>>878
結局、いくら洋館内を探しても何の手がかりも得られなかった。
僕らは悔しい思いで、ホテルへの道を戻るしかなかった。
烏間先生が防衛省に連絡をして、洋館に人が立ち入らないように手配をしてくれた。
僕はホテルの部屋に行ってからも眠ることができず、気づいたら海岸に来ていた。そこには、黒い髪を揺らしている女の子がいた。
「雪村、さん……?」
「あ、潮田くん」
彼女は泣いていた。それもそうだ。自分をかばって、大切な家族が。それに今、どこにいるのかすら分からないんだから。
「僕のことは、渚でいいよ。みんな、そう呼んでるから」
「あ、うん……」
雪村さんは涙を両手で拭いながら、溜め息をついた。
「海はね、大切な家族なの。もちろん、お姉ちゃんも大切な家族だよ。でも、海は。1人で暮らしている私に、いつも優しくしてくれた。相談に乗ってくれた。さっきだって、かばってくれたっ! もしも、もしも、私が……」
「それ以上は、言っちゃいけないよ」
僕は雪村さんの言葉に口をはさんで止めた。彼女は僕を見て、弱々しくうなずいた。
「さっきは、ありがとう」
「え?」
「渚くん……、私のこと。かばってくれたよね。まだ、お礼言えてなかった……」
「いいって、そんなの」
波のさざめきが聞こえる。海岸線の向こうは真っ暗で、見えなかった。空には、三日月が輝いていた。
「あのさ、渚くんって髪長いよね」
「え、あー。短くしたいんだけどね、本当は。でも、ちょっと色々あって切れないんだ……」
1つに結んでいる髪に触れながら、僕は答えた。
「ヘアゴム、腕のやつ。使ってもいい?」
「え、あ、うん」
僕は両腕につけているヘアゴムをはずして、雪村さんに渡した。彼女は僕の後ろにまわると、さささっと僕の髪を一気にまとめあげてしまった。頭の上に手をやると、2つの房があった。
「す、すごい……」
「あはは」
雪村さんは笑って、僕の隣に戻ってきた。
瞬間、僕の脳を、何かがフラッシュバックした。
☆
「髪、長いね」
「あー。短くしたいんだけど、色々あって切れなくて……」
女の子はほほ笑むと僕の髪をさささっといじり始めた。
「ほら、私と一緒!」
☆
「か、や、の……」
「え……?」
思わず口からでた言葉に、僕自身が驚いた。
「わっ、ご、ごめん! なんでもない、なんでもないからっ!」
「あ、え、ううん。気にしてないよ」
雪村さんは僕の言葉に首を振った。
「私、そろそろ部屋に戻るね」
「僕もそうする」
僕らはホテルまで一緒に行って、ロビーでさよならをした。
僕は雪村さんが去ってから、ロビーにあるイスに倒れこむようにして座った。
「さっきのは、なんだったんだろう」
雪村さんの笑顔を見て、なんだか、見たことあるような気がしたのだ。なんていうんだっけ……、海が前に言ってた気がする。たしか、そう……。
「デジャ・ヴ……だっけ?」
☆(あかりside)
なんか、なんか、なんか、なんかっっ!
どうしよう、私。どうしちゃったんだろう。心臓のドキドキが止まらないっていうか、海が行方不明だっていうのに、こんなときだっていうのに! ドキドキが止まらないっ!
それに……。
「かやの、か」
なんだか、渚くんにその言葉を呼ばれたとき、まるで……。そう、まるで。
「自分が呼ばれているような」
そんな気がしたのだ。