#2 暗殺者その1
私が初めて殺したのは、たった一人の家族でした。
毎日お酒と葉巻の臭いがして、仕事もしないのにお金を沢山使って、暴力的で、お母さんを死なせた。脂の塊みたいなどうしようもない豚。それが父です。
お母さんが死んで、お金を稼ぐ人がいなくなってからは、私を使ってお金を稼いでいました。知らないおじさんに、いっぱい嫌なことをされましたが、我慢すればお金が貰えて、父は機嫌がよくなります。でも、いつも機嫌が悪いので、沢山殴られました。だから私は毎日怯えて生きていました。
あの日は、料理をするために野菜を切っていました。慣れない包丁で、指を切らないように気を付けながらゆっくり切っていました。
「早くしろノロマ。売り飛ばすぞ」
父はお酒を飲みながら、私を蹴りました。その拍子に、持っていた包丁が私の指を掠めたのです。痛い、と思って指を見ると、ポタポタと血が垂れて、野菜を赤く汚しています。
包丁は、お肉やお魚や野菜だけじゃなく、人間だって切れるのです。人間だって、切れる、のです。
「そっか」
私はその瞬間、あることに気が付きました。
食後のお酒を飲んで、大きないびきをかいて眠っている豚をじっと見つめて考えます。
包丁は、切るためにあったのです。
父の喉に当てて、横にスライドさせれば。噴水みたいに、凄く血がでて、部屋中燃えるような赤に彩られていきます。私も、真っ赤に染まります。
可笑しな声をあげながら、血を吐いていた豚は、すぐに動かなくなりました。命が終わったのでした。私は人を殺したのです。
普通の人ならば、その瞬間恐ろしい恐怖に震えることになるそうですが、私は違いました。
心の底から、安心しました。もう痛くされない、嫌なことされない、怯えなくていい。私は、私は自由を手にしたのです。こんなに嬉しい事が他にありましょうか! 私はずっと父を殺したくて仕方がなかったのです。
包丁には、ベッタリと血が着いていて、なんだかそれが宝石のような美しいモノにみえました。
だから何度も何度も何度も何度も何度も何度も……父だった脂の塊を、包丁で貫きました。
その時からなのでしょうか。私に人間性というものが失われたのは。それとも、もっともっと前に、私は人間じゃなかったのかも知れません。
>>5続き
いつも通り、背の高い手頃な木によじ登り、夜の山林を見渡す。メデューサ族特有の蛇眼は、人間の発する赤外線を認識し、サーモグラフィのように写しだす。獲物を狩る為の……アサシン向きの眼である。
50mほど離れたところに、それは写し出された。
今日のターゲットは3人。全員ソーサラーであり、さしていきる価値もないクズだそうだ。
都合よく山でキャンプを張り、見張りも付けずに眠っている。
「見張りが居ようと、全員寝てなかろうと、関係ないけどね……」
慣れた手つきで弓に矢をつがえて、狙いを定めーーーーーー射る。生き死にも確認せず、すぐに次の矢をつがえ、射る。そしてまた、射る。
蛇眼はけして視力はよろしくない。私の眼では流れる鮮血や死に顔を確かめることはできないが、サーモグラフィでピクリとも動かず、青くなってゆく3人を見たところ、ミッションは成功のようだ。
あれから13年。息を吐くように人を殺し、他人の言葉を全く信用しない。冷酷で機械じみている。人間性なんて、微塵もなくなっていた。
アサシンに人間性など、必要無かったのだから。なるべきして、私は人間性を切り捨てていったのだ。
「殺すこと、は、生きること」
自分に言い聞かせるようにぽつりと呟いた。今になってどうして昔のことを思い出したのだろう。馬鹿馬鹿しい。早く依頼人に報酬を貰って、本部に帰ろう……。
他のアサシン達の集う談話室の戸に手を掛けたとき、中から金切り声が響いた。
「俺を殺してよ!」
内心同様しながら、控えめに戸を開くと、白い綿雲のような髪の少年(と言っても彼はドワーフ族であるため、年齢よりも見た目が幼いのだが)、ビャクヤが喚いていた。その向かいには、茶髪に紫の瞳をもった長身の男、クロガネが顔をひきつらせて、ビャクヤを凝視している。
私は軽く部屋を見回した。アサシンはあと一人いるはずだが、仕事か何かで出掛けているらしい。