【1】について
いじめられっこがいじめっこになることが世間ではあまり公表されないもののけっこう多い。
現にあった事件で、殺害にまで追い込んだいじめっこは元々いじめられていた。
ここからは推測になるのだけれどもいじめられっこがいじめっこになる要因として「力関係のやり方でしか人間関係の築き上げ方をしらない」ということなのかもしれない。
人間というのは、そもそも周りを見て育つ。親の背中とか。人間関係もそれと同じで、弱い立場(力関係)で人間関係を築きあげられていたのなら、そのやり方でしか人間関係の築きあげ方を知らないんだと思う。だから孤独で寂しくなると力関係で人間関係を築き上げようとする。だってそれしか知らないから。
知らないやり方で人間関係を築いてくださいなんて無理でしょ、普通。
こうして仮定していき、上の理論が正しいとするといじめの加害者を生まないためのほうが被害者にならない方法よりも簡単かもしれない。
いじめられっこに別の人間関係の築きあげ方を事前に教えればいいだけなんだし。
被害者に絶対的にならない方法はあるっちゃある。それは、人間関係を持たないこと。けれど、これは生きていくためには絶対的に必要不可欠だから無理。
要約
・いじめっこは元々いじめられっこが多い
→人間関係の築きあげ方を力関係でしか知らないのが要因の可能性が高い
・上記が正しいとした場合、別の人間関係の築き方を教えてあげれば防げる可能性はある。
いじめが起きるのには必ず原因があるのだから、事前にそれを防ぐこともいじめ問題としては考えてほしいなと思う。
何も、全部いじめっこが悪いわけじゃない。いじめっこにそういう人間関係しか教えられなかった周りのほうが自分は罪が重いと思う。
ゼロは不可能にしてもゼロに近づけることはできるだろうからね。それを防ぐためには原因となってしまうものをできる限り潰すこと、これが大事だと思う。
長文打ったので文おかしかったらすんません。
長文によるご自身の意見の書き込みありがとう。
うん、そういう“違った視点”から物事を見ることは、実に有意義だと思うよ。
ではそのルートからのアプローチとなると、その次には
「いじめに関わった者たちに対して、誰がどのように“適切な人間関係の構築法”を教えられるか?」
‥という命題についての考察を深めてゆく感じなのかな?
掘り返すようでごめんね。
以前、俺が>>14でも言ったけど、問題なのはいじめっこにそういう人間関係の築きあげかたしか教えられなかった周りの問題のほうが大きいと俺は思うよ。
聞くけど君がこの問題を解いてくださいって例題を出されたとしよう。
だけどその例題を解くためにある条件が出される。
その条件は世間では今まで習ってきた教科書の解き方が間違ってるから、世間の正しい解き方で解いてくださいという条件。でもその正しいといわれる解き方は誰も教えてくれなくて、自分で自力で解くしかない。
けど「今まで習ってきた教科書の解き方」しか君は知らないわけじゃない。まあ普通の人は解けないよ。
いじめっこも多くが上記の例同じ。力でしか人間関係の築きあげ方を知らない人に「力以外で人間関係を築いてください」といわれたら難しいんだよ。ほとんどが無理なんだよ。
それでもいじめっこが一番罪だというかい?
俺は、そんないじめっこに「力でしか人間関係の築きあげ方を教えてあげられなかった」周りのほうが問題だと思うよ。
人間っていうのはね、誰かが傷つくと他人のせいにしようとすることがある。俺は上記のような力でしか人間の築きあげ方を知らないいじめっこが「罪か」ときかれれば、「罪だ」と答えることはできない。
本人自身それしか知らなくて、それを間違いだと思う選択肢もないんだよ。1つしか選択肢しかなかった人間に俺は罪を問うことはできないと思う。