***************キャスト***************
いじめられる側
・川上 奈緒(かわかみ なお)
普通の学校からお嬢様学園へ転校。
のちに罠にはめられ退学になる
・修倉 未南(しゅうくら みなん)
奈緒が転校後にできた最初の友達。
いじめによって自殺未遂に追い込まれる
いじめる側
・姫川 椿(ひめかわ つばき)
日本有数のお金持ちの一人娘。
未南の元大親友
・和田 萌奈(わだ もえな)
椿の親友。男子にモテモテ。
可愛くてお金持ちだが素行が悪い
・野村由香子(のむら ゆかこ)
姫川椿に忠誠を誓う家来のような存在。
父親は椿の会社の重役
しばらくして、人の群れが押し寄せてきた。
そのプレッシャーに胸の鼓動が高鳴る。
先頭の集団が、勢い良く改札を抜けた。
「痴漢冤罪事件の目撃者を探していまーす!」
このタイミングで声を張り上げた。
スーツ姿の中年男性にビラを差し出すも
あっさりとスルーされた。
ショックだ! でも、めげないぞ!
「痴漢冤罪事件の目撃者を探していまーす!」
それから、あとは、必死だった。
絶えず声を出し、ビラを差し出す。
その甲斐あって1枚、また1枚と
ビラがもらわれていく。
改札を出る人は、5分もすると少なくなって。
やがて……。ほとんどいなくなってしまった。
配れたのは、20枚くらいか?
未南の方はどうかな?
私は、自分の反対側にいる
未南のもとへ駆け寄った。
「ちょっとしか配れなかったよ。未南はぁ?」
「私もぉ……。そんなに配れなかった」
「まだ、たくさん余ってるね」
「もう一本、次の電車も配っていい?」
「いいよ。まだ学校、始まるまで時間あるし」
「ありがとう」
「でも、いま配った人の中に目撃者がいる
可能性ってかなり低そう。一日だけじゃ
ダメだね。また配らないと……」
「うん、でも、私達がビラを配ることが
お父さんを、勇気付けることになりそう。
お父さんは、いま、孤独な戦いをしてる。
一人ぼっちで。今度、面会に行ったら、
ちゃんと伝えるね。私達、お父さんを
救うために、頑張ってるよってね」
「うん」
(45)
ビラ配りを終えて……。
金有駅から学校まで直行。
学校へ到着するやいなや
下駄箱の前で立ち尽くす
未南がつぶやいた。
「上履きがないの……」
ええ? また、やられたの?
未南の上履きが紛失する事件が起きた!
先日のクツ紛失未遂に続いての嫌がらせ。
こんなことをして何が、おもしろいの?
ちっきしょー! 猛烈な怒りが込上げてきた。
「また、ゴミ箱かもよ?」
即座に、そう声をかけた。
「そうかも……」
二人で、以前クツが捨てられていたゴミ箱を見に行った。
しかしゴミ箱の中はカラッポだった。
「昨日の掃除で、中身を捨てたのかも?
ゴミ捨て場はどこ? 探しに行こう」
「いい。そこまでしなくても。新しく買うから」
未南から返ってきたのは意外な返事だった。
買えばいいって……。
そういう問題?
未南はお金持ちだから
いいかもしれないけど……。
「それでいいの?」
「もう一年、使ったからね。それに、ゴミをあさるの
奈緒にさせたくないし、私もしたくないから……」
そう言われてしまい。返す言葉を失った。
そうだよね……。
これ以上の屈辱を味わいたくないよね。
「まだ捨てられたと決まったわけじゃないよ。
時間もあるし、もう少し下駄箱、見てみよう」
未南の返事を聞かずに、下駄箱を見に行った。
いま下駄箱に残っている上履きの名前を
一つ一つ、目で確認する。
「名前、書いてあるよね?」
未南に尋ねた。
「う、うん、修倉って書いてあるはず」
未南の返事には、乗り気が感じられず
一歩引いて、私を見ている感じだった。
「あんた達、何やってるの?
人の下駄箱、覗きこんで」
「あっ、椿」
声に振り向くと、眼前に姫川椿がいた。
登校は一人で? 送迎の車で来てるから。
いつも三人、一緒って、わけではないようだ。
「まさか? いたずらしようって思ってないよね?」
椿が、嫌みったらしく言う。
くぅー。いやな奴。そんなことするもんか!
「違うよ! 未南の上履きが、なくなっちゃったんだよ!」
「あらそう。それは、お気の毒。朝イチから悲惨ね」
言ってる言葉とは裏腹に、椿は、ほほ笑みを見せる。
そんな椿に、いままでも何度か違和感を覚えた。
「まっ。がんばって探してね」
椿は、そう言うと、手伝う素振りも見せずに
脱いだクツを下駄箱にしまって、上履きをはいた。
「そうだ、奈緒? 未南に伝えといてくれた?」
椿が、何かを思い出したかの様に言った。
「はぁ? 何を?」
私は、意味が分からず聞き返した。
「その様子だと、言ってないようね。
だったら私が直接、言ってあげるわ」
椿の視線が、私の横を通り過ぎて、未南に向けられた。
「未南、私達ね。テニス部の活動を再開したの」
「え? そうなんだ」
椿が笑顔でやさしく語りかけると
未南が嬉しそうな笑顔を見せた。
「また、一緒にテニスができるね!」
未南が笑顔で言った。
「何を言ってるの? お父さんが
逮捕されたんだから、連帯責任で
あなたもテニス部、辞めなさいよ」
未南の笑顔は、一瞬で絶望に満ちた表情に一変する。
「ちょっと! そんなこと言う権利が、あなたにあるの?」
私は横から口をはさんだ。
「部外者は黙ってなさい!」
椿から、すかさず言い返される。
私の意見を聞き入れる様子は微塵も無いようだ。
もう、なんも言えねえ。
「それと、もう一つ。大事なことを言わなきゃね。
あなたのお父さんね。学校、首になったのよ」
ええ? もう? 解雇されてしまった?
「え? お父さんが首に?」
それを聞いて、未南が驚いた表情を見せた。
「そうよ。当然のことよ。あいつ、性犯罪者だからね」
「そんなぁ。やだよぉ。ほんとうに? どうしよう」
未南は、パニックになり、今にも泣き出しそうな声を出した。
「早く、示談にすることね。そしたら、すぐに釈放
されるわよ。まぁ、教師やめても、いいじゃない。
あなたのお爺様は、とってもお金持ちなんだから
その会社に入れてもらって、どっかの会社で後々
社長になればいいのよ。教師なんてねぇ。長時間
働く割に給料の少ない、しんどい仕事なんだから。
大企業に転職した方が、絶対に、お得よ!」
「お父さんは、教師という仕事に誇りを持っている。
大変な仕事だけど、やりがいがあるって言ってた」
「そうなの?でもお気の毒ね。性犯罪で捕まったら
教師なんてもうお終いでしょ?そんな教師に誰が
教えてもらいたいもんですか!」
椿は今にも泣き出しそうな未南に、容赦ない言葉を浴びせる。
「ううっ、うっうっ、あっあっ」
両手で顔をおおい、とうとう未南は泣き出して。
そのまま、うずくまってしまった。
「もう終わりね、あなたも、あなたのお父さんも」
椿は冷酷な言葉を吐き捨てたあと。
未南を置き去りにして、行ってしまった。
「未南! 大丈夫?」
私は、未南を抱き起こそうと屈(かが)みこんだ。
「うん、大丈夫、平気」
未南は、自力で、ゆっくり立ち上がった。
「でも先に教室に行ってて。購買で上履き買ってくる」
未南は泣きながら言った。
「一人で大丈夫?」
「大丈夫だよ……」
「あ、うん。じゃあ、先に行ってるね」
正直、心配だった。一緒にって思ったけど。
一人になりたい、という意味だと解釈して
私は、先に教室へ向かうことにした。
(46)
どうして、未南が、こんな、ひどい目に遭うの?
教室に入ってからも、腹の虫はおさまらなかった。
上履きとったの間違いなくクラスメイトだよね?
上履きをとるのって、完全に犯罪行為でしょ!
そう考えると、怒りが腹の底から突き上げてくる。
許せねえ! 一発、ガツンと言ってやらなきゃ!
とうとう我慢できず、私の怒りが、爆発した。
「誰よおお?! 未南の上履き、とったの!
この前、先生が、いじめは、ダメだって!
言ったじゃない! いい加減にしなさいよ!」
私は教室の中央で、怒鳴り散らした。
騒がしかった教室が一瞬で静かになる。
「やめなさいよ。朝からなんなの? 迷惑よ」
いち早く、反応したのは姫川椿だった。
椿と私の視線が、ぶつかり合う。
いじめのリーダーは姫川椿よ、という
央弥ちゃんの言葉が脳裏をよぎった。
「未南の上履きが、なくなったんだよ。
これは、間違いなく、いじめだよ。
いやいや、もう、犯罪行為じゃん!
あなた学級委員でしょ? だったら
みんなに注意しなさいよ!」
「はぁ? 学級委員だから何なの?
そんなの関係ない。なんで私が
それを言わなきゃなんないの?」
挑発的に言われ、バカにすんなよ、と
私は、完全にブチギレた。
「言いなさいよ! いじめはダメだって!
学級委員として、クラスメイト全員に!
いじめをしてはいけないと、はっきりと
明確に、言いなさいよ!」
私は、すごい剣幕で まくし立てた。
椿は鬼の形相で、わなわなと身体をふるわせる。
ねえ? 怒ってる? って思った。
「転校生の分際でえ! 私に命令するなぁあああ!」
次の瞬間、椿は怒り狂ったように叫んだ。
「なんで私が、そんなこと言わないといけないのよ?」
「あなたが、いじめのリ……」
リーダーと言いかけて、言葉に詰まった。
「はあ? 何? 聞こえません!」
椿は、やばいくらいキレている。
「あなたが学級委員だからよ」
さっき言おうと思ったことと、違う返事をした。
「学級委員だからって、いじめの責任まで私に
押し付けられたら、たまったもんじゃないわ」
「あなたが、みんなに、いじめ、やらせてるんじゃないの?」
やばい、思わず、本音を言ってしまった。
「何、言っているの? 違うわよ」
椿は急に、素の顔に戻り、平然としている。
あれれ? やけに冷静だ。
もっと動揺するかと思ったけどなぁ……。
「いじめのリーダーは、あなたじゃないの?」
「いじめのリーダーとか、意味がわからないわ。
いったい、誰が、そんなこと言ったのかしら?」
椿にそう聞かれたが、央弥ちゃんとは答えられなかった。
「姫川! あんた、よくも、まあ、ぬけぬけと
いけしゃあしゃあ、としていられるわね!」
一瞬、誰?って思ったけど……。
その声は央弥ちゃんの声だった。
「いじめのリーダーはあなたでしょ! 姫川!」
央弥ちゃんが、怒気を込めて言った。
椿は大きくため息をつき、央弥ちゃんに視線を向けた。
「いいがかりは、よしてくれない、央弥。
奈緒に変なこと吹き込んだのもあなたね」
さすがに、いじめのリーダーは私よ、と椿が言うわけない。
「しらばっくれんな! ぜったいにそうよ!」
央弥ちゃんが大きな声で反論する。
「馬鹿馬鹿しい。空虚な妄想ね。何か証拠でもあるの?」
証拠とか、推理漫画の犯人が、いかにも、いいそうなセリフだ。
「証拠はない。でも、あなたがどういう人間か、私は知ってるもの」
証拠はないんかい……央弥ちゃん?
ここは、カッコよく、証拠はあるって言って欲しかった。
「証拠がないのに、いい加減なこと、言わないでくれる?」
椿は央弥ちゃんを威圧するように、胸の前で腕を組んだ。
いじめのリーダーは椿かもしれないのに、証拠がない。
なにか? 証拠ない? あっ! あれは、どうかなぁ?
「これ。証拠じゃないかもしれないけど……」
私は遠慮がちに言った。
「未南が榊田にボールをぶつけられた日ね。
更衣室で着替えてるとき、こんな会話が
あったんだよね。転校生、生意気だから
やっちゃう? でも椿さんの許可がないと。
そんな、やりとりを、私と未南は聞いたの。
その会話の声は、榊田の声に、似ていたよ」
あれ? なんか、うまく説明できないや。
「それがなんなの? そんなの私がいじめの
リーダーだという証拠じゃあ、ないじゃない」
思い付きで言った私の証言が、椿にあっさり却下された。
「そうかしら? 真紀に命令して、いじめてるって証拠じゃない?」
央弥ちゃんが横から口をはさむ。
「ひどいわ! ひどいわ! 二人して私のこと、いじめっ子にしようとしてる」
椿が、私たちを悪者扱いする。
「そんな演技には、だまされないよ! あなたには、いじめる動機があるでしょ!」
央弥ちゃんが即座に見破った。
「動機? ないわよ。私と未南は友達だったのよ」
まぁ、確かに。椿と未南は友達だったらしいけど……。
「今は絶交してるじゃない」
央弥ちゃんが言い返す。
そうなんだよね。二人は元親友だった。
そう言われた椿は。
「まぁ、そうだけど。それは関係ないでしょ?
いじめられるのは、あの子のお父さんが
痴漢で捕まったから、いけないのよ」
「あなたが、いじめる理由は、別にあるんじゃないの?
テニス部を退部させられて、未南を恨んでるからでしょ!
それに加えて成績が一位なことや全国大会で優勝した
ことが、本当は面白くないんじゃないの?」
うん。央弥ちゃんの言ってること、当たってるかもしれない。
「央弥! てめぇ! さっきから黙って聞いてりゃあ!
椿さんに向かって、失礼なこと言ってんじゃねえぞ!」
うわー! 突然の大声に、びっくりした! 榊田?
「調子に乗って、好き勝手! 言ってんじゃねーよ!」
いきなり、榊田が央弥ちゃんを恫喝(どうかつ)してきたのだ。
「いいのよ! 真紀。あなたは黙っていなさい。央弥、その考え方
根本的に間違ってるわ。私はね。未南のこと。いじめてないから」
椿は取り乱す様子もなく、一貫して冷静に、いじめを否定する。
「あくまでも認めないつもり? 事実が、あきらかになったとき。
あなたは、罪に問われることになるから、覚悟しときなさい。
あなただけじゃない! 未南をいじめてるクラスのみんなもね」
クラスメイト達に、央弥ちゃんは言い放つように言う。
央弥ちゃんの毅然とした態度が、かっこいいと思った。
「もう! たかが上履きを、とられたくらいで何よ」
椿は少し怒ったような声になった。
「自分の上履きがとられても、同じことが言えるの?
いじめなんて言い方すると、軽い感じがするけど
やっていることのほとんどは、犯罪行為だからね」
「私の上履きを取る人なんて、この学校には一人もいないわ」
いや、いや、椿。そういう意味で言ったんじゃないよ……。
(47)
この後。一時間目が終わった休憩時間の直後。
「みなさーん! 聞いてください!」
榊田が、クラスのみんなに向かって、大きな声を張りあげた。
なんだ? なんだろう?
「痴漢で捕まった修倉先生が、学校を首になりました!」
榊田のサプライズ発言に教室内が急に騒がしくなった。
それ! 私と未南が、今朝、下駄箱のところで椿に聞いた話じゃん!
「あいつは二度と学校に来ませんので、安心してください!」
榊田は、言い終わると。
こっちに向かって歩いてくる。
榊田は未南の目の前で止まった。
「おい! 未南! 学校終わったら、親父に。
学校、首になったって、言いに行けよ!」
榊田は、そう言うと。
きつい視線で、未南をにらんでいる。
「う、うん。でも……お父さんは、痴漢してないもん……」
未南は下を向いたまま、か細い声で答えた。
「嘘、ついてんじゃねーよ」
榊田はバアンと机をおもいっきり叩いた。
「ちょっと、やめなさいよ」
私は、たまらず口をはさんだ。
「お前も先生が痴漢したこと非難しろよ!
一人だけ味方になってんじゃねーよ!」
榊田が私に言う。
「私は、中学の頃、性犯罪の被害に遭ったことがあるんだ。
だから、そういうことする奴が、絶対に許せねーんだ!」
へー。そうなんだ……。別に私だって痴漢は許せないよ。
でも未南が、お父さんはしてないって言うから、今はそれを信じてる。
(48)
テスト週間をへて。
一週間後、テストがあった。
そこで。
未南にカンニング疑惑がかけられてしまう
なんとか、証拠不十分で無実になったものの。
だれかがしかけた、恐ろしい罠に恐怖した。
(49)
「テストどうだった?」
美南が私の顔を覗き込む。
「いい感じかな?学年1位の
未南には遠くおよばないけどね」
私は、ちょっと意地悪なこと言う。
「そんなことないよ……」と謙遜し
未南は照れくさそうな顔を見せた。
そんな仕草がちょっと可愛かった。
1学期中間試験が無事に終わり
続々と試験結果が返ってきた。
全教科、上々の出来に自己満足。
転校の不利はあったが、我ながら
よく出来たと思った。結果が
楽しみだなぁ。
(50)
数日後の帰りのホームルーム。
担任の先生が成績表を携えて教室にきた。
それがわかって私の心臓がドキドキと高鳴る。
「これから成績表を渡します。
学年順位の下の方から呼ぶので
呼ばれた人は取りにきてください」
先生が、そう、私たちに告げると
教室がざわざわと騒がしくなった。
「はいはい、静かにしてください。
それでは、第44位 和田萌奈」
先生が最初に呼んだのは萌奈だった。
萌奈が席から立ち上がり、取りに行く。
「和田さん、44位は選抜圏外ですよ。
来年、このクラスに残りたかったら
もっとがんばってください」
「はい……すいません」
成績表を受け取って席に帰る。萌奈は
明らかに、肩を落とし落胆していた。
「第41位、榊田真紀」
萌奈に続いて、榊田も下位だった。
ふふ。ざまあみろって人の不幸を喜ぶこと
なんてあまりないけど、思わずそう思った。
(51)
続々と名前が呼ばれていき
とうとう第5位まできた。
まだ私の名前は呼ばれていない。
残るは、未南、椿、央弥ちゃん、由香子、と私だった。
「いよいよ。ここからベスト5の発表です!」
なんだか楽しそうな先生の声のトーンが上がる。
「第5位は、野村由香子」
先生に名前を呼ばれ、由香子が成績表を取りに行く。
「よくがんばりましたね。ここからは、一言
コメントを言ってから席に戻ってください」
ええ? コメントって……何?
ノリがAKBの総選挙っぽくなってきたぞ。
「前回より順位が一つさがりました。たぶん
転校生の川上奈緒に負けたんだと思います。
くやしいです。今度は負けないように
もっとがんばります」
教室が拍手に包まれた。
由香子は拍手の中、席に戻る。
「つづいて、第4位 川上奈緒」
おお、名前、呼ばれたぞ! 4位か・・・。
「はい」と大きな返事をして
成績表を取りに行った。
「転校直後で、この成績は立派です
今後も、がんばってください」
先生に褒められたのが、すごく嬉しかった。
えーーと。
コメントは何を言ったら良いのやら・・・。
なぜか松井珠理奈の顔が浮かんだ。
あれだ。あれしかねー。
「えーと。順位が4位(よい)だけに
良い順位。良い成績。なんちゃって……」
シーーンと教室が静まり返った。
ダジャレが、まったく受けなかったのだ。
私は失意の中、とぼとぼと歩いて
自分の席へと戻った。
「さぁ 残すはベスト3の発表です。
はたして順位の変動はあるのでしょうか?」
なんか先生が一番楽しそうに見える。
「第3位は……柄谷 央弥」
クールな感じで成績表を取りに行く央弥ちゃん。
「今後も、目標に向けてがんばってください」
「はい」
成績表を受け取り、クルリと振り返る央弥ちゃん。
「私は医学部を目指しています。
両親は美容形成外科医ですが
跡継ぎは兄貴に任せて、普通
の医師として、たくさんの命
を救いたいと思っています」
教室に大きな拍手が沸き起こった。
すごい、立派だなぁ 央弥ちゃん。
「さぁ。いよいよ残すは1位と2位の発表です!」
先生のテンションはマックスになった。
「1位は修倉さんか? それとも前回2位の
姫川さんか? 運命の結果発表です」
私はゴクリと唾を飲み込んだ。
順位の発表は進み、まだ名前が呼ばれて
いないのは、1位争いを続けていた未南と
椿のみとなった。そして先生が2位の名前を
発表しようとした時、教室の生徒の一部から
「未南」「未南」という未南コールが起こっ
てしまった。それは、未南が2位になれと
いう意味だった。
「発表します……第2位は姫川 椿」
発表と同時に、教室から一斉に
落胆の声があがった。
椿は先生から成績表を受け取り、生徒の方を見る。
椿の顔に喜びの表情はなく、綺麗な顔に険しい表情
を浮かべていた。
「みなさんの期待に応えられず。残念な結果に
なりました。今度はもっと努力して、1位に
なりたいと思います」
表情とは裏腹に謙虚なセリフを残して
椿は席に戻っていった。
「2学年。1学期中間考査。第1位は
修倉 未南さんです。おめでとう」
先生の発表と同時に、私は大きな拍手をした。
あれ…………。気が付けば……。
たった一人だけ。私だけが拍手をしていた。
「よく頑張りましたね」と言って
先生が成績表を未南に手渡した。
「ありがとうございます」
そう言ってから、振り返った未南は
口に手を当てて泣いていた。
「今回いろいろなことがあって
勉強が手につきませんでした。
お父さんのせいで、みんなに
大変迷惑をかけました。でも
お父さんは無実だと私は信じて
います。うう......ああ......」
未南は両手で顔を覆い
嗚咽して言葉にならない。
「私のことは……嫌いでも……嫌いでも……」
それでも未南は必死になって声を絞り出す。
「嫌いでもいいから、無実の罪が晴れて
もし、お父さんが学校に帰って来れたら
父のことを嫌いにならないでください」
未南は私達に向かって深々と頭を下げて
から泣きながら自分の席へ戻っていった。
「僕も修倉先生が無実であって欲しいと
思っていますし、困っていることが
あったら修倉さんを助けてあげたいと
思っています。みなさんも、このことで
修倉さんを中傷したり、嫌がらせなどを
したりしないようにしてください」
真剣な顔で先生は話をした。
「少し長くなりましたが、これで終わります。
あとは掃除を終えておのおの帰宅してください」
先生の言葉を最後にホームルームが終わった。
(52)
お嬢様学校でも掃除はやる。
今週からは教室の掃除だ。
私は、床をホウキで掃きながら
近くにいた央弥ちゃんに話しかけた。
「今日から部活に参加しようと思ってる。
顧問の先生にも、そう伝えてあるから」
「この前、中間試験が終わってから
入部するっとか言ってたよね」
「うん。よろしくね」
「うちの監督、星野って言うんだけど
超怖いから覚悟しといてね」
「ええ! 怖い監督はヤダなぁ」
私は、そう言って、顔をこわばらせた。
その後も雑談をしながら掃除をしていると……。
突如、ずぶ濡れの未南が教室に入ってきた。
未南は髪の毛からスカートまで、全身水びたしだった。
その異様な光景に、私は自分の目を疑った。
今日は晴天だし、突然の豪雨ってわけじゃないし
未南にいったい何があったのだろうか?
私は事情を聞くため、小走りに未南に駆け寄った。
まさか、アイス・バケツ・チャレンジ?
ちょっと? 昔に流行(はや)った……。
氷の入った水を頭からかぶるか、寄付をするか
ってやつ……て……そんな、わけないし……。
考えるより聞いた方が早い……。
私は未南に尋ねた。
「何があったの? びしょ濡れじゃない?」
「トイレで水をかけられちゃった」
「え?」
どういうことなの?
いじめドラマみたいに……。
いじめっ子に。
お前、汚いから洗ってやるよ。
バケツの水をバシャン。
モップでゴシゴシみたいな
ことをされたってことか?
だとしたら、そんなの許せない。
激しい怒りがこみ上げてくるのを感じた。
「誰がこんなひどいことをしたの?」
私は怒った声できいた。
「真紀だよ……」
「まきって、榊田のこと?」
「うん、掃除中に水、かけられちゃった」
さ・か・き・だのヤローー!
またしてもヤリやがったなぁー!
マジで怒ったぞ。マジで怒らなきゃ。
本当の友達とは言えねーだろっ……。
もうゆるさないぞ! バイキンマン!
って言うアンパンマンの気持ちになって
私は、教室を、飛び出すと、女子トイレ
に向かって走った。
未南をいじめてるのは、あいつだ!
謎は、すべて解けてないけど……。
まだ犯人のわかっていないいじめも
きっと、あいつがやったに違いない。
掃除場所の女子トイレに着いた。
私はトイレの扉を開けるのと同時に
「榊田! 榊田真紀はいるか!?」
と大声で怒鳴った。
「うざっ。なんなの? 急に大声出して」
真紀が私を、するどい目でにらみつける。
「あんた、未南に水かけたでしょ!?」
アンパンチを喰らわせることはできないが
そのくらいの勢いで、真紀に詰め寄った。
「わざとやったんじゃねーよ。お前は
被害妄想が激しいから 勘違いしてる
だけなんだよ。ホースで水まこうと
思ったら、未南がトイレの中に居て
水が、かかちゃったんだよ。」
真紀が私に向かって、興奮気味にまくし立てた。
「偶然かかったって言うの?そんなの嘘だ!
たかが水って思ってるかもしれないけど
水をかける行為が暴行罪に該当して逮捕
されるケースだってあるんだよ!」
「すごいねー。お父さんが介護士だと
娘も法律に詳しいんだねぇー」
「介護士じゃないよ。弁護士だよ」
「少し間違えただけだろ!調子に乗んな。
どっちも似たようなもんだろ?」
「ぜんぜん違います」
私は少し馬鹿にした感じで言った。
真紀が、すごいきつい目つきで、にらんでくる。
「いま、私のこと馬鹿にしただろ?
さっきは嘘つき呼ばわりするし」
真紀はヒステリックにそう叫ぶと
いきなり私の胸倉に掴みかかってきた。
「ごめん、ごめん」
そく、謝る。
言い間違え? を馬鹿にしたの、ちょっと反省……。
それに、はなから真紀を犯人だと決めてかかってしまった。
「マジで、ムカツクなぁ! テメー」
足を蹴られて、パシッと乾いた音がした。
「いっった」
思わず声を上げてしまった。
真紀が、私のことを蹴ったのだった。
「ちょっと! やめてよ!」
「怖いの? やめて欲しければ土下座して謝れ」
真紀が謝罪を要求する。
「別に怖くないよ。私だって強いんだから……。
名探偵コナンの毛利蘭に憧れて、空手習ってたから」
「ウソくせえ。もう少しマシな、ハッタリかませよ?」
うそじゃないよ。
私はファイティングポーズをとった。
「なんなら、試してみる?」
負けず嫌いな私は好戦的なセリフをはいた。
土下座なんかしたら、いじめっ子を調子に乗せるだけだ。
真紀は私の毅然(きぜん)とした態度に
かなり戸惑っている。
「あすか? どうする?
この子やっちゃう?
やっちゃっていい?」
真紀は隣にいた酒井あすかに目配(めくば)せした。
黒い髪の少女で、真紀と、いつも一緒にいる子だ。
あすかは、ぶんぶんと、首を横に振った。
「やばくねぇ? あのおかたは、奈緒には
まだ手を出すなって、言ってたじゃん」
「くっ。あの人の言ったことには逆らえねえ」
やはり、この声は更衣室で聞いた声と同じだ。
あの時は、椿さんの許可がないと
とか、はっきり言ってた気がする。
あのおかたと椿は同一人物なのか?
優等生の顔の下に隠した、冷酷非情な
いじめっ子の正体を必ず暴いてみせる。
真紀の顔から、急に緊張が解けた。
「そうゆうワケだ。喧嘩はヤメだ。
運が良かったなっ。お前が、あの
おかたのお気に入りじゃなければ
一戦交えても、よかったのになぁ」
真紀が思い切り、上から目線で物を言ってくる。
「未南を傷つけたら、許さない!
そのときは覚悟しときなさい」
私は強がりを言って、ニヤリと笑うと
無愛想な顔をしてトイレから出た。
未南はどうしたのかな? 心配だなぁ。
即座に教室へ戻る。トイレから出たあと
内心では心臓がバクバク、音を立てていた。
本当はね。ちょっとだけビビってたんだ。
でも負けてたまるかって思ったから一歩も
引かなかった。
(53)
教室へ戻ると、未南の姿はもうなかった。
私を待っていた央弥ちゃんに尋ねると
「帰ったんじゃない?」と返事をした。
服? びしょ濡れのまま?
未南、電車通学だよね? 可哀想……。
未南のことが心配になってポケットの
スマホを手に取り、電話をかけた。
「もしもし? 未南? 大丈夫?」
「あ……ごめん。大丈夫だよ。心配しないで。平気だから」
「今。どこ?」
「更衣室にいるよ。体操服に着替えようと思って」
「ああ、そうか。今日体育あったもんね」
そう聞いて、私はホッと胸を撫で下ろした。
「奈緒、突然、教室を出て行ったけど。どこ行ってたの?」
「榊田真紀に会いにトイレに行ってた」
「え? 真紀ちゃん、なんか言ってた?」
「わざとやったんじゃない。誤って水をかけてしまって言ってた」
「そうだよね。わざとじゃないよ。だから気にしないで」
「う、うん」
なんとなく、納得していなかったが
私は、あれこれ言わずにいた。
証拠もないのに、あーだ、こーだ、言っててもね。
本当は、まだ、わざとやったんじゃないかと
疑ってるけど、あえて口にはしなかった。
「でもまた何かあったら、すぐに相談してね。
私は、いつだって未南の味方だよ」
「ありがとう。奈緒はやさしいね。
奈緒と友達になれてよかった」
「こっちこそ。未南が、転校してすぐに
友達になってくれて嬉しかったよ」
「うん……。奈緒には何でも隠さずに
話すよ。奈緒も困ったことがあったら
いつでも私に相談してね」
「うん、そうする」
この先、大きな困難があるかもしれないが
二人で力を合わせて乗り越えて行こうね!
(54)
放課後。今日からバスケ部の練習に参加します!
央弥ちゃんと一緒にバスケ部の部室で着替え。
央弥ちゃんと私はご近所同士で。
央弥ちゃんは私の家の道路をはさんで
向かいにある大きな豪邸に住んでいる。
両親は美容整形外科を経営しているお金持ち。
お嬢様なんだけど、ぜんぜん普通の感じな子で
クラスの中で唯一イジメに加担していなかった。
この子なら安心して友達になれる。
バスケ部員だし、仲良くできるといいな。
(55)
体育館に着いた。時刻は午後四時頃になっていた。
体育館はバスケットコートが3面とれるほどの
広さがあり、バスケ部とバレー部の部員たちが
ウォーミングアップを始めていた。
「奈緒のことキャプテンに紹介してあげる」
央弥ちゃんから、そう言われ、体育館にいる
キャプテンに挨拶へ行くことにした。
央弥ちゃんは、ひときわ目を引く大柄の
女性に声をかけた。
「大谷先輩! この子が今日から
バスケ部に入部する川上奈緒です」
座ってストレッチをしていた女性が立ち上がる。
かなりの長身。キャプテンは
190cm近い大柄の人だった。
ビックリして思わず、大きいと口走りそうになった。
「川上奈緒。2年生です。よろしく
お願いします」
「キャプテンの大谷優子だ。よろしく
転入生でしょ? どこから来たの?」
「令和学園です」
「バスケの強豪の令和学園?」
「はい」
「ポジションはどこ?」
「ポイントガードです」
「うちでレギュラー取れるように頑張ってね」
キャプテンがニッコリほほえんだ。
しばらく談笑した後、キャプテンは部員全員
を集め、私のことを紹介してくれた。
央弥ちゃん以外は、知らない人ばかりだけど
仲良くできるといいな。
新たなチームメイトとの出会いに
私は期待に胸を躍らせた。
バスケ部は、顧問の先生が来るまで
ウオーミングアップすることになっていた。
ランニング、ストレッチ、ダッシュ、ドリブル
パスやシュートの基礎練習などをした
わきあいあいとした雰囲気だった。
先輩後輩も仲が良かった。
だが問題は顧問の先生。
央弥ちゃんからは、すごく怖い先生だと聞いている。
バスケ部顧問の名前は星野真一(45歳)
ガッシリした体格で体育教師をやっている。
学生時代は大学屈指の 強豪バスケ部に所属
していたようだ。
やがてその星野先生が体育館に
やってきて本格的な練習が始まる。
(56)
熱血監督は……バカヤロー、と。
練習でミスをした選手には
容赦なく怒号を浴びせる。
やはり評判どおりの怖い監督だった。
特にキャプテンに対して厳しく接することが
多く、練習でミスをするたび大声で怒鳴りつけた。
「いいぞ! 川上! ナイスシュートだ!」
けど私だけは、怒られず、たくさん褒められた……。
私、ミスはしないので!(嘘)
やがて練習も終盤に近づき
5人対5人での試合が始まった。
私はポイントガードで出場する。
私は試合序盤、ボールをキープして
チームメイトの大谷先輩にパスを出した。
だがボールを手で弾いて、ラインを割ってまう。
「あっ!」
大谷先輩はボールを取り損ねると
しまったって感じで声をあげた。
「おい! 大谷! ちょっと来い! なんだ今のプレーは?
キャプテンのクセに、あんな簡単なパスも取れんのか?」
星野先生がミスをした大谷先輩を、ライン際に呼びつける。
「すみません」
大谷先輩は巨体を揺らしながら
猛ダッシュで先生の前まで来た。
私はハラハラしながら、この成り行きを見守る。
「お前はミスが多いんだよ!
キャプテンがこんなことで
全国大会に行けると思っとんのか?
キャプテンが、うんあんなミスしとったら
チームのプレーにも影響あるやろ?
なあ、大谷? お前、もう
キャプテンをやめるか?」
星野先生が叱るように大声で言う。
「やめたくないです。キャプテンを続けさせてください」
大谷先輩は、そう返事した。
「キャプテンを続けたいんだな?
よーし、お前の気持ちは分かった。
ミスをするのは集中力が足らんからだ。
だから、練習に集中できるように気合
を入れてやるから、歯を食いしばれ」
星野先生は、右手を振り上げると
おもいっきり大谷先輩の頬を平手打ちした。
その衝撃に大谷先輩は大きくよろめく。
もしかして、これって?
体罰ってやつ? 社会問題になってる。
だとしたら、許せない。
教師がいくら偉くても、生徒に
暴力を振るう権利などない。
弁護士の娘として、この事態を
見て見ぬふりができようか?
いや、できない。
私に流れる正義の血が許さないのだ。
勇気を振り絞り、先生に向かって言い放つ
「学校教育法の第11条において、校長および
教員 は、懲戒として体罰を加えることは
できないとされています。体罰は、学校教育法で
禁止されている、決して許されない行為です」
先生が、こいつ何 言ってんだ?
見たいな表情で私をにらむ。
「新入りのくせに俺に文句言うのか?
生意気な奴め! これは体罰じゃない。
指導だ! 覚えておけ」
「異議あり!」
私は強い口調で、そう声をあげた。
「たとえ教師による指導であっても
平手打ちという行為は犯罪ですよ。
それによって怪我にいたらない場合
刑法第208条 暴行罪となるし。
もし怪我をした場合には
刑法第204条 傷害罪となります」
「はぁ? 何の話だ? バカバカしい。
私が、学生の頃なんて、先生や先輩から
何度も叩かれたものだ。たかが平手打ち
程度のことで偉そうな講釈を並べるな」
「たかがって? 体罰を受けた生徒の辛さを
先生は考えたことがありますか?痛くって
怖くて、悲しくて。相手が先生だから、
逆らえなくって。みんな辛いのを我慢して
るんですよ?体罰や暴力は絶対反対です」
「競技レベルを上げるのに有効な手段だと私は
思っている。なんでもかんでも反対とか。
そんなことを言ってるから、日本のスポーツは
弱くなるんだ。今の子は軟弱過ぎるんだよ。
昔は、スパルタ教育と言って、この程度の
ことは当たり前だったんだ」
「弱くなってないですよ。国際舞台で大活躍して
るじゃないですか?今のスポーツ界は指導者も
競技者も良く勉強し理論的にトレーニングして
いる。昔より競技レベル上がっている競技は、
たくさんありますよ」
「いちいち教師の俺に意見するな……。
そんなことは、お前に言われんでもわかっている。
だが俺には俺のやり方がある。俺のやり方に
ケチを付けるな」
「だからと言って、体罰は容認できません。
教師の体罰によって、自殺に追い込まれた
生徒もいるんですよ? その先生は、学校を
懲戒免職になり裁判では有罪の判決を受けて
います」
「ん? まあ、そんな事件もあったなぁ」
先生が動揺する様子を見せながら
「だがなぁ、川上。俺は自殺に追い込む
ほどひどいことはしとらんぞ。たまぁに
つい勢いで手が出てしまうだけだ。
それに俺が手をあげるのキャプテンの
大谷だけだぞ」
と、しどろもどろに言う。
「本当ですか? 大谷先輩?」
今までずっと黙っていた大谷先輩に質問した。
「なっ? そうだよな? 大谷?
俺の言ってる通りだろ?」
大谷先輩が口を開く前に、星野先生が
都合の良い証言が得られるように誘導する。
「私は大谷先輩に聞いているんです。
先生は静かにしていてください。
さあ、大谷先輩? どうなんですか?」
そんな星野先生を黙らせて
改めて、大谷先輩に質問する。
「私は……」
大谷先輩は口を閉ざしてしまった。
「正直に、真実を、答えてください」
という私の問いに、大谷先輩は
コクンと一度だけうなずいた。
「体罰を受けていました。私だけが
先生から体罰を受けています……」
やはり体罰は事実のようだ。
「先輩?」
さらに質問を続けようと思った時だった。
「もうこの話はいいだろう?
これ以上は練習時間の無駄だ。
とっととプレーを再開するぞ」
星野先生があせった様子で
唐突にこの話をさえぎる。
「もう一つだけ、質問させてください」
「ダメだ、ダメだ、ダメだ。
インターハイ予選も近いんだ。
これ以上、時間を無駄にできない」
星野先生が声を荒だてた。
「先輩? もう一つだけ聞きます。
体罰は、どのくらいの頻度で
行われていたのですか?」
「いいかげんにしろ!
もう話は終わりだ!
大谷! コートに戻れ!
川上! お前もだ。早くしろ!
プレーを再開するぞ!」
星野先生は、ひどく憤慨している。
「はい!」
大谷先輩が、大きく返事をして。
駆け足でコートに戻っていく。
これは、とても重要な質問なのに……。
ここは……。あきらめるしかないのか。
「先生の言っていることはウソよ! 」
突然、そう発言したのは、央弥ちゃんだった。
私はビックリして央弥ちゃんの方を振り返る。
「たまに、なんて言っているけど。
体罰は日常的に行われていた!
叩いたり蹴ったり、肩を押して
突き飛ばしたり、毎日のように
先生の体罰は行われていたわ!」
央弥ちゃんは、星野先生をにらみ付けた。
「黙れ柄谷! よけいなことは
しゃべらんでいいわ!」
星野先生が大声で怒鳴る。
央弥ちゃんの身体が小刻みに
震えているように見えた。
先生のことを許せない。
央弥ちゃんの真実の叫びを聞き。
私は決心した。
校長に、ありのまま報告しよう。
(57)
と、いうわけで校長室に来ました。
とりあえず、ノックをして校長室に入った。
まるで大企業の社長室のような豪華な校長室だ。
「失礼します」
挨拶をしながら後ろ手でドアを閉める。
ふかふかの絨毯の感触が気持ちいい。
巨大なシャンデリアが光り輝き、
部屋の真ん中には、テーブルがあり、その
周りには高級そうなソファが置いてある。
だだっ広い部屋の奥の大きな机の前に
落合ひろこ校長は座っていた。
「あら、川上さんじゃない?」
「ご無沙汰してます、校長先生」
校長と会話するは転入してきた最初の日以来だ。
落合校長は優しくほほ笑んでくれた。
歳は50くらいだろうか?風貌や口調は
校長と言うより、幼稚園の園長のような
雰囲気がある。
「新しい学校生活はどう?」
「まだ色々馴染めなくて……」
転入してからのことに思いを巡らす。
いじめの問題に部活動の体罰
痴漢で捕まった未南のお父さん。
と、問題は山積だ。
「そうなの? お友達はできた?」
「はい、修倉未南と友達になりました」
「ああ、修倉さんと……。彼女。
お父様が痴漢で捕まって大変みたいね」
「ええ……そうみたいです……」
しかも、いじめにあってるんです。
と思わず言いそうになってしまった。でも
今日はこの話をしにきたわけじゃないし。
絶対、先生に言わないでねって約束を
また破るのも忍びない。お父さんのことで
お母さんが憔悴(しょうすい)しきってる
からこれ以上心配かけたくないって言ってた。
先生を通じてお母さんが知ったら悲しむって。
だから今は話題を変えよう。
体罰のこと話さなきゃ。
「それより相談したいことがあるんです」
「いいわよ。なにからしら?」
「その」
「立ち話もなんだし、そこの
ソファに座って話さない」
「……えっ、ええ」
あの話を切り出そうとすると
校長から座るように促された。
私が同意すると、校長が席を立った。
二人でソファに向かう。
私がフカフカのソファに座ると
校長がその対面に座った。
「それで? 相談って何かしら?」
「今日、部活に初参加しました」
「どうかしら? うちのバスケ部は去年の
インターハイ予選でベスト4に入ったのよ。
川上さんみたいな優秀な生徒さんが来て
くれたから、今年は、念願の全国大会
出場かしらね?」
「いえいえ、そんな……」
私は両手を振って否定する。
そんな私を見ながら
校長がニコニコ笑っている。
これから、この笑顔を曇らす話を
することに少し心苦しさを感じた。
場合によっては責任を問われて
校長が更迭されるかもしれない?
バスケ部が活動停止になったり
星野先生が懲戒免職になるかも?
そんな不安が頭をよぎる。
だが意を決して話を切り出した。
「練習初日で、星野先生がキャプテンに
体罰を行っていることが発覚しました。
キャプテンへの体罰がひどく、今日も
練習でミスをすると怒られ、頬に平手
打ちをされました。 私は、この暴力
行為を校長へ訴えることにしました」
思いもよらない話の展開に
校長は驚いて身を乗り出した。
「ええっ? あの星野先生が体罰を?
土日も返上して部を指導する大変
熱心な先生だと聞いています。
指導が熱を帯び、無意識に手が出て
しまったってことではないかしら?」
「いいえ。体罰は日常的に行われている
と別の部員が証言してくれました。
叩いたり蹴ったり、肩を押して
突き飛ばしたり、毎日のように
先生の体罰は行われていたそうです」
「そ、そんなぁ……」と弱弱しい声で言うと
校長は絶望的な表情でがっくりとうな垂れた 。
「いじめ、裁判。痴漢の次は体罰ですって?
なんでこう次から次へ問題が起こるの?
苦労して、やっと校長になれたのに……」
かすかに聞こえる声でブツブツつぶやく校長に
私は「校長先生?」と声をかける。
私の声で我に返った校長は顔を上げた。
「困った問題だわ……。即刻、星野先生を
顧問から外します。あとの処分は調査の
のち決めます。このことは私に一任して
くれないかしら? 川上さん」
「よろしくお願いします」
「バスケ部の顧問へは新たに
浅尾先生に就任してもらいます」
「え? あのイケメン先生?
アシスタントコーチの?」
話が早いな……でも、なんだか……。
体罰も解決しそうだし、今日ここに来て
本当に良かった。
私は校長に深々と頭を下げ
校長室をあとにした。
(58)
学校から帰宅すると
| 奈緒へ
| 夕食は法律事務所で食べるから
| 帰宅したら食べに来い 父より
と置手紙があったので、素早く
セーラー服から普段着に着替え
足早に階段を駆け下りた。
外はもう薄暗くなっていた。
寂寞(せきばく)とした思いに駆られて
急いで父のいる法律事務所の中へ入った。
中には父と美鈴さんがいて
すでに食事を食べ始めていた。
「遅かったから先にいただいたぞ」
父は片手にワイングラスを
持ちながら私に声をかけた。
「この時間まで部活?」
父の正面に座っている美鈴さんが尋ねた。
「部活はもうちょっと早く終わったけど
用事があって校長とお話してました」
「お前、なんか悪いことして校長に
呼び出されたんじゃねえよな?」
意地悪な父が、馬鹿にしたように言う。
「違うわ」
私があっさり否定すると美鈴さんが
クスクスと可愛く笑った。
「今の校長ってだあれ? 私が
現役の頃とは違う人だよね?」
美鈴さんって……。
セントマリア学園の卒業生なんだよね。
実家は超お金持ちってお父さんが言ってたなぁ。
「落合ひろこです」
「落合?? まさか落合先生??」
「知ってるんですか?」
「ええ……でも、なんで、あいつが?
あんな奴が校長先生になれるのよ」
「え?」
どうしたの? なんか怖いよ。
美鈴さんが急に怖い顔になった……
こわいよーみすずさんー。でも顔は美人だ。
「どうしたの美鈴さん? 怖い顔しちゃって?」
父が首をかしげながら、心配そうに聞く。
「ごめんなさい。でも。
あいつはね。最低の教師よ!
裁判でいじめを隠蔽した。
絶対に許せないわ!」
美鈴さんが、語気を強めて答える。
「そう言えば、昔。この学校で?
いじめ自殺の裁判あったよなぁ」
父がポツリと言う。
「その裁判。私も原告側の証人
として証言台に立ちました。
自殺したのは私の双子の姉です」
美鈴さん目から一筋の涙がこぼれ落ちた。
この状況に、父も私も言葉を失い
しばらくの間、部屋がシーンとなる。
自殺? 美鈴さんのお姉さんが?
過去にそんな事件があったのか……。
そういえば、落合校長が、いじめ。
裁判。とか、つぶやいていたような。
いじめってテニス部のことじゃないのか?
「この事件、知りませんでした。
教えてくれませんか?
過去に何があったのか?」
私は泣いている美鈴さんにお願いした。
美鈴さんは涙をぬぐい、私と視線を合わせた。
「うん……。姉の美玲が死んでから
もう10年くらいが経つかなぁ?
15歳。高校一年生のとき、姉は
自ら命を絶ったの……。原因はね。
いじめだった。」
「お姉さん。可哀想……」
「姉のクラスの担任が落合先生、今の校長だった。
当初、落合先生は協力的だった。いじめの相談に
乗ったり、加害者に注意したり、姉が自殺した直後
も先生は加害者を連れて謝罪に来た。でも学校側が
いじめはなかったと調査報告してからは、一転して
落合先生と加害者はいじめを否認した。それで私達
遺族は学園、理事長、校長、担任、加害者を訴えた。
でもね。裁判では、全員がいじめを否定したわ」
「全員、自己保身のためにウソを
ついたってことですね?」
「そうよ。真摯に謝罪にきたときは
先生だけは許せるって思ったのに
あいつは私達、遺族を裏切り傷つけた」
「それで裁判は、どうなったんですか?」
「ダメだった。必死にいじめの事実を訴えたけど
敗訴した。敗訴確定まで7年もかかったわ。
長くて辛い裁判を戦っても、何一つ良いこと
なんてなかった」
美鈴さんに、こんな過去があるとは知らなかった。
落合校長は、すごく人が良さそうな人だった。
今日の帰りぎわも困ったことがあったら何でも
相談してね、力になるからってやさしく言って
くれた。嬉しくって心が暖かくなったのに……。
体罰も隠蔽(いんぺい)されちゃうのかなぁ。
(59)
そんな心配をよそに、次の日から
星野先生は部活に出てこなくなった。
後日、新たな顧問には浅尾先生が就任した。
25歳のイケメンで性格も良く部員達から
は大好評だった。
次の月曜日の放課後は、部活はお休みで。
未南の家に行く約束してあるんだ。
未南は何度が私の家へ遊びに来て
くれたことあるけど未南のウチへ
行くのは初めて、すごく楽しみー。
(60)
そして月曜日の放課後。
担当する場所の掃除を終えた私は
浮かれ気分で教室の中に入った。
あれ?
机が教室の一端に寄せられたままだ。
まだこれから運ぶの?
いつもなら終わってるのに。
私は教室に居た未南に声を掛けた。
「未南、私、掃除終わったよ」
「ごめん。まだ、掃除終わりそうもないや」
よく見ると未南は一人で
教室の掃除をしていた。
どうして?
未南に尋ねた。
「なんで一人なの? 他の人は?」
「みんな用事があるみたいで先に帰っちゃった」
「???」
偶然、同じ日に。
みんな用事があるなんて、おかしくなーい?
榊田真紀のいじめ?
まさか彼女の仕業(しわざ)では?
私と未南が遊ぶの知ってて。
こんなムゴイ仕打ちを……。
だが。その証拠が今はない。
それよりも今は手伝わなければ!
「掃除、一緒にやろう」
「えっ?」
「二人でやれば、早く終るよ」
「ありがとう、一人で大変だったんだ」
二人で40人分の机を運んだ。
とても時間がかかり、しんどい作業だった。
榊田の野郎め、明日学校で会ったら
問い詰めてやろうかな?
あっ……。でもまた前みたいに
一触即発の状況になったらイヤだなぁ。
(61)
掃除が終わった。
普段は電車通学の未南だけど
今日はお手伝いさんが車で
迎えに来てくれるらしい。
私達は校門へと歩き出した。
校門の前には、ドイツの高級車
メルセデス・ベンツが止まっていた。
ベンツに乗るのは初めてだった。
まさかこれに乗れるの!?
「奈緒、この車だよ」
未南が私に声をかけた。
やっぱり! この車だ。
「さあ、乗って」
未南が先に乗るように促す。
「おじゃまします」
運転手さんに一声かけ後部座席に乗車した。
続けて未南も乗り、私の隣に座った。
「お嬢様の友達の川上奈緒さんね?
私は家政婦の三田でございます」
運転席にいる女性が振り返り、私に挨拶した。
見た目は、あき竹城似のおばさんだった。
「三田って名前なんですか?」
おもわず聞いてしまった。
「そうですよ」と三田さんが答えると
隣にいる未南が楽しそうに笑った。
「フフ、面白いでしょ?
家政婦の三田さんだよ。
私が、今の家に住む前から
もうウチで働いていたのよ」
「修倉家に仕えて、もう30年くらいになります。
最初の旦那様はお嬢様のお爺様でした。
今はお嬢様のお父様に仕えております」
三田さんが誇らしげに答えた。
「三田さんは、私にとって家族みたいなもんですよ」
修倉家との付き合いはずいぶん長いようだ。
「未南ってアメリカに住んでいたんだよね?」
「プロテニスプレイヤーだったお父さんが
フロリダを拠点にしてたからね。テニス辞めて
教師になるときに日本に帰ってきたんだよ」
「お嬢様。奈緒ちゃん。そろそろ出発しますね」
そう言うと、三田さんは車を発車させた。
「旦那様は、大学卒業後に渡米し、親の猛反対を
押し切ってプロテニスプレイヤーになりました
現役引退後は、グループ企業の社長になるべく
入社を勧められたが、それを固辞なさって。
もう一つの夢である教師になったんですよ」
「へーそうだったんですか」
三田さんはよくしゃべる人で女子3人の
車内は終始明るい雰囲気で会話が弾んだ。
(62)
車に揺られること40分ほど
で未南の家にたどり着いた。
「わあ、すごい大きな家だね!」
私は感激のあまり、大きな声をあげた。
「ここはお爺ちゃんの別荘だったんだよ」
家は広大な敷地に建つ、洋風の豪邸だった。
庭にはテニスコートやプールなどもあり
祖父がお金持ちであることが想像できた。
誰でも知ってるような大企業の社長さん。
それが未南の祖父。その次男が未南の父親だ。
日本へ帰国した時、住むところなかったから
ここに住めってお爺ちゃんに言われたみたい。
やがて。
車は広い敷地を通り抜け
豪邸の玄関前に停車した。
「到着しましたよ」
三田さんの一声で、私達は車を降りた。
「すごい、家だね」
「さぁ、中に入って」
豪邸に足を踏み入れる時は、まるで社交界に
デビューするシンデレラのような気分だった。
「お嬢様? どうします?
応接間を使いますか?」
私達を追って降りてきた三田さんが聞いた。
「いいわ。私の部屋で。奈緒? おやつは
洋風がいい? それとも和風がいい?」
未南が私に聞いた。
「洋風かな?」
どちらかと言えば、やはり洋風が好きだ。
「三田さん、おやつは洋風でお願い」
「はい。承知いたしました」
そう言うと三田さんは準備のために。
奥の部屋へ行ってしまった。
私達は豪華な螺旋階段を上り二階へ向かう。
上りきったところで、すごく綺麗な女性が声を
かけてきた。
「あら、未南。お友達?」
「ああ、お母さん。今日遊びに
来るって言ってた友達だよ」
未南のお母さんだ。
女優のように綺麗で、モデルのように細い、
美しい人。でも、かなりやつれた印象がする。
旦那が痴漢で捕まった直後はふさぎ込んだり
寝込んだりしていたと未南から聞いていた。
「おじゃましてます。川上奈緒です」
私は深く一礼をした。
「川上弁護士のお嬢さんね。
夫があのようなことなり
お世話になっております」
「いえいえ、早く無実の罪が晴れるといいですね」
未南のお母さんが悲しい表情を浮かべた。
「教師の父親が、痴漢で逮捕だなんて……。
みんな年頃ですもの。やな思いをさせてるわ。
最近は、椿ちゃんもウチへ遊びに来ないのよ。
未南、学校でいじめられていないかしら?
私、心配で心配でたまらないわ」
いじめられています。とは言えず。
「……………………」
言葉に詰まってしまい困っていると
「心配ないよ、お母さん。私は、
いじめられてなんかいないもん。
椿も最近は忙しいだけだよ」
私の代わりに未南が答えてくれた。
「そう? ならいいんだけど……。
お母さん、ちょっと出かけてくるわ。
奈緒ちゃん、ゆっくりしていってね」
未南と私に声をかけ、未南のお母さんは
螺旋階段を下りていった。
(63)
絵画とか壺が飾ってある廊下を歩き、部屋の前で立ち止まる。
「ここが私の部屋だよ。入って」
未南はガチャリとドアのノブを
まわしてドアを開けた。
「うわーー。広ーーい。すごく素敵な部屋だね」
思わず、大声を上げちゃった。
まるでヨーロッパの貴族のようなお部屋!
「ちょっと古いけどね。昔の別荘だから」
「少し古い感じがするけど、また、それがいい!」
アンティーク調な雰囲気に古き良き時代を感じる。
こんなお部屋に住んでみたい! と思って……。
ついキョロキョロ、お部屋を見ちゃう。
グルって見回すと、広い部屋の一角に
トロフィーやら賞状が山ほど飾ってあった。
棚には写真のアルバムがビッシリと収められていた。
壁には、いくつかの写真が貼られていて、それが
どんな写真か見たい衝動に駆られた。
「トロフーとか賞状とかすごいね。見に行っていい?」
「いいよ。テニス関連の物が多いかな? お父さんの
方針で、表彰で貰った物は飾ることにしているの」
私は未南と、二人で見に行った。
賞状の横には、テニス部員の写真パネルがあった。
これ? 未南と椿だよね?
仲良さそうにピッタリとくっ付き……。
肩を組む未南と、椿?
最高の笑顔で写真に納まっていた。
その隣には、優勝楯を持つ萌奈?
と賞状を持つ由香子? の姿もあった。
私が写真をマジマジと見つめていると
「これは中学の全国大会で優勝したときの物だよ。
思い出すなぁ。勝った瞬間みんなで抱き合って
大喜びした瞬間を」
未南が目を輝かせて嬉しそうに語った。
「これが未南で? 隣が椿? こっちが萌奈で?
これは由香子? で合ってる?」
私は写真に写る一人一人を指差して確認した。
「正解だよ。昔から本当に仲が良かったんだ。
私達はね……。つい最近までは……。
あの楽しかった頃に、もう一度戻りたい。」
未南は落胆してがっくりと肩を落とした。
「もう私なんていなくていいのかなぁ?
私がいなくなっても誰も困らないよね?
ホント、死んじゃいたい気分……」
「そんなこと言わないで!」
うつむいている未南の肩に私は両手をかけた。
「私は未南のこと必要としてるよ。
大切な友達だと思っているよ」
「ありがとう、馬鹿なこと言ってゴメンね」
「元気だして。きっと、戻れるよー
昔の未南と椿の関係に。がんばろー
きっと仲直りできる日がくるよー」
「そうだね、なんか元気でた」
「うん、がんばって。私、未南と椿たちが
仲直りできるように全力でがんばるよ。
約束する」
そう言って。肩から手を離すと
私と未南は固く両手を握りあった。
自信満々に、そうは、言ったものの……。
不安だった。だって、どうやって仲直りさせ
たらいいのやら?それに仲直りできたら未南は
椿のところへいってしまうの? そうなったら
犬猿の仲の椿と……椿と私は友達になれるの?
それともなれなくて一人ぼっちになっちゃうの?
それも怖いよ!
って、そんなこと考えてもしょうがないよね?
そう思って。
とりあえず話題を変えることにした。
「それにしてもすごい数のトロフィーだね。
あっ。これは、国際大会の優勝のやつだ。
未南って、ホントすごいんだね!」
「私ね。笑われるかもしれないけど。本気で
プロテニスプレイヤーを目指してるんだ。
四大大会に出たり、オリンピックでメダル
を取りたいって思ってる」
「未南なら、がんばれば叶うかもしれないよ。
私はね。本気で弁護士目指してるんだ!
そんなに簡単になれるもんじゃないけど
お父さんとお母さんも弁護士だったし
親と同じ職業に就きたいと思っている」
「へー奈緒のお母さんに会ったことないけど
弁護士だったんだ。今も弁護士してるの?」
「ううん。お母さん、私が小さい頃 死んじゃった」
「若くして亡くなったんだね? それは悲しいね。
私もろいろあって。なんでこんなに不幸なんだろ?
親友を失ったり、お父さんが逮捕されたりね。でも
自分だけが辛いと思っていたのが恥ずかしいよ
世の中にはもっと辛い思いしてる人いるよね?」
「そうだよね。だから辛いときは支えあって生き
ていこうよ。未南も私に頼っていいからね!
何でも相談して。力になるから……」
「ありがとう」
そう言った未南の目は涙でうるんでいた。
「なんかしんみりしてきちゃった……」
未南がポツリと言ったあと。
「あっ。そうだ!」
何かを思いついたようで、両手で拍子を打った
「写真見ようか? アルバムでも一緒に見ない?」
目の前にはフォトアルバムがずらりと並んでいる。
「見たい! 見たい!」
と私は、はしゃいで見せた。
「じゃあ。あそこに座って見よう」
私達は、何冊かアルバムを持って
部屋の高級ソファの上に腰を下ろした。
アルバムを広げ、ワイワイとおしゃべりしながら
二人で一緒に見る。途中、三田さんがおやつを
持ってきてくれた。それをほおばりながら、なお
も見る。どのアルバムにも椿たちと仲良く写る
写真がたくさんあった。
このとき私は思った……。いじめをなくすことが
ゴールじゃないんだ。やっばり、未南と椿たちを
仲直りさせなければいけないんだ。それがスタート
始まりなんだ。仲直りがいじめをなくすことにきっと
つながるに違いない。
と……このとき、そう思ったんだ。
(64)
それから未南の家で夕食をごちそうになり帰宅した。
リビングでTVを一人で見てたお父さんに
「ただいまー」と元気に挨拶をした。
「おう。遅かったなぁ。お嬢様のお家はどうだった?」
「夢のようなひとときだったよ。ああ!
私もあんなお金持ちの家に生まれたかった」
私は少しおどけてみせた。
お父さんは無邪気に笑い。
「ハハハ。残念だったな。普通の弁護士の家庭で。
お金持ちになりたければ、お金持ちのボンボンと
結婚してくれ」
「ハイハイ、頑張ってそういう彼氏を作ります」
いま彼氏募集中ですよ。
「そうだ。そんなことより、聞きたいことあるんだ。
あのね。未南のお父さん、もうすぐ勾留期間が
終わるじゃん。未南のお父さんはどうなるの?」
「不起訴になれば釈放なんだが……。
検察には起訴しないように掛け合ってるよ。
まだ、どうなるかわからん、五分五分だ」
「それじゃあ。困るよ……。お父さんを
紹介した私の立場がないよ。なんか
ずばっと、無実を証明できないわけ?」
「やってないことを証明するには、やったことを証明
する以上に難しいって言ってね。今回は、痴漢を
したという客観的な証拠もないが、していない証拠
もない。あるのは被害者の証言だけだ」
「否認してるのに被害者の証言だけで起訴するの?
無罪推定の原則は? 疑わしきは罰せずでしょ?
証拠がないなら、不起訴でいいじゃん!
被害者が犯人を勘違いしているか、示談金
目当てで嘘を付いてるかもしれんし!」
「被害者の証言も立派な証拠なんだよ。
多くの性犯罪は被害者の証言だけで
起訴され有罪になっているんだよ」
「じゃあ。未南のお父さんも起訴されたら
ヤバイってこと? なんとかならないの?
防犯カメラの映像とかは? 目撃者は?」
「ああ、電車には監視カメラはないそうだ。
目撃者もいない。というか被害者の友人
が一緒に電車に乗っていて、その友人が
修倉さんを捕まえたらしい」
「友達は犯行を目撃してたってこと?」
「いいや。被害者から車内で痴漢されたと聞いて
電車から降りてから、捕まえたらしいぞ」
「電車を降りてからなの? その場じゃなくて…。
それなら誤認逮捕……真犯人が別にいる可能性
もあるってこと?」
「まあ、可能性はあるなぁ」
「未南は探偵を雇って事件のこと
調べてもらってるらしいよ」
「ほう。それはありがたい。いっそ探偵さんが
名推理で真犯人でも見つけてくれたら、おお
助かりだがなぁ」
「ちょっと! お父さんは、ちゃんと調べてるの?」
「俺だって被害者に会ったり、駅員に会ったり
最初に呼ばれた当番弁護士に会ったりで
いろいろやってるよ」
「被害者に会ったの? なんて言ってた?」
「示談でもいいって。加害者が反省してるならね。
まぁ修倉さんは最初の当番弁護士に会った時点
で示談の意思をきっぱりと否定したみたいだ」
「そりゃあ、そうでしょ? やってないなら
示談なんかしたくないよ。まぁ、でも示談
したら、それで不起訴になるの?」
「痴漢ならほとんど場合、そうなるかな?」
「示談金っていくらくらい?」
「まぁ、決まりはないけど……今回の場合
30万から50万くらいだろう」
「けっこう、もらえるんだ……」
と、いうことは、まさか?
「お父さん! 謎はすべて解けたかも?」
「解けたか? 名探偵さん。
あんま期待してないけど。
お前の推理、聞いてやろう」
「いいわ。聞かせてあげる! 私の名推理!
被害者と友人、二人は共犯者よ。一人が被害者役で
もう一人が捕まえる役ね 二人は共謀して痴漢を
でっち上げ、示談金をふんだくろうって魂胆ね」
「さすが名探偵と言いたいところだが。
それを立証するには証拠が必要だな。
証拠がないのに、それを言っていても
まったくの無意味だ。示談金と言っても
被害者は未成年なんだ。そうなれば、お金は
親の手に渡る。そのまま、被害者の手に入る
わけじゃない。それに被害者はなかなかの
お嬢様で家庭は裕福そうだ。そんな悪いこと
をするかな?」
「まさか? セントマリアの生徒ってこと?」
「それは言えない……」
「どこの学校? 被害者の名前はなんていうの?」
「悪いな。弁護士には守秘義務があるから、
相手の同意なしに、これ以上は話せんよ」
「私も弁護士事務所の一員だい! だから教えてよ」
「ダメだ」
「もう、わかったよ! なにはともあれ!
起訴されないように全力を尽くしてよね!」
(65)
「私、これで帰るね」
次の日。
3時限目の授業が終わると
未南は学校を早退していった。
昨日、探偵に会ったり
お父さんに面会に行くとか
言っていたから、その用事だろう。
あっ! そういやあ、昨日……。
未南と約束したんだ! 未南と椿たちが。
仲直りできるように全力でがんばるって……。
だから。私は思い切って椿たちと
話し合ってみようと思った。
話せば分かってくれるかもしれない。
椿たちは教室の前の方で、たむろしている。
椿、萌奈、由香子の3人……。
勇気を出して声をかけた。
「話したいことがあるんだけど……」
椿に向かって、遠慮がちに言ってみる。
「何? 私達の仲間になりたいの?」
椿から予想外の返事がきて少しビックリした。
「ええー? マジでこいつ仲間に入れんの?」
萌奈もビックリしている。
「えーと その。いや、そうじゃなくて」
「は? じゃあ、なんなの?」
椿が眉間にシワを寄せる。
あらら、どうしよう? それでいいのかな?
まず仲直りさせる前に、自分と椿が友達に
なればいいのかな?
「あっ やっぱり。友達になりたいなぁ、なんて……」
「いいわよ。私、あなたに興味があるし……」
あらっ あっさりOKなん?
「ただし……。一つだけ条件があるわ。それは
未南とは一切、口を利かないこと。守ってね」
ええ!? そんな条件困るよ……。
そんなことできない。未南、無視したら
私もいじめっ子の一員になってしまうよ。
「悪いが椿、そんな約束はできないよ。
未南は私の大切な友達だ。裏切れない!」
私は首を横に振り、椿の提案をきっぱりと断った。
「お前! 椿と友達になりてえんじゃねえのかよ?」
珍しくしゃべった由香子が攻撃的な口調で責めてくる。
椿はムッとした表情から、すぐにニヤリと笑った。
「楽しい学園生活を送るか、地獄を見るか!
ここが分かれ道よ。よく考えて答えを出しなさい」
その言葉の意味を考える間もなく、私は声を発した。
「私は、椿とも、萌奈とも、由香子とも。
仲良くしたいと思ってる。でも違うんだ!
椿……。本当は未南と仲直りして欲しくて
みんなに声をかけたんだ」
椿はキツイ視線で私を睨むと。
「いやよ! あいつだけは絶対に許せない。
見てるとイライラするの! 私とあいつの
人間関係は、もう終わったのよ!」
私に向かってヒステリックにそう叫んだ。
「過去のことを思っちゃダメだよ。
何であんなことしたんだろう……。
って怒りに変わってくるからね。
大事なのは今でしょ? それに。
もう終わったとか早すぎるでしょ?
私達は、まだたったの17年しか
生きてないじゃない? この先の
人生の方が、まだ長いのよ!
17年間の友情もすばらしい物
だったと思うけど、これから続く
何十年もの友情はもっとすばらしい
物だと思う」
私は熱く熱く、椿に語りかけた。
「うざいわ! あんたに何が分かるのよ!」
椿が、わなわなと肩を震わせながら叫んだ。
「確かにそうね……。出会ったばかりで
まだ何も分かってないかもしれないけど。
でも昨日ね。未南のおウチへ遊びに行ったの。
そこで中学時代のテニス部の写真やアルバム
を見た。そこには嫉妬しちゃうくらい仲の良い
椿と未南の姿があった。それを見て! 絶対
仲直りさせなきゃ、って思ったんだ! だから
お願い! 頼むよ椿!未南と仲直りしてあげて!」
私は深々と頭を下げ、椿にお願いしていた。
「随分、必死じゃない ああ、そうだ! あんたが
土下座したら、少しは考えてあげてもいいわよ」
そんな私を見下すような感じで、椿は言った。
「おお、それいいねーーー。 やれよ、奈緒!
そんぐれーやれんだろ? DO GE ZA!」
萌奈が手を叩き、馬鹿にしたように言う。
え? 土下座なんて……。
いくらなんでも、そんなことはしたくない。
でも、でも。ここで尻尾を巻いて逃げるわけには
いかないんだ。みんな闘ってるじゃないか!
未南も! 未南のお父さんも! お母さんも!
美鈴さんも! 私のお父さんだって!
私だけ逃げちゃダメだ!
私も闘わなくちゃ!
「やるよ……土下座します……」
そう言って私は正座をして。
一呼吸置いてから。
地面スレスレまで頭を下げ
椿に向かって土下座した。
「椿の条件が土下座なら、私は上履きを
舐めてもらおうかな!」
この声は萌奈の声だ。
目の前に、萌奈の右足が踏み出される。
「そ、そんなぁ……。いくらなんでも、それは」
私は、消え入るような涙声で、萌奈に訴えた。
「やらねえんだな!? やらねえなら、私は
未南とは仲直りなんかしねえよ!」
「ちょっと待ってよ。 だって普通に考えたら
そんなことできるわけないじゃん!」
「そうかぁ? ペロッとひと舐めすりゃーいいんだよ!
別に舌で舐めまわせとか、言ってんじゃねーしなぁ。
この程度のことができない奴の願いなんか聞けるか
未南との仲直りはそんぐれー無理ってことだよ!」
萌奈に罵倒され、私の心は激しく動揺する。
くっ……。覚悟を、覚悟を決めなければ……。
決めた! やる! やってやる! やるぞーー。
私は萌奈の上履きに顔を近づけ舌を出した。
すでに正常な判断力を失っていた。
「キメえ こいつマジで私の足、舐めようとしてる
こいつ、頭おかしいんじゃね? キャハハハ!」
萌奈の言葉で我に返り、身体を起こす。
「本当ね! プライドのないクズ女だわ!」
椿は吐き捨てるようにそう言い
私のことを侮辱した。
くやしい、くやしい、くやしーーい。
ショックのあまり教室を飛び出していた。
辛いよ…………泣けてきた。
だが、人前で泣くのが、恥ずかしかったから
泣く場所を求め、急ぎ足でトイレに駆け込んだ。
個室に入ると同時に目から涙があふれ出てきた。
しばらく泣いたあと、流した涙をハンカチで拭き
トイレから教室に戻った。
教室に戻ると何人かがクスクスと笑った。
不思議に思って、自分の席に戻ってみると
机とイスが水浸しになっていた。
誰が、こんなひどいことしたんだよ!
私の胸に烈火のごとき怒りが込上げてきて
一気に解き放たれた。
「ふざけんなぁー! 誰がこんなことしたのよっー!」
教室全体に響き渡るような声で、私は絶叫した。
とたんに、ザワザワとざわつく教室の生徒達。
その中の一人、榊田真紀が私の前に歩み寄ってきた。
「うるせーんだよ! 大きな声をだすなっ 馬鹿女!」
ヤンキー風の口調で榊田真紀が怒鳴る。
さ・か・き・だーー。オマエがヤったのかーーー!
「榊田真紀! これはオマエのしわざか!?」
私は、ずぶ濡れの席を指し、大声で問い詰めた。
「はぁ? なんのこと? 知らねーよ!」
榊田のやつーー。トボケやがってっ。
「しらばっくれんなー。どうせオマエがやったんだろ!」
私は、そうと決め付けるように言った。
「ちげーよ。アタシじゃねーよ!
証拠あんのか? 証拠は、よっ!」
証拠だと? あるさっ!
ここに居るクラスメート!
全員が証人だっ!
「証拠ならあるよっ!」
私は榊田真紀に自信満々な態度を見せた。
「あるんなら、出してもらおうじゃねーか? その証拠を!」
榊田真紀が私をにらみつけて言った。
「これだけ人がいれば、当然!
目撃者がいるってことよ!」
「ばーか! オマエの味方なんて
このクラスに一人もいないんだよ」
「――――! そんなことないもん……」
「おめでたい子ね。自分がどんだけ
嫌われているかも知らないなんて」
「くっ……。犯人は、絶対この教室の中にいる!
誰か教えて! 犯人を知ってる子がいたら!」
私の呼びかけに応じる生徒は一人もいなかった。
「ねぇ、知らない?」
近くにいた大野さんに聞いた。
「ごめん、知らない」
と大野さんは返事した。
「これ誰がやったか知らない?」
さらに杉山さんにも聞いてみる。
「知りません」
と杉山さんはそっけない返事をした。
「あっ!」
央弥ちゃんと目が合った。
央弥ちゃんなら、教えてくれるかも?
だが央弥ちゃんは目をそらす。 なんで?
なんで、央弥ちゃんまでそんな態度とるの?
奈緒の味方になってくれないの?
「どっちにしてもアタシがやったんじゃねーけど」
榊田真紀の言葉が素直に信じられなかった。
榊田真紀は犯人じゃないのか? 椿達の仕業か?
そうかもしれないけど、その証拠がない。
あいつらに聞いても、しらばっくれるだけだ。
たとえクラスに目撃者がいたとしても
誰も真実を語ってくれないだろう。
だって、このクラスは、全員がいじめの
共犯者なのだから……。
「わかったよ。のちに真実が分かったときに
あなたのウソがバレるかもしれないけどね」
私は、しばらく考え込んだのち発言した。
「だ・か・ら。ウソなんて付いてねーよ。
しつけーなぁ、オマエ」
榊田真紀は、あくまで否定するつもりだ。
そういえばコイツには……。
もう一つ聞きたいことあった.
「それは、そうと、アンタ、昨日
掃除サボって帰ったでしょ?
未南、一人に掃除させてぇ!
知らんとは言わせないよ!」
「ああん、用事があったんだよ」
「ウソ付け! なんで全員、帰るんだよ」
「知らねーよ、そんなん。
アタシは仕事があったんだ」
「仕事って? バイトのこと?」
「家の手伝いだ! 父親がガンで入院してなぁ
親の代わりに私が働いてんだよ。ウソじゃねーよ」
榊田真紀が悲しい表情を見せた。
「ホント? それは、大変だね……」
てっ あれ また、だまされてるのかな?
トイレで未南をびしょ濡れにした件もあるし
簡単に信用してもいいのかなぁ?
「それより、それ早く拭いた方がいいんじゃね?
もうすぐ授業が始まるぞ。アタシは拭くのを
手伝っては、やれねーけど」
榊田真紀が私の机を指差して言った。
「ああ、そう言われてみれば、そうだ……」
私は雑巾を取りに、慌てて掃除ロッカーへ向かった。
(66)
午後六時過ぎ。
部活が終わった。
疲れた、疲れた。
早く着替えて帰ろう……。
部室で着替えを始めた。
「お疲れ様です」
着替え終わって、一足先に部室を出ていく大谷先輩に挨拶をした。
星野先生の体罰がなくなって以来
キャプテンは、いきいきとしている。
練習中のミスも少なくなった。
きっと、星野先生に怒られるから
緊張してミスを連発してたんだと思う。
何はともあれ、良かった、良かった。
「お先……」
なんて考えてると、央弥ちゃんが
ポツリと一言、言って帰ろうとする。
「待って! 一緒に帰ろうよ!」
制服に着替えずにジャージーを着たまま
帰ろうとする央弥ちゃんに声を掛けた。
「いいけど……」
央弥ちゃんは足を止めた。
聞きたいことあるんだ。
央弥ちゃんに……。
私は央弥ちゃんのあとを追うように
部室の外に出た。それから。お互いの
自宅に向かって、二人で肩を並べ歩き出す。
「何か話したいことがあるんでしょ?」
央弥ちゃんが話を切り出した。
「う、うん」
お察しの通りです。
「私の席に、水をぶちまけたの誰か知ってる?」
「知ってるよ」
やっぱり知っているのか!
誰がやったか見ていたってことだよね?
「誰がやったの? 榊田真紀?」
「やったのは真紀じゃない」
「じゃあ? 誰?」
「それ聞いてどうするの?」
どうするって? そりゃあ……。
「怒るに決まってんじゃん!
もう最高に腹立ったもん!」
「なら、教えない!」
「???」
なんで?
まっ、まさか? あなたも?
もしかして? あいつらの仲間なの?
椿たち、いじめっ子組織の一員なんじゃぁ?
仲良くするフリをして、こっそりスパイとか?
「教えてよ! どうして教えてくれないの?」
「喧嘩になるじゃない、知ったら」
って……違った……。あのイタズラを誰がやったか
知ったら、喧嘩の火種になるからか……でも。
「いいんだよ。一度ガツンと言ってやらないと」
「あなた、自分がいじめの標的になってるの、
わかってる? あなたのやってることは
正しいかもしれないけど、他人のために
犠牲になるなんて馬鹿らしいわ!」
「馬鹿らしいって何よ! 困っている人を助ける!
いじめられてる子がいたら助けるのは当然じゃない!」
私は興奮気味に言った。
「私にはできない。他人のためにそこまでは……」
「央弥ちゃん。将来、医者になりたいんだよね?
病気で苦しんでる人を助けたいって言ってたよね!
それなのになんで? ウソだったの?」
「医師は、それが仕事だから! 当然のことを言っただけ。
他人のために自分が犠牲になることとは別問題だよ。
放っておけばいいのよ。いじめがエスカレートして
大問題になれば、あいつらに大きな罰が与えられるから」
「その考え方は間違ってるよ。
どうしてキャプテンが体罰を受けてたのに助けないの?
いじめを受けてる子を助けないの?
自分には関係ないからって助けないのは卑怯だよ。卑怯者だ!」
私は強い口調で責めた。
「あなたにそんなこと言われたくない!
私は卑怯者じゃない!卑怯なのは
体罰をおこなった星野や、いじめをしてる姫川よ」
「いじめの傍観者は共犯者だ」
「人を犯罪者みたいに言うな! 私だって怖かったの。
体罰に反発したらレギュラー外されたり、自分も体罰を受けるかもしれないし
大好きなバスケを辞めることになるかもしれない。いじめを止めようとして
自分がいじめられたり、クラスから孤立して一人ぼっちになるのも怖かった」
央弥ちゃんは目に涙をため、そう言うと、私を置いて走り去っていった。
うわー! どうしよう?
すごく傷つけてしまったみたいだ。
これから……央弥ちゃんとは……。
どうなってしまうの?
私は後悔と自責の念に駆られ、しばらく
呆然とその場に立ちつくしてしまった。
(67)
それから。
とぼとぼ歩いて帰宅した。
法律事務所に顔を出し。
お父さんに声をかける。
「ただいま」
「おかえり」
「元気ないなぁ、なんかあったのか?」
お父さんが心配そうに聞く。
「うん、まあ、ちょっとね」
わたしは、今日あった出来事を
振り返って、はあ、と溜息をつく。
「まぁ、その話はあとでゆっくり聞いてやる。
それより、こっちは大変なことになったぞ!
悪い知らせだ」
「え? 何?」
今日は厄日だから怖いよ。
「修倉さんが起訴されてしまった」
「ええっ!」
私はびっくりして叫び声を上げてしまった。
なんで? なんで? なんでー?
「なんで起訴されちゃうの?
客観的な証拠も少ないし、
痴漢の被害者の証言だけじゃ
起訴できないと思ったのに」
「俺もそう思ったんだがなぁ」
「なにやってんの? しっかりしてよ!
起訴されないようにするのがお父さんの
仕事でしょ?」
「まあ、そうだが。起訴するかしないかを決めるのは
検察で、俺が決めるわけじゃないからなぁ」
「それじゃあ。さあ? これから
痴漢事件の裁判になるってこと?」
「ああ」
「未南のお父さんは、いつになったら
家に帰って来られるの?」
「保釈請求が認められればいいんだが
認められなければ、裁判で被害者の
証言が終わるまで保釈されんかもしれん」
「それって、どのくらい?」
「3ヶ月後か4ヶ月後か、どのくらいになるかわからん」
「げっ。そんなに長くっ」
痴漢で捕まると大変なことになるんだなぁ。
やってないって言ってるのに、起訴されて
裁判になるんだもん。それに何ヶ月も家に
帰れない可能性があるなんて……。
未南、落ち込んでるだろうなぁ。心配だ。
「私、ちょっと、未南に電話してくる」
私は、法律事務所を出て、家に戻り
未南に電話をかけた。
御飯どきだけど未南は出てくれるかな?
「はい」
未南の声だ。
「あっ、奈緒だけど。さっきお父さんから
未南のお父さんが起訴されたって聞いて
心配で電話かけてみたんだけど……」
「そうなんだよ……。私もお母さんもショックで。
お母さんなんか、御飯も食べずに布団で寝てるし
私も、食欲なんくて、ほとんど御飯食べてないよ」
未南はしょんぼりと、低いトーンで弱々しく話す。
「ごめんね。私のお父さんの力不足で。
未南たちには本当に申し訳ないよ」
私は電話越しに頭を下げた。
「ううん。奈緒のお父さんのせいじゃないよ。
でも……でも……。どうしてこんなことに
なっちゃったんだろう……」
未南は涙声だった。
「そうだよね。いつもどおり通勤してただけなのにね」
私も同情して、ちょっと泣きそうになった。
「もしかしたら お父さん…………。
ほんとは痴漢しちゃったんじゃないのかな?」
思いがけない未南の問い掛けに。
「えっ? と……そんなことないと思うけど?」
一瞬、戸惑って言葉に詰まった。
「でも、そうじゃなきゃ、捕まったりしないよね?
もし、本当にしたんなら、私は許せない……。
お母さんも、もしお父さんが痴漢してたら離婚
するって言ってるし」
「待って、冷静になって考えよう!」
動揺する未南を落ち着かせるように言った。
「世の中には間違えて逮捕されたり。
してないのに裁判で有罪になったり
する人がいるのよ。TVや新聞でも目
にするでしょ? お父さんがしてない
って言うなら、信じてあげようよ」
「うん。信じたいよ。お父さんに限って
そんなことするとは思えないもん」
未南がハッキリとした声で言った。
「私も協力するからガンバろう!
裁判で無罪判決を勝ち取ろう!」
「うん」
未南は力強く返事をした。
(68)
翌日、朝練を終えた私は、教室の
自分の席でぼんやり考え事をしていた。
「おっはようっ!」
ボーとしている私の背後から。
未南が元気に挨拶してきた。
突然、声をかけられ。
どきんっ!
うわー!
ビックリしたっ!
あわてて振り返り。
「あっ。おはようっ」
と挨拶を返す。すると
未南は笑顔になり明るい表情を見せた。
それを見て、ほっと一安心する。
昨日の夜は、すごく落ち込んでいて元気
なかったけど、今日は元気そうでなりよりだ。
「昨日は、ごめんね。長電話しちゃって。
まだ御飯を食べてなかったんだよね」
「いいよ。いいよ。気にしなくて」
昨日は、かれこれ一時間ほど電話してたんだよなぁ。
「また色々と相談にのってね」
未南は、そう言いながら。
私の横の自分の席に座ると。
カバンを机の上に置いた。
「早退した分の授業のノート貸してあげるよ」
私は、とっさに数冊のノートを手に持ち
未南に聞いてみた。
「ありがとー。ほんと助かるよー」
ノートを手渡すと
未南から、おもいっきり感謝された。
そのあと、いつものように談笑していると
「未南。おはようっ!」
私の正面から。女性があらわれ
気品のある美しい声で挨拶をした。
誰だろう?
と思って顔をあげると……。
そこには。
姫川椿が立っていた! しかも
私達に向かって、天使のようにほほ笑んでる。
椿って本当に綺麗!
顔は整っていて、めちゃ綺麗なの!
髪はサラサラで、顔、小さいし。
すらっとスタイルが良くて。まるで
少女漫画から飛び出てきたような
本物のお嬢様って感じがするんだ。
「おはよ……」
未南は少しおびえた様子で挨拶を返す。
椿は軽く笑みを浮かべてみせてから。
「もう仲直りしましょう!」
と思いもよらない言葉を口にした。
椿の、あまりに突然の申し出に。
「えっ?」
未南も、私も、驚いて固まってしまう。
「昨日ね、奈緒が土下座してきたのよっ!
未南と仲直りをしてくださいってね」
いや、正確には土下座させられたんですけど……。
「奈緒が私のために、そんなことを。
ありがとうっ! 私なんかのために」
未南は目をうるうるとさせている。
私は軽く首を振る。
「いいよ。そんなこと気にしないで。
仲直りできてよかったねっ! 椿と」
未南……。本当に、本当に良かったね。
これで、めでたし、めでたし、かな?
「待って、仲直りする前に、あなたはやらなきゃ
いけないことがあるんじゃないの?」
ん? 私が、そう思った矢先。
椿がなにやら注文を付けた。
「???」
意味がよくわからなくて目が点になる。
「えっ? なんだろ?}
未南もわかっていないようだ。
椿の目つきが、きつくなった。
「修倉先生、痴漢で起訴されたようね。そのこと
みんなに謝罪しなさいよ、いますぐにっ!」
戸惑う未南をにらみつけると
「名門セントマリア学園の名を汚したこと
この場で、みんなに詫(わ)びなさい!」
椿が、かなりきつい口調で言い放った。
ああ、そのことか……情報、早いなぁ。
もう、それ知ってるのか……。でも
それ今、言わなきゃ、あかんの?
また、なんか、たくらんでる?
「それ前にも謝罪したじゃん」
「だから,あらためてしろって言ってんのっ!」
椿がイラッとした口調で言葉を返す。
椿のきつい言い方に、未南が顔をこわばらせる。
「そうよね。みんなに謝罪しなきゃ……」
「そうよ。そうと、決まったら
教壇へ行きましょうっ!」
椿は、未南の手を強引に引っ張り
席を立たせると、二人で教壇へ向かった。
私も、慌てて席を立ちに
後を追うように教壇へ行く……。
椿と未南は並んで教壇に立った。
「みなさーん! 未南がお話があるそうよ!」
椿が、大声で言うと教室の生徒全員が
一斉に教壇の前へ集まってくる。
恥ずかしそうにうつむく未南が、顔を上げ
意を決したように口を開いた。
「痴漢で逮捕された父が起訴され
裁判を受けることになりました。
このような事態になり、みなさまには
多大な迷惑をかけ申し訳ありません。
心よりお詫び申し上げます」
未南は深々と頭を下げた。
「おいっ! 未南! その程度の謝罪で
許されると思うなっ! 土下座しろっ!」
汚い口調で、罵声を飛ばしたのは、萌奈だった。
「土下座! 土下座! 土下座!」
さらに萌奈は手拍子をしながら土下座コールをする。
そうすると教室のあちこちから
同様の土下座コールが沸き起こった。
「土下座! 土下座! 土下座!」
クラスメートが声を合わせ土下座コールを繰り返す。
「土下座! 土下座! 土下座!」
なんだ? この異様な光景。
ドラマじゃあるまいし。 何かがおかしい……。
まさか……。最初から仕組まれたシナリオなのか?
そうだ! 罠だ!
これは罠なんだ!
最初から仕組まれた!
罠なんだ!
「未南、やめて! その謝罪で十分だよ!」
私は、未南の土下座を阻止しようを大声を上げた。
しかし声は届かず、未南はガックリと膝をつくと
両手を付き、床に頭を付けて土下座したのだった。
土下座したまま微動だにしない未南。
教室の土下座コールがやむと同時に
未南には多数の罵声が浴びせられる。
汚い言葉で罵(のの)る女子生徒たちは
未南に向かって容赦なく 紙クズなどを
叩きつけるように投げつけた。
未南を、めがけて誰かが投げたペットボトルが。
未南の頭部を直撃した……。
「痛いっ!」と未南は悲痛な声を上げる。
転がったペットボトルを見ると。
まだ中身、かなりの量が
入ってるじゃん!すごく痛そう……。
「もう! やめてー!」
私は、両手を横に広げ、その身を盾にした。
「未南をかばうなら、お前も敵とみなす!」
萌奈が脅すように言った。
「全クラスメイトが私たちに弓を引くなら
その矢! この身で全部受けて止めてみせる」
「はぁ? お前なに言ってんの?」
萌奈が怪訝な顔で言う。
カッコつけたつもりが意味不明になってしまった。
それより未南は大丈夫かな?
私は急いで未南のもとに駆け寄った。
「未南? 大丈夫? 痛くない?」
私の問いに、未南は「平気だよ」と笑顔で
返事したが、目からは涙がこぼれ落ちていた。
「許せない……こんなひどいことするなんて」
いじめ行為に腹を立てた私は、みんなをにらみつけた。
「もうやめて! こんなことして何が面白いの?」
「面白くないわよ……。でも。
ざまあみろって思うわっ!」
そう答えたのは椿だった。
「未南は友達だったんでしょ? それなのになんで?
なんで、そんなこと言うのっ?」
私の問いかけに椿は少し寂しげな表情を見せた。
「ずっと前から、未南こと憎んでた。
自分より優秀なことにムカついてた」
椿は未南を見つめながら言った。
「えっ?」
どういうことだ?
「この子。 成績はいつも一番で、私が
遊ぶのや寝る間を惜しんで勉強しても
一度も勝てなかった。テニスだって
そうよ。高校の全国大会で優勝したとき。
笑顔でおめでとうって言ったけど。
すごく嫉妬して、意地悪してやりたい
って思った。だからと言って、その時
何かしたわけじゃないけどね……」
切々と語る椿の声が教室に響く。
未南は激しく動揺していた。
「椿っ! ごめんね。私、そんなことに
ぜんぜん気がついてなかった。
椿の気持ち、考えずに無邪気に喜んでた。
私が、勉強やテニスで一番になることで
椿は、いっぱい傷ついていたんだね。
ほんとに、ほんとに ごめんなさい」
未南は錯乱したように髪を振り、号泣し始めた。
「お前なんか、いなくなればいいのよ!」
椿が未南に向かって叫んだ。
「今すぐ、この学校から出て行け!」
感情的になった椿は、容赦なくキツイ言葉を浴びせた。
ちょっと! 待ってよ!
さっき仲直りするって言ってたのに……。
ぜんぜん、そんな雰囲気ないじゃん。
友好ムードゼロ。まるで地獄だよ。
「もうやめて! 仲直りしようって
言ってたの! 忘れてなあい?」
私は二人の間に割って入り、椿に向かって叫んだ。
「忘れてたわ……。でもこの状況見たら
そんなの不可能ってわかるでしょ?」
椿は私に向かって、冷たく言い放った。
「真の友情って、こういうときに
発揮されるんじゃないの?
苦しんでいる友達を助けるのが
見せかけではない本当の友情だよ。
意地を張って永遠の親友を失うか
仲直りして永遠の友情を得るか。
ここは、大きな分岐点だと思うよ」
椿はしばらく沈黙したあと
「友情って? 先に裏切ったのは未南じゃない?
勘違いしないでくれる? 私は被害者であって
加害者じゃないのよ? 友情を破壊したの未南だから」
もろもろの事情はわかっている。
確かに椿の言うことも一理ある。
だが、しかし……。
「椿の言うとおりよ。 もうすぐ
先生来るし、ここ片付けなきゃ」
未南がゴミの片付けを始める。
私も一緒に掃除を手伝い
せっせっと掃除して綺麗にした。
もう椿と仲直りなんて無理だよ!
口には出さなかったが、心の中で
そう、思った。
(69)
その後、担任が来て。
なんも事情を知らない先生が
「朝のホームルーム終わります」
あっという間に終わらせた。
ああ、言いてぇ。
さっき教室で起こったこと……。
先生に言いてぇ。
でも未南が先生に言うなって言うし。
ああ、マジで!
先生!!!
未南が、いじめられてますって、大声で叫びてぇよ。
「先生! ちょっといいですか?」
「何ですか柄谷さん?」
央弥ちゃん? なんだろう?
彼女が先生をことを呼び止めた。
「修倉さんが、いじめにあっています」
えー!? 驚愕した!
央弥ちゃんは予想だにしない言葉を先生に投げかけた。
先生が、すんごく驚いた表情を見せる。
「え? 修倉さんがいじめられている?」
「はい。私は、それを知りつつ傍観者でいた卑怯者です」
「誰ですか? 修倉さんをいじめているのは?」
央弥ちゃんは、すっと立ち上がると
一人の生徒をゆっくりと指差した。
「そこにいる姫川椿です」
央弥ちゃんは、椿の名前を挙げた。
その瞬間、教室が静かになる。
「違います! 私はいじめなんてしてません!」
静まり返る教室で、誰よりも早く
声を発したのは姫川椿だった。
「嘘つくな! 今朝だってクラス全員で
未南いじめてただろ? あっ、私と川上さん
を除くクラス全員ね」
央弥ちゃんが椿の発言をあっさりとくつがえす。
「姫川さん、本当ですか?」
先生が椿に聞く。
椿は立ち上がり。
「柄谷さんの誤解です。今朝は、痴漢で捕まった
修倉先生の件で未南が謝罪したいと言ったので。
クラスメートに謝ったところ。激しいお怒りを
受けただけのこと。それをいじめだと柄谷さん
は勘違いしているだけです」
先生に向かって必死に釈明した。
「そのとおりです! 椿は私をいじめてなんかいません!」
私の隣の席に座っている未南が
椅子から勢いよく立ち上がって
大きな声をはり上げた。
椿は驚いた表情で未南を見た後、口元に笑みを浮かべると。
「そうよね! 未南。私、いじめてないよね!
当然よね。私たちは親友だもんね……」
どういうこと? 親友じゃないじゃん!
先生の前では、そうやって、いい子振るわけ?
なんだんだー、こいつは! 信じられない!
結局、椿は巧みな話術で、このピンチを乗り切ってしまった。
(70)
一時限目の授業が終了した直後。
私は未南を教室の外に連れ出した。
未南に聞きたことがあったからだ
未南?
「さっき。なんでいじめられていないと言ったの?」
央弥ちゃんの勇気ある行動を踏みにじる行為に
不信感を抱き、やや責めるような口調で聞いた。
「う、うん。ごめんね……」
未南が沈んだ様子で答えた。
「椿のこと、かばっちゃったんだ……。
あんな風に言われて、困っているから
助けてあげなきゃって思って。でも椿。
私のこと親友って言ってくれたよね?
私ね……すごく嬉しかったんだ……」
急に、未南の表情が明るくなった。
はぁ? 未南のこといじめてるかもしれない奴に
都合のいい時だけ親友って言われて何が嬉しいの?
「もう、椿の言うことなんか、簡単に信じたらダメだよ!」
「でも! 朝だって、仲直りしましょうって言ってくれたよ!」
「あんなの嘘に決まってるよ」
私だって最初は信じてしまったけど
あのあとの展開を考えたら、椿が
嘘をついたと、言わざるを得ないよ。
(71)
椿と未南の仲直りなんて無理だよ!
と思っていた矢先……。
予想だにしない出来事が起こった!
「なにぃ? 椿たちと仲直りしたぁ?」
私は、すごくビックリして、おもわず大声を出した。
「椿がね。今までのことは全部水に流して
仲直りしようって、言ってくれたの!」
未南は目をキラキラと輝かせて、嬉しそうに言った。
「それ、ホント? また、あいつら、なんか
企(たくら)んでるんじゃあないの?」
未南の表情がガラリと変わり
不安そうに私の顔を見上げる。
少し間があってから。
「大丈夫よ! 私たち、ずっと友達だったんだよ!
今度こそ、本当に仲直りできる。してみせる!」
未南は、そう言って、笑顔で両拳をぐっと握りしめた。
「う、うん。そうなればいいんだけど……」
正直、そんなに簡単にうまくいくのかな?
「ただ、ひとつだけ条件があってね」
未南は困った表情になった。
「条件?」
椿の出した条件って……まさか?
「奈緒の友達をやめること。口も利いちゃダメって」
「なぁ、なによ! それ!」
椿は以前、私にも同じ条件出したよね?
その時は、もちろん断ったけど……。
「まさか、その条件! のむつもり?」
「うん……」
未南は目をそらし、どこか後ろめたそうにしている。
マジかよ! 未南に裏切られた!
私たちの友情って……。
この程度の物だったの?
未南の背信行為に怒り心頭だよ!
だいたい、いつ? 椿と話をしたっていうの?
休み時間、私とずっといて、椿とは会話してないじゃん!
未南、今までイイ子やなぁこいつって目で見てたけど今回のは草
未南とんでもないモンスターだった件について
これあとから裏切られるパターンだと思った
いつもそのタイミングで、今回の奈緒的な立場の子は
相手側つきゃいいのになんで許すんかって思う草草の草
やばたにえんの麦茶漬けなんだが
本当のモンスターは姫川椿だけどね
未南の父親が捕まったのは、彼女が陰で糸を引いてます。
そのことがいじめ裁判であばかれると、事件に関与してない、親友の萌奈に
罪をなすりつようとする悪人ぶりです。当然、萌奈は罪をかぶるわけもなく
友情は崩壊します。
ちなみに。
未南は最初から最後まで悲劇のヒロインですが、ラストシーンでは
彼女がプロテニスの四大大会で優勝するシーンで幕を閉じます
(71-2)
「だいたい、いつ? 椿と話をしたっていうの?
休み時間、私とずっといて、椿とは会話してないじゃん!」
心の中で思ったことをそのまま口に出す。
「スマホだよ……」
未南はすぐに答えた。
まぁ。そうだよね。
スマホあれば、会わなくてもコミュニケーションとれるもんね。
仲直りもそうだけど、愛の告白なんかも、最近はスマホってときもあるからね。
面と向かって言うのは気まずいときや、恥ずかしいってときには便利な道具だ。
とりま、謎は解けた。
でもでも、話はこれで終わりってわけにはいかない。
私、未南に言わなきゃいけないことがある。
未南のこと、本当に友達だと思っているなら、なおさらのこと。
私は椿の魂胆を見抜いている……つもりだから。
「スマホで仲直りしたの……。今から椿のところに行ってきていい?」
未南の声にハッとする。
しまった! 黙っていたら、未南がしびれを切らしてまった!
「待って!」
あせって、大きな声を出す。
未南! 椿のところへは行っちゃダメだよ!
「椿に呼ばれているの。早く行かなきゃ」
「で、でも! 行かない方がいいよ!」
私は必死で引き止めた。
「行くなって言うの?」
「いじめられるだけだよ」
「いじめられる?」
「そうだよ! 仮に仲直りしても、友達のフリをしていじめるつもりなんだよ」
「友達はいい人、クラスのみんなは優しい。将来はいい高校、いい大学に入り、いい会社に入りたい。勉強は大切、成績は上げたい」
162:匿名:2020/04/02(木) 22:12間違えてかきこんじゃった
163:匿名 hoge:2020/04/02(木) 22:39
(71)未南が椿と仲直り。
(72)未南に絶交され、奈緒はぼっちに。
(73)同じく友達から絶交されて、ぼっちになった央弥と奈緒が友達になる。
(74)未南がいじめられてないか?奈緒は、いろいろさぐる。いじめの証拠みつけられず。
(75)未南、成績が一番から陥落、性格もどんどん暗くなっていく感じになる。
そうして、このまま一学期が終わり、学校は夏休みに入ります。 パート1 終了。
(76)インターハイ出場。結果はベスト8。転校前の学校と対戦して敗戦する。
165:匿名:2020/06/11(木) 22:16 (77)
8月10日 【AM10時 裁判所】
バスケのインターハイが終わって、結果はベスト8。
バスケロスみたいなのを感じてる今日この頃。
今日は、夏季補習を休み
未南のお父さんの裁判を
傍聴するため裁判所へ来ていた。
被告人の弁護人は私の父、川上正義。
弁護士事務所を開設して初めての
刑事裁判となる。
法廷の前に着くと
そこに、未南の姿があった。
未南はセントマリア学園の制服を着て
まだ開廷していない法廷の前に立っていた。
未南とはあれ以来、ほぼ口を利いてなかった。
会話するのは何だか、気まずかったが
こちらから声をかけてみることにした。
「未南……」
「あ...奈緒....」
声をかけると未南が気が付いてこちらを見た。
「お父さんの裁判、見に来たの?」
「そうだよ」
出会った当初とは打って変わり
未南は疲れ果てた様子でやせ細り
まったく覇気が感じられない。
いろいろ大変だったね。
でも……事件は解決するからね。
謎は、すでに解けた。
今回の事件の背後にいる真の黒幕は
やっぱり、あいつらだったんだ。
「安心して……。お父さん、痴漢の犯人じゃなかったよ」
「えっ? どういうこと? 真犯人みつかったの?」
未南は自分の耳を疑うように聞き返してきた。
もう終わりでいいかな
168:匿名 hoge:2020/12/20(日) 09:04一度でも読んでくれた人、ありがとうございました。
169:匿名:2021/05/26(水) 22:09 さあ、ここから。
名探偵!奈緒の謎解き開始だ!
と意気込んだ瞬間。
目が覚めた……。
目に飛び込んできた光景は、私の部屋だった。
あれ? ここは家?
私はベッドの上で寝ていた。
なあんだ夢だったのかよ。
もしかして? すべて夢だったの?
そんな錯覚に陥る。いやいや。
そんなわけないよね、きちんと記憶があるもん。
転校してきたこと。
未南と友達になったこと。
そして、いじめにあったことも……。
しっかりと覚えている。
未南は椿たちと仲直り。
私は未南から絶交されてしまい。
のちに央弥ちゃんと友達になる。
ってところまではっきり記憶があるぞー。
(裁判シーンも書いたけどおもしろくないので終わり)
(78回)(未南がおごらされているところを目撃)
夏休みも終盤にさしかかった8月20日。
高級スイーツで有名な、とあるレストランに央弥ちゃんと二人で来ていた。
目の前には、店員が持ってきたバースデーケーキがあってテーブルを華やかに彩っている。
今日は私の誕生日なのだ。
「おいしい。さすがスイーツで有名なお店だね」
高級な甘味が、私の舌いっぱいに広がる。
「私からの誕生日プレゼント、喜んでくれて嬉しい」
「本当に、おごってもらっていいの?」
「いいよ、プレゼントなんだから」
それから、私たちは2時間ほど食事をして楽しい時間を過ごした。
「じゃあ会計は私がするね」
会計伝票を右手に持ち、央弥ちゃんが席を立った。
私も席を立ち、二人でお店の入口付近にあるお会計に向かう。
視線の先には自分と同じ年頃の女の子4人組がいる。
雰囲気的に、この四人組も今から会計に向かうのかな。
あれ? もしかして?
この四人組は椿たち? だよね?
椿に、萌奈に、由香子に、未南だ。
「最悪、姫川たちじゃん」
ぼそっと低い声で央弥ちゃんが言い放つ。
央弥ちゃんも椿たちの存在に気が付いたようだ
正直、このレストランにいるの気が付かなかったわ。
椿たちも、恐らく私たちに気がついてないだろう。
話しかけようかな? どうしようかな? 迷う。
クラスメイトでも仲がいいわけじゃないし
最近は未南も、私のことをガン無視してるし。
今は話したくないかな……。
央弥ちゃんも同じ考えなのか、無言のままだ。
ここは、とりあえず様子見ってことにして。
ちょっとだけ歩調を緩めて歩く。
私たちに気が付くことなく
椿たちが先にレジに到着した。
「会計、お願いします」
未南が会計伝票を渡すと
「お会計15980円になります」
店員が明るい声で言った。
一人当たり4000円か? 高い!
まあ、この人たちはお金持ちだもんね。
このくらいは普通かぁ……。
面白いですね頑張ってください
177:りさ hoge:2021/05/31(月) 17:08ありがとうございます
178:りさ hoge:2021/05/31(月) 18:58 未南が店員とやりとりをして
現金で支払いを終えると
4人は出口へ向かって歩いていく。
もう友達でいられないのかな? とか思いながら
私は、寂しげな視線を未南の後ろ姿に向ける。
「ごちそうさま」
椿が未南にお礼を言ったように聞こえた。
「ゴチになりまーす」
萌奈が、とても嬉しそうな声をあげた。
これは未南に向けられた言葉なのだろうか。
由香子が先に店のドアを開けて状態をキープ。
4人は、そのドアを抜けて外へ出て行った。
「ん?」
未南がおごってあげたの?
何気ない会話の中に出てきた、”おごり”
を連想させる言葉が妙に心に引っかかる。
少額ならいいけど万を超える金額だ。
まだ、おごってあげたならいいけど
もし、おごらされてるなら大問題だ。
いじめの可能性も考えられるし
どうにかしなきゃいけないような。
過去のいじめでは、小学生や中学生が
何百万もおごらされた実例だってある。
勘違いかもしれないけど
追いかけて事実を確かめなくちゃ。
「央弥ちゃん、ちょっと椿たちと話してくるね」
「はぁ? あんな奴ら無視しとけばいいでしょ」
「ちょっとだけ用事があるの。ごめん、いくね」
今、事情を説明している時間はない。
急いで椿たちを追って店の外に出た。
外は猛烈に暑くて真夏の熱気が体にまとわりつく。
「どこいった?」と周りを見渡すと……。
少し先を歩いている椿たちの後ろ姿をみつけた。
「居たっ!」と慌てて追いかけていき。
「待って!」と背後から声をかけた。
声に気が付いた4人が一斉に後ろを振り返る。
「奈緒! こんなところで会うなんて偶然ね。
いま暇? 暇してるなら一緒に遊ばない?」
予想外の反応だった……椿が喜んでいる。
正直のところ、ムカつかれると思いきや、椿は
友好的な笑顔を見せ高圧的な態度を取らなかった。
「えーーー。こいつ仲間に入れるの反対!!」
萌奈が不満そうに唇を尖らせた。
「いいじゃない。私、奈緒のこと好きよ」
え? 椿の言葉にちょっとだけ照れる。
いっそ、一緒に遊びに行っちゃおうかな?
「私も嫌。奈緒を仲間に入れるのは反対だよ」
ここで意外な反応を見せたのは未南だった。
この前まで友達だったのにそーゆー態度なのかよ?
私は一時期、ぼっちになってすごく辛い思いしたんだよ。
「……」
まあ恨み節を言ってもしょうがない。どっちみち
央弥ちゃんを裏切って、椿の仲間にはなれないし
未南は椿に、私と絶交する約束してるんだよね。
「みんな、奈緒のこと嫌ってるのね、どうしましょう?」
椿は困ったような表情を浮かべた。
「あのね。それより」
遊ぶ、遊ばないの話は置いといて本題を切り出したかった。
「ちょっと別の話がしたいの? いいかな?」
「なあに?」
椿が聞き返す。
どういう風に話そう? ちょっと迷ったけど。
ここは単刀直入に話を切り出した。
「さっきの食事の料金、未南のおごりなの?」
「なによ、急に……」
「私、見てたんだから、いいから答えて」
「そうよ、今日は未南のおごりってことにしたの」
「全員分を1人で払ったの?」
「ええ……」
「なんで未南がおごらきゃいけなの? かなりの金額だったよ」
「なんでって? 今までのツバキ会では全部
私がおごってたのよ。たまにはいいじゃない」
ツバキ会とは椿が主催する女子会のようなもの。
ツバキ会のお金は全額出しているとは聞いていた。
それなら、たまに未南がお金出すのは道理が通っているのか?
未南も納得してるなら、それでいいのか? 判断に迷った。
「無理やりおごらせたんじゃないの?」
そんな疑惑が消えなかった。本当は強要しているのでは?
「何が言いたいわけ? 話を聞いてなかったの?
わたしは、あの何百倍もおごってきたのよ」
椿はあくまで自分の正統性を主張している。
「う、うん」
納得してないけど、即座に反論できない。
ならば、未南はどう思ってるの? 本当は嫌じゃないの?
未南のお父さんは、お金に厳しく贅沢させてないらしいし。
そんなお金はあるの? 直接本人に気持ちを聞いてみよう。
「未南は、どう思ってるの? おごらされて嫌じゃなの?」
「別に嫌じゃないよ。仲間が喜んでくれたら嬉しい」
「もし嫌なら、ハッキリ断るべきだよ、どうなの?」
「嫌じゃないって言ってるでしょ、しつこいよ」
「私は未南のことが心配なんだよ、いじめられてないか」
「心配してくれなくてもいいよ。もう友達じゃないんだから」
「成績も落ちてるし。性格もどんどん暗くなっていく感じだし。
無理して椿たちと友達続けなくてもいいんじゃない?」
「無理なんかしてないよ。成績とか気分が沈むのは
お父さんのせいで友達はぜんぜん関係ないんだよ」
「ここ抜けて、もう1回、私と友達になろう? そうしよう。
悩みも聞いてあげるし、未南を裏切ったりしないから」
「結構です。奈緒とは絶交するって言ったじゃん」
未南の態度が、辛く悲しいと同時にイライラっとした。
どうせ、私の誕生日も忘れているんでしょ?。
友達なら一緒に祝ってたかもしれないのに……。
「強引に絶交させるとか、それ自体がいじめでしょ」
「違うよ。奈緒をグループに入れたくないだけだよ」
「なんかイライラすんなぁ! そんな話どうだっていいんだよ」
萌奈の唐突な一言で、思わず「え?」となった。
「そうね。なんか、いろいろ不愉快だわ」
椿は、そう言うと。きつい視線で私をにらんでいる。
「ごめん、椿、奈緒がいろいろ言ってるけど
奈緒とは、もう友達とかじゃないからね」
未南が椿に釈明している。
「私は今でも友達でいたい。無理やり絶交させたのは椿たちでしょ?」
「萌奈が奈緒のこと嫌って言うからそうしたのよ」
私の質問に答えたのは椿だった
「そうだよ。だれがお前なんかと友達になるかよ」
萌奈は私を、ひどく毛嫌いしている。
「未南と私の仲を裂いて、いじめるのが目的じゃないの?」
「そんなの被害妄想だよ。私は椿たちといると楽しいよ!」
未南が横から口をはさむ。
「いや別に妄想とかじゃなくて、仲直りしたのだって
いじめが先生にばれそうになったからじゃないの?」
「違うよ。なんの根拠あって言ってるの!」
「未南の言う通りね。ほんと奈緒の妄想ってひどいわ!
こんな子、ほおっておいて、もう行きましょう!」
結局、怒った椿たちは、私を置いて、いってしまった。
心配で、不安で。いろいろ疑ってしまう。
いじめられてないならそれでいいんだけど……。
友達グループ内でのいじめってのもあるしなぁ。
のちのち大きな問題にならないといいけど。
(79回)(痴漢裁判)
8月25日、ここは裁判所。今日は
未南のお父さんの痴漢事件の裁判が始まるから
お父さん、美鈴さん、未南と裁判所に来ていた。
再び、裁判所にやってきたような感覚!
夢で見た光景と似ている。
まるで、デジャビュー!
違うのは、何も事件が解決していないということ!
夢じゃあ、真犯人をみつけていたのにね。
「そろそろ中へ入ろうか」
時計を見た父かそう言った。開廷の時間が近づいているようだ。
法廷に入ると弁護人席に父が座る。
隣には、父の事務所で働く新米弁護士
松岡美鈴、25歳が着席する。
二人は被告人(起訴された者)を弁護する役割だ。
弁護士席の正面奥には検察官。
検察は犯罪を立証する被害者の味方だ。
私と未南は傍聴席の中央に並んで座った。
定刻になると
奥の扉から未南の父親である被告人が
刑務官2人に付き添われ法廷に入ってきた。
両手には手錠を付けられていた。
続いて、裁判官が入ってくる。
それと同時に、検察側にいる女性が
「起立」と言った。
私と未南は一瞬、戸惑ったが、
立ち上がり裁判官に礼をした。
「開廷します。被告人は前へ」
裁判官に促され未南の父が証言台に立った。
まず裁判長が被告人に対し人違いでないことを確認するため
氏名、生年月日、職業、住居、本籍等を確認した。
「名前は?」
「修倉大造です」
職業は教師。
年齢は偶然にもお父さんと同じ43歳だ。
次に、検察官が起訴状の朗読を始めた。
「公共の乗物において、被害者に対し
着衣の上から臀部を触り、人を著しく羞恥させ
又は人に不安を覚えさせる行為をしたものである。
罪名、および罰条。公衆に著しく迷惑をかける暴力的
不良行為等の防止に関する条例違反」
わかりにくいが、これは俗に言う、迷惑防止条例違反だ。
次に、裁判長は被告人に対し黙秘権等の権利を告げる。
「これから、今、朗読された事実についての審理を行いますが、審理に先立ち
被告人に注意しておきます。被告人には黙秘権があります。従って、被告人は
答えたくない質問に対しては、答えを拒むことができるし、また、初めから
終わりまで黙っていることもできます。もちろん、質問に答えたいときには
答えても構いませんが、被告人が、この法廷で述べたことは、被告人に
有利・不利を問わず、証拠として用いられることがありますので、
それを念頭に置いて答えて下さい」
長い……、ようは自己に不利益な供述を拒否する権利のことだ。
続いて罪状認否。
「公訴事実、つまり検察官が読み上げた起訴状に
事実と違うことがありますか?」
「あります。痴漢をした事実はありません。
これは間違いなく冤罪です。」
未南の父は裁判官から聞かれた、公訴事実を否定した。
「被害者と同じ電車に乗っていたことは間違いありませんか?」
「間違いありません。しかし着衣の上から臀部を触る行為はしてません」
「弁護人のご意見は?」
裁判官が私のお父さんに聞いた。お父さんは立ち上がり
「被告人と同意見です。被告人は痴漢行為をしておりません。
しかし被害者と同じ電車に乗っていた事実は認めます」
と述べたあと、イスに座る。
「被告人はお戻りください」
裁判官に言われ、未南の父が席に戻る。
「証拠調べに入ります。検察官は冒頭陳述をどうぞ」
裁判所書記官が検察官に冒頭陳述を求める。
冒頭陳述とは刑事訴訟で、証拠調べのはじめに、検察官が証拠によって証明しよう
とする事実を明らかにする陳述。そのあとで、被告人側も同様のことができる。
【検察側の冒頭陳述】
「1、午前7時ごろ。被告人の乗る車両に、被害者の当時14歳の女子中学生が
同級生の友人と一緒に乗車した。被害者は、被告人の真横に立つことになった。
2、電車が発車した直後、被告人は真横にいた被害者の臀部を着衣の上から触り
下車する10分間、執拗に撫で回し公訴事実記載の犯行に及んだ。被害者は生涯で
初めて痴漢に遭遇し、恐怖のあまり、声を出すことも抵抗することもできなかった。
3、被害者と友人は被告人と同じ駅で下車。下車直後に被害者は、痴漢されたことを
友人に相談した。相談された友人は、被告人を捕まえると、被害者に言い、被告人は
改札に向かって歩いているところを、被害者の友人により現行犯逮捕された」
検察側の冒頭陳述が終わった。
「弁護側は冒頭陳述をどうぞ」
裁判所書記官から声をかけられると
お父さんが立ち上がり冒頭陳述を始めた。
【弁護側の冒頭陳述】
「痴漢した事実はない。被告は無罪。過去に性犯罪、犯罪の事実もありません。
被告は教師となって13年間。常に法規を順守してまじめに取り組んできた。
犯行を目撃した人物や微物検査(容疑者の手に被害者の衣服の繊維が付着して
いないかの検査)などの人的、物的証拠もなく。本人も犯行を否認している。
痴漢が事実であれば被害者の犯人、犯行の誤認であり、真犯人が存在すると思われる。
そうであった場合 この事件は犯人を誤認逮捕した冤罪事件であると考えられます」
弁護側の冒頭陳述が終わった。
その後。証拠(書証・物証・人証)提出 ← 証拠認否
(続く)
(80回)(痴漢裁判2)
「次に証人の取調べを行います」
証人尋問が始まる。
証人尋問とは,検察官や弁護士が証人に対し質問をして
証人の供述から証拠を得る証拠調べです。
「それでは証人尋問に移ります。証人を入廷させてください」
女の子が入廷し、証言台の前に立つ。
証人尋問をするには、まず証人の人定質問が行われる。
人定質問では証人の氏名、年齢、住所、職業等を質問する。
人定質問は、裁判官が証人カードを見ながら質問する。
「住所,氏名,職業,年齢は証人カードに記載したとおりですね?」
「はい,間違いありません」
友人は女子中学生で被害者のクラスメイトらしい。
事件があった日、通学のため同じ車両に乗っていた。
人定質問の後は,すぐに宣誓書の朗読。
「宣誓書を朗読してください」
「良心に従って、真実を述べ、何事も隠さず
偽りを述べないことを誓います」
裁判官に言われて、証人によって宣誓が読み上げられる。
続いて裁判官は証人に偽証罪の告知をし、そのうえで尋問を開始する。
「証人は今、宣誓したように、本当のことを証言してください。
もし宣誓したうえで虚偽の証言をすると偽証罪で処罰される
ことがあります。では、そこに座ってください」
被害者の友人が証言台のイスに座る。
「それでは、検察官、尋問をどうぞ」
【証人尋問(証人=被害者の友人)主尋問】
宣誓が終わると検察官の尋問が始まった。
「5月8日。あなたは痴漢事件があったこの車両に乗っていましたか?」
「はい」
「あなたは、そのとき誰かと一緒にいましたか?」
「友人と一緒にいました」
「その友人は、この痴漢事件の被害者の少女ですか?」
「はい」
少女は少し緊張気味だがきっぱりと返事をする。
「被害者は、あなたから見て、どの位置にいましたか?」
「私の右隣りにいました」
「友人が痴漢の被害にあっていたときも一緒にいましたか?」
「はい、車内ではずっと一緒でした」
「痴漢をした被告は同じ車両に乗っていましたか?」
「乗っていたと思います」
「被告が下車した駅は、金有駅です。あなたと被害者も同じ駅で降りましたか?」
「はい、同じ駅で降りました」
少女に、おどおどした様子はなく。
ハキハキと検察官の質問に答えていった。
「駅のホームで。被告を痴漢の犯人として私人逮捕したのはあなたですね」
「はい」
「そのときの経緯を説明してください」
「金有駅に降りた直後、友人が、痴漢をされたと言いました。
友人は、スーツを着た男に、痴漢されたって言いました。
二人で犯人を捕まえよう、ってことになって……。
私は友人が指さした男性を追いかけて、捕まえました」
「痴漢の犯人を捕まえた際の具体的状況を教えてください」
「私は、男性が逃げないように腕を掴み、痴漢したでしょ?と聞きました。
男性は痴漢なんてしていない、何かの間違いだ、と言ってきました。
友達が痴漢されたと言っているので。罪を認めるように言いました。
でも犯行を認めないので、私は友人に、駅員を呼んでくるように言いました。
男性は自分が教師で、学校に行かなければならないと言い、逃げようとしました。
私は逃げないように男性を必死に捕まえました。やがて友人が駅員を連れてきてくれて。
駅員は男性が逃げないように捕まえて駅事務所まで連れて行きました」
少女は事件当時のことを思い出すように話した。
「駅事務室へは、あなた達もいってますね。そのときの様子を説明してください」
「はい。4人で事務室に入り、事情を聴かれました」
「あの? 4人とは、あなた、被害者、被告、駅員でいいですか?」
検察官が少女に質問した。
「はい」
「続けてください」
「はい。男性はずっと痴漢していないと言い続けていました。
友人は痴漢された お尻を触られたって駅員に話しました。
しばらくして、駅員が警察に通報して、警察が来ました。
警察にも二人は同じことを話していました。話し合っても
男性は罪を認めませんでした。それで私は学校に遅刻するから。
もういいですか? と警察の人に聞きました。警察の人は。
警察署で事情聴取するから、君たちは学校に行ってもいいよ。
と言うので、私たちは駅事務所を出て、学校へ向かいました」
「はい、わかりました。それでは犯人と、被告人の同一性の
確認のため。証人に甲15号証の犯人の写真をしめします」
検察官が少女のところまに歩み寄る。
「この写真の人は、5月8日、友人が痴漢の被害にあったとき。
あなたが捕まえた犯人ですか?」
「はい」
少女は間をおいて返事をした。
「以上です」
検察官の主尋問が終了した.
【証人尋問(証人=被害者の友人)反対尋問】
続いて弁護側による反対尋問が行われた。
「反対尋問をさせていただきます」
お父さんが弁護人席から立ち上がった。
「被害者は電車が発車した直後に痴漢に遭い、下車するまでの
10分間、執拗に、臀部を着衣の上から触られたようですね」
お父さんが証人の少女に視線を向ける。
「あなたは車内で友達の異変に気が付きましたか?」
「いいえ」
「それはおかしいですね。10分間も痴漢の被害に遭っていれば。
何かしら、様子がおかしいと思うはずですが……。それに?
なぜ被害者は、あなたに助けを求めなかったのでしょうか?」
「怖かったり、恥ずかしかったりで、声に出せなかったんだと思います」
「被害者は抵抗したり、嫌そうな顔はしていませんでしたか?」
「はい……」
「そのほか、なにか様子がおかしいとは、思いませんでしたか?」
「はい、でも、わたしが鈍感で気が付かなかったのかもしれません」
「そうですか。では被害者は、その場から逃げたりはできなかったのでしょうか?」
「満員電車で、簡単には移動できなかったと思います」
お父さんの尋問は続く。
「あなたは? 電車内で犯人を見ていますか?」
「見ていません」
「犯行も目撃していませんよね?」
「目撃してません。痴漢を目撃してたら、すぐに助けるか、犯人を捕まえてます」
「そうですよね。では、自分の周囲に、だれが乗っていたのか、覚えていますか?」
「あまり覚えていません」
「重要なことです。時間をかけて考えてください。
被告人は、被害者の真横、右側に居ました。でも。
痴漢は、被害者の背後に居た乗客にも可能ですよね」
「はい。でも、あの日。後ろに誰が居たのか覚えていません」