>>806
私は緊張して、声がでなかった。何か言わなきゃと思うたびに、何を言えばいいのかわからなくなる……。
「……速水、聞こえてるか?」
「あぅ、うん、聞こえてる、よ……」
親がいなくてよかった。いたら絶対怪しまれるもの。
「なんで急に電話なんだ?」
「………」
どう答えればいいんだろう。
声が聞きたかったから、なんて言えない。恥ずかしいし。
「速水?」
名前を呼ばれるけど、返事ができない。
息が、苦しくて。
「大丈夫か?」
「う、ん。大丈夫……」
大丈夫なのかな、私。
千葉の声が聞こえなくなった。ちょっと、不安になる。
私は壁によりかかった。冷たい壁は熱くなっている頬に心地よかった。
「今日は、悪かったな」
「どうして、謝るの?」
「……女子ってさ、いきなり男子に手を握られたら嫌だろ?」
どう答えればいいのかわからなかった。
嫌とかそういうのではなく、でも、さっき握られたとき。すごく心臓がドキドキして、息が、今みたいに苦しくなって。どうしようもなくなって。千葉の声も、遠い遠い世界にいるみたいに感じて……。
「嫌とか、そういうのじゃなくて。なんか、その……恥ずかしかったっていうか。ドキドキしたっていうか……」
「⁉」
電話の向こうでガタガタと激しい音が聞こえた。
「だ、大丈夫⁉」
「あ、ああ。平気だ……」
そ、そう……。
私はほっとした。
「私さ、今まで男子と付き合ってなんて、来なかったから……。何をどうすればいいのかとか、そういうの。よく、わからなくて……」
千葉は黙っている。
不安になるけど、心臓もドキドキして、電話の向こうに聞こえやしないかと、ひやひやしてるけど……。
千葉が私の手をとって、銃を一緒に持ってくれたとき。そのまま体を預けてしまいたいような衝動にかられた。でも、きっとそんなのは気のせいじゃないかとか。そんなことも、チラッと考えた。
私は結局、何を言いたいんだろう。
何か言わなきゃと思えば思うほど、何を言えばいいのかわからなくなる……。
お互いに無言状態が1分くらい続いた。ちゃんと電話は通じているだろうかと不安になって、何か言わなきゃと思うたびに何を言えばいいのか。顔が火照って、熱でもあるんじゃないかってくらいに……。
「速水?」
沈黙を破ったのは千葉だった。
「な、に……?」
「……声、しなかったからてっきりもういないもんだと思ってた」
「いたよ、ずっと……」
ただ、恥ずかしくて声がだせなかっただけで。
「俺も女子と付き合ったことなんてなかったし、そもそも人付き合いがあまり得意じゃないほうだから。速水に迷惑かけることもいっぱいあると思う」
「そ、そんなことない!」
思わず声をあげていた。
「わ、私の方が迷惑かけてばっかりで……。いっつも、千葉に、その、迷惑かけてばかりで申し訳ないし……」
耳をすますと、電話の向こうでクスクス笑う声が聞こえた。
「千葉?」
「あ、ごめん。なんか互いに思ってることは一緒なんだなぁって思ってさ」
「あ……」
私もなんとなく気づいて、笑ってしまった。
「……なぁ、速水」
「うん?」
ひとしきり笑ったあとで、千葉がちょっと真剣そうな声をだした。私は笑いの余韻に浸りながら返事をした。
「な、名前で呼んでもいいか?」
「へっ⁉」
な、何をいきなりっ!
「そ、そんな。え、ちょっと待って。というか、え、今⁉」
動揺しすぎだ、私……。
いや、でも普通。異性に「名前で呼んでもいい?」と言われたら、誰でも動揺するか……。
「今」
千葉の声が緊張で堅くなっている。
「え……、えっと……。あの、その……」
今、なんだろうか。
もしもこれが学校でだったら、間違いなくカルマ、中村あたりにからかわれているだろう。あ、海もからかってきそう……。
「は、恥ずかしいよ……」
私はまた顔が火照った。
「残念だな」
「え?」
「いや、今。きっと速水は顔が真っ赤になってるだろうから、それを見られなくて残念だって思って」
?
「きっと、かわいいだろうなって」
⁉
私はやかんが沸騰したかのように、顔が思い切り火照った。
そして、その隙を撃つかのように、千葉は。
「凛香」
と、ささやくように私の名前を呼んだのだった。
〜END〜