初回>>81
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《楽聖は知っている》
3.立花彩side
私は階段をあがり、カフェテリアの扉を開ける。
いつもの奥のほうの目立たない席に、若武、上杉君、小塚君、黒木君、翼が来ていた。忍は風邪で来ていない。
やっぱり、上の階だと来るの早いなあ……。
「ごめん、遅れた。」
「大丈夫だ。じゃあ、始めるぞ。」
若武は優しく言ったけれど、心底苛立っているのが分かった。腕を組み、右手の人差し指はトントントン、と左腕の二の腕を叩いている。
きっと、まだアプリの方針がきっちり決まっていないことに苛立っているんだ。
私たちは昨日もアプリの制作に集まっていた。でも……来るはずの忍が風邪で急に来れなくなったり、誰かが秀明の火災報知機を間違えて押して避難して時間を取られたり、というアクシデントが起こって全く話が進まなかった。
「……あの。」
後ろから女の子の声がした。振り向いて見ると、浜田の制服を着ている。丸顔で黄みがかかった肌、明るい茶色の目に、明るい茶色のボブの髪。手には白い洋型封筒を握っている。
そう、同じクラスの宮瀬真歌奈さん。
「少し、お時間頂けませんか?」
宮瀬さんは若武のほうを向いて言った。
「ん、いいよ。俺に用?」
若武は宮瀬さんが封筒を持っていることから自分にラブレターを渡しに来たのかと思ったのか、くらっとくるくらい優しい微笑みを浮かべた。
「いいえ、皆さんに少しお話があって。」
「あ、そうなんだ。」
少し若武がしゅんとしたのを見ると、少し笑ってしまいそうだった。
「まあ、どうぞ座って。」
「え、いいの? アプリの話は……」
小塚君が不安そうに言う。
「ああ、今日はいいんだ。どうせ忍も来ないし。」
「だからって簡単に人を招き入れるわけ?」
上杉君が少しカリカリしているのが、声色から分かった。
「あ、お忙しいんだったら大丈夫です……ただ、いつも鮮やかに解いていらっしゃるから貴方たちに相談したかっただけで」
鮮……やか? に解く?
「え……どういうこと?」
私も含む皆が口をそろえて言った。
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《楽聖は知っている》
4.立花 彩side
「え……どういうこと?」
「あ、もしかしたら気分を害されたかもしれません……私、中学生になってからずっと、皆さんの探偵活動の様子を見てきてたんです。いつも、皆さんの個性を活かして事件を解決してらして、すごいなと思っていて……」
「え、マジ!?」
若武が机に手を置いて身を乗り出した。
「あ、はい……やっぱり、盗み聞きは嫌ですよね……すみません。いつも、近くのテーブルで聞いていたものですから……」
宮瀬さんがぺこりと頭を下げる。
「いえいえ、ぜーんぜん!」
若武は、探偵チームのことが誰かに知られていることがすごく嬉しいらしく、すごくにたにたしながら首を横に振った。
小塚君、黒木君、翼も少し口角が上がっている。上杉君は……無表情だけど。
まあ、ようやく探偵チームKZも人に知られるようになったんだから、喜んで当たり前か、な。
「で、今日は相談がある、と言っていたけど、どうされましたか?」
若武はすっかり上機嫌だ。前髪をかきあげ、自分の左側の椅子――そう、自信がある顔の左側が相手に見える席――を引いて椅子を勧める。
宮瀬さんは勧められた席に座ると、話し始めた。
「私、宮瀬真歌奈と言うんですけど……」
小塚君がはっと驚いた表情を見せる。
「もしかして、この前ピティナピアノコンクールJr.G級で金賞を取った!?」
「あ……はい。」
宮瀬さんが恥ずかしそうにうつむく。
「うわぁ……すごいですね」
尊敬の眼差しで宮瀬さんを見る小塚君。
……えっと、ピティナピアノコンクールって……何?
「おい、話を逸らすなよ小塚。……てか、ピティナって何さ」
若武が最後の方をボソボソっと言った。
何か若武らしくないな、カッコつけだから分かんないことがあったら隠すのに。
「お前らしくないな、分かんねぇことを人に聞くなんて」
「『聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥』を忠実に守ってるんじゃない?」
「らしくねぇ。」
上杉君と黒木君が笑いあう。