>>476
僕らの大半は目をつぶって耐えた。
殺「大丈夫ですよ、みなさん」
茅「え?」
僕はおそるおそる目を開けた。
見えてきた光景は。
渚「⁉」
血が舞っていたのではなく、髪の、毛……?
海「長いからさ、切っちゃった」
海が手にしていたのは、相手の手。その人が手にしていたナイフには、髪の毛がついていた。
海の髪は長い髪から肩までの少し短い髪となっていた。
岡野「いったい、何が」
殺「海さんは相手の動きを予測していました。ナイフが飛びだすことも、おそらく計算のうち。そのナイフを持った手をつかみ、そのまま髪に持っていき、自ら髪を切ったのです」
吉「そんな判断、一瞬のうちにできるのかよ……」
殺「だから言ったでしょう。彼女の動きを観察し、技を盗めと。彼女は君たちとは一歩先を進んでいる、プロなんです」
海は2人の人間を同時に相手していた。
ナイフを上手く使い、ときどきウェストバッグから色々と飛び出してくる様々な武器。
あのバッグの中には、いったい何が入ってるんだ?
茅「そういえばさっき、何を言われていたの? 渚」
渚「え? あ、そういえば!」
合図をだしたら前線に出ろって言われてたんだった。
渚「ど、どうしよう……」
殺「渚くん」
殺せんせーが声をかけた。
殺「海さんの動きをよく見てください。そうすれば、君にしか分からない合図がだされるはずです」
僕にしか分からない、合図?
僕だけにしか分からない合図。
殺せんせーはそう言ってくれたけれど、どういうことだろう。
殺「あえてアドバイスをしろと言うのならば、一つ。海さんの動きをよく注意して見ていてください」
渚「よく、注意して?」
機敏に動く海。2人の殺し屋は海の動きを止めようとするけれど、海はその手につかまることなく、ぎりぎりでよけている。
動くナイフ、そしてロープとかのウェストバッグからでてくるもろもろの武器。
上に放たれる、ナイフ。
あれだ!
茅「渚っ⁉」
僕はみんなが止めるのも構わず走りだした。
天井に放たれたナイフの柄を持ち、それをトゥイードルダムと呼ばれていた女性の殺し屋の首をねらうようにして思い切り振った。
ダ「なっ」
すれすれでよけられてしまった、僕の攻撃。
デ「ここに来てコンビネーションをする気かい?」
僕は海の隣に並んだ。
海「ナイス、渚。タイミング完璧」
渚「え、これでよかったの?」
海「うん」
海はにこりと笑った。
海「さて、渚。ここからが本番だ。私の指示に従って動いてほしい」
海が自分の手と手を合わせた。
なんとなくだけど、そのハンドサインが何を示すのかわかった。
おそらく、「任せた」
海が走りだす。僕はその後方を走った。
すると、海が僕の方をいきなり向いてきた。彼女は自分の口もとに人差し指をもっていった。そして、クスッと笑うと、何かを投げ渡してきた。
思わずつかんで気づいた。
お、重いっ‼
でも、ここで迷ってはいられない。
海が次の指示をだす。僕はその通りに走りだした。
あの殺し屋2人は、僕の動きに気づいていない。
その、意識の隙を突くんだ!
ダ「⁉」
デ「もう1人はどこに消えた⁉」
海「ハハッ」
海は笑った。
それが、オッケーサイン。
ダ「がっ」
デ「ぐぉっ」
僕がいたのは、2人の殺し屋のすぐ後ろ。
海が僕に指示したのは、「しゃべるな」と「後ろに回り込め」
そして、海の「笑う」意味は、「準備万端」
僕は2人の殺し屋に向かって、海が投げ渡してきた物、すなわち「夏休みのしおり」を彼らの頭にたたきこんだのだった。
海「渚が修学旅行のときにしおりを持っていたから、それが参考になったよ。しおりも凶器にできるってさ」
海が掲げた手を、僕はたたいた。
僕らの、勝利だ!
殺「渚くん、海さん。お怪我はありませんか」
渚「大丈夫です」
海「全然へーき」
今、2人の殺し屋さんたちは寺坂くんたちがガムテを使って拘束していた。
ダ「くっ」
海「もう少し遊びたかったけど、ごめんね。こっちもタイムリミットまで時間がないからさ」
海は笑っていた。
まるで、そこらへんにいる中学生らしく。
海「私よりもみんなこそ本当に平気なの? さっき、弾がかすめたとかそういう怪我、ないの?」
磯「どうだ、みんな」
皆「だいじょーぶ」
海はウェストバッグに廊下のあちこちに転がっている武器を回収していた。
あのウェストバッグにはどのくらい物が入るんだろうか……。
カ「ねぇ、海。1ついいかな」
海「何?」
カ「さっき、渚くんにどういう指示してたの? ハンドサインっぽかったけど、あんなサイン。授業で習ってないじゃん」
たしかに、オリジナル抜群のサインだった。
海「私は昔からさ、1人で仕事をすることはなかったんだ。常に誰かと一緒だった。それでね、そのときに考えついたのが人それぞれに分かるようなサインをくりだすことだった。例えば渚に対して、『しゃべるな』の合図を送ったときは人差し指を口もとに。でもね、カルマ。もしも君に対して送るんだったら、私は」
海はそう言って自分の人差し指で自分の唇をなぞった。
それはよく子どもに対して使う、口チャックだった。
海「こうするだろうね」
不「1人1人サインが違うの⁉」
矢「すごいね、海ちゃん」
海「あはは、それほどでも〜」
デ「じゃあ、俺からもだ」
海「え?」
今度は殺し屋さんから。
デ「何故、少年に『しゃべるな』と指示をだした」
海「……例えばお兄さんたち。暗殺の仕事をするときにしゃべったりする?」
ダ「しないけど……」
海「でも、私。けっこうしゃべってたでしょ」
そういえば、事あるごとに口を動かしてたっけ。
海「戦場において口を動かすということは『死』を意味する。口で指示している間に殺られちゃうからね。でも、それをコンビネーションで活かすととんでもない威力を発揮する。しゃべっている人間に対して、注意がいきやすくなるんだ。その上、途中から参加してきた人間だ。ろくに動いていない。一方で私はけっこう動いた。そうすると、自然と目や注意は私にいきやすくなる。それに私、けっこう予測不可能な動きをするのが得意だから、余計に警戒されやすい。口を動かしておらず、あまり目立った動きをしない人間が動きやすくなるような状況をつくっただけだよ」
そう言ってから、海は慌てて口をふさいだ。
海「やばっ。余計な情報与えちゃった」
あはは。
そういうところは中学生らしいなぁ。
ダ「お前、まさか……。そうだ、間違いない」
突然、トゥイードルダムが声を上げた。彼女の顔がだんだん青ざめていくのが僕らの目に映った。
いったい、どうしたんだろう。
ダ「お前、『死神もどき』なんだろう……?」
え?