川上奈緒の事件簿 リターンズ <お嬢様学園のいじめ>

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1:りさ:2019/02/24(日) 16:49

***************キャスト***************
いじめられる側

・川上 奈緒(かわかみ なお)
普通の学校からお嬢様学園へ転校。
のちに罠にはめられ退学になる

・修倉 未南(しゅうくら みなん)
奈緒が転校後にできた最初の友達。
いじめによって自殺未遂に追い込まれる

いじめる側

・姫川 椿(ひめかわ つばき)
日本有数のお金持ちの一人娘。
未南の元大親友

・和田 萌奈(わだ もえな)
椿の親友。男子にモテモテ。
可愛くてお金持ちだが素行が悪い


・野村由香子(のむら ゆかこ)
姫川椿に忠誠を誓う家来のような存在。
父親は椿の会社の重役

46:りな:2019/04/11(木) 22:21

「お願いだから返してよぉ……」
先ほどまでの威勢は失せ、弱気になっていた。

なんで、みんな笑ってんの?
そんな私を見てクラスメイトたちは
ニヤニヤしている。妙だなぁ?
何かがおかしい……。

「どうしたの? 奈緒? 何で怒ってるの?」
気が付くと目の前に、姫川椿が立っていた。
椿は私に向かってやさしくほほえんでいる。
それを見て少し冷静になった。

「教科書、誰かに盗られた……」
「ん? 盗られた? 証拠もないのに
 盗られたって決め付けるの、良くないわ」
私が困っているのに、椿は嬉しそうな表情を見せた。
それには少しだけ違和感を覚えた。

「そうかもしれないけど実際に
 教科書がなくなったんだ」
私が切羽詰まった気持ちで、そう言うと

椿はふきだして笑い。
「教科書無くしちゃったの? しょうがないわね」
と、せせら笑うような口調で言った。

「私、学級委員だし、みんなに聞いてあげるわ。
 みなさーん、奈緒が教科書なくしたみたいだけど
 誰か知らなーい?」
椿は教室内のクラスメイトたちに向かって言った。

「知らないよ」
「知りませーん」
「私も知りませーん」

聞かれたクラスメイトたちは、素っ気無く答えた。

47:匿名さん:2019/04/12(金) 20:04

思ったことがあるんですけど…>>30のレスや>>45のレスで、応援が来てますよね??
それに対して何も応えないんですか?

48:りな:2019/04/15(月) 23:34

「み--んな。お前の教科書なんて
 知らないって、キャハハハハ」

大声で笑ったのは萌奈だった。
それにつられて教室中から笑いが起こる。
目の前の椿も、笑みを浮かべている。

「残念。誰も知らないって……。
 力になってあげられなくて
 ごめんねぇー」

椿が、ちょっと幼い口調で言った。

「誰も知らないわけないじゃん!
 犯人はこの中にいるはず!」

「犯人捜しは、やめましょう。
 クラスの雰囲気が悪くなるわ
 私がお金あげるから、これで
 新しいの買いなさい」

椿はポケットから財布を取り出した。
高級そうな財布の中には札束がギッシリと
詰まっていた。そこから五千円札を取り出し
そのお金を、私に差し出した。

「え……。そんなの受け取れないよ」

「いいじゃない。もらっておきなさい。
 遠慮することはないわ。入学早々
 誰かさんのせいで、とんだ災難ね」

椿から差し出されたお金を受け取れずに困っている
と座っていた未南が席から立ち上がった。そして
教室の隅にあるゴミ箱まで歩いて、立ち止まった。
その行動を不思議に思い、ずっと目で追い続けた。

まさか? あの中に教科書が! と思った直後。
未南がゴミ箱の中に手を突っ込んだ。

「汚い!」
「何やってんのあいつ」
「ゴミ、あさってんじゃねーよ!」

クラスメイトは未南に軽蔑した言葉を浴びせる。

私の教科書がゴミ箱の中にあるのだろうか?
このまえ未南のクツがゴミ箱に捨てられていた。
それを考えれば、その可能性は十分にありうる。

しばらくたって、未南が探すのをやめた。
身体を起こして、こちらを向くと、未南の
手には英語の教科書があった。
あれは私の教科書なの?

未南は私のもとに駆け寄り教科書を差し出す。
「未南、それ私の教科書?」
私は教科書を受け取って未南に聞いた。
私の問いに未南は黙ってうなずいた。
みつけてくれたんだ! ありがとう
と言おうと思ったその時、椿が大きな声で笑った。

「アッハハハ、あーら。犯人は未南だったの?」

私はすぐに反論した。
「何言ってんの? 未南が犯人なわけない。
 休憩時間、ずっと私と一緒にいたんだもん。
 この前、未南のクツがゴミ箱に捨てられてた。
 教科書だって、そいつらのしわざに違いない」

「あっそう……それはお気の毒ね。ねえ?
 どうしてこんな目にあうかわかる?」

は? 先生にチクったから?

「未南の友達だからよ。嫌われ者の未南のね。
 だから 早く友達をやめた方がいいよ」

「はぁ? なにそれ? 意味わかんない」

私が椿をにらみつけると

「私のことは嫌いになってもいい。でも
 奈緒のことは嫌いにならないで……お願い」

未南が涙を流してそう訴える。

「いいよ。そのかわり未南は消えてよ。
 私の目の前からいなくなってよ!
 これ以上、私に嫌な思いをさせないで」

それに対し、椿が耳を疑うような
ひどい言葉を投げかけた。

「えっ?」

目を大きく見開き、驚いた表情の未南。

49:りな:2019/04/16(火) 21:02

追い打ちをかけるように
周囲から汚い言葉が飛ぶ。

「椿さんの言う通りだわ。消えて!」
「もう学校くんな!」
「学校やめちゃえよ」
「未南、さようなら」
「いっそ、しねば?」

こいつら最低だ
傷つく言葉を平気で言ってる。
これは言葉の暴力だ。
こつらは、お金持ちのお嬢様で
世間には立派かもしれないけど
やってることは最低なヤツらだ!

「そ、そうだよね。私なんか消えちゃえばいいよね」

未南は涙ながらにそう言うと。
教室から飛び出していった。

「待って! 未南!」
私は教室を出て未南のことを追いかけた。

みんな、ひどい

ひど過ぎるよ……。

未南が何したっていうの?

「未南!」

私の必死の叫びは未南の耳には届かなかった。

走って階段を昇って最上階まで来てしまった。

どうしよう?
まさか?
飛び降りたりしないよね?
最悪のケースが脳裏をよぎった。

未南が突き当りにある教室に入った。
ここ、音楽室?
あとを追って私も教室に入った。

ああ! うそでしょ? 
教室には未南の姿が、もうなかった。
ギャアアアアアアアアアッ!
私は心の中で絶叫してしまった。

あの開いている窓から下へ飛び降りてしまったの?
そんなあ……。
まさか……。
そう思うと、恐怖で全身がブルブルと震(ふる)えた。

いやだ
死んじゃあ、いや。
まだ友達になったばかりだよ。
これからいっぱいおしゃべりしたり
遊んだりするはずだったんだよ。
それなのに……。

「どうして?」
涙腺が崩壊して涙が止まらない。
絶望に打ちひしがれながら。
フラフラと窓に向かって歩いた。

50:りな:2019/04/17(水) 20:09

あれ? どっかから、声がする。耳を澄ますと。

「うう、ハァ、ハァ,ハァ。うう、ハァ、ハァ、ハァ」

泣き声交じりの荒い息づかいが聞こえる。
どこだろ? と声のする方まで歩いていく。

「未南?」

泣いているのは未南だった。
机の陰(かげ)に、しゃがみこんで
未南は泣いていた。

ホッ……。
飛び降りてなかった。
早合点だった。
生きててよかった――――。

私の声に反応して未南は顔を上げた。

「あっ。奈緒……。来てくれたんだ。
 怖くなって逃げてきた。心がすごく痛くて
 私、辛いよ……。もう学校やめようかな?
 こうなったの。全部、私が悪いんだよね?
 いじめは、その人に原因があるんだよね?」

私は、大きく首を振った。

「未南は、何も悪くない。これだけはハッキリしてる。
 未南をいじめていい理由なんて、ひとつもないよ。
 いじめは、いじめてる人が100パーセント悪い。
 いじめは、しない、させない、くわわらないだよ」

「なんか標語みたいだね。でも私は
 これから、どうしたらいいんだろう?」

「周りの人に助けてもらおう。友達や先生
 家族に頼ろうよ。私も未南の助けになりたい」

「迷惑じゃない? 私のせいで奈緒まで辛い思いをするかも」

「迷惑じゃないよ。だって友達だもん。未南のこと大好き。
 何があっても私は未南の味方でいる。約束するよ」

「ありがとう。私、がんばる。がんばるね」
「うん。がんばろう……。ね、教室、戻ろうか?」

「ごめん、もう少し、ここに居てもいいかな?」
「あっそうだ! 英語の授業さぼっちゃわない?」

「えっ? 大丈夫かな?」
「たまには,いいんじゃない?」

「そうだね。たまには、いいかな?」
ニコッと、未南の口元からほほ笑みがこぼれた。


結局、授業をさぼり、誰もいない教室で
ずっと、おしゃべりをしていた。
会話に花が咲き、授業の終わりを告げる
合図のベルが鳴るのを早く感じた。

51:りな:2019/04/18(木) 20:49

(25)
私と未南は、二人しかいない音楽室で
二時限目を終えた。
私たちは教室に戻るため、音楽室を
出て、階段を下りていく。

結局 英語の授業には出席しなかった。
罪悪感がないと言えば、嘘になるけど。
まぁ、いいか!
一度くらいは、なんてことないさっ。

ああ、そうだ! 
未南に、ひとつ聞きたいことがあったんだ!

「未南ってどうして、あんなに英語が上手なの?」
「小さいとき、アメリカに住んでたからだよ」

「ええ? 未南は帰国子女なんだ?
 でもお父さん、学校の先生だよね?」

「でも昔はプロテニスプレイヤーだった。
 日本とアメリカを行ったり来たりしてたよ。
 でも聞いたことないでしょ。修倉なんて名前」

「ごめん、ぜんぜん記憶にないや」
昔の人で知っているのは松岡修三とか伊達公子とかかな? 
修倉なんて選手の名前、まったく聞き覚えがないや。

「ケガが多くて、あんまり活躍してないからね。
 三十前に引退して、その後は教師になったの」

「へー。元プロなの。テニス、上手なのはお父さんの影響?」
「うん。小さいときから、お父さんにテニスを教わってた」

そーか。そーか。それでテニス、上手なんだ。

未南がテニスの高校生チャンピオンなのも合点がいく。


(26)
未南と一緒に教室に戻った。私と未南に
クラスメイトから向けられる視線が突き刺さる。
教室内が、ざわざわと、ざわついてくる。

「未南、帰ってきたよ」
「本当だ。奈緒もいる」
「あの二人、授業さぼったの?」
「また先生にチクりにいったんじゃね?」
「チクり魔だな、あいつ」

私たちに対する容赦ない悪口が聞こえる。

「クラスメイトの言葉なんて何一つ気にする必要はないよ」

私は未南を励ますように語りかけた。

未南は、こっちを向き、無言でうなずいた。

52:りな:2019/04/19(金) 21:35

クラスメイトの声を無視して
席に向かって歩いていくと。
野村由香子が、こっちへやって来た。
由香子は椿の友達の一人だ。
未南に、何か言うつもりか?
私は思わず身構えた。

「椿が、話があると言っている。
 奈緒だけ、一緒に来てほしい」
「私だけ?」
「未南は来なくていい。いくぞ、奈緒」
「うん、ちょっと行ってくるね」

由香子から、そう言われたので
由香子の後ろからついていった。

行き先は、椿の席だった。

椿は、手と足を組んで座り
ちょっと不機嫌そうにしていた。

「どうして英語の授業に、でなかったの?
 まさか、先生のところ、行ってたの?」

椿が少々強い口調で聞いてきた。

「違うよ、ずっと未南と音楽室でしゃべってた」

私がそう言うと、椿が安どの表情を見せた。

「そうなの? それなら、いいわ。
 私ね。奈緒をいじめてはダメって
 クラスのみんなに言っておいたわ」

椿は真顔でそう言った。

「ありがとう」
私は、とりあえず、お礼を言った。

「私もいじめは良くないって、思うの。
 もし、またいじめにあったら、私に
 相談しなさい」

椿の意外な申し出に、ちょっとビックリ。
椿って私には、案外やさしいんだよね。
そうだ。ついでに。
「相談と言うか、ひとつ、お願いがあるの」
「なあに?」
「未南と仲直りして!」

「あのね。何度も無駄に言わせないで!
 未南とは絶交したって言ったじゃない!」

椿が怒りだしてしまった。
なかなか頑固な性格で一筋縄ではいきそうもない。

「そんなことより、今日の放課後、暇かしら」
椿が、唐突に話題を変えてきた。

「うん、まぁ、暇だけど」
「お暇? じゃあ、二人っきりで、なにか
 おいしいスイーツでも食べにいかない?」

え? え? 椿から誘われちゃった。
「う、うん。いいけど……」

「じゃあ、放課後、帰らないで教室で待っててね」

あっさりOKを出してしまった。
だって、断ったりしたら……。
よくも私の誘いをことわったわね!
許せないわ! キーー! 
とかなりそうだし……。それに
椿とは仲良くしたいと思ってる。
でも、ちょっぴり不安だなぁ。
椿と二人きりで何を話せばいいんだろ? 

53:すぴか☆彡キサラギ◆y2:2019/04/20(土) 12:35

言葉の使い方?が上手で読んでて面白いです!
これからも頑張ってください!

54:りな:2019/04/20(土) 20:07

(27)

校内の掃除を終えると、放課後になった。
帰宅の途につく人や、部活動に行く人が
次々に教室をあとにする。

「これから椿と一緒に食べに行くの」

「いいなぁ。うらやましい」

未南が可愛くすねる。
やっぱ、未南ってかわいい!

「一緒に行こうって、言えばいいじゃん?
 私、椿と二人っきりって、なんだか不安」

「それ、無理だと思う……。私、先に帰るね。バイバイ」
未南は、悲しい表情を浮かべたあと。
私に手を振りながら教室を出て行った。

私は人もまばらとなった教室で
約束通り椿が来るのを待っていた。

鏡で顔を見たり、髪の毛を直したり
なんだか、さっきから落ち着かない。

「奈緒! お待たせ!」

椿が手を振りながら教室に入ってきた。

「椿!」

私も笑顔で手を振り返す。

「さぁ行きましょう。すぐ行くから入口で待ってて」

椿は席からカバンを取ると。
すぐに私が待つ入口にきた。
私たちは一緒に教室の外に出た。

55:りな:2019/04/21(日) 07:20

私と椿は、肩を並べ、廊下を歩き出した。

うわぁー。なんか、ド緊張する。

こんな超美人でお金持ちのお嬢様と
いままで友達になったことないもん!

もし椿を、人気の美人女優と例えたら。
私の立場なんて、珍獣ハンターとか
雪山登山させられる、お笑い芸人だよ。

いやいや、そんなことより。
とりあえず、なにか話さなきゃ!

「今から、どこへ行くの?」

「姫川プリンセスホテル。
 私のお父様の会社が
 経営するホテルよ」

「知ってる。知ってる。
 全国展開している。
 高級ホテルだよね」

まあ、泊まったことないけど……。

「スイートルームが空いてたから
 その部屋で、有名パティシエが
 作ったスイーツを食べましょう」

スイートルームでスイーツですと?

夢のような話だ。
いや、まてよ?
まさか、罠? お金はどうすんの?
割り勘ね、とか言われて、あとから
何十万も請求されたらどうしよう?
これは、ちょっと、まずいかも……。

「私、お金、そんなに持ってないよ。どうしよう」

「心配しないで、費用は全部、私が払うから」

なんという神対応!

「外に送迎の車が用意してあるから
 それに乗ってホテルに行きましょう」

椿の言葉には、何度も驚かされてしまう。
椿って、やっぱり、ただ者じゃないのね。

56:りな:2019/04/21(日) 19:16

(28)
私たちは制服の格好のまま
ホテルに向かう車の中にいた。
送迎の車は、まだ新しい高級車だった。

「この車ってロールスロイス?」
「そうよ。六千万円くらいする車よ」

六千万? 消費税だけで車が買えるじゃん!

「すごーい。こんな車に乗るの初めて」
「フフ、驚いた?」

「うん、椿は本当にお金持ちなんだね」

「そうよ。姫川グループは大企業だもの。
 お金持ちになると、いい思いができるのよ。
 今つけているネックレスは百万くらいかな?
 この時計も同じくらいね」

椿は自慢気な顔をしている。

そうだ! この機会に、この前もらった
ペンダントのお礼、ちゃんとしないと。

「ペンダントありがとう。毎日つけてるよ」

「そんな安物で満足してちゃダメよ。
 もっと、いいものを身に着けたい。
 そう思わないといけないわ」

「これでも十分高価なものだよ」

「常に今より、もっと上を目指しなさい。
 上昇志向の無い者は、成功しないわよ」

「はぁ」
「私と仲良くなれば、もっと高価な物あげる」

「そんな、私なんかに、もったいないよ」
「私は、あなたを高く評価している」

「え?」

「あなたには特別な才能があるわ。
 私、あなたを応援したいと思ってる」

「そんなあ、私は、そんなにすごくないよ」

「聞いたところによると、バスケで準優勝したってね。
 フィギュアスケートの紀平ちゃん、将棋の藤井くん
 私は、同世代で頑張っている人が大好きなの。
 うちの会社にバスケのチームがあるの知ってる?」

「うん、知ってる」

「将来、高みを目指すなら、あなたのこと
 お父様に紹介してあげる。うちのバスケ
 チームに入れるように頼んであげるわ」

「私なんかが、バスケ選手に?」

「全国大会を目指しなさい、そこで活躍することね。
 あなたは、そのためにこの学校に入ったんですもの。
 どんどん上を目指して、学校の名声を高めてね」 

「うん、がんばるよ」

バスケット選手か……。
この場の雰囲気に流されてしまったけど。
私は将来、お父さんや死んだお母さんみたいな
弁護士になりたいと思っているんだけどね。本当は。

57:りな:2019/04/22(月) 19:56

(29)
ホテルにチェックインしたあと。
すぐにエレベーターに乗り込んだ。
スイートルーム専用のカードキーを
差し込んだエレベーターは、最上階
に到着した。このフロアの利用者しか
来ることができない仕組みのようだ。

「うちで最もグレードの高い
 ロイヤルスイートよ」
椿は、そう言って、入口のドアを開けた。

部屋に入ると、まず目に飛び込んだのが
この街を見渡せる、最上階の大パノラマ!
「うわー! すごい! 景色!」
もういきなり、テンションアゲアゲだよ。

「スイーツの用意が、できてるから
 こっちへいらっしゃい」
景色を眺めている私に椿が声をかけた。

広いリビングスぺースには、立派な六人掛けの
テーブルとイスがあった。テーブルの上には
有名パティシエが作ったと思われる、極上の
スイーツが盛大に並べられていた。

「こんなにたくさんのスイーツ、二人分なの?」
私は椿に聞いた。

「あなたの好みが、わからないから、スタッフに
 指示して、たくさんのスイーツを用意させたわ」

感激! 私のために、すごい気配り!

「おなかすいたでしょ? 食べましょう」

そう言って椿は、イスに腰を下ろした。
私は椿と向かい合って席に座った。

「スイートルームでスイーツって
 なんかダジャレみたい。そもそも
 スイートルームって甘い部屋?
 って意味なのかな? ハハハ!」
私はギャグのつもりで言った。

「奈緒。スイートルームのsuiteは
 甘いって意味のsweetとは違うのよ。
 それにスイートルームは和製英語。
 英語ではホテルスイートって言うの」

「そうなんだぁ」

ああ、なんか恥かいちゃった。
ハハハ。
椿って物知りだなぁ!

58:りな:2019/04/23(火) 20:57

(30)
食べ始めて三十分くらいたったかな?
スイーツも半分くらいは二人で平らげた。
もう、おなか、いっぱいだ。

食事も一段落したところで。
椿はケーキフォークを皿に置いた。

「そろそろ本題に入りましょう」
椿は冷たいグラスを飲み干すと
そう、話を切り出した。

「――?」
本題って、なんだろう?

椿は私の顔をじっと見た。

「あなたに、ツバキ会の、メンバーになってほしいの」

つばき会?
何それ?
悪の組織?
私は首をかしげた。

「ごめん。ちょっと、説明が足らなかったわね。
 芸能人にも、なんとか会とかってあるでしょ? 
 仲のいい人が集まる……。それと同じものよ」

「ああ! なんだ! 女子会のことか!」

「そうそう。このツバキ会の会長は、私、姫川椿よ。
 まだ発足して1年足らずだけどね。今は学校の
 友達が中心だけど。将来は財界人とか著名人。
 タレントなんかもメンバーに入れたいと思ってる」

「私みたいな普通の人が、入ってもいいの?」

「もちろんよ。これがツバキ会の入会用紙ね。
 入会できるのは、私が認めた人だけよ」
椿は私に入会用紙を手渡した。

「今は週末に集まって、食事したり
 遊んだりするだけの会だけどね」

私は入会用紙に目を通しながら、椿の話を聞いた。

私は、わからないことがあったので、椿に質問した。
「会費とか、かかるの?」

「そういうのは一切ないわ。それに食事代や遊ぶお金は全部、私持ち。
 つまりタダで、食事したり、遊んだりできる、とってもお得な会なのよ」

マジすか? めちゃめちゃ。いい会やん。

「これに名前書けばいいの?」

「ええ、それだけでいいわよ」

入っちゃおうかな? 特にデメリットもなさそうだし。
将来、有名人ともお友達になれるかもしれないし。

59:りな:2019/04/24(水) 20:40

ツバキ会の入会に気持ちが傾いた。

「あっ! そうだ!」

椿が突然、何か思いついたように手をパチンと叩いた。

「特別に、一つだけ条件を付けさせてちょうだい」

「え? どんな?」

「未南の友達をやめること。
 あの子とは縁を切ってね」
椿はニヤリと笑いながら、そう言った。

「えー!」
驚いて声を上げてしまった。
なんて意地悪な条件なんだろう。

「あの子は、ツバキ会の前副会長だった。でも
 今はツバキ会を除名されたメンバーだからねー。
 そんな子と友達では入会させることはできないわ」

未南を学校で孤立させること。
最初からそれが目的だったの?

私は少し頭にきていた。

「ひとつ質問していい?」

「なあに?」

「椿の目的は私と仲良くなること? 
 それとも未南との仲を引き裂くこと?」 

「両方よ! 私の友人になることと。
 未南の友達をやめさせることは。
 あなたのためになることだから」

「ごめんね。残念だけど、その条件はのめないよ」

「じゃあ、入会できなくてもいいの?」

「いいよ。友達を裏切ってまで入りたくない」

「あなたも頑固ね」

それは、さっき私が思ったことだよ。
どうして未南のこと、そんなに邪険にするの?
未南は友達だったんだよね?

椿は、話を続けた。

「私と未南を天びんにかけて、未南を選ぶと言うの? 
 愚(おろ)かだわ。未南と友達でいると、あなたも
 いじめにあうわよ。それでもいいのかしら?」

「いい。私は未南をいじめから守る」

「ハハ、母親ゆずりの自己犠牲ね」

「私の母親を知っているの?」

「ええ、あなた、川上法子弁護士殺害事件の被害者遺族でしょ?」

「……。そうだよ」
私は目に涙を浮かべた。

そう、私のお母さんの死には、いまわしい事件があった。

「後輩だった弁護士や信者を脱会させようとして死んだ
 可哀そうな弁護士。それがあなたの母親だったわね」 

椿は事件のことを知っていた。

オウム事件は私が生まれる前に起こったことで
よく知らないけど。お母さんが死んだこの事件は
ネットでは第二のオウム事件になるのでは? 
と言われている。事件は、もう10年くらい前の出来事だ。

「この話と未南のことは、なんの関係もないじゃない?」
さっきまでの楽しい雰囲気が、一気に吹き飛んでしまった。

「母親と同じ轍(てつ)を踏むつもり?」

意味は、先人が失敗した同じ失敗を繰り返すこと。

「それでもかまわない。私には正義の血が流れている」

「私なら他人のために自分を犠牲にしない。
 自分のためなら友達だって盾にできるわ。
 他人よりも、もっと自分を大切にしなさいよ」

私は、これ以上言い返すことができず泣いた。

「ごめん、余計なこと言ったわね。
 謝るわ。反省してる……」

椿は、素直に謝罪してくれた。
私の目から大粒の涙がこぼれ落ちていた。

60:りな:2019/04/24(水) 21:04

(31)
時刻は夜の七時半。
もうホテルから家に帰ってきていた。
私は服を着替えたのち、父親と夕食を食べ始めた。
スイーツを食べたから、夕食は、いらないと思いつつも
ちょっとでいいから、何かを食べようと食卓に着いていた。

しばらくするとスマートフォンが鳴った。

「あっ。電話かかってきた」
ポツリとつぶやいた。

相手は未南だった。
急いで電話に出た。

「あっ、未南、もう家に帰ってるよ」
「いま何してるの?」

「お父さんと、ご飯、食べてる」
「ごめんね、食事中だった?」

「いいよ、どうしたの?」

「明日ね。学校休むから
 電話しようと思って」

え? まさか、登校拒否?

「う、うん。どっか、体調悪い?」
私は、動揺しながら未南に聞いた。

「あっ。そうじゃないの。
 学校休んでお父さんに
 面会しようと思って。
 お母さんも一緒にね」

面会? あっ! そうか……。

未南のお父さんは留置場にいるのかな。

「面会は、土日祝日できないから
 それで明日、学校を休むんだね」

「うん。午後からは弁護してくれる
 弁護士の先生を探さないと」

「え? 弁護士、呼んでないの?」

「呼んだけど、示談とか罪を認めれば罰金で済む
 とか言われたらしく、怒って追い返したみたい。
 裁判してでも、痴漢の無実を証明したいって。
 お父さん、絶対やってないって言っている。
 私も、それを信じているから」

弁護士を探しているのか……。

私は目の前にいるお父さんを見て思った。

「私のお父さん、弁護士なんだけど
 もし良かったら相談してみる?」

「うん、実は、そのために電話したんだ」
「開業したてだから。いま暇だと思うよ」
「お願いします」

「じゃあ、お父さんに確認してみる
 いま目の前にいるから……」

私は一旦、スマートフォンを耳から離した。

「ねえ、お父さん。友達が弁護士を探してるの。
 明日の午後から相談ってできる?」

「ああ、いいよ。午後から空いてるから。
 友達に待ってるって伝えてくれ」

私は再びスマートフォンを耳に当てた。

「あっ、未南。お父さんオーケーだって。
 待ってるから事務所に来てって言ってた」

「そうなんだ。助かるよ。ありがとう。
 今から奈緒のお父さんと、話しがしたいけど
 いいかな? ちょっと聞きたいことがあって」

「いいよ。すぐ代わるね。お父さん
 友達が電話で話したいって」

私は、お父さんにスマートフォンを渡した。

61:りな:2019/04/25(木) 20:59

すぐ会話が終わると思い、しばらく待つものの。

お父さんと未南の会話は思いのほか長く続いた。

「午後2時に来所ということで……。はいはい。
 娘に代わります。奈緒、電話終わったぞ」

「はーい」

お父さんからスマートフォンを渡された。

「どうだった?」
未南に聞いた。

「お父さんに頼むことになりそう。
 刑事裁判の経験も豊富らしいから。
 できれば裁判をする前に、お父さんの
 無実を証明できたらいいけど」

「そうだね。そうなることを願ってるよ」

「奈緒、まだ食事中でしょ? あんまり
 長話すると迷惑だから、そろそろ切るね」

「ああ、うん。またね。ばいばい」
「ばいばい」

電話が切れた。

「お父さん、絶対に無罪にしてよ。
 紹介したの私なんだから、有罪に
 なったら顔向けできないよ」

「確約はできない。日本の刑事裁判の
 現状はお前も知ってるだろ?」

少しくらいは知っている。
有名なのが、有罪率が99.9%という現実。
つまり、日本の刑事裁判は、ほぼ有罪判決なんだ。

逆に言えば無罪判決が出る確率は0.1%。
無罪は1000件に1件しかないことになる。

「有罪になったら、許さない。
 絶対に、無罪にしてよね」

お父さんに理不尽な要求を突き付けた。

62:りな:2019/04/27(土) 07:49

(32)
その夜。いつもの時間に就寝するも……。
ベッドの上で色々と考えてると眠れなかった。
「マジで寝むれん」
時計を確認すると、深夜2時を過ぎていた。

「もう寝よう」
これ以上悩んでも、どうにもならない。
寝不足で、明日が辛くなるだけだ………………。


あれ? ここは学校? 

教室で。 

未南が泣いてる。

「そうだよね。私なんか消えちゃえばいいよね」

未南は涙ながらにそう言うと。
教室の窓まで走って、窓を開けると
すぐに、その窓枠の上に飛び乗った。

「飛び降りちゃ! ダメーー!」
私は絶叫した。

「ごめんね。奈緒。もう辛いの。
 生きている価値、ないから」

「死んじゃあヤダ! 生きてて欲しいよ」

「さようなら」

未南は窓枠から、外へ飛び降りた。

その数秒後に。
人が地面にたたきつけられる音がした。
私は狂ったように「あーーー!」と絶叫した。

なぜか、教室からは歓喜の声が上がる。

なんで喜んでるの? 人が死んだんだよ?

「許せない!」

こいつら、全員許せない!

「未南を殺したのは、あんた達だよ!
 人殺し! 私が全員、ぶん殴る!」

私は拳を握りしめた。

そして教室の中心に立っている姫川椿の
顔を目がけて、渾身の拳を振り下ろした。

しかし、顔に当たる寸前で。

誰かが私の腕をつかんだ。

誰? と思い顔を見ると、お母さんだった。

死んだはずのお母さんが、なんでここに?

「奈緒! 暴力はダメよ。あなた、私の娘でしょ? 
 弁護士の娘なんだから、裁判で戦いなさい!」

お母さんにしかられた。やさしいお母さんで
怒られた記憶なんて、ほとんどなかった。

「お母さん、生きていたんだ」
胸に飛び込んで、泣こうと思い
お母さんを抱きしめにいった。


あれ? ここは家?

私はベッドの上で寝ていた。

目が覚めて。

突然、目に飛び込んできた光景は、私の部屋だった。

お母さんは? 未南は飛び降りてないよね?

ゆ、夢? だったのか……。怖い夢だった。

63:りな:2019/05/03(金) 23:54

(33)
転校四日目の朝を迎えていた。
学校に行く準備をして家を出る。

今日の天気は、私の憂鬱な気持ちが
うつったかのような、どんより曇り空。

空を見上げた視線を、正面に戻すと。
マンションを出て、すぐ見える、道路を
はさんだ向かいの豪邸が、気になった。

表札には柄谷って書いてあった。
柄谷って? クラスメートの央弥
ちゃんの家かな? とか考えつつ。

ちょっぴり出かける時間が遅かったから。
そこから少し早歩きで、学校へ急いだ。

途中には、からたに美容クリニックがあった。
豪邸の柄谷さんとクリニック、関係があるのかな?
機会があれば、央弥ちゃんに聞いてみよ。

央弥ちゃん、バスケ部だから、友達になれるかも?
転入するとき、校長が提示した条件は、バスケ部に
入部することだった。だから、もうすぐ、央弥ちゃん
とはチームメイトになるんだ。友達になれるといいな。

64:りな:2019/05/04(土) 11:15

(34)
急いだおかげで、早く学校に着いた。
その分、教室までの廊下をゆっくりと歩く。

教室が近づくにつれ、机の落書きが気になった。
また書いてあったら、どうしよう。ううん。
昨日、先生が怒ってくれたんだ。
今日は落書きがしていないと信じたい。

教室に入って席に向かうまでのあいだ。
心臓の鼓動が、ドキドキと高鳴った。

あっ!
今日は書いてない!

未南の机を見て、ホッと胸をなで下ろす。
自分の机にも落書きはない。よかった。
そう安心して、イスに座ると。
間もなく、教室にぽつんといるよで
寂しい気持ちになった。

今日は未南は休みなんだよね。
てっ、ことは、今日はひとりぼっちだ。
だって、まだ他に友達いないもん。

寂しいな……。前の学校なら。
学校に行けば、誰か友達が居て。
朝からワイワイガヤガヤって感じだった。
毎日、すごく楽しかったな。
この学校に転校する前のことを考えて。
少しセンチメンタルになってしまった。

65:りな:2019/05/04(土) 20:10

(35)
朝のホームルームが始まり。
高木先生が出欠席を確認している。

「今日のお休みは、修倉さんだけですね」
先生が教卓に出席名簿を置いた。

未南は登校拒否なんかじゃぁないからね。
欠席理由を、誤解されないかと心配になった。
私は事情を知ってる。けど、他の子は知らない。

「みなさん、来週から,テスト週間に入ります。
 それにともない。一年生のときの、全生徒の
 成績が載った順位表を配りたいと思います」

へー。そんなことするんだ。珍しい。

漫画なんかでは、たまに成績上位者が
掲示板に貼り出され、”またお前が1位かよ”
とか、”すごいね、○○くん、1位だよ”
とか、そんなセリフがあったりするけど……。

高木先生から配られたプリントが手元にきた。
来るや否や興味津々で目を通す。

1位 修倉未南
2位 姫川椿
3位 柄谷央弥
4位 野村由香子

成績トップは未南だった!

39位 榊田真紀
40位 和田萌奈

下位は、ヤンキーっぽい二人だった。

「1位は修倉さんです。全試験で1位でした」

わぁー、未南すごーい。

「成績40位までの人がこのクラスに入れました。
 来年の選抜クラスの定員も、40名です。
 41位以下の生徒は、選抜落ちになります。
 他のクラスの生徒も選抜入りを目指しているので
 負けないように、頑張って勉強してください」

そうなのか? がんばらないと……。
目指せー、1位。マリ女のセンター!
てっぺん取らせていただきます。

66:りな:2019/05/05(日) 08:07

(36)
ホームルームが終わって、先生が退室する。
その直後、一気に教室が、にぎやかになった。

話題は成績のことかな?
私だって未南がいれば……。
1位なんて、すごいね! とか言ってたと思う。

ひとり、物思いにふけっていると。

「あれあれー? 未南は登校拒否なのかなぁ?」

一瞬、自分が聞かれたのかと思い、顔を横に向けた。
未南の机の前には、二人の女子生徒が立っていた。
一人は、茶髪のヤンキー女、榊田(さかきだ)だった。

「じゃあ、もう学校来ないかもよ? だったら受けるうー」
もう一人の黒髪の子が、そう返事した。

「ねえ? 花瓶でも置いとく?」
榊田が聞いた。

「おお! それ、いいねー」

教室の隅にある、花の飾ってある花瓶を
榊田が持ってきて、未南の机の上に置いた。

「キャハハ。最高ー。マジ受けるんだけど!
 これじゃあ、亡くなりましたじゃね?」
榊田の声が教室中に響き渡った。

「ホントだね。アハハハ!」

はあ? ふざけるなぁーーー。
榊田たちのやりとりに、ムカッときた。

信じられない。小学生じゃあるまいし。
やっていいことと、悪いことの区別がつかないの?

怒りを抑えられず。私は口出しした。
「悪ふざけは、やめなさいよ!」

67:りな:2019/05/05(日) 19:26

「あ?」
二人が私をにらみつけた。

榊田が眉を吊り上げるのを見て
私も負けじとにらみ返した。

「ウザッ。なに怒ってんの? 冗談よ、冗談」
榊田は、悪びれる様子もなく、そう言った。

「ホント、マジでウザい。生意気な奴ね。
 なんで、あんたは、転校生のくせに
 選抜クラスにいるの? おかしくない?」
黒髪の子は、逆ギレしている。

「決めたのは学校だし、それに……。
 前の学校では成績トップだったからね」
負けまいと毅然とした態度をとった。

「あなたが1位? どうせレベルの低い学校でしょ?」
榊田が、私を馬鹿にしたような態度をとった。

68:りな:2019/05/07(火) 21:17

その態度に多少、ムカッとくるも
冷静に! って心の中で思った。

「特進クラスだったし、偏差値は良かったよ」
トップクラスの進学校ではないが。
とりあえず、そう返事した。

「そうなの? そうは見えないけど? 頭悪そう」
お前に言われたくねえよ!
お前が一番頭悪そうだろ!

もう、売り言葉に買い言葉だ!

「この学校って、お嬢様学園って言われているから。
 上品な子ばかりだと思ってたら、下品な人ばかり」
皮肉をたっぷり込めて言った。

「あん? あんま、調子乗んなよ! ぶっころすぞ」
挑発的な物言いにカチンときた榊田にすごまれてしまう。

ヤバい。キレたな。マジでヤバいことになりそう。
険悪な 雰囲気となり、これ以上、変なふうに
こじれるのを嫌った私は、花瓶を手に取った。

「こういう、幼稚なことはしないでください」
冷静に、そう言って、花瓶を元の位置に戻した。

もうこれ以上何も言わず、二人は席に帰って行き
この場は丸く治まった。

69:りな:2019/05/08(水) 22:00

(37)
その後。最初の授業が終わって、休憩時間になった。
一人ぼっちの休憩時間はとても寂しく、辛かった。
みんなが楽しそうにしていると、余計に寂しい。
机に、じっと座って、黙って待ち続けるのって
たった10分でも苦痛に感じた。

「学年トップとか自慢かよ?」
「調子に乗ってるよね、あいつ」
「むかつく、いい子ぶってるしー」
「あの子、みんな嫌ってるよね」
「シカトだね。話しかけられても無視しろって」
「ああ、そうだね。無視、決まったもんね」
「全員、賛成だよね。」
「反対できるわけないじゃん。あの人には逆らえない」
「そうだよね。嫌われるの怖いよね」
「シッ! あの人に聞こえたらどうするの?
 ヤバイよ。もうやめよ。この話……」

あれ?
クラスメートの会話に耳が反応していた。
この声は地味子の三人かな?
なんの話だろ? 私のこと話してる?

話は途中で終わってしまったけど
気になるな……最後の方の会話……。
まるで、このクラスに、いじめを主導する
リーダーが存在するかのような会話だった。

70:りな:2019/05/09(木) 20:50

(38)
次の授業が始まった。授業中も
さっきの会話が気になってしまう。
あの人って、誰のことなんだろう?
私のことを無視しろって言ったのは。
未南をいじめてる人と同一人物なの?
それって? 椿? 萌奈? 榊田?
パッと頭に浮かんだのは、この名前。

椿はクラスのリーダー的存在だから。
ひょっとすると、彼女かもしれない。
でも椿って時々、私に優しいよね。

萌奈はどうだろう? 椿とは違って
私のことを、嫌っている気がする。
私や未南をいじめる動機もあるし
萌奈がいじめのリーダーかもしれない。

由香子は? 急に名前が浮かんだ。
由香子の可能性は低いかな?

それだったら榊田の可能性の方が高い。
地味子たちが恐れていたのは榊田か?
ヤンキーにビビッているのかもしれない。
でも未南をいじめる動機ってあるの?
ああ! 痴漢事件があるか?
ヤンキーなりの正義ってのがあるのかも。

なんにしても、まだ未解決のいじめ事件
があるから、早く犯人をみつけないとね。

「川上さん!」
先生に呼ばれた?

「はい!」
「答えてください」
「――?」
何を答えるの?
ヤバっ! 問題、聞いてなかった。
ハハ、授業に集中しないとね……。

71:りな:2019/05/10(金) 20:44

(39)
授業が終わった、自由時間だい。
一気に教室がにぎやかになる。
でも私には……。
誰も話しかけてこないや。
みんな嫌ってる?
完全に孤立して。
ぼっちになった私に。
孤独が襲ってくる。

涙が出そうなほどの寂しさが込み上げてくるから。
どうにか、周りにさとられないようにしようと思って。
スマホを取り出した。
寂しさをまぎらわすためにね。

孤独という魔物と必死に戦う。
スマホは孤独と戦う、現代の神器だ。
スマホは盾か? それとも剣か?
いやいや、魔法かもしれない。
スマホよ! 十分間でいいから。
孤独という魔物から、私を守ってくださいな。

なーんて、なに言ってんだか……。それより
自分から誰かに話しかけようかな?
それがいい! って……誰に? 
パッと目に入ったのは椿だ。そういえば。
昨日の食事のお礼、きちんと言ってないや。
そうだ! いまから言いにいこう。

椿は、萌奈、由香子と一緒に教室にいた。
テクテク歩き。椿たちに話しかける。

「おはよう、椿! 昨日は、ありがとう。ごちそうさまでした」

「おはよう、昨日は楽しかったわね。
 また機会があれば、一緒に食事しましょう」

「うん、また誘ってね」

「それよりツバキ会には入る気になったの?」
椿はいきなり、その話題を持ってくる。

それ、昨日、断ったばっかりじゃん。

「ごめんなさい。ツバキ会には入りません」
未南の友達はやめられないからね。
私は、そう返事した。

「うちらの仲間に、なりたくねーのかよ」
萌奈がヤンキー口調で言った。

「入らないなら、仲間に入れて、あげないから」
椿は冷たく言うと、口元に笑みを浮かべる。

そんなぁ……なんで、そんな意地悪するの?
うつむいたまま、沈黙していると。

「いきましょう」
え? え? 椿? もっと、話をしようと思ったのに。
椿たちは、席を立って、教室を出て行ってしまった。

あらら、なんだか、すごく寂しい気持ちになってしまった。

72:りな:2019/05/11(土) 23:13

(40)
時刻は、昼の12時30分をまわっていた。
食堂は、たくさんの生徒で、ごった返している。
毎日、混雑してて、ちょっと大変です。

ビュッフェ形式なので。
自分で料理を皿に盛り
空いている席に着いた。

周りの生徒は楽しそうに会話を
しながら食事をしている。
未南がいないため、私は一人で食事。
正直、すごく寂しいなあ。

でも私が転校しなかったら。未南は
ずっと、ひとりぼっちだったのかな?
それを考えると、いいタイミングで。
私は転校してきたってことだよね!

食べ始めて、しばらくたったあと
「ここ、空いてる? 座ってもいい?」
と、ふいに尋ねられた。
「いいよ」
と返事をして、顔を上げる。
あっ! 央弥ちゃん!
私の正面の席に座ったのはクラスメイトの
柄谷央弥ちゃんだった。

「央弥ちゃん。友達も来るの?」
「こない。私だけ。あなたと二人で、話したかったから」

「え? 私も、そう思ってた。友達になりたいって」
「ああ、そんなんじゃないから、ただ話がしたかっただけ」
活発そうに見えたけど、案外クールな印象を受けた。

73:りな:2019/05/12(日) 17:14

「私、あなたのこと知ってる。転校してくる前から」
「え? どっかで央弥ちゃんと、会ったことある?」

「会ったことないけど。ウインターカップの
 あなたのプレーを、テレビで見てた」
「ああ、そういうことか!」
納得って感じで思わず、手を叩いてしまった。

「テレビの中でしか見られない人が、まさか
 目の前にあらわれるなんて、ビックリした。
 私、あなたのファンだったのよ」

ファン? 
いや、いや。私なんて、ポッと出のルーキーだよ。

「同じ一年生なのに、すごい選手だなって思ってた。
 あなたのチームも強かった。それなのになんで?
 うちの学校なんかに、わざわざ転校してきたわけ?
 前の学校よりレベルの低い学校に来る意味あるの?」

転校してきた理由は……。

「お父さんと一緒に暮らすためだよ。
 最初にお父さんが単身で引っ越して
 親子、別々に暮らそうとしたけど。
 お父さんが悲惨な生活してたから  
 私も、あとから引っ越してきたんだ」

「それだけの理由? そんなことのために
 転校してきたの? 馬鹿げてる」

馬鹿げてるって……。

「私ね。お母さんが、子供の頃に死んじゃったから
 お母さんの分までお父さんを支えようと思ったの」

「ああ、そうだったの? 事情も知らずに
 ちょっと言い過ぎかも。ごめんね。
 でもまだ間に合うなら、前の学校に
 戻った方がいいわ」

74:りな:2019/05/13(月) 20:08

「戻れって言われても無理だよ。
 バスケはこの学校でも続けられる。
 セントマリアって結構強いんでしょ?
 去年のインターハイ予選ベスト4って
 面接の時に、校長先生が言っていた」


央弥ちゃんが、即座に首を左右に振った。
「問題はバスケだけじゃない。
 むしろこっちの方が問題ね。
 あなた、今のクラス、どう思う? 
 正直に答えて……」

「どうって? そりゃ。いじめとかあって
 よくないとは思うけど……」

「私から言わせれば。正直、最悪のクラスね。
 だって姫川がいるから。あいつ、大嫌い。
 親が大企業の経営者っていうことを
 利用して子供の頃から女王様きどりよ。
 この学校の子はね。親が社長って子や
 重役って子がたくさんいて、その多くが
 姫川の会社と関係してて、そういう立場を
 利用してクラスを支配しようとしている」

「親が偉いからって、関係なくない?」

「私は姫川と中等部でもクラスメイトだった。
 昔ね。中学時代の姫川と大喧嘩した子がいたわ。
 横暴な態度で同級生に接する、あいつにキレたの。 
 そのうち、姫川の親まで出てくるほどになった。
 姫川の親は怒って、相手の親は平謝りだったそうよ」

ほう。子供の喧嘩に親がね・・・。

「その子の親は姫川の会社と取引していた小さな会社の
 社長だった。それを知った姫川は、取引をやめるように
 親に言ったらしく。その子の会社は、のちに倒産したわ」

えっ? マジ? それが本当ならひどい話だ。

75:りな:2019/05/14(火) 20:41

「ひっどい話だね」

私が、少し怒り気味に言うと
央弥ちゃんは唇を噛みしめた。

「その子……。私の親友だった」

え?

「この話は、親友のことだったの?」

央弥ちゃんはコクリと、うなずいた。

「その子は、もうこの学園にはいない。
 お金がなくて高校に進学できなかったの。
 中学時代はバスケ部で。セントマリアの高等部に
 行って一緒にバスケをしようって約束したのに。
 でも、中学三年の終わりごろ会社が倒産して多額の
 借金を負い、あの子は遠い町へ引っ越して行ったわ。
 私は、今も姫川が憎い。絶対に許せない」

「そうか、過去にそんな悲しいことがあったんだね」

「あいつは、今、自分の友達さえも、いじめ。
 この学校から消し去ろうとしている……。
 誰からも優等生と思われてる奴がいじめよ。
 優等生が聞いてあきれる。騙されないで
 あいつは邪智暴虐の最低な人間なのよ」

「えっ? いじめは、椿が?」
未南は親友だった椿に、いじめられてるってこと?

76:りな:2019/05/15(水) 21:09

「そうよ。いじめのリーダーは姫川椿よ!」

「えええっーーー」
謎は解けたって感じがした。
朝から疑問に思っていたことの
答えをあっさりと出してくれた。

「そうなんだ。すごいショック……。
 椿は未南の親友だったんだよ」

「二年生が始まった、最初の頃は仲良くしていたよ。
 ある日、突然ハブられて、いじめられるように
 なった。そのあと、修倉先生が痴漢で逮捕されて。
 あっという間に、クラス全員から、いじめられる
 ようになっていった」

「未南が仲間はずれになったのは、テニス部の
 いじめを、修倉先生に、告発したからだよ!
 それで恨みをかってしまったみたい」

「それは、噂で聞いてる。あいつはテニス部でも
 後輩、いじめてたってね。退部させられて当然」

「若干、可哀想な気もするけど。逆恨みだよ。
 未南は、なにも悪いことしてないんだよね。
 会社でも正義のために内部告発をした人が
 いじめられたり、左遷されたりすることがある。
 もっとひどいと、解雇なんてこともあるらしい。
 まったく理不尽な話だよ」

77:りな:2019/05/16(木) 20:23

「悪いことやっている奴等には、いずれ天罰が下る。
 今、未南を、いじめてる奴も、そうなるよ。
 姫川、それと、いじめてるクラスメイトたち……。
 私が必ずいじめの事実を、おおやけにしてみせる」

「うん、私も協力するよ」

「あなたは、前の学校に戻りなさい。
 いじめの被害者になりたいの?
 大変なことになるよ」

「私もいじめと闘う!」

「あなたも、いじめの標的になっているのよ」
 
「私は、未南の友達だから、一緒に闘う」

「友達って昨日今日なったばかりじゃない?
 逃げたって、だれも卑怯だと,思わないよ」

「何があっても逃げない。だって約束したから。
 未南と約束したんだ……守るって……」

「わかったわ、あなたに、それほどの覚悟あるなら
 もう戻れ、なんて言わない。でも無理はしないで
 私も仲間よ。本当に辛いときは、頼ってね」

「うん」

私と央弥ちゃんは、固い握手を交わした。
闘おう、いじめと……。私達は、負けない。

78:りな:2019/05/17(金) 20:09

(41)
この日の学校が終わる。
帰りのホームルームのあとの
清掃が終わって放課後になった。

この学校では清掃後に
自主解散するみたいだ。

清掃は、名簿でグループ分けされ
私は席順から2班に入った。
同じカ行の、柄谷央弥ちゃんとは
同じグループだった。

掃除が終わって解散後
央弥ちゃんに声をかけた。
「央弥ちゃんは、これから部活?」

「うん、部活だよ。バスケ部。
 奈緒はいつ入部するの?」

「中間試験が終わってから」
 
「試験期間中は部活ないからね。
 そのあとの方が、いいかもね
 なんなら、ちょっと見学する?
 それとも帰る?」

「ああ、うん。ちょっと別の用事が……。
 テニス部のこと少し調べようと思って。
 いじめと闘うと言ったけど
 知らないこと、まだ多くて」

79:りな:2019/05/18(土) 08:08

「意外と行動力あるのね。
 テニス部の場所わかる?」

「わからない……」

「ちょっと待って、ここから
 見えるわ。おいで」
掃除していた中庭から、一緒に
歩いて、グラウンドに向かった。

「あそこよ、あの大きな建物が
 テニスコート」
央弥ちゃんが指差す方向を見る。
「室内練習場?」

「そうよ。姫川の父親の寄付で建設
 された。親バカよね。娘のために
 普通あんなの作る? あの子。
 ほんと甘やかされてるわ」

「すごいな。やっぱお金持ちなんだね。
 ありがとう。あとで行ってみるよ」

80:りな:2019/05/19(日) 00:05

(42)
それから教室に戻って、再び校舎を出た。
時刻はすでに15時50分を過ぎていた。

テニス部のいじめのこと。もっと知りたい。
被害者に会って直接、話を聞きたい。
そんな目的があって、テニスコート場に向かった。

テニス部! いじめ事件!
とりあえず、まぁ、整理してみよう!

丸1! 未南と椿は、親友で、同じテニス部員だった。

丸2! 椿たちと先輩が一年生(新入部員)をいじめた。

丸3! 未南は、いじめをやめるように言ったが、無視された。

丸4! 未南が、監督であるお父さんに告げ口した。

丸5! いじめた人達は、テニス部を退部させられた。

丸6! 椿たちは、それを逆恨みして。未南を仲間外れにした。

まぁ、ざっと、こんなもんかなぁ……たしか。

81:りな:2019/05/19(日) 07:17

校舎から少し離れた場所にある大きな建物。
「ここだよね?」

央弥ちゃんが教えてくれた場所には
立派な室内テニスコート場があった。

入り口には寄贈と書かれたプレートが貼られ
姫川椿の父親による寄付で建設されたことが
書いてあった。

関係者以外 立ち入り禁止 と書いてあって。
中に入るのを、少し躊躇(ちゅうちょ)するも
意を決して建物の中に入った。玄関を抜けたら
ロビーがあって。そこから練習場に入ると
テニスコート7面分の広々とした空間に驚く。

あれれ? 
ほとんど人いない……。
来るの早すぎた?
話を聞くには丁度いっか。
部活が始まってたら話も聞けまい。

声を掛ける相手を、少し迷って

「ちょっと聞きたいことがあるけど
 いいかな?」

テニスウェアを着た少女に声を掛けた。

「はい、なんですか?」

おそらく一年生ではないかと思われる
その少女は、まだ、あどけなさが残る
ポニーテールの似合う可愛い子だった。

82:りな:2019/05/19(日) 19:43

えーと。まずは自己紹介から。

「あの私、修倉未南の友達で
 川上奈緒って言います」

「修倉先輩の友達なんですか?」
少女は、頬(ほお)をほころばせた。
笑うと、途端に子供っぽい顔つきになる。

「うん。クラスメートだよ。立ち話もなんだから
 まずは、そこのベンチに座ろうか?」

「あっ、はい。そうですね」
そう言って。
少女がくるりと体の向きを変えると
白いテニススコートがひらりと舞った。

壁際に置いてある長イスに、二人並んで腰掛けた。
なんて切り出すか、少し迷うも、単刀直入に聞いた。

「聞きたいことは、テニス部であった
 いじめの話なんだけど……。
 それは本当の話なのかなぁ?」

「え……」

少女から急に笑顔が消えて、うつむいてしまった。

83:りな:2019/05/20(月) 20:00

「無理しないで。話せる範囲でいいからね」
優しく声をかけた。

「いじめは……いじめは、ありました。
 先輩から、いじめられて、いました」

少女は、ゆっくりと途切れ途切れに話した。

「先輩から、どんなことされたの?」

「先輩から腕立てを50回やるように言われ。
 それができない子は、大声で怒鳴られたり
 ラケットで、お尻を叩かれたりしていました。
 私は、腹筋連続50回ができなくて
 何さぼってるの?しっかりやりなさい
 って言われて、わき腹を蹴られたり
 おなかを、足でふまれたりしてました。
 泣いちゃう子とかいて、泣いてると
 泣けば許されると、思っているの? 
 とか怒られて、もっと厳しくなったり
 もう帰っていいよとか、言われたり
 すごく可哀想でした。毎日。とにかく。
 練習が厳しかったです。まだ入部した
 ばかりなのに、すでに何人かは辞めたい
 とか言っていました」

私は、精一杯しゃべっている少女の言葉に、
何度も何度も、うなずきながら真剣に聞いた。

84:りな:2019/05/21(火) 21:21

「辛かったね。もう今は、いじめ、なくなった?」

「はい、いじめはなくなりました」

「テニス部、全体がそんな雰囲気だったのかな?」

「先輩も同じようなことを、されていたみたいです。
 厳しいのは、テニス部の伝統って言ってました」

「いじめは先輩、全員が関与していたの?」

「いいえ。まったく、しない先輩もいました。
 今、このテニス部にいる先輩がそうです」

「いじめが原因で退部させられたって聞いたけど
 退部した姫川さんや和田さんもやっていた?」

「いじめは姫川先輩と和田先輩もやっていました。
 二人とは中等部の時も、チームメイトでした。
 昔は、やさしくて、面倒見のいい先輩でした。
 テニスは上手だし、お金持ちで綺麗だったので
 私達、後輩にとって先輩達は憧れの存在でした」

「そうなんだ……」
やはり、二人もいじめていたのか……。

「野村由香子は? あっ、野村さん」

「野村先輩は、自分から率先してやるんじゃなくて
 姫川先輩や和田先輩に促されてやってる感じでした。
 二人に言われたら逆らえないって感じに見えました」

「未南、いや、修倉さんは、どうだったのかな?」

「修倉先輩は、ほとんどいじめに関与してない
 と思います。ただ見ていただけでした。いや。
 むしろ、いじめを止めようとしていました」

ふぅ――――……。
心に大きな安堵感があった。
未南は後輩をいじめてなかった。

ここで、話を終えようとも考えたが
さらに質問を続けた。

「先生に言ったの、修倉さんみたいだけど
 自分達からは先生に相談できなかった?」

85:りな:2019/05/22(水) 19:47

「はい……。先輩達が怖くて言えませんでした。
 勇気がなかったんです。先生にも、先輩にも
 何も言えませんでした」

 少女が、目を伏せた、かと思えば
 今度はその大きな眼(まなこ)で
 私をじっと見つめてきた。

「言わなくちゃ、いけなかったんですよね?
 もう私は、絶対にいじめを、許しません。
 もうこんな辛い、負の連鎖は、私達で
 終わりにします。もし誰かが、いじめを
 してたら、絶対に止めます」

少女は、はっきりと言い切った。
その言葉、一つ一つに強い決意を感じた。

「そうだね。いじめは絶対にダメだね。
 あなたの言うとおりだよ。これから
 テニス部が良い方向へ向かうように
 祈ってるよ」

私は少女に優しくほほ笑みかけた。

「はい! 頑張ります! 自分達で
 テニス部を変えます!」
少女は目を輝かせて言った。

「あの私、これから部活の準備のために
 ボール運んだり、ネット張ったり
 仕事が色々あるんですよ…………」

「ああ、そうなんだ。忙しいのに、ごめんね」
 
「いえ、それでは失礼します」

「本当にありがとうね」

少女は私に一礼してから、仲間の所へ
走って行ってしまった。

私は、しばらくしてイスから立ち上がった。
「さあ、帰ろう」
出口に向かって歩き出した。

86:りな:2019/05/23(木) 20:46

練習場を出て、しばらく歩くと。
おや、これは……。ロビーの一角で足を止めた。
そこは、ちょっとしたギャラリーになっていた。
私は興味深げに覗き込む。
そこには賞状やトロフィーが多数並べられ
テニス部の功績の数々を物語っていた。  
あっ! 未南だ。未南の写真だ。
テニスウェア姿の写真パネルに目を留める。
その下には全国大会優勝の賞状やトロフィーがあった。
写真パネルの横に書いてある、説明書きを読んだ。
シングルス全国優勝はセントマリア女学園テニス部に
とって初の快挙のようだ。
すごいなぁ……未南。
感心して眺めていると……。
「あんた、何やってんの?」
女性に声をかけられた。
誰? と思い、顔をそちらに向けた。
声の主は姫川椿だった。
椿、萌奈、由香子の3人はテニスウェア姿で
肩にはテニスラケットのバックをかけていた。

87:りな:2019/05/25(土) 07:22

「ちょっと、用事があって。そっちこそ
 なんでここにいるの? テニス部を
 退部になったんじゃないの?」

「今日からテニス部に復帰するのよ。
 インターハイ予選も近いし、これ以上
 休んでいられないわ」
椿が、そう答えた。

「ん……? 退部処分は?」

「そんなの、なしなし。関係ねえよ。
 取り消しだ。未南のクソ親父が
 勝手に決めたことだからな」
萌奈は可愛いけど、相変わらず口が悪いなぁ。

「10年以上連続で出場してきた
 インターハイに、危うく出場
 できなくなるところだった。
 そんなことになったら、私に期待
 してテニスコートを作ってくれた
 お父様に申し訳がないわ」
椿が不満そうに口を尖らした。

「退部させられたのは、いじめをしてた
 椿たちが悪いんじゃないの?」

「もう。いいかげんにしてくれない?
 いじめてないって言ってるでしょ?
 そんなふうに言われるのは不愉快よ!」
椿が、ひどく憤慨している。

おかしいなぁ?
先ほど、少女は、椿や萌奈もいじめてたって
言っていた。少女の証言と矛盾する……。

88:りな:2019/05/25(土) 23:04

「さっき、部員から話を聞いたら
 いじめを受けたって言ってたよ」
椿に、あらためて、その事実を突きつける。

「誰よ? そんな嘘を言ったのは?」

「嘘じゃないと思うよ? いじめの
 具体的な内容も聞いたんだけど」

「私たちはね。厳しく指導してただけよ。
 去年、先輩たちがしたことと同じことを。
 厳しいのは、このテニス部の伝統なの。
 定年退職した前監督も厳しい人だった。
 私たちは去年、厳しい練習に耐えたのよ。
 あの程度でいじめとか、軟弱すぎるわ」

「そうかもしれないけど、された後輩の
 方は、いじめられたと認識してるんだよ。
 自分達がやったことを素直に反省し
 改善しようという気持ちはないの?
 名門野球部だっていじめや暴力が原因で
 廃部になっているところだってあるのよ」

「私は先輩に言われたとおりに後輩を指導
 してただけ。その行為は一点の曇りなく
 妥当なものだったと思ってる。強くなる
 ためには、しごきや体罰だって必要なん
 じゃないかしら?」
椿には、反省の心が、微塵も無いように感じられた。

「椿……その考えには賛同しかねるよ。
 私は、しごきや体罰が必要だと思わない
 あなた達は腕立てが出来ない子のお尻を
 ラケットで叩いたり、腹筋ができないと
 おなかを蹴ったりしてたそうじゃない。
 それのどこが妥当な指導と言えるの?」

「ずいぶん詳しいのね。でもそれやったの
 私じゃないわ、私は、ただ見てただけ」

「見てたなら、なんで止めないの?」

「なんで? 正直、面白いじゃない。
 もっとヤレって思ったわ。痛がる
 後輩を見るのが楽しかった」
椿は無邪気な笑みを浮かべた。
予想外の返事に、私は戸惑いを感じた。

89:りな:2019/05/26(日) 10:34

面白いだと? 面白いとは、なんだ!
被害者の身にも、なってみなさいよ!
いじめられた方は、どんなに苦しんで、
悲しんで、傷ついていると思ってんの?

ここは怒るべきか?
いや、冷静になるべきか?
どうするか? 迷った。

「もう行こうよ、椿。こんな奴、ほっといてさぁ」
私と椿のやり取りに萌奈が、じれた。

「そうね。もう行きましょ。これ以上
 奈緒と話しても、時間の無駄だわ!」

「ちょ……待って」

まだ話の途中なのに……。
椿が行ってしまう。
引き止めよう!と思い。

「未南も練習に参加していいの?」
とっさに思いついたことを口走った。

未南はお父さんが逮捕されてから
一度も部活に出ていないと言っていた。

「はぁ!?」
椿は、なに言ってるの? 
って感じの表情で私を見た。

90:りな:2019/05/26(日) 16:54

「ほら、未南。全国大会で優勝したってね。
 すごい、すごいよね。尊敬しちゃう」
私は、優勝の写真パネルを指さし
少し大げさに、はしゃいで見せた。

「なんで、あの子なの? 私じゃなくて……。
 個人戦の代表に、なんで未南が選ばれるの?
 実力は伯仲してたはずなのに……。監督が
 私を選んでくれていたら、優勝してたのは
 私だったかもしれないのに。すごく悔しい。
 未南なんか消えちゃえばいいのよっ!」
椿は目を潤ませ、ヒステリックに叫んだ。

「――――?」
本音を吐露され、私は、たじろいだ。

「そうだよ。椿の言う通りだよ。
 優勝した時、おめでとうって
 言ったけど、本当はすごく
 すごく悔しかった。周りから
 チヤホヤされて有頂天になる
 あいつを見てるとムカついて
 あいつのいないところで悪口
 言ってた……」
椿の考えに萌奈も同調した。

「そんな、ひどいこと言わないでよ!
 優勝したこと、素直に喜べないの?
 未南は、友達でしょ?
 親友だったんでしょ?」
私は二人の考えに異議を唱えた。

91:りな:2019/05/27(月) 20:21

「このさいだからハッキリ言っておくわ。
 あいつはもう、親友でも友達でもない
 あいつは私達を裏切って、傷を付けた。
 大嫌いよ! もう仲間でもなんでもない。
 未南に伝えておいて……テニス部には
 もう来ないでね、てねぇ」

「椿の意見に賛成――! 未南なんか
 もう友達でもないでもねーし。正直
 早く学校やめてくれって感じだよ」

そんな風に言わないで欲しい。
椿たちの、その言葉で……。私の胸は……。
ズキューンと弾丸が貫いたくらい痛かった。

「未南は、私の友達だから、悪く言わないで!」

こんな気持ちになるくらいなら。
余計な事、聞かなくてもよかったな。

「友達やめなよ。あいつは疫病神だ。
 あの子には近づかない方がいいよ。
 きっとお前も、未南に裏切られるわ。
 あとで後悔しても知らないからね。
 ハハハ、ハハハ、ハハハ はぁーあ」 
椿は声高らかに笑った。

「フッ。さあ、もう行きましょう。」

笑い顔から急に真顔で、そう言うと
椿は萌奈、由香子と一緒に、テニス
コート場の方へ行ってしまった。

最後に言った事、どういう意味?
意味がわからず、しばらくのあいだ
その場に呆然と立ち尽くしてしまった。

私は、ふと未南のことを思い浮かべた。
未南の笑顔が思い浮かんだ。
奈緒と未南は、ずっと友達だよ!
何も迷うことなんてないよね。
信じたその道を 私はゆくだけ!
意を決した、私は、歩き始めた。

92:りな:2019/05/28(火) 20:11

(43)
校門を出たときには、16時30分を過ぎていた。

未南が、私のお父さんに会うのって
午後2時の約束だったよね?
……ということは……
まだ法律事務所にいるのかも?

そう思い、足早に家路を急いだ。

数分後、自宅マンションに帰って来た私は
自宅には行かず、一階にテナントしている
川上正義・法律事務所に入った。

入ってすぐ。
「あっ。奈緒ちゃん。お帰り」
細身で利発そうな若い女性に声をかけられた。

「ただいまー、美鈴さん。お父さんに
 用事があって、直接来ちゃいました」

「あっ、そうなんだ」

「おじゃましまーす」

若い女性は、松岡美鈴、25歳
父の事務所で働く新米弁護士だ。
私の好きな女優に似ていて
超美人で、スタイルの良い。
華のある可憐な人だった。

気さくな人だから、すぐに友達になっちゃた。
お姉ちゃんができたようで、すごく嬉しい。

93:りな:2019/05/29(水) 20:18

中に足を踏み入れると、新築特有の匂いがした。
コピー機やパソコン、机やイス、書類の棚など
ありとあらゆる物が、新品で揃えられていた。

この空間に二人だけでは、やや広く感じた。
まだスタッフは、お父さんと美鈴さんだけで
美鈴さんは弁護士兼事務員として働いている。
現在、事務員は募集中との事。

「お父さん!」
お父さんは、美鈴さんの向かいの席に居た。

応接室にいないから、もう未南は帰ったのかな?

などと考えつつ。

「未南、来た?」
お父さんにいきなり本題を切り出す。

「来たよ」
「何時ごろ帰った」
「4時頃、帰って行った」
「どうだった?」

親子らしい素っ気無い会話が続いた。

「ああ……」
お父さんは両手を目の前で組み、鋭い眼光を見せた。

「二人とも、物凄く、美人だった……」
いつになく真剣な表情で、的外れな返事をした。

「はぁ?」
ばーろー! そんなこと聞いてねーんだよ!

ちょっとコナンくんっぽく、心で叫ぶと。
毛利小五郎にキレる、毛利蘭の心境になった。

「未南ちゃんって、すごく綺麗だったなぁ。
 お母さんが、これまた、美人でさぁ。
 二人とも清楚で品が良くて、素敵だった。
 いやあ、もう、感動したよぉ」

打って変わって。一転、ハイテンション。
お父さんはパァっと明るい表情に変わり
早口でまくし立てた。

「ちょっと、お父さんっ! そんなこと
 聞いているんじゃないよっ!」

94:りな:2019/05/31(金) 19:51

「おお、すまん、すまん。もちろん
 依頼は受けたよ。美人の依頼は
 断らない主義なんだ」

父の態度に、ちょっとだけ、イラッとした。

「あんまり、ふざけないでよ!
 未南の家族にとっては深刻な
 大問題なんだから」
 
「ああ、かつて痴漢事件の裁判を
 したことがあるが、本人とその
 家族は随分、辛い思いをして
 いたな。まあ、その裁判は無罪
 になったからよかったけど……」

「裁判で無罪になったの?」

「目撃者がいてね。裁判で証言して
 くれたのさ。彼は痴漢をしてない
 とね」

無罪判決の事例を聞いて。
希望の道が開けたような気がした。

「今回の事件は目撃者はいないの?」

「未南ちゃんの話では、無実を証明
 してくれる目撃者は、今のところ
 いないようだ」

あらら。一気に道が閉ざされた気がした。

「いない?」
「ああ、未南ちゃんは、そう言ったぞ」


あれ? 誰か目撃者がいるって言わなかった?

由香子だったかなぁ?

由香子の証言を……思い出せ……。

あれは、たしか、転校初日……。由香子はこう言った。
でも、痴漢したって言う目撃証言もちゃんとあるのよ?
あっ、これだ! 思い出した!

95:りな:2019/06/01(土) 07:47

「痴漢を目撃した人はいるって!
 クラスメイトが言っていたよ」

「そうなのか? まだ、そこまで
 詳しいことはわからないんだ」

「ふーん。そうなんだ」

そうか……。
これは、無罪を証明する目撃者じゃなくて
有罪を証明する目撃者だ。それじゃあダメだ。
今、必要なのは無罪を証明してくれる目撃者なんだ。

「探した方がいいよね。目撃者。
 どうやって探せばいいの?」

「ビラを作って、配るのが一番
 手っ取り早いかもな」

「おお、それだ! 私が作るよ。
 早めに行動した方がいいよね。
 無実を証明して、一刻も早く
 留置所から釈放させてあげたい」

「やる気満々だなぁ」
「友達の家族が困ってるんだ。助けてあげなくちゃ」

「試験が近いんだろ? あんまり無理するなよ」
「大丈夫! 勉強も、ちゃんとするから!」

私の言葉に。お父さんは笑顔で、うなずいた。

「ここで作ってもいいでしょ? パソコン貸して」

「俺の机のパソコン、使っていいよ。
 俺は今から外出するから……」
そう言って、お父さんはイスから立ち上がった。

96:りな:2019/06/02(日) 07:02

「どこ行くの?」
お父さんに聞いた。

「警察だよ。未南ちゃんのお父さんに、接見してくる」
「面会時間、終わってない?」

「俺は弁護士だから問題ない。逮捕されてから
 日数が経ってるし、早めに会っておきたい」

あっ! そうか!
弁護士であれば24時間、いつでも接見できるんだ。

弁護士以外では、たとえ家族であっても被留置者は
一日一回、15分から20分程度しか面会できない。

しかし弁護士だけは、曜日や時間にかかわらず
何度でも、時間の制約なしで接見ができる。

「そうだね」
納得した私は、お父さんのイスに、腰掛けた。

「と、いうわけだ。美鈴さん、留守を頼んだよ」
お父さんが美鈴さんに声をかけた。

「はいっ! 川上先生。いってらっしゃい、お気をつけて」
美鈴さんは明るい声で、歯切れ良く言った。

私は、お父さんに大きく手を振り
「いってらっしゃい」と声をかけた。

お父さんは、小さく手を振って答え
さっそうと法律事務所を出て行った。

97:りな:2019/06/03(月) 20:53

事務所は、私と美鈴さんだけになってしまった。
しばしパソコンを操作する音だけが室内に響く。
室内の静寂を打ち破ろうと、私は沈黙を破った。

「痴漢で捕まったら、その後どうなるんですか?」
痴漢事件のことを美鈴さんに質問した。

「ん? そうねえ」
美鈴さんは、顔をあげ、私を見た。

「痴漢で逮捕された場合、警察署に
 連行され取調べを受けることになるわ。
 その後、警察官の取り調べによって
 司法警察員面前調書という調書が作成される」

私は、うんうんと、相づちを打ちながら話を聞いた。

「それは、あとで裁判の証拠になったりするから
 間違って作られた場合、被疑者本人によって訂正
 を求める必要がある。痴漢事件は無理やり痴漢の
 事実を作られてしまうこともあるからね」

「結構、強引な取り調べをするって話ですけど」

「警察による強引な取調べや、自白の強要。
 都合のいいように作られる調書は大きな
 問題になってるわね」

「ドラマでも、お前がやったんだろ! って
 シーンありますもんね」

「強要された自白は証拠にならないし、冤罪事件
 を産むことになりかねない。袴田事件では1日
 平均12時間、最長で17時間の取調べを受け
 自白を強要する暴行や威圧があったそうよ」

「ひどい話ですね」

「痴漢事件の問題点は、物的証拠がなくても
 被害者の証言のみで、逮捕、起訴、有罪に
 できてしまうことかしら」

98:りな:2019/06/04(火) 20:48

「間違えられて捕まるケースもあるよね?
捕まってから、本当にやってないって
無実を訴えても、ダメなんですか?」
美鈴さんに質問した。

「犯行を否認してもね。勾留されてしまうわ。
 その後も、犯行の否認を続ければ、最長で
 23日間、身柄を拘束されることになるのよ」

「逆に、罪を認めた場合は、どうなるんですか?」
さらに質問した。

「罪を認めた場合は、示談が成立すれば
 不起訴処分になる場合もある、たとえ
 示談できなくても、迷惑防止条例違反
 であれば罰金で済む場合もあるわ」

「それで釈放ですか?」

「そうね。釈放になる可能性はあるわね」

「痴漢を否認してた場合、いつ釈放されるの?」

「不起訴になれば、勾留満期後に釈放ね。
 もし起訴されてしまった時は、その後
 2、3ヶ月、勾留されることもありえる」

「えー! そんなに長いこと!」
思わず大きな声を出してしまった。

「人質司法って言われていてね。
 長期に渡る身柄の拘束が,日本
 の司法制度の問題となっている」

「大変なんだなー。逮捕されると……」
「そうね……」

ここで一旦、会話は途切れた。

ワープロソフトを立ち上げたものの
気が付けば、ほとんど入力してなかった。

未南のお父さんを、救うことを
新たに決意して、痴漢冤罪事件の
ビラを作るため、入力作業を続けた。

99:匿名:2019/06/05(水) 20:24


(44)
翌日の早朝。私は登校時間より
早く家を出て、駅に来ていた。昨日
作ったビラを、未南と一緒に配ろうと
約束し、駅で待ち合わせをしたのだ。

朝の通勤通学でごった返す駅。人波を縫って
待ち合わせの場所に向って、歩いて行く。
金有駅は、私鉄、JR、地下鉄が乗り合わせる大きな駅。
この駅で未南のお父さんは痴漢の疑いで逮捕された。

待ち合わせ場所には、未南が先に待っていた。
私は、手を振りながら、未南に駆け寄った。

「未南。おはよー。待った?」

「ううん、今、来たところだよ。ホント、ありがとね。
 ビラを作ってくれただけでも、ありがたいのに
 一緒に配ってくれるなんて、感謝感謝だよ」

「ううん、気にしないで」
挨拶もそこそこに、かばんの中からビラを取り出した。

「これがビラだよ」
未南の前にビラを一枚、差し出した。

受け取った未南は、マジマジとビラを見つめ
「すごい。良く出来ている」と褒めてくれた。

「どこで配ろうか? 昨日からすごい悩んでた」

「どこがいいんだろ?」
聞かれた未南も首をかしげた。

どこで配るかを二人で、しばらく話し合った。

事件が発生した車内やホームとの意見も出たが
改札から出てくる人に配ることが決定した。

駅員に、そのことを確認すると、短時間で
乗客の通行の妨げにならないことを前提に
ビラ配りの許可がおりた。

100:りな:2019/06/06(木) 22:55

駅員が、いい人で良かった!
ダメなんて言われたら、困っちゃうもん!

その後。しばらくして。
事件が起きた同時刻、同方向の電車が
到着したのを、電光掲示板で確認する。

「未南のお父さんが乗ってたの、この電車だよね?」

「そうだよ。この人たちが、改札を出て来たら配ろう」

用意したビラ200枚を、100枚ずつ、手に持ち
私は右に、未南は左に、分かれてスタンバイした。

私、ビラ配りなんて、生まれて初めて!
なんか、メッチャ、ドキドキするやんか!

101:りな:2019/06/07(金) 19:43

しばらくして、人の群れが押し寄せてきた。
そのプレッシャーに胸の鼓動が高鳴る。

先頭の集団が、勢い良く改札を抜けた。
「痴漢冤罪事件の目撃者を探していまーす!」
このタイミングで声を張り上げた。

スーツ姿の中年男性にビラを差し出すも
あっさりとスルーされた。

ショックだ! でも、めげないぞ!

「痴漢冤罪事件の目撃者を探していまーす!」

それから、あとは、必死だった。
絶えず声を出し、ビラを差し出す。

その甲斐あって1枚、また1枚と
ビラがもらわれていく。

改札を出る人は、5分もすると少なくなって。
やがて……。ほとんどいなくなってしまった。

配れたのは、20枚くらいか?
未南の方はどうかな?

私は、自分の反対側にいる
未南のもとへ駆け寄った。

「ちょっとしか配れなかったよ。未南はぁ?」

「私もぉ……。そんなに配れなかった」

「まだ、たくさん余ってるね」

「もう一本、次の電車も配っていい?」

「いいよ。まだ学校、始まるまで時間あるし」

「ありがとう」

「でも、いま配った人の中に目撃者がいる
 可能性ってかなり低そう。一日だけじゃ
 ダメだね。また配らないと……」

「うん、でも、私達がビラを配ることが
 お父さんを、勇気付けることになりそう。
 お父さんは、いま、孤独な戦いをしてる。
 一人ぼっちで。今度、面会に行ったら、
 ちゃんと伝えるね。私達、お父さんを
 救うために、頑張ってるよってね」

「うん」

102:りな:2019/06/07(金) 20:18

(45)

ビラ配りを終えて……。
金有駅から学校まで直行。

学校へ到着するやいなや
下駄箱の前で立ち尽くす
未南がつぶやいた。

「上履きがないの……」

ええ? また、やられたの?

未南の上履きが紛失する事件が起きた!

先日のクツ紛失未遂に続いての嫌がらせ。

こんなことをして何が、おもしろいの?

ちっきしょー! 猛烈な怒りが込上げてきた。

「また、ゴミ箱かもよ?」
即座に、そう声をかけた。

「そうかも……」

二人で、以前クツが捨てられていたゴミ箱を見に行った。

しかしゴミ箱の中はカラッポだった。

「昨日の掃除で、中身を捨てたのかも?
 ゴミ捨て場はどこ? 探しに行こう」

「いい。そこまでしなくても。新しく買うから」

未南から返ってきたのは意外な返事だった。

103:りな:2019/06/08(土) 07:35

買えばいいって……。
そういう問題? 
未南はお金持ちだから
いいかもしれないけど……。

「それでいいの?」

「もう一年、使ったからね。それに、ゴミをあさるの
 奈緒にさせたくないし、私もしたくないから……」

そう言われてしまい。返す言葉を失った。
そうだよね……。
これ以上の屈辱を味わいたくないよね。

「まだ捨てられたと決まったわけじゃないよ。
 時間もあるし、もう少し下駄箱、見てみよう」

未南の返事を聞かずに、下駄箱を見に行った。

いま下駄箱に残っている上履きの名前を
一つ一つ、目で確認する。

「名前、書いてあるよね?」
未南に尋ねた。

「う、うん、修倉って書いてあるはず」

未南の返事には、乗り気が感じられず
一歩引いて、私を見ている感じだった。

104:りな:2019/06/08(土) 17:43

「あんた達、何やってるの?
 人の下駄箱、覗きこんで」

「あっ、椿」

声に振り向くと、眼前に姫川椿がいた。

登校は一人で? 送迎の車で来てるから。
いつも三人、一緒って、わけではないようだ。

「まさか? いたずらしようって思ってないよね?」
椿が、嫌みったらしく言う。

くぅー。いやな奴。そんなことするもんか!

「違うよ! 未南の上履きが、なくなっちゃったんだよ!」

「あらそう。それは、お気の毒。朝イチから悲惨ね」
言ってる言葉とは裏腹に、椿は、ほほ笑みを見せる。

そんな椿に、いままでも何度か違和感を覚えた。

105:りな:2019/06/09(日) 21:06

「まっ。がんばって探してね」
椿は、そう言うと、手伝う素振りも見せずに
脱いだクツを下駄箱にしまって、上履きをはいた。

「そうだ、奈緒? 未南に伝えといてくれた?」
椿が、何かを思い出したかの様に言った。

「はぁ? 何を?」
私は、意味が分からず聞き返した。

「その様子だと、言ってないようね。
 だったら私が直接、言ってあげるわ」
椿の視線が、私の横を通り過ぎて、未南に向けられた。

「未南、私達ね。テニス部の活動を再開したの」 

「え? そうなんだ」

椿が笑顔でやさしく語りかけると
未南が嬉しそうな笑顔を見せた。

「また、一緒にテニスができるね!」
未南が笑顔で言った。

「何を言ってるの? お父さんが
 逮捕されたんだから、連帯責任で
 あなたもテニス部、辞めなさいよ」

未南の笑顔は、一瞬で絶望に満ちた表情に一変する。

「ちょっと! そんなこと言う権利が、あなたにあるの?」
私は横から口をはさんだ。

「部外者は黙ってなさい!」
椿から、すかさず言い返される。

私の意見を聞き入れる様子は微塵も無いようだ。

もう、なんも言えねえ。

106:りな:2019/06/10(月) 21:52

「それと、もう一つ。大事なことを言わなきゃね。
 あなたのお父さんね。学校、首になったのよ」

ええ? もう? 解雇されてしまった?

「え? お父さんが首に?」
それを聞いて、未南が驚いた表情を見せた。

「そうよ。当然のことよ。あいつ、性犯罪者だからね」

「そんなぁ。やだよぉ。ほんとうに? どうしよう」
未南は、パニックになり、今にも泣き出しそうな声を出した。

「早く、示談にすることね。そしたら、すぐに釈放
 されるわよ。まぁ、教師やめても、いいじゃない。
 あなたのお爺様は、とってもお金持ちなんだから
 その会社に入れてもらって、どっかの会社で後々
 社長になればいいのよ。教師なんてねぇ。長時間
 働く割に給料の少ない、しんどい仕事なんだから。
 大企業に転職した方が、絶対に、お得よ!」

「お父さんは、教師という仕事に誇りを持っている。
 大変な仕事だけど、やりがいがあるって言ってた」

「そうなの?でもお気の毒ね。性犯罪で捕まったら
 教師なんてもうお終いでしょ?そんな教師に誰が
 教えてもらいたいもんですか!」

椿は今にも泣き出しそうな未南に、容赦ない言葉を浴びせる。

「ううっ、うっうっ、あっあっ」

両手で顔をおおい、とうとう未南は泣き出して。
そのまま、うずくまってしまった。 

「もう終わりね、あなたも、あなたのお父さんも」

椿は冷酷な言葉を吐き捨てたあと。
未南を置き去りにして、行ってしまった。

「未南! 大丈夫?」
私は、未南を抱き起こそうと屈(かが)みこんだ。

「うん、大丈夫、平気」
未南は、自力で、ゆっくり立ち上がった。

「でも先に教室に行ってて。購買で上履き買ってくる」
未南は泣きながら言った。

「一人で大丈夫?」

「大丈夫だよ……」

「あ、うん。じゃあ、先に行ってるね」

正直、心配だった。一緒にって思ったけど。
一人になりたい、という意味だと解釈して
私は、先に教室へ向かうことにした。

107:りな:2019/06/14(金) 20:06

(46)
どうして、未南が、こんな、ひどい目に遭うの?
教室に入ってからも、腹の虫はおさまらなかった。

上履きとったの間違いなくクラスメイトだよね?
上履きをとるのって、完全に犯罪行為でしょ!
そう考えると、怒りが腹の底から突き上げてくる。

許せねえ! 一発、ガツンと言ってやらなきゃ!
とうとう我慢できず、私の怒りが、爆発した。

「誰よおお?! 未南の上履き、とったの!
 この前、先生が、いじめは、ダメだって!
 言ったじゃない! いい加減にしなさいよ!」
私は教室の中央で、怒鳴り散らした。
騒がしかった教室が一瞬で静かになる。

「やめなさいよ。朝からなんなの? 迷惑よ」
いち早く、反応したのは姫川椿だった。

椿と私の視線が、ぶつかり合う。

いじめのリーダーは姫川椿よ、という
央弥ちゃんの言葉が脳裏をよぎった。

「未南の上履きが、なくなったんだよ。
 これは、間違いなく、いじめだよ。
 いやいや、もう、犯罪行為じゃん!
 あなた学級委員でしょ? だったら
 みんなに注意しなさいよ!」

「はぁ? 学級委員だから何なの?
 そんなの関係ない。なんで私が
 それを言わなきゃなんないの?」

挑発的に言われ、バカにすんなよ、と
私は、完全にブチギレた。

「言いなさいよ! いじめはダメだって!
 学級委員として、クラスメイト全員に!
 いじめをしてはいけないと、はっきりと
 明確に、言いなさいよ!」
私は、すごい剣幕で まくし立てた。

椿は鬼の形相で、わなわなと身体をふるわせる。

ねえ? 怒ってる? って思った。

「転校生の分際でえ! 私に命令するなぁあああ!」
次の瞬間、椿は怒り狂ったように叫んだ。

「なんで私が、そんなこと言わないといけないのよ?」

「あなたが、いじめのリ……」
リーダーと言いかけて、言葉に詰まった。

「はあ? 何? 聞こえません!」
椿は、やばいくらいキレている。

「あなたが学級委員だからよ」
さっき言おうと思ったことと、違う返事をした。

「学級委員だからって、いじめの責任まで私に
 押し付けられたら、たまったもんじゃないわ」

「あなたが、みんなに、いじめ、やらせてるんじゃないの?」
やばい、思わず、本音を言ってしまった。

108:りな:2019/06/17(月) 20:48

「何、言っているの? 違うわよ」
椿は急に、素の顔に戻り、平然としている。

あれれ? やけに冷静だ。
もっと動揺するかと思ったけどなぁ……。

「いじめのリーダーは、あなたじゃないの?」

「いじめのリーダーとか、意味がわからないわ。
 いったい、誰が、そんなこと言ったのかしら?」

椿にそう聞かれたが、央弥ちゃんとは答えられなかった。

「姫川! あんた、よくも、まあ、ぬけぬけと
 いけしゃあしゃあ、としていられるわね!」
 
一瞬、誰?って思ったけど……。
その声は央弥ちゃんの声だった。 

「いじめのリーダーはあなたでしょ! 姫川!」
央弥ちゃんが、怒気を込めて言った。

109:りな:2019/06/19(水) 23:24

椿は大きくため息をつき、央弥ちゃんに視線を向けた。

「いいがかりは、よしてくれない、央弥。
 奈緒に変なこと吹き込んだのもあなたね」
さすがに、いじめのリーダーは私よ、と椿が言うわけない。

「しらばっくれんな! ぜったいにそうよ!」
央弥ちゃんが大きな声で反論する。

「馬鹿馬鹿しい。空虚な妄想ね。何か証拠でもあるの?」
証拠とか、推理漫画の犯人が、いかにも、いいそうなセリフだ。

「証拠はない。でも、あなたがどういう人間か、私は知ってるもの」
証拠はないんかい……央弥ちゃん?
ここは、カッコよく、証拠はあるって言って欲しかった。

110:りな:2019/06/28(金) 21:51

「証拠がないのに、いい加減なこと、言わないでくれる?」
椿は央弥ちゃんを威圧するように、胸の前で腕を組んだ。

いじめのリーダーは椿かもしれないのに、証拠がない。
なにか? 証拠ない? あっ! あれは、どうかなぁ?

「これ。証拠じゃないかもしれないけど……」
私は遠慮がちに言った。

「未南が榊田にボールをぶつけられた日ね。
 更衣室で着替えてるとき、こんな会話が
 あったんだよね。転校生、生意気だから
 やっちゃう? でも椿さんの許可がないと。
 そんな、やりとりを、私と未南は聞いたの。
 その会話の声は、榊田の声に、似ていたよ」

あれ? なんか、うまく説明できないや。

「それがなんなの? そんなの私がいじめの
 リーダーだという証拠じゃあ、ないじゃない」
思い付きで言った私の証言が、椿にあっさり却下された。

111:りな:2019/06/29(土) 09:19

「そうかしら? 真紀に命令して、いじめてるって証拠じゃない?」
央弥ちゃんが横から口をはさむ。

「ひどいわ! ひどいわ! 二人して私のこと、いじめっ子にしようとしてる」
椿が、私たちを悪者扱いする。

「そんな演技には、だまされないよ! あなたには、いじめる動機があるでしょ!」
央弥ちゃんが即座に見破った。

「動機? ないわよ。私と未南は友達だったのよ」
まぁ、確かに。椿と未南は友達だったらしいけど……。

「今は絶交してるじゃない」
央弥ちゃんが言い返す。

そうなんだよね。二人は元親友だった。
そう言われた椿は。

「まぁ、そうだけど。それは関係ないでしょ?
 いじめられるのは、あの子のお父さんが
 痴漢で捕まったから、いけないのよ」

「あなたが、いじめる理由は、別にあるんじゃないの?
 テニス部を退部させられて、未南を恨んでるからでしょ!
 それに加えて成績が一位なことや全国大会で優勝した
 ことが、本当は面白くないんじゃないの?」

うん。央弥ちゃんの言ってること、当たってるかもしれない。

112:りな:2019/07/05(金) 20:39

「央弥! てめぇ! さっきから黙って聞いてりゃあ!
 椿さんに向かって、失礼なこと言ってんじゃねえぞ!」
うわー! 突然の大声に、びっくりした! 榊田?
「調子に乗って、好き勝手! 言ってんじゃねーよ!」
いきなり、榊田が央弥ちゃんを恫喝(どうかつ)してきたのだ。

「いいのよ! 真紀。あなたは黙っていなさい。央弥、その考え方
 根本的に間違ってるわ。私はね。未南のこと。いじめてないから」
椿は取り乱す様子もなく、一貫して冷静に、いじめを否定する。

「あくまでも認めないつもり? 事実が、あきらかになったとき。
 あなたは、罪に問われることになるから、覚悟しときなさい。
 あなただけじゃない! 未南をいじめてるクラスのみんなもね」
クラスメイト達に、央弥ちゃんは言い放つように言う。
央弥ちゃんの毅然とした態度が、かっこいいと思った。

「もう! たかが上履きを、とられたくらいで何よ」
椿は少し怒ったような声になった。

「自分の上履きがとられても、同じことが言えるの?
 いじめなんて言い方すると、軽い感じがするけど
 やっていることのほとんどは、犯罪行為だからね」

「私の上履きを取る人なんて、この学校には一人もいないわ」

いや、いや、椿。そういう意味で言ったんじゃないよ……。

113:りな:2019/07/08(月) 22:52

(47)
この後。一時間目が終わった休憩時間の直後。

「みなさーん! 聞いてください!」
榊田が、クラスのみんなに向かって、大きな声を張りあげた。

なんだ? なんだろう?

「痴漢で捕まった修倉先生が、学校を首になりました!」
榊田のサプライズ発言に教室内が急に騒がしくなった。

それ! 私と未南が、今朝、下駄箱のところで椿に聞いた話じゃん!

「あいつは二度と学校に来ませんので、安心してください!」
榊田は、言い終わると。
こっちに向かって歩いてくる。
榊田は未南の目の前で止まった。

「おい! 未南! 学校終わったら、親父に。
 学校、首になったって、言いに行けよ!」

榊田は、そう言うと。
きつい視線で、未南をにらんでいる。

「う、うん。でも……お父さんは、痴漢してないもん……」
未南は下を向いたまま、か細い声で答えた。

「嘘、ついてんじゃねーよ」
榊田はバアンと机をおもいっきり叩いた。

「ちょっと、やめなさいよ」
私は、たまらず口をはさんだ。

「お前も先生が痴漢したこと非難しろよ!
 一人だけ味方になってんじゃねーよ!」
榊田が私に言う。

「私は、中学の頃、性犯罪の被害に遭ったことがあるんだ。
 だから、そういうことする奴が、絶対に許せねーんだ!」

へー。そうなんだ……。別に私だって痴漢は許せないよ。
でも未南が、お父さんはしてないって言うから、今はそれを信じてる。

(48)
テスト週間をへて。
一週間後、テストがあった。
そこで。
未南にカンニング疑惑がかけられてしまう
なんとか、証拠不十分で無実になったものの。
だれかがしかけた、恐ろしい罠に恐怖した。

(49)
「テストどうだった?」
美南が私の顔を覗き込む。

「いい感じかな?学年1位の
未南には遠くおよばないけどね」

私は、ちょっと意地悪なこと言う。

「そんなことないよ……」と謙遜し
未南は照れくさそうな顔を見せた。
そんな仕草がちょっと可愛かった。

1学期中間試験が無事に終わり
続々と試験結果が返ってきた。
全教科、上々の出来に自己満足。
転校の不利はあったが、我ながら
よく出来たと思った。結果が
楽しみだなぁ。

114:りな:2019/07/09(火) 20:18

(50)
数日後の帰りのホームルーム。
担任の先生が成績表を携えて教室にきた。
それがわかって私の心臓がドキドキと高鳴る。

「これから成績表を渡します。
 学年順位の下の方から呼ぶので
 呼ばれた人は取りにきてください」

先生が、そう、私たちに告げると
教室がざわざわと騒がしくなった。

「はいはい、静かにしてください。
 それでは、第44位 和田萌奈」

先生が最初に呼んだのは萌奈だった。

萌奈が席から立ち上がり、取りに行く。

「和田さん、44位は選抜圏外ですよ。
 来年、このクラスに残りたかったら
 もっとがんばってください」

「はい……すいません」
成績表を受け取って席に帰る。萌奈は
明らかに、肩を落とし落胆していた。

「第41位、榊田真紀」

萌奈に続いて、榊田も下位だった。
ふふ。ざまあみろって人の不幸を喜ぶこと
なんてあまりないけど、思わずそう思った。

115:りな:2019/07/09(火) 20:23

(51)
続々と名前が呼ばれていき
とうとう第5位まできた。
まだ私の名前は呼ばれていない。

残るは、未南、椿、央弥ちゃん、由香子、と私だった。

「いよいよ。ここからベスト5の発表です!」
なんだか楽しそうな先生の声のトーンが上がる。

「第5位は、野村由香子」
先生に名前を呼ばれ、由香子が成績表を取りに行く。

「よくがんばりましたね。ここからは、一言
 コメントを言ってから席に戻ってください」

ええ?  コメントって……何?
ノリがAKBの総選挙っぽくなってきたぞ。

「前回より順位が一つさがりました。たぶん
 転校生の川上奈緒に負けたんだと思います。
 くやしいです。今度は負けないように
 もっとがんばります」

教室が拍手に包まれた。
由香子は拍手の中、席に戻る。

「つづいて、第4位 川上奈緒」

おお、名前、呼ばれたぞ! 4位か・・・。

「はい」と大きな返事をして
 成績表を取りに行った。

「転校直後で、この成績は立派です
 今後も、がんばってください」

先生に褒められたのが、すごく嬉しかった。

えーーと。
コメントは何を言ったら良いのやら・・・。

なぜか松井珠理奈の顔が浮かんだ。
あれだ。あれしかねー。

「えーと。順位が4位(よい)だけに
 良い順位。良い成績。なんちゃって……」

シーーンと教室が静まり返った。
ダジャレが、まったく受けなかったのだ。
私は失意の中、とぼとぼと歩いて
自分の席へと戻った。

「さぁ 残すはベスト3の発表です。
 はたして順位の変動はあるのでしょうか?」
なんか先生が一番楽しそうに見える。

「第3位は……柄谷 央弥」
クールな感じで成績表を取りに行く央弥ちゃん。

「今後も、目標に向けてがんばってください」

「はい」
成績表を受け取り、クルリと振り返る央弥ちゃん。

「私は医学部を目指しています。
 両親は美容形成外科医ですが
 跡継ぎは兄貴に任せて、普通
 の医師として、たくさんの命
 を救いたいと思っています」

教室に大きな拍手が沸き起こった。
すごい、立派だなぁ 央弥ちゃん。

116:りな:2019/07/09(火) 20:25

「さぁ。いよいよ残すは1位と2位の発表です!」
先生のテンションはマックスになった。

「1位は修倉さんか? それとも前回2位の
 姫川さんか? 運命の結果発表です」

私はゴクリと唾を飲み込んだ。

順位の発表は進み、まだ名前が呼ばれて
いないのは、1位争いを続けていた未南と
椿のみとなった。そして先生が2位の名前を
発表しようとした時、教室の生徒の一部から
「未南」「未南」という未南コールが起こっ
てしまった。それは、未南が2位になれと
いう意味だった。

「発表します……第2位は姫川 椿」

発表と同時に、教室から一斉に
落胆の声があがった。

椿は先生から成績表を受け取り、生徒の方を見る。
椿の顔に喜びの表情はなく、綺麗な顔に険しい表情
を浮かべていた。

「みなさんの期待に応えられず。残念な結果に
 なりました。今度はもっと努力して、1位に
 なりたいと思います」

表情とは裏腹に謙虚なセリフを残して
椿は席に戻っていった。

「2学年。1学期中間考査。第1位は
 修倉 未南さんです。おめでとう」

先生の発表と同時に、私は大きな拍手をした。
あれ…………。気が付けば……。
たった一人だけ。私だけが拍手をしていた。

「よく頑張りましたね」と言って
先生が成績表を未南に手渡した。

「ありがとうございます」
そう言ってから、振り返った未南は
口に手を当てて泣いていた。

「今回いろいろなことがあって
 勉強が手につきませんでした。
 お父さんのせいで、みんなに
 大変迷惑をかけました。でも
 お父さんは無実だと私は信じて
 います。うう......ああ......」

未南は両手で顔を覆い
嗚咽して言葉にならない。

「私のことは……嫌いでも……嫌いでも……」
それでも未南は必死になって声を絞り出す。

「嫌いでもいいから、無実の罪が晴れて
 もし、お父さんが学校に帰って来れたら
 父のことを嫌いにならないでください」

未南は私達に向かって深々と頭を下げて
から泣きながら自分の席へ戻っていった。

「僕も修倉先生が無実であって欲しいと
 思っていますし、困っていることが
 あったら修倉さんを助けてあげたいと
 思っています。みなさんも、このことで
 修倉さんを中傷したり、嫌がらせなどを
 したりしないようにしてください」

真剣な顔で先生は話をした。

「少し長くなりましたが、これで終わります。
 あとは掃除を終えておのおの帰宅してください」

先生の言葉を最後にホームルームが終わった。

117:りな:2019/07/10(水) 20:13

(52)
お嬢様学校でも掃除はやる。
今週からは教室の掃除だ。

私は、床をホウキで掃きながら
近くにいた央弥ちゃんに話しかけた。

「今日から部活に参加しようと思ってる。
 顧問の先生にも、そう伝えてあるから」

「この前、中間試験が終わってから
 入部するっとか言ってたよね」

「うん。よろしくね」

「うちの監督、星野って言うんだけど
 超怖いから覚悟しといてね」

「ええ! 怖い監督はヤダなぁ」

私は、そう言って、顔をこわばらせた。
その後も雑談をしながら掃除をしていると……。

突如、ずぶ濡れの未南が教室に入ってきた。
未南は髪の毛からスカートまで、全身水びたしだった。

その異様な光景に、私は自分の目を疑った。
今日は晴天だし、突然の豪雨ってわけじゃないし
未南にいったい何があったのだろうか?
私は事情を聞くため、小走りに未南に駆け寄った。

まさか、アイス・バケツ・チャレンジ?
ちょっと? 昔に流行(はや)った……。
氷の入った水を頭からかぶるか、寄付をするか
ってやつ……て……そんな、わけないし……。

考えるより聞いた方が早い……。
私は未南に尋ねた。

「何があったの? びしょ濡れじゃない?」
「トイレで水をかけられちゃった」

「え?」
どういうことなの?

いじめドラマみたいに……。
いじめっ子に。
お前、汚いから洗ってやるよ。
バケツの水をバシャン。

モップでゴシゴシみたいな
ことをされたってことか?

118:りな:2019/07/11(木) 19:55

だとしたら、そんなの許せない。
激しい怒りがこみ上げてくるのを感じた。
「誰がこんなひどいことをしたの?」
私は怒った声できいた。

「真紀だよ……」
「まきって、榊田のこと?」
「うん、掃除中に水、かけられちゃった」

さ・か・き・だのヤローー!
またしてもヤリやがったなぁー!

マジで怒ったぞ。マジで怒らなきゃ。
本当の友達とは言えねーだろっ……。

もうゆるさないぞ!  バイキンマン! 
って言うアンパンマンの気持ちになって
私は、教室を、飛び出すと、女子トイレ
に向かって走った。

未南をいじめてるのは、あいつだ!
謎は、すべて解けてないけど……。
まだ犯人のわかっていないいじめも
きっと、あいつがやったに違いない。

掃除場所の女子トイレに着いた。
私はトイレの扉を開けるのと同時に
「榊田! 榊田真紀はいるか!?」
と大声で怒鳴った。

「うざっ。なんなの? 急に大声出して」
真紀が私を、するどい目でにらみつける。

「あんた、未南に水かけたでしょ!?」
アンパンチを喰らわせることはできないが
そのくらいの勢いで、真紀に詰め寄った。

119:りな:2019/07/13(土) 08:26

「わざとやったんじゃねーよ。お前は
 被害妄想が激しいから 勘違いしてる
 だけなんだよ。ホースで水まこうと
 思ったら、未南がトイレの中に居て
 水が、かかちゃったんだよ。」
真紀が私に向かって、興奮気味にまくし立てた。

「偶然かかったって言うの?そんなの嘘だ!
 たかが水って思ってるかもしれないけど
 水をかける行為が暴行罪に該当して逮捕
 されるケースだってあるんだよ!」

「すごいねー。お父さんが介護士だと
 娘も法律に詳しいんだねぇー」

「介護士じゃないよ。弁護士だよ」

「少し間違えただけだろ!調子に乗んな。
 どっちも似たようなもんだろ?」

「ぜんぜん違います」
私は少し馬鹿にした感じで言った。

120:りな:2019/07/13(土) 21:43

真紀が、すごいきつい目つきで、にらんでくる。

「いま、私のこと馬鹿にしただろ?
 さっきは嘘つき呼ばわりするし」

真紀はヒステリックにそう叫ぶと
いきなり私の胸倉に掴みかかってきた。

「ごめん、ごめん」
そく、謝る。

言い間違え? を馬鹿にしたの、ちょっと反省……。
それに、はなから真紀を犯人だと決めてかかってしまった。

「マジで、ムカツクなぁ! テメー」
足を蹴られて、パシッと乾いた音がした。

「いっった」
思わず声を上げてしまった。
真紀が、私のことを蹴ったのだった。

「ちょっと! やめてよ!」

「怖いの? やめて欲しければ土下座して謝れ」
真紀が謝罪を要求する。

「別に怖くないよ。私だって強いんだから……。
 名探偵コナンの毛利蘭に憧れて、空手習ってたから」

「ウソくせえ。もう少しマシな、ハッタリかませよ?」
うそじゃないよ。

私はファイティングポーズをとった。
「なんなら、試してみる?」
負けず嫌いな私は好戦的なセリフをはいた。

土下座なんかしたら、いじめっ子を調子に乗せるだけだ。

121:りな:2019/07/14(日) 08:39

真紀は私の毅然(きぜん)とした態度に
かなり戸惑っている。

「あすか? どうする? 
 この子やっちゃう? 
 やっちゃっていい?」

真紀は隣にいた酒井あすかに目配(めくば)せした。
黒い髪の少女で、真紀と、いつも一緒にいる子だ。
あすかは、ぶんぶんと、首を横に振った。

「やばくねぇ? あのおかたは、奈緒には
 まだ手を出すなって、言ってたじゃん」

「くっ。あの人の言ったことには逆らえねえ」
やはり、この声は更衣室で聞いた声と同じだ。

あの時は、椿さんの許可がないと
とか、はっきり言ってた気がする。

あのおかたと椿は同一人物なのか?
優等生の顔の下に隠した、冷酷非情な
いじめっ子の正体を必ず暴いてみせる。

真紀の顔から、急に緊張が解けた。
「そうゆうワケだ。喧嘩はヤメだ。
 運が良かったなっ。お前が、あの
 おかたのお気に入りじゃなければ
 一戦交えても、よかったのになぁ」
真紀が思い切り、上から目線で物を言ってくる。

「未南を傷つけたら、許さない!
 そのときは覚悟しときなさい」
私は強がりを言って、ニヤリと笑うと
無愛想な顔をしてトイレから出た。

未南はどうしたのかな? 心配だなぁ。
即座に教室へ戻る。トイレから出たあと
内心では心臓がバクバク、音を立てていた。
本当はね。ちょっとだけビビってたんだ。
でも負けてたまるかって思ったから一歩も
引かなかった。

122:りな:2019/07/15(月) 08:49

(53)

教室へ戻ると、未南の姿はもうなかった。
私を待っていた央弥ちゃんに尋ねると
「帰ったんじゃない?」と返事をした。

服? びしょ濡れのまま?
未南、電車通学だよね? 可哀想……。
未南のことが心配になってポケットの
スマホを手に取り、電話をかけた。

「もしもし? 未南? 大丈夫?」
「あ……ごめん。大丈夫だよ。心配しないで。平気だから」
「今。どこ?」
「更衣室にいるよ。体操服に着替えようと思って」
「ああ、そうか。今日体育あったもんね」

そう聞いて、私はホッと胸を撫で下ろした。

「奈緒、突然、教室を出て行ったけど。どこ行ってたの?」
「榊田真紀に会いにトイレに行ってた」
「え? 真紀ちゃん、なんか言ってた?」
「わざとやったんじゃない。誤って水をかけてしまって言ってた」
「そうだよね。わざとじゃないよ。だから気にしないで」

「う、うん」
なんとなく、納得していなかったが
私は、あれこれ言わずにいた。

証拠もないのに、あーだ、こーだ、言っててもね。
本当は、まだ、わざとやったんじゃないかと
疑ってるけど、あえて口にはしなかった。

「でもまた何かあったら、すぐに相談してね。
 私は、いつだって未南の味方だよ」

「ありがとう。奈緒はやさしいね。
 奈緒と友達になれてよかった」

「こっちこそ。未南が、転校してすぐに
 友達になってくれて嬉しかったよ」

「うん……。奈緒には何でも隠さずに
 話すよ。奈緒も困ったことがあったら
 いつでも私に相談してね」

「うん、そうする」

この先、大きな困難があるかもしれないが
二人で力を合わせて乗り越えて行こうね!

123:りな:2019/07/19(金) 20:40

(54)
放課後。今日からバスケ部の練習に参加します!

央弥ちゃんと一緒にバスケ部の部室で着替え。

央弥ちゃんと私はご近所同士で。
央弥ちゃんは私の家の道路をはさんで
向かいにある大きな豪邸に住んでいる。

両親は美容整形外科を経営しているお金持ち。

お嬢様なんだけど、ぜんぜん普通の感じな子で
クラスの中で唯一イジメに加担していなかった。

この子なら安心して友達になれる。
バスケ部員だし、仲良くできるといいな。


(55)
体育館に着いた。時刻は午後四時頃になっていた。
体育館はバスケットコートが3面とれるほどの
広さがあり、バスケ部とバレー部の部員たちが
ウォーミングアップを始めていた。

「奈緒のことキャプテンに紹介してあげる」

央弥ちゃんから、そう言われ、体育館にいる
キャプテンに挨拶へ行くことにした。

央弥ちゃんは、ひときわ目を引く大柄の
女性に声をかけた。
「大谷先輩! この子が今日から
 バスケ部に入部する川上奈緒です」

座ってストレッチをしていた女性が立ち上がる。
かなりの長身。キャプテンは
190cm近い大柄の人だった。
ビックリして思わず、大きいと口走りそうになった。

「川上奈緒。2年生です。よろしく
お願いします」

「キャプテンの大谷優子だ。よろしく
 転入生でしょ? どこから来たの?」 

「令和学園です」

「バスケの強豪の令和学園?」

「はい」

「ポジションはどこ?」

「ポイントガードです」

「うちでレギュラー取れるように頑張ってね」

キャプテンがニッコリほほえんだ。

しばらく談笑した後、キャプテンは部員全員
を集め、私のことを紹介してくれた。

央弥ちゃん以外は、知らない人ばかりだけど
仲良くできるといいな。

新たなチームメイトとの出会いに
私は期待に胸を躍らせた。

124:りな:2019/07/19(金) 20:42

バスケ部は、顧問の先生が来るまで
ウオーミングアップすることになっていた。

ランニング、ストレッチ、ダッシュ、ドリブル
パスやシュートの基礎練習などをした

わきあいあいとした雰囲気だった。

先輩後輩も仲が良かった。

だが問題は顧問の先生。

央弥ちゃんからは、すごく怖い先生だと聞いている。

バスケ部顧問の名前は星野真一(45歳)

ガッシリした体格で体育教師をやっている。
学生時代は大学屈指の 強豪バスケ部に所属
していたようだ。

やがてその星野先生が体育館に
やってきて本格的な練習が始まる。

125:りな:2019/07/20(土) 08:56

(56)
熱血監督は……バカヤロー、と。

練習でミスをした選手には
容赦なく怒号を浴びせる。

やはり評判どおりの怖い監督だった。

特にキャプテンに対して厳しく接することが
多く、練習でミスをするたび大声で怒鳴りつけた。

「いいぞ! 川上! ナイスシュートだ!」
けど私だけは、怒られず、たくさん褒められた……。
私、ミスはしないので!(嘘) 


やがて練習も終盤に近づき
5人対5人での試合が始まった。
私はポイントガードで出場する。

私は試合序盤、ボールをキープして
チームメイトの大谷先輩にパスを出した。
だがボールを手で弾いて、ラインを割ってまう。
「あっ!」
大谷先輩はボールを取り損ねると
しまったって感じで声をあげた。

「おい! 大谷! ちょっと来い! なんだ今のプレーは?
 キャプテンのクセに、あんな簡単なパスも取れんのか?」

星野先生がミスをした大谷先輩を、ライン際に呼びつける。

「すみません」
大谷先輩は巨体を揺らしながら
猛ダッシュで先生の前まで来た。

私はハラハラしながら、この成り行きを見守る。

「お前はミスが多いんだよ!
 キャプテンがこんなことで
 全国大会に行けると思っとんのか?
 キャプテンが、うんあんなミスしとったら
 チームのプレーにも影響あるやろ?
 なあ、大谷? お前、もう
 キャプテンをやめるか?」

星野先生が叱るように大声で言う。

「やめたくないです。キャプテンを続けさせてください」
大谷先輩は、そう返事した。

126:りな:2019/07/20(土) 09:04

「キャプテンを続けたいんだな? 
 よーし、お前の気持ちは分かった。
 ミスをするのは集中力が足らんからだ。
 だから、練習に集中できるように気合
 を入れてやるから、歯を食いしばれ」

星野先生は、右手を振り上げると
おもいっきり大谷先輩の頬を平手打ちした。

その衝撃に大谷先輩は大きくよろめく。

もしかして、これって?
体罰ってやつ? 社会問題になってる。
だとしたら、許せない。
教師がいくら偉くても、生徒に
暴力を振るう権利などない。

弁護士の娘として、この事態を
見て見ぬふりができようか?
いや、できない。
私に流れる正義の血が許さないのだ。
勇気を振り絞り、先生に向かって言い放つ

「学校教育法の第11条において、校長および
 教員 は、懲戒として体罰を加えることは
 できないとされています。体罰は、学校教育法で
 禁止されている、決して許されない行為です」

先生が、こいつ何 言ってんだ?
見たいな表情で私をにらむ。

「新入りのくせに俺に文句言うのか?
 生意気な奴め! これは体罰じゃない。
 指導だ! 覚えておけ」

「異議あり!」
私は強い口調で、そう声をあげた。

「たとえ教師による指導であっても
 平手打ちという行為は犯罪ですよ。
 それによって怪我にいたらない場合
 刑法第208条 暴行罪となるし。
 もし怪我をした場合には
 刑法第204条 傷害罪となります」

「はぁ? 何の話だ? バカバカしい。
 私が、学生の頃なんて、先生や先輩から
 何度も叩かれたものだ。たかが平手打ち
 程度のことで偉そうな講釈を並べるな」

「たかがって? 体罰を受けた生徒の辛さを
 先生は考えたことがありますか?痛くって
 怖くて、悲しくて。相手が先生だから、
 逆らえなくって。みんな辛いのを我慢して
 るんですよ?体罰や暴力は絶対反対です」

「競技レベルを上げるのに有効な手段だと私は
 思っている。なんでもかんでも反対とか。
 そんなことを言ってるから、日本のスポーツは
 弱くなるんだ。今の子は軟弱過ぎるんだよ。
 昔は、スパルタ教育と言って、この程度の
 ことは当たり前だったんだ」

「弱くなってないですよ。国際舞台で大活躍して
 るじゃないですか?今のスポーツ界は指導者も
 競技者も良く勉強し理論的にトレーニングして
 いる。昔より競技レベル上がっている競技は、
 たくさんありますよ」

「いちいち教師の俺に意見するな……。
 そんなことは、お前に言われんでもわかっている。
 だが俺には俺のやり方がある。俺のやり方に
 ケチを付けるな」

「だからと言って、体罰は容認できません。
 教師の体罰によって、自殺に追い込まれた
 生徒もいるんですよ? その先生は、学校を
 懲戒免職になり裁判では有罪の判決を受けて
 います」

「ん? まあ、そんな事件もあったなぁ」
先生が動揺する様子を見せながら
「だがなぁ、川上。俺は自殺に追い込む
 ほどひどいことはしとらんぞ。たまぁに
 つい勢いで手が出てしまうだけだ。
 それに俺が手をあげるのキャプテンの
 大谷だけだぞ」
と、しどろもどろに言う。

「本当ですか? 大谷先輩?」
今までずっと黙っていた大谷先輩に質問した。

「なっ? そうだよな? 大谷?
 俺の言ってる通りだろ?」
大谷先輩が口を開く前に、星野先生が
都合の良い証言が得られるように誘導する。

「私は大谷先輩に聞いているんです。
 先生は静かにしていてください。
 さあ、大谷先輩? どうなんですか?」
そんな星野先生を黙らせて
改めて、大谷先輩に質問する。

127:りな:2019/07/25(木) 23:15

「私は……」
大谷先輩は口を閉ざしてしまった。

「正直に、真実を、答えてください」
という私の問いに、大谷先輩は
コクンと一度だけうなずいた。

「体罰を受けていました。私だけが
 先生から体罰を受けています……」

やはり体罰は事実のようだ。
「先輩?」
さらに質問を続けようと思った時だった。

「もうこの話はいいだろう? 
 これ以上は練習時間の無駄だ。
 とっととプレーを再開するぞ」
星野先生があせった様子で
唐突にこの話をさえぎる。

「もう一つだけ、質問させてください」

「ダメだ、ダメだ、ダメだ。
 インターハイ予選も近いんだ。
 これ以上、時間を無駄にできない」
星野先生が声を荒だてた。

「先輩? もう一つだけ聞きます。
 体罰は、どのくらいの頻度で
 行われていたのですか?」

「いいかげんにしろ!
 もう話は終わりだ!
 大谷! コートに戻れ!
 川上! お前もだ。早くしろ!
 プレーを再開するぞ!」
星野先生は、ひどく憤慨している。

「はい!」
大谷先輩が、大きく返事をして。
駆け足でコートに戻っていく。

これは、とても重要な質問なのに……。
ここは……。あきらめるしかないのか。

「先生の言っていることはウソよ! 」

突然、そう発言したのは、央弥ちゃんだった。
私はビックリして央弥ちゃんの方を振り返る。

「たまに、なんて言っているけど。
 体罰は日常的に行われていた!
 叩いたり蹴ったり、肩を押して
 突き飛ばしたり、毎日のように
 先生の体罰は行われていたわ!」
央弥ちゃんは、星野先生をにらみ付けた。

「黙れ柄谷! よけいなことは
 しゃべらんでいいわ!」
星野先生が大声で怒鳴る。

央弥ちゃんの身体が小刻みに
震えているように見えた。


先生のことを許せない。
央弥ちゃんの真実の叫びを聞き。
私は決心した。
校長に、ありのまま報告しよう。

128:りな:2019/07/25(木) 23:19

(57)
と、いうわけで校長室に来ました。
とりあえず、ノックをして校長室に入った。
まるで大企業の社長室のような豪華な校長室だ。
「失礼します」
挨拶をしながら後ろ手でドアを閉める。

ふかふかの絨毯の感触が気持ちいい。
巨大なシャンデリアが光り輝き、
部屋の真ん中には、テーブルがあり、その
周りには高級そうなソファが置いてある。

だだっ広い部屋の奥の大きな机の前に
落合ひろこ校長は座っていた。
「あら、川上さんじゃない?」
「ご無沙汰してます、校長先生」
校長と会話するは転入してきた最初の日以来だ。

落合校長は優しくほほ笑んでくれた。
歳は50くらいだろうか?風貌や口調は
校長と言うより、幼稚園の園長のような
雰囲気がある。

「新しい学校生活はどう?」
「まだ色々馴染めなくて……」
転入してからのことに思いを巡らす。
いじめの問題に部活動の体罰
痴漢で捕まった未南のお父さん。
と、問題は山積だ。

「そうなの? お友達はできた?」
「はい、修倉未南と友達になりました」
「ああ、修倉さんと……。彼女。
 お父様が痴漢で捕まって大変みたいね」
「ええ……そうみたいです……」

しかも、いじめにあってるんです。
と思わず言いそうになってしまった。でも
今日はこの話をしにきたわけじゃないし。
絶対、先生に言わないでねって約束を
また破るのも忍びない。お父さんのことで
お母さんが憔悴(しょうすい)しきってる
からこれ以上心配かけたくないって言ってた。

先生を通じてお母さんが知ったら悲しむって。
だから今は話題を変えよう。
体罰のこと話さなきゃ。
「それより相談したいことがあるんです」
「いいわよ。なにからしら?」
「その」 
「立ち話もなんだし、そこの
 ソファに座って話さない」
「……えっ、ええ」

あの話を切り出そうとすると
校長から座るように促された。
私が同意すると、校長が席を立った。
二人でソファに向かう。
私がフカフカのソファに座ると
校長がその対面に座った。

129:りな:2019/07/25(木) 23:21

「それで? 相談って何かしら?」
「今日、部活に初参加しました」

「どうかしら? うちのバスケ部は去年の
 インターハイ予選でベスト4に入ったのよ。
 川上さんみたいな優秀な生徒さんが来て
 くれたから、今年は、念願の全国大会
 出場かしらね?」

「いえいえ、そんな……」
私は両手を振って否定する。
そんな私を見ながら
校長がニコニコ笑っている。
これから、この笑顔を曇らす話を
することに少し心苦しさを感じた。

場合によっては責任を問われて
校長が更迭されるかもしれない?
バスケ部が活動停止になったり
星野先生が懲戒免職になるかも?
そんな不安が頭をよぎる。

だが意を決して話を切り出した。

「練習初日で、星野先生がキャプテンに
 体罰を行っていることが発覚しました。
 キャプテンへの体罰がひどく、今日も
 練習でミスをすると怒られ、頬に平手
 打ちをされました。 私は、この暴力
 行為を校長へ訴えることにしました」

思いもよらない話の展開に
校長は驚いて身を乗り出した。

「ええっ? あの星野先生が体罰を?
 土日も返上して部を指導する大変
 熱心な先生だと聞いています。
 指導が熱を帯び、無意識に手が出て
 しまったってことではないかしら?」

「いいえ。体罰は日常的に行われている
 と別の部員が証言してくれました。
 叩いたり蹴ったり、肩を押して
 突き飛ばしたり、毎日のように
 先生の体罰は行われていたそうです」

「そ、そんなぁ……」と弱弱しい声で言うと
校長は絶望的な表情でがっくりとうな垂れた 。

「いじめ、裁判。痴漢の次は体罰ですって?
 なんでこう次から次へ問題が起こるの?
 苦労して、やっと校長になれたのに……」

かすかに聞こえる声でブツブツつぶやく校長に
私は「校長先生?」と声をかける。

私の声で我に返った校長は顔を上げた。

「困った問題だわ……。即刻、星野先生を
 顧問から外します。あとの処分は調査の
 のち決めます。このことは私に一任して
 くれないかしら? 川上さん」

「よろしくお願いします」

「バスケ部の顧問へは新たに
 浅尾先生に就任してもらいます」

「え? あのイケメン先生?
 アシスタントコーチの?」

話が早いな……でも、なんだか……。
体罰も解決しそうだし、今日ここに来て
本当に良かった。

私は校長に深々と頭を下げ
校長室をあとにした。

130:りな:2019/07/26(金) 19:54

(58)

学校から帰宅すると

| 奈緒へ
| 夕食は法律事務所で食べるから
| 帰宅したら食べに来い      父より

と置手紙があったので、素早く
セーラー服から普段着に着替え
足早に階段を駆け下りた。

外はもう薄暗くなっていた。
寂寞(せきばく)とした思いに駆られて
急いで父のいる法律事務所の中へ入った。

中には父と美鈴さんがいて
すでに食事を食べ始めていた。

「遅かったから先にいただいたぞ」
父は片手にワイングラスを
持ちながら私に声をかけた。

「この時間まで部活?」
父の正面に座っている美鈴さんが尋ねた。

「部活はもうちょっと早く終わったけど
 用事があって校長とお話してました」

「お前、なんか悪いことして校長に
 呼び出されたんじゃねえよな?」
意地悪な父が、馬鹿にしたように言う。

「違うわ」
私があっさり否定すると美鈴さんが
クスクスと可愛く笑った。

「今の校長ってだあれ? 私が
 現役の頃とは違う人だよね?」

美鈴さんって……。
セントマリア学園の卒業生なんだよね。
実家は超お金持ちってお父さんが言ってたなぁ。

「落合ひろこです」

「落合?? まさか落合先生??」

「知ってるんですか?」

「ええ……でも、なんで、あいつが? 
 あんな奴が校長先生になれるのよ」

「え?」

どうしたの? なんか怖いよ。
美鈴さんが急に怖い顔になった……
こわいよーみすずさんー。でも顔は美人だ。

「どうしたの美鈴さん? 怖い顔しちゃって?」
父が首をかしげながら、心配そうに聞く。

「ごめんなさい。でも。
 あいつはね。最低の教師よ!
 裁判でいじめを隠蔽した。
 絶対に許せないわ!」
美鈴さんが、語気を強めて答える。

「そう言えば、昔。この学校で?
 いじめ自殺の裁判あったよなぁ」
父がポツリと言う。

「その裁判。私も原告側の証人
 として証言台に立ちました。
 自殺したのは私の双子の姉です」

美鈴さん目から一筋の涙がこぼれ落ちた。

この状況に、父も私も言葉を失い
しばらくの間、部屋がシーンとなる。

131:りな:2019/07/27(土) 08:17

自殺? 美鈴さんのお姉さんが? 
過去にそんな事件があったのか……。
そういえば、落合校長が、いじめ。
裁判。とか、つぶやいていたような。
いじめってテニス部のことじゃないのか?

「この事件、知りませんでした。
 教えてくれませんか?
 過去に何があったのか?」
私は泣いている美鈴さんにお願いした。

美鈴さんは涙をぬぐい、私と視線を合わせた。

「うん……。姉の美玲が死んでから
 もう10年くらいが経つかなぁ?
 15歳。高校一年生のとき、姉は
 自ら命を絶ったの……。原因はね。
 いじめだった。」

「お姉さん。可哀想……」

「姉のクラスの担任が落合先生、今の校長だった。
 当初、落合先生は協力的だった。いじめの相談に
 乗ったり、加害者に注意したり、姉が自殺した直後
 も先生は加害者を連れて謝罪に来た。でも学校側が
 いじめはなかったと調査報告してからは、一転して
 落合先生と加害者はいじめを否認した。それで私達
 遺族は学園、理事長、校長、担任、加害者を訴えた。
 でもね。裁判では、全員がいじめを否定したわ」

「全員、自己保身のためにウソを
 ついたってことですね?」

「そうよ。真摯に謝罪にきたときは
 先生だけは許せるって思ったのに
 あいつは私達、遺族を裏切り傷つけた」

「それで裁判は、どうなったんですか?」

「ダメだった。必死にいじめの事実を訴えたけど
 敗訴した。敗訴確定まで7年もかかったわ。
 長くて辛い裁判を戦っても、何一つ良いこと
 なんてなかった」

美鈴さんに、こんな過去があるとは知らなかった。

落合校長は、すごく人が良さそうな人だった。
今日の帰りぎわも困ったことがあったら何でも
相談してね、力になるからってやさしく言って
くれた。嬉しくって心が暖かくなったのに……。
体罰も隠蔽(いんぺい)されちゃうのかなぁ。

132:りな:2019/07/28(日) 23:30

(59)
そんな心配をよそに、次の日から
星野先生は部活に出てこなくなった。
後日、新たな顧問には浅尾先生が就任した。
25歳のイケメンで性格も良く部員達から
は大好評だった。

次の月曜日の放課後は、部活はお休みで。
未南の家に行く約束してあるんだ。
未南は何度が私の家へ遊びに来て
くれたことあるけど未南のウチへ
行くのは初めて、すごく楽しみー。

(60)
そして月曜日の放課後。
担当する場所の掃除を終えた私は
浮かれ気分で教室の中に入った。

あれ? 
机が教室の一端に寄せられたままだ。
まだこれから運ぶの?
いつもなら終わってるのに。

私は教室に居た未南に声を掛けた。

「未南、私、掃除終わったよ」
「ごめん。まだ、掃除終わりそうもないや」

よく見ると未南は一人で
教室の掃除をしていた。
どうして? 

未南に尋ねた。
「なんで一人なの? 他の人は?」
「みんな用事があるみたいで先に帰っちゃった」

「???」

偶然、同じ日に。
みんな用事があるなんて、おかしくなーい? 
榊田真紀のいじめ? 
まさか彼女の仕業(しわざ)では?
私と未南が遊ぶの知ってて。
こんなムゴイ仕打ちを……。
だが。その証拠が今はない。
それよりも今は手伝わなければ!

「掃除、一緒にやろう」
「えっ?」
「二人でやれば、早く終るよ」
「ありがとう、一人で大変だったんだ」

二人で40人分の机を運んだ。
とても時間がかかり、しんどい作業だった。

榊田の野郎め、明日学校で会ったら
問い詰めてやろうかな?
あっ……。でもまた前みたいに
一触即発の状況になったらイヤだなぁ。

133:りな:2019/07/28(日) 23:34

(61)
掃除が終わった。
普段は電車通学の未南だけど
今日はお手伝いさんが車で
迎えに来てくれるらしい。

私達は校門へと歩き出した。
校門の前には、ドイツの高級車
メルセデス・ベンツが止まっていた。

ベンツに乗るのは初めてだった。
まさかこれに乗れるの!?

「奈緒、この車だよ」
未南が私に声をかけた。

やっぱり! この車だ。

「さあ、乗って」
未南が先に乗るように促す。

「おじゃまします」
運転手さんに一声かけ後部座席に乗車した。
続けて未南も乗り、私の隣に座った。

「お嬢様の友達の川上奈緒さんね? 
 私は家政婦の三田でございます」

運転席にいる女性が振り返り、私に挨拶した。
見た目は、あき竹城似のおばさんだった。
「三田って名前なんですか?」
おもわず聞いてしまった。

「そうですよ」と三田さんが答えると
隣にいる未南が楽しそうに笑った。

「フフ、面白いでしょ? 
 家政婦の三田さんだよ。
 私が、今の家に住む前から
 もうウチで働いていたのよ」

「修倉家に仕えて、もう30年くらいになります。
 最初の旦那様はお嬢様のお爺様でした。
 今はお嬢様のお父様に仕えております」
三田さんが誇らしげに答えた。

「三田さんは、私にとって家族みたいなもんですよ」
修倉家との付き合いはずいぶん長いようだ。

「未南ってアメリカに住んでいたんだよね?」

「プロテニスプレイヤーだったお父さんが
 フロリダを拠点にしてたからね。テニス辞めて
 教師になるときに日本に帰ってきたんだよ」

「お嬢様。奈緒ちゃん。そろそろ出発しますね」
そう言うと、三田さんは車を発車させた。

「旦那様は、大学卒業後に渡米し、親の猛反対を
 押し切ってプロテニスプレイヤーになりました
 現役引退後は、グループ企業の社長になるべく
 入社を勧められたが、それを固辞なさって。
 もう一つの夢である教師になったんですよ」

「へーそうだったんですか」

三田さんはよくしゃべる人で女子3人の
車内は終始明るい雰囲気で会話が弾んだ。

134:りな:2019/07/28(日) 23:36

(62)
車に揺られること40分ほど
で未南の家にたどり着いた。

「わあ、すごい大きな家だね!」

私は感激のあまり、大きな声をあげた。

「ここはお爺ちゃんの別荘だったんだよ」
家は広大な敷地に建つ、洋風の豪邸だった。
庭にはテニスコートやプールなどもあり
祖父がお金持ちであることが想像できた。

誰でも知ってるような大企業の社長さん。
それが未南の祖父。その次男が未南の父親だ。
日本へ帰国した時、住むところなかったから
ここに住めってお爺ちゃんに言われたみたい。

やがて。
車は広い敷地を通り抜け
豪邸の玄関前に停車した。

「到着しましたよ」
三田さんの一声で、私達は車を降りた。

「すごい、家だね」
「さぁ、中に入って」
豪邸に足を踏み入れる時は、まるで社交界に
デビューするシンデレラのような気分だった。

「お嬢様? どうします? 
 応接間を使いますか?」
私達を追って降りてきた三田さんが聞いた。

「いいわ。私の部屋で。奈緒? おやつは
 洋風がいい? それとも和風がいい?」
未南が私に聞いた。
「洋風かな?」
どちらかと言えば、やはり洋風が好きだ。

「三田さん、おやつは洋風でお願い」
「はい。承知いたしました」
そう言うと三田さんは準備のために。
奥の部屋へ行ってしまった。

私達は豪華な螺旋階段を上り二階へ向かう。
上りきったところで、すごく綺麗な女性が声を
かけてきた。

「あら、未南。お友達?」
「ああ、お母さん。今日遊びに
 来るって言ってた友達だよ」

未南のお母さんだ。
女優のように綺麗で、モデルのように細い、
美しい人。でも、かなりやつれた印象がする。
旦那が痴漢で捕まった直後はふさぎ込んだり
寝込んだりしていたと未南から聞いていた。

「おじゃましてます。川上奈緒です」
私は深く一礼をした。

「川上弁護士のお嬢さんね。
 夫があのようなことなり
 お世話になっております」

「いえいえ、早く無実の罪が晴れるといいですね」
 
未南のお母さんが悲しい表情を浮かべた。

「教師の父親が、痴漢で逮捕だなんて……。
 みんな年頃ですもの。やな思いをさせてるわ。 
 最近は、椿ちゃんもウチへ遊びに来ないのよ。
 未南、学校でいじめられていないかしら?
 私、心配で心配でたまらないわ」

いじめられています。とは言えず。
「……………………」
言葉に詰まってしまい困っていると

「心配ないよ、お母さん。私は、
 いじめられてなんかいないもん。
 椿も最近は忙しいだけだよ」
私の代わりに未南が答えてくれた。

「そう? ならいいんだけど……。
 お母さん、ちょっと出かけてくるわ。
 奈緒ちゃん、ゆっくりしていってね」

未南と私に声をかけ、未南のお母さんは
螺旋階段を下りていった。

135:りな:2019/07/29(月) 20:45

(63)
絵画とか壺が飾ってある廊下を歩き、部屋の前で立ち止まる。
「ここが私の部屋だよ。入って」
未南はガチャリとドアのノブを
まわしてドアを開けた。

「うわーー。広ーーい。すごく素敵な部屋だね」
思わず、大声を上げちゃった。

まるでヨーロッパの貴族のようなお部屋!

「ちょっと古いけどね。昔の別荘だから」
「少し古い感じがするけど、また、それがいい!」

アンティーク調な雰囲気に古き良き時代を感じる。
こんなお部屋に住んでみたい! と思って……。
ついキョロキョロ、お部屋を見ちゃう。
グルって見回すと、広い部屋の一角に
トロフィーやら賞状が山ほど飾ってあった。
棚には写真のアルバムがビッシリと収められていた。
壁には、いくつかの写真が貼られていて、それが
どんな写真か見たい衝動に駆られた。

「トロフーとか賞状とかすごいね。見に行っていい?」
「いいよ。テニス関連の物が多いかな? お父さんの
 方針で、表彰で貰った物は飾ることにしているの」

私は未南と、二人で見に行った。
賞状の横には、テニス部員の写真パネルがあった。

これ? 未南と椿だよね?
仲良さそうにピッタリとくっ付き……。
肩を組む未南と、椿?
最高の笑顔で写真に納まっていた。
その隣には、優勝楯を持つ萌奈?
と賞状を持つ由香子? の姿もあった。

私が写真をマジマジと見つめていると

「これは中学の全国大会で優勝したときの物だよ。
 思い出すなぁ。勝った瞬間みんなで抱き合って
 大喜びした瞬間を」

未南が目を輝かせて嬉しそうに語った。

「これが未南で? 隣が椿? こっちが萌奈で?
 これは由香子? で合ってる?」

私は写真に写る一人一人を指差して確認した。

「正解だよ。昔から本当に仲が良かったんだ。  
 私達はね……。つい最近までは……。
 あの楽しかった頃に、もう一度戻りたい。」

未南は落胆してがっくりと肩を落とした。

136:りな:2019/07/29(月) 20:46

「もう私なんていなくていいのかなぁ?
 私がいなくなっても誰も困らないよね?
 ホント、死んじゃいたい気分……」

「そんなこと言わないで!」

うつむいている未南の肩に私は両手をかけた。

「私は未南のこと必要としてるよ。
 大切な友達だと思っているよ」

「ありがとう、馬鹿なこと言ってゴメンね」

「元気だして。きっと、戻れるよー
 昔の未南と椿の関係に。がんばろー
 きっと仲直りできる日がくるよー」

「そうだね、なんか元気でた」

「うん、がんばって。私、未南と椿たちが
 仲直りできるように全力でがんばるよ。
 約束する」

そう言って。肩から手を離すと
私と未南は固く両手を握りあった。

自信満々に、そうは、言ったものの……。
不安だった。だって、どうやって仲直りさせ
たらいいのやら?それに仲直りできたら未南は
椿のところへいってしまうの? そうなったら
犬猿の仲の椿と……椿と私は友達になれるの? 
それともなれなくて一人ぼっちになっちゃうの?
それも怖いよ!

って、そんなこと考えてもしょうがないよね?

そう思って。
とりあえず話題を変えることにした。

「それにしてもすごい数のトロフィーだね。
 あっ。これは、国際大会の優勝のやつだ。
 未南って、ホントすごいんだね!」

「私ね。笑われるかもしれないけど。本気で
 プロテニスプレイヤーを目指してるんだ。
 四大大会に出たり、オリンピックでメダル
 を取りたいって思ってる」

「未南なら、がんばれば叶うかもしれないよ。
 私はね。本気で弁護士目指してるんだ!
 そんなに簡単になれるもんじゃないけど
 お父さんとお母さんも弁護士だったし
 親と同じ職業に就きたいと思っている」

「へー奈緒のお母さんに会ったことないけど
 弁護士だったんだ。今も弁護士してるの?」

「ううん。お母さん、私が小さい頃 死んじゃった」

「若くして亡くなったんだね? それは悲しいね。
 私もろいろあって。なんでこんなに不幸なんだろ?
 親友を失ったり、お父さんが逮捕されたりね。でも
 自分だけが辛いと思っていたのが恥ずかしいよ
 世の中にはもっと辛い思いしてる人いるよね?」

「そうだよね。だから辛いときは支えあって生き
 ていこうよ。未南も私に頼っていいからね!
 何でも相談して。力になるから……」

「ありがとう」
そう言った未南の目は涙でうるんでいた。

「なんかしんみりしてきちゃった……」
未南がポツリと言ったあと。
「あっ。そうだ!」
何かを思いついたようで、両手で拍子を打った

「写真見ようか? アルバムでも一緒に見ない?」
目の前にはフォトアルバムがずらりと並んでいる。

「見たい! 見たい!」
と私は、はしゃいで見せた。

「じゃあ。あそこに座って見よう」
私達は、何冊かアルバムを持って
部屋の高級ソファの上に腰を下ろした。
 
アルバムを広げ、ワイワイとおしゃべりしながら
二人で一緒に見る。途中、三田さんがおやつを
持ってきてくれた。それをほおばりながら、なお
も見る。どのアルバムにも椿たちと仲良く写る
写真がたくさんあった。

このとき私は思った……。いじめをなくすことが
ゴールじゃないんだ。やっばり、未南と椿たちを
仲直りさせなければいけないんだ。それがスタート
始まりなんだ。仲直りがいじめをなくすことにきっと
つながるに違いない。

と……このとき、そう思ったんだ。

137:りな:2019/07/30(火) 00:11

(64)
それから未南の家で夕食をごちそうになり帰宅した。

リビングでTVを一人で見てたお父さんに
「ただいまー」と元気に挨拶をした。

「おう。遅かったなぁ。お嬢様のお家はどうだった?」

「夢のようなひとときだったよ。ああ!
 私もあんなお金持ちの家に生まれたかった」
私は少しおどけてみせた。

お父さんは無邪気に笑い。
「ハハハ。残念だったな。普通の弁護士の家庭で。
 お金持ちになりたければ、お金持ちのボンボンと
 結婚してくれ」

「ハイハイ、頑張ってそういう彼氏を作ります」
いま彼氏募集中ですよ。

「そうだ。そんなことより、聞きたいことあるんだ。
 あのね。未南のお父さん、もうすぐ勾留期間が
 終わるじゃん。未南のお父さんはどうなるの?」

「不起訴になれば釈放なんだが……。
 検察には起訴しないように掛け合ってるよ。
 まだ、どうなるかわからん、五分五分だ」

「それじゃあ。困るよ……。お父さんを
 紹介した私の立場がないよ。なんか
 ずばっと、無実を証明できないわけ?」

「やってないことを証明するには、やったことを証明
 する以上に難しいって言ってね。今回は、痴漢を
 したという客観的な証拠もないが、していない証拠
 もない。あるのは被害者の証言だけだ」

「否認してるのに被害者の証言だけで起訴するの?
 無罪推定の原則は? 疑わしきは罰せずでしょ?
 証拠がないなら、不起訴でいいじゃん!
 被害者が犯人を勘違いしているか、示談金
 目当てで嘘を付いてるかもしれんし!」

138:りな:2019/07/30(火) 20:08

「被害者の証言も立派な証拠なんだよ。
 多くの性犯罪は被害者の証言だけで
 起訴され有罪になっているんだよ」

「じゃあ。未南のお父さんも起訴されたら
 ヤバイってこと? なんとかならないの?
 防犯カメラの映像とかは? 目撃者は?」

「ああ、電車には監視カメラはないそうだ。
 目撃者もいない。というか被害者の友人
 が一緒に電車に乗っていて、その友人が
 修倉さんを捕まえたらしい」

「友達は犯行を目撃してたってこと?」

「いいや。被害者から車内で痴漢されたと聞いて
 電車から降りてから、捕まえたらしいぞ」

「電車を降りてからなの? その場じゃなくて…。
 それなら誤認逮捕……真犯人が別にいる可能性
 もあるってこと?」

「まあ、可能性はあるなぁ」

「未南は探偵を雇って事件のこと
 調べてもらってるらしいよ」

「ほう。それはありがたい。いっそ探偵さんが
 名推理で真犯人でも見つけてくれたら、おお
 助かりだがなぁ」

「ちょっと! お父さんは、ちゃんと調べてるの?」

「俺だって被害者に会ったり、駅員に会ったり
 最初に呼ばれた当番弁護士に会ったりで
 いろいろやってるよ」

「被害者に会ったの? なんて言ってた?」

「示談でもいいって。加害者が反省してるならね。 
 まぁ修倉さんは最初の当番弁護士に会った時点
 で示談の意思をきっぱりと否定したみたいだ」

「そりゃあ、そうでしょ? やってないなら
 示談なんかしたくないよ。まぁ、でも示談
 したら、それで不起訴になるの?」

「痴漢ならほとんど場合、そうなるかな?」

「示談金っていくらくらい?」

「まぁ、決まりはないけど……今回の場合
 30万から50万くらいだろう」

「けっこう、もらえるんだ……」
と、いうことは、まさか?

「お父さん! 謎はすべて解けたかも?」

「解けたか? 名探偵さん。
 あんま期待してないけど。
 お前の推理、聞いてやろう」

「いいわ。聞かせてあげる! 私の名推理!
 被害者と友人、二人は共犯者よ。一人が被害者役で
 もう一人が捕まえる役ね 二人は共謀して痴漢を
 でっち上げ、示談金をふんだくろうって魂胆ね」

「さすが名探偵と言いたいところだが。
 それを立証するには証拠が必要だな。
 証拠がないのに、それを言っていても
 まったくの無意味だ。示談金と言っても
 被害者は未成年なんだ。そうなれば、お金は
 親の手に渡る。そのまま、被害者の手に入る
 わけじゃない。それに被害者はなかなかの
 お嬢様で家庭は裕福そうだ。そんな悪いこと
 をするかな?」

「まさか? セントマリアの生徒ってこと?」

「それは言えない……」

「どこの学校? 被害者の名前はなんていうの?」

「悪いな。弁護士には守秘義務があるから、
 相手の同意なしに、これ以上は話せんよ」

「私も弁護士事務所の一員だい! だから教えてよ」

「ダメだ」

「もう、わかったよ! なにはともあれ!
 起訴されないように全力を尽くしてよね!」



(65)

「私、これで帰るね」

次の日。

3時限目の授業が終わると

未南は学校を早退していった。

昨日、探偵に会ったり

お父さんに面会に行くとか

言っていたから、その用事だろう。

あっ! そういやあ、昨日……。

未南と約束したんだ! 未南と椿たちが。

仲直りできるように全力でがんばるって……。

139:りな:2019/07/30(火) 20:11

だから。私は思い切って椿たちと

話し合ってみようと思った。

話せば分かってくれるかもしれない。

椿たちは教室の前の方で、たむろしている。
椿、萌奈、由香子の3人……。
勇気を出して声をかけた。

「話したいことがあるんだけど……」
椿に向かって、遠慮がちに言ってみる。

「何? 私達の仲間になりたいの?」
椿から予想外の返事がきて少しビックリした。

「ええー? マジでこいつ仲間に入れんの?」
萌奈もビックリしている。

「えーと その。いや、そうじゃなくて」

「は? じゃあ、なんなの?」
椿が眉間にシワを寄せる。

あらら、どうしよう? それでいいのかな?
まず仲直りさせる前に、自分と椿が友達に
なればいいのかな?

「あっ やっぱり。友達になりたいなぁ、なんて……」
 
「いいわよ。私、あなたに興味があるし……」
あらっ あっさりOKなん?

「ただし……。一つだけ条件があるわ。それは
 未南とは一切、口を利かないこと。守ってね」

ええ!? そんな条件困るよ……。
そんなことできない。未南、無視したら
私もいじめっ子の一員になってしまうよ。

「悪いが椿、そんな約束はできないよ。
 未南は私の大切な友達だ。裏切れない!」
私は首を横に振り、椿の提案をきっぱりと断った。

「お前! 椿と友達になりてえんじゃねえのかよ?」
珍しくしゃべった由香子が攻撃的な口調で責めてくる。

椿はムッとした表情から、すぐにニヤリと笑った。
「楽しい学園生活を送るか、地獄を見るか!
 ここが分かれ道よ。よく考えて答えを出しなさい」

その言葉の意味を考える間もなく、私は声を発した。

「私は、椿とも、萌奈とも、由香子とも。
 仲良くしたいと思ってる。でも違うんだ!
 椿……。本当は未南と仲直りして欲しくて
 みんなに声をかけたんだ」

椿はキツイ視線で私を睨むと。

「いやよ! あいつだけは絶対に許せない。
見てるとイライラするの! 私とあいつの
 人間関係は、もう終わったのよ!」
私に向かってヒステリックにそう叫んだ。

「過去のことを思っちゃダメだよ。
 何であんなことしたんだろう……。
 って怒りに変わってくるからね。
 大事なのは今でしょ? それに。
 もう終わったとか早すぎるでしょ?
 私達は、まだたったの17年しか
 生きてないじゃない? この先の
 人生の方が、まだ長いのよ!
 17年間の友情もすばらしい物
 だったと思うけど、これから続く
 何十年もの友情はもっとすばらしい
 物だと思う」

私は熱く熱く、椿に語りかけた。

140:りな:2019/07/30(火) 20:16

「うざいわ! あんたに何が分かるのよ!」
椿が、わなわなと肩を震わせながら叫んだ。

「確かにそうね……。出会ったばかりで
 まだ何も分かってないかもしれないけど。
 でも昨日ね。未南のおウチへ遊びに行ったの。
 そこで中学時代のテニス部の写真やアルバム
 を見た。そこには嫉妬しちゃうくらい仲の良い
 椿と未南の姿があった。それを見て! 絶対
 仲直りさせなきゃ、って思ったんだ! だから 
 お願い! 頼むよ椿!未南と仲直りしてあげて!」

私は深々と頭を下げ、椿にお願いしていた。

「随分、必死じゃない ああ、そうだ! あんたが
 土下座したら、少しは考えてあげてもいいわよ」

そんな私を見下すような感じで、椿は言った。

「おお、それいいねーーー。 やれよ、奈緒!
 そんぐれーやれんだろ? DO GE ZA!」
萌奈が手を叩き、馬鹿にしたように言う。

え? 土下座なんて……。

いくらなんでも、そんなことはしたくない。

でも、でも。ここで尻尾を巻いて逃げるわけには
いかないんだ。みんな闘ってるじゃないか!
未南も! 未南のお父さんも! お母さんも!
美鈴さんも! 私のお父さんだって!

私だけ逃げちゃダメだ! 

私も闘わなくちゃ!

「やるよ……土下座します……」

そう言って私は正座をして。
一呼吸置いてから。
地面スレスレまで頭を下げ
椿に向かって土下座した。

「椿の条件が土下座なら、私は上履きを
舐めてもらおうかな!」

この声は萌奈の声だ。
目の前に、萌奈の右足が踏み出される。

「そ、そんなぁ……。いくらなんでも、それは」
私は、消え入るような涙声で、萌奈に訴えた。

「やらねえんだな!? やらねえなら、私は
 未南とは仲直りなんかしねえよ!」

「ちょっと待ってよ。 だって普通に考えたら
 そんなことできるわけないじゃん!」

「そうかぁ? ペロッとひと舐めすりゃーいいんだよ!
別に舌で舐めまわせとか、言ってんじゃねーしなぁ。
この程度のことができない奴の願いなんか聞けるか
未南との仲直りはそんぐれー無理ってことだよ!」

萌奈に罵倒され、私の心は激しく動揺する。

くっ……。覚悟を、覚悟を決めなければ……。

決めた! やる! やってやる! やるぞーー。

私は萌奈の上履きに顔を近づけ舌を出した。

すでに正常な判断力を失っていた。

「キメえ こいつマジで私の足、舐めようとしてる
 こいつ、頭おかしいんじゃね? キャハハハ!」

萌奈の言葉で我に返り、身体を起こす。

「本当ね! プライドのないクズ女だわ!」

椿は吐き捨てるようにそう言い
私のことを侮辱した。

くやしい、くやしい、くやしーーい。

ショックのあまり教室を飛び出していた。

141:りな:2019/07/31(水) 23:50

辛いよ…………泣けてきた。
だが、人前で泣くのが、恥ずかしかったから
泣く場所を求め、急ぎ足でトイレに駆け込んだ。
個室に入ると同時に目から涙があふれ出てきた。
しばらく泣いたあと、流した涙をハンカチで拭き
トイレから教室に戻った。

教室に戻ると何人かがクスクスと笑った。
不思議に思って、自分の席に戻ってみると
机とイスが水浸しになっていた。
誰が、こんなひどいことしたんだよ!
私の胸に烈火のごとき怒りが込上げてきて
一気に解き放たれた。

「ふざけんなぁー! 誰がこんなことしたのよっー!」
教室全体に響き渡るような声で、私は絶叫した。
とたんに、ザワザワとざわつく教室の生徒達。

その中の一人、榊田真紀が私の前に歩み寄ってきた。
「うるせーんだよ! 大きな声をだすなっ 馬鹿女!」
ヤンキー風の口調で榊田真紀が怒鳴る。

さ・か・き・だーー。オマエがヤったのかーーー!
「榊田真紀! これはオマエのしわざか!?」
私は、ずぶ濡れの席を指し、大声で問い詰めた。

「はぁ? なんのこと? 知らねーよ!」
榊田のやつーー。トボケやがってっ。

「しらばっくれんなー。どうせオマエがやったんだろ!」
私は、そうと決め付けるように言った。

「ちげーよ。アタシじゃねーよ!
 証拠あんのか? 証拠は、よっ!」
証拠だと? あるさっ! 
ここに居るクラスメート!
全員が証人だっ!

「証拠ならあるよっ!」 
私は榊田真紀に自信満々な態度を見せた。

「あるんなら、出してもらおうじゃねーか? その証拠を!」
榊田真紀が私をにらみつけて言った。

「これだけ人がいれば、当然! 
 目撃者がいるってことよ!」

「ばーか! オマエの味方なんて
このクラスに一人もいないんだよ」

「――――! そんなことないもん……」

「おめでたい子ね。自分がどんだけ
 嫌われているかも知らないなんて」

「くっ……。犯人は、絶対この教室の中にいる!
 誰か教えて! 犯人を知ってる子がいたら!」

私の呼びかけに応じる生徒は一人もいなかった。

「ねぇ、知らない?」
近くにいた大野さんに聞いた。
「ごめん、知らない」
と大野さんは返事した。

「これ誰がやったか知らない?」
さらに杉山さんにも聞いてみる。
「知りません」
と杉山さんはそっけない返事をした。

「あっ!」
央弥ちゃんと目が合った。
央弥ちゃんなら、教えてくれるかも?

だが央弥ちゃんは目をそらす。 なんで?
なんで、央弥ちゃんまでそんな態度とるの?
奈緒の味方になってくれないの?

「どっちにしてもアタシがやったんじゃねーけど」

榊田真紀の言葉が素直に信じられなかった。
榊田真紀は犯人じゃないのか? 椿達の仕業か?
そうかもしれないけど、その証拠がない。
あいつらに聞いても、しらばっくれるだけだ。

たとえクラスに目撃者がいたとしても
誰も真実を語ってくれないだろう。
だって、このクラスは、全員がいじめの
共犯者なのだから……。

「わかったよ。のちに真実が分かったときに
 あなたのウソがバレるかもしれないけどね」
私は、しばらく考え込んだのち発言した。

「だ・か・ら。ウソなんて付いてねーよ。
 しつけーなぁ、オマエ」
榊田真紀は、あくまで否定するつもりだ。

そういえばコイツには……。
もう一つ聞きたいことあった.

「それは、そうと、アンタ、昨日
 掃除サボって帰ったでしょ?
 未南、一人に掃除させてぇ!
 知らんとは言わせないよ!」

「ああん、用事があったんだよ」

「ウソ付け! なんで全員、帰るんだよ」

「知らねーよ、そんなん。
 アタシは仕事があったんだ」

「仕事って? バイトのこと?」

「家の手伝いだ! 父親がガンで入院してなぁ
 親の代わりに私が働いてんだよ。ウソじゃねーよ」
榊田真紀が悲しい表情を見せた。

「ホント? それは、大変だね……」
てっ あれ また、だまされてるのかな?
トイレで未南をびしょ濡れにした件もあるし
簡単に信用してもいいのかなぁ?

「それより、それ早く拭いた方がいいんじゃね?
 もうすぐ授業が始まるぞ。アタシは拭くのを
 手伝っては、やれねーけど」
榊田真紀が私の机を指差して言った。

「ああ、そう言われてみれば、そうだ……」
私は雑巾を取りに、慌てて掃除ロッカーへ向かった。

142:りな hoge:2019/07/31(水) 23:52

(66)
午後六時過ぎ。
部活が終わった。
疲れた、疲れた。
早く着替えて帰ろう……。
部室で着替えを始めた。

「お疲れ様です」
着替え終わって、一足先に部室を出ていく大谷先輩に挨拶をした。

星野先生の体罰がなくなって以来
キャプテンは、いきいきとしている。

練習中のミスも少なくなった。
きっと、星野先生に怒られるから
緊張してミスを連発してたんだと思う。
何はともあれ、良かった、良かった。

「お先……」
なんて考えてると、央弥ちゃんが
ポツリと一言、言って帰ろうとする。

「待って! 一緒に帰ろうよ!」
制服に着替えずにジャージーを着たまま
帰ろうとする央弥ちゃんに声を掛けた。

「いいけど……」
央弥ちゃんは足を止めた。
聞きたいことあるんだ。
央弥ちゃんに……。

私は央弥ちゃんのあとを追うように
部室の外に出た。それから。お互いの
自宅に向かって、二人で肩を並べ歩き出す。

「何か話したいことがあるんでしょ?」
央弥ちゃんが話を切り出した。
「う、うん」
お察しの通りです。

「私の席に、水をぶちまけたの誰か知ってる?」
「知ってるよ」
やっぱり知っているのか!
誰がやったか見ていたってことだよね?

「誰がやったの? 榊田真紀?」
「やったのは真紀じゃない」
「じゃあ? 誰?」
「それ聞いてどうするの?」

どうするって? そりゃあ……。
「怒るに決まってんじゃん! 
もう最高に腹立ったもん!」
「なら、教えない!」
「???」
なんで?

まっ、まさか? あなたも? 
もしかして? あいつらの仲間なの? 
椿たち、いじめっ子組織の一員なんじゃぁ?
仲良くするフリをして、こっそりスパイとか?

「教えてよ! どうして教えてくれないの?」

「喧嘩になるじゃない、知ったら」
って……違った……。あのイタズラを誰がやったか
知ったら、喧嘩の火種になるからか……でも。

「いいんだよ。一度ガツンと言ってやらないと」

「あなた、自分がいじめの標的になってるの、
 わかってる? あなたのやってることは
 正しいかもしれないけど、他人のために
 犠牲になるなんて馬鹿らしいわ!」

「馬鹿らしいって何よ! 困っている人を助ける!
 いじめられてる子がいたら助けるのは当然じゃない!」
私は興奮気味に言った。

「私にはできない。他人のためにそこまでは……」

「央弥ちゃん。将来、医者になりたいんだよね?
 病気で苦しんでる人を助けたいって言ってたよね!
 それなのになんで? ウソだったの?」

「医師は、それが仕事だから! 当然のことを言っただけ。
 他人のために自分が犠牲になることとは別問題だよ。
 放っておけばいいのよ。いじめがエスカレートして
 大問題になれば、あいつらに大きな罰が与えられるから」

「その考え方は間違ってるよ。
 どうしてキャプテンが体罰を受けてたのに助けないの?
 いじめを受けてる子を助けないの?
 自分には関係ないからって助けないのは卑怯だよ。卑怯者だ!」
私は強い口調で責めた。

「あなたにそんなこと言われたくない! 
 私は卑怯者じゃない!卑怯なのは
 体罰をおこなった星野や、いじめをしてる姫川よ」

「いじめの傍観者は共犯者だ」

「人を犯罪者みたいに言うな! 私だって怖かったの。
 体罰に反発したらレギュラー外されたり、自分も体罰を受けるかもしれないし
 大好きなバスケを辞めることになるかもしれない。いじめを止めようとして
 自分がいじめられたり、クラスから孤立して一人ぼっちになるのも怖かった」

央弥ちゃんは目に涙をため、そう言うと、私を置いて走り去っていった。

うわー! どうしよう?
すごく傷つけてしまったみたいだ。
これから……央弥ちゃんとは……。
どうなってしまうの?
私は後悔と自責の念に駆られ、しばらく
呆然とその場に立ちつくしてしまった。

143:りな hoge:2019/08/01(木) 22:11

(67)
それから。
とぼとぼ歩いて帰宅した。
法律事務所に顔を出し。
お父さんに声をかける。
「ただいま」
「おかえり」

「元気ないなぁ、なんかあったのか?」
お父さんが心配そうに聞く。
「うん、まあ、ちょっとね」

わたしは、今日あった出来事を
振り返って、はあ、と溜息をつく。

「まぁ、その話はあとでゆっくり聞いてやる。
 それより、こっちは大変なことになったぞ! 
 悪い知らせだ」 

「え? 何?」
今日は厄日だから怖いよ。 

「修倉さんが起訴されてしまった」

「ええっ!」
私はびっくりして叫び声を上げてしまった。

なんで? なんで? なんでー?

「なんで起訴されちゃうの?
 客観的な証拠も少ないし、
 痴漢の被害者の証言だけじゃ
 起訴できないと思ったのに」

「俺もそう思ったんだがなぁ」

「なにやってんの? しっかりしてよ!
 起訴されないようにするのがお父さんの
 仕事でしょ?」

「まあ、そうだが。起訴するかしないかを決めるのは
 検察で、俺が決めるわけじゃないからなぁ」

「それじゃあ。さあ? これから
 痴漢事件の裁判になるってこと?」

「ああ」

「未南のお父さんは、いつになったら
 家に帰って来られるの?」

「保釈請求が認められればいいんだが
 認められなければ、裁判で被害者の
 証言が終わるまで保釈されんかもしれん」

「それって、どのくらい?」

「3ヶ月後か4ヶ月後か、どのくらいになるかわからん」

「げっ。そんなに長くっ」

痴漢で捕まると大変なことになるんだなぁ。
やってないって言ってるのに、起訴されて
裁判になるんだもん。それに何ヶ月も家に
帰れない可能性があるなんて……。

未南、落ち込んでるだろうなぁ。心配だ。

「私、ちょっと、未南に電話してくる」

私は、法律事務所を出て、家に戻り
未南に電話をかけた。

御飯どきだけど未南は出てくれるかな?

「はい」
未南の声だ。

「あっ、奈緒だけど。さっきお父さんから
 未南のお父さんが起訴されたって聞いて
 心配で電話かけてみたんだけど……」

「そうなんだよ……。私もお母さんもショックで。
 お母さんなんか、御飯も食べずに布団で寝てるし
 私も、食欲なんくて、ほとんど御飯食べてないよ」
未南はしょんぼりと、低いトーンで弱々しく話す。

「ごめんね。私のお父さんの力不足で。
 未南たちには本当に申し訳ないよ」
私は電話越しに頭を下げた。

「ううん。奈緒のお父さんのせいじゃないよ。
 でも……でも……。どうしてこんなことに
 なっちゃったんだろう……」
未南は涙声だった。

「そうだよね。いつもどおり通勤してただけなのにね」
私も同情して、ちょっと泣きそうになった。

「もしかしたら お父さん…………。
 ほんとは痴漢しちゃったんじゃないのかな?」
思いがけない未南の問い掛けに。

「えっ? と……そんなことないと思うけど?」
一瞬、戸惑って言葉に詰まった。

「でも、そうじゃなきゃ、捕まったりしないよね? 
 もし、本当にしたんなら、私は許せない……。 
 お母さんも、もしお父さんが痴漢してたら離婚
 するって言ってるし」

「待って、冷静になって考えよう!」
動揺する未南を落ち着かせるように言った。

「世の中には間違えて逮捕されたり。
 してないのに裁判で有罪になったり
 する人がいるのよ。TVや新聞でも目
 にするでしょ? お父さんがしてない
 って言うなら、信じてあげようよ」

「うん。信じたいよ。お父さんに限って
 そんなことするとは思えないもん」
未南がハッキリとした声で言った。

「私も協力するからガンバろう!
 裁判で無罪判決を勝ち取ろう!」

「うん」
未南は力強く返事をした。

144:りな hoge:2019/08/01(木) 22:15

(68)
翌日、朝練を終えた私は、教室の
自分の席でぼんやり考え事をしていた。

「おっはようっ!」

ボーとしている私の背後から。
未南が元気に挨拶してきた。

突然、声をかけられ。
どきんっ!
うわー! 
ビックリしたっ!

あわてて振り返り。
「あっ。おはようっ」
と挨拶を返す。すると
未南は笑顔になり明るい表情を見せた。

それを見て、ほっと一安心する。
昨日の夜は、すごく落ち込んでいて元気
なかったけど、今日は元気そうでなりよりだ。

「昨日は、ごめんね。長電話しちゃって。
 まだ御飯を食べてなかったんだよね」

「いいよ。いいよ。気にしなくて」

昨日は、かれこれ一時間ほど電話してたんだよなぁ。

「また色々と相談にのってね」

未南は、そう言いながら。
私の横の自分の席に座ると。
カバンを机の上に置いた。

「早退した分の授業のノート貸してあげるよ」
私は、とっさに数冊のノートを手に持ち
未南に聞いてみた。

「ありがとー。ほんと助かるよー」
ノートを手渡すと
未南から、おもいっきり感謝された。

そのあと、いつものように談笑していると

「未南。おはようっ!」

私の正面から。女性があらわれ
気品のある美しい声で挨拶をした。

誰だろう? 
と思って顔をあげると……。
そこには。
姫川椿が立っていた!  しかも
私達に向かって、天使のようにほほ笑んでる。

椿って本当に綺麗!
顔は整っていて、めちゃ綺麗なの!
髪はサラサラで、顔、小さいし。
すらっとスタイルが良くて。まるで
少女漫画から飛び出てきたような
本物のお嬢様って感じがするんだ。

145:りな hoge:2019/08/01(木) 22:16

「おはよ……」
未南は少しおびえた様子で挨拶を返す。


椿は軽く笑みを浮かべてみせてから。
「もう仲直りしましょう!」
と思いもよらない言葉を口にした。

椿の、あまりに突然の申し出に。
「えっ?」
未南も、私も、驚いて固まってしまう。

「昨日ね、奈緒が土下座してきたのよっ!
 未南と仲直りをしてくださいってね」

いや、正確には土下座させられたんですけど……。

「奈緒が私のために、そんなことを。
 ありがとうっ! 私なんかのために」

未南は目をうるうるとさせている。

私は軽く首を振る。

「いいよ。そんなこと気にしないで。
 仲直りできてよかったねっ! 椿と」

未南……。本当に、本当に良かったね。
これで、めでたし、めでたし、かな?

「待って、仲直りする前に、あなたはやらなきゃ
 いけないことがあるんじゃないの?」

ん? 私が、そう思った矢先。
椿がなにやら注文を付けた。
「???」
意味がよくわからなくて目が点になる。

「えっ? なんだろ?}
未南もわかっていないようだ。

椿の目つきが、きつくなった。

「修倉先生、痴漢で起訴されたようね。そのこと
 みんなに謝罪しなさいよ、いますぐにっ!」

戸惑う未南をにらみつけると

「名門セントマリア学園の名を汚したこと
 この場で、みんなに詫(わ)びなさい!」

椿が、かなりきつい口調で言い放った。

ああ、そのことか……情報、早いなぁ。
 もう、それ知ってるのか……。でも
それ今、言わなきゃ、あかんの?
また、なんか、たくらんでる?

「それ前にも謝罪したじゃん」

「だから,あらためてしろって言ってんのっ!」

椿がイラッとした口調で言葉を返す。

椿のきつい言い方に、未南が顔をこわばらせる。

「そうよね。みんなに謝罪しなきゃ……」

「そうよ。そうと、決まったら
 教壇へ行きましょうっ!」

椿は、未南の手を強引に引っ張り 
席を立たせると、二人で教壇へ向かった。
私も、慌てて席を立ちに
後を追うように教壇へ行く……。


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