――この学園は、女王に支配されている。
【主な内容】
生徒会長によって支配されカースト、いじめなど様々な問題が多発した白羽学園(しらばねがくえん)。生徒会長を倒し、元の学園を取り戻す為に生徒達が立ち上がった……という話です。
【参加の際は】
好きなキャラを作成し、ストーリーに加えていただいて構いません。
ただし、
・チートキャラ(学園一〇〇、超〇〇)
・犯罪者系
・許可なしに恋愛関係や血縁関係をほかのキャラと結ばせる
は×。
また、キャラは「生徒会長派」か「学園復活派」のどちらかをはっきりさせてください。中立派もダメとは言いませんが程々にお願いします。
キャラシートは必要であれば作成して下さい。
【執筆の際は】
・場面を変える際はその事を明記して下さい。
・自分のキャラに都合の良い様に物事を進めないように。
・キャラ同士の絡みはOKです。ただし絡みだけで話が進まないということの無いように。
・展開については↑のあらすじだけ守ってくださればあとは自由です。
・周りの人を不快にさせないように。
では、私から書かせていただきます。
白羽学園。
地方でも進学校として有名なこの学園は、まさに理想の教育機関であった。
冷暖房完備、最新科学技術を積極的に取り入れた綺麗な校舎に、ベテランの教師陣や優れた教材。一方で生徒達の健康や娯楽にも気が遣われ、メニューの充実した食堂や専門のカウンセラーなども配備されている。
そんな楽園とも呼ぶべき学園の生徒会長が、彼女――風花百合香(かざばなゆりか)であった。
その美しい容姿と穏やかな性格から、信頼の厚いこれまた理想の生徒会長。
そう、理想の生徒会長。
(私もいれてください!たまにしか来れませんが、よろしくです)
私は神狩美紀(かがりみき)。生徒会の会計。
トップクラスの学力と、リーダーシップを持つ、会長の補佐役。
そして………。
会長の、幼馴染でもある。
生徒会長が理想なら、その近くにいる私も理想でなければならない。
それが、私の役目。
(えっと、今度は復活派で)
「………いってきます」
小さく呟き、玄関のドアを開ける。
今日は五月の第三月曜日。つまり、新たな週の始まりだ。
私は、歩いて15分の駅に向かう。今年から通っている白羽学園にいくために。
白羽学園。
理想と絶望が混じり合う、究極の学校。
成績とは身分。
それが、白羽学園の絶対的なルールだった。
私の名前は白野恵里(しらのえり)。一応、普通の学生である。
一応、とつけたのは、私自身は普通でも学校がそうでないからだ。
白羽学園と言えば全国に名をとどろかす、『理想』の進学校。
確かにこの学園は、生徒の学力を伸ばすことに関しては積極的だろう。
教室、設備、職員、学校行事。そのどれをとっても素晴らしいと言わざるを得ない。
ただひとつ、欠点をあげるとすれば。
それは、教育方針に違いない。
私たち白羽学園生徒は、いつも勉強に追われている。その主な理由が教育方針にあった。
入学した生徒達はすぐさま5クラスに分けられる。基準はもちろん、入学試験時の成績だ。
上は全国でもトップの頭脳をもつA組から、下はギリギリ合格できたというE組まで。
下とはいってもそれなりに良い成績なのだが、そんなことを言える立場ではない。
私は、1年E組だから。
「………ハァ」
最近癖になってきたため息が自然と漏れる。
……今週も頑張らないと。
(学園復活派で)
《キーンコーンカーンコーン》
昼休みを告げるチャイムが鳴った。
「ふぅ…」
私の名前は板橋麻衣。白羽学園2年C組の生徒。
今日の昼休みもC組で話す人など誰もいない。
このクラスに友好関係が築かれることはないであろう。
お互いに面倒をかけられたくないからだろう。
沈黙から15分。皆急いで廊下に並ぶ。
そう、この学園を支配する女王・風花百合香の行進だ。
彼女には先生までも頭が上がらない。
この学園は彼女に洗脳されている。
つい私は俯きながら溜息をつくと誰かと溜息が重なった。
顔を上げるとそこには一年生の確か…えっと、白野さんがいた。
私はその日初めてこの学園の人物と心が通じた気がした。
【絡ませていただきました】
「ご機嫌よう、皆さん」
周りを生徒会のメンバー達に取り囲まれ、今日も風花百合香は生徒達の前で優雅に微笑む。長く伸ばした艶やかな髪が、歩く度にさらりと揺れた。
「いつもお疲れ様です。生徒会長」
生徒達は声を揃え、一斉に頭を下げる。
生徒会長は、所謂この白羽学園――王国の女王なのだ。彼女が通る際にはきちんと道を開け、その姿を見たらば彼女を賛美し、気遣い、讃えなければならない。
「生徒会長、今日もお美しいです!」
「ありがとう、貴方も髪を切ったのね?とても良く似合っているわ」
「いつもありがとうございます、生徒会長」
「いいのよ、生徒を守るのが私の役目だもの」
「お身体は大丈夫ですか、生徒会長?」
「ええ、とても気分が良いわ。カモミールティーを飲んでからよく眠れるの」
それが、この学園のルールなのだ。
生徒会長は絶対的な存在。故に、彼女に逆らう事は許されないのである。彼女の機嫌を損ねる事は、学園での死に値するのである。
「会長、あの生徒」
女王行進のパレードの中。生徒会会計の神狩美紀が、女王の傍らで一人の生徒を指さした。
その生徒の視線の先にいるのは、女王ではなく……別の人間。別の場所。女王以外の何か。
「……あら……神狩さん、ちょっと待っていて下さる?」
女王は静かにそう言い、無礼者……板橋麻衣へ向かって再び歩き出す。
空気が、凍った。
(皆様ご参加ありがとうございます)
心が通じた、そう思ったのもつかの間。
女王がこっちへ近ずいてくる。学園の生徒は皆私に冷たい視線を送る。
あ、私粛清されるんだ。粛清という名前の支配の仕方。みんなはそれに怯えてるんだ。
だったら、後悔するくらいならいっそ革命を起こしてやる。女王が近ずいてくる。
でも私は怯えない。立ち向かってやる。私は女王の頬に平手打ちした。
「私はもうあなたに屈しない。こんなことだけで学園を去るなら、後悔したくない。
これは私からの挑戦状よ。風花百合香生徒会長。」
入っても宜しいでしょうか?とまぁ言っておきながらも書くのですが。不快だった場合はスルーしてかまわないので。(学園復活派の男子目線で行かせてもらいます)
「私はもうあなたに屈しない。こんなことだけで学園を去るなら、後悔したくない。 これは私からの挑戦状よ。風花百合香生徒会長。」
学園の女王。そうふんぞり返っていた女子生徒に平手打ちを食らわせた板橋。それを見た瞬間、最初冷たい目線だったものに、俺の心に、火がついた。何かしら負けたくないと、そう思ったときにつく火。俺はニヤリ、と笑い、板橋の首根っこを掴んで。
「ちょっと借りてくぜ!」
「え!?」
いきなり生徒会長の顔が強張る。そりゃあそうだろうけど、俺はもう決めたことだしな!
「一人で反乱すんのはマズいぜ。だから、俺が力になってやるから、俺と友達になってくんねえか?俺はD組の松葉 晃。松葉でも晃でもどっちでもいいぜ。」
ポカン、としている板橋。俺のマイペースって言われてる性格ならそうだろうけど、まぁ急いでるししゃーないか。
「探しなさい!今すぐ粛清するわよ!」
うっわ女王もどきの叫び声じゃねえかよ・・・こりゃあもう同盟決定か?
「ちょ、ちょっと待ってよ?!いきなりなんなの!」
反応遅く板橋が突っ込んでくる。
「お前の力になる、俺の名前はD組にいる一般男子生徒松葉 晃!そんだけだ!で、早く逃げんぞ!」
俺は板橋の腕を掴んで走り出した。よっし、仲間集めってのを教えてやるか!
(いきなり参加して変な展開ですみません。)
(大丈夫です。ありがとうございます)
「……いえ、こんな事を言ってはいけないわね……大事な生徒相手だもの」
辺りの騒々しさが増す中、女王は静かに呟いた。勿論その白い肌には、清らかで美しくある笑顔を貼り付けながら。
「会長! お怪我はありませんか!?」
「大丈夫よ、神狩さん……それよりも私の生徒達が心配だわ」
女王は小さく溜息をつき、その手を合わせパンパンと鳴らす。それに気付いた周りの視線が自然と集まる。やがて物音一つしない空間の中、女王は高らかに命令を下した。
「……こんなことを言うのは大変心苦しいのだけれど……皆さんの学園生活の為には、平和を乱す生徒を粛清しなければなりません」
粛清。
それは、学園中の人間から見放されること。親友だった人間から暴言雑言を浴びせられること。1人の生徒としての権利を奪われること。散々に虐げられ、傷に塗れた身体を自ら投げ捨てること。
所謂それは、私刑なのだ。
「……この間の『事故』は大変悲しいものでした。あの様な痛ましい事態を、私は繰り返したくないのです。彼女は一命は取り留めましたが、もう動くことも出来ません。私は貴方方にそうなってほしくないのです」
ごくり、と唾を飲む音。
「さあ、皆さん……辛いのは分かります。こんなことを言わなければならない私も辛いのです。……しかし、言わなければ始まらない」
それは、女王の絶対命令。
「処刑の時間です」
巻き起こる拍手。歓声。
女王が、そこに君臨していた。
(また、もし『事故』の被害者を作りたいという方がいれば勝手に作っていただいて構いません)
(継続できるか分かりませんが、参加させていただきます)
嵐のように沸き上がる拍手と歓声を、風花生徒会長は挙手で制する。間もなく生徒たちの声が静まるのを待ってから、生徒会長は小鳥のような声で問いかけた。
「さて、今回処刑対象となってしまった生徒ですが……彼女のお名前やクラスなどをご存知の方はいらっしゃいますか?」
再びどよめきが起こるも、その問いにすぐ答える声はない。偶然生徒会長の近辺に処刑対象、板橋麻衣を知る者がいなかったのか。あるいは遠目にしか見えなかったため、彼女の姿を認識できなかったのか。
そんな中、生徒会長の側にいた一人の男子生徒が、黒いカバーの手帳を捲りながら彼女に答えた。
「二年C組、板橋麻衣。この学園内に友人関係はなく、部活などにも所属していません。そして彼女を連れて走り去ったのは、同じくD組の松葉晃という男子生徒です」
「そう、あなたの情報力はいつも頼りになるわね。ありがとう、安部野君」
「いいえ、滅相もない。僕も生徒会長にお力添えできまして、至極光栄です」
生徒会長に労いの言葉をかけられると、男子生徒は手帳を閉じてから、うやうやしく頭を下げる。従順な彼の仕草に、生徒会長は満足気な微笑みを浮かべた。
「なるほど、名前とクラスは分かったわ。じゃあ安部野君、その二人について有用そうな情報を調べてくれる? 円滑な処刑のためにね」
「承知しました、神狩会計。ご希望に添えますよう、尽力いたします」
神狩の依頼を二つ返事で承諾し、もう一度深々と一礼してからその場を足早に立ち去る。そうして生徒たちの目が届かない校舎の影で一旦足を止めると、安部野はふう、と小さく溜め息を吐いた。
「やれやれ、あんな女王の近くにいるのは疲れるよ」
ここからでもまだ聞こえる生徒たちの喧騒を背後に、静かに苦笑しながら手帳のカバーを外す。露になった武骨な表紙には、真っ赤な色で乱暴な文字が書き殴られていた。
「独裁女王 風花百合香 絶対に許さない」と。
三年A組に在籍する生徒会書記。彼の名は安部野椎哉(あべのしいや)という。
(会長派のふりをした復活派です。ややこしくてすみません。また、麻衣さんの設定(部活)を一部捏造しましたすみません。どちらかでもNGでしたらスルー結構です)
〜松葉くんに連れてかれた麻衣目線〜
な、仲間集め?そ、そっか私、革命を起こしたんだった…
熱が入りすぎてうる覚え…
でも、女王に逆らう人なんて相当の変人くらいしかいないわよ…
だって誰も関わろうとしてない,みんなまるで女王のロボットよ。
「大丈夫!俺、中学でほとんどと友達だったから!」
と松葉くんが言う。
「で、でもこの学生はもうほぼ敵なんだから…」
つい弱気になる。
「でも革命起こしちゃったもんなぁ〜?だからもうしょうがねぇんだよ!喧嘩腰で行こうぜ」
まあ、それも一理あるか。てなわけで私と松葉くんの仲間探しが始まった。
生徒会長、全校生徒VS板橋麻衣,松葉晃
意味が分からない。革命?馬鹿げている。
この学園内で百合香に勝る者はいない。校長だって、百合香に逆らったらすぐさま処刑されるだろう。
私、神狩美紀は愚かな二人の生徒を冷たい目で見送った。
「すぐにあの方たちを処刑することは、いささか度が過ぎるというものですね。どういたしましょう?」
困ったように考え込んでいるのは学園の女王、風花百合香。
……本当に演技が上手いこと。きっと後で私にこっそり文句を言うのだろうが。
「とりあえず、あの二人はE組に降格。処刑の宣言はその後にしましょう、生徒会長」
「そうですね。……皆様、申し訳ございません。用事が出来てしまいましたので、ここで失礼いたします。神狩さん、お手伝いをお願いできる?それでは皆様、また後ほど」
百合香が可憐に笑うと、生徒達は一斉に返事をする。
「「「「「了解致しました、生徒会長」」」」」
……そう、それでいい。
この学園の全生徒、全職員は、百合香に従っていればいい。百合香は、全てが正しいのだから。
百合香を少しでも否定するのならば、殺してやる。
この学園で生き残れるのは、百合香の全てを肯定する者のみ。
本当は私自身で殺してやりたいが、それでは百合香の名に傷がつきかねない。
だから、この処刑制度は本当にありがたい。
さあ……
最後まで生き残れるのは、一体どれくらいいるのでしょう?
(場面を少し変えます。正式ではない処刑宣言の少し後〜その日の放課後くらいのイメージです)
古来より「悪事千里を走る」とはよく言ったものか。生徒会長が処刑を正式に宣言する前にも関わらず、一部の生徒は板橋麻衣、松葉晃の存在を既に反逆者として認知していた。
ある者は二人の行動を無謀だと嘲笑し、ある者はストレスの捌け口が生まれたと歓喜し、ある僅かな者はこの恐怖政治を打ち破る革命を期待する。そのうち、二番目の思想を持つ数人の一年男子生徒は、学園の空き教室でダラダラとたむろしていた。
「えーと、二年の板橋と松葉だったか? その処刑対象ってやつ」
「そうそう。中庭近くの廊下歩いてたら、いきなりワーって大声が聞こえてよ。めっちゃ騒いでたから聞き辛かったけど、確かにそいつらだぜ」
「入学前に話は聞いてたがマジであったんだな……女王命令の処刑って」
「これからはそいつらボコっても文句言われねえってことなんだな? へっへっへ、俺の腕が唸るぜ!」
都合のいい暴力の矛先を知り、拳を振りかざしながら下卑た笑みを浮かべる男子生徒。彼らの髪はおよそ学生らしくない色に染められ、服装はだらしなく着崩されている。進学校の生徒であるならば、本来彼らの格好は校則によって厳しく取り締まられるはずなのだが。
「あんまり調子乗るなよお前ら? いくら処刑っつう大義名分があっても、度が過ぎりゃあ俺達が目えつけられるからな」
「へいへい。翼の生徒会長への熱い敬意にはいつも感謝してますよっと」
翼と呼ばれた彼の格好は、一時的に首元が緩められていることを除けば、模範的な白羽学園生のものだ。しかし彼がまとっている気だるげな雰囲気は、周囲の不良生徒たちによく溶け込んでいた。
一見不良には思えない見てくれの男子生徒、一年B組の大路伏翼(おちぶしつばさ)。不良生徒たちの素行が学園に見咎められないのは、熱心な生徒会長派である彼が、その擁護をしているためであった。
しかし、不良生徒の言葉を聞いた翼はきょとんとした表情の後、勢いよく失笑する。
「敬意? 生徒会長に? ああいう単純女は周りがヨイショしてやりゃあ、独りでに調子こいて色々見逃してくれるんだ。そんなアマに敬意もクソもねえよ」
「マジかよ! 裏でそう思ってたとか、お前笑えるくらいクズだな!」
「世渡りのためならクズ上等だ。それに俺も、お前らの喧嘩に付き合わさせてもらえて感謝してるんだぜ? いい鬱憤晴らしになってよ」
ゲラゲラと下品な笑いが、薄暗い空き教室に響く。その光景は、名だたる進学校の白羽学園には到底似つかわしくない一場面だった。
(安部野に続き、今度は生徒会長派の男子生徒を作らせていただきました。ただし文章内で書いた通り、真剣に慕っている訳ではありません)
(「校則違反は見逃されない」「モブでも部下的な存在を持つのは良くない」「そもそも学園に不良はいない」などの設定の不一致や不都合がありましたら、この投稿をスルーして構いません)
「相変わらず調子乗ってんねー、アンタ方さ」
その教室の扉の向こうで、小生意気な声が響く。
翼を含めた不良生徒達がそちらに目をやると、1人の小柄な少女が見える。しっかりとピンク色に染められた長い髪は、薄暗い教室の中でもよく目立っていた。
「あ?何だお前は……見た目からして1年か?」
「残念でしたー、アンタ達の先輩ちゃんです」
そう言って彼女はべーっと舌を出す。舌に刺さった銀色のピアスが顔を覗かせる。
「あっそ……で、お前は何しに来たんだよ。喧嘩なら受けて立つぜ、お前みたいなガキンチョ相手にするまでもねぇがな」
再びゲラゲラと笑う生徒達。しかしそれを彼女は怒りも怯みもせずに、フッと鼻で笑った。
「喧嘩なんかする訳ないじゃん、かいちょーに怒られんだから」
「会長?」
翼がその言葉に反応した。そして察する……彼女もまた、女王の下僕の1人であると。
「そ、かいちょー。風花百合香生徒会長。アンタ達も知ってんでしょ、特に翼クンはさ」
小生意気な声で言い放ち、彼女は翼と向き合う。長いまつ毛が瞬きの度バサバサと動く。
「……どうして俺の名前を?」
「そりゃあ、知らない訳ないじゃん? アタシいっつもかいちょーの話聞いてるし」
そして彼女は机に座り、くすりと小悪魔の様に笑った。
「アタシは結城璃々愛(ゆうきりりあ)。アンタ達、気を付けないと密告しちゃうよ?」
彼女こそが『白羽のギャル』、結城璃々愛。
(翼との交流ありがとうございます。他の方の投稿を挟まないのはいかがとも思いましたが、話の流れ上最適だと判断したため投稿させていただきます。すみません)
「……ってことは何だ。生徒会長の話に名前が出る程度には、俺らは目をつけられてるって訳か?」
「その通り。翼クン本人は良い子だけど、悪いお友達とよくつるんでるから不安だって、かいちょーが『心配』してたよ?」
机の上で足を組みながら、愉快そうにクスクスと笑う璃々愛。だが彼女とは対称的に、翼は面白くなさそうな顔でチッと舌を打った。生徒会長が言う『心配』が額面通りの意味でないことは、学園に入学して間もない彼もとうに理解している。
そんな期待通りの反応を示した後輩に満足しつつ、璃々愛は言葉を続けた。
「今回の奴らみたいに、真っ向から反逆宣言するよりかはずっと賢いと思うけどさ。『壁に耳あり障子に目あり』だっけ? 自分の発言には気をつけないと、誰が見聞きしてるか分かんないんだからね」
「あーはいはい、ご忠告どーも先輩様。しかしそんな事をわざわざ教えてくれたっつうことは、お前は俺達の味方って認識でいいわけ?」
これ以上は耳が痛いと言わんばかりに、翼は璃々愛の台詞を半ば中断して、話題の方向を自分から彼女に向ける。彼の問いに璃々愛は少し考える素振りを見せると、間もなくしてニイっと意地の悪い笑みを浮かべた。
「さあねえ。それは翼クンたちの行い次第じゃない? ま、どちらにせよ、アンタたちの命運はもうアタシが握っちゃってるしー」
「さっきの俺の話をチクるつもりか? 証言だけじゃあちゃんとした証拠とは認められねえんだぜ」
「それは裁判所での話じゃん。残念ながらここは白羽学園で、その法律はかいちょー。逆に言えばかいちょーの信頼さえあれば、冤罪を吹っ掛けることだって不可能じゃないんだから」
「うっわ、マジかよ……」
既に警戒されている新入生の翼と、一定の信頼は得ている在校生の璃々愛。生徒会長の前で有利なのは言うまでもなく後者だろう。言外に答えられた正論に対し、返せる言葉を翼は持っていなかった。
「まあまあ、そんな悔しそうな顔しないの。別に今すぐ密告するとは言ってないし、それに表向きだけとはいえ、アンタたちみたいな過激派がいると助かるんだよね」
「助かる?」
「かいちょーが命令するまでもなく、処刑対象をボコるつもりだったんでしょ? そうしてくれれば、アイツら以外の不満分子に対していい見せしめになるからさ」
「生徒会長の代わりに俺達が直接手を下せってか。流石、清く正しい女王様だぜ」
「誉め言葉として受け取ってあげる。じゃ、言いたいことは大体そんな感じだから。精々加減しながら暴れてちょうだいね?」
その台詞を最後に、璃々愛は座っていた机から飛び下りると、彩度の高い桃色の髪を翻しながら退室していった。女子特有の甲高い声が消えた空き教室で、翼は盛大な溜め息を吐く。
「……という訳だ、お前ら。あいつの言った通りに動くのは癪だが、ほとぼりが冷めるまでは大人しくしてるぞ」
「はあ? マジであんな奴の言いなりになるのか!?」
「もうちょい上手く言いくるめられなかったのかよー」
「うっせえよ! 不満垂れるなら端から俺に丸投げしてんじゃねえ!」
璃々愛には弱みを握られ、生徒会長には警戒され、友人の不良たちからはブーイングを受け。行き場のない鬱憤が限界に達した翼は、璃々愛が座っていた机を乱暴に蹴飛ばしたのだった。
(長文になってしまいすみませんでした)
(主催のビーカーさんに質問なのですが、一人で作ってもよいキャラの人数に上限はありますか?)
上限はありませんが、自分が使いこなせるくらいに留めておくのが良いかと思います。
17:かおり:2017/02/15(水) 20:18 シンプルながら伝統的な雰囲気を醸し出す学園の講堂。
綺麗な声が響き渡っていた。
「この度、とても喜ばしいことに、二人の生徒の方が昇格されます。白野恵里さんと、戸塚亜衣さんです」
全校生徒の前でそう話したのは百合子。すると、大きな拍手が会場を包み込んだ。
……昇格、ね。
生徒達も気づいているだろう、この話の本当の意味に。
今回『昇格』するのはE組生徒二人。クラスごとの人数は決まっているため、その代償として他のD組生徒二人が降格することになる。
私達生徒会のねらいはそれだ。
降格するのは勿論……板橋麻衣と松葉晃だ。
E組になれば、自由はほぼ無いに等しい。
革命の予防、というわけだ。
これで、百合子の楽園は、守れる。
百合子を、守れる。
そのためなら、なんだってしてやる。
それが、私、神狩美紀なのだ。
私にとって、百合子がすべて。
それは、ただ幼馴染だからというわけではない。
百合子を見上げる生徒の中に、一人、明らかに異質な生徒を見つけた。
ピンク色に染められた長髪……結城璃々愛だ。
あんな見た目でもこの学園にいられるのは、何故か百合子が気に入ったからだ。
璃々愛のどこがいいのかは知らないが、まあいい。
百合子はいつでも正しいから。
(>>16 回答ありがとうございます。あと二人ほどキャラの案があるので、一応それまでに留めておきます)
(かおりさんが投稿した場面が、仮の処刑宣言の翌日だと仮定して書きました。不都合などがあればスルーお願いします)
「どうかしましたか? 神狩会計。会長の演説中に余所見とは珍しいですね」
「いえ、なんでもないわ。ちょっと心配ごとがあっただけだから」
自分の隣に立っていた、同じく生徒会役員の安部野に声をかけられる。彼の問いに対して、美紀は本心を誤魔化す形で答えた。
――璃々愛は確かに得体の知れない不安分子だ。しかし他でもない百合子自身が彼女を肯定しているのなら、少なくとも璃々愛は百合子、及び自分の障害ではないのだろう。それより、問題は……。
「ところで神狩会計。今回の『昇格』に伴って一つ提案があるのですが、よろしいでしょうか?」
「提案? 何かしら」
美紀がその話を聞き入れる姿勢を見せると、安部野はゆるりと口元を緩めながら言葉を続けた。
「今回の処刑対象は、自ら生徒会長に手を出した無謀者でした。無謀というのは時に恐ろしいもの。こちらにも読めない方法で、反逆を企ててくる可能性もあります」
「確かにね。でも、だからこそ今回の『昇格』でしょう? E組に堕ちた生徒は、この学園では無力も同じよ」
「無力だからこそ、ですよ。失うものがなくなれば、リスクを恐れる必要もない。恐れがなければ、過激な手段でも躊躇いなく実行するかもしれません。そんな危険人物を放置するわけにはいかないでしょう」
「……つまり、今回の処刑対象には監視をつけたいということ?」
「理解が早くて助かります。それに自分で言うのもなんですが、僕の観察力は人並みよりは高い。彼女たちに不穏な動きがあれば、それを理由に処刑を先導……あるいは煽動することも出来るでしょう」
いかがでしょうか? と最後に締め括って、安部野は自分の提案を述べ終わった。
確かに彼の意見は一理ある。それを踏まえた上で念には念を入れ、という理由での監視なのだろう。美紀はそう思案する。
「……なるほど、悪くないアイデアね。でもそれを通すには、会長の承認が必要になるから即答はできないわよ」
「勿論、承知しております。ですので生徒会長のお時間が空き次第、この案の是非を判断して頂きたい所存です」
「安部野くんの考えは分かったわ。一応今の話は、会長に伝えておくわね」
「ありがとうございます」
保留の返事を受け取り、うやうやしく頭を下げる安部野。その顔が下がっている間、美紀は彼の仕草を訝しげな目で見ていた。
安部野椎哉。彼は今年度の新学期から、白羽学園に転入してきた生徒だ。三年生とはいえ、新参者の彼が生徒会役員の座に就けたのは、優秀な学力と、学園への強い貢献心を認められたからという話だが。
執事のようだと揶揄されるほど、柔らかい物腰と周囲への綿密な配慮。その一挙一動があまりにも丁寧すぎて、逆に胡散臭さを覚えるのだ。従順という分厚い皮で、それとは真逆の性質を覆い隠しているような。
「おや、そろそろ始まるようですよ。正式な処刑宣言が」
百合子が立っているステージに安部野が目線を向ける。同時に美紀も、演説台に立つ彼女をじっと見つめた。
――板橋麻衣。松葉晃。結城璃々愛。安部野椎哉。誰が敵に回ろうと同じこと。親愛なる百合子に仇成す者は例外なく、全員破滅を辿らせるまでだ。
全校生徒の前、凛とした佇まいで直立する百合子の姿に、美紀は改めて自らの決意を固め直すのであった。
「……皆様、御二人に盛大な祝福を」
麗しい声が演説会場に響き渡る。一瞬の間、空気が止まる。女王は相変わらずの微笑みを浮かべ、理想の少女として振る舞い続けていた。勿論、その底知れないおぞましさの宝石はしっかりと胸にしまい込んで。
「そして同時に……どうかあの二人に弔いを」
視線は女王突き刺すことなく、寧ろ彼女を優しく包み込む。木々にとまった烏でさえも、女王をじっと見つめている。
「……先日、仮の処刑宣言はさせて頂いたものの、皆様にはきちんとご説明をしていませんでしたね。最高学年の三年生ならまだしも、一年生や未経験者、休みがちの方々には解りにくい点が少々あったでしょう」空気さえも、女王に服従している様な錯覚。女王の声は確実に全生徒達の耳に届く。
「処刑。それは白羽学園の平和の為の制度です。学園の意思に背く、私達や周りの方々に迷惑をかける、白羽学園生としてあるまじき行為を行う……そういった事を行い、残念ながら処刑対象になってしまった生徒達。そんな生徒達を処刑するのは、皆様なのです」
ごくりと唾を飲み込む音がした。女王は生徒達を見回し、訴えかける。
「処刑には勿論苦痛が伴います。しかし、彼等を放置しておけば皆様を守ることができません。彼等に最大限の痛みを、人の痛みを理解してもらわなければ、平和な学園は築けない。恐れることはありません、これは皆様自身の為の処刑なのですから。約束します。皆様が対象を処刑しても。散々に苦痛を与えても。私は貴方を赦します。貴方を讃えます」
「学園の為に――皆様の為に、私は宣言致します」
「2年C組、板橋麻衣さん。2年D組、松葉晃さん。二人を、処刑しなさい」
処刑の宣言がされてから翌日。
松葉 晃は、自室でノートに、ペンを走らせていた。どう対抗するか。どうやれば勝てるか。
が、まったく案が浮かばずに、ボールペンを投げ出して、布団へとダイブした。
「はぁ・・・勝てる策が浮かばねえ・・・っつーか絶対俺らE組に落ちてるだろ・・・味方作れるかなー・・・ってか、返事しろよー、板橋ー」
晃は、麻衣を連れて、自室に止めていたのだ。丁度一人暮らしだから。という理由だけで。
「あのさ・・・自分から仕掛けたことって言っても、無謀すぎる気がするの。なんていうか・・・どうにか味方・・・作れない?」
「それを今考えてるんだっての!それによ、俺喧嘩強くねえし、もう八方塞なんだよ。しかもやたらと誰かに見られてる気がするしよー。」
晃は、D組の友達へ、スマホでMINEを送ると。
こー『どうにか俺らの手伝いできねえか?友達だったろ?』
タク『ふざけんな裏切り者。俺はあの生徒会長とあわよくば付き合いたかったのにお前みたいな野郎がいるせいで友達だとか言われた俺まで避難されてるんだよ。マジふざけんな。』
「ちくしょー!薄情ものめーっ!」
晃はスマホを投げて、そのままノートにペンを走らせて、ちょこん、と座っている麻衣。
「あのさ・・・一つだけ、作戦が浮かんだんだけど・・・」
麻衣の口からは、衝撃の作戦が告げられた―。
(>>18 名前書く場所間違えたああああorz)
(白野恵理さんの視点お借りしました。麻衣さんと晃くんが相談している一方その頃のような感じです)
長らく努力し続けてきた成果が実ったのだろう。今回の集会を以て、白野恵理は最底辺のE組から晴れてD組へと昇格できた。全体で見ればまだまだ下の方だが、勉学のプレッシャーからは幾分か解放され、心にも今までより余裕が出来るだろう。
「初めまして、白野さん! D組へようこそ!」
「これからは私たちと一緒に頑張ろうね!」
「う、うん……」
余裕が出来る。と恵理は思っていた。しかしあの集会以降、彼女の心はずっと晴れない。
恵理と入れ替わるようにしてE組に降格した、二年生の板橋麻衣と松葉晃。自分(ともう一人)の昇格が二人を贄にして行われたのだと思うと、素直に喜ぶことはできないのだ。それに今だって、目の前の新しいクラスメイトは朗らかに話しかけてくるが、少し目を逸らせば麻衣と晃の侮辱話を嘲笑いながら繰り広げている生徒が見える。
果たして自分は、こんな生徒たちと上手くやっていけるのだろうか? 恵理が溜め息を吐きそうになったとき、教室の外がやけに騒がしいことに気づいた。
「どうしたの?」
「あー、二年の人が廊下で倒れたみたい」
「大分しんどそうだけど、この人って確か……」
D組前の廊下を見ると、確かに小柄な男子生徒が床に転がるようにして倒れ付していた。だが、周囲の生徒たちは彼を遠巻きに見るばかりで、誰一人として彼に手を差し伸べる様子はない。通常なら誰かしらが彼を介抱するなり、保健室に連れて行くなどするはずなのだが。
「お前保険医員だろ? 早く連れて行けよ」
「はあ? 嫌だよ。確かにあいつは処刑対象じゃなかったけどさ……」
「分かるー。『広報部』の奴らとは関わり合いになりたくないし」
うずくまって呻いている男子生徒には声もかけず、生徒たちはひそひそと介抱の面倒を押し付け合う。周囲の話に耳を傾けると、どうやら彼は「広報部」と処刑関連で過去に何かがあったらしいことが聞き取れた。
この学園において、自らの評判は生命線と同義である。例え些細な行為でも、それが学園全体――もっと言えば生徒会長の意向にそぐわなければ、たちまち白い目を向けられてしまうだろう。
……しかし、それでも。
「あ、あの! 大丈夫ですか?」
彼が敬遠される所以こそ恵理は知らないが、それでも病人が利己的な都合で放置される光景は気分が悪い。
自分の評価を犠牲にする覚悟を決めると、恵理は思い切って二年男子生徒に声をかけた。
(長文になりすぎるため、男子生徒の詳細などは次回くらいの投稿で書こうと思います。それまでに挟みたい交流などがあればどうぞ)
【あの、小説と関係ないんですけど生徒会長の名前って百合子じゃなくて百合香ですよね?】
23:ビーカー◆r6:2017/02/18(土) 15:36 (百合香、ですねー
まあ間違いはよくありますしお気になさらず!次から直していただければ幸いです)
(うわああああ人様のキャラになんて失礼をすみません;以後気を付けます;;)
(再発防止といってはなんですが、こことは別にキャラをまとめたり質問などが出来るスレがあれば便利だと思うのですがどうでしょうか…)
>>24
大丈夫ですよ!
なるほど、立てるとしたらどの板にいたしましょう?小説か創作かどちらかだと思うのですが…
(>>25 ここは現在進行形で書かれている他の小説もあるので、立てるなら創作でしょうかね?勿論他の参加者さんたちの意見も聞いた方がいいと思いますが)
27:奏:2017/02/19(日) 10:51 〜麻衣と晃の作戦会議〜
「あのね、私趣味っていうかなんかそんな感じでね、洗脳について調べてたの。」
まさかこの知識がここで役に立つと思ってなかったな…
「するとね風花百合香の支配の仕方は全て洗脳の技術な訳。そこで考えたの。これを私たちも使ってみないかって。」
すると晃は、「うおっ!マジか!」
「成功するかはわからないけどね…でもやってみないとわからない。お願い、晃くん。
協力して。」
麻衣は真っ直ぐな目で晃を見つめた。すると晃は笑って
「そんなん言われなくても協力するっつーの!で、具体的にどんなことをするんだ?」
「よく聞いてくれたわね。風花百合香は完璧でしょ?そして理想的。まずそれで魅了する。
でも不正を犯したものには厳しい罰を与える。これで恐怖を植え付けるのよ。そしてこれから私たちが
一年生たちの恐怖の植え付けの見世物ってわけ。あなたも見たでしょ?一年生の時にえっと、確か
藤野真凛。彼女だったわね。彼女もまた生徒会長に反抗した。でもどう?今はもうこの学校にはいない。
あの時もきっと粛清されたんだわ。そしてまた私たちに恐怖を植え付けた。
これが彼女の洗脳方法よ。私たちはこの洗脳を解く。解き方はいろいろあるわ。例えばいろんな人たちの意見を
聞く。あとは善悪で物事を考えない。要するに物事の見方を変えるってこと。学生たちはみんな
風花百合香の思想に塗り替えられてるから私たちはその思想を壊すの。そうなるとかなりの人の協力が
必要だわ。でも今の時代はネットがある。利用しましょう。風花百合香を潰すために。」
【長文すいません>>26 そうですね 創作でいいと思います。】
俺も書きますね
「でもよー、どうやってネットに皆集めるんだ?俺らは投稿すれば粛清対象で授業中すら追いかけられるしよー、これはキツいんじゃねえか?」
「晃くんって確かパソコン使うの上手いよね?」
「まぁ、パソコンの腕なら負けたことはねえな」
「じゃあ、学校掲示板を立てちゃおう。そういうのが出来ればなんとか集められると思うの。」
マジか。随分と大胆なこと考えますな麻衣さんよ。って、まぁ掲示板作るくらいなら余裕か。つっても外部人が来ないようにしねえとなぁ・・・ああ大変だこりゃ。
続く(短いけどすみません)
(了解しました。創作板の方に建てさせていただきます)
「かいちょー?」
生徒達のいざこざがあちらこちらで起きる中、放課後の生徒会室を覗き込む生徒が1人。目が痛くなるようなピンク色の髪に小さな身長、短いスカート。そう、結城璃々愛だ。
「あら……どうしたの、璃々愛ちゃん」
その声に反応し、彼女の方に視線をやる百合香。相変わらずの優しい笑顔。
生徒会室にいるのは、椅子に腰掛け雑務をこなす百合香1人だけだった。
「かいちょー、あの反逆者共がね、なんか危ないかも」
璃々愛はそう言いながら、百合香の肩に両手を回す。金木犀の優しい香りが、璃々愛の鼻に入り込む。
「まあ、どうしてそう思うの?」
「えへへーっ……盗み聞きしちゃったの」
そう言って璃々愛は、女王の耳元に携帯電話を当てる。そこから流れ出たのは、反逆者――麻衣と晃の、作戦会議。その音を、百合香は暫く黙って聞いていた。
やがて再生が終わると、百合香はゆっくりと口を開く。
「……璃々愛ちゃんったら……いつ盗聴器を仕掛けたの? 犯罪になっちゃうわよ」
「証拠がないから訴えられても負けないもーん。それよりかいちょー、どうする?」
麗しい女王の耳元で微笑む璃々愛。その光景はさながら、小悪魔が天使に囁く様だった。
「そう、ねぇ……」
百合香は数分の間考え込み、やがて璃々愛に笑いかける。
「璃々愛ちゃん、『また』お願いできるかしら? ついでに掲示板ごと操作してしまいましょう」
「了解っ、かいちょーの為なら何でもしてあげる」
そう言いながら璃々愛はスマートフォンを取り出し、電源をつけた。SNSアプリを開くと、50個以上ものアカウントがずらりと表示される。彼女はその中から1つを選び、プロフィールを開いた。
『Lily.
フォロー 121 フォロワー 63,982』
http://ha10.net/sou/1487500416.html
こちらになります。
【2人目のキャラ作らしていただきます】
「…うふふふふ…きゃはははははは!」
暗い部屋の中pcのエンジン音が鳴り響きブルーライトの光に照らされる少女は深夜、不敵な
笑みを浮かべていた。
「生徒会長さん。あなたってほんと素晴らしいわね…」
彼女も白羽学園の生徒。今は出席停止状態の少女。そして今パソコンに何やら打ち込んでいる。
「まさか反逆者が出るなんて、おもしろい展開じゃない!…ふふふふふふ…」
そして彼女がエンターキーを押した瞬間部屋に電気がついた。
「あの時の復讐…この機会を待っていたの…」
彼女の部屋の壁には風花百合香の写真が貼ってあってその写真は全て顔が切り裂かれていたり、
えんぴつでぐちゃぐちゃにされていたり。
その傍には生徒手帳が置いてある。『藤野真凛』と書かれた生徒手帳が。
(>>30 スレ立てありがとうございます!)
(告知通り前回の続きです。どうしても長くなってしまったので、二回に分けて投稿させていただきますすみません)
「筆崎先輩、あれから大丈夫でしたか?」
「なんとか。心配かけてごめんね。……で、どうして君は俺のクラスに来てるの?」
二年男子、筆崎剣太郎(ふでさきけんたろう)を恵理が介抱した翌日。恵理は剣太郎の様子を見に、彼のクラスである二年E組を訪ねていた。
しかし剣太郎は、恵理の気遣いに感謝こそすれど、自分の教室にまで赴いた彼女の行為はあまり歓迎していないようだ。弱々しくも突き放すような態度が、彼のそんな心情を物語っていた。
「昨日も少し言ったけど、俺にはもう近づかない方がいい。白野さんの沽券に関わってくるから……」
「……私の沽券に関わるから、また先輩が倒れたとしても見捨てろってことですか?」
「そうだよ。君もE組にいたなら分かるだろう? この学園は成績と評判が全てを決める。必要以上のお節介は自分の身を滅ぼすだけだ」
剣太郎の言葉に、恵理はぐっと喉を詰まらせる。実際に自分がE組だったときの扱いは、他の組の生徒と比べて明らかにお座なりだった。彼の言い分は確かに正しいだろう。しかし。
「でも、体調不良の人を見捨ててまで保つ沽券の価値なんて、たかが知れてます。そんな紙切れ程度のものなら、いっそない方がマシですよ」
「!」
恵理のその言葉で、剣太郎の顔は明らかに驚愕で染まった。そうして観念したように肩を竦めると、躊躇いがちな小声で、恵理だけに聞こえるようにして話す。
「……分かったよ。お節介を続けていいとは言えないけど、忠告くらいはしてあげられると思うから」
◆ ◆ ◆
中庭の中でも日の当たりが悪い、人気がない隅の隅。そこまで恵理を連れてきた剣太郎は、ぽつりぽつりと自分の身の上を話し始めた。
「まずね、この学園には『広報部』って部活があったんだ」
「ああ、筆崎先輩が倒れたときにも、微かですが聞こえてましたね。どういう部活だったんですか?」
「学園内のイベントや功績を挙げた生徒を取材して、それを学園新聞にまとめる。謂わば学園の新聞社ってやつだね」
昨日聞こえてきていた生徒たちの話からもある程度推測できたが、かつては剣太郎も広報部の一員だったのだろう。当時の活動内容を想起する彼は、僅かだが楽しそうに見えた。生憎その表情は、その直後に見る影をなくしてしまったのだが。
「でもあるとき、当時の部長が言ったんだ。『この学園は異常だ。この異常性を学校中に知らしめる』って。反対した部員もいたんだけど、それでも部長は独自の調査と取材を続けた。それまで行われてきた処刑の詳細や……この学園を牛耳る生徒会長の秘密や、権力の実態まで」
「まさか、それで広報部は……」
「部長が掴んだ情報がどこまで真実だったかは分からない。でもどちらにせよ、部長の行為は生徒会長の逆鱗に触れてしまった。結果、広報部は強制廃部になって、部員は全員Eクラスに降格。加えて部長には処刑命令が下されて、それで……」
剣太郎が吐けた過去はそれまでだった。嗚咽に似たうめき声を上げると、口を抑えて昨日のようにうずくまってしまう。
恐らく昨日の体調不良も、宣言された処刑命令によって引き起こされたものなのだろう。彼自身の意思もあったとはいえ、全く同じ症状を引き起こさせてしまったことに、恵理は酷い罪悪感を覚えた。
(続く)
(>>32 続き)
「ごめんなさい、筆崎先輩。そんな酷いことがあったなんて……」
「ううん……白野さんが謝ることはないよ。むしろこのことを誰かに話せて、少しは楽になったし」
そう言って剣太郎は微笑むが、その笑みはとても弱々しく、体躯の小ささや具合の悪さも相まって、いっそ病人のようにさえ見える。
直接の処刑対象でない彼さえも、ここまで追い詰める生徒会長と、白羽学園。彼女たちの容赦のなさと非道さを、恵理は改めて目の当たりにしたのだった。
「とにかく、俺が皆から避けられてる理由はこんな感じだね。だから白野さん、君はもっと自分を大切にして……」
「あっ、すみません先輩。D組の人からMINEが来たので、ちょっと待ってください」
「う、うん」
話の腰を折ってスマホを弄るのは本来なら許されがたいことだ。しかし折角入れたD組の席から追い出されないためには、今度は成績だけではなく、コミュニケーションにも気を配らねばならなくなるだろう。
剣太郎もそれを察したのか、特に文句を言わずスマホの使用を承諾する。彼の気遣いに感謝しつつMINEを開くと、そこにはURLが投稿されていた。
メッセージ:面白い掲示板見つけたよ! 白野さんも見てみたら?
リンク:【白羽学園 学校掲示板】
(今回存在だけ登場した広報部部長で、ABNが作るキャラは一先ずこれまでとなります
(実はABNがライン使ったことのない原始人なので、MINEの描写がおかしいかもしれませんすみません)
「……あったあった……白羽学園、学校掲示板? かいちょーの邪魔しようってわけね」
鍵のかかった屋上の扉の前で1人、結城璃々愛は呟いた。彼女の左手には、派手な装飾がなされたスマートフォンが握られている。
掲示板には今のところ、特に内容のある書き込みはなされていない。せいぜい『何年何組?』『管理してるの誰か知ってる人集合』といった、雑談系のものが数件あるだけだ。
「ふーん……今のうちに釘、刺しちゃおうかなっと」
そう言って璃々愛は右手を動かす。
いくら学校掲示板だからといって、第三者に見つかる可能性を蔑ろにしてはいけない。処刑の件を話題にしたり、むやみやたらに会長の話をしたりするのは得策とはいえない。
では、どうすべきか。
簡単だ。ただの雑談会場にしてしまえば良い。
Wi-Fiを変更したり消したりを繰り返して、IDを変更しながら璃々愛は作業を進める。IPアドレスを管理者が特定したとしても定期的に変更されるのだからほとんど意味はなさないし、そこから個人を特定するのは国の許可が必要だ。機種だって同じものを使っている生徒が大多数であり、璃々愛の特定は不可能といえる。
『学園祭何したいか話そー』
『勉強会ー課題わかんない人集合』
『文化部雑談スレ』
『白羽学園一の美人決定戦』
そして最後に1つ。
『【生徒会より】要望・御意見募集』
「……よし」
念のためにスクリーンショットを残し、璃々愛は立ち上がる。
生徒会も見ている、という牽制にはなっただろう。もし書き込みが消されたら、スクリーンショット付きで文句を言って掲示板ごと過疎させればいい。管理者が差別を行う掲示板は批判の果てに潰される。
「……それに……どうせ気付いてないんだろうなあ。あいつらの中にこっち側がいるってのに」
独りそう言い放ち、璃々愛は満足そうに笑う。
「アタシはその逆に気付いたけどね、でも言わないでおいてあげるよ。まだかいちょーの邪魔はしてないみたいだから」
ポケットに手を突っ込み、スマートフォンと入れ替えに別の物を手に取る。それを取り出すと左手の指先で数回転くるくると回した。
「……かいちょーに手出ししたら、許さないけどね」
左手のカッターナイフを持ち変え、悪魔はその刃先を舐めた。
晃視点
ただの雑談だとかそういうのがかかれてて中々麻衣の洗脳作戦出来ないな・・・まぁ、ここはあれで行こう。スレ削除より手っ取り早く・・・
俺は新規スレッドを立てた。もちろん、俺は管理人だから、管理人権限。それを使って、そのスレッドが必ず一番上に上がっている状態にさせた。
「よっしゃ。これでなんとか行けるか。」
掲示板タイトルー
『生徒会反逆者に対して語る』
ハンドルネームはタク。MINEでも使ってる名前だから、アイツはそれなりに人望があるし、上手く誘えるか。
1:タク ×月○日(▲)13:27
生徒会長にたてつく反逆者へのスレ。俺の元友達だった松葉晃と板橋 麻衣がメインになるだろうな。まぁ、すぐに押しつぶされるのがオチだろうけどなw
よし、こっからだ。俺はパソコンをいじりながら、眠気覚ましドリンクを飲んだ。ほぼ不眠で掲示板作り作業をしているからだ。
「ただ・・・なーんか何か聞かれてる気がすんだよなぁ・・・」
俺は心配だったことを片付けるために、部屋を探してみた。
「はあ? 板橋も松葉も今日休んでんのかよ」
「処刑宣言にビビったか、それともマジで反逆の作戦でも立ててんのかね」
「どっちにしろアイツらがいないんじゃ、制裁もクソもねえよ。あー、つまんねえ!」
処刑。それは暴力好きな生徒にとって、自分の破壊衝動を合法的に解消できる一種のイベントである。たった一人を大人数で痛め付け、助けや許しを乞う声を無視し、酷い大怪我や心の傷を負わせても。相手が処刑対象でさえあればその罪を問われないどころか、学園の風紀を守ったとして称賛されるのだ。
しかし本日、肝心の処刑対象である麻衣と晃は学園を欠席している。先日璃々愛に牽制された分の八つ当たりを処刑で晴らそうと思っていた大路伏翼とその友人たちは、やり場のなくなった鬱憤をうだうだともて余していた。
「大体、翼が結城の奴を上手くやりこめてりゃ、こんなことにはならなかっただろうに」
「いい加減黙れっつってんだろ。それとも自分の方がもっとアイツを言いくるめられたってか? この底辺E組が!」
「ああ? ちょっと頭いいからってなに調子乗ってんだよ!?」
「その頭の良さにあやかってんのはお前らだろうが! 都合の悪いときだけ妬んでんじゃねえよ!」
「おいおい、二人とも落ち着けって! ……ん、MINEか?」
鬱憤の責任を互いに押し付け合い、険悪な状態になった二人をなだめようとした友人の一人。そのとき、彼のスマホから軽快なメッセージ着信音が流れる。反射的に画面を見ると、翼たちとは別の知り合いから見知らぬURLが送られていた。
「なになに、『白羽学園学校掲示板』?」
「この学園に掲示板ってなかったような……。新しく作られたのか?」
「へー。生徒会からのスレも立ってんだな」
ネット上に新しくできた交流の場。現在リアルタイムで更新されている掲示板を見ようと、スマホの周りに続々と集まる友人たち。険悪だった翼たち二人も掲示板に興味を引かれ、争いは一先ず横に置きつつ友人たちに倣って画面を覗いた。
「割と最近に作られたからか、結構人はいるみたいだな」
「なんつーか、妙に中身のないタイトルのスレが多い気もするが……」
「掲示板なんてそんなもんだろ。それより俺、いいこと思いついちゃったんだけど」
目まぐるしく生まれては流れるスレッド名の数々。スマホの持ち主である友人はその中の一つに目をつけ、早速投稿フォームに文字を打ち込む。
「処刑対象が登校してこないんだったら、俺たちが直々に迎えに行ってやればいいよな?」
「はあ? 迎えっつっても、俺たちアイツらの家とか知らねえぞ」
「だから今から聞くんだよ。学園中の全校生徒にさ!」
--------
スレッド名:生徒会反逆者に対して語る
2:匿名(20**/05/2* 13:3*)
板橋麻衣と松葉晃の住所とかよく出掛ける場所知ってる奴教えろ
ビビって学校に来ない反逆者を潰すぞ
(※注意:ネット上で個人情報を公開したり、他人のプライバシーを脅かしたりしてはいけません。良い子の皆さんはネチケットを守りましょう)
(もし翼の友人を作りたい方がいれば、自由に作っていただいて構いません)
晃視点
さて・・・誰か書き込んでりゃいいんだけどなー・・・って、うっわ、住所問題か・・・まぁ、今の俺はタクだし、いけるか。
3:タク 20**/05/2* 13:27
一応松葉の住所なら知ってるぞ。元友達だしなw
白羽町2-17-6
よし、確かヤクザが屯してるってとこで有名なこの住所ならいけるか。まぁバレたらそこでどうにかするけれど。
「さあって・・・物探しするか。」
(あまり掲示板の書き込み合戦を続けるのもアレですので、キリの良いところで一旦切っていただければ幸いです)
39:奏:2017/02/22(水) 18:24 真凛視点
『カタカタ…』
今日も真凛はPCをいじっている。画面には白羽学園学校掲示板の文字が写っている。
彼女がPCのキーを押す。 すると書き込んである人たちのアドレスの横に本名、電話番号、メールアドレスが映る。
「あとは学校のデータベースに侵入するだけ…♫」
真凛は言う。真凛がなぜ出席停止になったか。それは彼女もまた生徒会長に反抗したものだからだ。
彼女はネットでは有名なハッカー、『killer』であって彼女は生徒会長の秘密を探るべく
生徒会長のPC、スマートフォン内に侵入、ハッキングに成功した。だが生徒会長にバレ処刑された。
しかし彼女はその時生徒会長のPC、スマートフォンから入手したデータをコピーしていた。
そして生徒会長のスマホに残っていた日記に驚くべきデータが残っていた。
『2011年11月23日
今日もいじめられた。痛い。死にたい。高校生になったら絶対に私に反抗できないくらい
絶対権力を築いてやる。
•
•
•
2014年3月7日
名門校、白羽学園の受験成績トップで受かった。あの学校で私は 生徒会長になってやる。
そして私に反抗するものは消す。私に服従するものはたっぷり利用する。』
「……会長。頼まれた仕事、全てこなしました」
「お疲れ様、ありがとう。私の言う通りにやれば出来たでしょう?」
生徒会室の扉を開け、1人の生徒が立ち入った。どうやらこの生徒も、女王の従者として役割を全うしていたらしい。
「はい、流石会長です……あんな複雑なプログラムを数時間で組み上げてしまうなんて」
「元からあるのをちょっと弄っただけよ、私なんて大したことないの」
そう言って女王はくすりと笑う。その仕草は始めから終わりまでやはり優雅。ああ、この人は昔から天才で謙虚だったな。1人の生徒はそう、心の中で呟いた。
「これで藤野真凛はダミーのデータベースを歩き回る羽目になる。本来の学園のサーバーは全て暗号化されロックがかかっている筈です。幾ら有名ハッカーといえども、あの桁の……256ビットの暗号を解読するのは流石に不可能でしょう」
「そうね……」
女王は右手のペンを、静かに机に置いた。
「藤野さんの腕は確かに素晴らしかった。でも、彼女は自分の力を過信し過ぎる。自分より上の存在なんか幾らでもいるのだと分かってないのよ……その油断が自分を破滅させたというのに」
そう言って女王は生徒の目を見つめた。彼女の口元は綻んでいるものの、その瞳は黒曜石の様な闇があるだけだ。生徒はその闇を見つめ返して、また目を逸らす。
「可哀想な子」
あくまで女王にとって、彼女の処刑執行はただの自殺でしかなかったのだ。勝手に向こうが暴れて、勝手に朽ちていった、ただそれだけ。
生徒もまた、そんな彼女の考えを察していた。
「……ところで会長……先程送らせていただいたあれは」
「あら、まさか本気で信じているの?」
女王は拍子抜けた顔をした後、ふふっ、と可笑しそうに笑い出す。生徒はただその様子をじっと眺めていた。
「私がいじめられる様な事をしたとでも? 私はいつだって友達にも環境にも恵まれた、とても裕福な子だったのよ」
「では、あの日記は……」
藤野真凛が見つけ出した、あの日記は。
「弱い人を見ながら、相手になりきって日記を書いてみたの。そうすれば、その人の気持ちが分かると思って」
その言葉の意味を、1人の生徒はすぐ様汲み取った。そして……女王のその行為に身震いさえした。
言い換えるとこうだ――百合香はいじめられた人間をただただ見て、その相手の日記を想像し書いてみたと。
それでも女王は笑い続ける。
この人にとってはこんな反逆、お遊びでしかなかったのだ。
「さあ、私はそろそろ見回りに行かないと……皆さんがトラブルを起こしていないかね」
女王は立ち上がり、少し背伸びをして歩き出す。生徒会室から足を踏み出し、振り返る。
「じゃあ、くれぐれも感づかれない様に気を付けて? 大丈夫、貴方ならやれるわ」
女王は、生徒会室という城の扉を閉めた。
空が徐々に暗くなり、ネオンや街灯などの照明が次々と点る街中。その光が届かない大通りの裏道で、翼を始めとする大勢の不良生徒に睨まれているのは片原拓也。全員から明らかに怨念を向けられていることは分かるが、彼らの恨みを買うような心当たりは全くない。拓也はわけも分からないまま、ただ否定の言葉を繰り返していた。
「だ、だから知らねえって! いつ俺がお前らにヤクザの居場所を教えたってんだよ!?」
「とぼけんじゃねえ! 松葉の住所だって嘘ついて学園掲示板に書き込んだだろうが!」
「翼の口八丁がなかったら、今頃俺たちボコボコにされてたぞ!?」
「証拠のレスもしっかり残ってんだ。言い訳なんて効かねえからな、『松葉の友人だったタク先輩』?」
ドスが利いた声でそう脅しながら翼が見せたのは、松葉晃の元友人だという「タク」の書き込み。勿論拓也本人に見覚えなどなく、首を横に振ることしかできない。
「本当だって! 学園掲示板もたった今知ったし、誰かの成り済ましじゃねえの!?」
「ほー、成り済ましねえ。じゃあもし俺が松葉の住所を教えろって頼んだら、お前は素直に教えてくれるわけ?」
「当たり前だ! あんな奴友達でもなんでもねえ、むしろ俺だって松葉をボコりてえよ!」
ほんの数日前まで、共通の話題で盛り上がっていた友人。しかし晃が生徒会に反旗を翻し、その風評被害を自らが受けた瞬間から、彼との絆は拓也の中で一切なかったことになった。それほど拓也にとって、生徒会の存在は偉大なのだ。
一方、拓也の必死の返答に翼は意外そうな顔をした。てっきり友人を庇うものだと思っていたのだが、彼の口から出てきたのは鮮やかなまでの手のひら返し。
反逆者になるということは、自分の評価が奈落の底まで堕ちること。その事実を改めて目の当たりにした翼はぞっとした震えを覚えつつ、それでもニヤリと口角を歪めた。
「よーし分かった。拓也、俺たちを連れて行け。そうすりゃ礼として、松葉をボコらせてやるよ!」
「へ? い、いいのか!?」
「当たり前だろ? 元はと言えばアイツを処刑するための投稿だったしな。協力してくれるんなら、あれが冤罪だってことも信じてやるさ」
「マジか! 是非とも頼む!」
願ったり叶ったりな翼の提案に、今まで横にしか振らなかった首を今度は縦に振る拓也。そんな彼が赤べこのようだと内心嘲笑しながら、翼たち不良生徒は今度こそ処刑の期待に胸を踊らせていた。
晃の自宅に、裏切り者の足音が近づく。
(この後できればやりたいことがあるので、未遂でも構わないのでよろしければ翼たちにボコられていただけると助かります(酷)。無理でしたらスルーで構いません)
晃視点
結局何も見つけられなかったな・・・っつーか、なーんか嫌な予感すんなー。よし、ドアキッチリ閉めとくか。と、俺はドアの鍵をチェーンごとかけて、そのままなるべく奥の部屋まで行った。
「晃くん、いきなりどうしたの?こんな風に奥まで行って布団被るなんて・・・」
「嫌な予感がする。俺は勘がいいからな。」
「でもパソコン置いてきちゃったじゃん!」
「大丈夫。パスいれねえと掲示板の管理人権限使えねえし、仮に壊されようがデータ消されようがバックアップは取ってるからスマホでも管理人権限使えるし、元々データは消すのにパスワードいるしな」
俺は不安な麻衣に説明をしておく。用意周到なんだぜ?俺。と強がっておくが、多分ヤクザの方は見破られただろう。タクは今頃吊るし上げ・・・もしくはこっちに来てるな。
「松葉 こおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!出て来い!」
うわうるせえええっ!どういう声出してんだよ!ってか誰だよ!しかたねえ。麻衣だけでも守るためにどうにか出るか。と、俺は窓を開けて、家の前で思いっきり睨んでる不良数人と案の定いたタクへ。
「はぁ〜い〜なんのようですか〜?」
「テメエ!よくもぬけぬけと出てこれたなぁ!俺を破滅寸前まで追い込みやがって!」
「なんのことやらさっぱりわかりませんなおとっつぁん」
「お前が反逆者になったからこっちまで避難されてよ!それだけじゃなく冤罪で殺されかけたんだぜ!?」
「あっははぁ、そりゃわかりませんなぁ。えっへっへ。」
俺はなるべ〜く向こうに悪い気をさせないように言う。ちなみに向こうは明らかにヤバいもん持ってるし投げつけられたりしたら大変なもんばっかしだ。
「このっ・・・とぼけんじゃねええええッ!」
タクはそのまま石をこっちに投げてきた。予め用意した盾・・・・こと学生鞄で防ぐ。
「あぶねえだろ!なんてことすんだよ!」
「うるせえ!今すぐそっち向ってやらぁ!」
タクたちはそのまま、玄関のドアへ直行して、ドカドカと体当たりや、持っているもので殴ったりしてくる。
「oh・・・・・」
「畜生っ、中々開かねえなこの野郎!」
ガンガンドアが叩かれるところに、俺は、こ〜っそりと部屋に戻って、俺が小学生の頃に作ったこけしを用意して・・・・
「せーのっ!」
ヒュッ
ゴンッ!
「いでええええええええええええええええええええええええええええええッ!」
こけしは不良の一人に当たって、落ちる。不良は頭を押さえて痛がる。
さてさて、こっからどーしましょ。
続く(タクがボコられるのは自由ですが・・・俺だとつなげるのが難しいので、他の方にお願いしますね)
(>>42 注文に応えていただき本当にありがとうございます…!)
(また長くなってしまったので二回投稿させていただきます。その上自分が作ったキャラがかなりでしゃばってます。重ね重ねすみません;)
「な、なんだこれ!? こけし!?」
「『こけ』しだけに俺らのことを『コケ』にしてるってか! ふざけんなゴラア!!」
「ふざけてるのはお前の駄洒落だ!!」
頭上に硬いこけしを落とされ、(若干の自己解釈込みで)更に憤慨した不良たちは、各々の得物を振るうペースを怒りに任せて加速させる。滑らかな表面だった玄関の扉は今や無残にも傷だらけで、所々ガタも来はじめているようだ。この弁償代が学生の小遣い程度で済まないことは想像に難くないが、目の前が真っ赤になっている不良たちは考えなしに扉を壊し続ける。
そんな不良たちの中でも、率先して破壊活動に勤しんでいるのは片原拓也。血眼になり、脂汗をも浮かべながら、固く握った石でドアノブを何度も叩きつけていた。あまりの必死さに周囲の不良さえ若干戦いているが、本人は彼らの様子に目もくれない。
「お、おい……。拓也、もうやめとけって」
「うっせえ! まだ一発も殴ってねえのに引き下がってたまるかよ!」
「そ、そうじゃなくて……ひっ!?」
とん、と不良の悲鳴とほぼ同時に、拓也の肩に手が置かれた。その手を振り払うようにして振り向き――瞬間、拓也の顔が凍りつく。
「これは一体なんの騒ぎでしょうか? 片原役員」
「あ……安部野、さん」
生徒会書記、安部野椎哉の変わらない笑顔が、拓也のすぐ後ろにあった。
予想だにしなかった人物の登場で思わず手から滑り落とした石は、静まったその場に無機質な音を響かせながらコンクリートの地面に落ちる。
「あの、違うんです! これは松葉晃を処刑するために……!」
「ええ、仰りたいことは分かりますよ。学園の風紀向上のため、処刑対象を罰するというのは立派なことです。しかし……」
一旦言葉を区切ると、拓也と不良たちの視線を促すように街道の方向を揃えた指で示す。そこにはこの辺りの近隣住民だろうか、遠巻きに彼らを見ながら、ひそひそと小声で会話する人々の姿があった。今更第三者の目線に気づいた拓也たちは、自分たちの行いを省みると一斉に戦々恐々とした。
「生憎ここは白羽学園ではなく、白羽町の住宅街。処刑という言い分が、果たして学園の外でも通用するでしょうか?」
「で、でも! 処刑対象が学園に来ないんじゃ意味ないじゃないですか! 俺たちは……そう、無断欠席の松葉を登校させようと!」
「なるほど。だとしても、他人の家を破壊してもいい理由にはならないでしょう。しかもこんな講習の面前で……」
まだ何人か残っている周囲の人目を改めて見やり、安部野はくつりと笑った。いつもと同じ顔の筈なのに、漏れ出た笑い声には若干の狂気が含まれているようにも聞こえる。
拓也がかいていた脂汗はいつしか冷や汗に代わり、その体をぞくぞくと冷やす。膝小僧はガクガクと笑い続け、体を上手く支えることができない。そして――。
「あなたたち。そんなに白羽学園と生徒会長の顔に、泥を塗りたいのですか?」
「う……うわああああああああ!!」
自分がしでかしたことの重大さに、それによって墜落するであろう生徒会長の信頼に、そして目の前の男子生徒の底知れない凄みに耐え兼ね、拓也は一目散にその場から逃げ出した。
「ちょっ!? おい、待てよ拓也!」
「一人だけ先に逃げるとか卑怯だぞ!」
街道に飛び出していった彼を、不良たちが次々と追いかけていく。そうして安部野意外の男子生徒がいなくなると、松葉邸の前はようやく静寂を取り戻したのだった。
(続く)
(ところで、本来なら前もって聞くべき質問だったのですが、今回のような演出の注文はやっても大丈夫なのでしょうか?)
(続き)
一方、松葉邸内。玄関を見下ろせる部屋の窓から、晃は安部野の姿を認めていた。
拓也たちに続いて、彼も自分たちに危害を加えに来たのだろうか。そう晃が考えたとき、安部野の顔が窓の方に向いた。
「松葉晃さん、降りてきてください。渡したいものがあります」
「……」
「警戒は不要です。今回はあなたに一切の危害を加えないことを誓いましょう」
「……今回は、かよ」
つまり次回以降、自分たちに危害を加えない保証はないということか。あからさまに敵側である彼の前に姿を現す気はないが、このまま相手が諦めるまで粘れるかは分からない。それに長時間の緊張状態が続けば、匿っている麻衣の精神にも悪影響だろう。
「……仕方ねえ。相手は一人だ、俺が全部引き受けりゃ大丈夫だろ」
深く息を吸って気合いを入れ、晃は忍び足で玄関へと向かう。そして覚悟を決めると、最大出力の警戒をしながらゆっくり扉を開けた。
「こんばんは、夜分遅く失礼します。生徒会書記の安部野です」
「……なんの用だ?」
「まずはこちらを。本日まで休んでいた分のプリントと、あなたのクラスで出された課題です」
「え? あ、どうも」
こちらの敵意をものともせず、むしろ学園からの配布物を当然のように渡してきた生徒会書記。彼の唐突な親切さに、思わず普通に感謝の言葉が口から出る。
「あなたは処刑対象であるとはいえ、れっきとした白羽学園生の一人です。学園の偏差値を下げないよう、しっかりと勉学に励んでください」
「そりゃ、余計なお世話をどーも」
「それと学園の方にも登校するように。無断欠席は内申点にも影響しますし、第一あなた方がいなければ処刑制度の意味がありません」
「……やっぱそれか。全校生徒からボコられるのを分かって、のこのこ登校する馬鹿がいるわけねえだろ?」
やはり一番の目的は処刑関係か。プリントで僅かに緩んだ警戒を引き締め、晃は今一度安部野を睨んだ。対して安部野は相変わらずの笑顔でくすくすと笑っている。
「ほう。板橋麻衣さんの謀反を手伝っておきながら、そのような臆病風に吹かれているとは笑えますね」
「なっ、違えよ! 今はまだ準備期間なだけだ! 絶対お前ら生徒会を打ち負かして、その余裕顔をぶっ飛ばしてやるんだからな!」
「……戯言を」
安部野の顔から笑顔が消える。瞬間、彼の腕は晃の襟首を掴み、自分の顔のすぐ近くに引き寄せた。あまりにも突然のことに、晃は抵抗も叶わず――。
「!?」
晃の目が見開かれる。それから然程間を置かず、彼の襟首は安部野の腕から解放された。
「失礼しました。危害を加えない約束をしておきながら、僕としたことが感情的になってしまいましたね」
「おい、待て! 今のは」
「そろそろ時間も遅くなりますし、今晩はこれで失礼させていただきます。ではまた明日、学園にて」
そう言い残すと、安部野は晃の二の句を待たずに松葉邸から立ち去っていった。残されたのは、玄関に立ち尽くしたまま呆然とする晃のみ。
「晃くん、大丈夫? 静かになって随分経つけど……」
「あ、ああ。なんとか。もう全員諦めて帰ったぜ」
自分だけ隠れている状態に耐え兼ねたのか、おずおずと麻衣が廊下に出てきた。一先ず晃は彼女の緊張を解しつつ、ポケットに入れていたスマホを取り出す。そしてメモ機能を起動すると、手早く文字を打ち込んで麻衣に見せた。
『自分の荷物を調べろ。変なものがあったら触るな』
◆ ◆ ◆
「どういうことだ……?」
安部野に襟首を掴まれたときのことを思い出す晃。あの瞬間、彼はごく小さな声で囁いたのだ。
『あなたたちの荷物に面白いものが入っています。ただしそれには触れないように』と。
その言葉に従って自分と麻衣の手荷物を調べたところ、確かに学生鞄に盗聴機が隠されていた。こんなものを仕掛けてくるのは生徒会長側の人間だろう。
ならば、どうして生徒会長に近しいはずの彼があんな忠告をしたのだろうか?
「……考えても分かんねえや。とりあえず今日はもう寝よう」
自分たちが不利になるようなことを喋らないよう気をつけつつ、自室のベッドへ向かう。そんな晃の胸中では、信じがたい一つの可能性が頭をもたげていた。
翌朝。
白羽学園の校舎の前には、2人の反逆者の姿があった。麻衣と晃は考えに考えた末、学園に登校することを決めたのだ。また昨夜の様な出来事が起こる可能性も高い。それに学園を相手に戦うならば、学園の状況を把握しておくべきだろう。当然ながら、通りがかる生徒達の目は冷たいもので、時折ひそひそと悪口が聞こえてくる。
提案したのは麻衣自身といえ、その手には汗が滲んでいた。現時点では学園の全てが敵だ。もう誰も自分達を助けてはくれない。
そんな麻衣に、晃はいつもの調子で笑いかける。
「大丈夫だって。味方なんか少しずつ増やしゃいいんだし、どうにかなるだろ」
「そう……ね。……行きましょう、いつまでもここにいたって仕方ないもの」
こういった状況の時には、無責任に思える発言がむしろ心を軽くしたりするものだ。麻衣も覚悟を決め、一歩を学園の中に踏み出した。
「私は負けないわ。どんな仕打ちを受けようとも、風花百合香に勝ってみせる」
その自信がどこまで本当なのか、今の麻衣には分からなかった。それでも麻衣は前を向く。その目には、しっかりと燃えたぎる決意が宿っていた。
「うわ、来たよあいつら……よくあんな胸張ってられんな」
「会長に逆らうとかどういう神経してんだろうね。ヒーロー気取り? 自分から地雷踏みに行くとか真性の馬鹿じゃん」
「今度は何日持つんだか。誰か賭けてみない?」
突き刺さる周りの視線。飛び交う言葉と嘲笑の声。
理解してはいたものの、やはり実際にその立場に立ってみると、お互いにどうしようもない孤独感に押し潰されそうになった。そんな自分を見せまいと麻衣は脚を無理矢理動かし、背筋を伸ばして歩いていく。一方晃は、周囲の人間を先程から気に入らなさそうにちらちらと見ていた。
「あっ、板橋さん! おっはよーっ」
後ろから不意に背中を強く叩かれ、麻衣は思わず前のめりになる。驚いて後ろを振り返ると、そこにいたのは元クラスメイト……璃々愛だ。
「……おはよう」
麻衣はクラス替えの時から、璃々愛に対してあまり良い感情を抱いていなかった。その派手な見た目と子供じみた言動が受け入れがたかったこともあるが、彼女が生徒会側の人間と知ってからは余計に嫌悪感が増したのだった。
「あっれ、なんか暗くなぁい? この間のこと気にしてるの?」
全てを知っているというのに璃々愛は、わざとらしく麻衣問いかけた。晃も彼女の性格を察したのだろう、表情には苦手意識が表れている。
「結城さんには関係ないから。じゃあ私、教室行かないと」
「やっぱ暗いじゃーん、板橋さん。 ……これでも飲んで……元気出してよっ!」
ぶっきらぼうに言い放ち踵を返した麻衣の頭に、冷たい液体がかけられた。
璃々愛の片手には封の空いた紙パック。オレンジの断面図が印刷されたそれの注ぎ口から、数滴のジュースが滴っていた。
「……板橋!?」
その声で、呆然としていた麻衣は我に返る。璃々愛の方に振り返ると、彼女は悪びれる様子もなしに言う。
「あっ、ごめぇん。手が滑っちゃった!」
その言葉を火種に、生徒達は腹を抱えて一斉に笑い出す。
「ちょっと璃々愛、やり過ぎー! 最高なんだけど!」
「見ろよあの間抜けヅラ! 腹いてぇ〜!!」
「可哀想ー、制服ベッタベタ!」
廊下中に巻き起こる笑いの渦の中で、麻衣はただ怒りと悔しさに震えていた。思わず怒鳴りつけようとした瞬間、顔面に雑巾が飛んでくる。
「――これで拭けば?」
璃々愛がそう言い放つと、周りの笑い声は一層強まるのだった。
その笑い声の中の嵐を、一瞬で沈めた者がいる。男の声。やや低い声。言葉が言い放たれた瞬間、その男は手を伸ばし、璃々愛の制服の胸倉を掴んだ。
「テメエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッ!いい加減にしろよこのクソ野郎ッ!散々やりたいほうだいやりやがってよ!俺もお前が女だからって見逃してるけどよ!本気でぶっ飛ばすぞ!」
晃。彼は本気でキレていた。麻衣をそこまで傷つけられること。仲間を侮辱されること。やること自身が人間として、最低と思うことに。思わず叫ばずにいられなかった。彼は今、周りが見えていない状況。
「へー、あっそー。手ぇ滑っただけでぇ、拭く物も渡し―」
バァンッ!
晃は、そのまま璃々愛を投げた。今完全にキレている彼は相手が生徒会長ですら殴りかかるだろう。
「え・・・」
周りの生徒は、お遊びの気分で見ていた。だが、それはもう違う。晃自身が、璃々愛を投げたのだ。片手で。腰から落とされた璃々愛は、目が変わっていた。人を殺すつもりでの目つきに。
「へー、かいちょーにもアタシにも逆ら」
「黙れ」
晃の拳が振りぬかれた。璃々愛はいきなり眼前に迫る拳に避けー
「やめろ!」
ガッ!
晃を羽交い絞めにする男子生徒二人。晃はそのまま暴れる。肘を打ち付け、必死にもがく。声にならない声を上げて、璃々愛を睨みつけている。
「あはは、結局味方いないんじゃ、話になんないね、じゃー」
璃々愛は、そのままスタスタと歩いて行った。
「待ちやがれこの野郎!」
暴れるだけでも、男子生徒が強く押さえつけるために、晃は廊下の床に倒され、うつぶせにされているところに圧し掛かられ、たつことすらままならない。
「なんだ松葉の奴。頭おかしくなったんじゃねえの?」
「逆らうのはやっぱ馬鹿の考えだったな。」
生徒達が口々に言う。晃は、そのまま身を捩じらせて抜けようとするが、抜けれない。
「放せッ!」
「出来るかボケが!」
晃は、暴れ続けるが、もう既に十名近くの生徒が晃を押さえつけていた。
「何があったのですか?」
その場に現れたのは。
―生徒会長。
風花 百合香。そして取り巻きともいえる生徒会役員。
「風花・・・百合香・・・」
呆然とし続けていた麻衣が言った一言は、それだけであった。
皆慌てて整列する。そして生徒会長は落ち着いた口調で言った。
「一体何があったのですか?星澤くん、狩野さん、あなたたちは見ていたかしら?」
「いえ、私は何も…」と、狩野。 すると星澤が
「見ておりました。2-C結城瑠々愛が同じく2-C板橋麻衣にオレンジ色の液体をかけ雑巾を投げた際
2-Dの松葉晃が結城に暴力を振るおうとしたそうです。」
「ありがとう。星澤くん。」 「お役に立てて何よりです。」
そして風花百合香は誰かの方へ歩き出した。 その先にいたのは麻衣だった。
「板橋さん。大丈夫かしら?このよかったらハンカチを使って。」
全校生徒が驚いた。皆松葉の方へ行き追放するのかと思っていたのだ。
「な、なによ、こんな時に手を貸すになんて…あんたの行動が読めないわ!これが罪滅ぼしだとも思った?」
麻衣がすこしふてくされたような顔をしていう。
「いいえ。罪滅ぼしだなんと持ってないわ。ましてや罪も犯していないから。松葉さんを連れて来て」
そして彼女は璃々愛の方へ向かい言った。
(この騒ぎを見ていた女の子を書きます。えっと、隠れ『復活派』です。)
私は、伊藤美雪です。1−Aです。
風花百合香≠ネんて、心の腐った人間…いや、動物ですね。ちょっと、百合香にさかっらただけでみんなに裏切り者≠ノされるなんて。本当にここはおかしいです。でも、顔や態度には出しません。だって、百合香のいとこですから。この学校に入ったのは百合香に進められたからです。
「美雪ちゃん、このこと見ましたか?」
「はい。」
「じゃあ、後で私のところに来てください。」
「?はい。」
生徒が驚いていますよ。見ていただけなのに呼ばれたのですから。璃々愛さん、松葉さん、坂橋さん、3人ともかわいそうです。璃々愛さんと松葉さんは騒ぎを大きくしたので処刑されそうですね。面倒なことになりそうです。
「会長、あのその時に話したい事があるので家に行ってもいいですか?」
「ええ、いいですよ。じゃあ、一緒に帰りましょう。それでいいですね?」
「はい。ありがとうございます。」
璃々愛さんのことです。ちょっとだけ気になることがあったので。
(おかしかったり、嫌だったらスルーしてください。)
「……璃々愛ちゃん、大丈夫だった?」
会長が現れたと聞きしばらく立ち止まっていた璃々愛に、百合香は優しく声をかける。
「かいちょー!」
百合香の顔を見ると、璃々愛の表情はぱっと明るくなる。そのまま勢いよく会長に抱き着いた。
「あらあら、璃々愛ちゃんったら……怪我はしてない? 保健室に行かなくて平気?」
「うん! あんなのちっとも怖くないんだから!」
「そう……それは良かったわ」
子供をあやす母親の如く、百合香は璃々愛の頭を撫でている。それは異様な光景でもあったが、白羽学園ではごく普通な光景でもあった。
璃々愛は百合香を溺愛し、百合香は璃々愛を妹の様に可愛がる。そういった奇妙な関係性が、2人の間にはあったのだ。
「板橋さんにジュースをかけたの? 後で代わりのを買いに行きましょうね。雑巾を触った手は洗った?」
「あ、まだかも……ちゃんと洗わなきゃだよね」
「そうよ、病気になったりしたら大変だもの」
百合香に璃々愛を咎める様子はない様だった。寧ろ璃々愛を気遣い、心配さえしている。
「いい子ね、璃々愛ちゃんは……」
「いい加減にしやがれ!!」
その光景に耐えかねた晃が、会長に飛び掛らんばかりの勢いで暴れ出す。男子生徒達も必死になって取り押さえた。
「何がいい子だよ!? あいつに謝るのが先じゃねぇのか!? こんなんただのいじめだろ!!」
その訴えは、会長に届く筈もない。
「あいつがジュースぶっかけられんのはいじめじゃねぇのか!? 雑巾投げられんのはいじめじゃねぇのかよ!? 都合の良いことばっかり正義ぶってペラペラ話しやがって、ただのクズでしかねぇだろうが!!」
麻衣は恐る恐る顔を上げた。周りの視線が様々なことを物語っている。哀れみ、嘲笑、好奇心、嫌悪……目を塞ぎたくなるほどの。
その怒鳴り声を受け止めて、くすりと笑う女王がいた。2人の惨めな反逆者に、交互に視線をやりながら。
「いい、松葉君? ルールというのは皆が楽しく安心して暮らすことが出来る様にするためのもの。憲法や法律、そして校則。これらは全部守るべきルールなのよ。では、そのルールを破った人は何をされるかしら? 罰を与えられるでしょう? 罰則さえもいじめだというのなら、ルールを破る人は野放しにしなければならなくなるわ。そうしたらどうなるかしら。皆がきちんと生活していくことが出来なくなる。だから貴方達にはこうして罰を与えているの。皆の幸せを守るために、ね」
さも当然の様な顔で、女王はすらすらとそんな言葉を口にする。軽い演説が終わると、生徒達はうんうんと頷き納得した表情を見せた。
だが、晃の怒りは収まるどころか更に燃え上がっていく。
「ルールだぁ!? 逆らったら罰を与えるなんてただの独裁じゃねぇかよ!! お前らは何とも思わねぇのか、こいつの言いなりになる気か!?」
周りに訴えかけるが、賛同者は見当たらない。
女王はそんな反逆者を見下ろすと、落ち着いた声でにこやかに言った。
「璃々愛ちゃんに、謝りなさい。さもなくば板橋さんに罰を与えます」
「!!」
璃々愛への謝罪をしなければ、余計麻衣へのいじめは加速するということだ。自分が悪かったと、向こうは間違っていないと認めなければならないのだ。
……今は晃も、従うしかなかった。麻衣を守る為にも。
「…………悪かったよ」
消え入るような声だった。
「かいちょー、どうする?」
「そうね、今回だけは許してあげて。でも次璃々愛ちゃんを傷付けたら……言うまでもないわね」
凍りついた瞳で百合香は晃を一瞥する。直ぐに普段通り微笑むと、百合香は生徒達に向かって言った。
「皆さん、処刑を続けて下さいな。何かあったら私を呼んで下されば、直ぐに駆けつけますから」
「会長、もうすぐ生徒会定例会議のお時間です。生徒会室に急ぎましょう」
「そうね、神狩さん。では私達はこれで。」
優雅に一礼すると、処刑騒ぎの集団を残して踵を返す生徒会長と役員たち。その背中を、物陰に隠れながら怯えて見つめる目があった。筆崎剣太郎だ。
せり上がる吐き気と戦いながら、彼は小さな体を更に小さく縮め込ませていた。
「やっぱりおかしいよ……こんなの、ルールでもなんでもない」
確かに集団を統治するなら、ルールや罰則が必要なのは間違いない。しかしこの学園のルールには致命的に足りないものがある。それは「罰の区切り」だ。
校則違反なら、規則から逸れた部分を直せば終わりだ。法律なら、罰金を支払ったり懲役期間を終えたりすれば罪から解放される。そんな一定の罪を償った後の「許し」が白羽学園には存在しないのだ。
「生徒会長に楯突く奴らって、なんで揃いも揃ってバカばっかりなんだろうねー」
「この間の藤野真凛なんか、会長のデータにハッキングして処刑されたしな。普通に犯罪で笑えるんだけど」
「それに『広報部』の天本千明もいたじゃん? 処刑の特集新聞を組むとかパパラッチ気取りかよって感じ!」
「……!」
処刑の喧騒に混ざって、かつての部長の名前が上がる。彼女が学園から消えて幾分か経つのに、今もなお消えない酷評に耐え兼ねて剣太郎は耳を強く抑えた。
この学園で生徒会長に逆らったが最後。幾度の暴力や悪口を浴びせられても、心身共に傷付いて学園に通えなくなっても、反省の意を見せて生徒会長に忠誠を誓っても、例え限界を迎えて自らの命を絶とうとも。一度反逆者とされた者は、そのレッテルを永遠に剥がされることはなく、元の身分に戻ることは二度とできないのだ。
「おい筆崎、こんなところで何びくびくしてんだよ」
「!!」
「ま、ちょうどいいや。ちょっとこっち来い!」
外界の音を聞かないようにしてうずくまっていたため、気付くのが遅れてしまった。物陰に隠れていた剣太郎を見つけた男子生徒はニヤリと意地の悪い笑みを浮かべると、彼の襟首を掴んで処刑集団の中に引きずり込んだ。そして人混みが少し開けた中心にまで連れてくると、半ば投げ捨てるようにして、剣太郎を麻衣と晃の前に押し出す。
「お前さあ、会長に楯突かないのはいいけど、それだけじゃ反省の証明にはならないよな?」
「許されたきゃあ態度で見せてみろよ。その反逆者どもを処刑してさ!」
「そ、そんな……!」
麻衣と晃と、目線がぶつかる。二人が何を思って自分を見ているのかは分からなかった。
できることなら、暴力など振るいたくはない。だがここで周囲の雰囲気に逆らえば、二人ほどではないとはいえ、自分も処刑の巻き添えになってしまう。そんな剣太郎の葛藤を急かすように、集団の喧騒はどんどん昂っていく。
「早くしろ!」
「処刑も満足にできねえのかよ」
「部長さんの同類は乱暴できないってか? この共犯者!」
「身分を弁えろ、共犯者!!」
「共犯者! 共犯者! 共犯者! 共犯者!」
誰かが口にした一言がきっかけで、辺りはたちまち共犯者コールに包まれる。ここまで追い立てられてしまえば、従わないという選択肢は取れない。くらくらとするような声量に背中を押されながら、覚束ない足取りで晃の前に近づく。そして。
「……ごめん、なさい……っ!」
弱々しい拳の音と共に、狂人たちの喚声が弾けた。
(定例会議に行く途中の百合香と美紀)
丹念に磨かれた廊下を進むのは、学園の女王・百合香と私・神狩美紀。
「ねぇ百合香」
静かな廊下に、私の声は良く響く。
「あの人達、気を付けてね?」
「………誰のこと?」
百合香は私を見た。
「この学園の、全員」
「あら、どうして?とても良い子達でしょう?」
「まさか、忘れていないよね?」
私は、足を止めて百合香をみつめる。あの百合香のことだから覚えているだろうけど、それでも私は不安だった。
「なんのことかしら…」
百合香の唇が、綺麗な弧を描く。
うん、よかった。これは、確実に覚えている印だ。
「覚えてるなら、いいよ」
「そう?」
私が質問したのは、去年のこと。
百合香が学園の女王となった原因でもある、残酷で悲惨な思い出。
それを知るのは、私と百合香のみ。
あの時私は、百合香を守れなかった。
そこに立ち竦む百合香を見ることしか出来なかった。
あの時、なんで百合香を助けなかった?
どうして、そのまま立ち去った?
後悔してもなにも起こらないと分かっているけれど、それでもあの時の自分は大嫌い。
その思い出が、全て消えない限り、私は百合香を側で守り続けるつもり。
(すいません!百合香が生徒会長になり支配を始めた理由はもう決まっていまして…あの、本当あの、つまんないくだらない理由ですので!深読みする程のものでもないです!(?) )
53:蒼月 空太◆eko:2017/02/25(土) 16:25 少し時間を飛ばさせていただきますね
晃達は。学校が終わったあと、すぐに、晃の自宅へ戻った。無論、麻衣もいる。
「クソッ!完全敗北だ!あの野郎!絶対に許さねえ!独裁を覆したら真っ先にぶん殴るッ!」
晃は、自分がコケにされたこと、筆先に殴られたこと。腹を立てるの比ではない。自分だけならまだしも、麻衣までいじめられたことにキレていた。
「晃くん、落」
「今は黙ってくれッ!」
晃は、パソコンを早速いじりだした。そして、メールを開く。そしてメールアドレスを記入し、そのまま本文を送信。その作業を、二度したあと、晃は現在の状況を、全てまとめ、また二回メールを送信。
「晃くん・・・誰にメールを送ったの?」
「メールアドレスの入手には時間が掛かったが・・以前処刑された人も、皆戻って来れるようにしておいた。そんだけだ」
晃は、学生鞄に入っていた盗聴器を取り出し、二階の窓から投げた。それは跳んだというより落ちて、庭で砕け散った。
「もうこれで十分だ」
一方、処刑されてしまった二人―。
こと、ハッキングの藤野 真凛。もう一人、広報部の天本 千明。二人にメールが届いた。
差出人は、晃である。
本文
俺達は学園を復活するために立ち上がった二人組みだ。お前に協力を求めたい。お前の高いスキルがあればなんとかあの生徒会長に勝てるかもしれない。だから頼む。俺達が生徒会長に勝ったら、お前も登校できるようにするし、処刑制度もなくすし、自由な学校へと変える。だから頼む。
晃、彼は手段をかぎりなく使い、生徒会長へ、勝つ気である。
(>>53 千明への交流ありがとうございます!メールの返事は返させていただく予定ですが、今回は少し定例会議に時間を遡らせていただきます)
(今回も二回投稿となってしまい本当にすみません;問題がありましたらお申し付けください)
「それでは、次の議題ですが……。先日新たに起こった、板橋麻衣と松葉晃の反逆についてですね」
議事堂を思わせるような、厳粛な雰囲気の生徒会室。そこで主に響き渡るのは、進行役の神狩美紀と生徒会長の風花百合香の声。「学園のより良い治安」という目標の元、会長である風花百合香を上座に置いて、生徒会とその役員による定例会議が展開されていた。
「安部野くんのアドバイスを受け、反逆者二人には監視を置いていますが、成果はどうですか? 結城さん」
「うーん、まずまずってとこ? とりあえず、最近できたっていう学園掲示板ね。あれ、反逆者の松葉クンが作ったみたいだよ」
役員たちにどよめきが広がる。彼らの中にも何人か掲示板を利用した者がいたのか、驚きを隠せなかったり、あからさまに嫌そうな感情を浮かべたり、よく見れば若干一名、顔を真っ赤にしている者もいた。
「そうだったのですか。……しかも、掲示板は確かに便利なツールですわね。折角ですから、私達も『利用』させていただきましょうか」
「かいちょーがそう言うと思って、既にご意見板建てておいたよ!」
「まあ! 流石璃々愛ちゃん、気が利くわねえ。ありがとう」
「えへへ、かいちょーもありがとー。……でも、残念ながらいい成果ばかりじゃないんだけどね」
百合香からのべた褒めを受けてへらっと緩む璃々愛の表情。だがそれは間もなくして、開花時期を終えた花のようにしゅんと萎む。
「昨日の夜くらいから、有力そうな言質が取れなくなったんだよね。妙に向こうが発言に気をつけてるっていうか……」
「もしかすると、私達の監視に気付かれている可能性も否定できませんね。ところで、昨日の夜といえば……」
美紀と璃々愛の疑念の目が安部野に向けられる。二人の目線に従って、全役員も彼の方を見た。そんな生徒会室中の集中に臆することなく、安部野はその場に起立する。
「昨日の夜は、僕が松葉さんのご自宅を訪ねていましたね。その時は、僕の見立てでは変わった様子はありませんでしたが」
「ってかさあ、なんで安部野にぃは反逆者の家くんだりまで行ってたわけ?」
「板橋さんと松葉さんに、クラスで配布されたプリントと課題を渡すためですよ。反逆者とはいえ、勉学に励んでいただかねば学園の偏差値にも関わるでしょう」
「そりゃまあ、そうだけどさ……」
晃の襟を掴んだときに安部野が耳打ちしたあの言葉は、流石に璃々愛の盗聴機も拾えていない。しかし既に安部野を黒と見なしている璃々愛には、彼の一挙一動が全て疑わしく思えてならないのだ。
しかし確証のない疑念だけを理由に問い詰めるわけにもいかず、璃々愛の反論材料はそこで尽きてしまった。すると今度は彼女に代わって、今度は美紀が質問を続ける。
(続く)
(続き)
「ですが安部野くん。反逆者に勉学など必要ないのではありませんか? 処刑とは、反逆者に徹底的な罰を与えること。学ぶ機会を取り上げるというのも、立派な罰の一つだと思いますが」
「なるほど、神狩会計はそうお考えですか。……ところで、僕は白羽学園の一員になってまだ日が浅い。故にまだ、学園の全てを理解できていないかもしれないことを、一つご了承ください」
美紀の意見に、一度考え込む素振りを見せる安部野。それからやけに勿体ぶった前置きを述べると、全役員に体を向ける。
「白羽学園の宣伝文句、それは進学校であることです。確かに治安の安定も大事な要素ではありますが、処刑によって得られる勉学面のメリットは薄いのではないかと思います。実際、処刑に力を入れすぎるあまり、勉学が疎かになっている生徒も見受けられますしね」
ちらりと、安部野の目線が役員の一人、片原拓也に向けられる。昨日の今日で晃の玄関を破壊しようとしていただけに、拓也には俯いて彼の視線を回避することしかできない。だが、それ以上安部野は拓也に何をするでもなく、自分の弁論を続けた。
「それに勉学の機会を奪うのならば、処刑ではなく退学にしてしまった方が早いのではありませんか? これなら反逆者によって偏差値が下がることもありませんし、学園の治安も守られ、生徒の皆さんも勉学に集中することができるでしょう」
ざわざわと、役員たちに動揺が走った。安部野の意見は確かに理に叶っているが、言っていることは現在執行されている処刑制度の否定だ。彼らと同じ考えを持った美紀は、すぐさま彼の意見に異を唱える。
「安部野くん。それは生徒会長が作った制度が間違っていると言いたいのかしら?」
「とんでもありません。これは飽くまで僕の見解です。先ほども言いましたが、僕はまだこの学園には疎い。もし退学ではなし得ない処刑のメリットがあるのなら、是非ともお教えいただきたいのですが……。お答え願えますか? 生徒会長」
そう言いながら、安部野は問いの矛先を今度は百合香に向ける。
安部野椎哉と風花百合香。穏やかな二つの仮面が向かい合わせになった瞬間だった。
(自分の意見が肯定されても否定されても、安部野は百合香さんの答えを聞いた時点で深入りせず、意見を肯定して引き下がる予定です。描写の参考にしてくださると幸いです)
(>>55 追記が紛らわしかったので補足すると、安部野は「百合香さんの」意見を肯定する形で引き下がります)
(結局三連続投稿になってしまい本当に申し訳ないです;)
「……なるほど、ね」
安部野の顔を見ながら、百合香はゆっくりとその口を開いた。
「確かに、退学にしてしまうのが一番効率の良い方法なのかもしれない。それには同意しましょう。でもね、安部野君」
視線が2人の元へ集まる。安部野は相変わらず彼女の話へ真摯に耳を傾けていた。あくまで真摯に。
「仮に彼らを退学にしたら、皆さんはどうするかしら? 彼らのことをいつまでも覚えている? 自分のクラスメイトならまだしも、他のクラスから退学者が出たところで、せいぜい数日話の種になって終わりだわ。彼らが今何をしているかも分からない。別の学校で幸せにやっているかもしれないし、社会人として働きに出るかもしれない。そう考えるとね、退学には欠点があることが分かるの。秩序を破った者の罰のもつ重要な効果が失われてしまう、ということ」
「要するに……見せしめ効果、ですか」
安部野は百合香の目を見ると、静かに言い放つ。その心の奥底で何を考えているのかは全く読み取れない。
「その通りよ。秩序を破った者は非難され、痛めつけられ、苦しまなければならない。それを見た人々は、自分がその立場に行くことの恐怖を明確に感じ取る。処刑という形で相手の苦しむ未来をはっきりさせてしまうのは、とても大切な事なの」
言い終えると、百合香は安部野の方に微笑みかけた。長い髪がさらりと揺れる。
「成程。会長のお考えはよく分かりました……では、僕は引き下がりましょう。進行の妨げになった事をお許しください」
「いいのよ。会議は皆で意見を出し合う場だもの、遠慮なく発言してちょうだい」
そう言うと一息ついて、百合香は辺りを見回した。
「しかし偏差値の低下は確かに問題ね。今度学習会でも開きましょうか……」
会議が進む中、璃々愛は安部野の姿をいつまでも眺めていた。
(わーーー‼ビーカーさん、ごめんなさい!以後気をつけますね……)
(定例会議中の1‐D 白野恵里目線)
今日、久しぶりに友達ができた。
この学園内での友人だなんて、いないに等しい。
新しい友達の名前は戸塚亜衣。そう、私と同時に昇格した子である。
D組に上がれたのはうれしいけれど、やっぱり馴染めなかった私と亜衣。
そんな私達が仲良くなるのは自然なことなのかもしれない。
偶然にも自宅の方向が一緒だった私と亜衣の帰り道で。
亜衣は私にとある掲示板を教えてくれた。
………ああ、学園のか。
『学園祭何したいか話そー』
79:通りすがりの者 メイド喫茶してえ つーかメイド服の女子みてえ あーでも似合うヤツ少ないか?
80:匿名女子 うわヒッドーイ
81:ミーコ でも面白そうじゃん
『文化部雑談スレ』
94:吹奏楽 ねー次の土曜日って午後練だっけ?
95:別の吹奏楽 んー、9時から3時じゃない?
96:研究部 おい資料持ってるやつ今すぐ名乗れマジで
97:文芸部 どーかしたの?
……ほとんど意味のなさそうなものの中に、気になるものが2つ。
『生徒会反逆者について語る』
『【生徒会より】要望・ご意見募集』
後者は分かる。
この掲示板が生徒会主催ならあって当然だし、生徒個人がたてたものだとしても、監視や威嚇のためにも『生徒会』の名を入れておくのは適作といえる。
だが前者は?
書き込まれた数は他より劣るのに、なぜ一番上にある?
………まあ、私なんかが考えて分かるようなことではないだろう。
「恵里、どうかした?」
「ううん、なんでもないよ、亜衣ちゃん」
私はそう判断して、掲示板を閉じた。
「ちゃん付けはやめてってば。あたしは亜衣でいいよ!」
明るく笑う亜衣。
ああ、こんな風になりたいな。
そんな思いを込め、私は亜衣に返事をする。
「分かった、亜衣。これでいい?」
「うん、もちろん‼」
久しぶりの友達と行く帰り道は、なぜだか少し暗かった。
(前回から時間が前後してすみません。晃くんが真凛ちゃんと千明にメールを送った少し後になります)
藤野真凛と天本千明にメールを送ってから数十分後。パソコン画面の前で、晃は唸りながら首を傾げていた。
「どうしたの晃くん? もしかしてさっきのメール、無視されて……」
「いや、天本先輩から返信は来た。来たんだが……これがなあ」
そう言って、晃はパソコンの画面を麻衣に見せる。表示されている受信メールの送信先は確かに天本千明のものだ。しかしその本文に目を通すと、晃に続いて麻衣も首を傾げたのだった。
--------
その是非を答える前に、あなたたちに質問があります。
風花百合香が行っている独裁政治について、おかしいと思う点はありませんか?
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「うーん……なにこれ?」
「な? アイツの独裁が徹頭徹尾イカれてるのは今更だろ。なのにどうしてこんなことを聞くんだろうな」
校長をも凌駕する権力を持つ風花百合香。そんな女王を盲目的に崇める生徒たち。そして彼女に楯突く者への徹底的な処刑。
これらのどこが異常だと問われれば、全てとしか答えようがない。故に晃はこの質問の意図が分からず、千明宛ての返信を送るに送れなかったのだ。
「独裁、独裁……関係ないかもしれないけど、風花百合香の処刑制度が始まったのっていつだっけ?」
「確かアイツが副会長になってからだから、俺たちが入学した頃……大体一年前だな」
「うええ、一年でここまで汚染されたのかあ。しかもこれが来年も続くんじゃ……ん?」
落胆と共にこぼした自分の言葉に、麻衣はふと違和感を覚えた。違和感は彼女の脳内で瞬く間に展開され、やがてそれは一つの新たな答えに、そして新たな疑問となる。
「……天本さんの言う通りだ。この独裁はおかしい」
「は? おかしいのは今更だって、ついさっき」
「そこじゃなくて! 風花百合香は三年生でしょ? 来年にはもう卒業して、学園からいなくなるのよ」
「お、おう」
思い付いたひらめきが薄れないうちにと、捲し立てるように早口で喋る麻衣。そんな彼女の剣幕に圧され、晃は麻衣の推理を黙って聞くことにした。
「卒業すればアイツは生徒会長じゃなくなって、それまでみたいな権力は振るえなくなるはず。つまり、風花百合香が学園を支配できるのはたったの二年間。そんな短い期間のためだけに、あんな独裁政治を普通やると思う?」
「言われてみれば……確かに『おかしい』ぜ」
生徒会長という肩書きには期限がある。その権力を最大限に拡大して学園を都合の良いように作り替えたところで、卒業を迎えればそれらは全てリセットされてしまう。すなわち百合香は高校生活の大半を、たった二年の独裁のためだけに無為にしていることになるのだ。
尤もあの生徒会長だ。もしかすると何かしらの策を講じて、卒業後も何らかの形で支配を続行してくる可能性も否めないが。
「じゃあどうして、そんな普通じゃないことをアイツは実行したんだ?」
「そこまでは分からないけど……。とにかくこれで、千明さんへの返信は書けるんじゃない?」
「そうだな。果たして正解だといいが」
自分たちが至った推測をメール本文に打ち、千明宛てに送信する。すると、程なくして返信がメールボックスに届いた。本文を早速開封した麻衣と晃は、その内容に目を丸くすることになる。
--------
あなたたちも気づいたようですね。
なぜ風花百合香は二年しかない独裁政治を実行したのか。その理由はこちらも分かりませんでしたが、ある程度の推測はつけています。
彼女にとって白羽学園の支配は下準備でしかない。風花百合香は白羽学園を土台にして、もっと巨大な組織を作り上げようとしているのではないかと思うのです。
話が飛躍しすぎだと思うのなら、そう思ってもらって結構です。しかしそうでなければ、あのような無意味でふざけた独裁を平然と行うでしょうか?
どちらにせよ、風花百合香が強大な力を持った狂人であることは間違いありません。そんな途方もない存在と最後まで戦い抜く覚悟が、あなたたちにはありますか?
ほんの僅かでも躊躇いがあるのなら、革命など諦めなさい。
(諦めなさいとは言ってますが、フリのようなものだと思っていただければ……)
「巨大な組織…。」
「風花百合香は何で組織を作り上げる必要があるのか?」
(長らく更新がないようなので、テコ入れ的な話を挟みます。時間は晃君がメールのやり取りをしている辺りです)
(>>59の続きはかおりさんか蒼月空太さんの投稿を想定していますが、お二人を含む皆さんからの続きが今週末くらいまで投稿されなかった場合、自分で続きを書こうと思います。すみません)
大路伏翼は非常に面白くなかった。昨日の松葉邸襲撃を、安部野に邪魔された逆恨みが尾を引いていたのである。その鬱憤は彼に咎められる元凶となった拓也を私刑に処しても、本日ようやく登校した麻衣と晃の処刑に加勢してもほとんど晴れることがない。故に翼はいつも侍らせている友人たちと離れ、夕暮れの街を一人で徘徊していたのであった。
「くっそー、転校生のくせに生意気なんだよ、あの書記野郎は」
だが徘徊の成果は芳しくなく、いくら気を紛らわせようとしても、昨日の安部野の言葉と顔が翼の脳内でしつこく再生されてしまう。自分の意思に反する無意識に、翼は荒々しい溜め息を吐いた。
「……しかもあいつ、あのアマの仲間にしてはなんか臭えんだよな」
風紀向上のための処刑は立派なことだ。
しかし、処刑が学園の外で通用するとは限らない。
学園と生徒会長に汚名を被せることは許されない。
これらは昨日の安部野が発言した台詞の要約だ。いずれも生徒会役員の台詞としては間違っていない。
しかしそれでも、翼は一度抱いた懐疑を手放すことができなかった。その一因には彼への私怨もあるのだろうが、それとはまた違う、何か違和感めいたものを感じていたのである。
と、そんな折。視界の端が見覚えのある影を捉える。翼は影の姿を確認すると、咄嗟に建物に身を隠した。
「……病院? あいつがあんなところに何の用だ?」
噂をすればなんとやら。翼が見定めた影というのは、病院を後にする安部野の姿だった。安部野は自らを偵察する目線には気付かず、スマホを操作しながら人混みの中へ消えていく。
翼は彼に怨念を込めた睨みを飛ばしつつ、しかしそれ以上は何もせずに彼の背中を見送った。そうしてから安部野が出てきた病院を見上げると、にやりと酷薄な笑みを浮かべる。
「病院って言やあ、弱ってる奴が集まる場所だよなあ?」
安部野が何かしらの病を患っているという話は聞いたことがない。彼自身が病気を隠していることもあり得るが、その可能性を無視するなら、健康な人間が病院を訪れる理由はほぼ一つ。
安部野にとって相応に大切な人物が、あの病院に入院しているに違いない。
弱者を庇護する人間は、得てしてその存在が枷になる。安部野が見舞う人物の詳細を今のうちに調べておけば、有事のときに彼にとって有効な人質になるかもしれない。もしくは逆にその人物と交流を深めて安部野の秘密を聞き出す穴としても良いし、虚言を吹き込んで安部野の敵に転じさせるのも面白い。
「……ま、一先ず今は裏取りが先だよな。どう料理してやるかはそれからだ」
思いがけず拾った安部野の弱味となりそうな種は、僅かながら翼の不機嫌を癒した。もっとも、そこから収穫できるものが期待通りである保証はないのだが。
そんな可能性も視野に入れたつもりの翼は、安部野の見舞い相手にどうやって接触するかの算段を立て始めたのだった。
「お前さぁ、暗いし気持ち悪いし目障りなんだけど」
昨年のことだった。
当時クラスでリーダー格として権力のあった女子。
彼女は軽蔑した目で、そう言い放つ。
突然そんな事を言われた相手の方は、ただ縮こまって目をぱちくりとさせていた。同じ長さに切り揃えられた長い黒髪まで、おどおどと震えているかの様だ。
「……だから、そういうとこがウザいんだってば」
一方で堂々と立っている少女、木嶋京子はそう言って荒々しい溜息をついた。
それに野次をかける様に、静まっていたクラスは動き出す。
「京子の言う通りだよね〜、あいつ暗い上に何考えてるかわかんない」
「普通に気持ち悪いっていうかさ……前髪長すぎて表情見えないし」
「どうせブスなんだろ、あんな顔まじまじと見たくねぇよ」
クラスがざわつく中、黒髪の少女はただ黙って俯いていた。それがより一層、周りの心無い発言に拍車をかける。
「ほら、何か言えないのかよ?」
「見ててイラつくわぁ、木嶋さんに同意」
「やっぱあいつ邪魔だよな」
その日からだ。クラスメイトが彼女をいじめ出したのは。
教科書や私物は次々となくなり、体育着はズタズタに切り裂かれた。弁当はトイレに捨てられ、いかがわしい写真が生徒間に流出した。それはいじめのほんの一部に過ぎず、毎日クラスメイト達はあの手この手で彼女の精神をすり減らしていく。顔もアザに塗れ、制服は汚れが目立っていった。
彼女は何も言わなかった。逆らえば面倒なことになるのは分かっている。誰に助けを求めることもなく、ただただ黙っている。
「貴方達、何をしているの!」
そんな惨めな彼女に、手を差し伸べる存在がいた。
リンチに参加していた生徒達は散り散りになって逃げていき、後には床でうずくまる少女だけが残された。
「ねえ、大丈夫?」
暖かな微笑み。白く美しい手。彼女の様に長いが、美しく整った髪。
「結城璃々愛さん」
「……かいちょーに……手出しはさせないんだから」
放課後の教室で、璃々愛は1人呟いた。
彼女は自分がやられた事と、同じこと……それ以上のことをしてやった。
今まで処刑されてきた人間から、悪魔となじられたのも無理はない程に。
http://ha10.net/sou/1487500416.html
こちらにおいて、ABNさんがこれまでの流れや時系列表を書いて下さいました。ありがとうございます。
(亜衣と別れた下校中の恵里目線)
一緒に帰っていた私と亜衣。信号のないとある十字路で亜衣は左に曲がり住宅地へ。私はそのまま進み、自分の住むアパートへ。
ここからあと………10分位。
それなりに人通りのある道路を歩くと、右に病院が見えてくる。
いったことはないが、ここを通る度に思う。
「やっぱりおっきいなーここ。………って、あの人、翼さん……だっけ?」
その入ロ近くに、B組の翼さんがいた。なぜ名前を知っているかというと、裏で有名だから。勿論、悪い意味で。
言っちゃ悪いかもしれないけど……彼は、その、猫かぶり。
よく噂になってる。教師の前ではあんな良い顔してるけど、すっごい不良だって。
私は彼のことをよく知ってる訳ではないけど、あんまり関わりたくはないかな。それにしても………
「何してるんだろう……?」
お見舞いでもなさそうだし、なんか笑ってるし。
う―ん、ま、いいか。
すぐ諦めるのは私の悪いクセ。直しようがない。
「………?」
コンクリート製の歩道の隅に何か、黒の………手帳?
このままにしておくのもアレなので、持ち主の電話番号でもないかとページをめくる。
うわ、この人すごい几帳面だ。
なんていうか、物凄く細かい。定例会議の時間とか、生徒総会の段取りとか、変更した日程とか。
っていうかこの手帳の持ち主、学園の人?行事とか全部同じなんですけど……。
「ぁ、わ……」
カサリ、と音をたててカバーが落ちる。手帳本体に書かれている文字は……
独裁女王 風花百合香 絶対に許さない
え、革命派の人?
どうしよう。持ち主にかえしにくくなっちゃった。
とりあえず、カバーを拾ってかけ直す。
「お前、誰?」
「ッ!!?」
いつのまにか目の前に、翼さんがいた。
「てかさ、その手帳どこで手に入れたんだよ」
「さっき、ここに、落ちてた………」
「ハア?なわけあるか。それ、書記の阿部野のやつだぞ」
「ぇ……で、でも、これ……」
私はカバーをはずし、翼さんに見せる。あの、書き殴られたような赤い文字を。
「……へえ、表向きは生徒会長派でも実は……ってとこか。何考えてるんだか」
生徒会書記の人が、革命派?そんな……。
生徒会の人に言った方がいいのかな。でも、そうしたらあの人はきっと、処刑されちゃう。
「ぁ、あの、これ」
「ああ、悪いけど返しといて。俺帰るわ」
そのまま翼さんは小走りで去っていく。
って、ちょっと、やめてよ。
私が返せるわけないじゃん。生徒会の人はみんなA組なのに………。
あ、そうだ。あの先輩に頼もう。
3年A組の笹川先輩。すごくかっこいいお姉さんって感じの人。
清楚でお嬢様な生徒会長も人気だけど、私は頼れる姉貴な笹川先輩が好き。キリッとしていても頭のなかでは空想のオンパレードってとこも好き。
ああ、とにかく帰ろう。笹川先輩に頼むのは明日だ。
黒いカバーの手帳をカバンに入れ、私は自宅アパートへの道を急いだ。
(>>61で言ってた続きを想定している方の名前、かおりさんではなく奏さんでした。間違えてしまい本当に申し訳ありません;)
(今回は今までで一番の長文になってしまいました。更に皆さんのキャラがかなりぶれているかもしれません。すみません)
「なるほど、巨大組織……! いかにもあの生徒会長が考えそうな計画ね」
「いやいや待てよ! 組織とか流石に妄想が過ぎねえか!?」
千明による突飛な陰謀論は、中二病的なものを好む麻衣には好感触だったようだ。そんな彼女の高揚を晃は慌てて抑えようとするが、なまじ説得力のある推理に麻衣の目の輝きは収まらない。
「でも実際、今の学園は風花百合香の帝国って言っても過言じゃない状態でしょ? 今の時点でも十分異常なんだし、これが組織を立ち上げる計画の一部って言われてもおかしくはないわ!」
「確かにそうだけどよ……。じゃあ天本先輩の仮説が合ってたとして、あいつはどういう組織を何のために立ち上げようとしてるんだ?」
「それは分からないけど……悪徳企業か、新興宗教か、はたまた本当に帝国でも作る気かしら? みんなに自分を崇め奉らせてる時点で、ろくな組織にはならないでしょうけど」
敵側ながら中々興味深い、風花百合香が目指していると思われる独裁集団の最終形態。ある種の浪漫に満ちたその予想図をあれやこれやと考えていた麻衣の顔色は、しかししばらくすると何かを悟ったようにさっと青ざめた。
「……そうか。私たち、そんな狂った組織に立ち向かおうとしてるのよね。たった数人で」
方や真凛や千明を誘おうとしているとはいえ、現時点での同志は二人しかいない自分たち。方や全校生徒のほとんどを味方につけ、将来的には巨大な組織をも立ち上げかねない生徒会長。その絶望的な戦力差を改めて実感した麻衣の体は、次第に小刻みに震え始めた。
臆病風に吹かれた心が倒れそうになったそのとき、くぐもったバイブレーションの音が静まっていた部屋に響く。反射的に麻衣は自分のスマホを取り出すが、画面にはいつもの待ち受け画像が映っているのみ。連絡があったのは麻衣ではなく、晃のスマホのようだ。
「ああ、俺の方か。……なんだこの番号?」
未だに震え続ける彼のスマホには、見覚えがない電話番号からの着信画面が表示されている。晃は確認を取るように麻衣へ目配せを送ると、音声をスピーカーに切り替えてから、慎重に画面の通話ボタンを押した。
「……もしもし?」
「さっきのメール、読んだわよ。二年D組……いえ、E組の松葉晃」
「うっわ、そこまで知ってるのかよ!? ってかメール読んだってことは、藤野先輩なんだな?」
「正解。私にかかれば、メール一通で身元や電話番号を割り出すなんて簡単なんだから。そんなことよりあなた、よくも素晴らしいことを考えついてくれたじゃない!」
電話の主は、先ほどメールを送ったもう一人、藤野真凛だった。スピーカーから聞こえてくる彼女の声は、興奮のせいかやや上擦って聞こえる。
「生徒会長さんは順風満帆だった私の人生を、それはもう滅茶苦茶の台無しにしてくれたわ! それ以来ずっと復讐の機会を窺ってたけど、信者という名の盾の前には流石の私のハッキングもぬかに釘だったのよ。でもあなたたちが力を貸してくれるなら、勝機は見えたも同然ね! 喜んで協力してあげるから、一緒にあの女を死ぬより辛い地獄に叩き落としましょう! で、具体的な反逆の内容や決行日はもう決まってるのかしら? というか今の人員はあなた以外に誰がいるの?」
「わ、分かった分かった! 協力してくれるのはありがたいけど、ちょっと落ち着いてくれ!」
余程多くのフラストレーションを溜め込んでいたのだろうか。マシンガンのように百合香への恨み辛みを吐き出す真凛の迫力に、麻衣と晃は気圧されそうになった。そんな彼女をどうにかなだめ、晃は真凛の質問に答える。
(続く)
(続き)
「具体的な内容っつっても、まだメンバーが俺と麻衣……同じ二年の板橋麻衣ってやつしかいなくてな。今のところは学園掲示板を立てるくらいしかできてねえんだ」
「掲示板なら私も見たわ。でもあの狂信者共が、あんなありきたりな学園掲示板程度で変わるかしらねえ。私以外に声をかけた人はいないの?」
「ありきたりで悪かったな。一応あんたに送ったのと同じメールを、天本千明ってやつにも送ったんだが……」
「ああ、あの広報部長さんね。電子機器だけに頼らない彼女の情報収集能力は、私から見ても目を見張るものがあるわ。味方に選んだのは正解ね。それで、部長さんからの返事は?」
「それがなあ、『生徒会長は巨大な組織を立ち上げるかもしれないから、覚悟がないなら諦めろ』って返信が」
「なんですって!?」
来たんだよ。と晃が言い切ろうとした所で、叫びに近い真凛の大声がスピーカーから発される。あまりにも高いデシベルに耐え兼ね、晃は自分の耳元からスマホを遠ざけた。
「巨大組織の可能性については否定しないわ。でも、だからって諦めろ? そんな仮説にビビって風花百合香に被せられた汚名を放置しろってわけ? ふざけないでよ! その天本千明、腰抜けの成り済ましとかじゃないでしょうね!?」
「そ、そんなはずはねえよ! 確かな筋から手に入れたアドレスだ、間違ってるなんてことは……」
「大体組織云々が本当だっていうなら、それこそ反逆のチャンスは今しかないじゃない! あの女が生徒会長の枠で済んでる今のうちに潰さなきゃ、近い将来にはあの狂った女王独裁が日本中、下手したら世界中に蔓延してしまうわ!」
復讐のチャンスをみすみす逃せという意見が、真凛の逆鱗に触れたらしい。先ほどやっと落ち着いた言葉のマシンガンが、再びスマホから立て続けに流れ続けた。
しかし言いたいことを言い尽くしたのか、今度は晃の制止なく自分からクールダウンする。
「……松葉晃、天本千明のアドレスを送ってちょうだい。彼女の説得ついでに、そいつが本物がどうか調べてあげるわ」
「わ、分かった」
真凛の言う通り、ハッキングのプロである彼女なら、より確実な裏付けが取れるはずだ。晃は言われた通りに、千明のアドレスを真凛宛のメールに貼り付けて送信した。
しばらくすると、スピーカーからカチャカチャとキーボードのタイプ音が聞こえ始める。千明へのメール作成とアドレスの調査を始めたのだろう。晃はスマホの通話を繋げたまま、マイク部分を指で押さえてから麻衣の方を向いた。
「なんつーか、想像してた以上にすごい奴だったな……」
「そ、そうね……。あそこまで我を忘れちゃうくらい、風花百合香のことを恨んでたのね、ずっと」
「でも、よく考えりゃあ当然だよなあ。俺たちと違って、藤野先輩は既に処刑を受けて追放された後なんだからよ」
恐らくは処刑されたときから今までの約一年間、自分一人では訪れるかどうかも分からない復讐の機会をずっと待っていたのだろう。自らの気がふれてしまうほどの、百合香への怨恨を抱き続けながら。
巨大組織説を聞いても消沈しないほどの強い負の感情を持っているなら、革命の味方としては心強いし途中で裏切るということもないだろう。しかしそれならば、半ばその場の流れで革命を決めたような自分たちが、彼女の憎しみに果たしてついていけるのだろうか?
そんな期待と不安が入り交じった二律背反が麻衣の心中を占め始めたころ。スマホから真凛の声が聞こえてきた。晃はスマホのマイクから指を退けて通話に戻る。
「疑って悪かったわね。あのアドレスは確かに、天本千明のスマホのものよ」
「マジか、ありがとうな! これで安心してメールを送れるぜ」
「……いいえ、まだ気をつけた方がいいわ。彼女、なんだか怪しいから」
「は? どういうことだ?」
晃が疑問符を浮かべたのと同時に、パソコンが千明のアドレスからのメールを受信する。真凛にも送られたであろうその本文は彼女の言う通り、確かに警戒を解ききれない内容だった。
--------
あなたたちの覚悟は分かりました。
それでは今週土曜の午後3時、白羽病院のコインロッカー前に来てください。そこでこちらの事情と意見を伝えます。
翌日。
「おっはよー、板橋ちゃんに松葉クン!」
昨夜のメールの件に頭を悩ませていた晃と麻衣を迎え入れたのは、小生意気な幼い声だった。処刑を中心となって進める璃々愛は、相変わらずの調子で2人を煽る。
「……」
昨日の様な騒動は起こすまいと、2人は何を言われても無視しようと心に決めていた。藤野真凛が味方に加わったとはいえ、学園の現状は何も変わらない。生徒達の刺さる様な冷たい目線と理不尽な暴力に、暫くの間は耐えなければならないのだ。
「あっれー、無視ぃ? ちょっと、酷くなーい? せっかく処刑対象にも優しくしてあげてんのにさぁ」
クスクスという周りの嘲笑が耳に入る。それでも2人は璃々愛と目も合わせずに教室へと向かった。
教室に行けば待ち受けるのは落書きに塗れた机と無慈悲なクラスメイトだが、璃々愛の相手をするよりかはマシだろう。
しかし今日、璃々愛は少しばかり苛立っていた。
愛する会長は昨日顔も知らない女子生徒と2人で帰っていき、何を話したのかも教えてくれない。掲示板を探ってみても、有効な手がかりはありはしない。そして安倍野という、会長に付き纏う不穏な存在。
そういった小さな物が、璃々愛の脳に鬱陶しく絡み付いていたのだ。
その鬱憤を晴らす相手は、目の前の反逆者に決まっている。
「挨拶のやり方……教えてあげよっかぁ?」
懐から出した銀色の裁ち鋏を右手に持つ。生徒達の期待の目。空いた左手で麻衣の髪を引こうとした瞬間――。
「やめなさいよ。くだらない」
冷ややかな声が、3人の後ろでずっしりと響いた。
振り返った視線の先にいたのは、すらりと背の高い大人びた少女。彼女のひたすらに黒い髪の中で、紫のカチューシャがきらりと光る。
璃々愛は彼女の姿を確認すると、あからさまに不満そうな顔をして舌打ちした。
「……なんで邪魔するの」
「また面倒事を起こされたくないからよ。風紀委員長として止める権限が私にはあるわ」
麻衣ははっとして、もう一度彼女の顔を凝視する。その凍りついた眼は、しっかりと璃々愛を捉えて離さなかった。
「……月乃宮……先輩?」
堂々と、しかし優雅に立つ彼女こそ、風紀委員長。
月乃宮いばらであった。
(えっと、64の続きで67と同じ時間です。ややこしいですかね……)
朝。いつもより少しだけ急いで家を出る。
私の所属する文芸部は基本的に平日の午後と休日のみの活動だが、物語を書きたくてたまらない笹川先輩は朝早くからいるはず……。
「おはよ恵里ちゃん、珍しいね。締切前でもないのに」
「おはようございます、先輩。いえ、ちょっと頼みたいことがあって……」
やっぱり、いた。A組であっても全く威張らない、綺麗でカッコイイ文芸部の部長。
「なになに?ひょっとして恋愛相談?」
「ち、違います!その、渡してほしいものがあるんです、阿部野先輩に」
「ラブレター……はないか。あんなのはちょっとねえ。聞いたことはないかな」
だから違いますって……。
じゃない、手帳だ、手帳。
「これなんですけど……」
私はカバンの中からあの手帳を取り出した。勿論、カバーはつけたままで。
「わ、アイツの手帳じゃん。どこで手に入れたの?」
「下校中、落ちていたんです」
「ふーん……ま、わかったよ。後で渡しとく」
「ありがとうございます!」
あー。
……よかった、本当に。
ほっとしながら部室の扉を閉め廊下を歩く。すると、見慣れない光景が、窓の外では繰り広げられていた。
なにあれ……。好奇心を見事にくすぐられた私は、速足でギャラリーの中に紛れ込んだ。
「やめなさいよ。くだらない」
あ、あのカチューシャ見覚えがある。あの人はきっと……月乃宮風紀委員長だ。
「……なんで邪魔するの」
あの人は、結城先輩。
そして、処刑された二人の生徒。
ええと……板橋さんをいじめた結城先輩と、それを止める月乃宮先輩って感じかな。
処刑されたあの人たちを見るたびに、罪悪感が私を蝕む。あの二人は、私の身代わり……。
やっぱり、こんな制度おかしいよ……。
私なんかよりずっと勇気のある人を、こんな……。
革命に、参加したいな。
それは、前から思っていたことだった。こんな私じゃ力になれないのは分かってるけど、でも……‼
とにかく、今日一日考えよう……。
小さな決心をした私は、野次馬の中からそっと抜け出した。
(月乃宮いばらについての設定を深めるため、連続になりますが書き込ませていただきます)
「……いばらねぇ、何でアンタが見逃されてるのか分かってんの?」
「ええ、私は見逃されている身よ。だったらその立場、存分に活用させていただくわ。大体、貴方の校則違反を見逃してあげているのは私よ?」
いばらが歯切れの良い言葉でそう告げると、璃々愛は途端に黙ってしまう。流石風紀委員長ともあり、その佇まいは堂々たるものであった。
「あまり調子に乗りすぎないことね、結城さん……私がそっち側につくとなんて思わないで」
先程から周りは彼女の気迫に圧倒されてしまい、誰一人としていばらに異論を唱えることはしない。璃々愛の方も言い返す言葉をすっかり失ってしまっていた。
今は不利だと悟ったのか、璃々愛は何も言わずに不満げな様子で去っていく。その後ろ姿を見届けると、いばらは2人に向き合う。
「貴方達ね、噂の処刑対象とやらは」
「……あーっと……月乃宮先輩、でしたっけ? ありがとうございます」
気さくな晃と堅いいばらという対照的な組み合わせ。だが少なくともいばらは、そんな晃に味方した様だった。
「いいのよ、別に……前々からあの人達はあまり好きではなかったし」
「あの、月乃宮先輩……いいんですか?私達に味方したら……」
共犯者として処刑される。
それは白羽学園の暗黙のルールであり、誰もが理解している筈の事実。ましてや処刑の邪魔などしたらただでは済まない。現にたった一度反逆者に味方し、自殺に追い込まれた生徒が過去にいたのだった。
たとえ相手が風紀委員長であろうが、生徒達は容赦しないだろう。
しかしいばらは冷静に言う。
「私の父が白羽学園に多大な寄付金を出していてね。私がいなくなると寄付金は半減する事になる。そうなればこの学園は一気に崩壊するわ。学園にとっても風花さんにとっても私の存在は必要不可欠なの」
「……お金持ちなんですね、月乃宮先輩のお宅」
なるほど、確かによく見るとそのカチューシャにも高級感溢れる細かい装飾がなされていた。近くの雑貨屋に売っている数百円の安物とは幾分違っている。
「……で、月乃宮先輩」
2人の間に入り込むように、晃が口を挟む。
「アンタはこっちの味方なんですか」
いばらは少し考え込むような素振りをし、2人を交互に見据える。表情が少しも変わらないおかげで、若干の不気味さが醸し出される。
「……そうね。貴方達の味方と考えてもらっていいわ」
(今回全文の七割くらいが恵里さんの自問自答です。読み辛かったらすみません)
拾った手帳を信頼できる部長に預けるミッションをクリアしてから、恵里はずっと考え事に没頭していた。
女王の自己都合が横行するこの学園で、自らの意志で彼女に反抗した麻衣と晃。通常なら居丈高を戒めたと称賛されるはずの二人は、ここでは反逆者だと定義され、非難と侮辱の嵐を浴びている。
こんな理不尽をひっくり返すことができるなら、是非ともその手段を選びたい。しかし、その選択において枷となる二つの懸念を、恵里は手放せずにいた。
一つは革命に参加しても、自分にできることが思いつかないこと。頭の良さは学園内では平均以下、運動は体育の成績に響かない程度。何かしらの専門知識を持っている訳でもなく、強いて言えば小説執筆に役立つ文法や表現などを覚えているのみ。そんな物書きの端くれである自分に、どんな助力ができるだろうか?
自分の無力を思い返すあまり、恵里の思考はネガティブな方向に転がり出す。それに伴い、先日聞いた剣太郎からの忠告が想起された。
『この学園は成績と評判が全てを決める。必要以上のお節介は自分の身を滅ぼすだけだ』
彼の言う通り、処刑対象の麻衣たちは、現在進行形で生徒会公認のいじめを受けている。ジュースを浴びせられたり、机を落書きで汚されたり、晃の自宅を不良が襲撃したとも聞く。
もし自分も革命に参加して、そのことが他の生徒たちにバレたとき、あのような心ない悪意に自分は耐えられるのだろうか? それが恵里が抱えるもう一つの懸念であった。
以上の自問自答を、納得のいく答えが出ないままぐるぐると考え続ける。そんな堂々巡りは授業中や休み時間にも止まることはなく――。
「白野恵里さん、少しよろしいですか?」
「は、はい!?」
教室移動の途中、背後からかけられた声に必要以上に驚いてしまった。痛くなるほど跳ねた心臓を鎮めながら後ろを振り向くと、そこには今朝、部長経由で手帳を渡したはずの安部野が立っていた。
(続く)
(続き)
「驚かせてしまいすみません。先ほど、僕と同じクラスの笹川さんから手帳を受け取りまして。彼女に聞いたところ、あなたが拾って届けてくれたと仰っていたので、お礼に参りました」
「あっ、はい、その通りです! ええと……手帳、無事に届いて良かったです」
「ええ。落としたことに気付いたときには、どうしようかと困り果ててしまいましたよ。本当にありがとうございます」
心から安堵した様子で頭を下げる安部野。そんな彼に倣って恵里も笑顔を作るが、内心は動揺を表に出さないようにすることで精一杯だった。
あの手帳の中表紙に書かれているのは生徒会長への恨み節。そしてその持ち主である安部野は、恐らく麻衣たちと同じ反逆者。
もし中表紙についてここで言及すれば、あわよくば安部野の革命を手伝うことができるだろうか? 同じ思想を持つ同志の中では恐らく生徒会に一番近い彼だ。上手く行けば、革命の心強い味方になるかもしれない。
だが逆にその目論見が外れ、中表紙を見てしまったことを問い詰められた場合。口封じとして生徒会役員の権限を利用され、自分が新たな処刑対象に選ばれてしまう可能性も否めない。
そもそも革命に参加する決心も固まっていないのに、今ここであの文字について言及してもいいのだろうか?
恵里のそんな葛藤を知った様子もなく、安部野は頭を上げると、一つの提案をした。
「もし白野さんのご都合が良ければ、明日にでも改めて、ちゃんとしたお礼をさせてください」
「えっ、そんな! そこまで大したことしたわけじゃありませんし、大丈夫ですよ!」
「いいえ。白野さんのおかげで、大事な手帳を無くさずに済んだのです。さもなくば僕の気が済みません」
「うーん……分かりました。そこまで言うなら、お言葉に甘えます。明日は特に予定もないですし……」
一度は反射的に遠慮したものの、安部野の押しに負けた恵里は、大人しく彼の礼を受け取ることを決めた。
よく考えれば安部野の礼に付き合うということは、彼と落ち着いて話せる機会を得るということだ。あの中表紙について聞くなら、そのときにすればいいだろう。
恵里の快諾を受け、満足げな笑みを浮かべた安部野は。続けて希望の待ち合わせ時間を述べた。
「それでは明日土曜日の午後二時半、白羽病院内にある喫茶店で落ち合いましょう」
(生存確認がしたいので、この書き込みを見た方は2週間以内に続きを書く、報告するなどで生存を知らせて下さると助かります。
確認がとれない場合、その方のキャラクターは今後自由に使用できるキャラとして扱わせていただきます。)
一応生きてますよ?ただ・・・ネタが浮かばないんですよ。例え浮かんでも、それでいいんだろうか・・・となるので
74:ABN:2017/03/15(水) 19:22(展開に悩むようでしたら、創作の方の設定スレで相談してもいいのではないかと思います…)
75:奏:2017/03/16(木) 13:17 >>72
(いますが…せっかくの素晴らしい小説が幼稚な分しかかけない私のせいでダメになるのは嫌なので…)
(わ、私も生きてますからね!次の話で恵里を革命軍?に入れるつもりですよー!)
77:かおり:2017/03/16(木) 18:01(あ、書記さんの手帳についてはしばらく恵里の心の中で保存(保留)とするつもりです)
78:ビーカー◆r6:2017/03/17(金) 12:07 皆様ありがとうございます。
ネタの相談については創作板を使って頂いて大丈夫ですし、創作板でABN様も仰っていた通り文の出来や話の流れの出来について気にすることはありません!遠慮なく続きを作って頂いて大丈夫です、むしろ皆様の続きを楽しみに待っております!
あまり深く考えず、お気軽にどうぞ(^^)
「もー…っ…、ムカつくムカつくムカつくムーカーつーくーっ!!」
放課後の生徒会室でそう叫ぶのは、幼い駄々っ子の様に床で暴れ回る璃々愛だった。彼女はいつも会長の雑務が終わるのを待つ為、この部屋に居座っている。会長の仕事が終われば会長を家までしっかり見送り、会長が玄関の扉を閉めるのを見届けてから帰路につく。はたから見ればストーカーの域に達しているが、会長本人も特に悪い気はしていなかった。
「何よあの態度!? 超ムカつくんだけど!? 風紀委員長だからって調子乗ってぇ……!!」
彼女の怒りは収まる所を知らず、次から次へと溢れ出ては暴言となって撒き散らされる。そんな彼女の様子を、くすりと笑いながら見つめる百合香。
「まあまあ、落ち着いて璃々愛ちゃん。もう少しの辛抱よ」
「……でもぉ〜……早いうち、何とかした方がいいよ、かいちょー……風紀委員の奴らもまとめて」
相変わらず不満は垂れるものの、会長が一言宥めれば璃々愛は途端に大人しくなる。やがてすくりと立ち上がり、髪を整え始めさえする。璃々愛をここまでコントロールできるのは、やはり百合香くらいなものだろう。
「父親は雪羽広告の取締役、母親は元白羽病院の看護師、そしてお姉さんはその白羽病院の現役看護師……そりゃあお金持ちよねえ」
百合香はそう言って、確認の終わった資料を引き出しにしまった。
「もうっ、感心してる場合じゃ……」
「それより、璃々愛ちゃん。良いニュースよ」
璃々愛に微笑みかけると、百合香はスマートフォンの画面を彼女に見せる。白羽学園では授業中以外ならスマートフォンの使用が許可されており、放課後にもスマートフォンを使用しながら部活動にのぞむ生徒は多い。もっともそれは、主に個人主義の強い文化部でしか行われていないが。
画面上のニュースサイトには、ゴシック体の見出しがでかでかと書かれている。
『木嶋一家失踪事件 長女衰弱状態で発見』
「!!」
璃々愛の目に光が灯ったのが見える。
『昨年末突如姿を消し長らく捜索が続いていた木嶋(きしま)一家の長女、木嶋京子(- きょうこ)さん(17)が、Y県の山林から衰弱状態で発見された。京子さんは市内の病院に搬送され、経過観察中だ。父の富博(とみひろ)さん(39)、母の雪(ゆき)さん(35)、次女の沙織(さおり)さん(15)も発見されたものの、死亡が確認された。
一家は昨年12月7日…………』
「市内の病院って……白羽病院、だよねー?」
「ええ、あそこくらいしか受け入れ場所はないもの……おいたはダメよ、璃々愛ちゃん」
『Lily.
行方不明の子、見つかって良かった。
メディアとかは病院名とか明かすよりまず、その子の様態とか家族問題とかを優先して伝えてあげるべきだと思うなあ。その子がどんな思いして生き延びたのかもっと報道してもいいのに。
13,568 RT 16,928 いいね』
(遅くなってすみません!そんなにこれないので使ってもいいですよ!だけど、近いうちに下校中のは書きます!月曜日(明日)くらいには、書けるようにします!今ちょっと考えてます!)
81:かおり:2017/03/20(月) 12:46 土曜日、午後二時五分。私、白野恵里は喫茶店への道を急いでいた。家から喫茶店まで十分くらいで、待ち合わせは二時半。早すぎるかもしれないけれど、相手は最上級生でA組で生徒会なのだ。遅刻が許されるわけがない。
病院の大きさに感心しながら喫茶店へ歩く。腕時計をみると時刻は二時十二分だった。まだいないよね、と心の中でつぶやいたけれど……
「こんにちは、白野さん」
「こ、こんにちは」
奥のテーブル席には既に安部野さんがいた。
「お早いですね、先輩」
「いえ、少し用があったので。注文どうします?」
「えっと、コーヒーを」
「分かりました」
店のロゴが入ったエプロン姿の女性店員さんにコーヒーを二つ頼む。頑張れ、という意味ありげな目配せは首を横に振って否定する。安部野さんは気付かなかったようだ。
先ほどとは別の女性店員さんからコーヒーを受け取り、話を再開する。
私が一番知りたいのは、あの手帳に関すること。本当に革命派なのか。でもそんなこと、直接聞けるはずがない。そこで私はこんな質問を投げかける。
「……先輩は、あの二人について、どう思いますか?」
革命に肯定的とも否定的ともとれる聞き方。これが吉と出るか凶と出るか……。
「何故そんなことを?」
「……学園の中でもいろんな意見があるので。強いて言えば、生徒会の方の考えをお聞きしたいな、と」
まさか質問を返されるとは思わなかった。うまく誤魔化せただろうか。
「そうですね……生徒会としては厄介と言わざるを得ません。今まで守られてきた制度に反対されたのですからね」
「そうですか……」
うぅ、私が聞きたかったのは生徒会としての意見ではなく安部野さん個人の意見なのに。
あーあ、失敗。
冷めてしまったコーヒーを飲み、小さくため息をついた。
「ああ、すっかり忘れていました」
「?」
「あなたとお会いした本来の目的ですよ」
あ、手帳のお礼か。別にいいのに。
「本当にありがとうございます。助かりました」
「いいんです、そんなたいしたことではないですし!」
だから頭をあげてくださいよー!
「いえ、新しいものにしようとも、難しいので。どうしようかと思いました」
「……あぁ、たくさん書き込んでありましたもんね。確かに、あれをもう一度書き直すのは大変そうです」
「……ええ、まあ」
なんだろう、気になる沈黙だな。何か変なこと言ったっけ?
私は先ほどの発言を振り返り、大きな失態に気づいた。
「っ!」
たくさん書き込んであった、と。
言ってしまった。
それが分かるのは、手帳の中を見たひとのみ。そして……。
「いつも、手帳からカバーが外れないように折り込んでいるのですが、笹川さんから受け取ったときはそうなっていなかったんですよ。もしかして、とは思いましたが、まさか……」
「……」
ごめんなさいと素直に謝りたいけれど、出来ない。
どうしよう……。
(ABNさん、お願いします!私じゃ無理‼)
〜下校中〜
「会長、あの……」
「?何ですか?」
「璃々愛さんのこともあるんですが、その前に処刑制度のことについていっていいですか?」
「いいですよ」
「処刑制度を…その…少し緩くしたほうがいいと思うのですが…」
ストレートに言いたいけど、処刑されるのは嫌ですからねぇ…我慢しますか。
「何故そう思うのですか?」
「それは…厳しく処刑するとその…一部の生徒にはいいことだと思いますけど、ほかの生徒には悪いことだと思うからです。例えば…悪いことをしたら処刑する、それはいいんです。だけど、悪いことをしていないのに濡れ衣を着せられて処刑されるのはかわいそうだと思います。それに、璃々愛さん、会長が処刑しているのを見て処刑人を見て、いじめて、すごく楽しんでいるように見えるんです。」
本当は、もっと言いたいけど…後で氷雪(ひゆき)に話すことにしますか…。
「そうですか?厳しくしているつもりはないし、璃々愛は楽しんでいるように見えませんけど。」
……本当に百合香の頭はどうにかしてますよ。イライラします。
「でも、濡れ衣を着せられるのはかわいそうなのでそこは何とかしてくださいっ!」
「濡れ衣を着せてません。なので何もしません」
本当にそう思っているのか…もう無理だ。早く分かれないとこいつに怒りそうだ。
「すみません。余計なことを言いました。付き合っていただきありがとうございました。さようなら」
「さようなら。また明日」
もう嫌だ。本当にこいつはやばい。
〜美雪の部屋〜
私はパソコンを立ち上げた。いつものことだ。イラついたら、パソコンに打ち込む。
『何なんだ。あいつは‼何であいつが会長なんだ‼あんな奴が生徒会でいいのか‼頭がおかしい‼おかしい。あぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー‼むかつくむかつく💢』
「氷雪に来てもらおぉ…はぁ」
『氷雪、今家に来てくれる?できたら今すぐ来て』
『はーい。今から行きます』
(ちょっと保留します)
(続き)
『あのさぁ、あえかと愛夏(まなか)連れて行っていい?』
『愛夏?』
『美術部の子。友達になったの。復活派だから大丈夫。多重人格だけど…』
『いいよ』
「美雪、あいつのこと?」
「うん」
「あのぉ、あいつって誰ですか?」
「あっ、そっか。愛夏、今日が初めてだもんね」
「今更だけど私、あえか。で、あいつって言うのは生徒会長のこと」
「えっと、この方ですか?」
そう言って、愛夏はアイツの似顔絵を見せてきました。流石、美術部。
「そうそう。美雪、早く教えてよ!小説のネタにするから」
「うんうん。アイツが自分のことってわからないように崩すし」
「氷雪さんとあえかさんって文芸部ですか?」
「うん、そうだよ。氷雪ちゃんと一緒。ついでに言うと、小説家」
「えっ!いつなったの!」
「美雪……びっくりしすぎ…」
「氷雪さん、あえかさん、小説の挿絵、私書きたいです!」
「いいよ。美雪、早く話して」
私は下校中のことを話しました。感情的にならないように、客観的になるように。
「本当にどうにかならないかな…」
「あえかぁ、ネタにはなるけどこれはねぇ…」
「会長さん、ある意味、すごいですよねぇ」
(またまた保留します。すみません)
(いきなり違う場面から始まりますが、一応>>81の続きとなっております)
(創作板の方でも予告した通り、今回は今まで張っていた伏線を一気に回収するので、今まで以上の長文かつ粗削りの文章になります。すみません;)
白羽病院の入り口付近にある、来客専用のコインロッカー。千明からのメールで集合場所として指定されたそこに、麻衣、晃、真凛の三人は集まっていた。
「あー……天本先輩、遅くね?」
「遅いって言っても、まだ三時にはなってないわよ。もう少しで来るんじゃない?」
「それはそうだけど、日時を指定してきたのは向こうでしょ? だったらそれよりも先に待ってるのが、言い出しっぺの礼儀ってものじゃないの」
「だよなー。一体何やってんだろうなあ、天本先輩」
三人が集合したのは午後二時四十分頃。そして現在時刻は午後二時五十八分。未だに姿を見せない相手に、麻衣はそわそわと落ち着かない様子を見せ、晃は待ちぼうけによる疲労でだらけ、真凛は待ち人の無礼に憤っていた。
「ってか、どうして集合場所が病院なんだろうな? 折角待ち合わせるなら、もっと他にも場所があっただろうに……」
「あら、知らないの? 処刑された天本千明の末路」
「ま、末路?」
「彼女は歴代の処刑対象の中でも、相当メンタルが強い人だったらしいの。けれど、そんな彼女も全校生徒ぐるみの処刑には耐えられなかったのか、最後には学園の屋上から飛び降りた……って聞いているわ」
「飛び降りって、じゃあ、天本さんは……!?」
「あんなメールが届いてる以上、少なくとも命と頭は大丈夫そうね。でも、他の五体も無事で済んでるかどうかは……」
蒼天にそびえ立つ白羽学園の学舎。その屋上から見える地面の遠さを想像して、麻衣と晃は顔から血の気が引いた。
あの高さから身を投げれば、命どころか体が原型を留めるかどうかすら怪しい。にも関わらず、詳細不明とはいえ一命を取り留めたのは奇跡としか言い様がない。
しかしそれと合わせて今回の集合場所を踏まえると、恐らく千明は、未だに病院から動くことができないほどの大怪我を負ってしまったのだろう。
麻衣の思考が千明の様態を想像するにまで至ったそのとき、午後三時を告げるチャイムが病院内に響く。それと同時に、麻衣たちに声をかける者がいた。
「あ、あの……二年の板橋先輩、ですよね?」
「はい、あなたは……っ!?」
どこかで聞き覚えのあるその声色に、麻衣は何気なく返事をする。吊られて晃と真凛も声の方に振り向き、直後、三人は息を飲んだ。
麻衣たちに話しかけたのは、自分たちと同じ白羽学園の一年生、白野恵里。そこまでは想定通りなのだが、彼女のすぐ背後には、黒いフードを目深に被った人物がぴったりと接するようにして立っていた。よく聞けば恵里の声は上擦っており、体はびくびくと震えている。傍目から見ても、彼女がフードの人物に対して怯えているのは明らかだ。
「おい、誰だよお前!? うちの後輩がビビってるじゃ」
「刺激しないで! あの人……危ないわ」
フードの人物に威嚇しようとした晃を、真凛が素早く制止する。彼女の目配せに従って黒フードの手元を見ると、その手には不恰好で無機質な機械が握られていた。ドラマなどのフィクションでしか見たことがないあの先端の形は、恐らくスタンガンだろう。
もしあれが本物で、自分たちが黒フードの機嫌を損ねるようなことをすれば、目の前にいる罪なき後輩の身は――。
麻衣たち三人がそう悟ったのを見計らったように、フードの人物は小声で恵里に何かを耳打ちする。ひっ、と小さな悲鳴こそ上げたものの、彼女は抵抗せずにその言葉を最後まで聞くと、三人の方に顔を上げた。
「ええと……皆さんが持ってる荷物、全てコインロッカーに預けてください。スマホも、上着も、ポケットの中味も、手放せるものは全部……」
「ど、どうして? 白野さん、この人の目的は何なの?」
「それは、その……きゃっ!」
バチッ、とスタンガンから火花が弾ける。幸い恵里が感電した様子はないが、今の電撃でスタンガンがハッタリ用の偽物である可能性は潰えてしまった。つまりこのフードの人物は、やろうと思えば本当に恵里を害することができてしまうのだ。
(続く)
(続き)
目の前の凶器が本物であるというショックで呆然とする麻衣。そんな彼女に、真凛はそっと声をかけた。
「麻衣、ここは言う通りにしましょう。あのスタンガンが、私たちに向けられる可能性もゼロじゃないし」
「は……はい」
フードの人物の機嫌を損ねないよう用心し、三人は指示された通り、預けられるだけの荷物を全てロッカーに収納した。それが終わると、黒フードはもう一度恵里に耳打ちをする。
「ええと、今度はエレベーターまで行って、上りのボタンを押してください。階のボタンは、この人が押す……とのことです」
「ちょ、ちょっと待てよ! 俺たち、これから待ち合わせが……」
「仕方ないわよ。千明には後で、理由を話して納得してもらいましょう。……最も、向こうがそれを許してくれるかは分からないけど」
後輩の身の安全が保証されない以上、自分たちに不都合があっても口答えをするのは危険だ。そう判断して晃を説得する真凛の表情は、彼と同じく歯噛みするほどの苦々しさに満ちていたのだった。
恵里を人質に取るフードの人物をしんがりに置き、麻衣たちはエレベーターに向かう。そして指示通り、上りのエレベーターに乗り込み、扉が閉まるのを待つ。それを確認した黒フードは、個室の病室がある階のボタンを押してから、ようやく自ら口を開いた。
「お疲れ様でした、白野さん。ご協力感謝いたします」
「あ……も、もう大丈夫ですか……?」
「はい。お三方も、騙し討ちのような真似をしてしまい申し訳ありませんでした」
その言葉に恵里は腰を抜かして安心し、麻衣たち三人は突然しおらしくなった黒フードの変化に目を点にする。そんな彼女たちの様子にフードの人物はクスリと微笑すると、今まで被っていた頭巾部分の布を外してみせた。その下から表れた顔に、麻衣と晃はにわかに身を固くする。
「お、お前は……安部野椎哉!?」
「あべの? あなたたちの知り合い?」
「知り合いというか……新学期から転入してきた、学園の生徒会書記の人ですよ」
「板橋さんの仰る通りです。出席停止となっていたのなら、ご存じなくても無理はありませんね。藤野真凛さん」
「! どうして私の名を……!」
学園における彼の立ち位置を知っている麻衣と晃は元より、転入生であれば知らないはずの自分の存在を認知された真凛も、安部野に強い不信感を向けた。そもそも秘密裏に打ち合わせた反逆者たちの集いが、なぜ生徒会の人間にバレてしまったのか?
エレベーター内の空気が麻衣たちの警戒心で侵食され、一触即発となりそうなそのときだった。
「ま、待ってください! 安部野先輩は、私たちの敵じゃありません!」
「何言ってるのよ! 生徒会長に仕えてるあいつが、どうして私たちの味方になるわけ!?」
「そ、それは……」
恵里が躊躇いがちに口を開こうとすると、チャイムと同時にエレベーターの上昇が止まる。目的の階に到着したのを確認すると、安部野は床にへたりこんだままの恵里に手を差し伸べた。
「その説明は追々させていただきます。ですがその前に、白野さんへの誤解を解いておきましょうか」
◆ ◆ ◆
それは恵里の失言から始まる。本来は安部野の手帳の中表紙に書いてあった、文字の真偽を問う予定だったのだが、逆に自分が中表紙を見てしまったと彼に感づかれてしまったのだ。
気まずいでは済まない沈黙の中、目の前のにこやかな笑みは崩れない。それがなおのこと、恵里の不安感を一層募らせていた。
「では、僕もお尋ねしましょう。現在執行されている処刑制度について、白野さんはどのようにお考えですか?」
「!」
安部野からの思わぬ問いに、恵里は思わず俯きがちだった頭を上げた。
質問の答えは決まっている。だがこの状況で彼相手に、馬鹿正直な回答が通用するのだろうか? いや、どちらにせよ先ほどの失言で、安部野からの信頼は無くなってしまっただろう。それならいっそのこと――。
(続く)
(続き)
「私は……あの処刑制度は、理不尽だと思います。学園の平和と言えば聞こえはいいですが、その定義は生徒会長の独断同然じゃないですか。それに処刑によって、体や心を傷つけられている人もたくさんいます。そんな人たちを無視して平和を謳うなんて、あまりにも矛盾していると思います」
「……なるほど、なるほど」
ああ、とうとう言ってしまった。これで晴れて(?)私も、処刑対象の仲間入りだろう。革命への参加を考えていたときから分かっていたことだが、果たしての残り約三年間、私は生徒たちからの心ない処刑に耐え続けることができるのだろうか。
一度口に出した本心からの意見を、遅まきながら後悔しだした恵里。しかしそんな彼女とは対照的に、安部野はやはり変わらない笑みを浮かべたままだ。彼は恵里の意見を反芻するように二、三頷くと、おもむろに自分の鞄を開けた。
「白野さん。この後、お時間の余裕はまだございますか?」
「えっ? あ、はい」
「それは良かった。実はこの後、もう一件待ち合わせの予定があるのですが、その際に僕の指示に従って欲しいのです」
「指示?」
言いながら、安部野は鞄の中から黒いフードを取り出して羽織る。そして再び鞄から、今度は黒く不恰好な機械を取りだした。
「簡単な伝言ゲームですよ。僕が適宜お伝えする言葉を、待ち合わせ相手の方々に話していただくだけですので。ただし余計な真似をするようであれば、少々身の安全は保証できかねますがね」
彼が取りだした機械の正体がスタンガンであること。そして恐らく、これから自分はあれを使われ、待ち合わせ相手の人質にされるということ。それらを悟った恵里の後悔はとうとう限界を極めたのか、くらりと目眩を呼び起こしたのだった。
◆ ◆ ◆
「……なるほどな。とりあえず、お前がここに呼び出された理由は分かったぜ」
「なんと言うか……災難だったわね、白野さん」
「あ、あはは……」
安部野を先頭にして、一行は個室用フロアの廊下を歩く。その道中で説明された恵里の経緯に麻衣たちは同情を覚え、当の恵里は乾いた笑いを漏らすしかなかった。
「それにしたって、あんな脅しみたいな真似をする必要ありました? 不審者かと思いましたよ」
「承知しております。しかし何分、僕は生徒会に属する身。同じ役員の目を誤魔化し、かつ盗聴の可能性を排除するためには、あのような方法しかなかったのです」
「盗聴……あっ! じゃあ、俺たちの鞄についてた盗聴機って」
ほんの数日前に、安部野の提言で発見した盗聴機。彼がこのように言うということは、やはりあれは会長側の人物によるものだったのだろう。つまり安部野の一連の行動は、反逆者である麻衣たちを会長派の監視から逃すためのものだったのだ。
「待ってよ。それじゃあ、千明のメールの内容を知ってることについては、どう説明するの?」
「……その答えは、彼女に直接会えば分かると思いますよ」
そう言うと同時に、安部野はある個室の前で足を止める。名札の部分書かれている名前は「天本千明」。彼はその病室の扉を開けると、先に中へ入るよう麻衣たちを促した。
誘導されるまま、彼女たちは部屋の中へと進む。通常の病室よりも広い、真っ白な部屋の中央に備えられたベッド。その上にいたのは――。
「……おい、マジかよ」
「この人が、天本先輩……?」
何本もの管で医療用の機械に繋がれ、血の気のない顔で昏々と眠っている女子。予想だにしなかったその姿に麻衣たちはざわめくが、その騒がしい音にも彼女は一切反応しない。
そんな彼女たちの合間を縫って、病室の扉を閉めた安部野がベッドの側まで歩み寄る。
「……そうですね。初対面の方もいらっしゃいますし、改めて紹介させていただきましょう」
微動だにしない千明の寝顔に、安部野はそっと手を添える。しかしすぐにその手を離すと、麻衣たちの方に体を向け直した。
「彼女は天本千明。昨年度に処刑対象となった広報部部長です。そして僕は彼女の弟、安部野椎哉……改め、『天本椎哉』と申します」
「マジっ・・・かよ!?」
病院の中で声をあげるのはご法度。だというのに、一番最初に声をあげたのは晃。彼は数歩後ずさって、そのまま千明と安部野・・・椎哉の顔を交互に比べる。似ているところは見つからない。しかし、晃は納得が出来た。今ここに千明が入院してるのならば。椎哉がパソコンなどを操作して見つけることも。秘密裏に打ち合わせていたことも。全てつじつまがあったことを。
「じゃあ、私達が秘密裏に打ち合わせていたことも。」
「あんな風な強大な力だとか組織だとか言っていたのも・・・」
「はい。全て僕が言った事ですよ。姉はこのような状態です。いえるはずもありませんからね。僕は姉をここまで追いやった生徒会長を・・・一生許さないのですから。それでも立ち向かう貴方方の覚悟を少し知りたいと思ったのですよ。姉のように被害に会う人を止めたかったので、その覚悟を。」
「かーっ。回りくどいことする上に、生徒会長派に見えた復活派、なんというか、お前顔がありすぎだろ。」
頭をガリガリとかきながら言う晃に、笑顔で椎哉は答えた。
「言われるだろうとは思っていました。」
「じゃあ、復活派だってことならよろしく。」
麻衣は笑顔で手を差し出した。
(間を置かずしての投稿となりますが、補足しておきたいことがあったので、また少し書かせていただきます)
「『復活派』、ですか」
同志であることを認められ、差し出された麻衣の手。だが椎哉は彼女の台詞を少し反芻しただけで、その手を取ろうとはしない。
「……あの、椎哉さん?」
まさかここまで手の込んだお膳立てをしておきながら実はやはり会長派だった、なんてことを言い出したりしないだろうか?
中々真意の読めない椎哉にそんな不安感を覚えながら、麻衣はおずおずと声をかけた。
「そうですね。後々すれ違いが起こっても面倒ですし、ここで一つはっきりさせておきましょう」
「なんだよ。まさか、まだ何か裏の顔があるってのか? 一体何面相だよお前」
「いいえ、僕は怪人じゃありませんよ」
かの有名な少年向け推理小説の悪役を引き合いに出しつつ、クスクスと笑う椎哉。しかしその笑みをすぐに引っ込めると、今度は真面目な表情で四人の顔を見た。
「麻衣さんは『復活派』と仰りましたが、それはつまり『学園の復活』が最終目的ということでよろしいですか?」
「は、はい。会長に支配される前の、平和な学園を取り戻すために……」
「でしたら生憎ですが、皆さんと僕が全面的に協力するのは難しいでしょうね」
「どうしてですか? 先輩も、生徒会長を倒そうとしているんでしょう?」
「ええ、その通りです。僕の最終目的は『風花百合香への復讐』。その過程で必要とあらば、何を犠牲にしても構わないと思っています。僕自身の尊厳や、ここにいる皆さんを含む全校生徒。あるいは白羽学園そのものであっても、ね」
「……!」
誰が飲んだかも分からない息の音が部屋に響いた。
麻衣たちにとって百合香の打倒は、平和な学園を取り戻すための「手段」だ。しかし椎哉にとっては百合香の打倒そのものが「目的」であり、その悲願を叶える為なら敵味方問わず何を贄にしてでも、文字通り彼は手段を選ばないのだという。
一見は復活派の味方のようで、その実は自分たちはおろか、学園全体の敵に転じる可能性もある厄介者。それが復讐者、天本椎哉という男だった。
「まあ、飽くまでそれが最善手であればの話ですので、好き好んで破壊活動を行うわけではありませんがね。それを踏まえた上で僕を味方に引き込むかどうか、今一度よく考えてください」
そう言うと椎哉は今一度、四人の顔をゆっくりと見渡す。深淵のように黒いその目に、白羽学園の未来は一切映っていなかった。
しばらくの間、沈黙は続いた。
この安部野、いや、天本椎哉という復讐鬼に対して、一体何と言葉をかければ良いのか誰1人として答えを導けないのである。誰も口を開こうとせず、ただ無機質な心電図の音が白い病室に響くだけであった。
果たしてこの男を味方に引き入れて良いのだろうか。
もし天本を味方にすれば、革命軍の心強いサポーターになってくれる事は確実だろう。その賢明さと情報収集能力はあの会長も褒め称える程なのだから。それに加えて藤野真凛のハッキングがあれば、学園内のあらゆる情報は網羅できてしまうかもしれない。
しかし……彼の眼中にあるのは、風花百合香への復讐ただ一つ。学園の再興など『転入生の安部野』にしてはそこまで重要視する話ではない。ましてや学園からの生徒達の解放なんざ極端な話、彼にしては心底どうでもいい話なのだろう。
『打倒、風花百合香』という目的こそ共通しているが、彼にしてはそれこそが唯一であり最終の目的なのだ。その為に彼はあらゆる手段を使い、あらゆる犠牲を払う気でいる。何としてでも女王を玉座から引きずり下ろす。そこから先は勝手にすればいい、というのが天本の考えだろう。
その長い沈黙を破ったのは、病室の扉の開く音だった。一瞬肩を跳ねさせた彼等の視線が、一斉に扉の方に集まる。
扉の向こうには二人の女性が佇んでいたに。そのうち一人は誰もが見覚えのある……。
「……月乃宮先輩!?」
「あら貴方達、皆揃ってどうしてこんなところに……特に安部野君。もしかしてその患者さん、誰だかご存知ないのかしら? 貴方、転入生だものね」
そう饒舌に語ると、ちらりと安部野に視線をやる。彼女は不快感を露骨に表すタイプではないものの、黒い瞳は普段より幾分冷たかった。
安部野の方は特に何も言わずにいる。この月乃宮いばらが果たして信頼のおける相手なのか、それを判断するにはまだ早い。今全てを打ち明けるのは彼等にとってリスクが高過ぎた。周りもそれを察したのか、自分から説明をしようとする人間はいない。というより、この状況を赤の他人に説明するにはまだ頭の整理がついていないだけかもしれないが。
だがただ黙っている訳にもいかず、麻衣は話題を逸らしてしまおうと話し出す。
「せ、先輩こそ……どうして病院に?」
「姉がそちらの患者さんの回診を頼まれてるから、付いてきただけよ……一応彼女とは知り合いだったしね」
「えっ、じゃあ隣にいるのは……」
いばらの隣にいる、背の高いすらりとした女性。ナース服に身を包んだ彼女の髪にはよく見ると、紫色のバレッタが留めてある。
女性は若干照れくさそうに微笑むと、深々と頭を下げて丁寧に言う。
「初めまして、いつもいばらがお世話になってます……月乃宮すみれです」
その声はいばらの突き刺さる声とは正反対に、どこかふわりとした優しい声だった。
「あら、貴方がいばらの言っていた安部野君? 生徒会のお仕事、いつもお疲れ様……大変でしょう? あんな大きな学校の生徒会なんて。無理はしないで、たまにはゆっくり休んでね」
そう言うと安部野にそっと微笑みかけるすみれ。
彼女はどうやら、学園で何が起きているかも知らない様だった。
「……いえ。御心配ありがとうございます。苦労する事も多々ありますが、やはりその分やり甲斐も大きいので」
そう言うと安部野も笑みを浮かべる。その笑顔は先程からその場にいた人間にすれば、酷く貼り付けたものに見えたに違いない。
「ふふ、立派ねえ……天本さんが面会中なら、先に木嶋さんから見ちゃいましょうか」
「……木嶋?」
その名前に、1年生の恵里を除いた四人が反応する。
(場面が変わります。保留してた話しの続きです)
「あっそーだ!愛夏、多重人格じゃん!だから―」
「あぁっ!!そうゆうことぉ〜。いいねぇ」
「?でも、多重人格のときは、自分が知りたい事しか記憶にないですよー」
「でも、いいと思います」
「じゃあ、もう時間だから。今日は解散でーす」
〜みんながいなくなった美雪の部屋〜
これで少しは楽になります…。…安部野先輩に言ってみましょうか。私の情報収取力をなめないでいただきたいですよねぇ…。いつにしましょうか。
(ちょっと、考え中……。近いうちに)
>>90
本人ではないのですが、安部野さんの今回の秘密についてはストーリーの核心に関わる重要な設定だとも思いますので、1度ABN様に問い合せた方が良いかもしれません…!
土曜日の午後2時頃。病院から徒歩5分ほどの小さな公園にて。
自販機のレモン炭酸水を片手にベンチに座り、1人落ち込む私……戸塚亜衣。
あー……………。
どうしよう………。
「喧嘩、しちゃった……」
笑顔で走り回る小学生の声をBGMに、ポツリと呟く。
そう、何を隠そう、この私は……。
姉・彩美(あやみ)と喧嘩してしまったのである。
専門学校に通いながら事務系のバイトをし、作家としても名をあげてきた姉と。
朝。私が起きたのは6時頃。本来朝に弱い私がこんな時間に目を覚ましたのには訳がある。
忙しい姉が久し振りに休みを取り、外出しようと言ってくれたのだ。
私はすぐに答えた。
「行く!映画みたい!!」
「はーいはい。りょうかーい。あ、費用は自己負担ね」
「えー、ケチィ」
「当たり前でしょ。折角バイトでかせいだんだもの」
最近はあまり話せなかったけど、別に、仲が悪いわけじゃない。むしろ良好だ。
お気に入りの若草色のワンピースを着て小さな飾り付きのヘアピンをつけ、私は姉の後を追いかけた。
楽しい休日になるはずだったのに。
「あのシーン最高!!」
「演じてる人がいいんだってば」
「あー、あの人引っ張りだこだもんねえ」
「次はコレみたいな……」
小説が原作となる映画を堪能した後、有名なファストフード店で食事していた私と姉。
話題は映画から姉ののろけ話、面白かった小説、そして……。
「亜衣、学園生活はどう?慣れた?」
学園にも移った。
「えーっと、まあ、それなりに?」
うう、革命のこととか話したいけど言えない。
姉は……
白羽学園の卒業生で、元生徒会副会長なんだ。
そんな人に対して、あんな独裁を報告できるような強さを持つ私じゃない。
でもやっぱり、長年一緒にいた姉は騙せない。
「ふーん……。じゃあ、コレはなんなの?」
姉はあるものを私に向けた。ブラウンとクリーム色のケースがついた、スマートフォン。その画面には……。
「彩姉……なんで知ってるの……?」
「真帆ちゃんに教えてもらったの。いろいろと関わってるから。……で、コレは本当なの?」
「それは……」
あーもう……笹川先輩、やめてよ……。
ど、どうしよう……。
知られちゃった……。
(喧嘩の原因はまだ明かしてませんが、続きは後日……♪)
「聞いた名ですね。確か去年に失踪し、つい最近発見されたという一家の名前がそれだったような」
木嶋という名字の話題に、一足先に触れたのは安部野。「〜ような」とは言っているが、一瞬前の反応からして、恐らく彼も事件の概要は既に知っているのだろう。にも関わらず飽くまで無知を演じる安部野の様は、彼の正体と「木嶋」という人物を知る者の目には滑稽に映った。
そんな演技を見通す手掛かりを持たないすみれは安部野に疑いを持つことなく、振られた話題を展開する。
「あら、やっぱりご存じなんですね。確かにああも大々的に報道されれば、記憶にも残りやすいでしょうし」
「ということは、今この病院には『木嶋京子』が入院しているのね?」
「ええ、まあ」
他の患者についてみだりに話すのははばかられるのか、返ってきたのはやや歯切れの悪い返事。それでも肯定の意味合いであることには変わりなく、つまりは百合香の被害者がもう一人この病院に存在するということになる。これはチャンスとばかりに晃は早速、木嶋京子とのアポイントを取ろうとした。
「なあ、月乃宮先輩の姉ちゃん! 木嶋がここにいるなら聞きたい話がたくさんあるんだけどよ、今って面会できるか?」
「無理に決まってるでしょう」
「即答か! ってか先輩が言うのかよ!」
しかし彼の試みは、いばらの一言ですぐさま却下された。自分の案を一切の間を置かず否定された晃は、不満げな目でいばらを睨み付ける。だが当の彼女は、呆れたような顔をするとそのまま首を横に振った。
「松葉さん、ニュースを見てなかったの? 木嶋さんは今、体が衰弱してて経過観察中なの。それに家族を亡くしたショックも大きいでしょうし、どう考えても人と話せる状態じゃないわ」
「あっ、そうか……」
失踪した木嶋一家の身に何があったのかは分からない。それでも家族のうち三人が死亡し、残り一人の生き残りも酷く弱っていたとなれば、余程壮絶な目に遭ったのだろうと予想がつく。
折角の目論見が尤もな理由で外れ、晃はがっくりと肩を落とした。そんな彼の様子を気にかけつつ、今度は恵里がおずおずと挙手をする。
「あの……すみません。私、木嶋さんという方について、ほとんど知らないんですが……」
「そっか。白野さんは一年だから、彼女のことを知らなくても無理はないわよね」
ここにいる白羽学園生の中で、唯一京子についての前知識を持たない恵里。周囲が彼女の情報を持った体(てい)で話を進めていたため、どうしても話の流れから放置されてしまっていた。
「椎哉先輩と同じくニュースで名前は見たんですが、あの人も白羽学園の人だってことは、今初めて知ったので……」
「ええ。まさかあんな痛ましい事件の被害者が学園の生徒だったとは。その木嶋さんに何があったのか、よろしければお教え願えますか? 白野さんはともかく、僕も実質的には一年生のようなものですから」
恵里の無知に便乗し、安部野も京子についての説明を求める。復讐者という先入観が無ければその真摯な姿勢は、同じ学園の一員である京子の安否を心配する、若輩者ながら献身的な生徒会役員に見えただろう。
「……そうね。分かったわ、話してあげる。姉さんは仕事に戻ってて。あまり時間も無いでしょう?」
「ええ、そうね……じゃあ後はよろしくね、いばら」
そう言って一礼すると、すみれは病室を出てその扉を閉めた。
いばらがすみれを病室から出したのは、時間の都合という理由だけではないのだろう。恐らくすみれは、事件の詳細も今の白羽学園で何が起こっているのかも知らない。彼女に余計な心配をかけるまいといういばらの配慮がそこには垣間見えた。
すみれの足音が遠のいていくのを確認すると、いばらは一息ついて近場の椅子に腰掛ける。五人の顔と横たわる天本千明を見据えると、口を開いて静かに話し出した。
「一年生の白野さんも、結城璃々愛はご存知よね? 生徒会の」
「は、はい……見た目がかなり派手なので、印象には強く残っています」
「そう。なら、早速本題に入らせてもらうわ」
かつて結城璃々愛は、どの学校にも一人はいるような、話下手の地味な生徒だった。特に目立った事もせず、何かに進んで立候補することもなく、ただ周囲の目を伺うようにおどおどとしていた。そうやって俯いていると長い黒髪が顔を隠してしまい、薄暗い雰囲気が一層強まる。そんな彼女に好んで近寄ろうとする人間はなかなかいない。流行の話も話題作りも出来ない彼女は友達の一人も出来ず、クラスでも部活でも常に孤立していた。
そんな彼女に目を付けたのが、木嶋京子だった。
京子は当時、クラスの中心的存在となっていた生徒だった。気が強くハッキリとしていて、言いたい事は躊躇せずに言う。彼女は入学当初から徐々にその地位を確立していき、秋頃にはクラスメイトのほとんどが彼女の言うことを聞いていた。
彼女はクラスメイト全員の前で、璃々愛を標的にすると宣言した。
生徒達がそれに従ったのは京子に逆らえなかった、という理由ではない。勿論逆らえば面倒な事になるのは分かりきっているが、それが主な理由になったのではないだろう。
単純に、璃々愛はクラスの邪魔者だったのだ。
その日から璃々愛へのいじめが始まっていく。
京子を中心としたグループが彼女に直接手を下し、お調子者の男子達がそれに便乗して彼女をからかい、両者にも入らない生徒達はいじめの光景をクスクスと嘲り笑いながら見ていた。手を差し伸べられもしない無力な璃々愛は、何も言わずにただただ耐えしのぐのみである。それが京子の気に触ったのかいじめは余計に酷くなり、生傷の耐えない日々を璃々愛は送っていた。
哀れな彼女を救い出したのが、当時の副生徒会長。風花百合香だったのだ。
風花百合香は独裁者であったが、決して悪の味方ではない。自分の正義を貫き、自分の悪を許しはしなかった。
処刑以外のいじめ行為というのは、彼女にとって許されない悪であったのだ。
百合香は彼女を好いた。彼女は自分を愛す人間にはそれ以上の愛を与え、自分を嫌う人間にはそれ以上の嫌悪と制裁を与えるのだろう。
璃々愛もまた、百合香を愛した。最初は警戒こそした。だが、毎日の様に自分を気遣う百合香を気にかけずにはいられなかったのだ。その感情は徐々におぞましい執着へと変わり始める。
愛されず受け入れられなかった自分を認めてくれた、初めての存在。自分に手を差し伸べ笑いかけた、唯一の存在。 百合香の存在は、彼女にとってどれだけ大きかったのだろうか。
彼女になら、自分の人生を捧げても良いと思った。地獄から自分を引きずり出した天使とも言えるべき百合香になら、自分の全てを差し出すことすら喜ばしい。たとえ彼女がどれだけ残虐で非道であろうが構わない。
彼女に救われ気に入られた璃々愛は、地位と彼女への執着を我が物としたのだ。
髪を目も冴えるピンク色に染め上げた時、璃々愛に逆らう人間はもう誰もいなかった。
いじめに加わった人間は処刑が下ることを恐れた。虐げていた璃々愛が会長側の人間となった以上、報復は避けられない。誰もがそれを理解していた。あの強気な京子さえも、口数が異常に少なくなる程の不安感を覚えていた。
しかし、いつになっても処刑の宣言はなされない。会長直々に開かれる集会すらない。それどころか毎朝、C組の生徒達にも会長は微笑みを振りまくのだ。
初めこそ大きかったこの状況に対する違和感が徐々に忘れ去られてきた頃。12月7日の朝、木嶋京子は家族と共に姿を消した。
警察の捜査は大規模に行われた。木嶋一家失踪事件は大々的にニュースに取り上げられ、連日特集が組まれた。情報提供もあちこちで求められたが、それでも木嶋一家は見つからない。友人からの連絡も一切つかず、警察が入った自宅は火がつけられ全焼した後だった。近隣はまだ開拓の進んでいない住宅地で、幸い周りへの被害はなかったのだが。
分かっていたのはただ一つ。木嶋京子が失踪する前日、結城璃々愛が彼女を呼び出していた事。その事を警察に口にする者は誰もいなかった。それは根も葉もない噂として片付けられていたからだ。
璃々愛は事件当日、普段の様に笑っていたという。
「……これが、私の知っている全てよ」
再び沈黙が病室に訪れる。
同学年の晃や麻衣さえ、ここまで詳しい事実は知らなかったのだ。その場にいる者の受けた衝撃は余程大きかったのか、誰もが言葉を見失う。
「私はどちらにも味方出来ないわ。だっていじめは良くないから。木嶋さんにも当然罪はあった。ただ……」
息をもう一度、いばらは深く吸い直す。
「関係ない人間を巻き込むのは、その上命まで奪うのは許された事ではないわ」
〜麻衣目線〜
う…そ… そんな…
私は驚きで声も出なかった。結城璃々愛がいじめに…
確かにこのいばら先輩の話を聞くとどちらにも味方になれない。
私の安易な考えから始まったこの革命。もっと深刻なものだった。
晃も真凛もうつむき考えている。
こんな私に比べたらみんなすごい人ばかり…
私は一旦この混沌とした状況を整理したかった。
「…ひとまず、解散しませんか?一人一人考えたいこともあるだろうし。」
「ええ、何かあったら連絡を」「僕はまだ少し居ます。皆さんお気をつけて。」と安倍野…いや天本椎哉を残し
みんな病室から出て解散した。
帰り道、私と真凛は同じ方面であったので一緒に帰ったが会話が交わされることはなかった。
そして真凛の豪邸の前に差し掛かった時真凛が口を開いた。
「…私、今日で実は出席停止期間終わるの。明日学校行くから。その時はよろしく…」
「あ、うん…」
きっと今このどんよりとした空の下、みんな考えているのだろう。
(久しぶりに書いてみました。あ、無理やり帰らしてしまいましたが嫌だったらキャラをみんながいなくなった後病室
に一人戻る…という風にでもしてください。真凛の出席停止が解けました。)
晃視点
俺は病院の帰り道を、ただ一人歩いている。麻衣は家に帰るそうだし、俺は一人だ。この先何を思って進んでいけばいいか。それを考えながら歩いている。
「晃ッ!」
「ッ、拓也かよ・・・」
「今日こそお前を処刑してっ・・・生徒会長に認めてもらうッ!」
拓也は血走った目で走って殴りかかってきた。あぶねっ。と俺は避ける。こいつ、完全に犯罪を起こす気だ。恐ろしい。あー恐ろしい。
「処刑処刑言うけどなっ・・・お前のやってることは、犯罪だ!」
俺は拓也の蹴りをジャンプして避けて、着地した瞬間に飛び込んで拓也の腹を殴る。ドシロートの攻撃だけど、一応は通じる。
「うるせえええっ!お前が!お前が!邪魔をするから!俺は!誰からも!見放された!ああああああああ!」
ダメだコイツ。もう完全に俺と友達だった頃の拓也じゃあない。だったらもう、こいつをどうにかするしか・・・でも、コイツは生徒会長、風花 百合香に洗脳されただけの人間だ。コイツを傷つけても、意味はない!
「あああああ!」
拓也はもう発狂してるレベルで襲い掛かってくる。殴りや蹴りが大降りになっている。生徒会長への忠義というか、なんというかもうアホだ。怪しい宗教の信者かってもんだ。
「そこまでですよ」
と、声がした。後ろには、安部野・・・いやちがった。天本椎哉がいた。
「貴方にはもう既に学校外での処刑はダメだ。と言いましたね?それなのにまた処刑者、松葉さんを殴るような」
「またお前かあああああああああああああああ!うるっせえええええええええええええ!」
拓也は。椎哉を殴った。裏では復活派、もとい生徒会長を倒すような奴だというのに、表では生徒会長の駒だ。つまりそれを殴ったってことは、生徒会長に背くことだ。
「拓也ッ!お前明らかにっ・・・生徒会長派を殴ってるぞ!?生徒会長の命令に背いていることと同じだぞ!?」
「黙れええええええええええええええ!」
もうダメだ。天本椎哉と協力してコイツを退けるしかない。仕方ない。もう手加減はやめだ。全力で完膚なきまで潰すしかない。
―法正視点
ククク、松葉 晃、安部野 椎哉、片腹 拓也・・・奴らの喧嘩か・・・奴への報復に復讐に・・・松葉 晃は取り入れるべきだな・・・ククククククククク・・・
(えーと、なんか変になっちゃいましたけど、拓也の末路は自由にしてくだされ。法正が倒すもよし、生徒会長に裁きを下されるもよし、晃と椎哉にやられるのもよし。)
けたたましい咆哮を上げ、烈火のような憤怒をあらわにした拓也。己の激情を八つ当たりも同然に、目の前の邪魔者にぶつけるその様は、理性を失った獣でしかない。
ここまで狂った彼を止めるには、負傷の一つ二つは覚悟しなければならないだろう。晃は改めて自分を奮い立たせると、過去に見た漫画やゲームの記憶を頼りに構えのポーズを取ろうとした。のだが。
「……この程度ですか? あなたの生徒会長への忠誠というのは」
拓也の拳で真っ赤に腫れた椎哉の左頬。にも関わらず、当の本人は殴られても直立不動のまま、痛がる様子が全くない。それどころかいつもと変わらない冷静な態度で、拓也を挑発するような言葉を投げ掛けた。
「お、おい! なに煽って……」
「舐めんじゃねえ! この書記風情がああ!!」
案の定いとも簡単に挑発に乗った拓也は、癇癪を猛攻に載せて椎哉に何度も叩き込む。晃を処刑するという当初の目的はどこへやら。すっかり目の前が真っ赤になった今の拓也の視界には、最早椎哉しか映っていない。
対する椎哉はその攻撃を避けることも防ぐこともせず、辛うじて二本の足で地面に踏ん張りながら、浴びせられる暴力にただ身を委ねている。防戦とすら言えないやられ試合を見せられ、我慢ならなくなった晃は拓也を止めようと足を踏み出した。
「……!」
だが、彼の足はすぐに止まる。拓也の視界から見えない自分の背後で、椎哉は晃に手のひらを向けたのだ。続けてその手で指を立てる仕草を二回、輪を作る仕草を一回見せ、最後に今度は手の甲を向けて、下から上に払う。
椎哉のサインの意味を汲み取った晃は、しかしそれが最善手なのかと躊躇った。確かに彼が提案した手段は、今の拓也にとって効果的な灸になるだろう。だがその方法を取れば、十中八九椎哉は無事では済まない。もっと他にリスクが少なくて住む方法はないだろうか――?
「反撃もしないで余裕こいてるつもりか!? 調子乗ってんじゃねえぞ!!」
「ぐっ……!」
振りかぶった拓也の拳が鳩尾にめり込む。素人の攻撃でも急所に入れば流石に堪えたのか、苦しげな呻きを上げて椎哉は膝を折った。それでも拓也の激情は鎮まることを知らず、むしろ攻撃しやすい姿勢になったのをいいことにタコ殴りを続ける。
――椎哉だけが犠牲になる選択を取るのは良心が痛む。しかし自分が最善手を考えている間にも、ああして彼の傷は増えていく。ならば椎哉のダメージが少なくて済むうちに、彼の意図を叶えてやるのがベターな選択なのだろう。
今にでも拓也に反撃したい憤りを歯噛みで堪え、晃は走ってその場を後にした。
一方拓也は、第一目標であった晃が消えたことにも気づかぬまま、ひたすら拳や蹴りを椎哉に振るい続けた。そうして端正だったその顔が痣と血で塗れた頃、肉体的疲労を覚えてきた拓也はようやく暴力を止める。だが彼の憤怒はまだ払拭されたわけではないようで、今度は椎哉の胸ぐらを掴むと罵倒による攻撃を始めた。
「書記ってことで上辺だけでも慕ってやってきたけどなあ? 安部野、お前のことは最初からずっと気に食わなかったんだよ!」
「……」
「去年から会長を崇め続けてきた俺でさえ、役員の一人止まりだってのに! ぽっと出のお前は生意気にも書記の座に就きやがって!」
「……」
「シカトしてんじゃねえぞ!! お前が転校してこなけりゃ、今頃は俺が書記になって会長の近くにいられたかもしれねえんだ! いや、今からでも遅くねえ、ここでお前を再起不能にすりゃあ」
「……ふふ。興味深いスピーチ、どうもありがとうございます」
現在の空気に全く相応しくない、心の底から楽しそうな笑い声。あまりにも唐突なその感情に、拓也は思わず罵倒を止めた。
この笑みには既視感がある。日頃から浮かべている、人の良さそうな微笑みではない。数日前に晃の家を襲撃したとき、肩に手を置かれて振り返った先にあったものと同質の表情だ。
既知の狂気を再び目の当たりにし、思わず怯んで言葉を詰まらせる拓也。その一瞬の静寂をついて、今度は椎哉の方から喋り始めた。
(続く)
(続き)
「『生徒会長に認めてもらう』と先ほどのあなたは仰っていましたが……それでは、会長が認めるもの、目指すものが何なのか。あなたは理解していますか?」
「そ、それは……!」
「会長を信奉するのは構いません。しかし、あなたは彼女の意思をまるで理解しようとしていない。そうやって自分の感情を一方的に押し付けている限り、あなたは永遠に一介の下っ端のままでしょうね」
「う……うるせえうるせえうるせえ!! お前に何が分かるってんだよ!! 俺が一番会長を慕ってるんだ! 一番会長を信じてるんだ! 一番会長を愛してるんだ! この俺が! 会長の一番なんだよおおおお!!」
百合香への想いを全否定されたと思い込み、やっと治まったばかりの憤怒が再び噴火する。溢れたての憎悪を右手で握りしめて、拓也はもう一度拳を振り下ろそうとし――。
「君! 何をやっているんだ!」
「げっ……警察!?」
辺りに突如割り込んだ第三者の声。その主が着ている制服には、警察であることを現す紋章がつけられていた。顔から血の気が引いていく感覚を覚えつつ、拓也は掴んでいた椎哉の胸ぐらを投げ捨てるようにして手離すと、警官がいる方向とは反対の道に逃げ出す。しかしその先にも既に別の警官が待ち構えており、あえなくして拓也は身柄を確保されたのだった。
「離せ! 離せよ!! 俺が安部野を、あいつらを、処刑しなきゃいけないんだああああ!!」
日が落ち始めた仄暗い街の中。女王を盲信する獣の悲痛な、しかし同情の余地はない独善的な吠え声は、アスファルトに僅かに反響してから跡形もなく消えていった。
◆ ◆ ◆
拓也が警察の御用になってからしばらくして。既に帰路に着いていた晃は、千明名義で送られた椎哉からのメールに目を通していた。
「……全く、椎哉先輩も無茶するよな。『110番して逃げろ』だなんて」
あのとき晃に向けて示した椎哉のサイン。あれは警察を呼ぶことで拓也を合法的に連行してもらうこと。また、晃がその場から消えることにより「拓也が理不尽な理由で、椎哉に一方的な暴力を振るう」という図式を完成させることが目的だったのだ。
椎哉からのメールには、以上の目論見が上手く進んだという報告と、その協力の礼が書かれていた。彼が想定した通りに物事が進んだことに、晃は一先ず安堵しながら返信のメールを打つ。
『拓也が捕まったのはいいが、怪我は大丈夫なのか? 結構派手にボコられてただろ』
『お気遣いありがとうございます。骨折などはありませんし、元より体の怪我は時間が経てば治りますので、心配には及びません。
それより、先ほどから続けざまで申し訳ないのですが、また一つ頼みがあります。今回の片原役員の一件を、学園の内外を問わずネット上に拡散していただけませんか?』
『別に構わねえけど、なんでだ?』
(続く)
(続き)
確かにここで拓也を世間の晒し者にすれば、暴力的な人物というレッテルを彼に貼り付けられる。加えてそんな荒くれ者が白羽学園の生徒だと周知されれば、あわよくば学園や百合香の評判が揺らぐ可能性もあるだろう。
だが、椎哉の目的は飽くまで生徒会長への復讐。拓也の評判を貶めるのは筋違いであるし、誘発される評判の揺らぎも、百合香の失墜を期待できるほどのものではないはずだ。晃はそこが納得行かなかったのである。
そんな彼の疑問は、次の返信メールですぐさま解消されたのだが。
『風花百合香の権力がどれほどのものなのかを調査するためです。本日お聞きした木嶋さんの一件で、もしかすると警察や報道機関などへの介入も可能なのかもしれないと予想しました。
ですので、拡散といってもそこまで力を入れる必要はありません。要は風花百合香が情報隠蔽の手段を有しているのか、それがどこまで通用するのかを判断できれば十分です。
尤も、木嶋さんのときとは事態の深刻さが違うので、今回の一件自体が無視される可能性もあります。しかしそれはそれで、風花百合香の価値観を測る材料になるでしょう』
「よくもまあ……売られた喧嘩一つで、そこまで考えつけるもんだな」
椎哉自身の負傷というリスクこそ支払ったものの、その結果として自分たちが得たものは多かった。――いや、得られるものを椎哉が余すことなく根こそぎ集めてきた。と言うのが正解だろうか。
千明の病室で聞いた、「あらゆるものを犠牲にしてでも復讐を果たす」という椎哉の宣言。その代償候補に挙げられたうちの、少なくとも一つが紛れもなく真実であることをまざまざと実感した晃は、彼に感嘆と若干の恐怖を抱いた。
「『了解。とりあえず、今週末はもう大人しくしとけよ』……っと」
情報拡散に了承する旨に労いの言葉を添えて、返信用の文章を作る。それを送信しようとしたとき、再び椎哉からのメールが届いた。その文面に目を通した晃は、不覚にも勢いよく失笑してしまったのだった。
『余談ですが、片原役員による風花百合香への熱い想いを録音しておきました。入り用になることがありましたらお使いください。
【添付:katahara_profession.mp3】』
(折角法正くん出てたのに、介入させる余地を作れませんでした、すみません;)
(音声ファイルの中には、拓也くんが罵倒を始めてから警官に捕まるまでの音声が入っています)
〜恵里視点〜
今日1日いろんなことがあったな……。
私は自宅アパートの一室で、またため息をついていた。
「なんかスタンガンあてられたし、手帳のことばれちゃったし、先輩の正体知っちゃったし、月乃宮先輩のお姉さんは綺麗だったけどあの人達の話は意味わかんないし、私1人だけ1年だし……」
愚痴は次から次へと出てくる。こればっかりはどうしようもない。
こんなときは、ちょっと気分転換しないとね。
っていっても亜衣は予定があるらしいから無理。小説は読みきっちゃったし。文芸部の原稿はもう提出済み。インドアのため外出は嫌。
あーあ、やることない。つまんない。このまま1人でいたらどんどんマイナス思考になりそう。
何気なく見た机に、自分のスマートフォンを見つけた。
学園掲示板でも見ようと手を伸ばす。
『白羽学園掲示板
1生徒会反逆者に対して語る 62
2学園祭何したいか話そー 158
3文化部雑談スレ 214
4いろんなあるある教えてください 163
5好きな教師、嫌いな教師。 147
もっとみる 新スレ作成 書き込む 』
相変わらずかな……。特に新着はなさそう。
ちなみに、『いろんなあるある教えてください』のスレ主は私だったりする。文芸部の活動時に重宝するんだ、これが。
何か面白そうなスレないかなー、と探していると、スマートフォンが着信音を鳴らした。亜衣からだった。
『今ってヒマ?』
用事があるんじゃなかったっけ。ま、今はいいか。
『超ヒマー』
亜衣に返信するとすぐさまメールが返ってくる。
『病院近くの公園、来れる?』
『はーい、10分で着くと思う』
『待ってるー』
『はいはーい』
……さて。行きますか。
少し早足で公園へ。
その途中、ふとあることに気づいた。
「……もしかして、亜衣、悩み事?」
メールにいつもの元気が無い気がする。普段なら !! だの ♪ だの (o^−^o) だの、賑やかなメールなのに。
さりげなく聞き出そうと心に決めた私だった。
(>>97 拓也可哀想w)
(伏線です。しばらくしてから回収しますね)
白羽学園から少し離れたとある寺の中。
1つの墓を前に手を合わせる人影があった。
「お父さんお母さん、お兄ちゃん……」
墓に印された名は、男性のものが2つ、女性のものが1つ。
その墓に供えられている花のなかに、鮮やかな山吹色の花があった。
「キンセンカだよ、この花。……覚えてる?」
その時。こちらへ向かってくる足音が聞こえた。見れば、礼服を着込んだ男女10人ほどの集団が涙を拭きながら歩いてくる。
「あ……私、もう帰るね。また来るから」
そう言い残し、人影は寺の中から消えた。
山吹色の花は、風に揺られながら人影を見送った。
《花言葉・キンセンカ 別れの悲しみ 孤独》
(保留してた話の続きです)
でも、止めときましょう。会長に言われたら嫌ですからね…。………また4人でやりますか。その方が安全です。多重人格をどう使いますか……。ふふふ…おもしろくなりそうです。多重人格、結構使えますね…いいこと思いつきましたよ……。アイツ、どうゆう反応を知るのでしょうか…今から楽しみですよ…。
(保留します。すみません)
「……もしもし、久しぶり。元気にしてた?」
携帯機器の普及により、今や街中で見かけること自体が珍しくなった公衆電話。その無骨で大きな受話器を片手に、椎哉はどこかに電話をかけていた。
「こっちは上手くやってる。信頼できるかはまだ分からないけど、一応の仲間もできたしね。四人くらい」
「うーん、一応もう二人はいるんだけど……片方は頑固そうだし、片方は再起不能かもしれないし」
「……あはは、相変わらず心配性だな。大丈夫だよ。僕はもう、昔とは違うんだから」
いつものよそよそしい敬語を解き、時折朗らかに笑ってさえいるところを見ると、通話相手は椎哉にとって余程親しい間柄のようだ。
そうやって、ひとしきりの談笑を終えると、今度はやや声を潜めて通話口に口元を近づける。
「そういえば今日は『例の日』だけど、頼んでおいた『いつものやつ』はやってくれてるよね?」
「うん、じゃあ安心だね。いつもありがとう」
「そうだなあ、だったら夏休みにでも行こうかな。そっちも気をつけて。またね」
回線の向こう側に一時の別れを告げると、重い受話器をフックにかけて通話を終える。そうしてから自分の鞄を持って電話の前から離れようとしたとき、通りすがりの警察官と目が会った。
「おや、君はさっきの。怪我は大丈夫かい?」
「お疲れ様です。皆さんが適切な処置をしてくださったおかげで、痛みも多少引きました」
通りすがったのは、先ほど拓也を捕まえたあの警官だ。彼は心配そうな表情で、手当ての跡で痛々しくなった椎哉の顔を見る。顔に貼られたガーゼに軽く触れながら、椎哉は愛想笑いを作った。
拓也が警察の御用になったあの後。暴徒化した本人は勿論、彼の被害者である椎哉も参考人として任意同行に応じ、警察署を訪れていたのだ。傷の応急手当を受け、事情聴取が終わり、署内に設置されていた公衆電話をで所用を済ませてから帰路に着こうとしたところ、先ほどの警察官に声をかけられたのであった。
「しかし珍しいねえ。君くらいの高校生といえばスマホだってのに、わざわざ公衆電話を使うとは」
「そうですね。しかし最近の携帯端末は、便利すぎて疲れてしまうことがあるんですよ。そんなときはこの電話のような、多少不便でも風情が残っているものを使いたくなります」
「……君、歳の割には結構渋いこと言うね」
高校生くらいの若者といえば、新しいものに興味を引かれ、それを追いかけるエネルギーを秘めているもの。だがこの現役男子高校生が言うことはまるで、文明の近代化に着いていけなくなった老人の嘆きのようだ。今時珍しい感性の若者だなと、警官は苦笑いを浮かべる。
そんな彼に、廊下の向こう側からおおい、と呼び声がかかった。拓也の件の続きななのか別件なのかは分からないが、とにかく彼にもまだ仕事があるのだろう。
「呼び止めて悪かったね。外も暗くなってきたし、気をつけて帰りなさい」
「はい。本日はお世話になりました」
椎哉は警官に深々と一礼すると、出入り口の方向に向かった。そうして警察署を後にし、その保有地を一足越えたところで、首だけで後ろを振り替える。その顔に、いつもの柔らかい愛想笑いは浮かんでいなかった。
「……勘弁してくれよ。権力に屈する警察なんて、フィクションの中だけで十分だ」
(少々中途半端な終わり方ですが、椎哉の土曜日の行動はこれで以上です)
白羽学園掲示板にはとてもありがたいところがある。
それは、生徒用と卒業生用で分かれていること。一見なんの意味も持たないように思えるが、この学園に通う私達にとっては本当によかった。
卒業生は生徒用の板を見ることができない。つまり、女王の独裁や処刑制度について書き込んでも外部に漏れることはない。
なのに……。
「彩姉……なんで知ってるの……?」
学園の卒業生である彩姉のスマートフォンには 生徒用の 学園掲示板が。
なんで、どうして。今の学園の状況は、何があっても広める訳にはいかないと、それが学園での暗黙の了解になっていたのに。
「真帆ちゃんに教えてもらったの。いろいろと関わってるから。……で、コレは本当なの?」
「それは……」
笹川先輩、なんで教えちゃうかなあ。この状況をあたしにどうしろと?
疑問を見つけた彩姉が引き下がることは絶対に無い。でも、伝えてしまったらただじゃ済まないのは分かりきっている。
でもさ……。
『白羽学園掲示板
1生徒会反逆者に対して語る(62)
57 バカ、アホとしか言えないね
58 あの会長に勝てるとでも思ってんの?
59 本当にそうだったらひく。
60 もしかして反抗期?うわ、ないわー。
61 E組になってまでやりたいとは…
62 確かに 根性ありますねーあの方々
もっとみる 書き込む 新スレ作成 』
本当に、なんで見れるんだろう。
「なんであたしがコレを見れるのかって?言ったでしょ、真帆ちゃんとは仲間なの。いろんな意味でね」
文芸部長仲間、生徒会副会長仲間、''学園の姉貴''仲間。それから……?
「先に言っておくよ。あたしは百合香ちゃんに味方する。ちなみに真帆ちゃんもそう」
「っ、なんで!?あんな学園だよ!彩姉がいた頃も、あの制度はあったでしょう?あれがもっと酷くなってるの!!あたしは
「少し落ち着きなさい、亜衣」
「でもっ」
「黙って、頭を冷やしなさい」
「……っ」
ヤバい。彩姉が敬語だ。敬語嫌いの彩姉がこうなるのは余程の時か、冗談か、もしくは……。
彩姉が、本気で怒った時。
でもさ。あんな学園を許せると思う?不可能でしょ。
なんで彩姉や笹川先輩は会長に味方するわけ?おかしいでしょ。意味が分かんない。理解できないよ。
こんな状態で一生に一度の青春を終わらせるなんて、こっちから願い下げなの。
うん、決めた。
あたし、板橋先輩達の仲間になる。おかしくなってしまった学園を、もとに戻すんだから。
「亜衣、本当に何なの」
「……彩姉には、言えない」
「は?」
「事後報告はするつもり。あたしが正しいって証明してみせる」
実の姉に宣戦布告?やってやろうじゃないの。当たり前でしょ!
人生を楽しく生きるために必要なのは、美味しい食事に適度な運動・睡眠・恋愛・それから友情。あとは、自分自身を信じること。頼りになる姉に逆らってでもね!
あっけにとられる彩姉を尻目に、あたしはファストフード店から出た。
残念ながら料金は支払い済み。勿論自腹。あーあ、彩姉に払ってもらいたかったのに。後で請求しようかな。
っと、駄目だ。女王の独裁政治を終わらせるまで彩姉とあまり話すのは良くない。質問攻めになる。
でも、口止めはしなくちゃ。
急いで彩姉にメールを送る。彩姉の弱点は……コレだ!
『その掲示板、誰にも言わないでよね もし言ったら……この間のこと、ばらしちゃうから 調べるのも禁止』
多分、これで大丈夫。
仲の良い姉妹って大変だよね。
他人に知られちゃったら死にたくなるくらいの秘密を知ってるんだから。
あーあ。どうしよう。板橋先輩達の仲間になるのは決定だけど、今すぐは無理。
一言で言うと、ヒマ。
……恵里と会おう。愚痴を聞いてもらいたい。恵里は聞き上手だから。
早速あたしは恵里にメールを送る。
『今ってヒマ?』
『超ヒマー』
よかった。じゃあ集合場所はここからも恵里の家からも近い、あの公園。
『病院近くの公園、来れる?』
『はーい、10分で着くと思う』
『待ってるー』
『はいはーい』
「……ふふっ、恵里らしいや」
主に、伸びる口調が。あの子はしっかりしているようで少しふわふわしたイメージなんだよね。ま、文芸部に入っていればそんなもんか。
駆け足で、さあ公園へ。
女王より大切な、可愛い友人のもとへ。
〜日曜日 麻衣視点〜
朝、窓から光が差し込みその眩しさに起きる。
「ふぅ〜…昨日はよく眠れなかったな… 」
まああんなことがあったから仕方ないか… っさて、 今日の予定は何もない。じゃあ情報収集しに行こうかな。
もう革命を起こしてしまったのだから、私が責任を持ってリードしていかないと。
早速洋服に着替えて出かける準備をした。玄関で靴を履いていると親に「麻衣、どこ行くの?」「あー…ちょっと散歩。」
もちろん親は私が革命なんか起こしたことは知らない。こんなことを言ったら親はぶっ倒れるだろうな…
ちょっと私は気になることがあってある場所へ行った。 直接対決。 ある人の家のインターホンを押すと
《ピーンポーン》
『はい。立花です。…板橋さんね?』
『…はい。ちょっとお話しさせていただけますか?立花生徒会長。』
『…いいわ、どうぞ入って』
〜 立花邸 〜
「お邪魔します」
生徒会長の家は清潔で整理されておりいかにも敷居が高い家、というイメージがぴったりの家であった。
「さあ、二階へ。私の部屋で話しましょう、私はお茶を持ってくるから待っていてくださる?いくら反逆者でも最低限のもてなしは、ね?」
「…そうですね」 敵相手にもてなされるとはすごく変な気分だ。
さて、百合香の部屋に入るとトロフィーや賞状、メダルなどが飾られており机の上には百合の花が飾られていた。
まじまじと物色していると百合香が入って来て
「待たせてごめんなさいね、さあ座って。」
「ありがとうございます」
「あとローズヒップティーも入れてみたの、どうぞ飲んで」
百合香がこう優しいのは珍しいことではないが警戒心が解けない。囚われるも覚悟で来たのに…
「ありがとう…ございます」
その後10分間沈黙が続いた。
「…さて、そろそろ何を話したいか教えてくださるかしら?」
「聞きます。あなたは…何がしたいんですか?あなたの目には何が写っているんですか?」
私は薄々気づいていた。風花百合香の眼中にこの革命など映ってもいないこと、百合香の脳内ではほんの小さなことでしかないこと… わかってはいたけど聞いてみたくなった。 すると
「さあ? 何が写っていると思う?」と百合香は笑む。 ああ、やはり写っていないな…彼女の目はもっと先を見据えている。 そんな奴に見てもらうには…
その後会話は交わされることなく私は立花邸を去った。
【なんか意味わかんないですよね…】
「あら、いらっしゃい。遅刻なんて珍しいわね?」
「遅れて申し訳ございませんでした……面倒事の処理が長引いてしまって」
「いいのよ、別に。さあ座って、今紅茶を淹れてあげるから。今日はお客様が多いのね、紅茶がもう無くなってしまいそうだわ」
暖かな日曜日の昼間。碧い風が吹き抜け、木々は時折さわさわと揺れる。エメラルドグリーンの木々に包まれる様にして高級住宅地が潜む。そこに風花百合香の自宅は建っていた。周りの住宅より大きいという訳ではないが、普通のそれらに比べれば充分な広さがある。そして何より美しく清潔感のある外観は、住宅地の中でも一際目立っていた。白く塗られた壁は汚れの一つもなく、深い青色の屋根とよく合っている。庭には色とりどりの花々が育っており、その隙間から黄緑色の芝生が顔を覗かせた。花の状態を見る限り、手入れは日頃から欠かさず行っていることが分かる。
家のリビングには現在、百合香とその来客の姿がある。来客は本来なら午後12時きっかりに彼女の自宅を訪れる予定だったのだが、時計が今指している時刻は12時32分。およそ30分の遅刻である。
百合香の発言からも伺えるが、彼女は普段なら時間にも厳しい几帳面な生徒なのだろう。実際彼女が遅刻する事は滅多に無いが、今回ばかりは少し厄介な用事が入ったらしかった。最も、百合香に彼女を咎める気はたとえ事情があろうが無かろうが微塵もなかったのであるが。
「わざわざありがとうございます」
「もう、敬語じゃなくたっていいのに……私達、友達じゃないの」
「お気持ちは嬉しいです。しかし立場上、そういう訳にはいかないのですよ」
会話をしながらも、キッチンでアールグレイの茶葉をティーポットに入れる百合香。沸騰したお湯をその中に注ぐと、部屋に紅茶の上品な香りが広がっていく。
「お堅いんだから……せめて卒業後くらいは普通にお話しましょうね?」
「それが出来れば良いのですが」
こうして見ると、今の百合香にあの暴君女王としての面影は少しも無い。いるのは美しく優しくお淑やかな、優等生の少女でしかないのだ。そんな彼女を客人は、一体どんな目で見ていたのだろうか。
数分経った後に百合香は二人分の紅茶を運んできた。煌びやかな細かい模様が描かれたティーカップの傍らには、銀のスプーンに乗せられてローズジャムが添えてある。机の上のクッキーの缶を開けると、百合香は客人の向かい側に腰掛けた。
「それで……どうだった? 文芸部のこと」
客人に改めて向き合うと、百合香は話題を切り出した。客人はその声を聞きながら紅茶を一口飲んだ後に、小さなメモ帳をポケットから取り出す。百合香の声には落ち着きこそあったものの、その奥底では重く不穏なものが感じられる。だが客人はそれを気に留めることもなく、彼女に返答した。
「一年生の白野恵里はあちら側の人間だと確定しました。また会長が仰っていた同じく一年生の伊藤美雪も怪しいですね、会長にわざわざあの様な事を言うからには何かしら不満を抱えている事には間違いありません」
「ありがとう。そうね、白野さんはまだ放っておいても問題ないでしょう。あの子は多分、直接私を攻撃はしないだろうから」
そこまで言うと、百合香は一度紅茶に口をつける。少しの間考え込むと、角砂糖を一つカップに入れた。
「それにしても……。本当、美雪ちゃんの自信過剰は何とかならないのかしら。自分こそが正しい、自分なら何でもできるんだという考えが抜けないわね」
優しい口調で冷たい毒を吐くと、会長は相変わらずの笑顔を見せる。その笑顔はやはり汚れ一つ無い。
「従姉妹と言えども仲はよろしくないのですか? 白羽学園に彼女をお誘いになるくらいでしたのに」
「昔からあの子は嫌いなのよ、私。見ていて見苦しいのよね、ああいう人間は……私は全部お見通しだっていうのに。従順な人とそうでない人の違いなんてすぐ分かってしまうに決まっているでしょう?」
言い終わると百合香はクッキーの缶に手を伸ばす。くすんだピンク色の苺クッキーを指先で摘むと、半分ほど齧った。
「さて……どうしましょうかね、文芸部は」
そう言いかけた時、スマートフォンに通知が入る。失礼、と一度断ってから、百合香はMINEアプリを開いた。
画面見て若干小首を傾げると、百合香は客人にもその画面を見せる。
神狩美紀から送られてきたのは、数個の掲示板やRTwitter(大手SNS。世界中で利用されており、システムは現代の某SNSとあまり変わらない)のスクリーンショットだった。
『白羽学園の生徒、暴力で警察沙汰に!!』
『「会長への愛」語り出す暴力生徒』
『三角関係? 白羽学園生徒会長との関係は?』
「これは……」
「誰がこんな事広めてしまったのかしら。片原君も、後先考えずに行動しちゃって……あとで誰かにお説教でもしてもらわないと」
スクリーンショットには、これらの情報が既に十数回程度拡散されている事が示されている。美紀からは新たに会長の身を案じるメッセージが送られていた。客人は百合香の方を若干心配そうに見ている。
百合香はしばらくスクリーンショットを見つめていたが、急に顔を上げにっこりと微笑んで言った。
「ねえ、こんな『デマ』を『故意的に』流したのは誰だと思う? 『学園の評判を下げて生徒達を困らせようとした』のは誰だと思う?」
「え? ……誰と言われましても…………あっ」
客人は何かを理解した様だった。
この2つの問題を処理する方法を。
「これを流したのは文芸部の一年生達、そしてそんな事をする部は活動停止……最悪、廃部にするしかないでしょう? 『大変心苦しいけれど、校長からの命令で仕方なく』。誰が拡散したかという証拠もない、もし文芸部を庇って犯人が名乗りを上げれば一石二鳥! 犯人も、そのお仲間である文芸部が反逆者の集まりだということも、どちらも確定するわ。我ながら良い案だと思わない?」
「流石です、会長……彼女達以外の部員も、矛先はまず一年生に向けるでしょうし。一年生を擁護したところで自らが周りの標的になるだけですから」
「ふふ、私も張り切って演説しないとね。さて後は……『デマ』を消してしまうだけ。またお願い出来るかしら、××××?」
「勿論です。璃々愛さんにも協力してもらえると良いのですが」
夕方、どこを探しても書き込みは見つからなかったという。
(またまた長文すみません…!
あと百合香の苗字は風花でございますー)
(続きです)
《亜衣視点》
恵里って、本当にすごい。
改めてそう思った。
おそらくかなりしつこいであろうあたしの話に付き合ってくれるし、大抵の人と早く打ち解けてしまう。話題が豊富で飽きない。反応も良いし、とっても優しい。
成績こそD組だけど、白羽学園は進学校。全国平均からすれば上だ。外見も普通に可愛いと思うし、なにより面倒見が良いから、ついつい甘えたくなるんだよね。恥ずかしがってあたふたするのも意外性があるし、イジりがいがあって可愛い。
どうして今更こう思っているかというと、時は戻り先ほどの話へ。
少し急いで病院近くの公園まで。2,3分ほど時間をおいて恵里が来た。
「ごめーん亜衣」
「ううん、大丈夫。あたしも来たばっかだし」
「そう?」
ならよかったー、と微笑む恵里。……今日も可愛いですね。白い肌が眩しいよ。
「恵里ってさ、日焼けしないの?」
「え、私?」
「うん。将来シミができなさそう」
「インドアだからだよー。それに、日焼けせずに真っ赤になっちゃうんだよね」
それは大変そう。でも羨ましい。
「そういえば!ね、あの小説が映画化したって!」
「え、本当!?」
「でもねー、なーんか雰囲気がちがうの」
「あるある。原作ではショートカットなのにロングになってたり!」
「優しい少年がタラシっぽくなってたり!」
「やっぱり小説が一番だね」
「ねー。コミカライズするとちょっと省略されるし」
「確かに。そこはギャグシーンじゃないって感じ」
「そーそー」
こんな感じの、何気ない会話が一番好きかもしれない。
(ごめんなさい、まだ続けます)
>>111
まだ更新の途中でしたか!申し訳ないです…!
(>>112 いえ、全然大丈夫ですよ!
っていうか、うわあああああ!!文芸部がなくなるううう!犯人名乗り出ろ!
ここは笹川先輩と彩姉……学園の姉貴コンビに守ってもらわねば!!
ということで次の展開を心から待ってます!)
(すいません…大切なキャラクターの名前を間違えてしまうなんて…不覚ですね)
115:蒼月 空太◆eko:2017/03/28(火) 10:10 法正視点
片腹 拓也の書き込みが消されたか・・・まったく、報復する側の手口を読めてないと見えるな。
高度なハッキングが出来るのが藤野だけだと思ったか?まったく、一度破った手口はもう聞かないと見せしめするのはいいが、それ以上の技術への報復を受けきれないのは、下策しか考えられない証拠だな。
俺は左手に巻いている赤い布から、スマートフォンを取り出した。操作して、電話をある人物にかけて、言う。
「俺だ」
『ああ、アンタか』
「助けて欲しいんだろ?だったら条件を飲め」
『なんだよ?』
「お前が生徒会長に脅されてやったという報を流す。」
『会長を愛している俺なのにか?』
「行き過ぎた愛、それから生まれてしまった事件、それに気づき真の愛を取り戻す生徒会長と精神が崩壊した少年・・・彼女たちは真の愛を築き上げ、無事に幸せとなった。めでたしめでたし。生徒会長にも、お前にも悪くない条件だろう?」
『まったく、隠れ生徒会派ってのは・・・つくづく嬉しいもんだ。条件を飲むぜ。それに、安部野にも復讐はしてくれるよなぁ?』
「もちろんだ。アイツは生きているだけで邪魔だからな・・・じゃあな」
俺は不適に笑いながら、スマートフォンの電源を切り、赤い布にスマートフォンをしまう。そして左手に巻きなおす。その前に、左手の傷を見る。酷く裂傷した傷だ。俺は鮮明に覚えているトラウマを思い出しながら言った。
「この左手に込めた恨み・・・晴らす・・・」
俺はそこから、片腹 拓也の売名を始めた。
悪名としての。勝手だが経歴などを変えさせてもらった。風花 百合香のストーカー行為などな・・・いや、これは元々か。
法正視点
そう・・・俺は忘れたことがない。悪夢となり、トラウマとなった。あの頃を。
一年前―
「俺は一葉 法正だ。よろしくな」
俺は、クラスが違っても、片腹 拓也、松葉 晃と仲がよくなった。三人で笑いあった日もあった。
俺はずっと続くと思っていた。この日々が。
ある日。
「なぁ一葉、風花 百合香先輩って知ってるか?美人なんだよ!」
「確かに・・・美人だな。」
「確かに美人だよなー」
俺と松葉も、片腹の意見と同じだった。
「俺はあの人見ててよー、なんつーか、神様だと思ったぜ!」
「処刑制度がなけりゃな」
だが片腹の言っていることに、松葉は顔をしかめていた。
「俺も生徒会役員だからよ、あわよくばパンツの一枚でも・・・」
「お前首飛ばされるぞ」
二人の漫才的なやり取りに、俺も笑ってはいた。ただ。
「でも、処刑制度ってのは、独裁者みたいなものだよな・・・女王気取りなんだろうかな・・・」
この一言だった。俺が言う必要がなかった一言だった。次の瞬間、片腹はカッターナイフを取り出して、俺の左手に刺した。
「っつ・・・」
「テメエ!生徒会長を愚弄するのか?!」
「い、いやただ少し口が滑っただけで・・・」
「うるせえ!許さねえぞ!」
「拓也!押さえろって一葉も悪気があったんじゃないだろうからよ!」
松葉は片腹を押さえた。だが、俺はカッターナイフで刺された傷を押さえながら、帰宅した。そして病院に行った。医者からの一言は、無情な言葉だった。
「傷は残るよ」
「え・・」
「こんだけ深く刺されたら傷だって残るさ」
ふざけるな。何故こうなる?片腹はなんであんなクズを神様だとか言う?ふざけるな。意見の違いだけで人を殺す気か?あいつは。松葉 晃。あいつはあいつでわからない。だから放っておく。だが、俺は決めた。片腹 拓也に忠誠を誓う・・・・フリをして生徒会を滅亡させる。表向きはただの生徒、裏は隠れ生徒会・・・同時に、風花 百合香と、片腹 拓也の滅亡だ。
俺はしばらくしてから、片腹に謝罪し、その後隠れ生徒会となった。しかし片腹への報復は絶対にする。俺は左手の傷を隠すために、赤い布をまいた。そしてそこにスマートフォンを入れた。隠し武器だ。
「いずれ・・・報復する」
俺が誓った、過去の話だ。今更思い出すのは何故か。まぁいい。奴の悪名を徹底的にやってやる。
(時間が戻りまして>>111の続きになります。土曜日の午後です)
やっぱり今日の亜衣は元気がない。私・白野恵里はそう思った。
笑顔がぎこちないし、時折寂しそうな顔をするのだ。
気になるけど、むやみに聞くことは出来ない。少し待つか。
気晴らしになるような話をしたい。他人からすればどうでもいい、でも私達にとっては重要な、そんな類の話。
となると話題は―――。
学園関連はだめ。
家族についても注意が必要。
じゃあ、それ以外のこと。例えば、共通趣味である小説とか。
私の予想はあっていたのか、これといって亜衣が悲しそうな顔をすることはなかった。とりあえず一安心。
それでも浮かない顔をしていた亜衣。私に言いたくないのかもしれないし、もしかして私に迷惑をかけたくないのかもしれないけどね。それでも―――。
私は困っていそうなひとを見ると、何かしたいと思うんだよ。お節介とか、しつこいとか言われるかもしれないけど、それでも何かしてあげたいんだ。
私なんかじゃ力になれない。分かってる。でも、愚痴を聞くことぐらいならできるよ?
元E組をなめないでほしいね。聞き役なら自信あるんだから。
「……亜衣。どうかしたの?元気ないよ?」
「ちょっと、いろいろとあって……」
「学園関連のこと?それとも家族?」
「恵里はすごいね。両方、正解」
「……?」
「喧嘩、しちゃったんだ。彩姉と」
あれ、亜衣のお姉さんって、よく文芸部に来る人だよね。すごく仲が良さそうに見えたけど……。
「ねえ恵里。板橋先輩達について、どう思う?」
亜衣の眼はいつになく真剣で、ああ、亜衣の悩みはそういうことかと、私は思った。
「亜衣は、板橋先輩達の仲間になりたいの?」
「……うん」
うつむいたまま、消え入りそうなか細い声で答えた。やっぱり、ね。
「私は、いいと思うよ?」
「本当に、そう思う?」
「勿論。月曜日になったら、会おうと思ってたんだ」
これは、本当。本当にそうするつもり。
「でも、彩姉はやめろって」
「……このまま女王に従っていろ、というわけ」
「そう。あとね、笹川先輩も会長の味方」
え……笹川先輩が、女王の⁉ありえない。なんで?
私と亜衣の話は、それから数時間続いた。
私と亜衣は、学園復活派に入ることにした。月曜日に会いに行く。
E組のお二人と違い、私達にはある程度の自由がきく。それを利用するんだ。
学園を元に戻すために。
「はぁ……」
百合香の自宅から帰路につく途中、麻衣は小さな公園のベンチに腰掛けていた。子供達が活き活きとして公園中を駆け回っている中、溜息をつく麻衣の表情は重く暗い。
百合香と直接話したは良いものの、結局は何の成果も得られなかった。彼女が何を考えているのかも、何をしようとしているのかも分からない。彼女はただ闇の奥底の様な瞳でこちらを見つめては、時々微笑みを浮かべるだけ。その微笑みは何に向けられているのかさえ知る由もない。
あの女王は果たして、本当に人間なのだろうか?――麻衣はそんな事すら考えた。
人間とは思えない美貌。そして、人間とは思えない残虐性。
その姿はまるで、白い羽をもつ神の様にも、黒い瞳をもつ悪魔の様にも……。
「あの……板橋さん、ですよね?」
不意に声を掛けられ、麻衣の思考はそこで一旦途切れた。声に向かって顔を上げると、一人の少女が目の前に立っていた。彼女の姿を見ると、麻衣は一瞬拍子抜けする。大きな青い瞳、編まれた金色の髪に雪の如く白い肌。整った顔立ちの中心に見えるそばかすも、すっかり馴染んだチャームポイントになっている。
流暢な日本語は話すものの、十中八九、彼女は外国人だった。そして麻衣は同時に、この外国人に見覚えがあることに気付いた。
「……アデラ……さん?」
「はい……B組の、アデラ・ヴァレンタインです」
アデラ・ヴァレンタイン。
入学当初、イギリス生まれという事でそれなりに話題になった少女。日本生まれの周りの生徒より背丈は幾分高く、雰囲気も大人びていた。中学入学と共に日本に越してきたらしく、以前から日本語も学んでいたため白羽学園に入るまでにはほとんどの日本語を完璧に話してしまうまでになったのだ。彼女がコミュニケーションに困ることもなく、むしろ英語も話せるバイリンガルとして人気を集めた。
しかし麻衣とは、特に接点は無い筈だった。二人共クラスは違うし、委員会や部活で一緒になるという事も今まで無かったのだ。あえて言うなら掃除場所が近かったくらいか。
「少し、お話よろしいかしら?」
そんなアデラが、麻衣に話しかけたのは……やはり、あの出来事が原因だろうか。
「……良い、けど……何を?」
「……板橋さん、反逆者の貴方にお尋ねします。昨日生徒会の片原君が暴力事件を起こして……それがネットに拡散されたのは知っていますか?」
「えっ?」
突然の質問と知らない事件の内容。そして反逆者という言葉を投げかけられ、麻衣は少し困惑した。アデラがどちらの派閥かも分からない内だったというのが、それに余計煽りをかけたのかもしれない。現時点で彼女が会長に賛成しているのか反対しているかの情報はまだ無いのだ。
数秒間頭を整理させ、なるべく当たり障りのない回答を考え出した麻衣は遅れた返事をする。
「し、知らないわ……どうしてそんな事を?」
「……やはり。知らないのも無理もありません……麻衣さん。この事件の情報が、数時間経ったら綺麗に消えてしまっていたんです。私が見た時には既にある程度拡散されていましたから、麻衣さんの目にも普通なら届く筈でした。でもその前に、不自然なくらいの勢いで情報は消えてしまったんです」
流れる様に話す、敵か味方かも分からぬアデラ。だがこの様な事をわざわざ口にする彼女は、少なくとも敵ではないのだろうか?麻衣は頭をしきりに回転させつつも、アデラの話に少しずつ対応していく。
「……つまり、生徒会に不利になる情報は消されているって事ね? 何故貴方がそんな事を私に言うの? それに、どうやってそんな荒業が出来るのかしら……」
「はい、その通りだと思われます。……私が貴方にこの事を言った理由は二つです。まず一つ――私が貴方に味方する反逆者であるからです」
「……味方?」
改めてアデラの顔を見据える。その表情は極めて強く真剣なものであった。
アデラは再び話し出す。
「私は貴方の味方ですから、貴方に有利になる情報は与えなければと思ったのです。信じてもらえないかもしれませんが、私は本気です。……生徒が同じ生徒を傷付けるなんて、絶対にあってはなりません」
彼女の青い目には、確かな決意と正義の炎が宿っていた。思わず麻衣はその熱さに圧倒されかける。彼女の心で煌々と燃えていたのは、復讐心でも反逆心でもなんでもなく、ただ純粋な正義なのだろう。
「じゃあ……私達に協力してくれるの?」
「板橋さん達が受け入れて下さるのなら、是非そうしたいと思っています」
麻衣はしばらく間を置き、やがて微笑む。義心に燃えるアデラに手を差し出し、言った。
「……なら、これからよろしくね。アデラさん」
そう言われたアデラは、差し出された手を見ると太陽の様に明るく微笑む。麻衣の手を強く握り、しっかりと頷いた。
「……それで、二つ目の理由って?」
麻衣は手を離し、再び話を戻す。その問いかけに、アデラの笑顔へ影が差す。
「……貴方が月乃宮先輩の関係者だからです」
「月乃宮先輩?」
「……板橋さん……月乃宮先輩の家が裕福なのはご存知ですよね? 月乃宮先輩には財力があります……もし、その財力を使って警察に手回ししていたとしたら?」
麻衣の手に震えが走る。月乃宮いばらの顔が脳裏に浮かぶ。
「……え……? ……まさか……」
紫色のカチューシャが、きらりと輝く。
「……あんな風に情報を完全に消してしまうことが出来るのは、警察くらいなものです。風花さんにはとても出来ません……ハッキングでもすれば出来る可能性はありますが、それはただの犯罪です。……正当な、罪に問われない、ただのデマへの対処として……月乃宮先輩が、警察を使った。そう、私は考えているのです」
その晩、麻衣は少しばかり寝不足であったという。
週末が明けた、五月四週目の月曜日。休暇中の思い出話や、休み明けの気だるさによる喧騒の中、白羽学園内ではある噂が囁かれていた。
曰く、二年D組の生徒会役員である片原拓也が、生徒会長の風花百合香に抱いていた恋慕を暴走させ、同じ生徒会の書記である安部野椎哉に暴力を振るったのだという。
その噂は、共同戦線を一時張っていた翼と彼の友人たちの耳にも届いていた。言づてでも十分伝わる彼の狂気的な感情に、名状しがたい不快感を翼は覚えたのである。
「松葉の家に行ったときも十分アレだったけどよ、まさかそこまでのマジキチだったとはな……」
「しかも追加情報によりゃあ、会長のことストーカーしてたって話だぜ?」
「うっわ、マジかよ! とうとう精神異常者じゃね?」
「だよなー。独裁云々を差し引いても、あんな面白みのない完璧超人を好き好むとかあり得ねえし」
「馬鹿か。問題はそこじゃねえよ」
いつもの空き教室でぐだぐだと駄弁る友人たち。その途中に差し込まれた検討違いの回答に、翼はぴしゃりと指摘を入れた。水を差された一人は不満げに口先を尖らすが、他の友人は「当たり前だろ」「お前の好みなんざ誰も聞いてねえ」と口々に彼を茶化す。だが、そんな彼らの反応にも、翼は否定的な態度を取った。
「あのなあ。お前らの目は節穴か? この書き込みの投稿時間をよく見てみろ」
「何々? ……月曜、午前3時。それがどうかしたのか?」
「どうもこうも、最初に俺たちがこの話を知ったのは、土曜の夜の掲示板でだろ? だが今はいくら探しても、最古の書き込みがこいつしかない」
「えっ、マジで?」
驚いた友人の一人が掲示板内検索を使い、同様の書き込みを探しだそうとした。しかし翼が言った通り、拓也についての投稿は月曜の夜中から早朝以降のものしかヒットしない。つまり翼たちが見た、土曜の夜に投稿されたはずの最古の投稿が、何者かによって削除されているのだ。
「土曜に投稿された拓也の記事を、日曜に見た誰かがわざわざ削除した。そして月曜の真夜中にまた誰かが投稿し直したんだろうな」
「なるほどな。削除したのは、やっぱ会長側の奴か?」
「多分な。他の書き込みも綺麗さっぱり消えてたし、こんな大規模な削除ができるのは会長派くらいだろ。月曜の書き込みは土曜と同じ奴か、それとも別の第三者かは分かんねえけど」
机の上に足を乗せ、椅子に浅く座りながら、翼は大きく溜め息をついた。
書き込みの削除というのは通常、その掲示板を管理する者の承認が必要になる。そのため、投稿削除というものは本来そこまで積極的に行われるものではないのだ。
だが今回は違う。土曜日の時点で拓也についての書き込みは、学園掲示板以外にも、大型掲示板や有名SNSなどで発表されていた。しかしそれらも、日曜の時点で既に削除されている。
常識的には考えられない、複数の掲示板やSNSでの投稿一斉削除。こんな真似ができる何者かを味方に持つ生徒会長は、実質ネット界隈を掌握しているといっても過言ではないだろう。
「……この世はいつだって、力を持ったもん勝ちだ。そうじゃない奴は理不尽を強いられても文句を垂れることすら」
「言い掛かりはやめてください!!」
唾棄するように吐き捨てた、翼の独り言。しかしそれは、廊下からの大声によってかき消され、誰の耳にも届くことはなかった。
突然の怒号に、なんだなんだと翼たちは空き教室を後にする。彼らが見た廊下の先にいたのは、女生徒二人と、彼女たちの前に立ちふさがる桃色ツインテールだった。
(続く)
(続き)
◆ ◆ ◆
「だから、私たちはデマなんて流してませんって!」
「そ、そうですよ……! 片原先輩って人のことだって、今知ったばかりですし」
「そんなこと言われても、確かに聞いたんだよねえ。『一年の文芸部員が片原クンに濡れ衣を着せて、悪質なデマを広めようとした』って!」
遠くから見てもはっきりと分かる髪色の主、璃々愛が通行の邪魔をしているのは、一年生の恵里と亜依。二人は身に覚えのない言い掛かりで、糾弾を受けている真っ最中だった。
亜依ははっきりとした物言いで、恵里はやや弱々しくではあるが、それでも物怖じせずに自分たちの無罪を主張する。しかし当の璃々愛は暖簾に腕押しといったように、二人の言い分を受け流すことしかしなかった。
「大体、私たちがデマを流したっていう証拠はあるんですか!?」
「じゃあ逆に聞くけど、アンタたちが『デマを流してない』って証拠はあんの?」
「はあ? そんなの……」
「証拠が出せないなら、デマを流したって大人しく認めれば? かいちょーは優しいから、早めに観念すれば情状酌量は考えてくれるかもよ」
「ふざけないで! 誰が冤罪なんか認めるもんですか!」
「あっそう。飽くまでしらを切るってなら、アンタたちの文芸部が広報部の二の舞になっちゃっても文句は言えないよね?」
「そんな……!」
璃々愛は得意の減らず口で反論の余地を奪い、「デマを流した」と繰り返し口にすることで周囲の注目を集める。その作戦は上手く働き、集まってきたギャラリーは既に恵里と麻衣をデマの首謀者だと見なし始めていた。
このままでは自分たちが濡れ衣を着せられるか、文芸部が強制廃部となってしまう。どちらにせよそれらが実現してしまえば、以降の学園生活は周囲から苦汁を強いられ、革命に参加するどころではなくなってしまうだろう。
璃々愛からの糾弾は終わることがなく、ギャラリーからの目線は冷たくなっていく。恵里と亜依のみではにっちもさっちも行かなくなった、そのときだった。
「異端審問が悪魔の証明を振りかざしては本末転倒でしょう。結城役員」
「なに? 邪魔しないで……って、うわっ!」
不機嫌な顔をして後方を振り向いた璃々愛は、そのしかめっ面を直ちに伸ばして驚愕する。恵里と亜依、そしてギャラリーの生徒たちも同じく、目を丸くして彼女と同じ方向を見た。
璃々愛の背後にあったのは、痣とガーゼが痛々しいほど目立つ、椎哉の変わり果てたの顔だった。
(今回はやや勢いに任せて書いたので、展開が無理矢理だったり滅茶苦茶だったりするかもしれません。また、璃々愛さんの言動がチンピラみたいになってしまいすみません;)
(この後の椎哉や翼の動きで質問がありましたらお気兼ねなくお聞きください)
(>>121と同じくらいの時間です)
「ちょっと美紀!説明してもらおうか!」
3−Aの教室に響き渡る大声。生徒達は何事かと目を向けたが、聞こえてくる声から内容を理解し、それぞれ雑談や予習に励むことにしたようだった。
言い争っているのは生徒会副会長と会計。下手に仲裁したりのぞき込んだりすると後が大変になるに違いない。
「説明と言われても、私は会長の決定をそのまま真帆に伝えただけ。一年生には結城さんが、二年生には月乃宮さんが、そして三年生には私が伝えることになったから」
「違う!廃部の理由よ!」
「会長の判断」
「あ、り、え、な、いって言ってるでしょ!恵里ちゃん達がそんなことをするわけがないの‼」
「私はなにも白野さんや戸塚さんだと言っている訳じゃない」
「全員含めて、ありえない!」
ここまで聞いているとほとんどの事情がわかってくる。
要約すれば……文芸部員の一年が何か会長に背くことをやらかし、文芸部は廃部になった。それを美紀が部長である真帆に伝えたところ真帆がきれた、という感じだろう。
それにしても珍しい。真帆が感情的になっている。それ程文芸部を守りたいということだ。
「真帆、今あなたが何をしても変わらない。わかっているでしょう?」
「……そういえばさ、どうして廃部にしたの?そこまで大事ではなかったよね」
「何が言いたいの」
「いや。生徒会と文芸部、どちらも納得できそうな案を思いついただけ♪」
(でたぞ、屁理屈上手の笹川だ)
(真帆ちゃんの正論は言い返せないもんね)
(会計がどこまで反論できるか……)
(無理よ、賭けにすらならない)
生徒たちの意見は満場一致。何かしらのペナルティーは下されるだろうが、廃部にはならない。それだけ、真帆との口喧嘩は無謀なものなのだ。
「美紀、あなたはどうして会計になったんだっけ?」
「……そういうことね。でも、私一人の判断じゃ無理。会長に許可をもらわないと」
真帆は小さくガッツポーズをつくった。
こめかみを抑えながら百合香のもとへ向かう美紀のあとを意気揚々とついてゆく。
「神狩のやつ、相当ストレス溜まったな。俺生徒会入らなくて正解だったわー」
能天気な男子生徒の発言に、クラスメイト達は激しく同意したのだった。
「それで、私のところへ来たというのかしら」
「そ。簡潔にいうと―――文芸部を存続させてほしいんだ」
生徒会室では、会長と副会長の争いが繰り広げられていた。勿論話題は、文芸部の今後について。
自身の要望をきっぱり言い張った真帆に対し、
「駄目よ。あんなことが起こった以上、生徒会は対応しなければならないわ」
百合香は即刻要望を拒否する。
しかし、真帆には真帆なりの案がある。真帆は、勝利を確信したような笑顔でこう言った。
「その代わりとしてね、こちらから提案があるのさ。聞いてもらっていいい?」
自信をもつその表情に疑問を感じた百合香。提案を聞くくらいならいいだろうと思った。
「……その提案とは、どんなもの?」
「簡単だよ。百合香が許可して、美紀が書類をつくればいいだけ。生徒会と学園のメリットもある」
「参考までに、それをお聞かせ願えるかしら」
それに答える真帆の返答は、とんでもないものだった。
「……そうね。それならいいかもしれません。でも、あなた達文芸部はそれで大丈夫なの?」
「大丈夫に決まってるでしょ。あたしたちをなめないでよね。ほかの学校の文芸部とは格が違うんだから」
「そう。ならいいわ。美紀、私は真帆の提案をとろうと思うの」
「……問題ないよ。まだ一学期だから、つくった書類は少ないの。あとは百合香と真帆の署名、ここの二ヶ所」
風花百合香、笹川真帆と、二人はそれに署名した。
文芸部存続と、真帆の勝利が確定した瞬間だった。
「璃々愛ちゃんたちに知らせてくるわ。あとは美紀に頼みます」
「わかった。書類は提出しちゃうよ」
女王が進むところには、きっと大勢の生徒が並んでいることだろう。
「安心した?美紀」
「……別に」
「そう?」
女王が去った後の部屋では、美紀をからかう真帆の姿が見られたという。
「はっ!? ちょい、安部野にぃ……それ……!」
「ああ、この怪我ですか? いえ、先日ちょっとした揉め事に巻き込まれましてね……」
片原拓也が暴力事件を起こした、というデマである筈の噂。しかし、生徒達の目の前にいるのは正に暴力の被害を受けたのであろう安部野。この矛盾した状況に、生徒達は困惑していた。一方、罪を擦り付けられた文芸部の二人も目を丸くし、驚きを隠せないという様子だ。
「……と、というか……何? アンタ私の邪魔すんの?」
「邪魔という訳ではありませんが、その様な尋問は如何なものかと。容疑者の言い分も聞かないというのは少し横暴ではありませんか?」
璃々愛は少々分の悪そうな顔をする。これでは文芸部を葬り去ってしまおうという会長の意向が台無しになってしまうではないか。何とかしてこの厄介な男を先ずは退けなければならない……。
璃々愛が思考を巡らせていた時、生徒達が一斉に道を開けた。コツ、コツという足音が廊下に響き渡る。黒く長い髪が艶目かしくゆらりと揺れた。
「あらあら、何の騒ぎかしら?」
「……! かいちょー……」
そう、女王のお通りだ。
「安部野君、怪我は大丈夫だった? 大変だったわね、まさか交通事故に遭うなんて」
「……えぇ。まあ」
百合香は安部野の顔を覗き込み、いかにも心配そうに声をかける。だがその言動一つ一つには、余計な事を言うなという強い牽制の意味が込められていた。
安部野も今、全てを打ち明けようとする事はなかった。ここで会長の怒りを買っても何一つメリットは無い。まだ焦る必要はないのだから、あくまで自分は誠実な生徒会の一員として行動しておくべきなのだ。少なくとも今は。
「あまり無理はしないで、早く治すのよ。……それで、璃々愛ちゃん。ちょっと良いかしら?」
璃々愛は相変わらず居心地の悪そうな様子だった。それでも下を向かまいと、周囲を睨み付けるかのように強く見る。百合香はそんな璃々愛の方に歩み寄ると、小さく耳打ちをした。
璃々愛の表情は途端に変貌する。何か言いたそうにする璃々愛に向け、百合香は人差し指を口元で立てた。その「静かに」という合図を受け取った璃々愛は、急に俯き大人しくなってしまう。
彼女は一度周りに軽く礼をすると、璃々愛を連れて廊下の奥へと歩いていった。璃々愛は文芸部員達を一瞥すると、会長に着いて歩き出す。
辺りはしばらく静まり返っていた。
少なくともこの一件で文芸部員達への疑いが晴れた訳ではない。いや、疑いというのは語弊がある。彼女達に向けられたのは既に『反逆者』を見る目であったのだ。
「……余計な事考えるからこうなるんだよ。大人しくしてりゃ平和に暮らせるのに」
「白野さん、戸塚さん!」
誰かのその声に被せるかの様に、大人びた声が響き渡る。二人が声の方に視線をやると、アデラ・ヴァレンタインが駆け寄ってくるのが見えた。
廊下を歩きながら、会長と璃々愛は若干抑え気味の声で話をしていた。会長から事情を聞いた璃々愛は、複雑そうな顔をしている。
「……で、それを飲んじゃったの……」
「ごめんなさいね。せっかく用意してもらったのに……それにしてもあの子、頭高くない?」
「どうする会長、処す? 処す?」
どこぞの将軍の様なやりとりを繰り広げる会長と璃々愛。会長はにこやかに微笑んではいるものの、表情には珍しく疲弊が見え隠れしていた。資料の作成の為に印刷室へと入ると、百合香は溜息をついて椅子に座り込む。憂い気な会長の姿に、璃々愛まで元気を無くしていく。
「……気に入らないわ……これじゃあ私の計画が台無しよ。せっかくあの文芸部を潰してしまうチャンスだったのに」
百合香が弱音を吐くのは久しい事であった。というよりも、百合香の計画が邪魔されるという事自体が滅多になかったのである。
璃々愛はそんな百合香の顔をしばらく見つめると、やがて出来る限り明るく振舞って言う。空元気に過ぎないものだったが、それでもその声は華やかに響いた。
「大丈夫だよ、かいちょー!」
百合香の手を強く握ると、その目をしっかりと見つめる。
「このまま文芸部の好きにはさせない。アタシがいずれちゃんと潰してあげるし! かいちょーに逆らう奴らは、みーんなアタシが始末してあげるんだから!」
璃々愛の笑顔を会長はしばらく自信の無さそうに見つめていたが、やがてゆっくりと微笑み返すと言った。
「ありがとう、璃々愛ちゃん。……神狩さんも璃々愛ちゃんも××××も味方してくれて、私は幸せね」
明るい笑顔から一変、璃々愛は怪訝そうな顔をした。
「かいちょー、またそいつの話?」
百合香はくすくすと笑い、立ち上がって印刷機に向き合う。
「役に立つのよ、あの子? ……そうね、そろそろ活躍してもらおうかしら」
一方、学園掲示板は。
片腹 拓也(マヌケ)について語るスレ
1:名無しのエリート
片腹 拓也のせいで生徒会長の面目丸潰れだわ。
何が会長を理解してるだよ。氏ね。
会長のゴミ漁ってるとかありえんわ。夜道をついてくとか馬鹿かよ。
っつーか片腹生きてる意味ある?
2:名無し様だぞあがめてろついでにパスタよこせ
>>1
確かにwwwwアイツの親の顔見てえわwww
3:アホです
>>1マジキチだからなー。(ーдー)会長のパンツ欲しいって言ってるくらいの変態だからなー。
さっさと氏ねばいいのにー
ってことで殺ってみた
. ∧_∧ / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
(;´Д`)< お片づけお方付け
-=≡ / ヽ \______________
. /| | |. | ←俺氏
-=≡ /. \ヽ/\\_
/ ヽ⌒)==ヽ_)= ∧_∧
-= / /⌒\.\ || || (´・ω・`) ←片腹 拓也
/ / > ) || || ( つ旦O
/ / / /_||_ || と_)_) _.
し' (_つ ̄(_)) ̄ (.)) ̄ (_)) ̄(.))
oノ
| 三
_,,..-―'"⌒"~⌒"~ ゙゙̄"'''ョ ミ
゙~,,,....-=-‐√"゙゙T"~ ̄Y"゙=ミ L____
T | l,_,,/\ ,,/l | ゚ ゚
,.-r '"l\,,j / |/ L,,,/
,,/|,/\,/ _,|\_,i_,,,/ /
_V\ ,,/\,| ,,∧,,|_/
4:皆のアイドルではない何か
>>3マジか。アイツもう犯罪者予備軍・・・っつーか犯罪者だったわ。
5:生きてる人
>>4それな
6:匿名でしかない人
>>4マジか。片腹ってアイツ偽善者じゃん。
7:もっさもさな毛
片腹「会長をwww理解してるのはwww俺wwww」
やべえ書いてて笑ったわ
このように、悪口が飛び交う一方で。笑みを浮かべるものが二人。
「いいぞ・・・どんどん広がれ・・・」
不適な笑みを浮かべる一葉 法正。
「っしゃ!拓也の奴これ見てどうなるかなー・・結果が楽しみだぜ!」
喜びの笑みを浮かべる松葉 晃。片腹 拓也は、学園掲示板を見る気にすらならない状況。しかし、後一歩まで追い詰めれば、拓也をどん底へ落とせる。お互い知らなくとも、考えがまったく同じ晃と、法正は。更なる追撃に出た。
8:座布団です座らないでください、立ってください
俺今日片腹 拓也の様子覗かせてもらったら会長って連呼してたwwwwワwロwスw
9:報復マン絶対マン
片腹 拓也きっと会長のこと想像してくっだらねえ夢見てんだろうなwwww思ったら授業集中できないwwww助けてwwww
10:座布団です座らないでください、立ってください
>>9しwるwかwwwwwふぁーwww
8と10が晃、9が法正。彼らは更なる追撃をかけ、レスを上げていく。完全に拓也を潰すために。生徒会の面目を潰すために。風花 百合香へと泥を塗るために。
そうして彼らは、スマートフォンをタップする。このスレッドを上げて行き、反逆者を優先するよりも。
晃は、管理者の権限を使い、スレッドを固定かつ、削除不可の設定を施した。
(なんつーか、笑えない冗談になったけれど、こうして行く・・・というのになってしまったのです。不満があったらすみません。)
(放課後、自室の晃くん視点です)
(椎哉の考えを伝えたかっただけなので、字の文とメール本文のバランスがおかしなことになっています、ご了解ください)
掲示板をリロードすれば、分単位でレスが増えていく。時折煽動するようなレスを落とせば、面白いくらいに同調者が集る。すっかり大盛況となった拓也に対しての罵声スレッドを前に、晃は満足げな笑みを浮かべていた。
「はっはっはっ、ざまあ見やがれってんだ! 真の裏切り者め!」
かつて拓也は、友人だったはずの晃に裏切り者だと吐き捨てた。しかし今度は、とても友人相手にはしない所業を、晃が拓也に平気で行っている。これが友情をないがしろにした拓也の因果応報か、あるいは晃が彼の二の轍を踏んでいるだけなのか。二者の区別は晃本人には判断できなかった。
炎上の燃料となるようなレスをいくつか投稿し、そのネタが尽きて晃の気も済んだ頃。傍らに置いていたスマホが震えながら机を這う。スマホを捕まえて画面を見ると、表情されているのは千明名義の椎哉のメール。
『情報拡散のご協力、ありがとうございます。つきましては残っている片原役員についての書き込みを、現在炎上している片原役員についてのスレッドと共に、可能な限り全て削除してください』
『なんでだよ? あんただって拓也に散々ボコられてただろ。病院のときはあんだけ意気込んでたのにビビってんのか?』
反逆者となった自分をあっさり見捨て、自宅の玄関も破壊し、果てには自分に本気の殺意を向けた。そんな元友人のクズを、コテンパンに打ちのめせる折角のチャンスだというのに。
すっかり気が大きくなったところに水を刺され、不貞腐れた晃は否定的な疑問符をつけて返信する。椎哉の回答は、それからやや長い時間を置いた後に届いた。
『協力していただいた調査の結果、本日未明に再投稿されたものを除く、片原役員についての書き込みが数時間以内に全て削除されていました。ネット上の掲示板やSNSは、ほぼ全て風花百合香のテリトリーだと言っても過言ではありません。
そんな場所で犯罪同然の行いをすれば、風花百合香側の人間に「処刑に値する正当な理由」を与えることになります。反論材料をたった一つでも向こうに渡してしまえば、狡猾な彼女たちはそれを最大限に利用し、あなたたちを徹底的に追い詰めることでしょう。
争いとは、先に手を出した方が悪となり、やり返せば両成敗となるものです。革命を成功させたいのなら、今は「処刑制度の被害者」でいることをお勧めします。「こんな人間は処刑されても仕方ない」と判断されないよう、清廉潔白な無実の犠牲者であるように努めるのです。
追伸:これは感情論になりますが、折角復讐を行うのなら、与えるダメージはより大きい方がいいと思います。複数回に分けて少しずつ追い詰めるより、一度で奈落に突き落とした方が受けるショックは強いですし、何よりその方が復讐の達成感も大きくなるのではありませんか?』
「…………はあ」
椎哉のメールが長文であるのは今更な話ではあるが、それを差し引いても今回のメールは長文だ。加えて自分の感情的な行いを否定するような内容と、文面だけからでもありありと伝わる復讐への執着心に、晃は胸焼けのような不快感を覚えたのであった。
(椎哉のメールの内容に従うかどうかは晃くんにおまかせします)
(放課後、文芸部にて)
白羽学園、文芸部室。ワープロソフトの入ったパソコンや資料となる本が並べられた部屋の中で。
月に一度の話し合いのために、部員全員が集まっていた。
普段通りなら進み具合を報告し、一年間の見通しをたて、次の締切を確認して終わりになるのだが、この日は違った。それは、部長である真帆の発言のせいだろう。
「さて、これにて終了!と言いたいところだけど、ちょっと時間もらうね。我らが文芸部の今後に関わる重大発表なのでしっかり聞くこと」
『文芸部の今後に関わる重大発表』。部員達には心当たりがあった。
二年女子がそれについて質問した。
「笹川先輩。今朝月乃宮先輩から聞きました。文芸部は廃部になってしまうのですか?」
彼女の発言を合図としたように、部員達は不安と疑問を口にする。
「せっかく仲良くやってたのに……。そんなの嫌」
「私も聞いたよ。でも理由は教えてくれなくて」
「結城先輩は、誰かがデマを流したからって言ってました」
「なんか、会長の判断らしいよ」
「そんな!」
「じゃあ、もう……」
その声は次第に収まっていき、部員の視線は真帆に集まっていく。
真帆は暗い表情のまま、口を開いた。
それは、この話の一部始終。
時間も無いし簡潔に話したいけど、それじゃあんまりだろうからきちんと話すね。
片原ってやつ知ってる?三年なんだけど。知らない人が多いだろうね。
デマを流したってのは本当だよ。そいつの悪評を流した犯人が文芸部の一年生だっていうんだ。
こんなのあたしは信じてないからね。文芸部の子達がするわけない。みんなも、信じないでよね。大切な仲間なんだから。
でもさ、それを理由に文芸部は廃部にされたわけ。
ああ、ここで終わりじゃないよ。
それで、会長と会計に直談判したのね。文芸部を存続させてくれって。やっぱり駄目だったけど。
だからあたしね、条件をつけたの。廃部の次に厳しくて、でもあたしたちなら大丈夫なやつ。
そうしたらなんとね、文芸部は存続させていいって!一安心!
暗い表情を一転させ、屈託のない笑顔でそう言った真帆。
しかし、部員達はその表情に嫌な予感しか抱けない。
「真帆、その条件ってなに?」
「え、簡単だよ?ただ―――」
「―――学園から文芸部に与えられる資金がゼロになるダケ♪」
部員達の思考が停止した。
(続きます)
(続きです)
「……は?」
「え、ちょ、本気ですか?」
「真帆、なんてことを……」
部員達はいっせいにまくしたて始める。真帆は手を打ち鳴らしてそれを無理矢理止めた。
「確かにね、大変なことだよ。それは分かる。でも、もう後戻りできない。書類は作成済みだよ」
「でもっ、ゼロにしなくてもいいじゃないですか!」
「そうよ。半分なら黙って受け入れるのに」
「廃部のかわりだよ。半分じゃあ認められない」
「……っ」
「これに異論がある人は退部していいよ。誰かいる?」
真帆はそう言ったものの、名乗り出る者はいなかった。
当たり前だろう。真帆がここまでして守ったのだし、何よりも、部員達は文芸部に誇りを持っていた。
「……いないのね。じゃあ最後に、あたしからのお願い」
「みんな、もう分かったよね。生徒会に逆らったら、周りにも迷惑がかかるんだよ。いまこの白羽学園には、革命とか言ってる反逆者がいるよね。間違ってもあんなことをしないように。そりゃあ、不平不満はあるだろうさ。でも、生徒会に反逆するのはやめて。それが、あたしからのお願い。―――じゃ、話し合いはここまで!お疲れ様!」
「お、お疲れ様でした?」
真帆はそう言うと、文芸部室を後にした。
残ったのは、混乱したままの部員達。ざわつく彼女らをまとめたのは、副部長の三年だった。
「えっと、解散しよっか!あとから詳しく話すね!」
部員達はそれぞれ帰宅の準備を始めた。その顔には不安の色がででいる。
「亜衣……」
小さな声で亜衣に呼びかけた恵里にいたっては、泣き出しそうになっている。真帆の『お願い』と自分の決断の板挟みになっているのだろう。
笑って励ましたいが、亜衣はそこまで器用な人ではなかった。
「笹川先輩が大丈夫って言ってるし、きっとそうなんだよ」
「でも、資金がゼロになっちゃうんだよ?」
「それは……頑張るしかないよ」
「あはは……。そう、だね」
恵里はなんとか笑みを浮かべるが、すぐに落ち込んだ表情に戻ってしまった。
「大丈夫……だよね?」
そんなつぶやきが、文芸部室全体から聞こえていた。
「ったく、百合香に反逆とか意味わかんないし。ま、処刑制度はおかしいけどね。でもさ―――」
廊下を歩きながら愚痴をこぼすのは真帆だった。
「―――百合香を守る人がどんな思いで守ってんのか知っちゃったら、反逆なんかしようと思わないよ。それぐらいの覚悟は見せてもらわないと、ね……」
スマートフォンを取り出し操作すると、戸塚彩美からのメッセージを見た。
『from:彩美さん
亜衣は反逆者に味方するらしいよ 気をつけてね(^ ^♪
オマケ情報 文芸部を守りたいなら美紀ちゃんに協力してもらうとイイよ
いくら百合香ちゃんの決定といっても、あの子は文芸部を捨てることは絶対にしないから』
今朝登校している時に届いたものだ。なぜこのことを知っているのかは定かではないが、とりあえず利用させてもらった。文芸部は守れたので、お礼のメールを送る。すると、すぐに返事がきた。
『to:彩美さん
謎の情報ありがとうございます 文芸部は無事です
美紀が文芸部を……ってことは、やっぱりアレですか?』
『from:彩美さん
ん、まあそんな感じ?ただ、文芸部以外だと百合香ちゃんが全てだからね
アレを考えると納得だけどさ
じゃあまたね(*^ ^)』
『to:彩美さん
はい
またなにかあったらよろしくお願いします』
「確かに、美紀はすごいなー」
そう呟き、スマートフォンをしまった。
(今回は場面を分けて書かせていただきます。長文となり読みにくいかもしれません…申し訳ございません)
「しっつれいしまーすっ!」
夕日の光が差し込む病室に、ピンク色のツインテールを揺らしながら立ち入る少女。白い部屋を優しい橙色の光が淡く彩り、その中に黒いシルエットを映し出す。両手で造花の(匂いが不快になるといけないから、と百合香が買わせたのだった)花束を抱えた彼女は、目先の患者に元気よく笑いかけた。
機械のコードと点滴のチューブに縛られ、刻刻と眠り続ける患者に。
「やっほー、お久しぶり。元気にしてた? ってしてるワケないか」
まるで子供の様な声は、無機質な電子音に重なって患者の、千明の耳をすり抜ける。彼女には何も聞こえていないのだ、それがたとえ愛する家族の嘆きであれ。ましてや小生意気な後輩の声などが彼女の思考を再び動かすはずもない。
「全く、かいちょーに逆らうとか……何なの? 馬鹿なの? 自分の平和を自分から壊しておいて自殺? 後処理大変だったんだからさぁ、どうせなら跡形もなく蒸発すれば良かったのに。ムカつくわぁ……あんまり迷惑かけないでくんない?」
それにも関わらず、璃々愛は横たわる少女に語り続ける。というより、少女を嘲笑い見下したという方が正しい。現に璃々愛の口元は可愛らしい顔に似つかない程歪んでいるのだった。
「ま、かいちょーがお見舞いしてあげてなんて言うから来てあげたけどー。感謝してよね、アタシにもかいちょーにも。かいちょーってばマジ優しいよねっ、神すぎ!」
花束を机に置くと、ちいさなメッセージカードがはらりと落ちた。落ちたカードを拾い上げて花束に添えると、璃々愛は改めて患者に向き合う。
「……かいちょーの言う事大人しく聞いてたら、助けてあげたのにさ」
ただ眠っているだけの様だった。ほんの少しうたた寝をしているだけで、数十分もすれば目を覚ましてしまうのではないだろうか。そして机の上の花束を見て……。
「私さ、千明ねぇって嫌いじゃなかったんだよ。意外と」
煌々と輝く夕日が、建物に沈んでいくのが見える。電灯がまだ灯らない病室が、徐々に暗く染まっていく。
「中学の時の千明ねぇ、ちょっと好きだったし。アンタはアタシなんて知らなかったんだろうけどさー、アタシは密かに憧れてたんだから」
千明の心拍に合わせて刻まれる電子音は、ごく無機質に、ごく機械的に響いていた。刻まれる音の一つ一つが、彼女の生きている証であった。
璃々愛は一度言葉を切った。いくらギャルと呼ばれる璃々愛であれ、彼女もまた進学校の生徒なのだ。自分の意思を明確に伝えられるほどの語彙力は持っている。
「あんな風になれたらなって思ってた。芯が強くってしっかりしてる、千明ねぇみたいになりたいとか考えてた。せめて人前で顔上げて話せるくらいになって、そしたら千明ねぇとちょっとでも話してみようとか。卒業する前に挨拶くらいはしてみようとか。できたら仲良くしてみようとか……結局卒業式の日にお祝い言っただけだったけど。面識ないアタシに笑って返してくれた辺り、親切なんだなって思ったよ。白羽学園に行くって聞いて、ついそっちに惹かれちゃった。頑張ってるんだろうなって期待してたのに、さ」
白から黒へと移り変わった病室で、その悪魔は妖しく微笑んだ。桃色の髪がふわりと揺れ、幼い瞳は哀れな一人の少女を映し出す。少女はただただ、眠り続ける。
「――こんな身の程知らずの偽善者だとは思わなかった」
璃々愛が立ち去った後の病室には、赤黒いクロユリの花束とカードが残された。白いカードの周りには、ご丁寧に黒い装飾がなされている。
『どうぞ安らかなお眠りを 白羽学園生徒会一同』
クロユリ 花言葉:呪い
「花井さんは、モンテ・クリスト伯をご存知かしら?」
放課後の生徒会室へ訪れた生徒に、百合香は問いかけ言葉を投げかけた。彼女の身体は本棚の方に、彼女の視線は完全に自分の手元の本へと向いている。
「モンテ・クリスト伯、またの名を巌窟王ことエドモン・ダンテスはね――元は優秀な船乗りだったの。美しい婚約者と結婚して、船長になるはずだった……のに、そんな彼を疎ましく思う人間によって、無実の罪を着せられてしまうのよ。彼はモンテ・クリスト島の監獄島に投獄され、14年間の月日と婚約者を奪われた」
パラパラと百合香はページを捲りながら語り出す。相手の生徒、花井愛夏……の、『もう一人の方』は、黙ってその話を聞いていた。
「彼は同じ塔に監禁された神父と話す内に、自分が嵌められた事を知る。ダンテスは復讐に燃え、本来なら生涯幽閉されていたであろう牢獄……シャトー・ディフから脱獄し、モンテ・クリスト島の財宝を手に入れてパリの社交界に現れたわ。自分に手を差し伸べた人間に恩返しをしながら、嵌められた経緯の調査を始めた。そして遂に、自分を陥れた人間達に九年間かけて復讐を成し遂げたの」
ざっくりとあらすじを説明すると、百合香は本を木製の本棚に戻した。
「私はこの話が大好きでね。数年前から何度読み返したことか……今の日本ではなかなかお目にかかれない、あの独特な文章スタイルはとても興味深く魅力的だったわ。そして」
愛夏の鞄ではスマートフォンのアプリがその音声を録音していた。今のところまだ核心に迫るような情報は得られていない様だが。
「彼の復讐の在り方に、私は強く惹かれたのよ」
愛夏の眼が見開く。
振り向いた百合香は、相変わらずの笑みを浮かべている。
「ダンテスは復讐鬼となりながらも愛を忘れることはなかった。恩も仇も全てきっちりと返して、最後には娘の様に可愛がっていた元貴族の奴隷のエデと結ばれた。これこそ正に理想の復讐というものだと思ったの。年月を犠牲にし緻密な計画を立てて、それでも人間の心は捨てきれない。なんて素晴らしいと思わない?」
「つまりさ、生徒会長……あんたは復讐鬼になりたいわけ?」
愛夏がそこで口を挟む。
「あら、そうじゃないわ。ただね……私に刃向かう人間の半数が自分は『復讐をしている』のだ、と訴えかけたのよ。笑っちゃうわ……そんな薄っぺらい行為で復讐の名を穢してもらってはたまらない。彼らは復讐の言葉だけを借りて感情任せに行動しているだけだもの。現に板橋さんも松葉君も、ただ感情に縛られているとしか言えないじゃない。あの二人は何が目的だか知らないけど……そういう人達が復讐だと叫ぶのを見てると、どうしても滑稽に見えてしまうのよ」
「ふーん……で、結局何が目的なのさ?」
席についた百合香は、両肘を机に付けて手を組み微笑んだ。
「ふふ、教えると思って?」
生徒会長と多重人格女子の片面が、かの有名な復讐者について語らっている頃。校長室へ至る廊下を、美紀はため息をつきながら歩いていた。文芸部の部費に関わる書類に、校長からの判を押してもらうためである。百合香が学園一の権力者であるとはいえ、それでも彼女は一介の生徒。校則や校費など、学園の根底に関わる決定事項は、今でも校長の許可をもらう必要があるのだ。
「手続き上必要なこととはいえ……。はあ、やっぱり煩わしいわね」
自分にも降りかかりかねない処刑を恐れ、今や百合香の言いなりになっている校長だ。どうせ二つ返事で判を押すのだから、わざわざこちらから出向いて許可をもらいに行く必要性を感じられない。いっそ校長が持つ権限も百合香のものになれば、このような面倒な手続きは発生しないだろうに。そもそも百合香はこの学園で既に絶対的な存在なのだから、近い将来にでも是非そうなるべきだ。
そんな現実味を帯びた美紀の仮定的空想は、ガラッという窓の開閉音と共に立ち込めた刺激臭によって中断されたのであった。
「おおう、びっくりしたわー! 美紀ちゃんか!」
「倉敷さん……。また換気しないで油絵描いてたの? 酷いわよ、絵具のにおい」
「ホンマか? 堪忍なあ、集中してまうとついつい忘れてまうねん」
廊下に面する美術室の窓から身を乗り出してきたのは、三年C組に籍を置く美術部員「倉敷良」。暇さえあれば、あるいは暇がなくとも美術室に籠り、感性の赴くまま筆を走らせ続けるという根っからの芸術家だ。彼の才能はプロも目を見張るほどのもので、実際に彼の作品はあらゆる絵画コンクールで高い評価を得ている。尤も、学力第一の進学校で芸術的功績が評価される機会はあまりないのだが。
シンナーのような悪臭に顔をしかめる美紀をよそに、良は廊下側の新鮮な空気を肺いっぱいに溜めた。その動作の途中、美紀が腕に抱える書類に彼の目が留まる。
「何や? そのシンプルイズ重要そうな紙」
「文芸部の部費についての書類よ。学園の評判を貶めるデマを流した責任として、活動資金を取り上げたの」
「うっわあ、えげつないことするなあ。でもそのデマって確か、二年坊が会長をストーキングしたって話やろ? 百合香ちゃんの決定にしては温(ぬる)ない?」
「勿論、最初は強制廃部にする予定だったわ。でも部長の懇願と会長の慈悲のおかげで、部費なしという条件で存続を認めることにしたの。部費を取り上げれば、その分の金額を他に有効利用できるメリットもあるしね」
「そうかいな? 字並べて部誌作るだけの文化部にかかる資金なんぞ、ぶっちゃけ高が知れとるけどなあ。その程度の金をケチケチするくらいやったら、潔く強制廃部にしたった方が処刑制度的にも良かったと思うで?」
「簡単そうに言わないで。こっちにも事情があるのよ」
(続く)
(続き)
文芸部の強制廃部が最も理想的な処分であることは、美紀にもよく分かっていた。しかし生徒会の一因ではなく個人として、幼馴染の百合香にも打ち明けていない妥協の理由が彼女にはあったのである。そんな複雑な心境も露知らず、理想論を口だけで言ってのける良を美紀は睨みつけた。容赦ない彼女のきつい目線に良は僅かにおののくも、確かにそれは仕方ないという風に肩を竦めてみせる。
「まあ、部費ゼロが最善手っちゅうんなら、是非ともその方向で頑張ってほしいわ。俺がこうして作品作れんのも、一重に百合香ちゃんのおかげみたいなもんやし!」
「会長を応援してくれるのは構わないけど、絵ばかり描いてないで少しは自分の心配もしたら?」
「俺、実は『一日十枚は絵描かんと画力とセンスが衰える病』を患っとってな……」
「話はそれだけ? じゃあ私、これから校長室に行かなきゃいけないから」
「あー待って! ごめんて! もうちょいだけ聞いて!」
つまらない良のジョークをばっさり切り捨て、美紀はその場を後にしようとする。無慈悲にもその場に置き去りにされそうになった良は、慌てて彼女を引き留めた。彼の無様な呼びかけに、あからさまにうんざりしたような顔を向けながら、それでも美紀は立ち止まった。
「百合香ちゃんに伝えてくれへん? 『俺の絵のモデルになってくれんか』って! 構図ラフができ次第になるから、実際に見て描かせてもらうんがいつになるかは分からんけどな」
「伝えるだけなら別に構わないわ。でも、どうして会長の絵を?」
「さっきも言うたけど、百合香ちゃんのおかげで俺は絵が描けるねんて。せやから、そのお礼みたいなもんとしてな? それに……」
――女王なら、肖像画の一つくらい描いてもらうんが嗜みやろ?
そう言って良は、垂れ目の目尻をさらに下げてにっと笑う。彼の笑顔は、女王の繁栄を願う者のそれであった。
(>>132のその後)
「失礼します、学校長」
そう言って、校長室の扉を閉める。その思考は様々な愚痴のオンパレード。
……ほんと笑えるわ、なんなの、あの校長の表情。表面上とはいえ大切な生徒っだっていうのに。しかも、この書類。まとめにくいったらありゃしない。普通箇条書きなんてないでしょ。今度百合香に頼んで改訂してもらおうかしら。
文芸部は廃部、と百合香に聞いた時。危うく百合香に反論しそうになった。
いくら百合香の決定とはいえ、文芸部だけは譲れない。真帆の奇想天外な提案は、美紀にとって渡りに船だった。
『美紀、あなたはどうして会計になったんだっけ?』
真帆の質問が蘇る。
『ねえねえ、美紀ってさあ、どうして会計になったの?百合香の傍にいたいなら副会長の方が良くない?』
これは、美紀が会計になった直後に言われたことだった。
「私が会計になった理由、ね……」
人通りのない廊下で一人、つぶやいた。
「そういうことが得意なのもあったけど、それよりも……会計になれば学園の資金はほぼ私―――ひいては百合香のものになるから、かな……」
美紀が文芸部を守りたいと思っていることは誰も知らない。
幼馴染の百合香でさえも。
幼馴染。
たしかに美紀と百合香は、まだ言葉を知らない頃から知り合いではあった。でも友人ではなかった。百合香は風花家の令嬢で、美紀は―――。
(中途半端でごめんなさい!本日の美紀はこれでしゅうりょーです)
(ハンドルネームまちがえましたああああ)
135:文月かおり:2017/04/15(土) 23:08 (同時刻)
「っあー、詰んだ詰んだ、今日は無理」
握りしめていたシャープペンシルを机に投げ出す。
文字のないノートに一本の黒線が書かれる。そのままシャープペンシルは勢いよく床に落ちた。
それを気にも留めず、ある写真を見つめるのは戸塚彩美。
「……樹の、バカ野郎。なんで置き去りにしちゃうの。」
樹、と呼ばれたその写真の人物。
今はもういない、大切な人。
「駄目だ。あんたの顔見ると泣きそうになる」
目を覆ったけど、それでも涙は一筋頬をつたう。いささか乱暴にそれを拭い、椅子に座りなおした。
その顔は、いいことを思いついたという笑顔。
落ちたシャープペンシルは無視して、別のものを取り出す。無造作に持ったそれは、白い花の絵があるペン。
彩美は顔をゆがめた。
「しつこいって、もうやめてよ……」
『誕生日、いつなの?』
『10月12日。前も言ったよ』
『あれ、そうだっけ。ごめん』
『あやまんのテキトーすぎ。許すけど』
なんでもないように思えた会話。今になってみればその意味が分かった。
「10月12日は、ガーベラの日。2月15日はスイートピーの日。9月28日は……」
知らないうちに、花に詳しくなっていたのだろうか。そういえば、一ヶ月ほど前に書き上げた小説にもそんなことがあったかもしれない。
「……あーあ、こうなったらもうやけくそね。あんたとあたしたちを題材にしてやる。勿論、感動の再会はナシね。あたしの物語は現実的なんだから」
シャープペンシルの線がついたままのノートに、ネタを書き込んでいく。
樹と、彩美と、真帆と、美紀と、百合香。
当事者も知らない、もう一つの物語。
刊行されたら驚くだろうなあ、と。
思い浮かべたのは誰なのか。
「ったく………しゃーね。」
晃は、早速掲示板の書き込みを消し始めた。
自身へのセーブか。それとも正気になったのか。
「拓也………俺ってなんで空いたと友達になったんだろ………」
友達。そのワードに、晃は、ハッ、と気づいた。
一年間忘れていた友達。
「アイツ今でも元気かな………よし、駄目元だけど…」
晃は早速MINEを操作し、ある友達を、公園に呼び出した。
「何のようですか、松葉 晃」
一葉 法正。左手に赤い布を巻いている男。
「本当にすまねえ!俺が………ちゃんと拓也を止めていたら!」
晃は頭を下げた。
その行動に法正は驚いたが。
「貴方は風花に復讐をするんですか」
法正の問い。晃は。
「あったり前だ!」
法正は。
「そうか………なら、貴方に協力しますよ」
学園復活派。一葉 法正の誕生。
>>130の続き
「じゃあ…会長にとって『復讐』は長い年月をかけて、大規模……ってこと?だから、二人のしていることは『復讐』ではない、ってこと?」
「そうですね」
「会長、どうやって処刑制度を作ったの?」
〔ごめんなさい。一回保留します〕
(>>123の直後、>>124と同時期くらいの話です)
「白野さん、戸塚さん! お二人とも大丈夫ですか!?」
「はい、大丈夫です。ええと……アデラ先輩、でしたっけ」
デマの真偽とその出所は曖昧にしたまま、百合香が璃々愛を連れて消えた後。未だに緊張冷めやらぬ恵里と亜衣の元に駆け寄ってきたのは、黒や茶ばかりの人混みでは一層目立つ天然の金。英国からの留学生アデラ・ヴァレンタインの名は、別学年の生徒の間でも有名だった。
アデラは二人の体や顔色を観察し、怪我や精神的ダメージが見受けられないことを確認すると、ほっと安堵の息をつく。それから未だに騒々しい周囲を見渡してから、パンパンと手を叩いた。恵里と亜衣に侮蔑的な目線を向けていた生徒たちの注目がアデラに移る。
「皆さん。学園が貶められるような情報が流れてお怒りなのは分かります。しかし感情に任せて、何の根拠もなしにお二人を責めるのはおやめください」
「で、でもアデラちゃん! 確かに文芸部の一年がデマを流したって、生徒会が……」
「生徒会の証言なら全て鵜呑みにすると? いくら信頼しているからといって、彼女たち名義の情報が常に正しいと判断するのは軽薄ですよ!」
「はあ? お前、会長が嘘ついてるっていうのか!?」
「そのような色眼鏡がいけないと言うんです。風花先輩が嘘つきかどうかは今の論点ではありません」
飽くまで問題は生徒たちの先入観であり、百合香を悪者に仕立て上げる意図はない。アデラが置いた前提は、しかし無意識下で百合香を妄信している生徒たちにはぬかに釘であった。彼女がいばら率いる風紀委員会の一員であるため炎上こそしないものの、彼らとアデラの間に剣呑な空気が漂い始める。そんな一触即発な二者の間に、挟まれる口があった。
「残念ですね、ヴァレンタインさん。僕たちがあなたの信頼に値しない存在だったとは」
「安部野先輩まで何を言っているんですか? 問題はそこではないと言っているでしょう。それにあなた……」
「ええ、存じております。全面的な信用を置いていただけないのは生徒会として非常に遺憾ですが、それはそれ。他者からの情報を頭から信じ切ることの是非については、僕も同意しましょう」
生徒会である椎哉が口にしたのは、不敬に対する叱責ではなく、意見の限定的な賛同。アデラの言動を反逆だと定義するものとばかり思っていた生徒たちは、彼の予想外な対応に思わず耳を疑った。一斉にどよめく生徒たちを一瞥し、椎哉は言葉を続ける。
「進学校の生徒である以上、皆さんは利発な方々であるはずです。それなら得た情報の信憑性を自分の力で調べ直すことなど、造作もないでしょう。まさか事実確認なんて初歩的なことを怠るなど、白羽学園生として恥ずかしい真似はいたしませんよね?」
学園の名前を引き合いに出され、生徒たちの大多数が言葉を詰まらせた。自分たちに反抗的なアデラの言い分を支持したのは気に喰わない。しかしここで彼に反論すれば、自分が事実確認もできない愚者だと主張することになる。そうなれば白羽学園に、延いてはその生徒会長である百合香に恥をかかせかねない存在だと、他の生徒に見なされてしまうだろう。
剣呑な様相が鳴りを潜め、気まずい静寂がその場に満ちる。やがて椎哉の論破は不可能だと断念した生徒たちは、一人また一人と人混みから離れていった。悪意に満ちた視線から解放され、恵里と亜衣はようやく緊張を解く。だが一方アデラは椎哉に、傍からでも分かるほどの疑いの目を向けていた。
「安部野先輩。あなたは一体何がしたかったんですか」
「何が、といいますと?」
「風花先輩と文芸部一年のみなさん、どちらを支持するつもりだったのかということですよ。風花先輩の味方であれば、そんな怪我だらけの顔で結城さんを止めなければ良かった。文芸部の味方であれば、その怪我が片原さんによるものだと説明すればよかった。なのにあなたはそのどちらも行わず、曖昧な物言いでその場しのぎをしているようにしか見えませんでした」
(続く)
(続き)
アデラの正義感は、学園内でも話題になることがあるほど強い。そんな彼女にとって椎哉の付和雷同さは、百合香の独裁政治と同等に許容できないものだった。どちらの味方とも明言しない彼の態度が、アデラの目には不愉快に映ったのである。対して当の椎哉は、相変わらず感情が見えない笑顔をアデラに向けるだけ。そんな彼を問いただそうとしたアデラを、恵里が慌てて止めた。
「待ってくださいアデラ先輩! 安部野先輩を責めないでください!」
「ですが、白野さん……!」
「だ、大丈夫ですよ。本当だったらあのまま結城先輩に丸め込まれて、そのまま反逆者にされてたかもしれないのに、それを少しでも庇ってくれただけで十分助かりましたから……」
椎哉の事情を把握している恵里は、どもりながらも必死に弁解を紡ぐ。学園では会長派を名乗っているとはいえ、彼も自分たちと同じ復活派(一切の犠牲を厭わないという相違こそあるが)なのだ。アデラは知り得ていないとはいえ同じ派閥同士が争うのは無意味であるし、彼女によって学園における椎哉の心証が悪くなってしまえば、自分たちも不利な状況に陥ってしまうだろう。
あまりにも必死な恵里の弁解に、このまま椎哉を問い詰めるべきかアデラが躊躇ったとき、見計らったように朝礼の予鈴が校舎に響き渡った。
「おや、もうこんな時間ですか。それではこの話は、また別の機会ということで」
アデラと恵里、亜衣に一礼し、椎哉は踵を返してその場を後にする。恵里と亜衣は同じく一礼して彼の背中を見送るが、アデラはやはり最後まで懐疑心を外すことはなかった。
「……全く。彼は本当に困ったコウモリ男ですね」
◆ ◆ ◆
「コウモリ男……。留学生とは思えない語彙だね」
去り際にアデラが呟いた独り言は、椎哉の耳にしかと届いていた。学園では会長派を名乗っているとはいえ、ただ生徒会に従属しているだけでは意味がない。真の会長派の目を盗みつつ、自分や他の復活派の人間が少しでも有利になるよう、密やかに行動する必要があるのだ。そのような言動の境界を何も知らない者が見れば、彼が軽佻浮薄な人物に映るのは当然のことだろう。だが椎哉はその批判的な比喩表現に憤ることはなく、むしろ自分に似合いの言葉だと感嘆した。
「まあ、万が一彼女一人が騒いだとしても、大多数の人たちは僕を信用してくれているからね。だから心配はいらないよ、姉さん」
とうに日も暮れた真っ暗な病室の中。街灯の明かりが窓から差し込み、真っ白な千明の腕を照らし出す。椎哉はその手を取ると、おもむろに自分の頬へ触れされた。死体のように一切の力が込められない彼女の手は、それでも辛うじて体温を滲ませている。この温もりが椎哉にとって、千明を生者たらしめている唯一の証だった。もし、この温度が失われることがあれば――。
「あら、しいちゃん! こんな真っ暗な中でなにやってるの?」
「!」
陽気な中年女性の声とともに、病室が真っ白な明かりで照らされる。慌てて顔から手を離し扉のほうに振り返ると、そこにいたのはふくよかな看護師だった。突然の第三者の介入に、彼にしては珍しく驚いた様子を見せるが、看護師は彼の挙動を訝しむことはせず、代わりにサイドテーブルに置かれた黒い花束を見て顔を顰めた。
(続く)
(続き)
「やだこれ、黒百合じゃないの。冗談でもお見舞いに持ってくるような花じゃないわよ」
「すみません。一緒に贈られていたメッセージカードによると、どうやら僕と同じ学園の生徒が持ってきたもののようですね」
「ああ、そういえばうちの同僚が言ってたわね。白羽の制服を着た派手なピンク髪の子が、真っ黒な花を持って歩いてたって。まさかとは思うけど、その子が?」
「なるほど。そんな派手な色の人を見間違えるとは思いませんし、おそらく彼女が届けてきたもので間違いないでしょう」
「いやあねえ。いくら進学校の生徒でも、こういう一般常識を弁えてないのは最近の都会っ子って感じだわ」
「あまり酷い物言いはいけませんよ。その女子生徒が偶然、花に対しての知識がなかっただけかも知れません」
この看護師は、良くも悪くも正直な性分なのだろう。椎哉が嗜めるのも構わずに、彼女は花束の贈り主への嫌悪感を隠そうともしなかった。もしここが白羽学園の真ん中であれば、会長派の生徒たちによって容赦ない処刑が下されていたかもしれない。そんな白羽の暗黒面を知ってか知らずか、看護師は花束を手に取ると自分の小脇に抱える。
「どちらにせよこんなものが置いてあるなんて縁起が悪いし、私が片付けておいてあげるわよ。もしピンクの子がまた来たら、あたしが適当言っておいてあげるから」
「……ありがとうございます。実は僕も心苦しかったので、助かります」
心苦しいのは、贈り主の好意を無碍にすることか。それとも姉の病室に悪意の花を放置することか。椎哉は明言しなかったが、彼の意思を汲み取った看護師は、自分に任せろと言いたげな笑みを見せる。
「さーて。面会時間もそろそろ終わりだから、さっさと帰ってご飯食べて寝なさい。明日も学校でしょう?」
「ふふ、まるで母親みたいな物言いですね。それでは、千明をよろしくお願いします」
「やっだあ、どうせまたすぐに来るくせに何言ってんのよ!」
堅苦しい椎哉の挨拶を、うるさいくらいの声量で笑い飛ばす看護師。彼女の言葉に彼は苦笑じみた表情を浮かべるも、二人の様子は中睦まじい親子のようであった。
(今回出てきた看護師には少々伏線を仕掛けているので、登場させることがあればABNに一声かけていただけると助かります)
翌朝。8時に始まる朝学習の10分前の昇降口には、生徒達がわらわらと集まっていた。
この時間帯だと、A組の生徒達は既に席に着いて授業の予習や先日の復習に励んでいる。しかしC組やD組の生徒達は、彼等の様にそこまで厳しいスケジュールを送っていない者が大半だ。
恵里と亜衣もまた、例外ではなかった。彼女達も他の生徒と同じ様に、会話に花を咲かせながらのんびりと靴を履き替えている。
「おはようございます、白野さんに戸塚さん」
不意に後ろから声をかけられ、雑談に興じていた二人は思わず肩を跳ね上げた。慌てて上履きにしっかりと足を入れると、顔を上げて声の主を見返す。
「あっ……ば……ヴァレンタイン先輩?」
「アデラで構いませんよ、皆そう呼びますから」
そう言って、二人の前でアデラは微笑んだ。
「昨日はごめんなさい、余計なことをしてしまったみたいで……大丈夫でしたか、お二人共?」
「いえ、気にしないでください! 先輩が庇ってくださったおかげで、あたしも恵里も処刑されずに済んだんですし……」
昨日のあの一騒動の後、アデラは周囲をもう一度説得し直しなんとかその場を収めたのだった。勿論不満気な生徒達も少なからずいたのだが、風紀委員長が例の月乃宮いばらだという事もあり、彼等は渋々身を引いたのだ。
「そうですか……なら良かった」
「そ、それより先輩……確か、B組でしたよね? 朝の学習は……」
「ああ、それなら。私は生憎夜型でして、朝はどうしても早起きできず……夜に必要な勉強は全て済ましてしまうのです、暗記には夜の方が向くと言いますし」
彼女の言葉の流暢さは、やはりとても英国人とは思えない程のものだった。口を開けばすらすらと言葉が流れていくその様は、アナウンサーでも志望しているのかと思わせてしまう。
「そうだったんですか! ご立派ですね、ちゃんと夜に」
「ちょっと失礼」
亜衣の言葉を、一人の男子生徒の声が遮った。聞き覚えのない静かな声に、三人は振り返る。
ひょろっとした痩せ型の男子生徒が、こちらを見据えて微かに微笑んでいた。日に焼けていない肌とその体型が、いかにも病弱という雰囲気を醸し出す。その顔を見るなり、アデラは青い目を大きく見開いた。
「ぶ、部長……!? あの、お身体は……」
「もうすっかり大丈夫だよ。華道部の方はどう? 昨年から皆に任せっきりだったけれど」
「はい、お陰様で……」
部長と呼ばれたその生徒は、一年生の恵里と亜衣にとっては見覚えのない人物だった。だが周りを見廻すと、辺りがやけにざわついている。恐らく彼は上の学年の間では有名人なのだろう。
「なら良かった。ところで、安部野君はいるかな」
「私は今日は見ていませんが……何かご用事が?」
「いや」
そこまで言うと生徒は一旦顔を背け、コホコホと咳をする。弱々しい咳がますます彼の病弱な雰囲気を強めた。ある程度呼吸を落ち着けてから、再びアデラに向き直った。そして若干声を潜めて言う。
「怪我したって百合香から聞いたから。ちょっと心配でさ」
「あの、アデラ先輩……あの方は?」
生徒が去った後に、恵里はアデラに問う。
「……彼は私の部の先輩なんです。元々お身体が弱かったのですが、昨年の2月に体調を崩してしまって……しばらく休学されていたのですよ。彼こそが華道部の部長、北条智さんです」
「へえ、華道部の……その、北条先輩は生徒会長とお知り合いなんですか?」
「百合香」という単語に反応した亜衣が、アデラに問いかける。
アデラは少し困った様な表情を浮かべた。しばらく頬に片手を当てた後、微かに溜息を吐いて話し出す。
「そうでした……一年生のお二人は彼を知らないんでしたね。彼はこの学園の……生徒会長に恋心を燃やす、副生徒会長なんです」
アデラの発言に、同時に「えっ!?」と声を出す二人。
入学当初から密かに語られていた謎の副生徒会長の存在。その正体は、つい先程まで自分達の目の前にいた男子生徒だったのだ。
まさか、彼が噂の副生徒会長だったとは――。
アデラはやはり重苦しそうな表情をしていた。それに気付いた二人は最初こそ頭に疑問符を浮かべていたものの、徐々にその理由を察し始める。
副生徒会長、ましてや会長に恋する人物。となれば、自分達に協力するという事はまず有り得ないだろう。百合香と連絡も取り合っていれば、当然反逆者の事も知っている筈だ。彼が復活派の敵となる未来は、とても避けられそうにもない。
「……生徒会の中でも、彼はかなり穏和な人物です。直接処刑に加わることもほとんど無いようですし……ただ、協力はしてもらえないでしょうね。彼はいつも言っていますから……『百合香の為なら何だってするよ』、と」
SHRの始まりを告げるチャイムが鳴る。
だが三人は、しばらくその場を離れはしなかった。
(>>142の朝から)
『はーい、彩美さんどうされましたー?原稿なら受け取りましたよー』
「ふみちゃんオハヨー。いや、次の打ち合わせしたいなぁと」
『……えええ、早くないですか⁉もう⁉』
「アハハ。今日できる?」
『今日は……あ、大丈夫です。10時から第二会議室でお願いしますー』
「りょーかい、じゃあバイバイ」
『失礼しまーす』
「さて、準備するとしよう」
自室で一人呟いたのは彩美だった。
打ち合わせは10時からなのでまだ時間はあるが、もう少し構想を練っておきたかった。なんの構想かというと、勿論次の小説について。
樹という人物に関する実話を基に書こうと決めたのが数日前。当事者であったおかげでネタはすぐにまとまってしまった。
そういうわけで出版社の担当さんに連絡した訳だが……。
「……さすがにアレをそのまま書くわけにはいかないなー」
問題が一つあるのだ。
あれこれ自問自答しながら時間を浪費していると、いつの間にか家を出る時間。
担当さんにも聞いてみようと思い、とりあえず出かけることにした。
「物語にはハッピーエンドを入れるべきか、ですかー……」
「そーなのよ。ふみちゃんどう思う?」
「えええ、私ですかー?」
ここはとある出版社の三階。第二会議室という立派な名前こそあるものの、収容人数は多くて6人の小さな部屋だった。
そこにいるのは彩美と、ふわふわの茶髪とパステルカラーの服を着た女性。文香という名の彼女は、愛らしい見た目や緩く伸びる口調とは裏腹に、手際の良い仕事ぶりで評判だ。……どうやら彼女が担当した作家は締切を破れなくなるらしい。
「んー……今の段階ではちょっと分からないですねー。ストーリーやジャンルによります」
「そっかー、ちなみにどんな感じ?」
「……恋愛小説なら十中八九必要です。青春小説はある程度あった方がいいですねー。推理小説は解決がハッピーエンドだから置いといてー。えっと、ホラーはどちらでもアリじゃないでしょうかー?」
彩美は腕を組んで頷いた。そのまま自分の世界に入り込んでいく―――
(あー、彩美さん思考中?集中力すごいからしばらく待つかー)
文香は彩美を見てそう考えた。こんな時は他に手段がないのだ。
手元にあるのはあらすじと登場人物のリスト。
(男の子と父、母、妹、その友達と……女の人?あ、成長した男の子のカノジョ!ま、まさかの恋愛系ですかあ、彩美さん⁉文香さんは聞いてませんよー‼あらすじ読まないとー!)
慌てて紙をめくると、ライトグリーンのメモが挟まっていた。
一応これ、実体験なんでよろしくねー♪ 彩美
(な、なななんですとー⁉彩美さんの実体験‼超レアですー!)
文香は物凄い勢いであらすじを頭に入れていくのだった。
晃が法正と仲を取り戻してから翌日。
晃は、白羽学園のB組の前の廊下に呼ばれた。
そのために、朝時間から晃はB組前の廊下に法正と対面する。
「で・・・法正、用ってなんだ」
晃の一言に、法正は。
「別に・・・貴方にとってはどうでもいいかもしれませんがね・・・ただ、俺的には伝えたいから伝えるだけです」
「なんだよ?」
「実は俺と貴方・・・種違いの子ですよ」
・・・。
晃は一瞬固まった。
顔も違う、似ているところなど何もない。
しかし、一つだけ共通していた。
法正はやられたらやりかえす。
もちろん、晃もその精神を持っている。
つまり。
”負けず嫌い”
が一致していたのだ。
母親が同じというところが、負けず嫌いが同じで、昔は親近感の沸くような性格だったのだ。
「おいおいおいおい・・・・どういうことだよ!?」
「俺の父親は姓が一葉です。貴方の姓は松葉。しかしですね、母の旧姓は俺も貴方も、全て一致しています。名前に誕生日、身長に体重も。全て一致しています」
法正の一言に、晃は目がくらんでいた。
「おいおい、そりゃあないだろ・・・?」
「まぁ、なんにせよ、義理の兄弟です。だから、仲良くやっていきましょう―」
法正の一言に、晃は。
「ったく・・・友人どころか、それ以上じゃねーかよ・・・」
と言いながら、E組の教室へ向った。
―その影では。
「見つけたぁ・・・反逆者の弱点。」
そう呟きながら、スマートフォンの録音アプリを閉じる、一人の駒。
ピンク色の悪魔―。
>>137の続き
「ふふ、教えるわけないでしょう?
「…あっそう」
「他の人には言ッたノ?」
「いえ、言ってませんよ」
「フ〜ん、ジゃあモウいいヤ」
そう言って、出ていった。しなしなになったオダマキを置いて…。
≪花言葉≫
オダマキ 愚か
看護師という職業は多忙である。必要とされる知識や経験は膨大で、人命を預かる仕事である以上一切のミスは許されない。加えて緊急の呼び出しや患者の都合に振り回されることもしばしばあり、規則的な生活リズムを保つことさえ難しい。そんな看護師たちにとって、休憩時間というのは非常に貴重な憩いの時だ。
廊下からは見えづらいナースステーションの死角。備え付けのエスプレッソマシンで作られたコーヒーを啜りながら、中年看護師は全体重を椅子に預けてくつろいでいた。一端の女性としては流石にだらしない姿勢の彼女に、苦笑を浮かべながらすみれは声をかける。
「お疲れ様です、島江(しまえ)さん」
「あら月乃宮さん、お疲れ様。悪いんだけど、ちょっと聞くだけ聞いてくれる?」
「はい、なんでしょう?」
すみれの姿を認めるなり、空いている近くの椅子を引き寄せて手招きをする。島江に勧められた通り、彼女はその椅子にそっと腰かけた。
島江がこういう言い方をするときの話題は、決まって仕事や対人関係の愚痴だ。その話の内容自体に益はないが、心の中に溜まった鬱憤を他者に発散し同意してもらう行為は良いストレス発散になる。医療知識の一環としてそれを理解しているすみれは、二つ返事で島江の愚痴に付き合うことにしたのだ。
「月乃宮さんも知ってるでしょう? 意識不明の天本千明って子。あの子にお見舞いの花を持ってきた子がいたんだけど、その花がよりによってクロユリだったのよ!」
「そうなんですか。クロユリを持ってきた子の話は聞いていましたが、天本さん宛てだったんですね」
「酷いと思わない? 花の知識に疎い人でも、普通患者に黒い花を贈ろうだなんて思わないわ! しかもその子、白羽学園の生徒だっていうじゃない。それほど賢い頭の持ち主ならなおさら分かることだろうし、あのクロユリは絶対に確信犯よ!」
「白羽の生徒さんが? まさか、あんな立派な学園の子が……」
「学校の名前なんて関係ないわよ。あの年頃の子供って言うのは大体、何の力もないくせに自尊心だけは一丁前で、それなのに他者を敬うってことをしない。だからあんな不吉な贈り物だって、平気な顔で届けられたんでしょうね。そういう生意気で非情な生き物なのよ、あいつらは!」
「は、はあ……」
(続く)
(続き)
表情はにこやかな笑顔を保ちつつ、すみれは内心で「またか」と密かに溜め息を吐いた。
島江の子供嫌いの話はこれが初回ではない。というのも、彼女はどういうわけか子供、特に十代の少年少女を理不尽に嫌悪しているのだ。島江自身は常に朗らかで精神的にも丈夫という中々の人格者であるだけに、その致命的な一点だけを周囲は非常に残念がっていた。尤も職務上、患者たちの前で若者嫌いをひけらかすことはしていないため、仕事を妨げるような問題にはなっていないのだが。
けれども自分には、丁度十代の妹がいる。本人にその意図はないだろうが、大切な家族の一員を「あの年頃の子供」というカテゴリで一括りにして非難されるというのは、とても気持ちのいいものではない。島江の愚痴を否定するわけではないが、せめて妹の人柄だけは弁解したい。そう思って反論を紡ぎかけたすみれの言葉を、しかし島江は食い気味に阻止した。
「それに今は私が片付けちゃったけど、花にはメッセージカードがついてたの。その内容がね……」
「……えっ?」
――どうぞ安らかなお眠りを。白羽学園生徒会一同。
声量を絞った声で伝えられた言葉に、すみれは耳を疑った。喪中のような白黒デザインのカードに書かれていたという文章は、明らかに白羽学園の生徒会が千明の死を期待、祝福しているような内容。それが重体患者に相応しくない色の花に添えられていたとなれば、贈り主の悪意を疑う余地などない。
だがすみれは、その意図を理解はしても納得はできなかった。名門進学校と名高い、しかも自分の妹が通っている学園の生徒会が、いじめにも等しい所業を行っているという事実を彼女は飲み込めなかったのである。半ば呆然とするすみれに構わず、島江は思い出したように話題を続ける。
「そういえば月乃宮さん、あなたの妹さんも白羽学園の生徒だったわよね?」
「は、はい」
「生徒会が直々にあんな嫌がらせみたいな真似をしてるんだったら、その学園の風紀も高が知れてるはずだわ。そこんところどうなの? 学園について、妹さん何か言ってたりしない?」
「え……ええと……」
あの白羽学園が、実は生徒会ぐるみのいじめを黙認している問題校かもしれない。衝撃の推論で混乱冷めやらぬ頭を抱えながら、すみれは島江の回答に対する言葉を必死に模索するのだった。
燃えている
わたしのいえ
燃えていく
わたしのかぞく
燃えて、燃えて、燃えつづける
おねがい
わたしをおいていかないで……
行かないで
逝かないでよ
なんでいっちゃうの……
今からもう、ずっとずっと前。
私の両親は燃えきって、灰と煙と、焦げた骨になりました。
その時はまだ、私は独りじゃなかった。
兄がいた。私にとって唯一の、最後の家族。
花に詳しくて、勉強はできるけど運動はダメで。
いつも、何があっても笑ってて、とても優しくて。
あのヒトが大好きで、話しているとすごく嬉しそうで。
そんな兄も、死にました。
これで私は、独りです。
なんででしょう。
何か、悪いことをしてしまったのでしょうか。
なら、悪いのは誰ですか。
お母さんですか。 いいえ、お母さんはとてもいい人でした。わたしの憧れる、強い人でした。
お父さんですか。 いいえ、お父さんはとてもいい人でした。わたしの頼れる、大きな背中でした。
ならどうして、吹けば舞い散る燃えかすになってしまったのでしょう。
教えてくれますか。
わたしの大好きなお兄ちゃん。
すると、兄は言いました。
きっと、あっちで元気にしてるよ。
違います。わたしが求めるのは、お母さんとお父さんが死んでしまった理由です。
なのに、兄は答えてくれませんでした。
そうですか。ならいいです。
悪いのは、わたしなんだ。
そういうことにしておきましょう。
誰にも言わず、ひっそりと。
私は独り、決めました。
そして、兄は死にました。
『ブルースターの日に死んだお兄ちゃん。』序章より
「……実体験を他者目線で、か。うん、いいかもしれない」
戸塚彩美、執筆開始。
7月下旬、刊行予定。
「私は、特に……いばらも、学園のことはとても楽しそうに話してくれますし」
「楽しそうに?」
「え、ええ……風紀委員長として頑張ってるみたいですよ? 『皆仲が良いし仕事もやりやすい』って喜んでましたわ。生徒会の会長さん……百合香さん、だったかしら? 彼女とも仲が良いみたいでしてね。一度家に遊びに来たのだけど、美人で穏やかだし礼儀正しくて。とても悪い人には……いばらも付き合う友人はかなり選ぶタイプですしね」
あの妹さんが楽しそうにねえ、という言葉を島江は飲み込んだ。
すみれの妹、いばらとは彼女も面識がある。
しかし姉妹ながらその性格は正反対。愛想の良く優しげなすみれとは反対に、いばらは常に冷たく刺々しい雰囲気を醸し出していた。
決して態度が悪いことはなかったのだが、彼女の立ち振る舞いはどこか距離を感じさせるものがある。院内でもその姉妹の差は度々看護師達の話の種になっていた。
あのいばらが楽しそうに話すということは、学園や生徒会を相当気に入っているのであろう。……だがあのクロユリとカードを見た島江は、いばらもまたその類の人間だと疑わずにはいられない。ましてや彼女は風紀委員長。その様な立場の人間が生徒達の非常識な行いを見逃すとは考えにくい。彼女自身が生徒会ぐるみのいじめに加担している可能性も充分にあったのだ。
更に彼女が仲良くしているという生徒会長。あんな事をする学園の、しかも生徒会の会長と仲良くするなどとても考えられなかった。当の会長は一体何をしているのだろう。自分達と同じ学園の生徒があんな目にあっているというのに、心が痛まないのだろうか? この件に対して怒りを抱きはしないのだろうか?
「……いじめとか、本当に起きてないの? そこまで行かなくともトラブルとか」
「いえ、何も……大丈夫だと思いますよ。多分ただの悪戯でしょう、大方喧嘩でもした生徒がいたんじゃないでしょうか? いばらに注意するよう私からも言っておきますから」
そう言ってすみれは軽く微笑んだ。
悪戯で済まされる話じゃない、と言いかけた時、別の看護師が駆け込んでくる。
「月乃宮さん、電話……学校の生徒さんからみたいだけど」
「あら、妹かしら……ありがとうございます。すみません、失礼致しますね」
島江に申し訳なさそうに告げると、すみれはその場を後にする。紫色のバレッタが、照明の光を反射してきらりと光った。
「……やっぱり、妹さんも好きになれそうにないわ……月乃宮さん」
残された島江は、一人呟く。
「もしもし、姉さん? ごめんなさいね、仕事中に呼び出して」
「いえ、休憩時間だったから良いのだけど……どうしたの? わざわざ学校から電話するなんて。忘れ物?」
昼休みの学園は、いつも少し騒がしい。
一コマ65分の窮屈な授業から一時的に解放された生徒達は、背を伸ばし思い思いに自由時間を楽しんでいるのだ。ある者は会話に花を咲かせ、ある者は職員室に質問へ行き、ある者は何をするまでもなくぶらぶらとうろついている。
そんな中、月乃宮いばらは公衆電話の前に立ち、姉のすみれと話していた。携帯電話を使うという手を選ばなかったのは、あくまで風紀委員長としての立場の為だ。校則で一応は許されているとはいえ、校地内でスマートフォンを使うのはやり抵抗がある。その声は普段通り、非常に落ち着いていて冷たく静かだ。
「いえ、ちょっとね。……北条君、学校に来たわよ。もう大丈夫なの? 一応元気そうだったけれど」
「ああ、智くんなら……もう安心していいわ。大分調子も戻ったし、流石に体育とかはまだ見学してもらうことになるけれどね。風花さんとはどうだった? 会うのも久々でしょう」
「お互い嬉しそうだったわよ……安部野君とも挨拶したみたいだし。今年は副生徒会長を二人にして正解だったわね、北条君の身体の負担も大きいだろうから……まあ、風花さんにとっては北条君相手の方がやりやすいのだろうけど。あの人、風花さんの言うことには従うしね。自分の部が潰されたって何とも思わないんじゃないかしら」
「うふふ……確かにそうかもしれないわね。北条君、風花さんのことあれほど大好きなんだもの」
いばらの片手の十円玉は、次から次へと減っていく。最初は山積みになっていた小銭は、気付けば十枚程を消費してしまっていた。もっとも、普段から財布に万札が数枚入っている様な彼女にとって、こんな金額ははした金でしかないのだが。
すみれの声に若干微笑んだ後、いばらは一度周りを見渡した。顔付きを変えるとより声を潜めて言う。
「……クロユリの件、大丈夫だったの? 何か言われなかった?」
「……一応、ね。大丈夫、私が場を収めておいたから。貴方は何も心配しないで……面会なら私に言うように伝えておいてちょうだいな」
「そう……なら良かった」
いばらはそう言った後、軽く息を吸い込んだ。覚悟を決めた様な顔をすると、重い口ぶりで告げる。
「姉さん――そろそろ、花瓶の水の入れ替え時よ」
「……あれ?………ここは…ま、まさか…!?」
何で!私さっきまで自分の部屋にいたよ!?何でこんな所にいるの!?私が一番嫌いな所……。
「さぁ、今から裁判を始めます!」
あぁ、『今日』も始まった。『裁判』という名の処刑が……。今日……裁かれるのは、誰?
「うふふ…貴方は何をしたのか、分かってる?」
……また、濡れ衣を着せられたのか。どんどん排除する、自分にとって『邪魔な存在』を……。
全員参加の狂った『裁判』。また、生徒が、先生が―――
狂いだしたのはいつだろう?
学校で『裁判』が始まったのはいつだろう?
あの狂った人が会長になった日だろうか?
それともあの『事件』が起きた時からだろうか?
それとも―――。
『狂いだしたのは、いつ?』プロローグより
華藤 美咲、今月の最新作登場。
氷ノ宮 氷雪の最新作。
朝。上履きに履き替えながら雑談するD組の生徒たち。
なんでもない日常のワンシーン。
誰もが一度は耳にしたことのあるチャイム音が響く。
『文芸部員にお知らせー。本日放課後、部員会議を開くので、どんなに忙しくとも顔を出すことー。
繰り返し連絡しまーす。文芸部員は本日放課後、必ず会議に参加してくださーい。以上、文芸部長からー』
「……だってさー、亜衣」
「ん、りょーかい。一緒にいこ」
「はいはーい」
のんきに会話する部員。
これからの学園生活がどうなるのかも知らずに―――
白野恵里―――私と亜衣が部室に来た時は、既にほとんどの部員が集まっていた。
正面にホワイトボード、部員会議の大きな文字。
ざわつく室内、部員たち。議題はもう、分かっている。
今後の課題
どうすればいいのかなんて、誰も知らない。
部費をゼロにされたのに、焦ってなかった私達が悪いのだろう。
怒涛の五月はもう過ぎ去ろうとしている。
「全員、集まった?始めるよ」
笹川先輩が雑談を遮り口を開く。
「分かってるよね、今回のテーマはこれからどうやっていくか、について」
「……あ、あの。部費がストップするのは六月分から、ですよね?いいんですか?なんか、いつも通りなんですが……」
私と同じ一年生の人が質問を投げかけた。
「あ、それアタシも思ってた!」
「ああ、そういうのは全然大丈夫。三ヶ月くらいなら余裕だよ」
「……はあ?三ヶ月も?」
「意味わかんないし」
「いくらなんでもそれは……」
「奇想天外どころの話じゃないです」
「事実は小説より奇なり……」
「それな。さすが真帆ちゃん」
いっせいに始まるブーイングの嵐。うん、まあ……
私も、ソレはないと思った。
三ヶ月分て、どこから来たんですかそんなお金。
みんなの反応からみて、誰も知らなかったらしいし……。
「いやコレ本当だからね?嘘はつかないよ?とりあえずさ、落ち着いてって。ちゃんと話すから」
そう言って、笹川先輩は立ち上がった。マーカーペンを持ちホワイトボードに向かう。
部員たちはひとまず黙り、笹川先輩のことを見つめる。勿論、私も亜衣も。
「六月から三月まで、学園からの支給停止。他生徒及びその保護者、もしくは外部からの寄付も禁止。つまり、これからの活動費は自分たちで手に入れろ。これが生徒会長から言い渡されたことね。
ああ、廃部を防いだだけマシよ。あの百合香相手にね。
でさっきの話だけど、私が稼いだ今までのバイト代でしばらくはやっていける。だからその間に、資金稼ぎ頑張ってもらうからねっ!勿論、全員で!」
「……」
「笹川ちゃん無謀だねえ」
「ちょっと無理があるかな、と」
「うちらで稼ぐって、どーすんのよ」
「努力はしますが……」
そんなので、やっていけるわけがないと。
だれもが、そう考えてた。
……いや、正確には、笹川先輩と―――あともう一人を除いて。
「なーに?随分と暗い雰囲気じゃない。せっかくの里帰りだっていうのにさー」
初めて聞く、女の人の声。聞こえた先は、奥のドア。
「あ、彩美さんっ⁉」
「リアルでは久しぶりー真帆ちゃん。話は聞いたよ、協力しよっか?」
彩美さん……て、まさか?
思い当たることがあり、私は隣の亜衣にささやきかける。
「……ねえ亜衣。もしかしてさあ、あの人」
「……そのまさかだよ恵里。なんで来るんだし」
やっぱり。
突然現れたあの方は、私の親友と冷戦中のお姉さんでした。
「彩美さんお久しぶりです!」
「見たよーあの新刊。面白かった」
「次は七月の下旬だっけ?」
「相変わらず早いですねえ先輩」
三年生の先輩方が親しげに集まっていく。以前の部長とは聞いていたけど、ここまでとは……。
「えーっと、センセイ?なぜこちらに?」
先輩の一人が疑問をぶつける。すると、彩美さんはこう答えた。
「そんなの、可愛い後輩をヘルプしに来たに決まってるでしょ」
「「「「「ヤッタ―――――‼‼‼」」」」」
「ね、先輩たちなんであんな喜んでるの?」
「さあ?」
「強力な助っ人とか」
「だといいね!」
騒然となる部室。あとで確実に文句を言われるだろう。
っと、それは置いといて。
「……亜衣、大丈夫?」
沈んでいる亜衣に話しかける。そりゃあビックリだろうなあ。冷戦中のお姉さんが、部活に来たんだから。
「おおい、あーいーさーん?」
「今日はツイてないわ……」
「……じゃ、続きをドーゾ、現部長さん」
「はいはい了解しましたっと。
ゴメンねみんな。そこの人はあとで説明するから、会議に戻るよ。座ってー」
「「「はーい」」」
よくわからないが、とりあえず笹川先輩のほうに注目する。
ホワイトボードに書かれた、活動費調達の大きな文字。
「みんながそれぞれバイトするのもアリだけど、それじゃあ効率が悪いので。
文芸部らしい調達方法でいこう!」
「それって、つまり?」
「色々なコンクールに小説を応募したり、部誌の制作を拡大したり」
【いったんストップします】
「まずは確認から。
この中で、応募経験のある人は挙手」
笹川先輩に言われ、私は右手を挙げる。うなだれたままの亜衣も。
「……八割ってとこかな。よし、じゃあ次。
一次選考を通過した人?」
その後は二次選考、最終選考と続き、挙がる手の数はどんどん減っていく。
私は最終選考まで、亜衣は二次選考までで手を降ろす。
【またまたストップ】
「最終選考が一割……思ったよりも成績良いみたいだね。一安心。
では最後の質問。最終選考も通過し、賞を取った人はいる?」
私は最終選考で落ちてしまったので、少し落ち込む。通知が届いたときはうれしかったけど、後になってみれば、もう少しだったのにと、それしか思えなかった。
私の更に上をいく、最終選考を通った人は……
「三年が二名、二年も二名、一年が一人か……。
大丈夫。これならいける」
それをみた笹川先輩は不敵に笑う。
笹川先輩は、何を考えているんだろう。
前から知りたかった。
生徒会長に味方する理由、資金ゼロでも文芸部を続けたい理由。
よく分からない人だなあ……。
「OK 最初に言ったように、みんなには、創った小説をコンクールに応募してもらうよ。
手短に、ある出版社のコンクールが丁度期末テストの頃だから、当分はそれに専念してね。
で、ここでやっとゲストの登場ってわけ。彩美さん、あとは頼みました」
「あいよ。―――文芸部員のみんな、こんにちは。二年前、文芸部の部長やってた戸塚彩美。今は専門学校に行ってて、作家活動もしてるよ。いろいろとあって、ちょくちょく顔出すんでよろしくねー。あ、そこで死んでる亜衣の姉だよ」
「以上、最近売れ出し中の作家さんでしたっと。読んだことない?『朝顔の観察、現実的に進む恋心』とかさ。最近だと『四つ葉をみつけたおんなのこ』が刊行されたんですよね?」
「さっすが、アタリさ」
彩美さんの、ちょっと満足げな表情。笹川先輩と似ていた。
ていうか、さっき、『朝顔の観察、現実的に進む恋心』っていってた?それ……読んだ!
「あのっ、私、読んだことありますっ!」
思い切って少し大きめの声で言ってみた。みんなの視線が一気に集まってくる。
いつもだったらひるんじゃうけど、今はそんなこと気にしていられない。本に関することなら……全然平気!
「彩美さんの―――天色アオイさんの小説は全部!」
ちょっと、嬉しかった。好きな作家さんに会えたことじゃなくて、たくさん人がいる中で、離れたところにいる人に話せたことが。
私は、変わったのかな?他人からすれば当たり前かもしれないけれど、とても嬉しい、今の自分。
「アオイ……そっか、君は読んでくれてるんだ。お名前は?」
「え、えっと……?」
だめだめ、自分から話したんだから、きちんと答えないと。それにこの人は……あの、天色アオイさんなんだ!
「白野恵里、です!」
「ん、恵里ちゃん?もしかして亜衣の友達って子?次の小説に出てもらえない?名前は変えるからさ」
…………え、えええ⁉私っ!
「はーい彩美さーん、うちの子を勧誘しないでくださーい?」
あたふたしてたら、笹川先輩が止めてくれた。正直、ちょっとほっとしたよ……。
「あ、真帆ちゃんも出るからね?美紀ちゃんと風花ちゃんも出るんでよろしく」
……先輩方も?
「あー、なんとなく分かりました。つまり、実体験をってことですか?メインは誰にするんです?」
実体験……笹川先輩の?どうして私が?
「そんなの決まってんじゃん。アイツだよ?」
「ま、さか……。立ち直ったんですか?まだでしょう⁉なのにどうして
「真帆ちゃん、後でちょっと話したい。だから今は文芸部に専念してて。あたしは帰る」
「……っ」
「失礼しましたー」
そう言って、彩美さんは帰ってしまった。
「……」
「ま、真帆……?」
「……ごめん、取り乱した。もう大丈夫。
―――さ!気を取り直してジャンル確認から始めるよっ!」
部室の空気は一見明るくなったように感じた。
たぶん、みんな気を使ってる。
文芸部に暗い雰囲気は似合わないと。
そう言っていたのは誰ですか?
私たちに気を使っているようだけど。
逆効果だと気づいてますか?
あなたたちの過去には一体―――
何があったのですか?
【以上です。長々と失礼しました!】
「氷雪、早いよ〜。まだ書いてるのにー……………よしっ!終わったぁ〜〜!」
「よかったじゃん、あえかちゃん」
「麻美先輩、やっと終わったのにちょっと冷たいですよぉー」
「あえか、早く校閲に持っていかないと、明日締め切りでしょう?」
「氷雪、それ早く言って!」
今、私の部屋にいるのは、麻美先輩、和希先輩、氷雪の3人。私、あえかはたった今、出版予定の物語が書き終わったところだ。
「あえかちゃん、麻美はもうすぐコンクールだから、そのことでいっぱいなんだよ」
あぁー、だから上の空だったのか。
「ねぇ、あえか。ペンネーム、教えて」
「あ、そっか。今、氷雪と美雪以外知らないのか。えっと、『青島 美希』でーす!」
「分かったー。じゃあ、超楽しみにしてるよ!」
「えぇーー!そんなに期待しないで下さい!」
「じゃあ、時間だから帰るねぇ」
「あっ、私も帰るね」
「はーい、バイバーイ!また明日ー!」
先輩たちと氷雪は帰った。
「相変わらず、氷雪は書くのが早いなー。推理小説なんて結構めんどくさいのに。流石優等生」
「何で、捕まってるの?」
「――黒髪、黒い瞳…。そなたはどこから来た?」
言葉が違うのに、何で言ってることが分かるんだろう?
「どこって言われても……ここは【日本】ですか?」
「二ホンとは?」
え……。服装は完全に日本なのに!和服なのに!あっ、でも……髪と瞳が違う。こんな色日本人はありえない。
〔ちょっとストップ〕
〔止めてすみません!続き〕
「まぁ、いいだろう。私が面倒を見る。名前を言え」
「私は青井茉莉です」
「そうか。茉莉、くれぐれも会長に捕まらぬようにな」
え、何で?それが顔に出ていたのだろう、答えてくれた。
「会長は『処刑』という地獄のようなことをするからな。会長に逆らったらもう終わりだ」
もうすでに地獄のような生活が始まっていたことを、その時の私は気づいていなかった――
ある日の放課後。私白野恵里はある人物に呼び出され、屋上への階段を上っていた。
これから、何が起こるんだろう。呼び出しの手紙、差出人不明。理由も不明。
ほんの少し暗いこの空間に、靴音はよく響く。
私は―――
―――なーんてことはさらさらなくって、ここは普通の公園。
私は、木製に見せかけた金属のベンチに座っていた。近くには親友の―――もう親友って言っても、いいよね?―――亜衣もいる。
呼び出しを受けたというより、呼び出した側かな?
そうなんです。私たちは今、とある二人をお待ちしているのです。
超有名人のお二人ですよ。知らないという学園生はいないでしょうね。
「恵里っ、急いで、公園っ!」
いきなり言われた。驚いたどころの話じゃない。
慌てつつも問い詰めて問い詰めて、やっと分かった。
どうやら、準備が整ったようです。
ちょっと気になって、亜衣に質問した。
「どうやって呼び出したの?」って。
そしたらね、亜衣は、あっけらかんと笑ってこう答えた。
「んっとね、【ラブレターを渡すための、古典的で典型的な代表例】って言ったら通じる?」
つまり。先輩方の靴箱に手紙を仕込んできたんですね……。よく考えるなあ、亜衣は。
とにかく、【ラブレター】で指定した時間まであと10分をきった。
もう、後戻りできないんだ。
そう実感して、改めて事の重大さに気づいた気がする。生半可な決断でしていいことじゃない。みんなを、裏切ることになるかもしれない。
それでもいいの?私なんかに、そんな覚悟がある?
亜衣が計画者。私は協力者であり、共犯者であり、発案者だから。
いいですか?風花百合香生徒会長?
女王陛下には分からないでしょうね。
私たち下っ端の努力と結束力。
文芸部きってのグリム童話好きが教えてあげる。
物語をより感動的なハッピーエンドにするにはね、一度暗闇にいくといいんだって。
灰かぶり姫も髪長姫も白雪姫も人魚姫も、みんな暗いどん底から抜け出した。
なら、私たちも大丈夫。
暗闇なら、もう慣れたから。
私をE組に降格しますか?それは、私にとってただの里帰りですよ?
「……」
亜衣が小さく笑ったような気がした。
「……きっかり五分前行動ですか?白羽学園生として手本となりますね、先輩方」
「亜衣?」
「恵里、いこっ。賓客様のお出迎え!」
いつになく元気な亜衣が、少し羨ましい。
私も、慌ててゲストの方へ駆け寄った。
どうかこの想いが届きますように
(遅くなり申し訳ございません!続きになります)
「……もしかして、これ二人の?」
「正直、また処刑関係かと思ったんだがー?」
色白でかわいい先輩と、すっごい睨んでくる先輩。先日のことで一躍有名になった、板橋先輩と松葉先輩です。
今回のゲスト、御登場というわけ。
「初めまして、1年D組の戸塚亜衣です。こっちは―――」
「ぁ、白野恵里と申します……」
「ご丁寧にどうも。知ってるだろうけど私は板橋麻衣。よろしく」
「2−E、松葉。よろしくするつもりはないからな」
なんか……物凄い警戒されてるなあ。
こんな状況で、ひょうひょうとしていられる亜衣は何なの?
「で、こんな手を使ってまで私たちを呼び出した理由を教えてくれない?」
板橋先輩の視線は相変わらず厳しい。私は、黙ったまま縮こまることしか出来ない。
「……簡潔に言うとですね」
「協力者になりませんか?」
松葉先輩の顔に驚きの色が見えた。しかし、何も言わない。
亜衣が、その沈黙を破った。
「メリットもデメリットもあります。先輩方が拒否されるのなら、それでこの話は終了です。どうしますか?」
面白いことを見つけた、という小さな笑みは、彩美さんとよく似ていた。
でも、いつもの亜衣ではない大人びた表情は、あまり見ていたくない。私が知らない亜衣を見るのは、ちょっと怖い。
……しっかりしなきゃ。私が発案者だってことを忘れちゃいけない。
「ならもう解散だな。俺らはお前たちと組まない」
きっぱりと言われた。亜衣は少し悔しそう。
私が言い返さなきゃ。
「いいんですか?メリットもあると、先ほど申しましたよね」
私たちの切り札はコレ。
学園での革命が有利になる、いくつかの情報。
一部教えられないこともあるけど、それ以外なら―――この人たちなら。
本当は、切り札を使いたくなかった。だって、そうすると、『あの人たち』の過去を広めることになるから。たった数人でも、嫌なんです。
でも今は、そうしないと意見が通らない。何としても避けたいんです。
「……じゃまず、デメリットは?」
板橋先輩が聞いてきた。やっぱりそっちからなんですね。
これには亜衣が答える。
「会長にばれる確率が上がるおそれは、無いとは言えません。」
「そりゃそーだ。芋づる式になったら元も子もない」
松葉先輩の的確な言葉が返ってくる。
「メリットは?人数が増える以外に何かあるの?」
「情報交換、です……!」
これならいける。自信をもって答えた。
「学園の中には、いくつかの派閥が存在していますよね―――
会長さんに賛成する人、私たちのように反対する人、中立の立場に立つ人。
でもそれだけじゃないんです。極々少数派ではありますが、
『会長さんに賛成しながらも反発する方』
がいるのをご存知ですか?私が知る範囲では……学園内、それも生徒会に2人と、学園外に1人います。
―――もう一度お聞きします。どうしますか?」
「……」
先輩方は、さすがに驚いたようだった。
「情報ありがとね。でもごめん、すぐには決められない」
ハーフアップの髪が左右に揺れる。
ちょっと、残念だった。
平均的な学校と比べ、一コマの授業時間が長い白羽学園では、合間の休み時間も多少長めに取られている。次の授業で使用する教材を机上に並べ、不備がないか再三確認してもかなりの時間が余るほどだ。随分ゆとりのある休み時間を、成績優秀者の集まりであるA組は揃って勉学に有効利用しているのかというと、実はそうでもない。
方や、天賦の才だけで高度な知識をいとも簡単に理解する者。方や、血が滲むような努力を以てA組の座にかじりついている者。あるいはそのどちらでもなく、何かしらの特例によってA組への在籍を許されている者も存在するかもしれない。現在の成績に至った背景が個々によって違えば、休み時間の使い方も必然的に多様化する。よって天下のA組も、他のクラスと比べればさほど変わらない教室風景となるのだ。
閑話休題、A組教室の休み時間にて。椎哉は自分の席に座ったまま、しきりに鉛筆を紙上で動かしていた。傍から見れば自主勉強をしているようにも見えるが、よく観察すると時折自分の手帳に目を移しては電卓を叩いている。そんな彼の違和感に気を引かれ、声をかける同級生がいた。
「おや、北条副会長。何かご用でしょうか」
「そういう訳じゃないんだけど、さっきから何を計算してるのかと思ってね」
「これですか? 前回の期末考査の平均を割り出していたんですよ。次の考査もそろそろ迫ってきていることですし」
「前回って、安部野君が前にいた学校での成績?」
智は首を傾げた。つい先日まで学園を休学していた彼も、椎哉が新年度からの転入生であることは百合香からの情報で知っている。ならば椎哉が言う「前回」とは、彼が前年度まで通っていた学校での最終考査なのだろうと予想した。しかし、ここは地方でもトップレベルの進学校。椎哉の出身校がどこかまでは把握していないが、並大抵の高校のテストでは、この学園での考査の対策材料にはなり得ないはずだ。
そんな彼の疑念に気付いたのか、椎哉は手帳の一ページを開き、智に見えるようにして掲げる。その罫線上には人物名、クラス、そして五教科の点数と思しき数字とその合計が、上から下までびっしりと埋まっていた。
「いいえ、前回というのは『白羽学園の前年度最終期末考査』のことです。生徒会たるもの、生徒の皆さんの成績の推移を把握し、より効率的な学力向上の助力に努めなければいけないでしょう?」
「生徒の皆さんって……まさかこれ全部、全校生徒の前回の点数かい?」
「ええ。精密なデータを得るには、正確な値が必要不可欠ですから」
言いながら椎哉は手帳を智に見せたまま、もう数枚ページをめくる。新たに開かれたそこにもやはり、生徒一人一人の成績が同じように綴られていた。
(続く)
(続き)
元よりこの学園では考査終了後、得点順に並べた成績を個人の名前付きで掲示するのが定例だ。加えて処刑制度が執行されてからは、「見せしめ」目的で最下位の生徒名まで発表されるようになった。そのため、椎哉が全校生徒の点数を把握していること自体になんら問題はない。だが、学園内での公開が許されているとはいえ、一歩間違えれば生徒個人のプライバシーにも関わる情報が、一冊の個人手帳に全てまとめられているというのはいかんせん不気味である。
図らずしも覚えた底気味悪さを表に出さないようにしながら、智は苦笑交じりに自分の感情を誤魔化した。
「そ、そうなんだ。熱心なのはいいけれど、その手帳を外で落としたりしないようにね」
「心配には及びません。ベルトに繋いだストラップをつけていますので、不注意で紛失することはまずあり得ませんよ」
「なら安心だけど……。ところで、平均点をまとめて何か分かったことはあった?」
「そうですね。やはり目立つところと言えば、クラスごとの成績格差でしょうか」
椎哉は開いていた手帳を制服の内ポケットにしまうと、今度は鉛筆を走らせていた方の紙を見せる。書かれていたのは各学級別、学年別、学年を無視したクラス別、そして学園全体の平均点をまとめた統計表だ。そのうちクラス別の点数に注目すると、A組から段々と下るように平均点が下降していることが分かった。尤も、この学園ではそもそも成績を基準にクラス分けを行うため、このような結果になるのは必然なのだが。しかし椎哉はそれだけで話題を完結させることはせず、表の下の空白に簡易的な棒グラフを描きながら話を進める。
「A組からC組までは問題視するほどの点数ではありません。しかしC組とD組を比較すると、それまでと比べて点数の開きが大きいのです。さらにD組とE組では、その格差がより顕著に現れています」
「本当だね。グラフの先端を線で結ぶとさながら放物線みたいだ。つまり、学園全体の平均点が下位の二組によって著しく下げられているってことか」
「仰る通りです。加えて、D組とE組の成績を一人一人確認してみたところ、D組の一部とE組の多数の生徒が学園の平均点を大きく下回る成績でした。このように大多数の真面目な生徒が、ごく少数の不真面目な生徒によって足を引っ張られるということは、由々しき事態なのではないかと僕は思います」
成績劣等生への懸念を以て話を結論付けると、椎哉は鉛筆を置いて智の方に顔を向ける。真っ直ぐな目線で相手を見据えると、智へ一つの質問を投げかけた。
「この二組の成績不振を改善するため、生徒会としては何かしらの対策を取る必要があると考えています。そこで一つお聞きしたいのですが、北条副会長はD組、E組の成績向上を妨げているものは何であるとお考えでしょうか?」
「成績低下の原因、かぁ……」
智はしばし目を細めると考え込む動作をする。骨ばった細く白い手が、紅い唇に触れている。白い手先の長い爪に、椎哉はその間視線を移していた。
「……もしかしたら……そうだねぇ、やっぱり百合香に手出しをする様な人間が多い事じゃないかな」
ゆっくりと口を開き言うと、智は軽い笑みを浮かべる。彼の笑顔は非常に優しげで、穏やかで、そしてどこか女王と似ていた。
「と、言いますと?」
「ほら。百合香の定めたルールを破る人間がいたら、僕らはその人間を処刑しなきゃいけないだろう? 学園の平和の為に、そして百合香の為にね。でも処刑にばかり気を取られてしまうと、やっぱり勉強に専念できなくなる人も少なからず出てきてしまう……B組やC組の人達にしたら、処刑制度は適度なストレス発散になるんだろうけど。D組辺りになってくると、処刑だけに全力を注いでしまう人達がちらほら現れるみたいだね。……どうしたものか……百合香に逆らう人間をなるべく減らせればいいんだけど……」
饒舌にこう話すと、再び智は目を細めた。
椎哉はその様子をごく冷静に見つめている。……しかし、内心この副生徒会長に薄気味悪さを感じていたのは言うまでもない。
彼の話は要約してしまえば、『百合香に逆らう人間がいなければ、処刑も発生しないし成績問題も解決する』ということになる。あくまで彼にとって、全ての原因は女王に歯向かう反逆者であった。女王の定めた規則に逆らえば、処刑されるのは当然だ。ならばどうやって反逆者を減らそうか……その話は、『百合香は何一つ間違っていない』という前提のもと成り立っていた。今の処刑制度には何の疑問も感じていないのだ。
「……特に百合香に平手打ちをする様な生徒は見逃せないなぁ……何か対策をとろうか、どんな形であり百合香が傷つくのは何より辛いしね」
「ふむ……しかし、成績不振についても解決を優先させるべきでは? 風花生徒会長の安全が第一なのは同意致しますが」
心にも無い言葉を並べ終えた椎哉の目を、智はすっと覗き込む。やがて、くすりと微笑んだかと思うと、暖かな笑顔を保ったまま平然と言い放つ。
「まあ、いいじゃないかそんな事は。だって、百合香が一位なことには変わりないんだから」
「…………なるほど」
その直後だった。席を空けていた百合香が教室へと再び戻ってきたのだ。
その美しい顔に、普段の笑顔はどこにも無かった。
「皆さん、少々聞いてくださるかしら」
A組の生徒達は一斉に百合香に視線をやった。百合香がこうして教室内で発言することは決して珍しくはないが、ここまで重苦しい雰囲気を醸し出すことは早々にない。智はというと、百合香の方へ歩み寄り、不安げな表情で彼女の様子を伺っている。
百合香はそんな智をちらりと見ると、大丈夫よと言うかの様に若干表情を和らげる。
2人の間にはやはり何かしらの信頼関係があるのだろう。何かしら異常なまでの。
「木嶋さんが……お亡くなりになったそうです、白羽病院で」
真っ先にしたのは、1人の生徒が立ち上がる際の机の揺れる音だった。
「……何ですって?」
「木嶋さんが亡くなったのよ、月乃宮さん。……仕方ないわ、あの状況下なら何か重い症状を患わってもおかしくないもの」
「だって、そんな……姉さんがついていたのに……!」
あの冷静沈着ないばらが、ここまで取り乱すのはそれこそ滅多にない。周囲は驚きを隠せない様子だったが、百合香の方は一切動じていなかった。
姉の診ていた患者が死んだというのは、やはり妹にしては受け入れ難いのだろうか。
「そうね……大変残念な事だわ。まさかあの白羽病院で、ね」
「……何かしら? まさか貴方、姉さんを疑ってるんじゃないでしょうね?」
いばらが荒々しい足取りで百合香の元に歩み寄った。彼女の瞳は更に鋭さを増し、その目はしっかりと百合香の姿を映している。
百合香の顔つきもまた、どことなく悪しきものがあった。まるで目の前の相手を見下したかの様な。
「別に……疑ってるわけじゃないのよ、月乃宮さん。ただ、あくまで視野の範囲に入れているだけで」
「いい加減にして!!」
百合香の声を遮り、いばらは大声をあげた。百合香の傍らにいた智が、目を見開いたのが見える。
「貴方は……どうしていつまでもそう悠々としていられるの!? 彼女だって貴方が余計な手出しをしたのはほぼ確実でしょう!? 彼女だけじゃない……今まで何人もの人を殺しておきながら、貴方はまだ自分の罪を擦り付ける気!?」
静まり返った教室に、ただいばらの声が響いていた。
いくら寄付金絡みの件があるといえ、ここまではっきりと逆らってしまえばどうなるかはわからない……処刑まではいかなくとも、何かしら罰を受けることになってもおかしくはなかった。誰もが息を潜めて見守る状況の中、百合香は静かに溜息をつくと、その口を開いた。
「月乃宮さん……私は誰も殺したことはないわよ? ましてや、誰かを傷付けたことも……」
「……じゃあ、天本さんの件はどう説明するつもり? 風花さん」
天本という名に、椎哉が少しながら反応した。しかしそれに気づいた者は恐らくこの教室にはいないであろう。
「天本さん? ああ、あの広報部の……」
百合香はそう呟くと、やがてまた笑顔を浮かべる。いや、笑顔というよりは口元を歪めたに近い。その黒い瞳は笑ってはいなかったのだから。
「私が彼女を追い詰めたと決めつけるのはあまりにも不道理だわ……自殺未遂を私の責任にされても、私は何も出来ないわよ? あの件は誰も悪くないの、天本さんが考え過ぎてしまっただけ……」
「貴方は……何も感じないの?」
いばらのその問いかけに、女王はしばらくの間黙り込む。彼女の姿を黒い瞳で見据えると、途端に普段通りの笑顔を浮かべた。
「感じるって……何を?」
がん、と、頭を強く殴られたような気がした。
「処刑制度」などというくだらない規則が確立してから早一年以上。ある者は暴行の末に再起不能の体となり、ある者は精神を蝕まれた後に自ら命を絶ち、ある者は何の動機もなく突然行方不明となり、ある者は家族もろとも不可解な死を遂げ……。数え出したらキリがないほどの犠牲者が、決して長くはないこの期間で次々と積み上げられていった。だが、制度を取り決めた当の百合香はというと、ただ犠牲者を憐れむ姿勢を見せるだけで、処刑制度や自分の裁定を省みることは一切しない。それどころか「悲劇」の原因は飽くまで自分には存在しないと、犠牲者本人やその周囲の人々を盾にしながらのたまってみせるのだ。
学園の風紀、生徒一人の命や人権、そして自分の大切な家族を冒涜され。しかし抗議の応酬は、まず抗議自体の意味が分からないといった当然顔で。まるで人間の価値観が通用しない宇宙人を前にしているような感覚に、流石のいばらも言葉を失う他なかった。――この女には、何を言っても無駄だと。
「落ち着いてください、月乃宮風紀委員長。あなたのご姉妹がそのような真似をするような方でないことは、僕も存じております」
「安部野くん……」
百合香に対して激昂している間に席を立ったのだろうか。いつの間にかいばらの斜め後ろに立っていた椎哉が、落ち着いた語調で声をかけてくる。姉の名誉を擁護してくれるような台詞にいばらは僅かに安堵し、しかし同時にそれ以上の不快感を抱いた。何しろ椎哉は彼女から見て、ある意味では百合香以上の不審の塊であったのだ。
転入して間もないにもかかわらず、学園に貢献したいという理由での生徒会入会。生徒会への忠誠を誓っているかと思えば、一概に百合香の益にはならないような言動も行う付和雷同さ。彼にとっては赤の他人であるはずの、天本千明の病室への訪問。そんな怪しい行為を積み重ねている人間に庇われたところで、裏で何かを企んでいるのではないかと勘ぐってしまうのが正直な心情である。
そんないばらの心情をよそに、百合香の意志を支持するようにして、今度は智が椎哉の言い分に異を唱えた。
「月乃宮さんの気持ちは分かるよ。でも、どんなに優秀な人でも医療ミスをすることはあるんじゃないかな」
「確かにその可能性も否定はできませんね。ですが。外因なく木嶋さんの様態が悪化しただけという可能性も同様に存在するでしょう」
「とは言っても、あの白羽病院だろう? 様態が急変したとしても、即座に対応できる技術や人員が揃っているはずだよ。それに、百合香だってそう言ってるし……」
「……まあ、僕たちがここで言い争っても、木嶋さんの死因が判明するわけではありません。餅は餅屋、死者は医者に任せておきましょう」
(続く)
(続き)
智の主張から僅かに間を空けて、討論の中止を椎哉は提案する。彼の言う通り、専門的な医学の知識を持たない学生が、見てもいない死者の死因を推測するのは無謀だろう。姉の名誉にかかわる議論が流れてしまうのは不本意だが、その一点に関しては流石にいばらも賛同した。これでいばらと百合香の一触即発は解消されたと、教室にいた生徒たちは安堵のため息をつく。
「皆さん、お騒がせしてごめんなさいね。木嶋さんのお葬式などのお知らせは、決まり次第また連絡しますから。それでは……」
「お待ちください、生徒会長」
「……何かしら、安部野くん?」
一礼して教室から立ち去ろうとした百合香を、議論を中止させた張本人である安部野が引き止める。訝しげな声色を若干含ませながら、それでも相変わらずな笑顔のまま百合香は振り返る。対して椎哉は、やはりいつも通りの微笑みを浮かべながら、目尻の下がりが浅い彼女の表情を見据えた。
「先ほど、月乃宮風紀委員長との会話に出てきました『天本さん』について、お伺いしてもよろしいでしょうか?」
途端、日常的な雰囲気に戻ったはずの教室に再び緊張が走る。先ほどの険悪な会話の内容から、「天本さん」が処刑によって葬られた犠牲者の一人であること、つまり百合香がいるこの場にとって地雷とも言える話題であることは、学園に転入して数ヶ月経たない生徒でも理解できるはずだ。にもかかわらず、そんなデリケートな質問を遠慮もなしに投げかけた椎哉の蛮勇に、周囲の生徒たちは勿論いばらと智も目を見開いて驚愕した。その中でただ一人、百合香だけが笑顔を崩さずに返答する。
「それは今、聞かなければいけないことかしら?」
「いえ、回答に急を要するような質問ではございません。しかし月乃宮風紀委員長がああも取り乱していたとなると、よほど重大な事件だったのだろうとお見受けします。そのような出来事が過去にあったなら、僕も生徒会の一員として知っておく義務があるのではないでしょうか」
――あなたが知る必要はない。――いいえ教えてもらいましょう。
譲る気はない本意を敬語というオブラートで厳重に包み、互いに言外で牽制し合う。厚い仮面を被った二人同士のプレッシャーは、教室の空気を不必要に研ぎ澄ますのだった。
1.真空玲奈の特等席
ただ何となく歩いていたわけじゃない。直接的、間接的、二つの目的を持ってそこに向かっていた。
木陰に隠れた木のベンチ。あたしだけの特等席。
なのに。
誰かがそこで眠っていた。肘掛けに倒れこむように居眠りするそいつは、おそらく別のクラスか違う学年。見たことのない顔だった。
あたしはその時イラついてて、呟くようにこう言った。
「It is my ringside here.Would you get out,Mr.doze?」
寝ているし、起きていてもたぶん通じないだろうな、と思っていた。
でも違った。そいつは答えてくれた。
「I am sorry.But It is my ringside here,too.And I am not『doze』.」
驚いた。そして、それ以上に嬉しかった。
クラスの誰に言っても通じないであろう英語が通じた。たったそれだけであたしは直観的に思った。
『こいつはきっと話が合う』って。
「……とりあえず、どいてもらっていい?」
彼は目をこすりながら場所を空けた。
このベンチは三人掛け。二人で座っても間はある。
「で、ここは僕の特等席って言ったよね?」
まだ寝ぼけてそうな顔。寝不足なのか?
「その前に、あたしの特等席ですがって言ったでしょ」
あーはいはい、というマヌケな返事が返ってくる。男子にしてはやわらかめの声だった。
ちょっと意外。もうちょいシャキッとしてそうなイメージだったのに。
「じゃ、僕ら二人の特等席ってことで。あ、でも所有権は僕だからね」
勝手に言われた。とりあえず嚙みついておく(慣用句的表現)。
「ひっどい!唯一の逃げ場所なのにっ」
言ってから、あっと思った。しまった。本音が少し混じっちゃった。
「逃げ場所?」
彼は目ざとくそれに気付く。
「……そ、逃げ場所。何か?」
お願い、何も言わないで。あんまり人に言いたくないの。
そんな思いは伝わったのか、彼は興味なさそうにまた目を閉じた。
あたしは安心して伸びをする。グーッと腕を伸ばしたら右の指先が樹にぶつかった。……地味に痛い。左手でさすりながら樹をにらんでおく。
「……」
「……ねえ」
「んー?」
「ここがあんたの特等席って、いつから?」
「僕が入学してから数ヶ月かなー」
今は六月の中旬。あたしがここに通うようになってから彼に会ったことは無い。
そう話したら、彼は溜息混じりで答える。
「あー……部活が忙しくて、時間がなくってさあ」
「何部なの?」
「……一応、文芸部」
……文芸部っ!?初めて聞いたんだけど!
「文芸部なんて、うちの学校にあるの!?」
「え、ああ、そうだけど」
「転部したいっ」
「そりゃまあ大歓迎ですけど……」
「〜〜〜っ!」
チャイム音が鳴り響く。
いつもなら、憂鬱になるだけの無機質なその音。
確かに授業は嫌だけど。でも今は気にならない。
あたしの特等席は無くなったけれど、気の合う話し相手が出来たから。
その後あたしは、名前聞いてないや、と気づいた。
わたしはその原稿をバサッと机に置いた。滝ちゃん(センパイ編集者さん)が怪訝なカオしてるけどそんな場合じゃナイんです!
文香さん(わたし)は今現在、ひっじょーに興奮しているのですよっ!
コレは、わたしが担当している作家さん――天色アオイさんの原稿です。最初の方だけ出来たということで見てましたが……『真空玲奈』ちゃんて、センセイがモデルですよねぇ?なんか、授業が嫌みたいだけど、センセイは超絶優等生ですよね?なんでなのぉ……?
頭に付けたパステルグリーンのリボンをいじりつつ考えるけど、んと、やっぱ無理ぃ!
こーゆーのは本人に聞くべきですよねっ。
よし、そうと決まれば早速センセイに電話しよーっと。
……ん、スマホケースについてる飾りがとれそうかもぉ。むー、ウチにあるかな手芸用ボンド。……じゃなくてじゃなくて。電話だってば!
その後わたしは
『そのうちわかるよー♪』
なんていう、イタズラゴコロ満載な言葉をもらい、更に悩むことになりましたっと。むむむむむ……うあっ、リボンが左に傾いちゃったし!
「安倍野君、あんまり百合香を困らせるのはだね……」
「いえ、いいのよ智君……彼にだって知る権利が無い訳ではないわ、天本さんの件については」
椎也を制そうとする智の言葉を遮り、百合香は真っ直ぐに椎哉を見た。相変わらず彼女は微笑んでこそいるものの、その目はやはり目の前の相手を軽蔑し見下している様に伺える。張り詰めた空気の中で悠々と立ちすくむ女王の周囲には、無数の薔薇の棘がちらついた。
「そうね、まあ……良いでしょう……ある程度なら……」
一人呟いた後、百合香は数歩足を進めた。不敵に微笑む椎哉に近寄ると、改めて彼の瞳を覗き込む。
「では、お話ししてくださるんですか?」
優しげな筈の彼の声も、今の百合香にはどこか耳につく。その穏やかな顔の中に、一体彼は何を隠し込んでいるのか。今の百合香にそれを知る術はまだ無い。
「簡単に、だけれどね? 全部話していたら休み時間が終わってしまうわ……昔、広報部という部活がこの学園にあったのは、貴方もご存知?」
「ええ、勿論……昨年度までの予算資料もある程度拝見させていただきましたので」
「なら良かった。その部活の部長として活動していたのが、天本千明さん。彼女、とても優秀な人だったのよ? 正義感が強くて、いつも真っ直ぐな……私も彼女には期待していたの。それなのに……」
自分は無関係とでも言いたげな口振りでそこまで言うと、百合香は憂いげに溜め息を吐いた。彼女の表情の陰りは、果たして何を意味してのものなのか。
「――彼女、ちょっとしたトラブルで精神が不安定になってしまったのよ。周りにも冷たくあたる様になってしまってね? それが新聞記事にまで影響して……周りも手に負えなくなってしまったの。仕方が無いから広報部は一旦活動停止にして、彼女が落ち着いてくれるのを待つことにしたのよ。……だけど……」
やがて百合香は、白いハンカチで目元を押さえ始める。見かねた智は、百合香にゆっくりと歩み寄ると、その背中を優しく撫でた。
「まさか、あんな事に……あそこまで思いつめていたなんて……」
「大丈夫、百合香は悪くないさ……百合香は正しい事をしたんだから」
それは本当の事情を知る者からすれば、非常に滑稽な茶番劇であっただろう。その茶番劇を良く思うか悪く思うかは人それぞれではあったが。少なくとも大多数のクラスメイトは、なかなかの誤魔化し方だと考えたに違いない。
「……生徒会長、ありがとうございます……申し訳ございません、辛いことを話させてしまって。僕の配慮不足でした」
椎哉は詫びを入れ頭を下げるものの、彼の本意など周りは誰も知らなかった。当然の事だ。皆、彼があの天本千明の関係者だなど少しも考えはしないのだから。
「いえ、大丈夫……ごめんなさいね、みっともない姿見せちゃって……智君も」
「百合香がみっともないだって? 君はいつだって凛としてるじゃないか……たとえ今みたいに泣いててもね」
百合香を宥めるように言う智に、女王は涙を拭いた顔でくすりと微笑む。
「あら、智君……いつからそんなにキザになったの?」
百合香が立ち去った後の教室には、再び普段の騒がしさが戻った。
「はぁー……」
「……しょうがないよ、ね?」
「ん、でもなぁ」
先日のことでテンションがイマイチな亜衣。溜息のくせ、移ったかな。
「マグネット、全員はったー?」
先輩の声が聞こえてくる。大変、早くしないと。
そう思って私は亜衣の手を引き、ホワイトボードへ向かおうとする。抵抗されたので、ほんのちょっと強めに。
「ほら亜衣、行くよっ」
「恵里ちょいストップ手え痛いからっ」
「大丈夫、私の握力は20だよ」
「絶対違うって!あんた壊れたヤツで量ったでしょっ」
ひどいなあ、本当に20なのに。
まあとにかく今は、亜衣を連れていくべきだ。
「漫才はいいから急げー」
「ご、ごめんなさい!」
ほら言われちゃった。残念だね亜衣さん。
本格的に活動を始めた文芸部。今日はネタ合わせの日です。
出版社に応募することよりも、本当は、部誌の発行・販売がメインなんです。
ジャンルごとに集めた部誌を何種類かと、長編連載もの、投票結果集なんてのもある。
その中でもストーリーや設定、キャラなどが被らないように合わせるのがこの日。
私はいつも通り、日常系小説を書くつもり。というか、それ以外にネタがない。
日常系は人数が少ないけれど、内容がどうしても重なりやすい。だから私は設定に工夫してるわけだけど……
「よし、全員集合ね。じゃあ各自で始めてー」
笹川先輩の合図で、部室は一気に騒がしくなった。
「恋愛系こっちー」
「あ、連載中のはドア付近ね!」
「二次創作したいやつ!」
「言っとくけど、3L禁止!白羽生徒は純粋ちゃんが多いんだから!」
「そういうのは同人で書きますってセンパイ」
「異世界系書きたい人、チートか日常か転生か選んでおいてねー」
「ホラー書いてる方、いませんか!」
「こっちこっち、ロッカー前!てかミステリーは推理かホラーかはっきりしろ!」
「青春と日常は集まって話した方がいいよ、あと恋愛も」
「あの!青春で、恋愛要素アリなんですが!」
「名前決まったらボードにかけよ!過去の資料は棚三段目!」
「佐藤、田中、高橋、斉藤、高木、鈴木、山田、中村は使いすぎに注意!」
「ねえちょっと静かに!研究部に怒られたから!」
まあ、こんな感じにうるさいのが文芸部―――
「白野さんって連載じゃないよね?名前被ってないか確認しよ」
「あ、はいっ」
―――なんだろうな、と思った。
≪執筆予定作品≫
白野恵里 『こちらの原子が擬人化したとします。(仮題)』
戸塚亜衣 『トリップ女子は帰還を推奨、そして拒否(仮題)』
笹川真帆 『Make a school festival HERE,please!(仮題)』
えふぇwfwfwふぇwふぇwf
175:藤井美鈴 時系列:放課後 場所:音楽室:2017/07/01(土) 15:06 「ハーイ!今から半音階のロングトーン始めまーす、8拍でーす」
「何で先生、いないんですか?」
「3人とも出張です。行きまーす、1、2、3」
コンクールまであと2ヶ月。課題曲はあと少しで完成だ。自由曲はやっと3分の1までいった。
「トランペット、少し高いから下げて!ホルンとクラ、音小さいからもっと大きくして!」
「「「ハーイ」」」
「パートで基礎練したと思うので、課題曲します」
コンクールの期日も迫っているというのに、今日はなぜか、顧問も部長もいない。顧問は出張だから仕方ないが、その上部長も欠席となると……。私の負担も考えて休んでほしい。
「クラとフルート、ピッコロ、Jから連符のところ転んでるから焦らないで。もう一回します」
「麻美先輩、ここ教えて下さい」
「ここは――」
1年生、これぐらいわかるだろう!?こんな簡単なのに!中学でも吹部でサックスやってたって言ったよね!?
――なんてことは勿論言わない。ほら、表面上は良い先輩だから、私。
「次、自由曲しまーす。前できなかったHの6小節目から、96でやります。少し早いけど頑張ってね!」
「えー」
「バス、みんなを支えるパートだから、指揮見て。それからパーカス、少しずれてるから気を付けて」
やっぱり自由曲は難しい。金管がメインだけど、木管のソロも多い。どうしようか――
「すみませーん‼遅れましたー!」
大声と共に、女子生徒が飛び込んでくる。ああ、遅刻の子か。誰だろ……って!部長じゃん!
やっと部長来たー‼救世主来たー‼ってことは――私の負担が減る―――‼
「あっ、部長来た!」
「おー」
「あとは部長!お願いします!」
「私、今来たばっかだよ!?」
「遅刻するから悪いんです。さっさと、準備してください!」
「は〜い、それまでやってて。そんなに時間かかんないけど」
「当たり前だよ!?トランペットでしょう!?……気を取り直して、Hからやりまーす」
「ハーイ」
みんなが真っ黒な笑顔なのはなぜ?と思いつつ、私もそうなっているだろう。
「部長、Hからソロまでやってください」
「「「やってくださーい」」」
真っ黒な笑顔、その理由は簡単。ただただ、部長をいじりたいだけ。
やってくれと言ったところ――Hからソロまで――は、一番難しいところ。遅刻したからと言って、そこの手本を見せてほしいと言っているようなものだ。いつも失敗して、笑われていていつも悔しそうにしている。今回もそうなるだろう。
「いいよー」
また、いつものところを間違える――と思ったが、間違えずにちゃんとできていた。
「え―――!?」
「何で‼」
何もかも完璧にできていた。1週間前までできなかったのに。
>>174 荒らしはやめましょうねー。迷惑になりますよー。
177:藤井美鈴◆MI 時系列:放課後 場所:音楽室:2017/07/01(土) 18:28 「嘘でしょう?」
「何でだと思う?」
「練習したの?」
「当たり前じゃん。だって、ちょー悔しいんだよ?」
「ハイ。じゃあ、部長が来たのでまた、課題曲をしたいと思いまーす」
「「「ハーイ」」」
流石、部長。トランペットの音が良くなった。
あの1年生、役立たずだねー!コンクール、出ないでくれないかなー、表面上だけの奴がっ!音が雑すぎるんだよ!2,3年生の邪魔をするなー!
――勿論、表面上には出さない。
まぁ、いろいろあるが、楽しい……かな?――そう、思っていたらどうやら、お昼休みみたいだ。今日は1日練だから大変だ。
「1時に練習開始でーす」
「「「ハーイ」」」
上下関係はあるが、仲のいいメンバーでよかった――と思った。
(>>165-170と>>172の放課後、かつ>>173、>>175、>>177とこの話がほぼ同時と仮定しての話です)
赤みが混ざり始めた夕暮れ空を背景に、天に向かって高々とそびえ立つ白羽学園の学び舎。その一角、音楽室から聞こえてくるのは、多数の管楽器による騒々しい音色。恐らく吹奏楽部が個人で、あるいは楽器別に各々練習をしている真っ最中なのだろう。そんなことを思案しながら、剣太郎は校舎の、音楽室がある辺りをぼんやりと見つめていた。
かつては広報部に所属していた剣太郎だが、昨年執り行われた強制廃部によって、現在はどの部活にも所属していない。また、いたずらに学園やその周辺街を徘徊すれば、別の生徒にいちゃもんをつけられ、理不尽な恫喝や暴力を受けてしまう。学園に残る理由などなく、得られるものもなければマシな方。ゆえに終礼のホームルームが終わり次第、誰からも声をかけられないようにして速やかに逃げ帰る。それが現在、学園中から迫害されている剣太郎の、日常的な放課後だ。
――もしも、風花百合香が広報部を潰さなければ。あるいは部長の千明が、処刑制度や百合香に対する取材を諦めていれば。自分は今でも、部員たちと新聞を作り続けていられただろうか? 今のようなみすぼらしい思いを味わうことなく、青春の一ページを綺麗な思い出で飾れていただろうか? 溢れんばかりの後悔に塗れた仮定は、いつしか過去の情景を剣太郎に想起させていた。
◆ ◆ ◆
「部長、そろそろ深追いはやめた方がいいんじゃないですか?」
「そうですよ! このままじゃ俺ら全員、生徒会に処刑されてしまいます!」
広報部が強制廃部となる数週間前。青ざめた顔の部員たちが必死の剣幕で、千明に詰め寄る光景が部室内で見られた。当時はまだ百合香直々の声明こそなかったものの、部活動の妨害や度重なる嫌がらせなど、明らかに広報部の動向を良く思わない存在からの脅迫をじわじわと受けていたのである。遠回しの通達とはいえ、声なき牽制をそこまで受ければ、通常の人間は身の危険を察して自らの活動を自重するものだ。だが残念なことに、千明の精神は良くも悪くも非常に丈夫であった。
「大丈夫だって! 向こうに気付かれる前に、バーっとネタ集めてガーっと記事書いてダーっと配布すればいけるいける!」
「そういう次元の問題じゃないんです! 俺たちの取材先に先回りしてくるような奴ら相手に、先手を取れるわけないでしょう? あいつらはこっちの考えを見通してるんですよ!」
「何でも調べたがる部長の悪癖は私たちも分かってます。でも、その弊害が広報部自体にも降りかかったとしたら、部長は責任を取れるんですか?」
「あー、責任かあ……。それ言われると確かに辛いな」
生徒会側からの度重なる牽制にも負けず、処刑制度や百合香周辺の独自調査を続けてきた千明。その核心にこそ触れられてはいないが、今や彼女は百合香の目論見を、部外者の中では恐らく最も真相に近い形で知る存在となっていた。だからこそ、制度の犠牲者が強いられる処刑内容の凄惨さも十分承知している。その上で広報部を率いる者としての責務を引き合いに出されると、流石の千明も閉口する他なかった。
言葉に詰まってそのまま数分。いつもは喧噪の中心である千明が黙り、部室内にもしんとした静寂が下りる。普段はアットホームな部活内の雰囲気に馴染み切っていた部員たちは、慣れない緊迫感に身を固くしつつ、それでも無意識に共通の期待を千明へ向けていた。彼女が自分の無謀さを自覚し、百合香の機嫌を逆なでするような取材をやめてくれると。
それからようやく考えがまとまったのか、千明は天井を仰ぎ見ていた頭を部員たちの方に向け直す。――直後、向きを戻したばかりの頭の前方に、合掌した両の手を勢いよく差し出した。
「すまん、責任は取れない! でも取材をやめるのも無理だわ!」
「はあ!? 部長、それ正気で言ってます!?」
「うん正気。マジ正気。真っ当なたっぷりSAN値で考えた上でこの結論よ」
「じゃあ部長は、自分のせいで広報部が潰されていいとでも!?」
「まあ、ものすごく端的に言ったらそうなっちゃうな」
「ふざけんな!!」
(続き)
バキッ、と鈍い音が、部員たちのどよめきを割った。続けて椅子が倒れる音と、女性部員たちの甲高い叫び声。千明の回答に激昂した男子生徒の一人が、彼女の顔面を手加減なしに殴り飛ばしたのである。そして感情に任せた彼の暴力を皮切りに、部室はたちまちパニックに陥った。千明の人格を疑い、彼女を手酷く攻撃する者。過激な暴力は慎めと、感情的な部員を嗜める者。自分の感情に精一杯で、まず周囲が見えていない者。信頼と統率が致命的に失われ、このままでは生徒会が手を下さずとも、広報部は自然崩壊してしまうのではないかとさえ思われた、そのとき。
「し、静かにしてください!」
彼の一声で、騒々しかった部室内は、水を打ったようにしんと静まり返る。発言主の方を見た部員たちが、その人物の意外性に驚いて喧噪を引っ込めたからだ。一様に目を丸くした彼らの眼差しに、発言主――当時一年生だった筆崎剣太郎は思わずたじろいた。
普段の剣太郎であれば今のような恐慌状態に巻き込まれても、気の弱さゆえに何をすることもできないまま、その場に立ち尽くしていただけだろう。しかし、広報部が失われるかもしれない危機を前にして。そんな状況の中で協調性を失った広報部の惨状を見て。何より、説明の余地もなく部員たちから一方的に詰め寄られる千明の姿を目の当たりにして。内に抱えていた混乱が爆発し、頭が真っ白になった剣太郎が気付いた時には、既に無意識で声を張り上げた後だった。
自分がこの騒乱を中断させた張本人なのだから、何か言葉を続けなければならない。我に返ったばかりの頭で、剣太郎は次の句を必死に考える。だが、元々口下手な彼にとって、もっともらしい台詞を咄嗟に引き出すという行為は非常に難易度が高かった。空回りする頭に反比例して、口からはええと、その、などといった、中身のない思案語しか漏れ出てこない。自分の意見を言い出せずにいる剣太郎に、部員たちが苛立ちを募らせ始めたころだった。
「剣ちゃん、無理すんな。言いたいことは大体察したから」
「ぶ、部長……」
「むしろ皆を鎮めてくれてありがと。あのままじゃあ、弁明の「べ」の字も話せないままだったろうし」
片目の周りにできた青あざを意に介しない笑顔で、千明は剣太郎の天然パーマを軽く叩くように撫でる。そして彼の勇敢さに対する労いを伝えると、服についたほこりを払ってから、部員たちの顔を今一度しっかりと見据えた。こんな状況でもやはり自信に満ちた千明と、対して彼女に猜疑心を向け続ける部員たち。二者に挟まれるような立ち位置となった剣太郎は、不安げな面持ちで両者の顔を交互に見ていた。
「語弊を招く言い方しちゃって悪かった。確かにあたしは副会長ちゃん関連の取材をやめる気はない。けど、広報部の皆をないがしろにしていいと思ってるわけでもない。この二つの考えが矛盾してるのは分かってるけど、どっちもあたしにとっては譲れない選択なんだ」
「ということは、私たちのことは大切に思ってくれてるんですよね? なのにどうして、部が犠牲になるかもしれない危険を冒してまで取材を続けるんですか?」
「なら、無礼を承知で逆に聞こうか。あたしがこの取材を諦めたら、一体誰が処刑制度の全容を広報する?」
「しなくていいですよそんなの! 世の中には知らなくていいことがあるんです。誰も副会長に逆らわなければ、これ以上犠牲者は増えません。余計な真似をしなければ、皆平和に暮らせるんですよ!」
「平和、平和か。いい言葉だ。しかしそれは、これまでの犠牲者に二度目の死と屈辱を与えた上での平和なんだぜ」
「……っ!」
女子部員の言う通り、ここで処刑制度の真相追及を放棄すれば、自分たちの身の安全を確保することはできるだろう。だがそれには、これまでに名誉や命を奪われた犠牲者の存在をさらに「黙殺」しなければならない。存在する真実をなかったことにし、犠牲者を踏みにじって獲得した平和を、果たして甘んじて受け入れていいのか? 自己保身の観念から見れば合理的で、しかし道徳の観念から見れば非情な自分の意見を再認識し、女子部員は千明を説得しようとした口をつぐむ。
(続く)
(続き)
「これまでの調査で既に分かっていることだけど、どういうわけか副会長ちゃんには警察とか裁判所とかも通用しない。その上で広報部までもが真実追及を諦めてしまえば、処刑制度やその犠牲者は実質「存在しないものとして扱われてしまう」。だからあたしは、この学園で確かに起こった事象を「殺さない」ために、これからも制度の取材を続けるつもりだ」
「……部長の考えは分かりました。ですがそんな状況じゃ、処刑制度の情報を広めることなんて……」
「そだね。見栄切って大口叩いたはいいけど、ぶっちゃけこれ無理ゲーだわ」
「ちょっ、認めるのあっさりすぎるでしょう!?」
「しゃーないしゃーない。まあ、だからって副会長ちゃんへの挑戦の意思がない子たちまで巻き込もうとは思ってないさ。だからだね」
公的機関さえ無力化するような存在との対立を前にして、それでも千明はカカッと軽やかに笑う。百合香からのプレッシャーを気にも留めない態度が逆に部員たちの不安感をあおる中、千明は一束の紙を取り出すと机の上に勢いよく置いた。紙の上部に整った明朝体で書かれているその題名は「退部届」。部長直々から惜しげもなく提案された選択肢に、部員たちが一様に目を丸くしたのは言うまでもない。
「自分の命が惜しい奴は、早めにこの広報部から脱出してくれ。これがあたしが皆に対して取れる、最上級の責任だ」
◆ ◆ ◆
それから広報部は、いつもより早めの解散となった。日がまだ昇っているうちに閑散となった部室で一人、千明は受け取った退部届の提出者名を眺める。あの後、感情的、あるいは判断が早かった数名の部員がその場で退部届を提出。他の部員の大半も、一応考えておくといった感じに書類を持ち帰ったのだった。解散前の部員たちが揃って臭わせていた、百合香への恐れの感情を鑑みれば、手元の書類が翌日以降増えることは目に見えている。自分から勧めたこととはいえ、これまで活動を共にしてきた部員たちと袂を分けた現実を前に、千明は煙草の煙を吐くような呼吸法でため息をついた。そんな彼女の横から、弱々しい声がかけられる。ほのかな冷気を感じたその方を見ると、遠慮がちに冷却材を差し出す剣太郎の姿があった。
「こ、これ、良かったら……。殴られたところ、少しは痛くなくなるかと」
「おお、剣ちゃんサンキュー! ひえっ冷たっ」
キンキンに冷えた冷却材を受け取ると、痣ができた目にぴたっと当てる。零度に近い冷たさに震えながらはしゃぐ千明の様は、禁忌事項の取材への決心を真剣な顔で宣言した広報部部長とは思えない。つい先刻と現在の彼女の落差に内心困惑しつつ、剣太郎はおずおずと千明の顔を見上げた。
千明が入学直後から、広報部の一員として熱心に活動し続けてきたという経歴は、彼女より後から入学した後輩たちの間でも有名な話だ。入部から一年経っていない剣太郎でさえ、彼女と何度か取材を共にした際、その並々ならぬ熱意を思い知る機会に何度も遭遇している。つまり千明にとって広報部は、高校生活のほとんどを賭けた青春と同義のはずなのだ。しかし今、彼女は自分に同調できない部員に退部を勧めてまで、処刑制度と百合香の調査を強行しようとしている。下手を打てばその広報部すら奪われかねないリスクを背負いながら、それでも千明を突き動かす熱意の根源は一体何なのか。自分の中で渦巻く疑念に耐えかねて、剣太郎は恐る恐る口を開いた。
「あの……部長は、怖くないんですか? もし部長の取材が実際にバレて、副会長から処刑命令が出されたら……」
「処刑については大丈夫だよ。だからさっきも退部届を皆に渡したんだし」
「そ、そうじゃなくて……! 部員の皆は大丈夫でも、部長は絶対に処刑されてしまうんですよ? 部長は強いから、いじめとかは平気かもしれませんが、それだけじゃ済まなかったら……」
「あ、そっちか。うーむ」
(続く)
(続く)
自分の身に関わる事態に今しがた気付いたような軽さで、千明は間延びした返事を返した。この調子だと本当にこれまで、広報部に降りかかる損害は危惧していても、自分自身の安全に対するリスクは毛頭考えていなかったのだろうか。その思慮の浅さは部長としては誉められたものではないが、やはり彼女は疑いようもない根っからの広報部員なのだと、呆れにも近い敬意を剣太郎は改めて感じた。それから、熟考と呼ぶにはやや短い程度の間を開けて、千明は彼の問いに答える。
「実はだね。あたし、親がいないんだよ」
「そうなんですか……って、ええっ?」
「物心ついたときには既に、今のお爺ちゃんお婆ちゃんたちに保護されててね。皆もあたしたちがどこの子なのか、さっぱり分からないんだとさ」
「えっ、えっ、ちょっと待って! そんな重大告白をさらっと済ませないでください!」
「言ってそんなに重大なことでもなくない? 「実は邪神を崇拝する魚人の末裔」とか「人肉を食べる怪物の取り換え子」とか、そんな背景と比べりゃ親が分からないくらい些細だって」
「比較の例えが随分名状しがたく冒涜的じゃありませんか」
物心ついたときから親の顔も分からない環境に置かれていたのなら、千明にとってはそれが当たり前の日常なのだろう。そして本人がその背景を苦にしていなければ、第三者が彼女へ同情を向けるのは見当違いだ。頭では分かっていながらも、両親と同じ屋根の下で暮らすことを日常とする剣太郎にとって、千明の家庭環境はとてもショックを隠し切れないものだ。だが、当の千明は剣太郎の反応に傷付いた様子もなく、むしろ彼の大げさなリアクションを楽しんでいる様子さえ見えた。
「とにかくだ。親がいないことに対しては別に、寂しいとかそういうのはないんだけどさ。その分興味が湧くわけだよ。「あたしたちの親は、一体どんな人なんだろう」って」
「は、はあ……」
「けど残念ながら、親の正体に至れるような手がかりはないし、調べる手段も分からない。だからその反動かな。「自分の出自が分からない分、他の分からないことは余すことなく解明したい」と思うようになったのは。まあ、命の危険が分かってるのに危機感の欠片も感じてないのは、流石にそれだけ知識欲が育ちすぎたかとは自分でも思うがね」
「…………」
住む世界が違う。剣太郎は心の奥底から思った。元より剣太郎自身は、何かしらの大層な目標を持って広報部に入ったわけではない。しかし自分の志の低さを差し引いたところで、千明との差異はほとんど縮まらなかった。処刑制度の真相究明や、学生時代の功績作りなど、彼女の目標はその程度のレベルには存在しない。以上の目標が「その程度」だと思えてしまうほど、彼女が目指す終着点は、通常の人間には思い至れない次元のものだ。あるいはそもそも、終着点など最初から視野に入れていないのだろうか。
とにもかくにも、千明が真実にこだわり続ける理由。それは彼女の根底に関わる、いっそ宿命とさえ形容できてしまうものだったのだ。その一端を垣間見た剣太郎の心臓は、きゅっ、と何かに掴まれるような感覚に襲われ――。
◆ ◆ ◆
在りし日の記憶に剣太郎がふけている間に、短くない時間が過ぎていたようだ。吹奏楽部が奏でる音色はひとまとまりのクラシック曲に切り替わり、夜闇が迫り始めた空は禍々しい赤に染まっている。あの日の彼女の横顔も、確かこんな色の夕日に照らされていただろうか。
剣太郎は帰路への歩みを進め、思い出から距離を取った。あのとき、心臓に覚えた感覚の正体が何だったのか、今の彼にはもう分からない。
(続き)
でも、そう思うのは一瞬だけ。
凛ーー部長ーーもそう思っているだろう。私を裏切っていなければ。
大抵の部員はーー7割ーーは生徒会が大嫌いだが、残りはどうかわからないから。
(一回ストップします、ごめんなさい)
誰もいない一つの教室の中。
そこには、風花 百合香がいた。
常に冷静、同時に冷血な彼女が。
そこに、一つの影が。色で例えれば、黒。
2字の言葉で例えれば、下衆。
「会長………お会い出来ましたねェ………」
そこには、痩せ細り、目にはくまが。
完全に狂人と化していた、片原 拓也が。
「………誰かしら?」
百合香にとって、どうでも良い手駒。
それどころか、足を引っ張るだけの塵の顔など、記憶する必要もなくなった。
「俺ですよ………生徒会、片原 拓也………へへへへ………」
「本当に覚えのない人ですから、立ち去っていただけないかしら。」
「覚えて………ないい?」
「ええ。」
「駄目じゃあないですか会長!」
拓也は机を蹴り倒し、百合香へ歩み寄る。
じりじりと、じりじりと、少しずつ距離を積める。
「俺のことを忘れちゃ、会長は駄目ですよ。
俺が、貴方のことを一番知っていて、貴方の理解者ですから。」
まさにストーカー。
拓也はやや後退りする、百合香へ歩み寄る。
色欲な目をして。
>>182続き
凛は、みんなの、この部活の、理解者だから。
復活派の人は皆、吹部の人が相談する。私もその一人。
「麻美。私、会長に訴えようかなー」
「え!?やだ!やめてよ!そうしたら、―――」
「そうしたら、何?」
「―――ううん、何でもない。でも、やめて。お願いだから」
ここにいるのが2人だけで良かった。
「でも、一回だけ言ったことあるよ?ここはいかれてるって」
……!嘘…!?
「じゃあ、何で吹部が潰れてないの?」
「そりゃあ、いきなり強豪が潰れたらおかしいからだよ」
それはそうですけど…ねぇ。あいつなら何かと攻撃しそうだからねぇ。頭いかれてるしー。
「今年のコンクール、終わったら何かしてきそうだねー」
「凛!嫌なこと言わないでよ。美雪だって、フルートソロ全国まで行って、大会がコンクール終わってからなんだから」
「美雪ちゃん、すごいよねぇ。今回、フルートとピッコロの持ち替えでしょ?」
「うん。とにかく、あいつに訴えるのはやめて」
「……はーい」
これなら大丈夫…かな。
―――美雪❅視点―――
部長、遅れすぎです……!
でも、あそこ完璧とか流石です!
これじゃ、褒めてんのか、けなしてるのか……。
まぁいいでしょう。
❅ ❅ ❅
部長が、一回あいつに言ったあ!?
ハァ、何してんの!?
あぁ、やばいやばいやばいーーーどうしよう!
一応、あいつの秘密、知ってんだけど本当かわからないからなぁ。どうしよう。
とりあえず、観察――情報収取――しますか。
何の特徴もない、普通のお寺の、お墓の前。
ほんの数日前も、私はここに来ていた。その時は形ばかりの親戚がいて、一応十回忌ということになっていた。で、今日は私だけ。好きなだけここにいることができる。
「でね、文芸部は部費ゼロなの。大変だけど、部長は楽しそうだったよ。すごいよね……」
あーあ、これって他人から見たら私、幽霊と話してるみたいかな。……まあ、それでもいいかも。幽霊、いたらいいのに。話せたらいいのに。
浮世とは無関係な幽霊ならさ、なんでも話せちゃうじゃん?言っちゃいけない陰口とかも、小さな誇りとかも。
「……やっぱ私、変だね。なんか駄目だ、もう」
もともと悲観主義な私だけど、それ以上にお墓前というこの場所は、私を更に暗くしてくれる。
でも、既に決めたことなので……
「守るよ、私。守りながら、壊すの。どの生徒とも違う方法で、私が壊す。……見守っててね?お兄ちゃん。約束なんだから」
宣戦布告、参戦布告。
あいつらは、みんな馬鹿。守りたいものが多すぎるのよ。だから混乱してる。ホントに、馬鹿。
私の守りたいものは二つだけ。それなりに優先順位をつけて、割愛して。
準備もそろそろ整う。大丈夫。私の方がよっぽど有利。
今現在対立している双方を、どちらも利用すれば……いける。大丈夫。
ゼラニウムの花が風に揺れ、私は少し微笑んだ。
❀ゼラニウム/geranium 真の友情、決意、君ありて幸福❀
>>184続き
「美雪ー!早く練習するよー」
「ハーイ……で、麻美先輩、ピアノ完璧にできるようになりましたか?完璧に、ですよ?」
「う………ま、まぁ…アハハハハ……」
乾いた笑いが出てくる…イヤー!!美雪!何故、完璧ではなかったとわかるんだ!?
麻美先ぱーい、県大会の決勝戦の時、若干テンポ遅かったんですよー。しかも、目立たない程度で1,2箇所間違えてましたし、フルートでカバーするの大変でしたよー。
お互いの思っていることが部長に伝わっている……と、2人以外の部員は思っているだろう。
「2人の思ってることは、わかるから早く練習しようねぇ?」
「「…ハァーイ」」
((部長、怖いです……!))
「1、2、3!」
静かに流れだすピアノの音。フルートの洗礼された音が聞こえてくる。
(ストップしまーす)
>>186続き
「うん、いいんじゃない?」
「そうですか?」
「部長、何で疑問形?」
「別にいいじゃん」
「「ふーん」」
「さぁ、復讐の開始だ」
誰もいない放課後。
一人の生徒が決断する。
自分の家族を、ある人に奪われたことを恨んで――。
>>187続き
「明日のコンクールについて話します。服装は長袖で制服。パーカスと男子は半袖。当たり前だけどローファー。午後なので9時から10時半まで練習。10時半から昼休み、11時半から楽器運び開始。12時45分には出発したいです。3時15分が本番です。2時47分からリハ、3時1分からチューニング。遅れないように行動してください」
「「「はい」」」
「じゃあ今日はこれで解散します。明日、遅れないように」
「鍵当番、トランペットだよ!部長!」
「えっ!?ヤダ」
「ダメ」
「……ジャンケンで決めるよー」
「今日は部長ですね」
「麻美、はいあげる」
「いらないです」
「道連れ」
どんだけ嫌なんだよ。じゃあ美雪も道連れ。
「美雪!あんたもね♪」
「え、嫌です」
逃げるの早っ!
「早くして、凛」
「ハーイ」
(>>183の続きとなります。間が空いてすみません;)
「おー、ここにおったんか! 探したで!」
スパーンと窓が開け放たれた音と共に、場違いなほど明朗な男子の声が百合香と拓也の間を分かつ。二人が音と声の発生源の方を振り向くと、そこには廊下側の窓から教室の中へ身を乗り出す倉敷良の姿があった。驚きのあまり、それまで百合香へ向けていた執着心はどこへやら。突然の乱入者の登場に拓也は言葉も出ないまま、ひたすら目を白黒させる。一方、百合香は良のこの登場方法に慣れているのか、あるいは彼女の肝が最初から据わっていたのか。大した驚きも見せないまま、いつもの愛想よい笑顔を良に向けた。
「あら、倉敷くんじゃない。何かご用かしら?」
「せやでー。でも今はお取込み中やったみたいやな。後で出直すわ」
「構わないわよ。私はただ、この部外者さんに絡まれて困っていただけだから」
「か……会長? 冗談言わないでくださいよ、俺とあなたの仲でしょう?」
「折角なら倉敷くん、部外者さんをここから摘まみ出してくれる? そうすれば邪魔者なしにゆっくりお話しできるわ」
「会長!?」
拓也の声など最初から聞こえていないというように、百合香は彼の発言に一切反応しなかった。よもや意中の生徒会長から、自分の存在を明確に無視されるとは思わなかった拓也は、その顔を真っ青に染める。
今まで長らく抱き続けてきた狂おしいほどの恋慕の情を、会員と役員という間柄もろとも呆気なく切り捨てられた。百合香のすぐ近くで発した悲痛な叫びも、彼女の耳には届いているはずなのに返事は全く返ってこない。そもそも先ほどから百合香は、自分の姿さえ視界から故意に外している。片原拓也という人間を間接的に、かつ徹底的に否定する百合香には最早、言葉通り取り付く島もない。そんな彼女の薄情な態度は、十分すぎるほどの絶望を拓也に叩きつけた。
どうして百合香に相応しいはずの自分が無視を受け、彼女と無関係同然のあいつが普通に認知されるのか。理不尽だ。不条理だ。不公平だ。こんなことはあり得ない。あり得ていいはずがない!
自分の想いを裏切られたと思い込んだ拓也は、しかしその憎悪を百合香ではなく良に向けた。この思考が公になっていたなら、あり得ないのはお前の八つ当たりだと十人中十人に指摘されていたことだろう。どちらにせよ、自分の一方的な感情を俯瞰視することもせず、拓也は通りすがり同然の良に殺意が籠った眼差しを向け――。
「何言うてんねん。こいつ、百合香ちゃんとこの役員やろ? 全然部外者やあらへんがな」
「そうなの? 学園に迷惑をかけるような子なんて、生徒会に入れた覚えはないのだけれど」
「ひっどいなー。そんな『お前なんぞうちの子ちゃうわ』みたいな、おかんの定番台詞っぽいこと言わんといてな。二年坊が可哀想やろ。なあ?」
「……へ?」
敵視した相手から返されたのは、同情の態度と援護の言葉。予想外だった良の反応に拍子抜けした拓也は、思わず彼の顔を二度見する。その視線に気づいて向けられた笑みには、やはりマイナスの感情は一切感じ取れない。意外な人物が自分の味方についたという事実に、拓也は戸惑いを隠すことができなかった。
一方百合香は、自分が定めた邪魔者の定義を他者に否定されたためだろうか。彼女の貼り付けられていた笑顔が、僅かだが不服そうに萎んでいた。
(続く)
(続き)
「誰にでも優しく接するのは良いことだと思うわ、倉敷くん。でもね、その部外者さんみたいに悪いことをした自覚のない人は、甘やかしても反省せずに付け上がるだけよ」
「厳しいなあ百合香ちゃんは。でもこの二年坊、言うほどの悪いことはしてへんのとちゃう? あの暴力事件は結局デマやったんやし、ストーキングかて百合香ちゃんのことが好きやさかいに暴走してしもただけやろ」
「言い返すようで申し訳ないけど、それが甘やかすということなの。もし本当に彼のことを思うのなら、これ以上周りに迷惑をかけないように、処刑制度によって更生させるべきよ。分かるでしょう?」
「勿論分かっとるで。でもまさか百合香ちゃんが『心苦しいはずの処刑を自分から進んで選んでまう』とはなあ? てっきり『優(やさしゅ)うて慈悲深い生徒会長さん』やったら、『救いようのないゴミムシにも手え差し伸べる』もんや思うとったけど」
「…………」
良の台詞には、確かに一理ないこともない。人間として理想的な百合香は、人柄も同じく理想的。ゆえに、本来なら例外なく迫害されるべき処刑対象に対しても彼女は逐一心を痛めている――というのが、百合香を肯定する者たちから見た彼女の評判だ。拓也の処刑を止めたがっているように聞こえる彼の言葉は、そんな体裁の崩壊を危険視したがゆえの意見なのだろう。
だが、既に全校生徒の大半が百合香に対し妄信、盲従している現状では、体制崩壊の心配など些事に過ぎない。にもかかわらず、わざわざ提唱された良の発言は、百合香の裁定に異を唱えたようにも取れる。その点に着目すれば、逆に良こそが処刑対象となり得るのではないだろうか。
どちらとも取れる彼の発言の真意は一体どちらなのか。量るような眼差しで、百合香は良の表情をじっと見る。だが、そんな観察眼に気付いていないような素振りで、良は窓枠から教室内に侵入すると、おもむろに拓也の体を羽交い絞めにした。
「ま。なんやかんや言うてもうたけど、その辺の最終裁定は任すわ。いくら優しい会長さんでも無慈悲な決断を迫られるときかてあるし、どの道百合香ちゃんが二年坊を迷惑思うとるんは不動みたいやしな。っちゅうわけで」
「ちょっ、おい!? 何してんだテメエ! 離せ! 離せっつってんだよ!!」
「はいはい、お前はちょーっとクールダウンしよか。ほな百合香ちゃん、俺は二年坊を隔離してくるさかい、あとはゆっくりしとってな!」
「勝手に決めんじゃねえ! 俺はまだ会長との逢瀬の途中だって……!」
ぎゃあぎゃあと喚く拓也をよそに、良は彼の体を引きずるようにして教室から後ずさっていった。甲高い叫び声が教室までの距離と比例してフェードアウトし、しばらくするとようやく辺りに静寂が戻る。そうして自分一人だけが残された教室の中、百合香は思い出したようにぽつりと呟いた。
「……そういえば倉敷くん、結局なんの用事だったのかしら?」
◆ ◆ ◆
ところ変わって、元いた教室からは遠く離れた男子トイレ。百合香から強制隔離された拓也は、出入口の前で立ち塞がる良と押し問答を繰り広げていた。ここの扉は内側から見て内開きであるため、彼が退かなければ拓也はトイレから脱出できないのだ。
一刻も早く教室に戻らなければ、会長が気長に自分の帰りを待っている保証はない。そう焦る拓也は意地でも目の前の障害を突破しようと、死に物狂いで良に掴みかかる。だが、そんな彼の憤りなどどこ吹く風といった風に、良は通せんぼを続けたままヘラヘラとした笑顔を浮かべていた。
(続く)
(続き)
「とっとと退けや! 会長が帰っちまったらどうすんだよ!?」
「んなこと言うたって、もうとっくに帰っとるんちゃうん? とにかくまずはクールダウンしいや。顔と脳みそが一足早い猛暑状態になっとるで」
「うっせえ!! お前に会長の何が分かるってんだよ! 会長が俺を置いていくわけねえだろ!?」
「いやいやいやちょい待ち、言うとること支離滅裂やで二年坊。百合香ちゃんがお前を放置せん言うなら、急いで戻る必要なんぞあらへんやん」
「そ、そりゃあ……」
「大体、今百合香ちゃんとこ行ったって、どのみち反応されんと置いてかれるんちゃうの? さっきかて百合香ちゃんに徹頭徹尾シカトされとったし」
「………」
拓也の脳裏に、先ほど見た百合香の端正な横顔が想起される。良が教室に乱入してから、百合香はずっと彼の方を向いていたため、必然的に彼女の正面顔を見ることができなかったのだ。額から鼻筋、唇にかけての輪郭は、美術室に置かれている石膏胸像のように完璧で。しかしその美しい記憶は、自分が明確に百合香から見捨てられたことの証明で。そんな百合香の態度を目の当たりにした直後の拓也には、いつものように激情に任せて暴力を振るうことはできなかった。彼ほどの盲目さを以てしても、百合香からの無関心を否定することは難しかったのである。
最早自力ではどうしようもできない現実を実感し、拓也は悔しそうに黙りこくる。一気に鎮静した彼の様子に、それまで暢気だった良も流石に気まずさを覚えた。
「あー……なんか、堪忍な。図星やったか」
「図星とか言うな、俺が惨めみてえじゃねえか……!」
「え、今の状態はどう見たって惨めとちゃうの?」
「お前は俺を慰めたいのか貶したいのかどっちなんだよ」
「勿論慰めたいに決まっとるやん。お前をここまで引きずってきたんもそのためやし、ちゅうかそもそも俺が用事あったんはお前の方やしな」
「は?」
てっきり百合香の方に用事を持ってきたものと思っていた拓也は、不覚にもぽかんと口を開けた。自分は良が熱心な美術部部長であることくらいしか知らないし、向こうも自分のことは暴力事件のデマを流された被害者(実際は加害者だが)だということしか知り得ていないはずだ。お互いに接点など皆無であるはずなのに、こいつは自分に一体何の用があるというのだろうか?
全く思い当たる節がなく、クエスチョンマークを頭上に浮かべる拓也。そんな彼の疑問に答えるように、良は台詞を続ける。
「単刀直入に言うて、お前と百合香ちゃんに脈ないのは見え見えやん?」
「ハッキリ断言すんな! そ、それにまだ脈なしって確定したわけじゃねえだろ!?」
「諦めへんなあ。ま、その辺の追究はええわ。脈あっても結ばれんときは結ばれんし。どっちにせよ二年坊的には、百合香ちゃんと結ばれる一択しかあらへんのやろ」
「当たり前だ! で、それとお前となんの関係があるってんだよ」
「んな勘ぐらんでもええて。単純に俺の頼み聞いてくれたら、百合香ちゃんと結ばれるようお前の恋路を応援したるっちゅう簡単な話やさかい」
「応援だあ?」
正直いらない。それが良の提案を聞いた瞬間、拓也の頭に浮かんだ感想だった。相手が読心術や心理学のプロであるならまだしも、空気の読めなさに定評のある良が恋慕の橋渡しをするのでは、その限界など高が知れている。むしろ良が何かしらの失態を犯し、自分の心証を悪化させられる可能性の方が大きい。
とは言うものの、どの道拓也には良の提案を蹴るという選択肢はなかった。百合香から完全な無視を決め込まれている現状では、自分一人で行えるアプローチなど皆無に等しい。それなら博打を打つことになってでも、百合香との接点がある良の協力を得た方がまだ希望があるのではないだろうか。そう拓也は判断したのだった。
そうなれば、残る問題は良の頼み事だ。自分が叶えられる範疇の交換条件ならいいが、無理難題を押し付けられた場合は涙を飲んで協力を諦めるか、あるいは無理をしてでも条件を飲むしかない。一体この男は自分に何を求めているのか。その内容が容易なものであることを祈りながら、拓也は訝しげに口を開いた。
(続く)
(続き)
「……お前の頼みってなんだよ。金か? 使い走りか?」
「みみっちい予想やなあ。そんなんやのうてな、二年坊には俺の絵の題材になってほしいんや!」
「題材? 俺の絵を描くってことか?」
「間違(まちご)うてへんけどニュアンスがちゃうな。俺が書きたいのはモブ顔の肖像画やのうて抽象画やねん」
「誰がモブ顔だ失礼な! ってか、なんで俺で抽象画なんだよ」
「今度は恋愛をモチーフにした絵描きたい思うとったんやけどな、俺じゃあ恋はピンと来(け)えへんし、そんじょそこらのリア充程度じゃ描き甲斐があらへん。てなわけで、ストーキングしてまで百合香ちゃんを慕っとるっちゅうお前に白羽の矢を立てたわけや!」
「あー、そういうことかよ。俺の恋路を手伝うってのは、お前の作品を作るための参考にする意味もあるってことだな?」
「その通り! 難しい条件ちゃうし、二年坊にとっても悪い話やあらへんやろ」
「……仕方ねえなあ! そんなに言うなら、絵なんていくらでも描かせてやるよ。その代わり、ちゃんと俺と会長が結ばれるように手伝ってくれよな?」
「おう! 合点承知の助や!」
確実性はないにしろ、自分の感情を絵の題材として提出するだけで、百合香との恋愛成就の確率を上げることができる。藁にも縋るような状態であった拓也にとって、良の交換条件は美味しい話であった。こうして狂った狂信者といかれた芸術家は、利害の一致により互いに手を組むことになったのである。
「……なんか今、不穏な計画が始まった気がする」
「厨二発言はやめようね?」
「違う! 絶対そうだって! 嫌な気配がどこからか
「その前に挿絵でしょ。入れるの、入れないの?」
「入れたいよ! 当然っしょ! でもオリは無理だって!……あ〜もう」
……はい、毎度おなじみ恵里と亜衣です。部活中です。
そして現在、絶賛挿絵画家捜索中。ま、部誌にかかわる話ってことで。
「……なんていうか、文芸部がこんなに大変だとは思ってなかったよ」
「だねー。でもさ、野球部とかの体育会系よりはマシかも」
えー、文字オンリーの部誌は読みずらいという理由で、数年前から挿絵を入れることになったらしいです。当然、挿絵を描いてくれる人は自分で探すわけですが……。
無名の新人である私たち1年に描いてくれる人などそう多くはいません。まず、プロの方々など到底不可能。自分で描ける部員はほぼゼロ。
そうなると、インターネットで著作権フリーのものを探したり、知り合いで描ける人に依頼したりになるわけです。あ、作品共有サイトで探すのもアリだと聞きました。
部誌をつくるのはだいぶ先なんでまだ決めなくてもいいのですが、こればっかりは時間を要するので、今のうちに検討しています。
家といい部活といい学校といい……。ホントに忙しすぎて!
『反抗期してられるほど高校は楽じゃない!』
『俺の青春は充実してるよ!いろんな予定でな(涙)』
『進学校にはリア充が多いやと!? んなのデマや!少なくともうちは違うで!』
学園の掲示板にあった書き込みたち。深く共感したのは、私だけではないはず。
「あ、恵里。明日って空いてる?」
「……うーん、たぶん」
「ならちょっと付き合って」
「……どこへ行くつもりで?」
「知らない」
え、ちょっと何それ! 自分から誘って行先不明!?
疑問を亜衣にやわらかーくぶつけると、意外と嬉しいお誘いだった、私にとっては。
「や、なんてゆーか……彩姉に呼び出された。恵里も一緒にねって」
「それ……本当に?」
「うん。マジで」
亜衣と仲良くてよかったと、その時私は思いました。
理由は……亜衣のお姉さんの仕事と私の趣味を考えて見てください。
>>171 の続き、です。でも、私が書きたいことを書いただけなんで、本編との関係がうっっっすいです。
番外編とか舞台裏とか、そんな気持ちで見てくれると嬉しいです。流し読みでもノープロブレムです。
.゜・ ☽。゜.
2.ヒポクラテスの月は綺麗?
「……」
「………」
「…………………。」
(……暇だなぁ)
本当に、ものすごく、暇だ。
それに加えて、途轍もなく眠い。
こんなにも眠気が私の強敵となっている。大変大変、緊急事態だ(真顔)。
今までの梅雨の冷気は嘘のように消え、体にゆるく絡むような温暖な気候があたしたちの周りに漂っている。
加えて今は、給食後の英語の授業。生徒を気にしているのか疑いたくなるような、黒板しか見ていない教師の授業、真剣に聴くのは……せいぜい4割かな。
しかも皮肉なことに、あたしの席は窓際の一番うしろ。居眠りし放題の特等席ってワケ。
……いや、しませんよ?
一応授業中ですしね? 今までもしたことないですよ?
それに、居眠りだなんてあたしの矜持が許さないよ、Maybeだけど。
「レイちゃんレイちゃん。これ、ちょっとスペル教えて。あと熟語もヘルプしてくれると嬉しいっ」
「え、あ、うん。どれ?」
隣に座る若葉に声をかけられ、我に返る。セーフセーフ、すごいボーっとしてた。
「――あー! 今初めて理解したよこの文章! 助かったぁ、ありがと!」
きちんと授業を受けている、ようでちゃっかり塾の宿題をやってしまえるのがコイツだ。要領の良さで努力を半減できちゃう、得なタイプ。
「……あ、ね、若葉」
「……」
「わーかーばーさーーーーーーーん?」
「………あ、何?」
どうやら本当に聞こえなかったようだ。してやったり、みたいな表情ではない。
「……難聴だねぇ」
「なわけあるか、このキチガイ野郎ッ‼」
――ペシンッ
あまり遠くへは響かないが、それなりに威力のある音。
平たく言えば、若葉が私の右腕をたたいた音。地味に痛いし、ジンジンしてるよ……。
「……若葉、痛い」
「私はイタイ人じゃないよー」
涼しい顔で言い放つ若葉。
とりあえず言い返す。
「あたしの腕が、痛いの」
「そっか。でもねレイちゃん、理不尽なことがたくさん起こるこの世で生きていくためには、他人よりも自分を優先することも大切なんだよ?」
なにやら英語の授業中に、名(迷)言を言い出した。
内容は分かるが、いきなりどうしたんだ。
「……つまり?」
「レイちゃんが痛くっても、私は私自身が痛くなければそれで問題ないんだよ*」
あどけなさの残る顔いっぱいに笑顔が広がる。天使とかほころびる蕾とか、そんなイメージ。
だが、その表情に隠れる本音は……アンタは魔王か、それとも悪魔なのか!?
あーもう、ここまで腹黒いと逆に清々しさを感じるね。
さいですか、と適当に話を打ち切った。
眠気と暇はどこかへ消えていた。ま、こんな風に無駄な時間が流れていくのが、中学校生活なんだと思う。
……不満を言ったらきりがないけれど、それでもあたしは十分幸せな人間の部類に入ると自覚してる。
なんだかんだいって、楽しいんだ。
あの日までは、の話だけどさ。
「あ、で、何?」
若葉がそう聞いてきたのは、放課後のこと。
「へ、何が?」
「5時間目、私になんか言おうとしてたでしょ?」
……ああ、アレか。
「別に、暇つぶしで聞こうとしただけだし、いいよ」
「えー? 結構気になったんだけどなぁ」
ふてくされたように頬を膨らませ、追求してくる。
とはいってもなぁ、本当にどうでもいいことなんだよね。
「……若葉は知ってるよね、『ヒポクラテスの月』」
「え? あ、あのよくわかんない三角形? 一応知ってるよ」
「それ、どう思う?」
「どうって、意味不明だなぁとか、証明ってどうやるんだろうとか、それくらい?」
何を言っているんだろう、と小首を傾げる若葉。
最初から最後までを説明すると長くなるので、あたしは簡潔にまとめた。
「『ヒポクラテスの月』が綺麗とかいう変人がいてさ、ちょっと気になっただけ。――あたし鍵当番だからもう行くね」
またいろいろと聞かれると面倒なので、あたしはその場を後にした。
あたしがラクに話せる数少ない友人である若葉は、そのまま手を振ってくれた。
た、タイミングが……
198:文月かおり ◆CDE:2017/09/15(金) 22:51>>197 ……?
199:文月かおり◆DE:2017/10/09(月) 20:12>>197 あ、い、いつでも!大丈夫です!
200:ABN 六月第一月曜日/講堂→E組教室:2017/11/28(火) 22:25 見慣れたブレザーが姿を消し、夏用の指定シャツが目新しくなった、六月最初の白羽学園。その日の全校集会は、ある一人の生徒の訃報から始まった。
「既にご存じの方もいらっしゃるかと思いますが……。先日、二年生の木嶋京子さんが、入院先の白羽病院でお亡くなりになりました」
百合香が神妙な顔でそう告げると、生徒たちの間にどよめきが走る。以前の失踪事件と少し前のニュースによって、京子の名前が不特定多数に認知されていた分、動揺する生徒の数もひとしおだ。その中には、かつて白羽病院を訪れた麻衣も含まれていた。ついこの間、自分があの場所にいたときには、少なくとも生きてはいたかつての同級生。彼女が帰らぬ人となった衝撃は、まだ若い麻衣にとっては強烈なショックだったのである。
そんな麻衣を含め、同じ白羽学園生の訃報にざわめきを抑えられない生徒たち。しかし百合香がスッと手を上げれば、すぐさま彼らは口を閉じ、彼女が立つ演説台に視線を向ける。
「木嶋さんが発見されたニュースを聞いたときには、例え時間はかかっても、彼女にはもう一度学園に帰ってきてほしいと思っていました。しかしそんな願いが叶うことなく、このような形でのお別れとなってしまったことが本当に残念でなりません。せめて皆さん、彼女のために黙祷を捧げましょう」
彼女の言葉に促され、生徒たちは無言で俯く。麻衣も彼らに倣い、黙って目を閉じた。今に限っては百合香の演説も響かない、しんとした静寂。いつも以上に張りつめた空気が麻衣の胸中に呼び寄せたのは、哀悼ではなく後悔の念だった。
当時は京子が衰弱していたため早々に諦めたものの、あわよくば彼女が回復次第、革命仲間に引き入れられればと思っていたのだが。しかしその可能性は、京子の顔を見ることもなく潰えてしまった。
もしあのとき、いばらの反対を押しきってでも京子に面会していれば、彼女を自分たちの仲間に引き込むことができただろうか? それが無理でも、失踪事件の真相、延いては百合香の目的や本性に繋がるような手掛かりを得ることはできたのではないか? 会話すら難しい状態だったとしても、京子の状態そのものから分かることがあったのではないだろうか?
次々と膨れ上がる後悔に耐えかねて、麻衣はふっと目を開けた。しかし黙祷時間の一分はまだ経過していなかったようで、周りの生徒たちはまだ下を向いている。一足先に顔を上げてしまい、人知れず気まずさを覚え。だが一度やめた黙祷をやり直すというのも何となくばつが悪く。とりあえず時間まで頭だけは下げておこうと思ったそのとき、斜め前方に自分以外にも頭を上げている人物を見つける。
「……?」
生徒から教師まで、講堂にいる全ての人間が俯く中。一人だけステージ上の女王を見上げていたのは結城璃々愛だ。彼女と麻衣の立ち位置上、こちらが頭を上げたことに向こうは気づいていないらしい。百合香のお気に入りである彼女なら黙祷を無視しても大して咎められないのだろうが、それはそれとして人の死を悼む素振りも見せないのは不謹慎だ。――と思ったところで、麻衣は璃々愛の表情筋が歪んでいることに気付く。
横顔が覗く程度の角度からであるため、彼女の表情の全容は分からない。それでも、璃々愛の口角が異常に吊り上がっている様はしっかりと確認できた。かつて京子に手酷くいじめられていた璃々愛からすれば、彼女の死はこの上ない吉報なのだろう。普通に考えれば笑みの理由はそれで結論がつく。しかし麻衣の推測はそこで止まらず、ある一つの疑念を胸中に抱いていた。
(続く)
(続き)
病院で聞いたいばらの話だと、京子が失踪する前日、璃々愛は彼女を呼び出していたという。その呼び出しが、一連の失踪に関係しているとしたら?
彼女の残忍さを鑑みれば、復讐のための抹殺程度なら璃々愛は容易く実行するだろう。もしそうだとしたら、当時の璃々愛はなぜ京子を呼び出したのか。そしてその一件が、どのように失踪事件と繋がるのか――。
「ありがとうございます。お直りください」
講堂に再度響いた百合香の声で、不覚にも麻衣は肩を跳ねさせた。今度こそ黙祷開始から一分経過し、周囲の生徒たちがぞろぞろと頭を上げていく。璃々愛を凝視していた様子を誰かに目撃されていないかどぎまぎしつつ、一先ず佇まいを直すふりをした。
「さて。悲しいお知らせはこのくらいにしておいて、そろそろ本題に入りましょう。今月の中旬には期末考査が控えていますね」
期末考査。その単語が挙がった途端、苦々しい空気が講堂内に満ちた。勉学が義務とされる学生にとって、テストというのは不可避の恒例行事である。だがテストに意気揚々と挑む生徒というのは、どの学校でも少数派の存在らしく。会長の手前、不平不満をあからさまに見せることこそないものの、やはり生徒たちの全体的な気落ちは否めない。そんな彼らの盛り下がりは、次の百合香の発言によって大きく変動することになる。
「最近、D組とE組の成績が低下しています。クラス分けの基準が成績である以上、学力に差がつくこと自体は仕方がないでしょう。しかしそういった事情を差し引いても、やはり二組の成績は白羽学園に相応しいと言えません。ですので、今回の期末考査では――」
――規定の点数を修得できなかったD組とE組の生徒には、夏期休暇全返上の補習を受けていただきます。
京子の訃報のときとは比べ物にならない大きな喧騒が、講堂中に沸いた。
◆ ◆ ◆
「ふっざけんじゃねえぞ、あのクソ会長!!」
全校集会が終了し、E組の教室へ戻った晃の開口一番がそれだった。叫び声に近い怒号に他の生徒は顔をしかめるも、その内容自体を咎める者は出てこない。口や態度には出さずとも、彼らの意見は晃とほぼ同じなのだ。そして麻衣も例に漏れず、百合香が宣言した通達を思い出して青色吐息を吐いた。
「規定点数とやらを取れなかったら夏休みなしとか……絶望的だわ」
「全くだ! 学生にとっての夏休みがどれだけ貴重か分かってんのか!? いや分かってるからこそやってるんだな! 畜生かよ!」
「……夏休みを満喫するのもいいけどね。私たちにはもっと大事な問題があるでしょ」
海水浴や夏祭りなど、夏という季節は精力的な行事が待ち構えているものだ。しかし麻衣や晃などに限っては、そんなイベントに現を抜かす暇はあまりない。約一ヶ月間はある自由時間の中で、いかにして反逆の準備を整えるか。そのために麻衣は今年の夏休みをできる限り費やすつもりだった。
それなのに夏季休暇全返上の補習などを受けていれば、準備のための時間は大幅に削られてしまう。しかも学園にいる間は、百合香の息がかかった者の目を常に向けられる可能性もある。より確実な反逆のためにも、そんな事態だけは避けなければならない。
「今回のテストは一件はD組やE組の嫌がらせの他に、私たちの監視も兼ねてるのかもしれないわ。一体こんなこと、生徒会の誰が考えたのよ」
「どうせ結城か会長辺りだろ。つうか夏休みなしって俺たちもだけど、先生にとっても問題じゃね? 労働基準法とか言うのに引っかかりそうなもんだけど」
「裁判所も警察も通用しないここで、現代社会ですら守られてない法律が通ると思う?」
「……だよなあ」
晃と同じ考えに至った教師は少なくないだろう。だが、一般生徒と比べれば幾分か立場が上である彼らも、結局は百合香に逆えない学園内弱者である。異議を唱えても即座に却下されるか、最悪の場合麻衣たち同様処刑対象とされる可能性もある。つまるところ夏休みが欲しければ、D組E組の生徒全員が規定点数をパスするしか解決策は存在しないのだ。
再び溜め息をついた麻衣に続くようにして、晃もがくりと肩を落とした。今の彼らにできることは、現時点では未発表である夏休みへのハードルが少しでも低くなるよう祈ることくらいだ。
ニートの正念場が近づいている。そう夏休みだ。
「まあ、つまらん持論だがな」
虚ろな目で祭壇を見つめている男が語りかけるようにいう。彼は何日も寝ていないからだ、幻覚を見ている。だが疲れはしない。疲れは恨みが取り去るからだ。
血で塗りたくられた写真、引き裂かれた写真、壁という壁に釘で打ち付けられた写真、穴を空けられた写真、そして燃え尽きた写真。その写真に写っているのは生徒会長、風花百合香である。彼はこれを飽きずに行う。
「これをあの女の末路にしてやる」
と呟きながら。
【お久しぶりの亜衣と恵里。今回は亜衣視点です】
「ヒナちゃん、泣かないでよ。大丈夫だって、ね?」
「うぅ……でも、っく、夏休み……っ、なくなっちゃ……」
「でもほら、勉強すれば合格できるハズだって。会長サンもそこまで冷たくないよ!」
「ウチらはDだから、Eよりはマシ。思わない?」
うっわー……。
「てかさ、夏休み返上したら教師もきついじゃん」
「だな。フツーそうだろ」
「……テストのレベル下げてくんねーかな」
「お、めっちゃ名案じゃん!」
「だろー!?」
なんか……。
「D組ってさ、割とみんなポジティブなんだね」
うん、そうですね……。
恵里の言葉にあたしは全力で共感した。ホント、なんであんな楽観的なんだろ。
あの生徒会長のことだから、鬼レベルに決まってる。先生に圧力かけて問題を激ムズにする、とかだってやってしまいそうな人なんだから。
そうよ、それこそ基準がとんでもなく高い――B組の人だって苦労するような点数なのかもしれない。なにしろ、会長さんってば史上最高の天才と名高い(らしい)御方なんだもんね。勉強に関する悩みなんて、ないんじゃないかな。
「それでさ、亜衣。夏休み……どうしよう?」
亜衣が小声で聞いてきた。そうでした、今はふざけてる場合じゃないんでしたね。
「先輩はA組だから大丈夫でしょ? 私たちが受からないと、話し合いできないよ」
恵里の不安そうな顔。顔色はあんまりよくないし、目が小刻みに揺れている気がする。
「ん、わかってる……でも、今回ばっかりは頑張らないとどうしようもないよ。テストだし」
「うん、だよねぇ……私、クリアできないと思う……」
「恵里がダメならあたしも無理。点数同じくらいだもん。あーあっ、なんでこう、上手くいかないかな。やっとイイ感じになったと思ったのに」
ちょっとだけ、という条件つきで協力してくれる助っ人が見つかって。
会長さんの事を知っている人も見つかって。
嬉しいなって、そう思った矢先にコレだ。
運が悪いとしか思えない。
「しかも……もう、会えないんだよね……木嶋京子、先輩」
「……うん。本当に、ビックリした」
そう。1番ショックなのが木嶋先輩の訃報だ。
あたしだけじゃなくて、恵里も、おそらくは板橋先輩も松葉先輩も、仲間になってほしかった人。
直接的関係は無いけれど、それでも。
少しでも知っている人が亡くなるのは……かなり、堪える。
先行きの見えない、そんな6月は始まったばかり。
どうなるのかなんて、誰にもわからない。
誰かが何処かで笑った気がする。
「面白くなってきたね」って。
(生徒会メンバーを確認がてら全員登場させたら、これまでで一番の長文になってしまいました…。恐らく無駄な文が多いかもしれません、すみません;)
「先生の皆様。今回は、私たち生徒会が立案したプランにご賛同いただき、誠にありがとうございます」
部屋の形に沿って、直方形の形に並べられた長机。その上座側に立つ百合香がうやうやしい台詞を並べ、優雅な動作で頭を下げる。続いて下座側に並ぶ教師たちも、彼女に倣うように深々と一礼した。
現在ここ会議室は、職員会議の会場として使用されている最中である。本来なら生徒の立ち入りは原則禁止されているのだが、その生徒が学園内の最高権力者である生徒会長であれば話は別だ。加えて今回は、彼女ら生徒会が考えたある計画が議題に挙がる予定でもあったため、生徒会役員数名の入室及び会議への参加が特別に許可されたのであった。
「いや、いや。生徒会長もご多忙の身でありるでしょうに、わざわざ職員会議にまで足を運んでくださって本当にありがとうございます」
「それほどでもありませんわ。生徒の皆様の成績に気を配るのは、学園の上に立つ者として当然の務めですから」
「さ、流石生徒会長! 一介の生徒に留まらぬその素晴らしき姿勢、我々教師陣も見習わなければなりませんな! ね!?」
百合香の身長より低い位置にある頭をさらにペコペコと下げながら、小太りの男性教諭は積極的に彼女を持て囃す。加えて彼のおだて文句に花を添えるように、他教師たちからの喝采が会議室に湧いた。賞賛の渦中にいる百合香は相変わらずの微笑みを浮かべながら、台詞以外に謙遜の態度を見せることはない。
たった一人の女子生徒を、全教師が囲んで過剰に誉めそやす。彼らの光景は、白羽学園における生徒会長と教師間のヒエラルキー崩壊をありありと表現したような有り様であった。残念ながらこれらの異常性を指摘できる蛮勇の持ち主は、この場に存在しなかったが。
「……先生、会長を持ち上げるのも構いませんが、そろそろ本題に入りませんか?」
「ああ! すみません神狩書記、私としたことが……! ど、どうぞ続けてください」
「全く。それでは皆さん、先ほど配布した資料の内容をご確認ください」
教師たちによる賞賛の嵐を、美紀が冷たい声色でぴしゃりと制する。豪雨のようだった拍手が止み、小太り教師が萎縮したのを確認すると、教師たちに配ったものと同じ紙束を手に取った。一枚目の中央には、大きめのゴシック書体で資料タイトルが印されている。
――『下位学級学力補完計画』。
漢字のみで組み立てられた題名は一見厳格さを覚えるが、要は百合香が全校集会で宣言した、D組とE組が対象となる無茶振り考査のことである。集会当時、「規定の点数をクリアしなければ夏休み全没収」という簡易的だった説明要項は、複数枚のプリントに渡る長い文字列に清書されていた。そんな資料の一枚目を全職員がめくったタイミングで、美紀は説明を続行する。
「最初のグラフを見てもらえば一目瞭然ですが、D組とE組は他三組と比較すると、平均点が著しく低いことが分かります。学力別でクラス分けを行っている以上、下位に属する生徒が出てくることは仕方がありません。しかしそれを加味しても、これは白羽学園の一員としてあるまじき成績です」
美紀の目線が、下位二組の授業を担当する教師たちにちらりと向けられる。彼女の無感情な目差しを、自分たちの教育方法に対する無言の叱責だと捉えたのか。教師たちはいたたまれなさそうに俯いて美紀から視線を逸らした。そんな彼らの胸中はいざ知らず、美紀はこのグラフの作成者である椎哉に次の説明を一任する。
「では、上位三組と下位二組の差を作っている要因は何なのか。統計と分析の結果、僕たち生徒会は一つの結論を導き出しました。『D組とE組には、白羽学園生としての自覚が足りない』のだと」
「白羽学園生としての、自覚……?」
「おや。この学園で教鞭を取っている先生方が、そんなことも分からないと?」
「い、いいえ!? 滅相もございません、十二分に承知しています!」
「……ならば構いませんが、ね」
ぽろりと疑問符をこぼした女性教師に嫌味な笑みを送れば、鬼教官を前にした二等兵兵士のように背筋を伸ばして緊張する。どうやら教師たちの畏怖は百合香だけではなく、彼女が直々に統べる生徒会自体にも及んでいるらしい。師としての威厳が欠片も見えない女性教師の無様さを、椎哉はフッと鼻で笑った。
「白羽の名を背負う生徒たる者、ただ高い成績だけを修めればいいわけではありません。定められた規律を重んじ、隣人を思いやり、正義と平和を何よりも尊ぶ。そういった方こそが、白羽学園生として最も相応しい生徒なのです。……そうでしょう? 北条副会長」
「素晴らしい。満点の模範解答だよ、安部野くん」
正しく絵に描いたような、理想的な椎哉の回答。それを聞いた智はパチパチと軽い拍手を送りながら、満足げな笑顔で二、三度俯いた。
「その点、今のD組とE組は残念ながら、白羽学園生の理想像には程遠い。D組の生徒は勉強より処刑活動に力を注いでしまっているし、E組に至っては最下級であることに甘んじて、勉強そのものを諦めている生徒も多い。だからこそ下位の二組には改めて、白羽学園生としての自覚を持ち直してもらわなければいけない」
「……それが、今回の学力補完計画ということですか?」
「その通り。勿論、学力の上昇も目的の一環ではあるけれどね。具体的には……」
教師の正答にたおやかな笑顔を浮かべながら、智は百合香に目配せを送る。以降の重要な説明を託された彼女は、今一度目前に並ぶ教師たちの顔を一瞥すると、おもむろに口を開いた。
「勉学における向上心が見受けれない方……つまり、考査当日に欠席したり、考査の途中で退場したり、答案を白紙で提出したりした生徒は、いかなる理由があっても全員処刑対象に定めます」
「!?」
一拍の絶句。そして間を置かず、教師たちの動揺が会議室に溢れ返った。
努力しない生徒を罰すること自体は分からなくもない。しかしその罰が処刑というのは度が過ぎているのではないか? また、やむを得ない事情で欠席や考査を放棄した場合はどうするのか? そして処刑対象が大量に選出された場合、生徒間ヒエラルキーのバランスに問題はないのか?
教師たちの疑問や抗議は、常識的な観念から見れば当然の声だった。だが彼らの正当な主張も、百合香の決定を盲信する悪魔にとっては煩わしい騒音に過ぎない。
「アンタたち勘違いしてない? そもそも処刑制度ってのは、不真面目な奴らを反省させるための決まりでしょーが」
「確かにそうだが、それとこれとは話が違うだろう! 一度考査に参加しなかっただけで即処刑なんぞ、いくらなんでもやり過ぎじゃないのか!?」
「じゃあ全員参加するようにアンタたちが頑張ればいいじゃん。例えば病気や喪中の生徒でも、教室まで無理矢理にでも引きずっていくとかさ?」
「結城!! お前、人としてやっていいことと悪いことが――」
「そうだ、かいちょー! どうせなら考査サボった奴の担任も連帯責任ってことで、まとめて処刑対象にしちゃおう?」
「あら、いい考えね璃々愛ちゃん。確かに生徒たちだけじゃなく先生方にも、白羽学園の一員として自覚を持ってもらった方が公平だわ」
「!?」
墓穴を掘った。璃々愛に口答えをした体躯のいい教師の顔には、後悔の二文字が大きく書かれていた。
昨今のアクの強いバラエティ番組でも、これほど非情な罰ゲームは行わないだろう。しかしどんなに冗談染みた意見でも、百合香が一度賛同してしまえば、それは決定事項とほぼ同義になるのだ。追加発案の巻き添えを食らった下位組の担当教師たちが、璃々愛に抗議した大柄教師を恨めしげに睨んだのは言うまでもない。
「じゃ、そーいうわけだから。先生たちもせいぜい頑張ってねー♪」
「いじめるのもその辺にしておきな、璃々愛さん。罰則の内容だけ決めたって話は進まないんだし」
「はいはーい」
不服そうに口を尖らせながら、生返事を返すと共に教師いびりを渋々切り上げた璃々愛。生徒会の中でも突出した奔放さを見せる彼女に、真帆は辟易の溜め息をつきながら議題を本題に戻す。
「さて、考査に参加しなかった人の扱いは一旦置いといて。次は合否判定の規準や、不合格だった生徒の処遇などについて説明します。二枚目の資料を見てください」
彼女の台詞を合図に、紙を一斉にめくる音が会議室に再び響く。他の役員が白羽学園生らしさや処刑の詳細について執拗なまでに語った分、真帆は学力補完計画の説明をなるべく簡潔に済ませるように努めた。
――今回の期末考査ではD組、E組の生徒に『規準点数』を設ける。規準点数を一点でも越えれば合格、同点以下なら不合格とする。
――合否判定は本試の一度きりとし、やり直しは認めない。追試などで規準点数を満たしても無効とする。
――合否の結果は各生徒へ個別に発表する。不合格となった生徒は、夏期休暇全返上の全日補習に必ず参加すること。
――不合格の生徒が一人でもいれば、担当教師は自らの夏期休暇を返上して補習を務めること。
――考査を無断欠席した生徒、答案を白紙提出した生徒、不合格かつ補習を無断欠席した生徒は、白羽学園に相応しい学習意欲がないものとして処刑対象とする。
――上記の理由によって処刑対象となった生徒の担当教師は、連帯責任として同じく処刑対象とする。
先ほどの二の舞にならないよう、教師たちは要項の中に異議や疑問点があっても文句をこぼすことはしなかった。それでも理不尽な詳細を改めて説明されるたび、彼らの口から憂鬱な嘆息が流れる。そうして真帆の説明が一通り終わったところで、若い教師がおずおずと手を挙げた。
「あのー。結局のところ『規準点数』って、一体何点になるんですか?」
「ああ。それなんだけど、具体的な点数の発表は考査が終わってからになります。何せ今回の規準点数は『各学年のA、B、C組内の最低点数』になるので」
「はあ……。しかしどうして、そんな手間のかかりそうな方法を?」
規準点数が何たるかの回答は分かった。だが他組の最低点数をなぜ合格ラインとしたのか、その意図はピンと来ない。そんな疑問符が晴れない若手教師の様子をクスクスと笑いながら、百合香は自分たちの狙いを解説し始めた。
「最初から具体的な数字を提示しては、その点数さえクリアすればいいと考えてしまい、必要最低限の勉強しか行わないでしょう。逆に規準点数を明確にしなければ、どれだけ勉強すれば合格できるのか全く分からない。つまり、妥協できる余地を取り上げれば、全力で勉学に励ませることができるのです」
「な、なるほど。でもそれなら非公開で合格点を決めておいて、考査が終わってから公表しても同じなんじゃ……?」
「確かにその点については、先生の言う通りですわね。ですが、先ほど安部野くんが仰ったことを思い出してください。白羽学園の生徒として相応しい自覚とは一体何なのか」
「……ええと、つまり……下位組の学力を高めるために、上位組にも協力してもらう、ということですか?」
「まあ、それで及第点ということにしておきましょう」
間違いではないが完璧というわけでもない、若手教師のしどろもどろな回答。自分たちの意図を中々汲みきれない彼の戸惑い顔に、百合香は嘲りを混ぜた苦笑を向ける。
「今回の学力補完計画は、飽くまで下位二組の生徒が対象です。だからといって、上位三組に何も施さないというのは些か不公平でしょう。ですから上位組の皆さんには補習などの処罰こそ与えませんが、規準点数――最低点数を一点でも上げるよう、互いに切磋琢磨していただきます」
「全員で協力して学力を磨き合えば、上位三組の成績が上がる。そうすれば規準点数も自ずと上がり、下位二組が目指す目標も高くなる。結果として、学園全体の学力が向上する。一石三鳥でしょう?」
百合香の説明に付け足すよう、彼女の後に美紀が補足を続ける。それでようやく若手教師の疑問符は納得に変わった。それから僅かな間の後、小太り教師の大袈裟な拍手が会議室に響く。
「いやあ流石! 落ちこぼれの二組だけではなく、生徒全員の成績にまできちんと目を配ってらっしゃったとは! 素晴らしい、素晴らしいですぞ生徒会長様!!」
小太り教師の世辞を皮切りにした、本日二度目の大絶賛。会議に似つかわしくない過剰賞賛の嵐が吹き荒れる中、百合香は彼らをたしなめることもなく黙ったまま微笑んでいた。
◆ ◆ ◆
「……切磋琢磨か。はっ、物は言い様だな」
会議室から少し離れた廊下にて。百合香を絶賛する喧騒を聞き流しながら、法正は一人毒を吐く。
生徒同士の協力や学園全体の向上など、耳障りのいい言葉を選んではいるが、結局の本質は下位組の合格ラインを悪戯に引き上げるだけの嫌がらせだ。
上位組に処罰は与えないと百合香は言ったが、それは生徒会による公式処刑に限った話。例え上位組に属していてもその中の最下位では、他の生徒から軽蔑の対象と見なされる。それどころか、もし下位組に点数を抜かれたとなれば、上位組の恥さらしとして処刑に近しい冷遇を受けることになるだろう。
ゆえに上位三組の生徒たちは、自分の成績が規準点数となることを回避するため、点数向上に躍起になる。結果、規準点数が下位組の実力から遠退き、下位組および教師たちの夏期休暇全没収の可能性がより強固になるのだ。
あの悪逆非道の女王のことだ。恐らくは以上の展開を想定の上で規準点数を定めたのだろう。彼女らしい利口で卑怯なやり口だと、法正は胸中で百合香を罵倒した。
そのとき。廊下の遠くから、バタバタと慌ただしい足音が近づく。目線だけでちらりと見やれば、そこには忌々しい元友人の姿があった。
「法正じゃねえか。こんなところで何やってんだよ。会長の出待ちか?」
「ただの見張りだ。むしろ出待ちはお前の方だろう? 拓也」
「まあな! どこぞのホラ吹きに乱暴だのストーカーだの言いふらされた分、今度こそ積極的に活動して『汚名挽回』するんだぜ!」
「……そうか」
『汚名挽回』では汚名を取り戻す、つまり自分の評判を落とすことになる。拓也の誤った四字熟語に法正は気付いたが、指摘はせず敢えて黙っておくことにした。前回の暴力デマ事件があったにも関わらず全く懲りていないところを見ると、同じ過ちを繰り返して自爆するのは目に見えているのだから。
目の前の元友人が『どこぞのホラ吹き』であることも知らず、得意気な自信を見せる拓也に法正がある種の感嘆を覚えたころ。複数人が一斉に椅子から立ち上がる音が聞こえてきた。すると法正は、用が済んだとばかりに踵を返し、早足で会議室から離れる。
「おいおい、もう帰るのかよ。会長のご尊顔は拝まねえのか?」
「……俺は隠れ生徒会だ。一緒にいる場面を見られたら面倒だからな」
百合香を偶像扱いする拓也を内心で嘲笑しながら、捨て台詞を残して法正は姿を消した。直後、彼と入れ違いになるようにして会議室から百合香が退出する。その途端、待ってましたと言わんばかりに拓也は彼女のすぐ側へ接近した。腰と頭を低くしながらも顔はしっかりと百合香の方に向け、興奮で息を荒くする様はさながらお預けを食らった犬だ。
「お疲れ様です、会長! ささ、長時間喋りっぱなしで喉も渇いたでしょうし、これから一緒にお茶でも――」
「ちょうどいいや、片原クン。この資料のデータ、学園のPCで修正して印刷しといて。全校生徒分、今日中にね」
「は? そんなの結城がやりゃあいいだろうが。自分が会長にべったりしたいからって舐めたこと言ってんじゃねえぞ」
「アンタそれ盛大なブーメランだって分かってる!?」
茶会という名目のランデブーは、璃々愛からつっけんどんに言い渡された雑用によって早々に出鼻を挫かれた。無礼な腰巾着相手に易々と引き下がるわけにはいかない。拓也は往生際悪く、自らの障害となる璃々愛を言い負かそうと口を開いた。のだが。
「片原くん。私も璃々愛ちゃんも、これからまた忙しいの。どうかお願いできるかしら?」
「はい! 会長のお頼みとあらば喜んで!」
雑用依頼を百合香が代弁した途端、傍目でも分かるほど明確に態度が変わる。そして璃々愛が差し出していた資料を半ば引ったくるように受けとると、あっという間にPC室の方へ疾走していったのであった。
ある程度は予想通りとはいえ、ここまであからさまに豹変すると思わなかった璃々愛は、呆けたように口をぽかんと開けて拓也が走っていった方角を眺める。そんな彼女の後ろでは百合香が、悪戯が成功したときの子供のような含み笑いを湛えていた。
「いやあ、あそこまで綺麗に手のひらを返すとはね……。ありがと、かいちょー」
「私の方こそ助かったわ。ここのところ、また彼のアプローチがしつこくなってね……。どうやって追い払おうか毎回考えてるのよ」
「あんなデマが散々流れたってのに? よっぽど恥知らずなんだね、片原クンは。……それか、誰かが油でも注いだ?」
「まあ、彼についてはどうとでもなるから、今は後回しでも大丈夫よ。それよりも璃々愛ちゃん。一つ『お願い』があるのだけれど」
『お願い』というキーワードと共に、百合香の笑みが深くなる。それは先ほどの悪戯染みた軽やかなものではない、何かを企むような酷薄なものだ。そのキーワードを聞いた璃々愛も、百合香の意図を察すると彼女と同様に表情を歪めた。
「人の長所を見つけることができるというのは、素晴らしい才能の一つだわ。だからといって、ところ構わずただ誉めればいいというものでもないと思うの。特に、大事な会議の最中には、ね?」
「分かるー。そんなにご機嫌取りしたいなら、もっと場所を考えればいいのにね」
「ふふ。そうね。本心はとっても大事だわ」
「あっ、アタシはいつも本気だからね!? あんなのと一緒にしないでよ、かいちょー!」
「勿論分かってるわ。璃々愛ちゃんは私の――」
いつしか『お願い』が他愛もない雑談に移り変わり、百合香と璃々愛のじゃれあいが始まる。実の姉妹のように仲睦まじい彼女たちの顔からは、先ほどの酷薄な笑みはすっかり消え失せていたのだった。
◆ ◆ ◆
翌日。会議で百合香を積極的に持て囃していた小太り教師の評判が、一夜にして地に落とされていたのはまた別の話。
【戸塚彩美視点でいきます】
『白羽学園掲示板 *生徒用
期末考査、正直どう思う? (204)
201 D組。 ないないないない!ほんとヤバい。受かんないかも
202 りぃ 私も。あ、誰が合格点教えて。情報求む!
203 俺ッ! え、だれも知んないんじゃね?
204 咲だよ! たぶんそう 生徒会は知ってるだろうけど
合格点予想!当てた人ラッキー(かも?) (138)
135 Bくみ♪ えっとー、じゃあ前回の平均点で
136 lala クラスごとに違うのかな?
137 スレ主。 前回の平均点知っている方名乗って!
138 ないわぁ 2-Dなら知ってるよーん
書き込む 新スレ作成 もっと見る>> 』
「へぇ。期末考査か……懐かしいなぁ」
スマホ片手に独り言。
誰にでもなくつぶやいた声は、電車の音によって搔き消えていった。
この掲示版は、後輩の真帆ちゃんに頼んで、生徒用のページを閲覧できるようにしてある。
何気なく覗いたその掲示板は、期末考査の話題でいっぱいだ。どうやら風花ちゃんたちがまた何かやったらしい。
書き込みから推察すると、基準点が設けられたようだ。
達成できないとどうなるのかはわからないが、とりあえず、とんでもない罰があるのだろう。あの風花ちゃんのことだから、ひどーいお仕置きに決まってる。
ま、あたしはOGなので口を挟むつもりはない。白羽学園生らしく勉強に励め、と言うしかない。
それよりも、1番重要なのは……8月の…………。
最寄り駅で電車を降りて、徒歩で自宅へ。ちょっと時間はかかるが、最近運動不足気味なので我慢する。
掲示板を閉じ、ある人物に電話をかける。3コール目で応答があった。
『……何の用でしょう』
僅かにいらだっているような声につっけんどんな言葉。だが、ずっと前にこの態度が通常運転なのだと知ってから、全く気にしていない。あたしは、割と切り替えが速い方だ。
「用がないと電話しちゃダメかな?」
にひひ、なんて意地悪く笑うと、相手は溜息を返してきた。
『駄目です。無駄な行動は慎むべきでしょう』
「相変わらずだねぇ君も。なんか心配」
『あなたに心配される覚えはありません。それより、用がないのなら切りますよ』
心配してあげたのに素っ気なく返された。本当に変わってないな、と苦笑した。
「用ならあるよ。期末考査、風花ちゃんは何してんの?」
聞くと、相手は数秒黙った。そして、誤魔化すように言った。
『……あなたは部外者でしょう。あまりこちらと関わらないでくれると嬉しいのですが』
「関わるよ。これからも、いっぱい。全部分かるまで」
『全部って……もう過ぎたことです。意味がありません』
「あるよ。ていうか、君だって調べてるでしょ。文句言わない」
『…………』
あ、図星。
『……この話は、後日改めて。日程は後で決めましょう』
「はいはーい。んじゃまた」
笑いをかみ殺しながら通話を終了…………して気づいた。
「期末考査の、聞いてなかった……!」
うわ、マズい。笑いと後輩の話術(?)にうっかり流されてしまった。
うあああ、と頭を抱えながら歩くあたし。
きっと誰がか見たら、奇人と思うに違いない。
………………くそ、してやられた。
【番外編:天本さんちのお年玉事情】
※本編とはあまり関係のない季節ネタです。
※千明が非常識です。
※一応理由はありますが千明の家庭環境がやたら特殊です。
※不都合などがありましたらお気軽にご報告ください。
本編より時間を巻き戻して、二年前の冬休み明け。独裁女王がまだ一介の生徒会役員にしか過ぎず、白羽学園も処刑制度がない平和な学び舎だったころの話。
ぬくぬくとした休暇が終わりを迎え、制服越しの寒気に毎朝晒される平日が始まる。進学校の一員であれば心機一転勉学に取り組むべきなのだが、しかし彼らも学生である前に人の子。極楽だった冬期休暇のまどろみを忘れることができず、エンジンが中々かからない生徒も少なくない。そんな怠惰な生徒にとってお年玉というのは、過ぎたる年末年始の大事な忘れ形見であり、物欲や遊楽の充填をエネルギーとするやる気スイッチでもある。――最も、その金額が期待していたものより貧相であれば、逆に落胆に追い討ちをかけることになったりするのだが。
労せずに得られる毎年恒例の大金は、得てして年始明けの話題に挙がりやすい。合計でいくらもらったのか、何に使うつもりなのか、むしろもう手をつけたのか。他人の懐事情自体は学生に大した価値はないものの、休暇中のブランクを埋める共通の雑談テーマとしては大いに役立つ。そんな中、当時最盛期だった広報部部長天本千明は、学園新聞のコラムに使う全校生徒のお年玉事情を集計していたのだった。
「へー、彩美先輩は二万円くらいか。学園平均の半分かそれ以下だな?」
「親戚は普通にくれたんだけど、両親がね……。もうバイトして稼いでるなら必要ないだろうって」
「そいつぁ世知辛い。将来設計のためにお金稼いでるのに、稼げるからお預けってのは酷い話だぜ」
「仕方ないよ。二人の言うことも理に適ってるし、それに安定しない職業を目指す以上、いつまでも親に頼りっぱなしじゃいられないもんね」
「かーっ、泣かせるねえ! 流石将来を見据えてる作家の卵は心構えから違う!」
一説によると、一人の学生が受け取るお年玉総額の全国平均は三万円ほどらしい。一方、広報部の調べによる白羽学園生の総額平均は四万円から五万円。恐らくは一般学生より優秀な成績を収めている分、褒美としてお年玉が増額されているといったところだろう。だが、そういった傾向があるにも関わらず全国平均よりも少ない金額しかもらえなく、しかしそんな結果に文句ひとつ言わない彩美のストイックな姿勢に、千明は自らの額を叩いて大げさに感嘆した。そんな彼女に反して、そこまで誉めそやすことでもないと彩美は肩を竦める。
「そういう千明ちゃんはどうなのさ? そっちも報道関係者って夢があるんでしょ」
「あたし? ここに入学してからはゼロよ。去年今年と記事を書くのに忙しくて、まず故郷に帰れてないし」
「ああ、そっか。確か君、実家を出て一人暮らししてるんだっけ」
「ま、その代わり現物支給ってことになったんだけどね。現金は郵送じゃ送れないから、その代わりにということで」
にんまりとオノマトペが聞こえてきそうなほどににやけながら、千明はスマートフォンを操作すると一枚の写真を表示させた。そこに写っているのは、四枚のプロペラと一台のビデオカメラがついた機械。電子工学には詳しくない彩美は一度首を捻るも、分野外なりのおぼろげな知識から機械の名称を導いた。
「これって……撮影用のドローン?」
「ピンポーン! それも高解像度、長時間稼働、長距離飛行と三拍子揃ったスグレモノ! ちなみにお値段はニーキュッパ」
「ふーん、つまり三万円くらいってこと? ドローンの相場とかはよく分からないけど」
「ノンノン。五桁じゃなくて六桁。二十九万八千円」
「にじゅうきゅうまん!?」
全国平均の約十倍に当たる高価格に、思わず彩美は絶叫した。いくら正月というイベントがあったとはいえ、とても学生に買い与えられるような値段ではない。それだけドローンの相場が高いものなのか、あるいは千明の親戚の金銭感覚がおかしいのか。どちらにせよ学生には大金に等しい価値のドローン写真を、彩美は目をまん丸にして見つめていた。
(続く)
(続き)
「いやあ、あたしはもっと安価なやつでいいって言ったんだけどさ。お爺ちゃんお婆ちゃんたちが「どうせ買うならより良いものを!」って制止も聞かずに買っちゃったんだよ」
「だからって二十九万は高すぎない!? 「良いもの」のレベル追究しすぎだよ!」
「でもうちじゃあ毎年こんなもんよ。なんせ一人辺りのお年玉こそ普通の金額だけど、それが何十人分と集まるからね。多いときだと五十万くらいは行ったかな」
「き、君の親戚って一体どうなってるの……」
まず孫一人に親戚数十人という比率はあり得るのか。あり得るとしたら天本家の家系はどうなっているのか。第一ブレーキを掛けようと思った親戚は誰かいなかったのか。子供に総額五十万円を毎年与える天本家の親戚。規格外の彼らがあまりにも想像つかず、彩美は思わず眩暈を覚えたのだった。
恐らくこれ以上の展開は、自分がついていける領域ではなくなる。そう思った彩美は千明の話を理解できているうちに、話題の方向転換を試みた。
「……そ、そういえば。なんでドローンなんか買ったの? 撮影なら普通のカメラでも事足りると思うけど」
「普通の撮影なら、ね。しかしより上質の記事を書くには、既存の機器じゃ痒いところに手が届かないこともある。試行錯誤すりゃああるものでもどうにかできるだろうけど、そんなことで苦労するくらいなら積極的に最新機器を取り入れて、取材や執筆の方に労力を回したいのさ」
「なるほど。コストを代償に提供物の質を上げるのは理に適ってるね。で、そこまでして取材したい記事って?」
「ふっふっふ、よくぞ聞いてくれたな先輩!」
待ってましたとばかりに、千明は愛用のマル秘ファイルから数枚の原稿を取り出す。学園新聞のプロットであるそれのタイトル部分には「今を時めく美少女優等生! 一年A組、風花百合香の素顔に迫る」と大きな文字で書かれていた。ゴシップ雑誌の見出しにも見えるような文章に、彩美は眉をひそめる。
「風花ちゃんの特集記事? 珍しいね、千明ちゃんが誰か一人をクローズアップするなんて」
「そうかい? 個人特集なら今までにも何度かやってきたぜ」
「でもそれって、大会や学校行事で賞を取った人とかでしょ。確かに風花ちゃんは主席レベルの成績だけど、それだけで特集を組むことって今までなかったじゃん。それもこんな大々的に」
白羽学園において高学力とは全生徒が遍く目指すべきであり、また到達できて当然の目標であるとされている。そのため通常の成績優良者は、教師や他生徒から称賛されることこそあれど、公的な賞を受賞したり名誉を広報されたりすることはほとんどない。在学中に得られる恩恵はせいぜい、考査の成績順位表で先頭を飾るか、卒業式の送辞あるいは答辞で代表に選ばれる程度だ。
そして千明も学園の校風と同じく、これまで高学力の生徒を特集したことはなかった。一応「成績上位者に聞くテスト勉強のコツ」というコラムで成績優良生をインタビューしたことはあったが、それは飽くまで勉強法に焦点を当てた記事であり、彼らの名誉広報はやはり二の次であった。だからこそ彩美は、今回千明が執筆する記事に違和感を感じたのである。
「確かにその通り。でも今回は特別中の特別さ。なんたって風花ちゃんのことを知りたがってるニーズが大勢いるからね! 需要に応えるのは供給側として当然の義務だろう?」
「そりゃあ、そうかもしれないけど……。ニーズって具体的にどこから?」
「大多数は新聞のアンケートからだね。今年度の夏くらいからもー要望がうるさくてうるさくて。それに先生たちからも風花ちゃんを特集してくれって直々に言われてんのよ。なんでも白羽学園の模範生として、もっと名前を広めてほしいんだと」
「へえ。そこまで人気者なんだ、風花ちゃん」
(続く)
(続き)
成績は常にトップクラス。整った顔立ちに浮かぶのは絶えない笑顔。育ちの良さを物語るような穏やかな性格と洗練された立ち振る舞い。その上一年生にして生徒会役員を務める愛校心。確かにこれだけの要素が揃っていれば、彼女の情報をより知りたがる読者が出現するのも頷ける。加えて学園を経営する教師陣からすれば、才色兼備な百合香は白羽学園の名を広める宣伝塔としてこの上ない適役なのだろう。
そこまで考えて納得しかけた彩美は、しかし自分が抱いた当初の質問を忘れていなかった。千明に向けていた目を怪訝なものに変え、彼女を睨む。
「で、風花ちゃんのインタビューに、なんでドローンが必要なの」
「それはほら、あれだよあれ。綺麗なものが芯まで綺麗なことってあんまりないじゃん? その辺のギャップ萌え? も余すことなく伝えるべきかな、ってね」
「……まさかとは思うけど、風花ちゃんのプライベートを盗撮でもするつもり!?」
「なーに心配しなさんな。何も臭わなきゃあ最初から使わないさ。臭わなきゃね」
「それって逆に言えば、怪しいと思ったら使うってことでしょ!? やめてよそういうの、一応生徒会の可愛い後輩なんだから」
「分かった分ーかった。未遂の時点でここまでバッシングされるんだったら大人しく諦めますよっと」
――君は全く分かっていない。ドローンの使用中止こそ宣言したものの、その理由が真の問題点を理解していないような千明の回答に彩美はため息をついた。
うら若き婦女子からすれば、知らない間に自分の姿が記録媒体に写されるというのは大抵嫌悪感を覚えるものだ。千明も同性であれば、盗撮される不愉快さには容易に気付くはずなのだが。あるいはそういった常識的な観念さえ忘れるほどに、千明は百合香の素性を明らかにしたがっているのだろうか。
「……千明ちゃんさあ。本当に周りから言われて、風花ちゃんを取材するつもりなの?」
「そだけど、なあに? 読者のリクエストにホイホイ応えるなんて主体性がないとか言っちゃう?」
「そうじゃなくて。千明ちゃんの取材の動機は本当に、みんなにリクエストされたから『だけ』?」
目の色は怪訝なまま、彩美は千明の顔を真っ直ぐに見つめる。元より千明は一度興味を持った事柄に対しては、僅かも妥協せずとことんまで真相を追い求める気質の持ち主だ。そして今回の百合香の取材も、断念したとはいえドローンを用意してまで根掘り葉掘り調べ倒すつもりだった。ということは、千明は百合香に対してそれほどまでの強い興味を抱いているということだろうか? そうだとしたら、一体彼女のどこに?
真剣な表情の彩美にキョトンとしていた千明は、ややあって彼女の質問の意図を理解すると、にいっと鮫のように口角を上げた。
「一つだけ付け加えるなら。広報部部長の勘、ってやつかね」
「ねえ、マジで頼むよ! あたしたちの仲でしょ?」
「んなこと言われたって、私にも学園での立場ってもんがあるのよ」
「そうだよ! わざと手抜いたのが生徒会にバレたらどうするつもり!?」
「そこは一蓮托生ってことで! あたしたち友達じゃん! ね?」
「はあ!? 我が身がかわいいからって馬鹿なこと言わないで!」
異例なる期末考査の宣言により、学園中に衝撃が走った全校集会の翌日。日を改めて告知された、規準点数とその詳細――『下位学級学力補完計画』の内容は、C組以上の上位学級とD組以下の下位学級の溝をより深めることになった。
元より学力が自分の身分を表す白羽学園において、成績で区分された学級間の交友は乏しい。上位組の生徒が地下人の学力不足を嘲笑し、下位組の生徒が殿上人の傲慢無礼を軽蔑する。双方が険悪な敵意を向け合うこの形態が、白羽学園における学級関係の基本形だ。そんな冷え切った学び舎の中でも、別学級同士でありながら個人的な交友関係を保っている生徒は幾組か存在した。学級同士を隔てる学力差や偏見を超え、育まれた友情が少なからずあった。
そこで下位組の生徒は、ここぞとばかりに上位組の友人を当てにしたのだ。親愛なる自分たちのために今回の考査の規準点数、つまりA組〜C組の最低点数を下げてほしいと。だが個人間の強固な絆も、学園内の地位を人質にされては塗り壁程度の脆さしかなく。上位組の生徒は揃って下位組の頼みを断った。いくら友人のためとは言え、一歩間違えれば自分の名声や人権に関わる成績を損ねることはできないと。
彼らの交渉の最終結果がどうなったのかは各人各様ゆえに割愛する。それでも大なり小なりの禍根が両者に残されたのは間違いないだろう。とかくかくして、上位三組と下位二組の亀裂は以前にも増して広がったのである。
閑話休題。美術室特有の大きな工作机を挟んで向かい合っているのは、美術部部長の倉敷良と、美術部部員兼生徒会役員の結城璃々愛。ひょうきんな性格の持ち主として知られている二者にしては珍しく、真剣な面持ちでじっと互いを見つめていた。
「璃々愛ちゃん……。それ、ほんまに正気で言っとるんか?」
「勿論。むしろ逆に聞くけど、アタシ何か間違ってる?」
「間違うとるとか合うてるとか、そういう問題とちゃう! これは俺の魂にも関わる案件なんや!」
「そうは言われてもさあ、忠告自体は前からずっと聞いてたでしょ。それを無視してきた良にいの自業自得じゃん」
「せやかて、やってええこととあかんことがあるやろ!! こいつばかりは確実に人としてアウトやで!」
「…………あのー。先輩方」
飽くまで自分のプライドを譲らない良と、生徒会として非情な決定を押し通そうとする璃々愛。二人の論争は平行線で、いつまで経っても終結する気配がない。そんな膠着状態にいい加減痺れを切らしたのか、このやり取りを傍観していた一年の美術部員が口を挟む。横槍を刺してきた後輩を璃々愛は煩わしそうな表情で見やり、良は縋るような目で彼に食いかかった。
「一年坊! 芸術家の卵たる者、ときには規則に囚われんと型を破る必要かてあるんや! 同じ美術部員の男として、自分やったら分かってくれるな!?」
「い、いいえ。というか僕は、結城先輩の意見の方が正しいかと……」
「うええええええええ!?」
後輩の回答にさほど時間はかからなかった。てっきり自分の意見に賛同してくれると期待していたらしい良は、返ってきた真逆の返事にあんぐりと口を開ける。味方を募ろうとしてあっさり振られた良を、璃々愛は当然のように鼻で笑った。
「ほーら。一年の奴だってこう言ってるんだから、潔く諦めなさいってば」
「ぐ、ぐぬぬ……! しかしまだや、俺はこんなところで妥協するわけには……!」
「良にいは一体何と戦ってんの。とにかく、いいからさっさと観念して――」
「おーい、倉敷はいるか……って、げっ。結城かよ」
(続く)
(続き)
がらりと扉が開く音と共に、美術室へ新たに入ってきたのは片原拓也。どうやら良に用事があったらしい彼だが、入室早々己の恋路の障害である璃々愛が視界に入り、あからさまに不快そうな顔を見せた。一方、拓也の人間関係に疎い良は、その不快感に着目することもなく、今度は彼を自分の味方につけようと必死に縋りつく。
「来たった! 救世主! ちょっと後生やさかい助けてくれや拓坊(たくぼう)ー!!」
「え? あ、はあ!? 救世主!?」
「片原クンか……まあいいや。アンタからも生徒会として良にいに何か言ってやってよ」
「いやいやいや待てよ。お前らは何の話をしてるんだ」
話の内訳も説明されず、璃々愛と良の板挟みにされかける拓也。自分は用事があって美術室まで足を運んだというのに、それを済ませる前に事情も分からない二者の対立に巻き込まれるのは溜まったものではないと、まずは詳細の説明を要求した。彼の求めに真っ先に対応したのは良。
「あんなあ拓坊、璃々愛ちゃんが酷いねんて! 考査期間中は美術室で絵描いたらあかん言うんやって!」
「は? テスト中の部活自粛は別に普通のことだろ」
「へえ、良かった。片原くんもその程度の常識は弁えてるんだね」
「俺が非常識人みたいな言い方すんじゃねえ! で、なんでそんな当然のことでギャーギャー喚いてんだよ?」
生徒会長をストーカーした張本人――体裁上はデマ扱いだが――が何をとぼけているのか。そんな侮蔑の念が込められた視線を璃々愛は拓也に投げかける。しかし彼の犯歴はこの場の問題とは無関係なため、それ以上の指摘はせずに事情の説明を続けた。
「その当然を、良にいは白羽学園に入学して以来一度も守ったことがないの。今までは及第点をギリギリ取ってたから、先生たちも注意はしつつ黙認してたんだけどね」
「えっ、マジで!? ずっる!」
「でも今回のテストは、白羽学園生としての自覚を取り戻してもらうって目的もあるでしょ? そんな名目のテストをやる手前、流石に例外を見逃すわけにいかないじゃん」
「そりゃあ倉敷が悪い。潔く諦めるんだな」
「嘘やん! お前だけは味方でいてくれる思たのにー!」
「うっせえなあ。テストが終わりゃあまた部活やれるんだろ? たった一週間くらい辛抱しろよ」
「ああ、それなんだけどさ」
絵画が恋人だと形容しても過言ではない良にとって美術部断ちは確かに堪えるだろうが、その期間は決して長くはない。少しの期間だけ自分の欲求を我慢すればいいだけなのに、なぜここまで往生際悪く駄々をこね続けるのか。拓也が思い浮かべた疑問は、璃々愛の補足説明によって解決される。
「良にいだけ『今回のテストでA組からC組の平均点を超えられなかったら、卒業まで部活全面禁止』ってことになったから」
「…………へ?」
――当てが外れた。璃々愛の台詞を聞いて目が点になった拓也の頭に、真っ先に浮かんだ言葉がそれだった。
考査期間中の部活自粛命令を再三無視してきたツケだと思えば、提唱された良の処遇は妥当と言えるだろう。だがこの処罰内容は、拓也にとって非常に都合が悪かった。なぜなら拓也はD組。『下位学級学力補完計画』の対象者だ。決して勉強が得意とも好きとも言えない彼からすれば、自分が越えなければならない規準点数はとにかく低い方がいい。だからといって普通の上位学級の生徒に頼み込んでも、自分の身分かわいさに点数を下げることはしてくれないだろう。しかし芸術狂いとも称されている良であれば、成績低下に伴う評判低下程度に頓着することはない。つまり彼は、規準点数低下交渉における優良人件なのだ。
だからこそ、規準点数を超えるハードルを良にだけ課されるのは非常に好ましくない事態だった。彼なら上位組の最低点数を快く逆更新してくれると思っていたのだから。
(続く)
(続き)
「な? こんなん鬼の所業やん!? 卒業までの残り約九ヶ月、他の部員が絵描いてるのを指咥えて見とれなんてあんまりやろ!」
「そ……そう、だな。流石に三組の平均点以上は厳しすぎだろ。もうちょっと軽い内容にしねえ?」
「はあ? アンタ生徒会のくせに情け心見せてどうすんのよ」
「べ、別にいいじゃねえか! お前みてえな冷血人間とはわけが違うんだよわけが!」
部活を自粛しなかった分のペナルティを良が受けること自体はどうでもいい。しかし良が規準点数を下げられない事態になることだけは回避しなければならない。折角の交渉計画が始まる前から台無しにならないよう、拓也は必死で良の弁護に回った。やけに躍起な態度の彼を前に、璃々愛は訝しそうに眉をひそめると大げさな溜め息を一つつく。
「あっそう。そこまで良にいを庇いたいなら直談判すれば? かいちょーに」
「なっ!? なんでそこで会長が出てくるんだよ!」
「だってかいちょーも良にいの成績を心配してたんだもん。良にいのことを考えて、敢えて心を鬼にしたっていうのに、冷血人間なんて言われちゃって可哀想!」
「えっ、そうなん?」
「ち、ちがっ! あれは会長に向けてじゃなくて、結城お前に……!」
「あーあ。残念だけど、そんなに良にいのことが大事なら仕方ないね。かいちょーに交渉のチャンスを用意してもらえるよう、アタシが伝えてあげるからさ!」
「ぐっ……!」
先のストーカー疑惑事件によって、現時点で拓也に対する百合香からの心証は底辺レベルだ。ただでさえ最悪の状況なのに、さらに彼女が取り決めた処罰に異を唱えたとなっては、例えその動機が正当でも、今度こそ完全に見捨てられることは目に見えている。規準点数の低下および良の感謝と、百合香からの好感度。二つを天秤にかけたとき、傾く皿は決まっていた。
「……や、やっぱ、会長の言う通りだな? 折角のご好意なんだ、ありがたく罰を頂戴しとけよ!」
「拓坊おおおおおお!! さっきまで味方してくれたのはなんやったんや!?」
「だ、だってほら、言うだろ!? 『情けは人の為ならず』ってさ!」
「正しい意味で使うとるつもりやったらここは助けるところやで!!」
「はいはい、そんなに嫌なら頑張って良い点数取ればいいだけじゃん! そういえば片原クン、良にいに用事があったんじゃなかったの?」
「えっ!? い、いや別になんでもねえよ! じゃ、せいぜい頑張れよ! 倉敷先輩!」
腐っても生徒会役員の一人である自分が、規準点数の低下交渉を試みたと露見しては不味い。良が二の句を告げる前に、拓也は脱兎のごとく美術室から逃げ出したのであった。あっという間に消えた拓也の背中を良は絶望顔で、璃々愛は人が悪い笑みで見送る。
「うわああああああ!! 拓坊の薄情もん!」
「ま、そもそも片原クンを頼りにしようとしたのが運の尽きだったね。というわけで、今回のテスト期間こそ大人しくしてなよ。良にい?」
「嘘やこんなことー!!」
その後、彼の体力が尽きて寝落ちるまで、良の大人げない叫び声が校舎中に響き渡り続けたとかそうじゃないとか。
(続く)
(続き)
◆ ◆ ◆
「キャハハ! 片原クンったら、分かりやすいから本当助かるわー」
百合香の肩書きを出したときの、拓也の動揺顔を思い出しながら、璃々愛は彼の浅はかさをせせら笑っていた。
良への処罰内容を説明して拓也が目を点にした時点で、璃々愛は彼の用事を察していた。さらに拓也が処罰の内容に反論した際、禁止事項ではなく点数を指摘したことによって、彼女の勘は確信へと変わった。もし本当に良の身の上を憐れんでいるのなら、部活の全面禁止の方を緩和するように働きかけたはずだ。しかし、拓也はそうはしなかった。であれば彼が、組も学年も違う良を訪ねる理由は一つ。『下位学級学力補完計画』における規準点数の低下交渉だ。
尤も、規準点数は学年別に定められるため、良への交渉が成立したところで拓也にはなんの旨味もないのだが。恐らくは計画の詳細を熟読せずに、規準点数の概要を大まかに知っただけで先走ったのだろう。
「アタシは別に『かいちょーが直々に良にいへ部活禁止令を出した』なんて一言も言ってないんだけどね?」
確かに百合香は過去に、良の成績や芸術への傾倒ぶりを心配していたことはある。だが今回の考査においては、百合香は良に対して一切の言及を行っていない。先ほどの璃々愛の口ぶりは、まるで百合香が良の処遇を決めたような内容だったが、実際は事実をほんの少し交えた虚言だったのだ。
どうしてそんな嘘をついたかといえば、無論拓也を説得するためである。百合香の望みという大義名分の下であれば、自分の都合もプライドもかなぐり捨てて平伏する男だ。彼女の名を使わない手はないだろう。それに勉学における良の不真面目さには、多くの教師が辟易している。そんな彼の勝手気ままを女王のお墨付きで禁止できると、そのための口添えを自分がしてやると言い含めれば、教師たちは喜んで良の部活禁止案に便乗するはずだ。そうすれば結果的に璃々愛の嘘は真実となる。そうでなくてもいずれ百合香本人が、自分の成績をも気に留めない良の性格を懸念し、何かしらの対策を練っていたはずだ。それを璃々愛が一足先に済ませておいただけの話である。
「とにかくこれで、かいちょーの野望の障害はまた一つ片付いた! ……と、思いたいんだけど」
百合香の障害を排除した直後の彼女にしては、やけに不安げな声色が璃々愛からこぼれた。拓也が良を訪ねて美術室に入ってきたとき、そして良が彼を『拓坊』と親しげな呼称で呼んだときから、璃々愛は言い知れない胸騒ぎを覚え続けていたのだ。
方や、生徒会長を求めるあまりストーカー行為すら厭わない恥知らずの生徒会役員。方や、絵描きのためなら成績も評判も問題視しない芸術狂いの美術部部長。何かに熱狂している以外の共通点など見当たらない二者がなぜ、どうやって、何のために既知関係となったのか。尤も璃々愛からすれば、百合香にさえ被害が及ばなければ彼らが何を企もうとも構わないのだが。他人事で一蹴するにはどうも憂慮が拭えない組み合わせだ。
「……どのみち現時点じゃ、経過観察するしかない、か」
いくら勘が冴えていようと、事が起こらない限りは根拠のない予想にしか過ぎない。ただ怪しいというだけで拓也や良を告発するわけにもいかず、現時点では二人を注意深く見張るだけに留まるのであった。
(続く)
(続き)
◆ ◆ ◆
独裁政治の贄である処刑対象の学園生活は、総好かんという針のむしろとの戦いだ。登校すれば下駄箱や机に悪質な仕込み。廊下を歩けば好奇の目線や聞こえよがしな陰口。授業中にはゴミを投げつけられ、教師によっては教わっていない範囲の難題を無理やり回答させられる。休み時間には理不尽ないちゃもんをつけられ、相手の気分次第では暴力や器物破損などを被ることも珍しくない。
日々そんな仕打ちを受け続けていれば、大抵の人間は必要以上の悪意に晒されないよう保守的な行動を取るようになるものだ。それは革命の中心人物である麻衣や晃たちでさえも同様で。授業中は相手を挑発しないようなるべく無反応を決め込み、休み時間は人気のいない場所へ避難することが、彼女たちの日常茶飯事となっていた。なお、二人に言わせると、自分たちの場合はただの敗走ではなく戦略的撤退ということらしいが。
この日の昼休み前、E組の授業は体育となっていた。通常の授業の後であれば二人一緒に教室を出てその日の避難先を探すのだが、体育や選択科目などの互いが別れる授業の前はあらかじめ避難場所を決めておき、それぞれの授業が終わり次第各自集合するのだ。
自然に定まった取り決めに今回も従い、麻衣は素早く制服に着替えてから弁当を持って校舎の裏手へ向かった。しかし、待てど暮らせど晃の姿は見えず。そろそろ弁当に口をつけなければ昼休み終了までに食べ終わらないくらいの時間になったころ、ようやく晃が麻衣の前に現れたのだった。
「晃くん! 遅かったじゃない……って、どうしたの!? 顔の左側、腫れてるわよ!」
「こんなん大したことねえよ。拓也の奴にちょっかい出されただけだ」
「大したことあるって! お昼用の保冷剤だけど、良かったらこれで冷やして」
麻衣は弁当に付属していた保冷剤を取り出すと晃に渡した。暖かくなってきた気温のせいで大部分が溶けてはいるが、打撲傷の冷却には十分な冷たさだ。晃はそれを受け取ると、殴られた頬にあてがいほっと一息つく。口では大したことはないと強がったものの、怪我を心配され手当てを受けること自体に悪い気はしないようだ。やがて顔の痛みが引いてきたところで、晃はおもむろに会話を切り出した。
「しっかし、なんちゃら補完計画だっけか。一体どうやってパスしたもんだか」
「どうするもこうするも、規準点数が最後まで分からない以上、ひたすら勉強するしかないんじゃない?」
「身も蓋もねえ正論だな。もっとこう、裏技というか抜け道的なものはないもんかねー」
「そう思ったどうかは分からないけど、中にはC組以上の生徒に掛け合った人もいるみたいよ。聞いた話だとほぼ全員玉砕したらしいけど」
「マジで? 気持ちは分からないでもねえけど、せこいことするなあ。……あっ、さっきの拓也がやたらイラついてたのってまさか」
目先の甘い汁を啜るための努力は惜しまない元友人であれば、規準点数の低下交渉くらいは試みていてもおかしくない。そして先ほど振るわれた理不尽な暴力行為からして、彼の交渉は十中八九失敗したと見ていいだろう。拓也からの八つ当たりの理由に晃が思い至ったところで、不意に彼のポケットが振動する。中からスマートフォンを取り出して見てみれば、画面に映し出されていた名前は『天本千明』――彼女の義弟、安部野椎哉からのメール着信だ。
「うおっ、天本……いや、安部野先輩からか。相変わらず姉ちゃんのアドレスからメール送ってるんだな」
「そりゃあ表向きは生徒会なんだから、自分名義での履歴を残すような真似はしないでしょ」
「それもそうか。俺たちも天本先輩名義の方が、まだ言い訳の余地はあるだろうし。……多分」
(続く)
(続き)
意識不明の人物がどうやって文章を打つのかという大きな問題があるが、その解は実際に履歴を盗み見されたときに考えることにした。それに、発覚すれば即アウトの椎哉名義よりかは幾分か言い訳の猶予があるのだから。
それはそうと、まずは彼から送られたメールの内容を確認しなければ。晃は麻衣とともにスマートフォンの画面を覗き込みながら、やや緊張した面持ちでメールを開封した。椎哉のメールはやたら長文傾向にある。
――――
松葉晃さん、ご無沙汰しております。
今回の期末考査では『下位学級学力補完計画』というものが執行されますが、心構えの方はいかがでしょうか? 元C組である板橋さんはまだしも、D組であった松葉さんの成績では些か不安です。もし不合格となってしまえば、反逆の準備に費やせる時間が激減してしまうのですから。
そこでここは一つ、反逆勢力による勉強会を開催しようと思います。名目通りの勉強も勿論ですが、何より皆さんとは今一度顔を合わせて話し合いたいと思っている所存です。日時と場所は追って説明しますが、僕の住まいとする予定です。お互いのこれからのためにも、一度検討してはいただけないでしょうか? 良いお返事を待っております。
追伸:お手数ですがよろしければ、一年D組の白野さんと戸塚さんにもこの件をお伝えください。彼女たちにとっても決して他人事ではないでしょうから。
――――
「べ、勉強会!?」
「しかも先輩の家で!? ちょ、ちょっと想像がつかないんだけど」
「お、俺も……。ってかあいつ、まず住んでる家あるのか!?」
「いや、流石に家はあるでしょ。ホームレスじゃないんだから」
勉強会と言えば通常、仲のいい友人知人が誰かの家に集合し、一つのテーブルを囲みながら勉強を教え合うという和気藹々としたイベントだ。学生が一ヶ所に集合する理由としては確かにおあつらえ向きなのだが、それを提案したのが椎哉となると妙に感心できない。何せ白羽学園における安部野椎哉と言えば、執事と揶揄されるほどの絵にかいたような模範的優等生。自分たちや周囲が知る限りでは、学園にプライベートを持ち込んだことは一度もない。つまり麻衣と晃には、彼の生活臭が一切想像できないのだ。そんな人間味のない人物が主催する勉強会と言われても、正直なところかなり不気味である。しかし。
「……あのさあ、麻衣。こんな真剣な話、振られた側からなんだけどよ」
「な、何?」
「単純にさ……安部野先輩の家、興味ねえか?」
「……ないことはない、かな」
どんな家に住んでいるのか。千明以外の親兄弟はいるのか。普段どんな食生活をしているのか。自室には何が並んでいるのか。生活感が見えないことによる生理的嫌悪感は、その生活感を暴いてみたい探求心によって徐々に蝕まれつつあったのだった。
「断る」
「そこをなんとか!ちょっと手ぇ抜いてくれるだけでいいんだよ!?」
法正は、昼食を軽いもので済ませた後、本をペラペラとめくりながら、D組の生徒の話を断固拒否していた。
この生徒は、前は真面目に勉強していたものの、不良とつるんでの悪ふざけが原因でD組に降格させられた男だ。
「手を抜くだと?俺は物事に全力なんだ。今こうしてここで本を読むのにも、何にも全力なんだ。」
「これでもダメか!?」
生徒は土下座をするものの、法正は見向きもしない。
周りからヒソヒソと声が聞こえるが、法正は気にも留めていなかった。
(松葉晃に秘密の関係をわざと聞こえるように明かしてみたが、生徒会側からの動きも何もない。
となると、もう少し聞かれやすい場所でやるべきだったか……いや、布石は打てた。罪悪感で松葉晃の動きが止まればその程度、むしろ俺に協力を要請するのなら遠慮なく……いや、ためらいを付けるべきか。
おっといかんいかん、考えるのに夢中過ぎて目の前の凡愚を放っておいたな……どうでもいいか。)
法正は生徒を一蹴し、そのまま本を読み続けた。
「うわー一葉くん冷たい……」
「冷血ー」
「心カチンコチン男ー」
周りからヒソヒソと噂されているが、自分たちが交渉されたらどういう気分なんだよ、と思いつつ、法正は本を閉じ、スマホをいじりだす。
学園掲示板を開き、また書き込みをするのだった。
「あ、亜衣! ねぇねぇ来たコレもう神った、神ってるよ!」
「うん恵里、もうちょい静かにしようねー」
階段を降りた先の靴箱近く、恵里が手を振っている。何か白い紙みたいなのを持って。
「えっと、神ってるって、ソレが?」
「そう! 亜衣のトコにも入ってると思う。見て見て!」
「えぇ、何なのよもぅ……て、コレ?」
速足で駆け寄って、自分のところを覗き見た。恵里の隣、1番端。
入っていたのはメモだった。あの、付箋みたいなやつ。
「えっと……えぇぇ!? マジで?」
「ね、神ったでしょ」
「や、なんていうか、ありえな過ぎ……」
安部野先輩の自宅で勉強会をひらくそうです、もしよかったら来て
いろいろ話して、それで勉強しようって
日時は後で連絡だそうです。
板橋、松葉
安部野先輩の家で、勉強会ね……。
「行こう、恵里」
「もちろん!」
恵里は満面の笑みで頷いた。人懐っこいリスみたいに。
「よっし、なら返事しに行かないとねっ」
恵里の手を引っ張って、廊下を進む。目指すは2年生の靴箱。
「え、今なの!? 明日にしようよ〜」
「だーめ。明日の朝1番に読んでもらわないと」
「ていうか手ぇ痛いぃぃぃ」
「えっと、お返し?」
「んなっ!」
そんな感じで、からかいながら歩いて行く。途中、メモ帳とペンを出そうとして、現在あたしは手ぶらだって気づいた。でも戻るのは面倒なので、こういうときは友人を頼る!
「ね、メモとペン持ってる?」
「持ってるけど、ポケットの中。手ぇ離して」
流石、典型的なA型の日本人。ドラえもんみたいじゃん。
「ん、はい」
ポン、とメモ帳と小さなシャーペンを渡される。ありがと、と言いながら受け取った。そして、そのついでにまた彼女の腕を握る。んで、早歩き。
「なんでそーなるかなもー……」
恵里の文句は聞き流す。なんて返事するか考えなくっちゃ。
「っと、板橋先輩と松葉先輩、どっちがいい?」
「板橋先輩。松葉先輩は、ちょっとだけど怖いもん」
たしかに。一理あるかもしれない。
考えていた文面をメモに書いて、最後に名前を。恵里にも頼んで書いてもらう。
伝言ありがとうございます。嬉しいです、喜んで参加させていただきます、とお伝えください。
情報交換はその日にでも。
岩崎亜衣のです ***-****
白野恵里はこちらです ※※※‐※※※※
「ん、じゃあ板橋先輩のトコに投函してっと」
「ねぇ、電話番号まで書いちゃって大丈夫かな」
恵里が心配そうな顔で言った。
「どして?」
「誰かに見られたりしないかなって」
「あー……消す?」
盲点。
たしかに、流出したら大変だ。
「ううん、やっぱいい」
「いいの?」
「誰も見ないと思うし、いざとなったら変えればいいかなぁって思った」
「おー、意外と思い切った対応するねー」
ホント、前の恵里とは変わったな。もしかしたら、ただ仲良くなったからかもしれないけれど。
「女は度胸って言うじゃん!」
「それちょっと違うよ!」
「赤いパンプスで世界を変えてみたぁい」
「あーそれ知ってる! 2巻のでしょ!」
「私、あの女の子好きなの」
「いやそれより写真のさ――」
趣味の話に没頭する、とってもありふれた放課後だ。
【人の電話番号を見つけても、それを拡散しちゃ駄目ですよー】
>>220 同日・放課後 校内 です
222:(0w0) ぶれいど ◆a6:2018/01/16(火) 20:15ほほう、ここがあの小説かぁ……。
223:ABN 同日(六月第一火曜日)/夜/筆崎宅:2018/01/23(火) 21:17 剣太郎は自分のメールアドレスをほとんど覚えていない。というのも、数週間おきにアドレスを頻繁に変更しているからである。
彼が千明の共犯者として学園中に認定されてから、白羽学園生からの脅迫文や罵倒文、出会い系サイトからの卑猥な広告など、悪意あるメールがスマートフォンに次々届くようになった。恐らくは制裁の一環として、剣太郎のアドレスが学園中に流出されたのだろう。そこで彼は自衛のため、自分のアドレスを変更することにしたのだ。だが、それで平穏が得られたのはほんの束の間。数日後にはどこからか新しいアドレスを嗅ぎ付けられたのか、再びメールの嵐に襲われた。
それからというものの、剣太郎は迷惑メールが届くたびに複雑なアドレスを何度も変え、迷惑メールの宛先も受信拒否設定に追加し続けている。そのうち向こうも飽きが来たのか、現在は最初期と比べればメールの数も大幅に減った。それでも時折、未だに粘着質な生徒からのメールが届くことがあるのだ。こんな風に。
――――
明日の夜七時、白羽駅外れのカラオケに来い
俺たちは後で行くから部屋の用意はお前がやれ
シカトしたらどつきまわすからな
――――
「……まあ、別にいいけど」
絵文字も句読点もない粗暴な文面を眺めながら、剣太郎は自室のベッドの上で深く沈んだ。この内容からしてメールの送り主は、自分たちが開催するカラオケパーティーに剣太郎をいじり要員として強制参加させた上、パーティー料金を全額負担させる気なのだろう。相手の名前は書かれていないが、そんなことはどうでもいい。相手が誰だろうと、悪意を以て自分を害してくることには変わりないのだから。
溜め息を吐きながら気だるげに体を起こすと、重い足取りでキッチンへと向かう。そこでは流し台とコンロの前を彼の母親がせわしなく行き来していた。夕飯の支度の途中なのだろう。忙しい最中に呼び留めるのは気が引けるが、それでも最良のチャンスは今しかない。剣太郎は母親の背中におずおずと声をかけた。
「か、母さん。ちょっといいかな」
「なあに? 今、油使ってるから手短に頼むわね」
「じ……実は部活で、また機材が必要になって……その……」
「ええ、また? 先週もそう言って、三万円渡したでしょ」
「そ、そうなんだけど……」
息子の方に振り返った母親の眉間には訝しげなしわが寄っていた。疑問符によって捻り上がった声色の高さに、剣太郎はびくりと体を強張らせる。続く上手い言い訳が思いつかず、目線を下に落としてしどろもどろに言い澱んだ。
今は無き部活を口実にして母親に現金を催促するのはこれが初めてではない。今までにも処刑のための『罰金』などと称して、生徒たちから何度も現金を恐喝されてきたのである。最初は自分の小遣いだけで賄っていたが、回数を重ねるごとにその金額とペースはエスカレートしていき、今では万単位の金額を毎週用意しなければ間に合わないほどだ。
「……どうしても買わないといけないの? その機材」
「う……うん。絶対に必要だって、部長が言って聞かなくて……」
「全く、しょうがないわね。それじゃあお母さんのへそくりから出してあげるわよ」
「…………」
学園でどんな地獄が蔓延っているかなど露知らず。てっきり自分の息子が部活に専念しているものと思っている母親は、やれやれと苦笑しながら今回も剣太郎の催促を了承した。だが、大金をねだった当の本人は俯いたまま下唇を噛み締めている。口内に痛みと僅かな血の味が走るが、そんな痛覚や味覚も構わなくなるほどに剣太郎は自分自身を情けなく感じていた。
(続く)
(続き)
かつて尊敬していた部活や部長の名前を出汁にして嘘をつき、決して多くない親の財産を保身のためにドブへ捨てる。二者の名誉や情けを無下にするような非道徳的行為に、剣太郎の良心は毎回悲鳴をあげていた。そもそも善人の部類に入る彼にとって、他者を騙し不当な利益を受けとることは耐え難い悪行なのだ。
ここまで苦心するのなら、いっそのことあんな奴らの恐喝になど応えなければいいのではないか。そんな策もいつかに考えたことはあったが、少し想定を巡らせたところでそれは実質不可能な方法だと判断した。もし生徒たちの要求を無視すれば、彼らは腹いせとして剣太郎に暴力を振るうだろう。それだけなら彼自身が我慢すればいいのだが、問題はその後だ。
人為的な怪我をあちこちに負った状態で帰宅すれば、両親は確実に傷の原因を問い詰めてくる。最初こそ多少の誤魔化しは効くかもしれないが、いずれは白羽学園で暴行事件かそれに類する問題が発生していると感づくはずだ。そして息子が負傷した原因について学園を問い詰め、それが百合香の機嫌を損ねてしまえば。自分も両親も、家族もろとも無残に抹殺された京子と同じ末路に至ることになるだろう。だからこそ剣太郎は自分のため、延いては両親のために、金を貢ぎ続ける選択肢を選ぶことしかできなかった。
「でも今はちょっと待ってね。晩御飯の支度、済ませないと」
「……ごめんなさい、母さん」
「なんで謝る必要があるのよ。必要経費なんでしょ? だったら遠慮したってしょうがないじゃない」
「そう……だね。……ゆ、夕飯できるまで、部屋で待ってるよ」
事情を知らない者からすれば脈略ない突然の謝罪に、母親は困惑しながらも息子に笑顔を向ける。しかし剣太郎にとっては彼女の微笑みすら、罪悪感を加速させる鋭い刺になった。いたたまれなさが限界を迎えた剣太郎は、首をかしげる母親を残してそそくさと自室に戻る。そして再びベッドへ仰向けに倒れ込むと、狭い布団の上で手足を投げ出した。先ほど重く感じた自重が、さらに増したように感じる。
「……こんな生活、いつまで続くんだろう……」
天井に向かってぽつりと小声で独り言ちるも、勿論返ってくる答えはない。否、答えはとうに分かっている。『自分が白羽学園に殺されるまで』だ。
独裁学園のための犠牲という役割を、自分の命と人生と名誉の完全な死を以て真っ当するその日まで、日常という名の生き地獄で苦しみ続けなければならないのだ。毎日誹謗中傷に晒されながら過ごし、理由のない暴行や恫喝を浴び、あるいは自分が暴行や犯罪行為を強制され、自分や自宅の金を豪遊のために毟り取られ、体力も精神も財産もありとあらゆるものを搾取され、血も涙もない家畜以下の扱いを受けながら、絶望する心すら麻痺するほどに絶望する、そんな日常の中で。
だからこそ翌日、剣太郎はメールの送り主の正体に腰を抜かすことになる。
「いらっしゃいませ。二名様でしょうか?」
「あー、いや。先に待ち合わせしてる奴がいるんすけど」
剣太郎のスマートフォンに、カラオケへの強制参加メールが届いた翌日の午後七時前。そのメールの送り主である不良生徒――ではなく麻衣と晃は、自分たちが指定した白羽駅外れのカラオケ店を訪れていた。
受付で剣太郎の名前を伝えると、店員はパソコンを操作して各部屋の使用状況を調べる。全国的に世帯数が少ない彼の名字は、さほど時間をかけることもなくすぐに見つかった。
「ええと、19号室ですね。それではごゆっくりー」
ドリンクバー用のグラスを店員から一つずつ受け取ると、軽く頭を下げてから麻衣と晃は店の奥に進んだ。
19号室は廊下の最奥近くにあるため、途中にあるドリンクバーも経由すると到着には少々時間がかかる。その間二人は、今回の作戦についての途中経過を話し合った。
「とりあえず、筆崎くんが来てくれて一安心ね。あんな脅迫めいた文章送っちゃって、下手したら怖がって来てくれないんじゃないかと思ったわ」
「仕方ねえだろ? あからさまに協力を頼むようなメール送ったら、処刑の一環とかで筆崎のスマホが誰かに取られたときに不味いじゃねえか。あいつには悪いけど、お互いのためだ」
「……その『敵を欺くにはまず味方から』って考え自体は別にいいんだけど、なんだかまるで病院のときの安部野先輩みたいよ」
「え、マジで?」
「うん。最も、私たちのときは藤野先輩や白野さんがいたからプレッシャーやショックも共有できたけど、もし一人で同じ目に遭ってたら……あれ?」
そうこう駄弁っているうちに、目的の19号室の前まで辿り着いた。だが扉の曇りガラスから見えるのは、暗闇に浮かぶテレビ画面からの映像による光のみ。また、物音もプロモーションビデオの音声以外何も聞こえてこない。まるで人の気配がない室内の様子に、麻衣は首を傾げる。
「おかしいわね。確かに19号室って聞いたんだけど……。まさか帰っちゃったのかしら?」
「それはないだろ。受付からここまで一本道の廊下だったし、入れ違いだったら鉢合わせするはずだぜ。大方便所か何かじゃねえの?」
「でも、トイレに行くくらいで一々照明まで消す? 帰るときならまだ分かるけどさ」
「さーな、多分節電家なんだろ。とにかく席外してるなら外してるで、先に入って待ってようぜー」
訝しげな麻衣とは対照的に呑気な思考の晃は、部屋に入るとすぐに扉の横にあるスイッチを押した。それから一拍置いて室内が明るく照らされ、部屋の内装が浮かび上がる。
誰もいないはずの19号室。しかしそこにあったのは――いや、そこにいたのは。
「うわああああああああああ!?」
「ぎゃああああああああああ!!」
「いやああああああああああ!?」
ソファーの端で深く俯きながら座り込んでいる学生の亡霊――ではなく、照明もつけず一人静かに待機していた剣太郎だった。
暗闇から突如現れたそんな彼にまず晃が驚き、その大声に剣太郎が腰を抜かし、さらに二者の絶叫に釣られて麻衣も悲鳴をあげる。思いがけない不注意から発生した彼らの悲鳴三部合唱は、幸いにも防音性が高い個室の中までに留まった。
◆ ◆ ◆
「あー、寿命三分くらい縮んだ気分だぜ……。なんで部屋暗いままにしてたんだよ」
「ご、ごめんなさい……。先に何かやってると、絶対に文句言われるから……」
「ってことは、照明一つつけるのにすら難癖つけられるってこと? 理不尽じゃない!」
三人が互いの正体を確認して冷静になった後。麻衣と晃は一先ずソファーに腰掛けながら、剣太郎の奇妙な待機方法の真相に憤っていた。
曰く、剣太郎が今回のように不良生徒から呼び出されたとき、何かしらの行動を起こすとほぼ必ず因縁をつけられるのだという。その制限は先に歌を歌ったり料理を注文したりする基本的なものから、自分のドリンクを取って来たり室内の設備に触れたりする些細なものまで。だから彼は真っ暗な部屋の中、二人が来るまで微動だにせず待機するしかなかったのである。
(続き)
「傍から見てたときから思ってたけど、改めて聞くと本当難儀だよなあお前」
「……これくらい、もう慣れたよ。それに今回は俺の自業自得でもあるんだし」
「え? 筆崎くん、私たちに何かした?」
「何かって、二人は覚えてるはずだよ。前に俺、無抵抗の君たちを殴ったじゃないか。今回の呼び出しだって、そのための復讐なんだろう?」
「ああ、そういや……ってか、あのときのこと、まだ引きずってたのか!?」
忘れていたわけではない。二人が処刑対象に定められて間もないころ、碌な抵抗もできないまま生徒たちにいじめ倒され、苦汁を舐めさせられたあの出来事だ。確かにあのとき剣太郎は、周囲の野次に命令されるまま麻衣と晃に暴力を振るっていた。
とは言っても小柄で華奢な体が繰り出す攻撃は大したダメージではなかったし、何より剣太郎があの野次に抵抗していれば、彼自身も酷い目に遭わされていただろうことは二人も理解していた。
「あのなあ。筆崎はあのとき、自分から殴ろうとしたわけじゃねえんだろ? 何の非もねえ奴に復讐なんてするかよ」
「え……そうなの? ……でも、俺が二人に手を上げた事実は変わらないじゃないか。その時点で俺はあいつらと同列だよ」
「確かにね。でも、いじめの加害者ってのは大抵、誰かを傷つけた自覚がないものよ。逆に言えば、今の今までずっと悩んでた筆崎くんは加害者なんかじゃないわ」
「そういうこった。とにかく、俺たちが今日呼び出したのは、お前をボコるとかいじめるとかそういうためじゃねえ。それだけは理解しといてくれ」
「はあ……。でもそれじゃあ、どうして俺を……」
剣太郎からの警戒心はようやく解けたが、今度は自分が呼び出された理由について疑念を向けられる。
本題を切り出すなら今だろう。麻衣と晃は互いに目配せを送り合ってから、今度は自分たちの事情を話し出した。
「単刀直入に言うわ。筆崎くん、私たちと協力してほしいの」
「き、協力って……まさか、生徒会長に立ち向かえって? 無茶だよ、そんなの」
「まあ、その返事は予想してたわ。とはいっても、準備も整ってないうちから即革命を起こすわけじゃない。それ以前に私たち……いえ、全てのD組やE組にとって重大な問題が立ちはだかっているのよ」
「D組やE組……。もしかして、今回の期末考査かい?」
「そう。もしテスト点数がの合格ラインに届かなかったら、夏休み全返上の補習で革命どころじゃなくなるわ。そうならないように、今は一人でも賢い人の頭が欲しいの。例えば元C組のあなたみたいな、ね」
「…………」
「革命自体の返事はすぐじゃなくていいわ。今はただ、テスト勉強に付き合うと思って力を貸してほしい。……頼めるかしら?」
麻衣の切な懇願を最後に、部屋の中に静寂が落ちる。テレビ映像の小さい音声だけが流れる中、二人は剣太郎の返答を待った。
そうして長い数分後、やっと結論がまとまったらしい剣太郎が躊躇いがちに口を開く。
「……分かったよ。テスト勉強くらいなら、教えられないこともないと思うから」
「ほ、本当!?」
「よっしゃあ! サンキュー筆崎、これで俺たちの勝ち確だぜ!」
「まだ勉強もしてないのに気が早過ぎよ、晃くん」
「で、でも、一つだけ断らせて」
肯定の返事をもらい、早速喜ぶ革命組。晃に至っては既に考査に合格したかのようなテンションだ。しかしそんな二人の早合点に、剣太郎は慌てて水を打つ。
「俺が協力するのはテスト勉強までだ。革命まで付き合うことは、できない」
「えー? せめて期末終わるまではもうちょっと考えといてくれよ!」
「……残念だけど仕方ないわよ。去年から会長派の奴らにずっと迫害されてきたんだもの、筆崎くんの気持ちも分かるわ」
「だからってなあ、お前……!」
(続く)
(続き)
かつて所属していた広報部が強制廃部となってから早数ヶ月。百合香の恐怖と権力を十二分に思い知らされた剣太郎が、革命の加勢を拒むのは半ば想定できたことだ。
しかし生憎、晃は単純で直情的な性格の持ち主だった。目の前にぶら下がっている蜘蛛の糸を掴まない理由が、理屈では分かっていても感情では納得できなかった。
「うじうじすんのもいい加減にしろよ!! お前の部長の弟だって、今この瞬間にも生徒会長に吠え面かかせようと動いてるんだぞ!? 部員のお前がそんなんでどうすんだ!」
「こ、晃くん! ちょっと落ち着いて!」
「だってなあ、麻衣! 目の前にチャンスがあるのにビビッて何もしないんだぜ!? 情けないったらありゃしねえ!」
「そうじゃなくて! その、天本先輩の弟のこと……!」
「え? あっ」
勢いのまま椎哉の存在に言及してしまったことに気づき、晃はあわてて口を閉じる。一方剣太郎は、今まで俯いていた顔すら上げて彼の発言に目を丸くしていた。
「まさか君たち……部長の弟さんのこと、知ってるの?」
「あーその。ま、まあな? 筆崎は会ったことねえのか?」
「うん。弟さんがいること自体は部長から聞いたけど、どんな人かまでは知らない。……じゃあ弟さんは今、君たちの革命に協力してるってこと?」
「うーん……まあ、そうだな。一応色々世話にはなってるし」
正しくは協力というより共闘なのだが。しかし初めて積極的な態度を見せた剣太郎の前で、そういった細かな相違を否定する気にはならなかった。
晃の回答を受けた剣太郎は、再び黙り込んで自分の思考に集中する。そして今度は短い数分間の後に答えを出した。
「……ねえ。革命に付き合うかどうかの返事、やっぱり保留でいい?」
「いいの? さっきあんなに乗り気じゃなかったのに……」
「あ、飽くまで保留だからね? でも、部長の弟さんが一緒なら、少しは可能性があるかなって思って……」
「なんだよー。お前もそれなりに度胸あるんじゃねえか!」
「いてっ!?」
剣太郎の声色は、相変わらず自信なさげだ。しかし彼は確かに、他者からの強制ではなく自らの意志で蜘蛛の糸を掴んだ。
僅かながら前進を見せた彼の背を、晃は満足げな笑みを浮かべながら強く叩いたのだった。
「ところで……テスト勉強をするとは言ったけど、俺はどうすればいいの?」
「ああ。場所は大体決まってるけど、日時はまだ未定だな。詳しくは俺たちからまた連絡すっから」
「それともう一つ。当日待ち合わせ場所に集合するときまでに、どうか強い心を用意してきてね」
「? わ、分かった。」
まさか広報部部長の弟が、現生徒会に所属する書記とは思うまい。
剣太郎の度胸がショックで吹っ飛ばないよう、今の麻衣には遠回しな助言を与えることしかできなかった。
椎哉が企画した反逆勢力たちの勉強会は、学園中に下位学級学力補完計画が通告されたその週のうちに開催されることとなった。
主催である椎哉が指定した集合時間は土曜日の朝の八時。平日の登校よりも早い時間に一部の参加者は文句をこぼし、それでも五分前には全員が、待ち合わせ場所の部屋があるマンションの廊下を歩いていた。
「あーあ、何が悲しくて休日の朝っぱらからテスト勉強なんぞしなきゃいけないんだ」
「軟弱ですね、晃。この程度の早起きで根を上げていたら先が思いやられます」
「尤もだけど……。病院のときと言い、どうして彼の待ち合わせはこうも自分本位なのかしら」
大あくびをしながら愚痴をこぼす松葉晃と、しまりのない異父兄弟に鞭を入れる一葉法正。そんな彼の言い分に頷きつつ、自らも眠い目をこする藤野真凛。
「も、もしかしたら前回みたいに、何かしらの事情があってのことかもしれませんよ?」
「どうだろう? 笹川先輩も言ってたけど、あの人って良くも悪くも何考えてるか分からないからなあ」
気が立っているように見えた真凛を嗜めようと、椎哉のフォローに回る白野恵里。対して復活派としての彼を目の当たりにしたことがないため、半信半疑に首を捻る戸塚亜衣。
「四の五の言っても仕方ないわ。どの道行けば分かることでしょうし、ここまで来て私たちに危害を加える真似はしないはずよ。……で、そろそろ心の準備はいい? 筆崎くん」
「こ、心はいいんだけど……。その、お腹の方が……ううっ」
緊張のあまり胃腸の調子が悪くなり、前屈みに腹を抱える筆崎剣太郎。そんな精神的に打たれ弱い彼の体質に溜め息をつく板橋麻衣。
――以上七名が、今回の勉強会に参加する復活派の同志たちである。
「ところで板橋先輩。本当にこの『白羽ハイツ』で間違ってないんでしょうか?」
「うん。確かにここの313号室だって聞いたけど……。どうして?」
「いえ、その……疑ってるとかじゃなくて、単にこの人数で押しかけて大丈夫かなあと……」
語尾をフェードアウトさせながら、恵里は廊下に並ぶ個室の扉に視線を移す。その動作で麻衣は、彼女が何を言いたいのかを悟った。
椎哉が指定した集合場所「白羽ハイツ」は、白羽町に建つ集合住宅の中でもランクが高い方に入る物件だ。マンションの位が高ければ住居面積も広いのだろうが、それでもこちらは高校生が七人。そんな団体が一つの部屋へ一度に訪問するのは迷惑かもしれないという、心配性な恵里ならではの懸念だった。
「いいじゃない。向こうが来てくれって言ってるんだから、遠慮することなんてないわ」
「ふ、藤野先輩……」
「大体あなたは何かとネガティブすぎるの。もっと胸を張ってなきゃ、革命以前に会長派の奴らに舐められるわよ」
「……だからと言って、図に乗り過ぎて出席停止を喰らうのも考え物ですがね」
「なんですって一葉法正!?」
「まあまあまあ。あっ、313号室ってあれじゃないですか!?」
法正の嫌味と真凛の地獄耳による衝突を阻むように、亜衣は少々わざとらしい仕草で近くの部屋を指さした。
彼女の言う通り、扉の横には「313」と書かれた部屋番号のプレートが。さらにその下には、この部屋の住人の名前――「天本千明」の名前も書かれていた。
思いがけない場所で見た処刑対象の名に、七人は一斉にざわめく。その中でも一際目を見開いて驚愕したのは剣太郎だ。
「これって……まさかここは、部長の家!?」
「なるほど。処刑された家主の部屋で、その弟が開く勉強会という名の集いですか。中々の悪趣味ですね」
「でもよ法正。逆に考えりゃあ、これほど俺たちにぴったりなシチュエーションもそうそうねえだろ?」
晃が皮肉交じりに、にいっと口の端を釣り上げる。彼の意見に同意するように法正もフッと不敵な笑みをこぼした。
だがその一方、剣太郎の動揺は傍目でも分かるほど悪化していた。自分以外の六人と部屋の扉をおろおろと何度も交互に見ている。
そんな彼の挙動不審さに気づいた真凛は、何かを閃いたのか少し意地の悪いにやけ顔を浮かべる。
(続く)
(続き)
「ははーん。まさかあなた、部長さんに片想いしてるわけ?」
「なっ!? いや、そ、そんな! 俺なんかが部長に片想いだなんて、お、お、おこがましいです!」
「えっ、筆崎先輩が天本先輩に恋してるって? それは是非とも詳しく聞かせてほしいですねえ〜」
「待って! そんなんじゃないんだって! 勝手に話を広めないでー!!」
先輩の恋愛事情に興味津々な亜衣と、耳まで真っ赤にしながら慌てふためく剣太郎。二人の様子に真凛はクスクスと愉快そうに笑い、しかしすぐに憂鬱な溜息を吐き出した。
「青春ねえ。まあそれも、風花百合香のせいで叶うことはないんでしょうけど」
「そうですね……。仮に筆崎くんが告白しようと思っても、その天本先輩はもう……」
今も病院のベッドで眠っているであろう千明の顔を思い出し、麻衣はやるせない感情を抱える。しかしその返答に、真凛は一度首を横に振った。
「彼だけじゃないわ。あの女のせいで私たちは処刑対象なんてものにされてるし、文芸部の奴らは強制廃部にされかけたし、何よりほとんどの生徒や教師が真っ当な学園生活を送ることさえできてないのよ」
だからね。と一呼吸置いてから、真凛は麻衣の目を真っ直ぐ見つめた。改めて向けられたその真剣さに、麻衣は僅かに息を呑む。
「誰かがなんとかしない限り、白羽学園はこれからも一生狂ったままだわ。全ての元凶である風花百合香を打ち倒すためにも、私たちが頑張らなくちゃ」
「……はい。分かっています」
未だに心の奥底に残る不安を肯定の返事で押さえつけ、麻衣は深く頷いた。そして三者三様に騒いでいる他の五人を見渡すと、深呼吸をしてから声をあげた。
「みんな。そろそろ時間だけど、準備はいい?」
「あっ、はーい! OKです!」
「い、いつでも大丈夫です……!」
「はあ……。俺は構わないよ」
「同じく。問題がないならさっさと行きましょう」
「ああ。行こうぜ、麻衣!」
意気込みこそ個人差があるが、覚悟は全員整ったようだ。準備万端な彼らに麻衣は頷くと、意を決してインターホンを押し――。
「さっきからガチャガチャガチャガチャうるせえんだよクソガキ共が!!」
「!?」
――チャイムが鳴り終わる前に扉を開けたのは、主催の椎哉ではなく、顔を真っ赤にして激怒する大柄な老人だった。
「ひっ!? だ、誰ですかこの人……!?」
「わ、私に聞かれても……! 部屋は間違ってないはずよね、ね?」
「っていうか、なんかすごい怒ってますよ! ど、どどどどうしよう!?」
「おい! 筆崎気絶してるぞ!?」
予想だにしていなかった別人の登場とその怒鳴り声に、一行は完全に委縮してしまう。剣太郎に至ってはあまりの気迫に気を失ってしまったようだ。
目前の脅威にどうにかして対処しようと彼女たちはひそひそと相談し合うが、その間にも老人の怒りは増々沸騰していく。
「人ん家の玄関前で騒いでたと思いきや、今度は人前で何をコソコソ話してんだ!! あ゛あ!?」
「す、すみません! 騒がしくするつもりじゃ……」
「謝罪はいらねえんだよ! まず用があんのかねえのかハッキリしろ! ないならとっととどっかに失せちまえ!!」
「ごめんなさ……じゃなくて、そ、その、安部野椎哉って人がここにいるって聞いたんですが……!」
老人の怒号を浴びながら、それでも麻衣はなんとか彼との対話を試みる。すると椎哉の名前を出した途端、彼ははたと罵声を止めた。そして訝しさが物理的に刻まれたような皺だらけの顔で、老人は麻衣たちをまじまじと見つめる。
「……おめえら、しいちゃんの知り合いか?」
「へ? し、しいちゃんって……?」
「馬鹿言え、しいちゃんっつったら天本ちゃん家の椎哉ちゃんに決まってんだろ。で、結局どっちだ? 知ってんのか知らねえのか」
「し、知り合いです! というか、同じ学園の先輩です」
まるで子供のような椎哉のあだ名に内心吹き出しそうになったが、それは咄嗟に抑えて老人の問いに頷く。
麻衣の回答に彼はほう、と声を漏らすと、おもむろに玄関に置いてあったサンダルを履いて部屋の外に出た。そしてそのまま、扉を閉めて施錠する。
(続く)
(続き)
「あ、あのー。私たち、安部野先輩と勉強会をするために来たんですけど……」
「へいへい、しいちゃんから言われとるわ。ついでにおめえらをしいちゃん家まで送ってくようにもな」
「えっ、そうだったんですか!?」
椎哉本人から聞かされていなかった情報に、麻衣は素っ頓狂な声を上げる。てっきりここが勉強会の会場になるものだと思っていたが、椎哉が計画していたプランは別物らしい。
目を丸くする麻衣と文芸部組の後ろで、この展開を半ば予想していた真凛と晃、法正は肩を竦めていた。
「……まあ、こんなパターンだとは思っていたわ」
「あのさあ……俺、後で安部野先輩に文句言っていいか?」
「いいんじゃないですか? 今回の非は説明を怠った彼に責任がありますし」
「おら、さっさとついて来い。早く乗らねえと置いてくぞ」
小声で交わされる椎哉への恨み節には気づかず、老人は倒れていた剣太郎を米俵のように担ぐとロビーの方へと歩いて行く。老人の振る舞いに麻衣たちは戸惑いつつも、一先ず指示通りに彼の後をついて行った。
◆ ◆ ◆
「うーん……。大きな雲……星が目に…………はっ」
「あっ、起きましたか? 筆崎先輩」
「し、白野さん? うう、俺は一体何を……」
剣太郎が目を覚ますと、そこは緑色の布で覆われた空間だった。また、床は白い金属でできており、彼はここで倒れていたらしい。
千明名義の部屋から激怒した老人が出てきたことまでは覚えているが、それがどうしてこんなところに寝そべっていたのだろうか。訳が分からず首を捻っていると、恵里が布の一方を指さしながら声をかけてくる。
「とりあえず外に降りましょう。他の先輩たちも先に行ってますから」
「え? う、うん。分かった」
恵里が指さした部分の布には長方形型の穴が開いていた。まだ状況をきちんと把握できないまま、剣太郎は一先ず言われた通り恵里と共に穴の外へ出る。金属の床は地面よりかなり高い位置にあったため、小柄な二人は半ば飛び降りるようにして地面に着地した。
両足が地面についたところで、剣太郎は顔を上げてようやく周囲の様子を確認する。そして彼は自分の目を疑った。
「……こ、ここは?」
穴から出た先は、家屋の数もまばらな田園風景だった。360度見渡すことができる山々の緑が目に優しい。道路こそアスファルトで舗装されているものの、白羽町と比較すれば完全な田舎と言っていいだろう。
さらに辺りを見回すと、軽トラックの後ろ姿が剣太郎たちの背後にあった。その後方にはこれまた緑色のマットが張られており、先ほど倒れていた空間はこの荷台の中だったことが分かる。
「あ、あのー、白野さん。俺、あれからどうして……」
「おや、目が覚めましたか。筆崎さん」
「!?」
恵里に声をかけようとしたところで逆に自分が声をかけられ、剣太郎の息が一瞬止まった。彼に話しかけてきたのは、あの百合香が率いる生徒会の一員、安部野椎哉だ。
剣太郎にとっては天敵である存在の登場により、彼はまさに蛇に睨まれた蛙のような状態になってしまう。そんな彼の緊張を解くため、恵里は椎哉のフォローに回った。
「大丈夫ですよ、筆崎先輩。安部野先輩は私たちの敵じゃありませんから」
「へ? 味方って、生徒会の人なのに?」
「ご存じありませんでしたか? 今回の勉強会は僕が企画したものなんですよ。僕を含めた、現生徒会長に対する反逆勢力の皆さんに集まっていただくためにね」
「は、反逆!? ……じゃあ、板橋さんたちが言ってた『部長の弟』さんって、まさか……!」
震える手で椎哉を指さしながら、はくはくと口を震わせる剣太郎。彼が口走った事実を肯定するように、椎哉は黙って害意のない微笑みを見せた。
すると今度は椎哉に、あの老人から声がかかる。先ほど怒声を浴びせられた経験から恵里と剣太郎は反射的に身を固くするが、椎哉だけは臆することもなく親しげに返事を返す。
(続く)
(続き)
「おーい、しいちゃん。全員降りたか?」
「うん。もう大丈夫だよ、風助おじさん。折角休みだったのに悪いね」
「構やしねえよ。全員でぞろぞろ歩いてたら、学園のクソガキ共に見つかっちまうかもしれねえんだろ? だったらこいつらの送迎ぐれえ朝飯前ってもんだ」
「本当に助かるよ。帰る時間になったらまた連絡するから、そのときはまたよろしく」
「……ん? 送迎って……」
剣太郎たちが乗っていた軽トラック。風助と呼ばれた老人の「送迎」という発言。それらを合わせて考えると、自分たちは軽トラックの荷台で運ばれてここまで来たということになる。車の荷台に人を乗せて走行する行為は通常、道路交通法に違反するのだが。
そんな疑問が湧いた剣太郎は、ふと隣の恵里に目線を移す。彼の顔色から言いたいことを悟ったらしい恵里は、困ったような笑顔を浮かべながら立てた人差し指を口元に当てた。今回の違反事項には目をつむっておこう、ということだろうか。
「おい、眼鏡のガキ」
「はいっ!?」
油断していたところに特徴を指定されて呼ばれ、思わず声が裏返る剣太郎。再び怒鳴られるのかと剣太郎はガタガタと怯えるが、そんな彼の不安に対し、風助の声量と敵意は初対面のときと比べて大分収まっていた。
「他の奴らにゃあ既に言ったことだが、おめえは寝てやがったからな。改めて言っとくぞ」
「なななな、なんでしょうか……?」
「一度こっち側についたからにゃ、あの猿山女(さるやまおんな)を徹底的にぶっ潰せ。暴力、知力、権力、財力、なんでもいい。とにかく二度とお天道さんを拝めねえぐらい、ボッコボコのギッタンギッタンのケチョンケチョンにしろ。いいな?」
「……さ、猿山女?」
「それとだ。万が一しいちゃんを裏切るような真似をすりゃあ、俺たちが承知しねえ。分かったな?」
「わ、分かりましたっ!」
聞き慣れない単語の意味するところが分からず、一先ず理解できた部分だけに咄嗟の承諾をする。すると風助はその返答で満足したのか、一度だけ深く頷いてから軽トラックに乗るとそのまま道路の向こうへ走り去っていった。
ようやく嵐が過ぎ去ったと言いたげな面持ちで、恵里と剣太郎は小さくなっていく軽トラックを見送ったのだった。
「さて、他の皆さんは既に中でお待ちです。行きましょうか。白野さん、筆崎さん」
二人が安堵した頃合いを見計らって、椎哉はすぐ近くに建っていた、比較的新しい造りの一戸建てを指先で示す。ここが本日の勉強会の会場となる、椎哉の自宅であった。
「全員揃いましたね」
「おう」
椎哉が剣太郎と恵里を家に上げてから、既に勉強会を始めていた晃たち。
尚、晃はまだ一問も解いていないのだが。
「松葉晃、あなたは真面目にあの女に報復する気はあるんですか?
この程度の問題すら解けないような……」
「法正、いくら何でもお前の教え方は擬音語だらけで理解出来ねえよ。
なんだよドワーンって。数学の公式にドワーンってなんだよ。」
「……始まって早々にこれですか。」
晃と法正が早速噛み合っていないのを見て、椎哉は呆れる。
「つーか、さっきあの爺さん見てたら凄いビビって漏らしそうになったからトイレ行きたいんだったわ俺……」
晃はいきなり立ち上がりながら言う。
「トイレなら向こうにあります」
話題を振る前からトイレに立とうとする晃を見て、椎哉は二度目のため息をつきながら案内。
晃はトイレにスタスタと向かっていく。のんきな人だな……と思いながら椎哉は勉強のためのワークを開く。
法正は既に一人で解いている。
「にしし、案外上手く行ったなこりゃ。」
トイレに行っていた男―
松葉晃はトイレに入って呟いた。
実はこの男、トイレに行きたいなどは全くの嘘であり、完全に下心の塊だった。
「流石に真面目なお堅い生徒会長の側近でも、やましいものの一つや二つでも……」
晃は勉強会で集まっているリビングを通らないように、コソコソと歩き始める。
最早ここまで来るとふざけているレベルだが、椎哉の家の中に何か使える手がかりでもあるんじゃないか、という行動も含まれているのだ。
「ん?なんかやけに開けて欲しくなさそうな魔力が宿ってる引き出しだな……
開けてみるか……よっ」
晃は小さな部屋の中にある引き出しを開けてみる。
その中を見てみると。
「げっ……こりゃ見ちゃいけない奴だっ―」
晃の独り言は、そこであっさりと途切れてしまった。
さ
234:ABN 六月第一土曜日/お昼近く/椎哉の家、小部屋:2018/04/21(土) 08:30 ※話を繋げやすくするため、前回最後の晃くんの台詞と矛盾させた部分があります。
※晃くんが非常識な振る舞いをしています。べるなにさんすみません;
晃が小部屋の机を漁っていたころ。集中力が切れた麻衣は自主的な小休憩を挟んでいた。
ノートから顔を離し、天井を仰ぎ見るように凝り固まった体を伸ばす。そこで麻衣は、ふと違和感を覚えた。
「……ねえ。一葉くん、筆崎くん。男子の部屋って、こんなシンプルなものなの?」
「へ? う、うーん……俺の部屋は、それなりに散らかってるけど……」
「僕はノーコメントで。どうしてそんなことを聞くんですか? 板橋さん」
「ううん、大したことじゃないんだけど……。なんだかこのリビング、やけに殺風景な気がしない?」
麻衣のその言葉で、この場に残っていた面子は改めて室内を見渡す。すると麻衣が口にした違和感の正体を、彼らも共有することができた。
テレビ、時計、ダイニングテーブル、椅子やソファーなど。通常リビングにあるはずの家具が、この部屋にはほとんど置いていないのである。新生活で引っ越した直後のような密度の低さは、どこか薄ら寒ささえ覚える。
「殺風景というか……圧倒的に物が少ないんですね」
「そう、それよ白野さん。もしかして、安部野先輩の家って貧乏……?」
「その可能性はないでしょう。経済的に困窮しているなら白羽学園の高額な学費を払うことは困難ですし、こんな一戸建てに住んでいるのもおかしい。それに今日の勉強会のために、わざわざ家具や飲食物を買い揃える真似はしないはず」
現在麻衣たちは、座布団に座りながら大きめのちゃぶ台の上で教科書などを広げているのだが、それらの家具はつい最近購入したばかりのように真新しい。この状況と合わせると、まるで今日のために即席で調達したもののように思える。
また、椎哉は勉強の合間に召し上がってほしいと、ペットボトルのお茶を人数分と市販の茶菓子を用意していた。金銭的な余裕がなければ、このような気遣いは難しいだろう。
「だとしたら……そもそも安部野先輩に物欲がないとか、でしょうか?」
「確かに安部野先輩って、私用で何かを欲しがるイメージがないわよね……。でも、そんな無欲恬淡な人って本当にいるの?」
「いえ、彼の気持ちは分かります。報復に心身を費やすと、得てして他の物事はどうでもよくなるものですから」
元友人の拓也に傷を負わされたときから、法正は百合香と拓也への復讐に心血を注いできた。それに伴い、今まで興味を抱いてきた趣味や娯楽も些事だと考えるようになったのだ。こんなものに時間や労力を割く余裕があるなら、来るべき日に女王へ大打撃を与えられるよう有意義な行動を取るべきだと。
ゆえに法正にとって、同じ志を持つ椎哉の心理を想像することは容易いことだった。
「もしこの見立てが正解なら、彼もそれ相応の憎悪を抱えているはず。だとすれば、より凄惨な復讐を行うことも夢ではない……。安部野椎哉、共闘相手としては不足ないですね」
「ひ、ひええ……」
改めて理解した椎哉の有望さに、法正の口の端はにやりと吊り上がる。凶悪な彼の表情を目の当たりにした麻衣たちは思わず震え上がったのだった。
閑話休題。
◆ ◆ ◆
「ちょっ、松葉先輩! 何やってるんですか!?」
「うおっ!? ……って、戸塚か。脅かすなよー」
部屋の入口から突如声がかかり、晃の探索と独り言は中断される。しかし自分を見咎めた人物がここの家主ではないことを認識すると、彼はほっと胸を撫で下ろした。
リビングに残っていた参加者たちが部屋の殺風景さについて考察していたとき、不在だったのは晃だけではなかったのだ。彼がトイレに行くという建前でリビングから抜け出したあと、亜衣も外の空気を吸おうと思い席を外したのである。しかしその途中でトイレとは別方向へ向かう晃の背中に気づき、咄嗟にその後を追いかけたのだった。
(続く)
(続き)
「脅かすなよー、じゃありませんよ! 人ん家の部屋を勝手に漁るなんて……」
「仕方ねえだろー。だってあの生徒会書記様の家だぜ? お前だって興味ぐらいあるんじゃねえの?」
「そ、それはまあ……否定しませんけど」
「だろ? そう思うんならちょっとぐらい覗いとこうぜ。ちょっとヤバいもんも見つけたしよ……」
潜めた声と共に引き出しから取り出されたのは、数十通はある封筒の束。晃はそれを半分ずつに分けると、亜衣にその片方を半ば無理矢理に手渡した。押し付けられた他人宛ての手紙を読むわけにもいかず、亜衣は封筒を持て余しながら狼狽える。
「松葉先輩! 引き出しどころか手紙まで読むなんて失礼にもほどが……ああもう……!」
常識的な亜衣の叱責も、野次馬魂に満ちた晃には馬耳東風。彼は自分の手元に残したもう半分の束から一通の封筒を選ぶと、そこ中から便箋をなんの躊躇もなく引き抜いて広げる。
何を言っても手ごたえのない非常識な先輩に呆れ果て、亜衣はがっくりとうなだれた。
「……ん? あれ、この名前……」
頭を下に向けたとき、手元の封筒に書かれていた名前が目に入る。亜衣は少しだけ迷った後、表を見るだけなら問題ないだろうとその封筒を片手に取った。
宛先は安部野椎哉。差出人は「猪高風助(いだかふうすけ)」。後者の名前は、先ほど勉強会の参加者たちを軽トラックで送迎した、あの怒りっぽい老人のものだ。ここに到着した後、彼の素性について椎哉から簡単な紹介を聞いていたため、亜衣も老人の名前を把握することができた。
あんな短気な人物がこんなに大量の手紙を書いたのかと疑問に思い、亜衣はもう少し他の封筒を調べる。すると手紙の差出人は彼だけではなく、他にも複数人から送られていることが分かった。重複して送られている分を除いても、ざっと二十五人は下らないだろう。
その一方。何か目ぼしいものを見つけたのか晃はニヤニヤと笑いながら、今度は数枚の便箋を再び亜衣に差し出す。
「なあなあ、こいつとか大分ヤバいぜ? ちょっと読んでみろよ」
「読みませんってば! 読みたいなら先輩だけで勝手にしてください!」
「そーかそーか、なら別にいいぜ。俺が音読してやっから」
「だーかーらー! ふざけるのもいい加減に……!」
亜衣の制止にも関わらず、無許可で一枚の手紙を声に出して読み始める晃。こうなればせめて文章だけは聞くまいと、亜衣は咄嗟に自分の耳を塞いだ。
しかし人間の手のひらに十分な防音効果はなく、どうしても鼓膜まで届く文節を頭が聞き解いてしてしまう。そうしてある程度まで手紙の内容を理解したとき、亜衣は思わず絶句した。
――――
――拝啓、しいちゃんへ。
あなたが白羽学園に編入して早くも一月が経ちましたが、お元気でしょうか? 薄汚い都会の空気や、図々しい学園の小童どもに囲まれて、心身を崩してはいないでしょうか?
村人たちは毎日のように、しいちゃんのことを心配しています。また、例の風花百合香という小娘への憎しみで、心を乱す村人たちも少なくありません。中には心配や憎しみのあまり、その日の仕事も手につかない人も出るくらいです。
それでも私たちは、しいちゃんに全てを任せると決めました。より確実で残酷な鉄槌をあの小娘に下すため、仇敵だらけの白羽学園に単身で挑んだ、あなたの覚悟を尊重することにしました。ちいちゃんを一番愛していたのも、ちいちゃんが貶められて一番悲しんだのも、弟であるしいちゃん、あなたであるはずですから。
ちいちゃんを愛し、風花百合香を憎む想いは私たちも一緒です。もし何か困ったことや助けてほしいことがあれば、いつでもこちらまで連絡をください。村人全員、喜んであなたに力を貸します。
ですからどうか、己が犯した愚行の重さを、私たちの子供を貶めた罪を、学園という猿山で女王を気取るメス猿とその信者たちにとくと思い知らせてあげてください。
一日も早い白羽学園の没落と風花百合香の破滅、そしてしいちゃんの帰郷を心から待っています。
――――
(続く)
(続き)
「な? あの生徒会長を猿山のメス猿とか言ってるんだぜ。すっげー命知らずだよな、こいつら」
「いや、問題はそこじゃないですよ! それって処刑制度や会長のことが、外の人に知られてるってことじゃないですか!?」
白羽学園が百合香の独裁帝国と化している事実は、主に会長派の生徒や教師たちの不文律によって部外者には秘匿されている。そのおかげで学園は、今日まで大きな波風を立てずに存続することができたのだ。
しかしこの手紙によれば、「村」に住んでいる人々が白羽学園の内情を把握した上、百合香を憎んですらいることが読み取れる。この手紙の背景にどれほどの人々が存在するのかは分からないが、文中で村と言われている以上、決して少なくない人数ではあるだろう。
「あ、そうなんのか。ってことは……た、確かに不味いな」
「でしょう? こんなことが会長派にバレたら……下手をすれば、今まで以上の犠牲が出るかもしれません」
「百合香への復讐は椎哉に任せる」という主旨が書かれている以上、少なくとも村の人間が学園へ直接赴くことはないだろう。だから村人による暴動やそれに伴う混乱は心配しなくていいのだろうが。問題はそれ以外にもある。
百合香に楯突いた者には、もれなく徹底的な制裁が与えられる。その対象は反抗した当人だけでなく、家族や知人にまで及ぶことも珍しくない。もし椎哉が反逆勢力であることが発覚し、彼の背後に百合香を憎む者たちが存在すると知られた日には、村に大量の血の雨が降ることになるだろう。
かつて家族と共に抹殺された、処刑制度の犠牲者の一人、木嶋京子の末路が晃と亜衣の脳裏に浮かぶ。彼女たちの二の舞に椎哉と村人たちが陥るのではないかと、二人は青ざめた顔を互いに見合わせた。
(お久しぶりです、すみません! 書きたいことはあったのですが、なかなかタイミングをつかむことが出来ず……ひとまず、この更新で書けることは書こうと思います)
勉強っていうのは、それなりの環境下ならばちゃんと進むものらしい。文字と式と図形とアルファベットで埋まったノートをパラパラ見返し、恵里はその成果に感心した。そして同時に、たった今まで維持していた集中力が切れていくのが分かった。
―― 先輩に呼ばれて朝早くから、トラックに積まれて誘拐(?)されて、倒れた人を介抱して、よく分からないけれど勉強会が始まって。
周りの人も集中できなくなったようで、思い思いに休憩している。
安部野先輩は別の部屋に行っていて。
松葉先輩はトイレから帰ってこない。
探しに言った亜衣も、やっぱり帰ってこない。
一葉先輩はなにやらブツブツ呟いているし。
藤野先輩と板橋先輩は、お互いの文房具をいじっているし。
筆崎先輩は……相変わらず、ずっと自分のポジションから動かない。
要するに恵里は、ヒマだった。
(うーん……皆さんにお話ししておきたい事があるんだけど……どうしよう、せめて松葉先輩だけは戻ってきてくれないかな……?)
現在この部屋にいないのは3人。にもかかわらず松葉先輩だけは、と考えたのには理由がある。
まぁ、単純なものだ。亜衣には後から話せばいいのだから。
(それに安部野先輩には……あんまり、話したくないんだよね……)
❅恵里視点❅
どうしよう……。
私は頭を抱えた。もちろん、心の中で。
いやいや、分かってますよ、ちゃんと今日中にお伝えしますって。でもやっぱり、いろいろと気にしちゃうんですよ。
亜衣には先に言っておいた方が良かったのかなぁ、とか。
安部野先輩にはちょっと言いずらいなぁ、とか。
松葉先輩に言ってしまっても大丈夫かなぁ。
一葉先輩に何て言われるだろう?
筆崎先輩、また倒れたりしないといいなぁ。
板橋先輩や藤野先輩に、黙っていてすみませんって謝らなきゃ、とか。
そして……
本当に、言ってしまっていいのだろうか、と、今も悩んでる。
「……よぅ」
「戻りました……」
松葉先輩と亜衣が帰ってきた。なぜか顔色が優れない。
藤野先輩たちも気づいたようで、何かあったのか、と質問する。亜衣たちは後ろめたそうな顔をした。語尾を濁らせ、曖昧な返事。
それぞれの場所で過ごしていた先輩たちが、不思議そうに集まってくる。
けれど亜衣たちは、やっぱり言いたくないようだった。暗い顔をして、困ってる。
あぁもう、仕方がない。安部野先輩がいないのだから、ちょうどいいじゃないか。
やけくそ気味になりつつも、私は周囲に呼びかけた。
「あの……休憩中、すみません。皆さんに、お知らせがあります」
みんなが一斉に、私の方を向く。わりと苦手なシチュエーション。
「わたしたち『学園復活派』に、とある人が協力してくれることになりました」
安部野先輩が戻ってきませんように。
誰かに盗聴されていませんように。
この中の誰かが、他人にバラしたりしませんように。
頭の片隅でそう祈りつつ、私は事の次第を話し始める。
晃と亜衣がリビングに戻り、椎哉が小部屋の中を覗いたタイミングは奇しくも入れ違いとなった。そのおかげで三人が一堂に鉢合わせることはなかったものの、それでも椎哉はこの家の家主。僅かに移動した家具や引き出しに気づくのは容易だった。
「何か物音が聞こえたと思ったけど……やっぱりか」
昼食用の菓子パンやサンドイッチなどが入ったコンビニ袋を一旦机の上に置き、その引き出しを開ける。綺麗に揃えて重ねておいたはずの手紙の束は、まるで急いでまとめたかのように乱れていた。
椎哉が昼食を取りに席を立ったとき、リビングから離れていたのは晃と亜衣。二人のうちこんな不躾な真似をし得る人物といえば――。
「……ま、いいか。今日呼んだ人らには見られても特に困らないものだし。むしろこれはこれで……」
客人の無礼に椎哉は眉根をひそめるが、間もなくして何かを思いついたのかクスリと微笑む。すると彼は手紙を何通か取り出し、机の上に置かれていた小さな写真立ても手に取った。そうしてからゆっくりと部屋の扉を閉めると、何事もなかったかのように椎哉もリビングへと戻っていったのだった。
(ほんっっとにお久しぶりです、すみません! お待たせしました、回収です……)
【毎度おなじみ恵里視点】
「私たち『学園復活派』に、とある人が協力してくれることになりました」
と言ったは良いものの、どうしたらいいんでしょう……。
驚き、疑い、好奇心。色々な視線が全部で6組。うわぁ、焦る。めっちゃ焦る。
ていうか、どこから説明するべきなのか……。
「と、とりあえず、聞かせてくれる? 色々気になるし、ね」
板橋先輩のフォローが入る。亜衣は激しく頷き、藤野先輩は身を乗り出す。
「あまり話すの得意じゃなくて、まとまらないし、結構長いんですけど……その、」
「いいから、早く。このタイミングで切り出すっつーことは、あの書記サンに聞かれたくないんだろ?」
「……それは、個人的な思いで、べつにどっちでも、いいっていうか」
「そんなの私だってどうでもいいわ。あの人、一応仲間だし。というか、とにかく話してもらわないと、なにも判断できないのだけど」
「ごめんなさい……」
藤野先輩におこられた。駄目だ、いつまで経っても変われない。変わってない。私は……変わらなきゃ、いけないのに。
「……えーりっ」
「ぇ、あ、亜衣?」
俯いていたら亜衣が肩をつかんだ。そのままぐっと背中を伸ばされる。
「話すと言ったらちゃんと話しなさい、有言実行、だいじ! 話せば、変わるから。学園、あたしたちが変えるんでしょ?」
「……うん、変える」
あぁもう……まったく、亜衣には敵わない。どうして亜衣は、私が言ってほしい言葉を言ってくれるんだろう。こんなにも、的確に。
まるで、そう……生徒会会計の神狩先輩————あの頃の、美紀みたいに。
「私たちの新しい協力者は、3-A、現生徒会会計の神狩美紀さんです……どうします?」
首をかしげて、ちょっとお茶目に訊いてみた。
しばらくの間、リビングには無音の空間が居座っていた。
前途多難。今日の勉強会で解いた国語の参考書、テスト形式ページ大問3の文学的文章、空欄に当てはまる四字熟語を選択するタイプの問題の、答え。
引っ掛けがあることにはあったけれど簡単な問題。シャープペンシルでBと書いて、私は2点を手に入れた。
ちなみにその2つ後の記述を解説してくれたのは安部野先輩である。
新たな協力者についての私の話を壁の向こうで聞いているのも、安部野先輩であるらしかった。
……素直じゃないなぁ。
(長らく更新がなかったので半ばもう諦めていました、ありがとうございます…!)
(スパンが長かったので、文体が本調子ではないかもしれません)
「……は、はあ!?」
最初に無音を破ったのは、晃の素っ頓狂な大声だった。彼は目と口を大きく開けたまま、恵里の方へちゃぶ台越しに体を乗り出す。ずいと勢いよく顔を近づけられ、思わず恵里はわずかに身を引いた。
「ちょっと待てよ! 会計の神狩っつったらバリッバリの会長派だろ? そいつが協力者だって!?」
「悪いけど、にわかには信じがたいわね。あんな風花百合香の腰巾着代表みたいな奴が、そうそう私たちの味方になるとは思えないわ」
「う……。お、仰る気持ちは分かります」
真凛の言い分は間違ってはいない。学園においての美紀といえば、百合香に付き従う忠実な部下の一人だ。さらに彼女と百合香は、子供の頃から親交があった幼馴染同士でもあるという。そこまで百合香に近しい人物が復活派に加勢すると突然言われても、信用を得られないのは仕方ないことだ。
予想していた反応とはいえ、感触の良くない手ごたえに恵里はうなだれる。そんな彼女をフォローするように、流れそうになった話を麻衣が繋げた。
「で……でも、白野さんたちの言うことが本当なら心強いんじゃない? 生徒会の味方が増えるのは頼もしいし、それにあの人なら安部野先輩よりは怪しまれずに済むかも……」
「そうですね。もっとも実際に味方に引き入れるかどうかは、彼女が加担するする理由にもよりますが。確か、結構長い話なんでしたっけ?」
法正は横目でちらりと恵里を見やる。その視線から話の続きを促す意図を受け取り、恵里は躊躇いながらもコクコクと頷いた。反応こそ三者三様であるものの、どうやらこの場の先輩たちは話を遮るつもりはなさそうだ。
「は、はい。そもそもの発端の出来事が、大分昔に遡るんですが……」
再度口を開きながら、リビングの扉の小窓に目を移す。壁の向こうの気配が動かないところを見ると、椎哉はこのまま恵里の話に聞き耳を立てるつもりらしい。恵里は一人気まずさを内心で覚えながらも、美紀が協力者となる経緯を説明し始めたのだった。
(うわああ、本編のみ更新で分かりにくかったですねすみませんっ
なんだか私の伏線にもお気遣いいただいたようで、ありがとうございます嬉しいです*)
【そろそろ慣れたね恵里視点 >>240続きから】
「大分昔に遡るんですが……」
そう、本当に昔の話。具体的に言うのなら、私が生まれた頃からのお話。
それでは初めに、皆さんに爆弾発言をプレゼント。
「まず、生徒会会計の神狩美紀先輩は、会長の幼馴染……ではありません」
チラと亜衣たちを見てみると。
は? という顔で固まっていた。
フリーズすること約3秒。
「え、ちょ、ちょっとストップ。神狩さんて、会長の幼馴染だから会長の手伝いしてるんじゃなかったっけ!?」
「そうだよ恵里! てゆーかあたし、恵里が会計さんと話してるの見たことない」
「正直、スパイとかじゃないか心配ですけど……」
うぐ、と言葉につまる。
「絶大な権力を持つ生徒会長の、幼馴染かつ補佐かつ腰巾着。自分と風花百合香は幼馴染だって、本人が言ってたことがあるけど。実は違いますなんて急には信じがた——
「でも! ほんとです。美紀は私の幼馴染なの! 美紀は、あんな人の手下なんかじゃない!!」
つい大声になってしまい、遮られた藤野先輩たちは変な顔。
「あ、す、すみません……でもホントなんです」
ぎゅ、と手を握り縮こまると、松葉先輩はしびれを切らしたようで。
「あのなー……分かったから早くしてくんねーか? わりと真面目に」
「そうだよ恵里ー。まいてまいて。めちゃ気になってるから」
「は、はい、ではあの、詳細は後日ということで、横槍禁止令でお願いします」
片津を吞んで身を乗り出す観客6名。壁の向こうで音漏れに耳を傾ける招かざる観客1名。
どちらにせよ、重大な話をするのには最高の状況。
私と、私の幼馴染の過去を告白するのなら、せいぜいドラマティックに頑張ろうじゃないか。
そして私は話し始めた。
「神狩先輩の家は、3つ隣のご近所さんでした————」
(美紀さんの過去が更新されるまでの穴埋めとしてちょっと別視点の話を……)
「ごめんなさい。あまりに急な事態だったから、まだ私たちも詳しいことは聞かされてなくて………」
「そう……。姉さんにも分からないのね」
閑話休題。復活派の面々が安部野邸で勉強会に勤しんでいたころ。休日のため人気の少ない白羽病院の一角で、月乃宮姉妹が声を潜めて語り合っていた。
彼女たちの話題は、先日死亡した木嶋京子の死因。それがすみれたち病院側の故意的な医療ミスだろうと百合香から言外にほのめかされ、憤慨したいばらは真相を確かめに姉の元へと赴いたのだ。しかし残念ながらその当ては外れ、いばらはため息とともに肩を落とす。
「ありがとう、いばら。私たちのことを心配してくれて。だからそんなに怒らないで?」
「無理よ。証拠もなしに医療ミスなんて決めつけられたら、病院や姉さんの評判が落ちるのは目に見えてるわ。そんなことになったら……!」
「いばら。落ち着きなさい」
「!」
姉への侮辱で煮え立っていたいばらの頭に、すみれの冷静な一声がかけられた。すっと妹を見据える彼女の目つきはいばら本人のように冷たく、だがその奥に見えるのは大人としての硬い意志。そんな姉の双眼に、いばらは息を飲んでたじろいだ。
「確かに、患者さんからの信用も病院にとっては大事だわ。自分の体や命を預けるところですもの」
「でしょう? その信用を失って、患者が来なくなったら経営が立ち行かなくなるわ。なのに、どうして……」
いばらの言葉に滲み出ているのは、親愛なる姉が社会的地位を失うことへの不安。そんな彼女の声色に構わず、すみれはゆっくりと首を横に振る。
「私たちは、お金や信用だけが目的で患者さんを診ているわけじゃない。本当に大事なのは『患者さんに対して責任を持つこと』よ」
「……!」
(続く)
(続き)
「木嶋さんが本当に医療ミスで亡くなったのなら、ちゃんとそれを公表して謝罪するべきだわ。最初こそ批判や酷評も出てくるでしょうけど、それは私たちの責任。厳しい言葉にも真摯に向き合えば、自ずと信用も回復するはず。むしろ失墜怖さに自分たちの不手際を隠蔽するやり方こそ、病院の風上にも置けないわ」
飽くまで自分自身の保身ではなく、患者の安心と信頼に重きを置く、医療人としての凛とした矜持。不正と欺瞞に塗れたどこかの生徒会長とはまるで大違いだ。
看護師の鑑のようなすみれの言葉に、いばらはようやく安堵の息をついた。
「……そこまで覚悟が決まっているなら、口出しする権利は私にはないわね。ごめんなさい、姉さん」
「いいのよ。いばらみたいな家族思いの妹がいてくれて、私は果報者だわ」
「いやそんな、感動するほどのことじゃないでしょう……」
「ちょっと、月乃宮さん!」
目元を潤ませたすみれがハンカチを取り出し、彼女の涙腺の緩さにいばらが呆れていた、そのとき。
廊下の遠くから重量の重い足音が、月乃宮姉妹の元へどたどたと近づいてくる。その主は二人の顔を見ると、むっと僅かに顔をしかめさせた。
「あらっ、お取込み中? 困ったわねえ、ちょっと急ぎの用なんだけど……」
「島江さん! すみません、もうちょっとだけ待っててください」
子供嫌いに定評のある島江だが、彼女も熟練看護師の一人。普段は若い患者の前でも露骨に表情を変えることはほとんどない。そんな島江がいばらの前で嫌な顔をしたということは、そもそも持ってきた要件が部外者の前では話しがたいことなのだろう。
それに気付いたすみれはすぐに話題を切り上げようと、いばらに一度向き直る。しかしいばらも島江の都合を察したらしく、自分の胸の前で手のひらを横に振った。
「いいわよ姉さん。聞きたいことは聞いたから。それでは、お邪魔しました」
「折角ご姉妹水入らずだったのに悪かったわねえ。またいらっしゃい!」
ぺこりと一礼すると、いばらはスタスタと出口の方へ向かっていく。そうして制服の後ろ姿が廊下の曲がり角で見えなくなると、島江はチッと舌を鳴らした。どうやら先の再訪を期待する台詞は看護師としての建前だったらしい。
「全く、小生意気な小娘が。休日に病院に来るなんて迷惑ったらありゃしないわ」
「す、すみません。妹には私から言っておきますので……。それで、急ぎの用ってなんでしょう?」
本人が目の前にいないとはいえ、嫌悪対象の親族を前に堂々と理不尽な毒を吐く。そんな島江の厚顔さに内心辟易しながら、すみれは適当な決まり文句を用いて話題を逸らした。すると島江は、いら立っていた表情を打って変わって深刻なものに切り替える。
「月乃宮さん、落ち着いて聞いてちょうだい。実はね……」
「…………!?」
――本当に大事なのは『患者さんに対して責任を持つこと』よ。
――木嶋さんが本当に医療ミスで亡くなったのなら、ちゃんとそれを公表して謝罪するべきだわ。
つい先ほど、いばらに告げたばかりの矜持。だが、それがものの数分で実現不可能になってしまったことを知り、すみれは思わず立ち眩みを覚えたのだった。
(何があったのかは勉強会の終わりごろに続きを書きます)
(ちなみに正解は既に設定集スレの方に書いてあるものです)
※過去の時系列について考えていたら少し不自然な部分を見つけたので、そこの補完も兼ねた番外編です。
※テコ入れも兼ねて新キャラが登場しています。今後も登場するかどうかは未定です。
※部活設立についての捏造設定があります。
※京子さんの失踪事件についてそれっぽい推理がありますが、実際の真相と違ったらスルーして構いません。
※色々詰め込んだらまた長文になってしまいました、申し訳ありません。
木嶋京子および木嶋一家の失踪、そして木嶋邸の全焼火災。どう見ても事件性の高いそのニュースは全校生徒たちをにわかに騒めかせた。何しろ白羽学園においての彼女といえば、現生徒会長のお気に入りとなった璃々愛に、かつて陰湿ないじめを行っていた女子生徒。当時の変遷を知る生徒たちはもっぱら、璃々愛が百合香の権力を借りて京子に復讐を遂げたのではないかとこぞって推測を立てた。もっともその仮説の真偽は、今日まで明らかになっていないが。
いずれにせよこの一件を機に、百合香への反目を企てる者がさらに減少したことは言うまでもない。家庭一つを丸々抹殺できるような支配者を相手取ろうと考える無謀者は存在しなかったのである。――たった一人の例外を除いて、だが。
◆ ◆ ◆
「えーん! 剣太郎くん、今日も駄目だったよう」
「いや、俺のところに泣きつかれても困るんだけど……」
困惑する剣太郎に構わず、やや大袈裟な泣きのジェスチャーで会話を切り出してきたのは、女子にしてはかなり大柄な身長と体形の同級生。そのショートヘアと同じくゆるふわとした雰囲気をまとう生徒の名前は『足立八重(あだち やえ)』と言った。
彼女は元々、剣太郎と同じく広報部の一員だった。そして部長の千明が部員たちに自主退部を薦めた際、自らの身の安全を優先して退部を選んだ生徒の一人でもある。その後無所属となった八重は新たな楽しみを求め、広報部時代に培ったカメラワークを活かして『映画研究部』を立ち上げようとしているのだが――。
「だってえ、書類の文字も全部綺麗に書いたんだよ? メンバーや顧問の先生だって十分集めたし、条件はちゃんと揃えたんだよ? なのになのに、璃々愛ちゃんったら『広報部の輩が建てる部活なんて承認できない』って言うんだもん! ひどーい!」
「聞いてないし。……まあ、結局あいつらにとってはそれが本音なんだろうね」
自分の迷惑顔を気にしていない八重にため息をつき、それはそれとして璃々愛の言い分に剣太郎は呆れに似た納得を覚えた。
白羽学園で新たな部活動を設立する場合、部員集めや顧問の確保など、いくつかの条件をクリアする必要がある。そして最後に教師たちの審議を経て校長からの承認をもらえば、晴れて新部活が誕生するのだ。とはいえ学園内の権力者が、この冬から生徒会長に就任した百合香にすり替わっている現状では、承認をもらうべき相手も校長ではなく彼女に代わっているのだが。
そしてその百合香と言えば、今日まで映画研究部の設立を否認し続けてきたのだ。八重が用意した書類や部員数などに問題はないにもかかわらず、やれ書類の字が美しくないだのやれ部員のやる気が見えないだのと重箱の隅をつつくような難癖をつけては、八重の申請をことごとく突っぱねてきたのである。しかし実際のところ以上の難癖は生徒会としての建前に過ぎず、璃々愛が言った通り「八重が千明率いる広報部の一員だったから」というのが本当の理由なのだろう。
「むー。別にわたし、会長さんに反逆しようとか考えてないんだけどなあ。ただ学校生活を楽しめればそれでいいのに」
「足立さんが考えてなくても、向こうはそう思ってるだろうさ。……あるいはそれを抜きにしても、単純に嫌がらせってこともあるかもしれないけど」
(続く)
八重が集めた映画部(仮)のメンバーは、その多くが彼女と同時期に広報部を辞めた部員たちだ。当人たちにその意思はなくとも、生徒会としては強制廃部や部長処刑を理由にした反逆を危惧していることだろう。そんな危険性のある集団を部活認定すれば、部費という名の塩を敵に送ることになってしまう。
それに百合香からすれば、前々から自分の周囲を嗅ぎまわっていた千明の行動はさぞかし煩わしかったはずだ。恐らくその腹いせを千明一人の処刑だけでは晴らせず、元広報部員である剣太郎や八重にまでぶつけているのかもしれない。
どのみち部活承認の否認理由が広報部だというのなら、彼女と同じく元広報部員である剣太郎にできることはない。具体案を出せないのなら、これ以上八重の相談を聞いても無意味だと判断し、剣太郎は座っていた席を立った。
「待ってよう。もう少ししたら期末考査で忙しくなっちゃうから、今のうちに承認してもらいたいのにい」
「やめておきなよ。君は前もって退部したからまだマシだけど、それでも出しゃばり過ぎたら部長の二の舞に――」
「呼んだかーい?」
「っ!?」
噂をすれば影。廊下の外に出ようと剣太郎が手をかけた扉が向こうから開く。そこに現れた人物の姿に――より正確に言うなら、その人物の体の状態に剣太郎と八重は絶句した。
「どーしたんですか部長!? 体中怪我だらけじゃないですかあ!」
「どーしたもこーしたも、毎度お馴染み会長ちゃん主催の処刑大会に決まってるだろ? いやー、みんな面白いほど手加減しないね。はっはっは」
「笑ってる場合じゃないですよ! と、とにかく手当しないと……!」
扉近くの柱に寄りかかる姿勢で登場した千明の体は、夥しい量の傷や痣で埋め尽くされていた。制服も血や泥で汚れ、明確に集団暴行を受けたと分かる出で立ちだ。何より千明本人もかなり息を荒げており、いつもの笑顔も生気が半減しているように見える。
このまま放置していては傷が化膿するか、雑菌が入ってさらに状態が悪化してしまう。それを危惧した剣太郎は、救急道具を借りようと急いで保健室の方に向かおうとした。だがそんな彼の行動に、千明は即座に待ったをかける。
「やめとけ。この学園の保健室に行ったって、『処刑対象に手当は必要ない』って門前払いされるのがオチだぜ。それより八(や)っちゃん、ちょっと撮影頼むわ」
「撮影? あー、分かりましたあ」
千明から差し出された彼女のスマートフォンを見て、首をこてんと傾げる八重。しかしややあってその意味を理解するとスマートフォンを受け取り、ボロボロな千明の姿を写真に収め始めた。最初は全身、次は背面、そして顔、腕、脚、腹部などを詳細に撮っていく。二人の様子を見ていた剣太郎は、千明が何をしようとしているのかようやく理解した。
「ぶ、部長……。もしかして、処刑の証拠を集めるために、わざわざ怪我を?」
「正解。処刑対象ってのは、ある意味じゃ処刑制度の実態に一番近いポジションだからな。これでもっと詳しい被害内容が記録できるってもんだ」
にやりと口角を上げながら、千明は制服についているボタンの一つを指さす。一瞥しただけでは分からないが、よく見るとそれはボタン型のカモフラージュカメラだった。恐らくはこのカメラで、処刑として暴力を振るってきた生徒たちの凶行も記録しているのだろう。
過程の動画と結果の静画。あとは怪我の診断書を揃えれば、暴行罪を立証することは十分可能だ。ただしその対象となるのは、今回千明を痛めつけた一部の生徒のみ。彼らを裁いても別の会長派の生徒が湧いて出るだけで状況はほとんど変わらず、増してや直接手を下していない元凶の百合香を告発することは到底できない。相応の収穫があったとはいえ、千明が掲げる目標を考慮すれば、彼女が被った負傷は剣太郎にとって看過できないものだった。
(続く)
「だからって、ここまで無理することないでしょう! これじゃあ処刑制度を明らかにするとか以前に、部長の体が持ちません……!」
「んなもんとっくの昔に承知済みだっての。それにこの間のあれ、木嶋京子ちゃんっていただろ? その一件を考えりゃあ、この程度のリスクを渋ってる場合じゃねえのよ」
「きしまきょーこちゃん……。ああー、十二月の初めにどっか行っちゃった人かあ。それと部長の目標と、何か関係あるんですかあ?」
全焼した自宅を残し、謎の失踪を遂げた木嶋京子と彼女の家族。京子には処刑制度が適用されていたわけではないが、「百合香の機嫌を損ねる真似をした」という経緯と「原因不明の失踪」という末路は他の処刑対象たちのケースと酷似している。その点に限って言えば彼女も処刑制度に関わっているかもしれないと予想できるのだが、それはあくまで生徒間に流れる噂の範疇。十分な信憑性を確立できない情報では、「処刑制度を白日の下に晒す」という目標の足しになるとは到底思えず、八重は撮影の終わったスマートフォンを渡しながら頭上にクエスチョンマークを浮かべる。そんな後輩の疑問に答えるべく、千明は得意げに人差し指をぴっと立てた。
「まず二人とも。木嶋一家失踪事件特集のワイドショーは見たかい?」
「え? あ、はい。地元ニュースでもそうですが、全国放送の番組でも大々的に取り上げられてましたよね」
「わたしも同じの見ましたあ。京子ちゃんたちの失踪理由とか考察してて、すごかったですう」
「すっげー文字通りの小並感。んじゃ次。その番組の中で流れたインタビュー映像は覚えてるか?」
「えーっとー。ちょっとうろ覚えですが、町の人たちが答えてたのですよねえ? みんな怖いなーとか無事だといいなーとかって言ってた……はずですう」
「そう、概ねそんな感じでした。言っちゃあ何ですが、行方不明のインタビューにしては月並みというか……。あんな特集を組むくらいなら、もっと関係の深い人に取材すれば良かったのに…………あれ?」
はたと思い当たったように剣太郎は顔を上げる。言われて思い返せば、あの特集番組には足りないものが一つあった。自分と同じものに行き当たった様子の彼に千明は頷くと、今度は八重に三問目の質問を投げかける。
「じゃあ八重ちゃん。“白羽学園の生徒や教師が失踪事件のインタビューを受けた話”は聞いたことがあるかい?」
「……ああー。言われてみれば、全然聞いたことないですねえ。同じ学校の人なら町の人より、もっといー手掛かりが手に入るって思いそうなのにい」
「その通り。あたしが調べた限りでも、学園関係者が取材を受けたって情報は見つからなかった。あるいは関係者の方が取材拒否した可能性もあるだろうが、全員が全員完全スルーってのは考えられねえ」
「ということは、残る可能性としては……」
「ああ。“会長ちゃんがマスコミに圧力をかけて、白羽学園への干渉を禁止した”だろうな。もし学園関係者が処刑制度に関わる失言をかましたら、そこから自分たちの所業がバレかねねえだろ?」
最終結論に辿り着いた後輩二人に、千明はにっと笑みを浮かべる。だがその表情は満足というより、苦笑いという表現の方が似合った。
広報部員たちに退部を薦めた際、千明は「百合香は警察や裁判所を無力化するほどの力を持っている」と考察した。しかし実際はそれらに加え、報道機関をも抑えつける力を持っている可能性もある。情報を武器とする千明にとって、この新情報は非常に都合の悪い凶報だったのだ。
(続く)
「公的機関も駄目ならマスコミを当てにしようかと思ってたんだけどな。そこも潰されたとなりゃあ、もはや学園の真実は自力で外に持っていくしかない。だからこそ自分の身を犠牲にしてでも、処刑制度の情報を集める必要があるんだよ」
「……なるほど、部長の考えは分かりました。でも、やっぱり俺は……」
「剣くんの言うことも一理ありますう。命あっての物種っていーますし、死んじゃったらその真実も抱え落ちですよう」
「へーきへーき。だってあと一、二ヶ月もすりゃあ合法的にトンズラできるんだぜ? ボコボコになることはあれど、流石に死ぬことはねえだろうさ」
「トンズラ? 部長、どこかに行っちゃうんですかあ?」
「そんな今生の別れみたいな目すんなって。卒業だよ、そつぎょう!」
三月一日。それは高校生活最後の日であり、学修の日々に有終の美を飾る門出だ。そしてこの日を迎えれば、三年生は卒業証書と引き換えに『白羽学園生』の肩書を失う。つまり学園とは無関係の人間になり、百合香の独裁から解放されるのだ。ついでに言えば、学園外の人間には処刑制度を適用することもできないため、理不尽な処刑生活もそこで終了する。それが千明の考える魂胆だ。
「この学園から逃げおおせれば、会長ちゃんにできることは何もなくなる。部外者まで不用意に処刑しようもんなら、それこそ自分の足がつきかねないだろ? あとは持ち帰った証拠を外にぶちまけりゃあこっちのもんよ」
「なるほどお、だったら本当にあとちょっとの我慢なんですねえ! そしたら会長さんも反省して、映画部も承認してくれるかも!」
「そんなに上手くいくかなあ。それに、木嶋さんについての噂が本当なら……」
楽観的な女子二人に対し、不安げに肩を落とす剣太郎。そのタイミングで時間の区切りを告げるチャイムが響く。その音に気付いた剣太郎と八重は、驚いた様子で時計を見た。
「ああー、もうこんな時間だあ。剣くん、そろそろ行かなくちゃあ」
「うん。でも、部長をこのまま放っておくわけには……」
「大事ねえよ。こんなこともあろうかと、ある程度の救急道具は自分で持ってきた。伊達にこれまで処刑制度を調べてきたわけじゃないぜ?」
処刑制度を理由に保健室を頼れないとはいえ、それでも千明の負傷を放置することはできない剣太郎。彼の心配を察した千明は、おもむろに制服のポケットから自前の包帯やガーゼなどを取り出した。ポケットに入る程度の量しかないため十分とは言い難いものの、痛みを凌ぐための気休め程度にはなるだろう。
「なら良いんですが……。でも、手当してもすぐに動かないで、少し休んだ方がいいと思います。怪我だけじゃなくて体力も消耗してるでしょう?」
「うんうん。部長がここにいることは、わたしたちが適当に誤魔化しておきますう」
「オーライ、そこまでしてくれりゃあ十分だ。二人もあんまり油売ってると他のやつらに怪しまれるぜ? そろそろ行きな」
「は、はい! 部長もどうか気を付けて……!」
去り際の瞬間まで自分の身を案じながら、教室を後にした剣太郎と八重。広報部という繋がりは既に途絶えたにも関わらず、それでもかつての部長として慕ってくれている。千明はそんな二人の背中を見送ると、廊下側の窓の下に身を隠してから壁に背を預けた。ここなら廊下からは死角となって見えづらいため、当分は他生徒たちの追撃をやり過ごすことができるはずだ。
後輩たちの手前平気なふりをしていたが、やはり女子の体に容赦のない暴力は堪えたのだろう。千明は目を閉じたまま、しばらくの間ゆっくりと大きな息を繰り返していた。そしてある程度疲労が癒えたところで、不意に口角をニヒルに歪める。
「……ま。ああは言ったけど、あの会長ちゃんが卒業を待ってくれるほど悠長な性格とは思えねえしな」
皮肉のような独り言を呟きながら、メール機能を立ち上げて新規作成画面を開く。その件名欄に入力したのは『遺言書』の三文字だった。