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海の口から出てきた言葉、それは「殺し屋を殺すために殺し屋になった」という事実だった。
僕はしばし茫然としてしまった。
渚「殺し屋を、殺すため?」
海「そう」
海はそう言ってまた紅茶を飲んだ。
渚「じゃ、じゃあさ。海がこのクラスに来たのって、殺し屋が集まってくるからなの? それかあるいは、殺し屋となった僕らを、殺すため?」
僕の声は震えていた。
海の目が、怖かったから? それとも、その事実に怯えたから?
きっと、どちらも違うのだろう。
海「そんなわけあるか。私は私自身の目的を果たすためにこのクラスに来たんだ」
渚「目的って?」
海「それはまだ言えない」
海はにっこり微笑んだ。
さっきまでの異様なオーラが一瞬で吹き飛んでしまうほどの、微笑みだった。
海「それにさ、渚。私が一度としてあなたたちに殺意を向けたことがある? まぁ、転校初日のカイの事件は別として」
言われてみれば、そんなことは一度としてなかった。
それに、よく考えてみれば海は常に周りを気にする子だった。
例えば、鷹岡先生が体育の授業中に勝負を仕掛けて僕が勝ったとき。鷹岡先生は怒って僕に襲いかかろうとしたけれど、海は彼に向かって飛び蹴りをくらわせて僕を助けてくれた。
普久間島でクラスメイトの一部がウィルスに感染していたとき、誰よりも怒りをあらわにしていたのは海だった。
他にも、仲間を守るためにあらゆる言葉を投げかけ、あらゆる働きをしていた。
渚「まさか、海が殺し屋になった理由はあの涙と関係あるの?」
海「涙?」
普久間殿上ホテルで、僕が鷹岡先生に抱いちゃいけない殺意を抱いたとき、海が僕に「復讐から生まれる殺しは、相手が憎いと思って生まれる殺意は、決していい結果を残してくれない」と泣きながら叫んでいた。
海「あー、あのことね……」
海は思案にくれているようだった。話そうか、どうしようかという、そういう顔をしていた。
海「ちょっと、あるかもね。実際、相手が憎いと思って生まれた殺意って、どうしようもなく空しい(むなしい)だけなんだよ」
海は急に立ち上がった。
海「ごめんね、渚。ちょっとこの話は重かったかな。せっかくの晴れの日なのに、気分を沈めちゃったよね」
渚「え、あ、いや。そんなことないよ。今日は誘ってくれて感謝してるよ。あの日のお礼も言えなかったし」
海「アハハ。あ、そうだ。渚。これだけは教えておかないと分が悪いかも」
渚「え?」
僕が不思議に思っていると、海は、僕の耳もとにそっと自分の顔を近づけてきた。
テラス席の様子を見ていたカルマたちは、いきなりの海の行動に唖然とした。
中「やばやばっ! あれどう見たってキスしてんでしょっ!」
カ「ははっ。海やるねぇ」
カルマは笑いながらスマホを2人に向けてかざして、パシャリと写メを撮った。
殺「ヌルフフフ。みなさんも見習ってください。それにしても海さん、大胆ですねぇ」
殺せんせーはメモ帳にペンを走らせていた。
茅野はポカンと口を開けたままだった。
え?
渚「ちょ、海。それって」
海「さぁね。あとは自分で考えてください」
海は僕に向かって笑いかけると、お金を置いた。
海「私、このあと予定あるから行くね。お金はここに置いてくから。それじゃ、また明日」
海は立ち上がって僕に背を向けて店内に入っていった。僕は慌ててその背中を追いかけた。
渚「海っ‼」
僕が追いかけて声をかけても、海は止まらなかった。そのまま彼女は外へ出ていく。
ここで呼び止めても、きっと彼女は振り返らないのだろう。そう思いながら僕は海を見ていた。
渚「うっ」
急に視界がまぶしくなった。
海のうなじ、光ってる?
そう思ったときには光は消えていた。
なんだ、気のせいか。
中「なーぎっさくんっ!」
声をかけられて振り向くと、そこには中村さんとカルマくん、茅野、殺せんせーがいた。
渚「中村さんたち、やっぱりいたんだね……」
カ「見て見て、渚くん」
カルマくんが僕にスマホを見せつけてきた。
その、画像は……。
渚「なっ!」
僕は赤面をした。
中「へへん、ベストショットだよねぇ。LINEで拡散しちゃったよぉ」
渚「ちょっ、なんでそんなアングルで撮るのさっ!」
これじゃあキスしてるみたいじゃんっ!
カ「いやぁ、渚くんもスミに置けないね。まさか海が渚くんにキスするとは思わなかったけど」
渚「ち、違うってばっ!」
なんでそうなるのさっ‼
茅野はこっち見てるだけで、何にも言わないしっ‼
殺「ヌルフフフ。すでにLINEでは大盛り上がりのようですねぇ」
殺せんせーの言う通りだった。
すでに既読はクラスメイトほぼ全員で、前原くんや岡島くんが「やばい、やばい」と言っている……。
渚「だ、だから違うのに……」
中「えー、何が違うのよ。そぉんなに顔真っ赤にさせちゃって」
渚「こ、これは夕日のせいでっ!」
カ「まだお昼だけど?」
渚「………」
駄目だ、これ以上言っては。
殺「ヌルフフフ。これは学校に帰ったら小説を書かなくてはいけませんねぇ……」
そう言ってマッハで飛んでいった。
僕は茅野に助けを求めた。
渚「か、茅野……」
茅「さーて、残りのパフェ食べちゃおうっと」
茅野は店にさっさと戻っていく。
中村さんとカルマくんはにやにやしながら、
中「まぁ、諦めなって」
カ「そうそう。いくら俺たちに弁明してもキスしたことに変わりはないしね」
ど、どうしよう……。
明日の学校で、みんなにからかわれるのが目に見えてる……。