であることは確かだった。ストーカーという事以外で、この人の事は何も知らない。まあ、ストーカーだからあっちは知ってるんだろうけどなあ。この靴の事と、お兄さんについてもう少し聞かないと、この先には踏み入れないと思って、ぐっしょりの靴下を脱いで裸足になると、床の冷たさに震えながら丸めた靴下とスニーカーを持って問うた。もう私はこの家の人になるんだから、と思ってあくまで気さくに。でもやっぱり嫁入りでもするわけじゃないのにこんな話し方をするのは、大事なものを見落としてる気がして口の中がしょっぱくなる。でもにっこりと笑って見せた。 )
ねえ、お兄さん。靴と靴下がびちゃびちゃだよ、どうすればいい。あぁ、お兄さんじゃなくて、私お兄さんをお名前で読んでみたい。お兄さん、なんて名前なの。知ってるんだろうけど、私は泡深莉緒って言うの。
>>10 名前を知らないお兄さん