…「昭和が懐かしい」という方はドウゾ!!(^_^)v↓
http://www.showanavi.jp/
http://www.ozorabunko.jp/arunavi/
《レコード》
当時(今でも)よく手入れをしていないレコードを掛けたりすると、曲の途中辺りからこもった様な音に変わる事があった。回っている内にレコード針が表面に着いたホコリを引っ掛けるので、そのホコリが溜る事によって、針がレコードの溝を細かくなぞれなくなるのである。
だから時々静電気防止スプレーをレコードに吹き掛け、クリーナーでホコリを除去する必要があった。今からして見ると手の掛かる事この上ないが、その分レコード一枚一枚に愛着が湧き、大事に聴いたり保存したりする気になったものだった。
お陰で未だにお気に入り曲の音源として健在である。それに対してあのMDって何だったんだ?あの頃は便利だと言って大部分のカセットの曲を移行したのに、アッという間に廃れてしまい、今やデッキを確保するのにあちこちの中古屋を廻らなければいけなくなった。逆にカセットの方がしっかり生き残って、一体何の為の音源だったのか?今となってはただの徒労にしか思えて来ず、何ともアホらしい限りである。
>>62
その昔、出産の時に産院で
「産声を録音できるんですが、MDとカセットテープどちらがいいですか?」
って聞かれて、つい
「えっ、その2択ですか?;」
って返したのを思い出しました。
当時でも既にかなり下火でしたが、劣化を考えるとデジタルの方がまだマシかと思いMDを選択。
でもプレイヤーがなくて今まで一回しか聞く機会がなかったという…
今はリサイクル店でも、ちゃんとしたMDデッキの入手は困難になってます💦ジャンク品で"CDはダメだがMDは何とか再生可"という位のモノにしかお目にかかれません(泣)
後は奇跡を信じてMDウォークマンの発掘に賭けるしかない様です(´д`|||)
>>64
うわぁ…MD一枚の為にプレイヤー探して買うのはさすがに厳しいですね( ´△`)
その手の業者さんに頼んで、別媒体にダビングしてもらうのが確実な気がしてきました;
《華麗なる刑事+諸々》
あの「北の国から」でお馴染みの田中邦衛さんが、昔々刑事ドラマの主役をやっておられた、と言っても余りピンと来ないかも知れない。五郎のイメージが強すぎるから無理も無いと思うが、主役と言っても草刈正雄氏との二枚看板で、スポットライトは専ら草刈氏の方に当たっていた(これも又無理の無い話し)。
これなど、まだギリ納得出来る範囲内だが、もっと凄い(酷い)のになると「ルパン三世実写版」の映画にも出演していた。役は━━次元大介(笑)!「ルゥプゥアァン」とか言いながらマグナムをブッ放していた訳ではないが、製作側は何を基準に配役を決めたのか?まぁ記憶が正しければ、この頃はまだルパン三世のアニメは放送されていないか、されて間もないかのどちらかだったので「スケジュールの空いてる役者なら誰でもいーや」的なノリでキャスティングされたんだと思う、つかそーに決まっている。何故なら銭形警部役が━━伊東四朗(呆)!「ルゥパァ〜ン、逮捕だ〜!」とはさすがに言ってなかったが、この方がクールに「盗んだのは貴女の心です!」なんて言ってるのを想像したら……イヤ、しない方が良い、絶対に良い!
ちなみに同時上映されてたのは、故丹波哲郎氏主演の「ノストラダムスの大予言」。あの頃はみんな本気で信じてたんだな、恐怖の大王。振り返って見れば、翌年の"2000年問題"の方が深刻でしたねww
MD!
いまだに使うことあります。ラジオ録音に使ってます
デッキまだ動くから、壊れるまでつかおうかと
MDウォークマンは流石に、壊れた
時代に逆行キライじゃない。
>>67
もうMD全盛から10年近くたちましたが、ウチでも全音源の約4分の1がMD頼りの状態です。自分用に特別に編集したモノに関しては取り替えが効かないので、今はデッキが1日でも長くもってくれる様祈るばかりです💦
《オールナイトニッポン》
自分が学生時代に聞き始めた頃のラインナップは以下の通り
月曜日 中島みゆき
火曜日 坂崎幸之助(ALFEE)
水曜日 タモリ
木曜日 ビートたけし
金、土曜日 笑福亭鶴光
多少の記憶違いがあるとは思うが、これだけの面子が並ぶ事は今後も早々ないだろう。ま、正式には火曜日夜(AM1:00)からのスタートだけどね。
AANああ、学生の頃だれだっけかなぁ?
とんねるずさん
木根尚登さん
福山雅治さん
ユーミン??
2部も聞いてたはず…思い出せない…
>>70
69の次の面々……の様な記憶があります(自分も自信なくて恐縮ですがf(^_^;)
これも中々の豪華メンバーですよね。
>>71
分かります?そうなんです。
本当豪華でしたね。ウィキ見れば分かるんですが、自力で記憶を辿ろうと。
最近は、聞かないですね。
>>72
自力で及ばずWikiで分かった後の、安堵感とちょっと複雑な無念の意……。誰もが年を重ねるごとに増えて行く"あるある"ですよね(^_^ゞ
「ここまで出て来てるのにィ…」って時は尚更です(笑)
思い出し作業(無い頭をカラカラと振ってみた)をして、毎日夜9時にヘビロテで、聴いていたラジオを思い出しました。
FM NHKのミュージックスクエアです。
月曜日の渋谷陽一さんから金曜日の中島みゆきさんまで、洋楽邦楽と影響受けた音楽もあったなぁ。
エリッククラプトンが好きになったきっかけも、ミュージックスクエアのおかげでした。
懐かしいで思い出したのですが、スレチだったらごめんなさい。CMですが昔、SSK野球だったかな。「速く、強く、逞しく」
立浪和義さんだったかなぁ。プロ野球選手が使う同じものが欲しくなるもんで、親にねだりました。
>>75
ここの板に「なつかCM」というスレがありますので、宜しかったら一度覗いてみて下さいませ♪(俺の立てたスレじゃないけど💦)
SSKのCM、そのスレにも登場しましたが、確か同スペルの別会社として紹介されていた記憶があります。時代が経っている事もあって、ややこやしさ満載でしたww
>>76 はい、ありがとうございます。
78:虎夫◆RAw:2019/10/08(火) 21:29 ID:aQs 《宇宙人》
今や宇宙人のビジュアルと言えば"グレイタイプ"でほぼ決まりだが、ウチらの子供の頃はタコの変形型が主流だった。ジョージウェルズの小説「宇宙戦争」が下地になっていると思われるが、それが何時グレイにイメチェンしてしまったのかはハッキリしない。それに似たタイプなら、1961年のヒル夫妻のアブダクション事件で既に登場しているが、日本においては、やはり矢追さん(と水曜スペシャル)の功績と言えるかも知れない。
今でも時々見かける、喉元に空手チョップを打ちながらの「ワレワレハ……」に関しては、ウチらの頃から存在していたと記憶しているが、元ネタが何なのかは残念ながら覚えていない。
当時は、宇宙やUFOに対しての未知のイメージが溢れかえっていた時代だったから、侵略者にしても、おかしな友達にしても、遥か星の彼方からやって来るのが定番だった。それが今では、異世界やゲームの中の世界(ダンジョンとか言うやつですか?)とやらに変わってしまった感がある。恐らく宇宙人のメインキャラクターは、今後はどの業界にもほとんど登場しないだろう。生き残るのはウルトラマンとラムちゃん位ではないだろうか?
>>78 ムーをふと思い出し、確かに宇宙人といえば何故か風貌は一辺倒だと思いました。その頃は、それが本当に宇宙に存在すると信じてw ムーで、取り上げた中に超能力が流行った時代で、火付け役はユリゲラーだったと。テレビの前に動かなくなった時計を置いて、念じました。清田青年のスプーン曲げは、真似してたなぁ。家のスプーン曲げた子供や大人あるあるだったと思います。
80:虎夫◆RAw:2019/10/11(金) 20:14 ID:aQs >>79
あの頃は超常現象熱が熱かったですね。
そー言えば、日本の漁船が太平洋で「恐竜の死骸」とやらを引き上げる、と言う"事件"もありましたね。正体は大型の鮫だったらしいですが。
>>皆さん
「なつかCM」と「なつか CM」でググってみました!\(^O^)/↓
http://www.google.com/search?q=%E3%81%AA%E3%81%A4%E3%81%8B%EF%BC%A3%EF%BC%AD
http://www.google.com/search?q=%E3%81%AA%E3%81%A4%E3%81%8B+CM
(まぁ、同じ事かもしれないけどね…)
>>81
これはわざわざありがとうございます
m(__)m
《野球盤ゲーム》
今でも販売している筈なので昭和限定のネタにはならないけど、"消える魔球"の装置ってまだ健在なんだろうか?あれを使われると、片っ端から三振を取られ捲って、正直ゲームにならなかったので、ウチらの(少なくとも周りの友達の)間では禁じ手にされていた。結果、それぞれの守備位置の穴にボール(玉)が落ちないとアウトにならないので、試合はいつも乱打戦の模様を呈していた。それ以外は、その都度ルールをいじくりながら遊んでいたと記憶している。正に「俺がルールブック」なスタジアムになっていたのである。
関係ないけどこのゲーム、ウチらの時代は「王選手のプロ野球盤」とか言う商品名が付いていた。コレに限らず、野球に関する商品には大抵"王選手の〜"という文句がよく添えられていた。別に山本浩二や田淵クン、はたまた張本選手でも良かった様な気もするが、当時は本塁打新記録で日本中が沸いていて、克つ巨人のブランド力も今からでは想像出来ない程強かったので、球界の顔として、少年ファンを惹き付ける役割を受け持たされていたのだろう。今選手名を付けるなら、絶対「大谷選手のプロ野球盤」になるだろうなぁ。そのクラスの大物がもう日本にいないのは、実に寂しい話である。
>>83
うちの子達が去年だったかに買ってもらった野球盤は、消える魔球ついてましたよ〜!
あと、投球が盤面を転がるんじゃなくて、ちゃんと宙を飛んでくる。
自分の子ども時代の野球盤と比べて、ダンナがびっくりしてました。
昔からあるおもちゃの進化版は、むしろ父親世代の方が熱くなりますね(笑)
>>84
野球盤も進化してるんだなぁ……(;・ω・)
玩具業界では人生ゲームとかと並ぶロングセラーですね。
>>85
でも確かに最近の野球盤は選手の名前を冠した物がないですね。
今は選手個人よりもチームにファンが付く感じなのでしょうか。
ちなみにうちには人生ゲームもあるんですが、お天気のルーレットが付いてて、それに金額が左右される仕様です。
これも毎度いろんなバージョンありますよね。
昔のベーゴマがベイブレードに進化したみたいに、それらのおもちゃもパワーアップし続けるのかも知れません。
>>86
そうやって時代に合わせて変化し続ける事が、長く続く要因の一つになるんでしょうなぁ、ゲームに限らず。
ここまで来たら、何とか100コメにたどり着きたいという、妙な欲が沸いて来た。
すぐには無理だけど、記憶に残っているモノを引っ掻き回して、出来れば今年中には到達したい。俺の立てたスレじゃないけど。
牛乳瓶のキャップは厚紙のフタだったんですが、集めてました。厚紙のフタに薄いビニールが被せてありました。多分、宅配の牛乳かな?学校給食は紙パックだったかと。あれ?給食も瓶だったかな。
牛乳瓶のフタはめんこしたり、遊び道具でした。
>>89
自分が小学生の頃のメンコ遊びは、牛乳ビンのフタが主流でした。下手くそだったので取られ捲っていた記憶しかない……💧
拙文ですが、>>7でもコメしてますので、見て頂ければ幸いです。
《ミクロマン》
小学校中学年から高学年にかけて、随分とこの小型プラスチック人形で遊んだ記憶がある。ミクロマン本体より、彼らの使うメカやマシンを購入して貰い、集めて遊ぶのが主流だった。
かなり御世話になった筈なのだが、いつ頃飽きていつ頃卒業してしまったのか、サッパリ覚えていない。思い出した所でどーなる訳でも無いが、あれ程熱中していた割には、我ながら何とも薄情な位、記憶から消去されてしまっている。多分彼等は、更なるミクロ化を遂げて、この世から自然消滅してしまったに違いない、と勝手に幕を引いて良いものかどうかチト迷うので、今度まんだらけを物色して探して見ようと思っている。さすがにもう買う事はないけど。
>>91
探したけど無かったなぁ、ミクロマン。本当に微生物クラスにまで、縮小してしまったんかな?まぁ、見つけた所で、買う気も無ければ遊ぶ気も無いから、無ければ無いで別に構わんけどね。
《ガチャガチャ》
札幌狸小路にガチャガチャ専門店が出来たらしいが、今は「カプセルトイ」と言うそうな。人生で初めてこの手の機械(?)を見たのはもう、ン十年も昔になる。街中にある唯一のオモチャ屋さんの前に、今とは比べ物にならない程の小振りで存在感の薄い立て長の"ソレ"が、確か3、4台並んで置かれていた。投入金額は一回20円(!)。耳栓用の容器程度のカプセルの中に、当時人気のあったウルトラ怪獣(いわゆる怪獣消しゴム)が一体入れられていたが、恐ろしくクオリティが低く"変形したスーパーボール"と言っても良いシロモノで、怪獣博士の異名を取った当時の自分でも、一向に名前が浮かんで来なかった。それから数年で投入金額は100円に上がり、中身も中々凝った物に変わって行った。記憶にあるのは「コップの中に珊瑚礁を作るセット」で、購入したが上手く行かず、母親に矢鱈メッタラ叱られてしまった。
今では最低200円が当たり前で、すっかり日本を代表するカルチャーの一つになった。あの最初にお粗末な怪獣消しゴムを初めて手に取った時、まさかここまで出世するとは夢にも思わなかったものだ。マニアック民族日本人の真骨頂が遺憾無く発揮された玩具であると言えよう。
テスト◯
95:虎夫◆RAw:2020/03/13(金) 20:21 ID:pK6 《青函連絡船》
今日は青函連絡船の最後の渡航日だとか。
記憶が確かなら、自分は修学旅行と大学受験(東北福祉)で二回程利用した……ハズ。
洞爺丸転覆とか痛ましい事故もありましたが、フーム……あれから◯◯年ですか。丁度国鉄がJRに民営化された年でもありますね。
因みに、青函トンネルの方は北斗星で一度だけ通過した経験があるけど、その北斗星も今は存在せず、時の流れを改めて感じさせられますなぁ……。
と〜き〜の〜過ぎ行くまま〜に〜byジュリー
ですね。昭和は遠くになりにけりですね。
《石油ストーブ》
※自分が幼少期の頃のストーブは
@筒型の形状。内側の奥底に石綿
A横のツマミを捻ると石油が底にチョロチョロと
流れて来る
B蓋を開け石綿に石油が染み通ったのを確認して
からマッチに火を付け落下
C石綿に火が付いた事を確認して蓋を閉める
D後は石油の出具合で火力を調節
E火を消す時は石油の流れを止め、燃え尽きさせる
Fストーブの周りには子供(つまり俺)の火傷防止
の為の柵が立ててあった
因みに風呂は石炭で沸かしていた。
《飛べ!孫悟空》
〜志村けんさんの追悼にかえて〜
小学生の頃、夢中になって視聴していたドリフターズの人形劇。タイトルでもおわかりの様に、ストーリーは西遊記。配役は、悟空=志村けん、三蔵=いかりや長介、猪八戒=高木ブー、沙悟浄=仲本工事、加藤茶=配役無し(何故か本人のまま)。人形のデザインもそれぞれのメンバーに似せて作られていた。
オープニングは当時のスーパーアイドル、ピンクレディーが担当(こちらは本物が登場)。物語の各所でも、彼女達に加えキャンディーズも出演して替え歌で合いの手を入れるという、豪華な進行形式を取った。
敵役には当時の人気芸能人が週ごとに代わり登場(その人形も当人そっくりに作ってあった)。毎週どの芸能人が出て来るのかというのも、楽しみの一つだった。
作中挿入歌の「ゴー、ウエスト!」はドリフターズの人気ナンバーの中でも特に子供受けする曲で、東村山音頭等と並んで、よく友達同士で歌い合ったりしていた。最後にその歌詞を載せて〆たいと思います。
ニンニキニキニキニンニキニキニキ
ニニンガ悟空
ニンニキニキニキニンニキニキニキ
ニシンガサンゾ
西へ向かうぞニンニキニキニキニン
西にはあるんだ夢の国ンニキニン
GO、GO、WEST!ニンニキニキニキニン
ニニンガ悟空もニニンガ三蔵も
西へ向かうぞニンニキニキニキニン🎵
しかし、よく忘れずに覚えてたもんだ(^_^;)
そこは違うぞ、というお方は是非フォローを!
《Gメン75》
のっけから恐縮ですが、ここでは個人的にインパクトのあったネタを。
その名も不死身刑事(デカ)!
第何話かは忘れたが、太陽にほえろで言えばゴリさんとトシさんを足して2で割った様な感じの刑事さんが、犯人との格闘中にナイフで腹を深々と刺され倒れてしまった!ついでに逃げられてしまった!
しかしこの刑事さん、直後に犯人がドブ川に落とした証拠の品を探して、傷口を手で押さえながらドブ川に腰まで浸かり、捜索を始める。更に犯人の住み家の安アパートを訪れ、管理人さん相手に聞き込み。そこから細かい事は忘れたが色々動き回り、遂には車を運転して空港(多分成田)まで行き、犯人を追い詰める!この間苦痛の表情はほとんど見せていない!
ここまで来て、ようやく思い出したかの様に死にかけた状態に陥ったが、何とか他の刑事さんと共に犯人を捕まえたのであった。しかも驚くべき事に、あんなに深々と腹を刺された後動き回っていながら、出血はほとんどしていなかったのである!
如何せん何十年も前の番組なので、記憶違いも多々あるとは思うが、とにかく驚異的なタフネスを誇る刑事さんに、子供ながらかなりのインパクトを受けた事だけは事実である。この刑事さんに比べれば大変失礼ではあるが、七曲署の皆さま方はいささか虚弱だったのではないか、という考えすら湧いてきてしまうのだ。
因みにこの刑事さんがその後いつまで活躍したかは、生憎一切記憶に無い。殉職だけはしなかっただろうと、密かに確信しているのだが。
《テレビの話》
今日観ていた番組の中で昭和のテレビが出て来たが、今じゃあ″ブラウン管″なんて死語でしょうな。テレビ局の事を「ブラウン管の向こう側」とか言っていたけど、今だったら「液晶画面の向こう側」とでも言うのだろうか?ダイヤル式チャンネルなんて、もう誰も知らんやろ。北海道ではHTV(TBS)が″1″だったので、チャンネルを教育テレビ(12)に変える時は、手首を一気に反転させねばいけなかった(山手線で言うなら、渋谷から上野まで行くようなモノだ)。必然的に12チャンネルに辿り着くまでには、他のテレビ局(3、5)を経由しなければならず、途中で面白そうな画像が映ると教育テレビを変更して、その局(番組)に見入ってしまう事も度々あった。
コンプライアンスなんて糞みたいなモノが存在しなかった時代、操作自体は不便であったが、映し出される内容は今より遥かに濃く深かった。今は機能ばかりが発達して、肝心の中身はサッパリと言う状態。果たして視聴者にとっては、どちらが有難いんでしょうかね?
🎉100レス到達記念🎉
(俺スレ主じゃないけど)
《テレビ番組録画の話》
ビデオデッキに関して書こうと思ったが、昔と今とでは余りにも形態が違い過ぎて全部は書き切れないので、主に録画形式に関して書く事にします。
テレビ番組の録画がハードディスク主体になる前までは、ビデオデッキにVHSを突っ込みで時間単位で予約するのが一般的だった。その為放送時間が変更され、楽しみにしていた番組が尻切れトンボになってしまったという苦い思い出は、旧ビデオデッキ使用世代であれば誰もが経験していた。
そういう意味で今では完全に和解しているが、昔の番組録画の最大の天敵はプロ野球中継だった。「らき☆すた」でこなたがその事に関して愚痴っているシーンがあるので、少なくとも2000年代後半近くまで、プロ野球中継は番組録画において大きな障壁となり問題視されていたのである。現在野球中継が地上波からBSに追いやられ、録画形式も時間単位から番組単位に変わった事によって、その問題はようやく収まったと言っても良い。
ところが、そこに思わぬ落とし穴があった事をワタクシメは思い知らされ、痛恨の失態を晒すハメになってしまったのである!
次レスに続く!
続く前に>>99の訂正だ!
@HTV等というテレビ局は存在しない!正しくはHBCである。日頃自分がいかに地デジと無縁であるかが、これで証明されてしまった💧イヤもうホント、BSしか観ん人間だから💦因みにHTBなら存在する。あのテレ朝の北海道名である。
A距離で例えるなら「渋谷から上野」と言うより「新宿から上野」と言うべきであろう。7、8回しか東京の土を踏んでない田舎者が知ったか振りを気取るからこうなるのだ!ホント嫌ですわね、田舎者の見栄って(^-^;
削除
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