うーん、それはやだなあ
( 勝手に閉じて行く彼の家のドアを手で押さえると、少しの力がかかって止まった。まだ踏み込まないで、壁に手をついて覗き込むようにだけして、すこし冗談めかして言って。入っていった後ろ姿を眺めて、ああ、よかったと安堵の息が漏れる。まだ中に踏み込まなかったのは、やっぱりこの人は自分のストーカーだってわかっていたからだと思った。ドアから見た世界だけから推測するに、ストーカーの家だと言ってもあまりにも平々凡々としているように感じる。もっとなんか、写真がばーって貼られてたりとか、そういうイメージなのだけれど。気づけば玄関に踏み込んで、足だけ使って器用に靴を脱いでいた。スニーカーはぐっしょりで、水を含んでいつもより色が濃くなっていた。靴下になって玄関に立って、スニーカーを乾かすのはここでいいのか、濡れた靴下で踏み込んでいいのかと気にした。でも、私がこの家にとって新人であることは確かだった。ストーカーという事以外で、この人の事は何も知らない。まあ、ストーカーだからあっちは知ってるんだろうけどなあ。この靴の事と、お兄さんについてもう少し聞かないと、この先には踏み入れないと思って、ぐっしょりの靴下を脱いで裸足になると、床の冷たさに震えながら丸めた靴下とスニーカーを持って問うた。もう私はこの家の人になるんだから、と思ってあくまで気さくに。でもやっぱり嫁入りでもするわけじゃないのにこんな話し方をするのは、大事なものを見落としてる気がして口の中がしょっぱくなる。でもにっこりと笑って見せた。 )
ねえ、お兄さん。靴と靴下がびちゃびちゃだよ、どうすればいい。あぁ、お兄さんじゃなくて、私お兄さんをお名前で読んでみたい。お兄さん、なんて名前なの。知ってるんだろうけど、私は泡深莉緒って言うの。
>>10 名前を知らないお兄さん
( /詰め込んだら長くなっちゃったのと トリップが消失してしまったので変えたよっていうのと、そんな感じです おひさしぶりだ〜 )
そう、知ってるよ、なんでも。君も、知ってるんだろうけど。−あ、靴はそこに置いておいて、いいから
( 踏み込んだ部屋の中は暗くて、じわりと濡れた靴下が床に足跡を付けてしまって、雨は扉から吹き込んでくる。靴下を脱ぐと、足が冷たい。後ろからかかるあの子の言葉も、話し方のせいかぽんぽんと弾むように軽いけれど、どこか湿っぽい。この子は自身のストーカーの男の部屋にもいとも簡単に、それこそぽんぽんと弾んで成り行きに任せるように入っていってしまうのだろうか、そう思ったけれど、扉の前で立ち止まる姿を見て、安堵を覚えた。息を吐く。彼女は成り行きなんかじゃなくて、相応の覚悟を持ってここに来たんだろうな、と彼女のこれまでに思いを馳せてみたけれど、小学生がストーカーの家を訪ねなければならなくなる事情なんて、流されるまま生きてきた自分には、想像に難かった。それでも彼女は湿っているようにも思える微笑みを浮かべて、また弾むように話すものだから、ストーカー失格といえばそうだけれど、この子のことはよく解らない。でも、彼女はきっと、なにもかも解っている。有り得ないけれど、そんな気がしたから、もう笑って誤魔化す気にもなれなかった。この子が知りたいのは名前だけじゃないとなんとなく感じたから、自己紹介は後回しにしてこの靴下をどうにかしようと、靴下を握る。その拍子に水が少し、漏れ出てしまう。果たして、靴下はどこに干すべきか。当たり前のことすら思いつかない、雨でぐしょぐしょになった頭で廊下を見る。風呂場の電気が、つけっぱなしになっていた。そうだ、靴下は、風呂場に。自分のものと、彼女のもの。靴下がふたつ並べて干されているのは、なんだか今までとはかみ合わないような、奇妙な気がした。彼女の元へ戻って、向かい合う。ポケットから出した学生証を名刺のように差し出して、口を開く。自己紹介の仕方なんて忘れてしまったから、それはもう、ぎこちなく。 )
お兄さんは、鳴海諒っていうんだ。なんて呼んでくれても構わないけれど。君にとってはただのストーカーかもしれないけど、一応、大学生だ。趣味は、散歩とか、かな。ほかに、質問は?
>>11 莉緒