>>872
カエデside
渚……。
「渚、戻ってよ!」
「何が? 僕は普通だよ……、ほらカエデ、行くよ」
「え⁉」
「ちょ、待てよ!」
「おい、カルマ。聞こえるか?」
私はまた渚に引っ張られて走りだす。
やっぱり、変だよ……。こんな渚、渚じゃない!
「渚……」
「また、しゃべろうとする……」
そう言って、またキスをしてきた。
私は、泣きたくなってきた……。
「カエデ?」
「うっ……うぅっ……」
「それとも、『あかり』って呼んだ方がよかった?」
「ねぇ、渚はさ」
「うん?」
「私のこと、好き?」
「好きだよ」
き、聞いてから後悔……。
破壊力が……いやいや、今はそんなこと気にしてらんない!
「誰よりも好きだよ」
本当の渚だったら、そういうこと即答しない。でも、目の前にいる渚は偽物じゃないこともたしか。1年間、ずっと隣にいた私だからわかる。
「だったらさ、渚。本当の渚に戻ってよ……」
「まだ、やだね」
?
まだ?
今、まだって言った?
「だって、こんなに楽しいんだもん!」
たの、しい……。
渚は目をキラキラ輝かせていた。
「今までにないくらい、楽しい!」
「本当に楽しいの?」
そう聞き返すと、渚がこっちをにらむように見てきた。
私は、ちょっとビビった。
「じゃあ聞くけどさ、あかり。今まで茅野カエデとして過ごしてきて、自分の本音すら隠して。僕がそんな子に向かって嘘をつくとかあり得ると思う?」
たしかに、演技をするなんてありえないけど……。
途端に渚が悲しそうな表情を見せた。そして、ぺたんと地面に座って、体育座りをした。私もなんとなく、その隣に座った。
渚は、私の方をじっと見てきた。私も、なんとなく渚を見ていた。
そして、そのまま……。
パンッ
「⁉」
渚が私を引っ張った。
あ、危なかった……。
「この射撃、千葉くんと速水さんだね」
「よくよけたな」
渚の視線の先には、渚の言った通り、千葉くんと速水さんがいた。
「何か用?」
「今すぐ学校に戻って」
「やだ」
なんか、わがままな子どもに見えてきたよ。
「茅野だって困ってるわよ、そんなに振り回されて」
「うるさいなぁ……」
渚がチラッと私を見てきた。
「あかり、逃げて」
「に、逃げる⁉」
逃げる必要ある⁉
てか、そもそもの話。みんなが私たちを追いかけているのは、渚のためであるわけで……。
「早くっ‼」
「え、あ、はいっ!」
渚の気迫に圧されるまま、私は走りだしていた。
修学旅行2班、3班は一緒に行動してることにします!
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渚に言われるまま、なんとなく走ってきたけど。
私、何やってんだろ……。
立ち止まろうとすると、いきなり腕をつかまれた。
「きゃ……ムグッ」
「静かにしろ、茅野」
「って、寺坂か……」
あー、びっくりした……。
「よかったー、見つかって」
物陰から現れたのは中村さんたちだった。
「ねぇ、渚どうしちゃったの?」
「そのことなんだけどさ、茅野ちゃん。お茶係って茅野ちゃんだったよね?」
何で今、その話?
「そうだけど」
そう答えると、みんなが落胆した。
「え、え? どうしたのよ」
「……お茶、途中で足りなくなった?」
「うん」
そして、さらに落胆。
え、何なの?
「……それでさ、そのあと冷蔵庫にあったボトル、使った?」
「あ、あれね。使ったよ」
「あの中身、なんだと思う?」
「お茶じゃないの?」
そう言った瞬間、みんなから信じられないような顔をされた。
「え、ウソ! まさか違ったの⁉」
「違うも何もねぇよ! あの中身、ビッチが用意した酒だよ、酒‼」
「えぇぇぇぇぇぇぇぇ⁉」
ウソでしょっ⁉
だからあんなに頭痛そうにしてて、なおかつテンションが高かったんだ。思えば、普段やりそうにないことも平気でやってのけてたし……。
「ど、どうしよう……。私、とんでもないことしちゃった……」
「……これ、とにかく渡すわ」
不破さんから渡されたのは、小瓶だった。
「何これ」
「奥田さんが作った睡眠薬なの。それを渚くんに飲ませれば寝てくれるから、それで万事かいけ……」
不破さんが言い終える前に。
パァンッ
「うぉっ⁉」
「危なっ‼」
対せんせー弾……。
「言ったよね。邪魔したら容赦しないって」
「渚……」
「はいはい、私たちは引きさがりますよ」
中村さんは降参するように両手を挙げた。みんなもそれをマネして、ゆっくりと後ずさっていく。
「行くよ、あかり」
「う、ん……」
私は渚に引っ張られるまま、また歩きだした。
はぁ、また追いかけっこの始まりかな……。
それにしても、不破さんに渡されたこの薬。どうやって盛ろうかな。
「渚、ごめんね」
「何が?」
「私のせいで、渚……」
申し訳ないったらない! もし、私があのとき冷蔵庫にあるお酒を取らなかったら。もし、私が配分をしっかり決めてお茶を入れていれば……。
「あかり、落ち込んでるの?」
「ちょっと、かな……」
「落ち込む必要ないよ」
「え?」
顔をあげると、そのときの渚の表情は普段の渚に見えた。気のせいかもしれないけど……。
「何があっても僕が守ってあげるから」
⁉
うなずこうとして、ちょっとためらった。
今はきっと、お酒の力で言ってるだけなんだ。普段の渚だったら、絶対そういうこと言わないもん。
「……あかり?」
「大丈夫、何でもない。心配かけちゃって、ごめんね」
私はほほ笑むと、渚の手をギュッと握って歩きだした。
と、近くに自販機を発見した。
これは、チャンスかもしれない。