もうこれ以上匿名板に創作系スレ要らないよってなれば勝手に下がるだけの、気まぐれ創作スレ
だから目障りだったら書き込まず下げてくれ
基本的にリレー小説式だけどふざけ過ぎはやめてね
(世界観のイメージはファンタジー)
以下スタート
ほい1レス目↓
目の前の水面から飛び出してきた光が、少年の目に駆け込むように入ってきた。
一瞬、彼の濃い緑の瞳が光を吸い込んで黄緑色に変化する。
少年はその眩しさに思わず目を瞑った。
上を見上げる。
太陽はすでに彼の真上にまで昇っていた。
湖の水面が強い日光を受けて、その光を反射したらしい。
少年は深い青色をたたえたそれから目を離すと、そのまま視線を固く握り締めた自分の右手に移した。
「早く帰って、これをお師匠様に見せなくっちゃ」
強い調子でそう呟きゆっくり手を開く。
先ほどの光の何倍もの輝きが、彼の右手から溢れてきた。
血のように真っ赤な、小さな宝石がそこにはあった。
強過ぎる赤の光を鎮めようとするかのように、少年は再びそっと手を握った。
道を歩き出してすぐに、少年は左を見た。
太陽は連なった山々の向こうに沈んでいる最中。
立派な夕焼けが見える。
この場所には時間が二つ存在するのだ。
「綺麗だ...」
少年の透き通った声が、何も存在していないとまで思わせる静かな世界に響いた。
風が彼の鼓膜と金髪を揺らす。
彼の頬を汗がつたった。暑すぎる。もうすぐ秋になるというのに、真夏のように暑かった。
急な強い衝撃が少年を立っていられなくした。どうやら強い力で倒されたらしい。膝から倒れ込んだ彼を、何者かがさらに押さえ込み、その綺麗な髪が地面に着いた。
「なんだ、、?!」
彼が目を細めると、その「者」が見えた。
(こども、、、?)
耳が隠れないほどの赤い短髪に、赤い瞳。綺麗な顔立ちだ。
「お前の持っている宝石、よこせ」
男の子だと思ったが、どうやら女の子らしい。声が高く、短いスカートだった。
「どうして、、」
少年は渡すまいと手を強く握った。
だが、赤髪の彼女はすごい力で少年の腕を強引に彼の頭の上に持ってこさせた。
「これを、渡せ」
「な、、っ」
湖を中心に、向こう側が日が暮れたようだ。たちまち暗くなっていく。
ただ、少年と少女のいる方では、太陽が燦々と照りつけている。
「、、チッ」
日が暮れた向こう側の世界に目をやった彼女は、小さく舌を鳴らして少年から離れた。
「日が落ちる。こんな所でグズグズしている余裕はないんだ」
少女は早口でそう言って立ち上がると、腰元の鞘からすらりと剣を抜いた。
柄の部分に散りばめられた珠は、まるでここの湖のように青く透き通った色をしている
それがあまりにも綺麗に思えて、こんな状況下にも関わらず少年は一瞬それに見惚れてしまった。
だがその切っ先が自分の喉元に向けられると、流石に我に返ったのか、慌てて口を開いた。
「待ってよ、どうして君はこんなことをするんだ?」
「それは私達の大切な宝石の一つだ。長い、長い時の間守り抜いてきた神秘のかけら」
少年よりもずっと幼いように見える少女は、彼よりもずっと落ち着いた、というよりもほとんど機械的な口調で答えた。
少年はその言葉にはっとして、恐れも忘れ聞き返す。
「じゃあ、やっぱりこれは『神秘のかけら』というものなの?」
少女がこくりと頷いた。少年は息をのむ。
「お前などには想像もつくまい。私たちがどれほど神秘のかけらを大切に集めて回っているかを」
彼女の綺麗な顔立ちが悔しそうに歪む。
「その『紅』色は、私が管理を任されていた。抜かりはなかったはずなのに...まさかお前のようなコソ泥に奪われてしまうなんて
少女が片手を伸ばして少年の喉を掴み、ギリっと締め付けた。
幼子の力とは思えない異様な腕力だ。
「力尽くで奪い返す手段に出る前に聞いてやる。なぜこれを盗んだ、言え!!」
少年は苦しそうに呻いて首を横に振った。
「僕は盗んでない、本当だ!この宝石はさっき拾ったものなんだよ...でも、今はまだこれを返すわけにはいかない。これで...お師匠様の...病気が」
息が出来なくなり、少年は言葉を止めた。
「病気?」
同時に少女の締め付ける手がふと緩くなる。
彼女は表情を曇らせて呟いた。
一瞬の呼吸の自由に、体が酸素を欲し喉がひゅーと音をたてた。咳が出ているが、少女はそんなことまったく気にせず彼を見ている。次の言葉を待っているようだ。
「お師匠様は...、呪いにかかった」
荒い息を整えながら彼は言った。
「この神秘のかけらがあれば呪いが解けるはずなんだよ。お願いだ、これを僕に少しの間預けてくれないか?」
赤い瞳が深い緑色の瞳と合う。彼女の目は、まるでこの神秘のかけらのようだ。
「まさに今会ったお前のことを信用出来るはずもない。私も一緒に行こう」
チャキッと音をたてて、彼女は剣を鞘に戻した。
「君は何者なの」
自分の後ろから数歩距離を置いて歩く少女に向かって、少年は慎重に問いかけた。
「、、プラエフェクトゥスの族だ。」
プラエフェクトゥス。ラテン語で、《守護》を意味していた。
「そうか、僕はヒーラー族なんだ。病気を治したり、癒したりする。」
そう言って、彼は手の中の宝石を見つめた。
「ヒーラー族が呪いにかかったなんて、元も子もないな。」
足も止めず、彼女は声のトーンを変えずに言う。
「マグス族だろう。そのお師匠とやらに呪いをかけたのは。私の仲間もマグス族に呪いをかけられた。お前の話を聞いて、信用は出来ないが同じ思いなのは確かだ。」
「君も……同じ思いをしてるの」
ふいに、今までの体の力がふっと楽になった気がした。自分だけじゃなかった。そう思えた。
「同じ仲間じゃないか。僕は君を信用するよ、だから、君も僕を信用してくれないか?君とこの神秘のかけらで、解決したい!」
「…わかった。ただし、お前の師匠の病気が本当だったらの話だがな。」
と少女は返した。
「、、、うん!」
彼の笑顔を見て、少女は少し息を飲んだが、少年はそれを気付く由もなかった。
「お前、私が恐ろしくはないのか」
少女は、赤い瞳を少年の深い緑色をした目にじっと合わせて尋ねた。
「えっ」
彼の方は今更かという言葉を飲み込みつつも、うん、ちょっとだけ怖いかなと返した。
「ちょっとだけ、だと?」
少女が不意に足を止める。
少年は背後からの足音が突然途絶えたことに気が付いたのか、後ろを振り向いた。
「この剣で一目瞭然だっただろう?私が宝石の守護者、プラエフェクトゥス族の一員だということは。いや、そうであるはずだ。それなのになぜもっと恐れない?」
少女はそこまで言うと、ふうっと息を吐いた。そして彼を威圧するように声を低くする。
「プラエが情けや容赦を知らない者どもである。もしや、このことが分からないわけではあるまいな」
「君の方こそ、どうして僕を見ても石を投げつけたり蹴飛ばしたりしないんだ?」
少年は彼女の脅しに少しも動じなかった。
それどころか本当に不思議なことであるかのように首を傾げてそう尋ねてくる。
「僕がこれまであって来た人達のほとんどは、僕のこの瞳の色に気付くとみんなそんな風な様子になったよ。僕が『人間業ではとても出来ないことをしているヒーラー族』だから。つまり人の病気を直してしまうことが出来るから」
少女が一瞬言葉を詰まらせた。
「僕は覚えている限り、すべての人という人から離れてお師匠様と2人で生きてきたから、普通の人が君を見てどういう反応をするかは知らない」
緑の瞳を微動だにもさせず彼は言う。
「だから本当はさっき君が教えてくれた一族の名前も知らないんだ。ごめんね、知った風に頷いてしまって」
少女が何も言えない間に言いたいことをすべて言ってしまったのか、少年は少し満足気に笑った。
二人の間の蟠りというものが少し消えた気がしたのは、少年だけではないだろう。
24:匿名:2019/07/31(水) 00:00 「名を、教えてくれないか」
切り出したのは意外にも、少女の方であった。
「なんと呼べば良いものか、分からない。」
「ヴァレンティノ」
少年はゆっくりと自分の名を口にした。
「ヴァーレでいいよ。お師匠様からはそう呼ばれてる」
それから微笑みさえ浮かべ、君は?と少女に訊ね返した。
彼女は少し俯いてから顔を上げた。
「エカラット」
「君によく合う名前だね」
「この名の意味がわかるのか?」
「わかるさ、僕は色々な国の人の病気をみてきた」
ヴァーレ、いや、ヴァレンティノはにっこりと笑った。
「『エカラットを浴びたアネモネ』っていう原料は、切り傷なんかを治したりするのによく使われる素材だからね」
それから先ほどの少女の問いかけに答える。
「夕影のことだろう?その赤い瞳に忠実な名前だよ」
その時少女の瞳に夕日が映った。
自分の住む向こう側の世界で沈む太陽。
ヴァレンティノの言葉を聞いて、なぜか夕影のその先まで見たくなり彼女は目を開こうとしたが、あまりの眩さに目は勝手に閉じてしまった。
ぎぃぃっと音をたてて大きな扉が開いた。
「入って」
ヴァレンティノが扉を片手でおさえている。黒く、少し錆びた扉にはいかにもなアラビア語の文字が彫られている。
「いい扉」
エカラットが利き手の左手で扉を触ると、ヴァレンティノが興奮した様子でおさえていた手を離した。
「そうだろ?!この扉、すごくかっこいいんだ!」
「うわっと」
扉の重さにエカラットがよろける。ヴァレンティノが片手でおさえていた扉は、エカラットが体重をかけてもしまろうとしていた。
「ご、ごめん!」
ヴァレンティノが慌てた様子で手をかけた。
力の差を見せつけられたようで、エカラットは少し眉間に皺を寄せたが、ずかずかと館のような家に入っていった。
天井が高く、埃を被ったシャンデリアが垂れ下がっていた。薄暗く、古いとはいうもののとても大きくしっかりした家だった。
こっちだよとヴァレンティノが微笑みながらエカラットを案内する。
廊下の角を一つ曲がった瞬間、二人の横を吹き抜けた突風がエカラットの赤髪を激しく上に舞い上げた。
その風に何か途轍もない力を感じた彼女が、思わず頭を少し下げたプラエフェクトゥス式の警戒を表す姿勢を取る。
廊下の奥からビュンビュン風が吹き荒れている。
家の中なのに、一体なぜ?
エカラットは目を細めて気を引き締めると、廊下の一番奥の部屋の扉を凝視した。
ヴァレンティノは吹き荒む風に慣れているといった様子で、エカラットの戸惑いにも全く気が付いていないのか、迷わずその部屋目掛けて歩みを進める。
エカラットは腰の剣の柄に手をかけて彼の後に続いた。
部屋の前までたどり着いた時には、エカラットの短髪は乱れに乱れていた。
廊下からこの部屋までは大した距離もなかったが、止まない風がそのたった2、3分にも満たない間で彼女にしたことである。
エカラットは狼狽気味に自分の髪を撫で付けると、扉を開こうとしているヴァレンティノに、待てと声をかけた。
ひいっと自分の喉がなるのがわかった。
人間と言っていいのだろうか。ベットに手かせをつけられた「それ」がブンブンと長い灰色の髪をふって呻いている。
恐らく
ヴァレンティノがいう「お師匠様」であろう。
ものすごい気迫で、手かせをガチャガチャといわせている。
「この家に入った我らが族以外のものはなんだ‥なんだなんだなんだ」と低い声が聞こえてくる。
「お師匠様、違うんです。僕の友達です。」
ヴァレンティノが左膝を床につけた。
「どうしたの?」
ヴァレンティノが横に立ったエカラットの方を向いた。
「どうしたもこうしたもない。まず説明しろ。お前の一族は病気を治す力を持つ者達だろう。この風は一体何だ」
彼女はそう言って、まだ元に戻りきっていない自分の髪を指差す。
だが、あべこべにヴァレンティノの方が驚いたようで目を見開いた。
「ああそうか、これは普通のことじゃないんだった」
独りごちて頷いた後、それはねと付け足して答える。
「僕は確かにヒーラー族の一員だよ。でもね、お師匠様には治療術を教わってるわけじゃないんだ」
>>31-33
>>35-36
ごめん、連投したせいで>>34を見てなかった
(>>37だけど、時系列的に辻褄合わせをするために>>35-36は>>34の前に起きたことってことでいいかな?「〜わけじゃないんだ」ってヴァーレが言って扉を開けた瞬間エカラットがひいってなったってことで...)
39:匿名:2019/08/01(木) 00:58(>>38👍👍👍👍👍👍)
40:匿名:2019/08/01(木) 11:20 「外に出せヴァーレ...早く私を外出せ!!」ヴァレンティノの返答を無視して「お師匠様」は低い唸り声を上げる。
きいきいと鎖が擦れる音が再び始まった。
耳を塞ぎたくなるような騒音だ。
しかしヴァレンティノは落ち着いた声で言った。
「無理です、お師匠様」
一呼吸間をおいて、目の前のベッドを悲しそうに見つめる。
「ただでさえ嫌われている僕たちヒーラー族が、お師匠様みたいな姿で人前に出たらどうなると思いますか?」
エカラットは黙ってその様子を眺めていた。
せっかく整えた彼女の髪はもう元通りになってしまっている。
廊下で吹き荒れていた風の発生源はこの部屋で間違い無いようだ。
今もなお強風が唸り、エカラットを押し出すように吹きつけてくる。
「なぜに呪いだけでこのような姿になる。私の仲間は、これよりずっとましだ。」
エカラットがやっと口を開き、回答をヴァレンティノに委ねる。風がヴァレンティノの透き通る金髪を激しく揺らす。金、、というよりは、白に近い、そう言えるようなまっすぐで美しい。
そんなヴァレンティノが目をエカラットに向けた。
「ヒーラー族だからこそだよ。色々な病気に触れてきた。少しばかりは自分にも悪いものが伝染る。弱っている体に、付け込まれたんだ。」
残酷だろう?とヴァレンティノは笑ったが、その深緑の瞳は悲しみに満ちていた。
「これは私がずっと不思議に思っていることなんだが」
エカラットは死にものぐるいで鎖から逃れようと暴れている「お師匠様」に目をやりながら静かに切り出した。
「お前達ヒーラーはなぜ治療を止めない?」
えっ、と言ってヴァレンティノが振り向く。
「他人の病気を治すことで自身が忌み嫌わるようになって、あまつさえ凄惨な呪いにかかる危険性まで増えるのなら、そんなものは止めてしまえば良いだろう?」
現に今回だって治療がお前の「お師匠様」をこんな目に合わせた原因ではないか。
その一言をエカラットは心の中で呟いた。
そしてヴァレンティノの顔に視線を移す。
彼は微笑んでいた。
「『ヒーラーの命も魂吸わずんば3日まで』。こんな言い回しを聞いたことはある?」
エカラットは唐突な質問に面食らったが、少し記憶を探ってから首を横に振った。
「これはね、時間にたっぷり余裕があるからと言って油断していると、あっという間におしまいの日が来ちゃうよっていう教訓なんだ」
ヴァレンティノはそこまで言うと自分の胸に手を当てて、緑の瞳をそっと閉じたまぶたの下に隠した。
「僕達はみんなの病気を治すよ。けれど、代わりにその人の寿命をほんの少し頂くんだ。そうしないと自分の命を長らえさせることが出来ないからね」
彼の言葉には思わず聞き入ってしまう何かがあった。
エカラットは不意に畏れを感じて動けなくなる。
「僕達は、他人の命を盗むことで生き延びている。他の人間よりもうんと長い寿命を持つヒーラー族の秘密は、実はこの治療にこそあるんだよ。好きでこんな生き方をしているんじゃない。何百年もの昔のご先祖様の時からずっと、僕達ヒーラーにはこれしか生き残る術がなかった」
そこまで言って、ヴァレンティノは目を開いた。
先ほどよりも輝きを増したように思える瞳が真っ直ぐにエカラットを見据える。
身体が彼女の意思に反して勝手に震え出した。
「言ってしまえば僕達ヒーラーは『寿命泥棒』なんだよ。神様から与えられた試練でもある病気を、勝手に治してその上寿命まで奪っていってしまうんだから」
ヴァレンティノが話すのを止めた。
震えるエカラットに、怖がらせちゃったかな、ごめんねと優しく笑いかける。
「お前も...誰かを治療して...生きているんだな?」
ようやく震えを止めたエカラットは、呼吸を整えながら途切れ途切れに口を開いた。
ヴァレンティノは何も言わない。
ただ柔らかな笑みを浮かべたままだった。
その、美しく、一切の揺らぎが見えない笑みにエカラットは恐怖をも覚えた。
52:匿名:2019/08/01(木) 17:52 「あら可愛らしいお嬢様をお連れに。」
ふいに、後ろから声がしてエカラットは本能的に鞘に手をかけた。ゆっくり振り向くと、純白の長い髪をたなびかせた綺麗な姿勢のメイド服の女が立っていた。歳的には20代前半と言ったとこだろうか。真っ白な肌が桃色の瞳によく似合っていた。
あっ、とヴァレンティノが駆け寄ってきた。
「彼女はペルマナント。僕はペルってよんでるんだけど、、、。お師匠様の昔の使いで、僕らの手伝いをしてくれているんだ。」
スカートの端を指先でそっと掴み、ペルマナントは小さく膝を曲げてお辞儀をした。
「こちらはエカラット。さっき知り合ったんだ。」そう言ってエカラットのだいたいの説明を終わらせた。エカラットはじっとペルマナントを見つめ「どうも」と一言。
どうやらペルマナントはヴァレンティノをよく好んでいるらしく、ついてまわってはにこにこしていた。まるで飼い主によく懐いた、忠実な犬のようだ。この人の為なら、自分はどうなってもいい。といった感じか。
「お茶をいれてくれる?」
ヴァレンティノの言葉にペルマナントは弾けるような笑顔を見せて駆け足で去っていった。
「エカラット。お茶の時間にしよう!」
ヴァレンティノが彼女をさあさあと部屋から出そうとすると、さっきとは別人のように落ち着いた様子の「お師匠様」が「ヴァーレ」と放った。
「…わかってます。神秘のかけら、少しお待ちください。」と、彼は微笑んでその部屋のドアを閉めた。
「神秘のかけら、見せないのか?」
エカラットが不思議そうに彼に尋ねると、ヴァレンティノは まだどうなるかわからないからね、と言い先を歩いた。
その返答に不穏なものを感じない訳ではなかったが、エカラットはひとまず先程から尋ねたかったことをヴァレンティノに聞いた。
「この家に来る途中、お前はあの『お師匠様』とやらと2人きりで、他のすべての人間から離れて生きてきたと言ったな」
ヴァレンティノが前を向いたまま頷く。
「それがどうかしたの?」
逆にこちらが尋ね返されてエカラットはため息をついた。
「では、さっきのペルマナントは何だ?3人の間違いだろう?」
すると彼女の予想に反して、ヴァレンティノは、間違えてなんかいないさと笑った。
「だってペルは人間ではないからね。あの子は」
ヴァレンティノがその先の言葉を続けようとした時だった。
ガシャンと、陶器が割れた様な音が廊下に響き渡った。
同時に人がドサっと倒れ込む音がする。
エカラットは瞬時にそれに反応し、音が聴こえた廊下の先に走ろうとしたが、前を歩いていたヴァレンティノが「ペル!!」と叫んで彼女よりも速く駆け出した。
エカラットが廊下の例の角を曲がると、既にヴァレンティノがそこにいた。
座り込んだ彼の前には、割れたティーカップの破片と放り出されたトレイ。
それからあのペルマナントがぐったりと仰向けに倒れ込んでいた。
「大丈夫がペル、しっかりしろ!」
目を閉じているペルマナントに声をかけながら、ヴァレンティノは彼女の額にそっと手を当てた。
そこからポゥッと緑の光が溢れてくる。
するとペルマナントの瞼がゆっくり開かれた。目を覚ました様だ。だがその表情は苦痛に歪んでいた。
「ヴァーレ様ごめんなさい...私、またあなたのティーカップを割ってしまいましたわ...また新しいものを...街から買ってこなくちゃ」
息も絶え絶えに言葉をつなぐ彼女に、ヴァレンティノは首を横に振る。
「いいんだ、いいんだよ。そんなこと気にしなくても...ペル、また痛むのか?」
ペルマナントが苦しそうに頷く。
「待ってろ、僕が今治すから」
ヴァレンティノはそう呟くと彼女の額から手を離した。
「今日はちゃんと道具を揃えていないから、本当に簡単な治療しか出来ないけれど」
そのまま静かに胸の前で両手を組むと、目を閉じて呪文の様なものをブツブツと唱え出す。
少なくともエカラットには全く耳に慣れない言語だった。
エカラットはぐったりしているペルマナントに視線を向け、それから仰天して目を見開いた。
ペルマナントの身体が透明になり始めている。消えかかっていたのだ。
あまりのことにエカラットは思わず後ずさりする。
その間にもヴァレンティノの呪文は止まらず、むしろその声は段々大きくなっているようだった。
「ヒーラーの名を以って此処に告ぐ。此の者の魂、今一時は神の手より我が療術に委ねよ!」
ヴァレンティノが最後に叫んだ言葉はエカラットにも聞き取ることが出来た。
彼がバッと両腕を広げると同時にキラキラとした粉のようなものが出現して、それはペルマナントの全身に降り注いだ。
粉が彼女の身体に溶け込む様に落ちて全て消えてしまうと、ペルマナントの身体は元通りに戻った。
もう透明になってはいない。激痛を訴えていた彼女自身の表情も幾分か和らぎ、今はすやすやと穏やかな寝息を立てていた。
ヴァレンティノは安堵の溜息を吐いて仰向けに倒れ込んだ。
「良かった...ひとまず上手くいった」
「人ではないのなら何だ」
エカラットはそこまで歩み寄ると、彼を見下ろしながらようやく声をあげた。
「彼女の身体は消えかかっていた...あれは一体何なのだ」
再び震えが始まりそうな自分の両肩を抱きしめ、続けて尋ねる。
「ペルマナントはそよ風の精霊だよ」
ヴァレンティノはあっさりと答えた。そして額の汗を右手で拭う。
「風っていっても階級があってね。そよ風から暴風まで。この子はその中でも一番穏やかなそよ風の精霊なんだ」
「...精霊?」
上手く飲み込めないでいるエカラットを尻目に、ヴァレンティノは話を続ける。
「でもね、ペルマナントの穏やかな性分は、この子自身の魂を追い詰める結果にも繋がった。ずっと昔、人間の作り出した兵器がもたらした瘴気が強い、ある場所に行った彼女は恐ろしい病...いや、呪いにかかってしまったんだよ」
「それが先ほどの症状をもたらしているのか?」
エカラットは目を伏せた。
「そうさ。その呪いは長い時間かけてかかった者に激痛を与えて苦しませる。そして最後には、その人はこの世界から消えて無くなってしまうんだ。跡形もなくね」
すっとヴァレンティノはペルマナントを持ち上げた。空気のように軽そうに見えたが、それは多分ヴァレンティノが余裕そうに持ち上げたからだろう。
「時間取ってごめんね、着いてきて」
ヴァレンティノはエカラットの方を見てから、歩き出した。エカラットは、あっ、と急いでついていった。
「消えて無くなる...跡形もなく」
歩いている途中、先ほどヴァレンティノが言ったことを呟く。
エカラットは改めてゾッとして小さく身震いした。
魂が天にも昇らず地にも還らず、この世界から消えて無くなるというのはどういうことなのだろう。
それはとても恐ろしいことなのではないか。
彼女はその光景をなんとか想像してみようとしたが失敗に終わった。
この世界には沢山の人々がいて、それぞれの信じる神が存在する。
そんな中で天にも地にも行くあてを失い消滅してしまうのは、神から見捨てられた命に等しいことだと思った。
廊下をいくらか進むと立派な手すりのついた階段が彼らの前に姿を現した。
72:匿名:2019/08/02(金) 21:47 ことっと音をたてて大きな分厚い机に白地に艶の入ったピンクの優雅な模様が入ったカップが置かれた。
中には黄金色の飲み物が揺れている。向かいに、ヴァレンティノが座った。ゆったりと同じカップでお茶している。エカラットがその様子をじっと見つめていると、ん?と首をかしげて笑っていた。
ヴァレンティノが座っているソファにはペルマナントが横になっていて、目を閉じている。生きていることをも疑わせるほど、美しく、何もかも真っ白だ。
ここが僕の自室だよとヴァレンティノは言ったが少年用の部屋にしては随分と広い。
74:匿名:2019/08/02(金) 23:00大きく、立派な窓から光が差し込んでくる。
75:匿名:2019/08/02(金) 23:08その光を受けて、机の上に置かれた紅い神秘のかけらがキラリと光った。
76:匿名:2019/08/03(土) 10:42 「何が起こるか分からない、とは?」
エカラットは問うたが、その間にも、今すぐにでもその宝石を引っ掴んで自分の住処に帰りたいという気持ちを抑えなければならなかった。
「僕がさっき、お師匠様には治療術を教わっているわけじゃないって言ったの覚えてる?」
またしても答えではなく質問を返されたことに中ば苛立ちつつも、エカラットはこくりと頷いた。
「では何だ、風の精霊がいるから風魔法か?」
「当たりだよ!よく分かったね」
彼女の方は投げやりに返したつもりだったが、ヴァレンティノは興奮気味に首を縦に振った。
「家の中であれほどの強風が吹き荒れていてはな」
エカラットのぼやきは耳に入らなかったようだ。
言おうか言うまいかと悩み、じっと考え込む素振りを彼は見せる。
それから、うん、と頷いて決心したように口を開いた。
「君にはここまで、僕達のことをほとんど話してしまったからね。この際だからもう教えるよ。本当は、お師匠様は純粋なヒーラー族じゃないんだ」
「まあそうだろうな」
エカラットは大した驚きもなく相槌を打った。
「あの『お師匠様』の髪は灰色だった。そしてお前は金髪。血族の繋がりが無いことは明らかだろう」
とうとう堪え切れなくなり、エカラットは叫ぶように言いかける。
「そんなことはどうでもいい!早く神秘のかけらを...」
「暴風の精霊と人間の間に生まれた怪物。それが僕のお師匠様なんだ」
しかし、次の瞬間放たれたヴァレンティノの言葉に頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。
「...は?」
それ以上言葉が続かない。彼女は口をパクパクさせて相手を見つめた。
「そんなことあっていいものなのか?精霊とたかが人間が、、、」
「たかがじゃないよ。お師匠様のお母様はほんとに素晴らしい人だ。」
「そういう問題じゃないだろう!」
再び落ち着いた様子でカップを手にしたヴァレンティノに腹が立ってしまう。
すっかり冷静さを失って彼女は声を荒らげた。
「お前の一族の方の反応はどうだったのだ。まさか祝福など送るわけが…」
「だからお師匠様は一族から追放されたんだよ。一人前の療術士だと認められてすぐにね」
ヴァレンティノがその声に重ね合わせて言う。
「それが、お師匠様が一族から離れて生きている理由」
「僕はそれでもお師匠様と一緒にいたかった。どんなに一族に追放されても、僕の師匠はお師匠様だけだ。尊敬している。」
彼は、忠実の域を超えていた。親をも捨て、自分の師匠についてきたのだ。
「お前・・・親はこの世で1人しかいないんだぞ・・・」
だからなんだ。と、ヴァレンティノは少し低い声で言った。
「僕の師匠もこの世で1人だよ。」
伏せていた顔を上げる。エカラットは彼と目が合うとビクッと肩を揺らした。
深緑の瞳が闇のように見えたのだ。輝きがない。
そう、言うところの、
死んだ目をしていた。
「...っ、とにかく、私は今にでもその神秘のかけらを持って帰りたいんだ。はやく終わらせてくれ」
「……まぁまぁ、そう焦んないでよ。僕ら信用し合える仲間だろ」
ふふっとヴァレンティノが笑うが、その笑みがエカラットにはどうも信用出来ないのだ。
えもいえない美しさが彼女を不安にさせた。
「ヒ、ヒーラー族はみなそういう容姿をしているのか?」
「え?」
「いや、なんでもない」
しーんとなった気まずさに、ようやくカップを口に運んでその中身を飲み込んだ。爽やかなミントの香りがする。
「隠し味に、レモンを少し入れてるんだ、口に合うかな?」
「美味しい...」
身体の疲れがすっと和らぐ気がした。
気が緩むと、途端頭から追い払っていた疑問が浮かんでくる。
「あの『お師匠様』は追放されたために、一族から離れて暮らしているということは分かった」
エカラットは蘇ってきた恐怖を打ち払おうとして、逆にヴァレンティノの瞳を強く見つめ返した。
「だがお前は?まさか『お師匠様』と一緒にいたいからなどという理由だけで、一族から離れて生きる許しをもらったわけではないだろう?」
この世界には沢山の人々がいるが、ほとんどの氏族にはある共通した掟がある。
「生まれついたからには、生涯一族のもとで孝を尽くす」という大原則だ。
それは勿論、エカラットのプラエフェクトゥス族も同様に持つものであるし、他の多くの氏族でもこの掟は貫かれている。
一方でこのような掟を持たない、一部例外な氏族もある。
だがエカラットが知る限り、少なくともヒーラーはそうではないはずだ。
ヴァレンティノは微笑んでいた。
まただ。またあの不気味な笑顔だ。
エカラットはすぐに尋ねたことを後悔した。
きっとこれは安易に聞いてはいけないことだったのだ。
「知りたいかい?」
ヴァレンティノがゆっくりと口を開く。
「あっ...」
エカラットの恐怖まで射抜くようなその視線に思わず声が漏れてしまった。
なんとか誤魔化そうと、持っていたティーカップカップをガチャンと音を立てて皿に置いた。
「僕が何者なのか、本当に知りたいのかい?」
一瞬場の空気が張り詰める。
早く何か言ってくれと祈りながらエカラットはその沈黙に耐えた。
「ふふっ、あはははは!」
突然ヴァレンティノが声を上げて笑った。
その顔からは先ほどの不気味な笑みは消えている。エカラットには純粋な笑顔に見えた。
「でも駄目」
呆然としている彼女にヴァレンティノはいたずらっぽく言う。
「え?」
エカラットは首を傾げた。
「君には教えてあげられないってこと」
彼は楽しそうにふふっと笑っている。
「ど、どういうことだ!?」
がたんと椅子から立ち上がってエカラットは彼に詰め寄ったが、本当は一気に緊張が解けて安心していた。
「ごめんごめん。君の反応が面白くて、つい芝居がかかった話し方をしちゃったんだよ、カーラ」
ヴァレンティノはまだ笑いが収まりきっていないらしい。
エカラットは何?と叫んで後ずさりした。
「カーラとは何だ?」
「君のことだよ。エカラットだから真ん中を取ってカーラ。愛称は普通真ん中から取ってつけるでしょ?」
ヴァレンティノは悪びれた様子もなく答える。
「勝手に名前を名を縮めるな!いや、それよりも話をそらすな!結局お前は何なのだ?」
彼は狼狽しているエカラットを尻目に「教えてあげられないのは本当なんだけどなぁ」と肩をすくめた。
「教えないのは君のためでもあるんだよ。僕はみんなから」
「...ヴァーレ様」
ヴァレンティノは何かを言いかけていたが、彼の隣からした声にはっと顔を向けた。
ペルマナントが目を覚ましたようだ。しかしまだ意識は朦朧としているらしく、その瞼は半分しか開いていない。
「ペル!ようやく起きたんだね!どうだい身体の痛みは。吐き気はしないか?」
ヴァレンティノが嬉しそうに容態を尋ねる。
しかしよく聞き取っていないのかそれには答えず、ペルマナントは机の上で輝きを放つ神秘のかけらに目を移した。
「綺麗...なんて美しい光なの」
彼女はすっかりそれに目を奪われてしまったようで、桃色の瞳でそれを見つめていた。
しばらくの間、ペルマナントが神秘のかけらを見つめている時間があった。
「ペル」
ヴァレンティノがペルマナントの頬を両手で包んで自分の顔の方を向かせた。
「気分はどうだい」
なんて美しい2人だろう。どのくらいだって見ていられる。そのやりとりをみながら、エカラットも神秘のかけらに目を向けた。
何度見ても綺麗だ。紅色がキラキラと光っている。
「私、これと似たような輝きをした宝石を見たことがあります」
ぽつりとペルマナントが言った。
彼女の視線がまた横にそれて、紅い神秘のかけらに向けられる。
「それは驚いたな。ねえ、それは一体いつのことなんだい?」
ヴァレンティノは驚きのこもった声で目の前の相手に尋ねた。
ガシャン!!!!
大きな音が聞こえてきた。俄然、その場の空気は一変した。
「なんの音、、、?」
ペルマナントが起き上がろうとすると、ヴァレンティノが左手で彼女の肩を抑える。
「ペルとカーラはここで待ってて」
彼の行動に抵抗1つしないペルマナント。そのまま、また横になる。エカラットは身動きもしなかった。
とん、とん、とヴァレンティノが歩く音が遠ざかっていく。部屋に二人きりにされたことにより、気まずさに耐えきれずエカラットがペルマナントに話しかけた。
「えっと、何歳、、ですか」
明らかに年上の彼女に、敬語になる。といっても、離れていたとしても10ほどであろう。
「114でございます」
「は?」
予想外な答えに、エカラットはつい強い口調になる。
「、、、、ほんとに言ってるの?」
「もちろんです。嘘つくものですか」
くすくすっと彼女が笑うが、エカラットにとっては笑い事ではない。彼女が15であるから、年の差は99だ。エカラットが苦笑いしていると、ヴァレンティノの大声が聞こえてきた。
ペルマナントが白い額に指を当てて考え込んでいる。
エカラットはそのやり取りに思わず聞き耳を立てた。
これ以外の神秘のかけら。
それはプラエフェクトゥス族の者達にそれぞれ託された秘宝である。
一族の一員であるエカラットでさえも、他の仲間が守る神秘のかけらにはなかなかお目にかかれなかった。
そんな滅多に人目に触れないものを、このペルマナントは見たという。
一体誰の、どんな「色」なものなのだろう。
久々に彼女の好奇心が疼いてしまったのも致し方ないことである。
「どのくらい昔のことかしら...そうだ、確か氷の洞窟に行った時のことだわ」
しばらくして、ペルマナントは思い出したように額から指を離した。
>>101だけど、また連投したせいで))ry
だから、ペルマナントが指を話した瞬間ガシャン!ってことでいいかな?
「落ち着いてください!お師匠様!!」
すぐに師匠になにかがあったとわかる。ペルマナントが目を見開き、ひくっと声にならない声を出した。
「エカラット様、端で低くなっていてください!」
「えっ」
彼女の言葉に、エカラットは咄嗟に部屋の端に走り、身を低くする。
ぶわっとペルマナントの純白の髪が舞い上がった。風だ。あの時の風である。
「ペル!近づくなよ!」
ヴァレンティノが『お師匠様』に齧り付くように抱きつきながら部屋に入ってきた。だが、彼自身が歩いているのではない。むしろ、師匠を止めようと全身に力を入れているが、身体が自由にされていないのだ。ヴァレンティノの靴がずるずると床をすべる。
「お師匠様、止まってください」
ヴァレンティノの必死の抵抗。師匠の腕には、手かせが途中できれたままついていた。
風と物が倒れる音とで頭がおかしくなりそうだ。エカラットは無意識に耳を塞ぐ。
ペルマナントは、どうにかしようとタイミングを見計らうが、ヴァレンティノに近づくなと言われたため手出しは出来ないようだ。
ヴァレンティノの顔が苦痛で歪む。こんなにお師匠様から離れていても耳を塞ぎたくなるのだ。彼にくっついているヴァレンティノの抵抗が凄いものだとわかる。
お師匠様の向かう先は、ヴァレンティノには分かっていた。
神秘のかけらだ。
「ヴ、ヴァレンティノ様...っ」
ペルマナントが耐えかねて口を開く。なにか役に立ちたくてしょうがない。
「ペル、神秘のかけらを守ってくれ。お師匠様の狙いはそれだ」
苦しみながらも、ヴァレンティノは言葉を発した。
「はい!」
ペルマナントが神秘のかけらを手にした。
その時
お師匠様が、地鳴りのように唸り始めた。床が微かに揺れる。棚が倒れ、窓がギシギシときしむ。さすがのヴァレンティノも壁にたたきつけられ、ゔっ、と倒れ込んだ。エカラットは身を低くし、耳を塞いでいたため衝撃は少なかった。
ペルマナントが神秘のかけらを音を立てて落としてしまった。これに1番反応したのはエカラット、彼女だった。「まずい!」と身を低くしたまま走り出した。
風がエカラットの行く手を拒む。神秘のかけらは美しい発色のままお師匠様に近づいて行った。引き寄せているのだろう。
107:匿名:2019/08/06(火) 17:23 エカラットも神秘のかけらに手を伸ばす。風に吹き飛ばされそうになりながらも、じりじりと近づいて行った。
だが、遅かった。神秘のかけらを手にしたお師匠様はものすごい速さで部屋を出ていった。
「嘘だろ、、、」
エカラットはあまりの衝撃にそれ以上の言葉が出せない。風は止んだが、ぐちゃぐちゃになった部屋の中に、ひとり佇んだ。
「うーん……」
気絶していたヴァレンティノが目を覚まして仰向けになると、彼の顔を覗き込んでいたペルマナントと目があった。
「うわっっ」
予想外な出来事に、ヴァレンティノが急に起き上がろうとする。ごつっとペルマナントのおでことおでこがぶつかり、痛い!と2人で声を上げた。
「ご、ごめん大丈夫だったか?」
ヴァレンティノがペルマナントの額に触ろうとすると、彼女は大きな目からポロポロと涙をこぼし始めた。
「そんなに痛かった?!」とヴァレンティノは焦るが、違います、と返された。
「ごめんなさい、神秘のかけらを…守れませんでした...」
ずっ、と鼻をすする音がする。ヴァレンティノは少し黙っていたが、やっと口を開いて言った。
「ペルのせいじゃないよ、それまでに止められなかった僕のせいだ。泣かないでよ」
「そんなのどっちのせいだっていい」
冷ややかな声が聞こえてきた。
エカラットだ。
「仕方なく神秘のかけらを貸してやったらこんなザマじゃないか。綺麗事ばかり言っておるな、盗まれたもんは取り返すしかない。」
真っ赤な瞳でヴァレンティノを見る。それには怒りが見えた。
「うん、ごめんカーラ。絶対取り返すから少し待っててくれ...」
「何言ってる。一緒に取り返しに行くに決まってるじゃないか」
その言葉に彼は一瞬黙りこくったが、気を取り直したようにすぐに口を開いた。
「ペル、お師匠様の居場所を教えて」
ヴァレンティノがペルマナントを振り返ると、彼女は緊張した面持ちで頷いた。
エカラットは彼を怪訝そうな表情で睨みつける。
しかしヴァレンティノの方はエカラットにはお構いなしといった様子で、じっと目を瞑って何かを探すように手を伸ばすペルマナントを一心に見つめていた。
「...変だわ」
少しの間そうして片手を宙に彷徨わせていたペルマナントが、不意に口を開く。
その顔は青ざめていた。
「風波の岬になんの気配も感じない...あの方があの場所にもいらっしゃっていないだなんて」
ヴァレンティノはそれを聞いて俯き、まずいなと声を漏らした。
「ペル、もっとよく調べてくれないか?」
「はい、なんなりと」
ペルマナントはもう一度目を瞑るが、しばらく経って目を開いた。
「やっぱり…」
次の言葉を聞かずとも、ヴァレンティノはペルマナントの気持ちの意味がわかったらしい。俯いて、しばらくの間考え込んでいた。
「行くしかないに決まってるでしょ」
エカラットがヴァレンティノを睨みつけた。
荒れた部屋の中で、綺麗なティーカップが光っている。
ヴァレンティノたちのお話は、これから始まるのだ。
「...日が暮れたな」
エカラットは窓の外をちらりと見やって呟いた。
その声には隠し切れない焦りが込められている。
しかし窓から入ってくる日光は、未だその部屋に十分に降り注いでいる。
けれども今のエカラットは、彼女の住む反対側の世界のことを念頭に置いていた。
「あれは君の大切なものだったのに、こんなに長く引き止めてしまって本当に申し訳なく思っているんだけど...」
流石にヴァレンティノも罪悪感を感じているらしく、おずおずとエカラットに尋ねる。
「でも、あちら側の日が暮れてしまうと何かまずいことがあるのかい?」
「緋剣の力が消えてしまう」
エカラットは窓の外から視線を離さず早口で答えた。こちらの焦りを少しでも察してほしいという気持ちを込めて。
「ひけん?」
それは何のことかと無神経にも聞き返してくるヴァレンティノに舌打ちしつつも、彼女は腰に帯びた剣を鞘から抜いた。
「これだ」
銀色に光る刀身と、柄に散りばめられた青い宝石がヴァレンティノの瞳に鮮やかに映る。
出会って初めてこれを見せた時のように、彼が感嘆のため息を漏らしたのをエカラットは聞き逃さなかった。
「それで、その剣にはどのような力があるのですか?」
エカラットの剣にすっかり魅入ってしまっているヴァレンティノに代わってペルマナントが尋ねた。
「緋剣は勿論、剣としての切れ味も申し分ない。だが何よりもその力は...」
そこまで言ってエカラットは剣の柄をしっかりと握った。
それから物が散乱している部屋を歩き回ると、ひっくり返っていた机の前でおもむろに足を止める。
「きゃっ!?」
ペルマナントが小さく悲鳴をあげた。
それもそのはず、エカラットはその分厚い机を片手で軽々と持ち上げてみせたのだ。
もう片方の手には剣を持ったまま。
あの机を動かすには、ただの人間の男5、6人は必要であろう。
そのままエカラットは呆然としているヴァレンティノの前まで戻って来ると、彼の目の前にドスンと机を置いた。
その衝撃で舞う埃が一瞬彼の視界を遮る。
「こんな風に、常軌を逸した腕力を私に与えてくれる」
スカートに付いた埃を軽くはたき、エカラットは涼しい顔で付け加えた。
「僕から神秘のかけらを取り返そうとやって来た時に、あんなに君の力が強かったのもそれのおかげなんだね」
ヴァレンティノが埃に咳き込みながら言う。
エカラットは小さく頷いた。
エカラットは剣を鞘に戻した。
「非の打ち所がない最高の武器だと言いたいのだが、残念ながらこの緋剣にも1つ弱点がある」
神秘のかけらがないとその力は消え失せる、そういうことだとヴァレンティノはすぐに察知した。
124:匿名:2019/08/19(月) 04:34 「この剣がないと私もただの女だ。どんなに鍛えても男の力には勝てないであろう。」
エカラットがヴァレンティノを舐めまわすように見つめた。細身なのに筋肉のある身体。
「もっと強くなりたい」
エカラットは悲しそうに呟いた。
「強くなりたい、か」
ヴァレンティノは彼女の言葉を噛みしめるようにゆっくり繰り返した。
その表情が落とす陰はどこかもの寂しげだ。
一瞬感じた不穏なものを頭の隅に追いやって、エカラットは「まあそれはいい」と言いヴァレンティノに向き直った。
「ただの女にだって、自分が護る神秘のかけらのありかぐらいは分かるさ。緋剣の力に頼らずともな」
深い深呼吸を1つする。
彼女はそのまま静かに目を閉じた。
そして剣を再び鞘から抜くと、自分の手のひらにその切っ先をそっと滑らせた。
エカラットの小さな手に見る間に紅い血が滲んでいくのヴァレンティノにも分かる。
ペルマナントの方にちらりと視線を向ける。
彼女も自分と同じく、赤髪の少女が行なっている儀式のようなものを興味深そうに見守っていた。
「導きたまえ、神秘のかけらに託せし我が血流よ
129:匿名 hoge:2019/08/23(金) 22:10>>128は誤りによる途中投稿なので無視でお願いします
130:匿名:2019/08/23(金) 22:23 「導きたまえ」
墓場のように静まり返った部屋にエカラットの静かだが力のある声が響く。
ヴァレンティノはハッとしてそちらに意識を戻した。
「神秘のかけらに託せし我が紅血よ」
エカラットはそう言うと同時に手のひらを傾け、そこに溜まっていた自らの血液を部屋の床に流した。
床から目を離さずに注意深く跪く。
ヴァレンティノもペルマナントも固唾を飲んでその様子を見つめていた。
しばらく床の血を睨みつけていたエカラットだったが何の変化も起こらないのを見て取ると、もう一度剣で自分の手のひらを傷つけた。
「導きたまえ」
祈るように目を閉じて先ほどと同じように床の上に流す。
何も起こらない。
舌打ちをし、彼女は再び切っ先を手のひらに突き立てて血を滲ませた。
エカラットの額には玉のような汗が浮んでいる。
その行為の3回目に当たる今回も、彼女が流した血が変化することはなかった。
荒い息を吐きながらエカラットがまた剣を手に向けた時、ヴァレンティノは思わず彼女の手を引っ掴んでいた。
「もういい!これ以上君自身を傷付けるのはやめてくれ!」
彼なりに悲痛そうな叫びをあげてみせたのだが、エカラットの方はまるでヴァレンティノの存在などないかのような無反応だ。
その様子に気圧されて彼も手を離してしまう。
自由になった途端、彼女は何の迷いもなく剣の切っ先で自分の手のひらを切りつけた。
そしてすぐに床に流す。
エカラットはむしろ生き生きとしており、顔付きも興奮したもので口元には笑みが浮かんでいる。
「神秘のかけらに託せし我が紅血よ」
エカラットがその言葉を繰り返したのはそれで四度目だった。
これ以上この儀式を行うつもりなら力ずくででも止める決意で、ヴァレンティノもエカラットの視線の先を追う。
するとどうであろうか。
ついさっきまで何の変化も見せなかったエカラットの血が、ゆっくり動き始めたのだ。
血液は緩慢な動きで棒状の形を形成している。
「ああ...」
ペルマナントが安堵の声を漏らすのが聞こえた。
これでもうエカラットが血を流さなくて済むからであろう。
「ようやく打ち勝ったか」
エカラットは笑みを浮かべたまま剣を鞘に戻した。
その手は目を覆いたくなるほどの血で真っ赤に染まっている。
しかし本人は自分の傷を全く気にしていない様子で、血液が形作る棒を見つめていた。
棒の先端は徐々に向きを変えていく。
3人が見守る中、エカラットが立っている方向を指して棒は遂に完全に動きを止めた。
「西だ」
エカラットが勝ち誇ったように声をあげた。
「神秘のかけら...もといお前の師匠は西に向かったらしいな」
ぽかんとしているヴァレンティノとペルマナントを急かすように、エカラットが「だから西だと言っている」と付け加える。
「いいか。今私はこの血を使って神秘のかけらがある場所を探し当てた。守護を任される時に私自身の血液をアレに流し込んだのだから、今のこの結果に間違いはない」
「何となく分かるよ。今のは在りかを探すための儀式だったんだよね」
やっとヴァレンティノが返事をする。
「そうだ。お前の師匠は相当強いらしいな。この私に4度も血を流させるとは...抵抗力が桁外れに強かったぞ」
エカラットはまだ呼吸を整えられていないようだ。
ぜえぜえと息をしながらヴァレンティノを見上げてニヤリと笑っている。
「それはそうだよ。お師匠様は『怪物』なんだから」
それに君はまだそんなに幼いじゃないか。
そう続けようとしたが彼の言葉は今のエカラットに届いていないらしい。
「グスグスするな、すぐに西に向うぞ」
久しぶりの強者と対峙したエカラットはその興奮を隠そうとせずに、彼らに向かってそう言うのだった。
(ここの全レス書き込んだ訳でもないのにアレだけど、気が向いたらで構わないから暇な人はこのお話の感想くれると一個人ならぬ一匿名が嬉しい 差し出がましかったらこのレスはスルーしてね)
142:匿名:2019/08/28(水) 19:28 >>141
(ここにかいてもいいの?じゃあ言わせていただく。
尊い。)
ペルマナントが さむい...。と零した。
既に日へ出ていない。少し手間取りすぎたようだ。
「あの...日が出てからの方が...」
ペルマナントが言えそうもない雰囲気の中、やっとのことでそう喉から絞り出した。
「早い方がよい。」
すぐに彼女の勇気はエカラットの即答に潰された。
はい、とペルマナントは苦笑した。
「寒いか、これを着て」
ヴァレンティノが苦笑中の彼女の肩に自分の上着を着せる。カーラは...とヴァレンティノがエカラットの方も見たが、彼女は興奮した様子で寒さのひとつも感じていないようだった。
分厚く重たいドアを閉め、月明かりと街頭の灯りを頼りに歩き始めた。
145:匿名:2019/09/03(火) 00:41方位磁針を頼りに、エカラットはぐんぐんと進んでいた。手のひらのたくさんの深い傷の応急処置は済んでいたがじわりと血が包帯に滲み出している。
146:匿名:2019/09/07(土) 11:32 「手、大丈夫?」
滲んだ赤黒いそれをじっと見つめながらヴァレンティノか尋ねた。
その言葉からは声音が分かりにくい。
「利き手ではないからな。特に問題はない」
高揚感からかエカラットはほとんど聞き流すようにそう返事をしたが、ヴァレンティノは彼女の手から視線を離さなかった。
「...僕が治してあげようか、カーラ」
地の底から這ってきたような冷たい声。
エカラットは背筋が凍るような感覚に我に返り、思わずぞっとしてその手を彼の目が届かない後方に隠した。
「だからいいと言っているだろう!プラエである私がこの程度の傷で根を上げるものか!」
「そっか。無理だけはしてはいけないよ」
彼女の剣幕などどこ吹く風で、ヴァレンティノはエカラットの顔に眼を戻してにっこりと微笑んだ。
暗闇でよく見えない。だが、月明かりとペルマナントがもつランプの光が微かに彼の顔を映し出す。
綺麗な瞳だ。暗いと余計に緑が深い。
「……あまり見るな」
エカラットは彼の奥に感じるただならぬ闇と怠惰と端麗さに身震いをする程だった。
しんとする雰囲気にはお構い無しに彼が笑った。
「ごめんって、そんなに怒らないで。どうしても無理そうだったら言ってくれればいいから」
今のエカラットには彼に頼る心などない。恐らくヴァレンティノはそれをわかった上でエカラットに笑いかけたのだ。急にペルマナントが、ランプを彼女の顔にガシャン!っと近づけた。突然のオレンジの光に瞳孔がギュッと縮むのがわかる。
「な、な、、?!」
エカラットが目を細める。
「あまりヴァーレ様の奥に触れないで下さいませ。彼は気が張っております。暴走なさらないよう、くれぐれもよろしくお願いしますね」
耳元で静かにペルマナントがいった。鼓膜がゆったりと揺れる。透き通るような声に、一瞬ぐらりとしてしまった。暴走、が、エカラット自身のことなのか、それとも彼のことなのか。分からないが、どちらにしろ恐怖を覚えた。
近づいたペルマナントの顔をじっと見つめたが、その感情ははかれない。ただ、ふふっと口角を上げたその顔が人並外れた美しさだということは確かだった。
ん?とヴァレンティノが首を傾げる。
「なんでもありません、さぁ進みましょう」
純白の髪の毛が揺れて、ペルマナントは先に進み始めた。ランプの光を失った周辺はすぐに闇に持っていかれる。
「ちょ、ちょっとまって、急に進むな!」
つい感情的になる。それさえもヴァレンティノは笑って流していた。
進むべきほうはもちろんエカラットの血が教える方である。たまに彼女が道を指し、それに従って3人で歩く。
153:匿名:2019/09/12(木) 18:37 体の弱いペルマナントが息を切らす。それに比べ、エカラットは表情ひとつ変えずにずんずんと進んでいた。「ペル。もしすごく辛いなら力を、」ヴァレンティノが言いかけると、だめですと彼女が返す。
「今無駄にお力を使わないでくださいませヴァーレ様。」
「でも」
「いいんです」
何かを言いかけたヴァレンティノを遮ってペルマナントは静かに首を横に振った。
「そのお力はとっておいて下さいませ...あの方のために」
その言葉が言外の何か深い意味を含有しているようにエカラットには聞こえた。
彼らよりも先にいて尚彼女の耳はしっかり二人の会話を捉えている。
エカラットは後方をそっと振り返った。
暗がりの中でも分かるほど疲弊し切ったその表情に対して、ペルマナントは不気味なほど落ち着いた佇まいをしている。
「...それなら今日はもうこの辺りで休もうか」
ヴァレンティノはそれでもまだ納得がいっていない様子だったが、引き下がることにしたらしい。
自分を見つめるペルマナントに休息を提案した。
「休むだと?まだ全然進んでいないぞ?神秘のかけらを追うのにそんな調子で、これからの道のりに一体どれほど時間を費やすつもりだ?」
急く気持ちを抑えきれない。
エカラットはヴァレンティノを非難するように一気にまくし立てた。
だがヴァレンティノの方も負けずに言い返してくる。
「ペルがもう限界なんだよ!この子にこれ以上無理をさせるのは本当に危険だ。カーラ、今日はもうここで野宿させてくれないか?」
エカラットはそれには返事をせず、心を鎮めようと大きく息を吐きながら夜空を見上げた。
半分に欠けた月が煌々と輝いてそこら中に白銀の光を落としている。
自身の紅の瞳に相反するその色に宥められたのか、エカラットは息を吸い込んでゆっくり口を開いた。
「分かった。お前達はもう休むと良い。私とて神聖な精霊を無理矢理歩かせるのは心が痛む」
それだけ言って後は振り返りもせずに歩き出す。
「待てカーラ!君はどうするつもりだ?」
後ろからヴァレンティノの声が追いかけてくる。
エカラットは面倒くさそうに立ち止まり、前方を向いたまま叫ぶようにそれに答えた。
「このまま真っ直ぐ進む。お前の風魔法でもなんでも使って、明日には私に追いついて来いよ」
再び歩き始めようとするが、ヴァレンティノの鬼気迫るような声がまたしてもエカラットを止めた。
「そんなの危険だ!夜はどんな異形のものが現れるか分からないんだぞ。戻れ、カーラ!」
「私に命令するな!どこまでお前は私を侮る気だ!よく聞け、私は誇り高きプラエフェクトゥスの...」
その瞬間だった。
鈍器で頭を思い切り殴られたような衝撃を受けエカラットは声もなく地面に崩れ落ちた。
冷たい土の感触に、一瞬何が起きたのか分からず目を見開く。
「カーラ!?カーラ、どうした!?」
意識は何とか保つことが出来たようだ。
ヴァレンティノの悲鳴がガンガンと頭を揺さぶる。
エカラットは起き上がろうと上体を起こそうとしてすぐ頭に激痛を感じ呻き声を上げた。
いや、頭だけではない。
体が燃えるように熱い。
エカラットはひゅうひゅうと口で呼吸し、地面に倒れたまま抱えた膝に頭を押し付けた。
『たとえ君がどんな危機に陥っても、生き延びることだけは諦めては駄目だよ』
霞んでいくエカラットの脳裏にいつか聞いた誰かの教えが蘇ってくる。
そんなの言われるまでもない。
心の中で声を一蹴してから再び彼女は呼吸を整えようとした。
突然ひんやりと冷たい何かが額に触れる。
エカラットはヒュッと息を飲み込んで目を上に向けた。
「うわっ、酷い熱だ...」
口呼吸に必死で全く気がつかなかったが、ヴァレンティノがすぐそばまで駆けつけていたようだ。
深刻そうな顔でエカラットの額に白い手のひらを当てている。
「...て...いい」
反射的に恐怖を感じて、彼女は呼吸の合間から口をパクパクさせて何事かをヴァレンティノに訴えた。
「何だい?どうしたの、カーラ」
エカラットは息も絶え絶えに声を絞り出した。
「...治さなくて...いい」
ヴァレンティノが驚いたように彼女の額から手を離す。それから悲しげに言った。
「カーラ、僕は見境なく他人から寿命を奪い取るような怪物ではないよ。どうかこれだけは覚えて僕を信じてほしい」
優しい声。
エカラットは恐る恐る視線を彼の目に移動させた。
緑色の瞳がエカラットを真っ直ぐに見つめている。
その輝きは月光よりも眩しい光を放っていた。
「きっと強いストレスだ」
ヴァレンティノがエカラットの身体を仰向けにさせた。夜空がエカラットの瞳に映った。どれほど歩いたんだろう、、。エカラットはその時初めて正気に戻ることになる。
ふわっとエカラットの体が重力から自由になった。ヴァレンティノが彼女を抱えあげたのだ。ひぃっと喉に息が詰まった様子だが、彼女は体のだるさから抵抗はしなかった。だるんと腕が揺れ落ちる。その強さとは裏腹に、華奢で、軽いその身体を、ヴァレンティノは大切そうに木の下におろした。
「休むといい、そもそも巻き込んだのは僕だ。ごめん」
彼は申し訳なさそうに彼女の足元に座る。その行為は、敬意を表したものであった。ペルマナントもすぐそばに腰をおろす。
「、、、、お前は自分のために動いたのではなかろう。仕方ないことだ。」
エカラットは静かに目を閉じた。
すぐにエカラットは眠りについたよだ。相当体に負担をかけていたに違いない。その様子を見て、ヴァレンティノは彼女の頸動脈に手をかけた。一度に体のすべての機能を回復させるために、大きな血管を選んだのだ。
ベルマナントも仕方ないと納得したように目をふせた。ヴァレンティノは精神を整え始め…だが、それは小さな手に拒まれた。エカラット自身が彼の腕を力なく掴んだのだ。
「...カーラ」
「治さなくて良いと言ったはずだ」
目を閉じ、先程と変わらぬ表情でエカラットは深く息をしている。
「すぐに力を使おうとするな。ペル、彼女だってさっき止めていただろ。なぜ止めない」
弱々しく、ただしっかりとした意思でいう。
掴んだままのヴァレンティノの腕を強く握った。
「たまには、自分のために使ったらどうだ」
彼女は、ヴァレンティノの行動の裏を既に分かっていた。自分よりも、人のため。自分は二の次。
口を開けないでいる彼を、ペルマナントは何も言えずに見ていることしかできなかった。ペルマナント、彼女自身もわかっていたのだ。彼はずっと人を助けることしかしてこなかった。使命だった。生きる術だった。それが、彼の人生だった。
ヴァレンティノの腕を掴んだままエカラットは再び眠りについたようだ。寝息も立てず、まるで生きていないかのように眠っている。ヴァレンティノは腕の温もりを感じながら、無性に泣きたくなった。
知らなかった、自分が好きでこんな生き方をしているのではなかったのだと。
全てを察知したペルマナントが、横になる。
「ヴァーレ様。私はヴァーレ様の生き方を愛しております。あなたの望んだ生き方でなかったとしても、そうやってこれまで生きてきたのですから」
素晴らしい人生です、と続けた。
ペルマナントの精一杯の言葉に、ヴァレンティノは笑みが零れた程だった。
ヴァレンティノは、腕の温もりの正体を起こさぬよう、静かに横になった。一日で色んなことがありすぎた。3人は深い眠りについた。
166:匿名:2019/09/17(火) 18:27 『お前も支配された生活になるさ、じきに』
『ヴァーレ、お前はこうなるんじゃない』
『あの子は自由にしてあげて!!』
『人のために生きなさい。あなたの生き甲斐よ』
『これからは、こうやって生きるんだぞ』
『ごめんね、』
なにかに意識が引っ張られるようにして目が覚めた。急に、バチッとこの世界に戻されたのではなく、静かに、重く、確実に戻された。
さっきまで眠りについていたとは思えないほど意識がハッキリしている。昔の微かな記憶の夢を見ていたようだ。
少し体を起こす。左どなりのエカラット、右どなりのペルマナント共に眠っている。どのくらい寝ていたのだろう。あたりは明るくなってきていた。
「夜明けか、、、」
ヴァレンティノは弱くなったエカラットの握る手をそっとずらし、川に近づいていった。夜は気が付かなかった。さらさらと綺麗な音色を奏でながら水が流れている。これこそ、人間の愛した水の芸術なのであろう。
手を入れてみる。きんと冷えたそれは彼の生命を震えたたせた。少しすくって自分の口に運ぶ。久しぶりに口に入れるものとしては充分すぎるくらいの代物だ。腰につけた筒を手に取り、水につけた。カプカプと筒も水を飲み込み、あっという間に満たんになった。みんなで飲むとしても一日はもつ。またその筒を腰にさげると、ふと気配に気づいた。
ペルマナントが目を覚ましていたようだ。彼のすぐ近くまできていた。
「、、おはよう、よく眠れた?」
彼が笑いかけると、彼女は首を縦には振らなかった。
「すごく、嫌な夢を見ていました。」
「奇遇だね、僕もだよ」
ペルマナントもしゃがみ込む。人差し指を水に入れ、つめたいっと無邪気に笑った。
「ここは綺麗な水が流れているよ。ずっと向こうから来ている。多分、村があるね、」
「そこに、、、、、」
言わずとも彼はわかるだろうとペルマナントがヴァレンティノの瞳を覗き込む。可愛らしい仕草に動揺もすることもなく、彼はうん、と答えた。
「きっと、お師匠様が」
燦々と太陽が照りつける朝。夜の寒さが嘘のようだ。
「あっつい...倒れそうだ」
弱音を吐かないエカラットでさえもそう呟いた。
ペルマナントも純白の長い髪をしばり、白い頬を赤らめている。
この世界は、四季が区別できないのだ。真夏のようで、真冬でもあり、春のようで、秋なのでもある。だからこのような異常気象になるのだ。
エカラットの高熱はまだ下がっていなかったが、猛暑に文句をつける程度の気力は回復したようだ。
ヴァレンティノ達が汲んできた川の水を一飲みしてすぐに立ち上がろうとする。
しかし流石に身体を動かすのは難儀であるらしく、力がうまく入らないのか膝から崩れ落ちてしまう。
ヴァレンティノがすぐさま支えにはいるが、エカラットは大丈夫だ、と拒否を示す。
172:匿名:2020/01/23(木) 22:51 「それより私たちは、というよりもお前の師匠は一体どこに向かっているんだ?『こちら側』の世界の西には何がある?」
発熱に加えてうだるような暑さに頭がぼうっとするのを感じながらも彼女は声を張り上げた。
エカラットはあの湖の向こう側の世界の住人であるから、彼女が持っている、ヴァレンティノ達が住む世界についての知識量は極めて乏しい。
神秘のかけらを守護するという使命を負っているプラエフェクトス族はそもそも、滅多に自民族の領域外から出たりしないものなのだ。
一刻も早く神秘のかけらを取り戻すために、エカラットとしてはこちら側の世界のことを少しでも知りたいのであった。
それにほとんど何も勝手の分からない場所で行動を続けるのも不安である。
ヴァレンティノとペルマナントが、少し困ったように顔を見合わせた。
こちらに伝えるべきかどうか迷っているらしい。
良いから早く教えろ、と声を荒げそうになるのを我慢し、エカラットは2人が口を開くのをじっと待った。
「西っていうだけだと、まだ確信できないけど」
先に答えたのはヴァレンティノである。
「今目指している方向の西の果てにはね、僕たちが、いや、お師匠様が昔住んでいたヒーラーの廃村があるんだ」