…そっか、そうかもしれないね
( ごくんと相手の言葉を飲み込んでから、つ、と小さく息を吐いてみる。靴で包まれたつま先は地面に当たるなり良さげな音を奏でて、雨はぱらぱら鳴った。むぅ、このひと、なんかそれっぽいことを言ってきた。だって確かに商店街の精肉店と八百屋の店主さんは同姓同名だし、世間は案外狭いのだろう。ぐりぐりと足首を回して、優しそうな声で言うけれど、目立って合わせないし、言葉の方向は斜め下を向いていて、強かに言い捨てたようにも取れる。硬い地面には、痛くも痒くもないんだろうけど。「 でも 」なんて反論はしなかった。すこし大人びた行動をしたつもりなのに、どうせ拙い言葉しか出ないのに反論したって、そしたらなんだか惨めになりそうな気がして。鞄を持ち直してゆら、と濁った瞳を揺らしながら20とか、30糎ほど上にある相手の顔を見上げる。カメラのピントを合わせるみたいに顔はほとんど動かさないで、もしかしたら見えない瞳の内側を覗こうとしながら、どこかぎこちない笑みを浮かべて、またなにか遠い先のことを見つめるように。雨宿りみたいに言うけれども、雨って今降ってる雨じゃないくて、事のことかというか、家でのことというか、家出の理由というか。とりあえず、匿って欲しいって。 )
おにーさん。わたし、おにーさんに会いたくて来たの。お願いがあって。わたし、もうここ以外行くところなくて。ねえ、おにーさん。おにーさんがわたしと会ったことあるだとか、無いだとか関係無いから、どれくらいまでかは知らないけど、雨がやむまで、泊めてくれないかなって。
>>8 おにーさん
( 所在なさげに勢いを増す雨に目をやって、ああこのままじゃ風邪をひくかもしれないな、なんてぼんやり考える。関心のない振りは得意だ。どうでもいいような顔をして、なにも聞かなかったことにしていればいいだけだ。けれど。相手の言葉をきちんと吸い込んで、噛み砕くようにして、頭で考える。雨宿りなんて抽象的な表現で、相手の事情を図り知ることなんてできない。かちあった視線で問いただしても、きっと答えてはくれないはずだ。それを知る必要なんて、ないから。ただ、相手が自分を必要としているという事実だけ。承諾する根拠なんて、それだけなのかもしれない。彼女に対する同情や罪悪感なんてまるで感じないで、それだけ。少し言葉を探して、けれどそれは形にならないまま、小さく顎だけ引いて。扉の鍵を開ける音が軽やかに響き、それからすぐに雨音の中に消えた。扉を開き、靴を脱ぐ。なにも言わなくたって、相手はそれをイエスと受け取るはずだ。ボロくなった天井を見上げては、含めるように言葉を漏らして。自分はいつからこんな柔軟性のある人間になったのだ、と呆れたが、それは他の感情と混ざって滲んで、原型を無くしてしまった。 )
雨漏りしない保証があるわけじゃないけど、
>>9 莉緒