半殺し屋の骨牌録

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1:詠み人知らず (ノ ゜Д゜)ノdice4:2019/08/16(金) 12:00


むかしむかし、俺が死ぬ前の話。
自分の"殺した"人間の骨を使い、麻雀牌を作って収集している魔女がいた。
巧みな話術で人を惑わせ、時には怪しげな薬を渡し、人殺しの手伝いをしていたと思う。

彼女は確か、"半殺し屋"と名乗っていた。

>>02 登場人物

2:読み人しらず (;`・ω・)つdice3:2019/08/16(金) 21:41

[東塚 黒之助 (ひがしづか くろのすけ)]
新米のキャリア刑事(25歳)。
幼少期に母を殺害した父を逮捕するため、密かに捜査している。
唯一父親の手がかりを掴めるかもしれない紗宵に頼ろうとするも、刑事としてのプライドとの間で苛まれる。


[秋南 紗宵 (あきなみ さよい)]
自称"半殺し屋"として復讐の手伝いをしている中年女性。
等価交換を信条としており、『誰かを殺めるなら自身も殺めろ』という条件を飲める者だけ依頼を引き受ける。
自殺した依頼人の骨を麻雀牌にして収集している。
普段は麻雀バーのオーナーを一人で切り盛りしている。


[東塚 浦之助 (ひがしづか うらのすけ)]
黒之助の父親。
妻を殺害し、黒之助に暴行などの虐待を行っていた。
約十数年間もの間逃亡しており、未だ行方は掴めない。
博打狂いで、特に高レートの賭け麻雀に明け暮れていた。


[東塚 衣亜 (ひがしづか いあ)]
黒之助の母親。
夫の浦之助からDVを受けた末に殺害されてしまう。
なぜか紗宵と面識がある。


[筒中 色之助 (つつなか いろのすけ)]
浦之助の隠し子と名乗る謎の青年(19歳)
黒之助と同じく父親の浦之助を捜しており、復讐を果たすために紗宵を頼る。
浦之助の残した借金を連帯人として背負わされており、とてつもなく貧乏。


[竹柴 索子 (たけしば もとこ)]
自称"色之助の彼女"だが相手にされていない女性(23歳)。
色之助に助けられたことから、借金を肩代わりする。
両親はマカオでカジノを経営しており、金銭感覚の狂ったお嬢様なところがある。

[萬屋 千鞠 (よろずや ちまり)]
黒之助の同僚の刑事で、黒之助に想いを寄せている。
不可解な自殺の真相を探っており、紗宵の元へと近づいていく。

3:読み人知らず ホィ(ノ゚∀゚)ノ ⌒dice6:2019/08/16(金) 23:34

「今月二件目ですよ、欠損自殺者! 多くないですか!?」
「あぁ、そうだな」

刑事というのは忙しいもので、昼食の時間ですら優雅にとることはできない。
東塚黒之助(ひがしづか くろのすけ)、今年配属されたばかりの新米刑事だ。
午後からの捜査会議に向けて、同僚の萬屋千鞠(よろずや ちまり)とコンビニ弁当をつつきながら配布された資料に目を通していた。
隣から萬屋が捜査情報に対して一々ツッコむので、鬱陶しくなってきた。

「ただ自殺しただけなら珍しくもありません。でも、なぜか自殺した加害者は必ず体のどこかが欠損しているんですよ! 腕とか、足とか。欠損した所も現場からは見つかっていないですし」
「……そうだな、変だな」

確かに奇っ怪だな、と少し冷たいトンカツを飲み込みながら思ったが、頭に捜査情報を詰め込むのに精一杯で、気の利いた返事をする気力が無い。
死因、脂肪推定時刻、被害者や加害者の相関関係、解剖結果。
これらを全て把握し、その上で自分の見解も述べられるようにしなければ置いてけぼりにされる。

まぁ、今回は痴情の縺れから成る刺殺だろう。

被害者は九島真太、加害者はその妻九島京子。
ベッドの上で二人とも亡くなっており、夫の方はは首を切られ、妻の方は腕が切り落とされ、もう片方の手で自身の心臓に包丁を突き刺している。
恐らく文字通り寝込みを襲った後に自殺したとみた。

ここまではドラマなどでお馴染み──よくある事なのだが、問題は自殺した妻、九島京子の片腕の行方だ。
現場からは見つかっておらず、侵入した形跡はあるが足取りは掴めていない。

「九島京子が切り落とした腕を誰かが持ち去ったんでしょうか? それとも九島京子が自殺した後に誰かが切り落としたんでしょうか? なんの為に腕を持ち去ったんでしょうか!? 持ち去った人物は九島京子とどういった関係なのでしょうか!?」
「それを午後からの会議で考察するんだろ。今分かったら苦労しない」

さっさと弁当を平らげた俺に対し、先程から話してばかりの萬屋の弁当は減っていなかった。
こいつは泳がないと死ぬマグロみたく、口を閉じたら死ぬのだろうか。

4:詠み人知らず ( -.-)ノ ・゚゚・。dice1:2019/08/17(土) 14:45

「そろそろ時間だ。俺はもう会議に行く」
「あ、待ってくださいよ〜クロノスさん!」
「その呼び方やめろっ!」

萬屋は焼肉をかき込みながら俺を追いかけた。

人懐っこい、悪く言えば馴れ馴れしい。
萬屋は"黒之助"が長くて呼びにくいから、と勝手にクロノスとあだ名をつけて呼んでいる。
いつしか他の部署にまで広まり、上司にまで"クロノス君"と呼ばれる始末。

実際、黒之助は俺の親父がクロノスを意識して名付けたものだから似ているのも当たり前だ。
だが、俺はこの名を忌み嫌っていた。

「本物なら苦しんでない」

ギリシャ神話に登場する有名な神、クロノス。
彼は自身の実父であるウラノスの局部を鎌で切断して殺害する。
クロノスだったら、実の父親を殺せた。

俺のウラノス──東塚 浦之助(ひがしづか うらのすけ)は、あと少しで時効が成立する。



「なにぼーっとしてるんですか、クロノスさん」
「……別に。眠いからコーヒー買ってくる」

5:詠み人知らず (ノ>_<)ノ ≡dice5:2019/08/17(土) 17:02

コーヒーを飲んで一服吹かした後、会議の3分前に着席した。
大方資料は目を通してあるので焦ることもない。
会議が始まると、全員一斉にホワイトボードへ目を向けた。
顔写真や地図、遺体の写真がマグネットで貼られている。
管理官が手元のファイルを読み上げながら、考察を述べる。

「自殺した九島京子の右腕についてですが、持ち去った人物は恐らく玄関から入ってきたと思われます。鍵を破壊した形跡は認められなかったため、元から玄関には鍵はかかっていなかったのでしょう」
「鍵を所持してるのは、高校生の息子の九島裕司君だろう? 彼が持ち去ったという線は?」
「事件当日は恋人の家で一泊していたというアリバイがあるのでその線は薄いかと」

家中の窓は閉められており、唯一空いていたのが玄関。
まぁ、九島京子が戸締りを任されていたのならば、鍵をかけていないのも頷ける。
これから死ぬことが分かっているのだから、わざわざ鍵をかける必要もないと思ったのだろう。

「しかし腕か……利用価値のある臓器ならまだしも腕、しかも死んだ人間のを持ち出す者の意図が知れん」

理事官は顔を顰め、ホワイトボードを眺めた。
視線の先には、ミロのヴィーナスよろしく右腕を切り落とされた女性の遺体。
シーツとネグリジェに赤黒い血がこびりつき、スプラッター映画のワンシーンを彷彿させる。

と、その時、隣に座っていた萬屋がピンと右腕を上げて何か言いたそうにしていた。

「萬屋、なんだ?」
「はい! 恐らくこの事件も、今月に3件あった遺体欠損の自殺者と関連があります。今回は片腕、その前は左足、それから頭、そして先月は骨盤なども持ち去られていました。持ち去った人物は、恐らく身体中のパーツを集めるつもりなのではないでしょうか!? なんかこう……リアル人体模型、みたいな……!」

萬屋の発言に、次々とパイプ椅子の軋む音が響いた。
身を乗り出し、前後左右と相談し始める刑事達。

「猟奇趣味のある者の犯行か……」
「少なくとも九島京子に対する恨みとかではなさそうだな」
「それなら腕とかチマチマ集めてないで一気に持ち去るだろう?」
「馬鹿、いっぺんに持ってけないから分けてんだろ。今月は腕と足、来月は頭蓋骨〜みたいな感じで」
「デアゴスティーニの付録かよ」

萬屋の言った考察は分からなくもないが、俺はその可能性は無いと思った。
遺体は腐敗する。
腐敗した遺体は悪臭を放つから長いこと置いていけないだろうし、そんな家があれば目立つに決まっている。

「しかし遺体は腐敗するので、全て集まる頃には人体模型どころではないと思いますが」

中年の刑事が、ちょうど俺の思ったことを代弁して述べていた。
萬屋は悔しそうに唇を歪めたが、萬屋よ。
その線、そう遠くもないと俺は思うぜ。

「これでますます分からなくなってきたな……」
「もう一度捜査だ。萬屋の言う通り、自殺遺体の欠損はこれが初めてじゃない。過去に起きたこの手の事件を洗い直して関連性を見つけろ!」
「はいっ!」

会議はお開きとなり、次々と出口から人が吐き出されていく。
さーて、これからどうするか。

「息子に話を聞くか……」

事件当日に鍵を持っていたという九島京子の一人息子、九島裕司の元へ向かうことにした。

6:作者不詳 ホィ(ノ゚∀゚)ノ ⌒dice6:2019/08/17(土) 18:05


九島裕司は現在、警察の手によって拘束されている。
取り調べに来て欲しいと要請すると、すぐに手配してくれた。
龍柄の派手なスカジャンを着た九島少年は警官に連行され、取り調べ室に入れられた。
慣れたような素振りで、俺の対面にあるパイプ椅子へと腰掛ける。

両親が死ぬという突然すぎる悲劇と、何日にも渡る取り調べに疲れたのか彼はやつれていた。
よくよく見ると目の周りも僅かに腫れていて、泣いた跡がある。

「何度も申し訳ない、少し尋ねたいことがあって」
「……事件当日なら俺、恋人んとこ行ってたし何も知りません」

何度もしつこく訊ねられたのだろう、目も合わせず、投げやりな様子で返した。

「ご両親、いつも仲悪かったのか? きっとお前さんも夫婦喧嘩に巻き込まれたりしただろう」
「んなこと訊いてどうすんだよ。もうお袋が犯人だって分かってんだろ。構うなよ」

静かだが、憤りの篭もった声だった。

──似ている、20年前の自分に。

「いやなに、俺も母を父に殺されたことがあってね。お前さんみたいな境遇の子はどうも放っておけなくてな」
「……刑事さんも……?」
「19年前、俺が六歳の時。殴り合いの末だった。犯人の親父はあと1年で時効成立だ」

少年の訝しげな表情が一変、警戒が薄れた顔になった。
母親を殺されて良かったと思ったことは決してないが、こういう昔話は被害者遺族の心を開ける。
利用できるものは、できる限り利用する。

「浮気が原因だった。前は、あんなんじゃなかった」

物憂げな瞳からは、今にも塩水が零れ落ちそうだ。
これ以上家族のことを詮索するのは彼にとってもよろしくないと思い、話題を変える。

「そ、そうか……あー、そうだ、事件前に鍵を誰かに渡していたりとかしたか?」
「鍵? 別に渡してねぇけど……」

事も無げに返す辺り、嘘をついている様子も見られない。
だとすると、玄関の鍵は元から開いていたことになる。
まるで九島京子がわざとその人物をおびき寄せるように……。

7:作者不詳◆gU ホィ(ノ゚∀゚)ノ ⌒dice6:2019/08/17(土) 18:31


「あぁもう散々だ。お袋も親父も死ぬし、百合は連絡つかねぇし……っ」
「百合? 事件当日に会ってた彼女か?」

頭を抱えて項垂れる彼の口から、聞き慣れない名が出る。

「そう。連絡しても出ねぇし、取り調べばっかで会いに行けねぇし……」
「あー……分かった。俺がその人のとこに連れてってやるよ……」
「本当か!?」

さすがにもう事件と無関係に近い彼を何日も閉じ込めておくのは不憫だろう。
連絡がとれないというのも警察としては事件性が無いか少し心配だ。
上にかけ合った結果、俺が同伴することを条件に、1日外出を認めて貰うことが出来た。

車を手配して少年を助手席に座らせると、小音でラジオをかけた。
ノリのいい女性DJのお便り紹介。
ラジオネーム"刺身とかに付いてる小さいタンポポみたいな花"さん。
くだらなさすぎて、すぐにラジオを切った。

「……で、その百合って人はどこにいる?」
「多分この時間なら、家じゃなくてバイト先にいる可能性が高いと思う。麻雀バーの"緑一色(リューイーソー)"ってとこ」
「麻雀……」

俺の親父も麻雀を嗜んでいた。
否、嗜むなんて上品な言葉じゃなくて、溺れていたって言う方が正しい。
高レートの賭け麻雀に手を出し、運否天賦に任せては一喜一憂していた。
幼い頃は積み木の代わりに親父の麻雀牌を積んでいた記憶がある。

麻雀に罪はないが、麻雀は嫌いだ。
あの牌のぶつかる音、ジャラジャラと響く点棒の音、ロン、ポン、チーの鳴き声。

「まぁいいや、緑一色(リューイーソー)ね」

エンジンをかけ、やり切れない気持ちでアクセルを踏んだ。

8:作者不詳◆gU 卵を割らなければ、オムレツは作れない:2019/08/17(土) 19:55

Googleマップで検索しても目欲しい情報は無かったため、九島少年の案内を頼りに走らせた。
踏み切り待ちで互いの会話が途切れ、沈黙が流れる。
カン、カンと規則正しい電子音だけが流れていく。
なんとなく気まずくなり、なにか話題を、できれば情報収集を、と無いに等しいコミュ力を発揮する。

「麻雀、やるのか?」
「ううん、麻雀全然分かんねぇ。1回だけお袋に『紗宵(さよい)さんに息子を見せてあげたい』って連れてこられて、そん時にバイトしてた百合と会って連絡先交換しただけ。麻雀やってんのはお袋。ちょっとだけお金も賭けてた」
「そうか……俺は親父の方が麻雀やってたなぁ」

麻雀という点でも、少年と俺には共通点があったようだ。
捜査情報で博打狂いとも書かれていなかったし、俺の親父とは違って本当に趣味、常識程度に牌を摘んでいるだけなのだろう。
まぁ低レートだろうが高レートだろあが、賭け麻雀は賭け麻雀、違法だ。

「捨牌読みもロクに出来ない、無駄にカンする、点数計算は遅い。今思えば、あんな男は食い物にされるだけだったよ」
「刑事さん詳しいじゃん。麻雀やってたの?」
「……少し、勉強してたことがあって」

『黒之助、大きくなったら俺とコンビ打ちでたんまり稼ぐんだからな。今の内にルール覚えとけよ』

あの男を狂わせるほど面白い麻雀ってものを、怖いもの見たさで少し齧っていた。
母を失い、父を逮捕することだけが目標だった時に、なにか一つでも熱中できるような趣味が欲しかったのかもしれない。
結局、牌の音は不快な過去を思い出させるだけで、俺を燃やしてはくれなかった。

──ガタンガタンと電車が忙しなく通り過ぎ、瞬きを一度したら既に車体は消えていた。

「あっ、次、左」
「はいよー」

もう一度ラジオを付けると、今度はまともなニュース番組が流れていた。

9:作者不詳◆gU 失敗?これはうまくいかないということを確認した成功だよ:2019/08/17(土) 22:00

「あーここが緑一色(リューイーソー)だよ」

少年が指さしたのは、こじんまりとしたビルだった。
深いヒビ割れ、ガムテープで補強されたガラス、雨樋に巻き付くツタ。
テナント募集という看板がついていたが、当分店なんか入らないだろう。

幸いにも駐車場が空いていたため、車を停めてビルへ入る。
どうやらこのビルの地下一階が麻雀バーらしい。

「緑一色(リューイーソー)ってなんだ? 最初はみどりいっしょく、って読んじゃったよ」
「知らなかったんかい……麻雀の役だ。しかも役満、揃えられたら凄い。文字通り緑だけの牌で、最も美しい役だって言う人もいる。詳しくはググれ」
「へぇー、よく分かんねぇけど、すごいってのは伝わった」

そんな雑談を挟みながら古びたコンクリートの階段下ると、電光看板が点滅していた。
どうやら壊れかけているらしい。
"麻雀bar 緑一色"という筆書体の文字が踊り、下部には緑一色の牌が並んだイラストが描かれている。

ドアを開けると、一気に夜の世界に来たみたいになった。
窓が無く、明かりも白熱灯がぽつぽつとあるだけなので、午後一時に似つかわしくない薄暗さだ。
奥の方で全自動麻雀卓を囲む中年男性を横目にカウンターの方へと進む。

「いらっしゃいま……えっ、裕司君……!?」

丈の短いチャイナドレスを纏った少女が、お盆を落として九島少年を見ていた。
どうやら彼の推測通り、百合さんはバイトに出ていたらしい。

「警察に行ったんじゃ……あっ!」
「……警察?」

九島少年が顔を顰めた。

「なんで俺が警察に行ったって知ってるんだよ。連絡してないよな?」
「あっ……いやその……」

口篭り始めた彼女は、弁解できずに動揺している。
どうやら何か、事情を知っているらしい。

「あーらら。よくもドジ踏んでくれたねェ、百合」

予想外の展開に立ち往生していると、カウンターの奥の方から、一人の女性がコツコツとヒールを高らかに鳴らして現れた。

なんだ、この女──。

歳は多く見積って50くらいだが、ド派手な赤いスーツを着ている。
しかし若作りしているような見苦しさはなく、見事に調和していた。
ただでさえ着こなしにくい赤いスーツを、宝塚歌劇団よろしく着てみせている。
唇もこれまた血肉を貪った後のような真っ赤な紅を引いており、思わず自身も喰われそうな畏怖を覚えた。
髪は白髪のはずなのに、なぜか銀髪だと思わせるような輝き。
少し長めの前髪が片目を隠し、ミステリアスな雰囲気を漂わせる。

10:作者不詳◆gU 代表なくして課税なし:2019/08/17(土) 22:21

少女は勢い良く頭を下げると、申し訳なさそうに謝罪した。

「すっ、すみません紗宵(さよい)さん……!」
「まぁいいさ」

紗宵、聞き覚えのある名だと思ったら、先ほど九島少年の話に出てきた人物だ。
つまり九島京子と交流があった人物。

「九島さんとこの息子さんか、久しぶりだね。立ち話もなんだ、座ったらどうだい?」
「はぁ……」

俺と少年は顔を見合わせると、端っこのカウンターへと腰掛けた。
平日の昼間っから酒を飲む酔狂な連中は後ろの麻雀に熱中しているオヤジくらいなもんで、カウンターには俺たち以外の客はいなかった。

「好きなカクテル言いな。アタシの奢りだからうんと高いのでもいいさ」

紗宵と呼ばれていた女性は手際よくカクテルグラスを拭きながら言った。

「俺未成年だし……」
「あ、俺も勤務中なんで飲酒はちょっと……」
「ノンアルのカクテルもあるだろうが! ちっとは腕を自慢させておくれよ」
「んな事言われても俺にカクテルの善し悪しなんか分かんねぇよぉ。ノンアルのカクテルとか知らねぇし」

少年はメニューを訝しげに眺めてブツブツと呟いている。

「じゃあ無難にフロリダで……」
「ふろりだ?」
「ちょっと豪華なオレンジジュースだと思え」

フロリダとはもちろん、あのオレンジの産地で有名なアメリカのフロリダからついたカクテルだ。
オレンジジュースにレモン果汁や砂糖、アロマチック・ビターズ(リキュールの一種)を加えたもので、ノンアルコールカクテルの代表みたいなものだ。

「フロリダのカクテル言葉は元気。両親を亡くして落ち込んでる今のアンタに必要なもんじゃないかい? 少年」
「あっ、そういえばそのこと……! なんでおばさんと百合が知ってんだよ!?」

そんな会話を一言二言交わしたその間に、彼女はいつの間にか二人分のカクテルをカウンターに置いた。
カクテルグラスには夕焼けのようなオレンジが注がれ、レモンとチェリーがトッピングに浮かんでいる。

11:作者不詳◆gU:2019/08/18(日) 00:39

少年は恐る恐るカクテルグラスに口をつけると、一口含んで目を輝かせた。
どうやらお気に召したらしく、無言で二口目、三口目と飲んでいく。

「紗宵さーん、金ここ置いとくなァ!」
「はいよ。昼間っから酒飲んでないで、さっさと仕事しな!」
「いやぁ、紗宵さんに言われちゃ仕方ねぇな。ガハハッ!」

後ろで卓を囲んでいたオヤジ共も帰ったところで、バーテンダーの女性は話し始めた。

「アタシは秋南 紗宵(あきなみ さよい)。九島さんは常連でね、よくサンマしてたよ」
「サンマ……? なんだよそれ」
「三人麻雀の略だ。それで、あなたは九島さんの事件についてなにかご存知で?」
「あぁ? さっきから気になってたけど、アンタ誰だい? この坊主の兄貴かい?」
「申し遅れました、刑事の東塚黒之助と申します」

そういえば名乗り忘れていたことに気が付き、慌てて懐から名刺を取り出した。

「げっ、刑事さんかい。ウチはノーレート、一銭も賭けちゃいないよ!」
「大丈夫ですよ……賭博は畑違いですから、わざわざ面倒事に首は突っ込みませんし。ノーレートなら言うことありません」

俺の所属する捜査一課は殺人事件専門。
賭博やギャンブルに関しては暴力団対策課の領域なので、ここで賭け麻雀をしていようがしていまいが、どうこうするつもりはない。
なんというか、自分の捜査する事件以外は関わりたくない。

「それで、なんで俺が事件に巻き込まれてるって知ってるんだよ」

脱線しつつあった話を、少年が軌道修正した。

「あぁ、そうだった。それで九島さんにある日相談されたわけだ。『夫を殺害したい』と」
「なっ……!」

俺は思わず、食べていたチェリーをごくんと丸呑みしてしまった。

「アタシは泣き崩れる九島を見たら止めてやれなくてねェ。そこで頼まれたのさ。『息子にだけは見せたくない。結構当日になんとかして息子を家から追い出したいが、どうすればいい』と」
「俺を……?」
「そこで一ヶ月前から百合と出会わせて恋仲に進め、アンタを決行の日に外泊させて家から遠ざけたってわけなのさ」

少年は、先程から横で縮こまっている少女、百合を見た。
少年の瞳は震え、瞳孔が大きく開いている。

「悪かったね。九島さんの計画を知りながら、止めなかった。あまつさえ計画を手伝った……あの人の苦しそうな顔を見たら、止められなかったのさ」
「……大丈夫、っす。俺がいたら、別の場所で殺害するなりしただろうし」

意外にも彼は冷静に分析して呟いた。
憶測だが、彼にとって驚くべきことは母親の真相よりも百合のことだろう。
愛し合っていたと思っていた彼女が、まさか計画の手駒だったのだから。
フロリダを飲んだあとの甘酸っぱくてねっとりした唾液が、喉を不快にした。

「……ごめんなさい。最初は計画のためだったんだけど今は……」
「……刑事さん、車の鍵貸してください。先に戻って休んできます」
「え、あぁ……」

少年は百合さんの話を遮り、冷たくそう言った。
意地でも人前で泣くまいと涙を堪えている彼にいいえとも言えず、キーを渡すと、少年はひったくるようにして受け取って店内を出て行った。

「待って、裕司君!」

少女もそれを追いかけて店内から出ていき、店内はガランと静寂に包まれた。

12:作者不詳◆gU 賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ:2019/08/18(日) 11:25

まぁ、つまり、俺は紗宵さんと二人きりになってしまったわけで。
初対面、しかもかなりジェネレーションギャップのある女性と時間を潰さなければならない。
かといって今車に戻るなんて、泣いているであろう少年に追い打ちをかけるような野暮な真似はできない。

「刑事さん、麻雀はできるかい?」
「はぁ……一応ルール把握してますが……」

麻雀という手があったか。
共通の話題が少ない今、通じる話と言えば麻雀。
親父に昔無理矢理連れていかれた雀荘で何局か見てきた経験があるため、滞りなくゲーム進行するくらいはできる。
人生で初めて麻雀が役に立った気がする──!

「んじゃ、卓に着きな。手積みでいいね?」

いつの間にか紗宵さんはカウンターからいなくなっており、後ろの卓に座っていた。
彼女は俺の返事を待たずして、牌を机にばら撒いた。
全自動でも手積みでもどちらでもいいのだが。

「えっ、でも面子足りませんよ? 三麻にしても1人いませんし……」

麻雀というのは通常四人、少なくても三人。
世の中には二人麻雀というものもあったりするが、どれもルールが複雑だったり統一されておらず、あまり行われていない。
少し齧っただけの俺ができるはずもなく……。

「二人麻雀やったことないのかい?」
「すみません……」
「まぁいいさ。牌はひっくり返しちまったし……神経衰弱でもするかね。暇潰しにはなるだろうよ」

紗宵さんは手際よく洗牌(牌を混ぜる)した。
用意された麻雀牌は、なんだかいびつな上に、少し茶色がかっている。
古い年代物の牌だろうか。

「二枚ずつめくって、先に七対子(チートイツ)を完成させた方が勝ちでいいかい?」
「あ、はい」

麻雀牌は1〜9の数字が書かれた数牌と、東・南・西・北・白・發・中の字が書かれた字牌で構成されている。
それぞれの牌は同じ柄が四つずつ存在し、トランプで言えばハートのAが4枚ある、みたいなものだ。
七対子(チートイツ)とは、文字通り同じ柄の牌二つを7組揃える。

「この麻雀牌、字牌は入ってないんだよ。筒子、索子、萬子だけ」
「分かりました」

筒子、萬子、索子とは、ざっくり言えばトランプのハート、スペード、クローバーのようなものだ。

「それじゃ、アタシから取るよ」

紗宵さんは適当に選んだ牌を摘むと、躊躇なくめくった。
筒子の1と、索子の3。
次に俺がめくると、萬子の一と索子の8だった。

「まぁ最初はこんなもんか」
「そうですね」

思ったより盛り上がらない。
まぁたった二人で神経衰弱なんて盛り上がるようなものでもないだろう。
BGMで小さく流れていたジャズがサビを迎えた。

「ところでアンタ、麻雀牌が何でできているか知っているかい?」
「はぁ……竹とかプラスチックとか大理石とか、色々ありますよね」
「"今は"な。お、対子(トイツ)」

最初にめくった筒子の1を揃えた紗宵さんは、早速俺より1歩リードした。
俺もその次に索子の3を引き当て、それに追いつく形となる。

「昭和の頃は竹が主流だったが、その昔は骨牌(こっぱい)といってね。獣骨……主に牛の骨やクジラの骨なんかを使っていたのさ」

13:作者不詳◆gU 卵を割らなければ、オムレツは作れない:2019/08/18(日) 22:31

「骨……ですか」

また一対、紗宵さんが二枚揃えた。
紗宵さんは既に六つも揃えており、あと一組というところまできていた。

職業柄、骨と聞くと白骨死体やら遺骨やら物騒なものを思い浮かべてしまう。
そういえば、この牌も一つ一つ微妙な色や模様が違っている。
めくった萬子の4はさっきどこかで見た気がするが、覚えていない。

「この牌も、なんかの動物の骨で出来てるんですか?」
「あぁ、そうさ。何の骨だか分かるかい?」
「そうですね……」

アイボリーにほんの少し茶色がかった色で、手に持つと割と軽い。
牛肉の骨っぽいし、鳥の骨だと言われれば鳥の骨にも見える。

「骨の見分けなんてあまりつきませんから、なんだかよく分かりませんね」
「アンタは"こちら側"の人間の匂いがするから、特別に教えてあげるよ」

紗宵さんはやおら牌をめくると、萬子の4が出ていた。

「アンタの探している腕。それが答えさ」
「なっ……じゃあまさかこの……この麻雀牌は……!」

人間の骨、ってことじゃあないか。

そう思うと途端に気持ち悪くなって、俺は思わず持っていた牌を投げ捨てた。

「七対子(チートイツ)。アタシの勝ちだね」

紗宵さんは涼し気な顔をしたまま、綺麗に7組揃えた牌を見せる。
おい、おい、アンタが触っているのは人骨なんだぞ。
つい数週間前まで生きていた女の、腕の──骨。

「アンタ、依頼人と同じ目をしているんだよ。それに……アタシが唯一負けた女に似ている……」
「は……?」

紗宵さんは何故か懐かしむような表情で俺の方を見ていた。
唯一負けた女、なんだよそれ。

「復讐したいヤツがいるんじゃないかい?」
「なんで……」
「言っただろう。依頼人と同じ目をしてる、って」

そう言われて真っ先に思い浮かぶのは、親父の顔。
俺はそんなに顔に出やすい男じゃなかったはずだ。
むしろポーカーフェイスは得意な方で、俺の目なんかいくら見たって自分の姿が映るだけだっていうのに、この──この女は!

捜査していた腕の行方、言い当てられた復讐心。
とにかく動揺を落ち着けようと、汗ばむ手でポケットからタバコとジッポを取り出し、一吹きした。
タバコは俺を落ち着かせてくれる。
キャスター独特のバニラの香りが、少し鼓動を抑えてくれる。

14:作者不詳◆gU:2019/08/19(月) 00:43


「依頼人……あなたは……殺し屋かなにかで?」

やっとの思いで言葉を紡ぎ出すと、彼女もハイライト(タバコの銘柄)を取り出して吹かし始めた。
年寄りが好みそうな銘柄なことだ。

「ちょいと違うね。殺し屋とまではいかないさ。"半殺し屋"だ」
「半殺し……」
「殺害するのはアタシじゃなくて依頼人自身。アタシはあくまで、ターゲットの居場所を特定したり、希望の武器や薬品を調達するだけ。報酬はちょっとした金と──依頼人の命さ」

紗宵さんは麻雀牌の形をした灰皿にタバコを押し付け、火を消した。
俺はむせ返るような煙の匂いがしても、相変わらずぼけっと短くなったタバコを咥えたままだ。

「まぁ、依頼人を自殺させるって言った方が正しいね。人を殺めるなら、代償として自分を殺める。当然の等価交換さ。アタシはそのお零れとして骨を頂くってわけ」
「それを麻雀牌にしていた……と」

卓上にばら撒かれた牌ひとつひとつが、命だった。
144もの命だった物が、この狭い卓の上でひしめき合っているのだ。
萬子の2になった者、索子の1になった者、筒子の5になった者。
数分前まで、俺はその命だったものに触れていた──。

「九島さんは特殊な依頼だったよ……普通アタシのところに来るやつは大抵、復讐したい人間の居場所が分からないから調べて欲しいだの、毒薬で殺したいから調達して欲しいだの拳銃で脳天撃ち抜きたいだの、希望の殺し方を叶えるためにやって来る」

BGMのジャズが終わり、沈黙が流れる。
紗宵さんは立ち上がるとカウンターに戻り、レコードにスプレーをかけた。

「あの人は力が弱いから、夫が寝ている夜を狙うことにした。睡眠薬やスタンガンは使いたくないそうだからね。だがそうすると息子に気づかれてしまう。それを避ける為だけに私を頼り、命を絶った」

軽快なメロディーから一変、お洒落なバーに不釣り合いなモーツァルトの鎮魂歌(レクイエム)が流れる。
まるで九島さん──否、ここにある牌に追悼するように。

「あの人の骨は萬子の九にしたよ。"九島"だけにね」

卓の端に置かれた萬子の九は、確かに卓の上で、安らかに、眠っていた──。

15:Dreadnought:2019/08/19(月) 03:50

面白い

16:作者不詳◆gU ホィ(ノ゚∀゚)ノ ⌒dice6:2019/08/19(月) 09:04

>>15
ありがとうございます!
読む人を選ぶような内容なので心配でしたが、そう言って頂けて安心しました

17:作者不詳◆gU (=゚ω゚)ノ ―===≡≡≡ dice2:2019/08/19(月) 12:39

「しかし、良いんですか? 刑事の俺にベラベラ喋っちゃって」
「ちと話しすぎたかねェ」

緊張感のない声は、俺が逮捕しないと確信しきっていることを表していた。

「アンタも警察、しかも復讐したい相手がいるなら分かるだろう? 法には限界がある」

時効が成立したら処せない、未成年は死刑にできない、証拠がなければ罰せない。
できないことが、多すぎる。
どんなに惨いことをしようと、人を踏みにじろうと、免れるやつは免れる。

警察が捜査する事件なんて氷山の一角で、毎日把握しきれないほどの命が奪われていく。
闇に消えた罪人の数は計り知れない。
そんなやつを復讐するには、今のところ私刑しか無いのだ。

「……分からなくは、ないです。俺も刑事の癖に正義感が無いもんでね。あなたのことは、見て見ぬふりしますよ」

正直なところ、彼女には逮捕されては困る。
今まで144人もの依頼を達成した彼女の腕は火を見るよりも明らか。
中には逃亡中の凶悪犯への復讐を成功させた依頼人もいるだろう。
もしかしたら彼女なら、俺の親父を見つけ出してくれるかもしれない──。

「アンタなら黙ってくれると思ってねぇ。つい口が軽くなったみたいだ。それに……あの女にも似ていたしなァ……ついつい」
「そういえば"その女"って誰ですか?」

先程は衝撃的なカミングアウトの直後でスルーしてしまったが、そんなに俺と似ている女性がいるのだろうか。
男前──という訳でも無いが、かと言って女と見紛うほどの女顔でも無い。

「20年くらい前にアタシを負かした女だよ。なぁんか似てるんだよ、アンタに……名前は確か、い──」
「すみません!」

ちょうどその時、タイミング悪くドアからやって来た少女の声によって遮られた。
先程出て行った少女、百合と九島少年だ。

「勝手に出てってしまって……」
「あぁ、客もいないし構わんよ。ちゃんと話はできたかい?」
「はい。お陰様で」

よくよく見ると、百合さんと九島少年は仲睦まじく指を絡めていた。
外で何が起きていたかは分からないが、どうやら上手くいったらしい。
九島少年の目は、すっかり腫れが引いていた。

「刑事さん。ありがとうございました」
「ん。そろそろ署に戻るが大丈夫か?」
「はい」

鍵を手渡して貰い、俺たちは礼を言って店を出た。

「準備が出来たら来な。いつでも受けてやるから」

彼女の声が、ドア越しに聞こえたような気がした。

18:作者不詳◆gU ホィ(ノ゚∀゚)ノ ⌒dice6:2019/08/19(月) 17:31

少年を送り届けて署に戻り、早速過去にあったという類似した事件を調査することにした。
不本意だが、先に調べていた萬屋の手を借りるのが手っ取り早いだろう。
資料を見せて欲しいと頼めば、萬屋は嬉嬉として分厚いファイルを何冊か俺に寄こした。

「あー。これです、これ! 遺体が欠損、もしくは破損した自殺者をまとめてあります! いずれも持ち去られた体は見つかっていません」

それはなんと、20年も前からの事件までリサーチしてあり、幅広くまとめてあった。
こんな膨大な量の情報を、よく短時間でまとめられたものだ。
萬屋の鬱陶しさはどうしても好きになれないが、やる気と集中力は認めざるを得ない。

「……ありがとう」
「いえいえ! 情報の共有は当たり前ですよ!」

萬屋は屈託なう笑うと、タピオカミルクティーをひと口飲んで仕事に戻る。

情報の共有なんて、あまり意識したことがなかった。
人と話すことが面倒なのと、自身の情報に自信が持てないからだ。

間違った情報を拡散して捜査を狂わせてしまった、なんてことがあれば、印象を悪くされるのがオチ。
使えない、だのソース(情報元)をしっかり確認しろクズ、だの。
だから報告が必要な場合は最低限の情報を伝えるだけに留めている。

萬屋は、そんな自分の評価よりも事件の早期解決の方が大切なのだろう。
俺とは正反対で、刑事ってこういう人がなるべきなんだと思わされる。
彼女は刑事としては俺より遥かに優秀だろう。
少なくとも、正義感があるから。


「半殺し、か……」

ファイルに記載された被害者を見て、この事件は紗宵さん絡みだろうか、この人はどの牌になったのだろうかと思いを巡らせた。

──警察官が、人殺しを手伝う女の手を借りる。

警察としてのプライドが少ないながらもまだ一応あるようで、それだけが紗宵さんへの依頼を引き留めていた。

19:作者不詳◆gU:2019/08/19(月) 23:43

人の役に立ちたいと思って刑事になった萬屋と、父を逮捕するためだけに刑事となった俺とでは根本的に違う。

「萬屋──この事件についてどう思う?」

小さな呟きを、耳聡い彼女はしっかり拾ってこちらを見た。
彼女はタピオカミルクティーをゆっくりストローでかき混ぜながら言った。

「九島夫妻の殺人事件ですか? 典型的な浮気が原因の殺人で、妻の九島京子は恐らく〜」
「いや、事件の分析とかじゃなくて。単純にどう感じたかでいい」
「どう感じたか……? え、そりゃあ……許せませんよ! 浮気ぐらいで何も、殺害することないでしょう!?」

正義感に溢れた萬屋の言葉は、本当に刑事そのものだ。
だが逆に言えば、彼女は殺した側の気持ちがまるで分かっていない。
九島京子にとって夫の浮気がどれ程ショックだったか分かっていない。

もしかしたら浮気のせいで精神に異常をきたして苦しんでいたのかもしれない。
或いは浮気のせいで仕事が手につかなくなり、大きなミスを犯してクビになってしまったかもしれない。
夜も眠れず、食事も通らず、病気に苦しんだのかもしれない。

浮気が原因による殺人は『浮気ごときで人を殺めるなんて』と軽く見られがちである。
が、第三者には分からない。

その浮気がどれ程の傷を負わせたのか、分からない。
少なくとも、九島京子は自分を犠牲にしてまで殺害したいと思うほど彼に憎しみを抱いたのだから、軽々しく"浮気ごときで"と言うのは宜しくないだろう。
恐らく九島京子には、衝動的にカッとなってやったのではない、熟成された重い動機がある。

「そうか」

俺は短くそう言って、帰り支度をした。


──当たり前のことだが、この世は加害者に厳しい。

20:作者不詳◆gU (;`・ω・)つdice3:2019/08/20(火) 10:01

復讐を、人殺しを正当化する言い訳が欲しかったのかもしれない。
決して善行とは言えない復讐。
復讐はよくない、復讐は連鎖を産むだけ、復讐しても死んだ人は戻らない。

だが、やられた方は心に深い傷と憎しみを抱いたまま苦しんだままでいろというのだろうか。
多くの人間を殺し、英雄となったナポレオンと何が違う?
なぜナポレオンは許される?

人の命を奪うとはどういうことか。
奪われたら取り返すのは良くないことなのか。


俺は親父を見つけ出して──どうしたい?


そんなことを考えあぐねていたら、結局一睡も出来ずに夜は明けていた。

21:作者不詳◆gU:2019/08/20(火) 10:11



選ばれた非凡人は、新たな世の中の成長のためなら、社会道徳を踏み外す権利を持つ

(選ばれた非凡人(ナポレオンなど)は、世の中を変えるためなら犯罪さえも許される)


ドストエフスキー『罪と罰』より。

22:作者不詳◆gU:2019/08/20(火) 14:35

「……さん! 東塚さん!」
「あ……?」

テレビの音量を上げていくように、だんだんと周りの音が聞こえる。
水彩画のようにぼやけていた視界も鮮明になり、俺はようやくここがデスクだと理解した。

萬屋が覗き込むようにしてこちらを見ている。
なんとか出勤したはいいものの、寝不足のせいで寝落ちしてしまったらしかった。
時計の短針は11を指している。

「珍しいですね、東塚さんが居眠りなんて……クマも凄いですし。昨日渡した資料、遅くまで見てたとかですか?」
「いや、別のことだ」
「しかも寝言で『ドS好きー』みたいなこと言ってましたよ!? 東塚さんって文字通りドS刑事(デカ)なんですか!?」

萬屋の無駄に通る声は周囲にも届き、それを聞いた周りは一斉にこちらを見た。
少し引き気味な、引きつった顔を向けられる。
コピー機がピーッと不穏な音を出した。

「"ドS好き"じゃなくて"ドストエフスキー"! 俺を某ドラマの刑事にするな……!」
「ど、どす……?」
「ロシアの文豪だ。『罪と罰』くらいは聞いたことあるだろう」

俺もわざと周囲に聞こえるよう大きな声で話すと、誤解が解けたのか冷やかされることなく各々の作業に戻った。

「あー、そういえば高校の頃に世界史で聞いたような……でもどんな話かはさっぱり……」
「ある人殺しの話だ」

主人公は自分の思う"正義"を貫くため、悪徳高利貸しの老婆を殺し、その金を孤児院に寄付しようとしていた。
"正義"のためなら人殺しも許されると思い込んでいた彼は、計画通り老婆を殺害する。
しかし思いがけず老婆の義妹に見られてしまい、主人公は罪のない義妹まで殺めてしまう。

悪徳高利貸しの老婆は殺してもいい存在だと思っていた主人公は、老婆の殺害に関しては罪悪感を抱かなかったが、罪のない義妹の殺害に関しては多大な罪悪感を抱く。

そこから彼は罪の意識に苦しむことになる。

殺人の正当化や罪を犯すことの意味、罪悪感との戦い。
俺が読んだ小説の中で、一番心に残った話だった。
無意識に寝言で言ってしまうくらいには。

「なんか……罪に対して深く入り込んだ作品ですね……」
「ドストエフスキーはギャンブルによる借金返済のためにこの話を書いたと言われている」

俺の親父も博打狂いだったが、ドストエフスキーのように自分で返そうだなんて思っていなかった。
俺達の生活費を抜いたり、借りたんだか盗んだんだか出処は分からないが、働かずして金を用意していた。

「文豪ってどこかイカれてる人多いですもんね……でもなんでそんな夢を?」
「知らん。俺は少し行く所があるから席を外す」
「えっ、あっ」

本当は知っている。
ベタな表現ではあるが、正義とは、人殺しとは、罪とは何かを無意識に彷徨って出た寝言なのだろう。

俺は答えを求めに、あの場所へ行くことにした。

23:作者不詳◆gU (=゚ω゚)ノ ―===≡≡≡ dice2:2019/08/20(火) 18:11

「はい、あ〜がり!」
「くっそ、百合強すぎんだろ……!」
「ったくアンタら、ここは麻雀バーだから麻雀やんな、麻雀を!」

もちろん訪れたのは緑一色だ。
紗宵さんと話せば、少しは答えが出るかもしれないと思って訪ねてみたのだが。

「……なにしてんだ、お前ら」
「あっ、刑事さん!」
「またアンタかい」

カウンターには相変わらず派手な赤いスーツに虎柄のシャツを着た紗宵さん、奥のテーブルには九島少年と、私服であろう白いワンピースを着た百合さんが座っていた。
どうやら今日は百合さんは客として、九島少年とデートしに来ているらしかった。

「百合とドミノやってたんだよ」
「……あの、並べて倒すやつか?」
「ドミノは本来並べて倒すんじゃなくて、このドミノ牌の同じ数字を繋げてくゲームなんだよ。意外と面白いんだぜ〜、これ」

麻雀卓にはサイコロを二つ並べたような模様の板が並んでいた。
麻雀牌に比べてかなり薄く、5mm程度の厚さしかない。
ドミノの他にも、牌九(パイゴウ)という麻雀と似た牌を使う中国のゲームの牌なとが置いてある。

「倉庫を掃除してたら出てきたんでね。麻雀もいいが、牌九なんかも面白い。ちょいと趣向を変えて置いてみたのさ」
「この牌九牌とドミノ牌、まさか……」
「安心しな、それは牛骨さ」

紗宵さんはカカカッと白い歯を見せて笑った。
弄ばれているというか、からかわれているというか。
俺はカウンターの端の席に座ると、上着を椅子にかけてフロリダをオーダーした。

「で、何の用だい? 飲みに来たわけでも、一局打ちに来たってわけでもなさそうだね」

全てを見通したような目だ。
紗宵さんは手際よくグラスを拭くと、カクテルシェイカーに材料を目分量で次々と入れていった。
俺は頬杖をつきながらそれを眺めている。

「許される復讐って、あるもんなんでしょうか」
「……アンタは一体誰に許されたいんだい? 法か? 復讐相手か?」

紗宵さんはカクテルシェイカーを滑らかな動きでシェイクすると、蓋を開けてグラスに注いだ。
仕上げに、着色料で人工的な赤色に染まったチェリーがグラスに沈められる。

「誰に許されたいのかも分からない。俺は親父をどうしたいのか分からない。人を"コロス"ってどういうことなのか、いまいちよく分からない」

今までは父を逮捕できればよかったが、刑事になり、殺人と近く関わるようになると、感覚が狂い始めた。
殺人って、案外簡単に出来てしまうものなんじゃないのか、と。

「復讐したい相手は親父さんかい」
「母を暴行の末に殺害したまま行方不明です。あと一年で時効が成立する。あなたなら父を探し出せると思った」

出されたグラスに口をつけると、寝不足気味の体に効く、程よい酸味が広がる。

「アタシは探偵じゃあないんでね、復讐する気の無い人探しはごめんだよ。アンタが父親をどうしたいか決めてから来な」
「はぁ……」

正直、あいつが母の命を奪ったように、俺も親父の命を奪ってやりたかった。
逮捕するだけじゃ物足りなくなってきた。
が、人を殺害するということがよく分からないまま親父を殺めるのも、なんだか気が引ける。
"コロス"って、なんだ──?

「そうだアンタ、アタシの手伝いをしたらいいさ」
「紗宵さんの……手伝い?」
「復讐したいと思う人間を見ていれば、"コロス"ということがどういうことなのか、分かってくるだろうさ」

紗宵さんの手伝い、つまり──。

「殺しの手伝いの手伝い……ですか?」
「ま、そういうことだ。刑事さんなら便利そうだしね」
「いや、それは……」

刑事の立場で殺人に協力するのは、いくら俺でも──と断ろうとしたタイミングで、カランカランと入口の鈴が鳴った。

24:作者不詳◆gU (ノ>_<)ノ ≡dice5:2019/08/20(火) 21:12

黒之助の腹違いの弟、色之助とその相棒、索子のサイドストーリーを綴ったスピンオフを予定しています
本編とは真逆で、どちらかというとコメディの軽めな話にしようと思っております

そちらがスタートすると本編の更新頻度が少し遅れるとは思いますが、本編に重要な役割を果たす話でもあるので、乞うご期待くだい(ꉺ౪ꉺ)

25:作者不詳◆gU (ノ ゜Д゜)ノdice4:2019/08/21(水) 00:20

「いらっしゃい」

入ってきたのは、背が高くて長いストレートヘアが特徴的な女性だった。
彼女は俺とひとつ離れた席に座ると、メニューも見ずにオーダーする。

「すみません、コンクラーベひとつ」
「あぁ、依頼人かい」

コンクラーベとはフロリダとはまた違った柑橘系のノンアルコールカクテルだ。

確か緑一色のメニュー表には載っていない。
紗宵さんはそのオーダーですぐに依頼人だと認識した。
どうやらメニューに無いコンクラーベをオーダーする=半殺しの依頼、というルールがあるらしい。

「コンクラーベのカクテル言葉は"鍵のかかった部屋"。よくここが分かったね」
「調べましたから。時間はかかりましたけど」

この女性も半殺し屋の噂を聞きつけ、ここを突き止めたのだろう。
紗宵さんはシェイカーに牛乳と氷、オレンジジュース、ラズベリーシロップなどを入れていく。

「それで、依頼を聞こうじゃないか」
「えっと……」

女性は俺の方を不安げな顔でチラりと横目で見た。
確かに人殺しの手伝いを申し出るのだ、他人に聞かれてはまずいだろう。
ここは気を利かせて出て行った方が良さそうだ。

「紗宵さん、お勘定を……」
「あぁ、この男はアタシの助手さ。気にせず話しな」
「ゔぇっ? いや俺は……!」
「あ、そうだったんですか。実は私、復讐したい人がいて……」

女性は早く話したいと言わんばかりに話を進めた。
紗宵さんがグラスの端にスライスレモンを挿し、コンクラーベを彼女の前に置く。

「私は發知 沙織(ほっち さおり)といいます。単刀直入に言いますが──」

發知と名乗った女性はコンクラーベを一口含んでから、後ろの九島少年達に聞こえぬよう静かに言った。


「──総理大臣を、殺したいんです」

26:新見川すみれ◆96 hoge:2019/08/21(水) 10:38


えー、それでは批評を依頼して頂いたと云うことで、僭越ながら批評していきたいと思います。

先ずはこの小説の良いところから。
最初に読んでみて思ったのは、「思わず冷や汗が出そうな程表現力、組み立て力、応用力、共に長けている。」ということッス。
今まで葉っぱ天国の素晴らしい小説を幾つも読ませて頂いたッスけど、その中でも上位に躍り出る程の文章力だと思うッス。
序盤は主人公とその周りの人物との関係性を描写しながら、そこから死体や証拠物などの捜査等を進めつつ、
人物達の事件への関連性を明確にしていく......いやぁ、正直ドキュメンタリー番組でも観てるのかなと錯覚する程の完成度ですわぁ。
麻雀についての知識、警察の業務に関する知識....メジャーな情報だけ掻い摘むのではなく、
マイナーな情報も小説の節々に取り入れている作者様の知識量に驚愕と同時に感服しましたッス。
更に途中から「半殺し屋」こと紗宵さんが物語に積極的に干渉してくることによって、
さらっと「タイトル回収」もこなしているのがシナリオ管理、そして伏線の回収が上手だと思った所以ッスね。

次にこの小説の改善点を、辛口コメントを御所望と云うことで、気になった所をバンバン指摘していきたいと思うッス。
とはいっても、小説自体の完成度が高めなのでお節介みたいになっちゃうのは目を瞑って欲しいッス。

先ずは一つ目、早速ですが>>3の「東塚黒之助、今年配属されたばかりの新米刑事だ。」の所。
コレ、ちょーっとだけ言葉足らずの様に思うッス。これだけだと一瞬ですが「視点主」、
要するに主人公の説明ではなく「他の登場人物」の説明に聞こえちゃうんスよね。
例えば、「__私は東塚黒之助、今年配属されたばかりの新米刑事だ。」と云う風に書けば
「私は」と一人称と主語が入っているので「この名前は主人公の名前だな、」と認識しやすいッス!
次に二つ目、>>10の「紗宵と呼ばれていた女性は手際よくカクテルグラスを拭き取りながら言った。」の所。
コレに関してはッスねー、「何でカクテルグラスを拭いたか」も書いた方がイイ感じの文になると思うッス!
例えば、「紗宵と呼ばれていた女性は手際よくタオルでカクテルグラスを拭き取りながら言った。」の方が
詳しく情報を伝えられると思いまッス。一度の文章の情報量を多くしすぎてもしつこくなるッスけど、
少なすぎると文章の内容に「厚み」や「ゴージャスさ」を感じられなくなるんですわ。
最後に三つ目、萬屋さんは黒之助さんに想いを寄せているらしいッスけど、
想いを寄せている理由は書いた方が良いんじゃないスかね?人間関係の描写は意外と重要ッス!
コレで登場人物の胸の内や思考、他人に対する関心等が分かることもあるッスからね!

こんな所ッスかね!色々書かせて頂きましたが、この小説を応援してることに変わりはありません!
コレからも執筆を続けて、尚且つ楽しんで、疲れちゃったら適度に休むッス!
それでは私はドロロンッ!させて頂きますね!

27:作者不詳◆gU (;`・ω・)つdice3:2019/08/21(水) 13:51

的確なアドバイスと感想ありがとうございます!
細かいところまで読み込んでくださっており、嬉しい限りです。
主語が曖昧なところがあるので指摘して頂けて助かりました。
萬屋は後々に復讐のストッパーにしようとだけ思っていたのでそこら辺は全く考えておりませんでした……
本当にありがとうございました!

28:七光ドエススキートフ◆gU (ノ ゜Д゜)ノdice4:2019/08/22(木) 00:02

[家賃1000万、六畳一間]
https://ha10.net/novel/1566399431.html

本編未登場の筒中色之助が主人公のスピンオフです。
ダブル主人公にするつもりでしたが作者の器量が乏しいためサイドストーリーという形で別作品にしました。
スピンオフと言っても全く読まなくても支障はありません。補完みたいな感じです。

29:七光りドエススキートフ:2019/08/30(金) 23:22

しばらく書き込み規制に巻き込まれておりました
解除されたようなので再開します


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