>>515
暗闇の中で、少女は泣いていた。僕は声をかけようとしたけれど、声がでなかった。
その子は、口を開いた。
女「絶対に、助ける……。私の命に代えても……!」
僕はその声を懐かしく思うと同時に、もろく崩れ去ってしまうような危うさを感じた。
☆
誰か、泣いてる? あの、夢の中の女の子だろうか。
光が、差した。
海「あ……、な、渚っ!」
杉「マジで⁉」
片「渚!」
神「渚くん!」
僕が目を開けると、そこはいつもの教室だった。
頭に手をやると、包帯が巻かれていた。
ほうけていると、海が僕に向かって抱き着いてきた。
渚「⁉」
海「良かった、良かったよ〜……」
顔を泣きはらしながら、海は僕に泣きついていた。
カ「海、渚くんがなかなか目ぇ覚まさないからずっと泣いてたんだ」
渚「……あ、そう」
海「な、渚? 大丈夫? 自分の名前、わかる?」
渚「え、ああ。潮田、渚……」
そう言うと、海はほっとしたように溜め息をついた。
あ、そうだ! 僕は茅野と海の戦いに割りこんで、それで!
渚「茅野はっ⁉」
奥「……どこかへ、行ってしまいました」
だんだん、思い出してきた。
茅野に触手が生えていて、海はそのことを初めから知っていたようで。そして、海は茅野を殺そうとしていて……。
渚「僕、どうして助かったの……?」
殺「これのおかげです」
殺せんせーが僕に見せたのは、海が僕にくれた帽子だった。ところどころ、破けている。
海「その、帽子はね。言わば超体育着と同じ役割を果たしているの。いや、むしろあの体育着よりも強いかもしれない……。銃で撃たれようと、刀でどたまをかち割られようと、絶対に壊れない、無敵の帽子。それが、あの帽子の真の役割なんだ」
すごっ!
てか、そんなすごい帽子をもらっても良かったのか。というより……。
渚「ごめん、壊しちゃった……」
海「いいよ。別に」
みんなは、僕があのあとどうなったのかを詳しく話してくれた。
僕があの戦いに割りこんだとき、茅野は触手を寸止めしたこと。でも、風圧で帽子に裂け目が入ったとか。そこへ、海は刀を止めることができずに僕に当ててしまったこと。その打ちどころが悪くて、僕は気絶したそうだ。
茅野は慌てて飛び去り、海は茅野を追いかけようとしたが、僕のことを心配してずっと泣きながら傍にいてくれたこと……。
茅野は、僕らの元から去る寸前、殺せんせーに「人殺し」と言ったこと……。
海「………」
木「海のことも気になるけど、殺せんせー。茅野、殺せんせーのこと『人殺し』って言ってたよ」
磯「過去に、何があったんですか?」
僕らの視線が殺せんせーに集まった。
片「話してもらわなきゃ、殺せんせーの、過去のこと」
僕らの間に、重い空気が流れた。
そこへ、殺せんせーの前に立つ子がいた。
海「あなたたちは、全ての真実を知る覚悟がある?」
渚「かく、ご……」
海は、真剣な目をして僕らに問うていた。
僕らは、互いに互いの顔を見合わせて黙りこんだ。
海「もし、覚悟がないなら、殺せんせーの過去を話させるわけにはいかない」
殺「海さん……」
僕は、海を見た。
真っ直ぐに僕らを見ている、彼女の目を。僕は見つめ返した。
渚「あるよ」
カ「渚くん……」
渚「だから、聞かせてほしい。海、君の過去も」
海は、目を閉じた。
まるで、遠い過去を思いだすかのように。
海「殺せんせー、あんたの過去を話すのはあとだ。私が、最初に全てを話す。私が、どうして茅野カエデを殺すつもりだったのか。私が、どうしてこの教室にやって来たのか。その、全てを……」
殺「わかりました。ですが海さん、決して今回の戦いに手をださないと約束してください。クラスメイトを傷つけたり、自分が傷ついたりする行為だけは、しないと約束してください」
海はうなずき、また目を閉じた。
遠い、遠い過去を思いだそうとしているかのように。
雨の日
海「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……。私が、絶対に、絶対に、助けるから。私の命に代えても、絶対に……、雪村あかりを、助けるから……っ」
涙を流しながら、海は、目を、真っ直ぐ前に向けた。
遠い、遠い日の誓いであるかのように……。
茅野side
ただ迎えに行っただけだった。積もる話をする約束で。昼間は教師をやっているお姉ちゃんが、夜に手伝っているという、研究所まで。
役者業は事務所の意向で長期休業中。町で私に気づく人もいなくなった。
あかり「今の方が気楽だなぁ、フツーに就職目指そっかな……」
正面から、人が走ってきた。避けようとしたけれど、その子と肩がぶつかってしまった。
あか「ごめんなさい!」
慌てて謝ったけど、その子はすでに走り去ってしまった。
あか「あれ?」
不思議に思って首を傾げていると……、
ドゴーーーーーーーーーーン
突然の、大爆発。
警備の人は右往左往。じっとしていられず、私は急いでお姉ちゃんのもとへ向かって走った。
やがてたどり着き、そこで目に入ってきた光景は!
あか「あ……」
息絶えた姉と、触手の怪物!
怪物が去っていくと、私は急いでお姉ちゃんのもとへ寄った。
あか「おねえ、ちゃん?」
声をかけても、返事はなかった。
どうし、て?
私はお姉ちゃんを揺さぶった。何度も、何度も。「お姉ちゃん」と連呼しまくった。
それなのに。
涙が頬を伝って、こぼれ落ちた。
視線を別に向けると、そこには書き置きがしてあった。
「私は逃げるが、椚ヶ丘3-Eの担任なら引き受けてもいい。後日、交渉に向かう」
と、あった……。
そこからの私の行動は早かった。
傍にあった触手の種を持ち帰り、自らを「茅野カエデ」と名乗り、椚ヶ丘に転入。理事長の私物を故意に破壊してE組行きを仕向け、触手を移植後、何食わぬ顔であのクラスに溶け込んだのだ……。
たとえ、自分が死んでもいい。仇さえ討てるのなら!
☆
海「雪村あぐり」
渚「え?」
僕らの間に、再び動揺が広がった。
どうして海が、E組の前・担任の名前を知っているんだ?
海「茅野カエデの、雪村あかりの姉の名前……。『茅野カエデを殺す』というのは、あぐりさんに頼まれたことだったの……」
⁉
実の姉が、妹を殺す依頼、だって?
海「でも、その目的は……所詮は第2の目的でしかなかった」
神「第1の目的って?」
海「……それは、まだ言えない」