>>569
僕は少し怖気づいた。でも、これだけは聞いておかなきゃいけない。
きっと僕らがあった3年前。あのときからすでに海は、殺し屋だったんだから。
渚「海、どうして君は殺し屋になったの?」
海「聞きたいの? それ。どうしても」
僕は真剣な目をしてうなずいた。海は紅茶を一口飲むと、口を開いた。
海「人間、誰しもそうなりたいと願うための、それ相応の理由がある」
不思議な言葉から、海は始めた。
海「野球選手のプレイにあこがれて、少年はプロ野球選手を目指す。親の背中を見て、自分もそうなりたいと願う。またはポジティブな理由ではなく、ネガティブな理由である場合もあるんだ。私にだって、それなりの理由があり、殺し屋になった」
そして、紅茶をもう一杯飲んだ。
海「渚、私が殺し屋になった理由はね。至極簡単なんだ。私が殺し屋になった理由、それは……
殺し屋を殺すため、なんだよ」
え?
海の口から出てきた言葉、それは「殺し屋を殺すために殺し屋になった」という事実だった。
僕はしばし茫然としてしまった。
渚「殺し屋を、殺すため?」
海「そう」
海はそう言ってまた紅茶を飲んだ。
渚「じゃ、じゃあさ。海がこのクラスに来たのって、殺し屋が集まってくるからなの? それかあるいは、殺し屋となった僕らを、殺すため?」
僕の声は震えていた。
海の目が、怖かったから? それとも、その事実に怯えたから?
きっと、どちらも違うのだろう。
海「そんなわけあるか。私は私自身の目的を果たすためにこのクラスに来たんだ」
渚「目的って?」
海「それはまだ言えない」
海はにっこり微笑んだ。
さっきまでの異様なオーラが一瞬で吹き飛んでしまうほどの、微笑みだった。
海「それにさ、渚。私が一度としてあなたたちに殺意を向けたことがある? まぁ、転校初日のカイの事件は別として」
言われてみれば、そんなことは一度としてなかった。
それに、よく考えてみれば海は常に周りを気にする子だった。
例えば、鷹岡先生が体育の授業中に勝負を仕掛けて僕が勝ったとき。鷹岡先生は怒って僕に襲いかかろうとしたけれど、海は彼に向かって飛び蹴りをくらわせて僕を助けてくれた。
普久間島でクラスメイトの一部がウィルスに感染していたとき、誰よりも怒りをあらわにしていたのは海だった。
他にも、仲間を守るためにあらゆる言葉を投げかけ、あらゆる働きをしていた。
渚「まさか、海が殺し屋になった理由はあの涙と関係あるの?」
海「涙?」
普久間殿上ホテルで、僕が鷹岡先生に抱いちゃいけない殺意を抱いたとき、海が僕に「復讐から生まれる殺しは、相手が憎いと思って生まれる殺意は、決していい結果を残してくれない」と泣きながら叫んでいた。
海「あー、あのことね……」
海は思案にくれているようだった。話そうか、どうしようかという、そういう顔をしていた。
海「ちょっと、あるかもね。実際、相手が憎いと思って生まれた殺意って、どうしようもなく空しい(むなしい)だけなんだよ」
海は急に立ち上がった。
海「ごめんね、渚。ちょっとこの話は重かったかな。せっかくの晴れの日なのに、気分を沈めちゃったよね」
渚「え、あ、いや。そんなことないよ。今日は誘ってくれて感謝してるよ。あの日のお礼も言えなかったし」
海「アハハ。あ、そうだ。渚。これだけは教えておかないと分が悪いかも」
渚「え?」
僕が不思議に思っていると、海は、僕の耳もとにそっと自分の顔を近づけてきた。