以前書いた作品のリメイクみたいなものです。
一応最終回までの展開は考えてあるので完結までいけると思います!
ご主人様が私のファンで??の人物もモブとして出たり……
https://ha10.net/novel/1566743418.html
☆設定☆
少し先の未来の日本。
脳に埋め込むことで計算能力や記憶力を高めることができる"エボルチップ"が98%の割合で普及。
手術を受けていない者は、ニュートラルと呼ばれている。
"令和バブル"が崩壊した直後で、経済が低迷している。
台湾は中国から独立、朝鮮戦争は終戦を迎えた。
character file
【WCI(World Central Investigation) 世界中央捜査局 日本支部】
世界の様々な陰謀や不正を取り締まる機関で、主人公達はその内の極秘部署、"特殊任務課"に所属している。
【明石 録 Akashi Roku ♂
コードネーム/ロック Rock】
"アカシックレコード"という1億人に1人の特殊能力を持つ少年。
潜在意識に入り込んで全世界のあらゆる情報を読み取ることができる、捜査に欠かせない存在。
様々な組織から狙われるため、茜子達が護衛することになる。
【右城 茜子 Migishiro Akaneko ♀
コードネーム/シャルージュ chat rouge】
ひょんなことから録の護衛として活動することになった高校1年生。
費用が足りないためにエボルチップ埋め込み手術ができず、ニュートラル。
特撮ヒーローが大好きで、武器や変身に憧れる。
【左巻 夕一 Samaki Yuichi ♂
コードネーム/ター Ta】
9つの偽名を使い分けて暗躍するスパイで、本名不詳。
左巻夕一という偽名を使って美駒学園の英語教師となり、録の護衛をしている。
クールな性格とは裏腹に、魔法少女物が好き。
【志島 美直 Shijima Misugu♀】
世界中央捜査局日本支部の管理官。
武器の開発やメンテナンスも行っており、捜査員をサポートしている。
使用者の趣味に合わせた装備を作る。
【シェイス Sheys ♂】
エボルチップをクラッキングし、人々を洗脳する謎の男。
【??】
マフィアのボスを父に持つ少女で、録や茜子達のクラスメート。
【??】
凄腕の殺し屋として名を馳せる少年。
録達のクラスメート。
おお、タイトル回収....!これで一区切りってところでしょうか、お疲れ様です(´・ω・`)
49:(´・д・`):2019/09/13(金) 08:47 >>48
ありがとうございます(^^)
episode02からは短めにしていこうかと思います
【episode02】
──命って、そんなに大事でもなくないですか?
──命は平等とか綺麗事
──左巻先生も、それが分かってるから自分の命を捨てられるんんですよね?
正直、驚いた。
何も考えていないような馬鹿女子高生が、命について誰よりも"分かっていた"。
世の中何百人ものSPを付けて守らせる命もあれば、戦場で弾としてあっけなく散る命もある。
俺たち一般人の命は、所詮後者くらいの価値しかない。
彼女はそんな命を無駄にしたくなくて、平凡に生きて浪費したくなくて、"正しい命の使い方"をしたくて、WCIに入るなんて言い出したのだろう。
普通に生きていては、命は正しく使えない。
「そういえばロック、また紅覇(クレハ)に襲われてたんね」
志島管理官は、壁に埋め込まれたディスプレイに、社会科教室で起こった時の映像を映し出した。
ロックは護身のためにカメラ付きコンタクトレンズを着用しており、随時WCIに視覚情報を送っている。
拉致された時の状況を詳しく知るためだ。
「まさか学校にまで乗り込むとは思いませんでした」
WCI日本支部、特殊任務課。
午後9時30分、本日の捜査結果とロックの学校生活について、上司の志島美直(しじま みすぐ)に報告していた。
特殊任務課の管理官でもあり、武器開発を行う科学者でもある。
「だから言ったやろー、気ぃ抜くなて! 紅覇(クレハ)は神出鬼没! ロックのアカシック・レコードでさえ情報が全く無いんやから……」
紅覇(クレハ)というのは、人間のチップをハッキングして洗脳し、犯罪を引き起こすテロリストで、宗教団体である。
分かっているのは、信者はみなキツネの仮面をかぶり、教祖に忠誠を誓っているのだということだけ。
特殊任務課は、主に紅覇(クレハ)が関与していると思われる事件について捜査している。
が、ロックのアカシックレコードを駆使しても、教祖の正体やアジトなどの情報は一切出てこないらしい。
「しかし今回はおかしい。拉致は何度もあったが、ロックを抹殺しようとしたのは予想外だった。特殊能力を使うには、ロックを生かしておかなければならないのに……」
全世界の事象を閲覧出来る特殊能力、アカシック・レコード。
その能力を利用したいがために様々なマフィアや秘密結社が狙い、ロックを巡る争奪戦が起きていた。
「あ、アカシック・レコードなんやけどな? アンタには特殊能力って説明したけど、実はアレ特殊能力でもなんでもないで」
「……は」
俺は思わず、採点中だった馬鹿ネコの小テストを誤って削除してしまった。
俺ってこんなに気の抜けた声が出るんだな、と謎の感心をしてしまう。
「1億人に億に1人の特殊能力だと聞いて……」
「あの能力の正体は、アカシック・チップ。エボルチップに記録された情報は、全部アカシック・チップに転送されることになっとるんや」
さらっと涼しい顔で、事も無げにいう志島管理官。
ずっとロックが生まれ持った特殊能力だとばかり思っていた俺は、
「ロックは全世界の人間の記憶が閲覧できるだけ。ニュートラルの記憶は、チップ無いから分からないんや。本人も知っとるで」
「なんで1億人に1人の特殊能力だなんて嘘を……」
彼女は椅子をくるくる回しながら、マグカップのコーヒーをすすった。
「特殊能力ってことにしとけば、ロックが殺されることは無いやろ? けどアカシック・チップさえあれば能力が使えるって分かってしもたら、チップだけ取って殺されてまうからな。あいつを守るための嘘やったんや」
なるほど、道理にかなった理由にそれ以上は何も言えず、ただただ衝撃の事実を受け入れるしかなかった。
「今回現れたキツネの仮面は、ロックの生死を問わず"アカシック・チップを寄越せ"って言うてきたからな。恐らくアカシック・チップの存在に気づいたんや」
彼女は案外軽く言うが、それは今まで"拉致を阻止"するだけだった俺の任務が、"殺されそうになるのを守る"まで責任が重くなるわけで。
彼女はそんなの他人事(実際他人事)とでも言う風に、呑気にほうでんくわえてディスプレイを眺めている。
ほうでんとは、鳥の睾丸を使った焼き鳥である。
「この女子高生ええな! システマでキツネ仮面を圧倒してはる……アンタの教え子?」
「あぁ……そうです」
管理官が指さしたのは、バク転しながら攻撃を避け、蹴り技を繰り出す馬鹿ネコだった。
改めて見ると、初代プイキュアのような戦いっぷりだ。
システマの技術だけでなく基礎身体能力も高いようで、飛んだり跳ねたり三連続バク転したりと、なるほどキツネ仮面が言ったように"動ける"人間だ。
「ニュートラルみたいやし、洗脳されることも無い……この子、使えそうやなぁ。せや、アンタが良ければなんやけど──」
志島管理官の出した提案に、俺は考えた末に頷いた。
https://i.imgur.com/3EG0Myr.png
53:(´・д・`):2019/09/13(金) 12:58 「そろそろ文化祭……作品、まだ作れてない……」
「1人1作品出すんだったよねー」
「…………おい」
昼休み、英語準備室で私と明石君、左巻先生はお弁当を食べていた。
英語準備室のパソコンでぼんやり映画を眺めていると明石君が唐突に文化祭の話を始め、左巻先生は低い声で威圧する。
「ロックはいいとして……なんでお前がいるんだよ馬鹿ネコ! 俺のパソコンで映画なんか観やがって……」
「だって明石君に誘われたし……2018年にリリースされた映画がちょうど著作権切れで配信されてたから観てるの!」
「誘った……仮面ファイターの映画観ながらお弁当一緒に食べようって……」
明石君に甘い左巻先生はそれ以上は何も言えないのか苦い顔をして焼き鳥を頬張った。
「やっぱ仮面ファイターはクロスゼットでしょ!」
「いや……敵役のラブルト……」
「あ〜ラブルトもいいよね! 特にフェーズ2のフォルムが好き」
私と明石君が仲睦まじく画面に食い入るように魅入っていると、不機嫌そうな声で叫んだ。
「馬鹿ネコはとっとと文化祭の準備でもしてろ!」
「私はもう描けてるよ! これ」
そう言って描けた絵を二人の前へ掲げて見せる。
「は……? なんだこの……間抜けな絵 >>52 は……」
二人は難しそうな顔で私の絵を見つめている。
「なにって……魚だけど?」
「……このカエルは……?」
「おじいちゃんが好きなキャラクター! おんじぇい? なんじぇい? のキャラクターらしいよ」
おじいちゃんがペンタブでたまに描いていたキャラクターで、詳細はよく分からないが可愛い。
なんだか見れば見るほど愛着の湧く、謎の愛嬌があった。
「アカシックレコード、アクセス開始」
明石君は突然パタリと力なく倒れると、またふぐにフッと意識を取り戻して呟く。
「今から65年ほど前に流行した掲示板、なんでも実況Jのキャラクター"やきうの兄ちゃん"」
「わざわざアカシックレコードで調べなくてもいいよ……」
「ったく、そんなもんを文化祭に出すのか馬鹿ネコは……丁度いい、2人でこれに行ってこい!」
左巻先生はため息混じりにそう言うと、胸ポケットからチケットを2枚取り出して私と明石君に1枚ずつ差し出した。
「秋の国際近代美術展……?」
「すぐそこの美術館でやってる美術展だ。それ見て芸術学んでこい」
「2030年代の芸術家を主に取り扱ってるらしい……」
チケットの裏面には、2030年代にようやく合法化した安楽死や同性愛婚、カジノ経営などに触発された芸術家達が作った作品を扱ったイベントが行われているという説明文が長ったらしく印刷されている。
「左巻先生一体何を企んで……?」
明石君ならともかく、私のことを気に入らないであろう左巻先生が美術館のチケットを渡すなんて何かあるとしか思えない……。
訝しげに左巻先生を見た。
「ゔっ……たまたま昨日手に入れたんだよ。今日までだけど俺は行けないからな。もったいないし使っとけ!」
「うーん、今日までなら仕方ないですね」
手元のチケットは当日券で、今日の日付が印字されている。
普通に入れば2000円近くの入場料がかかるらしいので、無駄にしたくないという気持ちは大いに分かる。
「左巻先生も行きますよね?」
左巻先生がいると、なんだか普通じゃないことが起きそうで、実を言うと少しワクワクしている。
「いや、俺は時間戦士アシタ☆ガールズのタイムドライバーを買いに行くからな。二人で行ってこい」
左巻先生は焼き鳥の棒をゴミ箱に捨てながら、淡々と告げた。
明石君はさほど驚いていないようだった。
「え、じゃあ明石君の護衛は!?」
「うるさい! タイムドライバーは数量限定なんだよ!」
左巻先生は噛み付くような勢いで、くわっと言い放った。
その目はカッと見開かれている。
その勢いに気圧されて、しばらく何も言えなかった。
「……ター、俺のタイムドライバーも買ってきて……」
「あぁ、もちろんだ。絶対手に入れてやる」
「信じられない……明石君の護衛より、アシタ☆ガールズを優先するなんて……! 私にも新しく出た銃の武器買ってぇ!」
くっそ……くっそwwww
56:(´・д・`):2019/09/13(金) 21:36 >>55 またまた使わせて頂きました
「お前は自分で買え! とにかく俺はタイムドライバーをゲットする。それが今日の任務だ(キリッ)」
「誰もアシタ☆ガールズには勝てなかったか……」
タイムドライバーは発売日に長蛇の列ができて即日完売してしまい、本日近くのおもちゃ屋で午後7時からようやく再販がされるらしい。
少なくとも3時間前から並んで確保しようとする辺り、左巻先生はアシタ☆ガールズのガチ勢みたいだ。
青系の持ち物が多いことから推測して、恐らく戦闘服の青いサキミラちゃん推しだな……。
普段はクールでアニメなんか興味無さそうな左巻先生が実はアシタ☆ガールズが好きだって秘密を知れることが出来て、少し優越感に満たされていた。
ニタニタと左巻先生を眺めていると、不服そうな顔をされる。
「お前はさっさとパソコン消して授業の準備しろ! 俺の授業に遅れたら単語100回書きだからな」
「うわぁぁそれだけは嫌だぁ!」
慌ててパソコンをシャットダウンしようと、ボタンを押そうとした時だった。
ビービーッと不穏な警告音が鳴り響き、画面上に次々とポップアップが表示される。
「え、なに!?」
「……エラー……ウィルス感染……」
「はぁ? なんだと!?」
左巻先生が私を押し退け、絶え間なく表示されるポップアップを消していく。
が、追いつけず、ポップアップは一向に増えていくばかりだ。
「超強力なウイルスバスターをインストールしてあるはすだが……お前どうやって感染させた!?」
「ぎえぇぇごめんなさい! 私機械オンチなもんで触った機械片っ端から壊しちゃうんですよね……Voutubeで動画観るくらいなら大丈夫だと思ったんですけど……」
学校から支給されたタブレットも何度か壊してしまい、前担任の森田先生にも呆れられていた。
特に変なサイトを閲覧したりアプリをインストールしたわけでもないのに、なぜかデバイスを壊してしまうのだ。
「いるんだよなぁ……なんもしなくても機械を壊すやつ。お前もう機械に触んな」
「ゔっ、ごめんなさい……」
左巻先生は呆れてはいたけど怒鳴ることはなく、それどころか軽く頭を数回ぽんっと撫でてきた。
「ゑ」
「泣くな。大袈裟に見えるがファイルを削除すれば戻る」
どうやら怒ってはいないらしい。
左巻先生が軽くパソコンをいじると、ポップアップは消えて正常に戻る。
唐突な頭なでなでにびっくりして固まってたら、明石君は既に消えて教室へ向かっていた。
「あぁ明石君待ってぇ単語100回書きは嫌だぁぁあ!」
「なにやってんだ俺……」
左巻先生が撫でた左手を見て呆れていることなんか、単語100回書きが賭かった私が知る由もない。
──バチン。
「左巻先生!」
「……なんだ、ばk……右城」
「蚊潰したんで手洗ってきていいですか!?」
「はぁ……さっさと言ってこい」
授業中に蚊を目で追いかけて、目の前に来たところを仕留める、まさにネコみたいな餓鬼。
ないない、この俺がこんな馬鹿ネコに絆されるはずがない。
可愛いとか思うはずがない。
気の迷いだと、自分に言い聞かせた。
著作権切れとか同性愛婚とかさりげなく未来感出してていい
60:(´・д・`):2019/09/14(土) 16:59 >>59
ありがとうございます!
社会が現代と同じなわけないよなと思い、未来感を出すために法律とか変えてみました。
専門家ではないので実現できるかは分かりませんが、現代とは一味違った感じにできたようで良かったです(^^)
──放課後。
私と明石君は、学校から電車で一駅のところにある美術館へ向かった。
明石君のナビを頼りについて行った先は、高層ビル街のど真ん中にある、60階建ての巨大ビルだった。
「本当にここなの!?」
「地図にはそう記載されている……40階……」
「はえ〜すっごい……」
天にも届きそうな摩天楼を見上げていると、首が痛くなりそうだ。
明石君は見慣れているのか感嘆の声を漏らすでもなく、さっさとビルのエントランスへ早足で入る。
「うあ゛〜明石君待ってえぇ」
「閉館まで時間が無い……早くしよう……」
明石君はエレベーターへ入り、ドアを閉めようとしたところで私は急いで滑り込んだ。
「ちょ、もうちょっとゆっくり行こう……? 閉館まではあと3時間あるよ!?」
「8時からのアシタ☆ガールズ……ターとリアタイするから……」
「あぁ……そう……」
明石君は護衛のため左巻先生と同居しているらしく、毎週揃ってアシタ☆ガールズの鑑賞を日課としているらしい。
楽しみにしているのだろう、無表情の明石君の口角が珍しく上がっていた。
40階に到達し、チケットを自動改札機のような機械へ入れる。
すると扉が開き、AIロボのお姉さんが手際よくパンフレットを手渡してくれた。
平成では考えられなかったらしいが、現在は人型アンドロイドが受付嬢の7割を占めているのだ。
とりあえず表紙をめくり、どんなコーナーがあるのかザッと一瞥する。
「同性愛婚、安楽死……平成の頃はまだ合法化されてなかったんだ……今じゃ考えられないね」
「……向こうに同性愛者の芸術家の作品が展示されている……」
明石君が向かったのは、2030年代から活躍している有名なLGBT芸術家のコーナーだった。
彼の手がける作品は世界中の同性愛者から支持されており、平日の帰宅ラッシュ時だというのにそのコーナーは賑わっていた。
男性同士のカップルで観に来ている人もチラホラ。
そのうちの一つの絵画に目が止まる。
「わ、綺麗……!」
結婚式だろうか、二人の男性がタキシードを着て腕を組む絵画が豪華絢爛な額縁に入れられ、展示されている。
教会のステンドグラスから漏れる光の色使いが鮮やかだ。
「でもなーんかこの男の人達……幸せそうに見えない……」
「──どういうことだい? 君」
「え゛、わ……っ!?」
私がぼそっと吐いた呟きは、スーツの男性に拾われた。
40代くらいだろうか、落ち着いた香水を纏わせた大人の男性だ。
彼はいつの間にか私の隣に立っており、ずいっと顔を近づけてくる。
あまりの押しに、思わず1歩後ずさった。
「え、いやその……満面の笑みなんだけど、なんだか笑顔が表面的っていうか……? 絵画なんで当たり前ですよね、ははっ……もしかして作者さんのファンですか!? だったらホントすみません、えっと……」
まさか小さく呟いた声が見知らぬ人に聞かれていたなんて……!
しかもこんなに深く追及されるとは思っていなかったので、早口で焦ったようにベラベラと弁解する。
「この絵が表面的、か。君の審美眼は節穴かね? ストッキングにあいた穴よりタチが悪い。これだから芸術家の分からん餓鬼は……」
「すみません……」
スーツの男性は呆れたように言い捨てると、黒光りした革靴をコツコツとたからかに鳴らして行ってしまった。
「ファンの方怒らせちゃった……でも餓鬼は酷いよ〜」
「……絵画の感じ方は人それぞれ。あんな言い方される筋合いは……ない……」
明石君はフォローのつもりか、たどたどしいけれどそう言ってくれた。
「でも分かる……この絵、なんかおかしい……かも……」
「え? おかしい?」
明石君はその絵画に眉根を寄せ、周りの作品をザッと一瞥した。
思うところがあるのか、他の絵画にも険しい顔を向けている。
「どうしたの明石君?」
問いかけても先程の結婚式の絵画や陰茎のオブジェ(!?)を鋭い視線で睨みつけたまま。
いや、陰茎のオブジェを睨みつけるのはよく分かるんだけどさ……。
「……アカシック・レコード……アクセス開始」
「ゔぇっ、ここで!? ちょっ、明石く……っ」
調べたいものがあるのか、明石君はアカシックレコードにアクセスした。
明石君はフッと瞼を閉じて意識を手放すと、私の方へパタリと力なく寄りかかる。
「え? あ、わ……っ!?」
胸元に明石君の頭が乗っているのと、周りのざわめきにパニック状態になってしまう。
「人が倒れた……?」
「病気?」
「救急車呼んだ方が……」
「ゔゎわぁぁあゝ違うんです! 大丈夫です! ね、寝てるだけ(?)なんでぇぇえぇっ!」
周囲からの視線に耐えきれず、急いで明石君を引きずってトイレの方へと駆け込む。
人目を避けるように自動販売機の裏に隠れると、明石君は瞼を開いて意識を取り戻した。
「ちょっと、急にアカシックレコード使わないでよ〜!」
すごく見られて大変だったんだからね、と軽く咎めるも、明石君は耳に入れてないようで、黙りこくったまま考え込んでいる。
「どうしたの? なにか分かった?」
俯く明石君を覗き込むと、明石君はずいっと顔を近づける。
近い近い近い、人との距離感おかしい!
鼻と鼻がくっつきそうなんだけど!?
ていうか顔テカってないか心配だし……!
「な、なに……っ!?」
「──あそこの作品……全部贋作(がんさく)……」
明石君はジッと私と目を合わせて、小声で言った。
「え、贋作ってつまり……偽物ってこと!?」
明石君は、静かにコクリと頷いた。
「贋作!? 全部……!? 誰が!? 本物はどこなの!?」
思わず離れた明石君に詰め寄ってしまい、また顔が近くなる。
明石君は眉一つ動かさず、淡々と述べた。
「この美術館にある作品は全て贋作……作者は館長の志摩響也(しま きょうや)、さっきのスーツの男……本物は既に志摩響也が破棄している」
「さっきのスーツの人、ここの館長だったんだ!?」
嫌な奴だなとは思っていたけど、まさかこんなことをするなんて……!
文化祭を通して分かったけど、絵を描くってすごい集中力が必要だ。
何も考えていないように見えて、色はもう少し濃くとか、配置はこうしようとか、悩んで悩んでようやく完全する。
私のあんな幼稚園の落書き >>52 みたいなのでも、三日かけて描いたのだから、世界の名作に名を連ねるあの絵画は相当魂を込めて描いたのだろう。
それを破棄し、あまつさえ贋作を展示するなんて……!
怒りのあまり歯ぎしりして拳を握りしめていると、明石君が続けた。
「しかもこの男……ついさっきあのキツネの男にエボルチップをクラッキングされてる……」
「え、じゃあ明石君また狙われるんじゃ……!」
──早く美術館から出よう。
その言葉は、突如明石君と私の間を横切る銃弾によって遮られる。
セージの香水が、鼻腔を掠めた。
そして大きくなるは、高らかに靴底を鳴らす音。
「アカシック……アカシック……」
拳銃を持ち、ゾンビのようにフラフラと近づくスーツの男が一人。
「あー明石君、一足遅かったみたい」
自販機に煙をあげてめり込む銃弾を眺めながら、私は酷く冷静にそう告げた。
「と……っ、とりあえず逃げよう!」
「……御意」
私と明石君はスクールバッグで背中を防御しつつ、早足で出口へ向かう。
所詮素人が撃つ弾、そう簡単に命中しないだろうとみての強行突破だ。
拳銃も割と小さかったし、ここは応戦するより弾切れを待って避けた方が良いだろう。
「みなさーん! 館内から避難してくださぁぁい! 拳銃持った男がいまーす!」
志摩から距離を離し、走りながら館内の人達に大声で呼びかける。
私たちが展示室へ逃げれば、展示室の方まで追いかけてくるだろう。
彼は無差別に発砲するから、私達を狙っていても流れ弾が当たってしまう。
「いたずら?」
「嘘やだ!」
「え、ガチ!?」
「早く行こう!」
最初は半信半疑だった人達も、遠くで聞こえる発砲音を信じたのか改札口へと押し寄せていく。
チケットを通す時間も惜しいのだろう、改札を無視して出ていく者も続出した。
それを制止しようとするAIロボのお姉さんは殴られ、回路からはバチバチと火花が散っている。
「アカシック……アカシック……ターゲット……」
「うげぇぇ、もう来た!」
「改札は……通れない……逃げられない……」
徐々に志摩との距離が近くなり、弾が当たるのも時間の問題となってきている。
まだ館内に残っている人々は悲鳴をあげ、ここから出ようと押し退けたり改札を叩いたりと地獄絵図だ。
阿鼻叫喚が響き渡る。
「も〜! こんな時に左巻先生は……」
今頃おもちゃ屋の長蛇の列に並び、タイムドライバーをゲットするんだと意気込んでいるところだろう。
メガネのブリッジを押し上げながらニヤける顔が目に浮かぶ。
「明石君、どっか隠れよう! 何か盾が欲しい」
「じゃあ……あれ……」
そう言って明石君が指さしたのは、私達の身長を遥かに越えるほど巨大な──陰茎のオブジェだった。
まぁ見事なことで、血管まで細かく忠実に彫られている。
「げ……気持ち悪いけど仕方ない……」
無駄に太い陰茎のオブジェの裏に身を隠し、銃弾から身を守る。
金色の弾丸がオブジェに突き刺さり、亀裂を咲かせた。
「……遅い……」
「遅いって……何が?」
発砲音でよく聞こえないが、明石君は確かに遅いと呟いた。
「視覚情報は常にWCIに送信している……普通ならもう救助が来てもいいはず……」
明石君はそう言って、目からコンタクトレンズを外した。
コンタクトは青い光を放ち、1秒間隔でチカチカと点滅している。
「ハ、ハイテク……」
「なぜ救助が来ない……ター以外にも護衛はいるはず……」
無表情だった明石君の不安そうな顔を、私は初めて見た。
今まで拳銃を向けられようとナイフを向けられようと動じなかった明石君が、だ。
左巻先生がいないのがよっぽど不安なのだろう。
私が思うに、明石君は"守られ過ぎた"。
必ず左巻先生が守ってくれると思っているし、他の人が盾になってくれると信じている。
だから身の危険が迫っても自覚が遅れ、危機感を感じなくなってしまったのだろう。
「明石君、あのね。確かに明石君は守られるべき存在だと思う。でも……」
──バキン。
また一つ弾丸がオブジェにめり込む。
オブジェが崩れるのも時間の問題になってきた。
「最低限の自己防衛はしないと! 明石君は今死んじゃいけない存在なんだよ……アカシックレコードは貴重なんだから!」
「死んじゃいけない……存在……」
陰茎のオブジェが、真ん中からバキリと派手な音を立てて倒れた。
私は明石君の手を引いて咄嗟に倒れ来るオブジェを避けた。
「私も狙われてた時もあって……ニュートラルって高く売れるから。その時お父さんにロシアの格闘技のシステマを習ったの」
数年前、紛争地域の地雷を処理していた時に、不慮の事故で亡くなった自衛隊のお父さん。
強くて頭も良くて、誘拐されかけた私を救ってくれたヒーローだった。
幼い頃、ニュートラルの私の身を案じて、システマを教えてくれた。
「習ったシステマで私は何度も自力で変質者ぶっ倒してこれた。明石君も、左巻先生がいない時でも生きられるように、一緒に強くなろうよ」
左巻先生だって、今日みたいにいつも一緒とは限らない。
むしろ左巻先生が先に負傷して動けなくなってしまうことの方が多いだろう。
そんな時、明石君があまりにも非力だったらすぐに敵の手にかかってしまう。
「強く……?」
「そう、強く。ぎゃっ」
私と明石君の間に弾丸が走り、私は掴んでいた明石君の腕を離してしまった。
逃げようにも前方には志摩、後ろは夜景の映る窓ガラス。
じわじわと追い詰められ、逃げ場をなくす。
背中に窓ガラスの冷たく硬い感触が当たった。
「志摩さん、やめて!」
「……贋作……許せない……」
私達の声も届いていないようで、彼は虚ろな目で銃口を容赦なく向ける。
「いいねぇ、もっとやっちゃえ♪ 俺のマリオネット……」
「あぁーっ! アンタは……!」
聞き覚えのある憎たらしい声がしたかと思うと、どこからかあのキツネの仮面の男が舞い降りてきた。
彼は黒いメガホンを弄びながら、志摩と肩を組んで私達と対峙する。
「所詮アンタも"贋作"だろ? 明石録……」
「……言っていることが理解できない」
「明石君が贋作……? どういうこと!?」
なんだか深刻な意味を含んだ言い方に不穏な空気を感じて、キツネ仮面に問い詰める。
しかし、彼は返答の代わりにメガホンの銃口を向けるだけだった。
「なんも知らないのか……まぁいいや。今日こそ偽物を排除してやるよ」
──バリン!
「へ?……あっ、あっあっ……ゔぃあ゛ぁあ゛ぁ゛〜ゝ>^}%£\@!?」
仮面男は躊躇なく引き金を引いた。
ガラスの割れる音と共に急に背中が軽くなり、バランスを崩して後に倒れ込む。
咄嗟に振り返れば、行き交う車が小さく見えた。
そう──ここは高層ビルの40階!
落ちれば即死、ある意味天国に近い場所だ。
「ゔっわ、ちょっちょっ……! あ゛っ、明石君っ!」
「……っ!」
なんとか体勢を立て直した私は、落下寸前だった明石君の腕を掴む。
自分も引きずり込まれないよう片方の手で柱を掴んでいるので、片方の手でしか明石君を掴めない。
明石君は宙ぶらりんの状態となり、少しでも手を緩めれば、夜の首都高に40階から真っ逆さまだ。
明石君を掴んだ時にガラスの破片が足首に軽く刺さり、生暖かい液体が滲み出た。
伝線したタイツから赤黒い傷口が見える。
「あーあ、ギリギリ生き残ったか」
キツネ仮面は抑揚のない声でそう言うと、レッドカーペットに散らばるガラス片を適当に拾ってパチンと指で弾き、私の方へと飛ばしてみせる。
「ゔぁっ!」
両手片足が不自由なため、避けきれずに破片が額を掠めた。
鼻の先を、生暖かい液体が濡らす。
「このままじゃ落ちる!」
「……これを……使う……っ」
明石君は片方の手でポケットをまさぐると、あのメジャーを取り出した。
「サスペンションメジャー!」
以前学校で追い詰められた際に明石君が使った、命綱の役割を果たすメジャーだ。
それをビルの方へ引っ掛けようと手を伸ばすも──。
「……甘いよ」
「がっ……ぁ!」
「ぅあ明石君!」
仮面の男が明石君の持つメジャーを狙い撃ちし、明石君の手から弾き飛ばした。
メジャーはくるくると宙を舞って、仮面の男が撃ち込んだ2発目でバラバラに砕け散る。
「メジャーが使えない……!」
もう両腕が千切れそうだし、明石君を掴んでいる手からは手汗が滴り落ちていた。
うっかり手汗で滑って手を離さないよう、もう一度明石君の手を強く握り直す。
鼻腔を刺激する血の臭いに、眉根を寄せた。
「なかなか落ちないな……そうだ」
仮面の男はパーカーのポケットに片手を突っ込み、メガホンを私に向けた。
引き金に指やを乗せ、撃とうと思えばすぐに撃てる状態だ。
「その手を離したら、撃たないでやるよ」
私達を嘲笑うような声色だった。
キツネ仮面はよっぽど人をいたぶるのが好きらしい。
彼は志摩と共に私の方へ銃口を向けたまま、一歩、また一歩と歩み寄る。
志摩の忌々しい革靴の音が、鼓膜の奥を撫でるようで、耳に障った。
「さぁ早く、その腕を離しな!」
「────離さないよ。この腕がちぎれても」
自分でも驚くほど低い声だった。
てっきり私が言うことを呑むと思っていたのだろう、彼は小さくえっと声を漏らし、面食らったようだった。
全員が避難を終えて地獄絵図が過ぎ去った静寂な館内に、首都高を走る車の騒がしいクランクションだけが響き渡る。
「なんで……? どうせそいつ、あと少しで落ちるじゃん。アンタまで道連れになる必要ないでしょ?」
「……明石君が落ちたら、私も落ちて下敷きになる。だから離さない」
「……なん、で……もう離しても……」
それを聞いた明石君は、呆気にとられたような顔で私を見上げた。
瞳が震えている。
世界のミステリーを解き明かすような彼が、本当は脆くて弱い存在だということを認識したような気がした。
私は小指を絡めて、一層強く彼の手を握った。
「明石君は、まだ死んじゃ駄目。指切りげんまん!」
「……指切り……」
私が明石君を見下ろしていたため、額の血が頬を伝って、明石君の顔へポタリと落ちた。
鉄の匂いが微かに広がる。
「わっかんね。なんで? そんなにそいつのこと大事? 会って2日くらいじゃん」
彼は頭をボリボリかきながら、呆れたように言う。
思い通りにならなかったのが癪なのだろう。
仮面でくぐもった声が響いた。
「別に……大事とかじゃないけど……明石君には、私より価値がある命を持ってるから! 平凡な人生で命を浪費するより、価値ある物を守って死にたいの!」
「……理解不能。別に"そいつ自身に価値はない"のにさぁ」
そう言って、仮面の男がメガホンの引き金に指をかけた、その刹那。
「ごめん明石君、私が……っ」
目頭が熱くなって、血と涙の混じった液体がぐちゃぐちゃになって顎を伝う。
「私が……私が下敷きになって守るから……っ!」
「──40階。この高さじゃ、お前が下敷きになったところで二人ともお陀仏だ。馬鹿ネコ」
あの呆れたような、小馬鹿にしたような、それでいて安堵を与える低い声に、私は顔を上げて振り返る。
次の瞬間、聞き覚えのあるポップコーン音が響いた。
PON!! PON!! PON!!
瞬きして瞼を開いた時には、志摩とキツネ仮面の手から銃が弾き飛ばされていた。
キツネの仮面の男は、舌打ちして左巻先生を睨みつけた。
「またアンタかよ……WCIの犬!」
「ペットは馬鹿ネコ一匹で十分だ」
「さ、さま……っ……左巻ぜんぜぇえぇゑぇ! 明石君こんなピンチなのに今まで何やってたんですかぁあぁ〜!? も゛〜っ!」
「……ター……遅い……」
左巻先生は私達のいる窓際へ小走りでやってきた。
キツネ仮面が弾き飛ばされた拳銃を拾っている隙に窓へ駆け寄り、持参していたメジャーを引っ掛けて巻尺を垂らす。
「このメジャーで下のテラス席へ降りろ」
「ん……」
明石君は巻尺を掴み、慣れた手つきでするすると下の階のテラス席へと降り立った。
「よかったぁ……でも左巻先生おもちゃ屋に行ったんじゃ……?」
「話は後だ、早くお前も下に行け!」
「ええぇ! で、でも……」
昨日の2階から降りるのとは20倍も規模が違う高さで、失敗すれば即死だ。
しかも暗くて見づらいし、この前の学校の時とは状況が違いすぎる。
「モタモタすんなキツネに撃たれる!……アレで行くぞ!」
「アレ……? って……ぅお姫様だっこぉ!? あ゛ぁあゝゝぁあ首都高にダイブしちゃうよおぉ!」
「ニャーニャー騒ぐな!」
「馬鹿ネコじゃな゛ぐで茜子でずゔぅ゛〜」
左巻先生は躊躇なく私を抱きかかえると、メジャー伝ってするすると下っていく。
考えてみてほしい、40階の高層ビルから紐一本を頼りに、しかも左巻先生の腕一本で宙に浮いてる状況。
大声をあげるなという方が無理というもの。
なんとか39階に設置されたテラス席に着地する、という時だった。
「行かせるか!」
──バギュン。
「ゑ? なに、今の音……ぅぁあ゛ぁ゛ぁあ!?「ひっかけたメジャーを撃ちやがったか……」
「ゑ、ゑゑゑゑゑゑゑゑぇ〜!? つまり命綱なしぃぃ!?」
発砲音が鼓膜を震わせる。
上を見上げればメジャーのフック部分が外れ、こちらに勢いよく落ちてきているのが目に入る。
と同時に、体が急にふわりと軽くなり、猛スピードで降下していた。
「ちょ、落ちる落ちる左巻先生落ちる〜! やばい! 風やばい!」
「騒ぐな、たかが40階から落ちたくらいで……っ!」
「た・か・が!?」
ジェットコースターとは比べ物にならないくらいの加速度で落下していく。
左巻先生は至って冷静な声色でそう言うと、落ちてきたメジャーをキャッチしてもう一度ビルの壁へ引っ掛ける。
見事フックが壁へひっかかり、なんとかメジャーにぶら下がることが出来た。
「はぁ……は……助かったぁ……」
といっても下を見ればまだまだ高く、恐らく30階くらいだろう。
落ちても危険な事に変わりはない。
それに明石君もまだ一人ビルの中に取り残されているので、あんまりうかうかしていられない。
「おい、窓壊してビルの中入るぞ! あまりロックを長時間一人にしておけない」
「壊すって……強化ガラスですよこれ!?」
「俺は両手塞がってるから、お前がこのメガホン使って窓を壊せ」
左巻先生が視線を向けたのは、腰のホルスターに収まっている可愛らしいメガホンだ。
私は恐る恐るそれを受け取り、銃口を窓へ向けた。
「ガラス片が刺さらないよう少し遠ざかるから、そのタイミングで発砲しろ」
「は、はい……っ」
左巻先生はブランコを漕ぎ始めるように、壁を蹴って勢いをつけ、後方に下がった。
私はそのタイミングで窓へ向かって発砲する。
初めて発砲した一撃は、手首に重い衝撃が走った。
「ゔっ……!」
窓には大きめの亀裂が入っただけで、二人が通れそうなほどの穴はあかなかった。
左巻先生はもう一度ビルの壁を蹴ると、勢いをつけて後方へと下がった。
「これだけ大きな亀裂があれば十分、あとは蹴って壊す!」
「ええええ〜!? 蹴る〜!?」
私たちは言わば振り子のおもり。
ビルから遠ざかれば、またビルの方へ向かっていくけで……。
「破片飛ぶから顔隠せ!」
「へ、へい!」
左巻先生は両腕をクロスさせて顔を隠すと、長い足で蹴り飛ばし、窓ガラスを突き破った。
バリーンと激しい音がして、私達はビルの窓ガラスの穴を通ってなんとか落下から免れる。
電気がついていないのでよく見えないが、どうやら会議室に放り込まれたらしい。
体に付いた破片を叩き落とす。
「ゔあ─破片が首の後ろに……」
「どこだ?」
うなじに細かい破片が貼り付いているのを見つける。
なかなか取れずにいると、左巻先生がサラッと髪をかき分け、軽くうなじに触れた。
「うひぁぅ!?」
「うっ、あ……悪い……」
うなじに触れられて、ゾクリと腰にクるような電撃が走る。
思わず間抜けな猫のような声をあげてしまい、左巻先生は咄嗟に手を引っ込めた。
きまり悪そうに謝っている。
「いえ……ありがとうございます……取れました……」
心臓が暴れているのは、さっきまでのスリリングな脱出劇のせいだと思いたい。
きゃらふと楽しすぎてついつい作ってしまう……
episode3より謎の女の子登場です
https://i.imgur.com/ENXveWu.png
「それより明石君は……!?」
「ロックの位置情報はこちらに向かってきている。おいロック、聞こえるか?」
左巻先生はなにやらハイテクな腕時計を操作し、インカムマイクに向かって声をかける。
どうやらマイクを通して明石君と連絡が取れるらしい。
『……聞こえる……ターの位置情報出た……そっち、行く……』
「分かった、非常階段で合流だ。くれぐれも撃たれるなよ! 馬鹿ネコ、走れるか?」
「はい。な、なんとか……」
足首をガラス片で怪我しているが、先生の手を煩わせるわけにもいかない。
なんとか足を引き摺ろうと、重い身体に鞭打った。
「明石君!」
「ロック!」
非常階段を駆け上がると、その途中で息を切らした明石君と合流した。
見たところ無傷で、特に何もされていないようだ。
涼しい顔した明石君が、顔を真っ赤にして息を切らしているのだからよほどピンチだったのだろう。
「良かったぁ無事で!」
「……後ろから……仮面の男、追いかけて……来る……」
「ぅえっ、もう!?」
ほっと胸を撫で下ろすもつかの間、非常階段の扉が勢いよく開いたかと思うと、けたたましい銃撃音がこだました。
「見つけたぞアカシック!」
キツネの男と志摩が銃口を向けて追いかける。
「ぎゃぁぁあ〜!」
「手すり滑ってけ!」
手すりに乗って、螺旋階段を猛スピードで滑り降りていく。
摩擦で尻が痛いが、そんな悠長なことを言っていられなかった。
続けて志摩とキツネ男も手すりに乗ってこちらへ銃口を向けてくる。
左巻先生は滑りながら後ろを向き、追いかけてくるキツネ仮面に向かって銃で応戦した。
「明石君危ない避けて!」
「わ……っ」
明石君を狙った弾を避けさせようと、明石君を手すりから押し退ける。
間一髪で弾は明石君から外れたものの、私はグラリと体勢を崩して螺旋階段の手すりから転げ落ちそうになった。
間一髪で明石君が私の腕を掴む。
さっきのビルの時と、立場が逆転した。
「明石君、大丈夫!? 弾当たってない!?」
「危険なのは……アンタの方でしょ……落ちるよ」
「馬鹿ネコ!」
左巻先生が叫んだ時には、キツネの男に銃口を向けられていた。
「うぅ今度こそもー駄目かも……おじーちゃん、お母さん……先立つ不幸をお許しください……」
「そこまでにしなさい、シェイス」
仮面特有の、くぐもった声が、静かに響いた。
しかしキツネの男とも違う、少し嗄れたような、歳を重ねた声だった。
「親父……!」
振り返れると、黒いケープを纏い、キツネの仮面を付けた男性が仁王立ちしている。
キツネの仮面からして、彼の仲間なのかもしれない。
キツネ仮面があっけに取られているうちに、左巻先生が駆け寄って私を引っ張り上げた。
「この仮面をつけている時は、親父ではなく"教祖"と呼びなさいと言ったはずだが?」
まるでAIのような、感情も抑揚も無い、淡々とした声で彼は言った。
怒鳴っているわけでも威圧感がある訳でもないのに、なんだか背に冷たいものが走るような、不気味な声だった。
「……申し訳ありません、教祖」
さんざん口の悪かったキツネの男も、彼には頭が上がらないのか、渋々という風ではあったが素直に教祖と呼んだ。
「紅覇教は必ずアカシック・レコードを取り戻す……だが今は時ではない。勝手な行動は慎みたまえ」
「はい、教祖様」
咎められたキツネの男──シェイスと呼ばれた男は、その男の元へとジャンプして飛んでいく。
教祖様と呼ばれた男性は、黒いケープを翻して去ろうとしていた。
「お前が紅覇(くれは)教の教祖か!」
「……キツネの仮面……間違いない……紅覇教……」
「紅覇教? なに、それ?」
聞き慣れない単語に首を傾げていると、周りは私だけを置いたまま話な進んでいく。
「アカシックレコードは元々私の物だ。そこの"贋作の"明石録のせいで、今は手放してしまっているが……」
「どういうことだ! ロックについて何を知っている!? 答えろ!」
左巻先生の激昂したような声がこだまして、幾重にもなって響き渡る。
教祖は"贋作の"という部分を強調して言う。
そういえばさっきもシェイスが明石君のことを偽物呼ばわりしいたのを思い出した。
「シェイス、帰るぞ」
「へぇい。あ、その駒は勝手に使っていいよ」
「なっ……!」
シェイスは志摩のワイシャツの襟を掴んだかと思うと、乱暴に放り投げた。
無抵抗な志摩の体は、静かに螺旋階段を滑り落ちていく。
「ちょっ、ちょっ……あ゛ー!待ってぇ!」
なんとか転がる身体に追いついて止めるも、志摩の身体には顔や腕にひどい打撲ができていた。
そして火薬の臭いと発射残渣。
「シェイス! なんてことを……」
「いらない牌は捨てねーとな。じゃ、さような来世〜」
「くそっ、逃がすか!」
「わっ、わっ、視界がぁ〜」
教祖とシェイスは黒いケープを放り投げて私達の視界を奪い、その間に螺旋階段の手すりを飛び越えて落ちていく。
なんとか視界を取り戻して螺旋階段を俯瞰した時には、既に影も形も消えていた。
「また取り逃したか……」
「……しかも教祖……ラスボス……」
明石君と左巻先生は以前から"紅覇教"を狙っていたのか、悔しそうに唇を歪めた。
また一つ、私の知らない世界を垣間見た気がして、少し寂寥の念に駆られる。
かまってちゃんかよ、と心の中でそんな自分を嫌悪しつつ、誤魔化すように話題を変えた。
「とりあえず、この人意識失ってるみたいだから、今のうちに洗脳を解こうよ」
「あの時転がしてくれてむしろ好都合だったな。洗脳を解くには意識を手放してもらう必要がある」
左巻先生はメガホンを腰のホルスターから取り出すと、意識を手放した志摩のこめかみに突き付けた。
するとゆったりとしたイントロが始まり、陽気な幼児の声が流れる。
いーいーなーいーいーな〜♪
に〜んげんっていーいーなぁ〜……
「本当にこれで洗脳が解けるんですかぁ〜?」
「これはただの歌謡曲じゃない。リズムに合わせて特殊な音波を発しているんだ。なぜか人間っていいなと流すと相乗効果が得られる」
「はぁ……不思議ですね……」
「……洗脳された時のエボルチップの記憶は消去される……起きた時には……何も覚えていない……」
明石君が補足する。
なんだかシュールすぎる洗脳解除法に呆れつつ、メガホンをこめかみに突きつけられる志摩を傍観していた。
「……ん……?」
「あ、意識戻った」
音楽を流してから1分と経たないうちに、志摩は瞼を開けて意識を取り戻した。
斎藤先生の時は数時間経っても目覚めなかったが、志摩はダメージが小さかったのか割とすぐに目を覚ましたようだ。
左巻先生は志摩の意識がぼーっとしている内に、志摩が握っていた拳銃をホルスターに隠した。
「ここは非常階段……なんだこの打撲痕は!?」
志摩は自身の腕の打撲痕や痣を見ると、驚き戦いて後ずさった。
「志摩館長……」
「君達はあの時の……! 一体何がどうなっている!?」
「ぐゑっ!」
志摩は私の肩を掴むと、乱暴に揺さぶって問い詰めた。
そんなに揺らされると脳が揺れる!
「テロリストが貴方の美術館に押し入ったんですよ」
左巻先生は私と志摩の間に無理矢理割ってはいると、私の代わりにそう説明した。
志摩の記憶が無いのを良いことに、あくまで隠蔽するつもりらしい。
「テロリスト?」
「はい。貴方の美術館の作品が全て贋作だということに不満を持った美術愛好家達が乱射事件を起こしましてね」
「左巻先生、贋作のこと知って……!」
明石君の視覚情報は常にWCIに送られているからだろうか、左巻先生は贋作のことも把握済みの上で淡々と虚偽を述べていく。
よくもまあ、そんなに嘘がスラスラと出るものだなぁと感心した。
WCIに入るには、嘘をつくのも上手くないといけないのかもしれない。
「作品だけを狙った犯行なので、幸いにも怪我人や死者は居ませんでした。貴方の贋作は穴だらけですがね。ショックで気を失なわれていたので、我々が非常階段で非難させてたところなんですよ。もうテロリストは押さえられました」
「…………そうですか」
贋作とはいえ自分の作品を壊されて、さぞ怒り狂うだろうと身構えたものの、案外あっさりと諦めたので面食らった。
贋作なんてどうでもいいと言いたげな顔だ。
「本物になれると思ったんですがね……やはりファンにはバレるもんだな」
志摩は疲れているのだろうか、遠い目で非常階段のランプを見つめて、力なくそう言った。
やがて天を仰ぐと、ぽつりぽつりと言葉を紡ぎ始める。
「贋作……偽物でも、気付く人がこの世にいなければそれは本物になると思った……そして私は贋作を作ることで、モネにも、シャガールにも、藤田嗣治にもなれると思った。専門家も欺く出来だった……」
「モネ……シャガール……?」
聞き慣れない単語に首を傾げていると、明石君と左巻先生が軽く説明した。
「モネ、シャガール……フランスを代表する有名画家……藤田嗣治も日本生まれの……フランスの画家……」
「それぞれの絵は正反対で、タッチも違えば対象にする物も違う、時代も違う、技法も違う」
「へぇ」
そんな三人の絵を、専門家を欺くほど完璧なまでに模倣するのだから、志摩は本当にどんな画家にでもなれるのかもしれない。
完璧なまでの模倣というのは、時として創造よりも難しいのだ。
「有名な評論家はみんな気がついてないようで、笑ってしまったよ。私の贋作だとも気が付かずに称賛して……違和感に気がつけた君は、名ばかりの評論家よりよっぽど良い審美眼を持っているようだ」
「え……」
「悪かったね。その審美眼、有効に使うといい」
彼は立ち上がって私達に一礼すると、足を引き摺って非常階段を登っていく。
なんて声をかけたらいいのか、分からない。
言いたいことはあるはずなのに、言葉として言い表せない自分がもどかしい。
「私は誰かに贋作を見抜いて欲しかったのかもしれない……警察に全て、自白してきます」
コツ、コツと靴底を鳴らす音がエコーする。
香水の香りは、ラストノートに変わっていた。
私は何も言えず、志摩を見送ることしかできなかった。
贋作は、気づかれてしまったら価値がなくなる。
──数十分後。
警察がビルに到着し、志摩をパトカーで連行して行った。
左巻先生が呼んだWCIの方々も、現場の隠蔽工作で忙しなく動き回っているようだ。
これで一件落着──。
「……ていうか左巻先生! なんで明石君がこんな目に遭うまで放っておいたんですか!」
明石君は一応無傷なものの、私がいなければ今頃40階から首都高速道路へ真っ逆さまに落ちていただろう。
明石君の視覚情報や位置情報は左巻先生に送信されているのだから、見つからなかったからという言い訳は通用しない。
きつく睨みつけて問い詰めれば、左巻先生はあっけからんとして答えた。
「わざとだ」
「……ゑ!? わ、わざと!?」
「どういうこと……ター……」
左巻先生はメガネのブリッジを押し上げ、涼し気な顔で宣う。
「一つはロック。お前に危機感を持ってもらう為だ。お前は危険な状況になっても逃げようとしないからな。俺がいなくなったらどれほど危険か身をもって知ってもらう為の計画だった」
「……そういう……こと……」
明石君は納得したようで、特に怒りもせず頷くだけだ。
もっと怒ってもいいのに……。
「い、いくらなんでもやりすぎじゃないですか!? もし私がいなかったらどうするんですか!」
「本当にまずくなったら俺が出ただろ? それにこれはお前を試すためでもあるしな」
「私を……試す……?」
「せや、アンタのこと見さしてもろたで〜、右城茜子ちゃん♪」
突如楽しそうな女性の声がしたかと思うと、背後に人の気配を感じて振り返った。
そこにいたのは──。
「ぎゃぁぁあああぁあぁ!」
「あぁスマンスマン」
白衣をはためかせ、ごついガスマスクで顔を覆った女性がニュッと背後に立っていたのだ。
ダースベイダーもびっくりだ。
思わず叫び声をあげると、彼女は軽く謝ってガスマスクを外した。
すると、艶のある漆黒の長髪がサラリとなびいた。
「……管理官……どうしてここに……」
「えっと……?」
明石君は面識があるようで、彼女のことを管理官と呼ぶと、警戒することなく駆け寄った。
「アタシはWCI特殊任務課の管理官、志島美直(しじま みすぐ)。アンタがWCIに相応しい人間か、ロックの視覚情報を通して審査してたんよ」
「ゑ!? だ、WCIの人!? 私審査されてたんですか……!?」
思わず左巻先生の方に視線を向けると、彼は肯定するように頷いた。
私は全てを悟り、俯いて溢れくる涙を見せまいと
「ゔっ……せっかくのチャンスだったのに明石君一人で守れなくて……不合格なんて……っ」
あんなに焦がれて望んだWCIの捜査官。
平凡な日々から抜け出したくて切望していた。
WCIで左巻先生と明石君と共に捜査していれば、きっと私の求める日常が得られると思った。
今日だって、危ない目には遭ったけれど、嫌だと思わなくて、むしろこのドキドキをずっと感じていたいとさえ思ったのに──。
「WCIの試験って、何度でも受けられるんですか……?」
「あぁーもう、思い込みの激しい子やわぁ。誰も不合格なんて言うとらんでしょうがぁ」
「……へ?」
志島さんの呆れたような声に驚いて俯いていた顔をあげれば、志島さんはウィンクしてサムズアップした。
「合格や合格! 晴れてアンタも特殊任務課の捜査官や!」
「ぇ……ぇええええ!? な、なんで……!?」
結局左巻先生が割って入ってくれなければ二人して40階から落ちていたし、一人で下の階に降りられずに左巻先生の手を煩わせてお姫様抱っこしてもらうなんて失態までしてしまった。
それなのに、志島さんは満面の笑みで合格と告げたのだった。
「訓練してないんやから一人でどうこう出来なくて当然やろ? アタシが見たいのはそこちゃうねん。"優先するものは何か"分かってるかどつか見たかったんや」
「優先するもの……?」
志島さんは続ける。
「アンタ、自分の命よりロックの命のが価値ある言うたやろ? その台詞が聞きたかったんや。自分の命優先しとるような奴に、ロックの護衛は務まらんしな」
「あ……」
──平凡な人生で命を浪費するより、価値ある物を守って死にたいの!
パニック状態で叫んだ言葉だったが、決して嘘じゃない。
私は平凡な人生で命を浪費するくらいなら、危険に足を突っ込んで太く短く生きていたい。
「WCIに入るなら、こんな怪我は日常茶飯事や。これで怖気付いてやめるようならWCIにはいらん。命を投げ出せないやつは御免やからな。どうする? 今なら引き返せるで」
志島さんは私の肩にぽんと手を置くと、諭すように言った。
不安を煽るような言い方で、試されているようだった。
きっとこの質問が、試験の最終問題なのだろう。
今まで酷い目に遭わされて、それでもWCIに入りたいか。
恐らく10人中9人が懲りて辞退する。
誰だって首都高速道路に40階からダイブするような危険と隣り合わせな仕事なんてしたくないはずだ。
──でも違う。
──私は凡人とは心構えが違うから。
「……やります。私をWCIの捜査官にして下さい」
重い沈黙が流れた後、志島さんは唇に弧を描いて微笑した。
「なら、アンタにコードネームをあげようか」
「わっ」
志島さんは私の頭を少し乱暴に撫でると、笑顔で言った。
茜子だから馬鹿ネコとか言われないよね……と心配していると、それを察したのか志島さんが大丈夫大丈夫と宥めて言った。
「chat rouge(シャルージュ)。フランス語で赤い猫、や!」
「シャルージュ……良い名前ですね」
思わず志島さんの手を握って飛び跳ねていた。
後ろから左巻先生が馬鹿にしたように横槍を入れる。
「はっ、お前は馬鹿ネコで十分だろ」
「馬鹿ネコじゃなくて茜子ですううぅぅ! ほんとひどい! 左巻先生ひどい! きえええぇ!」
「アンタ、言わなくてよかったん?」
「……何がですか?」
「名付けたのは俺ですーって……」
左巻は電子タバコを取り出すと、軽くふかして微笑した。
「……別に? 俺はフランス語で赤い猫──シャルージュなんかどうですかって提案しただけで、決めたのは管理官、貴方ですから」
全く素直やないなぁ。
そんなん、茜子ちゃんは必ず試験を突破するって確信してるようなもんやないの。
──数日経って、文化祭当日。
「それでは、秋の芸術展覧祭の最優秀賞作品を発表致します!」
文化祭も無事終わり、閉会式へと移る。
毎年恒例の秋の芸術展覧祭は、全校生徒の中からトップ3を選んで発表する。
校長先生、理事長、美術の先生、美術部の部長が審査員だ。
校長先生が賞の発表を読み上げていく。
「今年は誰が優勝するのかなぁ。優勝したら食堂券1ヶ月タダ券貰えるんだよね。いーなーっ」
「美術部の副部長だろ。2028年に完成したサグラダファミリア40周年記念を題材にしているし、評価も高いはずだ。職員室でも話題になっていたしな」
「……なるほど……さすがター……」
隣で、うちのクラスの出し物の焼き鳥を頬張る左巻先生がそう解説していた。
明石君も勝手に紙袋からねぎまを一本取って頬張る。
サグラダファミリアが完成したなんて生まれる前の話だから全然分からないし……。
っていうかサグラダファミリアってなんだろう……?
「そういえば明石君の作品はモナリザの模写だったよね。なかなかすごかったよ!」
「まぁな。ロックの作品は準優勝には食い込むだろう」
「なんで左巻先生が得意げなの……」
明石君は贋作と自分はなにか通ずるところがあると言って、一番好きなモナリザの絵をテーマに作品を作った。
もはや明石君の保護者で親バカな左巻先生は、明石君の作品を褒めちぎっていた。
それにしても贋作と通ずるところがある……って、一体どういうことなんだろう。
そんなことを考えて物思いにふけっていると、式はついに準優勝の発表に入っていた。
「準優勝は……3年2組の白田竜也君! サグラダファミリア40周年を記念とした素晴らしい絵画です!」
校長先生が高らかに発表すると、拍手の嵐が巻き起こる。
ステージのスクリーンには、引き伸ばして拡大された準優勝作品の絵画が映し出されていた。
とても色遣いが繊細な、建造物の油絵だ。
「え、準優勝なんだ?」
「あれ以上に話題になった絵画は無かったと思うが……ロックが優勝か!?」
「……わくわく」
やはり会場も予想が外れた人が多かったのか、どよめきが走る。
「うーん、あと多分優勝するとしたら、美術部で去年優勝した小泉ちゃ……」
「今年度の栄えある優勝は──2年E組、右城茜子さんです!」
「は?」
どーんとスクリーンに大きく映し出されたのは、私の描いた落書きみたいな絵だった。
すると笑い声とざわめきが会場中に広がる。
「昔ワイもおんj民でなぁ。やきうの兄ちゃん、懐かしくってねぇ」
「ンゴとか死語ですもんねぇ」
どうやらあのカエル(?)──やきうの兄ちゃんが理事長と校長のノスタルジーに刺さったらしく、高得点を得て見事優勝に君臨したのだった。
「いやでも、それなら美術部の部長の高得点の理由が……」
審査員の中には美術部の部長も含まれている。
彼はおんj世代ではないので、彼が高得点を入れる理由に見当がつかなかった。
それは周りも同じで、他の人もステージ袖で待機している部長に問い詰めていた。
「この魚は厳しい食物連鎖を表しているのでしょう。そしてカエルは一見落書きのように見えて、実は黄金比を計算し尽くした最も美しい比率で描かれているのです! 通常黄金比とはアルキメデスの提唱した比率が一般的ですがこの作品のカエルは……」
「いやいやいやいや……考えすぎ!」
何も考えずに描きたいように描いただけの絵にそんな解説を入れられると優勝が申し訳なくなる……。
「駄目だ、芸術ってさっぱり分からん。どう考えてもロックの方が上手いだろ」
「上手い絵は現代じゃあまり価値ないんだよ、写真で代用できるんだから。そっくり描けるより、描きたいもの描いた方がいいってことだよ! 左巻先生♪」
「ん……確かに……」
「茜子、おめでとう!」
「瞑ちゃん!」
左巻先生と話していると、瞑ちゃんがこちらへと早足で駆けてきた。
「アンタ後夜祭出るよね? その時他校の男と合コン……」
「ううん、用事があるから行かないの!」
「あら、随分嬉しそうじゃない。なに、男!?」
「ち、違うよ!」
ついにこのセリフを言える時がきたんだ!
もう平凡な日々には戻れない、引き返せない、いつ死ぬかわからない、怖い。
けれどそれ以上に、ワクワクしてる。
私は明石君と左巻先生の方をちらりと見てから、満面の笑みで言ってみせた。
「──放課後は、任務があるんで!」
【episode02 complete】
【episode03】-404 Not found-
「どうした茜子、その傷は!」
「あはは、ちょっと転んじゃって……」
正式にWCIの捜査官(見習い)になって1週間。
まだ訓練や勉強などの下積みが主で、実際の捜査はしていない。
英語はもちろん、現在の経済大国である中国、インドの常識、簡単な暗号解読(とはいえかなり難しい)、国外逃亡の手立て、IQテスト、そして武術と射撃など、やることが盛りだくさんだ。
武術などの訓練で見えるところに傷を負ってしまい、おじいちゃんに心配されてしまった。
「額にまで!」
「あはは、ぼーっと歩いてたら電柱に、ね」
ガラス片でついた額の傷はカサブタになったがまだ消える様子はない。
足首の方は靴下で隠せているが、額は前髪で隠しきれずに外気に晒されたままだ。
「女の子なのにそんな傷作って……! 嫁に行けなくなるだろうがよぉ」
「傷一つで私の価値を下げるようなやつなんて、こっちから御免だね! 行ってきまーす!」
私は逃げるように、ローファーに足を通して出ていった。
「おはよー茜子」
「瞑ちゃんおはよ!」
ホームルームが始まるまでタブレットにインストールしたアプリでニュースを読んでいると、瞑ちゃんが画面を覗き込む。
「茜子がニュース見てる……珍しー」
「なによそれ〜」
「だってアンタ今まで特撮とかしか興味なかったじゃない」
「否定できないのが悔しい」
私も好き好んでニュースを読んでいるのではなく、WCIの捜査官として勉強しておく必要があるから読んでいるだけだ。
社会情勢や国際ニュースなんかをざっと把握しておかなければならない。
「あ、このニュースすごい話題よね」
瞑ちゃんが指さしたのは、ニュースのトップに上がっていた美術館贋作事件だった。
「美術愛好家が贋作展示されてることに怒ってテロ紛いのことしたんでしょ? こわー」
「そ、そうだね……」
綺麗なまでに隠蔽されていることに感心した。
さすが国際機関というか、極秘機関というか。
左巻先生曰く、エボルチップが暴走したとなれば人々の混乱を招きかねないという理由らしい。
国宝級の作品を破棄した志摩は多大なバッシングを浴び、美術館への不信感が高まると共に、志摩の美術館を賞賛していた評論家にも非難が集まった。
「あ、このニュース朝テレビで見たな……」
画面をスクロールして目に付いたのは、幼児虐待の報道だった。
4歳の女の子が母親に食事を与えて貰えず、栄養失調で亡くなったという痛ましいニュース。
「この女の子、ニュートラルだったそうよ。多分この女、子供を高く売りたくてニュートラルにしたのよ」
「最近よくあるよねぇ、そーゆー話」
ニュートラルの人間は、人身売買の7割を占めている。
人の手の施されていない天然として、ニュートラルというだけで高値で取引されるのだ。
その為自分の子供をニュートラルにして売り飛ばそうとする親も多く、大きな社会問題になっていた。
幸いなことに私は家族に恵まれて、ニュートラルだけど大切に育ててもらった。
しかし世の中、ニュートラルを拉致して売り飛ばすという輩も少なくない。
「ニュートラルが行方不明っていうニュースもある……」
「茜子もニュートラルなんだから、怪しいやつとかに気をつけなさいよ!」
「わ、分かってるよー」
時は流れて放課後。
WCIの本部の地下10階が、特殊任務課の司令室となっている。
青い光がぼんやりと発光し、壁一面にディスプレイが敷き詰められている。
なんだかピコピコと変な動きをした機械も設置されている。
ここに来るのは2、3回目だが、まだ慣れない。
「こんにちは!」
「……こんにちは……」
「おぉ3人とも来たな」
放課後すぐに左巻先生の車(なんとベンツ)で直行したため、私と明石君は制服のままだ。
「今回はシャルージュの初任務や! 実践も重ねなあかんからな」
「は、はい……っ!」
「足引っ張っるなよ、馬鹿ネコ」
「引っ張りませんよ! それに今はシャルージュです!」
左巻先生は相変わらず軽口を叩いては馬鹿にしてくるが、その言葉に期待が含まれていると信じて私は気を引き締めた。
志島管理官は壁の巨大なディスプレイをリモコンで操作し、画面に建物の画像を映し出す。
「今回のミッションは、紅覇教が一枚噛んでると思われてる人身売買オークションへの潜入や!」
「人身売買オークション……!」
今朝瞑ちゃんと話していた話題がドンピシャできたので少しびっくりした。
志島管理官は画面を指して説明を続ける。
「オークションが行われているのは、アルクリストホテルの地下3階。これは一昨日裏を取ったんや」
「アルクリストホテル……って、日本初のカジノがある、あの高級ホテルですか?」
「せや!」
2030年、初めて日本にできたカジノが、アルクリストホテルにあるアルクリストカジノ。
ポーカーやルーレットはもちろんのこと、海外からの観光客に向けて丁半や手本引きといった日本のギャンブルもテスト導入しているとニュースで読んだことがある。
「しかし紅覇教と人身売買オークション、一体どういう繋がりだ?」
左巻先生は電子タバコをふかしながら言った。
確かに、訳のわからん宗教団体と人身売買──どちらも怪しいのは同じだが、接点があるようで無いようなものだ。
「紅覇教は信者獲得の為にニュートラルを探しとるんや。紅覇教の信者はニュートラル限定やからな」
「なるほど、人身売買といえばニュートラルの取引だからな。数少ないニュートラルを引き入れることが出来る」
ニュートラルは日本の人口の約2%。
実を言うともっといるのだが、親が人身売買のためにニュートラルにしていることが多く、戸籍がない。
そのため戸籍のないニュートラルはカウントされず、2%という数字になっている。
「信者はニュートラル……だからアカシックレコードに記録が無い……」
後に聞いた話だが、明石君のアカシックレコードは、アカシックチップによる能力らしい。
全世界のエボルチップに記録された記憶は、全てアカシックチップに転送される。
つまり明石君は日々膨大な記憶を受け取っていることになり、脳に負担がかかる。
だから授業中も寝ているという次第だ。
閑話休題。
「けど、違法オークション参加は狭き門。そう簡単に入れんのよ。事前調査もオークションが行われてるって事実が分かっただけやしな。そこでや!」
志島管理官は勢いよく私を指した。
「へ? なんですか!?」
思わず一歩、一歩と後ずさるが、志島管理官は距離を詰めて迫ってきた。
「……ニュートラルのシャルージュを人身売買オークションに出品して潜入する!」
「……へ? ええええぇ!?」
私を人身売買のオークションに出品!?
驚きすぎて咄嗟に何も言えずにいると、左巻先生が納得したように頷く。
「なるほど、それなら俺達も馬鹿ネコの出品者として参加可能だな」
「あの……馬鹿ネコじゃなくてシャルージュです。私売られるんですか……」
がくりと肩を落としていると、志島管理官がわしゃやしゃと頭を撫でて笑った。
「ちゃ〜んとウチが落札するから心配せんでもええよ」
「でも10代のニュートラルって、軽く数千万はします……よぉおおおぉっ!?」
志島管理官は机に置かれていた銀色のアタッシュケースを開けると、札束がぎっしりと詰まった中身を見せる。
それも一箱だけではなく、三箱四箱と積み上げていく。
「し、渋沢栄一(新1万円札)がこんなに……!」
「……推定……約……3億……」
アタッシュケースには、3億はくだらないと思われる額が詰められていた。
それを見た左巻先生が眉を釣りあげる。
「なぜ、わざわざかさばる現金で?」
確かに左巻先生の言うように、これだけの支払いを現金でするのは不自然だった。
大金を支払う場合は、小切手を使うことが多い。
「そこがミソ! 実はこれ、全部偽札なんよ」
「に、偽札!? はえぇ〜」
札束から一枚抜いて紙幣を触ってみたが、ザラザラとした紙質やお札特有の匂い、透かし細工なども完璧に再現されており、一見して偽札には見えない。
「……全く見分けがつかない……完璧な……偽造……」
「WCIは偽装技術もピカイチ! パスポートから札束、免許証までな」
「せや、アンタにも万一のために偽装パスポート渡しとこか」
「え、いいんですか!?」
志島管理官はデスクの引き出しを開けると、書類で溢れかえっている中からパスポートを取り出して私に差し出した。
「これがアンタの偽名や。危なくなったらこれで逃げたらええ。申請すれば火星まで行けるパスポートやからな」
2040年、火星への行き来が可能になり、宇宙旅行パスポートが発行された。
通常のパスポートに加えて申請することが多く、これ一冊があれば火星と外国、どこへでも行ける。
「ありがとうございます! かっこいい名前がいいなぁ〜」
渡されたパスポートを受け取り、早速開く。
そこには私の顔写真と──。
「桃川つくね……なんですかこの焼き鳥ネームは!? もも・皮・つくね……!」
「いやぁ、焼き鳥屋の孫だし、こんな名前どうかなーって」
志島管理官はおどけたように笑っていた。
「くくっ、いい名前じゃないか? 桃川つくねさん……くっ」
「おいしそうな、名前……非常に良い」
「明石君と左巻先生まで……!」
明石君は単純に褒めてくれているんだろうけど、左巻先生の笑いは嘲笑にしか見えない。
二人に笑われて不貞腐れていると、志島管理官が左巻先生の方を見て懐かしそうに微笑んだ。
「左巻夕一も、アタシが付けた偽名なんよ」
「……え、ええぇええ!? 左巻夕一って、あれ偽名だったんですか!?」
「本名で表社会に出るわけないだろ。ちゃんとマニュアル読んだのかお前は」
「よ、読んでますけどぉ……」
WCIの特殊任務課は極秘機関、そのため在籍メンバーはWCIの職員ですら把握していない。
そのため潜入の際は偽名を使うことが多く、場合によっては顔すら整形して変えて生きるらしい。
左巻先生曰く、整形は面倒なのでしないらしいが。
「左巻先生の本名はなんて言うんですか?」
「教えるわけがないだろう」
「えー! 気になります! 明石君は知ってるよね?」
「……知ってるけど……教えない……」
明石君の方を期待の眼差しで見るも、左巻先生を庇ってあっさりと断られてしまった。
それを見ていた志島管理官は、ふむ、と軽く呟いて言った。
「一つだけ、ターの本名知る方法があるで」
「うぇっ、なんですか!?」
私は前のめりになって食いついた。
管理官は得意げな顔をして宣う。
「こいつと籍入れればええんよ〜。結婚は本名でしてもらうからな」
「えぇっ!?」
「な……馬鹿なことを言わないでもらえますか管理官!」
左巻先生もそれを聞いて慌てふためき、志島管理官はさらに笑い転げた。
「あっはは、二人ともえらい顔真っ赤やでぇ」
左巻先生はわざとらしく咳払いすると、話を逸らした。
「そんなくだらない話はさておき、こいつに武器を渡すんじゃなかったんですか?」
「ぶ、武器!? 私にもあのメガホン型拳銃貰えるんですか!?」
射撃訓練で、使用武器はエアガンではあるものの、初めてにしては好成績をおさめていたので射撃には自信がある。
期待を込めた視線を管理官へ向けるが、彼女はゆるゆると首を横に振った。
「いーや、アンタにはこれや」
管理官が白衣のポケットからおもむろに取り出したのは、黒と黄色を貴重にしたかっこいいピストルと、銀色の鋭利な串だ。
串の方はよく分からないが、
「このピストルかっこいい〜! 仮面ファイターの武器みたい! これ、弾は何発なんですか!? 」
「弾はないで」
「じゃあビームですか!?」
「いーや」
ずしりと安物のエアガンとは比べ物にならない重量感に興奮していると、志島管理官はまた白衣から数本の短い透明な棒を取りだした。
「強いて言うなら、これが弾や」
「え、これって……」
それは、直径1センチほどある、少し太めの──。
「……グルースティック……ですよね……?」
手渡されたグルースティックは通常の物より太いとはいえ、実弾と比べ物にならないほど軽くてチープだ。
「そ。アンタはWCIの捜査官とはいえ未成年。しかも学生。実弾の入った拳銃持たせるわけにはいかんからね。だからロックにも持たせてないんよ」
「じゃあ、この銀の鋭い串は……?」
「焼き鳥の串を模した毒針や! ダーツみたいに投げて使ってな!」
殺傷能力のないグルーガン、どう見ても焼き鳥の串にしか見えない針。
想像より遥かにふざけた武器に、私は珍しく管理官に憤りを覚えた。
「なんでメガホン使わせて貰えないんですか……?」
「実践になれば話は違う。お前は動き回りながら適確に狙い撃つことができるか?」
「そ、それは……」
「……そういうことや、シャルージュちゃん」
左巻先生も管理官に同意するように発言し、私は大人の圧に抗えずに俯いた。
「シャルージュちゃん、アンタはまだ戦力外なんよ。それでもWCIに入れたんは、新人育成……WCIの未来の為。まずはエアガン訓練で的の真ん中に穴あくまで命中させることやね。それまではそのグルーガンと毒針で自分の身を守ったらええよ」
「そんな、グルーガンでどうしろと……」
「なら、傍でターを観察するんやね」
管理官は責めるでもなく怒りを込めるでもなく、いつもの優しい口調で述べた。
だから余計に──心が抉られた。
普段から厳しい人が厳しいことを言うより、普段から優しい人が優しく厳しいことを言う方がダメージは大きい。
分かってしまった。
私は所詮、左巻先生のサポートを許されたわけじゃない。
最初から左巻先生の仕事を見せて教育させるためだった。
だから戦えないような武器を持たせた。
これが大人と子供の、違い。
私は全然、あてにされていない。
戦力外だ。
──帰り道。
あの後左巻先生達は先に帰宅したが、私は資料室で軽く国際教養を勉強したので帰りは一人だ。
既に七時を回っており、秋のこの時間は既に真っ暗である。
管理官は送迎車を出すと申し出てくれたのだが、駅までそう遠くないし一人になりたい気分だったので、丁重にお断りした。
「はー……やっぱ私、戦力外なんだな……」
貰ったグルーガンをガチャガチャいじりながら、夜道を歩く。
街灯にぼんやりと照らされたグルーガンを、憂鬱な気分で見つめる。
スズムシの声がやかましかった。
アニメや特撮ヒーローみたく、武器をもらってすぐに敵をバッタバッタ倒す──なんて都合のいい展開は無い。
現実はやっぱ、そんなもんなんだな。
武器を使えなければ攻撃を受けるし、顔や見えるところに受けてしまえばおじいちゃんを心配させることになる。
かといって無傷でいるには後ろで控えてるしかなくて──あぁ、戦力外だ……。
とはいえ、射撃を上達させれば武器をくれるってことだし、地道にやってくしかないよね!
国際教養も最近は分かってきてるし!
「ただいま〜!」
実家兼焼き鳥屋『ひがしろ』の引き戸をガラリと開けると、カウンター席に腰掛けている男二人が目に入った。
「さ……左巻先生と明石君〜!?」
左巻先生と明石君がカウンター席に常連顔して座り、焼き鳥とピーナッツを摘んでいた。
「おぉ〜茜子、お前の担任がいらっしゃってるぞ」
「ちょ、おじいちゃん!? なんで左巻先生が……」
厨房で忙しなく下ごしらえをするおじいちゃんと、喉仏を鳴らしながらジョッキを煽る左巻先生を交互に見つめる。
明石君は終始無言で、ねぎまの串からネギだけ箸で取り除いて食べていた。
なに勿体ないことやってんだ、クソ!
「家庭訪問だ、文句あるか。あ、大将、さっきのもう一本」
「あいよ!」
私がいない数時間の間に左巻先生はおじいちゃんと打ち解けたらしく、あたかも常連のようなテンポで注文していた。
私は左巻先生がWCIのことをおじいちゃんに話すのではないかと危惧していたので、胃がキリキリし始めた。
「高校生にもなって家庭訪問って……」
「こら茜子、失礼なこと言うんじゃない! 聞けばお前、左巻先生に護身術を習っているそうじゃないか」
「……は?」
左巻先生に護身術?
訓練のこと?
思わず左巻先生の方を見れば、彼は平然として儀実を流れるように紡ぎ出した。
「エボルチップに頼るまいとするお爺様の姿勢に感銘を受けまして、護身術を教えさせて頂いています。ニュートラルは狙われやすいですから。訓練でたまに怪我をすることもありますが、長期的な目で見れば安い投資ですよ」
「いやぁ、茜子が最近傷作ってくるもんですから、悪い輩とでたんじゃないかと心配してたんですよ。それなら一安心です」
おじいちゃんをさりげなく持ち上げた上に、私の傷の理由を上手く隠蔽しやがった。
美術館の時の隠蔽もそうだけど、左巻先生は嘘をつくのがうまかった。
嘘つきだった。
「そうなの! ドジ踏んで怪我することもあるけど、誘拐とかに比べたら全然安いもんだもんね!」
でも、私はその嘘に便乗するしかなかった。
一人暮らししていれば、こんな心苦しい思いをすることもなかったんだろうな。
子供って、できないことが多すぎる。
クロスオーバー企画に馬鹿ネコ……茜子を出す予定です
よければこちらもお願いします
https://ha10.net/novel/1569231215.html
すみませんURL間違えました
https://ha10.net/novel/1566117232.html
「いっけねぇ、そろそろタレの仕込みしねぇと……すみませんが、小一時間ほど席を外させて頂きます。おかまいできねぇで申し訳ないです」
「とんでもないです。私共は食べ終えたらお暇させて頂きますので、お勘定は茜子さんに渡しておきますよ」
左巻先生は同意を求めるように、チラリと私の方に視線を向ける。
私は承諾のつもりで頷いたが、おじいちゃんは激しく首を左右に振った。
「家庭訪問だから勘定はいらね! ゆっくりしてってくだせぇよ」
「いやしかし結構飲み食いしてしまいましたし……」
「構いませんってぇ」
左巻先生とおじいちゃん、頑固者のコラボレーションで両者一歩も食い下がることがないように思われたが、結局左巻先生が折れた。
「…ではせめて録の分はお支払いさせて下さい」
「いいんですよ。家族同然の子なんでしょう?」
「……家族同然……かもしれ、ない……」
明石君は家族という言葉に惑いを残したが、肯定した。
「茜子、店番頼むぞー」
おじいちゃんはそう言い残すと、奥の方へと消えてしまった。
おじいちゃんが仕込みのためにカウンターから離れたところで、左巻先生は"ターの顔"になった。
私は捜査について話されるのかと思い、少し身構えたのだ、が……。
「──いいおじいさんを持ったな」
「へ? あぁ……はい……」
キリッとした顔の割には他愛も無い話だったので、面食らって気の抜けた返事しかできなかった。
「心配かけるなよ。死んだら事故死として処理するんだからな」
「……分かってます」
マニュアルには捜査官の殉職は事故死として隠蔽されると記載されてはあったが、こうして口頭で言われると生々しくなる。
家族って暖かいけど、平凡から抜け出すには足枷になるんだな。
自分の命を、自分の好きにできたらいいのに。
「どうせまともな武器も貰えない、戦力外の捜査官だし……」
「はぁ……まだ分かってないみたいだな」
自嘲気味に呟けば、左巻先生がため息混じりに呆れた声を出した。
「お前、自分が期待されてないと思ってるだろ」
「ゑ!? ち、違うんですか……!? だって志島管理官は私の事戦力外って……」
── アンタはまだ戦力外なんよ。
管理官の諭すような一言が蘇り、私は心を抉られるような思いを抱いた。
いずれ実弾を使わせてくれるにしても、今はまだ未熟だと遠回しに言われたようなものだ。
当然といえば当然だけど、管理官は既に私のことを認めてくれていると思い上がっていたから、受け止め切れずにいるんだろう。
「……お前、そのグルーガン使ってみたか?」
「いえ……使う機会なかったし……」
「ちょうどいい、このタバコの空箱に向かって撃ってみろ」
左巻先生はそう言うと、胸ポケットから紙巻きタバコの空箱を取り出して私の方へ掲げてみせた。
普段は電子タバコを好む左巻先生が紙巻きタバコの空箱を持っているのが気になったが、私は言う通り空箱に向かってグルーガンの引き金をひいた。