>>724「守りたい時間」
渚side
海「これが、私の全て。私の真実だよ……」
僕らは黙り続けた。いや、黙り続けるしかなかった。
海「にしても、本当に驚いたよ。この教室に来たらさ、あかりはいるわ、渚はいるわ。どんだけ知り合い多いんだよって」
茅「私がいつ、あかりだって気づいたの……?」
海「見てたらわかったよ。だって、そっくりだもん……」
茅「お姉ちゃんに似ているところなんて、1つもないのに……」
海「ハハッ。なんでだろうね。でも、なんでかな。なんか、雰囲気かな。似てるなぁって、思ったんだ……」
海は涙を流した。
海「この教室に来てからさ、本当に毎日、毎日楽しくって退屈しなかった。きっと、あぐりさんの言葉がなくても楽しめたと思うけど、彼女のあの言葉がなかったら、私は学校に通う気さえ起こらなかった。……最初は、素人の寄せ集めに『暗殺』とか無理だろ〜って思ってたし、ナイフにも銃にも、2度と触りたくなかった……。でもさ、あんなに嫌いだった暗殺が……、何故だか、すごく。楽しかった……」
海は、初めからこの教室の真実を全て知っていた。知っていたのに、あえて何も言わず、僕らの隣にい続けた。
僕らが楽しいとき、海は笑っていた。僕らが苦しんでいるとき、海は支えてくれた。鷹岡先生やもう1人の「死神」が僕らを人質にとったとき、本気で怒って、触りたくないナイフと銃を手に取ったのだ……。
渚「海は、この学校を卒業したらどうなるの……?」
海「忘れたの? 私の首の後ろには発信機があるんだよ。これがある限り、私はどこにも逃げられない。きっと卒業したら、また行くあてもないままモルモットとして過ごすんだろうね」
皆「⁉」
そんな、そんなのって……。
海「でも、それでも別に良い気がする。だって、私には触手細胞があるんだよ? この液体が完全になくなったとき、私は触手持ちになる。そしたら、心を触手に侵食されて、みんなを襲っちゃうかもしれないよ……」
僕は奥歯をかみしめた。
そのとき、だった。
茅「触手ってね、聞いてくるんだ」
渚「茅野……」
茅「どうなりたいかって……。私はね、『殺し屋になりたい』って願ったの。殺せんせーを、殺すために……」
イ「俺は、『強くなりたい』と願った」
イトナくん……。
イ「そう願ったら、それしか考えられなくなった」
茅「……海ちゃんだったら、何を願うの? もし仮に、本当に触手を持ってしまったら、何を、触手にお願いするの……?」
海「私、だったら……?」
すると、海は一筋、また一筋と。涙を流し始めた。
海「私は、守れる人になりたい……。誰かを傷つけることで守るんじゃなくて、誰も傷つけず、普通に、大好きな人を、仲間を、守りたい……。私はただ、それさえできればよかったんだ……」
茅「そう思っているんだったら、海ちゃんは大丈夫だよ……。絶対に、心を触手に侵食されることなんて、ないよ……」
茅野はゆっくりと立ち上がると、海に近づき、彼女の手をとった。
海「……っ、うっ、ううっ……。ありがと、あかり……。ありがと、みんな。このクラスに来られて、このクラスでみんなに会えて……。本当に、本当に、良かった……。ありがと、ありがとう……」
茅「何、言ってんの……? お礼を言うのはこっちのほうだよ……。ありがとう、海ちゃん。ずっと、私を心配してくれて。お姉ちゃんの、最期のお願いを、聞いてくれて……。本当に、ありがとう……」
僕はそんな2人のやりとりを見て、僕自身も泣きそうになった。
あちこちですすり泣きが聞こえる。
やっと、海は解放されたのだ。色々な呪縛から、思いから。
その後、海は国の手配により発信機と触手細胞を取り除くために烏間先生につれられて姿を消した。
あの日以来、海からは何の連絡も来ず、LINEをしても電話をしても通じることはなかった。
そして、1月になった。
渚「調子はどう? かや……あ、雪村さん」
茅「茅野でいいよ。みんなから呼ばれてるうちにこの名前、気に入っちゃった」
そう言って、茅野は笑った。
触手を取り除かれたとはいえ、殺せんせーから「しばらく絶対安静が必要だ」と言われていた茅野は、2学期終了後、即。病院に入院することとなったのだ。
杉「冬休み、つぶれちゃったな」
茅「3学期にはぎりぎり間に合うよ。でも……、みんなの冬休みだって……」
………。
杉「暗殺とか、言える雰囲気じゃなくてな」
茅「ごめんなさい、私のせいだ……。私は、お姉ちゃんの真実が全てわかって、やっと心の整理がついたけど。その代わりにみんなは、殺せんせーの過去を知ってしまって……」
渚「違うよ、茅野。いつかは知らなきゃいけなかったんだ」
奥「みんなが、全力で背を向けてきたんです。少しでも長く、『楽しい暗殺』を続けるために……」
海の言っていた「覚悟」って、こういうことだったのか……。
茅「渚はどうするの?」
茅野に聞かれて、僕は今抱いている気持ちを告白した。
渚「ちょっと、やってみたいことがあるんだ。冬休みが明けたら、みんなに相談してみるよ……」
それと、ちょっと恥ずかしいけど……。
渚「か、茅野……。あのときのこと、ごめん!」
茅「え?」
渚「あの夜は、あの方法しか考えつかなくて……。もしかして、怒ってる……?」
茅「……ま、まさか! 助けてくれたんだもの。感謝しか出てこないよ!」
渚「よかった〜。『友だちやめる』って言われたらどうしようかと、心配で……」
僕はすごくほっとして、溜め息をついた。
茅「き、気にしすぎっ! ずっと普通に友だちだってば!」
神「……そろそろ帰りましょう、渚くん。茅野さん、まだ万全じゃないみたいだし」
渚「あ、そうだね」
僕らは帰り支度を始めようとしたけれど、神崎さんはとまったままだった。
奥「どうかしたんですか?」
神「言おうかどうしようか、迷っていたんだけど……」
神崎さんは迷うような表情をしながら、ドアの方に視線を向けた。
神「入ってもいいと思うわ」
?
誰に言ってるんだろう。
神崎さんの言葉を合図に、ゆっくりと、ドアが開かれた……。
渚「え……?」
そこにいたのは!