>>483
殺「渚くん、海さん。お怪我はありませんか」
渚「大丈夫です」
海「全然へーき」
今、2人の殺し屋さんたちは寺坂くんたちがガムテを使って拘束していた。
ダ「くっ」
海「もう少し遊びたかったけど、ごめんね。こっちもタイムリミットまで時間がないからさ」
海は笑っていた。
まるで、そこらへんにいる中学生らしく。
海「私よりもみんなこそ本当に平気なの? さっき、弾がかすめたとかそういう怪我、ないの?」
磯「どうだ、みんな」
皆「だいじょーぶ」
海はウェストバッグに廊下のあちこちに転がっている武器を回収していた。
あのウェストバッグにはどのくらい物が入るんだろうか……。
カ「ねぇ、海。1ついいかな」
海「何?」
カ「さっき、渚くんにどういう指示してたの? ハンドサインっぽかったけど、あんなサイン。授業で習ってないじゃん」
たしかに、オリジナル抜群のサインだった。
海「私は昔からさ、1人で仕事をすることはなかったんだ。常に誰かと一緒だった。それでね、そのときに考えついたのが人それぞれに分かるようなサインをくりだすことだった。例えば渚に対して、『しゃべるな』の合図を送ったときは人差し指を口もとに。でもね、カルマ。もしも君に対して送るんだったら、私は」
海はそう言って自分の人差し指で自分の唇をなぞった。
それはよく子どもに対して使う、口チャックだった。
海「こうするだろうね」
不「1人1人サインが違うの⁉」
矢「すごいね、海ちゃん」
海「あはは、それほどでも〜」
デ「じゃあ、俺からもだ」
海「え?」
今度は殺し屋さんから。
デ「何故、少年に『しゃべるな』と指示をだした」
海「……例えばお兄さんたち。暗殺の仕事をするときにしゃべったりする?」
ダ「しないけど……」
海「でも、私。けっこうしゃべってたでしょ」
そういえば、事あるごとに口を動かしてたっけ。
海「戦場において口を動かすということは『死』を意味する。口で指示している間に殺られちゃうからね。でも、それをコンビネーションで活かすととんでもない威力を発揮する。しゃべっている人間に対して、注意がいきやすくなるんだ。その上、途中から参加してきた人間だ。ろくに動いていない。一方で私はけっこう動いた。そうすると、自然と目や注意は私にいきやすくなる。それに私、けっこう予測不可能な動きをするのが得意だから、余計に警戒されやすい。口を動かしておらず、あまり目立った動きをしない人間が動きやすくなるような状況をつくっただけだよ」
そう言ってから、海は慌てて口をふさいだ。
海「やばっ。余計な情報与えちゃった」
あはは。
そういうところは中学生らしいなぁ。
ダ「お前、まさか……。そうだ、間違いない」
突然、トゥイードルダムが声を上げた。彼女の顔がだんだん青ざめていくのが僕らの目に映った。
いったい、どうしたんだろう。
ダ「お前、『死神もどき』なんだろう……?」
え?
夏休みの殺せんせー暗殺計画の際にやって来たロヴロさんの言葉が、僕の頭の中をよぎった。
ロ「最強の殺し屋、そう呼べる奴はこの世界でただ1人。それは『死神』だ」
その時に見せた、海の表情。とても厳しい、表情だった。そう、まるで二度とその名前を聞きたくないような、そんな表情をしていた。
僕は海の顔を見た。海は、奥歯をかみしめていた。
海「ねぇ、殺し屋さん。私からも1ついいかな?」
海はウェストバッグからスプーンと箸を取りだした。
それを。
渚「海っ⁉」
カルマくんが海を抑えなければ、海はその殺し屋さんに襲い掛かるところだった。
海「放してよ、カルマ」
カ「やだね」
海「殺してやる、お前なんかっ‼」
本気の、殺意……。
その殺意はカルマくんに向けられたものじゃない。
おそらく、あの殺し屋さんに向けられたものだ。
カ「じゃあ聞くけどさ、海。そのスプーンと箸、どうするつもりだった?」
海「………」
海は黙ったままだった。
カルマくんがため息をつく。
カ「先を急ごう。これじゃ埒(らち)があかない」
カルマくんは海を抑えたまま、歩きだした。
しばらく歩いたところで、カルマくんはやっと海を放した。
カ「どう? 目が覚めた……じゃなくて、頭、冷めた?」
海「……ごめん、取り乱した」
海は僕らの顔をまともに見ようとしなかった。
いったい、何があったというのだろう。
海「それから、ごめん。私のことについては何も聞かないでほしい……」
海はつらい表情をしていた。
これまで見たこともないような、つらい表情だった。
皆「………」
重苦しい空気があたりを流れた。
海「クスッ、アハハハッ。みんな、もうしっかりしてよ。私については何も聞かないままにしておいて、もう行こう! みんなが治療薬を待ってるからさ」
片「……そうね。みんな、行きましょう」
皆「おうっ!」
僕は海を見た。
海はいつも額をさらしているのだけれど、ちょうど前髪が垂れてきて、それが邪魔だったのか。ちょうどヘアピンをさすところだった。
僕は思わず、そのヘアピンに目が釘付けになってしまった。
渚「ジャン、ヌ……?」
皆「はぁ?」