試験管のピンクレモネード 

葉っぱ天国 > 独り言・奇声 > スレ一覧 1- 101- 201- 301- 401- 501- 601- 701- 801- 901-キーワード▼下へ
1: 飴玉 ◆ejLk.:2019/08/12(月) 17:06




「 ほら、こんなに飲み物が綺麗に見える器ってないのよ 」


 

391:  :2019/08/16(金) 22:40



 ぱちり、と目を開けた。朝日がきらきらしたまぶしい目覚め、ならロマンチックだけれど、実際、日光はカーテンに遮られて弱々しい光の筋を掛け布団に落としている。もぞもぞ、と布団の中で寝返りをうつけれど、二度寝をする気分では全くない。そもそも、今日はわたくし、朝一番からパァルと一緒にご飯を作らなければいけない筈。でもこうやって、何も考えないままぼうっと生ぬるい布団に包まれているのは朝の始まりにふさわしい。誰もがきらきらした一日の始まりを送るわけではないもの、そう思うでしょう?
 三十秒ほどそうしていた後、むくりと目を擦りながら身体を起こした。カーテンを開けて布団を畳んだら、顔洗って歯磨きして髪梳かして整えて、寝巻きから着替えてちゃんとエプロンつけて、あとそれから――あとそれから、パァルを起こしてあげないと。
 支度を終え、朝の光に満ちた部屋をあとに、わたくしはパァルの部屋へと向かう。パァルはいつも朝に弱い。本当に、全く、起きない。本能のままに生きてるような子だけれど、本能って、朝の光を感じたら起きるものじゃないのかしら。そういうことじゃなくて、睡魔に本能を委ねるってことなの?
 そんなことを考えながら歩き、彼女の部屋の前で足を止めた。かふり、と欠伸を噛み殺して、こんこんとパァルの部屋のドアをノックする。
「パァル、起きてるの?」
 案の定、返事はない。ぴと、と耳を扉につける。室内で人が動いているような気配も感じられない。廊下には誰も人がいなくて、しんとした時が流れる。もう一度、少し強めにドアを叩いた。「パァル?」
 この時点で彼女が起きたことは、自分のの覚えている限り一度もなかった。まったく、本当に起きないのよ。えい、と決め込むと、がちゃんとドアノブを回して彼女の部屋に踏み入れる。
「パァル」
 朝日が眩しくて、わたくし、思わず目を閉じたけれど、またすぐに開ける。いつもと同じく、窓とカーテンが開けっぱなしだ。そよ風にカーテンがたなびき、きらきらした日光が部屋を満たしている。膨らんだカーテンのもと、彼女はミルクティー色の布団にくるまれてすやすやと寝ていた。
「パァル」
 わたくしはパァルのベッドに近づく。一歩進むごとに、彼女の小さな寝息が大きく聞こえる。いつも思うけど、これってわたくし、忍者みたいじゃないかしら。
「パァル」
 膝をついて屈んだのは彼女のベッドの横。彼女の寝顔は綺麗だ。何か、変なことを言うようだけれど、パァルの寝ている姿というのは生命というのが感じられるような気がする。巣で母鳥に抱かれて安心しきって眠る、まだこの世界を何も知らない雛鳥のようで。
「ねえ、起きなさいよ」
 ちょっとだけ、彼女の肩を揺する。ん、と言う声さえも彼女は漏らさなかった。寝息に合わせてお腹のあたりを上下させながら、深く、深く、眠ったまま。ほんと、こんなに起きないんだから、毎日大好きな何かでも夢見てるのよ、きっと。

  

392:  :2019/08/16(金) 22:40



「ねえ、」
 起きてよ、と続けようとしたが、なぜか口を噤んでしまった。いつのまにか頬杖をついて、彼女の閉じている瞼を、すっと伸びる睫毛を、少しだけ開いた唇を、ぺろりと片側が剥がれかけた鼻の絆創膏を、朝日できらきらしたミルクティー色の髪を見ていた。朝ってこんなに綺麗なものだったかしら。
 そっと、彼女の頬に手を伸ばす。彼女の微かな寝息の裏、なぜか自分の心音も聞こえる。寝息の裏拍でも刻むように、とく、とく、とく、と心臓から腕に、腕から手のひらに、手のひらから指に、と血が巡っているのを感じながら、だんだんと指と頬の間の距離は縮まっていく。あと五センチ、二センチ、一センチ――。
 と、そのとき、着実にそれに近づいていた指が彼女の頬を掠めた。そこではっと我に帰ったも束の間、気づくと額にごつん!と何かが当たった。よろ、とバランスを崩す。額が痛くて、思わず手で押さえた。あと、何かしら、すごく、視界がちかちか……。
「いったたたた……あ、雛伊さまだ!起こしにきてくれたんですか?」
 まだ視界がちかちかしていてよくわからないけれど、彼女はやっと起きたらしい。寝起きだというのに、彼女の声はとびきり明るい。
「雛伊さまもおでこをやられている……ということはずばり!あたしと雛伊さま、朝っぱらからごっつんこ!ってことですね、」
 寝起きなのにいきいきして、にやにや笑っていたり指をぱちんと鳴らしたりしている。
 成る程、わたくし、体を起こしたパァルの頭と自分の頭をぶつけたよう。
「雛伊さまー、今何時です?あたし、昨日ベッドの下に目覚まし時計落としたけど、拾うの面倒くさくなってまだ取ってないんですよねー……あとあんまり時間気にしなくてもいいかな、って」
 へへ、なんて頭をかきながら笑う彼女の言葉で思い出した。そう、わたくし――!
「――ほら、パァル、早く支度して頂戴、今日はわたくし達、朝からご飯作らなきゃいけないのよ」
 わたくし、ぱちんと自分の頬を叩いて、すっと立ち上がる。ばっと彼女の布団を剥ぎ取ると、「いやだあ!」なんて彼女が叫んだ。
「ね、早く!ほら、顔洗って歯磨きして髪梳かして整えて、寝巻きから着替えてちゃんとエプロンつけて」
「一度に言われてもパァルちゃんは把握しきれませんよう」
 ぷく、と頬を膨らます彼女にじと、と刺すような目線を投げると、彼女は「ひえ、」と嫌そうに肩を縮める。それがなんだかかわいらしかったから、これからもこの目線使おうかしら。

  

393:  :2019/08/16(金) 22:41



 そんなことを考えていると、ぽつりとパァルは口を開いて、
「そういえば、ですけど」なんて零したから、
「なに?」とぱちり、瞬きひとつ。
「なんであたしたち、ごっつんこしちゃったんですかね」
 彼女は緑色の瞳をまるくさせながらきょと、と首を傾げた。え、なんだか、どきりとする。ずりずり、と彼女から目線を逸らさざるをえない。
「なんでかしら、ね」
「雛伊さまが目を逸らすときって大体嘘とかでしょ、あたしから見てもわかりやすいですよ」
「何?そうやって支度を始めるまでの時間稼ぎでもするつもりかしら?そんな卑怯な手なんて使わせないからね、」
 ぎろ、ともう一度睨むと、パァル、けち、なんて口を尖らせてる。けち!と言いながらひとしきり足をじたばたさせると、はあ、と息をついて、「顔洗ってきまーす」とベッドからすとんと降りた。彼女の背中を目で追う。ばたばたと忙しく部屋を出て行ったのを見送った。
 ふわり、窓から風が吹く。はらりと肩から落ちてきた髪を、わたくしは耳にかけた。貴方に見蕩れてたの、なんて、言うわけないでしょう。はあ、とぐちゃぐちゃになった掛け布団を畳んでやると、わたくしは朝日を後ろに、パァルの部屋をあとにしたのだった。


  おわり


続きを読む 全部 <<前100 次100> 最新30 ▲上へ