>>27
これ読んで始めて自然科学の意味をググッたクチだけど自然科学では無いものとして挙げられてた形式化学の項目にこんなのがあったよ
以下Wikipediaから引用
『形式科学は経験的内容を欠いた概念的なシステムだが、それは現実世界との関係が全くないというわけではない。その関係というのは、形式的主張はすべての想像しうる可能世界で成立するということである(論理式を参照)。』
……小難しくて何言ってるかいまいち分かってないけど的外れだったらごめんね
うーんつまりは、形式科学は実験や観察ではなく、論理によってなりたつもの。つまり数学みたいなものだと言うことですよね。
それだと、論理的には成立し得ない(多分)幽霊や悪魔、神は存在しないことになりますね。
ということは、その記述だと不十分ですね
>27
そのように定義したのはマルクスガブリエルで、詳しくは「新実存主義」や「なぜ世界は存在しないのか」という本を読んでみてほしい。彼は形而上学や認識論、構築主義を超えて、実在論について、ポジティブで有意味な主張をしている。そして現代の、哲学よりも科学が優位してしまった結果のニヒリズム(ニューロン構築主義や物理理論に基づく人間観)も批判した。
>28
確かに小難しいから、少し柔らかく崩してみた。
『形式科学は経験的内容を欠いた概念的なシステムだが、それは現実世界との関係が全くないというわけではない。その関係というのは、形式的主張はすべての想像しうる可能世界で成立するということである』
↓
『論理学などの形式科学は、現実世界で行えない実験を行える性質だが、それは現実世界と関係してないわけではなく、関係している部分は少なからずある。
その部分とは、論理的に成立し得る可能的世界(上文の実験に該当)が、この現実世界の中で、言語的(=思考的かつ想像的) に行われる部分であり、言語とは現実の産物である。したがって関係してないとは言えない』
権威を借りるのならばこの主張は、ウィトゲンシュタインも同じように語った。彼は論考の中で、可能世界を論理空間、この現実世界を、世界と称した。そして、論理空間は、世界の中に言語(=思考や想像)として姿を現し、世界もまた、可能性の一部として論理空間に包括されると、双方が入り組んだものとして特徴付けた。
ただ、今ここで問題となっているのは、存在するとはどういうことなのか?(=実在論)であり、invincible氏が、物質的に存在していないものを、実在するとはっきり言うのは難しいのではないか?という疑問そのものである。
だから、上記の議論は存在することはどういうことなのか?という疑問には明確な答えを与えてくれないような気がする。
なるほど。成立と実在ってまた意味が変わってくるんだね。>>28ちょっとわかった気がする。教えてくれてありがとう
そしたら物事の状態として『実在しない』けど『存在が成立する』っていうケースはあるのかな?