「花井さんは、モンテ・クリスト伯をご存知かしら?」
放課後の生徒会室へ訪れた生徒に、百合香は問いかけ言葉を投げかけた。彼女の身体は本棚の方に、彼女の視線は完全に自分の手元の本へと向いている。
「モンテ・クリスト伯、またの名を巌窟王ことエドモン・ダンテスはね――元は優秀な船乗りだったの。美しい婚約者と結婚して、船長になるはずだった……のに、そんな彼を疎ましく思う人間によって、無実の罪を着せられてしまうのよ。彼はモンテ・クリスト島の監獄島に投獄され、14年間の月日と婚約者を奪われた」
パラパラと百合香はページを捲りながら語り出す。相手の生徒、花井愛夏……の、『もう一人の方』は、黙ってその話を聞いていた。
「彼は同じ塔に監禁された神父と話す内に、自分が嵌められた事を知る。ダンテスは復讐に燃え、本来なら生涯幽閉されていたであろう牢獄……シャトー・ディフから脱獄し、モンテ・クリスト島の財宝を手に入れてパリの社交界に現れたわ。自分に手を差し伸べた人間に恩返しをしながら、嵌められた経緯の調査を始めた。そして遂に、自分を陥れた人間達に九年間かけて復讐を成し遂げたの」
ざっくりとあらすじを説明すると、百合香は本を木製の本棚に戻した。
「私はこの話が大好きでね。数年前から何度読み返したことか……今の日本ではなかなかお目にかかれない、あの独特な文章スタイルはとても興味深く魅力的だったわ。そして」
愛夏の鞄ではスマートフォンのアプリがその音声を録音していた。今のところまだ核心に迫るような情報は得られていない様だが。
「彼の復讐の在り方に、私は強く惹かれたのよ」
愛夏の眼が見開く。
振り向いた百合香は、相変わらずの笑みを浮かべている。
「ダンテスは復讐鬼となりながらも愛を忘れることはなかった。恩も仇も全てきっちりと返して、最後には娘の様に可愛がっていた元貴族の奴隷のエデと結ばれた。これこそ正に理想の復讐というものだと思ったの。年月を犠牲にし緻密な計画を立てて、それでも人間の心は捨てきれない。なんて素晴らしいと思わない?」
「つまりさ、生徒会長……あんたは復讐鬼になりたいわけ?」
愛夏がそこで口を挟む。
「あら、そうじゃないわ。ただね……私に刃向かう人間の半数が自分は『復讐をしている』のだ、と訴えかけたのよ。笑っちゃうわ……そんな薄っぺらい行為で復讐の名を穢してもらってはたまらない。彼らは復讐の言葉だけを借りて感情任せに行動しているだけだもの。現に板橋さんも松葉君も、ただ感情に縛られているとしか言えないじゃない。あの二人は何が目的だか知らないけど……そういう人達が復讐だと叫ぶのを見てると、どうしても滑稽に見えてしまうのよ」
「ふーん……で、結局何が目的なのさ?」
席についた百合香は、両肘を机に付けて手を組み微笑んだ。
「ふふ、教えると思って?」
>>130の続き
「じゃあ…会長にとって『復讐』は長い年月をかけて、大規模……ってこと?だから、二人のしていることは『復讐』ではない、ってこと?」
「そうですね」
「会長、どうやって処刑制度を作ったの?」
〔ごめんなさい。一回保留します〕