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洋館の中へは、すんなり入れた。中は薄暗く、窓から差し込む月の光を頼りにして、僕らは2つの班にわかれて行動を開始した。
「どどどどど、どこに何が潜んでいるか、わわ、わかりませんからねっ。慎重に、慎重に、いきましょう……」
そう言っている殺せんせーが1番びくびくしている。雪村先生も隣でびくびくしながら、次々と手当たり次第にドアを開けていく。
「ここでもない……」
「いったい、どこに?」
そのとき、僕のスマホが震えた。
「海さんからです」
律の声に、僕らの間を流れている空気がさらに緊張してきた。僕はスマホの通話ボタンを押して、それを耳にあてた。
「海?」
「残念でした。違います」
おおかた予想はしていたけれど、やっぱり犯人からだったか。
「君らは今、もしかしなくとも洋館の中へ着いたのかい? 足音も何もしないから、ちょっとびっくりしたよ」
「どこにいるんですか?」
「ロビーにもう一度来てみなさい。そこで落ち合おう」
☆
ロビーに着くと、烏間先生とビッチ先生の班についていった他のみんなと合流した。
「いったい、どういうつもりなんだろう」
「さぁね」
突然、ロビーの天井にあるシャンデリアが光り始めた。そのまぶしさに目をこらしながら、3メートル先にある階段に目をやると、そこには。
「海、あかりっ!」
「お姉ちゃん!」
海と雪村さんが、いた。
ただ、後ろには2人をさらった黒マントがいた。海と雪さんが両手を背中に回しているあたり、おそらくは縛られているのだろう。
「よく来たね」
「すぐに2人を解放しなさいっ!」
殺せんせーは相手の出方をうかがっていた。
僕らは僕らで、いつでもやれるだけの準備はできている。
「解放してやってもいいけど……」
すると、海がジャンプをして、黒マントに頭突きをした。そして、そのまま回し蹴りをして黒マントを床にたたきつけた!
「あかり、逃げてっ!」
「⁉」
雪村さんは一瞬驚いたような顔をして、でも、慌てるようにして階段を駆け下りた。僕は思わず走り寄って、彼女をかばった。
「海も早く!」
「ダメ。多分、私は……」
黒マントが起きあがり、黒い布の向こうから腕が伸びてきて海の首にまわした。
「海っ!」
「チッ」
「残念だねぇ。雪村あかりをかばってまで助けようとするなんて、もしもそんなことをしなければ、君も助かったのかもしれないのに」
黒マントの顔は、相変わらず見えない。でも、これだけはわかる。
今、あいつはすごい不敵な笑みを浮かべているということは。
「今日のところはこれで勘弁しといてあげよう」
「待ちなさい!」
殺せんせーがマッハのスピードで2人に近づこうとしたけれど、次の瞬間。2人はまるで手品のようにその場から消えていた。
「消え、た……?」
結局、いくら洋館内を探しても何の手がかりも得られなかった。
僕らは悔しい思いで、ホテルへの道を戻るしかなかった。
烏間先生が防衛省に連絡をして、洋館に人が立ち入らないように手配をしてくれた。
僕はホテルの部屋に行ってからも眠ることができず、気づいたら海岸に来ていた。そこには、黒い髪を揺らしている女の子がいた。
「雪村、さん……?」
「あ、潮田くん」
彼女は泣いていた。それもそうだ。自分をかばって、大切な家族が。それに今、どこにいるのかすら分からないんだから。
「僕のことは、渚でいいよ。みんな、そう呼んでるから」
「あ、うん……」
雪村さんは涙を両手で拭いながら、溜め息をついた。
「海はね、大切な家族なの。もちろん、お姉ちゃんも大切な家族だよ。でも、海は。1人で暮らしている私に、いつも優しくしてくれた。相談に乗ってくれた。さっきだって、かばってくれたっ! もしも、もしも、私が……」
「それ以上は、言っちゃいけないよ」
僕は雪村さんの言葉に口をはさんで止めた。彼女は僕を見て、弱々しくうなずいた。
「さっきは、ありがとう」
「え?」
「渚くん……、私のこと。かばってくれたよね。まだ、お礼言えてなかった……」
「いいって、そんなの」
波のさざめきが聞こえる。海岸線の向こうは真っ暗で、見えなかった。空には、三日月が輝いていた。
「あのさ、渚くんって髪長いよね」
「え、あー。短くしたいんだけどね、本当は。でも、ちょっと色々あって切れないんだ……」
1つに結んでいる髪に触れながら、僕は答えた。
「ヘアゴム、腕のやつ。使ってもいい?」
「え、あ、うん」
僕は両腕につけているヘアゴムをはずして、雪村さんに渡した。彼女は僕の後ろにまわると、さささっと僕の髪を一気にまとめあげてしまった。頭の上に手をやると、2つの房があった。
「す、すごい……」
「あはは」
雪村さんは笑って、僕の隣に戻ってきた。
瞬間、僕の脳を、何かがフラッシュバックした。
☆
「髪、長いね」
「あー。短くしたいんだけど、色々あって切れなくて……」
女の子はほほ笑むと僕の髪をさささっといじり始めた。
「ほら、私と一緒!」
☆
「か、や、の……」
「え……?」
思わず口からでた言葉に、僕自身が驚いた。
「わっ、ご、ごめん! なんでもない、なんでもないからっ!」
「あ、え、ううん。気にしてないよ」
雪村さんは僕の言葉に首を振った。
「私、そろそろ部屋に戻るね」
「僕もそうする」
僕らはホテルまで一緒に行って、ロビーでさよならをした。
僕は雪村さんが去ってから、ロビーにあるイスに倒れこむようにして座った。
「さっきのは、なんだったんだろう」
雪村さんの笑顔を見て、なんだか、見たことあるような気がしたのだ。なんていうんだっけ……、海が前に言ってた気がする。たしか、そう……。
「デジャ・ヴ……だっけ?」
☆(あかりside)
なんか、なんか、なんか、なんかっっ!
どうしよう、私。どうしちゃったんだろう。心臓のドキドキが止まらないっていうか、海が行方不明だっていうのに、こんなときだっていうのに! ドキドキが止まらないっ!
それに……。
「かやの、か」
なんだか、渚くんにその言葉を呼ばれたとき、まるで……。そう、まるで。
「自分が呼ばれているような」
そんな気がしたのだ。