***************キャスト***************
いじめられる側
・川上 奈緒(かわかみ なお)
普通の学校からお嬢様学園へ転校。
のちに罠にはめられ退学になる
・修倉 未南(しゅうくら みなん)
奈緒が転校後にできた最初の友達。
いじめによって自殺未遂に追い込まれる
いじめる側
・姫川 椿(ひめかわ つばき)
日本有数のお金持ちの一人娘。
未南の元大親友
・和田 萌奈(わだ もえな)
椿の親友。男子にモテモテ。
可愛くてお金持ちだが素行が悪い
・野村由香子(のむら ゆかこ)
姫川椿に忠誠を誓う家来のような存在。
父親は椿の会社の重役
(1)
「転校生を紹介する。川上奈緒さんだ」
担任の先生が私を紹介した。
教室の女子生徒全員が私のことを見つめる。
「よろしくお願いします!!」
元気よく挨拶した。
その瞬間。
さっきまでザワザワと、にぎやかな
教室がシーンと静まりかえった。
うわ・・・・・。やっちゃった?
クスクスクスと静かな笑い声が聞こえる。
「え・・・・・・・・」
私の挨拶に誰も反応しないので
きっと失笑されたのではないかな?
「みんな、拍手」
先生がそれをフォローするかのよう
にみんなに拍手を促した。
そうすると、まばらだがパチパチと
拍手が起こった。
あれ?
なんだか、みんな嬉しくなさそう。
もしかして歓迎されてない?
そんなの気のせいだよね……。
「川上さんは親の仕事の都合で
転入してきました。みなさん
仲良くしてあげてくださいね」
挨拶が終わったあと。
先生から窓際の一番後ろ
の席に座れと言われた。
隣の席には、飛切りの美少女がいた。
びっくり!
まるでアイドルみたい!
うわぁー。かわいい。
この子と友達になりたいな。
そう思い。
ホームルームが終わるとすぐに
隣の席の美少女に話しかけた。
「川上奈緒です。よろしくね」
「あ、修倉未南です。よろしく」
急に話しかけられたからか
彼女は驚いた表情を見せた。
「この学校のこと何も知らないから
いろいろ教えてね」
私が、そう、お願いすると。
「うん、困ったことがあったら
何でも聞いて」
未南は、やさしくほほ笑んでくれた。
まるで天使のような笑顔だ。
かわいいだけでなく性格もいい感じ。
これは絶対、友達になるべきね。
「私のこと奈緒って呼んでね。
ねえ? 未南って呼んでもいい?」
「いいよ」
「あとで私のこと、友達に紹介してね」
「あ……。私ね、いま、一人ぼっちだから」
未南は、小さな声で
そう言って顔を伏せた。
「え……。友達いないの?」
「いたよ。親友がね。でもいろいろあってね」
尋ねられた未南は表情を曇らせた。
「そっか。それじゃあ。私達、友達にならない?」
「うん、いいよ、私なんかでよかったら」
「ありがとう、すごく嬉しいよ」
「こちらこそ。ありがとう」
未南に笑顔が戻ったのがうれしかった。
やったね。
すぐに友達ができた。
友達ができなかったらどうしよう
という不安から一気に解放され
清々(すがすが)しい気分で
新しい学校生活が始まった。
(2)
キーンコーン・カーンコーン
チャイムが鳴った。
それと同時に先生が来た。
一時限目は数学の授業だ。
先生は、いかにも数学教師って
感じがする中年の男性教師だった。
先生は出席を取ったあと
「問題出すから解いてみろ」と
いきなり黒板に問題を書き始めた。
いきなりかよ……。
「難しいが良く考えれば解けるはずだ。
お前らは選抜クラスなんだ。これくらいは
解けるようになっておけ」
そう、このクラスは二年生の成績上位者
だけを集めた選抜クラスなんだ。
私は転校する前の学校で成績トップだったから
このクラスに入ることができた。
て、今朝、校長先生が言っていた。
「解答時間は15分!」
と先生が言ったので
問題を解き始めた。
私は無言でシャーペンを走らす。
夢中になっていると15分なんて
あっという間だった。
「誰か解けたやついるか?」
先生の問いに反応する人はいなかった。
手をあげようかな?
私は恐る恐る手をあげた。
自信はないけど一応解けた。
「おっ。お前、たしか転校生だったな?
できたか? 前に出て答え書いてみろ」
「はい!」
前に出て、黒板にスラスラと解答を書く。
「できました」
「よし、正解だ」
即行、正解って言われた。
「よく勉強しているな」
先生に褒められた。嬉しい。
とてもいい気分で、席に戻ると
隣の席の未南と目が合った。
未南は嬉しそうに、ほほ笑んでくれた。
私も同じように笑い返した。
(3)
終了のチャイムが鳴る。
一時限目が終了して休憩時間になった。
さっそく、未南に話しかけようとした時。
「あなた、スーパールーキー川上奈緒でしょ?」
「はっ、はい」
不意に誰かから声をかけられ、慌てて返事をした。
「やっぱりそうだ。テレビで見たことある。
女子の高校バスケ界じゃ、ちょっとした有名人だよね」
「有名だなんて、そんなぁ……」
そうそう。そうなんだ。
私はスーパールーキーの異名を持ってる。有名人かな?
なんか、私のこと知ってる子がクラスにいた。
「私は柄谷央弥(からたに おうみ)。私たち友達にならない?
あっちに私の友達がいるから。あっちで一緒に話そうよ」
央弥ちゃんはショートカットでよくしゃべる活発そうな子だ。
うん。大歓迎だよ、私も友達になりたい。
「え! いいよ! 未南も一緒に行こう!」
未南に声をかけた。
「未南は来なくていいよ」
しかし、未南の返事を聞く間もなく
なぜか央弥ちゃんに拒否られた。
「なんで未南は来ちゃダメなの?」
「私、未南のこと嫌いだから」
「ええ? なんで?」
「その子いじめられてるから一緒にいない方がいいよ」
央弥ちゃんは小さな声でポツリと言った。
「はっ? いじめ? どういうこと?」
私が、そう聞き返すと
「チッ」
央弥ちゃんは急に険しい表情になり舌打ちをした。
あれ? 怒った? と思ったら……。
「はじめまして、川上さん」
私はその声に振り返る。
超美人でスタイル抜群な子に声をかけられた。
この子は誰だろう?
「私は学級委員の姫川椿です」
わっ。この子は。
クラスのリーダー的存在の子かな?
そうかもしれない。そんな雰囲気ある。
この子。顔がすごく整ってて綺麗!
めっちゃ顔ちっちゃい!
それに細くてスタイルいい!
姫川椿は、いかにもお嬢様って感じ
がする気品に満ちた美女だった。
そこから、ひょこっと、またまた美女が現れた。
「和田萌奈でーす。椿の大親友だよ! よろしく!」
「フフッ。萌奈っていつもこうなのよ」
和田萌奈の印象は……ギャル。
まず、はっきりとした茶髪がひときわ目を引いた。
メイクはバッチリとギャルメイクだし。
それと、大きな胸と、くびれたウエスト。
すらりとした細い足。さらに超ミニの
スカートからは大胆に太ももが露出していた。
清楚な椿とは、まったく対照的な印象を受けた。
「姫川さん、和田さん、これから二人のことなんて呼べばいいかな?」
「私は普通に椿でいいわ」
「私も、萌奈でいいよん」
「フフフッ。萌奈はね、私達のムードメーカーなのよ」
イメージ通り。たしかにそんな感じがする。
「私のことは奈緒って呼んで。仲良くしてね」
「こちらこそ、よろしくね」
椿は、そう言って上品に、ほほ笑んだ。
その美しさは、まるで女優やモデルのようだった。
私って、超幸せ者じゃん!!
転校初日から。こんな可愛い子
と友達になれるなんて!!
「さぁ、そんな子、放って置いて別の場所で話しましょうよ」
「そうそう。未南の奴は相手にしなくていいよ」
だが突然。
椿と萌奈の態度が豹変した。
「ええ? なんで? みんなで、ここで話せばいいじゃん」
「ダメよ。未南と友達になっては」
「そうだよ。不幸になるよ。コイツといるとね」
椿と萌奈のひどい言葉に
一瞬、自分の耳を疑った。
なんだか、わけがわからないよ。
未南のどこがダメなの?
かわいいし、性格も良さそうなのに……。
そんなことを言われている未南は
「椿…………どうしてそんなこと言うの?」
と今にも泣き出しそうだった。
「ふん。あんたとは絶交って言ったでしょ?
口も聞きたくないわ、話しかけないで」
椿の辛らつな言葉に、さっきまでの
よいお嬢様なイメージが一瞬で崩れ去った。
「椿……? どうしてそんなひどいこと言うの?」
私は、ちょっと咎(とが)めるように言った。
「ああ、この子はね。クラスのみんなから
嫌われているのよ。だから、みーんなで
無視してるの」
未南が嫌われている?
無視されている?
どうして?
横を見ると、未南はうつむいていた。
涙を流しながら……。
「あーあ。また始まったよ。もう、うんざり。じゃあね」
央弥ちゃんは呆(あき)れた様子で、この場から離れていった。
ああ、さっきまでの幸せな気分が崩壊していく。
「私が転校してくる前。
このクラスで何があったの?」
私は椿と萌奈に聞いた。
「ね? 椿。転校生の小人ちゃんに
何があったか、教えてあげたらー」
「そうね。教えてあげてもいいわね。
教えてあげて、由香子」
椿が由香子と言うと、椿と萌奈の間から
小柄な女の子が現れた。
ツインテールに幼い顔立ちの女の子は
一見すると中学生と錯覚するほどだった。
「この学校のテニス部の監督だった、こいつのお父さんはね。
電車内で中学生に痴漢して警察に捕まったんだよ」
由香子が、未南を指差しながら語気を強めて言い放った。
「え……。マジな話?」
それが、本当なら嫌悪感を持たれてもしょうがないけど……。
「未南。あなたも学校を辞めるべきじゃない?
責任を取りなさい! そうでしょ? みなさん!」
と椿が言うと、教室にいた生徒から
一斉に未南を非難する罵声が飛び交った。
「椿さんの言う通りよ」
「犯罪者の娘は学校に来るなぁー」
「学園の恥だわ!」
「あんたなんか、この学校に通う資格ないよ」
「お父さんはそんなことしていません……」
未南は消え入りそうな声でそう言った。
それでも、その言葉はしっかりと椿の耳に入った。
「は? あんた今、何て言った?
嘘つき。あなたのお父さん、まだ
警察から帰ってきてないじゃない」
「お父さんは間違えて逮捕されたの。
犯人は絶対にお父さんじゃない!」
「もしかして、犯行を否定するわけ??」
由香子が、そう聞くと
たちまち、あちこちから
未南を非難する声が上がった。
「でも、痴漢したって言う目撃証言もちゃんとあるのよ?」
由香子が、さらに未南を問い詰める。
大勢のクラスメートが一人の生徒を責める。
教室は異様な空気に包まれていた。
ダメだ!
このまま傍観者になってはいけない!
止めなければ……。
「待った!!」
私が、そう大声で叫ぶと
騒がしかった教室が
静かになった。
「ちょっと、やり過ぎなんじゃないの?
お父さんのことで傷ついている未南を
全員で責めるなんて、どうかしてるわ。
こういうときは、クラスメート全員で助けて
あげるべきじゃない?」
「ハァ? あなたは偽善者だわ」
椿は呆(あき)れた様子で首を左右に振った。
「私達にとって痴漢とかの性犯罪は
最も卑劣で最低な行為よ。だから
非難されるのは当然のことじゃない」
「それは違うわ。確かに痴漢は許せない。
でも罪を犯したのは未南じゃない。
こんな風に集団で無視をしたり
悪口を言うのは、人を深く傷つける
卑怯な行為だわ」
「今日、来たばかりの転校生のくせに。
私の意見に反論するなんて生意気よ」
椿は不愉快そうな顔をする。
「この学校は地位が上の人に逆らってはダメなの!
もし逆らったとしたら、いろんなきつくて
辛い罰が下されるのよ。覚えておきなさい!」
椿は私を、にらみつけた。
「……?」
「ねぇ、奈緒。今の私とあなたは
どのくらい地位が違うのかしら?
会社だったら私は社長、あなたは
今日、会社に入ってきた新入社員
じゃないかしら?」
「私が新入社員っていうたとえは分かるけど
あなたが社長っていうのは納得がいかない。
だって同じ学年の生徒じゃない?」
「言ったそばから、また反論?
素直にハイと言えないのかしら?
私はね。至極特別な存在なのよ。
普通の生徒と一緒にしないで。
いいわ、教えてあげる。
由香子! 私がどんな存在か
この子に説明しなさい」
由香子が、すかさず「ハイ」と
歯切れの良い返事をした。
「ええい! 頭(ず)か高い。
この方をどなたと心得る!
日本有数の巨大企業である
姫川グループ社長の御令嬢で
あらせられるぞ!」
由香子は誇らしげに語った。
「…………?」
「驚いて、声も出ないみたいね。ハハハッ」
椿の、せせら笑いが教室に響く。
「……えっ。あの有名な企業のヒメカワ?」
「そうよ。超が付くほど有名のね」
「マジで? すごっ」
「お父様の年収は、十数億円で総資産は数千億円と
言われているわ。一人娘の私はその跡取りで
将来は日本の経済界の頂点に立つ存在よ」
なんだかすごい。
この人は本物のお嬢様なんだ。
目の前にいる椿が、よりいっそう
美しく高貴な人に見えた。
「すごい、すごい。美しい上に、お金持ちだなんて」
本音を言うと。正直、うらやましいや。
私なんて、見た目も、生活も普通なんだもん。
「フフ、私がどういう人間がわかってもらえた?
これを聞いたら友達になりたくなったでしょ?」
「え……ああ、うん」
私は戸惑い気味に答えた。
「そう。それでいいのよ。仲間に入れてあげるわ」
「あっ。でも私、未南とも友達になってて……」
「あのね。そんなの破棄しなさい。いますぐ」
「…………はぁ」
ど……どうしよう?
ハイなんて言えない。
でも反論したらまたキレるかも……。
「これはあなたにとって、大変重要な選択よ。
奈緒の今後の学校生活を大きく左右するわ。
私と友達になってバラ色の道を進むか
未南と友達になってイバラの道を進むか
ここが天国と地獄の分かれ道よ」
「…………?」
未南と友達になることが地獄だなんて思わない。
むしろ、ここで未南を無視したり、みんなと
一緒になって非難したら一生後悔するだろう。
「簡単な選択肢じゃね? 迷う必要がどこにあんの?
未南なんて無視して私達と友達になればいいだけじゃん」
萌奈がギャルっぽい言葉使いで口をはさんだ。
「で、……でも、無視するのよくないと思う」
「こんな奴、無視すればいいんだよ! キャハッハ」
突然。萌奈が、そう言ったあとで
平手で未南の頭を力いっぱい叩いた。
頭をパーンって叩く音が、ハッキリと聞こえた。
未南は叩かれたのに硬直したまま微動だにしない。
なんで怒ったりしないの未南???
私はマジでキレそうだよ。
いや…………。
我慢できねえ。
マジギレしなきゃ友達じゃねーだろう!
「やめなさいよ!!」
私は思いっ切り机を叩くと
同時に立ち上がった。
椿たちとクラスメイトの
視線が一斉に私へ集中する。
「未南を傷つけるのは、友達の私が許さない!」
そう言い、萌奈をにらみ付けた。
「椿―――!こいつ、私達に逆らう気だよ!どうする?」
萌奈が椿に、すがるように言う。
「まあ、いいわ。今日のところは大目に
見てあげましょう。転校生だからね。
でも、一つだけ忠告しておくわ……・。
私を本当に怒らせた者は、この学校から
居なくなるってことをね。覚えておきなさい」
は……? 居なくなる? どういうこと……?
椿が言ってることの意味がわからなかった。
「もう行きましょう」
椿は、そう言うとクルリと反転して歩き出した。
「馬鹿な奴! せっかく椿が友達になってやるって言ってんのに!」
萌奈は吐き捨てるように言ってから椿のあとを追った。
「しつれいします」
由香子は丁寧に頭を下げると教室を出る二人のあとを早歩きで追った。
ああ、なんかショックだった。
いろいろあって、私も傷ついたなぁ。
自分のことより……いまは。
「未南、大丈夫??」
心配になり声をかけた。
「大丈夫だよ……ごめんね……」
「謝らなくていいよ。悪いのは未南じゃないから」
「でも……みんな……私が悪いって……」
泣きながら途切れ途切れに
話す未南を見ていると。
なんとしても、この子を
守ってあげなければという
気持ちが込上げてきた。
「私は未南の味方だよ。なにがあってもね。
もう誰も未南を、これ以上、傷つけたり
しないように、私が守ってあげる。だから
もう泣かないで」
私は必死に思いを伝えた。
未南はハンカチで涙を拭いた後
無理やり笑顔を作った。
「ありがとう。奈緒は本当に優しいね」
「当然だよ!このくらい」
ありがとうって感謝してもらえたら
なんだか心が暖かくなって嬉しくなる。
小さい頃に亡くなったお母さんも言ってたなぁ。
お母さんが好きな言葉は、ありがとうかな……って
お母さん。私もそうだよ。ありがとうって言葉が好きだよ。
私は小さい頃のことを思い出していた。
(4)
おなかは鳴る。
恥ずかしくなるほど大きな音
で教室に鳴り響いてしまった。
四時限目が終了するまで。
あと数分。
耐えてくれ!
私の胃よ!
再び鳴ったら恥ずかしいじゃないか!
どうして おなかが へるのかな
おやつを たべないと へるのかな
いくら たべても へるもんな
かあちゃん かあちゃん
おなかと せなかが くっつくぞ
キーンコーン・カーンコーン
こんな歌を歌っているとチャイムが鳴った。
はー,お昼だ。
なんとか、おなか鳴らなかったよ。
「ねえ? 奈緒は食堂でお昼、食べるの?」
未南が私に声をかけた。
「うん」
「じゃー。一緒に食堂行こう」
未南に誘われ食堂に行くことにした。
場所もわかんなかったから、ありがたい。
私と未南は教室を出て
食堂に向って歩き出した。
「だれかと一緒に昼御飯食べるの久しぶり
奈緒と友達になれて良かった」
未南は嬉しそうに言った。
そうだった。
未南は一人ぼっちって言っていた。
でも友達って誰なんだろう?
仲直りできるなら、させてあげたい。
「未南の友達って誰だったの?」
名前を聞いても分からないかもしれないが
思い切って聞いてみた。
「椿だよ」
「椿って姫川椿?」
「そうだよ。椿は私の親友だった」
ここで予想外の名前が出てきた。
あの姫川椿が未南の親友とは驚いた!
未南の話によれば、椿と未南の両親が友達で
未南と椿は赤ちゃんの頃から友達だったようだ。
また、野村由香子は幼稚園からの友達で
和田萌奈は中学からの友達だと言う。
先ほど、未南に向って、あんなひどいことを言った
人たちが友達とは意外だった。
ところで、未南が一人ぼっちになった原因は
あの痴漢事件なのかな?
それを聞く前に食堂についてしまったので
また、あとで聞くことにした。
(5)
ここが高校の食堂?
すごく豪華で、だだ広い。ここは
まるでリゾートホテルのレストランだった。
ここらへん、さすが名門お嬢様学園って感じがした。
さらに中に入ってビックリした。
ホテル並みのクオリティーの
バイキング形式になっている。
ハイテンションで浮かれながら
お皿にたくさん料理を盛ったあと。
二人で空いているテーブルに着き
しばし料理を堪能した。
しばらくして。
先ほどの話の続きを切り出した。
「さっきの話、途中だったけど
椿たちと何があったの?」
未南は暗い表情を見せ黙ってしまった。
言いにくいことなのかな?
絶交されるほどの理由ってなんだろう?
やっぱり気になるなぁ。
「私と椿、萌奈と由香子はね」
しばらく沈黙が続いたあと
未南は口を開いた。
「中学の頃からテニス部で同じだったの。
みんな仲が良かったわ。でもね
私のせいで今はこんな風に」
「やっぱり原因は、痴漢事件?」
「違う、テニス部のいじめだよ」
「いじめ?」
「テニス部は先輩によるいじめが慣例化してて
1年生の頃、私も椿もいじめを受けていたんだ。
でもね、2年生になると、先輩に強要されて
私達も1年生をいじめることになったの。
テニス部内では、かわいがりって言うんだけど
実質、いじめと変わらないものだった」
「未南もしてたの?」
「私は、断固拒否していた。いじめは絶対にダメだと思っていたからね。
でも椿達は楽しんで後輩をいじめていたような気がする。練習を口実にね。
みんなにやめようって言ったら、先生に告げ口をするなって言われた。
ねえ奈緒?私のお父さんが、テニス部の監督だったこと知っている?」
「うん、由香子が言ってた」
「新学期から、お父さんが、この学校に転任して来て
テニス部の顧問になったの。そのとき、いじめのこと
相談するチャンスだと思ったんだ。お父さんが
どうにかしてくれると思って。でも私のお父さん厳しくて
いじめをした全員を退部処分にしちゃったの。
椿や萌奈は、かつては自分達も、いじめの被害者だったと
お父さんに訴えたらしいけどお父さんは聞き入れなかったわ」
「絶交されたのは、その逆恨み?」
「そうだと思う、突然もう私は友達じゃないって言われた」
そうか……・そんな理由があったのか。
未南は悪くない!
勇気を持っていじめを止めようとしたんだ。
友達として、その勇気に心から敬意を表する!
(6)
食べ放題だから、ついつい。
「食べ過ぎちゃったよ」
「次の授業、体育だよ、そんなに食べて大丈夫?」
未南に言われて、ハッとした。
そうだった、次は体育、しかもバスケット。
ほどほどにしないと…体調悪くなりそう。
でも皿には、さっき取ってきたばかりの
ケーキが、まだ乗っている。
ええい、甘いものは別腹だ! 食べちゃえ。
思う存分、バイキングを楽しみ、私は昼食を食べ終えた。
食後は。
未南と一緒に、食堂から教室に戻り
体操服を持って更衣室へ向かった。
「次、バスケだよね? バスケ得意なんだ。
実は、私、バスケで全国大会に出たことあるんだ」
私は、ちょっと自慢げに話した。
「私もあるよ。うちのテニス部はね。毎年
全国大会に出場するような強豪校だったの。
椿や萌奈もレギュラーで、もしいじめが発覚
しなければ、今年のインターハイにも出場
してたかもしれない」
へえー。未南もあるんだ。
まぁ、私は準優勝したんだけど自慢していると
思われるかもしれないから、今は黙っておこう。
それにしても。あの椿たちが全国大会に出場
するような選手だったとは、意外だった。
(7)
私達はいろいろ話しながら廊下を歩き
やがて女子更衣室に着いた。
女子更衣室に入った瞬間。
女子特有の甘酸っぱい香りが鼻腔をくすぐった
初めて入った更衣室の中を興味深げに見回す。
第一印象は広いって思った。
ロッカールームはたくさんあって、鍵が付いていなかった。
ドレッサーは贅沢にも20台ほど。
ドライヤーや扇風機もある。
さらに、奥にはシャワールームがあった。
設備、充実。
「ここで着替えようか」
「うん」
未南に言われたとおり、ここで着替えることにした。
すると、奥の方から
「転校生、生意気だよね! 椿さんに逆らうなんて」
「それが、どんなに無礼なことか分からせてあげないとね」
なにやら悪口っぽいことが聞こえてきた。
「どうする?あたしたちでやっちゃう?やって欲しい?」
「やって欲しいでーす」
「でも椿さんの許可がないとねー。勝手には動けないよ」
物騒な話をしていた。
話の内容からして私のこと?
って思ったら怖くなった。
「うん、転校生には手を出すなって言われた」
「転校生より、やってやらなきゃならない奴、いるよね」
「うん。あいつ、うちらで、こらしめてやろう」
「賛成。そうしよう」
話してるの誰だろう? クラスメート?
椿たちじゃないと思うけど。まだまだ
クラスの子って、よくわからないや。
私は聞き耳を立てながら、体操服に着替えた。
「行こうか?」
着替え終わった未南が私に声をかけた。
「そうだね」
未南にも、あの会話が聞こえていただろう。
だが、そのことについては何も言わなかった。
だから、私もその話題には触れないことにした。
私達は一緒に更衣室を出て
更衣室から目と鼻の先にある
体育館へと足を踏み入れた。
クラスメートの女子生徒が、所々に
グループを作って固まっていた。
特に入れるグループもないので、未南と
他愛ない話をして授業の開始を待った。
やがて体育館にチャイムが鳴り響いた。
(8)
授業の冒頭、チーム分けをすることになった。
「チームのキャプテンを決める。
バスケ経験者いるか?
いたら手をあげろ!」
男性教諭が私達に聞いてきた。
別にキャプテンをやりたいわけではない。
と思いつつ、私は右手をあげた。
もう一人,手を挙げたのは央弥ちゃん。
この子、バスケ部だったのか……。
それで私のこと知ってたんだ。
「二人か? 柄谷と、お前ダレだ?」
「川上奈緒です」
「川上? 例の転校生か? 俺はバスケ部監督の星野だ。
お前には期待しているからな。早く部活に参加しに来い」
この人、監督だったのか?
なんか怖そうな人だなぁ。
このあと八名のキャプテンが決まった。
「残りのメンバーは、自分達で決めていい」
キャプテンの私達に星野先生が言った。
私は一瞬、動揺する。自分で選べと
言われても今日、転校したばかりで
あまり知ってる子いないし。
困ったなぁ。
私が最初に声をかけたのは未南だった。
クラスで唯一、友達と呼べる存在。
予想通り二つ返事で応じてくれた。
最初のメンバーはすんなり決まったものの。
そのあとのメンバー集めには苦戦する。
何人か誘っても、すべて断られた。
私が途方に暮れていると
「こっち、人数が余ってるんだけど?」
そう声をかけてくれたのは央弥ちゃんだった。
「こっち、足りてないから誰か入って」
都合がいい、渡りに船というものだ。
これですんなりメンバーが決まると思いきや
みんな険悪な表情になっている。
「誰がいく?」
「私は、やだ。あなた行けば?」
みんな、いやがってる。
な、なんでだろ?
私、そんなに嫌われているのかな?
「なにしてるの? 早くしなさいよ」
じれったいのか、央弥ちゃんが少しキレてる。
「未南と一緒になりたくない……」
ボソッと誰かが言ったのが聞こえた。
その瞬間、なんでこのチームに入りたくないか
わかった気がした。
未南に対して、またそんなことを……。
怒りを、ぐっとこらえて沈黙していると。
「はぁ? 何を言ってるの? いったい
この子が何をしたって言うの?」
周りの態度に央弥ちゃんが憤慨した。
「ねえ、知ってるでしょ? あの話」
「ああ、アレでしょ? ……きもいよね……」
「先生が痴漢とか最悪じゃない?」
「マジありえないよね」
皆、未南の父親を軽蔑するような態度を見せた。
「いいかげんにしないさいよ!
こんなのただの、いじめじゃない
おかしいよ、あんた達がやってること!」
央弥ちゃんが激怒する。
央弥ちゃんはクラスの中で唯一
いじめに反対してくれる生徒だった。
(9)
央弥ちゃんの一喝で、なんとかメンバーが決まり
バスケの試合が始まった。
だが、未南の悲劇は、これで終わらなかった。
バスケの試合中、足を引っ掛けられ転ばされたり
勢いよく突き飛ばされたりした。
しまいには、ボールを顔面にぶつけられ
コート上に倒れてしまうのだった。
「痛い、痛い、痛い」
痛そうに顔面を抑えて、うずくまる未南。
「なにしてんのよ! こんなプレー許されるわけないでしょ!」
マジギレ発動!
「わりぃ、わりぃ、手元が狂った」
わざとやったのでは? と詰め寄ると
相手チームのメンバー達は、しらばっくれた。
ぶつけたのは、茶髪のヤンキー女だった。
「わざとぶつけたでしょ?」
彼女に詰め寄った。
「ちげえよ」
ぶつけた子の声、さっき更衣室で
しゃべっていた子の声じゃない?
こういう意味だったのか?
そうだとしたら許せない!
「あんた、他にも、足引っかけたり
ぶつかったりしたよね。あんたの
プレーは退場ものの悪質プレーだ!」
「あんだよー。うるせえなぁ。いいがかり付けんなよ」
一触即発の険悪ムードとなった。
「おい、どうした? なに揉めてんだ? おい。
ケガしてんじゃねーか! 大丈夫か?」
星野先生の声で我に返った。
未南を見ると、鼻から微小の出血があった。
鼻血だ。
「顔面にボールが当たったんです」
星野先生に報告する。
「おい、誰か保健室に連れてってやれ!」
「私が行きます。行こう未南」
私はこの時、未南が、みんなから日常的に
いじめられているのではないかと感じていた。
(10)
未南は保健室で鼻血の処置を終えた。その後。
軽い頭痛があるため、ベッドで休むことになった。
「大丈夫、吐き気とかない? 頭痛ひどくなってない?」
私は横になって寝ている未南に尋ねた。
「平気……心配かけてゴメンね」
「ホント、災難だったね」
「最近、ツイてないなぁ。次々に不幸な目に遭う。
なんか、なんでこんな風になっちゃうんだろう」
未南は流れ落ちた涙を右手でぬぐった。
「辛かったね。でも未南は、なにも悪くないよ」
「そうかなぁ? 悪い方、悪い方に考えちゃう」
「思いつめすぎないで!」
「最近、すごく気分が落ち込むの。
それにね。毎日、夜、眠れなくて……。
ほんとうに辛くて辛くて。もう死にたい……」
ええー! 死? 死にたいって?
それを聞いた私は激しく動揺した。
「死んじゃあダメ!」
焦った私は、そう声をかけた。
「ごめん、思わず変なこと口走っちゃった。
別に自殺しようとか考えてないからね」
辛いとき、思わず死にたいとかって
思うことは、あったりするかもだけど。
今の未南、なんか心配、すごく心配。
なんとかしてあげたいなぁ。
(11)
この日、最後の授業は英語だった。
春のうららの教室。
体育の授業のあと。
ゆえに睡魔が襲ってくる。
とっ。思っていると、スーピースーピー。
あれれ。どこかから寝息の音が聞こえる。
隣を見ると、未南が突っ伏して寝ていた。
はっ! やばっ! まさか顔面にボールが
当たった影響で脳にダメージでもあったのか?
ちゃう。
ちゃうちゃう。夜、眠れないって言ってたやん!
あかん。先生にバレたら怒られるっしょっ。
「未南、起きて」
私は小さな声でささやいた。
しかし、未南は目を覚まさなかった。
「起きて。ねえ、起きて」
と言いながら肩を揺らしても未南は目を覚まさない。
「修倉、居眠りか? 起きろ!」
ゲッ、いつの間にか先生が目の前にいた。
「はっ、はい。すみませんでした」
急に大声がして未南はびっくりし目を覚ました。
「学年トップのお前が居眠りしてどうする?
夜遅くまで勉強でもしていたか? 勉強
熱心なのはいいが、俺の授業もちゃんと
聞いてくれよ」
「はい、いえ、最近、寝不足で……」
「まぁ、いい。教科書の26ページ。
最初から読んでみろ」
先生に、そう言われると立ち上がり
英文を読み始めた。未南はスラスラと
ネイティブな発音で読み上げていく。
うわっ。なんか先生よりも,うまいや。
学年トップだって言うし,才色兼備やん。
(12)
この日の放課後。
教室で未南と談笑したあと。
二人で下校することになった。
未南は電車通学をしていた。
他の、お嬢様みたいに高級車で
送迎ってわけではないようだ。
一階の下駄箱へ着く。
上履きを脱いで自分の下駄箱へしまい。
通学用のバスケットシューズに履き替えた。
そのあとで、後ろを振り返ると
未南は、まだ下駄箱の前にいた。
しかも、なんだか様子がおかしい。
少し心配になってきて……。
私は未南に声をかけた。
「どうしたの?」
「クツがないの……」
未南は涙声だった。
私は、思わず「えっ?」となって
未南の所へ駆け寄った。
修倉未南ってシールが貼ってある下駄箱を
覗き込むと、確かにクツが無かった。
「朝、ここにしまったのに、ないの……」
「それは大変だ。一緒に捜(さが)そう」
「うん……」
「掃除の時、どこか別の場所に移動
したのかも? どんなクツ?」
「黒色のローファーだよ」
「黒のローファーだね。サイズは?」
「36。日本の23だよ」
「メーカーは?」
「グッチ」
「グッチって、あの高級ブランドのグッチだよね?」
「うん、そうだよ。おばあちゃんが買ってくれたの。
ビットローファーって言って靴に金具が付いてる」
通学用のクツがグッチなんて
さすがはお金持ちって感じだ。
でもグッチってことで捜しやすくなった。
未南と共に下駄箱の中や、その上
周辺も、くまなく捜した。
しかし、簡単には見つからなかった。
「別の場所も捜してみる」
未南がふいに言った。
もし誰かがクツを隠したとしたら
みつけるのは困難を極める。
ましてや、盗まれでもしていたら
まず発見できないだろう。
しばらくして、未南は下駄箱から
ちょっと遠くにあるゴミ箱の中を
捜し始めた。
まさか?
あの中にあるわけないよね……。
そう思った。
「あったよ!」
未南が声を上げた。
その手には、黒のローファーがあった。
あわてて未南の所に駆け寄る。
「見つかって良かったね」
「誰かに捨てられちゃったのかな……」
泣くのを我慢していたのか、未南の目から
涙がとめどなく、あふれてきていた。
ひどい! ひどすぎるよ!
誰が、こんなことを……。
もし……これがいじめだとしたら……。
そう考えれば考えるほど腹が立ってくる。
未南…………。
このいじめは、私が必ず解決してみせる!
川上奈緒の名にかけて!
私は、強い意志を持った。
それは、いじめから絶対に未南を
守るという意志を持ったのだった。
(13)
この日の夜。
自宅でお父さんと夕食をとっている時。
「友達が、いじめられているみたい」
私は、いじめのことを相談することにした。
「いじめ? その子は何をされたんだ?」
お父さんが食べる手を止め、私に聞いた。
「親友に絶交されたり、みんなから無視されたりしてた。
下校の時は、クツをゴミ箱に捨てられて可哀想だった」
「それは大変だ。奈緒が助けてあげなさい。
その子はすごく辛い思いをしているはずだ」
「うん。そのつもり」
「先生にも協力してもらった方がいい。
きっと力になってくれるだろう。それで。
誰がいじめをしているのか分かっているのか?」
「まだよくわからない。今はクラスのほとんどって感じ。
その子のお父さんが痴漢で捕まったみたいで……」
「痴漢? たとえ、どんな理由があったとしても
いじめは絶対にしては、いけないものなんだ。
すぐにやめさせるべきだ」
「そうだよね。私もそう思う」
「いじめは早急に解決した方がいいよ。
不登校や自殺の原因にもなりかねない。
新聞やニュースでよく目にするだろ?
いま大きな社会問題になっているんだ。
お父さんも協力するから何でも相談しなさい」
心強い味方を得た。
お父さんに相談して少しだけ心が軽くなった。
(14)
食事を終えて部屋に戻ると。
ネットで調べ物をするため
すぐにパソコンのスイッチを入れた。
未南のお父さんが痴漢で捕まった。
それは、本当なのか? と思い。
事件を調べるため、修倉、痴漢と入力した。
そしたら検索結果に記事が出てきた。
5月。
電車内で女子中学生の体を触ったとして
迷惑防止条例違反の現行犯で
高校教諭 修倉大造容疑者(43)を逮捕した。
何もしていないと容疑を否認しているという。
「ハァー」
事実を知ってしまい……。
ショックのあまり、大きなため息が出た。
痴漢で捕まったのは事実だったのか?
誤認逮捕の可能性が、まだあるものの
仮に痴漢が事実だとしたら、ものすごい
嫌悪感がわいてくるのも、わからなくもない。
クラスメイトが未南をいじめる理由は
この事件が原因であることは間違いない。
次に、修倉未南、テニスと検索した。
テニス部は全国大会に出場するような
強豪校だったって未南が言っていた。
「あった。あった。」
サイトには、未南が一年生のときに
全国大会で優勝したと書かれていた。
「優勝かぁ。すごいなぁ」
私は思わず感嘆の声を出してしまった。
団体戦には姫川椿と和田萌奈の名前もあった。
テニスのことを色々調べたあと。
姫川グループのことやセントマリア女学園の
ことを、ちょっと調べてパソコンの電源を切った。
あとは一学期の中間試験も近いので
寝るまでの間、勉強に励むのであった。
(15)
新しい朝を迎えた。
朝食を終え、真新しい制服に袖を通す。
「いってきまーす!」
リビングに居たお父さんに
大きな声で挨拶して家を出た。
外に出ると、小雨が降っていた。
私は傘を広げ、徒歩で学校へ向かった。
自分が住んでるマンションの敷地を出ると
道路をはさんだ向かいには豪邸があった。
ここらは高級住宅街。道中
行く先々に豪邸が立ち並んでいた。
みんなお金持ちなんだろうな……。
ふと、そんなことを思った。
二年生になって一ヶ月が経った。
転校は急な出来事だった。
最初はお父さんだけが引っ越したのだが
食生活や家事が、崩壊しまくっていたため
遅れて前の学校から転校してきたのだった。
ここに引っ越してきた理由は
弁護士のお父さんがタレントとして
こっちのテレビに出演するから。
もう一つは弁護士事務所を開業
するためだった。
お父さんが、この町を選んだ理由は
お金持ちが、たくさん住んでるとこで
開業したいっていうのが本音かな……。
そんなことを考えながら歩くこと数分
立派な門構えの学校正門に到着した。
右側の門柱には、石製の看板で
セントマリア女学園と書いてある。
このまま正門を抜けると
高級車が列を成していた。
車の後部座席から降りてきたのは
この学校の女子生徒だった。
昨日の帰りも随分、迎えの車が来てたなぁ。
高級車で送り迎えって、さすがはお嬢様学園だね。
その子たちが、ちょっぴり、うらやましかった。
(16)
教室に入ると生徒の姿は少なく。
まだ半数以下しかいなかった。
入口近くのクラスメイトに
「おはよう!」
と声をかけるも
「……」
その子から返事はなかった。
あれれ?
無視されているのかな?
少し落ち込むも、まあいいやと
なかば開き直り、自分の席に向かった。
隣の席に、まだ未南の姿はなかった。
「なにこれ?」
未南の机に違和感を覚え
思わず、つぶやいてしまった。
「ひどい……」
私の目が、まるで信じられないものを
見るようにカッと見開いた。
誰がこんなことを……。
未南の机には、チョークで落書きがしてあった。
心身を切り裂く、まるで凶器のように、文字が躍る。
早く辞めてください、ちかん、変態教師、即退学しろ!
被害者に謝れ、きもい、学校に来るな……など。
机には誹謗中傷する言葉が、ビッシリ書かれていた。
未南が見たら、どれも傷つく言葉の数々だった。
「早く消さないと……」
雑巾(ぞうきん)で消そう。
そう思ったとき。
「おはよー」
背後から声をかけられ
身体がビクンと跳ねた。
しまった!
消す前に未南が来てしまった。
「おはよう。大変だよ。机に落書きされてるよ」
「本当だ。誰がこんな、いたずらするんだろうね」
未南は、怒ったり泣いたりせず、なぜか笑顔だった。
「先生が来たら言おうよ。これ。ひどすぎるよ」
「先生に言わなくてもいいよ。このくらい平気だから」
未南は、そう言って、右手でチョークの
落書きを全部、消してしまった。
「絶対、先生に言わないでね」
さらに念を押された。
え……?
なんで?
先生に言った方がいいのに……。
いじめは一人で悩まず。
誰かに相談した方がいいよ……未南。
(17)
終業のチャイムが鳴る。
三時限目が終了して休憩時間になった。
しばらく未南と会話をしていたら。
野村由香子が、こっちに向かって、歩いてきた。
「椿が、話があると言っている。
だから、奈緒。一緒に来てほしい」
突然の申し出に、ちょっとビックリ。
いいけど、話って何?
椿のところに行くあいだ。
胸のドキドキが止まらない。
トイレとか誰もいない教室に連れていかれて
リンチとか? って、そんなぁ? まさかね。
あるわけないしょっ。漫画やドラマじゃあるまいし。
でもリンチはイヤ。ぜっ、た、い、イヤだ
もし、そうなら全力ダッシュで逃げよう……。
結局、取り越し苦労した。
行き先は、椿の席だった。
「来てくれて、ありがとう」
椿は私の到着を喜んでくれた。
「あなたにあげたいものがあるの」
椿の右手には、青い小箱があった。
いや、青と言うより空色。スカイブルーに
ホワイトリボンが結んである箱だった。
何かと思い、差し出された箱を受け取った。
「開けてごらん」
椿が優しい声で言った。
椿に言われた通りにして、リボンをほどくと
箱の上には英語でティファニーと書いてあった。
「椿、これは?」
「私から、あなたへの転入祝いよ」
「こんな高価な物、もらえないよ」
「遠慮しないで、ぜんぜん安物だから」
安物? でもコレ、ティファニーだよ?
5千円とか1万円くらいのもあるのかな?
箱を開けると、きらきらと輝くゴールドのペンダントが入っていた。
ヤバッ! これ何万すんの?
いくらするか想像もつかないや!
「椿? やっぱ、こんな高価なもの、困るよ」
私は返すつもりで、椿に箱ごと差し出した。
椿はそれを受け取ると。
箱からペンダントを取り出した。
「私が、つけてあげるわ」
椿は、そう言って。
吐息を感じるくらいまで私に大接近してくる。
椿ってば、超美人で、女の私でも、ドキドキしちゃう。
「似合っているじゃない、とても素敵よ」
首につけられてしまうと、もう返すとは言えなかった。
困惑しながらも、高価なペンダントをもらってしまった。
椿って案外、いい人なんだね。リンチされるかも,とか
被害妄想していた自分を全力で恥じた。
(18)
昼休み終了まで、あと五分。
私と未南は食堂から教室に戻った。
私たちが席に着いて、まもなく。
突然……。
「きゃっ」
未南がハズキ・ルーペをお尻で
つぶした時の様な声を上げた。
どうしたんだろう?
視線をやると。
未南は顔を真っ赤にして
恥ずかしそうにしている。
「どうしたの?」
「変なものが机の中に入っている……」
「変なもの? 何?」
私は未南を見て首をかしげた。
むむ、まさか?
またイタズラされたのかな?
虫とか? 虫とか大嫌い! マジ怖いよ!
未南は、ゆっくり、それを取り出した。
「こんなものが机の中に……」
虫じゃない。なんと!未南が遠慮がちに
取り出したのは痴漢もののDVDの箱だった。
パッケージの表には女子高生姿の女性が見えた。
「ええ? なんでこんな物が入っているの?」
未南は顔を赤らめ、小さく首をふった。
「私の物じゃないよ。 ホントだよ」
そう言った未南は、耳まで真っ赤だ。
「わかっているよ。いったい誰が
こんな悪質な、いたずらを!」
「これ、どうしよう?」
未南は、めちゃくちゃ困っている。
「いいよ。私に、ちょうだい。私が捨ててきてあげる」
私は未南からDVDの箱を受け取った。
「捨ててくるね」
本当にヒドイいたずらだ。怒りプンプン。こんなもの
教室の後ろにあるゴミ箱に捨ててきてやったわ!
それから間もなく。
「だーれ? こんなの捨てたの?」
「たぶん、あいつじゃね?」
「まぁ、いやらしい」
ゴミ箱の周辺で話をしている女子生徒の
声が、こっちまで聞こえてきた。
私は彼女たちの話に聞き耳を立てた。
「コレさぁー。修倉先生の所持品じゃない?
警察にバレたらヤバいんで証拠隠滅とか?」
「ああ! そうかもね! 大事な証拠品! 発見!」
「はぁ? ヤバイからって学校で処分すんじゃねーよ」
「ねえねえ。コイツ。持ち主に返しにいこう!」
大声で話をしている女子生徒の声が
教室中に響いて、ハッキリ聞こえた。
たった今、私が捨てたDVDケースを持って
そいつらが未南の目の前までやってきた。
その子たちは地味であんまり目立たない外見の
地味子ちゃん 三人組だった。
お嬢様が聞いてあきれる、品のない言葉使い
だったけど。とてもあんなこと言わない様な
真面目な子たちに私の目には映(うつ)った。
「これ、あんたのでしょ?」
眼鏡をかけた子が、厳しい口調で聞いたと同時に。
未南の机にDVDケースを叩きつけた。
未南は首を大きく振った。
「私のじゃない」
未南の声は少し涙声だった。
「本当に? 痴漢の証拠。処分したんじゃないの?」
「違うよ」
未南は泣きそうになっている。
「フッ。私、わかっちゃったわ。私の推理では…………」
おいおい、眼鏡の子。
名探偵、いや、迷探偵みたくなってきたぞ。
それでも彼女は得意げになっている。
「あなたの家に今朝、捜査のために,警察がやってきた。
それで修倉家は大パニックよ。あなたはお父さんの部屋で
事件の証拠となる、このDVDを偶然みつけてしまったのね。
それであなたは、これを通学カバンに隠し持って学校に
きたってわけね。大事な証拠品を処分するために……」
毛利、小五郎のおじさんレベルの推理じゃん!
「朝、警察なんて来てないし、私の家に、こんな物ありません」
未南は全面的に否定した。
実は、最初の方から見てたもので、すごい面白いな、と思ってました。
今更コメントしたのは、眼鏡の子の推理が面白かったからです。
迷惑だったらすみません。
(18-続き)
「ふーん。違うの? いい推理だと思ったのにさ。
それじゃあさぁ! この、いやらしいDVD!
あんたのお父さんに差し入れしてあげたら?
先生、大喜びするんじゃない? ハハハっ!」
眼鏡の子が、そう言うと。
地味子の三人は大声で笑った。
く、くやしい……。
友達が侮辱(ぶじょく)されている。
キレそうだよ! 怒りを抑えきれない。
マジギレ発動!
マジキレしなきゃ友達じゃねーだろ!
「いいかげんにしなさいよ! 未南の机にコレ入れたのあんた達でしょ?」
「ちげーよ!」
「勝手に決めつけてんじゃねえよ!」
「ちょう、うざいんですけど!」
三人が一斉に逆ギレした。
負けないもん!
マジギレ発動中!
「未南を辱(はずかし)めるために、あんたらが仕組んだんでしょ?」
「うっせーんだよ! 転校生!」
「お前は関係ないんだよ! 出しゃばるな!」
「てめーは黙ってろ!」
イラ、イラ、イラ。
一回言うと三倍になって返ってくる。
互いの怒りはヒートアップしていき。
あわや喧嘩が勃発する事態になっていた。
「もう、やめて。ケンカしないで」
未南が、あいだに割って入る。
すかさず。
「やめなさい!」
しかりつけるように言ったのは、仲裁にきた椿だった。
「でも椿さん、こいつ生意気な奴で」
地味子ちゃんの一人が,とりなすように椿に言った。
「この私がやめなさいって言ったのよ、聞こえなかったの?」
椿の声には威圧感があった。
「す、すみませんでした」
眼鏡の子が、パシッってDVDケースを手に取ったあと。
三人は椿に頭を下げ、そそくさと逃げるように、席へ戻っていった。
私のこと助けてくれたのかな?
「椿、ありがとう」
「ケンカしちゃダメよ」
椿がやさしい声で言った。
(19)
帰宅して一時間が経過した。
あのあと、下校まで、何も事件は起こらなかった。
心配していた未南のクツも今日は無事だった。
放課後は未南とデート!
おしゃれなカフェでケーキを食べた。
そして。
この日の夜。 夕食の支度を終えて
お父さんと夕食をとっていると。
「いいネックレスしているなぁ?
それ買ったのか?」
お父さんに聞かれた。
「クラスメイトに、もらったんだよ」
「昨日、話していた子にか?」
「違うよ。姫川椿っていう大金持ちのお嬢様から。
あの超有名な会社、ヒメカワの社長令嬢だよ」
「ヒメカワ? あのヒメカワか?
お父さんが出演している番組の
スポンサー企業になってるぞ」
「ああ! ヒメカワのCM流れていたね」
「いい子と友達になったな」
「まだ友達ってわけじゃないけどね」
「その子とは仲良くしとけよ」
「うん、そのつもり」
椿と友達になれるといいなぁ。
今日は、椿の好感度が大きくアップした。
このペンダント、ネットで調べたらすごく高価な物だった。
転校生の私に、こんな高価な物をくれるなんて驚いた。
椿の気持ちが、ホントにうれしかった。これ毎日つけようかな?
このペンダントは私の宝物だ。一生大事にしよう。
(20)
新しい朝が来た! 希望の朝だ!
今日も元気に登校した!
翌日は昨日の朝よりも早く学校に着いた。
机の落書きをどうにかしようと思っていた。
教室に入る。登校しているクラスメイトは
昨日より少なかった。未南も居なかった。
机の落書きは?
脇目も振らず、未南の机を見に行った。
内心、落書きが無ければいいが……。
そう思っていた。
だが、その期待は見事に裏切られた。
もう落書きがあったのだ。
昨日と同じように未南の机には
チョークで落書きがしてあった。
これ、誰がやったの?
きっと犯人はこの教室の中にいるはず!
でも犯人を特定する証拠が何も無かった。
だからといって、このまま落書きを消しても
なんの解決にもならないかもしれない?
少しでも問題解決の糸口を得るため考えてみた。
キョロキョロと教室を見渡すと、落書きをした
容疑がかかる人物は登校しているんだよね。
転校初日、未南の顔にバスケットボールを
ぶつけた、茶髪のヤンキー女、榊田真紀!
昨日もめた地味子、三人娘!
それから、姫川椿と和田萌奈。
未南の机に落書きした犯人はこの中にいる!?
ケンカしちゃダメよって、椿から言われているから
なんか、榊田真紀や地味子には聞きずらいなぁ。
どうしよう? 椿って学級委員だよね?
そうだ、姫川椿に相談しよう!
そう思って、椿のところへ行く。
椿は友達の萌奈と、楽しそうに話していた。
それをさえぎって、遠慮がちに椿に話しかけた。
「話したいことがあるんだけど……」
「何? どうしたの? 仲間に入れて欲しいの? いいよ」
椿が、私に向かって,優しくほほえんでいる。
「あっ。そうじゃないんだ……」
そうでもいいけど、今は違う話をしにきたんだ。
よし。本題に入ろう!
「椿。未南の机がチョークで落書きされてるよ!
昨日もされてた。しかもひどいことが書いてある」
「あら? そうなの? 気が付かなかったわ」
椿は落書きのことを知らない素振りを見せた。
「え?」
て、ことは。
椿たちは犯人じゃないってことか?
ちょっとだけ疑ってたけど……。
「本当だよ。見に来て」
私は椿と萌奈を連れて行き、未南の机を見せた。
「ほらね」
椿と萌奈の二人が落書きを見る。
「ふふふ、ははは、ははは」
椿が突然、笑い出した。
「あの子、嫌われているからね。
いい気味だわ」
私は予想外の言葉に唖然(あぜん)とした。
「どうして、こんな態度を取るの?
二人は親友だったはず……」
「親友……。確かに未南は親友だった……。
でも、それはもう過去の話よ…………」
椿は悲しげな表情を見せた。
「過去じゃないよ! 今もだよ! 今も
未南は椿のこと、親友だと思っている」
と真剣に訴(うった)えかけていた。
「もう戻れないわ、昔の関係には……。
あいつがいけないのよ、あいつが……」
はっ?
なに昔の恋人みたいなこと言ってんの……。
「それってテニス部のこと?
退部させられたって聞いたよ」
「あ、あいつ、そんなことまで
あなたにしゃべったのね」
「あれ、悪いの椿なんじゃ?」
「あなたまで、そんなことを言うの?
理不尽な理由で退部させられて
大好きなテニスを奪われたのよ。
あなたにその苦しみが分かって?」
「気持ちは分からなくもないけど。
部活を辞めるのも親友を失うのも
両方、大きいと思うけどな」
「プライドをズタズタにされたのよ。
あの親子にね。あの二人、もう
絶対に許すことができないわ」
「まぁ、椿も苦しんだんだね」
「未南には私以上の苦しみを与えたいの。
倍返しよ! 倍返し。地獄を見るがいいわ」
地獄って、そんな……。
椿って敵にまわすと……怖い。と思った。
――――?
この瞬間……。
椿が、このいじめに関わってんじゃねぇ?
そんな疑惑を持ってしまった。
そんな、まさかね。
だが二人が落書きをした可能性もゼロじゃない。
非礼を承知で、単刀直入に質問した。
「これやったの椿と萌奈じゃないよね?」
机の落書きを指差して二人に聞いた。
瞬時に二人の表情が変わる。
「やったの、うちらじゃねーよ」
萌奈はイラッとしたのか
怒り気味の口調で答えた。
「無礼者! この私を犯人扱いするなんて
失礼よ! 謝りなさい! いますぐに!」
椿はひどく憤慨して謝罪を要求している。
うわー! 失言だったかも……。
「ごめんなさい」
椿の迫力に負けて、すぐさま謝罪した。
「まぁ、いいわ。許してあげる。特別にね」
椿は怒った顔をしたが、すぐ笑顔に戻った。
生まれて初めて、無礼者って言われた。
プライドの高そうなお嬢様をこれ以上
怒らせるのは得策ではない。
方向転換しよう。
「でも、これ誰がやったんだろう?」
「さぁー? 誰がやったのかしらねー?
修倉親子は、学校全体の敵だからね」
椿の言う通り、犯罪者の家族が
学校や世間から敵視されることが
実際にあるらしい。オウムの教祖の娘や
毒物カレー事件の息子など、親がしたこと
で子供が責められ、いじめられたり,差別
されたりする場合が実際にあったみたいだ。
「あのさ、椿は学級委員なんだから
立場上、クラスで問題が起きたら
注意しないといけなくない?」
「あら? そうかしら?
でも犯人が分からないから
注意することができないわ。
しかも、このクラスの子が
やったとは限らないじゃない?」
「きっと犯人は、クラスの人だよ」
私はなおも食い下がった。
「違うかもよ? 証拠でもあるの?」
椿の答えは、そっけない。
「なんか、めんどくさっ」
萌奈の唐突な一言で、思わず「え?」となった。
「自分で言えばいいじゃん?」
萌奈の予想外の言葉に私は戸惑った。
「私が言うの?」
とっさに言い返したあとで。
他人に注意してよ、と言っておきながら
自分では言えないのか? と自問した。
「わかったよ。自分で言うよ」
私は意を決した。
勇気を出して言わなくちゃ!
未南と約束したんだ……守るって……。
だから言わなくちゃ!
「この落書きを書いたのは誰ですか?
もし、この中に書いた人がいるのなら
こういうことするの、やめてください」
教室にいるクラスメートに向かって
言ったが、誰からも反応がなかった。
みんな無視してる?
もう一回言おう。
「ひどい落書きは、やめてください!」
少しばかり語気を強めて言った。
私の言葉に茶髪のヤンキー女、榊田
地味子、3人娘たちも無反応だった。
私は、徹底的に無視されているので。
まるで独り言を言っているみたいで。
なんだか恥ずかしくなってきた。
やっぱり、先生に言おう。それがいい。
お父さんも言った方がいいって言っていた。
善は急げ。職員室へレッツゴー。
おっと! その前に、落書きの証拠写真を撮って。
それから、ハンカチを使って落書きを消した。
だって未南に、こんな落書き見せたくないもん!
「ごめん。ちょっと、急用を思い出した!」
椿と萌奈に、そう、声をかけた。
あまり時間がない……。急いで教室を出て
廊下を小走りして、階段を駆け下りた。
(21)
「ハァ、ハァ、ハァ」
職員室の前で、弾んだ息を整え、中に入る。
入り口でキョロキョロと首を動かし担任を探した。
担任は眼鏡をかけている若い男の先生だ。
あっ! 高木先生! みつけた!
「先生! ちょっといいですか?」
「川上さん? なんでしょうか?」
「実は相談したい事があって」
「相談ですか? いいですよ。
あまり時間がありませんが……」
「うちのクラスの修倉未南のことは
わかりますよね? 今日学校に来たら
チョークで机に落書きがしてありました」
「修倉さんの机に落書きですか?
なんて書いてありましたか?」
「早く学校を辞めてください、ちかん
犯罪者の娘、きもいから学校に来るな
よく学校これたね、学校から消えてほしい
とか書いてありました」
「えっ? そんな、たくさん、ひどいことが……」
「これは、先ほど撮った証拠写真です」
私は高木先生にスマホを渡した。
先生はスマホの画面を凝視する。
「これはいけませんね。誰が落書きを
書いたか、わかっていますか?」
「誰か書いたのか、わかりません。
でも二日連続で書いてありました」
「今日だけではないのですね」
「はい。未南は、痴漢の容疑で、父親が逮捕
されたことが原因でいじめられています」
「僕も同僚が逮捕されたので、すごく
ショックを受けていましたが……。
いじめのことは知りませんでした。
いじめられているって本当ですか?」
「いじめは本当です。
いじめがなくなるように
先生、協力してください」
「わかりました。全面的に協力します。
二人で一緒にいじめをなくしましょう」
「はい!」
「あっ。そろそろホームルームの時間ですね。
一緒に教室に行きましょう」
「そうですね」
私は高木先生と職員室を出て教室へ向かった。
(22)
廊下には、すでに人けが無く
辺りには静寂が漂っていた。
自分の教室に向かう途中
教室の中をチラリと覗く。
ここは女子高だから中は
女子生徒ばかりだった。
教室の前に着くと、先生は前の扉
私は後ろの扉から教室に入った。
教室にはクラスメイト全員が揃っていた。
空席は自分の席だけだった。
急いで自分の席に着席すると。
私は顔を未南に向けて
「おはよう」
未南に小声で挨拶をした。
「おはよう」
未南も、つられて小声で返事をする。
高木先生は教壇に立ち、出席簿を開いた。
「おはようございます。出欠を確認します。
えーと……。全員揃っていますね」
高木先生は挨拶したあと出欠を確認した。
「今日は皆さんに残念なお知らせがあります」
そう前置きしたあと一旦、言葉を詰まらせた。
「先日。逮捕された修倉大造先生は
とうぶん学校に来られないようです。
着任早々、本当に残念です」
警察に捕まったまま
家に帰ってきてない
と言っていたなぁ。
「みなさんショックだと思いますが
中間試験も近いので、余計なことは
考えず、勉強に集中してください」
高木先生の話を聞き、クラスメイトがざわつく。
高木先生は、しばし沈黙した後。
「それと、もう一つ!」と怒気を込めて言い
出席簿を机に思いっきり叩き付けた。
バンという大きな音が教室に鳴り響く。
騒がしかった教室が急に静まり返った。
高木先生は怒っているみたいだ。
「修倉さんがいじめにあっていると聞きました。
それが事実であれば、非常に怒りを覚えます。
誰がやったんだ? という犯人捜しはしません。
だが、いじめは絶対に許されない行為です」
最初は、おだやかな口調だった。
「いじめは悪だ! 悪そのものだ!
君達は恥ずかしくないのか?
高校生にもなって善悪の区別が
付かないわけがないだろ?」
徐々に強い口調となり
「このクラスは成績優秀者だけを集めた
選抜クラスだぞ! 他の生徒の模範に
ならなければいけないクラスだ。
そのクラスの生徒がいじめとは
情けないにも程があるぞ!
金輪際、いじめはするな!
わかったか?」
しまいに高木先生はブチ切れた。
教室が重苦しい空気に包まれる。
「返事は?」
怒りがおさまらない高木先生は
机に拳を思いっきり叩き付けた。
その音に一瞬ビクッとする私。
その直後。
「はい」
「はい!」
「はーい」
生徒達はバラバラに返事をした。
「はい」
ほんの少し遅れて、私も返事をした。
これをきっかけに
いじめがなくなればいい……。
そう願わずには、いられなかった。
(23)
授業が終わって、休憩時間になった。
あのあとの一時限目は、考え事ばかりで
授業に、まったく集中できなかった。
これでいじめがなくなるの? とか
先生の行動は正しかったの? とか
いじめが続いたら、どうすればいいの?
とか、いっぱい悩んでしまった。
そんなことを考えつつ、机の上にある
教科書とノートを片付けた。
「奈緒? 一緒にトイレ行こうよ!」
未南から、ふいに声をかけられた。
「いいよ。いこう」
私は誘いに応じて、トイレに行くことにした。
教室を出て、二人で肩を並べ、廊下を歩いていると
「チクってんじゃねえぇよ!」
という声と共に、後頭部をパチンと叩かれた。
「痛い! 何するの?」
私が振り返ってそう言うと、二人の
女子生徒が背中を向けて猛ダッシュで
逃げていくのが見えた。
「痛い……」
未南も後頭部を押さえ痛そうにしている。
どうやら未南も叩かれたようだ。
私はとっさに追いかけることができず。
犯人を捕まえることができなかった。
クソう……。ホント腹が立つ……。
やり場のない怒りを覚えた。
「先生にチクったの奈緒でしょ?」
「う、うん」
私が答えると未南は、厳しい
目つきで私を、にらんできた。
「なんで先生に言うの?
絶対に言わないでって
言ったのに」
「ごめん、でも先生に言った方がいいと
思って……。先生ね、いじめがなくなる
ように協力してくれるって言ってたよ」
「なくなるかなぁ? なくなればいいけど
またみんなを怒らせて、もっと嫌われたら
どうしよう……」
不安そうに言う未南の手を
私はギュッと握った。
「大丈夫、何があっても私が守るから
一緒にがんばろう」
そう言ってる私も、本当は不安だった。
嫌われるのも、いじめられるのも怖かった。
でも今、未南を守れるのは私しかいない。
自分に、そう言い聞かせていた。
(24)
トイレから教室に戻り、席についた。
次の授業の準備のため
英語の教科書とノートを
出そうとしたが、英語の
教科書が見つからなかった。
「おかしいなぁ」
さっきまであったはずなのに……。
机の中身を全部だし、英語の教科書を探した。
未南が私の異様な行動に気が付いた。
「どうしたの?」
「英語の教科書がないの」
「忘れてきたんじゃない?」
「ううん。きちんと持ってきたはず」
「じゃあ、なんでないんだろう?」
「わからない」
なんでだろ?
もしかして。
誰かに盗られた?
そうかもしれない。
さっきは頭を叩かれ、今度は教科書を盗まれた。
そう思うと激しい怒りが込上げてきた。
怒りで自分の体が震えるのが分かるほどだった。
「誰よ!! 私の教科書、盗ったの!」
思わず立ち上がって叫んでいた。
「私の英語の教科書返してよ!」
誰からも反応がなかった。
「犯人はクラスメイトでしょ?」
もう頭にきた!
さらに怒りが増した私は、自分のイスを蹴っていた。
イスが後方へ飛ぶと壁にぶつかり大きな音がした。
「知らねーよ、お前の教科書なんて」
「あいつ、頭おかしいんじゃね?」
「あの子、馬鹿?」
クラスメイトの冷ややかな言葉に
怒りと共に涙が出そうになった。
この小説、すごく好きです!更新されるのいつも楽しみにしてます!これからも応援してます📣
46:りな:2019/04/11(木) 22:21 「お願いだから返してよぉ……」
先ほどまでの威勢は失せ、弱気になっていた。
なんで、みんな笑ってんの?
そんな私を見てクラスメイトたちは
ニヤニヤしている。妙だなぁ?
何かがおかしい……。
「どうしたの? 奈緒? 何で怒ってるの?」
気が付くと目の前に、姫川椿が立っていた。
椿は私に向かってやさしくほほえんでいる。
それを見て少し冷静になった。
「教科書、誰かに盗られた……」
「ん? 盗られた? 証拠もないのに
盗られたって決め付けるの、良くないわ」
私が困っているのに、椿は嬉しそうな表情を見せた。
それには少しだけ違和感を覚えた。
「そうかもしれないけど実際に
教科書がなくなったんだ」
私が切羽詰まった気持ちで、そう言うと
椿はふきだして笑い。
「教科書無くしちゃったの? しょうがないわね」
と、せせら笑うような口調で言った。
「私、学級委員だし、みんなに聞いてあげるわ。
みなさーん、奈緒が教科書なくしたみたいだけど
誰か知らなーい?」
椿は教室内のクラスメイトたちに向かって言った。
「知らないよ」
「知りませーん」
「私も知りませーん」
聞かれたクラスメイトたちは、素っ気無く答えた。
思ったことがあるんですけど…>>30のレスや>>45のレスで、応援が来てますよね??
それに対して何も応えないんですか?
「み--んな。お前の教科書なんて
知らないって、キャハハハハ」
大声で笑ったのは萌奈だった。
それにつられて教室中から笑いが起こる。
目の前の椿も、笑みを浮かべている。
「残念。誰も知らないって……。
力になってあげられなくて
ごめんねぇー」
椿が、ちょっと幼い口調で言った。
「誰も知らないわけないじゃん!
犯人はこの中にいるはず!」
「犯人捜しは、やめましょう。
クラスの雰囲気が悪くなるわ
私がお金あげるから、これで
新しいの買いなさい」
椿はポケットから財布を取り出した。
高級そうな財布の中には札束がギッシリと
詰まっていた。そこから五千円札を取り出し
そのお金を、私に差し出した。
「え……。そんなの受け取れないよ」
「いいじゃない。もらっておきなさい。
遠慮することはないわ。入学早々
誰かさんのせいで、とんだ災難ね」
椿から差し出されたお金を受け取れずに困っている
と座っていた未南が席から立ち上がった。そして
教室の隅にあるゴミ箱まで歩いて、立ち止まった。
その行動を不思議に思い、ずっと目で追い続けた。
まさか? あの中に教科書が! と思った直後。
未南がゴミ箱の中に手を突っ込んだ。
「汚い!」
「何やってんのあいつ」
「ゴミ、あさってんじゃねーよ!」
クラスメイトは未南に軽蔑した言葉を浴びせる。
私の教科書がゴミ箱の中にあるのだろうか?
このまえ未南のクツがゴミ箱に捨てられていた。
それを考えれば、その可能性は十分にありうる。
しばらくたって、未南が探すのをやめた。
身体を起こして、こちらを向くと、未南の
手には英語の教科書があった。
あれは私の教科書なの?
未南は私のもとに駆け寄り教科書を差し出す。
「未南、それ私の教科書?」
私は教科書を受け取って未南に聞いた。
私の問いに未南は黙ってうなずいた。
みつけてくれたんだ! ありがとう
と言おうと思ったその時、椿が大きな声で笑った。
「アッハハハ、あーら。犯人は未南だったの?」
私はすぐに反論した。
「何言ってんの? 未南が犯人なわけない。
休憩時間、ずっと私と一緒にいたんだもん。
この前、未南のクツがゴミ箱に捨てられてた。
教科書だって、そいつらのしわざに違いない」
「あっそう……それはお気の毒ね。ねえ?
どうしてこんな目にあうかわかる?」
は? 先生にチクったから?
「未南の友達だからよ。嫌われ者の未南のね。
だから 早く友達をやめた方がいいよ」
「はぁ? なにそれ? 意味わかんない」
私が椿をにらみつけると
「私のことは嫌いになってもいい。でも
奈緒のことは嫌いにならないで……お願い」
未南が涙を流してそう訴える。
「いいよ。そのかわり未南は消えてよ。
私の目の前からいなくなってよ!
これ以上、私に嫌な思いをさせないで」
それに対し、椿が耳を疑うような
ひどい言葉を投げかけた。
「えっ?」
目を大きく見開き、驚いた表情の未南。
追い打ちをかけるように
周囲から汚い言葉が飛ぶ。
「椿さんの言う通りだわ。消えて!」
「もう学校くんな!」
「学校やめちゃえよ」
「未南、さようなら」
「いっそ、しねば?」
こいつら最低だ
傷つく言葉を平気で言ってる。
これは言葉の暴力だ。
こつらは、お金持ちのお嬢様で
世間には立派かもしれないけど
やってることは最低なヤツらだ!
「そ、そうだよね。私なんか消えちゃえばいいよね」
未南は涙ながらにそう言うと。
教室から飛び出していった。
「待って! 未南!」
私は教室を出て未南のことを追いかけた。
みんな、ひどい
ひど過ぎるよ……。
未南が何したっていうの?
「未南!」
私の必死の叫びは未南の耳には届かなかった。
走って階段を昇って最上階まで来てしまった。
どうしよう?
まさか?
飛び降りたりしないよね?
最悪のケースが脳裏をよぎった。
未南が突き当りにある教室に入った。
ここ、音楽室?
あとを追って私も教室に入った。
ああ! うそでしょ?
教室には未南の姿が、もうなかった。
ギャアアアアアアアアアッ!
私は心の中で絶叫してしまった。
あの開いている窓から下へ飛び降りてしまったの?
そんなあ……。
まさか……。
そう思うと、恐怖で全身がブルブルと震(ふる)えた。
いやだ
死んじゃあ、いや。
まだ友達になったばかりだよ。
これからいっぱいおしゃべりしたり
遊んだりするはずだったんだよ。
それなのに……。
「どうして?」
涙腺が崩壊して涙が止まらない。
絶望に打ちひしがれながら。
フラフラと窓に向かって歩いた。
あれ? どっかから、声がする。耳を澄ますと。
「うう、ハァ、ハァ,ハァ。うう、ハァ、ハァ、ハァ」
泣き声交じりの荒い息づかいが聞こえる。
どこだろ? と声のする方まで歩いていく。
「未南?」
泣いているのは未南だった。
机の陰(かげ)に、しゃがみこんで
未南は泣いていた。
ホッ……。
飛び降りてなかった。
早合点だった。
生きててよかった――――。
私の声に反応して未南は顔を上げた。
「あっ。奈緒……。来てくれたんだ。
怖くなって逃げてきた。心がすごく痛くて
私、辛いよ……。もう学校やめようかな?
こうなったの。全部、私が悪いんだよね?
いじめは、その人に原因があるんだよね?」
私は、大きく首を振った。
「未南は、何も悪くない。これだけはハッキリしてる。
未南をいじめていい理由なんて、ひとつもないよ。
いじめは、いじめてる人が100パーセント悪い。
いじめは、しない、させない、くわわらないだよ」
「なんか標語みたいだね。でも私は
これから、どうしたらいいんだろう?」
「周りの人に助けてもらおう。友達や先生
家族に頼ろうよ。私も未南の助けになりたい」
「迷惑じゃない? 私のせいで奈緒まで辛い思いをするかも」
「迷惑じゃないよ。だって友達だもん。未南のこと大好き。
何があっても私は未南の味方でいる。約束するよ」
「ありがとう。私、がんばる。がんばるね」
「うん。がんばろう……。ね、教室、戻ろうか?」
「ごめん、もう少し、ここに居てもいいかな?」
「あっそうだ! 英語の授業さぼっちゃわない?」
「えっ? 大丈夫かな?」
「たまには,いいんじゃない?」
「そうだね。たまには、いいかな?」
ニコッと、未南の口元からほほ笑みがこぼれた。
結局、授業をさぼり、誰もいない教室で
ずっと、おしゃべりをしていた。
会話に花が咲き、授業の終わりを告げる
合図のベルが鳴るのを早く感じた。
(25)
私と未南は、二人しかいない音楽室で
二時限目を終えた。
私たちは教室に戻るため、音楽室を
出て、階段を下りていく。
結局 英語の授業には出席しなかった。
罪悪感がないと言えば、嘘になるけど。
まぁ、いいか!
一度くらいは、なんてことないさっ。
ああ、そうだ!
未南に、ひとつ聞きたいことがあったんだ!
「未南ってどうして、あんなに英語が上手なの?」
「小さいとき、アメリカに住んでたからだよ」
「ええ? 未南は帰国子女なんだ?
でもお父さん、学校の先生だよね?」
「でも昔はプロテニスプレイヤーだった。
日本とアメリカを行ったり来たりしてたよ。
でも聞いたことないでしょ。修倉なんて名前」
「ごめん、ぜんぜん記憶にないや」
昔の人で知っているのは松岡修三とか伊達公子とかかな?
修倉なんて選手の名前、まったく聞き覚えがないや。
「ケガが多くて、あんまり活躍してないからね。
三十前に引退して、その後は教師になったの」
「へー。元プロなの。テニス、上手なのはお父さんの影響?」
「うん。小さいときから、お父さんにテニスを教わってた」
そーか。そーか。それでテニス、上手なんだ。
未南がテニスの高校生チャンピオンなのも合点がいく。
(26)
未南と一緒に教室に戻った。私と未南に
クラスメイトから向けられる視線が突き刺さる。
教室内が、ざわざわと、ざわついてくる。
「未南、帰ってきたよ」
「本当だ。奈緒もいる」
「あの二人、授業さぼったの?」
「また先生にチクりにいったんじゃね?」
「チクり魔だな、あいつ」
私たちに対する容赦ない悪口が聞こえる。
「クラスメイトの言葉なんて何一つ気にする必要はないよ」
私は未南を励ますように語りかけた。
未南は、こっちを向き、無言でうなずいた。
クラスメイトの声を無視して
席に向かって歩いていくと。
野村由香子が、こっちへやって来た。
由香子は椿の友達の一人だ。
未南に、何か言うつもりか?
私は思わず身構えた。
「椿が、話があると言っている。
奈緒だけ、一緒に来てほしい」
「私だけ?」
「未南は来なくていい。いくぞ、奈緒」
「うん、ちょっと行ってくるね」
由香子から、そう言われたので
由香子の後ろからついていった。
行き先は、椿の席だった。
椿は、手と足を組んで座り
ちょっと不機嫌そうにしていた。
「どうして英語の授業に、でなかったの?
まさか、先生のところ、行ってたの?」
椿が少々強い口調で聞いてきた。
「違うよ、ずっと未南と音楽室でしゃべってた」
私がそう言うと、椿が安どの表情を見せた。
「そうなの? それなら、いいわ。
私ね。奈緒をいじめてはダメって
クラスのみんなに言っておいたわ」
椿は真顔でそう言った。
「ありがとう」
私は、とりあえず、お礼を言った。
「私もいじめは良くないって、思うの。
もし、またいじめにあったら、私に
相談しなさい」
椿の意外な申し出に、ちょっとビックリ。
椿って私には、案外やさしいんだよね。
そうだ。ついでに。
「相談と言うか、ひとつ、お願いがあるの」
「なあに?」
「未南と仲直りして!」
「あのね。何度も無駄に言わせないで!
未南とは絶交したって言ったじゃない!」
椿が怒りだしてしまった。
なかなか頑固な性格で一筋縄ではいきそうもない。
「そんなことより、今日の放課後、暇かしら」
椿が、唐突に話題を変えてきた。
「うん、まぁ、暇だけど」
「お暇? じゃあ、二人っきりで、なにか
おいしいスイーツでも食べにいかない?」
え? え? 椿から誘われちゃった。
「う、うん。いいけど……」
「じゃあ、放課後、帰らないで教室で待っててね」
あっさりOKを出してしまった。
だって、断ったりしたら……。
よくも私の誘いをことわったわね!
許せないわ! キーー!
とかなりそうだし……。それに
椿とは仲良くしたいと思ってる。
でも、ちょっぴり不安だなぁ。
椿と二人きりで何を話せばいいんだろ?
言葉の使い方?が上手で読んでて面白いです!
これからも頑張ってください!
(27)
校内の掃除を終えると、放課後になった。
帰宅の途につく人や、部活動に行く人が
次々に教室をあとにする。
「これから椿と一緒に食べに行くの」
「いいなぁ。うらやましい」
未南が可愛くすねる。
やっぱ、未南ってかわいい!
「一緒に行こうって、言えばいいじゃん?
私、椿と二人っきりって、なんだか不安」
「それ、無理だと思う……。私、先に帰るね。バイバイ」
未南は、悲しい表情を浮かべたあと。
私に手を振りながら教室を出て行った。
私は人もまばらとなった教室で
約束通り椿が来るのを待っていた。
鏡で顔を見たり、髪の毛を直したり
なんだか、さっきから落ち着かない。
「奈緒! お待たせ!」
椿が手を振りながら教室に入ってきた。
「椿!」
私も笑顔で手を振り返す。
「さぁ行きましょう。すぐ行くから入口で待ってて」
椿は席からカバンを取ると。
すぐに私が待つ入口にきた。
私たちは一緒に教室の外に出た。
私と椿は、肩を並べ、廊下を歩き出した。
うわぁー。なんか、ド緊張する。
こんな超美人でお金持ちのお嬢様と
いままで友達になったことないもん!
もし椿を、人気の美人女優と例えたら。
私の立場なんて、珍獣ハンターとか
雪山登山させられる、お笑い芸人だよ。
いやいや、そんなことより。
とりあえず、なにか話さなきゃ!
「今から、どこへ行くの?」
「姫川プリンセスホテル。
私のお父様の会社が
経営するホテルよ」
「知ってる。知ってる。
全国展開している。
高級ホテルだよね」
まあ、泊まったことないけど……。
「スイートルームが空いてたから
その部屋で、有名パティシエが
作ったスイーツを食べましょう」
スイートルームでスイーツですと?
夢のような話だ。
いや、まてよ?
まさか、罠? お金はどうすんの?
割り勘ね、とか言われて、あとから
何十万も請求されたらどうしよう?
これは、ちょっと、まずいかも……。
「私、お金、そんなに持ってないよ。どうしよう」
「心配しないで、費用は全部、私が払うから」
なんという神対応!
「外に送迎の車が用意してあるから
それに乗ってホテルに行きましょう」
椿の言葉には、何度も驚かされてしまう。
椿って、やっぱり、ただ者じゃないのね。
(28)
私たちは制服の格好のまま
ホテルに向かう車の中にいた。
送迎の車は、まだ新しい高級車だった。
「この車ってロールスロイス?」
「そうよ。六千万円くらいする車よ」
六千万? 消費税だけで車が買えるじゃん!
「すごーい。こんな車に乗るの初めて」
「フフ、驚いた?」
「うん、椿は本当にお金持ちなんだね」
「そうよ。姫川グループは大企業だもの。
お金持ちになると、いい思いができるのよ。
今つけているネックレスは百万くらいかな?
この時計も同じくらいね」
椿は自慢気な顔をしている。
そうだ! この機会に、この前もらった
ペンダントのお礼、ちゃんとしないと。
「ペンダントありがとう。毎日つけてるよ」
「そんな安物で満足してちゃダメよ。
もっと、いいものを身に着けたい。
そう思わないといけないわ」
「これでも十分高価なものだよ」
「常に今より、もっと上を目指しなさい。
上昇志向の無い者は、成功しないわよ」
「はぁ」
「私と仲良くなれば、もっと高価な物あげる」
「そんな、私なんかに、もったいないよ」
「私は、あなたを高く評価している」
「え?」
「あなたには特別な才能があるわ。
私、あなたを応援したいと思ってる」
「そんなあ、私は、そんなにすごくないよ」
「聞いたところによると、バスケで準優勝したってね。
フィギュアスケートの紀平ちゃん、将棋の藤井くん
私は、同世代で頑張っている人が大好きなの。
うちの会社にバスケのチームがあるの知ってる?」
「うん、知ってる」
「将来、高みを目指すなら、あなたのこと
お父様に紹介してあげる。うちのバスケ
チームに入れるように頼んであげるわ」
「私なんかが、バスケ選手に?」
「全国大会を目指しなさい、そこで活躍することね。
あなたは、そのためにこの学校に入ったんですもの。
どんどん上を目指して、学校の名声を高めてね」
「うん、がんばるよ」
バスケット選手か……。
この場の雰囲気に流されてしまったけど。
私は将来、お父さんや死んだお母さんみたいな
弁護士になりたいと思っているんだけどね。本当は。
(29)
ホテルにチェックインしたあと。
すぐにエレベーターに乗り込んだ。
スイートルーム専用のカードキーを
差し込んだエレベーターは、最上階
に到着した。このフロアの利用者しか
来ることができない仕組みのようだ。
「うちで最もグレードの高い
ロイヤルスイートよ」
椿は、そう言って、入口のドアを開けた。
部屋に入ると、まず目に飛び込んだのが
この街を見渡せる、最上階の大パノラマ!
「うわー! すごい! 景色!」
もういきなり、テンションアゲアゲだよ。
「スイーツの用意が、できてるから
こっちへいらっしゃい」
景色を眺めている私に椿が声をかけた。
広いリビングスぺースには、立派な六人掛けの
テーブルとイスがあった。テーブルの上には
有名パティシエが作ったと思われる、極上の
スイーツが盛大に並べられていた。
「こんなにたくさんのスイーツ、二人分なの?」
私は椿に聞いた。
「あなたの好みが、わからないから、スタッフに
指示して、たくさんのスイーツを用意させたわ」
感激! 私のために、すごい気配り!
「おなかすいたでしょ? 食べましょう」
そう言って椿は、イスに腰を下ろした。
私は椿と向かい合って席に座った。
「スイートルームでスイーツって
なんかダジャレみたい。そもそも
スイートルームって甘い部屋?
って意味なのかな? ハハハ!」
私はギャグのつもりで言った。
「奈緒。スイートルームのsuiteは
甘いって意味のsweetとは違うのよ。
それにスイートルームは和製英語。
英語ではホテルスイートって言うの」
「そうなんだぁ」
ああ、なんか恥かいちゃった。
ハハハ。
椿って物知りだなぁ!
(30)
食べ始めて三十分くらいたったかな?
スイーツも半分くらいは二人で平らげた。
もう、おなか、いっぱいだ。
食事も一段落したところで。
椿はケーキフォークを皿に置いた。
「そろそろ本題に入りましょう」
椿は冷たいグラスを飲み干すと
そう、話を切り出した。
「――?」
本題って、なんだろう?
椿は私の顔をじっと見た。
「あなたに、ツバキ会の、メンバーになってほしいの」
つばき会?
何それ?
悪の組織?
私は首をかしげた。
「ごめん。ちょっと、説明が足らなかったわね。
芸能人にも、なんとか会とかってあるでしょ?
仲のいい人が集まる……。それと同じものよ」
「ああ! なんだ! 女子会のことか!」
「そうそう。このツバキ会の会長は、私、姫川椿よ。
まだ発足して1年足らずだけどね。今は学校の
友達が中心だけど。将来は財界人とか著名人。
タレントなんかもメンバーに入れたいと思ってる」
「私みたいな普通の人が、入ってもいいの?」
「もちろんよ。これがツバキ会の入会用紙ね。
入会できるのは、私が認めた人だけよ」
椿は私に入会用紙を手渡した。
「今は週末に集まって、食事したり
遊んだりするだけの会だけどね」
私は入会用紙に目を通しながら、椿の話を聞いた。
私は、わからないことがあったので、椿に質問した。
「会費とか、かかるの?」
「そういうのは一切ないわ。それに食事代や遊ぶお金は全部、私持ち。
つまりタダで、食事したり、遊んだりできる、とってもお得な会なのよ」
マジすか? めちゃめちゃ。いい会やん。
「これに名前書けばいいの?」
「ええ、それだけでいいわよ」
入っちゃおうかな? 特にデメリットもなさそうだし。
将来、有名人ともお友達になれるかもしれないし。
ツバキ会の入会に気持ちが傾いた。
「あっ! そうだ!」
椿が突然、何か思いついたように手をパチンと叩いた。
「特別に、一つだけ条件を付けさせてちょうだい」
「え? どんな?」
「未南の友達をやめること。
あの子とは縁を切ってね」
椿はニヤリと笑いながら、そう言った。
「えー!」
驚いて声を上げてしまった。
なんて意地悪な条件なんだろう。
「あの子は、ツバキ会の前副会長だった。でも
今はツバキ会を除名されたメンバーだからねー。
そんな子と友達では入会させることはできないわ」
未南を学校で孤立させること。
最初からそれが目的だったの?
私は少し頭にきていた。
「ひとつ質問していい?」
「なあに?」
「椿の目的は私と仲良くなること?
それとも未南との仲を引き裂くこと?」
「両方よ! 私の友人になることと。
未南の友達をやめさせることは。
あなたのためになることだから」
「ごめんね。残念だけど、その条件はのめないよ」
「じゃあ、入会できなくてもいいの?」
「いいよ。友達を裏切ってまで入りたくない」
「あなたも頑固ね」
それは、さっき私が思ったことだよ。
どうして未南のこと、そんなに邪険にするの?
未南は友達だったんだよね?
椿は、話を続けた。
「私と未南を天びんにかけて、未南を選ぶと言うの?
愚(おろ)かだわ。未南と友達でいると、あなたも
いじめにあうわよ。それでもいいのかしら?」
「いい。私は未南をいじめから守る」
「ハハ、母親ゆずりの自己犠牲ね」
「私の母親を知っているの?」
「ええ、あなた、川上法子弁護士殺害事件の被害者遺族でしょ?」
「……。そうだよ」
私は目に涙を浮かべた。
そう、私のお母さんの死には、いまわしい事件があった。
「後輩だった弁護士や信者を脱会させようとして死んだ
可哀そうな弁護士。それがあなたの母親だったわね」
椿は事件のことを知っていた。
オウム事件は私が生まれる前に起こったことで
よく知らないけど。お母さんが死んだこの事件は
ネットでは第二のオウム事件になるのでは?
と言われている。事件は、もう10年くらい前の出来事だ。
「この話と未南のことは、なんの関係もないじゃない?」
さっきまでの楽しい雰囲気が、一気に吹き飛んでしまった。
「母親と同じ轍(てつ)を踏むつもり?」
意味は、先人が失敗した同じ失敗を繰り返すこと。
「それでもかまわない。私には正義の血が流れている」
「私なら他人のために自分を犠牲にしない。
自分のためなら友達だって盾にできるわ。
他人よりも、もっと自分を大切にしなさいよ」
私は、これ以上言い返すことができず泣いた。
「ごめん、余計なこと言ったわね。
謝るわ。反省してる……」
椿は、素直に謝罪してくれた。
私の目から大粒の涙がこぼれ落ちていた。
(31)
時刻は夜の七時半。
もうホテルから家に帰ってきていた。
私は服を着替えたのち、父親と夕食を食べ始めた。
スイーツを食べたから、夕食は、いらないと思いつつも
ちょっとでいいから、何かを食べようと食卓に着いていた。
しばらくするとスマートフォンが鳴った。
「あっ。電話かかってきた」
ポツリとつぶやいた。
相手は未南だった。
急いで電話に出た。
「あっ、未南、もう家に帰ってるよ」
「いま何してるの?」
「お父さんと、ご飯、食べてる」
「ごめんね、食事中だった?」
「いいよ、どうしたの?」
「明日ね。学校休むから
電話しようと思って」
え? まさか、登校拒否?
「う、うん。どっか、体調悪い?」
私は、動揺しながら未南に聞いた。
「あっ。そうじゃないの。
学校休んでお父さんに
面会しようと思って。
お母さんも一緒にね」
面会? あっ! そうか……。
未南のお父さんは留置場にいるのかな。
「面会は、土日祝日できないから
それで明日、学校を休むんだね」
「うん。午後からは弁護してくれる
弁護士の先生を探さないと」
「え? 弁護士、呼んでないの?」
「呼んだけど、示談とか罪を認めれば罰金で済む
とか言われたらしく、怒って追い返したみたい。
裁判してでも、痴漢の無実を証明したいって。
お父さん、絶対やってないって言っている。
私も、それを信じているから」
弁護士を探しているのか……。
私は目の前にいるお父さんを見て思った。
「私のお父さん、弁護士なんだけど
もし良かったら相談してみる?」
「うん、実は、そのために電話したんだ」
「開業したてだから。いま暇だと思うよ」
「お願いします」
「じゃあ、お父さんに確認してみる
いま目の前にいるから……」
私は一旦、スマートフォンを耳から離した。
「ねえ、お父さん。友達が弁護士を探してるの。
明日の午後から相談ってできる?」
「ああ、いいよ。午後から空いてるから。
友達に待ってるって伝えてくれ」
私は再びスマートフォンを耳に当てた。
「あっ、未南。お父さんオーケーだって。
待ってるから事務所に来てって言ってた」
「そうなんだ。助かるよ。ありがとう。
今から奈緒のお父さんと、話しがしたいけど
いいかな? ちょっと聞きたいことがあって」
「いいよ。すぐ代わるね。お父さん
友達が電話で話したいって」
私は、お父さんにスマートフォンを渡した。
すぐ会話が終わると思い、しばらく待つものの。
お父さんと未南の会話は思いのほか長く続いた。
「午後2時に来所ということで……。はいはい。
娘に代わります。奈緒、電話終わったぞ」
「はーい」
お父さんからスマートフォンを渡された。
「どうだった?」
未南に聞いた。
「お父さんに頼むことになりそう。
刑事裁判の経験も豊富らしいから。
できれば裁判をする前に、お父さんの
無実を証明できたらいいけど」
「そうだね。そうなることを願ってるよ」
「奈緒、まだ食事中でしょ? あんまり
長話すると迷惑だから、そろそろ切るね」
「ああ、うん。またね。ばいばい」
「ばいばい」
電話が切れた。
「お父さん、絶対に無罪にしてよ。
紹介したの私なんだから、有罪に
なったら顔向けできないよ」
「確約はできない。日本の刑事裁判の
現状はお前も知ってるだろ?」
少しくらいは知っている。
有名なのが、有罪率が99.9%という現実。
つまり、日本の刑事裁判は、ほぼ有罪判決なんだ。
逆に言えば無罪判決が出る確率は0.1%。
無罪は1000件に1件しかないことになる。
「有罪になったら、許さない。
絶対に、無罪にしてよね」
お父さんに理不尽な要求を突き付けた。
(32)
その夜。いつもの時間に就寝するも……。
ベッドの上で色々と考えてると眠れなかった。
「マジで寝むれん」
時計を確認すると、深夜2時を過ぎていた。
「もう寝よう」
これ以上悩んでも、どうにもならない。
寝不足で、明日が辛くなるだけだ………………。
あれ? ここは学校?
教室で。
未南が泣いてる。
「そうだよね。私なんか消えちゃえばいいよね」
未南は涙ながらにそう言うと。
教室の窓まで走って、窓を開けると
すぐに、その窓枠の上に飛び乗った。
「飛び降りちゃ! ダメーー!」
私は絶叫した。
「ごめんね。奈緒。もう辛いの。
生きている価値、ないから」
「死んじゃあヤダ! 生きてて欲しいよ」
「さようなら」
未南は窓枠から、外へ飛び降りた。
その数秒後に。
人が地面にたたきつけられる音がした。
私は狂ったように「あーーー!」と絶叫した。
なぜか、教室からは歓喜の声が上がる。
なんで喜んでるの? 人が死んだんだよ?
「許せない!」
こいつら、全員許せない!
「未南を殺したのは、あんた達だよ!
人殺し! 私が全員、ぶん殴る!」
私は拳を握りしめた。
そして教室の中心に立っている姫川椿の
顔を目がけて、渾身の拳を振り下ろした。
しかし、顔に当たる寸前で。
誰かが私の腕をつかんだ。
誰? と思い顔を見ると、お母さんだった。
死んだはずのお母さんが、なんでここに?
「奈緒! 暴力はダメよ。あなた、私の娘でしょ?
弁護士の娘なんだから、裁判で戦いなさい!」
お母さんにしかられた。やさしいお母さんで
怒られた記憶なんて、ほとんどなかった。
「お母さん、生きていたんだ」
胸に飛び込んで、泣こうと思い
お母さんを抱きしめにいった。
あれ? ここは家?
私はベッドの上で寝ていた。
目が覚めて。
突然、目に飛び込んできた光景は、私の部屋だった。
お母さんは? 未南は飛び降りてないよね?
ゆ、夢? だったのか……。怖い夢だった。
(33)
転校四日目の朝を迎えていた。
学校に行く準備をして家を出る。
今日の天気は、私の憂鬱な気持ちが
うつったかのような、どんより曇り空。
空を見上げた視線を、正面に戻すと。
マンションを出て、すぐ見える、道路を
はさんだ向かいの豪邸が、気になった。
表札には柄谷って書いてあった。
柄谷って? クラスメートの央弥
ちゃんの家かな? とか考えつつ。
ちょっぴり出かける時間が遅かったから。
そこから少し早歩きで、学校へ急いだ。
途中には、からたに美容クリニックがあった。
豪邸の柄谷さんとクリニック、関係があるのかな?
機会があれば、央弥ちゃんに聞いてみよ。
央弥ちゃん、バスケ部だから、友達になれるかも?
転入するとき、校長が提示した条件は、バスケ部に
入部することだった。だから、もうすぐ、央弥ちゃん
とはチームメイトになるんだ。友達になれるといいな。
(34)
急いだおかげで、早く学校に着いた。
その分、教室までの廊下をゆっくりと歩く。
教室が近づくにつれ、机の落書きが気になった。
また書いてあったら、どうしよう。ううん。
昨日、先生が怒ってくれたんだ。
今日は落書きがしていないと信じたい。
教室に入って席に向かうまでのあいだ。
心臓の鼓動が、ドキドキと高鳴った。
あっ!
今日は書いてない!
未南の机を見て、ホッと胸をなで下ろす。
自分の机にも落書きはない。よかった。
そう安心して、イスに座ると。
間もなく、教室にぽつんといるよで
寂しい気持ちになった。
今日は未南は休みなんだよね。
てっ、ことは、今日はひとりぼっちだ。
だって、まだ他に友達いないもん。
寂しいな……。前の学校なら。
学校に行けば、誰か友達が居て。
朝からワイワイガヤガヤって感じだった。
毎日、すごく楽しかったな。
この学校に転校する前のことを考えて。
少しセンチメンタルになってしまった。
(35)
朝のホームルームが始まり。
高木先生が出欠席を確認している。
「今日のお休みは、修倉さんだけですね」
先生が教卓に出席名簿を置いた。
未南は登校拒否なんかじゃぁないからね。
欠席理由を、誤解されないかと心配になった。
私は事情を知ってる。けど、他の子は知らない。
「みなさん、来週から,テスト週間に入ります。
それにともない。一年生のときの、全生徒の
成績が載った順位表を配りたいと思います」
へー。そんなことするんだ。珍しい。
漫画なんかでは、たまに成績上位者が
掲示板に貼り出され、”またお前が1位かよ”
とか、”すごいね、○○くん、1位だよ”
とか、そんなセリフがあったりするけど……。
高木先生から配られたプリントが手元にきた。
来るや否や興味津々で目を通す。
1位 修倉未南
2位 姫川椿
3位 柄谷央弥
4位 野村由香子
成績トップは未南だった!
39位 榊田真紀
40位 和田萌奈
下位は、ヤンキーっぽい二人だった。
「1位は修倉さんです。全試験で1位でした」
わぁー、未南すごーい。
「成績40位までの人がこのクラスに入れました。
来年の選抜クラスの定員も、40名です。
41位以下の生徒は、選抜落ちになります。
他のクラスの生徒も選抜入りを目指しているので
負けないように、頑張って勉強してください」
そうなのか? がんばらないと……。
目指せー、1位。マリ女のセンター!
てっぺん取らせていただきます。
(36)
ホームルームが終わって、先生が退室する。
その直後、一気に教室が、にぎやかになった。
話題は成績のことかな?
私だって未南がいれば……。
1位なんて、すごいね! とか言ってたと思う。
ひとり、物思いにふけっていると。
「あれあれー? 未南は登校拒否なのかなぁ?」
一瞬、自分が聞かれたのかと思い、顔を横に向けた。
未南の机の前には、二人の女子生徒が立っていた。
一人は、茶髪のヤンキー女、榊田(さかきだ)だった。
「じゃあ、もう学校来ないかもよ? だったら受けるうー」
もう一人の黒髪の子が、そう返事した。
「ねえ? 花瓶でも置いとく?」
榊田が聞いた。
「おお! それ、いいねー」
教室の隅にある、花の飾ってある花瓶を
榊田が持ってきて、未南の机の上に置いた。
「キャハハ。最高ー。マジ受けるんだけど!
これじゃあ、亡くなりましたじゃね?」
榊田の声が教室中に響き渡った。
「ホントだね。アハハハ!」
はあ? ふざけるなぁーーー。
榊田たちのやりとりに、ムカッときた。
信じられない。小学生じゃあるまいし。
やっていいことと、悪いことの区別がつかないの?
怒りを抑えられず。私は口出しした。
「悪ふざけは、やめなさいよ!」
「あ?」
二人が私をにらみつけた。
榊田が眉を吊り上げるのを見て
私も負けじとにらみ返した。
「ウザッ。なに怒ってんの? 冗談よ、冗談」
榊田は、悪びれる様子もなく、そう言った。
「ホント、マジでウザい。生意気な奴ね。
なんで、あんたは、転校生のくせに
選抜クラスにいるの? おかしくない?」
黒髪の子は、逆ギレしている。
「決めたのは学校だし、それに……。
前の学校では成績トップだったからね」
負けまいと毅然とした態度をとった。
「あなたが1位? どうせレベルの低い学校でしょ?」
榊田が、私を馬鹿にしたような態度をとった。
その態度に多少、ムカッとくるも
冷静に! って心の中で思った。
「特進クラスだったし、偏差値は良かったよ」
トップクラスの進学校ではないが。
とりあえず、そう返事した。
「そうなの? そうは見えないけど? 頭悪そう」
お前に言われたくねえよ!
お前が一番頭悪そうだろ!
もう、売り言葉に買い言葉だ!
「この学校って、お嬢様学園って言われているから。
上品な子ばかりだと思ってたら、下品な人ばかり」
皮肉をたっぷり込めて言った。
「あん? あんま、調子乗んなよ! ぶっころすぞ」
挑発的な物言いにカチンときた榊田にすごまれてしまう。
ヤバい。キレたな。マジでヤバいことになりそう。
険悪な 雰囲気となり、これ以上、変なふうに
こじれるのを嫌った私は、花瓶を手に取った。
「こういう、幼稚なことはしないでください」
冷静に、そう言って、花瓶を元の位置に戻した。
もうこれ以上何も言わず、二人は席に帰って行き
この場は丸く治まった。
(37)
その後。最初の授業が終わって、休憩時間になった。
一人ぼっちの休憩時間はとても寂しく、辛かった。
みんなが楽しそうにしていると、余計に寂しい。
机に、じっと座って、黙って待ち続けるのって
たった10分でも苦痛に感じた。
「学年トップとか自慢かよ?」
「調子に乗ってるよね、あいつ」
「むかつく、いい子ぶってるしー」
「あの子、みんな嫌ってるよね」
「シカトだね。話しかけられても無視しろって」
「ああ、そうだね。無視、決まったもんね」
「全員、賛成だよね。」
「反対できるわけないじゃん。あの人には逆らえない」
「そうだよね。嫌われるの怖いよね」
「シッ! あの人に聞こえたらどうするの?
ヤバイよ。もうやめよ。この話……」
あれ?
クラスメートの会話に耳が反応していた。
この声は地味子の三人かな?
なんの話だろ? 私のこと話してる?
話は途中で終わってしまったけど
気になるな……最後の方の会話……。
まるで、このクラスに、いじめを主導する
リーダーが存在するかのような会話だった。
(38)
次の授業が始まった。授業中も
さっきの会話が気になってしまう。
あの人って、誰のことなんだろう?
私のことを無視しろって言ったのは。
未南をいじめてる人と同一人物なの?
それって? 椿? 萌奈? 榊田?
パッと頭に浮かんだのは、この名前。
椿はクラスのリーダー的存在だから。
ひょっとすると、彼女かもしれない。
でも椿って時々、私に優しいよね。
萌奈はどうだろう? 椿とは違って
私のことを、嫌っている気がする。
私や未南をいじめる動機もあるし
萌奈がいじめのリーダーかもしれない。
由香子は? 急に名前が浮かんだ。
由香子の可能性は低いかな?
それだったら榊田の可能性の方が高い。
地味子たちが恐れていたのは榊田か?
ヤンキーにビビッているのかもしれない。
でも未南をいじめる動機ってあるの?
ああ! 痴漢事件があるか?
ヤンキーなりの正義ってのがあるのかも。
なんにしても、まだ未解決のいじめ事件
があるから、早く犯人をみつけないとね。
「川上さん!」
先生に呼ばれた?
「はい!」
「答えてください」
「――?」
何を答えるの?
ヤバっ! 問題、聞いてなかった。
ハハ、授業に集中しないとね……。
(39)
授業が終わった、自由時間だい。
一気に教室がにぎやかになる。
でも私には……。
誰も話しかけてこないや。
みんな嫌ってる?
完全に孤立して。
ぼっちになった私に。
孤独が襲ってくる。
涙が出そうなほどの寂しさが込み上げてくるから。
どうにか、周りにさとられないようにしようと思って。
スマホを取り出した。
寂しさをまぎらわすためにね。
孤独という魔物と必死に戦う。
スマホは孤独と戦う、現代の神器だ。
スマホは盾か? それとも剣か?
いやいや、魔法かもしれない。
スマホよ! 十分間でいいから。
孤独という魔物から、私を守ってくださいな。
なーんて、なに言ってんだか……。それより
自分から誰かに話しかけようかな?
それがいい! って……誰に?
パッと目に入ったのは椿だ。そういえば。
昨日の食事のお礼、きちんと言ってないや。
そうだ! いまから言いにいこう。
椿は、萌奈、由香子と一緒に教室にいた。
テクテク歩き。椿たちに話しかける。
「おはよう、椿! 昨日は、ありがとう。ごちそうさまでした」
「おはよう、昨日は楽しかったわね。
また機会があれば、一緒に食事しましょう」
「うん、また誘ってね」
「それよりツバキ会には入る気になったの?」
椿はいきなり、その話題を持ってくる。
それ、昨日、断ったばっかりじゃん。
「ごめんなさい。ツバキ会には入りません」
未南の友達はやめられないからね。
私は、そう返事した。
「うちらの仲間に、なりたくねーのかよ」
萌奈がヤンキー口調で言った。
「入らないなら、仲間に入れて、あげないから」
椿は冷たく言うと、口元に笑みを浮かべる。
そんなぁ……なんで、そんな意地悪するの?
うつむいたまま、沈黙していると。
「いきましょう」
え? え? 椿? もっと、話をしようと思ったのに。
椿たちは、席を立って、教室を出て行ってしまった。
あらら、なんだか、すごく寂しい気持ちになってしまった。
(40)
時刻は、昼の12時30分をまわっていた。
食堂は、たくさんの生徒で、ごった返している。
毎日、混雑してて、ちょっと大変です。
ビュッフェ形式なので。
自分で料理を皿に盛り
空いている席に着いた。
周りの生徒は楽しそうに会話を
しながら食事をしている。
未南がいないため、私は一人で食事。
正直、すごく寂しいなあ。
でも私が転校しなかったら。未南は
ずっと、ひとりぼっちだったのかな?
それを考えると、いいタイミングで。
私は転校してきたってことだよね!
食べ始めて、しばらくたったあと
「ここ、空いてる? 座ってもいい?」
と、ふいに尋ねられた。
「いいよ」
と返事をして、顔を上げる。
あっ! 央弥ちゃん!
私の正面の席に座ったのはクラスメイトの
柄谷央弥ちゃんだった。
「央弥ちゃん。友達も来るの?」
「こない。私だけ。あなたと二人で、話したかったから」
「え? 私も、そう思ってた。友達になりたいって」
「ああ、そんなんじゃないから、ただ話がしたかっただけ」
活発そうに見えたけど、案外クールな印象を受けた。
「私、あなたのこと知ってる。転校してくる前から」
「え? どっかで央弥ちゃんと、会ったことある?」
「会ったことないけど。ウインターカップの
あなたのプレーを、テレビで見てた」
「ああ、そういうことか!」
納得って感じで思わず、手を叩いてしまった。
「テレビの中でしか見られない人が、まさか
目の前にあらわれるなんて、ビックリした。
私、あなたのファンだったのよ」
ファン?
いや、いや。私なんて、ポッと出のルーキーだよ。
「同じ一年生なのに、すごい選手だなって思ってた。
あなたのチームも強かった。それなのになんで?
うちの学校なんかに、わざわざ転校してきたわけ?
前の学校よりレベルの低い学校に来る意味あるの?」
転校してきた理由は……。
「お父さんと一緒に暮らすためだよ。
最初にお父さんが単身で引っ越して
親子、別々に暮らそうとしたけど。
お父さんが悲惨な生活してたから
私も、あとから引っ越してきたんだ」
「それだけの理由? そんなことのために
転校してきたの? 馬鹿げてる」
馬鹿げてるって……。
「私ね。お母さんが、子供の頃に死んじゃったから
お母さんの分までお父さんを支えようと思ったの」
「ああ、そうだったの? 事情も知らずに
ちょっと言い過ぎかも。ごめんね。
でもまだ間に合うなら、前の学校に
戻った方がいいわ」
「戻れって言われても無理だよ。
バスケはこの学校でも続けられる。
セントマリアって結構強いんでしょ?
去年のインターハイ予選ベスト4って
面接の時に、校長先生が言っていた」
央弥ちゃんが、即座に首を左右に振った。
「問題はバスケだけじゃない。
むしろこっちの方が問題ね。
あなた、今のクラス、どう思う?
正直に答えて……」
「どうって? そりゃ。いじめとかあって
よくないとは思うけど……」
「私から言わせれば。正直、最悪のクラスね。
だって姫川がいるから。あいつ、大嫌い。
親が大企業の経営者っていうことを
利用して子供の頃から女王様きどりよ。
この学校の子はね。親が社長って子や
重役って子がたくさんいて、その多くが
姫川の会社と関係してて、そういう立場を
利用してクラスを支配しようとしている」
「親が偉いからって、関係なくない?」
「私は姫川と中等部でもクラスメイトだった。
昔ね。中学時代の姫川と大喧嘩した子がいたわ。
横暴な態度で同級生に接する、あいつにキレたの。
そのうち、姫川の親まで出てくるほどになった。
姫川の親は怒って、相手の親は平謝りだったそうよ」
ほう。子供の喧嘩に親がね・・・。
「その子の親は姫川の会社と取引していた小さな会社の
社長だった。それを知った姫川は、取引をやめるように
親に言ったらしく。その子の会社は、のちに倒産したわ」
えっ? マジ? それが本当ならひどい話だ。
「ひっどい話だね」
私が、少し怒り気味に言うと
央弥ちゃんは唇を噛みしめた。
「その子……。私の親友だった」
え?
「この話は、親友のことだったの?」
央弥ちゃんはコクリと、うなずいた。
「その子は、もうこの学園にはいない。
お金がなくて高校に進学できなかったの。
中学時代はバスケ部で。セントマリアの高等部に
行って一緒にバスケをしようって約束したのに。
でも、中学三年の終わりごろ会社が倒産して多額の
借金を負い、あの子は遠い町へ引っ越して行ったわ。
私は、今も姫川が憎い。絶対に許せない」
「そうか、過去にそんな悲しいことがあったんだね」
「あいつは、今、自分の友達さえも、いじめ。
この学校から消し去ろうとしている……。
誰からも優等生と思われてる奴がいじめよ。
優等生が聞いてあきれる。騙されないで
あいつは邪智暴虐の最低な人間なのよ」
「えっ? いじめは、椿が?」
未南は親友だった椿に、いじめられてるってこと?
「そうよ。いじめのリーダーは姫川椿よ!」
「えええっーーー」
謎は解けたって感じがした。
朝から疑問に思っていたことの
答えをあっさりと出してくれた。
「そうなんだ。すごいショック……。
椿は未南の親友だったんだよ」
「二年生が始まった、最初の頃は仲良くしていたよ。
ある日、突然ハブられて、いじめられるように
なった。そのあと、修倉先生が痴漢で逮捕されて。
あっという間に、クラス全員から、いじめられる
ようになっていった」
「未南が仲間はずれになったのは、テニス部の
いじめを、修倉先生に、告発したからだよ!
それで恨みをかってしまったみたい」
「それは、噂で聞いてる。あいつはテニス部でも
後輩、いじめてたってね。退部させられて当然」
「若干、可哀想な気もするけど。逆恨みだよ。
未南は、なにも悪いことしてないんだよね。
会社でも正義のために内部告発をした人が
いじめられたり、左遷されたりすることがある。
もっとひどいと、解雇なんてこともあるらしい。
まったく理不尽な話だよ」
「悪いことやっている奴等には、いずれ天罰が下る。
今、未南を、いじめてる奴も、そうなるよ。
姫川、それと、いじめてるクラスメイトたち……。
私が必ずいじめの事実を、おおやけにしてみせる」
「うん、私も協力するよ」
「あなたは、前の学校に戻りなさい。
いじめの被害者になりたいの?
大変なことになるよ」
「私もいじめと闘う!」
「あなたも、いじめの標的になっているのよ」
「私は、未南の友達だから、一緒に闘う」
「友達って昨日今日なったばかりじゃない?
逃げたって、だれも卑怯だと,思わないよ」
「何があっても逃げない。だって約束したから。
未南と約束したんだ……守るって……」
「わかったわ、あなたに、それほどの覚悟あるなら
もう戻れ、なんて言わない。でも無理はしないで
私も仲間よ。本当に辛いときは、頼ってね」
「うん」
私と央弥ちゃんは、固い握手を交わした。
闘おう、いじめと……。私達は、負けない。
(41)
この日の学校が終わる。
帰りのホームルームのあとの
清掃が終わって放課後になった。
この学校では清掃後に
自主解散するみたいだ。
清掃は、名簿でグループ分けされ
私は席順から2班に入った。
同じカ行の、柄谷央弥ちゃんとは
同じグループだった。
掃除が終わって解散後
央弥ちゃんに声をかけた。
「央弥ちゃんは、これから部活?」
「うん、部活だよ。バスケ部。
奈緒はいつ入部するの?」
「中間試験が終わってから」
「試験期間中は部活ないからね。
そのあとの方が、いいかもね
なんなら、ちょっと見学する?
それとも帰る?」
「ああ、うん。ちょっと別の用事が……。
テニス部のこと少し調べようと思って。
いじめと闘うと言ったけど
知らないこと、まだ多くて」
「意外と行動力あるのね。
テニス部の場所わかる?」
「わからない……」
「ちょっと待って、ここから
見えるわ。おいで」
掃除していた中庭から、一緒に
歩いて、グラウンドに向かった。
「あそこよ、あの大きな建物が
テニスコート」
央弥ちゃんが指差す方向を見る。
「室内練習場?」
「そうよ。姫川の父親の寄付で建設
された。親バカよね。娘のために
普通あんなの作る? あの子。
ほんと甘やかされてるわ」
「すごいな。やっぱお金持ちなんだね。
ありがとう。あとで行ってみるよ」
(42)
それから教室に戻って、再び校舎を出た。
時刻はすでに15時50分を過ぎていた。
テニス部のいじめのこと。もっと知りたい。
被害者に会って直接、話を聞きたい。
そんな目的があって、テニスコート場に向かった。
テニス部! いじめ事件!
とりあえず、まぁ、整理してみよう!
丸1! 未南と椿は、親友で、同じテニス部員だった。
丸2! 椿たちと先輩が一年生(新入部員)をいじめた。
丸3! 未南は、いじめをやめるように言ったが、無視された。
丸4! 未南が、監督であるお父さんに告げ口した。
丸5! いじめた人達は、テニス部を退部させられた。
丸6! 椿たちは、それを逆恨みして。未南を仲間外れにした。
まぁ、ざっと、こんなもんかなぁ……たしか。
校舎から少し離れた場所にある大きな建物。
「ここだよね?」
央弥ちゃんが教えてくれた場所には
立派な室内テニスコート場があった。
入り口には寄贈と書かれたプレートが貼られ
姫川椿の父親による寄付で建設されたことが
書いてあった。
関係者以外 立ち入り禁止 と書いてあって。
中に入るのを、少し躊躇(ちゅうちょ)するも
意を決して建物の中に入った。玄関を抜けたら
ロビーがあって。そこから練習場に入ると
テニスコート7面分の広々とした空間に驚く。
あれれ?
ほとんど人いない……。
来るの早すぎた?
話を聞くには丁度いっか。
部活が始まってたら話も聞けまい。
声を掛ける相手を、少し迷って
「ちょっと聞きたいことがあるけど
いいかな?」
テニスウェアを着た少女に声を掛けた。
「はい、なんですか?」
おそらく一年生ではないかと思われる
その少女は、まだ、あどけなさが残る
ポニーテールの似合う可愛い子だった。
えーと。まずは自己紹介から。
「あの私、修倉未南の友達で
川上奈緒って言います」
「修倉先輩の友達なんですか?」
少女は、頬(ほお)をほころばせた。
笑うと、途端に子供っぽい顔つきになる。
「うん。クラスメートだよ。立ち話もなんだから
まずは、そこのベンチに座ろうか?」
「あっ、はい。そうですね」
そう言って。
少女がくるりと体の向きを変えると
白いテニススコートがひらりと舞った。
壁際に置いてある長イスに、二人並んで腰掛けた。
なんて切り出すか、少し迷うも、単刀直入に聞いた。
「聞きたいことは、テニス部であった
いじめの話なんだけど……。
それは本当の話なのかなぁ?」
「え……」
少女から急に笑顔が消えて、うつむいてしまった。
「無理しないで。話せる範囲でいいからね」
優しく声をかけた。
「いじめは……いじめは、ありました。
先輩から、いじめられて、いました」
少女は、ゆっくりと途切れ途切れに話した。
「先輩から、どんなことされたの?」
「先輩から腕立てを50回やるように言われ。
それができない子は、大声で怒鳴られたり
ラケットで、お尻を叩かれたりしていました。
私は、腹筋連続50回ができなくて
何さぼってるの?しっかりやりなさい
って言われて、わき腹を蹴られたり
おなかを、足でふまれたりしてました。
泣いちゃう子とかいて、泣いてると
泣けば許されると、思っているの?
とか怒られて、もっと厳しくなったり
もう帰っていいよとか、言われたり
すごく可哀想でした。毎日。とにかく。
練習が厳しかったです。まだ入部した
ばかりなのに、すでに何人かは辞めたい
とか言っていました」
私は、精一杯しゃべっている少女の言葉に、
何度も何度も、うなずきながら真剣に聞いた。
「辛かったね。もう今は、いじめ、なくなった?」
「はい、いじめはなくなりました」
「テニス部、全体がそんな雰囲気だったのかな?」
「先輩も同じようなことを、されていたみたいです。
厳しいのは、テニス部の伝統って言ってました」
「いじめは先輩、全員が関与していたの?」
「いいえ。まったく、しない先輩もいました。
今、このテニス部にいる先輩がそうです」
「いじめが原因で退部させられたって聞いたけど
退部した姫川さんや和田さんもやっていた?」
「いじめは姫川先輩と和田先輩もやっていました。
二人とは中等部の時も、チームメイトでした。
昔は、やさしくて、面倒見のいい先輩でした。
テニスは上手だし、お金持ちで綺麗だったので
私達、後輩にとって先輩達は憧れの存在でした」
「そうなんだ……」
やはり、二人もいじめていたのか……。
「野村由香子は? あっ、野村さん」
「野村先輩は、自分から率先してやるんじゃなくて
姫川先輩や和田先輩に促されてやってる感じでした。
二人に言われたら逆らえないって感じに見えました」
「未南、いや、修倉さんは、どうだったのかな?」
「修倉先輩は、ほとんどいじめに関与してない
と思います。ただ見ていただけでした。いや。
むしろ、いじめを止めようとしていました」
ふぅ――――……。
心に大きな安堵感があった。
未南は後輩をいじめてなかった。
ここで、話を終えようとも考えたが
さらに質問を続けた。
「先生に言ったの、修倉さんみたいだけど
自分達からは先生に相談できなかった?」
「はい……。先輩達が怖くて言えませんでした。
勇気がなかったんです。先生にも、先輩にも
何も言えませんでした」
少女が、目を伏せた、かと思えば
今度はその大きな眼(まなこ)で
私をじっと見つめてきた。
「言わなくちゃ、いけなかったんですよね?
もう私は、絶対にいじめを、許しません。
もうこんな辛い、負の連鎖は、私達で
終わりにします。もし誰かが、いじめを
してたら、絶対に止めます」
少女は、はっきりと言い切った。
その言葉、一つ一つに強い決意を感じた。
「そうだね。いじめは絶対にダメだね。
あなたの言うとおりだよ。これから
テニス部が良い方向へ向かうように
祈ってるよ」
私は少女に優しくほほ笑みかけた。
「はい! 頑張ります! 自分達で
テニス部を変えます!」
少女は目を輝かせて言った。
「あの私、これから部活の準備のために
ボール運んだり、ネット張ったり
仕事が色々あるんですよ…………」
「ああ、そうなんだ。忙しいのに、ごめんね」
「いえ、それでは失礼します」
「本当にありがとうね」
少女は私に一礼してから、仲間の所へ
走って行ってしまった。
私は、しばらくしてイスから立ち上がった。
「さあ、帰ろう」
出口に向かって歩き出した。
練習場を出て、しばらく歩くと。
おや、これは……。ロビーの一角で足を止めた。
そこは、ちょっとしたギャラリーになっていた。
私は興味深げに覗き込む。
そこには賞状やトロフィーが多数並べられ
テニス部の功績の数々を物語っていた。
あっ! 未南だ。未南の写真だ。
テニスウェア姿の写真パネルに目を留める。
その下には全国大会優勝の賞状やトロフィーがあった。
写真パネルの横に書いてある、説明書きを読んだ。
シングルス全国優勝はセントマリア女学園テニス部に
とって初の快挙のようだ。
すごいなぁ……未南。
感心して眺めていると……。
「あんた、何やってんの?」
女性に声をかけられた。
誰? と思い、顔をそちらに向けた。
声の主は姫川椿だった。
椿、萌奈、由香子の3人はテニスウェア姿で
肩にはテニスラケットのバックをかけていた。
「ちょっと、用事があって。そっちこそ
なんでここにいるの? テニス部を
退部になったんじゃないの?」
「今日からテニス部に復帰するのよ。
インターハイ予選も近いし、これ以上
休んでいられないわ」
椿が、そう答えた。
「ん……? 退部処分は?」
「そんなの、なしなし。関係ねえよ。
取り消しだ。未南のクソ親父が
勝手に決めたことだからな」
萌奈は可愛いけど、相変わらず口が悪いなぁ。
「10年以上連続で出場してきた
インターハイに、危うく出場
できなくなるところだった。
そんなことになったら、私に期待
してテニスコートを作ってくれた
お父様に申し訳がないわ」
椿が不満そうに口を尖らした。
「退部させられたのは、いじめをしてた
椿たちが悪いんじゃないの?」
「もう。いいかげんにしてくれない?
いじめてないって言ってるでしょ?
そんなふうに言われるのは不愉快よ!」
椿が、ひどく憤慨している。
おかしいなぁ?
先ほど、少女は、椿や萌奈もいじめてたって
言っていた。少女の証言と矛盾する……。
「さっき、部員から話を聞いたら
いじめを受けたって言ってたよ」
椿に、あらためて、その事実を突きつける。
「誰よ? そんな嘘を言ったのは?」
「嘘じゃないと思うよ? いじめの
具体的な内容も聞いたんだけど」
「私たちはね。厳しく指導してただけよ。
去年、先輩たちがしたことと同じことを。
厳しいのは、このテニス部の伝統なの。
定年退職した前監督も厳しい人だった。
私たちは去年、厳しい練習に耐えたのよ。
あの程度でいじめとか、軟弱すぎるわ」
「そうかもしれないけど、された後輩の
方は、いじめられたと認識してるんだよ。
自分達がやったことを素直に反省し
改善しようという気持ちはないの?
名門野球部だっていじめや暴力が原因で
廃部になっているところだってあるのよ」
「私は先輩に言われたとおりに後輩を指導
してただけ。その行為は一点の曇りなく
妥当なものだったと思ってる。強くなる
ためには、しごきや体罰だって必要なん
じゃないかしら?」
椿には、反省の心が、微塵も無いように感じられた。
「椿……その考えには賛同しかねるよ。
私は、しごきや体罰が必要だと思わない
あなた達は腕立てが出来ない子のお尻を
ラケットで叩いたり、腹筋ができないと
おなかを蹴ったりしてたそうじゃない。
それのどこが妥当な指導と言えるの?」
「ずいぶん詳しいのね。でもそれやったの
私じゃないわ、私は、ただ見てただけ」
「見てたなら、なんで止めないの?」
「なんで? 正直、面白いじゃない。
もっとヤレって思ったわ。痛がる
後輩を見るのが楽しかった」
椿は無邪気な笑みを浮かべた。
予想外の返事に、私は戸惑いを感じた。
面白いだと? 面白いとは、なんだ!
被害者の身にも、なってみなさいよ!
いじめられた方は、どんなに苦しんで、
悲しんで、傷ついていると思ってんの?
ここは怒るべきか?
いや、冷静になるべきか?
どうするか? 迷った。
「もう行こうよ、椿。こんな奴、ほっといてさぁ」
私と椿のやり取りに萌奈が、じれた。
「そうね。もう行きましょ。これ以上
奈緒と話しても、時間の無駄だわ!」
「ちょ……待って」
まだ話の途中なのに……。
椿が行ってしまう。
引き止めよう!と思い。
「未南も練習に参加していいの?」
とっさに思いついたことを口走った。
未南はお父さんが逮捕されてから
一度も部活に出ていないと言っていた。
「はぁ!?」
椿は、なに言ってるの?
って感じの表情で私を見た。
「ほら、未南。全国大会で優勝したってね。
すごい、すごいよね。尊敬しちゃう」
私は、優勝の写真パネルを指さし
少し大げさに、はしゃいで見せた。
「なんで、あの子なの? 私じゃなくて……。
個人戦の代表に、なんで未南が選ばれるの?
実力は伯仲してたはずなのに……。監督が
私を選んでくれていたら、優勝してたのは
私だったかもしれないのに。すごく悔しい。
未南なんか消えちゃえばいいのよっ!」
椿は目を潤ませ、ヒステリックに叫んだ。
「――――?」
本音を吐露され、私は、たじろいだ。
「そうだよ。椿の言う通りだよ。
優勝した時、おめでとうって
言ったけど、本当はすごく
すごく悔しかった。周りから
チヤホヤされて有頂天になる
あいつを見てるとムカついて
あいつのいないところで悪口
言ってた……」
椿の考えに萌奈も同調した。
「そんな、ひどいこと言わないでよ!
優勝したこと、素直に喜べないの?
未南は、友達でしょ?
親友だったんでしょ?」
私は二人の考えに異議を唱えた。
「このさいだからハッキリ言っておくわ。
あいつはもう、親友でも友達でもない
あいつは私達を裏切って、傷を付けた。
大嫌いよ! もう仲間でもなんでもない。
未南に伝えておいて……テニス部には
もう来ないでね、てねぇ」
「椿の意見に賛成――! 未南なんか
もう友達でもないでもねーし。正直
早く学校やめてくれって感じだよ」
そんな風に言わないで欲しい。
椿たちの、その言葉で……。私の胸は……。
ズキューンと弾丸が貫いたくらい痛かった。
「未南は、私の友達だから、悪く言わないで!」
こんな気持ちになるくらいなら。
余計な事、聞かなくてもよかったな。
「友達やめなよ。あいつは疫病神だ。
あの子には近づかない方がいいよ。
きっとお前も、未南に裏切られるわ。
あとで後悔しても知らないからね。
ハハハ、ハハハ、ハハハ はぁーあ」
椿は声高らかに笑った。
「フッ。さあ、もう行きましょう。」
笑い顔から急に真顔で、そう言うと
椿は萌奈、由香子と一緒に、テニス
コート場の方へ行ってしまった。
最後に言った事、どういう意味?
意味がわからず、しばらくのあいだ
その場に呆然と立ち尽くしてしまった。
私は、ふと未南のことを思い浮かべた。
未南の笑顔が思い浮かんだ。
奈緒と未南は、ずっと友達だよ!
何も迷うことなんてないよね。
信じたその道を 私はゆくだけ!
意を決した、私は、歩き始めた。
(43)
校門を出たときには、16時30分を過ぎていた。
未南が、私のお父さんに会うのって
午後2時の約束だったよね?
……ということは……
まだ法律事務所にいるのかも?
そう思い、足早に家路を急いだ。
数分後、自宅マンションに帰って来た私は
自宅には行かず、一階にテナントしている
川上正義・法律事務所に入った。
入ってすぐ。
「あっ。奈緒ちゃん。お帰り」
細身で利発そうな若い女性に声をかけられた。
「ただいまー、美鈴さん。お父さんに
用事があって、直接来ちゃいました」
「あっ、そうなんだ」
「おじゃましまーす」
若い女性は、松岡美鈴、25歳
父の事務所で働く新米弁護士だ。
私の好きな女優に似ていて
超美人で、スタイルの良い。
華のある可憐な人だった。
気さくな人だから、すぐに友達になっちゃた。
お姉ちゃんができたようで、すごく嬉しい。
中に足を踏み入れると、新築特有の匂いがした。
コピー機やパソコン、机やイス、書類の棚など
ありとあらゆる物が、新品で揃えられていた。
この空間に二人だけでは、やや広く感じた。
まだスタッフは、お父さんと美鈴さんだけで
美鈴さんは弁護士兼事務員として働いている。
現在、事務員は募集中との事。
「お父さん!」
お父さんは、美鈴さんの向かいの席に居た。
応接室にいないから、もう未南は帰ったのかな?
などと考えつつ。
「未南、来た?」
お父さんにいきなり本題を切り出す。
「来たよ」
「何時ごろ帰った」
「4時頃、帰って行った」
「どうだった?」
親子らしい素っ気無い会話が続いた。
「ああ……」
お父さんは両手を目の前で組み、鋭い眼光を見せた。
「二人とも、物凄く、美人だった……」
いつになく真剣な表情で、的外れな返事をした。
「はぁ?」
ばーろー! そんなこと聞いてねーんだよ!
ちょっとコナンくんっぽく、心で叫ぶと。
毛利小五郎にキレる、毛利蘭の心境になった。
「未南ちゃんって、すごく綺麗だったなぁ。
お母さんが、これまた、美人でさぁ。
二人とも清楚で品が良くて、素敵だった。
いやあ、もう、感動したよぉ」
打って変わって。一転、ハイテンション。
お父さんはパァっと明るい表情に変わり
早口でまくし立てた。
「ちょっと、お父さんっ! そんなこと
聞いているんじゃないよっ!」
「おお、すまん、すまん。もちろん
依頼は受けたよ。美人の依頼は
断らない主義なんだ」
父の態度に、ちょっとだけ、イラッとした。
「あんまり、ふざけないでよ!
未南の家族にとっては深刻な
大問題なんだから」
「ああ、かつて痴漢事件の裁判を
したことがあるが、本人とその
家族は随分、辛い思いをして
いたな。まあ、その裁判は無罪
になったからよかったけど……」
「裁判で無罪になったの?」
「目撃者がいてね。裁判で証言して
くれたのさ。彼は痴漢をしてない
とね」
無罪判決の事例を聞いて。
希望の道が開けたような気がした。
「今回の事件は目撃者はいないの?」
「未南ちゃんの話では、無実を証明
してくれる目撃者は、今のところ
いないようだ」
あらら。一気に道が閉ざされた気がした。
「いない?」
「ああ、未南ちゃんは、そう言ったぞ」
あれ? 誰か目撃者がいるって言わなかった?
由香子だったかなぁ?
由香子の証言を……思い出せ……。
あれは、たしか、転校初日……。由香子はこう言った。
でも、痴漢したって言う目撃証言もちゃんとあるのよ?
あっ、これだ! 思い出した!
「痴漢を目撃した人はいるって!
クラスメイトが言っていたよ」
「そうなのか? まだ、そこまで
詳しいことはわからないんだ」
「ふーん。そうなんだ」
そうか……。
これは、無罪を証明する目撃者じゃなくて
有罪を証明する目撃者だ。それじゃあダメだ。
今、必要なのは無罪を証明してくれる目撃者なんだ。
「探した方がいいよね。目撃者。
どうやって探せばいいの?」
「ビラを作って、配るのが一番
手っ取り早いかもな」
「おお、それだ! 私が作るよ。
早めに行動した方がいいよね。
無実を証明して、一刻も早く
留置所から釈放させてあげたい」
「やる気満々だなぁ」
「友達の家族が困ってるんだ。助けてあげなくちゃ」
「試験が近いんだろ? あんまり無理するなよ」
「大丈夫! 勉強も、ちゃんとするから!」
私の言葉に。お父さんは笑顔で、うなずいた。
「ここで作ってもいいでしょ? パソコン貸して」
「俺の机のパソコン、使っていいよ。
俺は今から外出するから……」
そう言って、お父さんはイスから立ち上がった。
「どこ行くの?」
お父さんに聞いた。
「警察だよ。未南ちゃんのお父さんに、接見してくる」
「面会時間、終わってない?」
「俺は弁護士だから問題ない。逮捕されてから
日数が経ってるし、早めに会っておきたい」
あっ! そうか!
弁護士であれば24時間、いつでも接見できるんだ。
弁護士以外では、たとえ家族であっても被留置者は
一日一回、15分から20分程度しか面会できない。
しかし弁護士だけは、曜日や時間にかかわらず
何度でも、時間の制約なしで接見ができる。
「そうだね」
納得した私は、お父さんのイスに、腰掛けた。
「と、いうわけだ。美鈴さん、留守を頼んだよ」
お父さんが美鈴さんに声をかけた。
「はいっ! 川上先生。いってらっしゃい、お気をつけて」
美鈴さんは明るい声で、歯切れ良く言った。
私は、お父さんに大きく手を振り
「いってらっしゃい」と声をかけた。
お父さんは、小さく手を振って答え
さっそうと法律事務所を出て行った。
事務所は、私と美鈴さんだけになってしまった。
しばしパソコンを操作する音だけが室内に響く。
室内の静寂を打ち破ろうと、私は沈黙を破った。
「痴漢で捕まったら、その後どうなるんですか?」
痴漢事件のことを美鈴さんに質問した。
「ん? そうねえ」
美鈴さんは、顔をあげ、私を見た。
「痴漢で逮捕された場合、警察署に
連行され取調べを受けることになるわ。
その後、警察官の取り調べによって
司法警察員面前調書という調書が作成される」
私は、うんうんと、相づちを打ちながら話を聞いた。
「それは、あとで裁判の証拠になったりするから
間違って作られた場合、被疑者本人によって訂正
を求める必要がある。痴漢事件は無理やり痴漢の
事実を作られてしまうこともあるからね」
「結構、強引な取り調べをするって話ですけど」
「警察による強引な取調べや、自白の強要。
都合のいいように作られる調書は大きな
問題になってるわね」
「ドラマでも、お前がやったんだろ! って
シーンありますもんね」
「強要された自白は証拠にならないし、冤罪事件
を産むことになりかねない。袴田事件では1日
平均12時間、最長で17時間の取調べを受け
自白を強要する暴行や威圧があったそうよ」
「ひどい話ですね」
「痴漢事件の問題点は、物的証拠がなくても
被害者の証言のみで、逮捕、起訴、有罪に
できてしまうことかしら」
「間違えられて捕まるケースもあるよね?
捕まってから、本当にやってないって
無実を訴えても、ダメなんですか?」
美鈴さんに質問した。
「犯行を否認してもね。勾留されてしまうわ。
その後も、犯行の否認を続ければ、最長で
23日間、身柄を拘束されることになるのよ」
「逆に、罪を認めた場合は、どうなるんですか?」
さらに質問した。
「罪を認めた場合は、示談が成立すれば
不起訴処分になる場合もある、たとえ
示談できなくても、迷惑防止条例違反
であれば罰金で済む場合もあるわ」
「それで釈放ですか?」
「そうね。釈放になる可能性はあるわね」
「痴漢を否認してた場合、いつ釈放されるの?」
「不起訴になれば、勾留満期後に釈放ね。
もし起訴されてしまった時は、その後
2、3ヶ月、勾留されることもありえる」
「えー! そんなに長いこと!」
思わず大きな声を出してしまった。
「人質司法って言われていてね。
長期に渡る身柄の拘束が,日本
の司法制度の問題となっている」
「大変なんだなー。逮捕されると……」
「そうね……」
ここで一旦、会話は途切れた。
ワープロソフトを立ち上げたものの
気が付けば、ほとんど入力してなかった。
未南のお父さんを、救うことを
新たに決意して、痴漢冤罪事件の
ビラを作るため、入力作業を続けた。
(44)
翌日の早朝。私は登校時間より
早く家を出て、駅に来ていた。昨日
作ったビラを、未南と一緒に配ろうと
約束し、駅で待ち合わせをしたのだ。
朝の通勤通学でごった返す駅。人波を縫って
待ち合わせの場所に向って、歩いて行く。
金有駅は、私鉄、JR、地下鉄が乗り合わせる大きな駅。
この駅で未南のお父さんは痴漢の疑いで逮捕された。
待ち合わせ場所には、未南が先に待っていた。
私は、手を振りながら、未南に駆け寄った。
「未南。おはよー。待った?」
「ううん、今、来たところだよ。ホント、ありがとね。
ビラを作ってくれただけでも、ありがたいのに
一緒に配ってくれるなんて、感謝感謝だよ」
「ううん、気にしないで」
挨拶もそこそこに、かばんの中からビラを取り出した。
「これがビラだよ」
未南の前にビラを一枚、差し出した。
受け取った未南は、マジマジとビラを見つめ
「すごい。良く出来ている」と褒めてくれた。
「どこで配ろうか? 昨日からすごい悩んでた」
「どこがいいんだろ?」
聞かれた未南も首をかしげた。
どこで配るかを二人で、しばらく話し合った。
事件が発生した車内やホームとの意見も出たが
改札から出てくる人に配ることが決定した。
駅員に、そのことを確認すると、短時間で
乗客の通行の妨げにならないことを前提に
ビラ配りの許可がおりた。
駅員が、いい人で良かった!
ダメなんて言われたら、困っちゃうもん!
その後。しばらくして。
事件が起きた同時刻、同方向の電車が
到着したのを、電光掲示板で確認する。
「未南のお父さんが乗ってたの、この電車だよね?」
「そうだよ。この人たちが、改札を出て来たら配ろう」
用意したビラ200枚を、100枚ずつ、手に持ち
私は右に、未南は左に、分かれてスタンバイした。
私、ビラ配りなんて、生まれて初めて!
なんか、メッチャ、ドキドキするやんか!