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その後、海は国の手配により発信機と触手細胞を取り除くために烏間先生につれられて姿を消した。
あの日以来、海からは何の連絡も来ず、LINEをしても電話をしても通じることはなかった。
そして、1月になった。
渚「調子はどう? かや……あ、雪村さん」
茅「茅野でいいよ。みんなから呼ばれてるうちにこの名前、気に入っちゃった」
そう言って、茅野は笑った。
触手を取り除かれたとはいえ、殺せんせーから「しばらく絶対安静が必要だ」と言われていた茅野は、2学期終了後、即。病院に入院することとなったのだ。
杉「冬休み、つぶれちゃったな」
茅「3学期にはぎりぎり間に合うよ。でも……、みんなの冬休みだって……」
………。
杉「暗殺とか、言える雰囲気じゃなくてな」
茅「ごめんなさい、私のせいだ……。私は、お姉ちゃんの真実が全てわかって、やっと心の整理がついたけど。その代わりにみんなは、殺せんせーの過去を知ってしまって……」
渚「違うよ、茅野。いつかは知らなきゃいけなかったんだ」
奥「みんなが、全力で背を向けてきたんです。少しでも長く、『楽しい暗殺』を続けるために……」
海の言っていた「覚悟」って、こういうことだったのか……。
茅「渚はどうするの?」
茅野に聞かれて、僕は今抱いている気持ちを告白した。
渚「ちょっと、やってみたいことがあるんだ。冬休みが明けたら、みんなに相談してみるよ……」
それと、ちょっと恥ずかしいけど……。
渚「か、茅野……。あのときのこと、ごめん!」
茅「え?」
渚「あの夜は、あの方法しか考えつかなくて……。もしかして、怒ってる……?」
茅「……ま、まさか! 助けてくれたんだもの。感謝しか出てこないよ!」
渚「よかった〜。『友だちやめる』って言われたらどうしようかと、心配で……」
僕はすごくほっとして、溜め息をついた。
茅「き、気にしすぎっ! ずっと普通に友だちだってば!」
神「……そろそろ帰りましょう、渚くん。茅野さん、まだ万全じゃないみたいだし」
渚「あ、そうだね」
僕らは帰り支度を始めようとしたけれど、神崎さんはとまったままだった。
奥「どうかしたんですか?」
神「言おうかどうしようか、迷っていたんだけど……」
神崎さんは迷うような表情をしながら、ドアの方に視線を向けた。
神「入ってもいいと思うわ」
?
誰に言ってるんだろう。
神崎さんの言葉を合図に、ゆっくりと、ドアが開かれた……。
渚「え……?」
そこにいたのは!
そこにいたのは!
海「久しぶり」
渚「海……」
車いすに乗った海は、ゆっくりと僕らに近づいた。
渚「か、神崎さんは気づいてたの……?」
神「ここに来たときにね、ちょうどLINEが」
海「国で公式の病院に行って発信機と触手細胞を取り除いてから、一般の病院に入院しても大丈夫だって話になってさ。烏間先生に『あかりはどこに入院してるんですか』って聞いたらここにいるって言われて」
奥「車いすだなんて、大丈夫なんですか?」
海「いろんな薬品を体から全部抜き取ったらさ、しばらく体が動かなくなっちゃって……。あ、でも大丈夫! リハビリとか毎日してるし、足も体もすぐに元通りになるよ」
ほっ……。
神「それじゃあ、私たちは行くわね」
神崎さんが僕らの背中を押した。
☆(茅野side)
渚たちがでていったけど、私たちは一言も話さなかった。
海「調子はどう?」
茅「平気……」
海ちゃんが車いすをゆっくり押しながら窓に近づいた。
海「あかりさ、殺せんせーのこと。もう恨んでない?」
茅「うん……。海ちゃんは?」
海「……私さ、本当は『死神』に対して恨みはなかったんだ」
茅「え?」
思いもよらない言葉に私は驚いた。
あの日、海ちゃんが話した過去では「死神」を恨んでいるような言葉しかでてこなかった。それなのに……。
海「本当は、怖かったんだ……。あのとき、刺されたときにさ。自分を守る言葉も力もなかったから、だから。それを手に入れたいって思ったんだ……。でも、そんなのは偽りの力でしかなかった。本当の強さってさ、手に入れるだけじゃ無理だって。あの教室に来てから気づいた」
茅「そうだね」
そうだ、強さなんて手に入れるだけじゃ無理だ。私も結局、強くなりたくて。殺せんせーを殺したくて、触手を手に入れた。でも、そんなのは……。
海「それとさ、あかり。そろそろやめない? その……『ちゃん』付けとかさ」
茅「え?」
海「……私、こう見えて一応。戸籍上は雪村の子なんだよ? 姉妹で『ちゃん』付けはおかしいって」
茅「……そうだね」
海ちゃ……海は笑っていた。私も笑い返した。でも、すぐに海の笑いは何故か、ゲスな笑い方になった。
海「で、さっき廊下で耳そばたてて聞いてたんだけどさ、あんた。渚にホレたの?」
茅「うぇっ⁉」
な、何言ってんの⁉
海「どうなのぉ?」
茅「う、海こそどうなの? 渚のこと……」
すると海は微笑んだ。
海「好きだよ。でもさ、あかり。私が彼のこと好きだからって、あんたはあんたで諦めたらダメだよ」
茅「うっ……」
私が渚のこと好きっていう、前提で話してるよ……。
海「ねぇ、あかり」
海は私に近づいて、私の手をとった。
海「あぐりさんはさ、私に勇気をくれたよ。一歩踏み出す勇気。私はそれがあったから頑張れた」
茅「うん」
海「それとね、あかり。あんたがあのクラスにいてくれて良かった。ま、裏を返せば4月いっぱい一生懸命あんたを探してたのに、何故かこのクラスにいるってオチ。私の1ヶ月間の努力が一気に無駄になった瞬間の衝撃といったらなかったなぁ」
茅「あ、あはは」
私は何を言えばいいかわからず、とりあえず笑っておいた。
海「長らへば またこのごろや しのばれむ 憂しと見し世ぞ 今は恋しき」
茅「? 何それ」
海「あれ、知らないの? 百人一首なんだけどさ、『長く生きていれば、今どんなにつらくてもいつかは懐かしい思い出となるのだなぁ』みたいな感じの意味。私もちゃんとは理解できてないけどさ。ま、要するに『明けない夜はない!』って言ってるのと同じだよ」
茅「い、いい加減だね」
………。
茅「……私、本当にあのクラスに来られてよかった。海、本当にありがとね」
海「え⁉ やだ、やめてよ! お礼とか恥ずかしいからっ! てか、私何もしてないし」
茅「ううん、そんなことない」
私は笑って海を見た。もしかしたら、私は泣いていたかもしれない。海はそんな私を見てしばらく唖然としていたけれど、やがて彼女はくるりと背を向けた。
海「そ、そろそろリハビリの時間だから行くね! また明日」
茅「うん、バイバイ」
海はそう言って車いすで去っていく。私は彼女の後ろ姿を見ながら言った。
茅「ありがと、海……」
〜END〜