#4 暗殺者その2
“クロガネ”という、名称の由来ともなっているのが、刀身の黒い細剣である。
仕事が終わると、まず黒い細剣の手入れをするのが日課だった。愛着が有るわけでは無い。強いて言うならば、自分と一緒に育ってきた、たった一人の家族____そんな存在だったから。
その日の仕事を終えて帰って、血塗れの服を着替えた後、談話室のソファに腰かけて細剣を磨いていた。暫くすると、ビャクヤが音もなく近付いてきて(少しビビった)、神妙な顔をして言った。
「俺を殺して」
一瞬何を言っているのか、意味が解釈出来なかった。ビャクヤの顔を凝視しながら、黙っていると彼は淡々と話し始めた。
「もう、誰かを殺すことが……傷付けるのが怖くなったんだ。頑張って殺してれば慣れるかと思ったけど、駄目だった。でも、自分で死ぬのも恐くてさ。俺のこと、殺してよ」
僕は何も言えない。ビャクヤを殺すことなんて、考えたことも無かったから。
「待てよ、死ぬ必要なんか____」
“殺すことは生きること”。その言葉が頭を余儀って、口を閉ざした。アサシンが殺せないなら、生きる価値なんかないじゃないか。それを一番理解しているのは、自分だった。
でも、と話を継いだ。
「僕はビャクヤを殺したいと思わないし、直接的に殺さなくとも、アサシンとしてはやっていけるから____」
だから、何だ? それは自分が殺したくない言い訳と、死んでほしくない口実じゃないか。今自分が、どれ程甘ったれたことを口走ったのか悟った瞬間、また言葉を失った。
「何それ、俺はもう殺すのは嫌なのに、殺しをしてでも生きろっていうの!?」
「……そう、じゃない__」違わない。
「クロが、今持ってる剣で貫いてくれれば一瞬だろ! お願いだから____僕を殺してよ!」
聞きたくなかったし、認めたくなかった。ビャクヤが死にたがっていることも、自分が殺すことに躊躇してることも。
>>13続き
____結局、グレースも僕もビャクヤを殺さなかった。
ビャクヤは死んでしまいたい思いを抱えながら、自分の部屋に戻って行く。
その後ろ姿をぼうっと眺めて、僕は自嘲ぎみに微笑んだ。
僕は、いつから人間ごっこをするようになったのか。父の教えにただ従うだけで良いのに。アサシンとして育った以上、淡々と仕事をこなす殺人機であれば良いのに。
嗚呼、なんて不甲斐ない。
僕は細剣を片手に、ビャクヤの部屋の戸を開けた。表情は携えず、自分の意思を殺し、機械の如く。
虚ろな眼のビャクヤは、僕を見据えて呆けていた。彼はそこにいるのに、意識だけが切り離されている様に思えた。
「さっきは悪かったな、弱気な言い訳ばかりして」
ビャクヤの猫眼の瞳孔が、一瞬だけ開いた。驚いているのだ。しかし、それは確かに一瞬で、今は困った様に微笑んで、立ち尽くしていた。