>>513
殺「茅野さん、君はいったい……」
茅「ごめんね、茅野カエデは本名じゃないの……!?」
突然、だった。
茅野の首から生えていた触手が、吹っ飛んだのは。
横から、対せんせー弾が発射されたのだ。
海「やっと、正体を表したね。茅野カエデ。いや、雪村あかり!!」
海が首からさげて持っていたのは、どこにでもあるような、音楽プレイヤーだった。その、本来ならイヤフォンをさす部分から、発射されたのだ。
渚「う、み……」
海はウェストバッグを地面に落とした。そこから20センチくらいの棒を取り出す。
あれは、日本刀!?
そうだ、間違いない。海がその棒にあるボタンを押すと、そこから刀がでてきた。
海「たぁっ!!」
海が思い切り跳躍し、茅野の触手に向かって刀を振りかざした。
渚「海っ!!」
茅「くっ」
海の突然の攻撃に動揺したのか、茅野はうまく反応できず、必死に避けていた。
岡「どう、なってんだ。茅野に触手……」
前「その上、海はずっと茅野に触手が生えてるのを知ってた素振りだったぞ」
僕らの間に、動揺が広がった。
そして、そのとき。僕の頭の中には、あの日の海とカイの言葉が蘇った。
夏休み
海「君には、あの教室の真実が見えていない」
体育祭
海「海はいつか、クラスメイトの誰かを殺す」
もし、もしもそれが、他の誰でもない。茅野のことだとしたら?
もし、今。海が茅野を殺そうとしているのだとしたら?
そんな、こと……。
だって、海はいつも茅野と仲良くしていたじゃないか。スイーツ店に行ったとか、このお菓子が好きなんだとか、いつも。楽しそうに会話をしていたじゃないか! それ、なのに……。
海「そのとき、お前は海の助けになってほしい。海が、誰も殺さないで済む方法を。海が、幸せになれる方法を。それが俺の、俺たちの願い。お前への約束だ」
渚「助け、なきゃ」
カ「え? な、渚くん!?」
みんなが僕に声をかけたけど、そんなの、気にしていられない。だって、あんな茅野。あんな海を、もう見たくない! 見て、いられない!!
気付いたら、僕は、2人の間に割って入っていた。
海「!?」
海が、驚いた顔をして僕を見た。けれど、振り下ろされる刀と、その向こうで同じく驚いた顔をしているのは、触手を振り下ろしている茅野だった。
頭に、強い衝撃が走った!!
海「な、渚ぁっ!!」
海が青ざめた顔をして、僕に手を伸ばしてくる。僕は、その手をつかもうと、手を、伸ばした。けれどそこで意識は途絶えた。
意識が途絶える寸前、僕はいつの日かの海との会話を思い出していた。
海「なぎ、さ……。良かった、ホントに、良かった……」
涙を流すジャンヌの顔を、僕はほうけて見ていた。
ジャンヌはいつも通りの白い、無地の着物を着ていた。その、白い布に、まるで花を咲かせたように、赤い斑点が、いくつもついていた……。
暗闇の中で、少女は泣いていた。僕は声をかけようとしたけれど、声がでなかった。
その子は、口を開いた。
女「絶対に、助ける……。私の命に代えても……!」
僕はその声を懐かしく思うと同時に、もろく崩れ去ってしまうような危うさを感じた。
☆
誰か、泣いてる? あの、夢の中の女の子だろうか。
光が、差した。
海「あ……、な、渚っ!」
杉「マジで⁉」
片「渚!」
神「渚くん!」
僕が目を開けると、そこはいつもの教室だった。
頭に手をやると、包帯が巻かれていた。
ほうけていると、海が僕に向かって抱き着いてきた。
渚「⁉」
海「良かった、良かったよ〜……」
顔を泣きはらしながら、海は僕に泣きついていた。
カ「海、渚くんがなかなか目ぇ覚まさないからずっと泣いてたんだ」
渚「……あ、そう」
海「な、渚? 大丈夫? 自分の名前、わかる?」
渚「え、ああ。潮田、渚……」
そう言うと、海はほっとしたように溜め息をついた。
あ、そうだ! 僕は茅野と海の戦いに割りこんで、それで!
渚「茅野はっ⁉」
奥「……どこかへ、行ってしまいました」
だんだん、思い出してきた。
茅野に触手が生えていて、海はそのことを初めから知っていたようで。そして、海は茅野を殺そうとしていて……。
渚「僕、どうして助かったの……?」
殺「これのおかげです」
殺せんせーが僕に見せたのは、海が僕にくれた帽子だった。ところどころ、破けている。
海「その、帽子はね。言わば超体育着と同じ役割を果たしているの。いや、むしろあの体育着よりも強いかもしれない……。銃で撃たれようと、刀でどたまをかち割られようと、絶対に壊れない、無敵の帽子。それが、あの帽子の真の役割なんだ」
すごっ!
てか、そんなすごい帽子をもらっても良かったのか。というより……。
渚「ごめん、壊しちゃった……」
海「いいよ。別に」
みんなは、僕があのあとどうなったのかを詳しく話してくれた。
僕があの戦いに割りこんだとき、茅野は触手を寸止めしたこと。でも、風圧で帽子に裂け目が入ったとか。そこへ、海は刀を止めることができずに僕に当ててしまったこと。その打ちどころが悪くて、僕は気絶したそうだ。
茅野は慌てて飛び去り、海は茅野を追いかけようとしたが、僕のことを心配してずっと泣きながら傍にいてくれたこと……。
茅野は、僕らの元から去る寸前、殺せんせーに「人殺し」と言ったこと……。
海「………」
木「海のことも気になるけど、殺せんせー。茅野、殺せんせーのこと『人殺し』って言ってたよ」
磯「過去に、何があったんですか?」
僕らの視線が殺せんせーに集まった。
片「話してもらわなきゃ、殺せんせーの、過去のこと」
僕らの間に、重い空気が流れた。
そこへ、殺せんせーの前に立つ子がいた。
海「あなたたちは、全ての真実を知る覚悟がある?」
渚「かく、ご……」
海は、真剣な目をして僕らに問うていた。
僕らは、互いに互いの顔を見合わせて黙りこんだ。
海「もし、覚悟がないなら、殺せんせーの過去を話させるわけにはいかない」
殺「海さん……」
僕は、海を見た。
真っ直ぐに僕らを見ている、彼女の目を。僕は見つめ返した。
渚「あるよ」
カ「渚くん……」
渚「だから、聞かせてほしい。海、君の過去も」
海は、目を閉じた。
まるで、遠い過去を思いだすかのように。
海「殺せんせー、あんたの過去を話すのはあとだ。私が、最初に全てを話す。私が、どうして茅野カエデを殺すつもりだったのか。私が、どうしてこの教室にやって来たのか。その、全てを……」
殺「わかりました。ですが海さん、決して今回の戦いに手をださないと約束してください。クラスメイトを傷つけたり、自分が傷ついたりする行為だけは、しないと約束してください」
海はうなずき、また目を閉じた。
遠い、遠い過去を思いだそうとしているかのように。
雨の日
海「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……。私が、絶対に、絶対に、助けるから。私の命に代えても、絶対に……、雪村あかりを、助けるから……っ」
涙を流しながら、海は、目を、真っ直ぐ前に向けた。
遠い、遠い日の誓いであるかのように……。