「昔っから、どうしてお前は、そうなんだ……ッ」
同じ村で育って、ハイアリンクの中で一番良く彼のことを知っていた。どうしようもなく強くて、ヒーラーの自分には越えられないこと。そしてその強さに醜く嫉妬して、嫌悪感を抱いている、自分のことも。誰よりも知っていた。
テノールが消えてしまえば、いい。フォルテは、ずっと心の何処かでそう思っていた。その激情が、どうしようもなく溢れてくるようだった。
不意にフォルテは、彼の喉元に掴み掛かっていた。
本人でさえ、予想も意識もしていない動きだったためか、テノールは完全に油断していて、抵抗する間もなく、コンクリートの壁に叩きつけられる。
「は、……ッぐ、」
空気を吐き出す音と、呻き声。焦りと怒りの要り混じった赤い目で睨み付けて、フォルテの両腕を引き剥がそうともがく。
“最強”と言えど、それは戦場に置いてであり、テノールがどんなに凄い魔法使いであろうと、この状況を打破する腕力は持ち合わせていなかった。
それでもこのまま呼吸が出来ないのであれば、テノールは死んでしまう。苦し紛れにフォルテの腕に爪をたてて、ガリガリと引っ掻いて抵抗した。
腕に幾つもの爪痕が出来て、血が滲み始めたが、それもあまり気にならなかった。テノールの苦しげな表情を見て、そこに優越感を抱く自分が居たからだ。
今まで、テノールの顔を見るたびに、どこか後ろめたいような、歯がゆい、複雑な心境になっていた。それがどうしたことか。今目の前で、自分の手で弱っていくコイツを見ていると、心が晴れやかになっていくのである。
>>10 続き
自分がテノールの命を握ってるも同然であることに、“最強”を殺すことだって出来てしまうことに。フォルテは自然と口角をあげた。何が最強だ。
「努力しても強くなれなかった……でも、俺はお前より強いんだ。だって、俺はお前を殺すことも生かすことも出来る! ザマァねぇな!!」
ぱっと手を話せば、壁にもたれて力なく崩れ落ちた。荒々しく呼吸を繰り返し、時折咽せかえすテノールを見下ろして、嘲笑った。
呼吸が整うと、真っ直ぐな酷く不快な目でフォルテを見据えて、口を開く。
「フォルテの“強さ”って言うのは、殺せる力のことなのか?」
掠れた声なのに。大嫌いなテノールの言葉なのに。妙に胸を打つ響きがあって、ひどく動揺した。
「な、なにが……」
「逆に、ヒーラーとして人の命を繋ぐことは“弱さ”なのか?」
そんな言葉なんか、聞きたくなかった。その一言一言が、余りにも核心を突いていたから。
「私はフォルテみたいに回復魔法が使えないから……救えなかった命が幾つもあった。“最強”なんて呼ばれても、誰かを護れないなら、なんて虚無なんだろうって____」
「止めろっ……!!」
勢い余って、テノールの側頭部を蹴りつけた。更に、ろくに受け身も取れずに床に倒れたテノールの腹部に蹴りを入れると、小さく呻き、咳こんだ。
なんとか体を起こそうとするテノールの手を踏みつけて、言い放つ
「それでも、それは結局成功者の妄言だっ! 強くなければ、誰も救えない……っ」
なんにも、出来やしないのだ。